説明

Al合金軸受

【課題】Snを含むAl基軸受合金層を備え、非焼付性に優れるAl合金軸受を提供する。
【解決手段】Al合金軸受21は、基材22上にAl基軸受合金層23を備えている。Al基軸受合金層23は、摺動表面28側にAlと30〜70質量%のSnとを含む表面層27を有している。表面層27は、AlからなるAl相と前記SnからなるSn相とを有し、隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が10μm以下であり、かつSn相のアスペクト比の平均値が4以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Snを含むAl基軸受合金層を備えるAl合金軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
ホワイトメタルやAl−Sn合金などの軟質金属は、内燃機関の軸受などに使用されている。
また、例えば特許文献1には、軟質金属の疲労強度の向上を図るために、軟質金属をレーザの照射によって再溶融させて軟質金属中の鋳造欠陥を消滅させ、さらに、再溶融している軟質金属を速く冷却して組織の粗大化を抑制し、均質微細組織を形成させることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平9−10918号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
例えばSnを含むAl基軸受合金層を備えるAl合金軸受において、内燃機関の更なる高性能化を図ろうとすると、Al合金軸受にとってはより過酷な状況に曝されることになる。この場合、上述した疲労強度を向上させる方法では、Al合金軸受の非焼付性の向上は不十分であると考えられる。
【0005】
本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、Snを含むAl基軸受合金層を備え、非焼付性に優れるAl合金軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一実施形態のAl合金軸受は、基材上にAl基軸受合金層を備えるものであって、Al基軸受合金層が摺動表面側にAlと30〜70質量%のSnとを含む表面層を有している。そして、表面層は、AlからなるAl相とSnからなるSn相とを有し、隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が10μm以下であり、かつSn相のアスペクト比の平均値が4以上であることを特徴としている。
【0007】
基材は、Al基軸受合金層を設けるための構成物のことである。例えば、裏金層とAl基軸受合金層との間に中間層が設けられている場合は、裏金層と中間層とが基材である。また、裏金層上にAl基軸受合金層が設けられている場合は、裏金層が基材である。
中間層が設けられている場合、中間層は純AlまたはAl合金で形成されている。Al合金としては、JIS1000〜3000番のAl合金などがある。
【0008】
Al基軸受合金層は、AlとSnとを含む層が複数積み重なった構成であり、摺動表面側に表面層を有し、基材側に反表面層を有している。反表面層の基材側は、基材に中間層が設けられている場合には中間層に接し、基材に中間層が設けられていない場合には裏金層に接している。Al基軸受合金層は、表面層と反表面層との間にAlを主成分とする層を1層以上有していてもよい。
【0009】
表面層は、Alと30〜70質量%のSnとを含み、AlからなるAl相と、SnからなるSn相とを有している。Al相とはAl原子の集合体のことであり、Sn相とはSn原子の集合体のことである。なお、それらの相には、他の原子が固溶していてもよい。また、表面層には、それらの相以外にも他の原子からなる相を含んでいてもよい。
【0010】
表面層は、Sn相のアスペクト比の平均値が4以上、より好ましくは6以上に調整されている。表面層に分布しているSn相のアスペクト比は、図2に示すように、Sn相1の外縁に接する最小の楕円を描いたときのその楕円の長軸の長さLと、その楕円の短軸の長さLとの比の値L/Lとして求められる。なお、図2において、マトリクス2を示すととともに、後述の説明に用いるSn相1の重心をGとして示す。
【0011】
Sn相のアスペクト比の平均値は、次のようにして求められる。まず、測定視野内に分布しているそれぞれのSn相の像から、測定視野内のSn相の総面積とそれぞれのSn相のアスペクト比とを求める。
次に、アスペクト比が大きいSn相から順にSn相の面積を累積していき、累積した面積がSn相の総面積の50%に達するまでのアスペクト比の大きいSn相を、アスペクト比の平均値を求めるSn相の対象としている。そして、Sn相のアスペクト比の平均値は、この対象としているSn相のアスペクト比から平均値を求めている。
【0012】
表面層に分布しているSn相のアスペクト比の関係を、図3を用いて説明する。図3に、アスペクト比の異なる形状のSn相3,4と、例えばAl相からなるマトリクス5,6とを模式的に示す。図3(a)はアスペクト比の大きいSn相3と、マトリクス5との断面形状の一例を示すものであり、摺動表面28でのSn相3の面積をSとして示す。また、図3(b)はSn相3よりもアスペクト比の小さいSn相4と、マトリクス6との断面形状の一例を示すものであり、摺動表面28でのSn相4の面積をSとして示す。
図3に示すように、Sn相のアスペクト比の平均値が大きいほど、細長い形状のSn相3が多数分布した構成となる。また、Sn相3の断面積S11とSn相4の断面積S12が同じとすると、摺動表面28でのSn相3,4の摺動表面での面積の大きさはS<Sとなる。
【0013】
上記構成によれば、相手部材の荷重は、表面層を形成するAl相、Sn相などによって受けられる構成となる。なお、図3において、この相手部材の荷重をFで示す。
ここで、SnはAlよりも融点が低いため、Sn相は、相手部材が表面層の摺動表面上で摺動する際に生じる摩擦熱によってAl相よりも容易に軟化して、塑性流動しやすくなる。したがって、相手部材からの荷重を受けているAl相は、軟化したSn相を摺動表面上に押し出す方向に圧力を生じさせるようになる。なお、図3(a)に示すSn相3を押し出す圧力をPで、図3(b)に示すSn相4を押し出す圧力をPで概念的に示す。
【0014】
そして、表面層に分布しているSn相のアスペクト比の平均値が大きいほど、具体的には、そのアスペクト比の平均値が4以上である場合、上述したように、Sn相は、摺動表面での面積が小さいため、Al相からの圧力によって表面層の内部から摺動表面上に容易に押し出されやすくなる。この場合、図3において、Al相がSn相を押し出す圧力は、P>Pとなる。
【0015】
さらに、摺動表面上に押し出されたSn相は、軟化して塑性流動しやすい状態となっているため、摺動表面上に広がりやすい。言い換えると、摺動表面に分布しているAl相は、摺動表面上に押し出されたSn相によって容易に覆われるようになる。その結果、相手部材はSn相よりも硬いAl相に直接当たりにくくなる。これにより、表面層の非焼付性を向上させることができ、Al合金軸受の非焼付性を向上させることができる。
さらに、表面層においてSn相のアスペクト比の平均値が6以上である場合、摺動表面に分布しているAl相が摺動表面上に押し出されたSn相により一層覆われやすくなるため、上述の非焼付性の効果がより一層得られやすくなる。
【0016】
表面層は、隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が10μm以下、より好ましくは7μm以下に調整されている。隣り合うSn相同士の相間距離とは、あるSn相の重心と、そのSn相と隣り合うSn相の重心との間の距離、いわゆる重心間距離のことである。図2に、隣り合うSn相同士の相間距離の一例をLとして示す。
【0017】
表面層に分布しているSn相において隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が10μm以下である場合、摺動表面のうちSn相間に分布しているAl相は、摺動表面上に押し出されたSn相によって一層覆われやすくなる。これにより、表面層の非焼付性を一層向上させることができ、Al合金軸受の非焼付性を一層向上させることができる。
さらに、表面層において隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が7μm以下である場合、摺動表面に分布しているAl相がSn相によってより一層覆われやすくなり、上述の非焼付性の効果がより一層得られやすくなる。
したがって、この表面層において、Snを30〜70質量%含ませ、隣り合うSn相同士の相間距離の平均値を10μm以下にし、かつ、Sn相のアスペクト比の平均値を4以上とすることにより、上述の非焼付性の効果を得ることができる。
【0018】
表面層の厚さ寸法の平均値は、50μm以上であることが好ましい。表面層の厚さ寸法が平均値で50μm以上である場合、表面層の厚さ方向に延びて分布するSn相の個数を多くさせやすい。したがって、表面層のSn相はAl相からの圧力によって摺動表面上に一層押し出されやすくなり、摺動表面に分布しているAl相はこのSn相によって一層覆れやすくなる。これにより、表面層の非焼付性を一層向上させることができ、Al合金軸受の非焼付性を一層向上させることができる。
【0019】
反表面層は、Alと30〜50質量%のSnとを含み、AlからなるAl相と、SnからなるSn相とを有し、隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が10μm以上であることが好ましい。反表面層での隣り合うSn相同士の相間距離の平均値も、表面層において隣り合うSn相同士の相間距離の平均値の求め方と同様に、隣り合うSn相同士の重心間距離に基づいて求められる。
【0020】
反表面層における隣り合うSn相同士の相間距離の関係を、図4を用いて説明する。図4に、反表面層において、測定視野でのSn相の面積率が同じではあるが隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が異なるSn相7,8の分布と形状、およびマトリクス9,10の形状を模式的に示す。図4(a)は相間距離の平均値の大きい複数個のSn相7とマトリクス9の一例を示すものであり、Sn相7がすべて同一形状で等間隔に配置されていると仮定したものである。この場合、測定視野での各Sn相7の面積をSとして示す。図4(b)はSn相7での場合よりも相間距離の平均値の小さい複数個のSn相8とマトリクス10の一例を示すものであり、Sn相8がすべて同一形状で等間隔に配置されていると仮定したものである。この場合、測定視野での各Sn相8の面積をSとして示す。
図4に示すように、反表面層における隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が大きいほど、測定視野内に分布しているSn相の個数は少なくなり、1個当たりのSn相の面積は大きくなり、その結果、測定視野内においてAl相とSn相との接している境界の総長は短くなる。
【0021】
上記総長が短い、すなわち、Al相とSn相とが接する界面の総面積が小さいほど、Al相とSn相との間での接着不良となり得る起点の合計面積も小さくなる。そして、この起点の合計面積が小さくなるほど、反表面層と基材との間において上述の起点が存在する可能性が少なくなり、反表面層が基材に強固に接着された構成となる。よって、反表面層において隣り合うSn相同士の相間距離を大きく、例えば隣り合うSn相同士の相間距離の平均値を10μm以上とすることにより、非焼付性に優れるAl基軸受合金層を基材上に強固に接着することができる。
【0022】
したがって、この反表面層において、Snを30〜50質量%含ませ、隣り合うSn相同士の相間距離の平均値を10μm以上にすることにより、Sn相よりも高い強度を有するAl相を反表面層中に適度に分布させて反表面層全体の強度を高めながら良好なクッション性を持たせることができ、さらに、基材とAl基軸受合金層との接着性を高めることができる。そのため、このようなAl合金軸受は、非焼付性に非常に優れる。
また、反表面層での隣り合うSn相同士の相間距離の平均値を、表面層でのそれよりも大きくするのが、Al合金軸受の非焼付性と疲労強度とを向上させる面で好ましい。
【0023】
表面層において隣り合うSn相同士の相間距離の平均値をAとし、反表面層において隣り合うSn相同士の相間距離の平均値をAとすると、比の値A/Aは3以上であることが好ましい。Aの値が小さいほど表面層の非焼付性は向上し、Aの値が大きいほど基材とAl基軸受合金層との接着性が向上してAl基軸受合金層を基材上に強固に接着させることができる。比の値A/Aが3以上である場合、Al合金軸受全体としての非焼付性をより一層向上させることができる。
【0024】
上述した本発明の一実施形態のAl合金軸受に、焼鈍処理を行ってもよい。本発明の一実施形態のAl合金軸受に焼鈍処理を行っても、焼鈍処理を行う前のAl合金軸受と同等以上の非焼付性の効果を奏する。
また、上述したように、Al合金軸受を焼鈍することにより、図5に模式的に示すように、表面層に分布しているSn相11の多くが他のSn相11と繋がり、Al相12を囲う環状Sn相13が形成される。図5(a)は焼鈍前の表面層を示す図であり、図5(b)は焼鈍後の表面層を示す図である。
【0025】
環状Sn相の周囲方向長さlの平均値をL、環状Sn相の幅方向長さdの平均値をDとすると、比の値L/Dが10以上であることが好ましい。
図5に示すように模式的に捉えると、環状Sn相13の周囲方向長さlは、測定視野に分布しているAl相12を同面積の円とみなし、Al相12を囲うSn相を円環状とした場合において、円とみなしたAl相12の直径hと円環状のSn相(環状Sn相13)の幅長さdを足したものを直径として形成される円の周長さである。
【0026】
ここで、焼鈍後のAl相の平均直径Hおよび環状Sn相の幅方向長さの平均値Dは、次のようにして求められる。
環状Sn相に囲われるAl相の平均直径Hは、図5に示すように、測定視野の組成画像に例えば縦方向に延びる線(点線)Lpを引いた場合の、環状Sn相13に囲われているAl相12に線Lpが重なっている部分の一箇所当たり長さの平均値とする。
【0027】
環状Sn相の幅方向長さの平均値Dは、次のようにして求められる。まず、上述と同様に、測定視野の組成画像に線Lpを引き、線Lpが環状Sn相に重なっている部分の一箇所当たり長さの平均値を求める。この一箇所当たり長さは、隣り合うAl相の外周部分同士の最短距離、すなわち隣り合う2個の環状Sn相の幅方向長さと仮定できるため、この一箇所当たり長さの平均値を2で割ることにより、1個当たりの環状Sn相の幅方向長さの平均値Dが求められる。
【0028】
ここで、比の値L/Dが10以上である場合、上述したSn相のアスペクト比の平均値が4以上である場合と同様に、環状Sn相は細長い形状であり、摺動表面での環状Sn相の面積が小さい。したがって、環状Sn相は、Al相からの圧力によって表面層の内部から摺動表面上に容易に押し出されやすい。その結果、摺動表面に分布しているAl相は、摺動表面上に押し出された環状Sn相によって容易に覆われるようになり、相手部材が環状Sn相よりも硬いAl相に直接当たりにくくなる。これにより、本発明の一実施形態の構成によれば、表面層の非焼付性を一層向上させることができ、Al合金軸受の非焼付性を一層向上させることができる。
【0029】
また、表面層に分布している環状Sn相に囲われるAl相の平均直径は、10μm以下であることが好ましい。環状Sn相に囲われているAl相の平均直径が10μm以下である場合、環状Sn相に囲われているAl相は、摺動表面上に押し出された環状Sn相によって覆われやすくなる。これにより、表面層の非焼付性を一層向上させることができ、Al合金軸受の非焼付性を一層向上させることができる。
【0030】
Al軸受合金層の摺動表面側に表面層を形成する方法としては、例えば下記がある。なお、Al基軸受合金層において表面層を形成する前のAlを主成分とする層を、Al基層と称する。
表面層を形成する1つ目としては、所定量のAlとSnとを含むAl基層の表面にレーザ処理および冷却処理を行って、Al基層の摺動表面側に表面層を形成する方法である。その場合、Al基層のうち基材側が反表面層となる。
この表面層の形成方法でのレーザ処理では、Al基層の表面にレーザを照射し、当該Al基層の表面をAlおよびSnの両方が溶融するまで加熱する処理が行われる。
【0031】
また、この表面層の形成方法での冷却処理では、第1の冷却処理と第2の冷却処理との2段階の処理が行われる。第1の冷却処理では、上記のレーザ処理で溶融しているAl基層の表面を、Snが液体、Alが液体と固体との両方で存在する温度、具体的には350〜500℃になるまで冷却し、この温度で所定時間保持して、Al相を必要量晶出させる。ここで晶出している固相のAl相の量(体積割合)は、例えば保持する温度および時間を変更することによって調整する。続く第2の冷却処理では、第1の冷却処理後にAl基層の表面を冷却してSn相を晶出させる処理が行われる。このとき、Sn相は第1の冷却によって晶出したAl相同士の隙間に晶出し、また、第1の冷却処後に液体で残存していたAl相も第2の冷却処理の際に晶出する。
このように、レーザ処理後に冷却処理として第1の冷却処理および第2の冷却処理を行うことにより、Al相同士の隙間を制御できるため、Sn相のアスペクト比を大きくすることができる。
【0032】
表面層を形成する2つ目としては、Al基層上に供給したSn粉末および当該Al基層の表面に、上述と同様のレーザ処理および冷却処理を行って、Al基層の摺動表面側に表面層を形成する方法である。すなわち、レーザ処理では、Al基層の表面に、Sn粉末を供給し、Sn粉末およびAl基層の表面にレーザを照射し、当該Sn粉末およびAl基層の表面が溶融するまで加熱する処理が行われる。このとき、レーザの照射によってAl基層の表面も溶融しているため、この溶融しているAl基層の一部のAlが、表面層のAl相を形成する。
【0033】
また、この表面層の形成方法での冷却処理でも、上述と同様に、第1の冷却処理によって表面層にAl相を必要量晶出させる処理が行われ、第2の冷却処理によってSn相をAl相同士の隙間に晶出させる処理が行われる。なお、Sn粉末の代わりに、Al−Sn合金粉末を用いてもよい。
表面層のAlとSnとの質量比は、例えばSn粉末の量、Al基層に含まれるAlおよびSnの質量比を変更することによって調整される。
【0034】
なお、レーザ処理の条件、冷却処理の条件は、Al基軸受合金層の表面層に含まれるAlおよびSnの質量などによって異なる。
また、表面層を形成する方法は上述した方法に限られない。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の一実施形態のAl合金軸受を模式的に示す断面図
【図2】アスペクト比を説明するための概念図
【図3】アスペクト比の異なるSn相の形状を模式的に示す表面層の断面図
【図4】反表面層におけるSn相間距離とSn相の大きさの関係を模式的に示す図
【図5】焼鈍前後の表面層の状態を模式的に示す図
【図6】焼鈍処理を行った後の表面層の状態を示す図
【発明を実施するための形態】
【0036】
Al合金軸受の一実施形態の断面を、図1に示す。図1に示すAl合金軸受21は、例えば産業用機械の内燃機関に使用される軸受であり、基材22と、基材22上に設けられたAl基軸受合金層23とを備えている。基材22は、裏金層24と、裏金層24上に設けられた中間層25とを有している。Al基軸受合金層23は、中間層25と接する反表面層26と、反表面層26上に設けられた表面層27とを有する2層構造である。
このAl合金軸受21に焼鈍処理を行った後のAl合金軸受の表面層の状態を、図6に示す。
【0037】
次に、本実施形態のAl合金軸受21の効果を確認した試験について説明する。
本実施形態のAl合金軸受21と同様の構成の実施例品1〜10は、次のようにして得た。まず、必要に応じて表1に示す組成に調整されたAl基軸受合金の板材を鋳造によって製造した。その後、この鋳造されたAl基軸受合金に、Alからなる中間層を構成する薄い板材を圧接して複層アルミニウム合金板を製造し、この複層アルミニウム合金板を、裏金層を構成する鋼板に圧接、および焼鈍して軸受形成用板材、いわゆるバイメタルを製造した。
【0038】
次に、実施例品1,3〜6では、バイメタルのAl基層の表面にレーザを照射して、そのAl基軸受合金の表面を溶融させるレーザ処理を行った。次に、溶融しているAl基軸受合金の表面を、350〜500℃まで冷却して所定時間保持する第1の冷却処理を行った。そして、第1の冷却処理後に、Al基軸受合金の表面をさらに冷却してSn相を晶出させる第2の冷却処理を行った。これにより、Al基軸受合金層23の摺動表面側に表面層27を有する実施例品1,3〜6を得た。
【0039】
実施例品2,7では、バイメタルのAl基層の表面にSn粉末を散布した後に、レーザ処理を行って、そのAl基軸受合金の表面及びSn粉末を溶融させた。次に、溶融しているSn粉末およびAl基軸受合金の表面について、上述と同様の第1の冷却処理および第2の冷却処理を行い、Al相を晶出させた後にSn相を晶出させた。これにより、Al基軸受合金層23の摺動表面に表面層27を有する実施例品2,7を得た。
実施例品8〜10は、実施例品6を、250〜350℃で4〜6時間焼鈍して得た。
【0040】
比較例品1のバイメタルの表面は、Al基軸受合金からなるものであり、レーザ処理およびレーザ処理後の冷却処理を行っていないものである。
比較例品2,3は、冷却処理の工程が実施例品の製造方法と異なるものであり、実施例品1〜7と同様のレーザ処理を行った後に、実施例品1〜7で行った第1の冷却処理および第2の冷却処理を行なわずに、表面層を溶融状態から凝固状態まで連続的に冷却してAl相およびSn相を晶出させて得た。
【0041】
上述の製造方法によって得た実施例品1〜10および比較例品1〜3の特性を表1に示す。表1の「表面層」の「Sn相の相間距離」、「Sn相のアスペクト比」、「Al相の平均直径」、「比L/D」および「厚さ」は、バイメタルのAl基軸受合金を形成する組成、Sn粉末の散布量、レーザの照射の強さおよび照射時間などを適宜変更することによって調整し、さらに、実施例品1〜10および比較例品2,3においては第1の冷却処理におけるSn相の晶出の温度および時間などを適宜変更することによっても調整した。
【0042】
上述の実施例品1〜10および比較例品1〜3の試料について、表2に示す条件で焼付試験を行った。その試験結果を、表1に示す。なお、焼付試験に用いるオイルは、試験前に摺動表面上に塗布した。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
表1の「Al」および「Sn」は、表面層および反表面層に含まれる組成の質量%濃度を示している。これらの質量%濃度は、蛍光X線装置を用いて得た値である。
表1の「表面層」の「Sn相の相間距離」は表面層の隣り合うSn相同士の相間距離の平均値を示し、「表面層」の「Sn相のアスペクト比」は表面層のSn相のアスペクト比の平均値を示している。また、これらの値および表1の「焼鈍後」の「Al相の平均直径」および「比L/D」は、表面層の摺動表面から基材側に向かって研磨でAl基軸受合金層を削っていき、表面層の摺動表面の最も窪んだ所から深さ20μmの位置で、摺動表面に平行な面での測定視野150μm×150μmにおいて測定して得た値である。
【0046】
この場合、表面層の隣り合うSn相同士の相間距離の平均値は、電子顕微鏡で得られた測定視野の組成画像を、解析ソフト(株式会社プラネトロン社製「Image−Pro Plus(Version4.5)」)を用いて求めた。また、この表面層の隣り合うSn相同士の相間距離の平均値をAとする。
なお、表面層の隣り合うSn相同士の相間距離の平均値を求めるにあたって、解析ソフトの検出の下限(0.07μm)以上の面積のSn相を対象とした。
【0047】
表面層のSn相のアスペクト比の平均値は、上述の解析ソフトを用い、次のようにして求めた。まず、測定視野内に分布している0.07μm以上のすべてのSn相の面積から測定視野内のSn相の総面積を求めると共に、これらのSn相のそれぞれについてアスペクト比を求めた。次に、アスペクト比が大きいSn相から順にSn相の面積を累積していき、累積した面積がSn相の総面積の50%に達するまでのアスペクト比の大きいSn相を、アスペクト比の平均値を求めるSn相の対象とした。そして、表面層のSn相のアスペクト比の平均値は、この対象としたSn相のアスペクト比を平均して求めた値である。
【0048】
表1の「焼鈍後」の「Al相の平均直径」は、測定視野の組成画像に例えば図6に示すように縦方向に延びる線Lpを10μmの間隔で線を引き、同じくその組成画像に横方向に延びる線Lqを10μmの間隔で線を引き、これらの各線と環状Sn相13に囲われているAl相12とが重なっている部分の一箇所当たり長さ(Al相擬似直径長さ)を平均して求めた値である。なお、このAl相の平均直径の測定において、測定視野において環状Sn相13に囲われていないAl相については、測定の対象外とした。また、環状Sn相13に囲われているAl相12内にSn相11が点在し、そのSn相11が上述の各線と重なっている場合、そのSn相11は存在しないものとして、Al相の平均直径を求めた。
【0049】
表1の「焼鈍後」の「比L/D」のDは、環状Sn相の幅方向長さの平均値Dである。このDの値は、Al相の平均直径で用いた各線と環状Sn相13とが重なっている部分の一箇所当たり長さの平均値を2で割って求めた値である。なお、このDの測定において、環状になっていないSn相11については、測定の対象外とした。
表1の「焼鈍後」の「比L/D」のLは、環状Sn相の周囲方向長さの平均値Lである。このLの値は、上述のAl相擬似直径長さと環状Sn相の幅方向長さとの和が直径となる仮想の円の周長さを平均して求めた値である。
表1の「比L/D」は、比の値L/Dであり、上述のLをDで割って求めた値である。
表1の「表面層」の「厚さ」の値は、表面層の断面写真から、表面層の複数箇所で膜厚を測定し、それを平均して求めた値である。
【0050】
表1の「反表面層」の「Sn相の相間距離」は反表面層の隣り合うSn相同士の相間距離の平均値を示している。この値は、表面層の摺動表面から基材側に向かって研磨でAl基軸受合金層を削っていき、基材の最もAl基軸受合金層側に位置する所から高さ20μmの位置で、摺動表面に平行な面での測定視野150μm×150μmにおいて測定して得た値である。
この場合、反表面層の隣り合うSn相同士の相間距離の平均値も、反表面層での隣り合うSn相同士の重心間距離であり、上述の表面層の隣り合うSn相同士の相間距離の平均値の求め方と同様に、上述の解析ソフトを用いて求めた値である。この反表面層の隣り合うSn相同士の相間距離の平均値をAとする。
表1の「比A/A」は、比の値A/Aであり、上述のAをAで割って求めた値である。
【0051】
次に、焼付試験の結果について解析する。
実施例品1〜7と比較例品1〜3との対比から、実施例品1〜7は、表面層において隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が10μm以下であり、かつSn相のアスペクト比の平均値が4以上であるため、比較例品1〜3よりも、非焼付性が優れていることが理解できる。
【0052】
実施例品1と実施例品2〜7との対比から、実施例品2〜7は、表面層の厚さ寸法の平均値が50μm以上であるため、実施例品1よりも非焼付性がより一層優れていることが理解できる。
実施例品1,2と実施例品3〜7との対比から、実施例品3〜7は、反表面層において隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が10μm以上であるため、実施例品1,2よりも非焼付性がより一層優れていることが理解できる。
【0053】
実施例品1〜3と実施例品4〜7との対比から、実施例品4〜7は、比の値A/Aが3以上であるため、実施例品1〜3よりも非焼付性がより一層優れていることが理解できる。
実施例品1〜4と実施例品5〜7との対比から、実施例品5〜7は、表面層において隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が7μm以下であり、かつSn相のアスペクト比の平均値が6以上であるため、実施例品1〜4よりも非焼付性がより一層優れていることが理解できる。
【0054】
実施例品6と実施例品8〜10との対比から、実施例品8〜10は、焼鈍を行う前の実施例品6と同等以上の非焼付性が得られることが理解できる。
実施例品8と実施例品9,10との対比から、実施例品9,10は、表面層において比の値L/Dが10以上であるため、実施例品8よりも非焼付性がより一層優れていることが理解できる。
実施例品8,9と実施例品10との対比から、実施例品10は、表面層において環状Sn相に囲われるAl相の平均直径が10μm以下であるため、実施例品8,9よりも非焼付性がより一層優れていることが理解できる。
【0055】
本実施形態は、要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施し得る。
不可避的不純物については説明を省略し、各組成には不可避的不純物が含まれ得る。
Al基軸受合金層、中間層には、本発明の効果を妨げない範囲でAlおよびSn以外の元素、例えばCu,Si,Mn,Zr,Feなどや、硬質粒子や個体潤滑剤などの添加物を加えてもよい。
【符号の説明】
【0056】
図面中、1,3,7,11はSn相、2,5,9,12はマトリクス(Al相)、13は環状Sn相、21はAl合金軸受、22は基材、23はAl基軸受合金層、24は裏金層、25は中間層、26は反表面層、27は表面層、28は摺動表面を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上にAl基軸受合金層を備え、
前記Al基軸受合金層は、摺動表面側にAlと30〜70質量%のSnとを含む表面層を有し、
前記表面層は、前記AlからなるAl相と前記SnからなるSn相とを有し、隣り合う前記Sn相同士の相間距離の平均値が10μm以下であり、かつ前記Sn相のアスペクト比の平均値が4以上であることを特徴とするAl合金軸受。
【請求項2】
前記表面層の厚さ寸法の平均値が50μm以上であることを特徴とする請求項1記載のAl合金軸受。
【請求項3】
前記基材は、裏金層と、その裏金層と前記Al基軸受合金層との間に設けられる中間層とを有し、
前記Al基軸受合金層は、前記中間層に接する反表面層を有し、
前記反表面層は、Alと30〜50質量%のSnとを含み、前記AlからなるAl相と前記SnからなるSn相とを有し、隣り合う前記Sn相同士の相間距離の平均値が10μm以上であることを特徴とする請求項1または2記載のAl合金軸受。
【請求項4】
前記表面層において隣り合う前記Sn相同士の相間距離の平均値Aと、前記反表面層において隣り合う前記Sn相同士の相間距離の平均値Aとの比の値A/Aが3以上であることを特徴とする請求項3記載のAl合金軸受。
【請求項5】
前記表面層において、隣り合う前記Sn相同士の相間距離の平均値が7μm以下であり、かつ前記Sn相のアスペクト比の平均値が6以上であることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項記載のAl合金軸受。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一項記載のAl合金軸受を焼鈍して形成されていることを特徴とするAl合金軸受。
【請求項7】
前記表面層は、前記Al相を囲う環状Sn相を有し、前記環状Sn相の周囲方向長さの平均値Lと前記環状Sn相の幅方向長さの平均値Dとの比の値L/Dが10以上であることを特徴とする請求項6記載のAl合金軸受。
【請求項8】
前記表面層は、前記Al相を囲う環状Sn相を有し、前記環状Sn相に囲われる前記Al相の平均直径が10μm以下であることを特徴とする請求項6または7記載のAl合金軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−246945(P2012−246945A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−116871(P2011−116871)
【出願日】平成23年5月25日(2011.5.25)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】