説明

高強度熱延鋼板の製造方法

【課題】 析出強化型の元素を含有する高強度熱延鋼板が目標とする機械的特性になるように制御できる高強度熱延鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 Ti、Nb、V、Bの一種または二種以上を含有し、鋼組織がベイナイトおよび/またはマルテンサイトからなり、変態前と変態後とでこれら元素の固溶量が略同じである高強度熱延鋼板の、Ti、Nb、V、Bから選択される元素の鋼中の実績成分値から、標準の条件で熱延した際の熱延鋼板におけるこれら選択された元素の固溶量を求め、更に、これらの固溶量から、標準の条件で熱延した際の熱延鋼板の機械的特性を予測し、この予測した機械的特性が目標とする機械的特性になるような、これら選択された元素の圧延後で組織変態前までのあるべき固溶量と、この固溶量を実現するためのあるべき熱延条件を求め、このような熱延条件になるように、実際の熱延条件をフィードフォワード制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、目標とする機械的特性になるようなフィードフォワード制御を行なう高強度熱延鋼板の製造方法に関するものである。本発明において高強度熱延鋼板とは、引張強さが520MPa以上の厚板あるいは熱延鋼板のことを言う。
【背景技術】
【0002】
高強度熱延鋼板の製造において、従来から、鋼の成分組成に応じて、目標とする機械的特性になるように、熱延の加熱条件、圧延条件、圧延後の冷却条件が制御されている。
【0003】
しかしながら、析出強化型の元素として、Ti、Nb、V、Bの一種または二種以上を含有する高強度熱延鋼板において、これら元素の実際の鋳造後の実績値は、目標値に対して、どうしてもバラつきやすい。
【0004】
このため、目標値に対して設定された熱延の標準条件(加熱条件、圧延条件、圧延後の冷却条件など)で製造した場合、実績値としての引張強さなどの機械的な特性が、目標とする機械的特性にならないような、ばらつきが生じる場合がある。特に、近年では、溶接性向上のために、C含有量を低減する代わりに、Ti、Nb、V、Bなどの析出強化型の元素を含有させて、C含有量低減に伴う強度低下を補うことが行なわれており、このような鋼では、前記機械的特性のばらつきの傾向が特に強い。
【0005】
これに対して、従来から、熱延鋼板の分野において、目標とする機械的特性に近づける、あるいは機械的な特性のばらつきを抑制することが提案されている。例えば、圧延前の鋼材成分の実績値、圧延後の鋼材サイズ、鋼材材質保証値から加熱、圧延、冷却の予定プロセス条件を求め、それぞれのプロセス条件を取り込み、予定プロセスを再計算修正すべく、材質予測を行なう材質予測方法が提案されている(特許文献1参照)。
【0006】
更には、加熱炉内での加熱を経て、その後圧延を行う鋼材の製造方法において、前記加熱炉内にある個々の被加熱鋼材の鋼中成分における析出強化元素の固溶度Kcを計算するとともに、予め該固溶度の到達目標値Koを設定しておいて、Kc≧Koを満たすことを条件として、前記被加熱鋼材を前記加熱炉から取り出して圧延する鋼材の製造方法が提案されている(特許文献2参照)。
【特許文献1】特開平4−361158号公報(全文)
【特許文献2】特開2004−244659号公報(全文)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
析出強化型の元素として、Ti、Nb、V、Bの一種または二種以上を含有する高強度熱延鋼板では、熱間加工モデル、析出モデル、変態モデル、組織・材質モデルなどは複雑に絡み合う。このため、特許文献1の方法では、精度の良いモデルを作成することは非現実的であり、材質予測自体が難しく、材質を安定化させることはできない。
【0008】
特許文献2の方法であっても、析出強化型の元素として、Ti、Nb、V、Bの一種または二種以上を含有する高強度熱延鋼板では、加熱炉における析出強化元素の固溶度Kcを計算すること自体が難しい。加熱時の実際の昇温パターンの違いなども析出強化元素の固溶度Kcに大きな影響を与えるからである。また、熱延した際の熱延鋼板における圧延後で組織変態前までのこれら元素の固溶量も、実際の熱延条件によって大きく変化する。このため、加熱時のTi、Nb、V、Bの固溶度Kc自体の計算精度が低く、また、加熱時の固溶度Kcだけでは、機械的特性を精度良く予測することができない。このため、特許文献2の方法のように、加熱時の固溶量だけを問題とする制御方法では、精度の良い材質予測が難しく、材質を安定化させることはできない。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、析出強化型の元素として、Ti、Nb、V、Bの一種または二種以上を含有する高強度熱延鋼板が目標とする機械的特性になるようにフィードフォワード制御できる高強度熱延鋼板の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この目的を達成するために、本発明の高強度熱延鋼板の製造方法の要旨は、 Ti、Nb、V、Bの一種または二種以上を含有し、鋼組織がベイナイトおよび/またはマルテンサイトからなり、変態前と変態後とでこれら元素の固溶量が略同じである高強度熱延鋼板の製造方法であって、Ti、Nb、V、Bから選択される元素の鋼中の実績成分値と、この鋼を予め定めた標準の条件で熱延した際の熱延鋼板における圧延後で組織変態前までのこれら選択された元素の固溶量との関係、および、これら選択された元素の固溶量と熱延鋼板の機械的特性との関係を、各々予め求めておき、実際の熱延鋼板の製造における鋼中のこれら選択された元素の実績成分値から、前記関係を用いて、前記標準の条件で熱延した際の熱延鋼板におけるこれら選択された元素の圧延後で組織変態前までの固溶量を求め、更に、これら選択された元素の圧延後で組織変態前までの固溶量から、前記関係を用いて、前記標準の条件で熱延した際の熱延鋼板の機械的特性を予測し、この予測した機械的特性が目標とする機械的特性になるような、これら選択された元素の圧延後で組織変態前までのあるべき固溶量を求めるとともに、この固溶量を実現するためのあるべき熱延条件を求め、このあるべき熱延条件になるように、実際の熱延条件をフィードフォワード制御することである。
【発明の効果】
【0011】
本発明者らの知見によれば、Ti、Nb、V、Bの一種または二種以上を含有し、鋼組織がベイナイトおよび/またはマルテンサイトからなり、変態前と変態後とでこれら元素の固溶量が略同じである高強度熱延鋼板では、圧延後で変態前の、これら元素の固溶量が、熱延鋼板の機械的特性を支配する。
【0012】
通常、熱延鋼板の組織や他の元素量も熱延鋼板の機械的特性を当然支配する。しかし、本発明者らの知見によれば、上記高強度熱延鋼板では、後述する図3や4の通り、熱延鋼板の組織や他の元素量などに依らずとも、含有するTi、Nb、V、Bなどの固溶量のみによって、製造される熱延鋼板の機械的特性が予測できる。
【0013】
したがって、この現象を用いれば、圧延後で変態前の、含有するTi、Nb、V、Bなどの元素の固溶量を把握できれば、熱延鋼板の組織モデルや他の元素量などを介さなくても、標準条件など一定熱延圧延条件下での熱延鋼板の機械的特性を予測できる。
【0014】
そして、この予測した熱延鋼板の機械的特性(標準条件での熱延)が、目標とする機械的特性になるような、あるべき熱延条件を求めることができる。このため、これに基づいて、実際の熱延の加熱条件、圧延条件、圧延後の冷却条件を、あるべき熱延条件になるようにフィードフォワード制御することができる。
【0015】
前記したように、析出強化型の元素として、Ti、Nb、V、Bの一種または二種以上を含有する高強度熱延鋼板では、熱間加工モデル、析出モデル、変態モデル、組織・材質モデルなどが複雑に絡み合う。しかし、だからと言って、これら考えられる因子を全て取り込んで、材質予測しようとすると、却って、前記特許文献1にのように、精度の良いモデルを作成することが難しくなる。前記した従来技術が、精度の良いモデルを作成できなかったのは、本発明のように、上記高強度熱延鋼板が、組織や他の元素量などに依らずとも、含有するTi、Nb、V、Bなどの固溶量のみによって機械的特性が予測できることを知見し得なかったことによる。
【0016】
これに対して、本発明では、これら考えられる因子を全て取り込むのではなく、材質に最も相関する因子としては、基本的には、前記した通り、圧延後で変態前のTi、Nb、V、Bの固溶量のみを選択する。これは、前記した通り、圧延後で変態前のTi、Nb、V、Bの固溶量が、熱延鋼板の機械的特性を支配することを知見できた故である。したがって、例え、圧延後で変態前のTi、Nb、V、Bの固溶量を熱延鋼板の機械的特性予測に使用したとしても、前記したように、他の考えられる因子を全て取り込んで、圧延後で変態前のTi、Nb、V、Bの固溶量を考えられるそれらの因子の一つに過ぎなくした場合には、却って、前記特許文献1にのように、材質予測が難しくなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
(対象とする高強度熱延鋼板)
本発明では、その対象とする高強度熱延鋼板の前提として、Ti、Nb、V、Bの一種または二種以上を含有し、鋼組織がベイナイトおよび/またはマルテンサイトからなり、変態前と変態後とでこれら元素の固溶量が略同じである高強度熱延鋼板とする。
【0018】
これらの条件を満足する高強度熱延鋼板は、前記した通り、Ti、Nb、V、Bの固溶量が、熱延鋼板の機械的特性を支配し、熱延鋼板の組織や他の元素量などに依らずとも、含有するTi、Nb、V、Bなどの固溶量のみによって、製造される熱延鋼板の機械的特性が予測できる。
【0019】
本発明が対象とする、ベイナイトおよび/またはマルテンサイトからなる鋼組織の機械的特性のばらつきは、焼入れ性のばらつきにより生じる。この焼入れ性のばらつきは、固溶Ti、Nb、V、Bのばらつきが支配因子となっている。しかも、この固溶Ti、Nb、V、Bのばらつきによる機械的特性のばらつきは非常に大きい。
【0020】
一方、フェライト、フェライト・パーライトからなる組織の機械的特性のばらつきは、フェライト粒径、パーライト分率などのばらつきにより生じる。このフェライト粒径、パーライト分率などのばらつきは、旧γ粒径、残留ひずみ、合金元素および微細析出物量などのばらつきに起因している。これらのばらつきは、非常に複雑ではあるが、そのばらつきの程度による機械的特性のばらつきは、逆に非常に小さい。
【0021】
これに対して、本発明が対象とする、ベイナイトおよび/またはマルテンサイトからなる鋼組織であれば、引張強さが520MPa以上で、前記した通り、引張強さなどの機械的な特性が大きくばらつき、本発明適用の必要性が高い。また、ベイナイトおよび/またはマルテンサイトは変態温度が600℃以下と低いので、Ti、Nb、V、Bが析出しにくく、変態前と変態後とで、Ti、Nb、V、Bの固溶量が略同じである。このため、圧延後で変態前の、これら元素の固溶量から熱延鋼板の機械的特性を予測することができる。
【0022】
より具体的には、ベイナイトおよび/またはマルテンサイトが占積率で80%以上の場合には、変態前と変態後とで、Ti、Nb、V、Bの固溶量が略同じである。また、引張強さが520MPa以上の高強度とするためにも、ベイナイトおよび/またはマルテンサイトが占積率で80%以上必要である。
【0023】
ベイナイトおよび/またはマルテンサイトの占積率は、鋼板の1/4の厚さ部分の光学顕微鏡観察(倍率400倍)により組織観察したのち、画像解析によって、面積率として占積率を測定する。具体的には、まず、鋼板をナイタールで腐食して、前記光学顕微鏡で観察し、板厚約1/4の位置(t/4位置)における板断面の圧延方向面を写真撮影する。そして、この写真のうち、ベイナイトおよびマルテンサイトと認められる組織をトレースし、市販の画像ソフト[汎用画像処理ソフト「Image−Pro Plus」(Media,Cybernetics社製)]を用いて、各組織の面積率としての占積率を測定する。
【0024】
本発明では、鋼組織において、上記ベイナイトおよび/またはマルテンサイトの占積率を満たせば、残部の組織に、ポリゴナルフェライトやパーライトなどの他の組織を含むものであって良い。
【0025】
(熱延鋼板の製造方法)
本発明における高強度熱延鋼板の製造方法を、図1のフローチャートに基づき以下に説明する。
【0026】
図1において、先ず、転炉などの出鋼時における鋼中のTi、Nb、V、Bから選択される元素の実績成分値と、これを予め定めた標準の熱延条件で熱延した(熱延後冷却した)鋼板のTi、Nb、V、Bの固溶量、そして、この熱延鋼板の強度などの機械的な特性との関係を予め求める。この予め定める標準の熱延条件は、各熱延の温度条件などの、フィードフォワード制御における制御しろを考慮して(制御の余地があるように)、スラブ加熱温度、粗圧延開始温度、仕上圧延開始温度、仕上圧延終了温度、冷却速度などの、設定制御範囲における中庸値程度に定めるのが好ましい。
【0027】
この内、本発明において基本的なデータとなる、出鋼時における鋼中のTi、Nb、V、Bの実績成分値は実測値から求める。
【0028】
これに対して、熱延鋼板の圧延後で変態前のTi、Nb、V、Bの固溶量、そして、この熱延鋼板の強度などの機械的な特性は、これまでの製造された熱延鋼板の実績値からの統計的な処理から算出しても、あるいは理論的に計算して算出しても良い。
【0029】
ここで、本発明対象鋼板は、前記した通り、変態前と変態後とで、Ti、Nb、V、Bの固溶量が略同じであるので、前記標準の熱延条件で熱延した鋼板の(変態後の)Ti、Nb、V、Bの固溶量を、熱延後で組織変態前までのTi、Nb、V、Bの固溶量と見なす。以下、特別に記載しない限り、熱延(圧延)後で組織変態前までのTi、Nb、V、Bの固溶量を単に固溶量とも言う。
【0030】
鋼中にTi、Nb、V、Bの内の一種しか含まない場合には、当然、この一種含まれる元素が選択される固溶量算出対象となる。これに対して、Ti、Nb、V、Bの内の二種以上を含有する場合には、その内の含有する一種の元素を選択して、熱延鋼板の圧延後で変態前の固溶量の算出対象としても良く、その内の含有する二種以上の元素を熱延鋼板の圧延後で変態前の固溶量の算出対象としても良い。
【0031】
また、これらTi、Nb、V、Bに加えて、鋼板の基本的な成分であるC、Si、Mnや、他の合金元素であるMo、Ni、Cu、Crなどの標準の熱延条件で熱延した(熱延後冷却した)鋼板の固溶量を求め、これら元素の固溶量をTi、Nb、V、Bと同様に、後述する熱延鋼板の強度などの機械的特性の予測に用いても良い。しかし、本発明では、基本的に、Ti、Nb、V、Bの固溶量のみから、熱延鋼板の強度などの機械的特性の予測ができることが特徴であり、その他元素の固溶量を考慮する必要は基本的には無い。また、これら元素の数を増した場合、計算が複雑となり時間を要するなどの欠点も生じる。
【0032】
以上の手順によって、鋼のTi、Nb、V、Bの実績成分値と、この鋼を標準の熱延条件で熱延した鋼板の、熱延後で組織変態前までのTi、Nb、V、Bの各固溶量と、この熱延鋼板の強度などの機械的な特性との関係を、後述する図3、4のように予め求めておく。
【0033】
実際の熱延鋼板の製造に際しては、熱延される鋼のこれら元素の実績成分値(出鋼時等)から、前記予め求めた関係を用いて、標準の条件で熱延した際の熱延鋼板におけるこれら元素の圧延後で組織変態前までの各固溶量を求める。
【0034】
更に、これら求めた元素の固溶量から、前記予め求めた関係を用いて、標準の条件で熱延した際の熱延鋼板の機械的特性を予測する。この際、〔TS=f(固溶Nb量、固溶B量、固溶V量、固溶Ti量)〕などの予測式を作成して、これを重回帰することによって、熱延鋼板のTSを予測しても良い。この場合、特に、熱延の仕上げ開始温度は、熱延鋼板への歪み蓄積量に大きく効くため、熱延鋼板の機械的特性に比較的大きな影響を与える。このため、熱延鋼板の機械的特性を予測する際には、上記予測式に、この熱延の仕上げ開始温度を入れて、〔TS=f(固溶Nb量、固溶B量、固溶V量、固溶Ti量、熱延の仕上げ開始温度)〕として考慮することが好ましい。
【0035】
この熱延鋼板の予測した機械的特性が、目標とする機械的特性になるようであれば、標準の条件でそのまま熱延を行なう。目標とする機械的特性とは、主として引張強度、伸び、靱性などであり、具体的な鋼板用途からくる要求特性に応じて、これら目標とする機械的特性を選択する。
【0036】
これに対して、熱延鋼板の予測した機械的特性が、目標とする機械的特性にならないようであれば、熱延鋼板の予測した機械的特性が、目標とする機械的特性になるための、あるべき組織変態前までのTi、Nb、V、Bの各固溶量と、それを得るための、あるべき熱延条件を、後述する加熱時、圧延時、冷却時のTi、Nb、V、Bの各固溶析出モデルを用いて求める。
【0037】
これらの一連の操作を、熱延鋼板の予測した機械的特性が、目標とする機械的特性になるようになるまで繰り返し行ってあるべき熱延条件を決定する。そして、このあるべき熱延条件に基づいて、実際の熱延の加熱条件、圧延条件、圧延後の冷却条件を、熱延工程のプロセスコンピューターへフィードフォワードし、前記した実際の熱延条件を、あるべき熱延条件になるように選択的に制御して、熱延板を製造する。
【0038】
ここで、本発明では、以上求めたTi、Nb、V、Bの固溶量に基づいて、これから製造する熱延鋼板のこれら元素の固溶量を制御すべく、熱延プロセス条件を制御乃至操作する。したがって、熱延の加熱時、圧延時、圧延後の冷却時における、加熱温度、粗圧延温度、仕上げ圧延温度、冷却開始温度、冷却速度などの熱延条件と、Ti、Nb、V、Bの固溶量との相関を予め求めておくことが必要となる。即ち、加熱時、圧延時、冷却時のTi、Nb、V、Bの各固溶析出モデルを予め各々作成しておく。
【0039】
(固溶量算出)
ここで、Ti、Nb、V、Bの含有量実績値に基づく熱延鋼板の固溶量や、加熱時、圧延時、冷却時のTi、Nb、V、Bの各固溶析出モデル作成の際に用いるTi、Nb、V、Bの固溶量は、これまでの製造された熱延鋼板の実績値(測定値)からの統計的な処理から算出しても、あるいは理論的に計算して算出しても良い。
【0040】
Ti、Nb、V、Bなどの固溶量の理論的計算式は何を使ってもよいが、例えば朝倉書店「機械材料学」68頁〜71頁(1999年3月10日初版発行、著者:平川賢爾ら)に開示されているNb、Ti、V、BなどのC、Nに対する溶解度積に関する計算式を用いてもよいし、熱力学モデルに基づく相平衡計算などによる独自の式を用いてもよい。
【0041】
(熱延鋼板製造ライン)
図2に、本発明が適用される熱延鋼板製造ラインの一例を、設備構成図で示す。製鋼工程12からの出鋼に対し、連続鋳造工程(CC)13または造塊工程14でスラブが製造される。スラブは加熱炉2で加熱された後に、粗圧延機3、仕上圧延機4を通されて鋼板1に熱間圧延されて、次いで反りの矯正用のホットレベラ(HL)5を介して、冷却装置6によって変態組織とされ、所定厚の熱延鋼板を得る。
【0042】
このような熱延鋼板製造ラインにおいて、製鋼工程12、CC13、造塊工程14の各々に対しては製鋼・分塊プロセスコンピューター(以下、プロコンと言う)15が、加熱炉2に対しては加熱プロコン7が、粗圧延機3、仕上圧延機4に対しては圧延プロコン8が、HL5、冷却装置6に対しては冷却プロコン9が、各々接続されている。
【0043】
前記フローチャートにおける出鋼時における鋼中のTi、Nb、V、Bの実績成分値は、製鋼・分塊プロセスコン15から、中央制御室10の上位コンピューターに送られ、予め求められた、標準の熱延条件で熱延した(熱延後冷却した)鋼板のTi、Nb、V、Bの固溶量との関係から、この鋼を標準の熱延条件で熱延した熱延鋼板の強度などの機械的な特性が予測される。
【0044】
この熱延鋼板の予測した機械的特性が、目標とする機械的特性になるようであれば、標準の条件でそのまま熱延を行なうように、中央制御室10の上位コンピューターから、加熱プロコン7、圧延プロコン8、冷却プロコン9に指示が送られ、が、標準の条件でそのまま、加熱、熱延、冷却される。
【0045】
一方、熱延鋼板の予測した機械的特性が、目標とする機械的特性にならないようであれば、中央制御室10の上位コンピューターでは、熱延鋼板の予測した機械的特性が、目標とする機械的特性になる、あるべき組織変態前までのTi、Nb、V、Bの各固溶量と、それを得るための、あるべき熱延条件を、前記した加熱時、圧延時、冷却時のTi、Nb、V、Bの各固溶析出モデルを用いて求める。
【0046】
そして、このあるべき熱延条件に基づいて、実際の熱延の加熱条件、圧延条件、圧延後の冷却条件を、中央制御室10の上位コンピューターから、加熱プロコン7、圧延プロコン8、冷却プロコン9へフィードフォワードし、実際の熱延条件を、あるべき熱延条件になるように選択的に制御して、熱延板を製造する。
【0047】
(化学成分組成)
次に、本発明が対象とする熱延鋼板の好ましい成分について以下に説明する。なお化学成分の単位はすべて質量%である。
本発明では、特に熱延鋼板の成分組成を限定しないが、前記した通り、本発明が対象とするのは、Ti、Nb、V、Bの一種または二種以上を含有し、鋼組織がベイナイトおよび/またはマルテンサイトからなり、変態前と変態後とでこれら元素の固溶量が略同じである高強度熱延鋼板である。このため、このような組織とし、また高強度を確保するための好ましい成分組成がある。
また、本発明が対象とする熱延鋼板は、溶接性向上のために、C含有量を低減する代わりに、Ti、Nb、V、Bなどの析出強化型の元素を含有させて、C含有量低減に伴う強度低下を補うタイプの鋼板が望ましい。このような鋼では、前記した通り、溶接性は改善されるように、機械的特性のばらつきの傾向が特に強く、本発明の必要性が高い。
【0048】
これら熱延鋼板の、上記した組織と、強度などの特性を保障するための好ましい基本成分元素としては、C:0.01〜0.12%、Si:0.05〜1.0%、Mn:1.0〜3.0%を含有することが好ましい。
【0049】
(C:0.01〜0.12%)
Cは、鋼板の強度を確保する為に必須の元素である。Cの含有量が0.01%未満では、引張強さが520MPa以上の強度が得られない。一方、Cを0.12%を超えて含有させると、溶接性が低下する。また、粗大な塊状の第2相の生成が多くなり、破壊の起点が増す為、伸びおよび伸びフランジ性が低下する。したがって、C含有量は0.01〜0.12%の範囲とする。
【0050】
(Si:0.05〜1.0%)
Siは固溶強化元素としても有用である。このような効果を発揮させるためには0.05%以上含有させる必要がある。一方、Siを1.0%を超えて含有させても、その効果は飽和し、却って、熱間脆性を起こして圧延中に割れやすくなる。したがって、Si含有量は好ましくは0.05〜1.0%の範囲とする。
【0051】
(Mn:1.0〜3.0%)
Mnの含有量が1.0%未満では、引張強さが520MPa以上の強度が得られない。一方、Mnを3.0%を超えて含有させると、鋳片の割れなどの悪影響が生じる。したがって、Mn含有量は好ましくは1.0〜3.0%の範囲とする。
【0052】
(Ti、Nb、V、Bの一種または二種以上)
Ti、Nb、V、Bの元素はいずれも、析出強化および組織微細化作用による高強度化効果を有している。この様な効果を有効に発揮させる為に、Ti:0.1%以下(0%を含まない)、Nb:0.1%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)、B:0.01%以下(0%を含まない)の一種または二種以上を含有させる。これらの元素含有量が各々上限を超えると炭化物が多く生成し、所望の強度や靱性などが得られない。
【0053】
(その他の元素)
これらの元素の他に、更に、その他の元素を選択的に含有しても良い。
例えば、母材、溶接部の強度向上、あるいは焼き入れ性の向上や高強度の確保のために、Mo:1.5%以下(0%を含まない)、Cr:2.0%以下(0%を含まない)、Ni:2.0%以下(0%を含まない)、Cu:2.0%以下(0%を含まない)の一種または二種以上を含有しても良い。
また、脱酸およびミクロ組織の微細化による母材靭性向上のために、Al:0.200%以下(0%を含まない)を含有しても良い。
また、粒内ベイナイトの生成を促進してHAZ靭性を向上させるために、窒素(N2 ):0.0100%以下(0%を含まない)、酸素(O2 ):0.0050%以下(0%を含まない)を含有しても良い。
更に、組織を微細化して靱性を高めるために、Ca:0.007%以下(0%を含まず)、Mg:0.007%以下(0%を含まず)、REM:0.05%以下(0%を含まず)の一種または二種以上を含有しても良い。
一方、P、Sは不純物であり、P:0.030%以下、S:0.010%以下に止めるのがよい。
【0054】
以下実施例に基づいて本発明を詳述する。ただし、下記実施例は本発明を制
限するものではなく、前・後記の趣旨を逸脱しない範囲で変更実施することは
全て本発明の技術範囲に包含される。
【実施例】
【0055】
(固溶量と機械的な特性との関係)
C:0.04%、Si:0.2%、Mn:2.0%、Cr:0.6%、Ti:0.01%、Nb:0.02%、残部Feからなる化学成分組成を有する鋼において、B含有量を10〜35ppmの範囲で変化させ、固溶B量を5〜20ppmの範囲で変化させた熱延鋼板の、変態後の固溶B量と熱延鋼板の強度と靱性との関係を図3に示す。
【0056】
この固溶B量を変化させた熱延鋼板は、前記標準製造条件として、一定の共通条件で製造した。即ち、連続鋳造によって得られた、上記化学成分組成を有するスラブを1200℃±20℃で加熱し、粗圧延開始温度を1100℃±20℃、仕上圧延開始温度を1000℃±20℃、仕上圧延終了温度を900℃±20℃として、この温度から水冷により冷却し、30mm厚の熱延鋼板(厚板)を得るものとした。そして、熱延鋼板のベイナイト占積率は80%以上とした。
【0057】
図3に示す通り、B含有量乃至固溶B量によって、同じ標準製造条件で製造された熱延鋼板であっても、大きく強度や靱性が異なることが分かる。また、B含有量乃至固溶B量が、熱延鋼板の強度や靱性の支配因子であることが分かる。
【0058】
更に、上記化学成分組成を有する鋼において、B含有量や固溶B量とともに、Nb含有量や固溶Nb量を変化させた9鋼種について、前記標準製造条件として共通条件で熱延鋼板を製造した。そして、これら変態後の熱延鋼板の固溶B量と固溶Nb量とから引張強度の予測式〔TS=f(固溶Nb量、固溶B量)〕を作成した。
【0059】
この引張強度の予測式と、同じく、この9鋼種の熱延鋼板の引張強度を実測した値と比較した結果を図4に示す。この図4において、縦軸の熱延鋼板の引張強度実測値と、変態後の熱延鋼板の固溶B量と固溶Nb量とからの引張強度の予測値式とは、非常に良く対応しており、変態後の固溶B量と固溶Nb量とから熱延鋼板の引張強度を十分予測できることが分かる。
【0060】
以上の結果は、B単独、NbとBとの同時含有の場合について示したが、V単独、Ti単独、Nb単独の各含有場合や、Ti、Nb、V、Bの二種以上を同時に含有する場合でも同様の結果を示す。
【0061】
(実際の操業での実施)
C:0.04%、Si:0.2%、Mn:2.0%、Cr:0.6%、Ti:0.01%、Nb:0.02%、B:20ppm、残部Feからなる目標成分組成とし、前記した標準製造条件とした、熱延鋼板におけるNb、Bの固溶量を基準として、本発明フィードフォワード制御を行い、溶解20チャージ分の熱延鋼板の強度ばらつきを調査した。これら熱延鋼板のベイナイト占積率は全て80%以上とした。
【0062】
溶解20チャージ分の成分組成のばらつきは、最大で、C:±0.015%、Si:±0.1%、Mn:±0.1%、Cr:±0.1%、Ti:±0.05%、Nb:±0.005%、B:±5ppm、であった。
【0063】
先ず、固溶量を制御する元素としてNb、Bを選択し、これらのばらつきを有する出鋼時における各チャージ鋼中のNb、Bの各実績成分値から、これを上記標準の熱延条件で熱延した(熱延後冷却した)鋼板のNb、Bの固溶量、そして、この熱延鋼板の強度などの機械的な特性との関係を、前記図4のように予め求めた。
【0064】
ここで、対象鋼板は、変態前と変態後とで、選択したNb、Bの固溶量が略同じであるので、前記標準の熱延条件で熱延した鋼板の(変態後の)Nb、Bの固溶量を、熱延後で組織変態前までのNb、Bの固溶量と見なした。
【0065】
そして、実際の各チャージの熱延鋼板の製造に際して、熱延される鋼のNb、Bの実績成分値(出鋼時等)から、前記予め求めた関係を用いて、前記標準の条件で熱延した際の熱延鋼板におけるNb、Bの組織変態前までの各固溶量を求めた。更に、これら求めたNb、Bの固溶量から、前記予め求めた関係を用いて、前記標準の条件で熱延した際の、熱延の仕上げ開始温度を考慮した、熱延鋼板の引張強度の予測式〔TS=f(固溶Nb量、固溶B量、熱延の仕上げ開始温度)〕を作成し、これを重回帰して、前記標準の条件で熱延した際の熱延鋼板の引張強度を予測した。
【0066】
この熱延鋼板の予測した機械的特性が、目標とする機械的特性は、引張強度で、620〜660MPaの範囲内とし、この範囲内になるようであれば、前記標準の条件でそのまま熱延を行なった。一方、熱延鋼板の予測した機械的特性がこの目標とする引張強度範囲内にならないようであれば、熱延鋼板の予測した機械的特性が、目標とする機械的特性になるような組織変態前までのあるべきNb、Bの各固溶量を求めた。更に、このNb、Bの各固溶量を得るための、スラブ加熱温度、粗圧延開始温度、仕上圧延開始温度、仕上圧延終了温度などのあるべき熱延条件を求めた。
【0067】
このあるべき熱延条件に基づいて、実際の熱延の加熱条件、圧延条件、圧延後の冷却条件を、熱延工程のプロセスコンピューターへフィードフォワードし、先の実際の熱延条件を、あるべき熱延条件になるように選択的に制御して、熱延板を製造した。
【0068】
本発明例による溶解20チャージ分の引張強度のばらつきΔTを図5の右側に示す。一方、図4の左側が、本発明のフィードフォワードを用いずに、前記鋼の成分組成の最大ばらつきを有しながら、共通する熱延標準条件で製造した際の、同じく溶解20チャージ分の引張強度のばらつきΔTである。
【0069】
図5から明らかな通り、本発明例によれば、引張強度のばらつきΔTは、従来の1/4程度に抑制されていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
以上説明したように、本発明によれば、析出強化型の元素として、Ti、Nb、V、Bの一種または二種以上を含有する高強度熱延鋼板が目標とする機械的特性になるような、熱延条件になるようにフィードフォワード制御できる高強度熱延鋼板の製造方法を提供できる。このため、本発明は、引張強度などの機械的な特性がばらつきやすい高強度熱延鋼板の製造方法に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明における高強度熱延鋼板の製造方法を示すフローチャートである。
【図2】本発明が適用される熱延鋼板製造ラインの一例を示す設備構成図である。
【図3】実施例における変態後の固溶B量と熱延鋼板の強度と靱性との関係を示す説明図である。
【図4】実施例における熱延鋼板の引張強度の予測式と引張強度の実測値とを比較した結果を示す説明図である。
【図5】実施例における本発明の効果を示す説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ti、Nb、V、Bの一種または二種以上を含有し、鋼組織がベイナイトおよび/またはマルテンサイトからなり、変態前と変態後とでこれら元素の固溶量が略同じである高強度熱延鋼板の製造方法であって、Ti、Nb、V、Bから選択される元素の鋼中の実績成分値と、この鋼を予め定めた標準の条件で熱延した際の熱延鋼板における圧延後で組織変態前までのこれら選択された元素の固溶量との関係、および、これら選択された元素の固溶量と熱延鋼板の機械的特性との関係を、各々予め求めておき、実際の熱延鋼板の製造における鋼中のこれら選択された元素の実績成分値から、前記関係を用いて、前記標準の条件で熱延した際の熱延鋼板におけるこれら選択された元素の圧延後で組織変態前までの固溶量を求め、更に、これら選択された元素の圧延後で組織変態前までの固溶量から、前記関係を用いて、前記標準の条件で熱延した際の熱延鋼板の機械的特性を予測し、この予測した機械的特性が目標とする機械的特性になるような、これら選択された元素の圧延後で組織変態前までのあるべき固溶量を求めるとともに、この固溶量を実現するためのあるべき熱延条件を求め、このあるべき熱延条件になるように、実際の熱延条件をフィードフォワード制御することを特徴とする高強度熱延鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記選択された元素の圧延後で組織変態前までの固溶量から、前記標準の条件で熱延した際の熱延鋼板の機械的特性を予測する際に、前記標準の条件における熱延開始温度も考慮する請求項1に記載の高強度熱延鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−341261(P2006−341261A)
【公開日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−167205(P2005−167205)
【出願日】平成17年6月7日(2005.6.7)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】