説明

ADAMTS13の安定化方法

【課題】フォンヴィルブランド因子切断酵素(ADAMTS13)を含む組成物の安定化方法。
【解決手段】ADAMTS13を含む組成物にカルシウムイオンやバリウムイオン、マグネシウムイオンに代表される2価金属イオンを添加する。熱安定性及び保存安定性の改善に大きな効果があり、治療用医薬品として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフォンヴィルブランド因子切断酵素(ADAMTS13)の安定化およびADAMTS13含有組成物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura; TTP)は、血小板減少、溶血性貧血、動揺性精神神経障害などを特徴とする症候群である。かつては約80%の患者が3ヶ月以内に死亡する予後不良の疾患であった。最近、TTPの病因としてVWF切断酵素(ADAMTS13)の活性低下が報告された。すなわち、後天性のTTPは、VWF切断酵素に対するIgG型インヒビターが産生されることによって酵素活性が低下することが原因であることが明らかにされた(非特許文献1及び2)。また先天的なTTPであるUpshaw-Schulman症候群(USS)では、遺伝的にVWF切断酵素が欠損していることが判明した(非特許文献3)。このVWF切断酵素をコードする遺伝子は、ADAMTS13であることが判明した(非特許文献4及び5)。
【0003】
先天性或いは後天性のADAMTS13欠損症の治療は、主に新鮮凍結血漿の輸注或いは血漿交換等によって、予後が大幅に改善されるようになっている。しかしながら、先天性ADAMTS13欠損症患者は約2週間毎に新鮮凍結血漿の輸注を欠かせないことから、輸血副作用が危惧されている。ADAMTS13の濃縮製剤が供給されれば、そのような危惧も大幅に改善されると考えられる。
【0004】
ADAMTS13は亜鉛型メタロプロテアーゼで、VWFサブユニットのTyr842−Met843結合を特異的に切断する。この酵素については、特許文献1〜3に血漿からの単離、調製、さらには遺伝子組換えによる調製等に関する出願がなされている。この酵素の精製や性状に関する報告もされている(非特許文献6,7)。これらの報告にはADAMTS13の活性測定には、2価金属イオンを共存させる必要があることや、本酵素の保存安定性には2価金属イオンの存在は悪影響を及ぼすことが示されている。本酵素の熱安定性に関する知見は知られていない。酵素を取り扱う上で安定な条件で扱うことは、酵素組成物を含む製剤、検査薬等を調製する産業上において有益である。
【特許文献1】特表2000−508918
【特許文献2】特開2003−284570
【特許文献3】WO02/42441 A2
【非特許文献1】New Engl. J. Med.339,1578-1584,1998。
【非特許文献2】New Engl. J. Med.339,1585-1594,1988。
【非特許文献3】J. Hematol.74,101-108,2001
【非特許文献4】J Biochem.130,475-480,2001。
【非特許文献5】J. Biol. Chem.276,41059-41063,2001
【非特許文献6】Blood、87、4223−4234,1996
【非特許文献7】Blood、98、1662−1666,2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、ADAMTS13を含む組成物の加熱安定性及び保存安定性を増強させる方法、安定化された組成物及び組成物の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、ADAMTS13をヒト血漿より単離精製し、その性質を鋭意研究し、本酵素がカルシウムイオンやバリウムイオン、マグネシウムイオン、マンガンイオン等の2価金属イオンの存在下で熱安定性及び保存安定性の改善に大きな効果があることを見出した。
【0007】
本発明は以下の構成からなる。
1、フォンヴィルブランド因子切断酵素(ADAMTS13)を含む組成物に2価金属イオンを含有させることを特徴するADAMTS13の安定化方法。
2、カルシウムイオン、バリウムイオン、マンガンイオン又はマグネシウムイオンのうちから選択された少なくとも1種を含有させる上記1に記載のADAMTS13の安定化方法。
3、2価金属イオンを含有させることを特徴とするADAMTS13を含む組成物。
4、2価金属イオンを含有させる工程を用いることを特徴とするADAMTS13又はその含有組成物の製造方法。
5、2価金属イオンを含有させてなるADAMTS13又はその含有組成物の加熱処理方法。
6、上記4または5のいずれかに記載の工程とウイルス不活化工程を組み合わせて調製するADAMTS13又はその含有組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法は、ADAMTS13を安定化させうるといった効果をもたらす。したがって本発明の方法を利用した製造方法により調製されたADAMTS13含有組成物は、安定に加熱処理及びその他のウイルス不活化処理を施すことが可能となり、治療用医薬品として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
ADAMTS13は亜鉛型メタロプロテアーゼで、VWF分子のTyr1605とMet1606の間の結合に該当する結合を特異的に切断する。この酵素組成物に2価金属イオンを含有させることにより、本酵素の熱安定性および保存安定性が格段に改善される。2価金属イオンとして、カルシウムイオン、バリウイオン、マンガンイオンおよびマグネシウムイオンが例示される。これらの2価金属イオンを添加することにより、ADAMTS13の熱安定性が大幅に改善される。金属イオンの濃度は、実験的に求めることができ、例としてカルシウムイオンの場合には、大幅な熱安定性の改善効果は
少なくとも1.5mMで認められた。通常3〜20mMの添加で十分な効果が得られる。
本発明において用いられる2価金属イオンは、塩化物、硝酸化合物、酢酸化合物、乳酸化合物等の塩類が用いられるが、その対イオン種については特に限定されるものではない。
【0010】
ADAMTS13を含む溶液は、トリス緩衝液などの適当な緩衝液が用いられる。又その緩衝液のpHは通常pH4〜10の範囲、とりわけADAMTS13の酵素活性が安定に保たれるpH5〜9、より好適にはpH6〜8の範囲が選択される。緩衝液には塩類や界面活性剤等、例えばポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート等の添加物、アジ化ナトリウムや抗生物質等の防腐剤、デキストラン、マンニトール等の凍結乾燥のための賦型剤等を加えることもできる。
【0011】
ADAMTS13の安定化および活性化の方法、ADAMTS13含有組成部およびその製造方法に関する本発明は、ADAMTS13の含有組成物の形状は液状、凍結状態、又は固形状の何れの形状にも及ぶ。さらに本発明はADAMTS13がヒト又は動物の生体試料、例えば血液から単離精製されたもの、或いは未精製のもの、遺伝子組換え技術により発現されたもの等、由来や起源に制限されるものではない。
【0012】
本発明は生体試料中に存在しうるウイルスを不活化する工程と組み合わせることもできる。ウイルス不活化処理の例として、界面活性剤処理、メチレンブルーと可視光線照射、ベータープロピオラクトン処理、紫外線照射等の公知のウイルス不活化処理工程と
本発明の方法又は製造方法を用いた、液状又は乾燥加熱処理を組合せることができる。
【0013】
本発明においては、本発明の組成物を治療用医薬品、研究用ADAMTS13含有標品又はADAMTS13活性又は抗原測定用試薬の検量物質として含めることができる。これらの組成物は、液状或いは凍結乾燥品等の形状で提供される。
【実施例1】
【0014】
クエン酸加正常ヒト血漿を抗ADAMTS13モノクローナル抗体(クローンA10、受託番号 FERM P−20189)固定化セファロースカラムに通し、ADAMTS13をカラムに吸着させた。吸着カラムを0.15M塩化ナトリウム含有20mMトリス緩衝液(pH7.4)で洗浄後、40%(V/V)エチレングリコールを含む0.15M塩化ナトリウム含有20mMトリス緩衝液(pH7.4)で吸着画分を溶出させた。溶出画分を過剰量の0.15M塩化ナトリウム含有20mMトリス緩衝液(pH7.4)に対して透析し、粗精製ADAMTS13画分を得た。その画分を、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、分子篩クロマトグラフィー等でさらに精密に精製することも可能であったが、特に必要が無い場合を除いて、粗精製ADAMTS13画分を用いた。
【実施例2】
【0015】
塩化カルシウム、塩化バリウム、塩化マンガン及び塩化マグネシウムを各0.1Mとなるように生理食塩水に加えた溶液を調製した。各溶液1容とADAMTS13を含む試料9容を混和し検討用試料とした。各溶液の代わりに生理食塩水を加えたものを対照とした。各試料を25℃、37℃、45℃、56℃、65℃の各温度で20分間インキュベーションし、ADAMTS13活性を測定したときの結果を図1に示した。対照の
活性を100%としたときの相対活性で表したところ、45℃、20分間のインキュベーションで対照は約4分の1の残存活性しか示さないのに対して、2価金属イオンを加えたものでは何れもほぼ完全に活性を保持していることから、2価金属イオンの添加による熱安定性の向上が確認できた。塩化カルシウムの添加は56℃でもほぼ完全に活性を保持していた。また、塩化カルシウムおよび塩化バリウムを加えた場合には、ADAMTS13の活性自体が約2倍に増強された。
【実施例3】
【0016】
塩化カルシウムを10mM含むADAMTS13画分と、含まない画分を56℃でインキュベーションしたときの活性の変化を経時的に調べた。その結果を図2に示した。塩化カルシウムを含まない画分では5分後にはほぼ完全に活性を失ったのに対して、10mM塩化カルシウム存在下では90分後においても、50%以上の活性を保持していた。したがって、カルシウムイオンの添加により、明らかにADAMTS13を安定化できることが確認できた。
【実施例4】
【0017】
塩化カルシウムを10mM含むADAMTS13画分と、含まない画分をそれぞれ冷蔵、室温、37℃で保存したときの活性の変化を経時的に調べた。その結果を表1に示した。塩化カルシウムを含まない画分では37℃で20日間保存後、完全に活性を失ったのに対して、10mM塩化カルシウム存在下では60%以上の活性を保持していた。したがって、カルシウムイオンの添加により、長期保存においても安定化効果があることが確認できた。
【0018】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明の2価金属イオン添加によるADAMTS13の安定化により、ADAMTS13の長期保存および加熱処理が可能になり、それらの成果に基づく治療薬、診断薬等の開発に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の2価金属イオン添加によるADAMTS13の熱安定性を示した図である。
【図2】カルシウムイオンの有無による56℃でのADAMTS13活性の経時変化を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フォンヴィルブランド因子切断酵素(ADAMTS13)を含む組成物に2価金属イオンを含有させることを特徴するADAMTS13の安定化方法。
【請求項2】
カルシウムイオン、バリウムイオン、マンガンイオン又はマグネシウムイオンのうちから選択された少なくとも1種を含有させる請求項1に記載のADAMTS13の安定化方法。
【請求項3】
2価金属イオンを含有させることを特徴とするADAMTS13を含む組成物。
【請求項4】
2価金属イオンを含有させる工程を用いることを特徴とするADAMTS13又はその含有組成物の製造方法。
【請求項5】
2価金属イオンを含有させてなるADAMTS13又はその含有組成物の加熱処理方法。
【請求項6】
請求項4又は5のいずれかに記載の工程とウイルス不活化工程を組み合わせて調製するADAMTS13又はその含有組成物。


















【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−174978(P2007−174978A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−377270(P2005−377270)
【出願日】平成17年12月28日(2005.12.28)
【出願人】(592037055)株式会社日本医学臨床検査研究所 (13)
【Fターム(参考)】