説明

音又は振動の異常診断方法及び音又は振動の異常診断装置

【課題】時間情報を含む解析方法の採用により、特定の評価点における音又は振動の解析結果に基づいて複数の音源又は振動源の異常の発生を正しく診断し得る異常診断方法及び装置を提供する。
【解決手段】評価点において検出される騒音検出信号をローパスフィルタ70によりフィルタ処理して評価波形信号Sを抽出し、マザーウエーブレット導出部71に与えて、複素数型の実信号マザーウエーブレットψ(t)を導出し、このψ(t)を用いて異常波形記憶部75に予め記憶させてある異常波形信号V1 ,V2 ,V3 をウエーブレット変換し、相関算出部73において、異常波形信号V1 ,V2 ,V3 とマザーウエーブレットψ(t)との相関値を算出し、異常判定部74において予め定めた判定基準と比較して、夫々の異常波形信号V1 ,V2 ,V3 に対応する音源又は振動源の異常の有無を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の音源又は振動源における異常の有無を単一の評価点における音又は振動の解析結果に基づいて診断することを可能とする音又は振動の異常診断方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
空間内に存在する音源又は振動源に生じる各種の異常を早期に発見することは、多くの産業分野において重要な課題となっている。例えば、多くの音源又は振動源を有する自動車においては、夫々の音源又は振動源に発生する故障を軽微な段階にて発見し、故障箇所に適切な対策を施すことにより、重度の故障への移行、及び重度の故障に起因する事故の発生を未然に防止することが可能となり、安全性の向上のために有用である。
【0003】
音源又は振動源に異常が発生した場合、一般的に、発生箇所の音又は振動が変化する。従って、夫々の音源又は振動源に音又は振動の検出手段を設け、これらの検出手段の検出結果の解析することにより早期の異常発見が可能である。しかしながら、前述した自動車の場合、多くの音源及び振動源が存在することから、これらの全てに検出手段を設けることは現実的ではない。
【0004】
一方、音源又は振動源の特定を目的とした音又は振動の解析方法は、従来から種々提案されており、広く採用されている方法として、FFT(高速フーリエ変換)による方法がある。この方法は、波形信号として与えられる音又は振動の検出結果をフーリエ変換し周波数成分毎のスペクトル強度を求める方法であり、対象空間内に設定された評価点での音又は振動の検出信号と、音源又は振動源であると想定される複数の候補点での音又は振動の検出信号とを夫々フーリエ変換し、各候補点でのスペクトル分布と評価点でのスペクトル分布とを比較することにより、音源又は振動源を特定すべく実施される。
【0005】
また時間情報を含んだ音又は振動の解析方法として、ウエーブレット解析による解析方法があり、この方法を用いた異常診断装置も従来から提案されている(例えば、特許文献1参照)。この異常診断装置は、対象物から発生する波形信号を検出してウエーブレット変換を実施し、この変換の結果に基づいて対象物の異常診断を行うべく構成され、具体的には、入力波形信号に基づいて対象物の異常診断に適したマザーウエーブレットを自動的に導出する解析関数決定手段を備えており、センサにより検出された波形信号を解析関数決定手段が導出したマザーウエーブレットを用いてウエーブレット変換し、この変換結果に基づいて前記対象物の異常診断を行うとしてある。解析関数決定手段は、センサが検出した複数の波形信号をフーリエ変換し、これら複数のフーリエ変換結果を平均して得られる平均フーリエデータを逆フーリエ変換することによりマザーウエーブレットを導出する構成となっている。
【特許文献1】特許第3561151号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
FFTによる解析方法は、音源又は振動源の異常発見に応用することができ、例えば、種々の異常時における騒音のデータを予め用意し、これらのデータとリアルタイムにて得られる騒音の検出結果との間にて夫々の方法を実施することにより、特定の評価点での騒音の検出結果を用いて各部の異常判定が可能となる。
【0007】
ところがこの解析方法は、時間情報を含まない解析方法であるため、複数の音源又は振動源の異常時に生じる騒音が同一又は近接した周波数域を有する場合、異常発生か所を正しく特定することは難しく、いずれかの候補点に対して対策を行った場合、誤った対策がなされる虞れがあり、全ての候補点に対して対策を行った場合、本来は不要な複数の候補点に対し、過剰な点検及び対策を強いられるという不具合がある。
【0008】
特許文献1に記載された異常診断装置においては、時間情報を含むウエーブレット解析を利用しているが、解析関数決定手段により導出されたマザーウエーブレットをスケールが有する特徴周波数が高周波側又は低周波側にシフトするため、拡大又は縮小されたマザーウエーブレットを用いたウエーブレット変換により計算されたウエーブレット係数は、対象物の異常との対応を正しく示すとは言い難く、異常診断の精度が低いという問題がある。
【0009】
本発明は斯かる事情に鑑みてなされたものであり、時間情報を含む解析方法の採用により、特定の評価点における音又は振動の解析結果に基づいて複数の音源又は振動源の異常の発生を正しく診断し得る異常診断方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る音又は振動の異常診断方法は、複数の音源又は振動源を含む対象空間内に設定された評価点に現出する音又は振動を解析し、前記音源又は振動源に発生する異常の有無を診断する音又は振動の異常診断方法において、前記複数の音源又は振動源の夫々の異常発生時に前記評価点にて予め取得した音又は振動の検出結果から各別の異常波形信号を抽出しておく予備ステップと、前記評価点での音又は振動の検出結果から解析対象となる評価波形信号を抽出する第1ステップと、該第1ステップにおいて抽出された評価波形信号に、ハニング窓処理、フーリエ変換、正規化処理及びヒルベルト変換を実施し複素数型の実信号マザーウエーブレットを導出する第2ステップと、該第2ステップにおいて導出された実信号マザーウエーブレットを用いて前記予備ステップにおいて抽出された複数の異常波形信号の夫々をウエーブレット変換し、各異常波形信号の前記実信号マザーウエーブレットに対する相関値を算出する第3ステップとを含むことを特徴とし、更に、前記第3ステップにおいて算出される相関値を予め定めた判定基準と比較し、前記複数の音源又は振動源夫々の異常の有無を判定するステップを更に備えることを特徴とする。
【0011】
また本発明に係る音又は振動の異常診断装置は、複数の音源又は振動源を含む対象空間内に設定された評価点に現出する音又は振動を解析し、前記音源又は振動源に発生する異常の有無を診断する音又は振動の異常診断装置において、前記評価点に配設された音又は振動の検出手段と、前記複数の音源又は振動源の夫々の異常発生時に前記検出手段の検出結果から各別に抽出される異常波形信号を記憶させてある記憶手段と、前記検出手段の検出結果から解析対象となる評価波形信号を抽出する抽出手段と、該抽出手段により抽出された評価波形信号に、ハニング窓処理、フーリエ変換、正規化処理及びヒルベルト変換を実施して、複素数型の実信号マザーウエーブレットを導出する導出手段と、該導出手段により導出された実信号マザーウエーブレットを用いて前記記憶手段に記憶させてある異常波形信号の夫々をウエーブレット変換し、各異常波形信号の前記実信号マザーウエーブレットに対する相関値を算出する相関算出手段と、該相関算出手段の算出結果を予め定めた判定基準と比較し、前記複数の音源又は振動源夫々の異常の有無を判定する判定手段と、前記相関算出手段による算出結果及び前記判定手段による判定結果の一方又は両方を表示する表示手段とを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る音又は振動の異常診断方法及び異常診断装置においては、複数の音源又は振動源夫々の異常発生時に評価点において得られる音又は振動の検出結果から抽出される異常波形信号(評価したい波形信号)を記憶しておく一方、評価点においてリアルタイムに得られる音又は振動の検出結果から抽出される評価波形信号(標本波形信号)を用いて複素数型の実信号マザーウエーブレットを導出し、この実信号マザーウエーブレットを用いて前記異常波形信号をウエーブレット変換して、夫々の異常波形信号と評価波形信号との間における時間情報を含めた相関値を算出するから、この相関値を用いて、評価点における音又は振動の検出結果に基づく複数の音源又は振動源の異常診断を高精度に実施することができ、この診断の結果に基づいて過不足のない適切な対策を実施し、重度の異常への移行及びこれに伴う不具合の発生を未然に防止することが可能となる等、本発明は優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下本発明をその実施の形態を示す図面に基づいて詳述する。図1は、本発明に係る音又は振動の異常診断方法の実施状態を示す説明図である。本図には、自動車の車室内部に発生する異常騒音が、この自動車に装備された電動パワーステアリング装置の各部に存在する振動源のいずれに起因するかを特定すべく行われる異常診断方法の実施状態が示されている。
【0014】
まず電動パワーステアリング装置の構成について説明する。本図に示す如く電動パワーステアリング装置は、車体の左右方向に延設されたラックハウジング10の内部に軸長方向への移動自在に支持されたラック軸1と、ラックハウジング10の中途に交叉するピニオンハウジング20の内部に回転自在に支持されたピニオン軸2とを備えるラックピニオン式の操舵機構を備えている。
【0015】
ラックハウジング10の両側から外部に突出するラック軸1の両端は、各別のタイロッド11,11を介して操舵輪としての左右の前輪12,12に連結されている。またピニオンハウジング20の外部に突出するピニオン軸2の上端は、ステアリング軸3を介して操舵部材としてのステアリングホイール30に連結されている。更にピニオンハウジング20の内部に延びるピニオン軸2の下部には、図示しないピニオンが形成されており、該ピニオンは、ラックハウジング10との交叉部において、ラック軸1の外面に適長に亘って形成されたラック歯に噛合させてある。
【0016】
ステアリング軸3は、筒形をなすコラムハウジング31の内部に回転自在に支持され、該コラムハウジング31を介して、前方を下とした傾斜姿勢を保って車室の内部に取付けてあり、コラムハウジング31の上方へのステアリング軸3の突出端にステアリングホイール30が固設され、下方への突出端にピニオン軸2が連結されている。
【0017】
以上の構成により、操舵のためにステアリングホイール30が回転操作された場合、この回転がステアリング軸3を介してピニオン軸2に伝達され、該ピニオン軸2の回転が、ピニオンとラック歯との噛合部においてラック軸1の軸長方向の移動に変換されることとなり、このようなラック軸1の移動により、左右の前輪12,12が各別のタイロッド11,11を介して押し引きされて操舵がなされる。
【0018】
ステアリング軸3を支持するコラムハウジング31の中途には、ステアリングホイール30の回転操作によりステアリング軸3に加わる操舵トルクを検出するトルクセンサ4が設けてあり、該トルクセンサ4よりも下位置に操舵補助用のモータ5が取付けてある。
【0019】
トルクセンサ4は、検出対象となるステアリング軸3を上下の2軸に分割し、これらの2軸を捩れ特性が既知のトーションバーにより同軸上に連結して、操舵トルクの作用によりトーションバーの捩れを伴って前記2軸間に生じる相対角変位を適宜の手段により検出する公知の構成を有している。また操舵補助用のモータ5は、コラムハウジング31の外側に軸心を略直交させて取り付け、例えば、コラムハウジング31の内部に延びる出力端に固着されたウォームをステアリング軸3に外嵌固定されたウォームホイールに噛合させて、モータ5の回転が、前記ウォーム及びウォームホイールを備える伝動機構により減速されてステアリング軸3に伝えられるように伝動構成されている。
【0020】
このように取付けられた操舵補助用のモータ5は、トルクセンサ4により検出される操舵トルクの方向及び大きさに応じて駆動され、このときモータ5が発生する回転力が、ステアリング軸3の下端に連設されたピニオン軸2に付加されることとなり、この回転力により前述の如く行われる操舵が補助される。
【0021】
以上の如く構成された電動パワーステアリング装置においては、ステアリングホイール30の回転操作に応じて前述した操舵が実行されるとき、操舵補助用のモータ5の回転をステアリング軸3へ減速伝動する伝動機構の周辺、ピニオン軸2とラック軸1との噛合部の周辺、ラックハウジング10の一側端部においてラック軸1を摺動自在に支持する支持部の周辺等、部材間に相対移動が生じる部位の周辺に振動が発生し、この振動が車室内に伝播して聴取される。
【0022】
本発明に係る音又は振動の異常診断方法は、以上の如く車室内に発生する音を対象とし、この音の発生源となる前述した振動源夫々の異常の有無を診断することを目的とするものであり、車室内部の適宜位置、例えば、ステアリングホイール30を操作する運転者の周辺に評価点を定め、この評価点に検出器、例えば音検出用のマイクロフォン6を配し、このマイクロフォン6の音の検出信号を異常診断装置7に与え、この異常診断装置7の下記の動作により実施するように構成してある。なお、マイクロフォン6に代えて、振動センサを用いても良い。
【0023】
図2は、異常診断装置7の内部構成を示すブロック図である。異常診断装置7は、ローパスフィルタ70、マザーウエーブレット導出部71、ウエーブレット変換部72、相関算出部73、及び異常判定部74を備え、更に、異常波形記憶部75及びマザーウエーブレット記憶部76を備えている。また異常診断装置7には、診断途中の経過及び診断結果を表示するための表示部8が、図1に示す如く付設されている。
【0024】
マイクロフォン6による評価点での音検出信号は、ローパスフィルタ70によりフィルタ処理されて高周波のノイズが除去された標本となる波形信号(以下の説明においては、評価波形信号Sという)が抽出され、マザーウエーブレット導出部71を経てウエーブレット変換部72に与えられる。
【0025】
異常波形記憶部75には、前述した振動源の夫々に異常があるときにマイクロフォン6が配された評価点において得られた音検出信号をフィルタ処理し、高周波のノイズを除去して抽出される異常波形信号即ち、評価した波形信号が記憶させてある。以下の説明は、簡単化のために、図1に示す電動パワーステアリング装置における3か所の振動源、即ち、操舵補助用のモータ5からステアリング軸3への伝動機構、ピニオン軸2とラック軸1との噛合部、及びラックハウジング10の一側のラック軸1の支持部の夫々が異常状態にある条件下での音検出信号から各別に抽出された3種の異常波形信号V1 ,V2 ,V3 が異常波形記憶部75に記憶させてあることを前提として行うが、前記3か所の振動源の夫々に複数の異常状態が存在する場合、また他の振動源を含める場合においては、より多くの異常波形信号が存在し、これらの全てを対象として以下の手順が実施されることは言うまでもない。
【0026】
図3は、異常診断装置7において行われる本発明に係る異常診断方法の実施手順を示すフローチャートである。なお図2中の異常診断装置7は、ブロック図の形態にて図示されているが、実際にはCPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)を備える演算処理装置により異常診断装置7を構成することができ、機能ブロックとして示されたマザーウエーブレット導出部71,ウエーブレット変換部72、相関算出部73及び異常判定部74の夫々においてなされる以下の手順は、ROMに格納されたプログラムに従ったCPUの動作により実行される。更に、適宜の記録媒体に記録されたコンピュータプログラムがロードされた汎用のコンピュータにより異常診断装置7を構成することもできる。
【0027】
異常診断装置7は、マイクロフォン6による評価点での騒音の検出信号を監視し、検出対象となる検出信号が生じたとき、この検出信号を取込み(ステップ1)、次いでこの検出信号をフィルタ処理して評価波形信号Sを抽出する(ステップ2)。なお、マイクロフォン7に変えて振動センサを用いることも可能である。
【0028】
図4は、評価波形信号及び異常波形信号の一例を示す図である。本図の横軸は時間、縦軸は振幅であり、図4(a)に示す評価波形信号Sと、図4(b)〜(d)に示す3つの異常波形信号V1 ,V2 ,V3 とは、同一の時間軸を有する波形信号となる。
【0029】
次いで異常診断装置7は、以上の如く抽出された評価波形信号Sから実信号マザーウエーブレット、より詳しくは、複素数型の実信号マザーウエーブレットを導出する(ステップ3)。この実信号マザーウエーブレットの導出は、評価波形信号Sのうち、所定の強度条件を満たす範囲の波形を用いて行われる。使用範囲の選定は、例えば、評価波形信号Sを図4(a)に示す形態にて表示部8に表示させ、この表示を視認するオペレータにより行わせるようにしてもよく、また予め定めた強度条件を異常診断装置7のRAMに記憶させておき、この強度条件を満たす使用範囲を自動的に選定するように構成することも可能である。
【0030】
実信号マザーウエーブレットψ(t)は、下記の(1)式によって与えられる関数である。この(1)式中のaは、周波数の逆数に対応するスケールパラメータであり、bは、時刻パラメータである。なお以下の説明においては、「実信号」の表記を省略し、マザーウエーブレットψ(t)と記載する。
【0031】
【数1】

【0032】
マザーウエーブレットψ(t)は、信号の再構成を可能とするために、(2)式により与えられるアドミッシブル条件を満たす必要がある。ここで、ψ(ω)ハットは、マザーウエーブレットψ(t)のフーリエ変換である。
【0033】
【数2】

【0034】
図5は、マザーウエーブレットψ(t)の導出手順を示すフローチャートである。異常診断装置7は、評価波形信号Sが与えられ、前述の如く使用範囲を選定した後、選定された範囲内の波形信号に対し、(2)式の条件を満たすべくハニング窓処理を実施し(ステップ11)、更にフーリエ変換する(ステップ12)。このように導出されるマザーウエーブレットψ(t)は、始点及び終点がゼロであり、また全域の平均値がゼロであって、更に有界である関数として与えられる。
【0035】
次に異常診断装置7は、導出されるマザーウエーブレットψ(t)に対し、(3)式により与えられるノルムを1とするような正規化処理を行う(ステップ13)。更に、音又は振動に対する解析において特徴をつかみ易くするためには、複素数型のマザーウエーブレットを使用するのが望ましいことから、異常診断装置7は、ステップ13における正規化により得られた実数型マザーウエーブレットをヒルベルト変換し(ステップ14)、複素数型マザーウエーブレットを構成して(ステップ15)、一連のマザーウエーブレットψ(t)の導出手順を終了する。
【0036】
【数3】

【0037】
複素数型マザーウエーブレットψ(t)は、(4)式により与えられる。実数型マザーウエーブレットψR (t)をフーリエ変換し、周波数スペクトルψR (f)ハットを得て、負の周波数領域においては、ψR (f)ハットをゼロに置き換え、正の周波数領域においては、ψR (f)ハットを、2ψR (f)ハットに置き換えて逆フーリエ変換する。
【0038】
【数4】

【0039】
以上の手順によりマザーウエーブレットψ(t)、より詳しくは、複素数型の実関数マザーウエーブレットの導出を終えた異常診断装置7は、次に、図4(b)〜(d)に示す如く与えられる異常波形信号V1 ,V2 ,V3 をマザーウエーブレットψ(t)を用いてウエーブレット変換し(ステップ4)、この変換結果に用いて異常波形信号V1 ,V2 ,V3 とマザーウエーブレットψ(t)との相関値を算出する(ステップ5)。
【0040】
ステップ4でのウエーブレット変換は、ステップ3において評価波形信号Sから導出されたマザーウエーブレットψ(t)を含む(5)式により表されるウエーブレット変換式を用い、この式中の変換関数f(t)に異常波形信号V1 ,V2 ,V3 の夫々を適用して実施される。なお、(5)式中のψ* (t)は、マザーウエーブレットψ(t)の複素共役である。
【0041】
【数5】

【0042】
以上の如く実施されるウエーブレット変換は、夫々の異常波形信号V1 ,V2 ,V3 が適用される変換関数f(t)とマザーウエーブレットψ(t)との内積を求める処理であり、変換関数f(t)とマザーウエーブレットψ(t)とが一致する場合に1、不一致の場合に0となる。(1)式中のスケールパラメータa=1を中心周波数とし、時刻パラメータbを種々に変化させることにより、夫々の異常波形信号V1 ,V2 ,V3 との相関が時間軸上において明らかとなる。
【0043】
マザーウエーブレットψ(t)は正規化を行っており、変換関数f(t)に適用される異常波形信号V1 ,V2 ,V3 がマザーウエーブレットψ(t)よりも大きい場合、その比率に応じて相関値は1よりも大きくなる。またマザーウエーブレットψ(t)の周波数成分に対しても相関を求めることができる。このようにして、変換関数f(t)に順次適用される3つの異常波形信号V1 ,V2 ,V3 の夫々について、マザーウエーブレットψ(t)の導出に用いられた評価波形信号Sに対する相関程度を成分及び強さを含めて示す瞬時相関が求められる。
【0044】
異常波形信号V1 ,V2 ,V3 は異常波形記憶部75に記憶させてあり、またマザーウエーブレットψ(t)は、マザーウエーブレット記憶部76に記憶させてあるから、ステップ5における相関値の算出は、これらの記憶部75,76の記憶値を用いて順次実施することができる。
【0045】
本発明において用いるマザーウエーブレットψ(t)は、評価点において実際に得られた騒音の検出結果に基づいて導出された複素数型の実信号マザーウエーブレットであるから、ステップ4にてウエーブレット変換された複数の異常波形信号V1 ,V2 ,V3 の夫々に対してステップ5において算出される相関値は、評価点での現状の騒音と、夫々の振動源における異常発生時の騒音との相関程度を正しく示すものとなる。またウエーブレット変換の結果は時間情報を含んでおり、発生時刻も判定できるから、複数の異常波形信号V1 ,V2 ,V3 が同一又は近接する周波数成分を含んでいる場合においても、これら夫々と評価波形信号Sとの相関程度の相違が明らかとなる。
【0046】
異常診断装置7は、ステップ4において以上の如きウエーブレット変換を終え、更にステップ5において、3つの異常波形信号V1 ,V2 ,V3 の夫々に対する相関値を算出した後、算出された相関値を用いて異常の有無を判定し(ステップ6)、一連の解析動作を終了する。なお目的とする騒音や振動があらかじめわかっている場合、既に実信号マザーウエーブレットが導出されている場合には、ステップ1及びステップ3を省略し、実信号マザーウエーブレットをCPU内のメモリに記憶させて解析することも可能である。
【0047】
ステップ6での異常判定は、夫々の異常波形信号V1 ,V2 ,V3 に対するウエーブレット変換の結果を、予め定めた判定基準と比較して行われる。この判定の結果は、表示部8に適宜の形態にて表示させることができる。図6は、表示例を示す図であり、3つの異常波形信号V1 ,V2 ,V3 に対して算出される相関値を同一の時間軸にてグラフ化して示してある。この図5においては、(a)に示された異常波形信号V1 の相関値が全般的に大きく、評価点において検出される騒音は、異常波形信号V1 に対応する異常に起因して生じていると判定することができる。ステップ6での判定の結果は、図5に示すような表示中に反映させて、オペレータに報知することが可能となる。ステップ6での判定に用いる判定基準(しきい値)は、データベース化して異常診断装置7に保有させておくことにより、より正確な判定が可能となる。
【0048】
従って、図5に示すような表示が得られた場合、異常波形信号V1 に対応する異常に対して、対応箇所の点検、修理等の適正な対策を施すことにより、重度の故障への移行、及び重度の故障に起因する事故の発生を未然に防止することが可能となる。
【0049】
なお以上の実施の形態においては、自動車の車室内での音の検出結果から、電動パワーステアリング装置の各部に存在する振動源の異常の有無を判定すべく実施される解析例について説明したが、本発明に係る異常診断方法及び異常診断装置は、対象空間内の適宜の評価点における音又は振動の検出結果から、対象空間内又はその周辺に存在する音源又は振動源における異常の有無を判定する用途全般に適用可能であり、多くの産業分野において広く用い得ることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明に係る音又は振動の異常診断方法の実施状態を示す説明図である。
【図2】異常診断装置の内部構成を示すブロック図である。
【図3】異常診断装置において行われる本発明に係る異常診断方法の実施手順を示すフローチャートである。
【図4】評価波形信号及び異常波形信号の一例を示す図である。
【図5】マザーウエーブレットの導出手順を示すフローチャートである。
【図6】表示例を示す図である。
【符号の説明】
【0051】
6 マイクロフォン(音又は振動の検出手段)、7 異常診断装置、70 ローパスフィルタ(抽出手段)、71 マザーウエーブレット導出部(導出手段)、72 ウエーブレット変換部(相関算出手段)、73 相関算出部(相関算出手段)、74 異常判定部(判定手段)、75 異常波形記憶部(記憶手段)、S 評価波形信号、V1 ,V2 ,V3 異常波形信号、ψ(t) マザーウエーブレット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の音源又は振動源を含む対象空間内に設定された評価点に現出する音又は振動を解析し、前記音源又は振動源に発生する異常の有無を診断する音又は振動の異常診断方法において、
前記複数の音源又は振動源の夫々の異常発生時に前記評価点にて予め取得した音又は振動の検出結果から各別の異常波形信号を抽出しておく予備ステップと、
前記評価点での音又は振動の検出結果から解析対象となる評価波形信号を抽出する第1ステップと、
該第1ステップにおいて抽出された評価波形信号に、ハニング窓処理、フーリエ変換、正規化処理及びヒルベルト変換を実施し複素数型の実信号マザーウエーブレットを導出する第2ステップと、
該第2ステップにおいて導出された実信号マザーウエーブレットを用いて前記予備ステップにおいて抽出された複数の異常波形信号の夫々をウエーブレット変換し、各異常波形信号の前記実信号マザーウエーブレットに対する相関値を算出する第3ステップと
を含むことを特徴とする音又は振動の異常診断方法。
【請求項2】
前記該第3ステップにおいて算出される相関値を予め定めた判定基準と比較し、前記複数の音源又は振動源夫々の異常の有無を判定するステップを更に備える請求項1記載の音又は振動の異常診断方法。
【請求項3】
複数の音源又は振動源を含む対象空間内に設定された評価点に現出する音又は振動を解析し、前記音源又は振動源に発生する異常の有無を診断する音又は振動の異常診断装置において、
前記評価点に配設された音又は振動の検出手段と、
前記複数の音源又は振動源の夫々の異常発生時に前記検出手段の検出結果から各別に抽出される異常波形信号を記憶させてある記憶手段と、
前記検出手段の検出結果から解析対象となる評価波形信号を抽出する抽出手段と、
該抽出手段により抽出された評価波形信号に、ハニング窓処理、フーリエ変換、正規化処理及びヒルベルト変換を実施して、複素数型の実信号マザーウエーブレットを導出する導出手段と、
該導出手段により導出された実信号マザーウエーブレットを用いて前記記憶手段に記憶させてある異常波形信号の夫々をウエーブレット変換し、各異常波形信号の前記実信号マザーウエーブレットに対する相関値を算出する相関算出手段と、
該相関算出手段の算出結果を予め定めた判定基準と比較し、前記複数の音源又は振動源夫々の異常の有無を判定する判定手段と、
前記相関算出手段による算出結果及び前記判定手段による判定結果の一方又は両方を表示する表示手段と
を備えることを特徴とする音又は振動の異常診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−205885(P2007−205885A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−25154(P2006−25154)
【出願日】平成18年2月1日(2006.2.1)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【出願人】(506037582)
【Fターム(参考)】