説明

音響補正装置

【課題】 FIRフィルタのフィルタ長を長くすることなく十分な音響効果を奏することが可能な音響補正装置を提供すること。
【解決手段】 本発明に係る音響補正装置3は、出力音の出力位置からリスナの左右の耳に至るまでの伝達関数に基づいて、出力音の出力信号から初期反射音のみを出力する音響信号を生成する音響補正手段10a〜10dと、出力音の出力信号から残響音のみを出力する音響信号を生成するリバーブ処理手段11a、11bと、音響補正手段10a〜10dにより出力された音響信号とリバーブ処理手段11a、11bにより出力された音響信号とを加算して初期反射音と残響音とを出力する音響信号を生成する加算手段13a、13bとを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、出力音の出力位置からリスナの左右の耳に至るまでの伝達関数に基づいて、前記出力音の音響信号に対して音響補正処理を施す音響補正手段を備える音響補正装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車室内における音響環境は、ロードノイズ等の車特有の騒音が侵入しやすいという特徴を備えており、また、車室は特有の狭い閉空間によって形成されるため、通常の音響空間とは異なる音響特性を備えているという特徴がある。このため、車室内において好適な音響環境を構築するためには、カーステレオ等の車載機器から出力される出力音を適切に補正する必要があった。
【0003】
車載機器の出力音を補正する方法として、一般的にデジタルフィルタ(FIRフィルタ(Finite Impulse Response Filter)を用い、CD(Compact Disc)やDVD(Digital Versatile Disk)等の音源ソースの音響補正処理を行う方法が使用されている。
【0004】
図5(a)は、リスナLの正面方向に対して左右対称に設置されたスピーカ50a、50bより出力される出力音を、リスナLが聴取する状態を示した図である。左のスピーカ50aより出力された出力音は、リスナLへ左耳はもちろんのこと、右耳へも到達するため、リスナLは、左右両方の耳での左スピーカ50aの出力音を聴取することとなる。また、同様に、右のスピーカ50bより出力された出力音は、リスナLへ右耳はもちろんのこと、左耳へも到達するため、リスナLは、左右両方の耳での右スピーカ50bの出力音を聴取することとなる。
【0005】
左右のスピーカ50a、50bより発せられた音は、空間〜頭部〜耳を経由して鼓膜に至るまでに、周波数に応じて音圧レベルが変化する。音源から耳に至るまでの音の伝達特性のことを伝達関数(頭部伝達関数)という。リスナLが音源の位置を特定できるのは、リスナLが自身の頭部伝達関数とその角度依存性を把握しているためとされており、具体的には、知覚した音の音圧レベルの周波数特性および頭部の伝達関数から音源の角度を割り出している。従って、左右から出力される音声信号を、この伝達関数を考慮して音響補正することにより、リスナLが聴取する音の音響環境を変化させることが可能となる(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
図5(b)は、従来より用いられている音響補正装置の概略構成を示したブロック図である。音響補正装置51は、4つのデジタルフィルタ52a〜52dと、2つの加算器53a、53bとを有している。デジタルフィルタ52a〜52dにはFIRフィルタが用いられている。FIRフィルタは、インパルス入力を行ったときの出力信号を有限時間で0に収束させるフィルタであり、式(1)のように示される。
【数1】

【0007】
・・・・・・・式(1)
ここで、y[n]は出力信号、x[n]は入力信号、h[i]は伝達関数を示している。
【0008】
式(1)は、『時刻nにおける出力信号y[n]が、現在および過去の入力信号値x[n]、x[n−1]、x[n−2]、・・・、x[n―N]、x[n―(N−1)]の重み付き平均で表される』ことを意味しており、式(1)に示すNをフィルタ長(フィルタ係数長)という。
【0009】
音声信号に音響効果を施す場合には、コンサートホール等の音響効果を再現しようとする空間におけるインパルス応答を測定し、測定したインパルス応答をフーリエ変換することによって、その音響空間の伝達関数を求めてFIRフィルタを構築する。
【0010】
図6は、FIRフィルタの概略構成を示したブロック図であり、FIRフィルタ55は多段的に連続して接続される遅延回路56と、入力信号および各遅延回路56で遅延された出力信号とをそれぞれ別の係数で乗算する乗算器57と、乗算された各信号を順次加算する加算器58とにより構成されている。乗算器において乗算される係数は、伝達関数に応じて設定される。
【0011】
図5(b)に示す各デジタルフィルタ52a〜52dの乗算器の係数(フィルタの係数)は、図5(a)を用いて説明した四個の伝達関数に基づいて設定されている。具体的は、デジタルフィルタ52aには、図5(a)に示した左スピーカ50aからリスナLの左耳へと音が伝わるときの伝達関数HLL(第1伝達関数)が用いられ、デジタルフィルタ52bには、左スピーカ50aからリスナLの右耳へと音が伝わるときの伝達関数HLR(第2伝達関数)が用いられ、デジタルフィルタ52cには、右スピーカ50bからリスナLの左耳へと音が伝わるときの伝達関数HRL(第3伝達関数)が用いられ、デジタルフィルタ52dには、右スピーカ50bからリスナLの右耳へと音が伝わるときの伝達関数HRR(第4伝達関数)が用いられる。
【0012】
左スピーカ50aより出力される音声信号は、図5(b)に示すように、デジタルフィルタ52aによって左スピーカ50aから左耳へと伝達されるときの音響補正処理が施されるとともに、デジタルフィルタ52bによって左スピーカから右耳へと伝達されるときの音響補正処理が施される。また、右スピーカ50bより出力される音声信号は、デジタルフィルタ52cによって右スピーカ50bから左耳へと伝達されるときの音響補正処理が施されるとともに、デジタルフィルタ52dによって右スピーカから右耳へと伝達されるときの音響補正処理が施される。
【0013】
そして、デジタルフィルタ52aとデジタルフィルタ52cとによって左耳用に補正された音響信号は、加算器53aにおいて加算されて、左耳用の出力信号Lとして出力される。また、デジタルフィルタ52bとデジタルフィルタ52dとによって右耳用に補正された音響信号は、加算器53bにおいて加算されて、右耳用の出力信号Rとして出力される。
【0014】
このように、FIRフィルタ55を用いたデジタルフィルタ52a〜52dにより出力音の音響補正を行うことによって、コンサートホール等の音響環境を構築することができる。
【特許文献1】特開平7−336798号公報(第5−7頁、第1図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述したFIRフィルタを用いて音響補正を行う場合、音響効果を十分に得るためには、FIRフィルタのフィルタ長を十分に長くする必要があった。
【0016】
図7(a)は、フィルタ長が4096の場合のインパルス応答を示している。フィルタ長が4096のインパルス応答では、図7(a)に示すように、波形に初期反射音部分Aと残響音部分Bとが現れており、リスナLは、初期反射音部分Aを聴取することによって出力音の出力方向を判断し、残響音部分Bを聴取することによって出力音の空間的な広がりを感じることができる。
【0017】
このような音響補正処理をハードウェア回路で行う場合、フィルタ長を長くすると図6に示すように、遅延回路56、乗算器57、加算器58の数が増加してしまうため回路規模が大きくなり、ハードウェア回路が高価なものになってしまうという問題がある。
【0018】
また、DSP(Digital Signal Processor)等を用い、ソフトウェア処理によって音響補正を行う場合であっても、計算に必要とするメモリの要領が増大するとともに、計算時間が増加してしまうという問題があった。
【0019】
一方で、フィルタ長を単純に短くした場合には、十分な音響効果を得ることができないという問題があった。図7(b)は、フィルタ長が128の場合のインパルス応答を示している。フィルタ長が128のインパルス応答では、図7(b)に示すように、波形に初期反射音部分Aは現れているが残響音部分Bは全く示されていない。このため、リスナLは、初期反射音部分Aを聴取することによって出力音の出力方向を判断することはできるが、残響音部分Bを聴取することができないため、出力音の空間的な広がりを感じることができず、十分な音響環境を得ることができなかった。
【0020】
本発明は、上記の問題に鑑みてなされたものであり、FIRフィルタのフィルタ長を長くすることなく十分な音響効果を奏することが可能な音響補正装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記課題を解決するために、本発明に係る音響補正装置は、出力音の出力位置からリスナの左右の耳に至るまでの伝達関数に基づいて、前記出力音の出力信号から初期反射音のみを出力する音響信号を生成する音響補正手段と、前記出力音の出力信号から残響音のみを出力する音響信号を生成するリバーブ処理手段と、前記音響補正手段により生成された音響信号と前記リバーブ処理手段により生成された音響信号とを加算して前記初期反射音と前記残響音とを出力する音響信号を生成する加算手段とを備えることを特徴とする。
【0022】
また、前記音響補正手段は、FIRフィルタにより構成され、当該FIRフィルタのフィルタ長を短くすることによって、前記初期反射音のみを出力する音響信号を生成するものであってもよい。
【0023】
さらに、前記音響補正手段は、Lチャネル用の出力信号からリスナの左耳に至るまでの第1伝達関数に基づいてフィルタの係数が設定される第1のFIRフィルタと、前記Lチャネル用の出力信号からリスナの右耳に至るまでの第2伝達関数に基づいてフィルタの係数が設定される第2のFIRフィルタと、Rチャネル用の出力信号からリスナの左耳に至るまでの第3伝達関数に基づいてフィルタの係数が設定される第3のFIRフィルタと、前記Rチャネル用の出力信号からリスナの右耳に至るまでの第4伝達関数に基づいてフィルタの係数が設定される第4のFIRフィルタとを有し、前記リバーブ処理手段は、前記Lチャネル用の出力信号に対して残響音処理を行う第1のリバーブ処理手段と、前記Rチャネル用の出力信号に対して残響音処理を行う第2のリバーブ処理手段とを有し、前記加算手段は、前記第1のFIRフィルタを介して生成された出力信号と、前記第3のFIRフィルタを介して生成された出力信号と、前記第1のリバーブ処理手段を介して生成された出力信号とを加算して、Lチャネル用の出力信号を生成する第1の加算手段と、前記第2のFIRフィルタを介して生成された出力信号と、前記第4のFIRフィルタを介して生成された出力信号と、前記第2のリバーブ処理手段を介して生成された出力信号とを加算して、Rチャネル用の出力信号を生成する第2の加算手段とを有し、前記第1乃至第4のFIRフィルタのフィルタ長が、短い値に設定されるものであってもよい。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る音響補正装置によれば、初期反射音のみを出力する音響信号を生成する音響補正手段と、残響音のみを出力する音響信号を生成するリバーブ処理手段と、音響補正手段により生成された音響信号とリバーブ処理手段により生成された音響信号とを加算して初期反射音と残響音とを出力する音響信号を生成する加算手段とを備えているので、音響補正処理された出力信号のうち、初期反射音部分によって出力音の出力方向を再現することができ、残響音部分によって出力音の空間的な広がりを再現することができる。
【0025】
また、FIRフィルタのフィルタ長を短くして初期反射音のみを出力する音響信号をFIRフィルタで生成し、さらに、リバーブ処理手段で残響音のみを出力する音響信号を生成することによって、フィルタ長を長くすることによってFIRフィルタで得ることが可能となる音響補正効果と同等の効果を、フィルタ長の短いFIRフィルタを用いて実現することができる。このように、FIRフィルタのフィルタ長を従来よりも短くすることができるので、FIRフィルタの音響補正処理に伴う回路規模の増大を抑制することができ、計算に必要なメモリ容量を大幅に削減することができる。
【0026】
さらに、リバーブ処理手段を用いることにより、長いフィルタ長のFIRフィルタを用いて音響補正処理を行う場合に比べて回路構成を簡略化し、演算処理に必要なメモリ等を削減しつつ同様の音響効果を奏することが可能となるので、十分な音響効果を簡易な構成により実現することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明に係る音響補正装置を備えた音響補正システムを、図面を用いて詳細に説明する。
【0028】
図1は、音響補正システムの概略構成を示したブロック図である。音響補正システム1は、オーディオ再生部2、音響補正部(音響補正装置)3、スピーカ4a、4b、メモリ5、操作部6、制御部7を備えている。
【0029】
オーディオ再生部2は、CDやDVD等の記録メディアに記録された音源データを入力信号として読み取り、音響補正部3に出力する役割を有している。なお、オーディオ再生部2により読み取られる音源データは、必ずしもCDやDVD等の記録メディアに記録されたものには限定されず、ハードディスクドライブ等に記録された音源データであってもよい。また、オーディオ再生部2の代わりに、音響補正システム1に外部入力端子(図示省略)等を設け、この外部入力端子を介して他のオーディオ機器で再生された音源データを読み取る構成であってもよい。本実施形態においては、オーディオ再生部2により、Lチャネル用の音響データとRチャネル用の音響データとを取得し、入力信号Lおよび入力信号Rとして出力するものとする。
【0030】
スピーカ4a、4bは、音響補正部3によって補正処理された出力信号Lおよび出力信号Rを、出力音として出力する装置であり、スピーカ4aはLチャネル用のスピーカ、スピーカ4bはRチャネル用のスピーカを示している。スピーカ4a、4bは、一般的なスピーカと同様にコーン、マグネット、ボイスコイル等からなるユニットによって構成されている。
【0031】
操作部6は、リスナが所望の音響補正モード、例えば、コンサートホールモードやスタジアムモード等の音響環境を選択するための操作手段である。操作部6を用いてリスナにより選択された音響補正モードに従って、制御部7では音響補正部3の音響補正設定を行う。また、メモリ5には、音響補正部3において音響補正処理を行う際に使用する音響補正モードに関する情報(例えば、伝達関数)が記録されており、制御部7において音響補正設定が行われる場合には、メモリ5に記憶される音響補正モードに関する情報が利用される。
【0032】
制御部7は、リスナが選択した音響補正モードに従って、後述するFIRフィルタの乗算器の係数(フィルタの係数)を決定し、音響補正処理の処理パラメータとして音響補正部3に送出する役割を有している。具体的に制御部7は、リスナが選択した音響補正モード情報を操作部6から取得し、取得した音響補正モードに従って、メモリ5から関連する情報を読み出す。そして読み出した情報に基づいて、FIRフィルタの係数値を決定して処理パラメータを送出する。
【0033】
音響補正部3は、オーディオ再生部2より取得した入力信号Lおよび入力信号Rに対して音響補正処理を施した後に、スピーカ4a、4bに出力する役割を有している。図2は、音響補正部3の概略構成を示したブロック図である。
【0034】
音響補正部3は、4つのデジタルフィルタ(音響補正手段)10a〜10dと2つのリバーブ処理器(リバーブ処理手段:第1のリバーブ処理手段、第2のリバーブ処理手段:)11a、11bと、2つの乗算器12a、12bと、4つの加算器(加算手段:第1の加算手段、第2の加算手段)13a〜13dとを有している。
【0035】
デジタルフィルタ10a〜10dには、FIRフィルタ(第1〜第4のFIRフィルタ)が用いられており、デジタルフィルタ10a〜10dは、制御部7より受信した処理パラメータに基づいて、オーディオ再生部2より受信した入力信号L・入力信号Rに対して音響補正処理を施す役割を有している。FIRフィルタは、図6を示して既に説明したFIRフィルタと同様に、遅延器と乗算器と加算機とにより構成されている。乗算器における係数は、制御部7より受信する処理パラメータにより設定される。
【0036】
具体的に、デジタルフィルタ10aには、左スピーカからリスナの左耳へと音が伝わるときの伝達関数に基づいて設定された処理パラメータの係数が用いられ、デジタルフィルタ10bには、左スピーカからリスナの右耳へと音が伝わるときの伝達関数に基づいて設定された処理パラメータの係数が用いられ、デジタルフィルタ10cには、右スピーカからリスナの左耳へと音が伝わるときの伝達関数に基づいて設定された処理パラメータの係数が用いられ、デジタルフィルタ10dには、右スピーカからリスナの右耳へと音が伝わるときの伝達関数に基づいて設定された処理パラメータの係数が用いられる。ただし、本実施形態に係るFIRフィルタのフィルタ長は、比較的短い値、例えば128に設定されている。
【0037】
リバーブ処理器11a、11bは、オーディオ再生部2より受信した入力信号L・入力信号Rに対して残響処理(Reverbration処理)を施す役割を有している。リザーブ処理機11a、11bは、図3(a)に示すように、1つの遅延回路15と、2つの乗算器16a、16bと、2つの加算器17a、17bとにより1ユニットが形成されており、必要に応じて、図3(b)に示すように、加算器17a、17bが連結部となって直列に複数組み合わされて構成される。なお、本実施形態においては、リバーブ処理機11a、11bとして3ユニットが連結されたものと用いることとする。乗算器12aと乗算器12aは、リバーブ処理器11a、11bにより残響処理がなされた出力信号L・残響信号Rの振幅を調整する役割を有している。
【0038】
次に、音響補正部3において、オーディオ再生部2より入力した入力信号L・R入力信号Rに音響補正処理を施した後に、スピーカ4a、4bに対して出力信号L・出力信号Rを出力する処理手順を説明する。
【0039】
まず、入力信号Lは、図2に示すように、デジタルフィルタ10aとデジタルフィルタ10bとリバーブ処理器11aとに入力され、入力信号Rは、デジタルフィルタ10cとデジタルフィルタ10dとリバーブ処理器11bとに入力される。
【0040】
デジタルフィルタ10aに入力された入力信号Lは、デジタルフィルタ10aによって左スピーカから左耳へと伝達されるときの音響補正処理が施され、デジタルフィルタ10bに入力された入力信号Lは、デジタルフィルタ10bによって左スピーカから右耳へと伝達されるときの音響補正処理が施される。
【0041】
また、デジタルフィルタ10cに入力された入力信号Rは、デジタルフィルタ10cによって右スピーカから左耳へと伝達されるときの音響補正処理が施され、デジタルフィルタ10dに入力された入力信号Rは、デジタルフィルタ10dによって右スピーカから右耳へと伝達されるときの音響補正処理が施される。
【0042】
そして、デジタルフィルタ10aとデジタルフィルタ10cとによって左耳用に補正された音響信号は、加算器13aにおいて足し合わされて、左耳用の出力信号Laとなる。また、デジタルフィルタ10bとデジタルフィルタ10dとによって右耳用に補正された音響信号は、加算器13bにおいて足し合わされて、右耳用の出力信号Raとなる。
【0043】
各デジタルフィルタ10a〜10dにより施される音響補正処理は、操作部6で選択された音響補正モードに基づいて決定された処理パラメータに基づいて行われるので、デジタルフィルタ10a〜10dにより音響補正が行われた出力信号をスピーカ4a、4bより出力させることによって、コンサートホール等の音響環境を構築することができる。
【0044】
ただし、デジタルフィルタ10a〜10dにおけるフィルタ長は、上述したように128に設定されているため、デジタルフィルタ10a〜10dでFIRフィルタが適用された出力信号のインパルス応答は図4(a)に示すように、初期反射音部分Aのみが示されたものとなる。
【0045】
一方で、リバーブ処理器11aに入力された入力信号Lおよび、リバーブ処理器11bに入力された入力信号Rは、リバーブ処理器11a、11bによって残響音処理が施される。
【0046】
具体的には、リバーブ処理器11aに入力され入力信号Lは、遅延回路15により遅延される信号と、遅延回路15を介さずに乗算器16aで所定係数乗算される信号とに分かれる。遅延回路15により所定時間だけ遅延された信号は、乗算器16bを介してフィードバックされて加算器17aで入力信号に足し合わされる信号と、加算器17bに乗算器16aで乗算された信号に足し合わされて出力信号となる信号とに分けられる。
【0047】
このように、遅延回路15により遅延された後にフィードバック等がなされて信号が重ね合わされることによって、リバーブ処理器11aでは、遅延により生じた反射音が複数重なり合って複合したような効果を奏し、残響効果を奏することとなる。リバーブ処理器11aにより残響音処理がなされた出力信号は、乗算器12aにより振幅が調整されて出力信号Lbとなる。その後、出力信号Lbは、加算器13cによって、デジタルフィルタ10a、10cにより音響補正処理がなされた出力信号Laに足し合わされて、Lチャネル用の出力信号Lとしてスピーカ4aに出力される。
【0048】
また、リバーブ処理器11bに入力した入力信号Rも同様に、残響音処理がなされた後に、加算器13dによって、デジタルフィルタ10b、10dにより音響補正処理がなされた出力信号Raと足し合わされて、Rチャネル用の出力信号Rとしてスピーカ4bに出力される。
【0049】
図4(b)は、リバーブ処理器11aの遅延回路15と乗算器16a、16bとに対し、所定の遅延数および係数をパラメータとして与えることにより残響音処理が行われた出力信号Lbのインパルス応答を示している。残響音処理が行われた出力信号Lbは、図4(b)に示すように、初期反射音部分Aは表されていないが、残響音部分Bは表されている。従って、加算器13cによって、デジタルフィルタ10a、10cにより音響補正処理が施された出力信号Laと、リバーブ処理器11aにより残響音処理が施された出力信号Lbとを加算することによって、図4(c)に示すように、初期反射音部分Aと残響音部分Bとを備えるインパルス応答を得ることができる。
【0050】
特に、FIRフィルタの係数、リバーブ処理器11aの遅延数および係数、乗算器12aによる出力信号の振幅を適切に設定することによって、FIRフィルタのフィルタ長が128程度であってもフィルタ長が数千以上のFIRフィルタを単独で用いたときと同様のインパルス応答を得ることができる。
【0051】
このように、フィルタ長の短いFIRフィルタ(デジタルフィルタ10a〜10d)とリバーブ処理器11a、11bとを用いて音響補正処理を行うことによって、FIRフィルタで音響補正処理された初期反射音部分Aにより、出力音の出力方向を再現することができ、リバーブ処理器11a、11bにより残響音処理がなされた残響音部分Bにより、出力音の空間的な広がりを再現することができる。
【0052】
さらに、FIRフィルタにおいてフィルタ長を長くして得られる音響補正効果を、フィルタ長の短いFIRフィルタ(デジタルフィルタ10a〜10d)とリバーブ処理器11a、11bとを用いて実現する場合には、FIRフィルタのフィルタ長に比べてリバーブ処理器11a、11bの連結ユニット長を大幅に短くした構成(本実施形態では、3ユニット長)で同様の効果を得ることができるので、回路規模の増大を抑制することができ、計算に必要なメモリ容量を大幅に削減することができる。
【0053】
なお、音響補正処理に必要とされるメモリ容量を削減することができるので、必要であれば、図1に示したメモリ5に代えて、FIRフィルタの複数のフィルタ係数とリバーブ処理器の複数のパラメータ(遅延数および係数)とを組み合わせてパラメータセットとして記録したデータベースを設けてもよい。リスナが操作部6を介してパラメータセットを自由に選択し、そのパラメータセットに基づいてデータベースよりフィルタ係数等を切り替えたり、または、入力される入力信号に応じて任意のタイミングでパラメータセットに基づいてフィルタ係数等を切り替えたりする構成とすることも可能である。
【0054】
以上説明したように、本発明に係る音響補正装置を用いることによって、FIRフィルタにおいてフィルタ長を長くすることなく十分な音響補正効果を奏することができると共に、メモリの使用容量の削減と計算時間の短縮化を図ることが可能となる。
【0055】
なお、本発明に係る音響特性補正装置を、図面を用いて詳細に説明したが、本発明に係る音響特性補正装置は上述した実施形態に限定されるものではない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において各種の変更例または修正例に想到しうることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本実施形態に係る音響補正システムの概略構成を示したブロック図である。
【図2】本実施形態に係る音響補正部の概略構成を示したブロック図である。
【図3】本実施形態に係るリバーブ処理器の概略構成を示したブロック図である。
【図4】(a)は、本実施形態に係る出力信号Laのインパルス応答を示すグラフであり、(b)は、本実施形態に係る出力信号Lbのインパルス応答を示すグラフであり、(c)は、本実施形態に係る出力信号Lのインパルス応答を示すグラフである。
【図5】(a)はリスナの前面方向に対して左右対称にスピーカ他設置された構成を示した図であり、(b)は、従来の音響補正装置の概略構成を示したブロック図である。
【図6】一般的なFIRフィルタの概略構成を示したブロック図である。
【図7】(a)はフィルタ長の長いFIRフィルタにより音響補正処理がなされた出力信号のインパルス応答を示したグラフであり、(a)はフィルタ長の短いFIRフィルタにより音響補正処理がなされた出力信号のインパルス応答を示したグラフである。
【符号の説明】
【0057】
1 …音響補正システム
2 …オーディオ再生部
3 …音響補正部(音響補正装置)
4a、4b、50a、50b …スピーカ
5 …メモリ(データベース)
6 …操作部
7 …制御部
10a、10b、10c、10d …デジタルフィルタ(音響補正手段、FIRフィルタ)
11a、11b …リバーブ処理器(リバーブ処理手段)
12a、12b …(音響補正部の)乗算器
13a、13b、13c、13d …(音響補正部の)加算器(加算手段)
15 …(リバーブ処理器の)遅延回路
16a、16b …(リバーブ処理器の)乗算器
17a、17b …(リバーブ処理器の)加算器
51 …(従来の)音響補正装置
52a、52b、52c、52d …(従来の音響補正装置の)デジタルフィルタ
53a、53b …(従来の音響補正装置の)加算器
55 …FIRフィルタ
56 …(FIRフィルタの)遅延回路
57 …(FIRフィルタの)乗算器
58 …(FIRフィルタの)加算器
L …リスナ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
出力音の出力位置からリスナの左右の耳に至るまでの伝達関数に基づいて、前記出力音の出力信号から初期反射音のみを出力する音響信号を生成する音響補正手段と、
前記出力音の出力信号から残響音のみを出力する音響信号を生成するリバーブ処理手段と、
前記音響補正手段により生成された音響信号と前記リバーブ処理手段により生成された音響信号とを加算して前記初期反射音と前記残響音とを出力する音響信号を生成する加算手段と
を備えることを特徴とする音響補正装置。
【請求項2】
前記音響補正手段はFIRフィルタにより構成され、当該FIRフィルタのフィルタ長を短くすることによって、前記初期反射音のみを出力する音響信号を生成することを特徴とする請求項1に記載の音響補正装置。
【請求項3】
前記音響補正手段は、Lチャネル用の出力信号からリスナの左耳に至るまでの第1伝達関数に基づいてフィルタの係数が設定される第1のFIRフィルタと、前記Lチャネル用の出力信号からリスナの右耳に至るまでの第2伝達関数に基づいてフィルタの係数が設定される第2のFIRフィルタと、Rチャネル用の出力信号からリスナの左耳に至るまでの第3伝達関数に基づいてフィルタの係数が設定される第3のFIRフィルタと、前記Rチャネル用の出力信号からリスナの右耳に至るまでの第4伝達関数に基づいてフィルタの係数が設定される第4のFIRフィルタとを有し、
前記リバーブ処理手段は、前記Lチャネル用の出力信号に対して残響音処理を行う第1のリバーブ処理手段と、前記Rチャネル用の出力信号に対して残響音処理を行う第2のリバーブ処理手段とを有し、
前記加算手段は、前記第1のFIRフィルタを介して生成された出力信号と、前記第3のFIRフィルタを介して生成された出力信号と、前記第1のリバーブ処理手段を介して生成された出力信号とを加算して、Lチャネル用の出力信号を生成する第1の加算手段と、前記第2のFIRフィルタを介して生成された出力信号と、前記第4のFIRフィルタを介して生成された出力信号と、前記第2のリバーブ処理手段を介して生成された出力信号とを加算して、Rチャネル用の出力信号を生成する第2の加算手段とを有し、
前記第1乃至第4のFIRフィルタのフィルタ長が、短い値に設定されること
を特徴とする請求項1に記載の音響補正装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−329631(P2007−329631A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−158235(P2006−158235)
【出願日】平成18年6月7日(2006.6.7)
【出願人】(000001487)クラリオン株式会社 (1,722)
【Fターム(参考)】