高耐熱部材、その製造方法、黒鉛ルツボおよび単結晶インゴットの製造方法
【課題】昇華法による単結晶インゴットの製造において使用される黒鉛ルツボ等の耐久性に優れた高耐熱部材を提供する。
【解決手段】等方性黒鉛からなる黒鉛基材と、この黒鉛基材の表面を被覆する炭化物(炭化タンタル等)からなる炭化物被膜とを有する高耐熱部材であって、炭化物被膜は、(111)面におけるX線回折スペクトルの回折ピークの半値全幅が0.2°以下となる大きさの結晶子が無配向に集積した無配向粒状組織からなることを特徴とする。この炭化物被膜の配向性は、X線回折スペクトルに基づいてLotgering法により算出される配向度(F)がいずれのミラー(Miller)面についても−0.2〜0.2であるか否かにより判定できる。無配向粒状組織からなる炭化物被膜は、クラックの発生や進展を生じ難く、高温環境下でも安定している。従って、この炭化物被膜で表面が被覆された高耐熱部材も、優れた耐久性を発揮する。
【解決手段】等方性黒鉛からなる黒鉛基材と、この黒鉛基材の表面を被覆する炭化物(炭化タンタル等)からなる炭化物被膜とを有する高耐熱部材であって、炭化物被膜は、(111)面におけるX線回折スペクトルの回折ピークの半値全幅が0.2°以下となる大きさの結晶子が無配向に集積した無配向粒状組織からなることを特徴とする。この炭化物被膜の配向性は、X線回折スペクトルに基づいてLotgering法により算出される配向度(F)がいずれのミラー(Miller)面についても−0.2〜0.2であるか否かにより判定できる。無配向粒状組織からなる炭化物被膜は、クラックの発生や進展を生じ難く、高温環境下でも安定している。従って、この炭化物被膜で表面が被覆された高耐熱部材も、優れた耐久性を発揮する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒鉛基材の表面を炭化物被膜で被覆した高耐熱部材とその製造方法に関する。また、その高耐熱部材からなる黒鉛ルツボとそれを用いた単結晶インゴットの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)等の単結晶ウエハを昇華(再結晶)法等によって製造する場合、対向配置した単結晶の種結晶と原料粉末(SiC粉末等)とを不活性雰囲気中で2000〜2400℃で加熱する必要がある。この際、高温に耐え得る部材が必要となり、(等方性)黒鉛基材からなる黒鉛ヒータや黒鉛ルツボ等の高耐熱部材が利用されている。
【0003】
黒鉛基材そのままからなる高耐熱部材を高温な還元性雰囲気中で使用すると、黒鉛基材が還元性ガスと反応して目減りして、高耐熱部材の耐久性は著しく低下し、製品(単結晶)に不純物が混入するおそれもある。
【0004】
このような状況を改善するため、高耐熱部材を構成する黒鉛基材の表面を超高融点の金属炭化物(炭化タンタル等)で被覆して、黒鉛基材を外界から遮蔽して保護することが下記の特許文献等で提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−236892号公報(特開2007−332024号公報)
【特許文献2】特開平10−245285号公報(特開2007−308369号公報)
【特許文献3】特開2004−84057号公報
【特許文献4】特開2010−248060号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1および特許文献2は、アークイオンプレーティング(AIP)式反応性蒸着法により、ターゲット(金属Ta)の微粒子と反応ガス(CH4)の粒子を反応させ、等方性黒鉛基材上に炭化タンタル被膜を形成することを提案している。
【0007】
AIPにより形成される炭化タンタル被膜は、微粒子が緻密に積層した結晶組織からなり、化学気相反応(CVR)法により形成される炭化タンタル被膜よりもクラックの進行や剥離の発生が抑制される旨の記載がそれら特許文献にある。しかし、本発明者の調査によれば、その炭化タンタル被膜は、(200)に配向した結晶組織を有しており、未だ十分な耐久性を有するものではなかった。
【0008】
特許文献3は、化学蒸着(CVD)法により、等方性黒鉛基材上にTaC層を形成することを提案している。このTaC層は異方性が少なく、クラックや損傷の発生が抑制される旨の記載が特許文献3にある。しかし、その実施例にもあるように、そのTaC層は、X線回折の最大ピークの半値幅が0.4°以上となっており、アモルファス状態に近い。このようなアモルファス状態のTaC層は不安定で、高温下で結晶化が進行して組織構造が変化し得る。このため、そのTaC層は、高温環境下で使用するに伴い、組織構造が変化して、クラックやポーラスを生じるようになる。従って、特許文献3のようなTaC層では、還元性ガス等から黒鉛基材を長期間にわたって保護することは困難である。
【0009】
特許文献4は、TaC粉末のスラリーを黒鉛基材上に塗布した後、乾燥および焼結させることにより、黒鉛基材上に炭化タンタル被膜を形成することを提案している。この炭化タンタル被膜は、上述した被膜等よりも耐久性に優れるものの、配向した結晶組織からなっていたため、耐久性等に関して未だ改善の余地があった。
【0010】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、高温環境下で使用されてもクラックや剥離等が生じ難い炭化物被膜で保護された黒鉛基材からなる耐久性に優れた高耐熱部材およびその製造方法を提供することを目的とする。また、その高耐熱部材からなる黒鉛ルツボとそれを用いた単結晶インゴットの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、各結晶粒が無配向に集積した結晶組織からなる炭化タンタル被膜を黒鉛基材の表面に形成することに成功し、この炭化タンタル被膜が高温環境下でも優れた耐久性を発揮することを確認した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0012】
《高耐熱部材》
(1)本発明の高耐熱部材は、等方性黒鉛からなる黒鉛基材と、該黒鉛基材の表面を被覆する炭化物からなる炭化物被膜と、を有する高耐熱部材であって、前記炭化物被膜は、(111)面におけるX線回折スペクトルの回折ピークの半値全幅が0.2°以下となる大きさの結晶子(をもつ結晶粒)が無配向に集積した無配向粒状組織からなることを特徴とする。
【0013】
(2)本発明の高耐熱部材は、炭化物被膜で表面が被覆された等方性黒鉛基材からなるが、その炭化物被膜は、所定サイズを有する多数の結晶粒(または結晶子)が無配向に集積した無配向粒状組織からなる。この炭化物被膜は、還元性ガスや反応性ガス等からなる高温雰囲気下で長時間使用した場合であっても、表面クラックや剥離等の損傷が生じず、安定したバリアー性を発揮して、黒鉛基材を保護する。その結果、本発明の高耐熱部材は、高温環境下でも優れた耐熱性、耐久性等を発現し得る。この本発明の高耐熱部材を用いれば、例えば、高品質な単結晶体等を安定して製造できると共に、その製造コストを削減し得る。
【0014】
(3)ところで本発明に係る炭化物被膜が、高温な還元ガス雰囲気等における耐久性(高温耐久性)に優れる理由は必ずしも定かではないが、現状では次のように考えられる。
【0015】
本発明に係る炭化物被膜は、先ず、上述した半値全幅が0.2°以下となる結晶組織を有し、結晶性が高く、サイズの大きな結晶子(ひいては結晶粒)からなる。このことから、本発明に係る炭化物被膜は、ある程度以上の大きさに発達した結晶粒で構成された粒状組織からなるといえる。この点で本発明に係る炭化物被膜は、非晶質状組織またはそれに近い微細結晶組織からなる炭化物被膜とは異なり、結晶化に伴う構造変化も少なく安定的である。
【0016】
ちなみに結晶子は、単結晶とみなせる最大の単位である。その大きさは上記の半値全幅により指標され、この半値全幅が小さいほど結晶性が高く、結晶子のサイズは大きいといえる。結晶子の大きさは結晶粒の大きさ(結晶粒径)と必ずしも一致しないが、両者は相関しており、通常、結晶子が大きいほど結晶粒も大きいといえる。
【0017】
次に、本発明に係る炭化物被膜は、その粒状組織が無配向状態となっている。すなわち、炭化物被膜を構成する各結晶子(または結晶粒)の結晶軸方向がランダムとなっている。このため本発明の炭化物被膜は、全体として観ると等方的な結晶組織からなり、物性や特性も等方的となる。具体的には、熱的または機械的な応力等が炭化物被膜全体にほぼ均等に作用するようになり、物理的、化学的または機械的な性質も等方的となる。例えば、熱的または機械的な衝撃力が炭化物被膜に作用した場合でも、その衝撃力が炭化物被膜全体で緩和され、クラック等の欠陥が発生し難い。仮に、微小なクラック等の欠陥が炭化物被膜に生じたとしても、その炭化物被膜は結晶軸方向がランダムな結晶粒が集積した粒状組織からなるため、その欠陥の発達は、その欠陥の周囲にある結晶粒によって阻止(ピン留め)される。つまり、本発明に係る炭化物被膜の場合、クラック等の欠陥が非常に伝播し難くなっているといえる。
【0018】
このように本発明に係る炭化物被膜は、クラック等の欠陥をそもそも生じ難く、微小な欠陥が生じたとしてもそれが発達することもないため、耐クラック性、耐剥離性さらには耐バリア性等に優れた特性を発揮する。そして、この炭化物被膜で被覆された黒鉛基材からなる本発明の高耐熱部材も、優れた耐熱性や耐久性等を発揮するようになったと考えられる。
【0019】
《高耐熱部材の製造方法》
(1)本発明は高耐熱部材としてのみならず、その製造方法としても把握できる。すなわち本発明は、炭化物粒子を含むスラリーを等方性黒鉛からなる黒鉛基材の表面に塗布する塗布工程と、該塗布工程後の黒鉛基材を加熱して該炭化物粒子が焼結してなる炭化物被膜を形成する成膜工程とを備え、上述した高耐熱部材が得られることを特徴とする高耐熱部材の製造方法としても把握できる。
【0020】
(2)本発明の製造方法によれば、無配向粒状組織を有する炭化物被膜を黒鉛基材上に容易に形成し得る。そして本発明の製造方法は、基本的に、スラリーを塗布(さらには乾燥)した後に焼結させるだけであるから、様々な形状の黒鉛基材にも容易に対応でき、施工自由度が高い。従って本発明の製造方法によれば、上述した高耐熱部材を低コストで提供可能となる。
【0021】
《黒鉛ルツボおよび単結晶インゴットの製造方法》
さらに本発明は、上述した高耐熱部材からなることを特徴とする黒鉛ルツボとしても把握できる。
【0022】
また本発明は、その黒鉛ルツボを用いた単結晶インゴットの製造方法としても把握できる。すなわち、本発明は、上述した黒鉛ルツボ内に種結晶と原料を対向配置する配置工程と、該原料を不活性雰囲気中で加熱して昇華させる加熱工程とを備え、該種結晶を単結晶成長させてなる単結晶インゴットが得られることを特徴とする単結晶インゴットの製造方法でもよい。
【0023】
《その他》
(1)本明細書中でいう炭化物被膜や黒鉛基材は、それぞれの特性改善に有効な改質元素、またはコスト的または技術的な理由等により除去することが困難な不可避不純物(元素)を含み得る。
【0024】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。また本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような数値範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1A】試料No.1に係るX線回折像である。
【図1B】試料No.2に係るX線回折像である。
【図1C】試料No.C1に係るX線回折像である。
【図1D】試料No.C2に係るX線回折像である。
【図2A】X線回折装置の概要を示す説明図である。
【図2B】そのX線回折装置で測定する際のセッティングを示す説明図である。
【図2C】そのX線回折装置で測定する試料を上方から観たときの回転状況とX線の照射領域を示す説明図である。
【図2D】基準試料用のX線回折装置の概要を示す説明図である。
【図2E】そのX線回折装置で測定する際のセッティングを示す説明図である。
【図3A】試料No.1に係るSEM像である。
【図3B】試料No.C1に係るSEM像である。
【図4A】本発明に係る炭化物被膜の無配向粒状組織を模式的に示した説明図である。
【図4B】従来の炭化物被膜の組織を模式的に示した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本明細書で説明する内容は、本発明の高耐熱部材のみならず、その製造方法にも該当し得る。製造方法に関する構成要素は、プロダクトバイプロセスとして理解すれば物に関する構成要素ともなり得る。上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0027】
《炭化物被膜》
(1)半値全幅
半値全幅により、本発明に係る炭化物被膜を構成する結晶子の大きさが指標される。この半値全幅は、結晶性の低下(アモルファスに近づく)、結晶子の微細化、組成のばらつき等により大きくなるが、本発明の炭化物被膜のように組成が安定的で、結晶性が良好であり、結晶子がある程度大きい場合、半値全幅はある範囲内に収まる。従って本発明に係る炭化物被膜を特定する一指標として半値全幅は最適である。
【0028】
X線回折における半値全幅(FWHM)は、X線回折スペクトルの(hkl)面による回折ピークを擬フォークト関数によりフィットした時に、ピークの最大値(fmax)の半分の値(fmax/2)における2θの角度差である。本明細書では、後述する実施例を含めて、この方法で半値全幅を特定する。
【0029】
この半値全幅は、0.2°以下、0.15°以下さらには0.13°以下であると好ましい。半値全幅が過大では、結晶粒が過小でクラック等の伝播を十分に阻止できないか、低結晶性の非晶質組織が高温環境下で結晶化して構造変化を伴うため、好ましくない。半値全幅の下限値は特に限定されないが、0.01°さらには0.03°であると好ましい。半値全幅が過小になると、結晶粒が過大になり、無配向に積層した粒状組織が形成され難くなる。
【0030】
(2)配向度(F)
炭化物被膜を構成する結晶組織の配向性は、例えば、X線回折スペクトルに基づいて Lotgering 法により算出される配向度(F)により判定される。結晶組織は、F値が0(ゼロ)に近いほど無配向となり、F値が0から遠ざかるほど配向性が高くなる。例えば、単結晶組織の場合、F値は1となり、完全に無配向な多結晶組織の場合、F値は0となる。本発明に係る炭化物被膜は、その結晶組織の配向度(F)が、(222)面を含めた(111)面について、さらにいうと、いずれのミラー(Miller) 面についても−0.2〜0.2、−0.15〜0.15さらには−0.1〜0.1である好ましい。逆に、配向度(F)がこのような範囲内にあるとき、本発明に係る炭化物被膜は「無配向」な結晶組織からなると、客観的にいえる。
【0031】
ところで、この配向度(F)は、X線回折スペクトルについて求めたピーク強度の面積比の3点平均値から、Lotgering法により算出される。ここでピーク強度の3点平均値ではなく、ピークの面積比の3点平均値を用いたのは、算出された配向度(F)の客観性を高めるためである。
【0032】
配向度(F)の具体的な算出方法は次の通りである。
F =(P−P0)/(1−P0)
ここで、ミラー面(h’k’l’)における各値は次のようにして求まる。
P =I(h’k’l’)/ΣI(hkl)
P0 =I0(h’k’l’)/ΣI0(hkl)
I(h’k’l’):対象試料(炭化物被膜)のX線回折スペクトルから求めた特定のミラー面(h’k’l’)に関するピーク面積比(またはその総和)
ΣI(hkl):対象試料のX線回折スペクトルに現れた全てのミラー面に関するピーク面積比の総和
I0(h’k’l’):基準試料(例えば、無配向炭化物)のX線回折スペクトルから求めた特定のミラー面(h’k’l’)に関するピーク面積比(またはその総和)
ΣI0(hkl):基準試料のX線回折スペクトルに現れた全てのミラー面に関するピーク面積比の総和
【0033】
なお、「面積比」は、最強ピークの面積に対する各ピークの面積の比である。これは、例えば、最強ピークの面積を100%としたときの各ピークの面積(%)として表される。「3点平均値」は、同一試料内の異なる3点から得られたXRDスペクトルの(hkl)面のピーク面積の和を、3で割った値という意味である。
【0034】
例えば、図1Aに示すような炭化タンタル被膜のX線回折スペクトル(2θ=30°〜80°)が得られた場合において、(200)面における配向度F(200)は次のようにして求まる。
F(200) =(P(200)−P0(200))/(1−P0(200))
P(200) =I(200)/ΣI(hkl)
P0(200)=I0(200)/ΣI0(hkl)
ΣI(hkl) =I(111)+I(200)+I(220)+I(311)+I(222)
ΣI0(hkl)=I0(111)+I0(200)+I0(220)+I0(311)+I0(222)
【0035】
同様にして、(220)面における配向度F(220)および(311)面における配向度F(311)等も求まる。
【0036】
また(111)面の配向度を求める場合、上記のX線回折スペクトル上には(222)面のピークも現れている。このため、PまたはP0を求める際のI(111)またはI0(111)には、(111)面のピーク面積比と(222)面のピーク面積比の和を用いる。すなわち、I’(111)=I(111)+I(222)、I0’(111)=I0(111)+I0(222)を用いる。従って、(111)面における配向度F(111)は次のようにして求まる。
F(111) =(P(111)−P0(111))/(1−P0(111))
P(111) =I’(111) /ΣI(hkl)
P0(111) =I0’(111)/ΣI0(hkl)
I’(111) =I(111)+I(222)
I0’(111)=I0(111)+I0(222)
【0037】
I0(h’k’l’)やΣI0(hkl)は、例えば、炭化物被膜の原料粉末(特に無配向な結晶粒からなる粉末)を基準試料として測定したX線回折スペクトルから求めることができる。なお、 Lotgering 法による配向度(F)の算出については、例えば、「セラミック誘電体工学」(岡崎清著、学献社、p587)にも詳述されている。
【0038】
(3)炭化物被膜の膜厚
炭化物被膜の膜厚は問わないが、40〜300μmさらには80〜200μmであると好ましい。膜厚が過小では炭化物被膜のガスバリア性等が必ずしも十分ではない。膜厚が過大では、炭化物被膜と黒鉛基材との線膨張係数差により、両者間に大きな熱応力が作用して、炭化物被膜にクラックや剥離等が生じ易くなる。なお、本願明細書でいう炭化物被膜の膜厚は走査型電子顕微鏡(SEM)による破断面観察により特定される。
【0039】
(4)炭化物
本発明に係る被膜を構成する炭化物は、その種類を問わないが、融点が最も高い炭化タンタル(TaCまたはTa2C)が代表的である。その他、炭化ニオブ(NbCまたはNb2C)、炭化タングステン(WCまたはW2C)または炭化ハフニウム(HfC、Hf2C)等の高融点金属炭化物が本発明に係る炭化物として好ましい。本発明に係る炭化物被膜は、それらの一種以上であればよく、必ずしも単種である必要はない。
【0040】
《黒鉛基材》
本発明に係る黒鉛基材は、等方性黒鉛からなる。等方性黒鉛は、冷間静水圧成形(Cold Isostatic Pressing法/CIP法)により作成された黒鉛材料の一般名称である。この等方性黒鉛基材は本発明に係る等方的な炭化物被膜と整合的であり、両者が相乗的に作用することにより、本発明の高耐熱部材は優れた耐久性を発揮する。
【0041】
黒鉛基材の線膨張係数は、通常3.5〜8.5x10−6/K(室温〜500℃で測定)程度であるが、炭化物被膜の線膨張係数に近いほど、炭化物被膜との間に作用する熱応力が低減され得る。
【0042】
《高耐熱部材の製造方法》
(1)塗布工程
塗布工程は、黒鉛基材の表面に炭化物粒子を含むスラリーを塗布する工程である。スラリーの塗布方法には、刷毛塗り、噴霧塗布、浸漬塗布などがある。また、回転する耐高温基材の表面上へスラリーを流入させて遠心力でスラリーを基材表面に薄くかつ均一に引き延ばすスピンコート法を用いてもよい。
【0043】
塗布膜全体を100質量%としたときに、炭化物粒子の充填率は60%以上さらには65%以上であると好ましい。この充填率が過小では、焼結時の収縮により作用する応力により、異方性が発生したり割れ易くなる。充填率は高いほど好ましいが、充填率を74%以上に高めるには微粒子が必要となる。
【0044】
塗布膜中の炭化物粒子は、粒径が0.1〜0.5μmさらには0.2〜0.4μmであると好ましい。この粒径が過小ではTaC粒子等の炭化物粒子がスラリー中で凝集することにより、塗布時に充填率が低下し、炭化物被膜が割れ易くなる。また粒径が過大では配向度の高い炭化物被膜が形成され易くなって好ましくない。この粒径は光学顕微鏡観察により特定される。
【0045】
炭化物粒子の粒径調整は、当初から所望粒径を有する原料粉末を用いる他、スラリーの調製中に行う撹拌等によりなされてもよい。例えば、ボールミルや超音波ホモジナイザーを用いて、粒子同士の衝突によって微粒化することにより行える。
【0046】
このような塗布膜中における炭化物粒子の充填率や粒径は、焼結後の炭化物被膜の結晶組織に影響を与える。この理由は、塗布膜中の充填率が低くなるほど、粒子間に空隙が多く形成される。これを焼結すると、収縮や組織の歪み等が大きくなり、それに伴う応力により炭化物被膜に割れ等の欠陥が生じる。その結果、ガスバリア性が低下する。また塗布膜中の充填率が低下すると、炭化物粒子の向きが焼結時に変化して、異方性(配向)の発生を招く。従って塗布膜中の充填率は上述したように高ければ高いほど好ましい。
【0047】
スラリーは、上述した炭化物粒子(炭化物粉末/原料粉末)を分散媒に分散させたものである。このスラリーは、焼結助剤、有機バインダー、溶媒などを適宜含み、塗布に適した粘度に調整される。
【0048】
炭化物粒子は、スラリー全体を100質量%としたとき、55〜80質量%さらには60〜75質量%であると、均一な塗布膜を効率的に形成できる。
【0049】
焼結助剤(助剤粉末)は、炭化物の焼結温度以下の融点をもつ遷移金属またはその炭化物からなる。これらが焼結中に溶融することにより、炭化物被膜の緻密化、安定化または均質化等が図られる。
【0050】
焼結助剤に用いる遷移金属は、沸点(B.P.)が2600〜3300℃で、焼結が始まる温度帯(1400〜1700℃)において溶融し、焼結中(最高焼結温度)に昇華して不純物として残らないものが好ましい。例えば、チタン(Ti)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)などである。またTiC、Cr25C6、Fe3C、Co2C、Ni2Cなどの遷移金属の炭化物を用いてもよい。このような焼結助剤は、例えば、スラリー全体を100質量%としたとき0.3〜5質量%とするとよい。
【0051】
有機バインダーは、スラリーの粘度を調整し、スラリーの塗布性や粘着性等を改善する。このような有機バインダーとして、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリビニルブチラール(PVB)、メチルセルロース、エチルセルロース、アセチルセルロース、フェノール樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂等が適宜用いられる。このような有機バインダーは、例えば、スラリー全体を100質量%としたとき0.1〜3質量%とするとよい。
【0052】
溶媒には、ジメチルアセトアミド、メチルエチルケトンおよび1,3−ジオキソラン、ベンジルアルコール、エタノール、α−ターピネオール、トルエンなどの有機溶媒がある。溶媒はスラリーの残部となるが、敢えていうとスラリー全体を100質量%としたとき20〜40質量%であるとよい。
【0053】
(2)成膜工程
成膜工程は、黒鉛基材上の塗布膜を加熱して炭化物粒子が焼結した炭化物被膜を黒鉛基材の表面に形成する工程である。焼結温度は2000〜2800℃さらには2300〜2700℃が好ましい。焼結温度が過小では炭化物被膜の緻密化を図れず、焼結温度が過大では結晶組織が粗大化してしまう。
【0054】
焼結時間は、焼結温度等にも依るが0.5〜3時間程度である。焼結雰囲気は、1〜95kPaの真空雰囲気または不活性ガス雰囲気が好ましい。
【0055】
《用途》
本発明にかかる高耐熱部材は、高温用ルツボ(特に黒鉛ルツボ)、高温用ヒータ、高温用フィラメント、化学気相成長(CVD)用サセプタなどの用途がある。より具体的には、耐腐食性雰囲気抵抗加熱ヒータ、昇華法SiC単結晶成長のためのルツボ部材、昇華法AlN単結晶成長のためのルツボ部材、SiCのCVDエピタキシャル成長のためのサセプタ部材、III族窒化物のMOCVDエピタキシャル成長のためのサセプタ部材、電子ビーム蒸着用のハースライナー等に本発明の高耐熱部材を用いると有効である。
【実施例】
【0056】
《試料の製造》
〈試料No.1〉
(1)スラリー調製
TaC粒子(炭化物粒子)を分散させたスラリーを次のようにして調製した。各原料の配合割合は、スラリー全体を100質量%(単に「%」と表記する。)として示した。
【0057】
炭化物粉末であるTaC粉末(純度99.9%/粒子径1〜2μm):69%、助剤粉末であるCo粉末(平均粒径:5μm):0.7%、有機バインダーであるポリメタクリル酸メチル(PMMA:Polymethyl methacrylate):0.7%、有機溶媒であるジメチルアセトアミド:5.6%、メチルエチルケトン:12%および1,3−ジオキソラン:12%をそれぞれ秤量して配合した。これら原料をミキサーで混合した後、超音波ホモジナイザーにより分散および粉砕した。こうして炭化タンタル(TaC)粒子を主成分とするスラリーを得た。なお、TaC粒子の粒径(TaC粉末の平均粒径)はSEMにより求めた。
【0058】
(2)塗布工程
得られたスラリーを、噴霧塗布により、黒鉛基材(熱膨張係数:4.5x10−6/Kの等方性黒鉛)上に塗布した。この塗布膜は、TaC粒子の充填率が65〜70%で、そのTaC粒子の粒径が0.2〜0.4μmであった。ちなみに、この充填率は、膜厚および被膜の質量を測定することにより、次式により求められる。被膜を構成する物質の密度ρ、塗布面積S、被膜の質量Wから理想膜厚(充填率100%としたときの膜厚)D=(W/ρ)/S を算出する。そしてSEMによる破断面観察により実際の膜厚Dmを測定する。これらにより充填率f=(D/Dm)×100(%)が求まる。また塗膜中におけるTaC粒子の粒径は、光学顕微鏡観察により特定される。なお、上記の充填率や粒径が幅を有しているのは、測定精度に依る。例えば、充填率の場合、測定誤差が±2%程度あるため、算出された値が67%でも、上述のように65〜69%と表記した。例えば、粒径の測定誤差が±0.1μm程度あるため、算出された値が0.3μmでも、上述のように0.2〜0.4μmと表記した。
【0059】
(3)成膜工程
黒鉛基材上の塗布膜を200℃程度で加熱して乾燥させた(乾燥工程)。溶媒が散逸した塗布膜を、さらに加熱(焼結)して成膜した(成膜工程)。この焼結は、高周波加熱炉内を用いて、アルゴン雰囲気(5kPa)中で、焼結温度:2500℃、焼結時間(最高焼結温度での保持時間):1時間として行った。こうして、膜厚100μmのほぼ均一な被膜(炭化タンタル被膜)が黒鉛基材の表面に形成された。これを試料(高耐熱部材)とした。なお、上記の膜厚はマイクロメータにより測定した(以下、同様である)。
【0060】
〈試料No.2〉
本試料も試料No.1と同様に製造したが、次の点で試料No.1と異なる。すなわち、有機バインダーにはポリビニルブチラール(PVB:Polyvinyl butyral):0.7%を用いた。また有機溶媒には、ベンジルアルコール:5.6%、エタノール:12%およびトルエン12%を用いた。それ以外の工程および条件は、試料No.1を製造した場合と同様である。こうして黒鉛基材上に、膜厚100μmのほぼ均一な炭化タンタル被膜(炭化物被膜)が形成された試料(高耐熱部材)が得られた。
【0061】
〈試料No.C1〉
上述した黒鉛基材上に、コンバージョン(CVR)法を用いて膜厚30μmの炭化タンタル被膜を形成した試料も製造した。この際の成膜方法の概要は次の通りである。70mm×70mm×厚さ5mmの等方性黒鉛材料からなる基材を真空加熱炉内に設置し、TaCl5、CH4、H2の混合ガスを炉内に供給し、混合ガスの熱分解反応により生成したTaCによってTaC被膜を作製した。反応条件は、圧力:500Pa、温度:1150℃、TaCl5:100cc/min、CH4:200cc/min、H2:400cc/min、反応時間:2時間とした。
【0062】
〈試料No.C2〉
本試料は試料No.1と同様に製造したが、次の点で試料No.1と異なる。先ず、有機バインダーにはポリビニルブチラール(PVB:Polyvinyl butyral):0.7%を用いた。また有機溶媒にはα-ターピネオール:5.6%およびエタノール:24%を用いた。
【0063】
次に、この塗布膜を試料No.1等と同様に観察・測定したところ、TaC粒子の充填率は55〜60%であり、TaC粒子の粒径は原料粉末とほぼ同様な1〜2μmであった。充填率およびTaC粒子の粒径の特定方法は試料No.1の場合と同様である。
【0064】
さらに、その塗布膜の焼結(成膜)は、アルゴン雰囲気(80kPa)中で行った。こうして、膜厚100μmの炭化タンタル被膜(炭化物被膜)が黒鉛基材の表面に形成された試料を得た。
【0065】
《試料の測定・観察・試験》
(1)X線回折(XRD)
各試料の炭化物被膜に関するX線を照射して得られたX線回折像を図1A〜1Dに示す。これらの結果に基づいて、各試料について算出したLotgering法による配向度(F)および半値全幅を表1および表2にそれぞれ示した。配向度(F)の算出は既述した方法で行った。
【0066】
なお、各試料のX線回折像は、X線回折装置(ブルカーAXS株式会社製 D8-Advance)を用いて集中法により得た。X線源にはCuKαを用いた。この測定時に行ったスリットのセッティングの概要は図2A〜図2Cに示した通りである。付言すると、試料に照射するX線の面積が常時20mm×20mmとなるように発散スリットおよび受光スリットを調整した。従って、発散スリットおよび受光スリットの幅は可変としたが、散乱スリットの幅は8mmとした。このように試料に照射するX線の領域を拡大することにより、試料(炭化物被膜)中に粗大な結晶粒が含まれる場合でも、得られたXRDを正確に評価することが可能となった。測定は、ステップ幅:0.05°、スキャンスピード4°/min、2θ:30〜80°、試料の回転速度:15rpmとして、連続スキャンにより行った。このように試料を回転させつつ測定を行うことで(図2C参照)、より偏りの少ないXRDを得ることができた。
【0067】
また、基準試料(TaC粉末)のX線回折像は、一般的な試料水平型強力X線回折装置(RINT-TTR II/株式会社リガク製)を用いて集中法により得た。TaC粉末は粒径が2μm以下であるため、上記方法でも十分な精度が得られる。この測定時に行ったスリットのセッティングの概要は図2Dおよび図2Eに示した通りである。さらにいうと、発散スリット:1/2°、発散縦スリット:10mm、散乱スリット:1/2°、受光スリット:0.15mmとした。試料に当てるX線量は発散縦スリットの幅により調整した。測定は、ステップ幅:0.05°、スキャンスピード4°/min、2θ:30〜80°として、連続スキャンにより行った。なお、X線源にはCuKαを用いた。
【0068】
(2)SEM観察
試料No.1および試料No.C1の表面(加熱試験前)をSEMにより観察した様子を図3Aおよび図3Bにそれぞれ示した。
【0069】
(3)加熱試験
各試料を、アンモニア雰囲気(窒素90%、アンモニア10%、100kPa)にて、1500℃(ヒータ温度)で10時間加熱した。試験後の各試料を観察して、被膜のクラックの有無、被膜の剥離の有無、基材への侵食の有無を確認した。
【0070】
《評価》
(1)表1からわかるように、試料No.1および試料No.2に係る炭化タンタル被膜の配向度(F)は、いずれのミラー面について−0.2〜0.2内であった。一方、試料No.C1および試料No.C2では、配向度(F)が−0.2〜0.2の範囲外となるミラー面(111)が存在した。ちなみに、このミラー面(111)における配向度は(111)+(222)の値である。
【0071】
また表2からわかるように、試料No.1、試料No.2および試料No.C2に係る炭化タンタル被膜の半値全幅は、(111)面を含むいずれのミラー面についても0.2°未満であった。一方、試料No.C1の半値全幅は、(111)面を含むいずれのミラー面についても0.2°を超えていた。
【0072】
(2)図3Aおよび図3Bからわかるように、試料No.1の被膜にはクラック等は観られなかったが、試料No.C1の被膜にはクラックが発生していた。
【0073】
(3)上記の加熱試験後も、試料No.1および試料No.2の被膜には、(表面)クラック、被膜の剥離または基材への浸食(黒鉛基材の損傷等)等、いずれも観られなかった。一方、試料No.C1の被膜の場合、剥離こそなかったものの、クラックおよび基材への浸食が観られた。また試料No.C2の被膜の場合、クラックは観られたが、剥離や基材への浸食は無かった。
【0074】
このような相違は、各試料の被膜を構成する結晶組織が次のように相違したためと考えられる。すなわち、試料No.1および試料No.2に係る炭化タンタル被膜は、上述した配向度(F)や半値全幅からわかるように、適度な大きさのTaC結晶粒がランダムに集積または積層した無配向粒状組織(図4A参照)からなっている。
【0075】
これに対して試料No.C1の被膜は、一方向[111]へ配向した結晶組織であり、その結晶組織は細かく、結晶度がよくない。すなわち、試料No.C1の被膜は、黒鉛基材の表面から柱状に発達した配向組織または柱状組織(図4B参照)であるといえる。
【0076】
試料No.C2の被膜は、その半値全幅から、試料No.C1のような発達した柱状組織ではなく粒状組織と考えられるが、配向度(F)が比較的大きく、配向組織になっているといえる。この点で、試料No.1または試料No.2と試料No.C2とは大きく異なる。
【0077】
そして試料No.C1や試料No.C2のような配向組織は、特性が異方的であり、特定方向にクラック等が生じ易い。例えば、試料No.C1の被膜に熱応力が作用した場合、ヘキ界面等に沿ってクラックが発生し易く、一旦入ったクラックは結晶粒界を伝播して被膜を貫通して黒鉛基材まで到達し易いと考えられる。
【0078】
これに対して試料No.1や試料No.2のような無配向粒状組織は、特性が等方的であるため、熱応力が作用しても、粒界やヘキ界面等に揃ってクラックが発生し難く、仮にクラックが発生しても発達し難い。こうして、試料No.1や試料No.2に係る被膜を有する高耐熱部材は、優れた耐熱性や耐久性を発揮すると考えられる。
【0079】
なお、試料No.C2の場合、配向組織からなるためクラックは発生するが、粒状組織であるためクラックは発達せず、被膜の剥離や基材の侵食までには至らなかったと考えられる。
【0080】
《黒鉛ルツボ》
(1)製作
試料No.1〜C2に係る炭化物被膜で内表面を被覆した外径:φ100mm、壁面厚み:10mm、底面厚み:10mm、高さ:120mmの有底円筒状の黒鉛ルツボをそれぞれ製作した。なお、基材となる黒鉛ルツボには市販品を用いた。
【0081】
(2)耐久性
各黒鉛ルツボ内にAlN粉末を充填し、窒素雰囲気(N2/80kPa)下で2300℃×24時間の加熱を行って、昇華法によるAlN単結晶の成長実験を行った。
【0082】
試料No.1および試料No.2に係る被膜を形成した黒鉛ルツボには、上記の成長実験後も、表面クラック、被膜の剥離または基材への浸食等が発生していなかった。
【0083】
一方、試料No.C1に係る黒鉛ルツボには、表面クラック、被膜の剥離および基材への浸食が発生していた。特に、黒鉛基材への侵食が激しく、被膜の剥離はこの侵食により発生したと考えられる。また試料No.C2に係る黒鉛ルツボの場合、被膜の剥離はなかったが、表面クラックおよび基材への浸食が観られた。
【0084】
試料No.1または試料No.2に係る黒鉛ルツボとそれ以外の黒鉛ルツボとで耐久性に相違が生じたのは、上述したように、炭化タンタル被膜の結晶構造が相違しているためと考えられる。
【0085】
《単結晶インゴット》
このように本発明に係る黒鉛ルツボは、高温環境下で使用されても表面にクラックや被膜剥離等を生じることがなく、高温耐久性に優れる。この黒鉛ルツボを用いれば、例えば、SiC、AlN等の単結晶インゴットを高品質かつ低コストで製造可能となる。一例として、その黒鉛ルツボを用いたSiCの単結晶インゴットの製造方法を以下に説明する。
【0086】
先ず、前述した試料No.1または試料No.2に係る被膜を形成した黒鉛ルツボ内に、SiC単結晶(種結晶)とSiC結晶粉末(原料)を対向して収納する(配置工程)。次に、これらを不活性雰囲気(例えば100Pa〜15kPa程度のアルゴンガス雰囲気)中で高温(例えば2000〜2400℃)で加熱する(加熱工程)。
【0087】
これにより、原料から昇華したSiCガスが濃度勾配により種結晶方向へ拡散、輸送され、種結晶上で再結晶化する。その結果、種結晶が成長して、SiCの単結晶インゴットが得られる。
【0088】
なお、上述した不活性雰囲気は、アルゴンガスに限らず、窒素ガス、水素ガスまたはそれらの混合ガスなどを用いても形成してもよい。またAlNの単結晶インゴットもSiCの単結晶インゴットと同様にして製造されるが、その際の不活性雰囲気は窒素ガス雰囲気(例えば10Pa〜95KPa)が好ましい。
【0089】
さらに、雰囲気ガス中に不純物ガスを混合したり、原料中に不純物元素またはSiC以外の化合物を混在させることにより、得られる単結晶の抵抗率を制御してもよい。
【0090】
いずれにしても、高温耐久性に優れる本発明に係る黒鉛ルツボを用いて、上述した製造方法により単結晶インゴットを製造すれば、その黒鉛ルツボを繰り返し使用することができるため、単結晶インゴットの製造コストの低減を図れる。
【0091】
【表1】
【0092】
【表2】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒鉛基材の表面を炭化物被膜で被覆した高耐熱部材とその製造方法に関する。また、その高耐熱部材からなる黒鉛ルツボとそれを用いた単結晶インゴットの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)等の単結晶ウエハを昇華(再結晶)法等によって製造する場合、対向配置した単結晶の種結晶と原料粉末(SiC粉末等)とを不活性雰囲気中で2000〜2400℃で加熱する必要がある。この際、高温に耐え得る部材が必要となり、(等方性)黒鉛基材からなる黒鉛ヒータや黒鉛ルツボ等の高耐熱部材が利用されている。
【0003】
黒鉛基材そのままからなる高耐熱部材を高温な還元性雰囲気中で使用すると、黒鉛基材が還元性ガスと反応して目減りして、高耐熱部材の耐久性は著しく低下し、製品(単結晶)に不純物が混入するおそれもある。
【0004】
このような状況を改善するため、高耐熱部材を構成する黒鉛基材の表面を超高融点の金属炭化物(炭化タンタル等)で被覆して、黒鉛基材を外界から遮蔽して保護することが下記の特許文献等で提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−236892号公報(特開2007−332024号公報)
【特許文献2】特開平10−245285号公報(特開2007−308369号公報)
【特許文献3】特開2004−84057号公報
【特許文献4】特開2010−248060号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1および特許文献2は、アークイオンプレーティング(AIP)式反応性蒸着法により、ターゲット(金属Ta)の微粒子と反応ガス(CH4)の粒子を反応させ、等方性黒鉛基材上に炭化タンタル被膜を形成することを提案している。
【0007】
AIPにより形成される炭化タンタル被膜は、微粒子が緻密に積層した結晶組織からなり、化学気相反応(CVR)法により形成される炭化タンタル被膜よりもクラックの進行や剥離の発生が抑制される旨の記載がそれら特許文献にある。しかし、本発明者の調査によれば、その炭化タンタル被膜は、(200)に配向した結晶組織を有しており、未だ十分な耐久性を有するものではなかった。
【0008】
特許文献3は、化学蒸着(CVD)法により、等方性黒鉛基材上にTaC層を形成することを提案している。このTaC層は異方性が少なく、クラックや損傷の発生が抑制される旨の記載が特許文献3にある。しかし、その実施例にもあるように、そのTaC層は、X線回折の最大ピークの半値幅が0.4°以上となっており、アモルファス状態に近い。このようなアモルファス状態のTaC層は不安定で、高温下で結晶化が進行して組織構造が変化し得る。このため、そのTaC層は、高温環境下で使用するに伴い、組織構造が変化して、クラックやポーラスを生じるようになる。従って、特許文献3のようなTaC層では、還元性ガス等から黒鉛基材を長期間にわたって保護することは困難である。
【0009】
特許文献4は、TaC粉末のスラリーを黒鉛基材上に塗布した後、乾燥および焼結させることにより、黒鉛基材上に炭化タンタル被膜を形成することを提案している。この炭化タンタル被膜は、上述した被膜等よりも耐久性に優れるものの、配向した結晶組織からなっていたため、耐久性等に関して未だ改善の余地があった。
【0010】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、高温環境下で使用されてもクラックや剥離等が生じ難い炭化物被膜で保護された黒鉛基材からなる耐久性に優れた高耐熱部材およびその製造方法を提供することを目的とする。また、その高耐熱部材からなる黒鉛ルツボとそれを用いた単結晶インゴットの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、各結晶粒が無配向に集積した結晶組織からなる炭化タンタル被膜を黒鉛基材の表面に形成することに成功し、この炭化タンタル被膜が高温環境下でも優れた耐久性を発揮することを確認した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0012】
《高耐熱部材》
(1)本発明の高耐熱部材は、等方性黒鉛からなる黒鉛基材と、該黒鉛基材の表面を被覆する炭化物からなる炭化物被膜と、を有する高耐熱部材であって、前記炭化物被膜は、(111)面におけるX線回折スペクトルの回折ピークの半値全幅が0.2°以下となる大きさの結晶子(をもつ結晶粒)が無配向に集積した無配向粒状組織からなることを特徴とする。
【0013】
(2)本発明の高耐熱部材は、炭化物被膜で表面が被覆された等方性黒鉛基材からなるが、その炭化物被膜は、所定サイズを有する多数の結晶粒(または結晶子)が無配向に集積した無配向粒状組織からなる。この炭化物被膜は、還元性ガスや反応性ガス等からなる高温雰囲気下で長時間使用した場合であっても、表面クラックや剥離等の損傷が生じず、安定したバリアー性を発揮して、黒鉛基材を保護する。その結果、本発明の高耐熱部材は、高温環境下でも優れた耐熱性、耐久性等を発現し得る。この本発明の高耐熱部材を用いれば、例えば、高品質な単結晶体等を安定して製造できると共に、その製造コストを削減し得る。
【0014】
(3)ところで本発明に係る炭化物被膜が、高温な還元ガス雰囲気等における耐久性(高温耐久性)に優れる理由は必ずしも定かではないが、現状では次のように考えられる。
【0015】
本発明に係る炭化物被膜は、先ず、上述した半値全幅が0.2°以下となる結晶組織を有し、結晶性が高く、サイズの大きな結晶子(ひいては結晶粒)からなる。このことから、本発明に係る炭化物被膜は、ある程度以上の大きさに発達した結晶粒で構成された粒状組織からなるといえる。この点で本発明に係る炭化物被膜は、非晶質状組織またはそれに近い微細結晶組織からなる炭化物被膜とは異なり、結晶化に伴う構造変化も少なく安定的である。
【0016】
ちなみに結晶子は、単結晶とみなせる最大の単位である。その大きさは上記の半値全幅により指標され、この半値全幅が小さいほど結晶性が高く、結晶子のサイズは大きいといえる。結晶子の大きさは結晶粒の大きさ(結晶粒径)と必ずしも一致しないが、両者は相関しており、通常、結晶子が大きいほど結晶粒も大きいといえる。
【0017】
次に、本発明に係る炭化物被膜は、その粒状組織が無配向状態となっている。すなわち、炭化物被膜を構成する各結晶子(または結晶粒)の結晶軸方向がランダムとなっている。このため本発明の炭化物被膜は、全体として観ると等方的な結晶組織からなり、物性や特性も等方的となる。具体的には、熱的または機械的な応力等が炭化物被膜全体にほぼ均等に作用するようになり、物理的、化学的または機械的な性質も等方的となる。例えば、熱的または機械的な衝撃力が炭化物被膜に作用した場合でも、その衝撃力が炭化物被膜全体で緩和され、クラック等の欠陥が発生し難い。仮に、微小なクラック等の欠陥が炭化物被膜に生じたとしても、その炭化物被膜は結晶軸方向がランダムな結晶粒が集積した粒状組織からなるため、その欠陥の発達は、その欠陥の周囲にある結晶粒によって阻止(ピン留め)される。つまり、本発明に係る炭化物被膜の場合、クラック等の欠陥が非常に伝播し難くなっているといえる。
【0018】
このように本発明に係る炭化物被膜は、クラック等の欠陥をそもそも生じ難く、微小な欠陥が生じたとしてもそれが発達することもないため、耐クラック性、耐剥離性さらには耐バリア性等に優れた特性を発揮する。そして、この炭化物被膜で被覆された黒鉛基材からなる本発明の高耐熱部材も、優れた耐熱性や耐久性等を発揮するようになったと考えられる。
【0019】
《高耐熱部材の製造方法》
(1)本発明は高耐熱部材としてのみならず、その製造方法としても把握できる。すなわち本発明は、炭化物粒子を含むスラリーを等方性黒鉛からなる黒鉛基材の表面に塗布する塗布工程と、該塗布工程後の黒鉛基材を加熱して該炭化物粒子が焼結してなる炭化物被膜を形成する成膜工程とを備え、上述した高耐熱部材が得られることを特徴とする高耐熱部材の製造方法としても把握できる。
【0020】
(2)本発明の製造方法によれば、無配向粒状組織を有する炭化物被膜を黒鉛基材上に容易に形成し得る。そして本発明の製造方法は、基本的に、スラリーを塗布(さらには乾燥)した後に焼結させるだけであるから、様々な形状の黒鉛基材にも容易に対応でき、施工自由度が高い。従って本発明の製造方法によれば、上述した高耐熱部材を低コストで提供可能となる。
【0021】
《黒鉛ルツボおよび単結晶インゴットの製造方法》
さらに本発明は、上述した高耐熱部材からなることを特徴とする黒鉛ルツボとしても把握できる。
【0022】
また本発明は、その黒鉛ルツボを用いた単結晶インゴットの製造方法としても把握できる。すなわち、本発明は、上述した黒鉛ルツボ内に種結晶と原料を対向配置する配置工程と、該原料を不活性雰囲気中で加熱して昇華させる加熱工程とを備え、該種結晶を単結晶成長させてなる単結晶インゴットが得られることを特徴とする単結晶インゴットの製造方法でもよい。
【0023】
《その他》
(1)本明細書中でいう炭化物被膜や黒鉛基材は、それぞれの特性改善に有効な改質元素、またはコスト的または技術的な理由等により除去することが困難な不可避不純物(元素)を含み得る。
【0024】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。また本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような数値範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1A】試料No.1に係るX線回折像である。
【図1B】試料No.2に係るX線回折像である。
【図1C】試料No.C1に係るX線回折像である。
【図1D】試料No.C2に係るX線回折像である。
【図2A】X線回折装置の概要を示す説明図である。
【図2B】そのX線回折装置で測定する際のセッティングを示す説明図である。
【図2C】そのX線回折装置で測定する試料を上方から観たときの回転状況とX線の照射領域を示す説明図である。
【図2D】基準試料用のX線回折装置の概要を示す説明図である。
【図2E】そのX線回折装置で測定する際のセッティングを示す説明図である。
【図3A】試料No.1に係るSEM像である。
【図3B】試料No.C1に係るSEM像である。
【図4A】本発明に係る炭化物被膜の無配向粒状組織を模式的に示した説明図である。
【図4B】従来の炭化物被膜の組織を模式的に示した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本明細書で説明する内容は、本発明の高耐熱部材のみならず、その製造方法にも該当し得る。製造方法に関する構成要素は、プロダクトバイプロセスとして理解すれば物に関する構成要素ともなり得る。上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0027】
《炭化物被膜》
(1)半値全幅
半値全幅により、本発明に係る炭化物被膜を構成する結晶子の大きさが指標される。この半値全幅は、結晶性の低下(アモルファスに近づく)、結晶子の微細化、組成のばらつき等により大きくなるが、本発明の炭化物被膜のように組成が安定的で、結晶性が良好であり、結晶子がある程度大きい場合、半値全幅はある範囲内に収まる。従って本発明に係る炭化物被膜を特定する一指標として半値全幅は最適である。
【0028】
X線回折における半値全幅(FWHM)は、X線回折スペクトルの(hkl)面による回折ピークを擬フォークト関数によりフィットした時に、ピークの最大値(fmax)の半分の値(fmax/2)における2θの角度差である。本明細書では、後述する実施例を含めて、この方法で半値全幅を特定する。
【0029】
この半値全幅は、0.2°以下、0.15°以下さらには0.13°以下であると好ましい。半値全幅が過大では、結晶粒が過小でクラック等の伝播を十分に阻止できないか、低結晶性の非晶質組織が高温環境下で結晶化して構造変化を伴うため、好ましくない。半値全幅の下限値は特に限定されないが、0.01°さらには0.03°であると好ましい。半値全幅が過小になると、結晶粒が過大になり、無配向に積層した粒状組織が形成され難くなる。
【0030】
(2)配向度(F)
炭化物被膜を構成する結晶組織の配向性は、例えば、X線回折スペクトルに基づいて Lotgering 法により算出される配向度(F)により判定される。結晶組織は、F値が0(ゼロ)に近いほど無配向となり、F値が0から遠ざかるほど配向性が高くなる。例えば、単結晶組織の場合、F値は1となり、完全に無配向な多結晶組織の場合、F値は0となる。本発明に係る炭化物被膜は、その結晶組織の配向度(F)が、(222)面を含めた(111)面について、さらにいうと、いずれのミラー(Miller) 面についても−0.2〜0.2、−0.15〜0.15さらには−0.1〜0.1である好ましい。逆に、配向度(F)がこのような範囲内にあるとき、本発明に係る炭化物被膜は「無配向」な結晶組織からなると、客観的にいえる。
【0031】
ところで、この配向度(F)は、X線回折スペクトルについて求めたピーク強度の面積比の3点平均値から、Lotgering法により算出される。ここでピーク強度の3点平均値ではなく、ピークの面積比の3点平均値を用いたのは、算出された配向度(F)の客観性を高めるためである。
【0032】
配向度(F)の具体的な算出方法は次の通りである。
F =(P−P0)/(1−P0)
ここで、ミラー面(h’k’l’)における各値は次のようにして求まる。
P =I(h’k’l’)/ΣI(hkl)
P0 =I0(h’k’l’)/ΣI0(hkl)
I(h’k’l’):対象試料(炭化物被膜)のX線回折スペクトルから求めた特定のミラー面(h’k’l’)に関するピーク面積比(またはその総和)
ΣI(hkl):対象試料のX線回折スペクトルに現れた全てのミラー面に関するピーク面積比の総和
I0(h’k’l’):基準試料(例えば、無配向炭化物)のX線回折スペクトルから求めた特定のミラー面(h’k’l’)に関するピーク面積比(またはその総和)
ΣI0(hkl):基準試料のX線回折スペクトルに現れた全てのミラー面に関するピーク面積比の総和
【0033】
なお、「面積比」は、最強ピークの面積に対する各ピークの面積の比である。これは、例えば、最強ピークの面積を100%としたときの各ピークの面積(%)として表される。「3点平均値」は、同一試料内の異なる3点から得られたXRDスペクトルの(hkl)面のピーク面積の和を、3で割った値という意味である。
【0034】
例えば、図1Aに示すような炭化タンタル被膜のX線回折スペクトル(2θ=30°〜80°)が得られた場合において、(200)面における配向度F(200)は次のようにして求まる。
F(200) =(P(200)−P0(200))/(1−P0(200))
P(200) =I(200)/ΣI(hkl)
P0(200)=I0(200)/ΣI0(hkl)
ΣI(hkl) =I(111)+I(200)+I(220)+I(311)+I(222)
ΣI0(hkl)=I0(111)+I0(200)+I0(220)+I0(311)+I0(222)
【0035】
同様にして、(220)面における配向度F(220)および(311)面における配向度F(311)等も求まる。
【0036】
また(111)面の配向度を求める場合、上記のX線回折スペクトル上には(222)面のピークも現れている。このため、PまたはP0を求める際のI(111)またはI0(111)には、(111)面のピーク面積比と(222)面のピーク面積比の和を用いる。すなわち、I’(111)=I(111)+I(222)、I0’(111)=I0(111)+I0(222)を用いる。従って、(111)面における配向度F(111)は次のようにして求まる。
F(111) =(P(111)−P0(111))/(1−P0(111))
P(111) =I’(111) /ΣI(hkl)
P0(111) =I0’(111)/ΣI0(hkl)
I’(111) =I(111)+I(222)
I0’(111)=I0(111)+I0(222)
【0037】
I0(h’k’l’)やΣI0(hkl)は、例えば、炭化物被膜の原料粉末(特に無配向な結晶粒からなる粉末)を基準試料として測定したX線回折スペクトルから求めることができる。なお、 Lotgering 法による配向度(F)の算出については、例えば、「セラミック誘電体工学」(岡崎清著、学献社、p587)にも詳述されている。
【0038】
(3)炭化物被膜の膜厚
炭化物被膜の膜厚は問わないが、40〜300μmさらには80〜200μmであると好ましい。膜厚が過小では炭化物被膜のガスバリア性等が必ずしも十分ではない。膜厚が過大では、炭化物被膜と黒鉛基材との線膨張係数差により、両者間に大きな熱応力が作用して、炭化物被膜にクラックや剥離等が生じ易くなる。なお、本願明細書でいう炭化物被膜の膜厚は走査型電子顕微鏡(SEM)による破断面観察により特定される。
【0039】
(4)炭化物
本発明に係る被膜を構成する炭化物は、その種類を問わないが、融点が最も高い炭化タンタル(TaCまたはTa2C)が代表的である。その他、炭化ニオブ(NbCまたはNb2C)、炭化タングステン(WCまたはW2C)または炭化ハフニウム(HfC、Hf2C)等の高融点金属炭化物が本発明に係る炭化物として好ましい。本発明に係る炭化物被膜は、それらの一種以上であればよく、必ずしも単種である必要はない。
【0040】
《黒鉛基材》
本発明に係る黒鉛基材は、等方性黒鉛からなる。等方性黒鉛は、冷間静水圧成形(Cold Isostatic Pressing法/CIP法)により作成された黒鉛材料の一般名称である。この等方性黒鉛基材は本発明に係る等方的な炭化物被膜と整合的であり、両者が相乗的に作用することにより、本発明の高耐熱部材は優れた耐久性を発揮する。
【0041】
黒鉛基材の線膨張係数は、通常3.5〜8.5x10−6/K(室温〜500℃で測定)程度であるが、炭化物被膜の線膨張係数に近いほど、炭化物被膜との間に作用する熱応力が低減され得る。
【0042】
《高耐熱部材の製造方法》
(1)塗布工程
塗布工程は、黒鉛基材の表面に炭化物粒子を含むスラリーを塗布する工程である。スラリーの塗布方法には、刷毛塗り、噴霧塗布、浸漬塗布などがある。また、回転する耐高温基材の表面上へスラリーを流入させて遠心力でスラリーを基材表面に薄くかつ均一に引き延ばすスピンコート法を用いてもよい。
【0043】
塗布膜全体を100質量%としたときに、炭化物粒子の充填率は60%以上さらには65%以上であると好ましい。この充填率が過小では、焼結時の収縮により作用する応力により、異方性が発生したり割れ易くなる。充填率は高いほど好ましいが、充填率を74%以上に高めるには微粒子が必要となる。
【0044】
塗布膜中の炭化物粒子は、粒径が0.1〜0.5μmさらには0.2〜0.4μmであると好ましい。この粒径が過小ではTaC粒子等の炭化物粒子がスラリー中で凝集することにより、塗布時に充填率が低下し、炭化物被膜が割れ易くなる。また粒径が過大では配向度の高い炭化物被膜が形成され易くなって好ましくない。この粒径は光学顕微鏡観察により特定される。
【0045】
炭化物粒子の粒径調整は、当初から所望粒径を有する原料粉末を用いる他、スラリーの調製中に行う撹拌等によりなされてもよい。例えば、ボールミルや超音波ホモジナイザーを用いて、粒子同士の衝突によって微粒化することにより行える。
【0046】
このような塗布膜中における炭化物粒子の充填率や粒径は、焼結後の炭化物被膜の結晶組織に影響を与える。この理由は、塗布膜中の充填率が低くなるほど、粒子間に空隙が多く形成される。これを焼結すると、収縮や組織の歪み等が大きくなり、それに伴う応力により炭化物被膜に割れ等の欠陥が生じる。その結果、ガスバリア性が低下する。また塗布膜中の充填率が低下すると、炭化物粒子の向きが焼結時に変化して、異方性(配向)の発生を招く。従って塗布膜中の充填率は上述したように高ければ高いほど好ましい。
【0047】
スラリーは、上述した炭化物粒子(炭化物粉末/原料粉末)を分散媒に分散させたものである。このスラリーは、焼結助剤、有機バインダー、溶媒などを適宜含み、塗布に適した粘度に調整される。
【0048】
炭化物粒子は、スラリー全体を100質量%としたとき、55〜80質量%さらには60〜75質量%であると、均一な塗布膜を効率的に形成できる。
【0049】
焼結助剤(助剤粉末)は、炭化物の焼結温度以下の融点をもつ遷移金属またはその炭化物からなる。これらが焼結中に溶融することにより、炭化物被膜の緻密化、安定化または均質化等が図られる。
【0050】
焼結助剤に用いる遷移金属は、沸点(B.P.)が2600〜3300℃で、焼結が始まる温度帯(1400〜1700℃)において溶融し、焼結中(最高焼結温度)に昇華して不純物として残らないものが好ましい。例えば、チタン(Ti)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)などである。またTiC、Cr25C6、Fe3C、Co2C、Ni2Cなどの遷移金属の炭化物を用いてもよい。このような焼結助剤は、例えば、スラリー全体を100質量%としたとき0.3〜5質量%とするとよい。
【0051】
有機バインダーは、スラリーの粘度を調整し、スラリーの塗布性や粘着性等を改善する。このような有機バインダーとして、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリビニルブチラール(PVB)、メチルセルロース、エチルセルロース、アセチルセルロース、フェノール樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂等が適宜用いられる。このような有機バインダーは、例えば、スラリー全体を100質量%としたとき0.1〜3質量%とするとよい。
【0052】
溶媒には、ジメチルアセトアミド、メチルエチルケトンおよび1,3−ジオキソラン、ベンジルアルコール、エタノール、α−ターピネオール、トルエンなどの有機溶媒がある。溶媒はスラリーの残部となるが、敢えていうとスラリー全体を100質量%としたとき20〜40質量%であるとよい。
【0053】
(2)成膜工程
成膜工程は、黒鉛基材上の塗布膜を加熱して炭化物粒子が焼結した炭化物被膜を黒鉛基材の表面に形成する工程である。焼結温度は2000〜2800℃さらには2300〜2700℃が好ましい。焼結温度が過小では炭化物被膜の緻密化を図れず、焼結温度が過大では結晶組織が粗大化してしまう。
【0054】
焼結時間は、焼結温度等にも依るが0.5〜3時間程度である。焼結雰囲気は、1〜95kPaの真空雰囲気または不活性ガス雰囲気が好ましい。
【0055】
《用途》
本発明にかかる高耐熱部材は、高温用ルツボ(特に黒鉛ルツボ)、高温用ヒータ、高温用フィラメント、化学気相成長(CVD)用サセプタなどの用途がある。より具体的には、耐腐食性雰囲気抵抗加熱ヒータ、昇華法SiC単結晶成長のためのルツボ部材、昇華法AlN単結晶成長のためのルツボ部材、SiCのCVDエピタキシャル成長のためのサセプタ部材、III族窒化物のMOCVDエピタキシャル成長のためのサセプタ部材、電子ビーム蒸着用のハースライナー等に本発明の高耐熱部材を用いると有効である。
【実施例】
【0056】
《試料の製造》
〈試料No.1〉
(1)スラリー調製
TaC粒子(炭化物粒子)を分散させたスラリーを次のようにして調製した。各原料の配合割合は、スラリー全体を100質量%(単に「%」と表記する。)として示した。
【0057】
炭化物粉末であるTaC粉末(純度99.9%/粒子径1〜2μm):69%、助剤粉末であるCo粉末(平均粒径:5μm):0.7%、有機バインダーであるポリメタクリル酸メチル(PMMA:Polymethyl methacrylate):0.7%、有機溶媒であるジメチルアセトアミド:5.6%、メチルエチルケトン:12%および1,3−ジオキソラン:12%をそれぞれ秤量して配合した。これら原料をミキサーで混合した後、超音波ホモジナイザーにより分散および粉砕した。こうして炭化タンタル(TaC)粒子を主成分とするスラリーを得た。なお、TaC粒子の粒径(TaC粉末の平均粒径)はSEMにより求めた。
【0058】
(2)塗布工程
得られたスラリーを、噴霧塗布により、黒鉛基材(熱膨張係数:4.5x10−6/Kの等方性黒鉛)上に塗布した。この塗布膜は、TaC粒子の充填率が65〜70%で、そのTaC粒子の粒径が0.2〜0.4μmであった。ちなみに、この充填率は、膜厚および被膜の質量を測定することにより、次式により求められる。被膜を構成する物質の密度ρ、塗布面積S、被膜の質量Wから理想膜厚(充填率100%としたときの膜厚)D=(W/ρ)/S を算出する。そしてSEMによる破断面観察により実際の膜厚Dmを測定する。これらにより充填率f=(D/Dm)×100(%)が求まる。また塗膜中におけるTaC粒子の粒径は、光学顕微鏡観察により特定される。なお、上記の充填率や粒径が幅を有しているのは、測定精度に依る。例えば、充填率の場合、測定誤差が±2%程度あるため、算出された値が67%でも、上述のように65〜69%と表記した。例えば、粒径の測定誤差が±0.1μm程度あるため、算出された値が0.3μmでも、上述のように0.2〜0.4μmと表記した。
【0059】
(3)成膜工程
黒鉛基材上の塗布膜を200℃程度で加熱して乾燥させた(乾燥工程)。溶媒が散逸した塗布膜を、さらに加熱(焼結)して成膜した(成膜工程)。この焼結は、高周波加熱炉内を用いて、アルゴン雰囲気(5kPa)中で、焼結温度:2500℃、焼結時間(最高焼結温度での保持時間):1時間として行った。こうして、膜厚100μmのほぼ均一な被膜(炭化タンタル被膜)が黒鉛基材の表面に形成された。これを試料(高耐熱部材)とした。なお、上記の膜厚はマイクロメータにより測定した(以下、同様である)。
【0060】
〈試料No.2〉
本試料も試料No.1と同様に製造したが、次の点で試料No.1と異なる。すなわち、有機バインダーにはポリビニルブチラール(PVB:Polyvinyl butyral):0.7%を用いた。また有機溶媒には、ベンジルアルコール:5.6%、エタノール:12%およびトルエン12%を用いた。それ以外の工程および条件は、試料No.1を製造した場合と同様である。こうして黒鉛基材上に、膜厚100μmのほぼ均一な炭化タンタル被膜(炭化物被膜)が形成された試料(高耐熱部材)が得られた。
【0061】
〈試料No.C1〉
上述した黒鉛基材上に、コンバージョン(CVR)法を用いて膜厚30μmの炭化タンタル被膜を形成した試料も製造した。この際の成膜方法の概要は次の通りである。70mm×70mm×厚さ5mmの等方性黒鉛材料からなる基材を真空加熱炉内に設置し、TaCl5、CH4、H2の混合ガスを炉内に供給し、混合ガスの熱分解反応により生成したTaCによってTaC被膜を作製した。反応条件は、圧力:500Pa、温度:1150℃、TaCl5:100cc/min、CH4:200cc/min、H2:400cc/min、反応時間:2時間とした。
【0062】
〈試料No.C2〉
本試料は試料No.1と同様に製造したが、次の点で試料No.1と異なる。先ず、有機バインダーにはポリビニルブチラール(PVB:Polyvinyl butyral):0.7%を用いた。また有機溶媒にはα-ターピネオール:5.6%およびエタノール:24%を用いた。
【0063】
次に、この塗布膜を試料No.1等と同様に観察・測定したところ、TaC粒子の充填率は55〜60%であり、TaC粒子の粒径は原料粉末とほぼ同様な1〜2μmであった。充填率およびTaC粒子の粒径の特定方法は試料No.1の場合と同様である。
【0064】
さらに、その塗布膜の焼結(成膜)は、アルゴン雰囲気(80kPa)中で行った。こうして、膜厚100μmの炭化タンタル被膜(炭化物被膜)が黒鉛基材の表面に形成された試料を得た。
【0065】
《試料の測定・観察・試験》
(1)X線回折(XRD)
各試料の炭化物被膜に関するX線を照射して得られたX線回折像を図1A〜1Dに示す。これらの結果に基づいて、各試料について算出したLotgering法による配向度(F)および半値全幅を表1および表2にそれぞれ示した。配向度(F)の算出は既述した方法で行った。
【0066】
なお、各試料のX線回折像は、X線回折装置(ブルカーAXS株式会社製 D8-Advance)を用いて集中法により得た。X線源にはCuKαを用いた。この測定時に行ったスリットのセッティングの概要は図2A〜図2Cに示した通りである。付言すると、試料に照射するX線の面積が常時20mm×20mmとなるように発散スリットおよび受光スリットを調整した。従って、発散スリットおよび受光スリットの幅は可変としたが、散乱スリットの幅は8mmとした。このように試料に照射するX線の領域を拡大することにより、試料(炭化物被膜)中に粗大な結晶粒が含まれる場合でも、得られたXRDを正確に評価することが可能となった。測定は、ステップ幅:0.05°、スキャンスピード4°/min、2θ:30〜80°、試料の回転速度:15rpmとして、連続スキャンにより行った。このように試料を回転させつつ測定を行うことで(図2C参照)、より偏りの少ないXRDを得ることができた。
【0067】
また、基準試料(TaC粉末)のX線回折像は、一般的な試料水平型強力X線回折装置(RINT-TTR II/株式会社リガク製)を用いて集中法により得た。TaC粉末は粒径が2μm以下であるため、上記方法でも十分な精度が得られる。この測定時に行ったスリットのセッティングの概要は図2Dおよび図2Eに示した通りである。さらにいうと、発散スリット:1/2°、発散縦スリット:10mm、散乱スリット:1/2°、受光スリット:0.15mmとした。試料に当てるX線量は発散縦スリットの幅により調整した。測定は、ステップ幅:0.05°、スキャンスピード4°/min、2θ:30〜80°として、連続スキャンにより行った。なお、X線源にはCuKαを用いた。
【0068】
(2)SEM観察
試料No.1および試料No.C1の表面(加熱試験前)をSEMにより観察した様子を図3Aおよび図3Bにそれぞれ示した。
【0069】
(3)加熱試験
各試料を、アンモニア雰囲気(窒素90%、アンモニア10%、100kPa)にて、1500℃(ヒータ温度)で10時間加熱した。試験後の各試料を観察して、被膜のクラックの有無、被膜の剥離の有無、基材への侵食の有無を確認した。
【0070】
《評価》
(1)表1からわかるように、試料No.1および試料No.2に係る炭化タンタル被膜の配向度(F)は、いずれのミラー面について−0.2〜0.2内であった。一方、試料No.C1および試料No.C2では、配向度(F)が−0.2〜0.2の範囲外となるミラー面(111)が存在した。ちなみに、このミラー面(111)における配向度は(111)+(222)の値である。
【0071】
また表2からわかるように、試料No.1、試料No.2および試料No.C2に係る炭化タンタル被膜の半値全幅は、(111)面を含むいずれのミラー面についても0.2°未満であった。一方、試料No.C1の半値全幅は、(111)面を含むいずれのミラー面についても0.2°を超えていた。
【0072】
(2)図3Aおよび図3Bからわかるように、試料No.1の被膜にはクラック等は観られなかったが、試料No.C1の被膜にはクラックが発生していた。
【0073】
(3)上記の加熱試験後も、試料No.1および試料No.2の被膜には、(表面)クラック、被膜の剥離または基材への浸食(黒鉛基材の損傷等)等、いずれも観られなかった。一方、試料No.C1の被膜の場合、剥離こそなかったものの、クラックおよび基材への浸食が観られた。また試料No.C2の被膜の場合、クラックは観られたが、剥離や基材への浸食は無かった。
【0074】
このような相違は、各試料の被膜を構成する結晶組織が次のように相違したためと考えられる。すなわち、試料No.1および試料No.2に係る炭化タンタル被膜は、上述した配向度(F)や半値全幅からわかるように、適度な大きさのTaC結晶粒がランダムに集積または積層した無配向粒状組織(図4A参照)からなっている。
【0075】
これに対して試料No.C1の被膜は、一方向[111]へ配向した結晶組織であり、その結晶組織は細かく、結晶度がよくない。すなわち、試料No.C1の被膜は、黒鉛基材の表面から柱状に発達した配向組織または柱状組織(図4B参照)であるといえる。
【0076】
試料No.C2の被膜は、その半値全幅から、試料No.C1のような発達した柱状組織ではなく粒状組織と考えられるが、配向度(F)が比較的大きく、配向組織になっているといえる。この点で、試料No.1または試料No.2と試料No.C2とは大きく異なる。
【0077】
そして試料No.C1や試料No.C2のような配向組織は、特性が異方的であり、特定方向にクラック等が生じ易い。例えば、試料No.C1の被膜に熱応力が作用した場合、ヘキ界面等に沿ってクラックが発生し易く、一旦入ったクラックは結晶粒界を伝播して被膜を貫通して黒鉛基材まで到達し易いと考えられる。
【0078】
これに対して試料No.1や試料No.2のような無配向粒状組織は、特性が等方的であるため、熱応力が作用しても、粒界やヘキ界面等に揃ってクラックが発生し難く、仮にクラックが発生しても発達し難い。こうして、試料No.1や試料No.2に係る被膜を有する高耐熱部材は、優れた耐熱性や耐久性を発揮すると考えられる。
【0079】
なお、試料No.C2の場合、配向組織からなるためクラックは発生するが、粒状組織であるためクラックは発達せず、被膜の剥離や基材の侵食までには至らなかったと考えられる。
【0080】
《黒鉛ルツボ》
(1)製作
試料No.1〜C2に係る炭化物被膜で内表面を被覆した外径:φ100mm、壁面厚み:10mm、底面厚み:10mm、高さ:120mmの有底円筒状の黒鉛ルツボをそれぞれ製作した。なお、基材となる黒鉛ルツボには市販品を用いた。
【0081】
(2)耐久性
各黒鉛ルツボ内にAlN粉末を充填し、窒素雰囲気(N2/80kPa)下で2300℃×24時間の加熱を行って、昇華法によるAlN単結晶の成長実験を行った。
【0082】
試料No.1および試料No.2に係る被膜を形成した黒鉛ルツボには、上記の成長実験後も、表面クラック、被膜の剥離または基材への浸食等が発生していなかった。
【0083】
一方、試料No.C1に係る黒鉛ルツボには、表面クラック、被膜の剥離および基材への浸食が発生していた。特に、黒鉛基材への侵食が激しく、被膜の剥離はこの侵食により発生したと考えられる。また試料No.C2に係る黒鉛ルツボの場合、被膜の剥離はなかったが、表面クラックおよび基材への浸食が観られた。
【0084】
試料No.1または試料No.2に係る黒鉛ルツボとそれ以外の黒鉛ルツボとで耐久性に相違が生じたのは、上述したように、炭化タンタル被膜の結晶構造が相違しているためと考えられる。
【0085】
《単結晶インゴット》
このように本発明に係る黒鉛ルツボは、高温環境下で使用されても表面にクラックや被膜剥離等を生じることがなく、高温耐久性に優れる。この黒鉛ルツボを用いれば、例えば、SiC、AlN等の単結晶インゴットを高品質かつ低コストで製造可能となる。一例として、その黒鉛ルツボを用いたSiCの単結晶インゴットの製造方法を以下に説明する。
【0086】
先ず、前述した試料No.1または試料No.2に係る被膜を形成した黒鉛ルツボ内に、SiC単結晶(種結晶)とSiC結晶粉末(原料)を対向して収納する(配置工程)。次に、これらを不活性雰囲気(例えば100Pa〜15kPa程度のアルゴンガス雰囲気)中で高温(例えば2000〜2400℃)で加熱する(加熱工程)。
【0087】
これにより、原料から昇華したSiCガスが濃度勾配により種結晶方向へ拡散、輸送され、種結晶上で再結晶化する。その結果、種結晶が成長して、SiCの単結晶インゴットが得られる。
【0088】
なお、上述した不活性雰囲気は、アルゴンガスに限らず、窒素ガス、水素ガスまたはそれらの混合ガスなどを用いても形成してもよい。またAlNの単結晶インゴットもSiCの単結晶インゴットと同様にして製造されるが、その際の不活性雰囲気は窒素ガス雰囲気(例えば10Pa〜95KPa)が好ましい。
【0089】
さらに、雰囲気ガス中に不純物ガスを混合したり、原料中に不純物元素またはSiC以外の化合物を混在させることにより、得られる単結晶の抵抗率を制御してもよい。
【0090】
いずれにしても、高温耐久性に優れる本発明に係る黒鉛ルツボを用いて、上述した製造方法により単結晶インゴットを製造すれば、その黒鉛ルツボを繰り返し使用することができるため、単結晶インゴットの製造コストの低減を図れる。
【0091】
【表1】
【0092】
【表2】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
等方性黒鉛からなる黒鉛基材と、
該黒鉛基材の表面を被覆する炭化物からなる炭化物被膜と、
を有する高耐熱部材であって、
前記炭化物被膜は、(111)面におけるX線回折スペクトルの回折ピークの半値全幅が0.2°以下となる大きさの結晶子が無配向に集積した無配向粒状組織からなることを特徴とする高耐熱部材。
【請求項2】
前記炭化物は、炭化タンタル、炭化ニオブ、炭化タングステンまたは炭化ハフニウムのいずれか一種以上からなる請求項1に記載の高耐熱部材。
【請求項3】
前記炭化物被膜は、前記X線回折スペクトルに基づいて Lotgering 法により算出される配向度(F)がいずれのミラー(Miller) 面についても−0.2〜0.2である請求項1または2に記載の高耐熱部材。
【請求項4】
前記炭化物被膜は、膜厚が40〜300μmである請求項1または3に記載の高耐熱部材。
【請求項5】
炭化物粒子を含むスラリーを等方性黒鉛からなる黒鉛基材の表面に塗布する塗布工程と、
該塗布工程後の黒鉛基材を加熱して該炭化物粒子が焼結してなる炭化物被膜を形成する成膜工程とを備え、
請求項1〜4のいずれかに記載の高耐熱部材が得られることを特徴とする高耐熱部材の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載した高耐熱部材からなることを特徴とする黒鉛ルツボ。
【請求項7】
請求項6に記載の黒鉛ルツボ内に種結晶と原料を対向配置する配置工程と、
該原料を不活性雰囲気中で加熱して昇華させる加熱工程とを備え、
該種結晶を単結晶成長させてなる単結晶インゴットが得られることを特徴とする単結晶インゴットの製造方法。
【請求項1】
等方性黒鉛からなる黒鉛基材と、
該黒鉛基材の表面を被覆する炭化物からなる炭化物被膜と、
を有する高耐熱部材であって、
前記炭化物被膜は、(111)面におけるX線回折スペクトルの回折ピークの半値全幅が0.2°以下となる大きさの結晶子が無配向に集積した無配向粒状組織からなることを特徴とする高耐熱部材。
【請求項2】
前記炭化物は、炭化タンタル、炭化ニオブ、炭化タングステンまたは炭化ハフニウムのいずれか一種以上からなる請求項1に記載の高耐熱部材。
【請求項3】
前記炭化物被膜は、前記X線回折スペクトルに基づいて Lotgering 法により算出される配向度(F)がいずれのミラー(Miller) 面についても−0.2〜0.2である請求項1または2に記載の高耐熱部材。
【請求項4】
前記炭化物被膜は、膜厚が40〜300μmである請求項1または3に記載の高耐熱部材。
【請求項5】
炭化物粒子を含むスラリーを等方性黒鉛からなる黒鉛基材の表面に塗布する塗布工程と、
該塗布工程後の黒鉛基材を加熱して該炭化物粒子が焼結してなる炭化物被膜を形成する成膜工程とを備え、
請求項1〜4のいずれかに記載の高耐熱部材が得られることを特徴とする高耐熱部材の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載した高耐熱部材からなることを特徴とする黒鉛ルツボ。
【請求項7】
請求項6に記載の黒鉛ルツボ内に種結晶と原料を対向配置する配置工程と、
該原料を不活性雰囲気中で加熱して昇華させる加熱工程とを備え、
該種結晶を単結晶成長させてなる単結晶インゴットが得られることを特徴とする単結晶インゴットの製造方法。
【図1A】
【図1B】
【図1C】
【図1D】
【図2A】
【図2B】
【図2C】
【図2D】
【図2E】
【図4A】
【図4B】
【図3A】
【図3B】
【図1B】
【図1C】
【図1D】
【図2A】
【図2B】
【図2C】
【図2D】
【図2E】
【図4A】
【図4B】
【図3A】
【図3B】
【公開番号】特開2013−75814(P2013−75814A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−177799(P2012−177799)
【出願日】平成24年8月10日(2012.8.10)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年8月10日(2012.8.10)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】
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