説明

DLCコーティングを備えるスライド要素

【課題】本願は、基体上にDLCコーティング12を備えるスライド要素、特に、ピストンリングに関するものである。本発明によるスライド要素は、DLCより軟質の材料14が、DLCコーティング12の表面に埋め込まれ、スライド要素は、スライド要素が接触してスライドするスライド相手に、DLCコーティング12で接触することを特徴とする。
【解決手段】高い耐摩耗性だけでなく低い摩擦係数を有し、その結果、滑り相手の表面の小さな凹凸に耐性があり、それによって著しく損傷を受けることのないDLCコーティングを基体上に備えるスライド要素を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基体上にDLCコーティングを備えるスライド要素、特にピストンリングに関するものである。
【背景技術】
【0002】
基本的に、大きな応力がかかるエンジンで使われるピストンリングは、できるだけ耐磨耗性のある滑り面コーティングを備えている必要がある。これが、硬質材料に基づくPVD(Physical Vapor Deposition:物理気相成長法)コーティングやDLCコーティングが、しばしば使用される理由である。PVDコーティングは、摩耗現象に対して比較的耐性があるが、エンジンにおいて現在求められている小さな摩擦損失、ひいては、現在求められている低い燃費を導く必要な低摩擦係数を提供しない。この理由のために、DLCコーティングを使用することが、好まれる場合が多い。
【0003】
DLCは、「Diamond Like Carbon:ダイヤモンドライクカーボン」の略語であり、非晶質のダイヤモンドライクカーボンを意味し、研磨摩耗や凝着摩耗に対する良好な耐性、表面破砕に対する保護、化学安定性、および良好な熱伝導性と機械特性(硬さおよび弾性係数)などの特有の特性によって特徴付けられる。高い硬さは、特に、sp混成炭素原子の割合が大きく、そのモル分率が60パーセント以上のDLC層組織の場合に得られる。この物質はまた、四面体的に結合した非晶質炭素(ta−C)とも呼ばれる。しかし、sp混成炭素原子の割合がより少なく、ta−C層組織、例えば、水素および/または金属を含有するDLC組織よりも硬さの低いDLC層も使用される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ピストンリング用の高い硬さを有する既知のDLCコーティングの欠点は、比較的軟質の層と比較して、弾性および可塑性、ひいては、剪断力を吸収する能力が非常に低いということである。これは、特に、いわゆるエンジンの慣らし運転期間に、スライド要素または滑り相手の表面の非常に小さな凹凸でも、低い面圧の場合でも、コーティングの表面の破砕、したがって、DLCコーティングの破壊につながる可能性があるということを意味している。
【0005】
他方、軟質のDLC層には、耐摩耗性が低すぎるという欠点があり、そのため、比較的短い耐用年数が経過したときには、DLC層は摩耗しており、DLC層によって生じさせられる低摩擦係数は、もはや維持できない。
【0006】
したがって、本発明の目的は、高い耐摩耗性だけでなく低い摩擦係数を有し、その結果、滑り相手の表面の小さな凹凸に耐性があり、それによって著しく損傷を受けることのないDLCコーティングを基体上に備えるスライド要素を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この目的は、請求項1の内容と請求項6による方法によって達成される。本発明のさらに有利な実施態様を従属請求項に記載する。
【0008】
本発明によると、基体上にDLCコーティングを備えるスライド要素、特にピストンリングは、DLCより軟質の材料がDLCコーティングの表面に埋め込まれ、それによって、スライド接触部がスライド相手と接触することを特徴とする。これに関連して、スライド相手とは、スライド要素が接触してスライドする要素であり、例えば、ピストンリングの場合、関連するピストンに組み合わされるシリンダの壁である。
【0009】
DLCコーティングの表面に比較的軟質の材料を埋め込むことによって、特に、いわゆる第三体を形成するためのピストンリングの重要な慣らし運転プロセスを、少しの損傷もなく行うことができる。いわゆる第三体とは、シリンダ壁に接触するピストンリングの慣らし運転中に形成されるDLCコーティングにおける層であると理解される。第三体の特性は、特に、国際公開第2010/009862号から得ることができる。第三体の形成の効果はまた、ピストンリング以外のスライド要素でも得られる。
【0010】
好ましい実施態様では、比較的軟質の材料は、DLCコーティングより軟質の金属または金属酸化物、特に、鉄または鉄クロム化合物またはその酸化物を含む。シリンダの作動面、換言するとスライド要素のスライド相手が、対応する金属または金属酸化物のコーティングを有していれば、この実施態様は、特に望ましい。鉄ベースの内燃機関セクターでは、サーマルコーティングされた穴が、鉄炭素合金または鉄クロム合金などを含む、ピストンリングのスライド相手として用いられることが多くなってきている。金属酸化物を、摩耗挙動を改善するために、適切に調節されたパラメータで溶射プロセスによってコ−ティングに組み込むことができる。それ故、この好ましい実施態様の趣旨でのスライド要素の形成は、慣らし運転プロセス中に起こるスライド要素のDLCコーティングとスライド相手との間の材料移動が、すでに見込まれており、したがって、慣らし運転プロセスを少しの損傷や危険もなく実施できるということを意味している。
【0011】
DLCコーティングは、四面体状に結合した非晶質炭素(ta−C)を含むのが有利であり、というのは、これは、硬さが際立って高く、したがって耐摩耗性があることによって特徴づけられるからである。
【0012】
さらに好ましい実施態様では、DLCコーティングの表面は、その面積の50〜60%、望ましくは20〜40%の量の比較的軟質の材料を含む。比較的軟質の材料、特に金属または金属酸化物の、この面積での濃度によって、可能な最良の摩耗値および摩擦値が得られる。エンジンの内側および外側で行った調査では、比較的軟質の材料の割合が高過ぎると、微細溶着、したがって、スコーリングのリスクを高くなり、また、比較的軟質の材料の急速な摩耗によるDLCコーティングの破壊の危険性が高くなり、これによって、層の摩耗が増え、破砕さえ生じさせられることがあるということが判明した。他方、DLCコーティングの表面における比較的軟質の材料の濃度が低過ぎると、コーティングの耐用年数を確保する最適な慣らし運転がもはや保証されないので、DLCコーティングの弾性および可塑性を増加させ、ひいては、剪断力を吸収する能力を増加させる望ましい効果が不十分となるということになる。前述の面積での割合は、特に、両方の点で有利であることが証明されている。
【0013】
比較的軟質の材料が埋め込まれているDLCコーティングの領域は、望ましくはDLCコーティングの表面から下方へ1μmの深さまで延びているのが望ましく、下方へ0.5μmの深さまで延びているのが望ましい。DLCコーティングにおける比較的軟質の材料のこの埋め込み深さは、それによって、DLCコーティングの低摩耗率および低摩擦係数を最大限に維持できるので、DLC被膜処理されたピストンリングの最適な慣らし運転挙動につながる。
【0014】
さらに、表面は、できるだけ粗さが低いことが望ましく、これは、2μm未満、望ましくは1μm未満の平均粗さ深度R、および/または、0.15μm未満、望ましくは0.1μm未満の初期摩耗高さRPKによって規定できる。このようにして、高い表面圧力が生じる点の数をできるだけ少なく保つことができ、これは、特に良好なスライド特性につながる。
【0015】
好ましい実施態様では、比較的軟質の材料を含む領域の外側のDLCコーティングの硬さは、10〜70GPa、望ましくは15〜50GPaである。この硬さは、DLCコーティングの摩耗を低くし、かつ、弾性を向上させ、したがって、表面の不具合によって引き起こされる剪断力に対する抵抗力を高める効果を妨げない。DLCコーティングは、水素を含有し、タイプa−C:H、a−C:H:Me、ta−C:H、またはa−C:H:Xに対応しているのが望ましい。ここで、Meは、クロム、タングステン、およびチタンから選択されるのが望ましい金属であり、Xは、シリコン、酸素、窒素、およびホウ素から選択されるのが望ましい非金属である。
【0016】
あるいは、DLCコーティングは、タイプta−Cまたはa−Cに対応し、水素を含有しないのが望ましい。
【0017】
前述の好ましい2つの種類のスライド要素は、良好な硬さを備え、その結果、耐摩耗性を備え、同時に低摩擦係数を備えている。
【0018】
好ましい実施態様では、スライド要素は、基体とDLCコーティングとの間に、金属を含有しているのが好ましい接着層を含み、この層は、特に、0.1μm〜1.0μmの厚みを有する。この接着層は、基体に対するDLCコーティングの接着力を向上させ、したがって、スライド要素の耐久性をさらに向上させる。
【0019】
基体は、鋳鉄または鋼で形成されるのが望ましく、というのは、これらの材料が、弾性と組み合わされた強度のために、ピストンリングまたは同等のスライド要素として使用するのに特に好適であるからである。
【0020】
上記のようなスライド要素を製造するための本発明による方法は、DLCより軟質の材料が、スライド相手と接触するスライド要素のDLCコーティングの表面に組み込まれることを特徴とする。したがって、比較的軟質の材料、望ましくは金属または金属酸化物、特に、鉄または鉄クロム化合物またはその酸化物は、DLCコーティングがすでに基体に施された後に、DLCコーティングに組み込まれる。
【0021】
この関連で、DLCコーティングの表面に比較的軟質の材料を組み込むのは、望ましくはコーティングすることによって、または加工することによって行うことができる。可能な加工方法は、スチールブラシによる機械ブラッシング、帯鋼研磨プロセス、またはラッピングである。基体のコーティングは、例えば、スプレーコーティング、スパッタリング、またはPVDアークプロセスによって実施できる。
【0022】
本発明の独立した1つの態様は、指令にしたがって用いられたときに、ピストンリングが接触してスライドする内燃機関のシリンダ壁中に存在する材料をピストンリングに与えるために、前述の方法のうちの1つを使用することである。この使用は、DLCコーティングの表面を機械加工することを単に含む方法からは区別されるべきであり、というのは、本発明によれば、DLC層の表面に組み込まれる材料は、スライド要素、特にピストンリングの将来のスライド相手に合わせられるからである。
【0023】
ここまでで概説した本発明によれば、ピストンリングとシリンダ壁との間、または、一般的には、スライド要素とスライド相手との間の摩擦を減らすことが可能となり、これは、特に、内燃機関において、燃料消費の低減に関連し、したがって、非常に望ましい。同時に、本発明によるスライド要素は、耐摩耗性があり、スライド相手の表面の不均一さに対して耐性があり、それによって、例えば、内燃機関の慣らし運転期間中、ピストンリングの表面の破砕の危険性がなくなる。
【0024】
本発明の更なる利点、特徴、および有利な変形例が、特許請求の範囲の全体と以下の図の説明とから導き出される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】望ましいDLCコーティングをされた表面のSEM写真を示す図である。
【図2】金属および金属酸化物を組み込まれたDLCコーティングの成分の深さ方向の分析結果を示す図である。
【図3】2つのDLCコーティングの摩耗値の比較を示す図である。
【図4】金属を組み込んだ場合と組み込んでいない場合の、DLCコーティングされたピストンリングの力曲線および摩擦曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
図1は、初期の層厚が12μmの、金属/金属酸化物14を組み込んだDLCコーティング12の表面のSEM画像を示している。金属/金属酸化物14を組み込んでいる面積での割合は、この場合、39%である。組み込んだ金属/金属酸化物の面積での割合を27.8%〜39%間で変えた複数のサンプルでテストを実施した。
【0027】
金属/金属酸化物を組み込んだサンプルは、処理していないDLCコーティングより摩擦および摩耗の試験で著しく良好な特性を示している。これは、以下で簡単に論じる図3および図4から分かる。
【0028】
図2は、鉄および酸化鉄が表面に組み込まれているDLCコーティングの主要な構成物質の深さ方向の分析結果を示す図である。3つの主要な構成物質、炭素(C)、酸素(O)、および鉄(Fe)のそれぞれの割合をY軸にとり、DLC層の表面の層の、1μmの深さまでの深さをX軸にとっている。
【0029】
この図から分かるように、鉄および酸化鉄の埋め込まれた割合が測定可能なのは、0.5μmまでである。この深さより下では、DLCコーティングは、鉄または酸化鉄の対応する埋め込みが無いことを示している。
【0030】
機関のテストに基づいて、金属/金属酸化物の0.5μmの深さまでの埋め込みが、特に効果的であるということが立証された。他方、DLCコーティングにおける金属の割合は、0.7〜1.0μmの環状の摩耗を伴う240時間を超えるエンジンテストの後には、もはや検出できなかった。
【0031】
図3は、金属/金属酸化物を組み込んでいない場合と、組み込んだ場合のDLCコーティングの相対的な摩耗を示している。組み込んだ場合のDLCコーティングが図3の左側に示されている。この図は、金属/金属酸化物を組み込んだDLCコーティングの摩耗が、組み込んでいないDLCコーティングの摩耗の約20%でしかないということを示している。
【0032】
摩耗は、スライド要素を、潤滑剤を塗られた対向体に接触させて一定の荷重をかけて一定の速度で振動させるいわゆる振動摩擦摩耗試験で測定した。
【0033】
最後に、図4は、金属/金属酸化物が組み込まれた場合と組み込まれていない場合のDLCコーティングされたピストンリングの力の挙動と摩擦の挙動を時間に対して描いたさらなる図を示している。
【0034】
ここでは、実線の曲線は、金属/金属酸化物を組み込んでいないDLCコーティングの摩擦の経時的な挙動を示し、点線の曲線は、金属/金属酸化物を組み込んだDLCコーティングの摩擦の経時的な挙動を示し、破線の曲線は、力の経時的な挙動を示している。
【0035】
図4から分かるように、組み込んでいないDLCコーティングの摩擦は、10〜12分の短い慣らし運転期間後に増加しているのに対して、組み込んだDLCコーティングの摩擦は、ほとんど絶え間なく下がっているので、金属/金属酸化物を組み込んだDLCコーティングは、表面に組み込んでいないコーティングより摩耗の度合いが低い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体上にDLCコーティング(12)を備えるスライド要素、特にピストンリングであって、DLCより軟質の材料(14)が、前記DLCコーティング(12)の表面に埋め込まれ、スライド要素が接触してスライドするスライド相手に前記DLCコーティングで接触する、スライド要素。
【請求項2】
前記より軟質の材料(14)は、前記DLCコーティング(12)より軟質の、金属または金属酸化物、特に、鉄または鉄クロム化合物またはその酸化物を含む、請求項1に記載のスライド要素。
【請求項3】
前記DLCコーティング(12)の前記表面は、その面積の15〜60%、望ましくは20〜40%の量の前記より軟質の材料(14)を含む、請求項1または2に記載のスライド要素。
【請求項4】
前記より軟質の材料(14)が埋め込まれている前記DLCコーティング(12)の領域は、前記DLCコーティング(12)の前記表面から1μmの深さ、望ましくは0.5μmの深さまで延びていることを特徴とする、請求項1から3のいずれか一項に記載のスライド要素。
【請求項5】
前記表面は、平均粗さRが2μm未満、望ましくは1μm未満であり、および/または、初期摩耗高さRPKが0.15μm未満、望ましくは0.1μm未満である、請求項1から4のいずれか一項に記載のスライド要素。
【請求項6】
前記基体と前記DLCコーティングとの間に金属、望ましくはクロム、チタン、またはタングステンの接着層をさらに含む、請求項1から5のいずれか一項に記載のスライド要素。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載の前記スライド要素を製造する方法であって、前記スライド要素が接触してスライドするスライド相手に接触する前記スライド要素のDLCコーティングの表面に、DLCより軟質の材料が組み込まれる、方法。
【請求項8】
前記DLCコーティングより軟質の金属または金属酸化物、特に、鉄または鉄クロム化合物またはその酸化物が、前記DLCコーティングの前記表面に前記より軟質の材料として組み込まれる、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記より軟質の材料は、コーティングによって、または加工によって、前記DLCコーティングの前記表面に組み込まれる、請求項8に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−76466(P2013−76466A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−192073(P2012−192073)
【出願日】平成24年8月31日(2012.8.31)
【出願人】(398071439)フェデラル−モーグル ブルシャイト ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング (28)
【Fターム(参考)】