説明

高窒素含有ステンレス鋼の製造方法

【課題】ステンレス溶鋼のボイリングや突沸を抑制してステンレス溶鋼中に窒素を迅速且つ効率的に取り込むことが可能な生産性の高い高窒素含有ステンレス鋼の製造方法を提供する。
【解決手段】ステンレス溶鋼の精錬過程において、精錬時の溶鋼温度で溶融するスラグをステンレス溶鋼1トンあたり5kg以上の割合でステンレス溶鋼中に存在させ、窒化フェロ珪素及び窒化珪素から選択される少なくとも1つの窒化合金をステンレス溶鋼に添加することを特徴とする高窒素含有ステンレス鋼の製造方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高窒素含有ステンレス鋼の製造方法に関し、特に、高強度材料として使用される窒素含有量が0.03質量%以上の高窒素含有ステンレス鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高窒素含有オーステナイト系ステンレス鋼(以下、「高窒素含有ステンレス鋼」という)は、高強度且つ時効硬化に優れていることから、高強度材料として種々の分野で使用されている。この高窒素含有ステンレス鋼では、強度を高めるため、一般的に窒素含有量が0.03質量%以上に調整されている。
高窒素含有ステンレス鋼の製造方法としては、ステンレス溶鋼の精錬過程において窒素含有量を高める方法が一般的に知られている。例えば、AOD法の場合、多量の窒素ガスを羽口からステンレス溶鋼中に吹き込むことによって窒素含有量を高める方法がある(例えば、特許文献1及び2)。また、VOD法の場合、合金中に窒素を約7質量%含有する窒化フェロマンガンや窒化クロム等の窒化合金をステンレス溶鋼に添加することによって窒素含有量を高める方法がある(例えば、特許文献3)。
【0003】
【特許文献1】特開2000−026913号公報
【特許文献2】特開2005−323514号公報
【特許文献3】特許第2896302号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、窒素ガスをステンレス溶鋼中に吹き込む方法では、ステンレス溶鋼中に窒素が迅速且つ効率的に取り込まれ難い。
一方、窒化合金をステンレス溶鋼に添加する方法では、一般的に使用されている窒化合金の融点(例えば、窒化フェロマンガン:約1250℃、窒化クロム:約1080℃、窒化フェロクロム:約1520℃)が、ステンレス溶鋼の溶鋼温度(一般的に1550〜1650℃)に比べて低すぎるため、ステンレス溶鋼に窒化合金を添加すると、窒化合金の溶解に伴って多くの窒素ガスが急激に生じる。その結果、窒素ガスによってステンレス溶鋼のボイリングや突沸が起こり、窒素ガスが空気中に放出されるため、ステンレス溶鋼中に窒素が迅速且つ効率的に取り込まれ難い。さらに、この方法では、ステンレス溶鋼中に窒素が迅速且つ効率的に取り込まれ難いために、窒化合金をステンレス溶鋼に追加しなければならず、原料コストが上昇する。また、ステンレス溶鋼のボイリングや突沸が沈静化するまで次の操業を停止する必要があり、高窒素含有ステンレス鋼の生産性が低い。特に、連続鋳造を行う場合には、ステンレス溶鋼のボイリングや突沸が沈静化するまで鋳造開始時間を遅らせる必要があり、また2チャージ目のステンレス溶鋼のボイリングや突沸が沈静化するまで1チャージ目の鋳造速度を減速せざるを得ない状況が生じていた。
【0005】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、ステンレス溶鋼のボイリングや突沸を抑制してステンレス溶鋼中に窒素を迅速且つ効率的に取り込むことが可能な生産性の高い高窒素含有ステンレス鋼の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者等は、ステンレス溶鋼のボイリングや突沸が窒化合金の融点が溶鋼温度に比べて低いことに起因していると考え、この問題を解決すべく鋭意研究した結果、溶鋼温度よりも融点が高い窒化合金を用いると共に、この窒化合金を他の成分の補助によってステンレス溶鋼に溶解させることで、窒化合金の溶解速度を緩やかにし、ステンレス溶鋼のボイリングや突沸を抑制してステンレス溶鋼中に窒素を迅速且つ効率的に取り込ませ得ることに想到し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、ステンレス溶鋼の精錬過程において、精錬時の溶鋼温度で溶融するスラグをステンレス溶鋼1トンあたり5kg以上の割合でステンレス溶鋼中に存在させ、窒化フェロ珪素及び窒化珪素から選択される少なくとも1つの窒化合金をステンレス溶鋼に添加することを特徴とする高窒素含有ステンレス鋼の製造方法である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、ステンレス溶鋼のボイリングや突沸を抑制してステンレス溶鋼中に窒素を迅速且つ効率的に取り込むことが可能な生産性の高い高窒素含有ステンレス鋼の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の高窒素含有ステンレス鋼の製造方法は、ステンレス溶鋼の精錬過程において、所定のスラグをステンレス溶鋼中に存在させつつ、所定の窒化合金をステンレス溶鋼に添加する。
本発明の高窒素含有ステンレス鋼の製造方法に用いられる窒化合金は、一般的な精錬過程における溶鋼温度(1550〜1650℃)よりも融点が高い窒化フェロ珪素(融点:約1890℃)及び窒化珪素(融点:約1900℃)であり、これらは単独又は混合して使用することができる。これらの窒化合金は窒素含有量が高く(窒化フェロ珪素:約30質量%、窒化珪素:約40質量%)、ステンレス溶鋼に添加する窒化合金の量を少なくすることができるため、原料コストを抑えることも可能となる。
【0009】
ここで、溶鋼温度が1600℃のステンレス溶鋼に窒化合金を添加した場合の反応機構について、窒化合金として窒化珪素を用いた場合を例にして説明する。
1600℃における窒化珪素の分解反応の標準生成自由エネルギー(ΔG)は、下記式(1)に示されるように正の値であるため、ステンレス溶鋼に窒化珪素を添加しただけでは窒化珪素は分解反応せず、ステンレス溶鋼に窒素が取り込まれない。
Si=3[Si]+4[N] ΔG=330KJ/mol ・・・(1)
ところが、1600℃における窒化珪素の分解反応に酸素を加えると、標準生成自由エネルギー(ΔG)は、下記式(2)で示されるように負の値となり、1600℃でも窒化珪素は分解し、ステンレス溶鋼に窒素が取り込まれる。
Si+6[O]=3(SiO)+4[N] ΔG=−206KJ/mol ・・・(2)
従って、窒化珪素等の窒化合金をステンレス溶鋼に添加して溶解させるためには、ステンレス溶鋼中に酸素源が存在している必要がある。
【0010】
窒化合金の添加量は、ステンレス溶鋼の組成や量、窒化合金の種類、目標とする窒素含有量等に応じて適宜設定すればよく特に限定されることはない。
【0011】
本発明の高窒素含有ステンレス鋼の製造方法に用いられる酸素源はスラグである。スラグは、窒化合金の溶解を促進させるため、酸素源としての機能を発揮できるように精錬時の溶鋼温度で溶融している必要がある。なお、スラグは、ステンレス溶鋼中に完全に溶融(すなわち、液相率が100%)している必要はなく、目視観察において湯面上に固体で浮遊している場合であっても、50%以上溶融していれば窒化合金の分解反応に供する酸素源として十分な量である。
このようなスラグとしては、CaO−SiO系、CaO−SiO−Al系、CaO−Al系等が挙げられ、これらは単独又は混合して用いることができる。
スラグをステンレス溶鋼に存在させる方法としては、特に限定されることはなく、スラグをステンレス溶鋼に添加したり、所定の成分を添加することによってステンレス鋼中で所望のスラグを生成させればよい。
【0012】
ステンレス溶鋼におけるスラグの存在量は、ステンレス溶鋼1トンあたり5kg以上である。スラグの存在量が5kg未満であると、窒化合金の溶解速度が極めて遅くなり、所望の生産性が得られない。また、スラグの存在量の上限は、特に限定されることはないが、必要以上にスラグを存在させると、精錬の際に取鍋又は坩堝からスラグやステンレス溶鋼がオーバーフローしてしまうことがある。そのため、取鍋や坩堝、ステンレス溶鋼の量等に応じて適宜設定する必要があるが、一般に、ステンレス溶鋼1トンあたり100kg以下である。
【0013】
本発明の高窒素含有ステンレス鋼の製造方法に用いられるステンレス溶鋼は、C(炭素)、Si(珪素)、Mn(マンガン)、Ni(ニッケル)及びCr(クロム)を含有する。
<C:0.005〜0.2質量%>
Cは、オーステナイト相安定化元素であり、侵入型元素であるため、ステンレス鋼の強度の向上に寄与する。そのため、ステンレス溶鋼は、少なくとも0.005質量%のCを含有する必要がある。ただし、C含有量が多すぎると耐食性及び溶接性が低下するため、C含有量の上限は0.2質量%とする必要がある。
【0014】
<Si:4.0質量%以下>
Siは、ステンレス鋼に必要な硬度を与えるために必要な元素である。Si含有量の増加と共に時効硬化特性が向上するものの、Si含有量が多すぎると熱間加工性が低下する。そのため、Si含有量の上限は4.0質量%とする必要がある。
<Mn:0.2〜25.0質量%>
Mnは、Cと同様にオーステナイト相安定化元素であり、ステンレス鋼の所望の強度を得るため、ステンレス溶鋼は、少なくとも0.2質量%のMnを含有する必要がある。ただし、Mn含有量が多すぎるとステンレス鋼の曲げ加工性が低下するため、Mn含有量の上限は25.0質量%とする必要がある。
【0015】
<Ni:0.1〜18.0質量%>
Niは、CやMnと同様にオーステナイト相安定化元素であり、ステンレス鋼の所望の強度を得るため、ステンレス溶鋼は、少なくとも0.1質量%のNiを含有する必要がある。ただし、Niは高価な元素であるため、必要以上の添加は無駄なコスト上昇を招くので、Ni含有量の上限は18.0質量%とする必要がある。
<Cr:12.0〜30.0質量%>
Crは、ステンレス鋼に要求される耐食性を得るために必須の元素であり、ステンレス鋼の所望の耐食性を得るため、ステンレス溶鋼は、少なくとも12.0質量%のCrを含有する必要がある。ただし、Niを過剰添加するとデルタフェライトが多量に生成して熱間加工性を低下させることがあるので、Cr含有量の上限は30.0質量%とする必要がある。
【0016】
上記の元素を含有するステンレス溶鋼を用い、上記の方法にて製造されるステンレス鋼は、ステンレス溶鋼のボイリングや突沸を抑制してステンレス溶鋼中に窒素を迅速且つ効率的に取り込むことが可能であるため、高濃度の窒素を含有する。
窒素は、C、Mn及びNiと同様にオーステナイト相安定化元素であり、ステンレス鋼に必要な硬度及び優れた時効硬化特性を得るために必要な元素である。そのため、ステンレス鋼は、少なくとも0.03質量%を含有している必要がある。窒素含有量の上限は、MnやNi等の含有量に応じて飽和する濃度まで添加してもよいが、好ましくは1.3質量%である。
また、ステンレス鋼における他の元素の含有量は、スラグに含有されるSi等の元素によって、ステンレス溶鋼の組成に比べてSi等の元素の含有量が僅かに高くなるものの、Si等の元素のほとんどはスラグ中に残存するので、ステンレス鋼における他の元素の含有量は、ステンレス溶鋼における他の元素の含有量と実質的に同じである。
【実施例】
【0017】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、これらによって本発明が限定されるものではない。
(実施例1)
0.015質量%のC、2.0質量%のSi、3.0質量%のMn、8.0質量%のNi、18.0質量%のCrを含有するステンレス鋼30kgを、Arガス雰囲気下にてMgO坩堝内で高周波誘導加熱炉を用いて溶融させた。なお、ステンレス溶鋼中のN含有量は、0.005質量%以下であった。このステンレス溶鋼を1600℃に温度調整した後、CaO−SiO系のスラグをステンレス溶鋼1kgあたり5gの割合で添加し、底吹ガスによってステンレス溶鋼とスラグとを十分に撹拌してスラグをステンレス溶鋼に溶融させた。次に、185gの窒化珪素(N含有量は74g)をステンレス溶鋼に添加して十分に撹拌したところ、窒化珪素の溶解が2分程度で完了した。ここで、窒化珪素を溶解させる段階及び窒化珪素の溶解後の段階のいずれにおいてもステンレス溶鋼のボイリングや突沸が生じることはなかった。窒化珪素を添加してから3分後にステンレス溶鋼をサンプリングしたところ、窒素の含有量は0.183質量%であった。
【0018】
(比較例1)
比較例1では、CaO−SiO系スラグをステンレス溶鋼に添加しないこと以外は実施例1と同様にして実験を行った。その結果、窒化珪素を添加してから30分を経過しても窒化珪素はステンレス溶鋼に溶解せず、ステンレス溶鋼の窒素の含有量は0.006質量%であった。この結果は、比較例1では、酸素源が不足しているために窒化珪素がステンレス溶鋼中にほとんど溶解しなかったことに起因しているものと考えられる。
【0019】
(実施例2:サンプルNo.1〜12)
電気炉でスクラップを溶解し、転炉で粗脱炭した表1に示す組成を有するステンレス溶鋼80トンをVOD法にて脱炭を行った。この脱炭時に生成したSiOに見合うCaOを、ステンレス溶鋼1トンあたり10〜95kgの割合のCaO−SiO系スラグとなるように添加し、ステンレス溶鋼とスラグとを十分に撹拌してスラグをステンレス溶鋼に溶融させた。次に、所定量の窒化合金をステンレス溶鋼に添加して撹拌した後、窒化合金を添加してから5分後にステンレス溶鋼をサンプリングして各元素の含有量を調べた。その結果を表2に示す。
【0020】
(比較例2:サンプルNo.13〜18)
比較例2では、ステンレス溶鋼の組成、添加するCaOの量(すなわち、ステンレス溶鋼中に生成させるスラグの量)、及び窒化合金の種類を変えたこと以外は実施例2と同様にして実験を行った。その結果を表2に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
【表2】

【0023】
本発明例(サンプルNo.1〜12)では、窒化合金を添加してから5分後には既に目標とする窒素含有量にステンレス溶鋼のボイリングや突沸が生じることなく到達した。
これに対して、比較例(サンプルNo.13〜18)では、窒化合金を添加してから5分経過しても目標とする窒素含有量に到達しなかった。特に、窒化合金として窒化マンガンを用いたサンプルNo.16〜18では、窒化マンガンを添加した後にステンレス溶鋼のボイリングや突沸が生じると共に、目標とする窒素含有量に到達するまでに長時間を要した(No.16では60分、No.17では35分、No.18では90分)。また、また、サンプルNo.16〜18では、窒化マンガンを分けて添加した場合であっても、その都度ボイリングや突沸が生じ、ステンレス溶鋼が沈静化するまでに合計約30分〜80分の長時間を要した。
以上の結果からわかるように、本発明の高窒素含有ステンレス鋼の製造方法は、ステンレス溶鋼のボイリングや突沸を抑制してステンレス溶鋼中に窒素を迅速且つ効率的に取り込むことができ、非常に生産性が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス溶鋼の精錬過程において、精錬時の溶鋼温度で溶融するスラグをステンレス溶鋼1トンあたり5kg以上の割合でステンレス溶鋼中に存在させ、窒化フェロ珪素及び窒化珪素から選択される少なくとも1つの窒化合金をステンレス溶鋼に添加することを特徴とする高窒素含有ステンレス鋼の製造方法。
【請求項2】
スラグが、CaO−SiO系スラグであることを特徴とする請求項1に記載の高窒素含有ステンレス鋼の製造方法。
【請求項3】
ステンレス溶鋼が、0.005〜0.2質量%のC、4.0質量%以下のSi、0.2〜25.0質量%のMn、0.1〜18.0質量%のNi、12.0〜30.0質量%のCrを含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の高窒素含有ステンレス鋼の製造方法。

【公開番号】特開2010−144195(P2010−144195A)
【公開日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−319587(P2008−319587)
【出願日】平成20年12月16日(2008.12.16)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】