説明

高GABA含有量のそば種子及びその製造方法

【課題】玄米よりも更にGABA含有量を高めることができ且つ食味も良好な高GABA含有量のそば種子の製造方法を提供する。
【解決手段】全量吸水可能の水分量を添加したそば種子を、流水と非接触状態として、2〜4℃に保持しつつ、嫌気的雰囲気内で熟成保存して、前記そば種子中のγ−アミノ酪酸(GABA)の含有量を増加させた後、前記γ−アミノ酪酸の含有量を減少させないように、前記そば種子を乾燥することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高GABA含有量のそば種子及びその製造方法に関し、更に詳細にはγ−アミノ酪酸(GABA)が高濃度で含有されている高GABA含有量のそば種子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、γ−アミノ酪酸(GABA)は、人体の血圧上昇の抑制等の健康維持又は疾病予防に有効な物質として注目されている。
このため、毎日食する穀物中にGABA含有量を増加させることが検討されている。例えば、下記特許文献1及び特許文献2には、発芽することのない水分量を添加した玄米を20℃以上の温度下で静置して、玄米中にGABA含有量を増加させることが提案されている。
【特許文献1】特開2005−52073号公報
【特許文献2】特開2007−215504号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
特許文献1及び特許文献2で提案されているGABA含有量が増加された玄米を食することによって、容易にGABAを摂取できる。
しかし、かかる玄米中のGABA含有量は、高々18mg/100g程度であり、更にGABA含有量を高めた穀物が要望されている。
かかる要望に応えるべく、玄米よりもGABA含有量が高いそば種子を用いることが考えられる。
しかしながら、玄米と同様に、全量吸水可能の水分量を添加したそば種子を20℃以上の温度下で静置したところ、殆どのそば種子が発芽してしまった。この様に、発芽したそば種子中のGABA含有量は低下し且つ食味も低下する。
そこで、本発明は、玄米よりも更にGABA含有量を高めることができ且つ食味も良好な高GABA含有量のそば種子及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、前記目的を達成すべく検討したところ、そば種子の発芽温度は8℃程度であること、8℃よりも低温の流水中にそば種子を浸漬して晒すことによって、そば種子中のGABA含有量が高くなるものの、その程度が低いことを知った。
かかる知見を基にして本発明者は更に検討を重ねた結果、全量吸水可能の水分量を添加したそば種子を非通水性の袋に入れた後、この袋内の大気を排出して、そば種子の雰囲気を嫌気的雰囲気とし、そば種子入りの袋を2〜4℃に保持した冷水中に保存したところ、そば種子中のGABA含有量が著しく増加することを見出し、本発明に到達した。
【0005】
すなわち、本発明は、全量吸水可能の水分量を添加したそば種子を、氷点以上で且つ発芽することのない温度雰囲気に保持して熟成保存したそば種子であって、前記そば種子中には、30mg/100g以上のγ−アミノ酪酸が含有されていることを特徴とする高GABA含有量のそば種子にある。
また、本発明は、全量吸水可能の水分量を添加したそば種子を、流水と非接触状態として、氷点以上の温度で且つ発芽することのない温度に保持しつつ、嫌気的雰囲気内で熟成保存して、前記そば種子中のγ−アミノ酪酸の含有量を増加させた後、前記γ−アミノ酪酸の含有量を減少させないように、前記そば種子を乾燥することを特徴とする高GABA含有量のそば種子の製造方法でもある。
【0006】
かかる本発明において、全量吸水可能の水分量を添加したそば種子を、非通水性の袋に入れた後、前記袋内の大気を排出して、前記そば種子の雰囲気を嫌気的雰囲気とすることによって、そば種子に対して、流水と非接触状態として、氷点以上の温度で且つ発芽することのない温度に保持しつつ、嫌気的雰囲気内で容易に熟成保存できる。この熟成保存の温度を5℃以下とすることが好ましい。更に、発芽可能の水分量を、そば種子に対して40〜60%の水分量とすることが好ましい。
また、そば種子の乾燥を、60〜80℃の通風を吹き付ける通風乾燥で行うことによって、迅速にそば種子を乾燥でき、そば種子中のGABA含有量の減少を可及的に少なくできる。
かかる本発明において、成熟保存するそば種子に、酢或いはグルタミン酸又はその塩を添加することによって、得られるそば種子中のGABA含有量を更に増加できる。
尚、そば種子として、殻を除去したそば種子を用いることによって、そのまま食用に提供できる。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、全量吸水可能の水分量を添加したそば種子を、氷点以上で且つ発芽することのない温度雰囲気に保持して熟成保存することによって、そば種子中のGABA含有量を30mg/100g以上と著しく増加できる。
更に、そば種子は発芽しないため、そば種子中のデンプンの変質を防止でき、そば種子の食味を損ねることを防止できる。
かかる本発明に係るそば種子は、製粉して高濃度にGABAを含有するそば粉としてもよく、米と混ぜて雑穀米として食してもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明で用いるそば種子としては、日本産のそば種子であってもよく、ダッタンそば種子であってもよい。
かかるそば種子は、殻付きのそば種子であってもよいが、殻を除去したそば種子を用いることによって、得られたそば種子をそのまま食用に提供できるため好ましい。
本発明では、そば種子に全量吸水可能の水分量を添加する。かかる水分量としては、そば種子に対して40〜60%の水分量とすることが好ましい。
ここで、添加水分量が40%未満では、そば種子中のGABA含有量の増加割合が低下する傾向にあり、添加水分量が60%を超えると、そば種子が吸収できる水分量以上の水分が添加されるため、そば種子中のGABA含有量が低下する傾向にある。
このことを図1に示す。図1は、そば種子として信濃1号とタカネルビーとの各々について、所定水分量を添加して4℃で15日間保持した後に、各そば種子中のGABA含有量を測定した測定値の平均値を示した。図1から明らかな様に、添加水分量が80%のそば種子は、添加水分量が40%、60%のそば種子に比較して、GABA含有量が少ない。
【0009】
この様に、全量吸水可能の水分量を添加したそば種子を、氷点以上で且つ発芽することのない温度雰囲気に保持して熟成保存する。かかる熟成保存の温度としては、5℃以下、特に2〜4℃が好ましい。
ここで、そば種子として信濃1号を用い、添加水分量をそば種子に対して50%とし、そば種子の熟成保存を15日間継続しても、そば種子の発芽は勿論のこと、デンプンの変質も全く見られなかった。
一方、熟成温度を6℃に昇温すると、6日間の熟成保存によって、そば種子中のデンプンの変質が見られた。更に、熟成保存温度を8℃に昇温すると、6日間の熟成保存で略全そば種子が発芽した。
【0010】
かかる熟成保存は、そば種子を流水と非接触状態で且つ嫌気的雰囲気内で行う。そば種子を流水と接触させて熟成保存すると、そば種子中のGABAが流水中に流出して減少し易い。また、そば種子を好気的雰囲気内で熟成保存すると、そば種子中のGABA含有量の増加速度が低下し易い。
この様に、そば種子を流水と非接触状態で且つ嫌気的雰囲気とするには、全量吸水可能の水分量を添加したそば種子を、プラスチックフィルム袋等の非通水性の袋に入れた後、この袋内の大気を排出し、次いで、袋の入口を密封することによって行うことができる。
かかる袋を、2〜4℃に調整されている水中に浸漬することによって、そば種子を流水と非接触状態で且つ嫌気的雰囲気下で近氷温保存できる。
【0011】
そば種子を流水と非接触状態で且つ嫌気的雰囲気下で近氷温保存した場合、そば種子中のGABA含有量の遷移状況を図2に示す。図2の矢印Aで示す曲線が、そば種子(信濃1号)を4℃で熟成保存したそば種子中のGABA含有量の変化を示す。図2から明らかな様に、そば種子中のGABA含有量は、熟成保存開始から5日目程度まで急激に増加し、5日目以降から15日目までは漸増し、16日目以降では漸減している。
従って、そば種子を流水と非接触状態で且つ嫌気的雰囲気下で近氷温保存(熟成保存)の期間を5〜15日、特に6〜15日とすることが好ましい。
この様に、所定期間の熟成保存したそば種子を、含有するGABAの含有量を減少させないように乾燥する。
かかる乾燥は、熟成保存したそば種子に対して、60〜80℃の通風を吹き付ける通風乾燥を施すことによって、迅速にそば種子を乾燥でき、そば種子中のGABA含有量の減少を可及的に少なくできる。また、この通風乾燥では、そば種子に60〜80℃の通風を吹き付けるため、そば種子を殺菌できため好ましい。
かかる迅速乾燥に対し、熟成保存したそば種子を自然乾燥すると、図2に示す矢印Bの曲線の如く、そば種子中のGABAが減少する。
【0012】
この様にして乾燥して得られたそば種子中には、GABAが30mg/100g以上含有されている。かかるそば種子中のGABA含有量は、処理前のそば種子中のGABA含有量が10mg/100g程度であるため、約3倍に増加している。
また、そば種子を流水と非接触状態で且つ嫌気的雰囲気下で近氷温保存(熟成保存)する際に、そば種子に酢やグルタミン酸又はその塩を添加することによって、そば種子中のGABA含有量を更に一層増加できる。例えば、処理前にGABA含有量が10mg/100g程度のそば種子に、酢とグルタミン酸ナトリウムとを添加して処理すると、GABA含有量が60mg/100gのそば種子を得ることができる。
この様にして得られた高GABA含有量のそば種子は、そのまま米と混ぜて雑穀米として食してもよいが、製粉してそば粉とし、そばとして食することもできる。そばの食味は、処理前のそば種子を用いたそばと同程度である。
【実施例1】
【0013】
そば種子として信濃1号を用い、殻を除いたそば種子20gに対して50%の水を添加した後、プラスチックフィルム製の袋に入れた。次いで、この袋内の大気を排出して、袋の入口を密封した。このそば種子中のGABA含有量は10mg/100gであった。
そば種子が封入された袋を、4℃±0.1℃に制御されている水中に浸漬して15日間保持することによって、そば種子を嫌気的雰囲気下で熟成保存した。
15日間熟成保存したそば種子を、袋から取り出して60〜80℃の通風を吹き付ける通風乾燥を施した。
乾燥後に得られたそば種子中のGABA含有量は30mg/100gに増加していた。
【0014】
また、処理前のそば種子と処理後のそば種子とについて、各々に付着している微生物について調査した。その結果を下記表1に示す。
【0015】
【表1】

表1から明らかな様に、処理前のそば種子と処理後のそば種子とに付着している微生物には有意差はなかった。
また、処理後のそば種子を製粉して得られたそば粉について、糊化特性を調査したが、処理前のそば種子を製粉して得られたそば粉の糊化特性と略同一であった。
【実施例2】
【0016】
実施例1において、袋には、水と共にグルタミン酸ナトリウム及び/又は食酢を添加した他は、実施例1と同様にして処理した。
得られたそば種子中のGABA含有量を測定して、その結果を図3に示す。図3において、「Gul」はグルタミン酸ナトリムであり、「Mo50%」はそば種子に対して50%となる水分量を添加していることを意味する。図3には、処理前のそば種子については「元種子」と示した。
図3から明らかな様に、グルタミン酸ナトリウムと食酢とを添加した水準では、処理前のそば種子のABA含有量に対して約6倍にGABA含有量が増加している。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】そば種子に対する水分量の影響結果を示すグラフである。
【図2】そば種子の熟成保存期間とGABA含有量の増加状況と乾燥の影響とを説明するグラフである。
【図3】そば種子に添加する添加物の影響を説明するグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
全量吸水可能の水分量を添加したそば種子を、氷点以上で且つ発芽することのない温度雰囲気に保持して熟成保存したそば種子であって、
前記そば種子中には、30mg/100g以上のγ−アミノ酪酸が含有されていることを特徴とする高GABA含有量のそば種子。
【請求項2】
熟成保存の温度が、5℃以下である請求項1記載の高GABA含有量のそば種子。
【請求項3】
水分量が、そば種子に対して40〜60%の水分量である請求項1又は請求項2記載の高GABA含有量のそば種子。
【請求項4】
そば種子が、殻が除去されたそば種子である請求項1〜3のいずれか一項記載の高GABA含有量のそば種子。
【請求項5】
全量吸水可能の水分量を添加したそば種子を、流水と非接触状態として、氷点以上の温度で且つ発芽することのない温度に保持しつつ、嫌気的雰囲気内で熟成保存して、前記そば種子中のγ−アミノ酪酸の含有量を増加させた後、
前記γ−アミノ酪酸の含有量を減少させないように、前記そば種子を乾燥することを特徴とする高GABA含有量のそば種子の製造方法。
【請求項6】
全量吸水可能の水分量を添加したそば種子を、非通水性の袋に入れた後、前記袋内の大気を排出して、前記そば種子の雰囲気を嫌気的雰囲気とする請求項5記載の高GABA含有量のそば種子の製造方法。
【請求項7】
熟成保存の温度を5℃以下とする請求項5又は請求項6記載の高GABA含有量のそば種子の製造方法。
【請求項8】
全量吸水可能の水分量を、そば種子に対して40〜60%の水分量とする請求項5〜7のいずれか一項記載の高GABA含有量のそば種子の製造方法。
【請求項9】
そば種子として、殻を除去したそば種子を用いる請求項5〜8のいずれか一項記載の高GABA含有量のそば種子の製造方法。
【請求項10】
そば種子の乾燥を、60〜80℃の通風を吹き付ける通風乾燥で行う請求項5〜9のいずれか一項記載の高GABA含有量のそば種子の製造方法。
【請求項11】
成熟保存するそば種子に、酢或いはグルタミン酸又はその塩を添加する請求項5〜10のいずれか一項記載の高GABA含有量のそば種子の製造方法。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−207446(P2009−207446A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−55414(P2008−55414)
【出願日】平成20年3月5日(2008.3.5)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【出願人】(000108627)タカノ株式会社 (250)
【Fターム(参考)】