説明

4−ヒドロキシ酪酸尿症関連遺伝子変異と4−ヒドロキシ酪酸尿症の診断方法

【課題】4−ヒドロキシ酪酸尿症に関連するコハク酸セミアルデヒド脱水素酵素(SSADH)遺伝子、および該遺伝子の新規変異と、これらの変異を利用した4−ヒドロキシ酪酸尿症診断方法を提供する。
【解決手段】特定の塩基配列を持つSSADH遺伝子において、特定の塩基の置換、および特定の塩基間への複数個の塩基の挿入の、少なくともいずれかの変異を有するポリヌクレオチド、並びにこれらの変異を検出することを特徴とする4−ヒドロキシ酪酸尿症の診断方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、4−ヒドロキシ酪酸尿症の関連遺伝子変異と、4−ヒドロキシ酪酸尿症の診断方法に関する。さらに詳しくは、4−ヒドロキシ酪酸尿症に関連するコハク酸セミアルデヒド脱水素酵素(succinic semialdehyde dehydrogenase: SSADH)の変異遺伝子に由来するポリヌクレオチドと、その遺伝子産物であるポリペプチド、並びにこれらポリヌクレオチドまたはポリペプチドを対象とする4−ヒドロキシ酪酸尿症の診断方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
4−ヒドロキシ酪酸尿症(4-HBA)は中枢神経のGABA代謝経路の異常であり、体内で4−ヒドロキシ酪酸が過剰に産生され、進行性神経発達異常をきたす恐れのある疾患である。
【0003】
この4−ヒドロキシ酪酸尿症は早期の診断によって発症前に治療を施すことができれば症状の改善が期待できることから、遺伝子レベルでの早期診断法の開発が望まれている。
【0004】
4−ヒドロキシ酪酸尿症に関連する遺伝子としては、コハク酸セミアルデヒド脱水素酵素(SSADH)遺伝子の異常が知られており、すでに幾つかのSSADH遺伝子異常が報告されている。本願発明者も、SSADH cDNA(配列番号1)における2つのミスセンス変異を特定し、特許出願している(特許文献1)。
【特許文献1】特開2003-070486号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
変異遺伝子や変位タンパク質を標的とする疾患診断の場合、より多くの標的分子を用意することが、正確かつ簡便な診断のために重要である。4−ヒドロキシ酪酸尿症の場合にもSSADH遺伝子変異についての情報が蓄積されつつあるが、その珍癌技術を確立するためには、さらに多くの情報が求められている。
【0006】
本願発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであって、4−ヒドロキシ酪酸尿症に関連するSSADH遺伝子の新規変異と、この遺伝子変異に伴う変異タンパク質、さらにはこれらの変異を利用した4−ヒドロキシ酪酸尿症の診断方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この出願は、前記の課題を解決するものとして、以下の(1)〜(14)の発明を提供する。
(1)4−ヒドロキシ酪酸尿症に関連するコハク酸セミアルデヒド脱水素酵素の変異遺伝子に由来するポリヌクレオチドであって、配列番号1の塩基配列において、
(a) 第40番目cがaに置換、
(b) 第90番目gがaに置換、および
(c) 第155番目cと第156番目aの間へのggcccの挿入、
の少なくともいずれかの変異を有するポリヌクレオチド。
(2)4−ヒドロキシ酪酸尿症に関連するポリヌクレオチドであって、コハク酸セミアルデヒド脱水素酵素をコードするゲノム遺伝子のイントロン4の+2番目tがgに置換されたポリヌクレオチド。
(3)前記発明(1)または(2)に記載のポリヌクレオチドの一部であって、その変異箇所を含む10〜100の連続ヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチド。
(4)前記発明(1)または(2)に記載のポリヌクレオチドまたは前記発明(3)に記載のオリゴヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするヒト染色体DNA由来のポリヌクレオチド。
(5)前記発明(1)、(2)または(4)に記載のポリヌクレオチドをPCR増幅するためのプライマーセットであって、一方のプライマーが、前記発明(3)に記載のオリゴヌクレオチドであるプライマーセット。
(6)前記発明(1)または(2)に記載のポリヌクレオチドまたは前記発明(3)に記載のオリゴヌクレオチドをプローブとして備えていることを特徴とするマイクロアレイ。
(7)4−ヒドロキシ酪酸尿症に関連するコハク酸セミアルデヒド脱水素酵素の変異体であって、
(A) アミノ酸配列Met Ala Thrからなるオリゴペプチド、
(B) 配列番号2における第21番目GlyがAspに置換したアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(C) 配列番号4のアミノ酸配列からなるポリペプチド、または
(D) 配列番号4における第21番目GlyがAspに置換したアミノ酸配列からなるポリペプチド。
(8)配列番号2または4のアミノ酸配列からなるポリペプチドの一部であって、第21番目変異アミノ酸Aspを含む3〜33の連続アミノ酸配列からなるオリゴペプチド。
(9)前記発明(7)の(B)(C)または(D)に記載のポリペプチド、もしくは前記発明(8)に記載のオリゴペプチドを抗原として作製され、前記発明(7)の (B)(C)または(D)に記載のポリペプチドを認識する抗体。
(10)4−ヒドロキシ酪酸尿症の診断方法であって、被験者から単離した染色体DNA中に前記発明(4)に記載のポリヌクレオチドが存在するか否かを検出することを特徴とする方法。
(11)被験者から単離した染色体DNAまたはそのmRNAと、前記発明(1)または(2)に記載のポリヌクレオチドまたは前記発明(3)に記載のオリゴヌクレオチドがストリンジェントな条件下でハイブリダイズするか否かを検出する前記発明(10)の方法。
(12)被験者から単離した染色体DNAまたはmRNAを鋳型とし、前記発明(5)に記載のプライマーセットを用いてPCRを行った場合のPCR産物の有無を検出する前記発明(10)の方法。
(13)4−ヒドロキシ酪酸尿症の診断方法であって、被験者から単離した生体試料中に前記発明(7)に記載のオリゴペプチドまたはポリペプチドが存在するか否かを検出することを特徴とする方法。
(14)被験者から単離した生体試料中に、前記発明(9)に記載の抗体と反応するポリペプチドが存在するか否かを検出する前記発明(13)の方法。
【0008】
すなわち、本願発明者は、尿の有機酸分析による化学診断で4−ヒドロキシ酪酸尿症と診断された患者2例の血液よりDNAを抽出し、直接シークエンス方によりSSADH遺伝子の解析を行って、前記4カ所の遺伝子変異と、それらに伴う3つのタンパク質変異を同定した。98人の対象健常者にはこれらの変異は全く検出されなかった。
【0009】
さらに本願発明者は、この変異遺伝子を細胞に導入し、発現する変異SSADHの活性を測定して、病原変異体であることを確認した。
【0010】
本願発明は、以上のとおり本願発明者による新規な知見に基づくものである。
【0011】
なお、本願発明において「ポリヌクレオチド」とは、プリンまたはピリミジンが糖にβ-N-グリコシド結合したヌクレオシドのリン酸エステル(ヌクレオチドATP、GTP、CTP、UTP;またはdATP、dGTP、dCTP、dTTP)が結合した分子を言う。また本願発明におけるポリヌクレオチドおよびオリゴヌクレオチドは1本鎖または2本鎖であり、1本鎖の場合はセンス鎖およびアンチセンス鎖のいずれか一方である。
【0012】
「ポリペプチド」とは、アミド結合(ペプチド結合)によって互いに結合したアミノ酸残基から構成された分子を意味する。
【0013】
この発明におけるその他の用語や概念は、発明の実施形態の説明や実施例において詳しく規定する。またこの発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、遺伝子工学および分子生物学的技術はSambrook and Maniatis, in Molecular Cloning-A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York, 1989; Ausubel, F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, New York, N.Y, 1995等に記載されている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
発明(1)は、SSADHの変異遺伝子に由来するポリヌクレオチド(変異cDNA)であって、配列番号1の塩基配列において、
(a) 第40番目cがaに置換、
(b) 第90番目gがaに置換、および
(c) 第155番目cと第156番目aの間へのggcccの挿入、
の少なくともいずれかの変異を有するポリヌクレオチドである。
【0015】
なお、配列番号1は、野生型SSADH遺伝子のcDNAの公知の塩基配列(GenBank/NM_170740)である。
【0016】
この発明(1)のポリヌクレオチドは、例えば、後記の発明(3)のオリゴヌクレオチドをプローブとして、4−ヒドロキシ酪酸尿症患者の全mRNAから調製したcDNAライブラリーをスクリーニングすることによって単離することができる。また後記の発明(5)のプライマーセットを用い、4−ヒドロキシ酪酸尿症患者のmRNAを鋳型とするRT-PCRによって単離することもできる。あるいは、野生型SSADH cDNAに、市販のミューテーションキット等を用いて前記の塩基置換を導入することによって取得することもできる。得られた変異cDNAは、例えば、PCR(Polymerase Chain Reaction)法、NASBN(Nucleic acid sequence based amplification)法、TMA(Transcription-mediated amplification)法およびSDA(Strand Displacement Amplification)法などの通常行われる遺伝子増幅法により増幅することができる。
【0017】
この発明(1)のポリヌクレオチドは、後記発明(11)の4−ヒドロキシ酪酸尿症診断方法に使用することができる。また、後記発明(7)のポリペプチドを遺伝子工学的に作成する場合の材料としても使用することができる。
【0018】
発明(2)は、SSADHをコードするゲノム遺伝子のイントロン4の+2番目tがgに置換されたポリヌクレオチドである。SSADHのゲノム遺伝子は公知(GenBank/NC_000006)であり、この配列情報に基づいて、患者のゲノムDNAからのプローブハイブリダイゼーション法やPCR法によって、発明(2)のポリヌクレオチドを取得することができる。この発明(2)のポリヌクレオチドも、後記発明(11)の4−ヒドロキシ酪酸尿症診断方法に使用することができる。
【0019】
発明(3)は、前記発明(1)または(2)のポリヌクレオチドの一部であって、各々の変異箇所を含む20〜100の連続したDNA配列からなるオリゴヌクレオチドである。この発明(3)のオリゴヌクレオチドは、公知の方法(例えば、Carruthers(1982)Cold Spring Harbor Symp. Quant. Biol. 47:411-418; Adams(1983)J. Am. Chem. Soc. 105:661; Belousov(1997)Nucleic Acid Res. 25:3440-3444; Frenkel(1995)Free Radic. Biol. Med. 19:373-380; Blommers(1994)Biochemistry 33:7886-7896; Narang(1979)Meth. Enzymol. 68:90; Brown(1979)Meth. Enzymol. 68:109; Beaucage(1981)Tetra. Lett. 22:1859; 米国特許第4,458,066号)に記載されているような周知の化学合成技術により、in vitroにおいて合成することができる。また、発明(1)または(2)のポリヌクレオチドを適当な制限酵素で切断するなどの方法によって作製することもできる。
【0020】
このようなオリゴヌクレオチドは、特にプローブとして使用する場合には、標識物質によって標識化することができる。標識は、ラジオアイソトープ(RI)法または非RI法によって行うことができるが、非RI法を用いることが好ましい。非RI法としては、蛍光標識法、ビオチン標識法、化学発光法等が挙げられるが、蛍光標識法を用いることが好ましい。蛍光物質としては、オリゴヌクレオチドの塩基部分と結合できるものを適宜に選択して用いることができるが、シアニン色素(例えば、Cy Dye TMシリーズのCy3、Cy5等)、ローダミン6G試薬、N-アセトキシ-N2-アセチルアミノフルオレン(AAF)、AAIF(AAFのヨウ素誘導体)などを使用することが好ましい。
【0021】
発明(3)のオリゴヌクレオチドもまた、後記発明(11)の4−ヒドロキシ酪酸尿症診断方法に使用することができる。あるいは、後記発明(8)のオリゴペプチドを遺伝子工学的に作成するための材料として使用することもできる。
【0022】
この出願の発明(4)は、前記発明(1)または(2)のポリヌクレオチド、あるいは前記発明(3)のオリゴヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするヒト染色体DNA由来のポリヌクレオチド(ゲノムDNA)である。ここで、ストリンジェント(stringent)な条件とは、前記のポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドと、染色体由来のゲノムDNAとの選択的かつ検出可能な特異的結合を可能とする条件である。ストリンジェント条件は、塩濃度、有機溶媒(例えば、ホルムアミド)、温度、およびその他公知の条件によって定義される。すなわち、塩濃度を減じるか、有機溶媒濃度を増加させるか、またはハイブリダイゼーション温度を上昇させるかによってストリンジェンシー(stringency)は増加する。例えば、ストリンジェントな塩濃度は、通常、NaCl約750 mM以下およびクエン酸三ナトリウム約75 mM以下、より好ましくはNaCl約500 mM以下およびクエン酸三ナトリウム約50 mM以下、最も好ましくはNaCl約250 mM以下およびクエン酸三ナトリウム約25 mM以下である。ストリンジェントな有機溶媒濃度は、ホルムアミド約35%以上、最も好ましくは約50%以上である。ストリンジェントな温度条件は、約30℃以上、より好ましくは約37℃以上、最も好ましくは約42℃以上である。その他の条件としては、ハイブリダイゼーション時間、洗浄剤(例えば、SDS)の濃度、およびキャリアーDNAの存否等であり、これらの条件を組み合わせることによって、様々なストリンジェンシーを設定することができる。1つの好まし態様としては、750 mM NaCl、75 mM クエン酸三ナトリウムおよび1% SDSの条件で、30℃の温度によりハイブリダイゼーションを行う。より好ましい態様としては、500 mM NaCl、50 mM クエン酸三ナトリウム、1% SDS、35%ホルムアミド、100 μg/mlの変性サケ精子DNAの条件で、37℃の温度によりハイブリダイゼーションを行う。最も好ましい態様としては、250 mM NaCl、25 mM クエン酸三ナトリウム、1% SDS、50%ホルムアミド、200 μg/mlの変性サケ精子DNAの条件で、42℃の温度によりハイブリダイゼーションを行う。また、ハイブリダイゼーション後の洗浄の条件もストリンジェンシーに影響する。この洗浄条件もまた、塩濃度と温度によって定義され、塩濃度の減少と温度の上昇によって洗浄のストリンジェンシーは増加する。例えば、洗浄のためのストリンジェントな塩条件は、好ましくはNaCl約30 mM以下およびクエン酸三ナトリウム約3 mM以下、最も好ましくはNaCl約15 mM以下およびクエン酸三ナトリウム約1.5 mM以下である。洗浄のためのストリンジェントな温度条件は、約25℃以上、より好ましくは約42℃以上、最も好ましくは約68℃以上である。1つの好ましい態様としては、30 mM NaCl、3 mM クエン酸三ナトリウムおよび0.1% SDSの条件で、25℃の温度により洗浄を行う。より好ましい態様としては、15 mM NaCl、1.5 mMクエン酸三ナトリウムおよび0.1% SDSの条件で、42℃の温度により洗浄を行う。最も好ましい態様としては、15 mM NaCl、1.5 mMクエン酸三ナトリウムおよび0.1% SDSの条件で、68℃の温度により洗浄を行うことである。
【0023】
発明(4)のポリヌクレオチドは、例えば、発明(3)のオリゴヌクレオチドをプローブとして、以上のとおりのストリンジェントはハイブリダイゼーションおよび洗浄処理により、4−ヒドロキシ酪酸尿症患者の染色体DNAから調製したゲノムライブラリーをスクリーニングすることによって単離することができる。
【0024】
この発明(4)のポリヌクレオチドは、後記発明(10)の診断方法において検出対象等となる。
【0025】
発明(5)は、前記発明(4)のポリヌクレオチドとその相補配列からなる二本鎖ポリヌクレオチド(ゲノムDNA)、または前記発明(4)のポリヌクレオチドから転写されるmRNAをPCR増幅するためのプライマーセットである。そしてこれらのプライマーセットは、一方のオリゴヌクレオチドプライマーが、配列番号1のそれぞれの変異(置換または挿入)箇所を含む15〜30ntの連続したDNAまたはその相補配列からなっている。他方のプライマーは、配列番号1の各変異箇所の5’側または3’側の任意の連続DNAまたはその相補配列とすることができる。
【0026】
これらのプライマーセットは、それぞれの変異箇所含む配列番号1に基づいて公知のDNA合成法により作製することができる。また、プライマーの端部にはリンカー配列等を付加することもできる。さらに、配列の設計には、市販のソフトウェア、例えばOligoTM[National Bioscience Inc.(米国)製]、GENETYX[ソフトウェア開発(株)(日本)製]等を用いることもできる。
【0027】
この発明(5)のプライマーセットは、後記発明(13)の4−ヒドロキシ酪酸尿症診断方法等に使用することができる。
【0028】
この出願の発明(6)は、前記のポリヌクレオチドおよび/またはオリゴヌクレオチドをキャプチャープローブとして備えているマイクロアレイ(DNAチップ)である。マイクロアレイの作製方法としては、固相担体表面で直接オリゴヌクレオチドを合成する方法(オン・チップ法)と、予め調製したオリゴヌクレオチドを固相担体表面に固定する方法とが知られている。この発明のマイクロアレイは、このいずれの方法でも作成することができる。オン・チップ法としては、光照射で選択的に除去される保護基の使用と、半導体製造に利用されるフォトリソグラフィー技術および固相合成技術とを組み合わせて、微少なマトリックスの所定の領域での選択的合成を行う方法(マスキング技術:例えば、Fodor, S.P.A. Science 251:767, 1991)等によって行うことができる。一方、予め調製したオリゴヌクレオチドを固相担体表面に固定する場合には、官能基を導入したオリゴヌクレオチドを合成し、表面処理した固相担体表面にオリゴヌクレオチドを点着し、共有結合させる(例えば、Lamture, J.B. et al. Nucl. Acids Res. 22:2121-2125, 1994; Guo, Z. et al. Nucl. Acids Res. 22:5456-5465, 1994)。オリゴヌクレオチドは、一般的には、表面処理した固相担体にスペーサーやクロスリンカーを介して共有結合させる。ガラス表面にポリアクリルアミドゲルの微小片を整列させ、そこに合成オリゴヌクレオチドを共有結合させる方法も知られている(Yershov, G. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94:4913, 1996)。また、シリカマイクロアレイ上に微小電極のアレイを作製し、電極上にはストレプトアビジンを含むアガロースの浸透層を設けて反応部位とし、この部位をプラスに荷電させることでビオチン化オリゴヌクレオチドを固定し、部位の荷電を制御することで、高速で厳密なハイブリダイゼーションを可能にする方法も知られている(Sosnowski, R.G. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94:1119-1123, 1997)。この発明のマイクロアレイは、以上のいずれの方法によっても作製することができる。
【0029】
発明(7)は、4−ヒドロキシ酪酸尿症に関連するSSADHの変異体であって、
(A) アミノ酸配列Met Ala Thrからなるオリゴペプチド、
(B) 配列番号2における第21番目GlyがAspに置換したアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(C) 配列番号4のアミノ酸配列からなるポリペプチド、または
(D) 配列番号4における第21番目GlyがAspに置換したアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0030】
すなわち、前記(A)の変異体は、前記発明(1)のポリヌクレオチドにおけるナンセンス変異によって、配列番号2の第4番目Cysをコードするコドンが停止コドンとなり、その結果、配列番号2の第4番目以降が消失した単鎖ペプチド(Met Ala Thr)となる。
【0031】
また前記(B)の変異体は、配列番号1における第90番目gがaに置換することによって生じるミスセンス変異によるものであり、前記(C)の変異体は、配列番号1における第155番目cと第156番目aの間へのggcccの挿入によるフレームシフト変異の結果である。さらに前記(D)の変異体は、前記(C)のフレームシフト変異体に前記(B)のミスセンス変異が加わったものである。
【0032】
これらのSSADH変異体は、4−ヒドロキシ酪酸尿症患者の生体試料から公知の方法に従って単離する方法、それぞれの変異アミノ酸残基を含む配列番号2または4のアミノ酸配列に基づき化学合成によってペプチドを調製する方法、あるいは前記発明(1)のポリヌクレオチド(変異cDNA)を用いて組換えDNA技術で生産する方法などにより取得することができる。この発明(7)のポリペプチドは、例えば、後記発明(13)の4−ヒドロキシ酪酸尿症診断方法の検査対象とすることができる。
【0033】
この出願の発明(8)は、前記発明(7)のSSADH変異体の一部であって、各々のアミノ酸変異を含む5-30の連続したアミノ酸配列を有するオリゴペプチドである。これらのオリゴペプチドは、所定のアミノ酸配列に基づいて化学的に合成する方法、あるいは発明(7)のポリペプチドを適当なプロテアーゼによって消化する方法等によって作製することができる。これらのオリゴペプチドは、例えば、後記発明(9)の抗体作製のための抗原として使用することができる。
【0034】
発明(9)の抗体は、前記発明(7)のSSADH変異体や発明(8)のオリゴペプチドを抗原として作製されたポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体であり、発明(7)のSSADH変異体のエピトープに結合することができる全体分子、およびFab、F(ab')2、Fv断片等が全て含まれる。このような抗体は、例えばポリクローナル抗体の場合には、前記のSSADH変異体やオリゴペプチドを免疫原として動物を免役した後、血清から得ることができる。あるいは、上記の真核細胞用発現ベクターを注射や遺伝子銃によって、動物の筋肉や皮膚に導入した後、血清を採取することによって作製することができる。動物としては、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ニワトリなどが用いられる。また、モノクローナル抗体は、公知のモノクローナル抗体作成法(「単クローン抗体」、長宗香明、寺田弘共著、廣川書店、1990年; "Monoclonal Antibody" James W. Goding, third edition, Academic Press, 1996)に従って作成することができる。これらの抗体は、発明(7)のSSADH変異体を特異的に認識することができ、後記発明(13)の診断方法等に使用することができる。
【0035】
この出願の発明(10)は、4−ヒドロキシ酪酸尿症を診断する方法である。すなわち、被験者の生体試料から染色体DNAを単離し、このDNA中に、発明(4)のポリヌクレオチドが存在する場合に、この被験者を4−ヒドロキシ酪酸尿症患者またはそのハイリスク者と判定する。ポリヌクレオチドの検出は、それを直接シークエンシングする方法によっても行うことができるが、発明(11)または(12)の方法が好ましい。
【0036】
発明(11)の方法では、被験者から単離した染色体DNAまたはそのmRNAと、前記発明(1)または(2)のポリヌクレオチド、もしくは発明(3)のオリゴヌクレオチドがストリンジェントな条件下でハイブリダイズするか否かを検出する。被験者がSSADH遺伝子の当該変異を有している場合には、染色体DNAまたはそのmRNAとポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドは、ストリンジェントな条件下でもハイブリダイズする。ハイブリダイゼーションは、例えば、前記の標識プローブやマイクロアレイを用いて簡便かつ高精度で行うことができる。標識DNAプローブを用いたハイブリダイゼーション法としては、具体的には、例えばAllele-specific Oligonucleotide Probe法、Oligonucleotide Ligation Assay法、Invader法等の公知の方法を採用することができる。また、マイクロアレイでの診断は、例えば以下のとおりに行うことができる。すなわち、被験者の生体試料(例えば血液等)から単離したmRNAを鋳型として、cDNAを合成し、PCR増幅する。その際に、標識dNTPを取り込ませて標識cDNAとする。この標識cDNAをマクロアレイに接触させ、マイクロアレイのキャプチャープローブ(オリゴヌクレオチド)にハイブリダイズしたcDNAを検出する。ハイブリダイゼーションは、96穴もしくは384穴プラスチックプレートに分注して標識cDNA水性液を、マイクロアレイ上に点着することによって実施することができる。点着の量は、1〜100nl程度とすることができる。ハイブリダイゼーションは、室温〜70℃の温度範囲で、6〜20時間の範囲で実施することが好ましい。ハイブリダイゼーション終了後、界面活性剤と緩衝液との混合溶液を用いて洗浄を行い、未反応の標識cDNAを除去する。界面活性剤としては、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を用いることが好ましい。緩衝液としては、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、トリス緩衝液、グッド緩衝液等を用いることができるが、クエン酸緩衝液を用いることが好ましい。
【0037】
また発明(12)の方法では、被験者から単離した染色体DNAまたはmRNAを鋳型とし、前記発明(5)のプライマーセットを用いてPCRを行った場合のPCR産物の有無を検出する。被験者がSSADH遺伝子の当該変異を有している場合には、プライマーセットによって規定されるポリヌクレオチドのPCR産物が得られる。PCRまたはRT-PCRは公知の方法により行うことができる。ヌクレオチド変異の検出は、PCR産物を直接シークエンシングする方法の他に、例えばPCR-SSCP法、PCR-CFLP法、PCR-PHFA法等を行ってもよい。また、Rolling Circle Amplification法、Primer Oligo Base Extension法の公知の方法を採用することもできる。
【0038】
この出願の発明(13)もまた、4−ヒドロキシ酪酸尿症を診断する方法であり、被験者から単離した生体試料中に、前記発明(7)のSSADH変異体が存在する場合に、その被験者を4−ヒドロキシ酪酸尿症患者またはそのハイリスク者と判定する。ポリペプチドの存在は様々な公知方法によって行うことができるが、発明(14)の方法が好ましい。発明(14)の方法は、発明(9)の抗体を用いる方法であって、特に標識化抗体を用いることによって、簡便かつ高精度の検出が可能となる。標識は、酵素、放射性同位体または蛍光色素を使用することができる。酵素は、turnover numberが大であること、抗体と結合させても安定であること、基質を特異的に着色させる等の条件を満たすものであれば特段の制限はなく、通常のEIAに用いられる酵素、例えば、ペルオキシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、グルコースオキシダーゼ、アセチルコリンエステラーゼ、グルコース−6−リン酸化脱水素酵素、リンゴ酸脱水素酵素等を用いることもできる。また、酵素阻害物質や補酵素等を用いることもできる。これら酵素と抗体との結合は、マレイミド化合物等の架橋剤を用いる公知の方法によって行うことができる。基質としては、使用する酵素の種類に応じて公知の物質を使用することができる。例えば酵素としてペルオキシダーゼを使用する場合には、3,3',5,5'−テトラメチルベンジシンを、また酵素としてアルカリフォスファターゼを用いる場合には、パラニトロフェノール等を用いることができる。放射性同位体としては、125Iや3H等の通常のRIAで用いられているものを使用することができる。蛍光色素としては、フルオレッセンスイソチオシアネート(FITC)やテトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)等の通常の蛍光抗体法に用いられるものを使用することができる。酵素を用いる場合には、酵素作用によって分解して発色する基質を加え、基質の分解量を光学的に測定することによって酵素活性を求め、これを結合抗体量に換算し、標準値との比較から抗体量が算出される。放射生同位体を用いる場合には、放射性同位体の発する放射線量をシンチレーションカウンター等により測定する。また、蛍光色素を用いる場合には、蛍光顕微鏡を組み合わせた測定装置によって蛍光量を測定すればよい。さらに、1次抗体と標識化2次抗体を用いたサンドイッチ法(標識として酵素を用いた場合には「ELISA法」)も好ましく用いることができる。
【0039】
なお、以上の4−ヒドロキシ酪酸尿症診断は、これまでに知られているSSADH遺伝子の変異またはその発現産物の変異(例えば特許文献1)の検出と組み合わせて行うこともできる。
【0040】
以下、前記発明の基礎となった遺伝子変異を確認した実験結果を示す。
1.遺伝子変異のスクリーニング
(1)方法
(1−1)患者
4−ヒドロキシ酪酸尿症の診断は、尿の有機酸分析による化学診断で行った。調査は、4−ヒドロキシ酪酸尿症と診断された患者2例と健康なボランティア98例を対象に行った。
(1−2)遺伝子分析
EDTA処理した全血標本より、QIAamp DNA Blood kit(Qiagen社、ドイツ)を用いてゲノムDNAを調製した。SSADH遺伝子異常のスクリーニングは、遺伝子の全てのエクソンおよびイントロンをPCR増幅し、自動シーケンサーによる直接的な配列決定法を用いて行った。SSADH遺伝子mRNAの参考配列は、GenBank/NM_170740を用いた。
(1−2)統計的分析
異常の発生率の差は、χ検定を用いた統計的有意性に基づき判定した。P値が0.05未満の場合に統計的有意差とした。
(2)結果
4−ヒドロキシ酪酸尿症患者の遺伝子分析の結果、SSADH遺伝子における以下の新規変異が見出された。
【0041】
すなわち、SSADH cDNA(配列番号1)の塩基配列における、
(a) 第40番目cがaに置換、
(b) 第90番目gがaに置換、
(c) 第155番目cと第156番目aの間へのggcccの挿入、
である。
【0042】
また、SSADHゲノム遺伝子のイントロン4の+2番目tのgへの置換(IVS4+2T>G)である。
【0043】
前記cDNA(SSADH遺伝子の転写産物mRNA)における変異のうち、前記(a)は、結果として停止コドンを生じるナンセンス変異であり、配列番号2の第4番目以下が欠失した短鎖ペプチドを生じさせる。また変異(b)はミスセンス変異であり、配列番号2の第21番目GlyがAspに置換したSSADH変異体を生じさせる。さらに変異(c)はフレームシフト変異(配列番号3)であり、配列番号4に示した91アミノ酸残基からなるSSADH変異体を生じさせる。
【0044】
また、IVS4+2T>Gはスプライスサイトの変化のため、エクソンのスキップあるいはスプライスがなくなるなどの異常により、変異タンパク質が出来るか、途中でストップコドンが出来るなどによって異常が起こるいわゆるスプライス変異である。
【0045】
これらの変異は、健常者100名には全く認められなかった。

2.SSADH変異体の酵素活性の確認
前記の変異を有するリンパ芽球を用いてSSADHの活性を文献(Clinica Chimica Acta(1991) 219-222)に記載の方法により測定した。その結果、健常対照者から樹立してリンパ芽球の比べて酵素活性は10分の1以下であった。
【0046】
以上の結果から、SSADH遺伝子変異により生じるSSADH変異体が、4−ヒドロキシ酪酸尿症の病原変異体であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0047】
以上詳しく説明したとおり、この出願の発明によって、4−ヒドロキシ酪酸尿症に関連するSSADH遺伝子やSSADHの新規変異と、これらの変異を利用した4−ヒドロキシ酪酸尿症診断方法が提供される。これらの発明によって、4−ヒドロキシ酪酸尿症の早期診断を確実に行うことが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
4−ヒドロキシ酪酸尿症に関連するコハク酸セミアルデヒド脱水素酵素の変異遺伝子に由来するポリヌクレオチドであって、配列番号1の塩基配列において、
(a) 第40番目cがaに置換、
(b) 第90番目gがaに置換、および
(c) 第155番目cと第156番目aの間へのggcccの挿入、
の少なくともいずれかの変異を有するポリヌクレオチド。
【請求項2】
4−ヒドロキシ酪酸尿症に関連するポリヌクレオチドであって、コハク酸セミアルデヒド脱水素酵素をコードするゲノム遺伝子のイントロン4の+2番目tがgに置換されたポリヌクレオチド。
【請求項3】
請求項1または2に記載のポリヌクレオチドの一部であって、その変異箇所を含む10〜100の連続ヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチド。
【請求項4】
請求項1または2に記載のポリヌクレオチドまたは請求項3に記載のオリゴヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするヒト染色体DNA由来のポリヌクレオチド。
【請求項5】
請求項1、2または4に記載のポリヌクレオチドをPCR増幅するためのプライマーセットであって、一方のプライマーが、請求項3のオリゴヌクレオチドであるプライマーセット。
【請求項6】
請求項1または2に記載のポリヌクレオチドまたは請求項3に記載のオリゴヌクレオチドをプローブとして備えていることを特徴とするマイクロアレイ。
【請求項7】
4−ヒドロキシ酪酸尿症に関連するコハク酸セミアルデヒド脱水素酵素の変異体であって、
(A) アミノ酸配列Met Ala Thrからなるオリゴペプチド、
(B) 配列番号2における第21番目GlyがAspに置換したアミノ酸配列からなるポリペプチド、
(C) 配列番号4のアミノ酸配列からなるポリペプチド、または
(D) 配列番号4における第21番目GlyがAspに置換したアミノ酸配列からなるポリペプチド。
【請求項8】
配列番号2または4のアミノ酸配列からなるポリペプチドの一部であって、第21番目変異アミノ酸Aspを含む3〜33の連続アミノ酸配列からなるオリゴペプチド。
【請求項9】
請求項7(B)(C)または(D)に記載のポリペプチド、もしくは請求項8に記載のオリゴペプチドを抗原として作製され、請求項7(B)(C)または(D)に記載のポリペプチドを認識する抗体。
【請求項10】
4−ヒドロキシ酪酸尿症の診断方法であって、被験者から単離した染色体DNA中に請求項4に記載のポリヌクレオチドが存在するか否かを検出することを特徴とする方法。
【請求項11】
被験者から単離した染色体DNAまたはそのmRNAと、請求項1または2に記載のポリヌクレオチドまたは請求項3に記載のオリゴヌクレオチドがストリンジェントな条件下でハイブリダイズするか否かを検出する請求項10の方法。
【請求項12】
被験者から単離した染色体DNAまたはmRNAを鋳型とし、請求項5に記載のプライマーセットを用いてPCRを行った場合のPCR産物の有無を検出する請求項10の方法。
【請求項13】
4−ヒドロキシ酪酸尿症の診断方法であって、被験者から単離した生体試料中に請求項7に記載のオリゴペプチドまたはポリペプチドが存在するか否かを検出することを特徴とする方法。
【請求項14】
被験者から単離した生体試料中に、請求項9に記載の抗体と反応するポリペプチドが存在するか否かを検出する請求項13の方法。

【公開番号】特開2009−65908(P2009−65908A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−238125(P2007−238125)
【出願日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【出願人】(598015084)学校法人福岡大学 (114)
【Fターム(参考)】