説明

CED法用医薬組成物

【課題】CED法による脳治療法で、脳組織に広範に分布して高い薬剤活性を発揮することができ、疎水性の薬剤を包含する多種類の薬剤に適用できるCED法用医薬組成物を提供すること。
【解決手段】CED法用医薬組成物は、親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーから形成され、親水性領域が外側、前記疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルの内部に薬剤を封入した、薬剤封入高分子ミセルを有効成分として水系媒体中に含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CED法に用いられる医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、悪性神経膠腫(膠芽腫、退形成星細胞腫等)に対しての手術療法、放射線療法に加え、化学療法、免疫療法、遺伝子治療、分子標的療法等の各種治療法が試みられているが治療成績の改善は1980年代と比較してもさほど進歩していない現状である。特に神経膠腫の32%を占める膠芽腫においては5年間の生存率が約7%と極めて不良である。2006年に薬価収載された経口アルキル化剤は初発膠芽腫患者における生存期間延長効果が、第III相試験により確認されている唯一の抗がん剤であるが、この手法により治療された患者の生存期間中央値は14.6ヶ月に過ぎず、放射線療法単独で加療された場合と比較して約2ヶ月の延長効果に限られている。さらには再発悪性神経膠腫においては、現在、治療が困難な疾患と認められている。
【0003】
例えば、悪性神経膠腫の抗がん剤治療において、治療薬剤の静脈からの全身投与を行った場合、治療薬剤の血液脳関門 (Blood Brain Barrier: BBB)を介した透過性の問題が存在する。すなわち、血液脳関門では血管内皮細胞層のタイトジャンクションが非常に緻密にできているために、親水性の薬物はほとんど透過しない。さらに、通常細胞膜を透過できる疎水性の薬物もBBBに多数発現しているP−糖タンパクの働きにより、血液側に薬物が排出される。例えば、治療薬剤のBBBの透過性が得られたとしても、中枢神経系腫瘍に効果的な薬剤濃度を確保するためには、薬剤による全身への副作用を少なからず起こすことから、薬剤投与量が制限され、治療効果もそれほど高いものとすることができない。
以上、述べたように、BBB透過という固有の問題を抱えることから、脳腫瘍の化学療法は他の固形癌にも増して困難なものといえる。事実、全固形癌の中で、脳腫瘍は膵臓癌などとともに、抗がん剤の最も効きにくい部類に属する。この悪性神経膠腫に対する抗がん剤治療の困難を乗り越えるために考案された新規投与法として注目されているのがCED(Convection-Enhanced Delivery)法である。
【0004】
CED)法は、拡散(diffusion)を利用した従来の脳内局所投与とは異なり、微量注入ポンプとカテーテルを用い、薬剤を陽圧として極めて低い速度で薬物を持続注入し、細胞間隙を流れるbulk flowに対流(convection)を起こし、脳構造に機械的な損傷を加えることなく脳組織間隙に広範で高濃度の薬剤分布が得られる新脳内の局所投与法である。CED法によれば、全身投与に比べて桁違いに少ない投与量であるために、全身の毒性は全く問題ないレベルに抑えることが可能である。薬剤の脳内分布は注入量と注入速度により制御可能であり、薬剤による全身合併症はほとんど無視できるレベルといわれている。
【0005】
CED法での持続注入は、1〜5μL/minという非常な低流速を長時間安定して保つ必要がある。CED法により投与可能な薬剤は多岐にわたり、これまでに様々な薬剤の投与がラット脳腫瘍移植モデルにおいて試みられ、その有効性が報告されている。いわゆる、従来の低分子抗がん剤を用いたもの、中性子捕捉療法を目的としたホウ素化薬剤、遺伝子療法に用いる自殺遺伝子、細胞死を引き起こす蛋白質やペプチド、あるいは免疫賦活を目的としたサイトカイン、免疫毒素等に大別される。この中で、低分子の抗がん剤を用いるものが、ヒトに対する治療の場で長い間用いられてきたことから、実用化には最も適したものと考えられる。しかし、低分子の抗がん剤をCED法で投与する際には、薬剤を単独で投与するのではなく、薬物キャリヤーに結合、あるいは封入して投与する必要がある。これは、低分子の抗がん剤は投与部位の癌組織から血液中へ移行することで癌組織から排出される速度が速く、癌組織全体に広範に拡がることができないからである。薬物キャリヤーに結合、あるいは封入することで、癌組織から血液へとは排出する速度を大幅に低下させることで癌組織全体に広範に抗がん剤を分布させることができるのである。
【0006】
脳腫瘍直接注入法であるCED法(Convection-Enhanced Delivery)は、癌の選択的な化学治療法として理想である。しかし、実際には低分子の抗がん剤の溶液をCED法で投与しても、癌組織全体に拡がって分布できないために、効果を発揮し得ない。これは、低分子の抗がん剤は癌組織から血液中へ移行して、癌組織から排出される速度が速く、癌組織に広範に分布することはないという問題があるためである。
【0007】
上記の課題解決のために、低分子抗がん剤を薬物キャリヤーシステムに封入し、がん組織から血液中へ移行する速度を低下させ、CED法が生み出す対流に乗って癌組織に広範に分布させることが有効である。このキャリヤーとしては従来、リポソームが研究されてきた。しかし、キャリヤーとして使用するにはリポソームには2つの問題がある。
(1)疎水性の薬物には適用することが困難なこと。疎水性の強い薬物をリポソームに封入すると、その内水相に封入されないで、外側のリン脂質からなる二分子膜内に封入される。この二分子膜は脂質分子2個分の厚さしかないため、その薬物含有量は少ない。また、この薬物含有量を上げると、薬物分子の物理化学的性質の影響で二分子膜の性質が大きく変わることで、薬物キャリヤーとしての機能を果たすことができなくなる。
(2)リン脂質二分子膜一層のみにより薬物放出制御しているために、望ましい放出挙動より僅かに速いか、遅いかのどちらかとなる。
【0008】
【非特許文献1】J. Andrew MacKaya, Dennis F. Deenb and Francis C. Szoka, Jr., Brain Research Volume 1035, Issue 2, 28 February 2005, Pages 139-153
【非特許文献2】M. Yokoyama, T. Okano, Y. Sakurai, S. Fukushima, K. Okamoto, and K. Kataoka, Selective delivery of adriamycin to a solid tumor using a polymeric micelle carrier system, J. Drug Targeting, 7(3), 171186 (1999)
【非特許文献3】Kumi Kawano, Masato Watanabe, Tatsuhiro Yamamoto, Masayuki Yokoyama, Praneet Opanasopit, Teruo Okano, and Yoshie Maitani, Enhanced antitumor effect of camptothecin loaded in long-circulating polymeric micelles,J. Controlled Release, 112, 329 332 (2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、CED法による脳治療法で、脳組織に広範に分布して高い薬剤活性を発揮することができ、疎水性の薬剤を包含する多種類の薬剤に適用できるCED法用医薬組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーから形成され、前記親水性領域が外側、前記疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルの内部に薬剤を封入した、薬剤封入高分子ミセルを薬剤キャリアとして利用することで、薬剤をCED法により脳に投与した際に、脳組織に広範に分布して高い薬剤活性を発揮することができることを見出し、また、この高分子ミセルを利用すれば薬剤が疎水性の場合であってもリポソームと比較して大量の薬剤を封入することができることに想到し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーから形成され、親水性領域が外側、前記疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルの内部に薬剤を封入した、薬剤封入高分子ミセルを有効成分として水系媒体中に含有するCED法用医薬組成物を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の医薬組成物は、CED法により脳に投与した際に、脳組織に広範に分布して高い薬剤活性を発揮することができ、また、疎水性の薬剤であっても大量に投与することができる。従って、薬剤として抗癌剤を含む本発明の医薬組成物をCED法により脳癌腫瘍に直接投与した場合、抗癌剤が癌組織に広範囲に分布して高い抗癌活性を発揮し、優れた癌治療効果を発揮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の医薬組成物に含まれる高分子ミセルは、親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーから形成され、前記親水性領域が外側、前記疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルであり、内部に薬剤が封入されたものである。このような薬剤封入高分子ミセル自体及びその製造方法は、本願共同発明者らが研究し、公知になっている(例えば、非特許文献2及び非特許文献3)。
【0014】
なお、上記高分子ミセルにおいて、「親水性領域」及び「疎水性領域」とは、両者の親水性が、水中で親水性領域を外側、疎水性領域を内側にしたミセルが形成される程度に異なった各領域を意味するものである。
【0015】
親水性領域を構成する構造の好ましい例としては、ポリエチレングリコール、ポリ(ビニルアルコール)及びポリ(ビニルピロリドン)等を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。親水性領域の末端(疎水性領域と反対側、すなわち、ブロックコポリマーの親水性領域側の末端)は、水素、低級(炭素数1〜6、以下同じ))アルキル基、低級ヒドロキシアルキル基、低級アルキルアミノ基等が好ましいがこれらに限定されるものではない。親水性領域の分子量は、2000〜2万程度が好ましく、4000〜14000程度がさらに好ましい。
【0016】
疎水性領域を構成する構造の好ましい例としては、ポリ(アスパラギン酸)、ポリ(グルタミン酸)、ポリ(アクリル酸)及びポリ(メタクリル酸)等の遊離のカルボキシル基の一部又は全部に疎水性基を共有結合したものを挙げることができるがこれらに限定されるものではない。疎水性領域に用いることができるアスパラギン酸やグルタミン酸は、1単位中に2個のカルボキシル基を有しており、どちらのカルボキシル基を主鎖のペプチド結合に供したものでもよく、実施例1のように、異なるカルボキシル基を主鎖のペプチド結合に供したもののコポリマーとなっていてもよい。また、上記疎水性基としては、例えば、ベンジル基、フェニル基、ナフチル基等のような芳香環を含む基を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。あるいは、実施例に具体的に示すように、ミセルに封入される薬剤がアドリアマイシンのような、芳香環を含む疎水性の薬剤である場合には、上記疎水性基として、該薬剤を前記カルボキシル基に共有結合させてもよい。この場合、薬剤が例えばアドリアマイシンのようにアミノ基を有する場合には、カルボジイミドのようなカップリング試薬を用いて該アミノ基と前記カルボキシル基を容易にアミド結合させることができる。疎水性の薬剤が疎水性領域に共有結合されている場合には、高分子ミセルが組織に投与され、崩壊した後、疎水性領域に共有結合された薬剤も薬剤活性を発揮し得る。疎水性領域中のカルボキシル基のうち、疎水性基が結合されているものの割合は、通常、20mol%〜80mol%程度、好ましくは30mol%〜70mol%程度である。疎水性領域の末端(親水性領域と反対側、すなわち、ブロックコポリマーの疎水性領域側の末端)は、水素、低級アルキル基、水酸基、低級アルキルオキシ、フェニル低級アルキル、フェニル低級アルキルオキシ、低級アルキルフェニル、低級アルキルフェニルオキシ、低級アルコキシカルボニル、フェニル−低級アルコキシカルボニル、低級アルキルアミノカルボニル及びフェニル−低級アルキルアミノカルボニル基等が好ましいがこれらに限定されるものではない。また、疎水性領域中に含まれる遊離の及び前記疎水性基が結合したカルボキシル基の数(重合単位が上記したアスパラギン酸、グルタミン酸、(メタ)アクリル酸のように、重合した状態で1個の遊離のカルボキシル基を有する場合には、その単位の重合度)は、通常、10〜50個、好ましくは20〜30個程度である。
【0017】
親水性領域と疎水性領域は、直接結合されていてもよいが、リンカーを介して結合していてもよい。このようなリンカーとして、-O-、-NH-、-OCO-、-OCONH-、-NHCO-、-NHCONH-、-COO-、-CONH-、-(CH2)n-(nは1〜6の整数)、-R1-(CH2)n-(nは1〜6の整数、R1は-O-、-NH-、-OCO-、-OCONH-、-NHCO-、-NHCONH-、-COO-、-CONH-)、-(CH2)n-R2-(nは1〜6の整数、R2は-O-、-NH-、-OCO-、-OCONH-、-NHCO-、-NHCONH-、-COO-、-CONH-)、-R1-(CH2)n-R2-(nは1〜6の整数、R1及びR2は互いに独立に-O-、-NH-、-OCO-、-OCONH-、-NHCO-、-NHCONH-、-COO-、-CONH-)を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。
【0018】
高分子ミセルの粒径(直径)は、10nm〜100nmが好ましい。この高分子ミセルの粒径としてこの範囲にあることが好ましい第一の理由は、脳内のグリア細胞への取り込み抑制である。静脈投与の場合では、薬物キャリヤーの粒径を200nm程度以下にすることで肝臓でのマクロファージ形のクッパー細胞での取り込みを抑制することが癌ターゲティングを達成するのに必要な要件であった(粒径が大きいと細胞と相互作用するする表面積が大きくなり貪食されやすくなるものと考えられている)。現時点では未だ解明されていないが、脳内でマクロファージ様の機能を果たすグリア細胞の貪食を避けることは、効率的な癌細胞への到達に重要な事柄と考えられる。また、投与終了後に拡散によって広がってゆく、あるいは治療部位から排出してゆく挙動は粒径に依存するためである。抗がん剤到達範囲と抗がん活性持続時間の最適化を達成するのに以上の範囲の粒径が好ましいといえる。
【0019】
高分子ミセルの粒径は、高分子ミセルを構成するブロックコポリマーの分子量を変えることにより調節することができる。10nm〜100nmの粒径を達成するためには、ブロックコポリマーの分子量は、通常、1,000〜40,000程度、好ましくは3,000〜20,000程度である。ブロックコポリマーの分子量を大きくすれば高分子ミセルの粒径を大きくすることができるので、高分子ミセルの粒径は容易に調節可能である。CED法による持続投与時には、注入された薬剤液は対流で拡がってゆくので拡がり方は高分子ミセルのサイズには依存しないが、100nm以下で粒径が制御可能であることも重要である、と考えられる。その理由は、投与終了後に拡散によって広がってゆく、あるいは治療部位から排出してゆく挙動は粒径に依存するためである。よって、抗がん剤到達範囲と抗がん活性持続時間の最適化を達成するのに10nm〜100nmの範囲で粒径を変えられることは大きな利点である、と考えられる。
【0020】
高分子ミセル内に封入される薬剤は、CED法により投与することが望まれる薬剤であれば何ら限定されず、例えば、抗癌剤、中性子捕捉療法を目的としたホウ素化薬剤、遺伝子療法に用いる自殺遺伝子、細胞死を引き起こす蛋白質やペプチド、免疫賦活を目的としたサイトカイン及び免疫毒素等が挙げられる。これらのうち、好ましい例として、脳の癌腫瘍の治療のために投与される抗癌剤が挙げられる。特に、公知のリポソームでは困難な、疎水性の低分子抗癌剤が好ましい例として挙げられる。このような低分子抗癌剤の具体例として、アドリアマイシン、カンプトテシン、ダウノルビシン、ビンプラスチン、ビンクリスチン、SN−38、BCNU,ACNU,テモゾロミド、パクリタキセル、タキソテール等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0021】
本発明に用いられる薬剤封入高分子ミセルは、例えば非特許文献2や非特許文献3等に記載されている公知の方法により調製することができる。すなわち、ブロックコポリマーと薬剤を含む水系媒体中で高分子ミセルを形成させることにより、薬剤を内部に含む高分子ミセルを得ることができる。薬剤が疎水性である場合には、薬剤を例えばジメチルホルムアミドのような有機溶媒に溶解した溶液をブロックコポリマー水溶液に添加することができる。高分子ミセルは、単にこの水溶液を撹拌することにより形成することもでき、水を徐々に蒸発させてブロックコポリマー濃度を高めて高分子ミセルを形成させる溶媒蒸発法等により形成することができる。高分子ミセルを形成させる際の溶液中のブロックコポリマー濃度は、通常、0.05重量%〜30重量%程度、好ましくは0. 5重量%〜10重量%程度であり、薬剤の濃度は、通常、0.01重量%〜20重量%程度、好ましくは0.05重量%〜10重量%程度である。高分子ミセル中に封入されなかった薬剤や他の低分子量成分は、透析により除去することが好ましい。高分子ミセルの形成は、室温下で行なうことができる。
【0022】
以上説明した高分子ミセルは、水系媒体中に浮遊(懸濁)状態で含有される。「水系媒体」とは水を主成分とする媒体であり、通常、生理食塩水やリン酸緩衝生理食塩水が用いられる。医薬組成物中の高分子ミセルの濃度は、CED法により投与される薬剤濃度が所定の濃度になるように設定される。薬剤濃度は、その薬剤の性質、患者の状態、投与量等に応じて適宜設定されるが、例えば抗癌剤の場合、通常、0.1mg/mL〜10mg/mL程度、特に1mg/mL〜4mg/mL程度である。
【0023】
CED法による本発明の医薬組成物の投与は、従来と全く同様にして行なうことができる。すなわち、先端にCED法用の注入針が装填されたカテーテルを公知のCED法用の装置(微量注入ポンプとハミルトンシリンジ(商品名)等のシリンジを含む)に接続し、頭蓋骨に開けた孔を介して注入針を脳に刺し、ヒトの場合には通常、1〜5μL/分程度の流速で医薬組成物を注入する。注入時間は、注入する薬剤、疾患の種類、患者の状態等により適宜設定されるが、ヒトの場合、通常、数時間〜十数時間行なわれる。
【0024】
CED法により投与する医薬組成物として、薬剤封入高分子ミセルを用いることによる利点として、(1)小さな粒径、(2)がん組織から血流への遅い移行、(3)適切な薬物放出速度を挙げることができる。高分子ミセルは以上の三要件を充分に満たして、CED法の理想的な薬物キャリヤーシステムとなる。以下、これらについて説明する。
【0025】
(1) 小さな粒径
高分子ミセルの粒径が10nm〜100nmと小さいことにより、脳内のグリア細胞への取り込みを抑制することができる。静脈投与の場合では、薬物キャリヤーの粒径を200nm程度以下にすることで肝臓でのマクロファージ形のクッパー細胞での取り込みを抑制することが癌ターゲティングを達成するのに必要な要件であった(粒径が大きいと細胞と相互作用するする表面積が大きくなり貪食されやすくなるものと考えられている)。現時点では未だ解明されていないが、脳内でマクロファージ様の機能を果たすグリア細胞の貪食を避けることは、効率的ながん細胞への到達に重要な事柄と考えられる。また、投与終了後に拡散によって広がってゆく、あるいは治療部位から排出してゆく挙動は粒径に依存するためである。抗がん剤到達範囲と抗がん活性持続時間の最適化を達成できる。
【0026】
(2) がん組織から血流への遅い移行
組織から血流への移行機構は大別すると二つ存在し、疎水性低分子薬物の場合で、血管を構成する血管内皮細胞のリン脂質二分子膜である細胞膜を直接に透過するものである。この細胞膜透過機構では、移行速度は大きい。また、移行機構は、血管内皮細胞の細胞間ジャンクションや細胞内チャンネルを透過するものである。この移行機構では、その移行速度は前者の場合に比べて小さい。高分子ミセルは後者の機構でのみ血流に排出されるので、その速度は小さい。よって、CED法では血流に排出される割合が小さく、がん組織全体に拡がる分布を得ることに適している。
【0027】
(3) 適切な薬物放出速度
CED法では人の臨床では数時間から数十時間の時間にわたり持続投与を行う。よって薬物キャリヤーからの薬物の放出は半減期が数時間から数十時間程度に調整される必要があると考えられるが、一般に、この範囲に制御することは困難である。抗体や合成高分子に抗がん剤を化学結合させる場合には、化学結合を特殊なものに設定する必要がある。リポソームの場合にはリン脂質二分子膜一層のみにより薬物放出制御しているために、望ましい放出挙動より僅かに速いか、遅いかのどちらかになりやすい。例えば、抗がん剤アドリアマイシンのターゲティング製剤として日本でも2006年に認可されたリポソーム製剤では、薬物が放出しないことがより高い抗がん活性発現の抑制要因となっている。(アドリアマイシンは元来リン脂質二分子膜を透過しやすい性質の薬物で、そのままリポソームに封入すると薬物放出が速すぎてしまうために、薬物分子を会合させてゲル状として封入することで速すぎる放出を抑制した技術展開があった。しかし、このために逆に放出がほとんどなくなって抗がん活性を下げてしまった事実がある。)
【0028】
これに対し、高分子ミセルでは液体・固体・結晶といった様々な物性を持つミセル内核(膜一層ではなく)によって薬物放出を制御できる特長がある。さらに、複雑な高分子鎖の絡み合いによる緩和現象によって多様な物性が得られる(とても硬いものからゴムのように弾性に富むものまで幅広い物性変化を分子構造の制御のみで達成できる)。事実、高分子ミセルからの薬物放出がその半減期が数分から数十時間の非常に広い範囲で制御できることがすでに実証されている。すなわち、より具体的には、薬物放出の半減期は、疎水性高分子鎖の化学構造、ポリマーを構成する高分子鎖の鎖長、薬物のミセルでの含有率により制御することができ、一般に、結晶性が高く固体の性質が強い疎水性高分子鎖を用いたりすると半減期を短くすることができ、逆に結晶性が低く液体の性質が強い疎水性高分子鎖を用いたりすると半減期を長くすることができる。ポリマーを構成する高分子鎖の鎖長、薬物のミセルでの含有率は、半減期に影響する場合としない場合の両者が考えられる。
【0029】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。なお、本発明は以下に説明する実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0030】
アドリアマイシン封入高分子ミセル含有医薬組成物の調製
非特許文献2に記載の方法により、抗がん剤アドリアマイシン(別称ドキソルビシン)を封入した高分子ミセルを作製した。高分子ミセルは下記スキーム1に示す、PEG-P(Asp(ADR))ブロックコポリマーから形成し、形成した高分子ミセルに抗がん剤アドリアマイシンを封入した。用いたポリエチレングリコール鎖の分子量は12,000、アスパラギン酸鎖のユニット数(スキーム1中でのx+yの数)は22、アスパラギン酸残基でアドリアマイシンを結合しているものが59mol%であるブロックコポリマーを用いた。このブロックコポリマーPEG-P(Asp(ADR))は以下のように合成した。PEG-P(Asp) 400 mgをN,N-ジメチルホルムアミド44mLに溶かし、アドリアマイシン塩酸塩283mgを加え、さらにトリエチルアミンを64mg加えた。これに水溶性カルボジイミド塩酸塩を189mg加えて室温で24時間攪拌した。HPLCで反応を確認したところ、アドリアマイシンの結合率は59mol%であった。この溶液を透析膜を用い3%酢酸メタノール溶液で6回、その後、水で5回透析を行い、化学結合しなかったアドリアマイシンや他の低分子試薬を取り除き、PEG-P(Asp(ADR))水溶液を得る。
【0031】
【化1】

【0032】
アドリアマイシンの物理的な封入は、PEG-P(Asp(ADR))水溶液を用いて以下のように行った。PEG-P(Asp(ADR))水溶液を限外ろ過により濃縮後、DMFで2回透析した。このポリマー溶液約10mLにアドリアマイシン塩酸塩131mg、トリエチルアミン30mgをDMF54mLに溶解させた溶液を加え、1.5時間室温で撹拌した。この溶液を注射用水で3回透析し、アドリアマイシンや他の低分子試薬を取り除いた。得られたミセル溶液を限外ろ過により濃縮し、封入されたアドリアマイシン濃度が2.0mg/mLになるように食塩水で調製し、アドリアマイシン封入高分子ミセル0.9wt%食塩水溶液を得た。高分子ミセル中の物理吸着したアドリアマイシンと高分子部分の重量比は2.0:13.0であった。
【実施例2】
【0033】
次に、アドリアマイシン封入高分子ミセル含有医薬組成物のCED法による投与並びにその毒性及び治療効果について説明する。
実施例1で調製した、アドリアマイシン封入高分子ミセルを生理食塩水中に含む医薬組成物を以下の動物実験に用いた。
【0034】
(1) CED法による脳腫瘍への薬剤分布の解析
ラット脳腫瘍モデルの宿主にはFischer 344ラットを用いた。移植する腫瘍細胞には9Lラットグリオーマ樹立細胞株(入手先:国立がんセンター)を用い、培地には10%ウシ胎仔血清を含むイーグル最小必須培地を用いた。移植細胞数は5x105個とした。CED法は2005年にKrauzeらが報告した逆流防止機能を持つステップデザインの注入針を用いた注入システムにて行った(文献:Krauze MT, Saito R, Noble C, Tamas M, Bringas J, Park JW, Berger MS, Bankiewicz K., Reflux-free cannula for convection-enhanced high-speed delivery of therapeutic agents. J Neurosurg. 103(5):923-9 (2005))。腫瘍移植後7日目に、注入速度は0.2μL/minより開始し、0.5μL/minから0.8 μL/minへと漸増した。それぞれ15分、10分、15分と合計40分の注入を行い、注入量は合計20μLとした。薬剤注入量のモニタリングは注入針に接続した薬剤ライン内の薬剤移動距離を測定して行った。薬剤の脳内分布はアドリアマイシン由来の蛍光観察によって、脳の断層スライス像を解析した。
【0035】
その結果、抗がん剤アドリアマイシンを単独で投与した場合には、薬剤分布は注入針の刺入部に限局し、投与点から広範囲にわたって拡がることはなかった。これに対し、アドリアマイシンを封入した高分子ミセルでは腫瘍内部のみならず移植腫瘍周囲を取り囲むような良好な薬剤分布が得られた。悪性神経膠腫は周辺正常脳組織に浸潤する性格を持ち、その治療においてはその浸潤した腫瘍細胞からの局所再発が問題となる。ミセルの薬剤分布は浸潤した腫瘍細胞をターゲットとした治療法において高い抗がん活性を予測させる結果であった。
【0036】
次に、正常ラットの脳内における薬剤分布の解析を行った。薬剤濃度はアドリアマイシン換算で2mg/mlとし、5匹の正常Sprague-Dawleyラットを用いた。薬剤注入後速やかにラットを安楽死させ、大脳を採取し、凍結した。25μm厚で凍結切片を作成し、蛍光顕微鏡で薬剤分布の観察・撮影・画像取り込みを行い、画像解析ソフト(NIH image)を用いて各々の病理組織切片上に観察される薬剤分布面積を測定した。これに凍結切片のスライス厚を掛け合わせることによって薬剤分布体積Vd (volume of distribution)を計算した。更に、物理的にアドリアマイシンを吸着していない高分子ミセル(スキーム1中のPEG-P(Asp(ADR))ブロックコポリマーのみから成る高分子ミセル)とアドリアマイシン封入製剤として実用化している市販のリポソーム製剤についても同様の解析を加えて比較した結果を図1に示す。
【0037】
これは、アドリアマイシン単独投与に比べて、ミセル封入によって3倍以上の薬剤分布体積を得られる。また、その薬剤分布体積はリポソーム製剤のドキシルとほぼ同等であった。さらに、物理的にアドリアマイシンを吸着していない高分子ミセルキャリアーと比較しても大きな差が無く、このことは物理的に封入されたアドリアマイシンが高分子ミセルによって確実に脳組織に広範に分布されることを意味する。なお、図1中、エラーバーは平均値前後1 SD (standard deviation)を示している。
【0038】
(2)CED法注入による脳組織への毒性評価
正常ラットの脳内における薬剤分布の評価には正常Sprague-Dawleyラットを用い、薬剤注入後3週間後にラットを安楽死させ、脳組織をパラフィン包埋後に病理組織切片を作成した(スライス厚5μm)。薬剤注入から安楽死までの間、ラットの皮膚の状態、体重、神経脱落症状の有無を観察した。病理組織切片のヘマトキシリン・エオジン染色を行い、顕微鏡で観察し、病理組織学的解析を行った。薬剤注入量は前述したCED法と同様に20μLとした。いずれのラットは観察期間中明らかな神経学的脱落症状や体重減少を認められなかったが、病理組織切片上は投与濃度依存性に薬剤分布と一致した壊死性変化を来した。これはアドリアマイシン単独の場合と比較して軽度であった。リポソームに封入したアドリアマイシンを投与した場合、前2者と比較して壊死性変化は軽微で、リポソームの長い薬剤保持が反映された結果、と考えられた。
【0039】
(3) CED法によるin vivo抗がん活性評価
上記(1)と同様にラット9Lグリオーマモデルを用いた。コントロール群(生理的食塩水を注入)、アドリアマイシン単独投与群、市販のアドリアマイシン封入リポソーム製剤投与群、そしてアドリアマイシン・ミセル投与群の4群で比較した。薬剤注入は腫瘍移植後7日目に行い、薬剤濃度は各群アドリアマイシン換算で0.2 mg/mlの濃度とした。脳腫瘍の増大に伴い、摂食不能・体動不能になったラットは安楽死させ観察を終了した。最長観察期間は90日間とし、この時点まで生存したラットは観察期間終了後安楽死させた。安楽死させたラットの大脳は採取し、パラフィン包埋の後にヘマトキシリン・エオジン染色により病理組織学的解析を行った。生存試験の結果はKaplan-Meier 曲線にて表示し、log-rankテストにて解析した(図2)。アドリアマイシン単独投与、およびアドリアマイシンを封入し他リポソーム製剤のドキシルはコントロールに比べて有意な生存期間延長は得られなかった。これに対し、アドリアマイシン封入高分子ミセルでのみ有意な生存延長効果が得られた。50日以上生存したラットは90日まで観察してもその全例が生存していた。
【実施例3】
【0040】
カンプトテシン封入高分子ミセル含有医薬組成物の調製について説明する。
非特許文献3記載の方法により、下記式に示す構造を有するブロックコポリマー(PEG-P(Asp(Bzl))を製造した。すなわち、具体的には次のようにして製造した。ポリエチレングリコールーb−ポリアスパラギン酸ブロックコポリマー(PEG-P(Asp)、ポリエチレングリコール鎖の分子量が5,000でポリアスパラギン酸鎖のユニット数が25のもの)200mgを2mLのN,N-ジメチルホルムアミドに溶かし、アスパラギン酸残基に対して2.0倍モル等量の1,8-ジアザビシクロ [5,4,0] 7-ウンデセン(DBU)とベンジルブロマイドを加え、50℃で15時間反応させた。
製造したブロックコポリマー(PEG-P(Asp(Bzl))中のポリエチレングリコール鎖の分子量は5,000、ポリアスパラギン酸部分のユニット数は25、アスパラギン酸残基のベンジルエステ化率は70%であった。
【0041】
【化2】

【0042】
非特許文献3に記載されたとおり、このブロックコポリマーに対し40重量%のカンプトテシンを溶媒蒸発法によって高分子ミセルに封入した。これは具体的には次のようにして行なった。上記で製造したブロックコポリマー5.0mgとカンプトテシン2.0mgをクロロフォルム2.0 mLに溶かした溶液を、窒素気流化に攪拌してクロロフォルムを蒸発させた。これに蒸留水を加えプローブ型超音波照射装置にて超音波を2分間照射した。得られたミセル溶液は限外ろ過装置で必要な濃度に濃縮した。
【実施例4】
【0043】
次にカンプトテシン封入高分子ミセル含有医薬組成物のCED法による投与並びにその毒性及び治療効果について説明する。
実施例3で調製した、カンプトテシン封入高分子ミセルを生理食塩水中に含む医薬組成物を動物実験に供した。すなわち、実施例2と同様に9L細胞を移植したラットにCED法による生存試験を行った。結果を図3に示す。
【0044】
図3に示すようにがん移植から7日目にCED法により薬剤を投与した。対照としたのは、カンプトテシン溶液(水に不要なので有機溶媒のジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解させたもの)、溶媒のDMSO、高分子ミセルを形成するブロックコポリマーのみ(カンプトテシンを封入していないブロックコポリマーPEG-P(Asp(Bzl))であった。これらの対照ではいずれも、21日目までに前例のラットが死亡したが、これに比べてカンプトテシン封入高分子ミセルでは顕著な生存延長効果を示した。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】アドリアマイシン単独、市販のアドリアマイシン封入リポソーム製剤、アドリアマイシン封入高分子ミセル(本発明)及び薬剤を封入していない高分子ミセルをCED法によりラット脳内に直接投与した後のアドリアマイシンの脳内分布体積を示す図である。
【図2】アドリアマイシン封入高分子ミセルをCED法によりラット脳内に直接投与した場合の抗癌活性を、対照群における抗癌活性と比較して示す図である。
【図3】カンプトテシン封入高分子ミセルをCED法によりラット脳内に直接投与した場合の抗癌活性を、対照群における抗癌活性と比較して示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性領域と疎水性領域を有するブロックコポリマーから形成され、該親水性領域が外側、該疎水性領域が内側に配置された高分子ミセルの内部に薬剤を封入した、薬剤封入高分子ミセルを有効成分として水系媒体中に含有するCED法用医薬組成物。
【請求項2】
前記薬剤が抗癌剤であり、前記CED法が脳の癌腫瘍の治療の有効性を有する請求項1記載の医薬。
【請求項3】
前記高分子ミセルの粒径が10nm〜100nmである請求項1又は2記載の医薬。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−137884(P2009−137884A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−315637(P2007−315637)
【出願日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】