説明

ATRマッピング方法及びATRマッピング装置

【課題】試料とATRプリズムとの圧着と離間を繰り返すことなく、しかも安価にATRマッピング分析を行うことができるATRマッピング方法及びATRマッピング装置を提供する。
【解決手段】本実施例の赤外線検出部9は、結像光学系の結像面に受光部151が配置された赤外線検出器15と、結像面に平行に赤外線検出器15を移動させることにより、結像面上で受光部151を移動させる検出器移動機構16と、を備える。受光部151がある結像面では、試料とATRプリズムとの接触面の像が結像光学系の倍率に従い、拡大されて結像する。受光部151は、この拡大された像全体を網羅するように移動し、結像面上の接触面の像を走査することで、マッピング測定を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、全反射測定法によるマッピング分析の方法及び該方法を用いた装置に関する。
【背景技術】
【0002】
フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)や赤外顕微鏡で行なわれる表面分析方法の一つに、全反射測定法(Attenuated Total Reflectance=ATR法)がある。ATR法では図5(a)に示すように、試料Sよりも屈折率の高い物質で作成されたプリズム(ATRプリズム)20を試料Sの表面に圧着し、ATRプリズム20と試料Sとの境界面21でATRプリズム20側から全反射臨界角以上の入射角で赤外光を入射する。この条件の下で赤外光は境界面21で全反射するが、一部は境界面21を越えて試料S側にまで浸透し(図5(b))、試料Sの表面部分により固有の吸収を受ける。このように試料表面で反射された赤外光の吸収スペクトルを測定することにより、試料表面の分析を行なうことができる(例えば特許文献1を参照)。
【0003】
ATR法の応用の1つにATRマッピング分析がある。ATRマッピング分析では、試料表面の所定の領域の複数のポイント(以下、「分析点」とする)でATR法による測定を行い、該領域における測定結果のマッピングを行う。ATRマッピング分析を行う場合、従来の方法では、試料とプリズムの相対位置を変えつつ、試料とプリズムの圧着と離間を分析点毎に繰り返し行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平4−348254号公報
【特許文献2】米国特許第6141100号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、このような圧着と離間の繰り返しには時間が掛かる。また、圧着と離間を繰り返すことにより、プリズムが破損したり測定中に不純物が介在したりする可能性が高くなる。さらに、分析点間の距離を近くすると、プリズムの位置決めに高い精度が要求される。
【0006】
また、ATRプリズムと試料との接触面(境界面)の大きさは、試料の硬さに依存するが、直径100μm以下である。従って、接触面の大きさ以下の間隔でマッピングを行うと、同じ場所を繰り返し押圧することになり、未測定の部位が傷ついたり変形したりするなどして、測定結果に悪影響を及ぼすおそれがある。
【0007】
これに対し、特許文献2では、接触面で全反射させた光を結像させることによって得られる接触面の像を2次元アレイ検出器により測定する方法を示している。この特許文献2の方法では、2次元アレイ検出器の各受光素子における測定データは、対応する接触面の全反射位置からのデータになる。
【0008】
しかしながら、特許文献2の方法には赤外分析を行う上で、次の問題がある。安価に入手可能なシリコンのアレイ検出器は、可視域には高い感度を有するものの、赤外光を検出することができない。一方、シリコン以外の赤外光用のアレイ検出器は、入手可能ではあるものの非常に高価である。さらに、受光素子の数が固定されているため、変化の少ない試料に対して不必要に多くのデータを取得したり、変化の著しい試料に対して十分な数のデータが得られなかったりすることがある。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、試料とプリズムの圧着と離間を繰り返すことなく、しかも安価にATRマッピング分析を行うことができるATRマッピング方法及びATRマッピング装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明に係るATRマッピング方法は、
試料とATRプリズムとの接触面に測定光を導入し、
前記接触面で全反射した測定光を所定の結像光学系に導くことにより、該接触面の像を該結像光学系の結像面に結像させ、
前記結像面に沿って検出器の受光部を移動させることにより、該結像面に結像された前記接触面の像の各位置における光強度を測定し、
前記接触面の像の各位置における光強度の測定結果に基づいて、マッピングデータを作成する、
ことを特徴とする。
【0011】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係るATRマッピング装置は、
試料とATRプリズムとの接触面に測定光を導入する導入光学系と、
前記接触面で全反射した測定光により、該接触面の像を所定の結像面に結像させる結像光学系と、
前記結像面上で、前記接触面の像の各位置における光強度を測定する検出器と、
前記検出器の受光部を前記試料像上で移動させる移動手段と、
前記接触面の像の各位置における光強度の測定結果に基づいて、マッピングデータを作成するマッピングデータ作成手段と、
を有することを特徴とする。
【0012】
本発明は、試料とATRプリズムとの接触面で全反射された測定光を所定の結像光学系に導き、この結像光学系の結像面に結像される接触面の像を検出器の受光部に走査させることにより、マッピング分析を行うものである。本発明の構成では、2次元アレイ検出器を用いなくとも良いため、検出器に要するコストが削減される。また、試料とATRプリズムの圧着と離間を繰り返さずに、接触面のマッピング分析を行うことができる。さらに拡大された接触面の像を走査するため、像上の走査間隔を試料上よりも広く設定することが可能となり、精度の高い高価な移動機構を用いる必要がなくなる。
【0013】
なお、本発明に係るATRマッピング方法及びATRマッピング装置では、結像光学系が接触面の像の倍率を変更させることが可能であり、倍率の変化に伴う光軸上の結像面の位置の変化に対応して、光軸に沿って検出器を移動させることが可能である、という構成を有することが望ましい。これにより、検出器の受光部に導入される測定光の光強度を調整したり、像上の走査間隔を一定にしたままでより詳細なマッピングデータを作成したりすることができるため、測定の自由度がより高くなる。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るATRマッピング方法及びATRマッピング装置では、試料にプリズムを圧着したまま、接触面のマッピング分析を行うことができるため、分析時間を短くすることができる。また、圧着と離間の繰り返しの回数が減るため、プリズムが破損したり測定中に不純物が介在したりする可能性が低くなる。さらに、拡大された接触面の像を走査するため、検出器や移動機構に掛かるコストを削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係るATRマッピング装置の一実施例である赤外顕微鏡の概略構成図。
【図2】本実施例の赤外顕微鏡の赤外線検出部の斜視図。
【図3】本実施例の赤外顕微鏡によるATRマッピング分析の説明図。
【図4】本実施例の赤外顕微鏡の変形例の概略構成図。
【図5】ATR法の原理の説明図。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0016】
本発明に係るATRマッピング装置の一実施例である赤外顕微鏡を、図面を参照しながら説明する。図1は本実施例の赤外顕微鏡の概略構成図、図2は本実施例の赤外顕微鏡の赤外検出部の斜視図、図3は本実施例の赤外顕微鏡によるATRマッピング分析の説明図である。
【0017】
図1に示す本実施例の赤外顕微鏡は、赤外光を出射する赤外光源1と、赤外光源1から入射した赤外光を干渉光(以下、「測定光」とする)として出射する干渉計2と、試料表面を観察するための可視光(以下、「観察光」とする)を出射する可視光源3と、可動ステージ4上に載置された試料Sと圧着させるATRプリズム5と、試料とATRプリズム5の接触面に測定光及び観察光を集光すると共に、試料S上の接触面で反射した測定光及び観察光を集光するカセグレン式対物鏡6と、試料S上の特定の部位以外で反射した測定光及び観察光を遮光するアパーチャ7と、アパーチャ7を通過した観察光により形成される接触面の像を観察するための観察光学系8と、アパーチャ7を通過した測定光により形成される接触面の像のマッピング測定を行う赤外線検出部9と、可動ステージ4と赤外線検出部9の制御、及び赤外線検出部9による測定結果に基づいてマッピングデータの作成を行うパーソナルコンピュータ(PC)10と、光路上の各位置に設置された、測定光と観察光の両方を反射するミラー11、12、測定光を反射し、観察光を透過するハーフミラー13、14と、を備える。
【0018】
本実施例の赤外顕微鏡では、赤外光源1、干渉計2、ミラー11、ハーフミラー13、ミラー12、ATRプリズム5、カセグレン式対物鏡6が導入光学系に、ATRプリズム5、カセグレン式対物鏡6、アパーチャ7、ハーフミラー14が結像光学系に、それぞれ相当する。
【0019】
本実施例の赤外線検出部9は、図2に示すように、上記結像光学系の結像面に受光部151が配置された赤外線検出器15と、結像面に平行に(すなわち、光軸に垂直な方向に)赤外線検出器15を移動させることにより、結像面上で受光部151を移動させる検出器移動機構16と、を備える。
【0020】
PC10は、専用のプログラムをインストールすることにより、可動ステージ4による試料Sの位置制御と検出器移動機構16による赤外線検出器15(より具体的には受光部151)の位置制御とを行う制御部、接触面の像の各位置における光強度を測定した結果に基づいてマッピングデータを作成する演算部、として機能する。なお、本実施例では、赤外顕微鏡とPC10とを別体としたが、これらは一体であっても構わない。
【0021】
図1に示すように、本実施例の赤外顕微鏡では、赤外光源1及び干渉計2から得られる赤外干渉光(測定光)と可視光源3から得られる観察光は、ハーフミラー13において混合され、ミラー12を経てカセグレン式対物鏡6へと入射する。可動ステージ4上に載置された試料SはATRプリズム5と圧着した状態で静止しており、カセグレン式対物鏡6に入射した測定光及び観察光は集光されて、ATRプリズム5と試料Sの接触面に導入される。
【0022】
この接触面で測定光及び観察光は反射し、カセグレン式対物鏡6を経てアパーチャ7に導かれる。アパーチャ7では特定の部位で反射した光のみが通過し、ハーフミラー14によって観察光が観察光学系8へ、測定光が赤外線検出部9へと振り分けられる。
【0023】
受光部151がある結像面では、接触面の像は結像光学系の倍率に従い、拡大されて結像する。PC10は、受光部151がこの拡大された像全体を網羅するように検出器移動機構16を制御し、結像面上の接触面の像の走査を行う(図3)。
【0024】
受光部151の各位置における光強度の測定データは、所定の信号処理を経てPC10に送られ、受光部151の位置情報と測定データとを対応づけて保存される。最後にPC10は、結像光学系の倍率に基づいて、受光部151の位置情報を試料S上の位置情報に対応させて、マッピングデータを作成する。
【0025】
本実施例の赤外顕微鏡では、例えば結像光学系により接触面が10倍に拡大されて結像していた場合、結像面上で受光部151を100μm間隔で移動させれば、試料S側でATRプリズムとの相対位置を10μm間隔で変更した場合と同様の結果が得られる。このように拡大された像に対して走査を行うため、検出器移動機構16の位置精度が低くても、マッピング分析自体は高い精度で行うことができる。
【0026】
以上のように、ある接触面におけるマッピングデータを作成した後は、可動ステージ4を動かし、試料SとATRプリズム5との相対位置を変えた上で、新たな接触面において上記の方法によりマッピング測定を開始する。PC10は、新たな接触面の位置情報と、その接触面に対して作成されるマッピングデータに基づいて、試料Sの表面全体のマッピングデータを作成していく。
【0027】
次に、上記実施例の赤外顕微鏡の変形例を図4に示す。本変形例の赤外顕微鏡は、PC10の制御に従って光軸に沿って移動可能な結像レンズ17を、カセグレン式対物鏡6と赤外線検出部9との間の光路上に配置したものである。また、赤外線検出部9で用いる検出器移動機構16には、光軸に平行な方向に対しても赤外線検出器15を移動させることが可能であるものを用いる。
【0028】
本変形例の赤外顕微鏡では、カセグレン式対物鏡6、アパーチャ7、ハーフミラー14、結像レンズ17が結像光学系になる。この結像光学系では、像倍率を変更することができるため、例えば像倍率を大きくすれば、結像面上での検出器移動機構16の位置精度が同じでも、試料S上の対応する分析点間の距離をより小さくした、より詳細なマッピングデータを作成することができるようになる。
【0029】
なお、像倍率を変更すると結像面の位置が変わるため、PC10は、結像レンズ17の位置制御と同時に、検出器移動機構16による光軸方向の赤外線検出器15(又は受光部151)の位置制御を行い、新しい結像面に受光部151が配置されるようにする。光軸方向の赤外線検出器15の位置は、結像レンズ17の位置を変えるたびにPC10に計算させても良いが、PC10の記憶部に、結像レンズ17の位置情報と赤外線検出器15の位置情報が対応付けされたテーブルを保存しておき、結像レンズ17を移動させる毎にテーブルを参照して赤外線検出器15を移動させるようにしても良い。
【0030】
以上、本発明に係るATRマッピング装置及びATRマッピング方法について実施例を用いて説明したが、上記は例に過ぎないことは明らかであり、本発明の趣旨の範囲内で適宜に変更や修正、又は追加を行っても構わない。
【符号の説明】
【0031】
1…赤外光源
2…干渉計
3…可視光源
4…可動ステージ
5…ATRプリズム
6…カセグレン式対物鏡
7…アパーチャ
8…観察光学系
9…赤外線検出部
10…パーソナルコンピュータ(PC)
11、12…ミラー
13、14…ハーフミラー
15…赤外線検出器
151…受光部
16…検出器移動機構
17…結像レンズ
20…ATRプリズム
21…境界面
S…試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料とATRプリズムとの接触面に測定光を導入し、
前記接触面で全反射した測定光を所定の結像光学系に導くことにより、該接触面の像を該結像光学系の結像面に結像させ、
前記結像面に沿って検出器の受光部を移動させることにより、該結像面に結像された前記接触面の像の各位置における光強度を測定し、
前記接触面の像の各位置における光強度の測定結果に基づいて、マッピングデータを作成する、
ことを特徴とするATRマッピング方法。
【請求項2】
前記マッピングデータを作成する際、前記結像光学系の倍率に基づいて、前記像上の各位置と、前記試料とATRプリズムとの接触面上の各位置と、を対応させることを特徴とする請求項1に記載のATRマッピング方法。
【請求項3】
前記結像光学系が像倍率を変更可能であり、該倍率の変化に伴う光軸上の結像面の位置の変化に対応して、前記受光部を光軸に沿って移動させることを特徴とする請求項1又は2に記載のATRマッピング方法。
【請求項4】
試料とATRプリズムとの接触面に測定光を導入する導入光学系と、
前記接触面で全反射した測定光により、該接触面の像を所定の結像面に結像させる結像光学系と、
前記結像面上で、前記接触面の像の各位置における光強度を測定する検出器と、
前記検出器の受光部を前記試料像上で移動させる移動手段と、
前記接触面の像の各位置における光強度の測定結果に基づいて、マッピングデータを作成するマッピングデータ作成手段と、
を有することを特徴とするATRマッピング装置。
【請求項5】
前記マッピングデータを作成する際、前記結像光学系の倍率に基づいて、前記像上の各位置と、前記試料とATRプリズムとの接触面上の各位置と、を対応させることを特徴とする請求項4に記載のATRマッピング装置。
【請求項6】
前記結像光学系の像倍率を変更する像倍率変更手段をさらに備えると共に、前記移動手段が、前記受光部を光軸方向にも移動させることが可能であることを特徴とする請求項4又は5に記載のATRマッピング装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−194007(P2012−194007A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−57113(P2011−57113)
【出願日】平成23年3月15日(2011.3.15)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】