説明

AlまたはAl合金接合体の製法

【課題】 AlまたはAl合金材を接合する際に、接合界面を拡散接合によって確実且つ強固に接合一体化することのできる方法を開発すること。
【解決手段】 接合すべきAlまたはAl合金材の接合面側に、相対密度40〜90%の低密度領域を好ましくは厚さ1mm以上設け、該低密度部を合わせて拡散接合することにより、接合面の母材を大きく変形させて清浄面を露出させ、同時に界面の酸化物を微細に破砕して微分散させることにより、強固に接合一体化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はAlまたはAl合金接合体の製法に関し、より詳細には、AlまたはAl合金材を接合する際に、接合界面を拡散接合によって確実且つ強固に接合一体化することのできる方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
液晶ディスプレーパネル等の大型化が進むにつれて、Al−Nd系合金を始めとする液晶ディスプイレー形成用ターゲットの大型化も急速に進んでいる。こうした状況の下で本発明者らは、Al合金系ターゲットの大型化に向けて研究を進めている。
【0003】
ところでターゲットを大型化する具体的な手法としては、1)ターゲット形成用プリフォーム体の大型化、2)現状サイズのプリフォーム体の接合による大型化、3)鍛造材や圧延材の接合による大型化などが考えられる。得られる大型接合体は、その用途に拘らず接合部を含めて成分組成が均質であることが望ましく、特にターゲット用途に適用する場合、液晶ディスプレーパネル等としての品質を確保するには微細な欠陥も許されない。
【0004】
ところで、金属材を接合一体化する方法としては、次の様な方法が知られている。第1は、非特許文献1の第53〜59頁に記載されている様な拡散接合法であるが、AlまたはAl合金材の表面は安定な酸化物系皮膜で覆われており、この酸化皮膜は安定で拡散接合中にも消失することがない。拡散接合を行なう際には、AlまたはAl合金材の接合面を合わせて圧接し、接合面に存在する微細な突起部の変形により酸化物系皮膜を破壊させることで清浄面を露出させ、該清浄面同士を拡散接合させることになるが、上記の様に被接合面に存在する酸化物系皮膜は消失することがなく、露出する清浄面も僅かであるため、強固な接合一体化は難しい。同非特許文献1の第58頁に記載されている如く、被接合面を粗面化することで突起部を多くすると、圧接時の変形による酸化物系皮膜の破壊箇所も多くなり、拡散接合に有効な清浄面も増大して接合強度は向上するが、その値は最高でも母材強度の約35%に過ぎず、接合一体化の目的は達成できない。
【0005】
また非特許文献2には、接合時の温度を接合すべきAlまたはAl合金材の融点直下にまで高め、接合面を軟化させることにより変形し易くすることで、酸化物系皮膜を破壊し易くして清浄面を露出させて接合力を高める手法が示されている。しかしこの方法は、非接合材の融点直下まで昇温するための温度コントロールが困難で、とりわけ大型部材の接合面を満遍なく均一に加熱することは至難のことであり、しかも高温加熱による結晶粒粗大化などによる母材の物性劣化が避けられない。
【0006】
更に非特許文献3には、拡散接合時に超音波を作用させることで酸化物系皮膜を破壊し、清浄面を露出させることにより接合強度を高める方法が開示されている。しかしこの方法も、基本的には接合面付近を超音波によって母材の融点直下にまで高めて変形を容易にする点では前掲の技術と本質的に変わりがなく、同様の問題が指摘される。また、大型材に超音波加熱を適用することは非常に困難であり、現にその様な実用化例は存在しない。
【非特許文献1】「溶接学会論文集」第4巻(1986)第1号、第53〜59頁
【非特許文献2】「軽金属」Vol.35,No.7(1985)、第388〜395頁
【非特許文献3】「軽金属」Vol.36,No.8(1986)、第498〜506頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、被接合面に酸化物系皮膜が存在していても、拡散接合工程で被接合面の素材を確実に大変形させることにより酸化物系皮膜を破壊して清浄面を十分に露出させ、被接合面同士を強固に接合一体化することのできる新規な接合技術を確立することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決することのできた本発明に係るAlまたはAl合金接合体の製法とは、接合すべきAlまたはAl合金材の接合面側に相対密度40〜90%の低密度領域を設け、該低密度部を合わせて拡散接合するところに特徴を有している。
【0009】
上記方法を実施するに当たっては、被接合面における厚み方向、すなわち深さ方向の1mm以上を低密度領域としておくことで、より強固な接合体を得ることができる。また該低密度領域はスプレイフォーミング法によって形成されているのがよく、また拡散接合にはHIP法を採用し、より好ましくは600℃以下の温度で拡散接合を行うことが好ましい。
【0010】
なお本発明において相対密度とは、アルキメデス法により測定した材料(試料)の密度をAとし、材料(試料)の各添加成分が金属間化合物を生成せずに単体で存在し、且つ完全緻密体と仮定した時の計算密度をBとしたとき、下記式によって算出される値である。
相対密度=(A/B)×100(%)
そして本発明によれば、追って詳述する如く接合面を母材部と殆ど見分けが付かない程度に確実且つ強固に接合一体化できるので、最近その需要が急増しているAl合金製の大型スパッタリングターゲットの製造に特に有効に活用できる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、AlまたはAl合金材を接合一体化する際に、接合すべきAlまたはAl合金材の接合面側に相対密度40〜90%の低密度領域を設け、当該低密度部を合わせて拡散接合することで、拡散接合のための圧接力で該低密度部の素材を大きく変形させることができ、それにより表面の酸化物系皮膜は効果的に破壊されて全面に清浄面が露出すると共に、それらが接合界面で交錯して拡散接合するので、結果的に母材部と殆ど見分けが付かない程度にまで確実且つ強固に接合一体化できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
AlまたはAl合金材の拡散接合が困難である最大の理由は、その表面に存在する酸化物系皮膜が非常に安定であり、その除去が困難であることに加えて、拡散接合後も当該酸化物系皮膜は接合界面に安定に残存することによる。ちなみに、Alと同様に酸化物系の安定な不動体皮膜を形成する金属TiやTi合金は、拡散接合すると酸化物系皮膜を構成していた酸化チタン中のTiが両母材方向へ拡散移行していくため、接合界面には微量の酸素が残存するだけで、全面が強固に接合一体化する。またSUSなどの鉄基合金や銅も、拡散接合の直後は部材表面で酸化鉄や酸化銅を形成している酸化被膜が接合の進行と共に介在物として凝集し、それが母材方向へ拡散していくため、接合部に酸化物として残存することは少ない。
【0013】
ところがAlやAl合金の酸化物は非常に安定であり、圧接時にたとえ酸化物系皮膜が破壊されたとしても、Alが金属として母材方向へ拡散移行していくことはなく、当該接合部に残存する。従って、接合界面における該酸化物が破砕不足で面状のままで存在すると、その分だけ接合強度は低下する。しかし、該酸化物系皮膜を破砕して十分に微細化してやれば、該酸化物はマトリクスを構成する母材金属内へ微分散するため、接合強度には殆ど悪影響を及ぼさない様になる。
【0014】
そこで従来例でも、AlまたはAl合金材を拡散接合する際には、表面を粗面化するなど拡散接合時における接合界面の変形量を大きくすることで、酸化物系皮膜を破砕し易くしている。ところが、こうした処理にも拘らず、被接合界面における母材の変形量が不十分であるため酸化物系皮膜が破砕不足となり、これが接合強度を充分に高めることができない最大の原因になっていると思われる。
【0015】
そこで本発明者らは、拡散接合時における接合界面における母材の変形量を大幅に増大させることによって、酸化物系皮膜を微細に破砕すると共に清浄面を大量に露出させるべく研究を進めてきた。
【0016】
その結果、上述した如く接合すべきAlまたはAl合金材の接合面側にポーラスな低密度領域を設け、該低密度領域を合わせて拡散接合させる方法を採用すれば、当該ポーラスな低密度領域が圧接されて高密度化する際に母材を構成する素材は界面で著しく変形し、該変形により大量の清浄面が露出すると共に、表面の酸化物系皮膜は微細に破砕されること、しかも、ポーラスな上記低密度領域同士を圧接することで露出した清浄面同士は、圧接界面で相互に交錯しつつ、微細化された酸化物を界面近傍に均一に微細分散せしめ、接合部を確実且つ強固に一体化できる、という新たな知見を得た。
【0017】
そして、こうした低密度領域同士の圧接による効果を実用規模で有効に発揮させるには、後記実施例でも明らかにする如く低密度領域の相対密度を90%以下にする必要があり、より好ましくは80%以下、更に好ましくは70%以下にするのがよいことを突き止めた。
【0018】
ちなみに、上記低密度領域の相対密度が90%を超える場合は、圧接時の密度アップによる変形量は高々10%止まりで充分な変形量が得られず、清浄面の露出量や酸化物系皮膜の破砕程度も不十分となり、本発明が意図するレベルの強力な接合一体化が実現できなくなる。
【0019】
但し、低密度領域の相対密度が40%未満になると、過度の空孔の存在で形態を維持できなくなり、或いは取扱い時に低密度部が簡単に崩壊し易くなることから、少なくとも40%以上の相対密度は確保すべきである。適度の形態保持性と取扱い性を確保する上でより好ましい相対密度は45%以上、更に好ましくは50%以上である。
【0020】
なお本発明では、接合すべきAlまたはAl合金材の全体を上記密度範囲のポーラスな低密度領域とすることも可能であるが、酸化物系皮膜の存在によって一体接合が阻害されるのは接合界面のみであるから、該接合界面で十分な接合強度を確保するには、接合一体化すべき素材における被接合面の厚さ方向(すなわち深さ方向)に少なくとも1mm以上、より確実には3mm以上を低密度領域としておけば、大変形による接合一体化の目的は充分に達成できる。換言すると、被接合面における厚さ(深さ)方向に少なくとも1mmまでの領域が、相対密度90%以上の高密度域である場合は、バルク材同士を圧接する場合と同様に、接合界面での大変形と酸化物系皮膜の破壊と微分散が起こらないため、本発明の目的は果たせない。
【0021】
なお拡散接合のための具体的な方法は特に制限されず、要は非酸化性雰囲気下で接合面を適度に加熱して圧接する方法であればよく、爆着法、摩擦圧接法などを採用することも可能であるが、より実用性の高いのはHIP法(Hot Isostatic Pressing)である。HIP法を実施する際の圧力や温度も特に制限されないが、接合一体化を短時間で効率よく実施するうえで好ましい圧力は80MPa以上、より好ましくは100MPa以上、加熱温度は500〜600℃、より好ましくは525〜575℃の範囲である。ちなみに、加熱温度が高くなり過ぎると、前掲の従来技術でも指摘した如くAlまたはAl合金素材の結晶粒が粗大化したり局部溶融を起こすなど、物性劣化の原因になるからである。
【0022】
また被接合面を構成する低密度領域の形成法にも格別の制限はないが、一般的なのはスプレイフォーミング法であり、具体的には、AlまたはAl合金素材をスプレイフォーミング法によって成形する際に、当該成形体の被接合面が形成される少なくとも成形末期にガス/メタル比を高めることによって相対密度を低下させる方法である。
【0023】
本発明は以上の様に構成されており、被接合面に低密度領域を形成しておき、これらを合わせて拡散接合する方法を採用することにより、被接合面に酸化物系皮膜が存在する場合であっても、該酸化物系皮膜の存在に悪影響を受けることなく強固かつ確実に接合一体化することができる。
【0024】
従ってこの方法は、酸化物系皮膜が接合の障害となるAlおよびAl合金素材の全ての拡散接合に広く活用することができ、具体的には合金元素としてMg,Mn,Si,Cu,Cr,Zn等を含有するJIS5000系、同6000系、同7000系など様々のAl合金がその対象となり、また最近特に液晶用などのスパッタリングターゲットとして注目を集めているAl−Nd合金、Al−Ni合金、Al−Ta合金、Al−Ti合金なども、本発明の特徴が有効に発揮されるAl合金として推奨される。
【0025】
特に近年は、液晶ディスプレーパネル等の急速な大型化に伴って、ヒロック欠陥の少ないことで注目されている大型のAl−Nd合金ターゲットを製造するは、複数のAl−Nd合金材の接合一体化が不可欠の要件となっているが、本発明の製法によればこうした要求にも容易に対応できる。
【実施例】
【0026】
以下、実験例を挙げて本発明の構成及び作用効果をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実験例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に包含される。
【0027】
実験例
Al−2at%Nd合金を使用し、スプレイフォーミング法によって下記表1に示す密度構成の合金塊(直径295mm×高さ675mm)を作製した。なお、該合金塊の製造に当たっては、本体部の形成と被接合面となる先端部を形成する形成末期のガス(窒素ガス)/メタル比を約1Nm3/kgから約14Nm3/kgに変えることで、各部位の相対密度を調整した。得られた合金塊の相対密度は、(株)長計量器製作所製の密度測定器(型番「JP−200」)を用いて本体部と成形末期の先端表層部をそれぞれ3箇所ずつ測定し、平均値を各部位の相対密度とした。尚、成形末期の先端表層部を形成する際のガス/メタル比を15Nm3/kg以上に高めることで、該表層部の相対密度を45%以下に低減しようとしたが、このガス/メタル比では形成したプリフォーム体を運搬する際に、プリフォーム体が崩れてしまった。
【0028】
得られた合金塊を夫々2個1組準備し、密度調整を行った表層側を突き合わせてからHIP用のキャン内に真空封入し、(株)神戸製鋼所製のHIP装置を用いて550℃×100MPaで120分間静水圧加圧することにより、各合金塊を圧密化すると共に両合金塊を接合一体化した。
【0029】
得られた接合体から、接合継手部を略中央にして引張試験用の試料(長さ12mm×幅6mm×厚さ2mm、平行部:長さ4mm×幅3mm×厚さ2mm)を切り出し、インストロン社製の万能試験機(型番「5567型」)を用いて継手部の接合強度を測定した。
【0030】
また、各接合体の接合界面を顕微鏡によって断面観察し、その状態を観察した。
【0031】
結果を表1,2に一括して示す。また、この実験で得たHIP接合前の合金塊の先端表層部の相対密度と、HIP接合後の継手引張強度の関係を図1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
表1,2および図1からも明らかな様に、先端表層部の相対密度を70%レベル以下に抑えてからHIP接合を行ったものは、母材強度(150MPa)に対してほぼ90%以上の継手強度を確保することができ、また同相対密度を90%レベルに抑えた場合でも、母材強度に対し80%以上の継手強度を得ることができる。しかし、相対密度が90%を超えると継手強度は急激に低下し、母材強度に対し40%レベル以下にまで低下することが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】実験で得たHIP接合前の接合側表層部の相対密度とHIP後の継手引張強度の関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
AlまたはAl合金接合体を製造する方法であって、接合すべきAlまたはAl合金材の接合面側に相対密度40〜90%の低密度領域を設け、該低密度部を合わせて拡散接合することを特徴とするAlまたはAl合金接合体の製法。
【請求項2】
前記接合面における厚み方向の少なくとも1mmを低密度領域とする請求項1に記載のAlまたはAl合金接合体の製法。
【請求項3】
前記低密度領域がスプレイフォーミング法によって形成されている請求項1または2に記載のAlまたはAl合金接合体の製法。
【請求項4】
拡散接合をHIP法によって行なう請求項1〜3のいずれかに記載のAlまたはAl合金接合体の製法。
【請求項5】
拡散接合を600℃以下の温度で行なう請求項1〜4のいずれかに記載のAlまたはAl合金接合体の製法。
【請求項6】
スパッタリングターゲットとして使用する大型のAlまたはAl合金接合体を製造する請求項1〜5のいずれかに記載の製法。

【図1】
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