説明

顕微鏡装置

【課題】コヒーレントアンチストークスラマン散乱法を利用する顕微鏡装置において、ロックインフリーな検出方法を提示し、かつ多種の振動モードを同時検出する目的に適った顕微鏡装置を提供する。
【解決手段】第1の波長を持つ第1のパルスレーザ光P1及び第2の波長を持つ第2のパルスレーザ光P2を発生する光源部と、第1のパルスレーザ光P1及び第2のパルスレーザ光P2を分析対象40に照射する光学系25と、第1のパルスレーザ光P1の光源部21から分析対象40までの光路長を調整する光路長調整部30と、第1及び第2のパルスレーザ光P1、P2の照射によって分析対象40から発せられるコヒーレントアンチストークスラマン散乱光C1を検出する検出部50とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顕微鏡装置に関し、特に2つ以上のパルスレーザ光を試料に入射し、その結果試料から発せられるコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を観察することにより、試料内の物質を分析する顕微鏡装置に関する。
【背景技術】
【0002】
顕微分光法による微量物質の検出は、分析装置における基本技術としての重要性が高く、多くの技術開発が行われてきた。一方、昨今の医療技術の進歩と共に、診断技術にもより一層の検出感度の向上が求められることとなり、微量物質検出技術の医療診断技術への応用が試みられている。
【0003】
係る顕微分光技術として、コヒーレントアンチストークスラマン散乱法(Coherent Anti-stokes Raman Scattering;CARS)が知られている。これは、二種類又はそれ以上の光パルスを試料に入射し、それらの間に起こる非線形光学過程によって試料から発せられるシグナル光を観察するものである。
【0004】
例えば、図11に示されるようなエネルギー準位を持った分子をCARSによって観察することを考えると、まず、初期状態のエネルギー準位L1において、角周波数ω1を持った第1のパルス光の入射によって試料の分子が仮想的に励起され、そのエネルギー準位が矢印Aで示すようにL3まで上がる。そして、角周波数ω2を持った第2のパルス光を入射させることにより、分子のエネルギー準位は、仮想的な光子放出により矢印Bで示すようにL3からL2に下がる。さらに角周波数ω3を持った第3のパルス光を入射させることにより、分子のエネルギー準位は、矢印Cで示すように、L3からL4に仮想的に上昇し、シグナル光の発生によって矢印Dで示すように、L4からL1に下がる。
【0005】
このように、角周波数ω1、ω2、ω3を持った三種のパルス光の入射によって、いわゆる四光波混合過程が生じ、結果として角周波数ω1+ω3−ω2を持つシグナル光が発生する。このようなシグナル光は、入射パルスの周波数差Δω=ω1−ω2が、観察すべき分子のエネルギー準位差に共鳴するときに特に強く現れる。現実に用いることの可能な光パルスを考慮すると、Δωが分子の振動モード周波数に一致するときに強いシグナルが得られることが考えられるため、このような振動モードを持つ分子の検出が可能となる。また、この手法は二種のパルス光を用いて上記第3のパルス光によって生ずる光学過程を第1のパルス光によって起こすことにより、2ω1―ω2の各周波数を持つシグナル光を検出することによっても実現される。
【0006】
このような原理を利用した顕微分光装置としては、例えば、図12に示される通り、二種のレーザパルス光源11、12、この光源からのパルス光を試料13の同一箇所に照射するための光学系14、試料13より放出されるCARS光を検出する装置15から構成されている(例えば、特許文献1、非特許文献1参照)。パルスレーザ光源11及び12から発せられるパルスレーザの波長を変化させることにより、試料13に含まれる特定分子から発せられるCARS光を選択的に検出することが可能となるが、このシグナル光はその分子固有の性質によって検出の可否が決定されるという特徴を持っており、標識物質による染色を要しない。従って、CARS光の観察による顕微分光装置は生体観察において他の方法に対して優位性を持っている。
【特許文献1】特開2002−107301号公報
【非特許文献1】Journal of Physical Chemistry B105, p.1277(2001)
【非特許文献2】Applied Physics B 80, p.243-246 (2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところが、一般にCARS光は非線形光学効果を利用しているために、極めて強度が弱い。とりわけ、生体分子の観察においては、観察対象を保護するために照射光強度をなるべく低くすることが要求されており、その場合には信号光であるCARS光はさらに弱くなる。
【0008】
このような弱い光を観測する際にはロックイン検出によることが一般的である。しかし、ロックイン検出にはロックインアンプやチョッパーといった装置が必要なため、装置の小型化には障害となる上にコストが高い。
【0009】
さらに、CARS光によって対象物に含まれる分子の振動モード周波数が検出可能なことを上述したが、この振動モード周波数から個々の分子の種別を特定することは必ずしも容易ではない。すなわち、複数種の分子がほぼ同一の振動モード周波数を持つことは決して稀ではなく、特に生体中に存在する分子においてはむしろ頻繁に起きることである。
【0010】
このような課題を解決するためには、複数種の振動モード周波数を検出し、それらの積信号によって分子種の特定をより明確に行なう手法が考えられる。例えば、非特許文献1に示される通り、広帯域光の照射によって複数モードの同時測定を行なうことは可能であるが、これもロックイン検出を行なう必要があるために、検出器において多チャンネル同時測定を行なうことを考えた場合、さらなるシステムの大規模化・高コスト化が避けられない。
【0011】
顕微分光法による微量物質の同定という目的において、存在する特定物質・分子の存否を極めて高感度に判定することは、分析技術の高度化という観点からも極めて重要な技術課題であるが、それを簡単な装置構成によって実現することはさらに重要であるということができる。
【0012】
このような技術的課題を解決するためになされた本発明の目的は、コヒーレントアンチストークスラマン散乱法を利用する顕微鏡装置において、ロックインフリーな検出が可能となり、かつ多種の振動モードを同時検出する目的に適った顕微鏡装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の実施の形態に係る特徴は、顕微鏡装置において、第1の波長を持つ第1のパルスレーザ光及び第2の波長を持つ第2のパルスレーザ光を発生する光源部と、第1のパルスレーザ光及び第2のパルスレーザ光を分析対象に照射する光学系と、第1のパルスレーザ光の光源部から分析対象までの光路長を調整する光路長調整部と、第1及び第2のパルスレーザ光の照射によって分析対象から発せられるコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を検出する検出部とを備えることである。
【0014】
また本発明の実施の形態に係る特徴は、顕微鏡装置において、第1の波長を持つ第1のパルスレーザ光及び第1の波長とは異なる第2の波長を持つ第2のパルスレーザ光および第1および第2の波長とは異なる第3の波長を持つ第3のパルスレーザ光を発生する光源部と、第1のパルスレーザ光、第2のパルスレーザ光及び第3のパルスレーザ光を分析対象に照射する光学系と、第1のパルスレーザ光の光源部から分析対象までの光路長を調整する光路長調整部と、第1、第2及び第3のパルスレーザ光の照射によって分析対象から発せられるコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を検出する検出部とを備えることである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、CARS光をロックイン検出無しに高SN比で検出することが可能となり、かつ分析対象の持つ複数の振動モード周波数を同時に判定する手段を得る。これによって、簡便な装置によって微量物質の同定が可能な顕微鏡装置を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。以下の図面の記載において、同一の部分には同一の符号を付し、重複する記載は省略する。また、図面は模式的なものであり、各部の寸法等は現実のものと異なる。
【0017】
(第1の実施の形態)
図1に示すように、本実施の形態に係る顕微鏡装置20は、2種以上の波長を持つパルスレーザ光を発生する光源21、22と、この光源21、22から発生する複数のパルス光を分析対象に照射するための光学系25と、光源から分析対象までの光路長を調整する光路長調整部30と、分析対象より発生するコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を検出する検出部50とを備える。
【0018】
すなわち、図1において、顕微鏡装置20は、800nmに中心波長を持つフェムト秒パルスレーザ(パルスレーザ光P1)を発する第1の光源21と、1058nmに中心波長を持つフェムト秒パルスレーザ(パルスレーザ光P2)を発する第2の光源22とを備え、第1の光源21から発せられるパルスレーザ光P1の光路長を光路長調整部30によって調整した後、このパルスレーザ光P1の光路と第2の光源22から発せられるパルスレーザ光P2の光路とを、ハーフミラー26によって一致させて光学系25に導く。後述する光路長調整部30における光源21からのパルスレーザ光P1の光路長が基準の光路長となっている場合において、光源21及び22はそれぞれの位相が一致するように光路長が調整されている。因みに、光源21、22においては、発せられるパルスレーザ光P1、P2のパルス光の半値幅が10fsec(フェムト秒)から10psec(ピコ秒)の間の値に設定している。これは、半値幅が短くなりすぎると、含まれる光のスペクトル幅が広くなり過ぎることを考慮して10fsec以上とするものであり、また、半値幅が長いほど瞬間的な強度が弱くなることを考慮して10psec以下とするものである。
【0019】
ハーフミラー26によって合成されたパルスレーザ光P3は、光学系25の対物レンズによって分析対象である試料40に集光される。試料40は、例えばポリスチレン水溶液であり、図2に示すように、液体槽41に貯留されている。この液体槽41の内底部には、石英ガラスで形成された測定用の治具42が載置される。この治具42は、パルスレーザ光の入射側である上面側に突出した凸形状部42Aが複数並列に形成されており、この凸形状部42A間の凹部42Bに貯留されたポリスチレン水溶液にパルスレーザ光を集光させてそれに含まれる微量物質を測定するようになされている。なお、分析対象はポリスチレン水溶液に限られるものではなく、また固体であってもよい。
【0020】
光学系25は、この試料40に対して、その上方(凸形状部42Aの形成側)からパルスレーザ光P3を集光させる。このパルスレーザ光P3は、角周波数差を持った2つのパルスレーザ光P1、P2を同一光路に導いたものであるため、これらのパルスレーザ光P1、P2が集光した試料40においては、その角周波数差に応じたCARS光が発生する。光学系25の対物レンズは、このCARS光を集光させる。光学系25において集光したCARS光C1は、ハーフミラー27、フィルタ28及び結像レンズ29を通って検出部50のフォトダイオード検出器51に結像される。
【0021】
フォトダイオード51は、CARS光C1を光電変換することによりCARS光信号S1を生成し、これをアンプ52に出力する。アンプ52は、CARS光信号S1を増幅した後(S2)、コンピュータ53に出力する。コンピュータ53は、CARS光信号S2に対して後述する信号処理を施すことにより、試料40に含まれる物質に応じた測定結果を得るようになされている。なお、試料40は、XYZステージ45によって支持されており、コンピュータ53は、このXYZステージ45をXYZ方向に移動させることができる。これにより、コンピュータ53は、試料40を3次元方向に移動させることにより、試料40に集光されるパルスレーザ光の位置を変化させて、CARS信号S2の3次元画像を得ることができる。
【0022】
ここで、光路長調整部30は、第1の光源21から発せられるパルスレーザ光P1の光路長を調整するようになされている。すなわち、光路長調整部30は、直角ミラー31と、振動器付き直角ミラー32と、ハーフミラー33、34、35とを備える。光源21から発せられたパルスレーザ光P1は、ハーフミラー33において直角ミラー31の方向と振動器付き直角ミラー32の方向とに振り分けられる。直角ミラー31で反射したパルスレーザ光P1Aと、振動器付き直角ミラー32で反射したパルスレーザ光P1Bとは、ハーフミラー35において同一光路に導かれてハーフミラー26に入射される。
【0023】
振動器付き直角ミラー32は、図1において矢印Xで示す方向に所定の周波数及び振幅で振動するようになされている。すなわち、振動器付き直角ミラー32は、例えばピエゾ素子等の振動源36により、この直角ミラー32に対するパルスレーザ光の入射及び出射方向と一致する方向(X方向)に振動するように構成されている。この実施の形態の場合、振動器付き直角ミラー32は、振幅40μm、周波数1KHzで振動するようになされているが、これに限られるものではない。
【0024】
ここで、光路長調整部30において、振動器付き直角ミラー32が振動せずに基準位置で停止している状態においては、直角ミラー31で反射してハーフミラー35から出てくるパルスレーザ光P1Aと、振動器付き直角ミラー32で反射してハーフミラー35から出てくるパルスレーザ光P1Bとは、それぞれの位相が一致するように各光路長が調整されている。
【0025】
そして、振動器付き直角ミラー32を矢印X方向に振動させると、振動器付き直角ミラー32で反射してハーフミラー35から出てくるパルスレーザ光P1Bの光路長が変化することにより、その位相も変化する。図3は、振動器付き直角ミラー32の振動によってパルスレーザ光P1Bの位相が変化した場合における、パルスレーザ光P1Bと直角ミラー31で反射した光路長が変化しないパルスレーザ光P1Aとの関係を示すグラフである。図3に示すように、振動器付き直角ミラー32が振動により変位して、パルスレーザ光P1Bの光路が長くなった場合、このパルスレーザ光P1Bのスペクトル37Bは、光路長が変化しないパルスレーザ光P1Aのスペクトル37Aに対して位相が遅れた状態となり、互いに重なり合わない。また、振動器付き直角ミラー32が振動により変位して、パルスレーザ光P1Bの光路が短くなった場合、このパルスレーザ光P1Bのスペクトル37Cは、光路長が変化しないパルスレーザ光P1Aのスペクトル37Aに対して位相が進んだ状態となり、互いに重なり合わない。これに対して、パルスレーザ光P1Bの光路長及びパルスレーザ光P1Aの光路長が同じ場合は、両者のスペクトルが重なり合うことにより強め合い、これらの重なったスペクトル37Dの強度は、それぞれが重なり合わない場合に比べて大きくなる。
【0026】
従って、振動器付き直角ミラー32を振動させて、一方のパルスレーザ光P1Bの光路長を変化させると共に、他方のパルスレーザ光P1Aの光路長を一定にすることにより、ハーフミラー35から出てくるこれらの合成されたパルスレーザ光は、パルスレーザ光P1A及びパルスレーザ光P1Bの光路長差が変化することに応じて、その強度が変化する光となる。この場合、試料40において発生するCARS光C1には、パルスレーザ光P1A及びP1Bの光路長差に応じた変調が与えられることになる。ここで、光路長差は、パルス光の照射時間差であることから、いわゆる時間分解分光をCARS光に行っていることに相当し、この変調によりフォトダイオード51から得られる変調信号(CARS光信号S1)を時刻差の関数として表すことができる。一般にはパルス光には多くの周波数成分が含まれているため、ある特定の周波数を持つCARS光を検出した場合でも、そのような周波数に対応するCARS過程を表す3次非線形分極の表式には、複数の振動状態からの寄与が含まれている。
【0027】
従って、CARS光の変調成分には、複数の周波数成分が同時に表れることとなる。ここで、時刻差の関数としての変調信号(CARS光信号S1)は、分子内の振動状態の振動周波数と関連があることが分かっている。すなわち、2つのパルスレーザ光P1A及びP1Bのタイミングをずらして試料40に照射した場合、試料40において得られるCARS光C1にかかる変調は、試料40に含まれる分子振動の状態を直接に反映している。すなわち、2つのパルスレーザ光P1A及びP1Bの間の時間遅れを横軸にとり、CARS光C1の強度を縦軸にとって示した場合に、例えば図4に示すような変化が認められる。この変化は、試料40に含まれる物質の分子振動周波数と対応したものであり、この変化の周波数成分をフーリエ変換によって求めることにより、試料40に含まれる物質を同定することができる。
【0028】
このように、2つのパルスレーザ光P1A及びP1Bに対して、図4に示すような時間差を持たせるために、本実施の形態においては、光路長調整部30を設け、一方のパルスレーザ光P1Bの光路長を変化させるようになされている。
【0029】
なお、光路長調整部30においては、振動器付き直角ミラー32がX方向に振動する場合の位置を例えば光センサ等(図示せず)によって検出するようになされており、コンピュータ53では、この検出された振動器付き直角ミラー32の位置情報に基づいて、2つのパルスレーザ光P1A及びP1Bの光路長差を求める。そして、この光路長差を光速で除することにより2つのパルスレーザ光P1A及びP1Bの遅延時間tを求める。コンピュータ53では、この遅延時間tに対応したCARS光信号S2の信号強度を計測して行くことにより、遅延時間tの関数としてのCARS光強度I(t)を求める。
【0030】
かくして顕微鏡装置20では、試料40から得られたCARS光C1をフーリエ変換することによって周波数領域でのデータに変換し、CARS光に関与している振動モードの周波数を精密に求めることが可能となる。本実施の形態に係る顕微鏡装置20においては、このような方法によって、分析対象固有の振動モード周波数を複数同時に検出することが可能となっている。
【0031】
また、振動器付き直角ミラー32を周波数1KHz程度で周期的に動作させることにより、CARS光C1の変調成分は、CARS光C1の光強度の低周波成分として現れる。従って、アンプ52に内蔵されたローパスフィルタによってCARS信号S1の低域成分のみを取り出すことにより、バックグラウンドノイズをキャンセルすることができ、高SN比でCARS光を検出することができる。これにより、CARS光をロックイン検出無しに高SN比で検出することができる。
【0032】
また、CARS信号S1は、CH基の伸縮振動モードを反映したものであり、3055cm−1(検出波長は643nm)に相当する。しかし、測定用治具42の凸形状部42A(図2)に照射したパルスレーザ光による散乱光が、フィルタ28(図1)で除去しきれない場合等は、フォトダイオード51にバックグラウンドノイズとして検出されることになるが、このバックグラウンドノイズは、CARS信号S1に比べて周期的な強弱が小さいため、コンピュータ53の制御により、振動器付き直角ミラー32の周期とフォトダイオード51の光電変換動作を同期させることによって大幅に除去することができる。これにより、微弱信号であるCARS光信号S1の検出感度を向上させることができ、一段と鮮明な3次元画像を取得することができる。
【0033】
図5は、コンピュータ53によるCARS光取得時の処理手順を示し、コンピュータ53は、ステップST1において、現在の試料40の位置(XYZステージ45の現在位置)において、パルスレーザ光P1Aに対するパルスレーザ光P1Bの遅延時間tの関数としてのCARS光強度I(t)を計測する。
【0034】
そして、ステップST2において、コンピュータ53は、ステップST1で計測したCARS光強度I(t)をフーリエ変換し、周波数領域での信号強度J(ω)を計算する。この実施の形態の場合、試料40として、ポリスチレン水溶液を用いていることにより、48THz及び92THzの周波数成分が顕著な大きさを持つことが分かる。これらは、ポリスチレンのフェニル基及びC−Hボンドの振動周波数に対応している。このように、フーリエ変換により得られた周波数領域での信号強度J(ω)により、各周波数成分での信号強度を求めることができ、これにより試料40に含まれる物質を特定することができる。
【0035】
コンピュータ53は、ステップST3において、ω=48THz及びω=92THzに対応する信号強度J、Jを決定する。この信号強度J、Jは、現在、試料40に対してパルスレーザ光があたっている位置での信号強度であり、コンピュータ53は、ステップST4において、画像1(ω=48THzに対応する信号強度による画像)の現在の照射位置(画素)での値をJとし、また、画像2(ω=92THzに対応する信号強度による画像)の現在の照射位置(画素)での値をJとする。これにより、現在の照射位置での信号強度J、Jを取得することができ、コンピュータ53は、続くステップST5に移って、全画素についての信号強度を取得したか否かを判断する。
【0036】
このステップST5において否定結果が得られると、このことは、全画素についての信号強度を取得していないことを意味しており、コンピュータ53は、ステップST5からステップST6に移り、XYZステージ45を移動させることにより、試料40におけるパルスレーザ光の集光位置を移動させた後、上述のステップST1に戻ってステップST1〜ステップST5の処理を繰り返す。このようにして全ての画素についての信号強度J、Jを取得すると、コンピュータ53はステップST5において肯定結果を得ることにより、ステップST5からステップST7に移って、全画素について取得した信号強度J、Jに応じた画像1、画像2を再構成する。これにより、ω=48THzに対応する信号強度Jによって1枚の画像が構成され、またω=92THzに対応する信号強度Jによって1枚の画像が構成される。画像1は、試料40であるポリスチレンのフェニル基の振動周波数に対応した信号強度Jの様子を試料40の全体に亘って表したものであり、また画像2は、試料40であるポリスチレンのC−Hボンドの振動周波数に対応した信号強度Jの様子を試料40の全体に亘って表したものである。
【0037】
この画像1及び画像2によって、試料40(ポリスチレン)のフェニル基及びC−Hボンドの分布を把握することができる。
【0038】
以上説明したように、本実施の形態に係る顕微鏡装置20によれば、ロックイン検出機構を持たない高SN比のコヒーレントアンチストークスラマン顕微鏡を得ることができる。また、本実施の形態に係る顕微鏡装置20によれば、従来の顕微鏡装置と比較して、一段と簡便な機構による高感度検出を実現しており、装置の小型化、低コスト化にも資することとなる。また、時間分解分光機構の付与によって、分析対象の持つ複数の振動モード周波数を同時に検出することが可能となり、分析対象に含有される分子種の特定が一段と短時間に行うことができる。
【0039】
なお、上述の第1の実施の形態においては、光路長を変化させる構成として、光路長調整部30を用いる場合について述べたが、本発明はこれに限られるものではなく、例えば図6に示すような構成の光路長調整部60を用いるようにしてもよい。
【0040】
すなわち、図1との対応部分に同一符号を付して示す図6において、光路長調整部60は、第1の光源21からのパルスレーザ光P1を振動器付き直角ミラー32に受け、この反射光をハーフミラー26に導くようになされている。ハーフミラー26には、第2の光源から発せられるパルスレーザ光P2を受け、ここで振動器付き直角ミラー32において反射したパルスレーザ光P1と合成される。この合成されたパルスレーザ光P3は、光学系25に導かれる。
【0041】
光路長調整部60の振動器付き直角ミラー32は、振動源36により矢印X方向に振動するようになされている。この振動によって、第1の光源21からのパルスレーザ光P1の光路長を変化させることができる。
【0042】
かかる構成の光路長調整部60を用いることにより、図1に示した光路長調整部30を用いる場合に比べて、構成を簡単にすることができる。
【0043】
なお上述の実施の形態においては、2つの光源21、22を用いる場合について述べたが、本発明はこれに限られるものではない。すなわち、図7に示すように、顕微鏡装置20´は、図6について上述した顕微鏡装置20に比べて、3つの光源を用いる点が異なる。従って、図6と同一の部分には同一符号を付して、重複する説明は省略する。すなわち、図6との対応部分に同一符号を付して示す図7において、第3の光源23(波長532nm、半値幅1psec)からのパルスレーザ光P4はハーフミラー24によってP2と合成され、さらにハーフミラー26によってP1と合成されたパルスレーザ光P3として光学系25に導かれる。
【0044】
光路長調整部60の振動器付き直角ミラー32は、振動源36により矢印X方向に振動するようになされている。この振動によって、第1の光源21からのパルスレーザ光P1の光路長を変化させることができる。このときCARSシグナルの検出波長は457nmとなる。パルスレーザを2本用いる場合に比べて本構成は複雑となるが、しかし、3本のパルスレーザを時間的に重ねて照射する必要が必ずしもなくなるため、振動器付き直角ミラー32の振動幅は、上述の顕微鏡装置20の場合に比較して大きく取ることができる。これは振動によるCARS光の変調を大きくかけられることを意味しており、より微弱な信号を取得する際の利点となる。
【0045】
(第2の実施の形態)
本発明の第2の実施形態に係る顕微鏡装置70は、図1について上述した顕微鏡装置20に比べて、1つの光源を用いる点が異なる。従って、図1と同一の部分には同一符号を付して、重複する説明は省略する。
【0046】
すなわち図8において、顕微鏡装置70は、フェムト秒パルスレーザ光P11を発する1つの光源71(中心波長800nm、パルス幅100fsec、平均出力140mW)を備え、この光源71から発せられるパルスレーザ光P11を、偏光ビームスプリッタ72によって2分割した後、一方のパルスレーザ光P12を、フォトニック結晶ファイバ73(Blaze photonics 社製 PM-NL750)に導入し、パルス強度に応じて広帯域化した出力光を得る。そして、このフォトニック結晶ファイバ73からの出力光をレンズ74によってコリメート光とした後、フィルタ75を用いて900nm以下の波長を持つ成分を除去することによって、900nmから1400nmまでの波長を持つ光P14を得る。
【0047】
一方、ビームスプリッタ72によって2分割された他方のパルスレーザ光P13は、光路長調整部30に導かれ、さらにハーフミラー33によって、直角ミラー31の方向と振動器付き直角ミラー32の方向とに振り分けられる。そして、直角ミラー31で反射いたパルスレーザ光P13Aと、振動器付きミラー32で反射したパルスレーザ光P13Bとは、ハーフミラー35において同一光路に導かれ、ミラー76を介してハーフミラー77に入射される。
【0048】
ハーフミラー77は、フォトニック結晶ファイバ73からの出力光P14と、光路長調整部30を介して出力されるパルスレーザ光とを光学系25に導く。これにより、これらの光は、試料40の同一個所に集光され、その結果、CARS光C1が発生する。このCARS光C1は、ハーフミラー77、フィルタ28及び結像レンズ29を介して、光電子増倍管78に入射される。光電子増倍管78は、入射した光を増倍させた後、アンプ52を介してコンピュータ53に出力する。
【0049】
コンピュータ53は、図1に示した第1の実施の形態に係る顕微鏡装置20の場合と同様にして、光電子増倍管78によって検出されたCARS光C1に基づいて、図5に示した処理を実行することにより、試料40に含まれる複数の物質を同定することができる。
【0050】
また、振動器付き直角ミラー32を周波数1KHz程度で周期的に動作させることによってCARS光C1の変調成分がCARS光C1の光強度の低周波成分として現れるようにし、この低域成分をアンプ52に内蔵されたローパスフィルタによって取り出すことにより、バックグラウンドノイズをキャンセルすることができ、高SN比でCARS光を検出することができる。これにより、CARS光をロックイン検出無しに高SN比で検出することができる。
【0051】
このように、1つの光源71からのパルスレーザ光P11を偏光ビームスプリッタ72によって2つのパルスレーザ光P11に分割する構成の顕微鏡装置90においても、図1について上述した顕微鏡装置20の場合と同様にして、時間分解分光によって試料40に含まれる物質を同定することができると共に、振動器付き直角ミラー32によってパルスレーザ光P13の光路長を1KHz程度で周期的に変化させ、アンプ52に内蔵されたローパスフィルタによってCARS光信号S1の低域成分のみを通過させることにより、CARS光信号S1に含まれるバックグラウンドノイズをキャンセルすることができ、高SN比でCARS光を検出することができる。
【0052】
なお、上述の第2の実施の形態においては、光路長を変化させる構成として、光路長調整部30を用いる場合について述べたが、本発明はこれに限られるものではなく、例えば図9に示すような構成の光路長調整部80を用いるようにしてもよい。
【0053】
すなわち、図8との対応部分に同一符号を付して示す図9において、光路長調整部80は、偏光ビームスプリッタ72から出力されるパルスレーザ光P13を、ミラー83を介して振動器付き直角ミラー32に受け、この反射光をハーフミラー77に導くようになされている。ハーフミラー77は、振動器付き直角ミラー32で反射した光と、フォトニック結晶ファイバ73からの光とを光学系25に導く。
【0054】
光路長調整部80の振動器付き直角ミラー32は、振動源36により矢印X方向に振動するようになされている。この振動により、偏光ビームスプリッタ72において分割されてなる一方のパルスレーザ光P13の光路長を変化させることができる。
【0055】
かかる構成の光路長調整部80を用いることにより、図8に示した光路長調整部30を用いる場合に比べて、構成を簡単にすることができる。
【0056】
また、上述の第2の実施の形態においては、光電子増倍管78を用いたが、これに代えて、図10に示すようにフォトダイオード91を用いるようにしてもよい。この顕微鏡装置90において、フォトダイオード91は、フィルタ28及び結像レンズ29を介して出力されるCARS光C1を光電変換することにより、CARS光信号S1を得る。コンピュータ53は、アンプ52を介して増幅されたCARS光信号S2に基づいて、図5について上述した処理によりフーリエ変換を実行することにより、試料40に含まれる物質を同定する。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】第1の実施の形態に係る顕微鏡装置を示すブロック図である。
【図2】図1の顕微鏡装置に用いられる測定用の治具を示す斜視図である。
【図3】光路長が変化するパルスレーザ光と光路長が変化しないパルスレーザ光との関係を示すグラフである。
【図4】2つのパルスレーザ光の間の時間遅れとCARS光の強度との関係を示すグラフである。
【図5】コンピュータによるCARS光取得時の処理手順を示すフローチャートである。
【図6】他の実施の形態に係る顕微鏡装置を示すブロック図である。
【図7】他の実施の形態に係る顕微鏡装置を示すブロック図である。
【図8】第2の実施の形態に係る顕微鏡装置を示すブロック図である。
【図9】他の実施の形態に係る顕微鏡装置を示すブロック図である。
【図10】他の実施の形態に係る顕微鏡装置を示すブロック図である。
【図11】コヒーレントアンチストークスラマン散乱法の説明に供する略線図である。
【図12】コヒーレントアンチストークスラマン顕微鏡を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0058】
20、20´、70、80、90 顕微鏡装置
21、22、23、71 光源
25 光学系
28、75 フィルタ
29 結像レンズ
30 光路長調整部
31 直角ミラー
32 振動器付き直角ミラー
36 振動源
40 試料
42 治具
45 XYZステージ
50 検出部
51、91 フォトダイオード
52 アンプ
53 コンピュータ
78 光電子増倍管
72 偏光ビームスプリッタ
73 フォトニック結晶ファイバ
74 レンズ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の波長を持つ第1のパルスレーザ光及び前記第1の波長とは異なる第2の波長を持つ第2のパルスレーザ光を発生する光源部と、
前記第1のパルスレーザ光及び前記第2のパルスレーザ光を分析対象に照射する光学系と、
前記第1のパルスレーザ光の前記光源部から前記分析対象までの光路長を調整する光路長調整部と、
前記第1及び第2のパルスレーザ光の照射によって前記分析対象から発せられるコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を検出する検出部と
を備えることを特徴とする顕微鏡装置。
【請求項2】
前記光路長調整部は、前記第1のパルスレーザ光の光路長を周期的に変化させることを特徴とする請求項1に記載の顕微鏡装置。
【請求項3】
前記光路長調整部は、
前記第1のパルスレーザ光を反射させて前記第1のパルスレーザ光に戻す直角ミラーと、
前記直角ミラーを前記第1のパルスレーザ光の前記入射及び反射方向に沿って振動させる振動手段と
を備えることを特徴とする請求項2に記載の顕微鏡装置。
【請求項4】
前記検出手段によって検出された前記コヒーレントアンチストークスラマン散乱光に対して、フーリエ変換を施すことにより、ラマン振動周波数を判定する処理部を備えることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の顕微鏡装置。
【請求項5】
前記検出手段によって検出された前記コヒーレントアンチストークスラマン散乱光の光強度の低周波成分を通過させた後、この低周波成分に基づいてラマン振動周波数を判定する処理部を備えることを特徴とする請求項2に記載の顕微鏡装置。
【請求項6】
前記光源部は、
前記第1のパルスレーザ光を発生する第1の光源と、
前記第2のパルスレーザ光を発生する第2の光源と
を備えることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の顕微鏡装置。
【請求項7】
前記光源部は、
光源と、
前記光源で発生するパルスレーザ光を分割する分割手段と、
前記分割手段によって分割された一方を広帯域化するフォトニック結晶ファイバと、
前記フォトニック結晶ファイバの出力を帯域制限するフィルタと、
を備え、前記フィルタの出力を前記第2のパルスレーザ光とすると共に、前記分割手段によって分割された他方を前記第1のパルスレーザ光とすることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の顕微鏡装置。
【請求項8】
第1の波長を持つ第1のパルスレーザ光及び前記第1の波長とは異なる第2の波長を持つ第2のパルスレーザ光および前記第1および第2の波長とは異なる第3の波長を持つ第3のパルスレーザ光を発生する光源部と、
前記第1のパルスレーザ光、前記第2のパルスレーザ光及び前記第3のパルスレーザ光を分析対象に照射する光学系と、
前記第1のパルスレーザ光の前記光源部から前記分析対象までの光路長を調整する光路長調整部と、
前記第1、第2及び第3のパルスレーザ光の照射によって前記分析対象から発せられるコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を検出する検出部と
を備えることを特徴とする顕微鏡装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2007−278768(P2007−278768A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−103406(P2006−103406)
【出願日】平成18年4月4日(2006.4.4)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】