説明

1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテートの立体選択的化学合成法

【課題】 抗HIV化合物1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテートの立体選択的化学合成法を提供すること。
【解決手段】 下記式(I)


(式中、Rは、tert−ブチルジメチルシリル(TBS)基を表す)で表されるケトン化合物を、光学活性オキサザボロリジンの存在下、ボラン化合物により還元することにより、光学活性アルコールを得る。この光学活性アルコールのTBS基を脱離して水酸基とした後、二個の水酸基をアセチル化することにより、1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテートを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗HIV化合物1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテート(1’-(S)-acetoxychavicol acetate)の実用的な立体選択的化学合成法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エイズ患者、即ちHIV(ヒト免疫不全ウィルス)に感染し、発症した患者の数は発見以来世界規模で増え続けており、早急な治療法の確立が必須である。現段階での化学療法としては、逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤を併用して用いる方法が一般に採られている。
【0003】
逆転写酵素は、ウィルスRNAをDNAへと読み換える際に必要なHIVが保有している酵素であり、その阻害剤としてはAZT等が挙げられる。
【0004】
プロテアーゼは、ウィルス蛋白翻訳後に必要となる酵素で、その阻害剤としてはサキナビル等が用いられている。
【0005】
ところでHIV遺伝子は、RNA結合蛋白であるRev蛋白をコードしている。このRev蛋白は核外移行シグナル(NES)を持ち、ウィルスmRNAの核外輸送に必要であり、ひいてはHIVの複製・増殖に必須の蛋白といえる。このRev蛋白の機能を阻害・抑制する物質として、これまでleptomycin Bおよびvaltrate等が報告されている(下記の非特許文献1・2参照)。
【0006】
【非特許文献1】Wolff, B. et al., Chem. Biol., 1997, 4, 139-147頁
【非特許文献2】Murakami, N. et al., Bioorg. Med. Chem. Lett., 2002, 12, 2807-2810頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように、従来のエイズ治療においては、逆転写酵素阻害剤およびプロテアーゼ阻害剤が一般に使用されている。
【0008】
しかしながら、HIVは変異の頻度が高く、薬剤耐性ウィルスが容易に出現することが知られている。そこで、上記従来の薬剤とは異なる新規作用機序に基づく抗HIV剤開発の必要性が増大している。
【0009】
このような状況下、本発明者らは、抗HIV活性物質として、下記の化学構造を有する1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテート(1’-(S)-acetoxychavicol acetate)を天然物から単離した(特願2003−418796号)。
【化5】

【0010】
1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテートは、細胞毒性も低く、HIVの複製に必須のRev蛋白の核外移行を阻害・抑制するという新規作用機序で抗HIV活性を示すことから、新規抗HIV剤、及びその開発のためのリード化合物としての利用が期待されている。そこで、構造活性相関研究等を見据えた各種類縁体の合成を行うにあたり、天然資源からの供給のみによらない1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテートの立体選択的な化学合成法の確立は重要な課題となっている。
【0011】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、その目的は、抗HIV化合物1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテートの立体選択的化学合成法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の課題に鑑み鋭意研究を進めた結果、有機合成的手法を用いて1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテートを実用的な収率で立体選択的に化学合成する方法を確立し、また、この方法は各種類縁体の立体選択的な化学合成に応用可能であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
即ち、本発明は、医療上および産業上有用な発明として、下記(A)・(B)の発明を包含するものである。
(A) 下記一般式(I)
【化6】


(式中、Rは、水素原子、炭素数2〜8のアシル基、またはトリ(炭素数1〜6の炭化水素基)置換シリル基を表す)で表されるケトン化合物を、光学活性オキサザボロリジンの存在下、ボラン化合物等により還元することを特徴とする下記一般式(II)
【化7】


(式中、Rは、一般式(I)と同じ意味を表す)で表される光学活性アルコールの製造方法。
【0014】
(B) 下記式(II)
【化8】


(式中、Rは水素原子を表す)で表される光学活性アルコールにおいて、二個の水酸基をアセチル化することを特徴とする下記式(III)
【化9】


で表される1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテートの製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、例えば、4−ヒドロキシベンズアルデヒドを出発原料として得られるケトン化合物(I)を、上記(A)の方法を用いて、光学活性オキサザボロリジン((R)-oxazaborolidine)の存在下、不斉還元する鍵反応により、1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテート(III)を立体選択的に実用的な収率で製造することができる。
【0016】
また、上記一般式(II)で示される化合物は、1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテート類縁体を製造するための中間体として、有効に利用することができる。つまり、この光学活性アルコール(II)から、類縁体の立体選択的な化学合成が可能となるので、構造活性相関研究を含めたリードオプティマイゼーション等に有効な手段となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の好ましい実施形態について説明するが、本発明は、下記の実施形態によって何ら限定されるものではなく、その要旨を変更することなく、様々に改変して実施することができるものである。
【0018】
前記のように、一般式(I)において、Rは、水素原子、炭素数2〜8のアシル基、またはトリ(炭素数1〜6の炭化水素基)置換シリル基を表す。Rの炭素数2〜8のアシル基(炭素数にはカルボニル炭素を含む)としては、例えば、アセチル基、ピバロイル基、ヘキサノイル基、シクロヘキサノイル基、ベンゾイル基、エトキシカルボニル基、メトキシメチル基、メトキシエトキシメチル基、p−メトキシフェニルメチル基などが挙げられる。また、Rのトリ(炭素数1〜6の炭化水素基)置換シリル基としては、例えば、トリメチルシリル基、トリイソプロピルシリル基、トリエチルシリル基、t−ブチルジメチルシリル基、t−ブチルジフェニルシリル基などが挙げられ、好ましくはt−ブチルジメチルシリル基が挙げられる。
【0019】
光学活性オキサザボロリジンは、公知のもの(例えば、特開2000−256368号公報、特開平8−134076号公報、特開平7−109231号公報、特開平6−340674号公報などに記載のもの)を使用することができる。
【0020】
また、ボラン化合物としては、ジメチルスルフィドボラン錯体の他に、例えば、ジボラン、テトラヒドロフランボラン錯体、ジオキサンボラン錯体、チオキサンボラン錯体、ジメチルアニリンボラン錯体、ジエチルアニリンボラン錯体、フェニルモルホリンボラン錯体、カテーコールボラン等が挙げられる。
【0021】
ケトン化合物(I)を光学活性オキサザボロリジンの存在下、不斉還元するには、光学活性オキサザボロリジンの使用量は、ケトン化合物(I)に対し、光学活性アルコール(II)換算で、通常0.01〜3モル倍程度、好ましくは0.05〜2モル倍程度使用する。また、ボラン化合物は、光学活性アルコール(II)に対して、ホウ素換算で通常1〜20モル倍程度、好ましくは1〜10モル倍程度使用する。
【0022】
また、上記反応に用いられる溶媒としては、例えばテトラヒドロフラン(THF)、1,3−ジオキサン、1,4−ジオキサン、1,3−ジオキソラン、チオキサン、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、メチル−t−ブチルエーテル等のエーテル類、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロベンゼン等の芳香族類、1,2−メトキシエタン、n−ヘキサン、n−ヘプタン、シクロヘキサン等の炭化水素類、メチレンクロリド、エチレンクロリド、四塩化炭素等のハロゲン化炭化水素類、これらの混合物などが挙げられる。なお、溶媒はケトン化合物(I)に対して、通常0.5〜30質量倍程度使用する。不斉還元反応の温度は、通常−20〜100℃程度、好ましくは0〜80℃程度である。また、本発明の不斉還元反応は、一般には、アルゴン、窒素等の不活性気体の存在下で実施される。
【0023】
こうして、合成された光学活性アルコール(II)は、1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテートの類縁体を合成するための中間体として使用することができる。
【0024】
また、一般式(II)において、Rが水素化合物のものの二個の水酸基をアセチル化することにより、1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテートを得ることができる。なお、一般式(II)に記載の光学活性アルコールを合成するにあたり、Rに水素化合物以外の適当な保護基が付加されている場合には、その保護基を脱離した後に、アセチル化の反応を行う。
【実施例】
【0025】
次に、図1を参照しつつ、本発明の実施例に係る、1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテートの製造方法について説明する。
【0026】
化合物2(4−ヒドロキシベンズアルデヒド)50 mgを、ジクロロメタン 4 mL 中、イミダゾール40 mg存在下tert−ブチルジメチルシリルクロリド 75 mg を室温で1時間作用させてフェノール性水酸基をtert−ブチルジメチルシリル(TBDMS、又はTBS)基で保護した。反応液を飽和食塩水にあけ、酢酸エチルで抽出後、得られた酢酸エチル層を硫酸マグネシウムで乾燥させた後減圧下溶媒を留去することで化合物3を得た。この化合物3をテトラヒドロフラン(THF)3 mLに溶解し、氷冷下1.0 Mビニルマグネシウムブロミド THF溶液 0.82 mL を用いて1時間反応させた。飽和塩化アンモニウム水溶液によって反応を停止させ、化合物3の合成時と同様の後処理を行い、得られた粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(シリカゲル 5 g、溶出溶媒;n−ヘキサン:酢酸エチル=3:1)によって精製してアリルアルコール体4を105 mg得た。
【0027】
アリルアルコール4:[α]D24= 0 °(EtOH, c=1.00). H-NMR (CDCl3) δ: 7.22 (2H, d, J=8.5 Hz), 6.68 (2H, d, J=8.5 Hz), 6.04 (1H, ddd, J=6.1, 10.4, 17.0 Hz), 5.32 (1H, d, 17.0 Hz), 5.18 (1H, d, 10.4 Hz), 5.14 (1H, d, J=6.1 Hz), 0.99 (3H x 3, s), 0.20 (3H x 2, s). FABMS m/z: 265 ([M+H]+). HRFABMS:found 265.1596, calcd. C15H25O2Si; 265.1624.
【0028】
続いて、105 mgのアリルアルコール体4を4 mLのジクロロメタン中、Dess-Martin periodinane 500 mgを加えて、室温で2時間攪拌し水酸基をケトカルボニル基へと変換した。反応液に飽和チオ硫酸ナトリウム水溶液と飽和重曹水を添加し透明になるまで室温で攪拌した。この混合液を酢酸エチルで抽出後、化合物3の合成時と同様の後処理の後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(シリカゲル 5 g、溶出溶媒;n−ヘキサン:酢酸エチル=6:1)によって精製し、98 mgのケトン体5を得た。なお、このケトン体5は、本発明における「ケトン化合物」に該当する。
【0029】
更に、ケトン体5をTHF 5 mL 中、(R)−オキサザボロリジン(下記化合物(IV)。本発明における「光学活性オキサザボロリジン」に該当する)52 mg の存在下、-40℃でボラン化合物であるジメチルスルフィドボラン錯体(BH3・S(CH3)2)2.0 M THF溶液0.23 mLにより還元することで、立体選択的還元反応を行った。
【化10】

【0030】
2時間後、反応溶液にMeOHを滴下して反応を停止し、さらに蒸留水を加えて酢酸エチルで抽出し、得られた酢酸エチル層を硫酸マグネシウムで乾燥させた後減圧下溶媒を留去することで、光学活性アルコール6を82 mg得た。このアルコール6は、光学活性HPLCカラム DAICEL chiral ODを用い、光学純度が90%e.e.であることを確認した。
【0031】
光学活性アルコール6:[α]D24 = -1.2 ° (EtOH, c=1.00). 1H-NMR (CDCl3) δ: 7.21 (2H, d, J=8.5 Hz), 6.68 (2H, d, J=8.5 Hz), 6.03 (1H, ddd, J=6.1, 10.4, 17.1 Hz), 5.31 (1H, d, 17.1 Hz), 5.17 (1H, d, 10.4 Hz), 5.13 (1H, d, J=6.1 Hz), 0.99 (3H x 3, s), 0.20 (3H x 2, s). FABMS m/z: 265 ([M+H]+). HRFABMS:found 265.1599, calcd. C15H25O2Si; 265.1624.
HPLC condition; DAICEL chiral OD 4.6 i.d.x 250 mm, mobile phase; Hex:iPrOH=99:1, flow rate; 1.0 mL/min, detection; UV (λ=254 nm), Rt: S 体 13.2 min, R 体: 12.4 min.
【0032】
さらに、82 mgの光学活性アルコール6を3 mLのTHF中、テトラブチルアンモニウムフルオリド(n−Bu4NF)1.0 M THF溶液0.62 mLを加えて室温で2時間攪拌させ、tert−ブチルジメチルシリル基を脱離させ、化合物3の合成時と同様の後処理によってジオール体7とした。このジオール体7をピリジン2 mLに溶解させ、氷冷下でアセチルクロリド(AcCl)0.2 mLを加え、室温で3時間攪拌することにより両水酸基をアセチル化した後、反応液を氷冷した飽和食塩水にあけ酢酸エチルで抽出した。得られた酢酸エチル層を5 % 塩酸、飽和重曹水、飽和食塩水で洗浄し、硫酸マグネシウムで乾燥の後、減圧下溶媒を留去して得られる粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(シリカゲル 4 g、溶出溶媒;n―ヘキサン:酢酸エチル=5:1)によって精製し下記式(III)の1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテート65 mg を合成した。
【化11】

【0033】
1’-(S)-acetoxychavicol acetate :[α]D24 = -49.5 ° (EtOH, c=1.00). 1H-NMR (CDCl3) δ: 7.37 (2H, d, J=8,5 Hz), 7.07 (2H, d, J=8.5 Hz), 6.26 (1H, d, J=6.1 Hz), 5.98 (1H, ddd, J=6.1, 11.0, 17.1 Hz), 5.30 (1H, dd, J=1.2, 17.1 Hz), 5.25 (1H, dd, J=1.2, 11.0 Hz), 2.30 (3H, s), 2.11 (3H, s). FABMS m/z: 235 ([M+H]+). HRFABMS: found 235.0966, calcd. C13H15O4; 235.0970.
【産業上の利用可能性】
【0034】
以上のように、本発明によれば、抗HIV化合物1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテートを立体選択的に実用的な収率で製造することができる。また、各種類縁体の立体選択的な化学合成にも応用できるので、構造活性相関研究を含めたリードオプティマイゼーション等に有効な手段となる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の実施例に係る、1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテートの製造工程を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)
【化1】


(式中、Rは、水素原子、炭素数2〜8のアシル基、またはトリ(炭素数1〜6の炭化水素基)置換シリル基を表す)で表されるケトン化合物を、光学活性オキサザボロリジンの存在下、ボラン化合物等により還元することを特徴とする下記一般式(II)
【化2】


(式中、Rは、一般式(I)と同じ意味を表す)で表される光学活性アルコールの製造方法。
【請求項2】
下記式(II)
【化3】


(式中、Rは水素原子を表す)で表される光学活性アルコールにおいて、二個の水酸基をアセチル化することを特徴とする下記式(III)
【化4】


で表される1’−(S)−アセトキシシャビコールアセテートの製造方法。


【図1】
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【公開番号】特開2006−206541(P2006−206541A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−23641(P2005−23641)
【出願日】平成17年1月31日(2005.1.31)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】