説明

高Mo/Nb肉盛層の形成方法、高Mo/Nb肉盛層

【課題】単体Moや単体Nbを母材に効率よく溶接する方法と、それにより得られる高Mo又は高Nb肉盛層を提供する。
【解決手段】母材4の溶接ポイントを所定温度に予熱しておき、溶接ポイントの周囲を不活性ガス3aの雰囲気とした状態で、溶接材5として単体Mo又は単体Nbの少なくとも何れか一方をプラズマアーク溶接することにより、母材4に単体Moや単体Nbの溶接材5、又は母材4と溶接材5とによる金属間化合物、の少なくとも何れか一方を含有する肉盛層6を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単体Moや単体Nbを母材に肉盛溶接する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
熱間工具や熱間圧延ロール等の部材表面の高硬度化や潤滑性能の向上のため、Mo(モリブデン)やNb(ニオブ)等の遷移元素が鋼等の母材の表面への肉盛溶接に用いられることがある。Moは、融点が高く高温での耐食性を有し、熱間、冷間ともに潤滑性能、摺動性能があり、工具の高付加価値化と長寿命化に資することから、合金の一組成物として利用されてきている。また、Nbも、高温での耐酸化性や耐食性、潤滑性能が高いことから、鉄鋼添加剤や超硬工具等の用途に利用されている。
【0003】
ところで、Moは単体では高温での耐酸化性が著しく低く、大気中でMoをプラズマ肉盛溶接するとその多くは酸化されて飛散してしまう上に、溶接部ではMoは酸化モリブデンとなって溶接されるという問題がある。また、溶接部には割れが生じるため、単体Moの溶接は困難であると考えられている。そのため、Moは単体としてではなく、MoとC(炭素)とNi(ニッケル)からなる肉盛合金にMn(マンガン),Cr(クロム)を添加したものや、Mo,C,Ni,Crからなる肉盛合金に必要に応じてMn,Co,Si(ケイ素),Nb等を添加したものとするなど、肉盛溶接に用いるMoを他の金属等との合金とすることで、母材の表面に耐摩耗性等を付与する技術が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、Nbは溶接相手となる母材の種類によっては、殆ど溶接できないか、あるいは溶接できたとしても肉盛層の形状が崩れたりクラックが発生するなどして、重大な溶接欠陥が生じやすい(例えば、特許文献2参照)。そのため、Nbは単体としてではなく、例えばフェロニオブや炭化ニオブ等の合金や化合物として、あるいは前述の特許文献1に開示されるMoとNiやCr等の合金の組成の一部として利用されている。
【特許文献1】特開平11−310854公報
【特許文献2】特開2001−314971公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、MoやNbを単体で母材に溶接することは、融点が高く高温での耐食性を有し、潤滑性能も高いといったMoやNbの性質を鑑みれば、工具の必要な箇所を局所的に高機能を持たせ、工具自体の長寿命化をも図るという点で極めて有用であると考えられる。
【0006】
以上のような問題に鑑みて、本発明は、従来は困難であるとされてきた単体Mo又は単体Nbを母材に高効率で溶接する方法と、それにより得られる高Mo又は高Nb肉盛層を提供することを主たる目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち本発明に係る高Mo/Nb肉盛層の形成方法は、母材に対して単体Mo又は単体Nbの少なくとも何れか一方からなる溶接材を肉盛溶接する方法であって、母材の溶接ポイントを所定温度に予熱する工程と、溶接ポイントの周囲を不活性ガス雰囲気とした状態で、前記溶接材をプラズマアーク溶接することにより、母材に対して、前記溶接材、又は前記母材と前記溶接材とによる金属間化合物、の少なくとも何れか一方を含有する肉盛層を形成する工程とを含むことを特徴としている。
【0008】
このような方法により母材に肉盛層を形成する場合、まず溶接ポイントを予熱することで、溶接後の肉盛層の割れを効果的に防止することができる。予熱温度は母材の材質やその他の条件により適宜に設定することができるが、例えば母材がFe(鉄)の場合、予熱温度は250℃以上、より好ましくは450℃以上とすることが好適である。さらに、適温に予熱した母材に対して、溶接ポイントの周囲を不活性ガス雰囲気とすること、すなわち溶接ポイントの周囲を低酸素濃度(好ましくは酸素濃度1%以下)とした状態で単体Mo又は単体Nb又はそれらの両方、の何れかからなる溶接材を溶接することにより、肉盛層にMoやNbの酸化物が形成されることを効果的に防止できるため、溶接部の割れがより生じにくい肉盛層が得られることとなる。特に、MoやNbの融点を超える温度を得ることができる適切な溶接方法としては、プラズマアーク溶接が本発明には適している。プラズマアーク溶接では、プラズマ溶接装置のノズルから供給されるシールドガスやキャリアガスとしてアルゴンを使うことが一般的だが、これらのガスの作用域はプラズマアークの極周辺に限られ、その直ぐ外側には大気が存在していることから、プラズマアークや溶接池には酸素が不可避的に巻き込まれてしまう。この弊害を防止するためには、プラズマを発生するノズル自体をシールしなければならない。なお、母材と溶接材とによる金属間化合物とは、溶接材である単体Moや単体Nbが母材の金属で希釈されたものである。
【0009】
さらに本発明において、溶接部の酸化防止をさらに向上させるためには、溶接ポイントの周囲を箱体により覆い、溶接ポイントの周囲を不活性ガス雰囲気に保持した状態で肉盛層を形成する工程を行うことが有効である。
【0010】
また、肉盛層を形成する工程において、溶接ポイントの周囲を不活性ガス雰囲気とする場合、適用する不活性ガスには、Ar(アルゴン)を用いることが好適である。Arガスであれば、空気よりも比重が大きいため、特に上述のように溶接ポイントの周囲を箱体で覆う場合に、箱体の上部を開口させていても内部をAr雰囲気に保持することができ、さらに箱体の上部を開口することで溶接作業の効率化を図ることもできる。
【0011】
さらに、肉盛層を形成する工程において、溶接材である単体Moや単体Nbを粉体として溶接ポイントに添加すれば、より高硬度且つ高純度のMo肉盛層やNb肉盛層を形成することが可能となる。特に、上述のように溶接ポイントの周囲を箱体で覆い、且つ箱体内をArガス雰囲気とした状態で粉体の単体Moや単体Nbを供給すれば、溶接部での酸化物の生成をより確実に防止しつつ、高硬度の肉盛層を得ることができる。
【0012】
なお、肉盛層を形成する工程においては、肉盛層を多層盛とすることで、肉盛層の表面におけるMoやNbの純度を向上することができる。すなわち、肉盛層が一層の場合、肉盛層の表面から深い部位においては、溶けた母材と溶接材とが混合した状態となり、表面に近い部位ほどMoやNbの純度が高い金属間化合物となるが、多層盛とすることで、肉盛層の表面近傍のMoやNbの純度を極めて高いものとすることができる。
【0013】
また本発明は、母材に対してプラズマアーク溶接される肉盛層であって、少なくとも何れか1種からなる溶接材、又は前記母材と前記溶接材とによる金属間化合物、の少なくとも何れか一方を含有することを特徴とする高Mo/Nb肉盛層である。例えば、アーク溶接の一種であるTIG溶接では、アーク温度は5000〜6000℃となるといわれており、MoやNbの融点を超えるので溶接を行うことは可能である。しかしながら本発明のように、アーク温度が10000℃以上であるプラズマアーク溶接を適用することで、高融点金属であるMoやNbを溶接するための熱源をさらに十分に得ることができる。
【0014】
このように、単体Mo又は単体Nbからなる肉盛層は従前は実現できないと考えられていたところ、本発明により初めて得られることとなったものである。このような肉盛層であれば、融点が高く高温での耐食性を有し、潤滑性能も高いといったMoやNbの性質を十分に発揮することができるため、例えば本発明の肉盛層を工具に適用する場合、工具の強度及び寿命を向上することができる。その結果、摩耗等の原因で擦り減った工具表面の補修が容易となり、工具が長寿命化し、またリサイクルすることも可能となる。さらに、Cr等の高価な元素を含まないFe等の安価で低機能な母材に単体Mo又は単体Nbを溶接した肉盛層が得られるため、工具等の部材を容易に高機能化することが可能となる。
【0015】
さらに、上述したように、肉盛層を単体Mo又は単体Nbの何れか同種を複数層に亘り溶接し多層盛とすることにより、溶接部表面のMo又はNbの純度を高めることができるため、肉盛層及びそれを適用した工具等のさらなる高機能化を実現することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、従来は困難であるとされてきた母材への単体Mo又は単体Nbによる硬度、耐食性、潤滑性能の高い肉盛層を形成することが可能である。これにより、Fe等の安価で低機能な材質からなる工具表面の高機能化、長寿命化等による高付加価値化が実現され、また工具表面の補修や工具自体のリサイクルも容易となり、コスト面でも多大なメリットが得られる。本発明を適用することができる工具としては、熱間工具や熱間圧延ロールを顕著な例として挙げることができるが、冷間工具に適用してもその性能向上に資するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。
【0018】
以下の説明においては、単体Mo又は単体Nbによる母材への肉盛層の形成方法並びに肉盛層形成に使用する溶接装置について述べるものとする。本実施形態では、溶接材として粉体の単体Mo又は単体Nbを使用し、プラズマ粉体溶接(PTA)により母材に肉盛層を形成する態様について説明する。PTAは、プラズマが熱源であるためアーク温度が非常に高く、単体Moや単体Nbのような高融点金属を溶接するのに適しており、またアーク温度が高温であるが、溶接池での溶融状態が長時間保たれる訳ではないことから母材の溶接材(単体Mo又は単体Nbの粉体)への溶け込み(希釈)が少ないことなどの理由により、本発明の実施に適している。
【0019】
図1は、本実施形態に適用されるPTAを利用した溶接装置1の要部の概観を示す模式的な縦断面図である。この溶接装置1は、主としてPTA装置(トーチ2のみを図示する)と箱体3とから構成される。トーチ2は、駆動手段(図示省略)により溶接方向と直交する方向(例えば図中の左右方向)に移動可能とされている。具体的にトーチ2は、内側から順にタングステン電極21、内壁22、中壁23、外壁24により構成されている。内壁22は水冷式ノズルとして機能している。タングステン電極21と内壁22とによりプラズマガス供給用ノズルを構成しており、図中上方から供給されるプラズマガス2aをトーチ2の先端部に向けて送出するようにしている。また、内壁22と中壁23とによりプラズマアーク収束及び粉体供給用ノズルを構成しており、図中上方から供給されるキャリアガス2bと単体Mo又は単体Nbの粉体5をトーチ2の先端部から放出するようにしている。さらに中壁23と外壁24とによりシールドガス供給用ノズルを構成しており、図中上方から供給されるシールドガス2cをトーチ2の先端部から噴射するようにしている。また、符号25及び26はそれぞれパイロットアーク電源、プラズマアーク電源を示している。プラズマアーク電源25は、タングステン電極21と母材4との間に電圧を発生させるためのものであり、プラズマアーク電源26は、発生した電圧を安定させるように制御するものである。プラズマガス2a、キャリアガス2b、シールドガス2cには、例えばAr(アルゴン)ガスを適用することが好ましい。
【0020】
また、箱体3は、トーチ2の先端部と母材4とを収容するものであれば適宜の箱状のものを利用することができ、図1に示したように、上部を開口することで、箱体3内部への母材4等の出し入れや、トーチ2の母材4に対する接離動作や上述した溶接方向と直行する方向への動作を確保している。さらに箱体3の下端部にはダクト31を接続しており、このダクト31を通じてArガス3aを箱体3に導入し、箱体3の内部、特に溶接ポイントの周囲をArガス雰囲気とするようにしている。
【0021】
母材4には、箱体3内に入れる前に予熱を施している。本実施形態では母材4として、Feを適用することとしているため、予熱温度は450℃に設定している。このように母材4を予熱しておくことで、溶接後の肉盛層6(後述)の割れを防止している。
【0022】
そして、予熱された母材4を箱体3に収容し、箱体3内をArガス雰囲気としつつ、トーチ2の先端部をシールドガス2cによりシールドし、プラズマガス2aとキャリアガス2bと共に単体Mo又は単体Nbの粉体5を供給しながらタングステン電極21と母材4との間に電圧を発生させることにより、トーチ2の先端部からプラズマアーク2dを発生させる。そして、前述の駆動手段によりトーチ2と母材4とを相対的に移動させることで、母材4の表面に、単体Mo又は単体Nbからなる肉盛層6を形成していく。図中、肉盛層6の先端部においてプラズマアーク2dの直下の灰色(色が濃い部分)で示している部分は、プラズマアーク2dにより溶融した母材4(本実施形態ではFe)と溶接材である粉体5(本実施形態では単体Mo又は単体Nb)からなるプール(溶融池)であり、このプールが冷却されて硬化することで順次肉盛層が形成される。特に本実施形態では、溶接に際してPTAを適用しているため、粉体5への母材4の溶け込みは比較的少ないが、肉盛層6の表面から深い部分ほど母材4により希釈されている割合が高く、肉盛層6の表面に近いほど溶接材であるMo又はNbの純度が高くなっている。
【0023】
さらに肉盛層6の表面近傍における単体Mo又は単体Nbの純度を高めるためには、上述した溶接工程を繰り返し行えばよい。すなわち、母材4の表面に形成した一層目の肉盛層6の上に、更に二層目、三層目・・・の肉盛層を形成すればよいことになる。このような方法を採用することで、これまで困難とされてきた単体Mo又は単体Nbからなる肉盛層6を母材4の表面に、一層盛又は多層盛として形成することができる。
【0024】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものではない。上記の実施形態では、肉盛層の形成にあたり、プラズマ粉体溶接を適用した場合について説明したが、その他の溶接方法、例えばパイプの中にMoもしくはNb粉末を封入し、TIG溶接により溶接を行う方法を適用しても構わない。また、箱体の内部、特に溶接ポイントの周囲をArガス以外の不活性ガス雰囲気としてもよいし、真空雰囲気としてもよい。特に肉盛層にMoやNbの酸化物が生成されるのを防止するには、不活性ガス又は真空雰囲気下において、酸素濃度を1%以下とすることが好適である。さらに、母材には上述したFe以外の鋼材、例えばステンレス鋼材を適用することも可能である。その他、肉盛層形成方法やそれに利用する装置の具体的構成、肉盛層の組成等についても上記実施形態に限られるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【実施例】
【0025】
以下に、上述した本発明の実施形態により、母材をFeとし、溶接材を単体Moとして肉盛層を形成し、その肉盛層について行った各種試験について説明する。なお、母材には、縦横100mm四方、厚さ12mmの板材を用い、特にマイクロビッカース硬度の測定には、溶接後(母材表面への肉盛層形成後)の板材から肉盛層を含む底辺10mmX5mmの角柱を切り出して用いている。また、特に言及しない場合には、肉盛層が一層盛の場合について示している。
【0026】
<1.予熱温度と溶接部の割れの関係> 溶接前の母材を予熱した場合と、予熱温度を変化させた場合における溶接部の割れについて検討した。割れの有無の確認は、溶接部に染色剤を塗布し、割れ部分に染色剤を染み込ませて染色する浸透探傷法により行っている。図2に、予熱各温度と割れの有無の結果を示す。母材を予熱しない場合(室温)と、予熱温度を250℃〜350℃とした場合には、溶接部に割れが生じたが、母材の予熱温度を400℃、450℃、650℃とした場合には、何れの予熱温度でも溶接部に割れは生じなかった。このことから、溶接材が単体Moの場合、溶接部への割れの防止のためには、溶接前における母材への予熱工程が必須であり、特に本試験で用いた母材Feと溶接材Moとの関係においては、400℃以上、試験結果から鑑みれば400℃〜650℃の予熱が必要であるとえいる。なお、母材がFeの場合、予熱温度を650℃を超えると母材が赤熱し始め、母材近くに配設されるプラズマのノズルが母材からの輻射熱の影響を受けるため、溶接作業を継続することができなくなる。そのため、母材の予熱温度は650℃程度を上限となる。
【0027】
<2.予熱温度の違いによる溶接部表面からの深さと硬度の関係> 溶接前の母材を250℃、450℃、650℃に予熱した場合と、予熱しない(室温)場合とにおいて、溶接部表面からの深さと溶接部の硬度との関係を調べた。図3に、各予熱温度における溶接部表面からの深さ0.5mmから0.5mm毎におけるマイクロビッカース硬度の測定結果を示す。図中、各温度を示す折れ線に付した両矢印の左側は溶接部側を示し、右側は母材側を示す。同図から分かるように、母材を予熱しない場合と比較して、予熱温度が250℃、650℃の場合は溶接部表面からの各深さにおいて、マイクロビッカース硬度は同程度かやや低い値が示されたが、予熱温度が450℃の場合は、それよりも低温又は高温に予熱する場合や予熱しない場合と比較して、高いマイクロビッカース硬度の値が得られた。このことから、溶接部を高硬度とするためには、予熱温度が高すぎても低すぎてもよい結果が得られず、適温が存在することが明らかとなった。本試験の場合は、予熱の適温は450℃であるといえる。また、試験1の結果と併せて考慮すると、本試験の場合、溶接部に割れが生じず、且つ溶接部の硬度を向上するためには、溶接前に母材を450℃程度に予熱することが望ましいことが判明した。
【0028】
<3.箱体内での溶接による溶接部の硬度に与える影響> 上述したとおり、大気中で単体Moをプラズマ肉盛溶接するとその多くは酸化されて飛散する。それを防止するために、上記実施形態では、単体Moの溶接を箱体の内部でArガス雰囲気として行ったが、その方法による溶接部の硬度に関する効果を示す実証試験を行った。すなわち、比較例として、大気中で溶接することにより、肉盛層を形成したものを採用している。大気中での溶接方法は、上記実施形態における溶接方法において箱体を用いず、溶接ポイントの周囲をArガス雰囲気としないこと以外は同条件である。但し、プラズマ溶接時には図1中のプラズマガス2aとキャリアガス2bとしてアルゴンを用いることが一般的であるため、多少のシール効果はあるが、アルゴンの作用範囲が限定されているために、全体をシールした箱体にヘッドを入れない場合に比べて、大気中の酸素の巻き込みを避けることは出来ない。なお、母材の予熱温度は、上記試験2の結果を考慮して、450℃としている。図4に、箱体内又は大気中での溶接方法において得られた溶接部表面からの深さ約0.5mmからの略0.5mm毎におけるマイクロビッカース硬度の測定結果を示す。図中、各温度を示す折れ線に付した両矢印の左側は溶接部側を示し、右側は母材側を示す。同図から明らかなように、箱体内をArガス雰囲気としてMoの肉盛層を形成した場合、大気中でMoの肉盛層を形成した場合と比較して、溶接部表面の何れの深さにおいても約2倍以上のビッカース硬度となった。このことから、より高硬度の肉盛層を得るためには、溶接ポイントの周囲をArガス雰囲気とし、その状態を維持するために溶接を箱体内で行うことが有効であることが立証された。
【0029】
<4.肉盛層一層盛と多層盛の場合の溶接部のMo濃度> 上述したように、PTAによれば、溶融ポイントではプラズマアークにより母材の表面が溶融し、同様に溶融した溶接材と共にプールが形成され、このプールが冷却により硬化することで肉盛層が形成される。したがって、肉盛層は母材であるFeによりMoが希釈された状態となっている。よって、肉盛層が一層盛の場合よりも多層盛の場合の方が、Mo濃度が高いと予想される。このことを検証するために、溶接部表面からの距離に対応してFeに対するMo濃度を、一層盛の場合と二層盛の場合とで測定した。その結果として、溶接部表面からの距離の代表点(複数)におけるFeに対するMo濃度(モル比)の値を、一層盛の場合について図5に、二層盛の場合について図6に示す。これらの結果から、溶接部表面からの距離が深くなるに従って、Feに対するMo濃度が徐々に高まり、さらに深くなるとMo濃度が低下することが判明した。また、予想通り、一層盛よりも二層盛の方がMo濃度が高いことが明らかとなった。
【0030】
以上の各試験の結果から、母材を適温に予熱することで肉盛層の割れを防止でき、且つ肉盛層の硬度を向上することができ、さらに溶接を箱体内でAr雰囲気として行うことで肉盛層の硬度を向上することができ、肉盛層を多層盛とすることで肉盛層における溶接材(Mo)の濃度を向上することができることが明らかとなった。
【0031】
次に、上述した本発明の実施形態により、母材をFeとし、溶接材を単体Nbとして肉盛層を形成し、その肉盛層について行った各種試験について説明する。Nbについては、予熱温度変化による肉盛層の割れの有無(下記試験5)、予熱温度の違いによる溶接部表面からの硬度変化(下記試験6)に関する試験を行っている。なお、母材や試験条件は、溶接材が単体Moの場合と同様である。
【0032】
<5.予熱温度と溶接部の割れの関係>> 溶接前の母材を予熱した場合と、予熱温度を変化させた場合における溶接部の割れについて検討した。割れの有無の確認は、単体Moの場合と同様に浸透探傷法により行っている。図7に、予熱各温度と割れの有無の結果を示す。母材を予熱しない場合(室温)と、予熱温度を150℃〜300℃とした場合には、溶接部に割れが生じたが、母材の予熱温度を450℃、600℃とした場合には、何れの予熱温度でも溶接部に割れは生じなかった。このことから、溶接材がNbの場合も溶接部への割れの防止のためには、溶接前における母材への予熱工程が必須であり、特に本試験で用いた母材Feと溶接材Nbとの関係においては、450℃以上、試験結果から鑑みれば450℃〜600℃の予熱が必要であるとえいる。
【0033】
<6.予熱温度の違いによる溶接部表面からの深さと硬度の関係> 溶接前の母材を150℃、300℃、450℃、600℃に予熱した場合と、予熱しない(室温)場合とにおいて、溶接部表面からの深さと溶接部の硬度との関係を調べた。図8に、各予熱温度における溶接部表面からの深さ0.5mmから0.5mm毎におけるマイクロビッカース硬度の測定結果を示す。同図から分かるように、母材を予熱しない場合と比較して、予熱した場合には、溶接部表面からの各深さにおいて溶接部のマイクロビッカース硬度が概ね向上したが、特に予熱温度が150℃、300℃の場合は溶接部表面から浅い部分のマイクロビッカース硬度が大幅に向上し、予熱温度が450℃、600℃の場合は、溶接部表面から浅い部分でのマイクロビッカース硬度は若干向上し、その硬度が深い部分まで概ね維持されることが分かった。このことから、溶接材をNbとした場合、目的とする硬度に応じて母材の予熱温度に適温が存在することが明らかとなった。特に試験5の結果と併せて考慮すると、本試験の場合、溶接部に割れが生じず、且つ溶接部の硬度を向上するためには、溶接前に母材を450℃〜600℃程度に予熱することが望ましいといえる。
【0034】
なお、溶接材が単体Nbの場合、溶接を箱体内でAr雰囲気下で行うことや、多層盛とすることが、単体Moの場合と同様に有効であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の一実施形態に適用される溶接装置の概観を示す模式的縦断面図。
【図2】溶接材に単体Moを用いた場合の母材への予熱温度と溶接部の割れとの関係を示す図。
【図3】溶接材に単体Moを用いた場合の溶接部表面からの各深さにおけるマイクロビッカース硬度の測定結果を示す図。
【図4】箱体内におけるArガス雰囲気下での溶接による溶接部の硬度に関する効果を大気中での溶接方法と比較して溶接部表面からの各深さにおけるマイクロビッカース硬度の測定結果を示す図。
【図5】Mo一層盛における溶接部表面からのMo濃度の変化を示す図。
【図6】Mo二層盛における溶接部表面からのMo濃度の変化を示す図。
【図7】溶接材に単体Nbを用いた場合の母材への予熱温度と溶接部の割れとの関係を示す図。
【図8】溶接材に単体Nbを用いた場合の溶接部表面からの各深さにおけるマイクロビッカース硬度の測定結果を示す図。
【符号の説明】
【0036】
1…PTAを利用した溶接装置
2…トーチ
2d…プラズマアーク
3…箱体
3a…不活性ガス(Arガス)
4…母材
5…溶接材(単体Mo又は単体Nbの何れか一方又は両方)
6…肉盛層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材に対して単体Mo又は単体Nbの少なくとも何れか一方からなる溶接材を肉盛溶接する方法であって、
前記母材の溶接ポイントを所定温度に予熱する工程と、
前記溶接ポイントの周囲を不活性ガス雰囲気とした状態で、前記溶接材をプラズマアーク溶接することにより、前記母材に対して、前記溶接材、又は前記母材と前記溶接材とによる金属間化合物、の少なくとも何れか一方を含有する肉盛層を形成する工程と、
を含むことを特徴とする高Mo/Nb肉盛層の形成方法。
【請求項2】
前記肉盛層を形成する工程において、前記溶接ポイントの周囲を箱体により覆い、当該溶接ポイントの周囲を不活性ガス雰囲気下に保持している請求項1に記載の高Mo/Nb肉盛層の形成方法。
【請求項3】
前記不活性ガスは、Arである請求項1又は2の何れかに記載の高Mo/Nb肉盛層の形成方法。
【請求項4】
前記肉盛層を形成する工程において、前記溶接材は、粉体として前記溶接ポイントに添加される請求項1乃至3の何れかに記載の高Mo/Nb肉盛層の形成方法。
【請求項5】
前記肉盛層を形成する工程において、前記肉盛層を、同種の多層盛とする請求項1乃至4の何れかに記載の高Mo/Nb肉盛層の形成方法。
【請求項6】
母材に対してプラズマアーク溶接される肉盛層であって、
単体Mo又は単体Nbの少なくとも何れか1種からなる溶接材、又は前記母材と前記溶接材とによる金属間化合物、の少なくとも何れか一方を含有することを特徴とする高Mo/Nb肉盛層。
【請求項7】
前記肉盛層は、前記母材の表面に複数層に亘り構成されたものである請求項6に記載の高Mo/Nb肉盛層。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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