説明

高分子電解質膜の製造方法と高分子電解質膜ならびに膜−電極接合体および高分子電解質型燃料電池

【課題】イオン伝導性に優れるとともに、ダイレクトメタノール型燃料電池(DMFC)に用いた場合においてもメタノールの透過量が抑制され、高いセル出力を実現できる高分子電解質膜の製造方法を提供する。
【解決手段】ポリフッ化ビニリデン(PVdF)の基体に、イオン伝導基を有するポリマー鎖がグラフト重合された高分子電解質膜の製造方法であって、(I)α晶の結晶分率が90%以上のPVdFの成形シートを、その機械方向(MD)に一軸延伸する工程と、(II)延伸した前記シートを基体として、当該基体に、イオン伝導基を有するポリマー鎖をグラフト重合法を用いて導入する工程とを含む製造方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子電解質型燃料電池(PEFC)、特に燃料としてメタノールを用いるダイレクトメタノール型燃料電池(DMFC)、に好適に用いることができる高分子電解質膜の製造方法と高分子電解質膜とに関する。また本発明は、膜−電極接合体および高分子電解質型燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球規模の環境問題に対する懸念が増しており、いわゆる温暖化ガスやNOx(窒素酸化物)の排出防止が強く望まれている。これらのガスの総排出量を削減するためには、自動車の動力源となる燃料電池システムの実用化が非常に有効と考えられる。また一方で、近年、地球規模の情報ネットワークが非常に重要になってきており、モバイル環境やユビキタス社会の実現に必要なポータブル機器の電力供給源の確保のために、燃料電池システムの実用化が待望されている。
【0003】
これら自動車の動力源、ポータブル機器の電力供給源には、燃料電池のなかでも、100℃以下の低温で動作し、出力密度が高く、起動性および負荷の変動に対する応答性に優れる高分子電解質型燃料電池(PEFC)が適している。特に、PEFCの1種である、燃料にメタノールを用いるダイレクトメタノール型燃料電池(DMFC)が、燃料の携帯および供給が容易であることなどから、大きな期待を集めている。
【0004】
高出力のDMFCを実現するためには、イオン伝導性に優れるだけではなく、燃料として供給されたメタノールができるだけ当該膜を透過しない(メタノール透過量ができるだけ抑制されている)電解質膜が求められる。高いイオン伝導率を示す電解質膜であっても、メタノール透過量が大きい場合には、高出力の燃料電池セルを構築できない。
【0005】
ところで、従来、電解質膜における乾燥時と含水時との間の寸法変化の低減を目的として、イオン伝導基を有するパーフルオロカーボン重合体を延伸処理する方法が、特許文献1、2に開示されている。また、電解質膜の薄膜化および高強度化を目的として、パーフルオロスルホン酸膜をはじめとする高分子電解質膜を延伸処理する方法が、特許文献3に開示されている。これら各文献では、それぞれの電解質膜をDMFCに用いること、および、DMFCに用いた場合におけるメタノール透過量の抑制に関して、全く考慮されていない。
【特許文献1】特開2002−343380号公報
【特許文献2】特開2005−108537号公報
【特許文献3】特開平11−354140号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、イオン伝導性に優れるとともに、DMFCに用いた場合においてもメタノール透過量が抑制され、高いセル出力を実現できる高分子電解質膜とその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の高分子電解質膜の製造方法は、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)の基体に、イオン伝導基を有するポリマー鎖がグラフト重合された高分子電解質膜の製造方法であって、(I)α晶の結晶分率が90%以上のPVdFの成形シートを、その機械方向(MD方向)に一軸延伸する工程と、(II)延伸した前記シートを基体として、当該基体に、イオン伝導基を有するポリマー鎖をグラフト重合法を用いて導入する工程とを含む方法である。
【0008】
本発明の高分子電解質膜は、α晶の結晶分率が85%以下のPVdFの基体に、イオン伝導基を有するポリマー鎖がグラフト重合された電解質膜である。
【0009】
本発明の膜−電極接合体は、上記本発明の製造方法により得た高分子電解質膜と、前記電解質膜を狭持する一対の触媒層とを備える。
【0010】
別の側面から見た本発明の膜−電極接合体は、上記本発明の高分子電解質膜と、前記電解質膜を狭持する一対の触媒層とを備える。
【0011】
本発明の高分子電解質型燃料電池は、上記本発明の膜−電極接合体を発電要素として備える。
【発明の効果】
【0012】
本発明の製造方法では、α晶の結晶分率(α晶率)が90%以上のPVdFの成形シートを、その機械方向(MD方向)に一軸延伸し、延伸したPVdFシートを基体として、当該基体にイオン伝導基を有するポリマー鎖をグラフト重合法を用いて導入することによって、イオン伝導性に優れるとともに、DMFCに用いた場合においてもメタノールの透過量を抑制でき、高いセル出力を実現できる高分子電解質膜を得ることができる。
【0013】
本発明の製造方法により、このような電解質膜が得られる理由は明確ではないが、上記一軸延伸によってPVdFシートの結晶構造が変化するためではないかと推定される。具体的には、PVdFは、結晶構造としてα晶、β晶およびγ晶をとりうるが、通常の合成手法により得たPVdFの結晶構造は、結晶分率にして90%以上がα晶であり、これは、押出成形などの成形手法によりシート状とした場合にも変わらない。このPVdFシートを一軸延伸すると、α晶の一部が変化してβ晶が生成するが、このような結晶構造の変化によって、電解質膜としたときのメタノール透過量を低減できると推定される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
特許文献3の段落番号[0051]には、「上記実施の形態では、電解質膜としてパーフルオロスルホン酸膜を用いた例について説明したが、電解質膜として他の高分子電解質、例えば、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体やポリテトラフルオロエチレンなどのフッ素ポリマーにスチレンやトリフルオロエチレンなどの他のモノマーをグラフト重合させた種々のグラフト共重合体からなる膜をスルホン化した膜、(中略)、などを用いても良く」との記載があり、当該文献の段落番号[0025]には、フッ素樹脂の一例として「ポリフッ化ビニリデン」が例示されている。しかし、文献3の方法では、電解質膜に対して、即ち、イオン伝導基を有するポリマー鎖がフッ素樹脂に既に導入された状態で、延伸処理が行われており、また、その目的は電解質膜の薄膜化および高強度化であるため、処理後の異方性が少ない二軸延伸が好ましいとされる(段落番号[0033]参照)。これに対して本発明の製造方法では、PVdFの成形シートを一軸延伸した後に、延伸した当該シートを基体として、当該基体にグラフト重合によるポリマー鎖を導入して電解質膜としており、電解質膜を形成する前に、基体となるPVdFシートを延伸処理する本発明の方法は、文献3には記載も示唆もなされていない。
【0015】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0016】
[高分子電解質膜の製造方法]
本発明の製造方法では、α晶率が90%以上のPVdFの成形シートを、その機械方向(MD方向)に一軸延伸する(工程(I))。上述したように、この一軸延伸により、PVdFシート中のα晶の一部が変化してβ晶が生成し、当該シートのα晶率が低下する結晶構造の変化が生じる。
【0017】
一般にPVdFでは、そのα晶率が高いほどグラフト重合に適している、即ちグラフト重合によるポリマー鎖の導入を促進できる、とされ、基体となるPVdFシートのα晶率を高く保持することにより、電解質膜とした際の高いイオン伝導率の発現が期待される。しかし、燃料電池の出力特性は、電解質膜のイオン伝導率のみによって決定されるものではなく、例えばDMFCでは、電解質膜のメタノール透過量が出力特性に大きく影響する。本発明の製造方法では、α晶率を高く保持することで、より高いイオン伝導率を得るという従来の思想に反し、一軸延伸によりα晶率を低下させたPVdFの基体を用いることにより、イオン伝導率とメタノール透過量とのバランスをとり、DMFCとした場合においても高いセル出力を実現できる高分子電解質膜としている。
【0018】
α晶率が90%以上のPVdFの成形シートは、例えば、通常の合成手法により得られた市販のPVdFペレットから、各種の成形法、例えば押出法、キャスト法、を用いて形成できる。なお、PVdFの結晶構造は、広角X線回折法、赤外分光法などの分析手法により特定できる。
【0019】
PVdFの成形シートをMD方向に一軸延伸する具体的な方法は特に限定されず、例えば、一般的な一軸延伸装置を用いて実施することができる。
【0020】
なお、PVdFシートの延伸方向は、当該シートのMD方向である必要がある。当該シートの横断方向(TD方向)に一軸延伸しようとしても、TD方向の延伸ではシートが破れやすく、β晶が生成して結晶構造が変化するほどの延伸を行うことができない。また、当該シートをMD方向およびTD方向に二軸延伸しようとした場合においても同様に、PVdFの分子配向を変化させて、β晶が生成されるような延伸を行うことが困難である。
【0021】
PVdFシートを延伸処理する際には、当該シートの横断方向(TD方向)を固定する、例えば当該シートのTD方向の幅を固定する、ことが好ましい。PVdFシートを、より均一に一軸延伸でき、電解質膜としたときのメタノール透過量をより確実に抑制できる。
【0022】
延伸処理時におけるPVdFシートの延伸率は特に限定されないが、例えば、PVdFシートを延伸率50〜250%で延伸すればよく、延伸率70〜200%で延伸することが好ましく、延伸率100〜200%で延伸することがより好ましい。延伸率をこのような範囲とすることで、電解質膜としたときのイオン導電率とメタノール透過量とのバランスを図ることができる。
【0023】
α晶率の観点からは、α晶率が85%以下となるようにPVdFシートを延伸してもよく、α晶率が80%以下となるようにPVdFシートを延伸することが好ましい。また、延伸処理時には、PVdFのα晶率を70%以上に保持することが好ましい。PVdFシートの延伸をこのように行うことで、電解質膜としたときのイオン導電率とメタノール透過量とのバランスを図ることができる。
【0024】
PVdFシートの延伸処理は、60〜150℃の温度雰囲気下で行うことが好ましく、70〜140℃の温度雰囲気下で行うことがより好ましい。60℃未満の温度雰囲気下では、PVdFシートの弾性率が高く、均一に一軸延伸することが困難である。一方、150℃を超える温度雰囲気下では、当該温度がPVdFの融点(151〜178℃程度)に近いため、延伸する際にPVdFシートの破断が生じやすい。
【0025】
本発明の製造方法では、工程(I)において延伸処理したPVdFシートを基体として、当該基体に、イオン伝導基を有するポリマー鎖をグラフト重合法を用いて導入する(工程(II))。
【0026】
グラフト重合法を用いて、上記基体にイオン伝導基を有するポリマー鎖を導入する方法は特に限定されず、一般的な手法に従えばよい。例えば、一軸延伸した上記基体にポリマー鎖をグラフト重合させた後、当該ポリマー鎖にイオン伝導基を導入してもよいし、イオン伝導基およびポリマー鎖の種類によっては、一軸延伸した上記基体に、イオン伝導基を有するポリマー鎖をグラフト重合させてもよい。
【0027】
上記基体にポリマー鎖をグラフト重合させるためには、例えば、上記基体に放射線を照射した後、あるいは照射とともに、ポリマー鎖の構成単位となるモノマーを上記基体とグラフト反応させればよい。
【0028】
上記基体にグラフト重合させるポリマー鎖は、イオン伝導基を後に導入できる、またはイオン伝導基を有する、限り特に限定されないが、ビニルモノマー重合体が好適である。なお、ビニルモノマー重合体とは、構成単位として、ビニル基(当該基の水素の一部が他の官能基によって置換されていてもよい)を有するモノマー(ビニルモノマー)を含む重合体をいう。ビニルモノマー重合体は、複数の異なるビニルモノマーを構成単位として含んでいてもよい。
【0029】
ビニルモノマーとしては、例えば、式H2C=CXR1で示される化合物が挙げられる。
【0030】
上記式において、基「X」がH(水素)である場合、R1は、例えば、−O−Cn2n+1、−CO−Cn2n+1、−COO−Cn2n+1、−Ar−R2である。ここで、Arはアリール基、R2は、−H、−CH3、−CH2Cl、−CH2OH、−C(CH33、−CH2SO3Na、−Cl、−Br、または−Fである。また上記式において、基「X」が−CH3の場合、R1は、例えば、フェニル基である。
【0031】
基体にグラフト重合させたポリマー鎖にイオン伝導基としてスルホン酸基を後に導入する場合、ビニルモノマーは芳香族系のモノマーであることが好ましい。即ち、上記式で示される化合物において、R1は、アリール基またはフェニル基であることが好ましい。
【0032】
ビニルモノマーとして、グラフト反応性のある不飽和結合を分子中に複数有する架橋剤を用いてもよい。このような架橋剤としては、例えば、1,2−ビス(p-ビニルフェニル)、ジビニルスルホン、エチレングリコールジビニルエーテル、ジエチレングリコールジビニルエーテル、トリエチレングリコールジビニルエーテル、ジビニルベンゼン、シクロヘキサンジメタノールジビニルエーテル、フェニルアセチレン、ジフェニルアセチレン、1,4-ジフェニル-1,3-ブタジエン、ジアリルエーテル、2,4,6-トリアリルオキシ-1,3,5-トリアジン、トリアリル-1,2,4-ベンゼントリカルボキシレート、トリアリル-1,3,5-トリアジン-2,4,6-トリオン、ブタジエン、イソブテンなどが挙げられる。
【0033】
基体にグラフト重合された、イオン伝導基を有するポリマー鎖は、スチレン単位、スチレン誘導体単位、ビニルナフタレン単位、またはビニルナフタレン誘導体単位を構成単位として含むことが好ましい。
【0034】
ポリマー鎖が有するイオン伝導基は、例えば、プロトン伝導基であればよい。このような電解質膜は、PEFCに好適に用いることができる。プロトン伝導基の種類は特に限定されず、典型的にはスルホン酸基である。
【0035】
上記基体(延伸処理後のPVdFシート)に放射線を照射する方法は、公知の方法に従えばよく、いわゆる前照射法(基体に放射線を照射した後に、当該基体をモノマーとグラフト反応させる)、および同時照射法(基体に放射線を照射するのと同時に、当該基体をモノマーとグラフト反応させる)のいずれの照射法も用いることができるが、副反応物であるホモポリマーの生成量が少ない前照射法が使いやすい。
【0036】
前照射法には、不活性ガス雰囲気下において放射線を照射するポリマーラジカル法と、酸素含有雰囲気下において放射線を照射するパーオキサイド法とがあるが、本発明の製造方法では、いずれの方法も利用可能である。
【0037】
前照射法は、例えば、以下のように行えばよい:基体となるPVdFシートをガラスの反応容器に収容した後、当該容器内を不活性ガス雰囲気とする;次に、容器内のシートに放射線(典型的には電子線またはγ線)を照射する。放射線を照射する際の容器内の雰囲気の温度は、例えば−10〜80℃の範囲とすればよく、室温近傍の温度とすることが好ましい。放射線の照射線量は、例えば、1〜50kGy程度である。照射雰囲気の温度および照射線量は、適宜調整できる。この方法により放射線を照射した後は、例えば、上記容器内に、脱酸素処理したモノマー溶液を導入し、放射線を照射したPVdFシートを基体として、当該基体と導入したモノマーとをグラフト反応させればよい。脱酸素処理は、公知の方法、例えば不活性ガスのバブリングや凍結脱気など、により実施できる。モノマー溶液は、上記基体とグラフト反応させるモノマー以外にも、任意の物質(例えば、モノマーを希釈する溶媒、あるいは架橋剤など)を含んでいてもよい。グラフト反応は、典型的には30〜150℃、好ましくは40〜80℃の温度雰囲気下で進行させることが好ましい。
【0038】
なお、必要に応じて、基体にグラフト重合させたポリマー鎖の架橋性を制御するために、放射線の後照射を行ってもよく、その方法は上記前照射の方法と同様であればよい。
【0039】
基体にグラフト重合させるポリマー鎖の量は特に限定されないが、グラフト重合前後の基体の重量の変化より求めたグラフト率(グラフト重合前の基体の重量をW1、グラフト重量後の基体の重量をW2としたときに、グラフト率=(W2−W1)/W1×100(%)により求められる値)にして、例えば8〜70重量%であればよく、10〜50重量%が好ましい。グラフト率は、放射線の照射線量、ならびに、グラフト重合時の温度、時間などにより制御できる。
【0040】
基体にグラフト重合させたポリマー鎖にイオン伝導基を導入する方法は特に限定されず、公知の手法に従えばよい。
【0041】
ポリマー鎖にイオン伝導基を導入する方法の一例は、特開2001−348439号公報に開示されている。当該文献では、グラフト反応後のフィルムを、1,2-ジクロロエタンを溶媒として用いた濃度0.2〜0.5モル/Lのクロロスルホン酸溶液に、室温〜60℃の温度で2〜24時間浸漬させて、当該フィルムにイオン伝導基としてスルホン酸基を導入している。また、特開2005−89608号公報には、10〜30℃の温度で2〜100時間の反応が好ましいとの記載がある。
【0042】
このように、イオン伝導基としてスルホン酸基を導入する場合、スルホン化剤としてクロロスルホン酸溶液を使用することが可能であるが、クロロスルホン酸は反応性が強いため、副反応の発生などによりイオン伝導基の導入が不均一とならないように留意する必要がある。また、発煙硫酸によりスルホン酸基を導入することも可能であるが、実際の生産設備において、発煙硫酸をスルホン化剤としてスルホン酸基を導入することは現実的ではない。
【0043】
ポリマー鎖にスルホン酸基を導入する場合、スルホン化剤として、1,3,5-トリメチルベンゼン-2-スルホン酸(メシチレンスルホン酸)、1,2,4,5-テトラメチルベンゼン-3-スルホン酸、1,2,3,4,5-ペンタメチルベンゼン-6-スルホン酸を使用することが好ましい。これらの物質は、クロロスルホン酸よりも反応性が低く、ポリマー鎖へのより均一なスルホン酸基の導入が可能となる。特に、メシチレンスルホン酸が好ましい。
【0044】
これらのスルホン化剤を用いてポリマー鎖にスルホン酸基を導入するためには、例えば、上記スルホン化剤を溶媒に溶解または希釈して得た溶液(例えば、メシチレンスルホン酸溶液)にポリマー鎖を接触させればよい(具体的には、例えば、当該溶液に、ポリマー鎖を導入したPVdFシートを浸漬させればよい)。
【0045】
スルホン化剤を溶解または希釈させる溶媒は、ポリマー鎖へのスルホン酸基の導入を阻害したり、PVdFシートに悪影響を及ぼしたりしない物質であれば、特に限定されずに用いることができる。例えば、クロロホルム、ジクロロメタン、1,2-ジクロロエタン、トリクロロエタン、テトラクロロエタン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンなどのハロゲン化脂肪族炭化水素;ジクロロベンゼン、トリクロロベンゼンなどのハロゲン化芳香族炭化水素;ニトロメタン、ニトロベンゼンなどのニトロ化合物類;トリメチルベンゼン、トリブチルベンゼン、テトラメチルベンゼン、ペンタメチルベンゼンなどのアルキルベンゼン類;スルホラン(テトラメチレンスルホン)などの環状スルホン類:オクタン、デカン、シクロヘキサンなどの脂肪族飽和炭化水素類;などを用いてもよい。溶液の濃度は、スルホン化剤およびポリマー鎖の種類などにより適宜調整すればよく、例えば、0.05〜1.0モル/Lである。ポリマー鎖と溶液とを接触させる温度および時間に関しても、スルホン化剤およびポリマー鎖の種類などにより適宜調整すればよく、例えば、20〜200℃程度あるいは100〜150℃程度、および、1〜120分程度あるいは5〜60分程度としてもよい。
【0046】
本発明の製造方法は、必要に応じて、上記工程(I)、(II)以外の任意の工程を含んでいてもよい。
【0047】
(高分子電解質膜)
本発明の電解質膜は、上記本発明の製造方法により得た電解質膜である。
【0048】
上記とは別の側面、即ち、電解質膜の基体であるPVdFシートの結晶構造、から見た本発明の電解質膜は、α晶の結晶分率が85%以下のPVdFの基体に、イオン伝導基を有するポリマー鎖がグラフト重合された電解質膜である。
【0049】
本発明の電解質膜では、基体のα晶率が80%以下であることが好ましい。基体のα晶率の下限は特に限定されないが、電解質膜としてのイオン伝導率とメタノール透過率とのバランスを図る観点からは、70%以上であることが好ましい。
【0050】
本発明の電解質膜は、イオン導電性に優れるとともに、DMFCに用いた場合においてもメタノールの透過量を抑制でき、高いセル出力を実現できる。なお、本発明の電解質膜はDMFC以外のPEFC、例えば水素ガスや改質ガスを燃料とする高分子電解質型燃料電池、にも好適に用いることができる。
【0051】
(膜−電極接合体)
本発明の膜−電極接合体(MEA)の一例を、図1に示す。
【0052】
図1に示すMEA21は、電解質膜1と、電解質膜1の双方の主面上に当該膜と一体化されて形成された一対の触媒層(電極)7a、7bとを有する。触媒層7a、7bは、それぞれ、アノード触媒層およびカソード触媒層に対応している。電解質膜1は、上述した本発明の電解質膜である。
【0053】
MEA21をDMFCに用いることで、メタノールの透過量が抑制された、高出力のDMFCを構築できる。なお、MEA21は、DMFC以外のPEFCにも好適に用いることができる。
【0054】
MEA21は、電解質膜1として本発明の電解質膜を用いる限り、MEAの公知の製造方法により形成できる。
【0055】
図2に、本発明のMEAの別の一例を示す。図2に示すMEA21は、図1に示す電解質膜1および触媒層7a、7bを狭持するように、一対のガス拡散層12a、12bが配置された構造を有する。このように本発明のMEAは、本発明の電解質膜と、当該電解質膜を狭持する一対の触媒層とを備える限り、任意の構成とすることができる。
【0056】
(高分子電解質型燃料電池)
本発明の高分子電解質型燃料電池の一例を、図3に示す。
【0057】
図3に示す燃料電池11は、図2に示すMEA31と、MEA31を狭持するように配置された一対のセパレータ(アノードセパレータ13aおよびカソードセパレータ13b)とを備える。燃料電池11を構成する各部材は、各部材の主面に垂直な方向に、所定の圧力が印加された状態で保持されている。
【0058】
MEA31は、本発明の膜−電極接合体であり、このようなMEA31を備える燃料電池11では、燃料としてメタノールを用いた場合、即ち、DMFCとした場合においても、電解質膜を通したメタノールの透過を抑制でき、高いセル出力を実現できる。
【0059】
図3に示す燃料電池11は単セル(シングルセル)であるが、このような単セルを複数積層して、燃料電池スタックとしてもよい。
【0060】
セパレータ13a、13bは、導電性を有しており、通常、カーボンまたはSUSなどの金属から構成される。各々のセパレータ13a、13bには、燃料流路14aおよび酸化剤流路14bが形成されており、各流路を介して、燃料および酸化剤が、それぞれ、触媒層7aおよび7bに供給される。
【0061】
本発明の燃料電池は、図3に示す部材以外にも、燃料電池として一般的に用いられるその他の部材を備えていてもよい。
【実施例】
【0062】
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明する。本発明は、以下に示す実施例に限定されない。
【0063】
本実施例では、電解質膜サンプル(実施例であるサンプル1、2、比較例であるサンプルA、B)を作製し、各サンプルのイオン伝導率およびメタノール透過量、ならびに、各サンプルを用いてDMFCを構築したときのセルの発電特性を評価した。
【0064】
最初に、各サンプルの作製方法を示す。
【0065】
−サンプル1−
PVdFポリマーペレット(呉羽化学社製、T #1100)を用いて、溶融押出法により、PVdFの成形シート(厚さ50μm)を作製した。成形シートの作製は、一般的な溶融押出法の手法に従った。
【0066】
作製したPVdFシートの結晶構造を赤外分光法により評価したところ、当該シートを構成するPVdFのα晶率は95%であった。α晶率は、フーリエ変換赤外分光装置(FT−IR:JASCO社製、IR−470)を用いて、透過法により測定したシートの赤外吸収スペクトルから、α晶に起因する波数612cm-1の吸光度(以下、A612と表記)、および、β晶に起因する波数839cm-1の吸光度(以下、A839と表記)とを求め、α晶率=A612/(A612+A839)の式から求めた。以下、α晶率の求め方は、これと同様とした。
【0067】
次に、作製したPVdFシートを10cm角に切断した後、押出成形時のTD方向の幅を固定した状態で、MD方向に延伸率100%で一軸延伸した。延伸は、80℃の温度雰囲気下で行った。なお、延伸率は、延伸前のシートにおけるMD方向の長さをL1、延伸後のシートにおけるMD方向の長さをL2として、式(L2−L1)/L1×100(%)により求められる値である。
【0068】
一軸延伸後のPVdFシートの厚さは30μmであった。また、その結晶構造を、上記方法により評価したところ、α晶率にして76%であった。
【0069】
次に、一軸延伸後のPVdFシートを容器に収容し、当該シートの表面に、大気雰囲気下において、線量30kGyの電子線を照射した。電子線の照射後、容器内をアルゴン雰囲気とし、スチレンモノマーのトルエン溶液(スチレンモノマー濃度が50体積%、アルゴンガスのバブリングにより溶存酸素を除去済み)100gを容器内に導入して、当該溶液にシートを完全に浸漬させた。その後、容器内を60℃に15分間保持して、スチレンモノマーのグラフト反応を進行させ、ポリマー鎖としてポリスチレンがグラフト重合したPVdFシート(厚さ34μm)を得た。
【0070】
次に得られたシートをトルエンで十分に洗浄し、全体を乾燥させた後、o-ジクロロベンゼンで希釈した1,3,5-トリメチルベンゼン-2-スルホン酸溶液(濃度0.2モル/L:小西化学工業社製トランススルホン化剤)中に浸漬させ、125℃で30分間保持して、グラフト重合したポリマー鎖であるポリスチレンに、イオン伝導基としてスルホン酸基を導入した。その後、スルホン酸基を導入したシートをメタノールおよび水で洗浄し、60℃で12時間乾燥させ、温度25℃および相対湿度65%の雰囲気下に置いて、膜厚40μmの電解質膜(サンプル1)を得た。
【0071】
−サンプル2−
α晶率が95%のPVdFの成形シート(厚さ50μm)を、120℃の温度雰囲気下において延伸率150%で一軸延伸した以外は、サンプル1と同様にして、膜厚34μmの電解質膜(サンプル2)を得た。なお、一軸延伸後のPVdFシートのα晶率は73%、膜厚は24μmであった。
【0072】
−サンプルA(比較例)−
α晶率が95%のPVdFの成形シート(厚さ25μm)に対して、当該シートを延伸することなく、電子線の照射、スチレンモノマーのグラフト反応、および、スルホン酸基の導入を行った以外は、サンプル1と同様にして、膜厚30μmの電解質膜(サンプルA)を得た。
【0073】
−サンプルB(比較例)−
イオン伝導基としてスルホン酸基を有する市販のパーフルオロアルキル重合体(デュポン社製ナフィオン112、厚さ60μm)を、そのままサンプルBとした。
【0074】
−サンプルC(比較例)−
イオン伝導基としてスルホン酸基を有する市販のパーフルオロアルキル重合体(デュポン社製ナフィオン117、厚さ185μm)を、125℃の温度雰囲気下において延伸率300%で一軸延伸して得た膜(延伸後の厚さ54μm)を、サンプルCとした。なお、延伸前のα晶率は91%、延伸後のα晶率は88%であった。
【0075】
(イオン伝導率の評価)
上記のようにして作製した各電解質膜サンプルのイオン伝導率として、プロトン伝導率κを評価した。プロトン伝導率κは、一般的な膜抵抗測定セル、およびLCRメーター(ヒューレットパッカード社製、E−4925A)を用い、交流法(新実験化学講座19、高分子化学<II>、p992、丸善)に従って求めた。具体的には、上記セルに濃度1モル/Lの硫酸を満たした状態で、セルに設けられた白金電極間(距離5mm)の抵抗を測定して求めた膜抵抗Rから、式κ=1/R・d/A(dは電解質膜の膜厚、Aは電解質膜の面積)により求めた。
【0076】
(メタノールの透過量の評価)
イオン伝導率の評価とは別に、上記のようにして作製した各電解質膜サンプルのメタノール透過量(透過流速)を評価した。メタノール透過量は、拡散セルを用いた拡散実験により求めた。具体的には、拡散セルに、当該セルを二分割するように電解質膜サンプルを配置し、二分割されたセルの一方の部分に140gの水、他方の部分に200gの水を投入した。セル内の物質は、上記一方の部分と他方の部分とを区切る電解質膜サンプルを介してのみ(サンプルを透過することによってのみ)、上記双方の部分の間を移動できる。電解質膜サンプルにおける上記双方の部分を区切る面積、即ち電解質膜サンプルの透過面積、は、8.04×10-42とした。次に、上記一方の部分に60gのメタノールを素早く加え、加えた時を基準として、一定時間毎に、上記他方の部分内の溶液をサンプリングした。サンプリングした溶液1mLに対して1mLの水を、後の濃度補正のために加えた後、ガスクロマトグラフィ(Yanako社製、G6800)により、溶液中のメタノール濃度(モル%)を求め、単位透過面積および単位時間あたりのメタノール濃度変化をメタノール透過量として算出した。
【0077】
(DMFCを構成したときの発電特性)
上記のようにして作製した各電解質膜サンプルの双方の主面に、燃料電池用電極(面積25cm2の正方形、触媒担持量はアノード側4mg/cm2、カソード側2mg/cm2)を、それぞれ熱プレスして(プレス温度180℃、プレス圧力1.5MPa、プレス時間5分)、膜−電極接合体を形成した。
【0078】
電極のうちカソード電極は、厚さ200μmのカーボンペーパーからなるガス拡散層に、Pt触媒を担持させたカーボンとアイオノマーとを含む触媒層インクをバーコート法により塗布した後に、60℃に保持した恒温槽で10分間乾燥して、形成した。また、アノード電極は、上記ガス拡散層に、Pt/Ru触媒とアイオノマーとを含む触媒層インクをバーコート法により塗布し、60℃に保持した恒温槽で10分間乾燥した後、135℃、1.5MPaおよび1分間の条件でホットプレスして、形成した。
【0079】
次に形成した膜−電極接合体を狭持するように、カーボンペーパーからなる一対のガス拡散層、および、グラファイトからなる一対のセパレータを順に配置し、各層の積層方向に圧力を加えた状態で固定して、図3に示すような単セルの燃料電池を作製した。各セパレータの表面には、燃料または酸化剤の流路が形成されており、セパレータを配置する際には、当該流路がガス拡散層の側を向くようにした。作製した燃料電池のセル面積は、膜−電極接合体における電極の面積と等しい25cm2である。
【0080】
このように作製した燃料電池のアノード側に燃料として濃度1モル/Lのメタノール水溶液を、カソード側に酸化剤として空気を流して発電させ、発電特性として、セルの最大出力値(mW/cm2)を評価した。なお、発電条件は、セル温度70℃、燃料の流量3.0ml/分、酸化剤の流量750ml/分とした。
【0081】
評価結果を以下の表1に示す。
【0082】
【表1】

【0083】
表1に示すように、比較例であるサンプルA、Bに比べて、サンプル1、2では、セルの最大出力値を向上できた。プロトン伝導率κに関しては、サンプル1、2の値は、PVdFの成形シートを延伸することなく電解質膜を形成したサンプルAの値よりも小さくなったが、メタノール透過量をサンプルAよりも低減できたことがセルの最大出力値の向上につながったと考えられる。なお、サンプルAのプロトン伝導率が、サンプル1、2よりも大きくなったのは、基体として用いたPVdFシートのα晶率が大きく、グラフト重合を効率的に行うことができたためと推定される。
【0084】
また、サンプル1、2では、従来より広く電解質膜として用いられているナフィオン112(サンプルB)と同様のプロトン伝導率を確保できるとともに、そのメタノール透過量を大きく低減できた。このことから、本発明の製造方法により、イオン伝導性に優れるとともに、DMFCに用いた場合においてもメタノールの透過量が抑制され、高いセル出力を実現できる高分子電解質膜が得られることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0085】
以上説明したように本発明によれば、イオン伝導性に優れるとともに、DMFCに用いた場合においてもメタノールの透過量が抑制され、高いセル出力を実現できる高分子電解質膜を得ることができる。この電解質膜は、高分子電解質型燃料電池(PEFC)、特にダイレクトメタノール型燃料電池(DMFC)、に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】本発明の燃料電池用膜−電極接合体の一例を示す模式図である。
【図2】本発明の燃料電池用膜−電極接合体の別の一例を示す模式図である。
【図3】本発明の燃料電池の一例を示す模式図である。
【符号の説明】
【0087】
1 電解質膜
7a 触媒層(アノード触媒層)
7b 触媒層(カソード触媒層)
11 燃料電池
12a、12b ガス拡散層
13a セパレータ(アノードセパレータ)
13b セパレータ(カソードセパレータ)
14a 流路(燃料流路)
14b 流路(酸化剤流路)
21、31 膜−電極接合体(MEA)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフッ化ビニリデン(PVdF)の基体に、イオン伝導基を有するポリマー鎖がグラフト重合された高分子電解質膜の製造方法であって、
(I)α晶の結晶分率が90%以上のPVdFの成形シートを、その機械方向(MD方向)に一軸延伸する工程と、
(II)延伸した前記シートを基体として、当該基体に、イオン伝導基を有するポリマー鎖をグラフト重合法を用いて導入する工程と、を含む高分子電解質膜の製造方法。
【請求項2】
前記工程(I)において、
前記成形シートを延伸率50〜250%で延伸する、請求項1に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項3】
前記工程(I)において、
α晶の結晶分率が85%以下となるように前記成形シートを延伸する、請求項1に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項4】
前記ポリマー鎖が、ビニルモノマー重合体である請求項1に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項5】
前記ポリマー鎖が、スチレン、スチレン誘導体、ビニルナフタレン、またはビニルナフタレン誘導体を構成単位として含む請求項1に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項6】
前記イオン伝導基が、プロトン伝導基である請求項1に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項7】
前記イオン伝導基が、スルホン酸基である請求項6に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項8】
前記工程(II)において、
前記基体にポリマー鎖をグラフト重合させた後、当該ポリマー鎖にイオン伝導基を導入する、請求項1に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項9】
前記工程(II)において、
前記ポリマー鎖とメシチレンスルホン酸溶液とを接触させることで、前記ポリマー鎖にイオン伝導基としてスルホン酸基を導入する、請求項8に記載の高分子電解質膜の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかの方法により得た高分子電解質膜と、
前記電解質膜を狭持する一対の触媒層とを備える膜−電極接合体。
【請求項11】
α晶の結晶分率が85%以下のポリフッ化ビニリデン(PVdF)の基体に、イオン伝導基を有するポリマー鎖がグラフト重合された高分子電解質膜。
【請求項12】
請求項11に記載の高分子電解質膜と、
前記電解質膜を狭持する一対の触媒層とを備える膜−電極接合体。
【請求項13】
請求項10または12に記載の膜−電極接合体を発電要素として備える高分子電解質型燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−104967(P2009−104967A)
【公開日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−277214(P2007−277214)
【出願日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【出願人】(000003964)日東電工株式会社 (5,557)
【Fターム(参考)】