説明

AMPキナーゼ活性化剤及びその用途

【課題】新規なAMPキナーゼ活性化剤及びその用途を提供すること。
【解決手段】ブラジル産プロポリスに含有されるプレニル桂皮誘導体、又はローヤルゼリー含有されるデセン酸を有効成分としたAMPキナーゼ活性化剤が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はAMPキナーゼ活性化剤及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
国民健康・栄養調査や糖尿病実態調査からも明らかなように、わが国の肥満とこれに伴うメタボリックシンドロームの増加は深刻である。国民医療費の膨張を食い止め、活力ある高齢化社会を実現するためには、予防の視点からの食品による制御が不可欠といえる。しかし今のところ対策としては、運動や食事制限以外に有効な手段が見当たらない。このような状況において、最適な問題解決の方法は、肥満や2型糖尿病に関わる鍵分子を制御して、予防・治療へつなげることである。最近の研究から理想的な標的としてAMPキナーゼ(AMPK)が浮かび上がってきた。
【0003】
AMPキナーゼは、5’AMPによって活性化されるセリン・スレオニンキナーゼである。多用な機能を有するが、その役割は細胞内のエネルギー状態の調節である。AMPキナーゼの活性化は触媒活性を有するαサブユニットのT172のリン酸化による。脂質代謝調節におけるAMPキナーゼの活性化は、脂肪酸合成に関与するアセチルCoAカルボキシラーゼ(ACC)タンパクのリン酸化による不活性化と、生成物であるマロニルCoA濃度の低下をもたらす。これによりミトコンドリアへの脂肪酸流入阻害が解除され、脂肪酸酸化が促進される。同時にACCの不活性化で細胞内の脂肪合成が低下するため、結果として細胞内脂肪量は低下する(非特許文献1)。また糖代謝調節におけるAMPキナーゼの活性化は、下記の運動による作用で述べるように、骨格筋でのインスリン非依存的な糖の取り込みを促す。肝臓では、糖新生系律速酵素の発現制御に関わる転写制御因子(TORC2)のリン酸化による核外移行を促してその発現が抑制される(非特許文献2)。
【0004】
一方、運動により、AMPキナーゼは骨格筋でインスリン非依存的に活性化される。この活性化を介してIRS-1の発現亢進やグルコースの細胞への取り込み輸送を行う4型グルコース輸送体(Glut4)の細胞膜上への移行が促され、グルコースの細胞内取り込みを促進する。興味深いことに、ここ5年ほどの研究からエネルギー状態とは無関係に糖尿病治療薬であるメトホルミン、前述したアディポネクチン、レプチンによってもAMPキナーゼが活性化され、糖・脂質代謝を改善することが明らかになっている(非特許文献3〜5)。また視床下部でのAMPキナーゼによる摂食行動の制御も明らかになっている(非特許文献6)。尚、プレニル桂皮酸誘導体に関する先行技術を以下に列挙する(特許文献1〜4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−61037号公報
【特許文献2】特開2006−143685号公報
【特許文献3】特開2007−223948号公報
【特許文献4】特開2008−81号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nat. Rev. Drug Discov., 3:340-51,2004
【非特許文献2】Nature, 437:1109-11, 2005
【非特許文献3】J. Clin. Invest. 108, 1167-1174, 2001
【非特許文献4】Nature, 415:339-43, 2002
【非特許文献5】Nat. Med, 8:1288-95, 2002
【非特許文献6】Nature, 428:569-74, 2004
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上のようにAMPキナーゼは細胞内のエネルギー代謝だけでなく、生体全体のエネルギー代謝において重要な調節作用を示す。従って、AMPキナーゼを制御する物質を見出すことができれば、メタボリックシンドロームや糖尿病等、エネルギー代謝異常に伴う疾病の予防や治療が可能になる。そこで本発明は、新規なAMPキナーゼ活性化剤及びその用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は予防医学の観点や安全性の面を考慮すれば食品因子の中から目的の物質を探索することが好ましいと考え、ブラジル産プロポリスの主成分である桂皮酸誘導体とローヤルゼリーにのみ含まれることで知られるデセン酸に着目した。これらの化合物のAMPキナーゼ活性化作用を検討した結果、アルテピリンCなど桂皮酸誘導体5種類とデセン酸がAMPキナーゼを活性化することが判明した。更に検討を進めた結果、これらの化合物によるAMPキナーゼ活性化のメカニズムに関して重要且つ興味深い知見が得られた。以下に示す本発明はこれらの成果に基づく。
[1]以下の化学式(化1)で表される化合物を有効成分とする、AMPキナーゼ活性化剤。
【化1】

但し、上記式中のR1は以下の化学式(化2)
【化2】

又は、以下の化学式(化3)
【化3】

で表され、上記式中のR2はH又はプレニル基であり、R3はOH又は以下の化学式(化4)若しくは化学式(化5)
【化4】

【化5】

で表され、上記式中のR4はH又はプレニル基である。
[2]有効成分が以下のいずれかの化学式で表される化合物である、[1]に記載のAMPキナーゼ活性化剤。
【化6】

【化7】

【化8】

【化9】

【化10】

【化11】

[3][1]又は[2]に記載のAMPキナーゼ活性化剤を含有する、エネルギー代謝改善用組成物。
[4]医薬、食品又は化粧料である、[3]に記載の組成物。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】マウス筋管細胞(C2C12)へ各種桂皮酸誘導体を最終濃度25μMで10分間投与したときのAMPキナーゼ活性化。ウエスタンブロットの結果を示す。
【図2】マウス筋管細胞(C2C12)へアルテピリンCを最終濃度25μMで投与したときのAMPキナーゼ活性化の経時変化(左)と、アルテピリンCを最終濃度5,10,20,25μMで15分間投与したときのAMPキナーゼ活性化(右)。ウエスタンブロットの結果(下段)から活性化上昇率(上段)を求めた。
【図3】マウス筋管細胞(C2C12)へのアルテピリンC投与によるアセチルCoAカルボキシラーゼ(ACC)のリン酸化による不活性化。ウエスタンブロットの結果であり、上段はアルテピリンCを最終濃度5,10,20,25μMで15分間投与したときのACCリン酸化レベルを示し、下段はアルテピリンCを最終濃度25μMで投与したときのACCリン酸化経時変化を示す。
【図4】マウス筋管細胞(C2C12)へのアルテピリンC(最終濃度25μM)投与による細胞内AMP, ADP, ATP濃度およびAMP/ATP比率の変化を示す表。
【図5】マウス筋管細胞(C2C12)へSTO-609を最終濃度5μMでアルテピリンCとともに15分間投与したときのAMPキナーゼ活性化(左)と、BAPTA/AMを最終濃度25μMでアルテピリンCとともに15分間投与したときのAMPキナーゼ活性化。ウエスタンブロットの結果(下段)から活性化上昇率(上段)を求めた。
【図6】マウス筋管細胞(C2C12)へデセン酸を最終濃度5,10,20,25μMで15分間投与したときのAMPキナーゼ活性化(左)と、デセン酸を最終濃度25μMで投与したときのAMPキナーゼ活性化の経時変化(右)。ウエスタンブロットの結果(下段)から活性化上昇率(上段)を求めた。
【図7】STO-609を最終濃度5μMでデセン酸とともに15分間投与したときのAMPキナーゼ活性化(左)と、BAPTA/AMを最終濃度25μMでデセン酸とともに15分間投与したときのAMPキナーゼ活性化。ウエスタンブロットの結果(下段)から活性化上昇率(上段)を求めた。
【図8】マウス筋管細胞(C2C12)へのデセン酸(最終濃度25μM)投与による細胞内AMP, ADP, ATP濃度およびAMP/ATP比率の変化を示す表。
【図9】マウス筋管細胞(C2C12)へのPI3キナーゼ阻害剤投与時のデセン酸によるAktリン酸化(左)と、PI3キナーゼ阻害剤投与時のデセン酸によるAMPキナーゼ活性化(右)。ウエスタンブロットの結果(下段)から活性化上昇レベル(上段)を求めた。
【図10】デセン酸(最終濃度25μM)投与によるACCリン酸化の濃度依存性(左)と、デセン酸(最終濃度25μM)投与によるACCリン酸化の経時変化(右)。ウエスタンブロットの結果(下段)からリン酸化上昇率(上段)を求めた。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(用語)
説明の便宜上、本明細書中で使用する用語の一部について説明する。
(1)メタボリックシンドローム
メタボリックシンドロームとは、心血管疾病の危険因子である代謝異常の1つであり、「内臓脂肪の蓄積と、それを基盤にしたインスリン抵抗性および糖代謝異常、脂質代謝異常、高血圧を複数合併するマルチプルリスクファクター症候群で、動脈硬化になりやすい病態のこと」を言う。日本だけでなく世界各国でメタボリックシンドロームの基準が定められており、もはや世界規模で取り組む必要のある社会問題であるといえる。近年、日本でもメタボリックシンドロームが疑われる人や、その予備軍が増加している。厚生労働省による平成19年度の国民健康・栄養調査結果では、「40〜74歳の男性の2人に1人、女性では5人に1人がメタボリックシンドロームが強く疑われる者またはその予備軍と考えられる」と報告されている。メタボリックシンドロームの予防や治療の為、内臓脂肪の改善や、インスリン抵抗性の改善、脂質代謝、糖代謝など様々な観点から研究が行われている。
【0011】
(2)AMPキナーゼ
AMPキナーゼとは、5'-AMPに活性化するセリン-スレオニンプロテインキナーゼである。AMPキナーゼは酵母から植物、哺乳動物細胞にいたるほとんどすべての細胞に発現する、代謝や摂食行動の調節に関わる分子である。AMPキナーゼは、虚血・低酸素・アディポネクチン(Yamauchi, T., Kamon, J., Minokoshi, Y., Ito, Y., Waki, H., Uchida, S., Yamashita, S., Noda, M., Kita, S., Ueki, K., Eto, K., Akanuma, Y., Froguel, P., Foufelle, F., Ferre, P., Carling, D., Kimura, S., Nagai, R., Kahn, BB., Kadowaki, T. Adiponectin stimulates glucose utilization and fatty-acid oxidation by activating AMP-activated protein kinase. Nat. Med. 8, 1288-1295, (2002))、メトフォルミン(Zhou, G., Myers, R., Li, Y., Chen, Y., Shen, X., Fenyk-Melody, J., Wu, M., Ventre, J., Doebber, T., Fujii, N., Musi, N., Hirshman, MF., Goodyear, LJ., Moller, DE. Role of AMP-activated protein kinase in mechanism of metformin action. J.Clin. Invest. 108, 1167-1174, (2001))、レプチン(Minokoshi, Y., Kim, YB., Peroni, OD., Fryer, LG., Muller, C., Carling, D., Kahn, BB. Leptin stimulates fatty-acid oxidation by activating AMP-activated protein kinase. Nature. 415, 339-343, (2002))などにより活性化し、糖新生の抑制、糖代謝、脂質代謝を促進する。また、ホルモンやグルコースなどの栄養素共通のエネルギーセンサーとして働くことで、摂食行動の調節に必須な分子であることも明らかとなっている(Minokoshi, Y., Alquier, T., Furukawa, N., Kim, YB., Lee, A., Xue, B., Mu, J., Foufelle, F., Ferer, P., Birnbaum, MJ., Stuck, BJ., Kahn, BB. AMP-kinase regulates food intake by responding to hormonal and nutrient signals in the hypothalamus. Nature. 428, 569-574, (2004))。このことから、AMPキナーゼは細胞内のエネルギー代謝だけでなく、生体全体のエネルギー代謝に調節作用を営む調節酵素と捉えられるようになった。このAMPキナーゼはα、β、γの3つのサブユニットからなる。αサブユニットにはα1とα2、βサブユニットにはβ1とβ2、γサブユニットにはγ1、γ2、γ3が存在し全ての組み合わせが可能である。これらのサブユニットにはいくつかのリン酸化部位が存在するが、αサブユニット172番目のスレオニンのリン酸化がAMPキナーゼ活性には重要である。その活性化経路は、5'−AMPのアロステリックな調節と、AMPキナーゼキナーゼのリン酸化によって活性化されるものとの2種類が知られている。AMPキナーゼはその上流にあるAMP-activated protein kinase kinase(AMPKK)や細胞内のAMP/ATP濃度により活性化される。AMPKKには、LKB1やTAK1、カルシウムによって調節されているCa2+/calmodulin-dependent protein kinase kinase(CaMKK)などが知られているが、活性化経路に関しては不明な点が多い。AMPキナーゼは、主にエネルギー産生系を促進する一方、糖新生や脂肪合成を抑制する。この作用は、エネルギー飢餓において異化代謝経路を活性化し、細胞内のATPを回復させる機能として理解されてきた。しかし、前述したようにレプチンやアディポネクチンがAMPキナーゼを活性化することが発見されたことにより、この作用はメタボリックシンドロームの要因の肥満や糖尿病を防ぎ、代謝恒常性を維持する調節機能として注目されるようになった。
【0012】
本発明の第1の局面はAMPキナーゼ活性化剤に関する。本発明の薬剤の有効成分は、以下の化学式(化1)で表される。
【化1】

但し、上記式中のR1は以下の化学式(化2)
【化2】

又は、以下の化学式(化3)
【化3】

で表される。
【0013】
上記式中のR2はH又はプレニル基であり、R3はOH又は以下の化学式(化4)若しくは化学式(化5)
【化4】

【化5】

で表される。上記式中のR4はH又はプレニル基である。
【0014】
好ましい化合物の具体例を以下(化6〜11)に示す。尚、化6の化合物((E)-3-(4-hydroxy-3,5-bis(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid)、化7の化合物((E)-3-(4-hydroxyphenyl)acrylic acid)、化8の化合物((E)-3-(4-hydroxy-3-(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid)及び化10の化合物((E)-3-(3-(3-methylbut-2-enyl)-4-(3-phenylpropanoyloxy)phenyl)acrylic acid)はそれぞれ、アルテピリンC、p-クマル酸、ドゥルパニン及びバッカリンとも呼ばれる。
【化6】

(E)-3-(4-hydroxy-3,5-bis(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid
【化7】

(E)-3-(4-hydroxyphenyl)acrylic acid
【化8】

(E)-3-(4-hydroxy-3-(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid
【化9】

(E)-3-(4-(isobutyryloxy)-3-(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid
【化10】

(E)-3-(3-(3-methylbut-2-enyl)-4-(3-phenylpropanoyloxy)phenyl)acrylic acid
【化11】

10-Hydroxy-2-decenoic Acid
【0015】
化6〜10の化合物はプレニル桂皮酸誘導体である。プレニル桂皮酸誘導体はプロポリスに含まれる成分として知られている。プロポリスとは、ミツバチが樹木の特定部位(主として新芽や蕾、樹皮)から採取したガム質、樹液、植物色素系物質および香油などの集合体にミツバチ自身の分泌物、蜜蝋などを混ぜて作る、粘着性のある固形物である。特に、ブラジル産プロポリスはプレニル桂皮酸誘導体を多く含む。ブラジル産プロポリスに含まれるアルテピリンCは、大腸がんの予防(三島敏 プレニルトランスフェラーゼを用いた生理活性ポリフェノールの創製 FOOD Style21 食品化学新聞社 12, pp.64-66(2008);Shimizu, K., Das, SK., Baba, M., Matsuura, Y., Kanazawa, K. Dietary artepillin C suppresses the formation of aberrant crypt foci induced by azoxymethane in mouse colon. Cancer Lett. 240, 135-142(2006))や腫瘍で誘発された新脈管形成の抑制(Ahn MR, Kunimasa K, Ohta T, Kumazawa S, Kamihira M, Kaji K, Uto Y, Hori H, Nagasawa H, Nakayama T. Suppression of tumor-induced angiogenesis by Brazilian propolis: major component artepillin C inhibits in vitro tube formation and endothelial cell proliferation. Cancer Lett. 252, 235-243(2007))、NF腫瘍の成長の抑制(Messerli SM, Ahn MR, Kunimasa K, Yanagihara M, Tatefuji T, Hashimoto K, Mautner V, Uto Y, Hori H, Kumazawa S, Kaji K, Ohta T, Maruta H. Artepillin C (ARC) in Brazilian green propolis selectively blocks oncogenic PAK1 signaling and suppresses the growth of NF tumors in mice. Phytother Res.(2008))といった癌細胞や悪性腫瘍の研究においても様々な効果が報告されている。
【0016】
化11の化合物はデセン酸と呼ばれる。ローヤルゼリーはミツバチの働き蜂が、女王蜂の餌として頭部の分泌腺からごく微量分泌する乳白色のクリーム状のもので、ビタミンB群、ミネラル、アミノ酸などをバランスよく多く含む。中でもローヤルゼリーに含まれる特徴的な成分には、自律神経の重要な伝達物質であるアセチルコリン、成長ホルモンに類似しており皮膚の老化防止効果をもつとされる類パチロン、成長促進因子であるピオプリテン、そしてローヤルゼリーのみに含まれるデセン酸がある。特にデセン酸は強い抗菌力を持つ共役カルボン酸で、ローヤルゼリーの指標基準とされている。デセン酸の生理作用としてコラーゲン生成増進効果(Koya-Miyata, S., Okamoto, I., Ushio, S., Iwaki K., Ikeda, M., Kurimoto, M. Identification of a Collagen Production-promoting Factour fron an Extract of Royal Jelly and Its Possible Mechanism. Biosci. Biotechnol. Biochem. 68, 767-773, (2004))、抗腫瘍効果(Izuta, H., Chikaraishi, Y., Shimazawa, M., Mishima S., Hara. 10-Hydroxy-2-decenoic Acid, a Major Fatty Acid from Royal Jelly, Inhibits VEGF-induced Angiogenesis in Human Umbilical Vein Endothelial Cells. Evid Based Complement Alternat Med. [equb ahead of print] (2007))などが知られている。また、生命中枢(間脳)の活動促進作用、殺菌作用、更年期障害の改善にも効果があるとされている。
【0017】
後述の実施例に示す通り、以上の各化合物(化6〜11)がAMPキナーゼの活性化を促すことを本発明者は実験によって確認した。また、化5の化合物(アルテピリンC)、化9の化合物及び化10の化合物は特に高い活性を示した。そこで、更に好ましくは、これらの化合物(一つ又は二つ以上の組合せ)を本発明の有効成分として用いる。
【0018】
本発明に用いるプレニル桂皮酸誘導体は、プロポリス又はその起源植物(アレクリン(Baccharis dracunculifolia)など)からの抽出や化学合成によって調製することができる。また、アルテピリンCは市販されており、容易に入手可能である。
【0019】
プレニル桂皮酸誘導体の調製法の一例を以下に示す。まず、粉砕したプロポリス原塊に溶媒(アルコール、有機溶媒など)を添加した後、所定温度(例えば40℃)で所定時間(例えば10〜30時間)攪拌する。次にろ過又は遠心処理によって不溶成分を除去する。このようにして得られた抽出液より、各種クロマトグラフィーなどを利用して目的のプレニル桂皮酸誘導体を精製する。尚、プレニル桂皮酸誘導体の調製法は公知である(例えば上掲の特許文献1〜4を参照)。
【0020】
AMPキナーゼは代謝や摂食行動の調節に関わる鍵分子であり、その活性化はエネルギー代謝の改善を促す。そこで本発明の第2の局面は、本発明の薬剤を含有する、エネルギー代謝改善用組成物を提供する。本発明の組成物の形態は特に限定されないが、好ましくは医薬、食品、又は化粧料である。尚、2種類以上の有効成分を併用することにしてもよい。
【0021】
本明細書において「エネルギー代謝」とは、脂質代謝及び糖代謝を包括する用語である。従って、本発明の組成物は、糖代謝及び/又は脂質代謝を改善するという効果を発揮する。当該効果は糖尿病や肥満の予防・治療に有効であることから、本発明の組成物の利用態様は例えば糖尿病や肥満の予防又は治療である。また、運動により得られるエネルギー代謝を模倣するという点において運動模倣剤又は運動代替剤としても利用され得る。ここで、「糖尿病」は、血糖の慢性的な上昇(即ち高血糖)により特徴付けられる疾患である。虚血性心臓病(狭心症、心筋梗塞)、動脈硬化、脳血管障害(脳梗塞など)の重要な危険因子の1つであり、いわゆる「生活習慣病」の代表的疾患として注目されている。一方、「肥満」とは一般的には体内に脂肪組織が過剰に蓄積した状態をいう。本明細書では用語「肥満」は広義に解釈されるものとし、その概念に肥満症を含む。「肥満症」とは肥満に起因ないし関連する健康障害(合併症)を有するか又は将来的に有することが予測される場合であって、医学的に減量が必要とされる病態をいう。肥満の判定法には、例えば、国際的に広く使用されているBMI(body mass index)を尺度としたものがある。BMIは、体重(kg)を身長(m)の二乗で除した数値(BMI=体重(kg)/身長(m))である。BMI<18.5は低体重(underweight)、18.5≦BMI<25は普通体重(normal range)、25≦BMI<30は肥満1度(preobese)、30≦BMI<35は肥満2度(obese class I)、35≦BMI<40は肥満3度(obese class II)、40≦BMIは肥満4度(obese class III)と判定される(WHO)。また、BMIを利用して、日本人の成人の標準体重(理想体重)を以下の式、標準体重(kg)=身長(m)×22から計算し、実測体重が標準体重(計算値)の120%を超える状態を肥満とする判定法もある。もっとも、標準体重(理想体重)は性別、年齢、又は生活習慣の差異などによって個人ごとに相違することから、肥満の判定をこの方法で一律に行うことは妥当でないと考えられている。
【0022】
本発明の医薬組成物の製剤化は常法に従って行うことができる。製剤化する場合には、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を含有させることができる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウム等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。無痛化剤としてはベンジルアルコール、クロロブタノール、ソルビトール等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。
【0023】
製剤化する場合の剤形も特に限定されず、例えば錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、注射剤、外用剤、及び座剤などとして本発明の医薬組成物を提供できる。本発明の医薬組成物には、期待される治療効果(予防効果も含む)を得るために必要な量(即ち治療上有効量)の有効成分(プレニル桂皮酸誘導体、デセン酸)が含有される。本発明の医薬組成物中の有効成分量は一般に剤形によって異なるが、所望の投与量を達成できるように有効成分量を例えば約0.1重量%〜約95重量%の範囲内で設定する。
【0024】
本発明の医薬組成物はその剤形に応じて経口投与又は非経口投与(静脈内、動脈内、皮下、筋肉、又は腹腔内注射、経皮、経鼻、経粘膜など)によって対象に適用される。ここでの「対象」は特に限定されず、ヒト及びヒト以外の哺乳動物(ペット動物、家畜、実験動物を含む。具体的には例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター、サル、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ニワトリ、ウズラ等である)を含む。好ましい一態様では本発明の医薬組成物はヒトに対して適用される。
【0025】
本発明の医薬組成物の投与量は、期待される治療又は予防効果が得られるように設定される。治療上有効な投与量の設定においては一般に症状、患者の年齢、性別、及び体重などが考慮される。尚、当業者であればこれらの事項を考慮して適当な投与量を設定することが可能である。例えば、成人(体重約60kg)を対象として一日当たりの有効成分量が約1mg〜約500mg、好ましくは約50mg〜約200mgとなるよう投与量を設定することができる。投与スケジュールとしては例えば一日一回〜数回、二日に一回、或いは三日に一回などを採用できる。投与スケジュールの作成においては、患者の病状や有効成分の効果持続時間などを考慮することができる。
【0026】
上記の通り本発明の一態様は、本発明の薬剤を含有する食品組成物である。本発明での「食品組成物」の例として一般食品(穀類、野菜、食肉、各種加工食品、菓子類、牛乳、清涼飲料水、アルコール飲料等)、栄養補助食品(サプリメント、栄養ドリンク等)、食品添加物、愛玩動物用食品、愛玩動物用栄養補助食品を挙げることができる。栄養補助食品又は食品添加物の場合、粉末、顆粒末、タブレット、ペースト、液体等の形状で提供することができる。食品組成物の形態で提供することによって、本発明の有効成分を日常的に摂取したり、継続的に摂取したりすることが容易となる。
【0027】
本発明の食品組成物には、治療的又は予防的効果が期待できる量の有効成分が含有されることが好ましい。添加量は、それが使用される対象となる者の病状、健康状態、年齢、性別、体重などを考慮して定めることができる。
【0028】
上記の通り本発明の一態様は、本発明の薬剤を含有する化粧料組成物である。本発明の化粧料組成物は、本発明の有効成分と、化粧料に通常使用される成分・基材(例えば、各種油脂、ミネラルオイル、ワセリン、スクワラン、ラノリン、ミツロウ、変性アルコール、パルミチン酸デキストリン、グリセリン、グリセリン脂肪酸エステル、エチレングリコール、パラベン、カンフル、メントール、各種ビタミン、酸化亜鉛、酸化チタン、安息香酸、エデト酸、カミツレ油、カラギーナン、キチン末、キトサン、香料、着色料など)を配合することによって得ることができる。
【0029】
化粧料組成物の形態として、フェイス又はボディー用の乳液、化粧水、クリーム、ローション、エッセンス、オイル、パック、シート、洗浄料などを例示できる。化粧料組成物における有効成分の添加量は特に限定されない。例えば0.1重量%〜60重量%となるように有効成分を添加するとよい。
【実施例】
【0030】
<プロポリス成分のAMPキナーゼ活性化作用>
標的分子AMPキナーゼは生体全体のエネルギー代謝において重要な調節作用を営むことが明らかとなっている。そしてAMPキナーゼの活性化は糖・脂質代謝に関与し、脂肪酸酸化や細胞への糖の取り込みを促進する。標的分子AMPキナーゼを制御する食品因子を見出すことで、糖尿病などの制御が可能となり、予防することが出来るようになる。AMPキナーゼの活性化を検討する食品因子として、ブラジル産プロポリスの主成分である桂皮酸誘導体(E)-3-(4-hydroxy-3,5-bis(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid(アルテピリンC)、(E)-3-(4-hydroxyphenyl)acrylic acid(p-クマル酸)、(E)-3-(4-hydroxy-3-(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid(ドゥルパニン、P1)、(E)-3-(4-(isobutyryloxy)-3-(3-methylbut-2-enyl)phenyl)acrylic acid(P14)、(E)-3-(3-(3-methylbut-2-enyl)-4-(3-phenylpropanoyloxy)phenyl)acrylic acid(バッカリン、P15)に着目した。これら化合物のAMPキナーゼ活性化作用を検討することにした。なお、AMPキナーゼの活性化はαサブユニットの172番目のスレオニン(Thr 172)のリン酸化の上昇により判定できる。
【0031】
1.方法
(1)細胞培養及び継代
細胞はマウス筋芽細胞C2C12を使用した。10% FBS含有DMEM(Dulbecco’s modified eagle’s medium, high glucose、SIGMA)を用い、CO2インキュベーター内(37℃、CO2 濃度5%)で培養した。80%コンフルエントになったところで継代した。
【0032】
(2)筋管細胞への分化誘導
培養皿から培地を除去し、2% HS(馬血清、SIGMA)含有のDMEM(分化用培地)に交換した。2日後、同様に培地交換した。さらに2日後、同様に培地交換した。1〜2日後、筋管細胞として実験に使用した(分化後5日目あるいは6日目の細胞を筋管細胞として使用)。
【0033】
(3)タンパク質の回収及び解析
プロポリス成分(アルテピリンC、p-クマル酸、P1、P14、P15)投与の約3時間前に培地を1% ウシ血清アルブミン(BSA)含有DMEMに交換した。所定の濃度の各プロポリス成分存在下、筋管細胞を培養した。溶解バッファー中に細胞を回収し、軽く混合した後、遠心処理に供し、上清を回収した。このようにして回収したタンパク質についてウエスタンブロットで解析し、AMPキナーゼの活性化を調べた。ウエスタンブロットでは一次抗体としてPhospho-AMPKα(Thr 172)antibody(P-AMPK)(Cell Signaling)とAMPKα antibody(AMPK)(Cell Signaling)を使用し、二次抗体としてAnti-rabbit IgG, HRP-linked antibody(Cell Signaling)を使用した。
【0034】
2.結果
プロポリス成分(アルテピリンC、p-クマル酸、P1、P14、P15)を終濃度25μMで10分間投与し、AMPキナーゼの活性化を検討したところ、アルテピリンC、P14、P15に強い活性化を認めた(図1)。一方、前者の資料と比較すると、活性化の程度は若干低いものの、p-クマル酸、P1にも活性化を認めた。強い活性化を認めたアルテピリンCについて更に検討を行うことにした。アルテピリンCを終濃度25μMで投与し、AMPキナーゼ活性化の経時変化を調べたところ、5分から15分で最も顕著なAMPキナーゼの活性化がみられ、その後180分まで活性化は持続した(図2左)。15分を過ぎると活性化は次第に低下した。次に、アルテピリンCの添加濃度とAMPキナーゼ活性化との関係を調べた結果、添加濃度5μM以上でAMPキナーゼの活性化を認めた(図2右)。
【0035】
<アルテピリンCによるAMPキナーゼの活性化と脂質代謝及び活性化メカニズムの検討>
AMPキナーゼが活性化すると糖・脂質代謝が促進される。脂質代謝でβ1サブユニットを有するAMPキナーゼが活性化されるとその下流となる脂肪分解に関与するアセチルCoAカルボキシラーゼ(ACC)がリン酸化され、不活性化し、一方でミトコンドリアでの脂肪酸酸化を促進する。またβ2サブユニットを有するAMPキナーゼが活性化するとPPARαの遺伝子発現量が上昇し脂肪酸酸化が促進する。そこで、アルテピリンCを投与したときのAMPキナーゼ活性化による脂肪酸酸化促進機構を検討した。
【0036】
ところで、アルテピリンCによるAMP活性化のメカニズムとして次の(1)及び(2)が考えられる。
(1)AMPキナーゼはAMP/ATP濃度の上昇により活性化する。AMP/ATPの濃度が上昇するとAMPキナーゼのγサブユニットにAMPが結合し、アロステリックにその複合体が活性化される。すると上流分子のAMPKK、LKB1に対する基質性が高まるためAMPキナーゼ活性をさらに促進する。
(2)代謝ストレス・ホルモンなどの様々な刺激を受けることでAMPキナーゼキナーゼ(AMPKK)を介してAMPキナーゼが活性化される。AMPKKにはCa2+/calmodulin- dependent protein kinase kinase(CaMKK)、LKB1、TGF-activated kinase-1(TAK1)がある。ほかの食品因子投与実験ではAMPキナーゼの活性化はCaMKKを介していると報告している(Shen, QW., Zhu, MJ., Tong, J., Ren, J., Du, Min. Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase kinase is involved in AMP-activated protein kinase activation by α-lipoic acid in C2C12 myotubes. Am J Physiol Cell Physiol 293,1395-1403(2007))。
【0037】
アルテピリンCによるAMPキナーゼ活性化のメカニズムを解明すべく、AMPキナーゼの活性化メカニズムにおいてアルテピリンC投与によるAMP/ATP濃度変化とアルテピリンCの投与とCaMKK阻害によるAMPキナーゼ活性化を検討した。尚、CaMKKはCa2+/calmodulinの結合とそれに伴う自己リン酸化によって活性化するため、阻害剤にはCaMKKを阻害するSTO-609と、CaMKKが自己リン酸化に必須とするCa2+をキレートすることでその働きを阻害するBAPTA/AMを用いた。
【0038】
1.方法
(1)アルテピリンC投与によるACCリン酸化
アルテピリンCがAMPキナーゼの活性化を通してACCをリン酸化しているかウエスタンブロットにより検討した。C2C12細胞を筋管細胞に分化させた後、アルテピリンC投与の約3時間前に培地を1% BSA含有DMEMに交換した。溶解バッファー中に細胞を回収し、軽く混合した後、遠心処理に供し、上清を回収した。このようにして回収したタンパク質についてウエスタンブロットで解析し、ACCのリン酸化を調べた。ウエスタンブロットでの一次抗体にはPhospho-acetyl-CoA carboxylase(Ser 79)antibody(P-ACC)(Cell Signaling)とAcetyl-CoA carboxylase antibody(ACC)(Cell Signaling)を使用した。
【0039】
(2)アルテピリンC投与による細胞内ATP、ADP及びAMP量の変化
C2C12細胞を筋管細胞に分化させた後、アルテピリンC投与の約3時間前に培地を1% BSA含有DMEMに交換した。所定の濃度のアルテピリンC存在下、筋管細胞を培養した。培地を除去した後、氷冷PBSを各ウェルに添加した。次に、PBSを除去し、5.5 %過塩素酸を各ウェルに添加した。細胞を遠心チューブに回収し、軽く混合した。遠心処理後、上清を回収した。一方、培養皿残渣に5.5 %過塩素酸を入れて、再度、遠心チューブへ回収し、遠心処理した。遠心後、上清は捨て、先に回収した上清(SUP)と沈殿(PPT)を-80℃で保存した。上清(SUP)のATP、ADP、AMP濃度をHPLCで測定した。沈殿(PPT)のタンパク定量結果に基づきデータを補正し、タンパク量(mg)当たりの濃度(nmol)(nmol/mg protein)を計算した。
【0040】
(3)アルテピリンC投与によるAMPキナーゼ活性化メカニズムの検討
AMPKKであるCaMKKを阻害することで、アルテピリンC投与によるAMPキナーゼ活性化が影響を受けるか検討した。まず、C2C12細胞を筋管細胞に分化させた後、アルテピリンC及び阻害剤投与の約3時間前に培地を1% BSA含有DMEMに交換した。アルテピリンC(最終濃度25μM)及び阻害剤(STO-609(最終濃度5μM)又はBAPTA/AM(最終濃度25μM))存在下、筋管細胞を培養した(CO2インキュベーター内37℃、5% CO2濃度、15分間)。その後、溶解バッファー中に細胞を回収し、軽く混合した後、遠心処理に供し、上清を回収した。このようにして回収したタンパク質についてウエスタンブロットで解析し、AMPキナーゼの活性化を調べた。ウエスタンブロットでは一次抗体としてPhospho-AMPKα(Thr 172)antibody(P-AMPK)(Cell Signaling)とAMPKα antibody(AMPK)(Cell Signaling)を使用し、二次抗体としてAnti-rabbit IgG, HRP-linked antibody(Cell Signaling)を使用した。
【0041】
2.結果
AMPキナーゼが活性化すると、脂質代謝における脂肪酸酸化が促進される。βサブユニットの違いによる脂肪酸酸化促進機構をアルテピリンC投与により検討したところ、経時変化では5分、濃度変化では終濃度25μMでACCのリン酸化がみられた(図3)。このように、アルテピリンCはAMPキナーゼを活性化することで脂肪酸酸化促進機構に関与することが示された。
【0042】
アルテピリンCの投与(15分間又は30分間)によるAMP/ATPの濃度変化をHPLCにより測定した結果、アルテピリンCの投与によるAMP/ATP濃度の変化は認められなかった(図4)。一方、CaMKKとCaMKKが自己リン酸化に必要とするCa2+を阻害してアルテピリンCを投与した時のAMPキナーゼ活性化を検討した。阻害剤とアルテピリンCをともに投与したところアルテピリンCのみの投与時よりAMPキナーゼの活性化が低下した(図5)。これらの結果は、アルテピリンCによるAMPキナーゼ活性化がCaMKKを介した作用であることを示唆する。
【0043】
<ローヤルゼリー成分のAMP活性化作用>
AMPキナーゼの活性化を検討する食品因子として、ローヤルゼリーのみに含まれるデセン酸に着目し、そのAMPキナーゼ活性化作用を検討することにした。
【0044】
1.方法
(1)細胞培養及び継代
細胞はマウス筋芽細胞C2C12を使用した。10% FBS含有DMEM(Dulbecco’s modified eagle’s medium, high glucose、SIGMA)を用い、CO2インキュベーター内(37℃、CO2 濃度5%)で培養した。80%コンフルエントになったところで継代した。
【0045】
(2)筋管細胞への分化誘導
培養皿から培地を除去し、2% HS(馬血清、SIGMA)含有のDMEM(分化用培地)に交換した。2日後、同様に培地交換した。さらに2日後、同様に培地交換した。1〜2日後、筋管細胞として実験に使用した(分化後5日目あるいは6日目の細胞を筋管細胞として使用)。
【0046】
(3)タンパク質の回収及び解析
デセン酸投与の約3時間前に培地を1% BSA含有DMEMに交換した。所定の濃度のデセン酸(長良サイエンス)存在下、筋管細胞を培養した。溶解バッファー中に細胞を回収し、軽く混合した後、遠心処理に供し、上清を回収した。このようにして回収したタンパク質についてウエスタンブロットで解析し、AMPキナーゼの活性化を調べた。ウエスタンブロットでは一次抗体としてPhospho-AMPKα(Thr 172)antibody(P-AMPK)(Cell Signaling)とAMPKα antibody(AMPK)(Cell Signaling)を使用し、二次抗体としてAnti-rabbit IgG, HRP-linked antibody(Cell Signaling)を使用した。
【0047】
2.結果
AMPキナーゼは活性化により生体全体のエネルギー代謝を調節する代謝調節酵素である。食品因子によるAMPキナーゼの活性化は、国民医療費の抑制、運動が困難な人々の観点からもメタボリックシンドロームの予防・改善に有用な手段であると期待されている。検討の結果、ローヤルゼリー中の成分であるデセン酸がAMPキナーゼを活性化することが判明した(図6)。活性化は濃度、時間によって強度が変化した。濃度については5μM以上で活性化し、特に20〜25μM付近(図6左)、時間については5〜15分(図6右)で最も強い活性が認められた。
【0048】
<デセン酸によるAMPキナーゼの活性化メカニズム>
1.方法
(1)CaMKK 阻害剤及びCa2+キレート剤投与におけるデセン酸でのAMPK活性化
AMPKKであるCaMKKを阻害することで、アルテピリンC投与によるAMPキナーゼ活性化が影響を受けるか検討した。まず、C2C12細胞を筋管細胞に分化させた後、アルテピリンC及び阻害剤投与の約3時間前に培地を1% BSA含有DMEMに交換した。アルテピリンC(最終濃度25μM)及び阻害剤(STO-609(最終濃度5μM)又はBAPTA/AM(最終濃度25μM))存在下、筋管細胞を培養した(CO2インキュベーター内、15分間)。溶解バッファー中に細胞を回収し、軽く混合した後、遠心処理に供し、上清を回収した。このようにして回収したタンパク質についてウエスタンブロットで解析し、AMPキナーゼの活性化を調べた。ウエスタンブロットでは一次抗体としてPhospho-AMPKα(Thr 172)antibody(P-AMPK)(Cell Signaling)とAMPKα antibody(AMPK)(Cell Signaling)を使用し、二次抗体としてAnti-rabbit IgG, HRP-linked antibody(Cell Signaling)を使用した。
【0049】
(2)デセン酸投与による細胞内ATP、ADP及びAMP量の変化
C2C12細胞を筋管細胞に分化させた後デセン酸投与の約3時間前に培地を1% BSA含有DMEMに交換した。所定の濃度のデセン酸存在下、筋管細胞を培養した。培地を除去した後、氷冷PBSを各ウェルに添加した。次に、PBSを除去し、5.5 %過塩素酸を各ウェルに添加した。細胞を遠心チューブに回収し、軽く混合した。遠心処理後、上清を回収した。一方、培養皿残渣に5.5 %過塩素酸を入れて、再度、遠心チューブへ回収し、遠心処理した。遠心後、上清は捨て、先に回収した上清(SUP)と沈殿(PPT)を-80℃で保存した。上清(SUP)のATP、ADP、AMP濃度をHPLCで測定した。沈殿(PPT)のタンパク定量結果に基づきデータを補正し、タンパク量(mg)当たりの濃度(nmol)(nmol/mg protein)を計算した。
【0050】
(3)PI3キナーゼ阻害剤投与によるデセン酸でのAMPK及びAKtの活性化
C2C12細胞を分化させることで得られた筋管細胞(分化誘導後5〜6日)を使用し、試料投与の16時間前に培地を1 % BSA-DMEMに交換しておいた。阻害剤LY294002(CALBIOCHEM)を投与後30分間静置し、その後デセン酸、インスリン(SIGMA)を15分間投与して、反応後タンパクを回収した。その後、ウエスタンブロットにて検出するとともに、タンパク質の定量を行った。ウエスタンブロットでは一次抗体にPhospho-AKt (Ser 473) (D9E) Rabbit mAb (Cell Signaling)、Phospho-AMPKα(Thr 172)antibody(P-AMPK)(Cell Signaling)及びAKt (pan) (C67E7) Rabbit mAb (Cell Signalling)、AMPKα antibody(AMPK)(Cell Signaling)を使用し、二次抗体としてAnti-rabbit IgG, HRP-linked antibody(Cell Signaling)を使用した。
【0051】
2.結果
CaMKK自体を阻害するSTO-609とCaMKKの活性に必要なCa2+をキレートするBAPTA−AMを用い、デセン酸によるAMPキナーゼの活性化メカニズムを検討した。その結果、コントロール(デセン酸、阻害剤の投与なし)またはSTO-609(最終濃度5μM)のみ投与の細胞ではAMPキナーゼ活性は確認されなかった(図7左)。デセン酸(最終濃度25μM)のみ投与の細胞ではAMPキナーゼ活性化が確認された。デセン酸(最終濃度25μM)とSTO-609(最終濃度5μM)の双方を投与した細胞ではAMPキナーゼ活性化が抑えられていた。同様に、コントロール(デセン酸、阻害剤の投与なし)またはBAPTA-AM(最終濃度25μM)のみを投与した細胞ではAMPキナーゼ活性化は確認されなかった(図7右)。デセン酸(最終濃度25μM)のみ投与の細胞ではAMPキナーゼ活性が確認された。デセン酸(最終濃度25μM)とBAPTA-AM(最終濃度25μM)の双方を投与した細胞ではAMPキナーゼ活性が抑えられていた。この結果より、デセン酸におけるAMPキナーゼの活性化はCaMKKを介しており、Ca2+により調節を受けていることが明らかとなった。
【0052】
一方、AMPキナーゼ活性化因子の1つである細胞内のAMP/ATPの濃度変化にデセン酸が関与しているのかを検討した。デセン酸15分と30分の投与(最終濃度25μM)で検討したが、どちらもデセン酸の投与は細胞内のATP/ADP/AMPの濃度に対して有意な影響を与えなかった(図8)。この結果より、デセン酸によるAMPキナーゼの活性化は細胞内のATP、ADP、AMPの濃度、AMP/ATP比率に依存していないことが明らかとなった。従ってAMPキナーゼのγサブユニットとAMPの結合による活性化におけるLKB1を介したAMPキナーゼ活性に、デセン酸が関与している可能性は低いことが示唆される。
【0053】
PI3キナーゼはインスリンシグナルにおいて重要であり、AMPキナーゼの活性化とこれに伴う糖代謝の変動はインスリン非依存的である。デセン酸によるAMPキナーゼ活性化のメカニズム(インスリンのシグナル伝達経路の関連)を調べるために、PI3キナーゼの阻害剤であるLY294002を用いてこの経路を阻害することにより、デセン酸によるAMPキナーゼ活性化を調べた。その結果、デセン酸投与(最終濃度25μM)の細胞はAMPキナーゼが活性化するが、インスリン投与(最終濃度100 nM)の細胞ではAMPキナーゼ活性化を起こさなかった。インスリン(最終濃度100 nM)とLY294002(最終濃度10μM)の双方を投与した細胞でもAMPキナーゼの活性化は観察されなかった(図9右)。一方、PI3キナーゼ阻害剤(最終濃度 : 10 μM)とデセン酸(最終濃度 : 25 μM)の双方を投与した細胞では、AMPキナーゼ活性化が抑制した。また、そのときのPI3キナーゼの下流にあるAktのリン酸化を検討した方では、インスリン投与(最終濃度 : 100 nM)の細胞ではリン酸化が確認され、インスリン(最終濃度 : 100 nM)とLY294002(最終濃度 : 10 μM)との双方の投与ではAktリン酸化がわずかながらも抑えられていた(図9左)。一方でデセン酸投与(最終濃度25μM)の細胞ではAktのリン酸化は見られなかった。この結果から、いまだ報告はまだないが、PI3キナーゼがAktのリン酸化を介さずにAMPキナーゼを活性化させる因子の1つであり、デセン酸によるAMPキナーゼの活性化はPI3キナーゼを介している可能性がある。
【0054】
<デセン酸により活性化したAMPキナーゼの脂質代謝への関与>
デセン酸により活性化したAMPキナーゼによるACCのリン酸化を検討することで、デセン酸により活性化したAMPキナーゼの脂肪酸酸化への関与と、その作用機構を検討した。
【0055】
1.方法
(1)デセン酸投与によるACCリン酸化
デセン酸がAMPキナーゼの活性化を通してACCをリン酸化しているかウエスタンブロットにより検討した。C2C12細胞を筋管細胞に分化させた後、デセン酸投与の約3時間前に培地を1% BSA含有DMEMに交換した。溶解バッファー中に細胞を回収し、軽く混合した後、遠心処理に供し、上清を回収した。このようにして回収したタンパク質についてウエスタンブロットで解析し、ACCのリン酸化を調べた。ウエスタンブロットでの一次抗体にはPhospho-acetyl-CoA carboxylase(Ser 79)antibody(P-ACC)(Cell Signaling)とAcetyl-CoA carboxylase antibody(ACC)(Cell Signaling)を使用した。
【0056】
2.結果
デセン酸により活性化したAMPキナーゼの脂肪酸酸化への関与を検討した。特にここでは、β1サブユニットをもつAMPキナーゼの働きであるACCのリン酸化について検討した。デセン酸における高いAMPキナーゼ活性が確認された20〜25μM付近、5〜15分間(最終濃度25μM)でACCのリン酸化が確認された(図10)。デセン酸によるAMPキナーゼ活性とほぼ同様の濃度、ほぼ同様の時間に、ACCのリン酸化が確認されたことから、ACCのリン酸化はデセン酸によるAMPキナーゼの活性の調節を受けていると考えられる。この結果から、デセン酸によるAMPキナーゼの活性化により、ACCのリン酸化が起こり、アセチルCoAからマロニルCoAへの反応が抑制される。それにより、マロニルCoAにより阻害を受けていたcarnitine palmitoyl transferase I(CPT-1)の働きが促進されて、ミトコンドリア内へ長鎖脂肪酸が移行し、ミトコンドリアでの脂肪酸酸化を促進していると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明によりAMPキナーゼ活性化剤はエネルギー代謝の改善に有効である。例えば糖尿病、肥満、メタボリックシンドロームの予防・治療への適用が可能である。有効成分として食品因子(例えばアルテピリンCやデセン酸)を採用した場合には日常的ないし継続的な摂取に適したものとなる。
【0058】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の化学式(化1)で表される化合物を有効成分とする、AMPキナーゼ活性化剤。
【化1】

但し、上記式中のR1は以下の化学式(化2)
【化2】

又は、以下の化学式(化3)
【化3】

で表され、上記式中のR2はH又はプレニル基であり、R3はOH又は以下の化学式(化4)若しくは化学式(化5)
【化4】

【化5】

で表され、上記式中のR4はH又はプレニル基である。
【請求項2】
有効成分が以下のいずれかの化学式で表される化合物である、請求項1に記載のAMPキナーゼ活性化剤。
【化6】

【化7】

【化8】

【化9】

【化10】

【化11】

【請求項3】
請求項1又は2に記載のAMPキナーゼ活性化剤を含有する、エネルギー代謝改善用組成物。
【請求項4】
医薬、食品又は化粧料である、請求項3に記載の組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−37732(P2011−37732A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−184548(P2009−184548)
【出願日】平成21年8月7日(2009.8.7)
【出願人】(500433225)学校法人中部大学 (105)
【Fターム(参考)】