説明

高張力鋼ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ

【課題】溶接作業性に優れ、機械的性質の優れた溶接金属が得られる高張力鋼ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】上記フラックス入りワイヤにおいて、(a)ワイヤの全質量に対する質量%で、(a1)C:0.03〜0.10%、Si:0.25〜0.70%、Mn:1.0〜3.0%、Ni:1.0〜3.5%、Ti:0.01〜1.0%、Mg:0.1〜0.9%、B:0.001〜0.015%、Al:0.05%以下、Cr:0.05%以下を含有し、かつ、(a2)フラックスに、TiO2:2.5〜7.5%、SiO2:0.1〜0.5%、ZrO2:0.2〜0.9%、Al23:0.1〜0.4%、弗素化合物の1種又は2種以上:F換算値の合計で0.41〜1.00%を含有し、(b)下記式の値が0.30〜1.30で、残部が、Fe、アーク安定剤、及び、不可避不純物からなり、(c)上記ワイヤの全水素量が、ワイヤ全体に対する質量比で15ppm以下である。(弗素化合物の1種又は2種以上のF換算値の合計+Mg)/(1/2(TiO2+ZrO2+Al23)+SiO2)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として耐力が690MPa以上の高張力鋼のガスシールドアーク溶接に使用するフラックス入りワイヤに関するもので、特に、機械的性質が優れた溶接金属が得られ、かつ、全姿勢溶接での溶接作業性が良好な高張力鋼ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
建築機械や海洋構造物等で主に使用される高張力鋼の溶接には、靭性に優れた被覆アーク溶接法、サブマージアーク溶接法、ソリッドワイヤを用いたガスシールドアーク溶接法が適用されている。なかでも、立向、上向、横向といった姿勢溶接が必要な鋼材の溶接には、被覆アーク溶接法、又は、ソリッドワイヤを用いたガスシールドアーク溶接法が一般的に適用されている。
【0003】
しかし、被覆アーク溶接法は溶接能率が低い。ソリッドワイヤを用いたガスシールドアーク溶接法は、姿勢溶接でメタル垂れを防止するため、低電流での溶接が必要となるので、被覆アーク溶接法と同様に、高能率な溶接が困難である。一方、一般的に、耐力が690MPa未満の低張力鋼の全姿勢溶接には、多くの場合、フラックス入りワイヤを用いるガスシールドアーク溶接が適用される。
【0004】
フラックス入りワイヤを用いるガスシールドアーク溶接は、溶接時に、ワイヤ中に充填した高融点のスラグ剤が、溶接金属より先に凝固して溶接金属を保持するので、立向上進溶接のような姿勢溶接でもメタル垂れが発生し難く、高電流、即ち、高溶着で、高能率な溶接が可能である。
【0005】
しかし、フラックス入りワイヤを用いるガスシールドアーク溶接は、一般に、ワイヤに充填するスラグ剤が主に酸化物であるため、他の溶接法に比べ、靭性が良好な溶接金属を得ることが難しい。また、フラックス原料が含有する水分や、ワイヤ保管時の吸湿により、拡散性水素量がソリッドワイヤに比べ多いことから、溶接金属の低温割れが懸念され、高張力鋼の溶接への適用は困難であった。
【0006】
さらに、従来の高張力鋼の溶接においては、溶接金属の低温割れ防止のために鋼板を100℃以上に予熱する必要があり、作業能率が低下する原因となっている。
【0007】
高張力鋼溶接用のフラックス入りワイヤについては、これまで種々の開発が進められている。例えば、特許文献1〜4には、高張力鋼用の全姿勢用フラックス入りワイヤのルチールを主体とするスラグ剤に、金属弗化物や塩基性酸化物を添加し、溶接金属の酸素量を低減することにより低温靭性を改善するフラックス入りワイヤが開示されている。
【0008】
しかし、特許文献1〜4に開示のフラックス入りワイヤにおいて、溶接金属の耐低温割れ性は考慮されていない。
【0009】
特許文献5には、旧γ粒界でのフェライトサイドプレートの発生を抑制して、溶接金属の低温靭性を得ることができるフラックス入りワイヤが開示されている。しかし、特許文献5に開示のフラックス入りワイヤにおいて、溶接金属の耐低温割れ性は考慮されていない。
【0010】
さらに、特許文献6には、CaF2を主としたフラックスを適用し、溶接ビード上に塩基性スラグを生成して、溶接金属の酸素量を少なくすることで、低温域まで高い衝撃靭性が得られるフラックス入りワイヤが開示されている。しかし、特許文献6に開示のフラックス入りワイヤは、全姿勢溶接には適用できないという課題を抱えている。
【0011】
本発明者らは、従来技術の課題を踏まえ、耐力690MPa以上の高張力鋼の溶接に用いるフラックス入りワイヤにおいて、全姿勢で高能率な溶接が可能で、かつ、低酸素、低水素で、低温靭性及び耐割れ性に優れた溶接金属が得られるフラックス入りワイヤを開発し、特許文献7で開示した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平08−99192号公報
【特許文献2】特開平09−253886号公報
【特許文献3】特開平03−47695号公報
【特許文献4】特開2008−149341号公報
【特許文献5】特開2006−281223号公報
【特許文献6】特開平09−314383号公報
【特許文献7】特開2010−274304号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献7で開示した技術は、全姿勢で高能率な溶接が可能で、かつ、低酸素、低水素で、低温靭性及び耐割れ性に優れた溶接金属が得られるフラックス入りワイヤであるが、さらなる靭性の向上が求められている。
【0014】
そこで、本発明は、特許文献7で開示したフラックス入りワイヤを改良し、さらに、溶接金属を低酸素、低水素にして、溶接金属の靭性が安定的に高く、耐低温割れ性に優れ、かつ、全姿勢で高能率な溶接が可能な高張力鋼のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、全姿勢溶接用のフラックス入りワイヤにおいて、高張力鋼の溶接金属の機械的性質として690MPa以上の耐力の他、所要の引張強度、靭性、及び、耐低温割れ性を確保でき、かつ、優れた溶接作業性を有する成分組成を見いだすべく、特許文献7で開示したフラックス入りワイヤの改良を念頭におき、鋭意、研究開発を行った。研究開発においては、次の点を狙いとした。
【0016】
第一:溶接金属中の酸素及び水素を低減すれば、溶接金属の靭性を高めることができるので、弗素化合物の量を多くして、即ち、F換算値の合計を大きくして、溶接金属中の酸素及び水素をより低減する。
【0017】
第二:アーク中で酸素と反応して生成するAl23は硬質の介在物で、溶接金属の靭性を劣化させる要因となるので、弗素化合物の量を多くして、脱酸剤として添加するAlの量を低減する。
【0018】
第三:Mgを必須元素として添加して、溶接金属中の酸素と水素を一層低減する。
【0019】
第四:焼入性向上元素のCrは、溶接金属の強度向上に有効であるが、一方で、窒化物を形成して、溶接金属の靭性劣化の原因となるので、Cr量を低減し、溶接金属の靭性を高める。溶接金属の焼入性は、MnやNiで確保する。
【0020】
第五:弗素化合物を多量に添加すると、溶接金属の融点が下がり、全姿勢溶接が難しくなるが、ルチール(チタン酸化物:TiO2)等の、溶接金属の融点を高める成分を最適な割合で添加して、全姿勢溶接を可能とする。
【0021】
本発明は、上記研究開発で得た知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
【0022】
(1)鋼製外皮にフラックスを充填した高張力鋼ガスシールド溶接用フラックス入りワイヤにおいて、(a)上記ワイヤの全質量に対する質量%で、(a1)C:0.03〜0.10%、Si:0.25〜0.70%、Mn:1.0〜3.0%、Ni:1.0〜3.5%、Ti:0.01〜1.0%、Mg:0.1〜0.9%、B:0.001〜0.015%、Al:0.05%以下、Cr:0.05%以下を含有し、かつ、(a2)フラックスに、TiO2:2.5〜7.5%、SiO2:0.1〜0.5%、ZrO2:0.2〜0.9%、Al23:0.1〜0.4%、弗素化合物の1種又は2種以上:F換算値の合計で0.41〜1.00%を含有し、(b)下記式(1)の値が0.30〜1.30で、残部が、Fe、アーク安定剤、及び、不可避不純物からなり、(c)上記ワイヤの全水素量が、ワイヤ全体に対する質量比で15ppm以下であることを特徴とする高張力鋼ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
(弗素化合物の1種又は2種以上のF換算値の合計+Mg)/(1/2(TiO2
+ZrO2+Al23)+SiO2) ・・・(1)
【0023】
(2)前記弗素化合物が、BaF2、MgF2、及び、CaF2の1種又は2種以上であることを特徴する前記(1)に記載の高張力鋼ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【0024】
(3)前記ワイヤが、さらに、該ワイヤの全質量に対する質量%で、Mo:0.1〜1.0%、Nb:0.01〜0.05%、及び、V:0.01〜0.05%未満の1種又は2種以上を含有することを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の高張力鋼ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【0025】
(4)前記ワイヤが、さらに、該ワイヤの全質量に対する質量%で、Ca:0.01〜0.5%、及び、REM:0.01〜0.5%の1種又は2種を含有することを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載の高張力鋼ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【0026】
(5)前記鋼製外皮に継ぎ目がないことを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれかに記載の高張力鋼ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、耐力が690MPa以上の高張力鋼のガスシールドアーク溶接において、被覆アーク溶接法やソリッドワイヤを用いたガスシールドアーク溶接法に比べ、全姿勢で高能率な溶接が可能で、かつ、機械的性質の耐低温割れ性、靭性、耐力、及び、引張強度が良好な溶接金属が得られるので、溶接部の品質及び溶接能率の向上を経済的に図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の高張力鋼ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ(以下「本発明ワイヤ」ということがある。)は、耐力690MPa以上の高張力鋼のガスシールドアーク溶接に用いるものであり、鋼製外皮にフラックスを充填して構成されている。
【0029】
以下、本発明ワイヤの成分組成を限定する理由について説明する。なお、以下、成分組成に係る「%」は、ワイヤの全質量に対する「質量%」を意味する。
【0030】
[C:0.03〜0.10%]
Cは、固溶強化で溶接金属の耐力及び引張強度を確保する重要な元素である。0.03%未満では、溶接金属の耐力及び引張強度を確保できない。0.10%を超えると、Cが溶接金属中に過剰に残留し、溶接金属の耐力及び引張強度が過度に上昇して靭性が低下する。それ故、Cは0.03〜0.10%とする。溶接金属の靭性及び耐力を安定的に確保するには、0.04〜0.08%が好ましい。
【0031】
[Si:0.25〜0.70%]
Siは、溶接金属の靭性を向上させる元素である。0.25%未満では、靭性向上効果が得られない。0.70%を超えると、スラグ生成量が多くなり、多層盛溶接した場合、スラグ巻込み欠陥が生じる。また、0.70%を超えると、Siが溶接金属中に過剰に残留し、溶接金属の引張強度が過度に上昇して靭性が低下する。
【0032】
それ故、Siは、0.25〜0.70%とする。溶接金属の靭性及び耐力をさらに安定して得るためには、0.25〜0.40%が好ましい。
【0033】
[Mn:1.0〜3.0%]
Mnは、溶接金属の靭性を確保し、さらに、溶接金属の焼入性を高めて、引張強度及び耐力を向上させる元素である。1.0%未満では、溶接金属中のMn量が不足し、溶接金属の引張強度が低下する。3.0%を超えると、スラグ生成量が多くなり、多層盛溶接した場合、スラグ巻込み欠陥が生じる。
【0034】
また、3.0%を超えると、溶接金属中のMn量が過剰となり、溶接金属の引張強度が過度に上昇して靭性が低下する。それ故、Mnは1.0〜3.0%とする。溶接金属の引張強度、耐力、及び、靭性をさらに安定して得るためには、1.8〜2.8%が好ましい。
【0035】
[Ni:1.0〜3.5%]
Niは、溶接金属の靭性を確保し、さらに、溶接金属の焼入性を高め、耐力及び引張強度を向上させる元素である。1.0%未満では、添加効果が不十分であり、3.5%を超えると、溶接金属の耐力及び引張強度が過度に上昇して靭性が低下する。それ故、Niは1.0〜3.5%とする。溶接金属の靭性及び耐力をさらに安定して得るためには、1.8〜2.5%が好ましい。
【0036】
[Ti:0.01〜1.0%]
Tiは、脱酸剤として機能し、溶接金属の酸素を低減し、靭性を向上させる元素である。0.01%未満では、添加効果が不十分であり、1.0%を超えると、アーク中で激しく酸素と反応し、スパッタやヒュームの発生量が増大する。
【0037】
これは、溶接作業性を悪化させる。それ故、Tiは0.01〜1.0%とする。溶接金属の靭性及び溶接作業性を確保する観点から、好ましくは0.03〜0.8%である。
【0038】
[Mg:0.1〜0.9%]
Mgは、脱酸剤として機能し、溶接金属の酸素を低減し、靭性を向上させる元素である。本発明者らは、Mgが、溶接金属の水素も低減する実験結果を得たことから、必須元素とした。Mgは、0.1%未満では、添加効果が不十分であり、0.9%を超えると、アーク中で激しく酸素と反応し、スパッタやヒュームの発生量が増大する。
【0039】
これは、溶接作業性を悪化させる。それ故、Mgは0.1〜0.9%とする。溶接金属の靭性及び溶接作業性を確保する観点から、好ましくは、0.3〜0.7%である。溶融金属の靭性及び溶接作業性を確保する観点から、さらに好ましくは、0.55〜0.70%である。
【0040】
[B:0.001〜0.015%]
ワイヤ成分のBは、微量の添加で、溶接金属の焼入性を高め、溶接金属の引張強度及び低温靭性を向上させる元素である。0.001%未満では、添加効果が不十分であり、0.015%を超えると、引張強度が過大となり低温靭性が劣化する。それ故、Bは0.001〜0.015%とする。溶接金属の引張強度と靭性を、さらに安定して得るためには、0.005〜0.010%が好ましい。
【0041】
なお、Bの効果は、B単体、合金、又は、酸化物の何れの形態でも発現するので、Bをフラックスに添加する場合の形態は自由である。
【0042】
[Al:0.05%以下]
Alは、溶融池に溶解した酸素と結合する脱酸剤として機能するので、これまで、意図的に添加した元素である。しかし、溶接金属中に生成する非金属介在物Al23は硬質であるので、溶接金属の靭性が低下することがある。それ故、Alは0.05%以下とする。Ti及びMgが脱酸剤として機能するので、Alは0%でもよいが、添加する場合は、0.005%以上が好ましい。
【0043】
[Cr:0.05%以下]
Crは、溶接金属の焼入性を高め、溶接金属の耐力と引張強度を向上させる元素であるが、窒化物を形成し、靭性を劣化させる場合がある。そこで、本発明ワイヤでは、Cr量を低減し、溶接金属の靭性を高めることとし、溶接金属の焼入性は、MnやNiの添加で確保する。Crが0.05%を超えると、窒化物が生成して靭性が低下するので、上限を0.05%とする。靭性確保の観点から、好ましくは、0.03%以下である。Crは0%でもよいが、不可避的に0.005%以上は混入する。
【0044】
[TiO2:2.5〜7.5%]
フラックス成分のTiO2は、アーク安定剤であるとともに、スラグ剤の主成分である。スラグは、溶接時に、溶接金属を被包して大気から遮断するとともに、適度な粘性により、溶接金属のビード形状を適正に保持する。特に、立向上進溶接では、他の金属成分とのバランスにより、メタルの垂れ性に大きく影響する。
【0045】
2.5%未満では、立向上進溶接においてメタルの垂れが発生し易く、全姿勢溶接が困難となる。7.5%を超えると、スラグ量が過剰となってスラグ巻込みが発生し、非金属介在物が増加して、靭性が低下する。それ故、TiO2は2.5〜7.5%とする。全姿勢溶接をより安定して行い、かつ、靭性を十分に確保する観点からは、4.5〜6.5%が好ましい。
【0046】
[SiO2:0.1〜0.5%]
フラックス成分のSiO2は、溶融スラグの粘性を高め、スラグ被包性を向上させる元素である。0.1%未満では、溶融スラグの粘性が不足して、スラグ被包性が不十分となり、立向上進溶接においてメタル垂れが発生する。0.5%を超えると、溶融スラグの粘性が過剰となり、スラグ剥離性及びビード形状が不良となる。それ故、SiO2は0.1〜0.5%とする。全姿勢溶接をより安定して行い、良好なビード形状を得るためには、0.2〜0.4%が好ましい。
【0047】
[ZrO2:0.2〜0.9%]
フラックス成分のZrO2は、溶融スラグの粘性及び凝固温度を調整し、スラグ被包性を高める元素である。0.2%未満では、添加効果が不十分で、立向上進溶接において、メタル垂れが発生する。0.9%を超えると、ビード形状が凸状となり、スラグ巻込みや融合不良を発生し易くなる。それ故、ZrO2は0.2〜0.9%とする。全姿勢溶接をより安定して行い、良好なビード形状を得るためには、0.3〜0.6%が好ましい。
【0048】
[Al23:0.1〜0.4%]
フラックス成分のAl23は、ZrO2と同様に、溶融スラグの粘性及び凝固温度を調整し、スラグ被包性を高める元素である。0.1%未満では、添加効果が不十分で、立向上進溶接において、メタル垂れが発生する。0.4%を超えると、ビード形状が凸状となり、スラグ巻込みや融合不良を発生し易くなる。
【0049】
それ故、Al23は0.1〜0.4%とする。全姿勢溶接をより安定して行い、良好なビード形状を得るためには、0.2〜0.3%が好ましい。
【0050】
[弗素化合物の1種又は2種以上:F換算値の合計で0.41〜1.00%]
フラックス成分の弗素化合物は、スラグ剤として溶接金属を被包して、ビード形状を良好にするとともに、溶接金属からのスラグの浮上分離を促し、溶接金属の酸素量と水素量を低減して靭性を向上させて、良好な機械的性質を形成する作用を有する。
【0051】
弗素化合物としては、金属弗化物、アルカリ金属弗化物、アルカリ土類金属弗化物を用いる。具体的には、BaF2、MgF2、CaF2、AlF3、LiF、NaF、K2ZrF6、K2SiF6、Na3AlF6等が有効である。アルカリ金属弗化物を使用すると、アークの安定性が向上する。
【0052】
フラックス成分の弗素化合物の1種又は2種以上のF換算値の合計が0.41%未満では、弗素化合物添加の効果が不十分であり、1.00%を超えると、スラグの流動性が過剰になるとともに、アークが不安定となり、立向上進溶接においてメタル垂れが発生する。
【0053】
それ故、フラックス成分の弗素化合物の1種又は2種以上のF換算値の合計は0.41〜1.00%とする。溶接金属の靭性向上とメタル垂れ防止の観点から、好ましくは、0.41〜0.80%である。
【0054】
[(弗素化合物の1種又は2種以上のF換算値の合計+Mg)/(1/2(TiO2+ZrO2+Al23)+SiO2):0.30〜1.30]
弗素化合物及びMgは、溶接金属中の酸素と水素を低減し、靭性を向上させる元素である。十分に酸素と水素を低減するため、弗素化合物を多く添加すると、スラグの融点が下がり、全姿勢溶接が難しくなる。
【0055】
一方、TiO2、SiO2、ZrO2、Al23のような酸性酸化物は、スラグの融点を上げて、溶接作業性を向上させるが、溶接金属の酸素量が増加することになる。
【0056】
そのため、(弗素化合物の1種又は2種以上のF換算値の合計+Mg)/(1/2(TiO2+ZrO2+Al23)+SiO2)の値の、高張力鋼の溶接に適用できる範囲を検討した。その結果、上記値は0.30〜1.30である必要があることが解った。
【0057】
上記値が、0.30未満であると、溶接金属の酸素量が過剰となり、靭性が劣化する。また、上記値が、1.30超であると、メタル垂れが発生し易くなり、全姿勢溶接が困難となる。上記値が0.30〜1.30であると、Mgの脱酸効果に、アークによってガス化した弗素ガスが弗素分圧を上げ、相対的な酸素分圧を下げる効果が重畳して、溶接金属の酸素量が減少し、良好な低温靭性を得ることができる。
【0058】
[ワイヤの全水素量:15ppm以下]
ワイヤの全水素量は、不活性ガス融解熱伝導度法などにより測定することができる。ワイヤ中の水素は、溶接金属の拡散性水素源となるので、できるだけ低減する必要がある。ワイヤの水素量が、ワイヤ全体の質量比で15ppmを超えると、拡散性水素量が多くなり、低温割れの感受性が高まる。それ故、ワイヤの全水素量は15ppm以下とする。好ましくは、9ppm以下である。
【0059】
なお、ワイヤの全水素量は、水素含有量の低い充填フラックスを選択するか、又は、フラックス充填後のワイヤ素線を焼鈍することで、低減することができる。
【0060】
[弗素化合物:BaF2、MgF2、及び、CaF2の1種又は2種以上]
BaF2、MgF2、及び、CaF2は、スラグ剤として溶接金属を被包してビード形状を良好にするとともに、溶接金属からのスラグの浮上分離を促し、より一層、溶接金属の酸素量を低減して、靭性を向上させ、良好な機械的性質を形成する作用をなすフラックス成分である。
【0061】
BaF2、MgF2、及び、CaF2は、原料調達が容易な弗素化合物であるが、上記作用効果が、他の弗素化合物よりも顕著であるので、本発明ワイヤでもフラックス成分として使用する。
【0062】
[Mo:0.1〜1.0%、Nb:0.01〜0.05%、及び、V:0.01〜0.05%未満の1種又は2種以上]
Mo、Nb、及び、Vは、いずれも、溶接金属の耐力及び引張強度を向上させる元素である。Moが1.0%を超え、Nbが0.05%を超え、及び/又は、Vが0.05%以上となると、引張強度が上昇し過ぎて靭性が低下する。
【0063】
Moが0.1%未満、Nbが0.01%未満、及び/又は、Vが0.01%未満であると、溶接金属の耐力及び引張強度の向上効果が得られない。それ故、Moは0.1〜1.0%、Nbは0.01〜0.05%、Vは0.01〜0.05%未満とする。溶接金属の靭性と強度の観点から、Moは、好ましくは0.1〜0.3%未満である。
【0064】
[Ca:0.01〜0.5%、及び、REM:0.01〜0.5%の1種又は2種]
ワイヤ成分のCa及びREMは、脱酸剤として、溶接金属中の酸素を低減し、靭性を向上させる元素である。Caが0.5%を超え、及び/又は、REMが0.5%を超えると、アーク中で激しく酸素と反応して、スパッタやヒュームの発生量が増大する。
【0065】
一方、Caが0.01%未満、及び/又は、REMが0.01%未満であると、脱酸剤として溶接金属の酸素量を低減し靭性を向上させる効果が得られない。それ故、Caは0.01〜0.5%とし、REMは0.01〜0.5%とする。
【0066】
[鋼製外皮に継ぎ目がないこと]
フラックス入りワイヤは、鋼製外皮をパイプ状に成形し、その内部にフラックスを充填した構造で、製造の過程で成形した鋼製外皮の合わせ目を溶接した継ぎ目がないワイヤと、上記合わせ目を溶接せず隙間のまま残すワイヤとに大別できる。
【0067】
本発明ワイヤは、いずれの構造も採用することができるが、鋼製外皮に継ぎ目がないワイヤは、ワイヤ中の全水素量を低減することを目的として、熱処理を施すことが可能であり、また、製造後の吸湿がないので、拡散性水素量を低減し耐低温割れ性を向上させる目的において、より望ましい。
【0068】
なお、フラックスの合金成分の量は、鋼製外皮の成分とその含有量を考慮して、限定した範囲内で調整する。フラックスの合金成分の量を調整することにより、種々の高張力鋼(母材)の成分組成に対応したフラックス入りワイヤを得ることができる。
【0069】
P及びSは、ともに、低融点の化合物を生成して、粒界の引張強度を低下させ、溶接金属の靭性を低下させるので、ワイヤに含まれるPは0.015%以下、Sは0.010%以下とすることが好ましい。Pは0.015%以下の範囲で、Sは0.010%以下の範囲で、できるだけ低減することがより好ましい。
【0070】
フラックス充填率を10〜20%に調整するため、鉄粉を用いるが、鉄粉は、フラックス中に酸素を持ち込むので、添加量は少ないほうが望ましい。
【0071】
ワイヤ中のその他の成分として、鋼製外皮のFe、フラックス中に添加された合金成分中のFe、アーク安定剤としてのアルカリ金属の酸化物やアルカリ土類金属の酸化物を含む。
【0072】
ワイヤ表面に、防錆性、通電性、及び、耐チップ磨耗性に有効なCuメッキを施した場合は、ワイヤ中のその他の成分として、0.3%程度のCuを含む。Cuメッキを施したフラックス入りワイヤも、本発明ワイヤの範囲である。
【0073】
本発明ワイヤのワイヤ径は1.0〜2.0mmが好ましい。ワイヤ径が1.0〜2.0mmであれば、溶接時の電流密度を高くし、高溶着率を得ることができる。より好ましくは1.2〜1.6mmである。
【実施例】
【0074】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0075】
鋼製外皮を成形する工程で、帯鋼をU型に成形し、鋼製外皮内に各種のフラックス成分を充填し、さらに、鋼製外皮をO型に成形し、その後、鋼製外皮の合わせ目を溶接した継ぎ目がないワイヤと、溶接せず隙間の有るワイヤを造管し、伸線して、表1〜表10に示すワイヤ径が1.2mmのフラックス入りワイヤを試作した。
【0076】
ワイヤ記号B18のワイヤ以外のワイヤには、全て、水素含有量の低いフラックスを充填し、さらに、フラックス充填後、ワイヤを650℃で4時間焼鈍した。ワイヤ記号B18のワイヤには、水素含有量の低いフラックスを充填したが、焼鈍は行わなかった。
【0077】
【表1】

【0078】
【表2】

【0079】
【表3】

【0080】
【表4】

【0081】
【表5】

【0082】
【表6】

【0083】
【表7】

【0084】
【表8】

【0085】
【表9】

【0086】
【表10】

【0087】
試作したワイヤの全水素量を、株式会社堀場製作所製の水素分析装置:EMGA−621を用いて測定した。その後、JIS G3128(2009)のSHY685に規定される鋼板を用いて、立向上進隅肉溶接を行い、溶接作業性を評価し、また、溶着(溶接)金属試験で機械特性を評価した。さらに、試作したワイヤを用いて溶接した鋼板に対し、溶接割れ試験を実施した。表11に溶接条件を示す。
【0088】
【表11】

【0089】
立向上進隅肉溶接は、半自動溶接で実施し、溶接作業性の評価として、メタル垂れの有無、スパッタ発生量、スラグ剥離性及びビード形状を目視で調査し、溶接作業性を評価した。その後、マクロ断面を5断面採取して、スラグ巻込み欠陥の有無を目視で調査した。
【0090】
機械特性評価は、引張試験片(JIS Z3111(2005)A0号)、及び、衝撃試験片(JIS Z3111(2005)4号)を、それぞれ、溶接金属の板厚中央部から採取して、JIS Z3111(2005)に従った引張試験及び衝撃試験に供し、0.2%耐力が690MPa以上、引張強度が770MPa以上、試験温度−40℃におけるシャルピー吸収エネルギーが69J以上を合格とした。
【0091】
溶接割れ試験は、U形溶接割れ試験方法(JIS Z3157(1993))に準拠し、試験体の予熱温度75℃にて実施した。溶接後48時間経過した試験体について、表面割れ及び断面割れ(5断面)の発生有無を浸透探傷試験(JIS Z2343(2001))により調査した。
【0092】
評価結果及び調査結果を表12〜16に示す。
【0093】
【表12】

【0094】
【表13】

【0095】
【表14】

【0096】
【表15】

【0097】
【表16】

【0098】
表1〜16において、ワイヤ記号A1〜A79が発明例で、ワイヤ記号B1〜B43が比較例である。
【0099】
ワイヤ記号A1〜A79(発明例)においては、C、Si、Mn、Ni、Al、Ti、Mg、B、Crの含有量、フラックス中のTiO2、SiO2、ZrO2、及び、Al23の含有量、弗素化合物の1種又は2種以上のF換算値の合計、BaF2、MgF2、及び、CaF2の1種又は2種以上のF換算値の合計、及び、全水素量が適量であり、さらに、Mo、Nb、及び、Vから選ばれる1種又は2種以上の含有量、及び、Ca及びREMの1種又は2種の含有量も適量であるので、溶接作業性が良好で、かつ、溶接金属の耐力、引張強度、及び、シャルピー吸収エネルギー値も良好な値が得られ、さらに、低温割れも生じていないので、極めて満足な結果が得られている。
【0100】
これに対し、ワイヤ記号B1〜B43(比較例)においては、ワイヤのいずれかの成分の含有量(ワイヤ全質量に対する質量%)が本発明の範囲外であるため、機械的特性又は溶接作業性が劣る結果となっている。
【産業上の利用可能性】
【0101】
前述したように、本発明によれば、耐力が690MPa以上の高張力鋼のガスシールドアーク溶接において、被覆アーク溶接法やソリッドワイヤを用いたガスシールドアーク溶接法に比べ、全姿勢で高能率な溶接が可能で、かつ、機械的性質の耐低温割れ性、靭性、耐力、及び、引張強度が良好な溶接金属が得られるので、溶接部の品質及び溶接能率の向上を経済的に図ることができる。よって、本発明は、産業上の利用可能性が高いものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮にフラックスを充填した高張力鋼ガスシールド溶接用フラックス入りワイヤにおいて、
(a)上記ワイヤの全質量に対する質量%で、
(a1) C:0.03〜0.10%、Si:0.25〜0.70%、Mn:1.0〜3.0%、Ni:1.0〜3.5%、Ti:0.01〜1.0%、Mg:0.1〜0.9%、B:0.001〜0.015%、Al:0.05%以下、Cr:0.05%以下を含有し、かつ、
(a2) フラックスに、TiO2:2.5〜7.5%、SiO2:0.1〜0.5%、ZrO2:0.2〜0.9%、Al23:0.1〜0.4%、弗素化合物の1種又は2種以上:F換算値の合計で0.41〜1.00%を含有し、
(b)下記式(1)の値が0.30〜1.30で、残部が、Fe、アーク安定剤、及び、不可避不純物からなり、
(c)上記ワイヤの全水素量が、ワイヤ全体に対する質量比で15ppm以下である
ことを特徴とする高張力鋼ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
(弗素化合物の1種又は2種以上のF換算値の合計+Mg)/(1/2(TiO2
+ZrO2+Al23)+SiO2) ・・・(1)
【請求項2】
前記弗素化合物が、BaF2、MgF2、CaF2の1種又は2種以上であることを特徴する請求項1に記載の高張力鋼ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項3】
前記ワイヤが、さらに、該ワイヤの全質量に対する質量%で、Mo:0.1〜1.0%、Nb:0.01〜0.05%、及び、V:0.01〜0.05%未満の1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の高張力鋼ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項4】
前記ワイヤが、さらに、該ワイヤの全質量に対する質量%で、Ca:0.01〜0.5%、及び、REM:0.01〜0.5%の1種又は2種を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の高張力鋼ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項5】
前記鋼製外皮に継ぎ目がないことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の高張力鋼ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。

【公開番号】特開2013−18012(P2013−18012A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−151736(P2011−151736)
【出願日】平成23年7月8日(2011.7.8)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】