説明

高張塩溶液を用いた培養細胞からのウイルス回収法

【課題】高収量及び高純度のウイルス調製物の生産に寄与し得る、ウイルス調製物の処理方法を提供する。
【解決手段】ヘルペスウイルスを感染させた培養細胞から、このウイルスを収集する方法であって、前記培養細胞を高張の塩水溶液で処理して、ウイルス縣濁液を得ることを含んで成る方法。ウイルス感染細胞を破壊する方法に比べて、本方法では、生ウイルスワクチン用のウイルスの生産収量を向上させ得る。この収集工程に続き、ヌクレアーゼ処理、ダイアフィルトレーション及び凍結乾燥などを行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、実験及び治療を目的として、例えばウイルスワクチンの生産を目的として、ウイルスの生産及びウイルス感染培養細胞からのウイルス調製物の収集に関する。本発明は、特に、ヘルペスウイルスの生産のための方法及び準備に関する。本発明の他の点は、以下の記載から明らかにされる。
【背景技術】
【0002】
ワクチン及びその他の目的のために、生ウイルス調製物、例えばヘルペスウイルス調製物を生産する方法が、いくつか知られている。
例えば、US3,985,615(Osaka Res. Foundation;T.Kubo et al.)には、モルモット胚組織の初代細胞の経代培養による、ワクチン用の弱毒化生水痘ウイルスの生産が示されている。US5,024,836(Merck;WJ.McAleer et al.)は、それに基づく凍結乾燥ワクチン調製物の生産に関するものである。
【0003】
DD-209738(Cent Cerc Bioprep;IV Patrascu)には、Marek 病に対するワクチンとして用いられる別の型のヘルペスウイルスの生産が記載されていて、この生産は、(a) デキストラン微小球上で、病原体が混入していない特異的なニワトリ胚細胞を培養し;(b)80%密集度の培養細胞に、七面鳥ヘルペスウイルス株FC-126(クローン1.IIIb)を接種し;(c) 細胞変性効果が80% を示す時点で、SPGA溶媒(スクロース、リン酸塩、グルタミン酸塩、ウシアルブミン分画V)によって感染細胞を集め;(d) この縣濁液を、2分間隔で3回1分間の超音波処理にかけ、それを遠心して、1回目のワクチン調製液を回収し;(e) その沈殿物をSPGA溶媒中に再縣濁し、そして(d) の過程を繰り返して、2回目のワクチン調製液を得て(ワクチン収量をほぼ20% まで増やし);(f) ウイルスの力価を決定するまで、混合したワクチン調製液を-100℃で凍結し;そして、(g)SPGA 溶媒で希釈して、凍結乾燥することに依る。
【0004】
JP06234659-A(ZH Handai Biseibutsubyo Kenkyukai) には、37℃でMEM 培地中で培養したヒト二倍体線維芽細胞MRC5上でのヘルペスウイルスワクチンの生産が記載されていて、この生産は、水痘ウイルスOka 株の種ウイルスを、多重感染度0.03にてMRC5細胞に接種し、37℃で2日間培養することに依る。このウイルスを、次に6.4g NaCl, 0.16g KCl, 2.3g Na2HPO4.12H20, 0.16g KH2PO4, 50.0g スクロース, 1.0g L- グルタミン酸塩, 2.0gゼラチン, 25.0g ゼラチン加水分解物及び0.1g EDA-3Na /1Lの溶液に縣濁する。
【0005】
EP 0573107, US5,360,736 及びUS5,607,852(Merck;PA.Friedman et al.) には、弱毒化水痘帯状ヘルペスウイルス(VZV) ワクチンの生産方法、例えば、細胞が混入していない弱毒化生VZV ワクチンの調製方法が記載されていて、この方法は、(a) ヒトの二倍体細胞から選択されたVZV 感染感受性の細胞を、単層培養で、全面集密に成るまで、細胞増殖を強化するために十分に高栄養な条件下で、非代謝性二糖を加えて培養し;(b) 過程(a) で可能な限り全面密集付近まで培養した細胞に、可能な限り高い感染多重度で、VZV を感染させ;(c) このVZV 感染細胞を、高栄養状態で約22〜96時間維持し、生産された感染性VZV が最高になった時点で収集し;(d) リソゾーム指向性薬剤、例えば塩化アンモニウム又はクロロキンを時に含有した生理学的溶液によって洗浄してから、このVZV 感染細胞を収集し;(e) このVZV 感染細胞を、最小容量の安定化溶液中に採取し、即座に細胞を破壊するか、又は後から破壊するために細胞を凍結し;(f)VZV感染細胞を破壊して、細胞に保持されたVZV を最大限放出させ、細胞残査を除き、そして細胞が混入していないVZV 調製液を得ること、を含んで成る。この方法では、従来の培養容器中に約500,000 細胞/cm2までの細胞密度にすることが記載されている。この方法は、生ワクチンの大量生産を目的としている。これに関連し、単層での細胞培養に適する栄養培地は、0.2 〜0.4mg/mlの大豆脂質を補充したSFRE-2培地から本質的に成ること、MRC5, WI38及びVero細胞のいずれかを用いることが記載されている。
【0006】
WO92/05263(Immunology Ltd.;SC.Inglis et al.)及びWO94/21807(Cantab Pharmaceuticals Research;Inglis et al.) には、ワクチン用の遺伝子的に不活性化されたヘルペスウイルス、例えば単純ヘルペスウイルスを生産するための組換え細胞及びその培養方法が説明されている。
【発明の概要】
【0007】
しかし依然として、高収量及び高純度のウイルス調製物の生産に寄与し得る、ウイルス調製物の処理方法が求められている。
【0008】
本発明の1つの点として、ウイルス縣濁液を得るために、ヘルペスウイルスで感染させた培養細胞を、高張の塩水溶液中でインキュベーション処理する。この塩溶液を前記培養細胞と接触させることで、有効量のウイルスを含み、そして、例えば超音波破壊による調製物に比べて細胞又は細胞残査の含量が非常に低下した縣濁液を生産できる。ウイルスを収集するために、ウイルス感染細胞又はウイルス生産細胞を破壊する代わりに、本方法を用いることによって、例えば特に、生ウイルスワクチンに使用するウイルスの生産収量を向上させ得る。
【発明を実施するための形態】
【0009】
この目的のために、多くの医薬に適する塩、例えば、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、塩化カリウムなどが適当である。好ましくは、この塩溶液は、例えば、約0.8-0.9M又はそれ以上の濃度の塩化ナトリウムを含んで成る。硫酸ナトリウムを用いる場合、その濃度は、好ましくは約0.4M又はそれ以上である。希望する場合には、前記濃度に類似した浸透圧又はイオン強度で、他の塩を用いてもよい。ウイルスは、しばしば1M又は2Mの塩濃度にも耐えるが、各々の場合で、塩溶液へのタンパク質の過剰な溶解を避けるために、指摘した濃度をはるかに超えないことが好ましい。緩衝剤及びその他の構成成分を、関係するウイルスの実際の取り扱いに従って、適当に選択し得る。
【0010】
この収集のためのインキュベーションを、穏やかに撹拌しながら、好ましくは、細胞破壊が無いか、又は最小となる様に行う。この収集インキュベーション処理を行う細胞培養には、例えば、単層培養、微小担体培養又は回転ボトル培養がある。
【0011】
収集用塩溶液に緩衝剤を加えて、ウイルス感染細胞の培養に適したpH及び温度に、例えば単純ヘルペスウイルスの場合、約pH7、そして好ましくは約34℃に、維持する。
培養細胞と収集用溶液との接触時間は、特に重要ということはなく、例えば約2〜24時間でよい。ある実施例では、細胞タンパク質のレベルが許容できる低さであり、且つ収量が良いことから、例えば約4時間の接触時間が好ましいことが判った。
【0012】
感染培養細胞と収集用溶液とを接触させた後、収集するウイルス粒子を含んでいる当溶液を、デカント又はその他の適当な方法によって、分離し得る。培養細胞自体は、培養容器表面に接着して残り得るので、収集溶液を分離した後、捨て得る。
希望する場合には、次に、この収集溶液を濾過及び/又は遠心して、混入した細胞を除き得る。
好ましくは、収集した溶液を、希釈又はダイアフィルトレーションして、ほぼ等張濃度、例えば、約138mM 塩化ナトリウムにし得る。
【0013】
本発明では、更に、この様にして収集したウイルス調製液を、ヌクレアーゼ酵素で処理して、核酸の混入量を許容レベルまで下げ得る
遊離の核酸(特にDNA 、通常はRNA も含む)を分解するために、希釈した当溶液を、例えば、ヌクレアーゼ酵素Benzonase(TM) によって、約50単位/ml までの濃度で、約2-10mMマグネシウムイオンの存在下に、約4℃から室温までの温度で、約1時間まで処理し得る。
【0014】
次に、ヌクレアーゼ酵素及びその他のタンパク質のレベルを下げるために、例えば、適当な調合緩衝液に対して、ウイルスが保持される排除限界の膜、例えば排除限界500kD の膜を介してダイアフィルトレーションし得る。
これらの処理後に、収集したウイルスを、希望する担体液に移し、そして凍結若しくは凍結乾燥するか、又は適当な方法で安定化し得る。
【0015】
本発明の方法は、細胞に高度に保持されるウイルスにおいて、特に有益であり得る。この様なウイルスは、培養において、細胞に保持される程度が特に高いものであり、例えば、2型単純ヘルペスウイルス(HSV-2) 、仮性狂犬病(PRV) 、七面鳥ヘルペスウイルス及び水痘帯状ヘルペスウイルス(VZV) である。ある種のヘルペスウイルス(例えば1型単純ヘルペスウイルス(HSV-1))と培養条件では、感染細胞からウイルスが実質的に自発的に放出されるので、この場合、本発明の方法の適用は時に必要ではなく、それほど好ましくはない。
【0016】
当業者とって容易な技術を適当に用いて、本発明を、種々の型のヘルペスウイルス、例えば、野生型単純ヘルペスウイルス、遺伝子的に不活性化したヘルペスウイルス、例えば単純ヘルペスウイルス、及び本明細書に引用した文献に記されている他のヘルペスウイルスに適用し得る。
本発明の方法によって得たウイルス調製物を更に加工して、医薬組成物、例えば、ウイルスワクチンの通常成分を本質的に有する医薬組成物を調製し得る。
【0017】
以下の制限的でない実施例によって更に本発明を説明する。
【実施例】
【0018】
本発明の方法によってウイルス粒子を収集且つ精製するために、HSV-2 によって感染させたVero細胞培養を用いる。この細胞を、既知の方法で、通常の培地中で、約100ml 培地を含んだ回転ボトルを用いて培養する。培地、細胞種及び培養条件は、下記の通りでよい。
【0019】
Vero細胞を、回転ボトルあたり2x107 細胞で経代培養する。グルコース4.5g/l含有、ピルビン酸ナトリウム無し、且つGlutamax-1(TM)(L-Ala-L-Gln)862mg/l含有のDMEM培地を用いて培養する。約37℃で、約120 時間(5日間)インキュベーションする。全面密集した培養細胞に、HSV-2 を、多重感染度約0.01にて感染させる。希釈したウイルス液1mlを各回転ボトルに加え、約34-37 ℃の回転インキュベーション装置に戻す。細胞変性効果が、80-100% まで観察された時点で、例えば感染後65-72 時間で、ウイルス収集のために、これらの回転ボトルを処理する。
【0020】
培地を流し捨て、各ボトルに、0.01M クエン酸ナトリウムpH7.0 を含んだ緩衝塩化ナトリウム溶液(約0.8-0.9M)10mlを加える。この緩衝塩化ナトリウム溶液と細胞とを接触させるためにボトルを回転し、約34℃で約4時間インキュベーションする。
回転ボトル内の培養細胞のほとんどは、ボトル表面に接着し続けるので、ウイルス粒子を含んだ収集溶液を分離した後、捨てる。
【0021】
ウイルスを含む緩衝塩溶液と細胞培養由来の物質とが縣濁されているボトル内の溶液をピペットで取り出し、Sorvall RT6000(TM)遠心機によって、約3000rpm(例えばRCFmax約1876)で10分間遠心する。その上清をピペットで取り出し、沈殿物中の細胞及び残存物を捨てる。次に、この上清を連続流出遠心にかける。この遠心の上清を、予め 0.8ミクロンフィルターで濾過してから、希釈又はダイアフィルトレーションして、最終ナトリウムイオン濃度を138mM にする。
【0022】
次に、遊離の核酸を分解するために、この希釈溶液を、ヌクレアーゼ酵素Benzonase(TM) によって、約50単位/ml までの濃度で、約2-10mMマグネシウムイオンの存在下に、約4℃から室温までの温度で、約1時間まで処理する。(重要な点として、用いる酵素は、DNase 活性を有するものであり、通常は、Benzonase と同様に、RNase 活性も有する。)
【0023】
次に、この反応溶液を、接線方向横断流液濾過(ダイアフィルトレーション)にかける。この場合、排除限界500kD のフィルター膜を用い、Filtron(TM) 又は他の接線方向横断流液濾過装置によって、1000ml/minの再循環速度で、100ml/min の濾過速度で、138mM 塩化ナトリウム含有の0.01M クエン酸ナトリウム液(pH7.25)100ml を背後流液として、行う。
【0024】
次に、この横断流液限外濾過の過程で保持された溶液を、5〜10倍容量のクエン酸/生理食塩水に対してダイアフィルトレーションして、ヌクレアーゼ含有量を減らす。最後に、この保持液から、前記生理食塩水によって、20mg/ml までのウイルス調製物と、適当な安定化用タンパク質、例えばヒト血清アルブミン約20mg/ml とを含んだ溶液を調製した後、場合によって約0.45〜5ミクロンのフィルターで濾過してから、 0.2ミクロン(滅菌用)フィルターで濾過する。ウイルス調製液をフィルター処理する前に、同一の安定化用タンパク質を含む前記生理食塩水によって、フィルターを予め洗浄することが有効である。
【0025】
生成した調製液は、緩衝生理食塩水中に、ウイルス粒子と安定化用タンパク質とが縣濁された溶液であり、残存DNA レベルが十分に低いものであり得る。
本方法による収量は、超音波破壊によって細胞からウイルス粒子を放出させ、それを細胞残査から分離する方法と比較して、実用的に良好であることが判った。
【0026】
前記実施例に従って、非常に有益な好ましい態様として、本発明の方法を、ワクチンに使用する遺伝子的に不活性化したHSV-2 の培養及び収集に適用し得る。このウイルスは、感染性の新しいウイルス粒子を生産するために必須なgH遺伝子内に欠失があり、このウイルスgH遺伝子を発現する様に組換えられたVero細胞の株化細胞上で培養することができる。これに関する報告が、例えばWO92/05263及びWO94/21807に載っている。また、A.Forrester et al.,J.Viol.66(1992)341-348; H.E.Farrell et al.,J.Viol.68(1994)927-932; 及びC.McLean et al.,J.Infect.Dis.170(1994)1100-1109 も参照すること。
【0027】
都合によって、細胞とウイルスを、回転ボトルの代わりに、種々の微小担体上で、既知の方法に従って培養することもまた、好ましい。
本発明及び本開示は、前記通りの方法、組成物及び生産物、更に、それらの改修及び変更も含む。明細書中に引用した文献を、本明細書中に組み込む。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘルペスウイルスを感染させた培養細胞から、このウイルスを収集する方法であって、収集のためのインキュベーションにおいて前記培養細胞を高張の塩水溶液で処理して、ウイルス縣濁液を得ることを含み、
ここで、当該方法は細胞破壊ステップを含まない、前記方法。
【請求項2】
ウイルス縣濁液を更に処理して、ウイルスワクチンとして使用するために適した医薬剤として調合する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
塩水溶液が、0.8M又はそれ以上の濃度の塩化ナトリウムを含んで成る、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
単純ヘルペスウイルスを収集するために、塩水溶液のpHが緩衝剤によって7に調節され、その温度が34℃である、請求項1、2又は3に記載の方法。
【請求項5】
収集したウイルス調製液を更に希釈するか、又はダイアフィルトレーションして、等張濃度にする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
収集したウイルス調製液をヌクレアーゼ酵素によって処理する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
ヌクレアーゼ処理後に、その調製液を、調合緩衝液に対して、ウイルスが保持される排除限界の膜を介したダイアフィルトレーションを行う、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
収集したウイルスを、希望の担体液に移した後、凍結若しくは凍結乾燥するか、又はその他の方法で安定化する、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
ウイルスが、2型単純ヘルペスウイルス(HSV-2)、仮性狂犬病ウイルス(PRV)、七面鳥ヘルペスウイルス又は水痘帯状ヘルペスウイルス(VZV) を含んで成る、請求項1に記載の方法。

【公開番号】特開2009−297036(P2009−297036A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−212117(P2009−212117)
【出願日】平成21年9月14日(2009.9.14)
【分割の表示】特願2000−506319(P2000−506319)の分割
【原出願日】平成10年8月7日(1998.8.7)
【出願人】(500057135)キャンタブ ファーマシューティカルズ リサーチ リミティド (2)
【Fターム(参考)】