説明

(P−P)配位されたフェロセニルジホスフィン配位子を有するルテニウム錯体、該錯体の製造方法、および均一系触媒での該錯体の使用

本発明は、ルテニウムの酸化状態が(+II)であり、かつキラルなフェロセニルジホスフィン配位子がルテニウムに対して二座のP−P配位を有する、キラルなフェロセニルジホスフィン配位子を有するルテニウム錯体に関する。該ルテニウム錯体は環状であり、かつフェロセニルジホスフィン配位子と共に少なくとも8員環を有する。フェロセニルジホスフィン配位子は、タニアフォス配位子、タニアフォス−OH配位子、およびワルフォス配位子からなる群から選択する。このRu錯体の製造方法を記載する。該Ru錯体は、有機化合物を製造するための均一系不斉触媒反応のための触媒として使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、均一系触媒反応のためのルテニウム錯体に関する。本発明はとりわけ、キラルなジホスフィン配位子(フェロセニルジホスフィン配位子として知られる)を有する、P−P配位されたフェロセン含有ルテニウム錯体、および該錯体の製造方法に関する。本発明はさらに、均一系接触水素化のための触媒としての、該錯体の使用に関する。
【0002】
キラルなフェロセニルジホスフィンは、有機化合物のエナンチオ選択的な水素化のための、触媒活性を有する金属錯体のための有用な配位子であると証明されている。その使用領域は、中間体または活性化合物、例えば医薬品、農薬、フレーバー、またはフレグランスの製造である。
【0003】
フェロセン骨格を有するジホスフィンの中でも、例えば1−s−ホスフィノ−2−(2’−s−ホスフィノ−1−ベンジル)−フェロセンは、有機化合物をエナンチオ選択的に水素化するための貴金属錯体のために有用な配位子であることが証明されている。この種類の配位子は、「タニアフォス(Taniaphos)」という名称で呼ばれており、WO00/37478に記載されている。フェロセン骨格を有するジホスフィンのさらなる例は、1−(α−s−ホスフィノアルキル)−2−(s−ホスフィノアリール)−フェロセンであり、これはWO02/02578で開示されている(慣用名「ワルフォス(Walphos)」)。
【0004】
エナンチオ選択的な水素化では、これらのジホスフィン配位子を適切な貴金属錯体とともに使用する。フェロセニルジホスフィン不斉配位子と、有機金属Ru化合物との反応により、ホスフィン配位子のP原子が単座配位である錯体の混合物が生じる。式(1)を参照:
【化1】

【0005】
式(1)によれば、それぞれの場合で、フェロセニルジホスフィン配位子のP原子のうち一つだけがルテニウムと結びついている、P配位された単座のRu錯体の異性体混合物が存在している。式(1)における2つの異性体は例えば、31P−NMR分光分析により区別することができる。ルテニウム錯体でフェロセニルジホスフィン配位子のP原子が両方とも同時に配位していること(以降、「二座」配位、またはP−P配位と呼ぶ)は、これまで観察されていない。
【0006】
これらの水素化で使用される有機金属Ru化合物は例えば、[Ru(COD)Y2x、[Ru(NBD)Y2x、[Ru(芳香族化合物)Y2x、または[Ru(COD)(2−メチルアリル)2](式中、X=2;Y=ハロゲン化物、COD=1,5−シクロオクタジエン、NBD=ノルボルナジエン、芳香族化合物=例えば、p−クメン、または他のベンゼン誘導体である)である。
【0007】
EP1622920B1は、フェロセニルジホスフィン配位子を有する遷移金属錯体を開示している。ホスフィン配位子の特定のP−P配位を有する錯体は記載されておらず、そしてこれに加えて開示されているジホスフィン配位子は、配位子システムの異なるフェロセン環上に位置しているホスフィン基を有する。
【0008】
WO00/37478は、第7族または第8族の遷移金属原子を含有し、かつフェロセニルジホスフィン配位子のP原子が両方とも中心原子に対して同時に配位されている遷移金属錯体を記載しているが、これらの錯体は単離されておらず、またキャラクタリゼーションされていない。前記錯体を製造する方法は記載されていない;むしろこれらの錯体は、配位子と適切な遷移金属塩とを反応溶媒中で(「その場で」)使用直前に組み合わせることにより生成させる。
【0009】
これらのその場での方法は、先行技術である。こうしてフェロセニルジホスフィン配位子は、ルテニウム錯体とその場での方法で反応させる;Angewndte Chemie 1999、111、No.21、3397〜3400参照。ここでは、[Ru(COD)(C472HBR(COD=シクロオクタ−1,5−ジエン、C47=2−(η3−)メチルアリル)をRu錯体として使用し、そしてR−CO−CH2−CO−OEtタイプのβ−ケトエステルをエタノール中で50℃、50barの水素のもとで水素化する。同一のRu出発化合物が、Tetrahedron Asymmetry 15 (2004)、91〜102で使用され、そして触媒はその場で製造される。
【0010】
Adv.Synth.Catal.2003、345、160〜164は、「ワルフォス」タイプのフェニルフェロセニルエチルジホスフィン配位子を記載している。二量体の[RuI2(p−クメン)]2は、水素化においてRu含有触媒前駆体として使用され、そしてこの触媒はその場で形成される。
【0011】
しかしながら、その場で生成させる金属錯体の構造に関する研究は、これまで行われていない;相当する錯体は単離されていたのではなく、均一系触媒のため、とりわけ接触水素化のための反応混合物において直接使用された。
【0012】
これまで記載されてきた接触水素化法の、そしてそこで使用されてきた触媒の不利な点はとりわけ、エナンチオ選択性が低いこと、および貴金属触媒の消費量が高いこと、すなわち物質/触媒(S/C)比が低いこと、ならびに水素化時間が長いことである。
【0013】
従って本発明の課題は、均一系不斉水素化のための、改善された触媒を提供することである。
【0014】
この課題は、本発明の請求項1に記載したタイプ(A)とタイプ(B)のルテニウム錯体を準備することによって達成される。さらには、本発明の錯体を製造する方法を請求項11に開示する。好ましい実施態様は、これらの請求項に従属する従属請求項に記載する。
【0015】
本発明が記載するのは、均一系触媒反応のためのキラルなフェロセニルホスフィン配位子を有するルテニウム錯体であり、この際このルテニウムは(+II)の酸化状態であり、かつこのフェロセニルジホスフィン配位子は、Ruに対して二座のP−P配位を有する。これらのルテニウム錯体は環状であり、フェロセニルジホスフィン配位子とともに、少なくとも8員環を有する。これらのフェロセニルジホスフィン配位子は例えば、「タニアフォス」、および「ワルフォス」からなる群から選択するが、これらの配位子に限定されることはない。
【0016】
本発明はさらに、特定のRu出発化合物をキラルなフェロセニルジホスフィン配位子と反応させる、本発明のルテニウム錯体を製造するための方法に関する。
【0017】
フェロセニルジホスフィン配位子を有する明確なRu錯体を探す中で意外なことに、フェロセニルジホスフィン配位子のP原子を両方とも、中心にあるRu原子に対して同時に配位させることが、特定の条件下で達成可能なことが判明した。このことにより、構造中に少なくとも8員環を有する(員環数 r≧8)環状のRu錯体が得られる。
【0018】
P−P配位の効果は、構造中に少なくとも7つの環形成原子を有する、従って中心にRu原子を有する少なくとも8員環を立体的に形成することができる特定のフェロセニルジホスフィン配位子を使用することにより得られる。これらのホスフィノ基は好ましくは、フェロセン分子の1つの(すなわち同一の)シクロペンタジエニル環上に位置している。
【0019】
適切なフェロセニルジホスフィン配位子の例は、タニアフォスタイプの、およびこれらの誘導体の配位子、例えばタニアフォス−OH、またはタニアフォス−OMeなどである。しかしながらまた、「ワルフォス」タイプの配位子を使用することも可能である。本発明のRu錯体を製造するための、適切なフェロセニルジホスフィン配位子の例は:
(S)−1−ジフェニルホスフィノ−2−[(R)−α−(N,N−ジメチルアミノ)−o−(ジフェニルホスフィノフェニル)メチル]フェロセン(=タニアフォス T001−1)、
(R)−1−ジフェニルホスフィノ−2−[(S)−α−(N,N−ジメチルアミノ)−o−(ジフェニルホスフィノフェニル)メチル]フェロセン(=タニアフォス T001−2)、
(S)−1−ジシクロヘキシルホスフィノ−2−[(R)−α−(N,N−ジメチルアミノ)−o−(ジシクロヘキシルホスフィノフェニル)−メチル]フェロセン(=タニアフォス T002−1)、
(R)−1−ジシクロヘキシルホスフィノ−2−[(S)−α−(N,N−ジメチルアミノ)−o−(ジシクロヘキシルホスフィノフェニル)−メチル]フェロセン(=タニアフォス T002−2);
(S)−1−ジフェニルホスフィノ−2−[α−(S)−ヒドロキシ−(o−ジフェニルホスフィノフェニル)メチル]フェロセン(「タニアフォスOH」);およびこのタイプの誘導体;
(S)−1−ジフェニルホスフィノ−2−[α−(S)−メトキシ(o−ジフェニルホスフィノフェニル)メチル]フェロセン(「タニアフォスOMe」);およびこのタイプの誘導体(WO2003/076451参照);
(R)−1−[(R)−2−(2’−ジフェニルホスフィノフェニル)フェロセニル]エチルジ(ビス−3,5−トリフルオロメチルフェニル)−ホスフィン(ワルフォス W001−1);
(S)−1−[(S)−2−(2’−ジフェニルホスフィノフェニル)フェロセニル]エチルジ(ビス−3,5−トリフルオロメチルフェニル)−ホスフィン(ワルフォス W001−2);
(R)−1−[(R)−2−(2’−ジフェニルホスフィノフェニル)フェロセニル]エチルジフェニルホスフィン(ワルフォス W002−1);
(S)−1−[(S)−2−(2’−ジフェニルホスフィノフェニル)フェロセニル]エチルジフェニルホスフィン(ワルフォス W002−2);
(R)−1−[(R)−2−(2’−ジフェニルホスフィノフェニル)フェロセニル]エチルジシクロヘキシルホスフィン(ワルフォス W003−1);
(S)−1−[(S)−2−(2’−ジフェニルホスフィノフェニル)フェロセニル]エチルジシクロヘキシルホスフィン(ワルフォス W003−2);
(R)−1−[(R)−2−(2’−ジ(3,5−ジメチル−4−メトキシフェニル)−ホスフィノフェニル)フェロセニル]エチルジ(ビス−3,5−トリフルオロメチル)フェニル]ホスフィン(ワルフォス W005−1);
(S)−1−[(S)−2−(2’−ジ(3,5−ジメチル−4−メトキシフェニル)−ホスフィノフェニル)フェロセニル]エチルジ(ビス−3,5−トリフルオロメチル)フェニル]ホスフィン(ワルフォス W005−2);
(R)−1−[(R)−2−(2’−ジフェニルホスフィノフェニル)フェロセニル]エチルジ(3,5−キシリル)ホスフィン(ワルフォス W006−1);
(S)−1−[(S)−2−(2’−ジフェニルホスフィノフェニル)フェロセニル]エチルジ(3,5−キシリル)ホスフィン(ワルフォス W006−2);
(R)−1−[(R)−2−(2’−ジシクロヘキシルホスフィノフェニル)フェロセニル]エチルジ(3,5−トリフルオロメチル)フェニル)ホスフィン(ワルフォス W008−1);
(S)−1−[(S)−2−(2’−ジシクロヘキシルホスフィノフェニル)フェロセニル]エチルジ(3,5−トリフルオロメチル)フェニル)ホスフィン(ワルフォス W008−2)
である。
【0020】
これらのキラルなフェロセニルジホスフィン配位子は、たいていの場合市販で利用可能である。本発明の製造工程においてこれらの配位子を使用することにより、構造中に8員環を有する環状のRu錯体が得られる。しかしながら、他のキラルなフェロセニルジホスフィン配位子もまた、少なくとも8員環(員環数 r≧8)を形成することができる限り、適している。
【0021】
本発明による製造方法においてP−P配位の効果は、酸化状態が(+II)であり、かつ2電子供与体である中性配位子LDを少なくとも2つ有する、特定のRu出発化合物を使用することにより達成される。該化合物は、以下の一般式
【化2】

[式中、
Ruは酸化状態が+IIであり、
nは3、または3より大きい整数であり、
Dは中性配位子であり、
Zは少なくとも1つのπ結合性有機配位子であり、かつ
-はオキソ酸の、または錯酸のアニオンである]
を有する。
【0022】
少なくとも3つの中性配位子LDは一般的に、第2級もしくは第3級ホスフィン、またはN−複素環式カルベン配位子(NHC配位子として知られる)のような2電子供与体配位子のクラスに属する。配位子LDは好ましくは、中心にあるRu原子と結合している溶媒配位子である。これらの配位子のうち少なくとも2つを、キラルなジホスフィン配位子による反応で置き換える。適切な配位子LDの例は、アルコール、エーテル、アミン、酸アミド、ラクタム、およびスルホンからなる群から、例えばアセトニトリル(CH3CN)、ジエチルエーテル(DEE)、水(H2O)、またはアセトンから得られる配位子である。また、テトラヒドロフラン(THF)、ジオキサン、ピリジン、イミダゾール、またはチオフェンのような環状配位子を使用することも可能である。異なるタイプの配位子を有する混合システム、例えばホスフィン配位子、および/またはカルベン配位子、および/または溶媒配位子を含有するものも、使用可能である。
【0023】
Ru出発化合物はさらに、少なくとも1つのπ結合性有機配位子Zを有する。Zは一般的に、置換された、もしくは置換されていない、環状もしくは開環状のジエニル配位子を、例えば置換された、もしくは置換されていないペンタジエニル配位子、またはヘプタジエニル配位子を含む。
【0024】
明確にしておくと、Ruと結合している場合、このようなジエニル配位子は、負に帯電している、すなわちアニオン性である。
【0025】
好ましくは、2,4−ジメチルペンタジエン、2,3,4−トリメチルペンタジエン、シクロヘプタジエン、シクロオクタジエン、ノルボルナジエンなどを使用する。配位子Zはまた、プロトン化された状態で存在していてよく、かつ「アゴスティック相互作用」状態にあるプロトンを有していてよい。
【0026】
より好ましくはZとして、1つの負に帯電された開環状ジエニル配位子、例えば2,4−ジメチルペンタジエニル配位子、または2,3,4−トリメチルペンタジエニル配位子を用いる。
【0027】
Ru出発化合物は、一価の正帯電のみを有するカチオンとして存在し、かつさらなる成分E-としてオキソ酸の、または錯酸のアニオンを対イオンとして有する。E-の例は、HSO4-、CF3SO3-、ClO4-、BF4-、B(アリール)4-、SbF6-、およびPF6-である。
【0028】
適切なRu出発化合物の例は、[Ru(2,4−ジメチルペンタジエニル)(CH3CN)3+BF4-、または[Ru(2,4−ジメチルペンタジエニル(アセトン)3+BF4-である。
【0029】
Ru出発化合物は、公知のRu前駆体化合物から適切な配位子LDとの反応および単離により、様々な方法工程で製造することができる。Ru前駆体化合物は、LDによる改善された配位子置換を達成するために、中性配位子LDとの反応前にプロトン化することができる。
【0030】
Ru前駆体としては、上記の化合物、例えばビス(η5−(2,4−ジメチルペンタジエニル)Ru、[Ru(COD)Cl22、[Ru(ノルボルナジエン)Cl22、[Ru(p−クメン)I22、または[Ru(COD)(2−メチルアリル)2]を使用することができる。これらのRu化合物は、市販で利用可能である。Ru出発化合物のための製造手順は、使用する前駆体化合物に応じて適合させなければならない。
【0031】
好ましいRu前駆体は、負に帯電されたZ配位子、例えばビス(η5−(2,4−ジメチルペンタジエニル)Ruを含む。Ru出発化合物の製造は通常、2工程で進める:
工程A(プロトン化):
【化3】

【0032】
工程B(配位子交換):
【化4】

【0033】
Ru出発化合物と、適切なキラルなフェロセニルジホスフィン配位子(以降、短縮してP(1)−P(2)と表記する)との反応により、本発明のRu錯体が得られることが判明した。この時、フェロセニルジホスフィン錯体の形成は、工程Cで起こる。本発明の製造工程が、式(2)に一般的式で示されている:
工程C式(2)に従った配位子交換):
【化5】

【0034】
式(2)の反応により、タイプ(A)の新規なRu錯体が得られる。タイプ(A)のRu錯体を製造するために、フェロセニルジホスフィン配位子を先に記載したRu出発化合物と反応させ、反応中で配位子LDのうち少なくとも2つを、キラルなジホスフィン配位子により置き換える。Ru出発化合物が2つ以上の配位子LDを有する場合、残りの配位子LDはルテニウムに配位されたままである。これらの配位子は、後続工程で置き換えるか、または取り除くことができる。Ru錯体の製造は好ましくは、シュレンク技術と酸素不含溶媒を用いて保護ガス雰囲気下で行う。フェロセニルジホスフィン配位子は通常、適切な溶媒中で20〜80℃の範囲の温度、好ましくは20〜60℃の範囲、そしてとりわけ好ましくは室温(25℃)で、撹拌しながらRu出発化合物と反応させる。適切な溶媒は、塩化炭化水素、例えばクロロホルム、塩化メチレン、トリクロロエタン、またはジクロロエタンである。反応時間は、1時間から10時間の範囲である。Ru錯体の製造において、配位子をやや過剰量で使用することが、有利であり得る。この過剰量は、1〜10mol%の範囲(Ru出発化合物に対して)であってよい。引き続いた単離、洗浄、および精製工程は、当業者には公知である。溶媒残留物を除去するために、生成物を減圧下で乾燥させる。
【0035】
さらなる実施態様において本発明は、タイプ(B)のRu錯体を含む。これらの錯体は実効電荷を持たず、かつP−P配位されたフェロセニルジホスフィン配位子、π結合性有機配位子Z、および場合により配位子LDに加えて、負に帯電された配位子LZを有する。
【0036】
この配位子LZは、ハロゲン化物イオン(フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、またはヨウ化物イオン)、または擬似ハロゲン化物イオン(例えばCN-、SCN-、シアン化物イオン、イソシアネートなど)によって配位子LDのうち1つを置き換えることにより導入することができる。タイプ(B)のRu錯体は好ましくは、タイプ(A)の錯体から、引き続いた配位子交換、例えばアセトニトリル1分子をヨウ化物イオンで置き換えることにより製造する(実施例2参照):
式(3)に従った、工程D(負に帯電された配位子LZによる、配位子LDの置き換え)
【化6】

【0037】
工程Dを行うために、カチオン性のRu錯体(タイプA)を両極性の、非プロトン性溶媒、例えばアセトンまたはTHFに溶解させ、そして20〜50℃の範囲の温度で配位子LZと反応させる。この生成物は一般的に沈殿し、分離除去することができる。
【0038】
タイプ(A)の新規なRu錯体
【化7】

およびタイプ(B)の新規なRu錯体
【化8】

[式中、それぞれの場合で
Ruは酸化状態が+IIであり、
nは3、または3より大きい整数であり、
Dは中性配位子であり、
Zは少なくとも1つのπ結合性有機配位子であり、
-はオキソ酸の、または錯酸のアニオンであり、かつ
Zは少なくとも1つのアニオン性配位子であり、かつ
フェロセニルジホスフィン配位子P(1)−P(2)が、二座のP−P配位を有する]
は、プロキラルな有機化合物を不斉水素化するための、効果的な均一系触媒である。
【0039】
従ってこれらの錯体は、均一系不斉触媒反応、例えば多重結合のエナンチオ選択的な水素化のための触媒として使用する。本発明の目的に対して多重結合とは、1つの炭素原子と1つのさらなる炭素原子との(C=C)、または酸素原子との(C=O)、または窒素原子との(C=N)二重結合である。
【0040】
さらに、本発明のルテニウム錯体はまた、他の不斉反応のための触媒として使用することができる。これらは、C−C、C−O、C−N、C−P、C−Si、C−B、またはC−ハロゲンといった結合を形成する反応である。その例は、不斉環化反応、不斉オリゴマー化、および不斉重合反応である。
【0041】
タイプ(A)およびタイプ(B)の新規なRu錯体は、定義された化合物として使用し、かつ例えば水素化において非常に良好な触媒反応特性を示す。これに比べて、フェロセニルジホスフィン配位子のP原子が単座配位でしかないRu錯体、またはその場での方法においてフェロセニルジホスフィン配位子とともに使用されるRu化合物は、触媒反応特性が劣る。
【0042】
以下の実施例は、本発明を説明するものである。
【0043】
実施例
実施例1:
(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)−(CH3CN)−(タニアフォス T001−1)ルテニウム(II)テトラフルオロホウ酸塩の製造
a)(η4−2,4−ジメチルペンタジエン−η2−C,H)−(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)ルテニウムテトラフルオロホウ酸塩の製造
マグネチックスターラーを備える100mlのシュレンク管内で、ビス(η5−2,4ジメチルペンタジエニル)ルテニウム(Colonial Metals Inc.社製、Elkton,MD,USA)1.1g(3.77mmol)を、ジエチルエーテル50mlに溶解させる。室温で、濃度54%のHBF4−Et2O溶液(Aldrich社製)0.51ml(3.77mmol)を、10分間にわたって滴加する。この添加完了後、混合物を静置し、そして沈殿が完了したことを、HBF4−Et2Oをさらに滴加して調べる。上澄みの溶媒を取り除き、そして固体をジエチルエーテルで二回洗浄する。淡黄色の残留物を、減圧下で乾燥させる。収率:1.43g(100%)。
【0044】
b)アセトニトリル錯体、(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)−(CH3CN)3ルテニウム(II)テトラフルオロホウ酸塩の製造
工程a)で製造した、(η4−2,4−ジメチルペンタジエン−η2−C,H)−η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)ルテニウムテトラフルオロホウ酸塩0.41g(1.1mmol)をアセトニトリル10mlに添加混合する。この燈色の溶液を10分間撹拌し、そしてその後溶媒を減圧下で除去して、燈色の固体を得る。収率:0.44g(100%)。
【0045】
c)タニアフォスT 001−1との反応
タニアフォス SL−T001−1(Solvias社製、Basel,CH;400mg、0.58mmol)を、マグネチックスターラーを備える丸底フラスコに移し、そして工程b)で製造したRu出発化合物(236mg、0.58mmol)を、その後添加する。反応体をCH2Cl210mlに溶解させ、そしてこの混合物を室温で3時間撹拌する。溶液は濃い赤色になる。溶媒を減圧下で取り除き、そして固体残留物をジエチルエーテルで洗浄する。この生成物を集め、そして高圧で乾燥させる。収率:90%、赤燈色の固体、deが75%の2つのジアステレオマー。
【0046】
キャラクタリゼーション:


本発明によるP−P配位は、比較的相互に近似する化学シフト(δ:36.54ppm(d,JPP=34.6Hz)と31.59ppm(d,JPP=34.6Hz))を有する2つのPシグナルが31P NMRで起こり、そしてP(1)とP(2)との間で34.6Hzというカップリングが観察されるという事実により証明される。配位されていないP原子のシグナルは、発見されない。
【0047】
エナンチオ選択的な接触水素化のための触媒として使用する場合、本発明による錯体によって非常に良好な収率が得られる。
【0048】
実施例2
(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)(ヨード)−(タニアフォス T001−1)ルテニウム(II)の製造
タニアフォス錯体(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)−(CH3CN)(タニアフォス T001−1)ルテニウム(II)テトラフルオロホウ酸塩を、実施例1c)で記載したように製造する。この化合物100mgをアセトン4mlに溶解させ、ヨウ化カリウムの二等量過剰分(80mg)を添加し、そしてこの混合物を室温で10時間撹拌する。沈殿する固体を濾別し、そしてまず水で洗浄し、そしてそれから常温のアセトンで洗浄する。これにより、deが60%の2つのジアステレオマーの混合物が、黄橙色の固体として、85%の収率で得られる。
【0049】
キャラクタリゼーション:


本発明によるP−P配位は、比較的相互に近似する化学シフト(δ:39.88ppmと29.96ppm)を有する2つのPシグナルのみが31P NMRで起こり、そしてP(1)とP(2)との間で40.5Hzというカップリングが観察されるという事実により証明される。
【0050】
接触水素化のための使用:
実施例2で記載した(タニアフォス T001−1)(ヨード)ルテニウム(II)錯体を、トランス−2−メチル−2−ブテン酸の不斉水素化のために使用する。この水素化は、オートクレーブ内で50barの水素のもとで行う;溶媒:メタノール;温度:50℃。ややメタノール性のHClを添加する。18時間の反応時間後、水素圧を放出する。未精製材料の分析によれば、反応率が>90%、そしてエナンチオマー過剰率(ee)が>40%であることが示される。物質/触媒比(S/C)は、>500である。
【0051】
従って、エナンチオ選択的な接触水素化のための触媒として使用する場合、本発明による錯体により非常に良好な結果が得られる。
【0052】
実施例3
(η5−2,4−ジメチルペンタジエニル)(ヨード)−(タニアフォス−OH)ルテニウム(II)の製造
マグネチックスターラーを備える丸底フラスコ内に、実施例1b)で記載したアセトニトリル錯体(η5−2,4−ジメチル−ペンタジエニル)(CH3CN)3ルテニウム(II)テトラフルオロホウ酸塩(288mg、0.71mmol)を、塩化メチレン15mlに溶解させ、そして(S,S)−タニアフォス−OH(288mg、0.71mmol)とともに常温で3時間撹拌する。溶液は、濃い赤色になる。溶媒を減圧下で除去し、そして残留物をジエチルエーテルで洗浄する。得られる(タニアフォス−OH)ルテニウム(II)テトラフルオロホウ酸塩錯体はさらに単離せず、アセトン20mlに溶解させる。過剰なヨウ化カリウム(330mg、2mmol)を添加し、そして溶液をさらに10時間撹拌する。沈殿する黄燈色の固体を濾別し、そして水とアセトンで洗浄する。これにより、ほぼ等モル比の2つのジアステレオマーの混合物を含む生成物が得られる。収率:90%。タニアフォス−OH配位子のP−P配位は、31P−NMRにより証明される。
【0053】
エナンチオ選択的な接触水素化のための触媒として使用する場合、このRu錯体により良好な収率が得られる。
【0054】
比較例1(CE1)
P単座配位のフェロセニルジホスフィン配位子を有するRu錯体の製造
常温でTHF中において、タニアフォス SL−T001−1と、市販で利用可能なルテニウム錯体[RuCl2(p−クメン)]2(Umicore社製、Hanau)との反応により、式(1)の反応に従って、31P 分光分析によりP−単座配位の錯体として同定された、2つの異性体の2:1の混合物が得られる。この波長は、異なる4つのシグナルを示す(CD2Cl2中で31P NMR:少ない方の量で存在する異性体に対しては δ=49ppmと−13ppm、主な異性体に対してはδ=35ppmと−15ppm)。ここで、負の化学シフト(δ=−13ppと−15ppm)を有するシグナルを、それぞれの場合で配位子の非配位P原子に割り当てることができる。
【0055】
この混合物を2時間還流させると、主要な割合で存在している異性体が形成される;ヘキサンを用いた沈殿により、単離を行う。フェロセニルジホスフィン配位子の二座P−P配位は、観察されない。
【0056】
接触水素化のための使用:
比較例1で記載したように製造したRu錯体混合物を、トランス−2−メチル−2−ブテン酸の不斉水素化のために使用する。この水素化は、オートクレーブ内で50barの水素のもとで行う;溶媒:メタノール;温度:50℃。ややメタノール性のHClを添加する。18時間の反応時間後、水素圧を放出する。未精製材料の分析によれば、不完全な反応であること、そしてeeは<38%であることが示される。物質/触媒比(S/C)は、200である。
【0057】
これらの結果を、実施例2の結果と比較することができる。これらの結果により、キラルな有機化合物の不斉水素化において、フェロセニルジホスフィン配位子のP−P配位を有する本発明のRu錯体の優位性が示される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式
【化1】

または
【化2】

[式中、Ruは酸化状態が+IIであり、
nは3、または3より大きい整数であり、
Dは中性配位子であり、
Zは少なくとも1つのπ結合性有機配位子であり、
-はオキソ酸の、または錯酸のアニオンであり、かつ
Zは少なくとも1つのアニオン性配位子であり、かつ
フェロセニルジホスフィン配位子P(1)−P(2)が、二座のP−P配位を有する]
に相当する、均一系触媒反応のためのキラルなフェロセニルジホスフィン配位子を有する、ルテニウム錯体。
【請求項2】
キラルなフェロセニルジホスフィン配位子P(1)−P(2)が、ルテニウムと共に少なくとも8員環を形成する、請求項1に記載のルテニウム錯体。
【請求項3】
キラルなフェロセニルジホスフィン配位子P(1)−P(2)を、タニアフォス配位子、タニアフォス−OH配位子、タニアフォス−OMe配位子、およびワルフォス配位子からなる群から選択する、請求項1または2に記載のルテニウム錯体。
【請求項4】
前記LDを2電子供与体配位子のクラスから選択し、かつ前記LDが第2級もしくは第3級ホスフィン配位子、またはN−複素環式カルベン配位子(NHC配位子として知られる)を含む、請求項1から3までのいずれか1項に記載のルテニウム錯体。
【請求項5】
前記LDが、アセトニトリル(CH3CN)、ジエチルエーテル(DEE)、水(H2O)、アセトン、テトラヒドロフラン(THF)、ジオキサン、ピリジン、イミダゾール、およびチオフェンからなる群から選択される溶媒配位子である、請求項1から4までのいずれか1項に記載のルテニウム錯体。
【請求項6】
前記Zが、少なくとも1つの置換された、もしくは置換されていない、環状もしくは開環状のジエニル配位子、例えば少なくとも1つの置換された、もしくは置換されていないペンタジエニル配位子、またはヘプタジエニル配位子である、請求項1から5までのいずれか1項に記載のルテニウム錯体。
【請求項7】
前記Zが、2,4−ジメチルペンタジエン、2,3,4−トリメチルペンタジエン、シクロヘプタジエン、シクロオクタジエン、およびノルボルナジエンからなる群から選択される少なくとも1つの配位子である、請求項1から6までのいずれか1項に記載のルテニウム錯体。
【請求項8】
前記E-が、HSO4-、CF3SO3-、ClO4-、BF4-、B(アリール)4-、SbF6-、およびPF6-からなる群から選択されるアニオンである、請求項1から7までのいずれか1項に記載のルテニウム錯体。
【請求項9】
前記LZが、ハロゲン化物と擬似ハロゲン化物からなる群から選択される少なくとも1つのアニオン性配位子である、請求項1から8までのいずれか1項に記載のルテニウム錯体。
【請求項10】
キラルなフェロセニルジホスフィン配位子として、
(S)−1−ジフェニルホスフィノ−2−[(R)−α−(N,N−ジメチルアミノ)−o−(ジフェニルホスフィノフェニル)メチル]フェロセン(=タニアフォス T001−1);(R)−1−ジフェニルホスフィノ−2−[(S)−α−(N,N−ジメチルアミノ)−o−(ジフェニルホスフィノフェニル)メチル]フェロセン(=タニアフォス T001−2);(S)−1−ジシクロヘキシルホスフィノ−2−[(R)−α−(N,N−ジメチルアミノ)(ジシクロヘキシルホスフィノフェニル)メチル]フェロセン(=タニアフォス T002−1)、または(R)−1−ジシクロヘキシルホスフィノ−2−[(S)−α−(N,N−ジメチルアミノ)(ジシクロヘキシルホスフィノフェニル)−メチル]フェロセン(=タニアフォス T002−2)を使用する、請求項1から9までのいずれか1項に記載のルテニウム錯体。
【請求項11】
一般式
【化3】

[式中、
Ruは酸化状態が+IIであり、
nは3、または3より大きい整数であり、
Dは中性配位子であり、
Zは少なくとも1つのπ結合性有機配位子であり、かつ
-はオキソ酸の、または錯酸のアニオンである]
のRu出発化合物を、キラルなフェロセニルジホスフィン配位子と反応させることを特徴とする、二座のP−P配位を有する、キラルなフェロセニルジホスフィン配位子を有するルテニウム錯体の製造方法。
【請求項12】
キラルなフェロセニルジホスフィン配位子を、タニアフォス配位子、タニアフォス−OH配位子、タニアフォス−OMe配位子、およびワルフォス配位子からなる群から選択する、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記LDを2電子供与体配位子のクラスから選択し、かつ前記LDが第2級もしくは第3級ホスフィン配位子、またはN−複素環式カルベン配位子(NHC配位子として知られる)を含む、請求項11または12に記載の方法。
【請求項14】
前記LDが、アセトニトリル(CH3CN)、ジエチルエーテル(DEE)、水(H2O)、アセトン、テトラヒドロフラン(THF)、ジオキサン、ピリジン、イミダゾール、およびチオフェンからなる群から選択される溶媒配位子である、請求項11から13までのいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記Zが、少なくとも1つの置換された、もしくは置換されていない、環状もしくは開環状のジエニル配位子、例えば少なくとも1つの置換された、もしくは置換されていないペンタジエニル配位子、またはヘプタジエニル配位子である、請求項11から14までのいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
前記Zが、2,4−ジメチルペンタジエン、2,3,4−トリメチルペンタジエン、シクロヘプタジエン、シクロオクタジエン、およびノルボルナジエンからなる群から選択される少なくとも1つの配位子である、請求項11から15までのいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
前記E-が、HSO4-、CF3SO3-、ClO4-、BF4-、B(アリール)4-、SbF6-、およびPF6-からなる群から選択されるアニオンである、請求項11から16までのいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
少なくとも1つの中性配位子LDを、ハロゲン化物と擬似ハロゲン化物からなる群から選択する少なくとも1つのアニオン性配位子LZにより置き換えることをさらに含む、請求項11から17までのいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
Ru(II)に対して二座のP−P配位を有し、かつ請求項11から18までのいずれか1項に記載の方法により得ることができる、キラルなフェロセニルジホスフィン配位子を有するルテニウム錯体。
【請求項20】
有機化合物を製造するための均一系不斉触媒反応のための触媒としての、請求項1から10までのいずれか1項に記載のルテニウム錯体の使用。
【請求項21】
有機化合物の均一系不斉接触水素化のための触媒としての、請求項1から10までのいずれか1項に記載のルテニウム錯体の使用。
【請求項22】
C=C、C=O、またはC=N多重結合をエナンチオ選択的に水素化するための触媒としての、請求項1から10までのいずれか1項に記載のルテニウム錯体の使用。

【公表番号】特表2010−526785(P2010−526785A)
【公表日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−506852(P2010−506852)
【出願日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際出願番号】PCT/EP2008/003695
【国際公開番号】WO2008/138540
【国際公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【出願人】(501399500)ユミコア・アクチエンゲゼルシャフト・ウント・コムパニー・コマンディットゲゼルシャフト (139)
【氏名又は名称原語表記】Umicore AG & Co.KG
【住所又は居所原語表記】Rodenbacher Chaussee 4,D−63457 Hanau,Germany
【Fターム(参考)】