説明

顔料分散体、水性顔料分散液及びインクジェット記録用インク

【課題】分散安定性に優れ、低粘度でも沈降が少なく、且つインクジェット記録用インクの主成分として用いられたとき優れた光沢を与える水性顔料分散液を作製可能な顔料分散体を提供する
【解決手段】
本発明の顔料分散体は、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)、スチレン−アクリル酸系共重合体(b)、塩基性化合物(c)、湿潤剤(d)を含有し、湿潤剤(d)は、主鎖の炭素数の合計が5以上で、炭素数の合計が5〜10のジオール化合物(e)を含有し、ジオール化合物(e)とビスアセトアセトアリリド顔料(a)の質量比(e)/(a)が3/100〜15/100である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インク用の黄色顔料を用いた顔料分散体、該顔料分散体を水性媒体中に分散させた水性顔料分散液およびその製造方法、並びに該水性顔料分散液を主成分として含有するインクジェット記録用インクに関する。
【背景技術】
【0002】
水性インクは、油性インクで問題となる火災発生の危険性や変異原性などの毒性を低減できるため、産業用以外でのインクジェット記録用途に多く用いられている。
特にインクジェット記録用水性インクとして顔料を使用したインクは、優れた耐光性を与える利点があるが、顔料の凝集、沈降に伴うノズルの目詰まりが大きな問題となっている。顔料の凝集による沈降は、インクの中間体である水性顔料分散液の製造工程でも収率の低下や品質の不安定化などの深刻な問題をもたらす。
これを改善するため、高分子系の分散剤を用いて顔料を水性媒体中に分散させる方法が検討されているが、高分子系の分散剤のみで長期間にわたって顔料を安定に分散させることは一般に困難である。特に黄色の顔料は耐光性に優れたものが少なく、限られた種類の顔料を用いて、耐光性、分散安定性がともに良好な水性顔料分散液やインクジェット記録用水性インクを作製することには困難が伴った。
【0003】
本出願人は、このような状況に鑑み、先にビスアセトアセトアリリド顔料であるピグメントイエロー155の、スチレン−アクリル酸系共重合体を分散剤として用いた水性顔料分散液を提案した(特許文献1)。
しかしながら、特許文献1にて得られた水性顔料分散液はピグメントイエロー155の特長である優れた発色と耐光性を有するが、低粘度で吐出性の重要なインクジェット用のインクとして使用する場合などに、顔料の沈降を十分に抑制できない問題を有していた。さらに、近年の高光沢の写真画質への要求に応じるため、より高い光沢を実現する必要があり、これらの改良が強く望まれていた。
一方、顔料を液中に分散する際に、これをジオール化合物共存下でおこなう製造方法が開示されている(特許文献2)。このような製造方法を用いると、少ない吐出量で大きなドット径を記録媒体上に形成させることができるとされている。しかし混練工程を有しない該公報に記載された製造方法では、樹脂による顔料の被覆が十分におこなわれないために、沈降抑制や光沢改良の効果は得られず、逆に遊離樹脂による粘度上昇等の不具合を生じやすかった。
【特許文献1】特開2005−060419号公報
【特許文献2】特開2004−002698号公報(実施例B2)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、分散安定性に優れ、低粘度でも沈降が少なく、かつインクジェット記録用インクの主成分として用いられたとき、優れた光沢を与える黄色の水性顔料分散液、および該水性顔料分散液を容易に作製することのできる顔料分散体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは上記課題の解決のために鋭意検討の結果、ビスアセトアセトアリリド顔料の表面を、スチレン−アクリル酸系共重合体の樹脂で効率的に被覆するために、ビスアセトアセトアリリド顔料の粒子を、スチレン−アクリル酸系共重合体、塩基性化合物、及び特定のジオール化合物を含有する湿潤剤の共存下で混練し、顔料分散体を作製することが有効なことを見出し本発明に到達した。
すなわち本発明は、 ビスアセトアセトアリリド顔料(a)、スチレン−アクリル酸系共重合体(b)、塩基性化合物(c)、湿潤剤(d)を含有し、
湿潤剤(d)は、ジオール化合物(e)を含有し、
ジオール化合物(e)は、下記一般式(1)
【0006】
【化1】

(1)
(式中、Aは主鎖の炭素数が2以上の直鎖または分岐のアルキル基、Bは主鎖の炭素数が2以上の直鎖または分岐のジヒドロキシアルキル基で、AとBの主鎖の炭素数の合計が5以上、AとBの炭素数の合計が5〜10である。)
または、下記一般式(2)
【0007】
【化2】

(2)
(式中、C及びDは主鎖の炭素原子が2以上の直鎖または分岐のモノヒドロキシアルキル基で、CとDの主鎖の炭素数の合計が5以上、CとDの炭素数の合計が5〜10である。)
で示される化合物であり、
ジオール化合物(e)とビスアセトアセトアリリド顔料(a)の質量比(e)/(a)が3/100〜15/100であることを特徴とする顔料分散体を提供する。
また本発明は前記顔料分散体を水性媒体中に分散してなる水性顔料分散液を提供する。
さらに本発明は、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)、スチレン−アクリル酸系共重合体(b)、塩基性化合物(c)、湿潤剤(d)を含有する混合物を混練する混練工程を有し、
湿潤剤(d)はジオール化合物(e)を含有し、
ジオール化合物(e)は下記一般式(1)
【0008】
【化3】

(1)
(式中、Aは主鎖の炭素数が3以上の直鎖または分岐のアルキル基、Bは主鎖の炭素数が2以上の直鎖または分岐のジヒドロキシアルキル基で、AとBの主鎖の炭素数の合計が5以上、AとBの炭素数の合計が5〜10である。)
または、下記一般式(2)
【0009】
【化4】

(2)
(式中、C及びDは主鎖の炭素原子が2以上の直鎖または分岐のモノヒドロキシアルキル基で、CとDの主鎖の炭素数の合計が5以上、CとDの炭素数の合計が5〜10である。)
で示される化合物であり、
前記混練工程におけるジオール化合物(e)とビスアセトアセトアリリド顔料(a)の質量比(e)/(a)が3/100〜15/100であることを特徴とする顔料分散体の製造方法を提供する。
また本発明は、上記顔料分散体の製造方法で製造された顔料分散体を水性媒体中に分散して分散液を製造することを特徴とする水性顔料分散液の製造方法を提供する。
さらにまた本発明は、前記水性顔料分散液を主成分として含有するインクジェット記録用インク及びその製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の顔料分散体は、高濃度のビスアセトアセトアリリド顔料を含んだ固形の顔料分散体、または変性顔料として取り扱いが容易であり、単独で、あるいは他の着色剤などとともに水性媒体中に分散させて容易に水性顔料分散液を作製することができる。前記顔料分散体を作製する混練工程と、該顔料分散体を水性媒体中に分散させる工程を経て作製された本発明の水性顔料分散液は、顔料が微粒子化されるとともにその表面が樹脂で良好に被覆されており、水性媒体中での顔料沈降の少ない良好な分散安定性を有している。また前記水性顔料分散液を主成分として含有するインクジェット記録用インクは、水性顔料分散液と同様の顔料沈降の少ない良好な分散安定性を有するとともに、優れた光沢と耐光性、さらに長期保存の可能な画像を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下に本発明の顔料分散体の各構成成分についてさらに詳細に説明する。
本発明で使用するビスアセトアセトアリリド顔料は次の一般式(3)または一般式(4)で表される構造を有する。
【0012】
【化5】

(3)
又は、
【0013】
【化6】

(4)
(式中Rは独立にCH、OCH、OC、Cl、Br、NO、COOCH,の何れかを表し、m=0〜3である。またXおよびYはそれぞれ独立に、H、CH、OCH、Clの何れかを表し、ZはCH、OCH、Clの何れかを表す。)
一般式(3)または一般式(4)で表される顔料としてはC.I.ピグメントイエロー155、C.I.ピグメントイエロー16、C.I.ピグメントイエロー98などがあげられる。
特に、下記化学式(5)より示した、C.I.ピグメントイエロー155は発色性と耐久性からも好適である。
【0014】
【化7】

(5)
その粒径は、電子顕微鏡観察により得られるその平均粒径が200nm以下であることが好ましく、150nm以下であるとさらに好ましい。粒径が200nmを超えると、良好な光沢が得られず、またインクの吐出性に悪影響を及ぼす場合が多い。ここで顔料の平均粒径は電子顕微鏡写真により、各顔料粒子の長径の方向成分を100個分測定し、その平均値として求めたものである。
【0015】
本発明において用いられるスチレン−アクリル酸系共重合体(b)は、その構成モノマーとして少なくともスチレン系モノマーと、アクリル酸及びメタクリル酸のうちの一種以上を含み、好ましくはスチレン系モノマー、アクリル酸、メタクリル酸を全て含む。該スチレン−アクリル酸系共重合体(b)の構成モノマー組成比において、スチレン系モノマー単位の全モノマー単位の総量に対する割合が60質量%以上であることが好ましく、さらに好ましくは60〜90質量%の範囲である。特に、スチレン系モノマー単位とアクリル酸モノマー単位とメタクリル酸モノマー単位の和が全モノマー単位の総量に対して95質量%以上であることが好ましい。
本発明のスチレン−アクリル酸系共重合体(b)が、60質量%以上の高濃度のスチレン系モノマー単位を含む場合には、疎水性成分に富む顔料表面に良好に吸着し、該顔料の分散性を良好に保持することができる。特に本発明の製法を通じて、かかる共重合体は、ビスアセトアセトアリリド顔料、特にピグメントイエロー155の表面に強固に吸着し、他顔料に適用した場合と比較して、沈降の少ない安定した分散性が維持される。さらにスチレン系モノマー単位が60質量%以上である場合には、得られるインクジェット記録用インクを用いて優れた普通紙記録特性と、高い画像記録濃度を得ることが出来る。また印字画像の耐水特性にも優れている。またスチレン系モノマー単位の割合が60〜90質量%であると、スチレン−アクリル酸系共重合体(b)の水性媒体に対する良好な溶解性を維持することができ、水性顔料分散液における顔料の分散性や分散安定性を向上させることができる。その結果インクジェット記録用インクに適用した場合に優れた印字安定性を得ることができる。
【0016】
本発明の水性顔料分酸液に使用するスチレン−アクリル酸系共重合体(b)の酸価は100〜200mgKOH/gであり、120〜180mgKOH/gの範囲であると好ましい。酸価が100mgKOH/gより大きいと十分な親水性が得られるため、インクジェット記録用インクを作製したときに、組成物中での顔料の再凝集が生じ難く安定した分散性を得ることができる。一方酸価が200mgKOH/gより小さいと、共重合体が適度な親水性を有することになるため、疎水性である顔料表面への吸着が良好に維持され、またインクを作製して被印刷物に画像を形成したときに、インク印字物の高い耐水性も維持される。
本発明で使用するスチレン−アクリル酸系共重合体(b)を構成するスチレン系モノマー単位としては、公知の化合物を用いることができる。例えば、スチレン、α−メチルスチレン、β−メチルスチレン、2,4−ジメチルスチレン、α−エチルスチレン、α−ブチルスチレン、α−ヘキシルスチレンの如きアルキルスチレン;4−クロロスチレン、3−クロロスチレン、3−ブロモスチレンの如きハロゲン化スチレン;更に3−ニトロスチレン、4−メトキシスチレン、ビニルトルエン等を挙げることができる。
これらスチレン系モノマーのなかでもアルキルスチレンモノマーを用いることが好ましく、スチレンモノマーを用いることが最も好ましい。
【0017】
スチレン−アクリル酸系共重合体(b)には、スチレン系モノマー、アクリル酸、メタクリル酸以外のこれらのモノマーと重合可能なモノマーが成分量として5質量%未満含まれていても良い。このようなモノマーの例としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、n-プロピル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、n-ブチル(メタ)アクリレート、sec-ブチル(メタ)アクリレート、tert-ブチル(メタ)アクリレート、2-メチルブチル(メタ)アクリレート、2-エチルブチル(メタ)アクリレート、3-メチルブチル(メタ)アクリレート、1,3-ジメチルブチル(メタ)アクリレート、ペンチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、ヘプチル(メタ)アクリレート、オクチル(メタ)アクリレート、ノニル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸エステル類;2-エトキシエチルアクリレート、3-エトキシプロピルアクリレート、2-エトキシブチルアクリレート、3-エトキシブチルアクリレート、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、エチル-α-(ヒドロキシメチル)アクリレート、メチル-α-(ヒドロキシメチル)アクリレートのような(メタ)アクリル酸エステル誘導体;フェニル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、フェニルエチル(メタ)アクリレートのような(メタ)アクリル酸アリールエステル類及び(メタ)アクリル酸アラルキルエステル類;ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン、ビスフェノールAのような多価アルコール、多価フェノールのモノ(メタ)アクリル酸エステル類;マレイン酸ジメチル、マレイン酸ジエチルのようなマレイン酸ジアルキルエステル等を挙げることができる。これらのモノマーはその1種又は2種以上をモノマー成分として添加することができる。
【0018】
本発明において用いられるスチレン−アクリル酸系共重合体(b)の重量平均分子量は6,000〜40,000の範囲である。重量平均分子量は7,500〜30,000の範囲内にあることが好ましく、7,500〜14,000の範囲内にあることがより好ましい。重量平均分子量が6,000未満であると、水性顔料分散液を形成するときの初期の分散粒子の小粒径化は容易であるが、顔料への被覆が不十分となる傾向にあり、沈降を生じやすい傾向にある。また光沢が十分に発現しない傾向にある。
スチレン−アクリル酸系共重合体(b)の重量平均分子量が40,000を超えると、これを用いた水性顔料分散液から調製したインクジェット記録用インクの粘度が高くなり易く、インクの吐出安定性が低下する傾向にある。
【0019】
本発明において用いられるスチレン−アクリル酸系共重合体(b)はランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体の何れであっても良い。グラフト共重合体としてはポリスチレンあるいはスチレンと共重合可能な非イオン性モノマーとスチレンとの共重合体が幹又は枝となり、アクリル酸、メタクリル酸とスチレンを含む他のモノマーとの共重合体を枝又は幹とするグラフト共重合体をその一例として示すことができる。スチレン−アクリル酸系共重合体(b)は、上述の共重合体とランダム共重合体の混合物であってもよい。
【0020】
本発明の顔料分散体において、スチレン−アクリル酸系共重合体(b)とビスアセトアセトアリリド顔料(a)との質量比(b)/(a)が10/100〜40/100であることが好ましく、18/100〜30/100であると特に好ましい。質量比(b)/(a)が10/100未満であると、水性顔料分散液を作製したときの分散安定性が低下するとともに水性顔料分散液を用いてインクジェット記録用インクにしたとき、耐摩擦性が低下する傾向にあり、また質量比(b)/(a)が40/100を超えると、インクジェット記録用インクの粘度が高くなり、吐出安定性が低下する傾向が認められる。特にサーマルジェットタイプのインクジェット記録用インクにおける使用を念頭においた、高温保存安定性を良好に保つためには(b)/(a)の値を上記範囲に設定することが重要である。
【0021】
スチレン−アクリル酸系共重合体(b)は、そのアクリル酸部位を中和させるために、塩基性化合物(c)を共存させた形で用いられる。塩基性化合物(c)は混練工程で樹脂を軟化させ、樹脂による顔料の被覆過程を円滑にするとともに、樹脂被覆された顔料の水性媒体への分散性を良好にする。塩基性化合物(c)としては、無機系塩基性化合物、有機系塩基性化合物のいずれも用いることができる。有機系塩基性化合物としては、例えばメチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミンなどのアミン;トリエタノールアミン、ジエタノールアミン、メチルジエタノールアミンなどのアルコールアミンを例示することができる。無機系塩基性化合物としては、カリウム、ナトリウムなどのアルカリ金属の水酸化物;カリウム、ナトリウムなどのアルカリ金属の炭酸塩;カルシウム、バリウムなどのアルカリ土類金属などの炭酸塩;水酸化アンモニウムなどを例示することができる。
特に、アルカリ金属水酸化物、アルコールアミン類は、本発明の顔料分散体から水性顔料分散液、さらにはインクジェット記録用インクへと調製した場合、分散性、保存安定性やインクジェットプリンターのデキャップ性、印刷物の耐水性等の点から好適である。これらの塩基性化合物の中で、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化リチウムに代表されるアルカリ金属水酸化物は、水性顔料分散液の低粘度化に寄与し、インクジェット記録用インクの吐出安定性の面から好ましく、特に水酸化カリウムが好ましい。
また、アルカリ金属水酸化物は水溶液で用いることが好ましく、その添加量は、スチレン−アクリル酸系共重合体(b)の酸価に基づき、中和率として80〜120%となる範囲であることが好ましい。中和率を80%以上と設定することが、顔料分散体から水性顔料分散液を作製するときの水性媒体中の分散速度の向上、水性顔料分散液の分散安定性、保存安定性の点から好ましい。水性顔料分散液、またはインクジェット記録用インクの長期保存時におけるゲル化を防ぐ点においても、インクによって作製した印字物の耐水性の点でも中和率120%以下とすることが好ましい。
なお本発明において、中和率とはアルカリ金属水酸化物の配合量がスチレン−アクリル酸系共重合体(b)中の全てのカルボキシル基の中和に必要な量に対して何%かを示す数値であり、以下の式で計算される。
【0022】
【数1】

【0023】
本発明での顔料分散体に含有される湿潤剤(d)中に、必須成分として含有されるジオール化合物(e)は、下記一般式(1)
【0024】
【化8】

(1)
(式中、Aは主鎖の炭素数が2以上の直鎖または分岐のアルキル基、Bは主鎖の炭素数が2以上の直鎖または分岐のジヒドロキシアルキル基で、AとBの主鎖の炭素数の合計が5以上、AとBの炭素数の合計が5〜10である。)
または、下記一般式(2)
【0025】
【化9】

(2)
(式中、C及びDは主鎖の炭素原子が2以上の直鎖または分岐のモノヒドロキシアルキル基で、CとDの主鎖の炭素数の合計が5以上、CとDの炭素数の合計が5〜10である。)で示される。
本発明で用いる湿潤剤(d)に含有される上記ジオール化合物(e)は、顔料分散体から水性顔料分散液や、インクジェット記録用インクを作製したときに湿潤剤としての機能を果たす他、ジアセトアセトアリリド顔料に対して分散助剤として機能してその沈降を防止する。一般式(1)または一般式(2)で表されるジオール化合物において、主鎖の炭素数の合計は5以上、炭素数の合計は5〜10である。主鎖の炭素数の総数4以下では沈降防止の効果がなく、炭素数の総数が11以上であるとジオール化合物の粘度が上昇する傾向にあり、インクジェット記録用インクを形成したときに吐出性を低下させる原因となりやすい。また沈降防止効果も低下する傾向にある。
一般式(1)、および一般式(2)の化合物において主鎖の炭素数は6以上、炭素数の総数は6〜9がさらに好ましく、主鎖の炭素数が6以上、炭素数の総数が6〜8が、ビスアセトアセトアリリド顔料の小粒径化と、沈降防止にとって一層好ましい。
また一般式(1)で表されるジオール化合物においては、ジヒドロキシアルキル基であるBの水酸基は、2つとも主鎖の炭素原子に結合していることが好ましく、1位、2位、3位、4位のうちから選択される異なる2箇所において炭素原子に結合していることがさらに好ましい。また、1位、2位、3位のうちから選択される異なる2箇所に結合していることが一層好ましい。
またアルキル基であるAは直鎖のアルキル基であることが好ましい。
さらに、一般式(1)で表されるジオール化合物においては、小粒径化、沈降防止の点において、2−エチル−1,3ヘキサンジオールと1,2ヘキサンジオールが更に好ましく、1,2ヘキサンジオールが最も好ましい。
また一般式(2)で表されるジオール化合物においては、CおよびDの水酸基は主鎖の炭素原子に結合していることが好ましく、CおよびDが直鎖のモノヒドロキシアルキル基であることが一層好ましい。また一般式(2)で表されるジオール化合物においては、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)の顔料分散体を形成するときの小粒径化と、該顔料分散体を水性媒体中に分散させたときの沈降防止の点で、さらにC及びDがそれぞれ炭素数3のモノヒドロキシアルキル基であることが好ましく、ジプロピレングリコールが最も好ましい。
このため本発明で用いるジオール化合物としては、ジプロピレングリコール、2−エチル−1,3ヘキサンジオール、1,2ヘキサンジオールからなる群から選ばれる少なくとも一種のジオール化合物を用いることが好ましい。特に湿潤剤(d)としてジエチレングリコールを用いたときには、これら群を構成するジオール化合物から選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましい。
顔料分散体に含まれるこれら3種のジオール化合物は、いずれも顔料分散体から形成される水性顔料分散液やインクジェット記録用インクを作製したときの、水性顔料分散液中における、インク中の顔料の小粒径化、及び顔料沈降の防止に効果があるが、水性顔料分散液の平均粒径の細かさの点でジプロピレングリコールが好ましい。一方、1,2ヘキサンジオールはインクジェット記録用インクを作製するときに、極めて一般的な浸透剤として使用されており、インクジェット記録用インクの特性に与える影響が少ない点において、またインクの浸透性にも併せて効果を有する点で好ましい。
【0026】
一般的にインクジェット記録用インクの作製時に、上記ジオール化合物のうちの一つ以上をさらに添加してインクの調製が行われる場合には、そこで用いるジオール化合物と同等のジオール化合物を用いて顔料分散体を作製しておき、該組成物からインクを作製することが、インクの他の特性への影響を小さくできるため好ましい。係るジオール化合物の添加量は、ジオール化合物(e)とビスアセトアセトアリリド顔料(a)との質量比(e)/(a)が3/100〜15/100である。(e)/(a)の数値がこの範囲に入っていないと、顔料分散体を製造するときに顔料表面の疎水性と親水性のバランスが不適切となり、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)とスチレン−アクリル酸系共重合体(b)の相互作用が不十分となってしまい、顔料表面のスチレンアクリル系共重合体による被覆が良好に進行しない。このため、分散性が良好で顔料沈降の無い水性顔料分散液やインクジェット記録用インクを作製可能な、顔料分散体とすることができない。
湿潤剤(d)としては、ジオール化合物(e)以外の化合物を併用してもよい。ジオール化合物(e)以外の湿潤剤(d)を併用することにより、顔料分散体を製造するときの最適固形分比を、ジオール化合物(e)の上述した最適配合量にかかわらずより自由に設定することができる。
ジオール化合物(e)以外の使用可能な湿潤剤(d)としては、公知のものが使用でき、例えばグリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、1,6-へキサンジオール、1,2,6-へキサントリオール、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール等のポリオール類;2-ピロリドン、N-メチル-2-ピロリドン、ε-カプロラクタム等のラクタム類;1,3-ジメチルイミダゾリジン等が挙げられ、なかでもジエチレングリコールが好ましい。これら湿潤剤(d)は高沸点のため、混練工程において揮散することなく、また安定した混練条件が維持される。また本来湿潤剤(d)はインクジェット記録用インクの組成の一部であるため、水性顔料分散液やインクジェット記録用インクを作製するときに留去する必要が無く、容易にこれらを作製することができる。
十分な剪断力を発生させた良好で効率的な混練工程を進行させ、顔料が小粒経化して、分散安定性の良い水性顔料分散液やインクジェット記録用インクを形成することができる顔料分散体を製造するためには、湿潤剤(d)とビスアセトアセトアリリド顔料(a)の質量比(d)/(a)が16/100〜35/100であることが好ましい。
本発明の水性顔料分散液は、既述の顔料分散体を水、または水を主体とする水性媒体中に分散して作製することができる。水性媒体としては水の他、水と湿潤剤を含有する混合物を用いることが好ましく、その配合は水性顔料分散液における湿潤剤の蒸発防止効果や、粘度等を考慮しつつ調整することができる。水性顔料分散液中の顔料濃度は、良好な印字濃度とインクジェット記録用インクとしたときの吐出性の維持を考慮すると1〜30質量%が好ましく、10〜20質量%であることがより好ましい。
本発明のインクジェット記録用インクは、上記水性顔料分散液に対して、水性媒体の他、湿潤剤、浸透剤、防腐剤、防黴剤、界面活性剤、消泡剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤などの公知の添加成分を適宜加え、顔料濃度と粘度を調整して作製することができる。
【0027】
以降、本発明の顔料分散体の製造方法及び水性顔料分散液の製造方法ついてより詳細に説明する。
上記の顔料分散体は例えば以下の方法によって製造することができる。
本発明の顔料分散体の製造方法においては、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)、スチレン−アクリル酸系共重合体(b)、塩基性化合物(c)、湿潤剤(d)を含有する混合物の混練工程を有し、
湿潤剤(d)はジオール化合物(e)を含有し、
ジオール化合物(e)は下記一般式(1)
【0028】
【化10】

(1)
(式中、Aは主鎖の炭素数が3以上の直鎖または分岐のアルキル基、Bは主鎖の炭素数が2以上の直鎖または分岐のジヒドロキシアルキル基で、AとBの主鎖の炭素数の合計が5以上、AとBの炭素数の合計が5〜10である。)
または、下記一般式(2)
【0029】
【化11】

(2)
(式中、C及びDは主鎖の炭素原子が2以上の直鎖または分岐のモノヒドロキシアルキル基で、CとDの主鎖の炭素数の合計が5以上、CとDの炭素数の合計が5〜10である。)で示される化合物であり、前記混練工程におけるジオール化合物(e)とビスアセトアセトアリリド顔料(a)の質量比(e)/(a)が3/100〜15/100であることを特徴とする。
前記顔料分散体の製造方法における混練工程においては、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)、スチレン−アクリル酸系共重合体(b)、塩基性化合物(c)、及び前記特定のジオール化合物(e)を特定の配合量含む湿潤剤(d)を含有する混合物を混練することにより、前記ジオール化合物(e)は混練時の混合物の固形分比を調整するばかりでなく、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)の分散助剤として機能して、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)表面へのスチレン−アクリル系共重合体(b)の被覆を良好に進行させる。
この時混練を、固形分比が高く、大きな剪断力を受ける状態でおこない、顔料の解砕と顔料と樹脂の混合、均一化をおこなうことが重要である。かかる状態で、樹脂の存在下において、顔料粒子同士をひとまとまりのかたまりにして、混練を続行することにより、混合物に混練装置からの十分な剪断力が加わり、塩基性化合物(c)の存在下で湿潤剤(d)によって膨潤したスチレン−アクリル酸系共重合体(b)が顔料表面で展延され、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)の粒子界面を効率的に覆うことができる。
【0030】
本発明の水性顔料分散液の製造方法の混練工程における湿潤剤(d)の使用量は、湿潤剤(d)とビスアセトアセトアリリド顔料(a)の質量比(d)/(a)が16/100〜35/100であることが好ましい。質量比(d)/(a)がこの範囲より小さい領域では、混練時に顔料粒子が十分にまとまらなくなる傾向にあり、粉体のままで行う混練の効率が低下しやすい。質量比(d)/(a)が35/100より大きい領域では、混練時に混合物が液状もしくはそれに近い状態になりやすく、水溶性の樹脂成分たるスチレン−アクリル酸系共重合体(b)が液相に移行する傾向があるため、該共重合体による顔料表面の被覆が十分には行えなくなりやすい。さらに、質量比(d)/(a)が上記範囲より大きい領域では、顔料粒子が液相中に分散し易いため、顔料に十分な応力が加わらなくなる傾向にあり、本発明の意図する固形での混練操作が効率よく実施できなくなりやすい。なお、上記(d)/(a)の比率は混練温度によっても若干最適範囲が変わり、一般に高温ほど少ない湿潤剤(d)の添加量で済む傾向があるが、上記範囲の領域内であれば通常の混練温度範囲において問題なく適用できる。
このように顔料分散体を製造するときの混練工程において、被混練物の固形分含有量の調整をするためにはジオール化合物(e)以外の湿潤剤(d)を併用して用いた方が顔料の沈降防止のためのジオール化合物(e)の最適配合と、混練時の最適固形分比の調整が独立に調整できて好ましい。通常ジオール化合物(e)に規定された配合量のみでは、本発明の顔料分散体を製造する際の混練工程で必要とされる湿潤剤(d)としては量が少ないため、ジオール化合物(e)以外の湿潤剤(d)と併用することが好ましい。
スチレン−アクリル酸系共重合体(b)がビスアセトアセトアリリド顔料(a)の表面に十分に留まり、該顔料を被覆することによって、インクジェット記録用インクを製造したときの十分な沈降抑制効果や、該インクの印刷後の画像の十分な光沢が得られる。しかしスチレン−アクリル酸系共重合体(b)が多すぎ、これが水性媒体中へ拡散すると、インクの粘度が上昇し易く、インクの吐出性が低下する傾向にある。
【0031】
スチレン−アクリル酸系共重合体(b)とビスアセトアセトアリリド顔料(a)との質量比(b)/(a)は10/100〜40/100に設定されることが好ましい。このような範囲にスチレン−アクリル酸系樹脂(b)の配合量を設定することにより、顔料の解砕が効率的に進行するとともに、水性顔料分散液を形成したときに、顔料に吸着しなかった余分な顔料が水性媒体中存在して、分散液の粘度を上昇させたり、インクジェット記録用インクの吐出性を低下させることがない。
【0032】
塩基性化合物(c)としてアルカリ金属水酸化物を用いるときは、通常水溶液として用いられるが、水の量は最小限とすることが好ましく、この水量は顔料に対して15質量%以下に抑えることが好ましく、8質量%以下とすることがさらに好ましい。本発明では水性分散液の粘度を常温で5.5mPa・s以下とすることが好ましく、4.0mPa・s以下とするとさらに好ましい。
効率の良い混練のためには混練中の着色混練物の固形分比は50〜80質量%が好ましい。この範囲の固形分比であると混練終了後も水性媒体への希釈及び分散が速やかに進行し易い。固形分比が80質量%を超えると混練後の希釈、及び分散に長時間を要する傾向にあり、固形分比が50質量%未満では混練時に強力な剪断力が発生しにくい傾向がある。
【0033】
混練をはじめる前に、粉体のビスアセトアセトアリリド顔料(a)に、スチレン−アクリル酸系共重合体(b)、塩基性化合物(c)、湿潤剤(d)及びジオール化合物(e)を加え混合物とするが、予めビスアセトアセトアリリド顔料(a)と、粉体のスチレン−アクリル酸系共重合体(b)を混合し、混合粉体としておくことが好ましい。この混合粉体に他の必須成分である塩基性化合物(c)、湿潤剤(d)、及びジオール化合物(e)を添加してから混練を開始する。混練装置は固形物の混練に有効な大きな剪断力を発生できるものが好ましく、簡便なものとしては、石や金属の臼、碗などを代表的な容器として、これと共にすりこぎや杵を用いて固形の混合物を混練する方法が挙げられる。特に少量の生産では乳鉢や乳棒をこれらに代えて用いることができる。これらの方法を用いたとしても、30分以上の混練操作を行うことにより、顔料の解砕や顔料表面の樹脂による被覆の進行がほぼ飽和するため、特性の再現性のよい固形着色混練物を作製できる。また、温度制御を厳密に行う場合や大量の生産の場合には、ロール、または攪拌翼を有する、公知慣用の混練装置を用いることが可能である。なかでも攪拌槽と攪拌翼を有する加圧ニーダー、ヘンシェルミキサー、プラネタリーミキサーが好ましく、さらに攪拌翼が自公転できる型の混練装置が好適である。その代表例として、加圧ニーダー、プラネタリーミキサーを挙げることができ、対応する粘度領域の広い点、混練温度を低温度化できる点で後者が特に好ましい。プラネタリーミキサーとはプラネタリー型混練装置のことであり、遊星運動を行う撹拌羽根を有する混練装置の総称である(以下、「プラネタリーミキサー」と呼称する)。
【0034】
上記各成分を添加して得た混合物の主成分であるビスアセトアセトアリリド顔料(a)は2〜20分以降にスチレン−アクリル酸系共重合体(b)を介して、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)の合着が起こり、その凝集が進行してひとかたまりとなり団子状もしくは棒状の凝集体となる。ジオール化合物(e)を添加することによりこの凝集に要する時間が短縮され、より効率的で良好な混練が行われるという効果がある。
前記の各添加成分がひとかたまりとなることによって、混合前の顔料粉体の見掛けの体積は大幅に減少する。その収縮率はおよそ60体積%である。
またこのとき、スチレン−アクリル酸系共重合体(b)の塩基性化合物(c)による中和が進行するため、その中和熱による温度上昇が起こるが、その発熱を利用して温度を上述の添加時の好ましい範囲に制御することにより、混練に要する電力を節約することができる。
こうして得たビスアセトアセトアリリド顔料(a)を含むかたまりは、固形状態の混合物であり、種々の混練装置により十分な剪断力を与えて展延可能であることが良好な混練を行う点で重要である。しかし固形状態の混合物が硬すぎると、装置の破損や、顔料粒子の破壊による色相や光沢に悪影響をもたらすことがある。
このため、効率的で良好な混練のために混練工程で用いる各成分の添加量を既述の範囲とすることが好ましい。
【0035】
混練工程における混練で固形混合物に十分な剪断力を与えるためには、添加成分がひとかたまりとなることが好ましい。このような混練に好適な状態を得るために、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)以外の成分を、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)に対して一度に添加せずに、段階的に添加していくことが好ましい。
また、混練操作において界面活性剤の共存下で顔料と共重合体を混練すると、共重合体が液相に移行し、顔料表面から脱離してしまう傾向にあるため、混練時においては界面活性剤を共存させないことが好ましい。
混練時間は特に限定されないが、0.2〜6時間の範囲が好ましく、0.5〜3時間であるとさらに好ましい。0.2時間に満たない混練時間では樹脂による顔料表面の被覆が完遂しない傾向があり、また6時間を超える混練を行うと生産性を低下させたり、顔料の破壊を招き色相や光沢の変化を生じることがある。
【0036】
このようにして得られた顔料分散体は常温で固形の着色混練物であり、顔料表面が樹脂で被覆されたマイクロカプセル型の変性顔料として長期の保管や取り扱いに便利である。
本発明の顔料分散体の形成においては、混練装置の回転数は適宜設定することができるが、混練時には被混練物が良好に混練され得る強い剪断力が必要である。
本発明で用いた特定のジオール化合物(e)の使用に伴う効果は、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)に特有と考えられる。例えば、本比較例に示す通り、基本的な化学構造の異なるピグメントブルー15:3ピグメントレッド168に対しては認められない。また基本的な化学構造は異なるが類似部分を多く有するピグメントイエロー213においても認められない。また本発明の効果は、上記に示したジオール化合物(e)以外のジオール化合物では、本比較例に示す如くその効果は認められない。
このことは、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)の表面性状を考慮することで説明できる。すなわちビスアセトアセトアリリド顔料(a)は、芳香族環に富むエステル化合物であり、そのアクリル酸系共重合体との相互作用においては、共重合体の主たるモノマー単位であるスチレン系モノマーの芳香族環との間で、疎水性のπ―π相互作用が一定の役割を担うと考えられる。一方、スチレン−アクリル酸系共重合体(b)には水系インクに用いる観点からアクリル酸モノマー成分が必須であるが、この部位は顔料表面のエステル部位と弱い相互作用しか与えず、むしろ共重合体を顔料表面から離脱させ、共存する水素結合性に富む水や湿潤剤(d)に移行させてしまう。特定構造、即ち主鎖の炭素数が5個以上で総炭素数が6〜10である上述の特定のジオール化合物(e)の共存の効果は、顔料表面への共重合体の吸着に重要な疎水性―親水性のバランスを与えると考えられる。
【0037】
本発明の水性顔料分散液の製造方法においては、上記の方法で製造した顔料分散体を水性媒体中に分散させて水性顔料分散液を製造する。本発明の水性顔料分散液の製造方法は、ビスアセトアセトアリリド顔料(a)とスチレン−アクリル共重合体(b)、塩基性化合物(c)、及びジオール化合物(e)を含む固形分比の高い混合物を混練する工程を有することが特徴の一つである。
したがって顔料分散体を製造する混練工程においては混合物は液状とならないことが好ましい。液状の状態では、スチレン−アクリル系共重合体(b)の少なくとも一部または全部が液中に拡散し易く、顔料表面に該共重合体が十分に留まらない傾向にある。したがって、顔料と樹脂を含む混合物の混練を行わない従来実施されて来た液中での顔料分散操作のみで水性顔料分散液を製造したのでは、顔料の小粒径化や沈降防止といった本発明の効果が得られなくなる。
【0038】
本発明の水性顔料分散液の製造方法における分散工程では、混練工程を経て作製された顔料分散体である固形着色混練物を水または水を主成分として含有する水性媒体と混合させることで、簡単に顔料分散液を得ることが可能である。このとき他の染料等の色材と混合して分散させることも出来る。かかる色材の混合により緑がかった、もしくは赤みがかった黄色の色相に調色することも可能である。ビスアセトアセトアリリド顔料(a)の顔料表面は塩基性化合物(c)の添加により、親水性を増したスチレン−アクリル共重合体(b)で十分に被覆され、かつその被覆プロセスはジオール化合物(e)によって良好に進行するために、水性媒体との混合により容易に水性顔料分散液を得ることができ、特に、一般的に用いられる顔料分散装置を用いなくても顔料粒子の細かく揃った水性顔料分散液を得ることができる。かかる水性媒体との混合は攪拌羽と撹拌槽を有する汎用の攪拌機で行われて良く、前述のプラネタリーミキサー中でそのまま撹拌することにより行われても良い。得られた分散液中の顔料濃度は1〜30質量%とすることが好ましい。顔料濃度範囲がこの領域に満たないと印刷濃度が不足し、また、この領域を超えると、粘度が高くなりすぎて取扱い性が悪くなる傾向がある。
【0039】
顔料分散体である着色混練物を水性媒体と混合し、水性媒体中に分散させるに際しては、より良好な分散、あるいは生産効率の向上のために、公知の分散装置を用いても良い。特にビーズ等を用いるメディア分散機等による分散機の工程を導入することが効果的で、特に分散工程にて水以外の成分を加える場合などに、液中の成分濃度の均一性を得る目的で使用することもできる。分散工程に使用されるメディアを用いた分散機としては、サンドミル、ペイントシェーカー、ボールミル、サンドグラインダー、ダイノーミル、ディスパーマット、SCミル、スパイクミル、アジテーターミル、ピンミル等をあげることが出来る。しかし前述のとおり、本発明は分散機による顔料分散工程を必ずしも必要とせず、分散機を用いる場合は顔料表面の樹脂を脱離させないように、分散時間を10分以内、好ましくは5分以内の短時間に留め、過度な分散をさせないようにすることが好ましい。また分散工程で分散機を用いるときには、混練工程で作製した着色混練物と水性媒体を混合し、かつ水性媒体で希釈して、分散機の適性粘度にまで調整することが好ましく、15mPa・s以下の粘度まで低下させることが好ましい。
分散工程における水性媒体の混合方法としては、着色混練物と水性媒体を一度に混合してもよく、着色混練物に水性媒体を逐次撹拌しながら段階的に混合してもよいが、後者の方法を用いることにより、より効率的にまた、より分散性の良好な水性顔料分散液を製造することが可能である。混合の際の温度は特に限定されないが、5〜70℃の範囲で好適に行われる。分散工程終了後に形成される水性顔料分散液の顔料濃度は10〜20質量%であることが好ましい。顔料濃度が1〜7%程度に調整された該分散液は、適宜既述の追加成分を加え、粘度、顔料濃度を調整してインクジェット記録用インクとして使用されるが、そのままインクジェット記録用インクとして用いることもできる。
また、顔料濃度の高い水性顔料分散液は、一旦インク用の中間体として保管しておき、該中間体に水や公知慣用のインク成分や、他の顔料分散液や染料などを添加してインクジェット記録用インクとするための保存用として用いることができる。
【0040】
また、本発明では分散液中の粗大粒子を低減するために、第2工程(分散工程)の後に遠心分離工程やろ過工程を加えても良い。かかる粗大粒子の除去工程により、光沢を阻害する粗大粒子を低減することができる。
【0041】
本発明の水性顔料分散液からインクジェット記録用インクを製造するためには、水性顔料分散液をさらに水性媒体にて希釈して製造することができる。水性顔料分散液を希釈する水性媒体には湿潤剤が配合されていると、インクジェット記録用インクにおいて乾燥防止、粘度調整、濃度調整に寄与するため好ましい。湿潤剤としては顔料分散体を製造する混練工程で用いたものと同様のものを例示することができる。乾燥防止を目的とする湿潤剤のインク中の含有量は、3〜50質量%であることが好ましい。
また、インクジェット記録用インクを調製する場合、被記録媒体の浸透性改良や、記録媒体上でのドット径調整を目的として浸透剤を添加することができる。浸透剤としては、例えばエタノール、イソプロピルアルコール等の低級アルコール;エチレングリコールヘキシルエーテルやジエチレングリコールブチルエーテル等のアルキルアルコールのエチレンオキシド付加物;プロピレングリコールプロピルエーテル等のアルキルアルコールのプロピレンオキシド付加物が挙げられる。インク中の浸透剤の含有量は0.01〜10質量%であることが好ましい。
インクジェット記録用インクを調製する場合、表面張力等のインク特性を調整するために、界面活性剤を添加することができる。このために添加することのできる界面活性剤は特に限定されるものではなく、各種のアニオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤等があげられ、これらの中ではアニオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤が好ましい。さらに必要に応じて、防腐剤、防黴剤、消泡剤、酸化防止材、紫外線吸収剤などのインクジェット記録用インクのための添加成分を適宜加えて、水性媒体の量、顔料濃度の調整が行われるが、分散工程において前記各種の添加成分が適宜配合された水性媒体を着色混練物と直接混合する方法を用いて、インクジェット記録用インクを作製しても良い。
本発明の水性顔料分散液、およびインクジェット記録用インクは加熱しても安定であり、本来沈降し易い顔料に対して、低粘度媒体中であっても沈降の少ない良好な安定性をもたらす。また本発明のインクジェット記録用インクを用いて、インクジェット記録法により形成された画像は優れた光沢を発現し、ピグメントイエロー155の本来の有する優れた耐光性と発色を兼備した高い品質を有する。
【実施例】
【0042】
以下に、実施例を用いて、本発明をさらに詳細に説明する。
以下の合成例、実施例、比較例において、「部」及び「%」は「質量部」及び「質量%」を示す。
<合成例1>
撹拌装置、滴下装置、還流装置を有する反応容器にメチルエチルケトン100部を仕込み、攪拌しながら反応容器内を窒素置換した。反応容器内を窒素雰囲気に保ちながら加温し、メチルエチルケトン還流状態とした後、滴下装置からスチレン77部、アクリル酸10部、メタクリル酸13部及び重合触媒 (和光純薬工業社製/「V−59」)8部の混合液を2時間かけて滴下した。なお滴下の途中より、反応系の温度を80℃に保った。
滴下終了後、同温度でさらに25時間反応を続けた。なお、反応の途中において、原料の消費状況を確認しながら、適宜、重合触媒を追加した。反応終了後、メチルエチルケトンを減圧下で留去し、得られた固体を粉砕して、このスチレン−アクリル酸系共重合体(A−1)の粉体を得た。その酸価は152mgKOH/g、重量平均分子量は11000であった。
なお、本発明における重量平均分子量は、GPC(ゲル・浸透・クロマトグラフィー)法で測定される値であり、標準物質として使用するポリスチレンの分子量に換算した値である。なお測定は以下の装置及び条件により実施した。
送液ポンプ:LC−9A
システムコントローラー:SLC−6B
オートインジェクター:S1L−6B
検出器:RID−6A
以上島津製作所社製
データ処理ソフト:Sic480IIデータステーション(システムインスツルメンツ社製)。
カラム:GL−R400(ガードカラム)+GL−R440+GL−R450+GL−R400M(日立化成工業社製)
溶出溶媒:THF
溶出流量:2ml/min
カラム温度:35℃
【0043】
<合成例2>
合成例1の製造方法に準じ、反応条件を調整して以下のスチレン−アクリル酸系共重合体を合成した。モノマー単位の組成比においてスチレン/アクリル酸/メタクリル酸=77/10/13(質量比)であり、重量平均分子量8500、酸価154mgKOH/g、ガラス転移点107℃であるスチレン−アクリル酸系共重合体(A−2)を合成した。
【0044】
<実施例1>
〈顔料分散体(固形着色混練物)の調製〉
10.0gのピグメントイエロー155の粉体(クラリアント社製Ink・Jet・Yellow・4GP)と、2.0gの合成例1で得たスチレン−アクリル酸系共重合体(A−1)とを40℃に加温された1L容量の磁性乳鉢にて混合して混合粉体を得た。この混合粉体に、2.4gのジエチレングリコール、0.8gのジプロピレングリコール、さらに0.91gの8N水酸化カリウム水溶液(固形分濃度=34質量%)を添加して混合物とした。この混合物を固形の状態で、乳棒を用いて押圧しながら混練を40分間行い、球状の着色混練物を得た。混練中、顔料粉体は凝集を始め、ひとかたまりにまとまり、混練開始に24cmあった顔料粉体の見かけの体積は、着色混練物の状態で14cmへと減少した。
(顔料分散液及びインクジェット記録用インクの調製)
得られた、着色混練物に約42℃の温度にて24gの水を滴下し、続いて3.2gのジエチレングリコールを加え顔料分散液を得た。
次いで、この顔料分散液を(株)コクサン製H−600S型遠心分離機(ローター番号I)に通じて、12,800Gで10分間、遠心分離を行って、顔料濃度を14.6%の水性顔料分散液を得た。なお、Gは重力加速度の単位(約9.8m/s)である。また、得られた水性顔料分散液を用いて、以下の配合により、顔料濃度が4%のインクジェット記録用インクを調製した。評価結果を表1に示す。
水性顔料分散液 5.52部
2-ピロリジノン 1.60部
トリエチレングリコールモノブチルエーテル 1.60部
アセチレングリコール系界面活性剤サーフィノール440
(日信化学工業(株)) 0.10部
グリセリン 0.60部
イオン交換水 11部
【0045】
<実施例2>
10.0gのピグメントイエロー155の粉体(クラリアント製Ink・Jet・Yellow・4GP)と、2.0gの合成例1で得たスチレン−アクリル酸系共重合体(A−1)とを40℃に加温された1L容量の磁性乳鉢にて混合して混合粉体を得た。この混合粉体に、2.8gのジエチレングリコール、0.8gのジプロピレングリコール、さらに0.91gの8N水酸化カリウム水溶液(固形分濃度 34質量%)を添加して混合物とした。この混合物を固形の状態で、乳棒を用いて押圧しながら混練を40分間行い、球状の着色混練物を得た。混練中、顔料粉体は凝集を始め、混練開始に24cmあった顔料粉体の見かけの体積は、着色混練物の状態で14cmへと減少した。
得られた、着色混練物である顔料分散体に約30℃の温度にて20gの水を滴下し、続いて7.2gのジエチレングリコールを加え顔料分散液を得、さらにこれを400gのジルコニアビース(粒径 1.25mm)を擁する250mL容量のポリプロピレン瓶に移し、10分間ペイントシェーカーにて振とうさせて均一化をおこなった。
得られた顔料分散液から、実施例1と同様の方法で、遠心分離工程を通じ、さらに実施例1と同様の配合でインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表1に示す。
【0046】
<実施例3>
実施例2において、0.8gのジプロピレングリコールを同量の1,2−ヘキサンジオールに代えた以外は同様の操作を行い、顔料分散体(固形着色混練物)、水性顔料分散液およびインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表1に示す。
<実施例4>
実施例2において、0.8gのジプロピレングリコールを同量の2−エチル−1,3−ヘキサンジオールに代えた以外は同様の操作を行い、顔料分散体(固形着色混練物)、水性顔料分散液およびインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表1に示す。
<比較例1>
実施例2において、0.8gのジプロピレングリコールを省き、ジエチレングリコール量を2.4gから3.2g代えた以外は同様の操作を行い、顔料分散体(固形着色混練物)、水性顔料分散液およびインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表1に示す。
【0047】
<比較例2>
10.0gのピグメントイエロー155の粉体(クラリアント製Ink・Jet・Yellow・4GP)に、2.0gの合成例1で得たスチレン−アクリル酸系共重合体(A−1)、6.0gのジエチレングリコール、0.8gのジプロピレングリコール、さらに0.91gの水酸化カリウム水溶液(8N、固形分濃度 34質量%)、24gの水を滴下し、続いて3.2gのジエチレングリコールを加えて混合物を得た。この混合物を、顔料分散液を400gのジルコニアビース(粒径 1.25mm)を擁する250mL容量のポリプロピレン瓶に移し、10分間ペイントシェーカーにて振とうさせた。この比較例は、最終組成は実施例2と全く同一であるが、混練工程を有しておらず、ペイントシェーカーのみで水性顔料分散液を作製している点で実施例2と異なる。
得られた水性顔料分散液に対して、実施例2と同様の遠心分離工程を行い、さらに同様の配合でインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表1に示す。
<比較例3>
比較例2において、0.8gのジプロピレングリコールに代えて同量の1,2−ヘキサンジオールを用いた以外は同様の操作を行い、水性顔料分散液およびインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表1に示す。
【0048】
<比較例4>
10.0gのピグメントイエロー155の粉体(クラリアント製Ink Jet Yellow 4GP)に、2.0gの合成例1で得たスチレン−アクリル酸共重合体(A−1)を、40℃に加温された1L容量の磁性乳鉢にて混合して混合粉体を得た。この混合粉体に、2.8gのジエチレングリコール、さらに0.91gの8N水酸化カリウム水溶液(固形分濃度=34質量%)を添加して混合物とした。この混合物を固形の状態で、乳棒を用いて押圧しながら混練を40分間行い、球状の着色混練物を得た。混練中、顔料粉体は凝集を始め、混練開始に24cmあった顔料粉体の見かけの体積は、着色混練物の状態で15cmへと減少した。
得られた、着色混練物である顔料分散体に約30℃の温度にて20gの水と、0.8gのジプロピレングリコールを滴下し、続いて7.2gのジエチレングリコールを加え顔料分散液を得、さらにこれを400gのジルコニアビース(粒径=1.25mm)を擁する250mL容量のポリプロピレン瓶に移し、10分間ペイントシェーカー(PS)にて振とうさせて分散をおこなった。この比較例は最終組成は実施例2と同じであるが、ジプロピレングリコールの添加を混練工程ではなく、分散液を作製する分散工程で行っている。
得られた水性顔料分散液から、実施例1と同様の方法で、遠心分離工程を通じ、インクを得た。評価結果を表1に纏める。
【0049】
<実施例5〜9>
実施例2において、合成例1で得た2.0gのスチレン−アクリル酸系共重合体(A−1)に代えて3.0gの合成例2で得たスチレン−アクリル酸系共重合体(A−2)を用い、さらに(e)ジオール化合物の種類と添加量を表2の通りとした以外は同様の操作を行い、顔料分散体(固形着色混練物)、水性顔料分散液およびインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表2に示す。
<比較例5>
実施例5において、0.8gのジプロピレングリコールを省き、ジエチレングリコール量を2.4gから3.2g代えた以外は同様の操作を行い、顔料分散体(固形着色混練物)、水性顔料分散液およびインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表2に示す。
【0050】
<比較例6〜16>
実施例2において、合成例1で得た2.0gのスチレン−アクリル酸系共重合体(A−1)に代えて3.0gの合成例2で得たスチレン−アクリル酸系共重合体(A−2)を用い、さらにジオール化合物(e)の種類と添加量を表2の通りとした以外は同様の操作を行い、顔料分散体(固形着色混練物)、水性顔料分散液およびインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表2に示す。
【0051】
<比較例17>
実施例2において10.0gのピグメントイエロー155に代えて、同量のピグメントイエロー213(クラリアント(株)製、Ink・Jet・Yellow・H5G)を用いた以外は、同様にして顔料分散体(固形着色混練物)、水性顔料分散液およびインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表3に示す。
<参考例1>
比較例1において10.0gのピグメントイエロー155に代えて、同量のピグメントイエロー213(クラリアント(株)製、Ink・Jet・Yellow・H5G)を用いた以外は、同様にして顔料分散体(固形着色混練物)、水性顔料分散液およびインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表3に示す。
【0052】
<比較例18>
実施例2において10.0gのピグメントイエロー155に代えて、同量のピグメントブルー15:3(大日本インキ化学工業(株)製、Fastogen Blue・5310・SD)を用いた以外は、同様にして顔料分散体(固形着色混練物)、水性顔料分散液およびインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表4に示す。
<参考例2>
比較例1において10.0gのピグメントイエロー155に代えて、同量のピグメントブルー15:3(大日本インキ化学工業(株)製、Fastogen Blue・5310・SD)を用いた以外は、同様にして顔料分散体(固形着色混練物)、水性顔料分散液およびインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表4に示す。
【0053】
<比較例19>
実施例2において10.0gのピグメントイエロー155に代えて、同量のピグメントレッド168(クラリアント(株)製、Hostaperm・Scarlet・GO・transp)を用いた以外は、同様にして顔料分散体(固形着色混練物)、水性顔料分散液およびインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表5に示す。
<参考例3>
比較例1において10.0gのピグメントイエロー155に代えて、同量のピグメントレッド168(クラリアント(株)製、Hostaperm・Scarlet・GO・transp)を用いた以外は、同様にして顔料分散体(固形着色混練物)、水性顔料分散液およびインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表5に示す。
【0054】
<実施例10>
ピグメントイエロー155
(クラリアント(株)製、Ink Jet Yellow 4GP) 500部
スチレン−アクリル酸系共重合体 (A−1) 100部
ジエチレングリコール 90部
ジプロピレングリコール 40部
8Nの水酸化カリウム水溶液(固形分濃度=34質量%) 45.3部
上記の成分を順に、60℃に保温された、50L容量のプラネタリーミキサー(井上製作所製PLM-50)に投入し、自転回転数59rpm、公転回転数22rpmで混練を開始した。30分後に、混合物が凝集し、棒状となり、以降そのまま240分間混練を続けて、顔料分散体(固形着色混練物)を得た。混練中240分間の消費電流値は5〜15アンペアで攪拌翼の回転周期に応じて増減を繰り返した。これは混合物が極めて高粘度の半固形であるために、容器内部に均一に分布せず、攪拌翼が、混合物を周期的にせん断する毎に大きな力がこれに加わることによる。
240分経過後、400部のイオン交換水とジエチレングリコール混合溶液(両者の質量比=1/1)を3時間かけて添加し、さらに、イオン交換水を1000部導入することで顔料濃度が22.9%の均一な混合物を得た。
得られた混合物をステンレスドラムに移送し、イオン交換水550部を加え、ビーズミル(浅田鉄工(株)製ナノミルNM−G−2L)に通じ、25℃の温度、1.25分の滞留時間で分散し水性顔料分散液を得た。
次いで、この分散液を、連続式遠心分離機(国産遠心機(株)製 H−600S、2L容量)に通じ、35℃の温度、18900Gの遠心力、10分間の滞留時間で、連続的に遠心分離行った後、イオン交換水・ジエチレングリコールを添加することで顔料濃度を14.5%に調整した水性顔料分散体を得た。以降は、実施例2と同様に、インクジェット記録用インクを作製した。評価結果を表6に示す。
【0055】
<実施例11>
実施例10において、40部のジプロピレングリコールに代えて、同量の1,2-ヘキサンジオールを用いた以外は同様にして、顔料分散体(固形着色混練物)、水性顔料分散液およびインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表5に示す。なお、混練開始後に、混合物が凝集し、棒状となるまでに32分を要した。
【0056】
<比較例20>
実施例10において、1,2−ヘキサンジオールを省いた以外は同様にして、顔料分散体(固形着色混練物)、水性顔料分散液及びインクジェット記録用インクを得た。評価結果を表6に示す。なお、混練開始後に、混合物が凝集し、棒状となるまでに45分を要した。
以上の実施例及び比較例で作製した水性顔料分散液、及びインクジェット記録用インクについて、以下の評価項目と評価方法で評価を行った。
【0057】
<分散性評価>
得られた水性顔料分散液の粒径、粘度及び沈降性を測定した。なお、粒径は「マイクロトラックUPA150」(リージ・アンド・ノースラップ(Leeds&Northrup社製)を用い、体積平均粒径を水性分散体の粒径として測定した。粘度はE型粘度計(TVE−20L、トキメック社製)を用いて25℃にて測定した。沈降性は、水性顔料分散液を、10mL容量のガラスバイアル中に25℃で2週間保存し、保存後に倒置してその底部への沈降を目視で以下の評価基準にて観察した。
沈降性大・・・ガラスバイアルを倒置したときに壁面に顔料粒子の付着が顕著である。
沈降性中・・・ガラスバイアルを倒置したときに壁面に顔料粒子の付着が認められる。
沈降性小・・・ガラスバイアルを倒置したときに壁面に顔料粒子の付着がほとんど認められない。
【0058】
<インクジェット記録用インクの評価>
<光沢の評価>
上記のインクジェット記録用インクを、インクジェットプリンターEM−930C(EPSON社製)のブラックカートリッジ位置に搭載し、記録媒体としてPremium Glossy Photo Paper(EPSON社製)を用いて、100%画像濃度の記録を行い、得られた画像の光沢を「Micro−TRI−Gloss」(BYK−Gardner社製)を用いて、20°の角度のグロス値として測定した。なお前記の光沢の値は画像濃度95%のときの値を用いた。
【0059】
【表1】

【0060】
ジプロピレングリコール、1,2−ヘキサンジオール、または2−エチル−1,3−ヘキサンジオールを含有し、混練工程を有する実施例1〜4の水性顔料分散液は平均粒子径が小さくかつ、沈降が小さい。またインクジェット記録用インクを作製後、これを用いて形成した画像の光沢も高い。これに対して前記ジオール化合物を用いなかった比較例1の水性顔料分散液では、平均粒子径が大幅に増加しており沈降も大きい、さらに混練工程を用いなかった比較例2、3は比較例1に比較して沈降は小さかったものの依然沈降が発生している。また平均粒子径が増加しており、このため光沢も大幅に低下した。さらに、スチレン−アクリル酸系樹脂が顔料表面に良好に吸着せず、水性媒体中に存在しているため粘度が上昇している。また前記ジオール化合物の添加なしに混練を行い分散工程で前記ジオール化合物を添加した比較例4は、混練が良好に行われず平均粒子径が粗く、沈降も大きかった。
【0061】
【表2】

【0062】
ジプロピレングリコール、1,2−ヘキサンジオール、または2−エチル−1,3−ヘキサンジオールを、本発明で規定する配合量範囲で含有し、かつ混練工程を有する実施例5〜9の水性顔料分散液は、平均粒子径が小さくかつ、沈降が小さい。またインクジェット記録用インクを作製後、これを用いて形成した画像の光沢も高い。これに対して前記ジオール化合物の配合量が本発明の範囲を外れた比較例5〜8に記載の水性顔料分散液は沈降の増加とともに光沢が低下することがわかる。
またジプロピレングリコール、1,2−ヘキサンジオール、及び2−エチル−1,3−ヘキサンジオールよりなる群に属するジオール化合物以外のジオール化合物を用いた水性顔料分散液である比較例9〜比較例16では、いずれも平均粒子径と沈降が増加し、光沢が低下している。
【0063】
【表3】

【0064】
【表4】

【0065】
【表5】

【0066】
表3、表4、表5に示すようにピグメントイエロー213、ピグメントブルー15:3、ピグメントレッド168については、ジプロピレングリコールの添加によっても沈降の状況が変わらず、光沢が向上せず、平均粒径はむしろ増加してしまっている。したがって前記ジオール化合物を混練工程において添加することの効果は、ピグメントイエロー155に代表されるビスアセトアセトアリリド顔料に対して特異的であり、全ての顔料に対して共通に発現される効果では無いことがわかった。
【0067】
【表6】

【0068】
表6の結果からスケールアップした装置による混練工程を用いたときでも、乳鉢による混練を行ったときと同様に、ジプロピレングリコール、1,2−ヘキサンジオール等ジオール化合物(e)の添加が平均粒径と沈降を減少させていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の水性顔料分散液は、顔料が微粒子化されるとともにその表面が樹脂で被覆されており、水性媒体中での顔料沈降の少ない良好な分散安定性を有している。また前記水性顔料分散液を主成分として含有するインクジェット記録用インクは、水性顔料分散液と同様の顔料沈降の少ない良好な分散安定性を有するとともに、優れた光沢と耐光性、さらに長期保存の可能な画像を形成することができる。よって、本発明は産業上有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビスアセトアセトアリリド顔料(a)、スチレン−アクリル酸系共重合体(b)、塩基性化合物(c)、湿潤剤(d)を含有し、
湿潤剤(d)は、ジオール化合物(e)を含有し、
ジオール化合物(e)は、下記一般式(1)
【化1】

(1)
(式中、Aは主鎖の炭素数が2以上の直鎖または分岐のアルキル基、Bは主鎖の炭素数が2以上の直鎖または分岐のジヒドロキシアルキル基で、AとBの主鎖の炭素数の合計が5以上、AとBの炭素数の合計が5〜10である。)
または、下記一般式(2)
【化2】

(2)
(式中、CおよびDは主鎖の炭素原子が2以上の直鎖または分岐のモノヒドロキシアルキル基で、CとDの主鎖の炭素数の合計が5以上、CとDの炭素数の合計が5〜10である。)
で示される化合物であり、
ジオール化合物(e)とビスアセトアセトアリリド顔料(a)の質量比(e)/(a)が3/100〜15/100であることを特徴とする顔料分散体。
【請求項2】
ビスアセトアセトアリリド顔料(a)がC.I.ピグメントイエロー155である請求項1に記載の顔料分散体。
【請求項3】
前記ジオール化合物(e)は、ジプロピレングリコール、2−エチル−1,3ヘキサンジオール、及び1,2−ヘキサンジオールからなる群から選ばれる一種以上のジオール化合物である請求項1に記載の顔料分散体。
【請求項4】
スチレン−アクリル酸系共重合体(b)とビスアセトアセトアリリド顔料との質量比(b)/(a)が10/100〜40/100であり、湿潤剤(d)とビスアセトアセトアリリド顔料(a)との質量比(d)/(a)が16/100〜35/100である請求項1に記載の顔料分散体。
【請求項5】
前記ジオール化合物がジプロピレングリコールである請求項1に記載の顔料分散体。
【請求項6】
前記ジオール化合物が1,2−ヘキサンジオールである請求項1に記載の顔料分散体。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の顔料分散体を水性媒体中に分散してなる水性顔料分散液。
【請求項8】
請求項7に記載の水性顔料分散液を主成分として含有するインクジェット記録用インク。
【請求項9】
ビスアセトアセトアリリド顔料(a)、スチレン−アクリル酸系共重合体(b)、塩基性化合物(c)、湿潤剤(d)を含有する混合物を混練する混練工程を有し、
湿潤剤(d)はジオール化合物(e)を含有し、
ジオール化合物(e)は下記一般式(1)
【化3】

(1)
(式中、Aは主鎖の炭素数が3以上の直鎖または分岐のアルキル基、Bは主鎖の炭素数が2以上の直鎖または分岐のジヒドロキシアルキル基で、AとBの主鎖の炭素数の合計が5以上、AとBの炭素数の合計が5〜10である。)
または、下記一般式(2)
【化4】

(2)
(式中、C及びDは主鎖の炭素原子が2以上の直鎖または分岐のモノヒドロキシアルキル基で、CとDの主鎖の炭素数の合計が5以上、CとDの炭素数の合計が5〜10である。)
で示される化合物であり、
前記混練工程におけるジオール化合物(e)とビスアセトアセトアリリド顔料(a)の質量比(e)/(a)が3/100〜15/100であることを特徴とする顔料分散体の製造方法。
【請求項10】
請求項9に記載の製造方法で製造された顔料分散体を、水性媒体中に分散して分散液を製造することを特徴とする水性顔料分散液の製造方法。
【請求項11】
ビスアセトアセトアリリド顔料がC.I.ピグメントイエロー155である請求項10に記載の水性顔料分散液の製造方法。
【請求項12】
ジオール化合物(e)がジプロピレングリコール、2−エチル−1,3ヘキサンジオール、及び1,2−ヘキサンジオールからなる群から選ばれる一種以上のジオール化合物である請求項10に記載の水性顔料分散液の製造方法。
【請求項13】
スチレン−アクリル酸系共重合体(b)とビスアセトアセトアリリド顔料との質量比(b)/(a)が10/100〜40/100であり、湿潤剤(d)とビスアセトアセトアリリド顔料(a)との質量比(d)/(a)が16/100〜35/100である請求項10に記載の水性顔料分散液の製造方法。
【請求項14】
請求項10〜13に記載の水性顔料分散液の製造方法で製造された水性顔料分散液を主成分として使用するインクジェット記録用インクの製造方法。

【公開番号】特開2007−254735(P2007−254735A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−45382(P2007−45382)
【出願日】平成19年2月26日(2007.2.26)
【出願人】(000002886)大日本インキ化学工業株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】