説明

高硬度アトマイズ粉末およびショットピーニング投射材用粉末並びにそのショットピーニング方法

【課題】 本発明は、高硬度で安価な高硬度アトマイズ粉末およびショットピーニング投射材用粉末並びにそのショットピーニング方法を提供する。
【解決手段】 質量%で、Bを2〜8%、残部Feおよび不可避的不純物よりなり、その粒径が75μm以下である高硬度アトマイズ粉末。また、上記の75μm以下の高硬度アトマイズ粉末を30%以上含むショットピーニング投射材用粉末。さらに、上記の高硬度アトマイズ粉末を投射材に用いるショットピーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高硬度で安価な高硬度アトマイズ粉末およびショットピーニング投射材用粉末並びにそのショットピーニング方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般にショットピーニングは被処理材の表面に投射材(または、「ショット」、「ショット材」、「メディア」、「研磨材」などとも呼ばれる)と呼ばれる粒子を投射し、圧縮残留応力を付与し、疲労強度を改善できる有効な表面処理方法であり、ばねやギヤ等の自動車部品、あるいは金型材などにも適用されている。浸炭焼入れ処理を行なったギヤなど、被処理材の高硬度化が進んでおり、これら部材への投射材にも高硬度化が求められている。すなわち、表面硬度の高い被処理材に対し、低硬度な投射材を用いたショットピーニングでは高い圧縮残留応力が得られない。また、自動車部品等の更なる軽量化要求に伴い、ますます高硬度な被処理材をショットピーニングする必要があるため、さらに高硬度を有する投射材が求められている。
【0003】
一方、通常のショットピーニングに用いる500〜1000μm程度の平均粒径を持つ投射材だけでなく、100μm程度の平均粒径を持つ投射材が、微粒子ショットピーニングに用いられている。この微粒子ショットピーニングは、被投射材の表面を過度に粗くすることがなく、より処理表面に近い部分に大きな圧縮残留応力を付与できることにより、通常のショットピーニング以上に疲労強度の改善が見込まれる。また、近年では、これらの微粒子ショットピーニングの特徴を、より活かすために、更に粒径の小さい投射材を用いる検討も行なわれている。
【0004】
高硬度で安価な投射材として、本発明者らは特開2007−84858号公報(特許文献1)において、Fe2B系硼化物とBCCおよび/またはFCCの鉄基固溶体よりなる、Bを5〜8%含む投射材を提案してきた。この投射材の特徴の1つは、5%以上のBを添加することにより、高硬度なFe2Bを多量に生成し、粒子全体の硬度を高くすることにある。
【特許文献1】特開2007−84858号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した特許文献1においては、5%以上のBを添加することにより、高硬度なFe2Bを多量に生成し、粒子全体の硬度を高くすることは解明されている。しかしながら、本合金系の投射材において、粒度に関する研究例は未だ解明されていない。そこで、発明者らは近年の微粒子ショットピーニング用投射材の細粒化に対応するため、本合金系投射材の硬度に及ぼす粒径の影響を詳細に調査した結果、粒径が小さくなるにしたがい、硬度が上昇する現象を見出し、本発明に至った。
【課題を解決するための手段】
【0006】
その発明の要旨とするところは、
(1)質量%で、Bを2〜8%、残部Feおよび不可避的不純物よりなり、その粒径が75μm以下であることを特徴とした高硬度アトマイズ粉末。
(2)Ti、Cr、Mo、W、Ni、Al、Cの1種または2種以上含有し、かつ、下記(1)式の範囲を満たすことを特徴とする請求項1に記載の高硬度アトマイズ粉末。
(Ti%/10)+(Cr%/25)+(Mo%/10)+(W%/6)+(Ni%/10)+(Al%/10)+(C%/1)≦1.00 … (1)
【0007】
(3)前記(1)または(2)に記載の75μm以下の高硬度アトマイズ粉末を、30%以上含むことを特徴としたショットピーニング投射材用粉末。
(4)前記(1)〜(3)に記載のいずれか1項の高硬度アトマイズ粉末を投射材に用いるショットピーニング方法にある。
【発明の効果】
【0008】
以上述べたように、本発明により高硬度で安価な高硬度アトマイズ粉末およびショットピーニング投射材用粉末並びにそのショットピーニング方法を提供することにある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の特徴は、Bを2〜8%含む本合金系投射材において、微粒子になると硬度が上昇することを見出し、この投射材を一定割合以上含む投射材をショットピーニングに用いることにより、被処理材表面に大きな圧縮残留応力を付与できることを見出したことである。特に本合金系投射材は、粒径が小さくなるにしたがい、Fe−B系状態図には存在しない、Fe3 BやFe236 などの非平衡硼化物が多量に生成することを見出し、単なる組織の微細化ではなく、構成相が非平衡相へ変化することにより、大幅に硬度が上昇する現象を見出したことにある。
【0010】
以下、本発明に係る構成の限定理由について説明する。
B:2〜8%
本発明合金においてBは平衡相であるFe2Bを生成するとともに、粒径が小さくなるにしたがい、Fe3BやFe236 といった非平衡相を生成し、高硬度化を図るための必須元素であり、2%未満では粒径が小さくなるとともに硬度が上昇する効果が小さい。8%を超えると、粒子が著しく脆化する。また、Bは添加量の増加に従い、同一粒度における、硬度上昇と脆化を同時に進めるため、その添加量は、好ましくは2〜7%、より好ましくは3〜5%である。
【0011】
粒径が75μm以下
本合金系投射材は、粒径が小さくなるにしたがい硬度が上昇する。75μmを超える粒度では、大きな硬度上昇が見られない。好ましくは45μm以下、より好ましくは25μm以下である。
【0012】
Ti、Cr、Mo、W、Ni、Al、Cの1種または2種以上含有し、かつ、下記式の範囲を満たすこと。
(Ti%/10)+(Cr%/25)+(Mo%/10)+(W%/6)+(Ni%/10)+(Al%/10)+(C%/1)≦1.00
本合金系投射材において、Ti、Mo、W、Cは硬度上昇に効果のある添加元素であり、Cr、Ni、Alは耐食性を改善する効果のある添加元素であり、いずれの元素も必要に応じて添加することができる。しかしながら、(Ti%/10)+(Cr%/25)+(Mo%/10)+(W%/6)+(Ni%/10)+(Al%/10)+(C%/1)が1.00を超える範囲で添加してしまうと、粒子が著しく脆化する。
【0013】
なお、これらの添加元素は硬度上昇や耐食性改善の効果があるが、いずれも過剰添加すると脆化する。著しく脆化する添加量の限度は元素の種類によって異なり、Tiが10%、Crが25%、Moが10%、Wが6%、Niが10%、Alが10%、Cが1%である。したがって、複合添加する場合は、各元素の添加量をその限度の濃度で規格化し、合計した値が1を超えない範囲で添加できる。
【0014】
75μm以下の粒子を30%以上含む
75μm以下の粒子は硬度上昇効果が大きく、この粒子を30%以上含む粒子を投射材として用いることにより、大きな圧縮残留応力が得られる。好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上である。
【0015】
次に、同じ組成の投射材においても粒径によって硬度変化が起こる。その理由は、図1
に示す投射材のX線回折パターンから分かるように、例えば、図1の本発明例である表2のNo.1(粒径25μm以下)と比較例である表2のNo.13(粒径126〜250μm)の場合の投射材のX線回折パターンに示すように、粒径の違いによる構成相の変化を示している。このように本合金系の投射材は、同じ組成であっても、その構成相は粒径によって全く異なる。このような構成相の変化が、粒径による硬度変化の原因になっていると推測される。
【実施例】
【0016】
以下、本発明について実施例によって具体的に説明する。
表1〜4に示す供試粉末として、所定の組成に秤量した原料を耐火物製坩堝でアルゴン雰囲気中にて誘導溶解し、坩堝底部の出湯ノズルより出湯し、ガスアトマイズにて粉末を製造した。得られた粉末を25μm以下、26〜45μm、46〜75μm、76〜125μm、126〜250μmに分級し、樹脂埋め、研磨した試料を用い、ミクロビッカース硬度計により荷重25gで硬さを測定した。この時、各組成の粉末ごとに、126〜250μmの粒子の硬さを100とし、各粒径の硬さを相対硬さで評価し、粒径が小さくなることにともなう硬度上昇を評価した。
【0017】
上記、成分別に評価するのは、成分によって硬度が変化することから成分の影響と粉末の構成相に相関のある粒径の影響とが混在し、粉末の構成相に相関のある粒径の影響が純粋に評価できず、このため本発明の効果が明確に示すことが出来なくなるためである。本発明では相対硬さが110以上になる粒度については、粒度を小さくする効果があると認め本発明例とした。
【0018】
脆さについては、前述の樹脂埋め試料を用い、ミクロビッカース硬度計にて300gの荷重で5点圧痕を打ち、5点中1点もクラックを発生しなかった場合は○、1点でもクラックが発生した場合は脆いと判断し×とした。
また、耐食性については、ガラス板に貼った両面テープ上に、46〜75μmに分級した表3に示す組成の粉末を敷詰め、これを温度70℃、湿度95%、96時間の条件で、湿潤試験し、耐食性に及ぼす添加元素の影響を評価した。全面に発銹したものを△、一部の発銹に留まったものを○とした。
【0019】
ショットピーニング評価としては、SCM420母材を直径12mmに熱間鍛造し、長さ100mmに切断した試験片を、旋盤加工により直径10mmに切削した。これをガス浸炭、焼入焼戻処理したものをショットピーニングの被処理材とした。この被処理材の表面硬さは700〜800HVで、有効硬化層深さは約1mmである。ショットピーニング装置はエア式のものを用い、投射圧0.3MPaで30秒間、被処理材に投射した。処理後の試験片について、処理表面を5μmづつ40μm深さまで電解研磨し、その都度X線回折法により圧縮残留応力を測定した。この方法で、最も大きい圧縮残留応力値を最大圧縮残留応力とした。全ての試験片において、最大圧縮残留応力値は表面から40μm以下の部位に見られた。
【0020】
投射材は25μm以下、26〜45μm、46〜75μm、76〜125μm、126
〜250μmの粒度のものを、表4に示す割合で混合して用いた。なお、評価は、各組成の投射材について76〜125μmの投射材を100%用いた時の最大圧縮残留応力値を100とし、他の粒径を所定の割合で混合したものの最大圧縮残留応力値の相対値で評価した。成分別に評価するのは成分によって最大圧縮残留応力値が変化することから成分の影響と粉末の構成相に相関のある粒径の影響とが混在し、粉末の構成相に相関のある粒径の影響が純粋に評価できず、このため本発明の効果が明確に示すことが出来なくなるためである。本発明では最大圧縮残留応力値の相対値が107以上になる粒度については粒度を小さくする効果があると認め本発明例とした。
【0021】
【表1】

表1は、Fe−B系投射材の硬さに及ぼす粒径の影響を示すもので、No.1〜12は本発明例であり、No.13〜30は比較例である。
【0022】
表1に示す比較例No.13〜17は、Bが1%と低く、また、No.16〜17は粒径が76μm以上と大きく、粒径の減少にともなう硬度上昇効果が十分得られていない。比較例No.18〜25は、それぞれ粒径が76μm以上であるため、粒径の減少にともなう硬度上昇効果が十分得られていない。比較例No.26〜30は、Bが10%と高いため、著しく脆化している。これに対し、本発明例No.1〜12は、いずれも本発明の条件である成分組成のB、粒径を満足していることから、硬さ、脆さに対する性能も十分得ることが出来ることが分かる。
【0023】
【表2】

表2は、Fe−B系に他の元素を添加した投射材の硬さ、脆さに及ぼす粒径の影響を示すもので、No.1〜11は本発明例であり、No.12〜30は比較例である。
【0024】
比較例No.12〜13は、粒径が76μm以上であるため、粒径の減少にともなう硬度上昇効果が十分得られていない。比較例No.14〜21も同様に粒径が76μm以上であるため、粒径の減少にともなう硬度上昇効果が十分得られていない。比較例No.22〜30はいずれも式の値が1を超えているため著しく脆化している。
【0025】
【表3】

【0026】
表3は、耐食性に及ぼす添加元素の影響を示している。
【0027】
この表3に示すように、Fe−Bの2元系からなるNo.1、3、5は耐食試験により全面に発銹が見られるのに対し、Cr、Ni、Alをそれぞれ添加したNo.2、4、6は一部の発銹に留まっており、耐食性の改善が見られる。すなわち、Fe−B系にCr,Ni,Alを添加した場合には耐食性が改善されていることが分かる。
【0028】
【表4】

表4は、ショットピーニングにより付与される最大圧縮残留応力値に及ぼす投射材粒度の影響を示す。
【0029】
この表4に示すように、最大圧縮残留応力値に及ぼす投射材の混合比の影響を示したものである。本発明例であるNo.1〜11は、粒径が75μm以下の投射材の混合比が30%以上である。比較例No.12〜18の場合は、粒径が76μm以上のものがほぼ100%近く含まれており、その結果、最大圧縮残留応力値が十分に得られていない。
【0030】
また、単純に粒径の影響を検討した本発明例であるNo.1〜3と比較例12、13のショットピーニング後の試験片表面の粗さ(算術平均粗さRa)を測定したところ、No.3<No.2<No.1<No.13<No.12の順であり、背景の部分で記述したとおり、投射材の粒径を小さくすることにより、被処理材の表面粗度の上昇が抑制されていることが分かる。
【0031】
以上のように、本合金系投射材は、粒度が小さくなるにつれ、単なるミクロ組織の微細化ではなく、状態図には見られない非平衡硼化物が著しく生成されることを見出し、この構成相変化により、粒度の低下に伴う硬度上昇で、優れた投射材が得られた極めて優れた効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】投射材のX線回折パターンを示す概略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Bを2〜8%、残部Feおよび不可避的不純物よりなり、その粒径が75μm以下であることを特徴とした高硬度アトマイズ粉末。
【請求項2】
Ti、Cr、Mo、W、Ni、Al、Cの1種または2種以上含有し、かつ、下記(1)式の範囲を満たすことを特徴とする請求項1に記載の高硬度アトマイズ粉末。
(Ti%/10)+(Cr%/25)+(Mo%/10)+(W%/6)+(Ni%/10)+(Al%/10)+(C%/1)≦1.00 … (1)
【請求項3】
請求項1または2に記載の75μm以下の高硬度アトマイズ粉末を、30%以上含むことを特徴としたショットピーニング投射材用粉末。
【請求項4】
請求項1〜3に記載のいずれか1項の高硬度アトマイズ粉末を投射材に用いるショットピーニング方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−200797(P2012−200797A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−65130(P2011−65130)
【出願日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)
【Fターム(参考)】