説明

高次脳機能低下改善剤および遅延記憶低下改善剤

【課題】器質的脳障害による高次脳機能の低下を改善又は向上させることができる高次脳機能低下改善剤を提供する。また特に、物忘れや認知症において最も中核となる症状である遅延記憶の低下を改善する遅延記憶低下改善剤を提供する。
【解決手段】α−リポ酸、イチョウ葉エキス、クレアチン、カルニチン、黒コショウ抽出物およびL−シスチンを含むものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、器質的脳障害に起因する高次脳機能の低下に対する改善作用を有する高次脳機能低下改善剤に関し、特に遅延記憶の低下を改善する作用の大きい高次脳機能低下改善剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高次脳機能とは、注意、記憶、知覚、言語、計算などの脳機能を指し、脳梗塞、一過性脳虚血発作などの虚血性脳卒中、脳出血、くも膜下出血などの出血性脳卒中や脳震盪や脳挫傷などの外傷性疾患あるいは加齢により器質的な脳障害が生じた時に高次脳機能障害が認められる。高次脳機能障害には、半側身体失認、地誌的障害、 失認症、失語症、記憶障害、失行症、注意障害、遂行機能障害や行動や情緒の障害などが挙げられる。
【0003】
こうした高次脳機能障害に対しては、種々の治療薬の研究・開発が進められているが、そのほとんどは器質的脳障害の原因に対する対症療法であり、低下した高次脳機能を改善又は向上させる化合物については、残念ながら有効な化合物が見出されていないのが現状である。つまり、高次脳機能障害を判定し、改善効果を評価する方法は、ミニメンタルステイツ検査(MMSE)、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やウェクスラー知能検査(WAIS-R)などを挙げることができる。しかし、MMSEやHDS-Rでは、高次脳機能の改善又は向上を評価するには精度にと再現性に欠け、WAIS-Rでは時間と労力がかかり過ぎるといった欠点があった。そこで、客観的に高次脳機能の改善又は向上を目的に薬剤を開発・研究するためには、高次脳機能を客観的に評価する有効手段が必要であった。
【0004】
最近、高次脳機能をより高精度に再現性を持って評価する方法としてRBANS神経心理テストに注目が集まっている。RBANS神経心理テストは、米国のRandolphが開発した Repeatable Battery for the Assessment of Neuropsychological Statusの略称で、30分程度の短時間で、繰り返し、評価し得る神経心理テスト課題である。このRBANS神経心理テストは、老人性認知症や統合失調症に代表される精神神経疾患などの早期診断や経過観察、および治療効果の判定に威力を発揮し、脳血管障害や頭部外傷後の後遺症、すなわち高次脳機能障害の判定にも有用であると考えられている(非特許文献1)。したがって、RBANS神経心理テストによりヒトの高次脳機能を短時間で再現性良く判定することができるようになった。
【0005】
また近年、このRBANS神経心理テストを用いて器質的脳障害に起因する高次脳機能の低下に対する改善作用を検討し、アラキドン酸及び/又はアラキドン酸を構成脂肪酸とする化合物およびドコサヘキサエン酸及び/又はドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸とする化合物を含む器質的脳障害に起因する高次脳機能低下の改善作用を有する組成物が開発されている(特許文献1参照)。
【0006】
【特許文献1】特開2007−8863
【非特許文献1】山嶋哲盛ら 脳神経 Vol.54 463-471 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記のRBANS神経心理テストを用いてヒトの高次脳機能の低下、特に物忘れや認知症において顕著に認められる遅延記憶の低下を改善する高次脳機能低下改善剤は未だわずかしか見出されておらず、さらなる有効成分を開発することが求められているのが実情である。
【0008】
本発明は、以上述べたような従来の事情に対処してなされたもので、器質的脳障害による高次脳機能の低下を改善又は向上させることができる高次脳機能低下改善剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は検討の結果、特定の6種類の成分を含む組成物が、器質的脳障害による高次脳機能の低下、特に遅延記憶を改善又は向上させることができることを見出した。
【0010】
すなわち本発明は、α−リポ酸、イチョウ葉エキス、クレアチン、カルニチン、黒コショウ抽出物およびL−シスチンを含んでなることを特徴とする高次脳機能低下改善剤である。
【0011】
また本発明は、α−リポ酸、イチョウ葉エキス、クレアチン、カルニチン、黒コショウ抽出物およびL−シスチンを含んでなることを特徴とする遅延記憶低下改善剤である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の高次脳機能低下改善剤は、ヒトの高次脳機能についての信頼性の高いRBANS神経心理テストを用いて評価した結果、注意、記憶、知覚、言語、計算などに関する脳機能である高次脳機能に対して、その低下を防止する効果あるいは改善する効果を有するものである。
【0013】
また本発明の高次脳機能低下改善剤は、物忘れや認知症において最も中核となる症状である遅延記憶に関して顕著な改善効果を示すことから、特に遅延記憶低下改善剤として極めて有効なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明の最良の実施の形態について説明する。
本発明で用いるα−リポ酸は、純粋なα−リポ酸(別名:チオクト酸または6,8−ジチオオクタン酸)のほか、α−リポ酸の誘導体、それらの塩、或いはこれらの混合物をも包含する。例えば、リポ酸のナトリウム塩、カリウム塩、アルキルエステル、アルケニルエステル、アミド類、及び還元体のジヒドロリポ酸、ジヒドロリポアミド等が挙げられる。
【0015】
α−リポ酸は、細胞のミトコンドリア中に存在する補酵素(例えばクレブス回路での生化学反応において、ピルビン酸及び他のケト酸の脱炭酸における補酵素として働く。)であり、抗酸化能を有することが知られているほか、動脈硬化症や白内障などの治療剤の有効成分、シワ、シミ、ソバカス、色素沈着の予防・治療の有効成分、糖尿病治療薬の有効成分、肝臓疾患の治療剤の有効成分、物質代謝疾患を伴う末梢神経治療剤の有効成分などとして知られている。
【0016】
本発明で用いるイチョウ葉エキスは、当業者が通常用いる方法で得られるイチョウ葉エキスであればよく、特に制限されない。一般的には、イチョウの緑葉を乾燥、粉末化し、水あるいはエタノール、アセトン、酢酸エチルなどの有機溶媒で抽出し、さらにアルカリ処理または吸着剤処理により、有害物質(ギンコール酸、アルキルフェノールなど)を除去して得られる。安全性の面から、ギンコール酸およびアルキルフェノールの含有量はいずれも好ましくは10ppm以下、より好ましくは5ppm以下である。
【0017】
上記イチョウ葉エキスには、一般にフラボノイド配糖体(ケンフェロール、ケルセチン、イソラムネチンなど)、テルペノイド(テルペンラクトン)、シキミ酸、カルボン酸などの生理活性物質が含まれている。特にフラボノイド配糖体およびテルペノイドは、血管拡張作用、血小板凝集作用、抗炎症作用、血流改善作用などの優れた生理活性を有することが知られている。イチョウ葉エキスは、上記有害物質除去工程で残存したプロアントシアニジンとしてプロデルフィニジンを含有していてもよい。
【0018】
本発明で用いるクレアチンは、筋肉の中に含まれるクレアチンという物質が分解されてできたアミノ酸の一種で、皮膚にも存在するNMF(天然保湿因子)の構成成分でもある。筋肉の中にはクレアチンリン酸と呼ばれるエネルギーを貯めた窒素化合物が含まれており、これが酵素の働きによってクレアチンに分解されるときエネルギーを放出し、そのエネルギーを使って筋肉が動く。クレアチンは役割を終えると、クレアチニンという物質に変えられ、余分なクレアチニンは、腎臓より尿中に排泄される。クレアチニンは、タンパク質分解の機能や、血液濾過の腎臓機能の指標となっている。クレアチニンはNMFでもあるが、同じ老廃物由来のNMFでも尿素より角質内での量は少ない。
【0019】
本発明で用いるカルニチンは、4-hydroxy-3-trimethylaminobutyric acid(β-hydroxy-γ-trimethyl ammonium butyrate:β-ヒドロキシ-γ-トリメチルアミノ酪酸、(CH3)3N+-CH2-CH(OH)-CH2-COOH)のことで、古くは、ビタミンBTと呼ばれていた物質である。
カルニチンは、体内(肝臓、腎臓、脳)で、必須アミノ酸のリジンとメチオニンから、合成でき、血液を介して、筋肉に取り込まれる。またカルニチンは、羊肉、赤肉、鶏肉、魚、乳製品などにも豊富に含まれていて、食事からも供給される。
【0020】
本発明で用いる黒コショウ抽出物(ブラックペッパー抽出物)は、古くから使用されてきた一般的な香辛料であり、黒コショウ抽出物に含まれる有効成分「ピペリン」には、クルクミンの吸収を助ける働きがあることが知られている。
【0021】
本発明で用いるL−シスチンは含硫アミノ酸の一つであり、傷の回復を早め、ブドウ糖代謝を促進し、優れた解毒作用により有害物質からカラダを守る作用のあることが知られている。
【0022】
本発明の高次脳機能低下改善剤および遅延記憶低下改善剤において、その評価に用いたRBANS神経心理テストは、アーバンス神経心理テストとも呼ばれるもので、ヒトの高次脳機能を即時記憶、視空間・構成、言語、注意(集中力)、遅延記憶の5項目で評価する方法である。
【0023】
このうち、即時記憶は、リスト学習および物語記憶からなり、リスト学習は口頭で提示された単語のリストの再生に関する記憶であり、物語記憶は口頭で提示する短い物語の再生に関する記憶である。視空間・構成は、図形模写および線方向付けからなり、図形模写は複合幾何学図形の模写に関する記憶であり、線方向付けは中心点より放射状に規則的な角度で並ぶ半円形の線分角の一致に関する記憶である。言語は絵呼称および意味流暢性からなり、絵呼称は10種の絵の認知(名称を答える)に関する記憶であり、意味流暢性は与えられたカテゴリーに属する名称の返答(動物種など)に関する記憶である。注意は数唱および符号からなり、数唱は数列の記憶に関する記憶であり、符号は幾何学図形に対する対応の選択及び判断に関する記憶である。遅延記憶再生はリスト再生、リスト再認、物語再生および図形模写からなり、いずれも一定期間経過後の記憶に関するものである。
【0024】
本発明による高次脳機能低下改善剤および遅延記憶低下改善剤は、食品、飲料、医薬品、医薬部外品の原料並びに添加物として使用することができる。そして、その使用目的、使用量に関して何ら制限を受けるものではない。
【0025】
例えば、食品組成物としては、一般食品の他、機能性食品、栄養補助食品、特定保健用食品、未熟児用調製乳、乳児用調製乳、乳児用食品、妊産婦食品又は老人用食品等を挙げることができる。油脂を含む食品例として、肉、魚、またはナッツ等の本来油脂を含む天然食品、スープ等の調理時に油脂を加える食品、ドーナッツ等の熱媒体として油脂を用いる食品、バター等の油脂食品、クッキー等の加工時に油脂を加える加工食品、あるいはハードビスケット等の加工仕上げ時に油脂を噴霧または塗布する食品等が挙げられる。さらに、油脂を含まない、農産食品、醗酵食品、畜産食品、水産食品、または飲料に添加することができる。さらに、サプリメントと称されるような機能性食品、医薬品、医薬部外品の形態であっても構わず、例えば、経腸栄養剤、粉末、顆粒、トローチ、内服液、懸濁液、乳濁液、シロップ等の加工形態であってもよい。
【0026】
また本発明の高次脳機能低下改善剤および遅延記憶低下改善剤は、本発明の有効成分以外に、一般に飲食品、医薬品または医薬部外品に用いられる各種担体や添加物を含んでいてよい。例えば本発明の有効成分の酸化防止を防ぐ目的で抗酸化剤を含むことができる。抗酸化剤としては、例えば、トコフェロール類、フラボン誘導体、フィロズルシン類、コウジ酸、没食子酸誘導体、カテキン類、フキ酸、ゴシポール、ピラジン誘導体、セサモール、グァヤオール、グァヤク酸、p−クマリン酸、ノールジヒドログァヤテッチク酸、ステロール類、テルペン類、核酸塩基類、カロチノイド類、リグナン類などのような天然抗酸化剤およびアスコルビン酸パルミチン酸エステル、アスコルビン酸ステアリン酸エステル、ブチルヒドロキシアニソール(BHA)、ブチルヒドロキシトルエン(BHT)、モノ−t−ブチルヒドロキノン(TBHQ)、4−ヒドロキシメイル−2,6−ジ−t−ブチルフェノール(HMBP)に代表されるような合成抗酸化剤を挙げることができる。
【0027】
トコフェロール類では、α−トコフェロール、β−トコフェロール、γ−トコフェロール、δ−トコフェロール、ε−トコフェロール、ξ−トコフェロール、η−トコフェロールおよびトコフェロールエステル(酢酸トコフェロール等)等を挙げることができる。さらに、カロチノイド類では、例えば、β-カロチン、カンタキサンチン、アスタキサンチン等を挙げることができる。
【0028】
本発明の高次脳機能低下改善剤および遅延記憶低下改善剤は、本発明の有効成分以外に、担体として、各種キャリアー担体、イクステンダー剤、希釈剤、増量剤、分散剤、賦形剤、結合剤溶媒(例、水、エタノール、植物油)、溶解補助剤、緩衝剤、溶解促進剤、ゲル化剤、懸濁化剤、小麦粉、米粉、でん粉、コーンスターチ、ポリサッカライド、ミルクタンパク質、コラーゲン、米油、レシチンなどが挙げられる、添加剤としては、例えば、ビタミン類、甘味料、有機酸、着色剤、香料、湿化防止剤、ファイバー、電解質、ミネラル、栄養素、抗酸化剤、保存剤、芳香剤、湿潤剤、天然の食物抽出物、野菜抽出物などを挙げることができるが、これらに限定しているわけではない。
【0029】
本発明の組成物を医薬品として使用する場合、製剤技術分野において慣用の方法、例えば、日本薬局方に記載の方法あるいはそれに準じる方法に従って製造することができる。
本発明の組成物を医薬品として使用する場合、組成物中の有効成分の配分量は、本発明の目的が達成される限り特に限定されず、適宜適当な配合割合で使用が可能である。本発明の組成物を医薬品として使用する場合、投与単位形態で投与するのが望ましく、特に、経口投与が好ましい。
【0030】
本発明のα−リポ酸、イチョウ葉エキス、クレアチン、カルニチン、黒コショウ抽出物およびL−シスチンの合計投与量は、年令、体重、症状、投与回数などにより異なるが、例えば、成人(約60kgとして)一日当たり本発明の成分を通常約0.001g〜20g、好ましくは約0.01g〜10g、より好ましくは約0.05〜5g、最も好ましくは約0.1g〜2gを一日1回〜3回に分割して投与するのがよい。
【実施例】
【0031】
次に実施例を挙げ、本発明をさらに詳細に説明する。本発明はこれにより限定されるものではない。ここで、配合量は質量%である。
【0032】
実施例1
次の表1に示す試験品(実施例1)を常法により調製し、1粒400mg(一日摂取量4粒)の錠剤とした。この試験品を用いて次の方法で高次脳機能を評価した。
【0033】
【表1】

【0034】
比較例1
プラセボ(偽薬)として、次の表2に示す試験品(比較例1)を常法により調製し、1粒400mg(一日摂取量4粒)の錠剤とした。この試験品を用いて次の方法で高次脳機能を評価した。
【0035】
【表2】

【0036】
(評価方法)
1.対象
50歳以上、70歳以下の日本人男性及び女性のうちで、物忘れの自覚症状を有する者、自己申告により物忘れの自覚症状を有する者、または近親者、知人によって物忘れの自覚症状を有するものとして推薦された者61名を対象としてアーバンス神経心理テスト(A−form、即時記憶、視空間・構成、言語、注意(集中力)、遅延記憶の5項目評価)を行い、そのうち、総合評点の低かったものから順に31名を被験者として選択した。
【0037】
2.摂取方法
被験者31名のうち、実施例1摂取群を22名、比較例1摂取群を9名とし、各試験品を1日4粒で、朝・夕2回空腹時に各2粒を適宜摂取した。
【0038】
3.測定方法
各試験品の摂取前および摂取12週後でアーバンス神経心理テスト(A−form)を行い、その評点を評価した。
表3は、各試験品の摂取前における評点を示したものである。評点は50歳以上、70歳以下の日本人男性及び女性の平均を50とした時の相対値である。表3から、本実施例で評価した者は、全体として評点が50以下のやや高次脳機能の低下した一般人を対象としていることが分かる。
【0039】
【表3】

【0040】
表4は、各試験品の摂取前における評点を1とした時の摂取後の評点値を示したものである。表4から、本実施例1の試験品を投与した群は、プラセボである比較例1の試験品を投与した群に比べて、全体として言語、注意(集中力)、遅延記憶についての高次脳機能の改善が認められ、特に遅延記憶について顕著な改善作用が認められることが分かる。
【0041】
【表4】

【0042】
なお、表1において、α−リポ酸、イチョウ葉エキス、クレアチン、カルニチン、黒コショウ抽出物およびL−シスチンを澱粉に代えたほかは表1と同様の処方による試験品を用いて上記と同様の評価を行ったところ、高次脳機能の改善効果は認められなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
α−リポ酸、イチョウ葉エキス、クレアチン、カルニチン、黒コショウ抽出物およびL−シスチンを含んでなることを特徴とする高次脳機能低下改善剤。
【請求項2】
α−リポ酸、イチョウ葉エキス、クレアチン、カルニチン、黒コショウ抽出物およびL−シスチンを含んでなることを特徴とする遅延記憶低下改善剤。

【公開番号】特開2008−214338(P2008−214338A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−25087(P2008−25087)
【出願日】平成20年2月5日(2008.2.5)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】