説明

3−カルボキシムコノラクトンのキラル体の発酵生産

【課題】3−カルボキシムコノラクトンのキラル体を発酵生産する方法の提供。
【解決手段】本発明は、3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ遺伝子、ligV遺伝子、vanA遺伝子及びvanB遺伝子並びにpcaH遺伝子及びpcaG遺伝子から成るDNA分子群を含んで成る組換えベクター、当該組換えベクターを含む形質転換体、及び当該形質転換体を用いた3−カルボキシムコノラクトンのキラル体の発酵生産方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物成分あるいは石油成分由来、あるいは化学的に合成されたバニリン、バニリン酸及び/又はプロトカテク酸から3-カルボキシムコノラクトン(以下、単に「3-CML」と略すこともある)のキラル体を発酵生産するための多段反応プロセスを構成する酵素をコードした遺伝子を含む組換えベクター、当該組換えベクターを導入した形質転換体、並びに当該形質転換体を用いた3-カルボキシムコノラクトンのキラル体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物主要成分であるリグニンは、芳香族高分子化合物として植物細胞壁に普遍的に含まれており、樹木では30%、イネやトウモロコシ稈の15%を占めるバイオマス資源である。その他にも植物は多様な芳香族化合物を構成成分として含んでいる。しかし、リグニンを主成分とする植物由来の芳香族成分は化学構造が多様な成分で構成されていることや、複雑な高分子構造を持つため、有効な利用技術が開発されていない。従来の利用技術として挙げられるのは、リグニンを主成分とする植物由来の芳香族成分をアルカリ分解などの化学分解で生成する低分子芳香族分解物から、香料原料であるバニリンを分離製造する実用化技術がある。しかし、化学分解で生成するバニリン以外の多量の低分子芳香族物質の有効な利用方法はないのが現状である。そのため製紙工程で大量に生成するリグニンは有効利用される事無く重油の代替え品として燃焼されている。
【0003】
今日の石油化学工業の発展を支えたのは、多様な化学成分の混合物である原油を触媒分解と分溜によってベンゼンやエチレンなどの単一な中間物質に一旦変換し、それらを原料に多様な機能性プラスチックスを製造するという原理である。この石油化学工業の発展を支えた基本原理は、化学構造の多様さや複雑な高分子構造を持つリグニンなど植物芳香族成分の利用技術においても適用可能な普遍的原理である。リグニンを主成分とする植物由来の芳香族成分利用の技術を開発する上で、石油化学の触媒分解に相当するプロセスとして、リグニンなど植物芳香族成分の加水分解や酸化分解、可溶媒分解などの化学的分解法や、超臨界水や超臨界有機溶媒による物理化学的分解法など多くの低分子化技術が既に数多く研究され開発されている。しかしもう一つの技術である、各種分解法により生成する植物成分由来低分子混合物から、様々な機能性プラスチックス原料や化学製品の原料と成りうる有用な単一の中間物質(石油化学においてはエチレンやベンゼン)への変換分離技術は開発されていなかった。この技術が開発されれば、リグニンを主成分とする植物由来の芳香族成分利用が、石油化学に匹敵する技術として発展する可能性がある。
【0004】
本発明者らは既に、スフィンゴビウム・パウシモビリス(Sphingobium paucimobilis)SYK-6株等から獲得した情報を用いて、リグニンの加水分解産物であるバニリン、シリンガアルデヒド、バニリン酸、シリンガ酸、プロトカテク酸から、生分解性ポリマーの原料として利用可能な2−ピロン−4,6−ジカルボン酸(PDC)を発酵生産することに成功している(特開2005-278549号公報)。更に、本発明者らは、WO2008/018640号公報において、バニリン、バニリン酸、及び/又はプロトカテク酸から3-カルボキシ-cis, cis-ムコン酸及び/又は3-カルボキシムコノラクトンへの発酵生産プロセスについても報告している。この発酵生産プロセスは、3種の酵素、ベンズアルデヒドデヒドロゲナーゼ(LigV)、バニリン酸ディメチラーゼ(VanAB)、プロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼ(PcaHG)が同調的に酵素反応を進行することで構成される。
【0005】
WO2008/018640号公報に記載のとおり、リグニンの分解産物であるプロトカテク酸は、PcaHGの働きにより3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸に変換され、酸が添加されることにより、3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸が閉環して3-カルボキシムコノラクトンへと変換される。本発明者らは、リグニン分解産物のみならず、石油成分から分離されるテレフタル酸から、3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸を発酵生産し、そして3-カルボキシムコノラクトンへ変換する方法についても確立している(WO2008/143150号公報)。
【0006】
ここで、3−カルボキシムコノラクトンは、以下の化学構造式を有する。
【化1】

【0007】
3−カルボキシムコノラクトンは、ムコノラクトンのラクトン環の3位にカルボキシル基を有している。反応性が高いカルボキシル基を2つ有する3−カルボキシムコノラクトンは、ポリエステルやポリアミド等のポリマー原料などの高分子材料や化学製品への応用が期待されている。WO2008/018640号公報に記載の方法により得られる3-カルボキシムコノラクトンは、3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸の酸処理の結果、S体、R体が混在したラセミ体であり、いずれかの鏡像異性体単独としては得ることができない。また、3-カルボキシムコノラクトンのラセミ体をキラルHPLC等の光学分割法にかけても、両光学異性体は分離されなかった。また、キラルHPLCでの分割を促すために、当該ラセミ体を2-ニトロフェニルヒドラジンと反応させ、ラクトン環のカルボキシル基を修飾し、化合物のかさ高さを増したが、その反応産物の両光学異性体はキラルHPLCでは分離することができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005-278549号公報
【特許文献2】WO2008/018640号公報
【特許文献3】WO2008/143150号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、3−カルボキシムコノラクトンのキラル体を発酵生産する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、リグニン等の植物芳香族成分の低分子化処理混合物に含まれるバニリン、バニリン酸、プロトカテク酸から効率的に3−カルボキシムコノラクトンのキラル体に変換する発酵生産プロセスを検討した結果、ニューロスポラ・クラッサ(Neurospora crassa)野生型740R23-1A株(FGSC 987)由来の3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼが立体特異的に3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸を閉環して3−カルボキシムコノラクトンのキラル体を生成すること、そして当該酵素の遺伝子と、従来3−カルボキシムコノラクトンのラセミ体の生産に使用されていたベンズアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子(ligV)、バニリン酸ディメチラーゼ遺伝子(vanAB)、プロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼ遺伝子(pcaHG)とを組み合わせることで、3−カルボキシムコノラクトンのキラル体の発酵生産プロセスが構築されることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、(1)本発明は、好ましくはプロモーターとターミネーターとの間に、3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ遺伝子を含んで成る組換えベクター:
ここで、
(a) 3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ遺伝子は下記(a-1)〜(a-4)のいずれかのDNA分子である。
(a-1) 配列番号1記載のDNA分子、
(a-2) 配列番号2記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子、
(a-3) 配列番号1記載のDNA分子又はその相補配列から成るDNA分子と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つ3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ活性を有するポリペプチドをコードするDNA分子、あるいは
(a-4) 配列番号2記載のアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つ3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ活性を有するポリペプチドをコードするDNA分子、を提供する。
(2)本発明は、ligV遺伝子、vanA遺伝子及びvanB遺伝子、pcaH遺伝子及びpcaG遺伝子、並びに3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ遺伝子から成るDNA分子群を更に含んで成る(1)の組換えベクター:
ここで、
(b) ligV遺伝子は下記(b-1)〜(b-4)のいずれかのDNA分子であり、
(b-1) 配列番号3記載のDNA分子、
(b-2) 配列番号4記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子、
(b-3) 配列番号3記載のDNA分子又はその相補配列から成るDNA分子と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つベンズアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするDNA分子、あるいは
(b-4) 配列番号4記載のアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つベンズアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするDNA分子、
(c) vanA遺伝子は下記(c-1)〜(c-4)のいずれかのDNA分子であり、
(c-1) 配列番号5記載のDNA分子、
(c-2) 配列番号6記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子、
(c-3) 配列番号5記載のDNA分子又はその相補配列から成るDNA分子と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つバニリン酸ディメチラーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、あるいは
(c-4) 配列番号6記載のアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つバニリン酸ディメチラーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、
(d) vanB遺伝子は下記(d-1)〜(d-4)のいずれかのDNA分子であり、
(d-1) 配列番号7記載のDNA分子、
(d-2) 配列番号8記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子、
(d-3) 配列番号7記載のDNA分子又はその相補配列から成るDNA分子と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つバニリン酸ディメチラーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、あるいは
(d-4) 配列番号8記載のアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つバニリン酸ディメチラーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、
(e) pcaH遺伝子は下記(e-1)〜(e-4)のいずれかのDNA分子である。
(e-1) 配列番号9記載のDNA分子、
(e-2) 配列番号10記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子、
(e-3) 配列番号9記載のDNA分子又はその相補配列から成るDNA分子と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、あるいは
(e-4) 配列番号10記載のアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、
(f) pcaG遺伝子は下記(f-1)〜(f-4)のいずれかのDNA分子である。
(f-1) 配列番号11記載のDNA分子、
(f-2) 配列番号12記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子、
(f-3) 配列番号11記載のDNA分子又はその相補配列から成るDNA分子と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、あるいは
(f-4) 配列番号12記載のアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、
を提供する。
(3)本発明は、(1)又は(2)の組換えベクターを含む形質転換体を提供する。
(4)本発明は、(1)の組換えベクターの発現により得られるタンパク質を提供する。
(5)本発明は、(3)の形質転換体を、バニリン、バニリン酸及び/又はプロトカテク酸の存在下で培養し、当該培養物から3−カルボキシムコノラクトンのキラル体を採取することを特徴とする、3−カルボキシムコノラクトンのキラル体の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、3−カルボキシムコノラクトン(キラル)までの変換に必要な酵素(LigV, VanAB, PcaHG, 3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ)による以下の多段階代謝プロセス:
【化2】

が同調的に進行することで、3−カルボキシムコノラクトンのキラル体の立体特異的な量産が可能となる。本発明によって得られる3−カルボキシムコノラクトンのキラル体は、そのラセミ体と同様に反応性が高いカルボキシル基を2つ有するものであるため、ポリエステルやポリアミド等のポリマー原料などの高分子材料や化学製品への応用が期待される。また、ラセミ体の光学分割を経ずに直接所望のキラル体を得ることができれば、不要とされる他方のキラル体の廃棄によって最終産物の収率が低下することもない。
【0013】
ラセミ体に含まれる2つの鏡像異性体の物理学的性質は、一般的に共通していることが多いが、両者の生体活性は異なることがある。エナンチオマーの一方の生体活性のみを所望とする場合高いエナンチオマー純度が要求されるが、本発明によれば、立体特異的にキラル体を得ることで、3−カルボキシムコノラクトンを原料とする医薬についても応用の道が開ける。本発明により得られる3−カルボキシムコノラクトンのキラル体は、偏向性を持った化学材料等としての用途も考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、組換えベクターpBBSHGの作製方法を示す図である。
【図2】図2は、組換えベクターpLigVを示す図である。
【図3】図3は、組換えベクターpLigVBBSHGの作製方法を示す図である。
【図4】図4は、組換えベクターpDVZLigVBBSHGの作製方法を示す図である。
【図5】図5は、バニリンから3-CMLへの変換を示した薄層クロマトグラムである(実施例2)。
【図6】図6は、実施例2で作製した培養液中の3-CML濃度を示すグラフである。
【図7】図7は、実施例2で得られた3-CMLについての円偏光二色性(CD)スペクトル測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の組換えベクターは、バニリン、バニリン酸、プロトカテク酸、これらの混合物等のリグニン分解物から3−カルボキシムコノラクトンのキラル体を製造するプロセスを触媒するための酵素遺伝子を含む組換えベクターである。本発明の組換えベクターは、具体的な態様において、バニリンから3−カルボキシムコノラクトンのキラル体を製造するプロセスを触媒する、配列番号1記載のDNA分子又は配列番号2記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子から成る3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ遺伝子と、配列番号3記載のDNA分子又は配列番号4記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子から成るベンズアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子(ligV)、配列番号5記載のDNA分子又は配列番号6記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子から成るバニリン酸ディメチラーゼサブユニット遺伝子(vanA)、配列番号7記載のDNA分子又は配列番号8記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子から成るバニリン酸ディメチラーゼサブユニット遺伝子(vanB)、配列番号9記載のDNA分子又は配列番号10記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子から成るプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼサブユニット遺伝子(pcaH)、配列番号11記載のDNA分子又は配列番号12記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子から成るプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼサブユニット遺伝子(pcaG)、とから成る遺伝子群を含む組換えベクターである。本発明の組換えベクターにおいては、上記の特定の遺伝子群がすべて一つの発現ベクター内に含まれるように構成されていてもよく、あるいは当該遺伝子群が2グループ以上に分かれて、それぞれ別個の発現ベクターに含まれるように構成されていてもよい。発現ベクターにおいて、かかる遺伝子群は、プロモーターとターミネーターとの間に挿入することができる。しかしながら、本発明で使用する遺伝子群の配置はこの位置に限定されない。
【0016】
本発明の組換えベクターに含まれる3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ遺伝子は、J Bacteriol. 1994 March; 176(6): 1718-1728を参照し、ニューロスポラ・クラッサ(Neurospora crassa)野生型740R23-1A株(FGSC 987)からPCR法を用い獲得した。同遺伝子のオープンリーディングフレームの塩基配列を配列番号1、そして当該配列によってコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に記載する。
【0017】
本発明で使用するベンズアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子(ligV)並びにバニリン酸ディメチラーゼサブユニット遺伝子(vanA及びvanB)は、特開2005-278549号公報(上掲)に記載の、スフィンゴモナス・パウシモビリスSYK-6株由来のベンズアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子(同公報の配列番号21)、そして、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)PpY101株由来のバニリン酸ディメチラーゼ遺伝子(同公報の配列番号1)にそれぞれ相当する。ここで、バニリン酸ディメチラーゼサブユニット(VanA及びVanB)は、会合してバニリン酸ディメチラーゼ(VanAB)を構成する。
【0018】
バニリン酸ディメチラーゼ(VanAB)は、微生物細胞内で本来半減期の短い不安定ポリペプチドとして生成されている。バニリン酸ディメチラーゼは、特開2005-278549に記載されているように、LacZのαフラグメントに含まれる16アミノ酸からなるオリゴペプチド、或いはヒスチジン6個を含む30アミノ酸からなるオリゴペプチドを一例とする、VanAの安定化に寄与し、かつVanAの酵素機能を妨害しない様々なポリペプチドをVanAのN 末端に付加することにより安定化される。
【0019】
プロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼサブユニット遺伝子(pcaH及びpcaG)は、WO2008/018640号公報(上掲)に記載のとおり、シュードモナス・プチダKT2440株由来であり、J Bacteriol. 1989 Nov; 171(11): 5915-21にその遺伝子情報が開示されている。プロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼサブユニット(PcaH及びPcaG)は、会合してプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼ(PcaHG)を構成する。
【0020】
本発明のベクターに含まれる遺伝子の取得方法は特に限定されず、例えば、開示されている当該遺伝子の塩基配列の情報に基づいて適当なプローブやライブラリーを調製し、それらを用いて、菌株のcDNAライブラリーやゲノムDNAライブラリーをスクリーニングすることで得ることができる。具体的には、本発明の遺伝子を発現する微生物、例えばスフィンゴビウム・パウシモビリスSYK-6株より、常法に従ってゲノムDNAライブラリーを調製し、当該ライブラリーから、本発明遺伝子に特有の適当なプローブ等を用いて所望クローンを選択することにより製造することができる。微生物株からの全RNAの分離、mRNAの分離及び精製、ゲノムDNAの取得及びそのクローニングなどは、いずれも常法に従って行うことができる。
【0021】
上記方法において用いられるプローブとしては、本発明の遺伝子の塩基配列に関する情報をもとにして化学合成されたDNAなどが一般的に使用できる。また、本発明の遺伝子の塩基配列情報に基づき設定したセンス・プライマー及びアンチセンス・プライマーを、スクリーニング用プローブとして用いることができる。
【0022】
本発明の遺伝子の取得に際しては、PCR(Science,230,1350(1985))によるDNA増幅法が好適に利用できる。増幅させたDNA断片の単離精製は、常法に従って行うことができる。例えば、ゲル電気泳動法などが挙げられる。上記方法に従って得られる本発明の遺伝子は、例えばジデオキシ法(Proc.Natl.Acad.Sci.,USA.,74,5463(1977))、マキサム−ギルバート法(Methods in Enzymology,65,499(1980))などの常法に従って、その塩基配列を決定することができる。また、簡便には、市販のシークエンスキットなどを用いて、その塩基配列を決定することができる。
【0023】
3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ遺伝子(配列番号1)、ligV遺伝子(配列番号3)、vanA遺伝子及びvanB遺伝子(配列番号5及び7)並びにpcaH遺伝子及びpcaG遺伝子(配列番号9及び11)は、対応する配列番号によって特定されるDNA分子や、そのアミノ酸配列をコードするDNA分子の他に、そのDNA分子と相補的な塩基配列からなるDNAと高ストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつそのDNA分子と同一の活性を有するポリペプチドをコードするDNA分子も含まれる。
【0024】
ここで、本明細書で使用する場合、「高ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。高ストリンジェントな条件としては、同一性が高いDNA同士がハイブリダイズし、それより同一性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、例えば、Molecular cloning a Laboratory manual 2nd edition(Sambrookら、1989)に記載の条件が挙げられる。具体的には、通常のサザンハイブリダイゼーションにおける洗浄の条件である60℃、1×SSC、0.1%SDS、好ましくは、0.1×SSC、0.1%SDSで相当する塩濃度でハイブリダイズする条件が挙げられる。
【0025】
本発明のベクターに含まれる遺伝子の取得に際しては、PCR法(Science,230,1350(1985))によるDNA増幅法が好適に利用できる。増幅させたDNA断片の単離精製は、常法に従って行うことができる。例えばゲル電気泳動法などが挙げられる。上記方法に従って得られる本発明の遺伝子は、常法、例えばジデオキシ法(Proc.Natl.Acad.Sci.,USA.,74,5463(1977))、マキサム−ギルバート法(Methods in Enzymology,65,499(1980))などに従って、その塩基配列を決定することができる。また、簡便には、市販のシークエンスキットなどを用いて、その塩基配列を決定することができる。
【0026】
高ストリンジェントでハイブリダイズするDNA分子に加え、本発明のベクターに含まれる各酵素のコード遺伝子は、(a) 配列番号2に記載されている3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼのアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つ3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ活性を有するポリペプチドをコードするDNA分子、(b) 配列番号4に記載されているベンズアルデヒドデヒドロゲナーゼのアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つベンズアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするDNA分子、(c) 配列番号6に記載されているバニリン酸ディメチラーゼサブユニットのアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つバニリン酸ディメチラーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、(d) 配列番号8に記載されているバニリン酸ディメチラーゼサブユニットのアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つバニリン酸ディメチラーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、(e) 配列番号10に記載されているプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼサブユニットのアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、そして(f) 配列番号12に記載されているプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼサブユニットのアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、であってもよい。
【0027】
ここで、「1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列」とは、各配列番号によって特定されるアミノ酸配列と比較して、所望の酵素活性を失わない範囲の数のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加された変異アミノ酸配列を意味する。
【0028】
3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ、LigV、VanAB又はPcaHGをコードする遺伝子と高ストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA分子、あるいは3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ、LigV、VanAB又はPcaHGの上記変異アミノ酸配列に対応するタンパク質は、元の遺伝子配列によってコードされる酵素と同じ酵素反応を触媒するものでなくてはならない。例えば、3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼを例に説明すると、本明細書で使用する場合の「3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ活性を有するポリペプチド」とは、野生型の3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼと比較してその配列が変異等していても、3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸を閉環して3-カルボキシムコノラクトン、特にそのキラル体を形成する活性を保持しているポリペプチドを意味する。
【0029】
3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ、LigV、VanAB及びPcaHGをコードする遺伝子群を挿入するためのベクターは、宿主中で複製可能なものであれば特に制限されず、例えば、プラスミドDNA、ファージDNAなどが挙げられる。
【0030】
プラスミドDNAとしては、pBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pET21、pET28、pGEX−4T、pQE−30、pQE−60などの大腸菌宿主用プラスミド、pUB110、pTP5などの枯草菌用プラスミド、YEp13、YEp24、YCp50などの酵母宿主用プラスミド、pBI221、pBI121などの植物細胞宿主用プラスミドなどが挙げられる。ファージDNAとしてはλファージなどが挙げられる。更に、レトロウイルス又はワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクターを用いることもできる。
【0031】
本発明に係る遺伝子群をベクターに挿入するには、まず、本発明に係る各遺伝子を有する精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適宜末端を平滑化、脱リン酸化等した後、適当なベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などが採用される。本発明のベクター内での3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ遺伝子、ligV、vanAB、pcaHGの配置は、適当なプロモーターの後である限り、特に限定されない。後述するとおり、実施例においては、各遺伝子はLacZのαフラグメントとインフレームで接続され、Lacプロモーターごと切り出された後、連結されている(図4)。
【0032】
本発明に係る遺伝子群は、その遺伝子群の機能が発揮されるようにベクターに組み込むことができる。すなわち、ベクターは、本発明に係る各遺伝子、プロモーター、所望によりエンハンサーなどのシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、リボソーム結合配列(シャイン・ダルガノ配列)などを含むように調製することができる。選択マーカーとしては、例えば、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子などを使用することができる。
【0033】
プロモーターとしては、大腸菌などの宿主中で発現できるものであればいずれを用いてもよい。例えばlacプロモーター、trpプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーターなどの大腸菌由来のものやT7プロモーターなどのファージ由来のものが用いられる。更に、tacプロモーターなどのように人為的に設計改変されたプロモーターを用いてもよい。
【0034】
3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ遺伝子、ligV、vanAB、pcaHGを含む組換えベクターを、これらの遺伝子群が発現し得るように宿主中に導入することにより、形質転換することができる。形質転換の方法としては、プロトプラスト法、コンピテントセル法、エレクトロポレーション法等が挙げられる。
【0035】
宿主としては、本発明の遺伝子群を発現できるものであれば特に限定されるものではない。例えば、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)などのエッシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)などのバチルス属、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)などのシュードモナス属、リゾビウム・メリロティ(Rhizobium meliloti)などのリゾビウム属に属する細菌類の他に、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)、ピヒア・パストリス(Pichia pastoris)などの酵母;シロイヌナズナ、タバコ、トウモロコシ、イネ、ニンジンなどから株化した植物細胞や該植物から調製したプロトプラスト;COS細胞、CHO細胞などの動物細胞;及び、Sf9、Sf21などの昆虫細胞が挙げられる。原料となる芳香族化合物の毒性に耐性を持ち、そしてキラル3-カルボキシムコノラクトンを分解しないとの理由から、シュードモナス属の細菌が好ましい。
【0036】
形質転換体の選択は、形質転換に使用するベクターの選択マーカー、例えば形質転換体のDNA組換えにより獲得する薬剤耐性を指標にすることができる。薬剤耐性マーカーとしては、例えば、カナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子等が挙げられる。これらの形質転換体の中から目的の組換えベクターを含有する形質転換体の選択は、例えば遺伝子の部分的なDNA断片をプローブとして用いたコロニーハイブリダイゼーション法により行うのが好ましい。プローブの標識としては、例えば放射性同位元素、ジゴキシゲニン、酵素等を用いることができる。
【0037】
本発明の製造方法において、上述のように得られた組換えベクターをトランスフェクションした所望の細胞、すなわち形質転換体は、発現する酵素の基質であるバニリン、バニリン酸及び/又はプロトカテク酸や、糖類、窒素源、金属塩、ミネラル、ビタミン等を含む培地を用いて、適当な条件下で培養すればよい。上記基質は、バニリン、バニリン酸、プロトカテク酸のいずれか1つ以上添加すればよく、それらの混合物でもよい。
【0038】
培地のpHは、形質転換体が生育し得る範囲のpHであればよく、pH 6〜8程度に調整するのが好適である。培養は、好気的条件下で、15〜40℃、好ましくは28〜37℃で基質を投入してから少なくとも6時間、典型的には1〜7日間振盪又は通気攪拌培養すればよい。
【0039】
本発明の製造方法により得られる3−カルボキシムコノラクトンはキラル体である。オクタント則に従い、類似構造物と比較した場合、本発明により得られるキラル体は4R体であることが推測される。キラル体であることの確認は、円偏光二色性(CD)スペクトル測定において、ラセミ体と異なるスペクトルを示すことで確認することができる。CDスペクトルの他、旋光分散(ORD)測定等を用いてもよい。
【0040】
以下、具体例を挙げて、本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明はこれにより限定されるものではない。
【実施例】
【0041】
実施例1 本発明の組換えベクターの作製
PCR法により増幅した配列番号1で表される3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ遺伝子をpBluescriptIISK(+)のMCSに挿入し、組換えプラスミドpBluescriptIISK(+)/3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ遺伝子(E)を作製した。pBluescriptIISK(+)/3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ遺伝子(E)を制限酵素ApaIにより切断した後末端平滑化によって得られるDNA断片と、特願2006-218524に記載のpBluescriptIISK(-)/pcaHGを制限酵素VspI及びKpnIにより切断した後末端平滑化によって得られるDNA断片とを、T4DNAリガーゼ(ロッシュ製)により結合させることにより、組換えプラスミドpBBSHGを作製した(図1)。
【0042】
次いで、特開2005-278549記載のpULVにPCRを用いXbaIサイトを導入し、pLigVを作成した(図2)。pBBSHGを制限酵素VspI及びBamHIにより切断した後末端平滑化によって得られるDNA断片と、pLigVを制限酵素FbaIにより切断した後に末端平滑化により得られるDNA断片とを、T4DNAリガーゼ(ロッシュ製)により結合させることにより、組換えプラスミドpLigVBBSHGを作製した(図3)。
【0043】
次いで、特開2005-278549記載のpDVZ1を制限酵素XbaIによって切断して得られるDNA断片と、pLigVBBSHGを制限酵素XbaIにより切断して得られるDNA断片とを、T4DNAリガーゼ(ロッシュ製)により結合させることにより、組換えプラスミドpDVZLigVBBSHG作製した(図4)。
【0044】
実施例2 形質転換細胞によるバニリンから3-カルボキシムコノラクトンの製造
【0045】
5リットルの培養液での変換試験
(1)3-カルボキシムコノラクトンの発酵生産するための多段反応プロセスの酵素遺伝子を含む組換えプラスミドpDVZLigVBBSHGを大腸菌HB101株に形質転換し、25mg/Lのアンピシリンを含むLB培地(100ml)で、37℃で18時間振とう培養し、増殖した培養細胞から組換えプラスミドpDVZLigVBBSHGを抽出した。
【0046】
(2)植物成分由来、化学合成もしくは石油由来のバニリン、シリンガアルデヒド、バニリン酸、シリンガ酸、プロトカテク酸、p-ヒドロキシベンズアルデヒド、p-ヒドロキシ安息香酸のいずれかから2-ピロン-4,6-ジカルボン酸への分解代謝酵素機能を消失せしめた微生物であるシュードモナス属細菌(Pseudomonas putida PpY1100)を、LB液体培地500mlで、28℃で23時間培養し氷中で30分冷却した。4℃、10000rpmで10分間遠心して集菌し、500mlの0℃蒸留水で温和に洗浄後再び遠心集菌した。続いて250mlの0℃蒸留水で温和に洗浄後、遠心集菌した。さらに125mlの0℃蒸留水で温和に洗浄後、遠心集菌した。集菌した微生物細胞を、10%グリセロールを含む蒸留水に懸濁し0℃にて保持した。
【0047】
(3)(1)のプラスミドpDVZLigVBBSHGのDNA約0.05μgを含む蒸留水4μlを0.2cmのキュベットに入れ、(2)の10%グリセロールを含む蒸留水に懸濁した細胞液40μlを加え、(25μF、2500V、12msec)の条件でエレクトロポレーションにかけた。
【0048】
(4)上記処理した細胞全量を10mlのLB液体培地に接種し、28℃で6時間培養した。培養後遠心によって菌体を集め25mg/Lのカナマイシンを含むLB平板に展開し28℃で48時間培養し、プラスミドpDVZLigVBBSHGを保持するカナマイシン耐性を示す形質転換株を得た。本菌をPseudomonas putida PpY1100(pDVZLigVBBSHG)株と名づけた。
【0049】
(5)Pseudomonas putida PpY1100(pDVZLigVBBSHG)株を、200mlのLB液体培地(25mg/Lのカナマイシンを含む)に接種し28℃で16時間培養し前培養菌体懸濁液とした。5LのLB液体培地及び消泡剤(Antiform A)3mlを10L容量のジャーファーメンター(発酵槽)を用いて調製し、そこに培養したPseudomonas putida PpY1100(pDVZLigVBBSHG)株の前培養菌体懸濁液200mlを混合し、28℃500rpm/minの通気攪拌下、OD660=13〜14まで培養した(10時間〜12時間)。培養に伴う増殖曲線を図6に示す。図6中の0時間は、基質添加開始から0時間であることを示す。
【0050】
(6)10L容量のジャーファーメンター(発酵槽)を用いた培養で、OD660=13〜14に達した時点で、発酵槽から500mlの培養液を三角フラスコに抜き取り、氷上で保存した。
【0051】
(7)OD660=13〜14に達した発酵槽の培養液に、基質であるバニリン50gを含む0.1NのNAOH溶液(pH8.5に調整)500mlを、ペリスタポンプを用いて5〜7時間かけて添加した。反応の進行に伴う3-カルボキシムコノラクトンの生成により、培養液のpHが低下する。それを防ぐためpHセンサーに連結したペリスタポンプで0.1NのNAOH溶液を添加して培養液のpHを維持した。
【0052】
反応の進行は薄層クロマトグラフィー(TLC)によって確認した。結果を図5に示す。図5中、10は基質添加後10時間、15は基質添加後15時間、30は基質添加後30時間を示す。図5に示す様に、添加したバニリンがTLC分析で殆ど消失が確認される15時間後、(5)で調製した氷冷菌体懸濁500mlを発酵槽の培養液に加えて12時間培養を続けた。
【0053】
(8)反応終了後、発酵槽の培地をプラスチック容器(バケツ)に移した。培養液から遠心分離(6000rpm、20℃)により菌体成分を沈殿除去し、得られた上清に塩酸を加えることによりpH3.0以下に低下させ低温で保存した。3-カルボキシムコノラクトンへの完全変換をGC-MSにより確認し、有機溶媒(酢酸エチル)により3-カルボキシムコノラクトン抽出を行った。培養液中の3-カルボキシムコノラクトン定量結果は図6に示す。基質添加開始後、約10時間で変換が終了している。図6の結果から、バニリンから3-カルボキシムコノラクトンへの変換率は約95%であることがわかる。また培養液100mlから3-CMLを抽出したところ、添加した基質比90%程度の回収率であった。
【0054】
(9)次いで、サンプルA:本実験で作成したキラル3‐カルボキシムコノラクトン、サンプルB:従来技術(WO2008/018640号公報)にて作成したラセミ体の3‐カルボキシムコノラクトンを用い、CDスペクトルの測定を行った。結果を図7に示す。図7中、Asubは3-カルボキシムコノラクトンのキラル体、Bsubは3-カルボキシムコノラクトンのラセミ体を示す。
【0055】
サンプルB(ラセミ)は、予想通りコットン効果が観察されなかった。サンプルA(キラル)は217nm付近に極大値を持つ正のコットン効果及び260nm付近に極小値を持つ負のコットン効果が観察された。オクタント則に従い、類似構造物と比較した場合、本実験により得られた3‐カルボキシムコノラクトン(キラル)は4R体であることが推測される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ遺伝子と、ligV遺伝子、vanA遺伝子及びvanB遺伝子並びにpcaH遺伝子及びpcaG遺伝子とから成るDNA分子群を含んで成る組換えベクター:
ここで、
(a) 3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ遺伝子は下記(a-1)〜(a-4)のいずれかのDNA分子であり、
(a-1) 配列番号1記載のDNA分子、
(a-2) 配列番号2記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子、
(a-3) 配列番号1記載のDNA分子又はその相補配列から成るDNA分子と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つ3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ活性を有するポリペプチドをコードするDNA分子、あるいは
(a-4) 配列番号2記載のアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つ3-カルボキシ-cis,cis-ムコン酸シクラーゼ活性を有するポリペプチドをコードするDNA分子、
(b) ligV遺伝子は下記(b-1)〜(b-4)のいずれかのDNA分子であり、
(b-1) 配列番号3記載のDNA分子、
(b-2) 配列番号4記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子、
(b-3) 配列番号3記載のDNA分子又はその相補配列から成るDNA分子と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つベンズアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするDNA分子、あるいは
(b-4) 配列番号4記載のアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つベンズアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするDNA分子、
(c) vanA遺伝子は下記(c-1)〜(c-4)のいずれかのDNA分子であり、
(c-1) 配列番号5記載のDNA分子、
(c-2) 配列番号6記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子、
(c-3) 配列番号5記載のDNA分子又はその相補配列から成るDNA分子と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つバニリン酸ディメチラーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、あるいは
(c-4) 配列番号6記載のアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つバニリン酸ディメチラーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、
(d) vanB遺伝子は下記(d-1)〜(d-4)のいずれかのDNA分子であり、
(d-1) 配列番号7記載のDNA分子、
(d-2) 配列番号8記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子、
(d-3) 配列番号7記載のDNA分子又はその相補配列から成るDNA分子と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つバニリン酸ディメチラーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、あるいは
(d-4) 配列番号8記載のアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つバニリン酸ディメチラーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、
(e) pcaH遺伝子は下記(e-1)〜(e-4)のいずれかのDNA分子である。
(e-1) 配列番号9記載のDNA分子、
(e-2) 配列番号10記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子、
(e-3) 配列番号9記載のDNA分子又はその相補配列から成るDNA分子と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、あるいは
(e-4) 配列番号10記載のアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、
(f) pcaG遺伝子は下記(f-1)〜(f-4)のいずれかのDNA分子である。
(f-1) 配列番号11記載のDNA分子、
(f-2) 配列番号12記載のアミノ酸配列をコードするDNA分子、
(f-3) 配列番号11記載のDNA分子又はその相補配列から成るDNA分子と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子、あるいは
(f-4) 配列番号12記載のアミノ酸配列の1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つプロトカテク酸3,4−ジオキシゲナーゼ活性を有するポリペプチドのサブユニットをコードするDNA分子。
【請求項2】
請求項1に記載の組換えベクターを含む形質転換体。
【請求項3】
請求項1に記載の組換えベクターの発現により得られるタンパク質。
【請求項4】
請求項2に記載の形質転換体を、バニリン、バニリン酸及び/又はプロトカテク酸の存在下で培養し、当該培養物から3−カルボキシムコノラクトンのキラル体を採取することを特徴とする、3−カルボキシムコノラクトンのキラル体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−244707(P2011−244707A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−118566(P2010−118566)
【出願日】平成22年5月24日(2010.5.24)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)
【出願人】(501186173)独立行政法人森林総合研究所 (91)
【Fターム(参考)】