説明

Fe−Ti焼結部材及びその製造方法

【課題】 Fe−Ti合金粉末を用い、高密度(密度比90%以上)に形成して耐食性を向上させた、Crを含有しない、新規の高硬度耐食性材料を提供する。
【解決手段】 原料粉末を所望の形状の型穴を有する金型の型穴内に充填し、加圧と加熱とを同時に行うにあたり、上記原料粉末として、Ti量が30〜80質量%で残部がFe及び不可避不純物からなるFe−Ti合金粉末に、5〜20容量%の軟質金属粉末を添加混合した混合粉末を用い、上記加圧焼結工程における加熱温度を900〜1300℃とするとともに、圧力を150〜250MPaとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性が要求される用途向けの焼結部材及びその製造方法に係り、特に、Crを含有しない、即ち、六価クロムによる環境問題が発生しない高硬度耐食性焼結部材を安価に提供できるFe−Ti焼結部材の製造技術に関する。
【背景技術】
【0002】
耐食性材料として、ステンレス鋼は、機械用又は自動車用の構造部材や摺動部材、窓枠等の建築部材のみならず、時計バンド又は眼鏡のフレーム等の装身具に広く適用されている。ところで、ステンレス鋼は、その耐食性をCrの不動態膜によることから、12〜32質量%程度のCrを含有する。このCrはアルカリ性の溶液と反応して六価クロムを発生するが、これが自然界に流出すると健康被害が生じるため、近年、問題視され始めている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記のようなCrを含有しない耐食性材料としては、TiおよびTi基合金がある。純Tiは、高価であることに加え、硬さが低いため摺動部材等の使用には不向きである。また、Ti合金のうち、Ti−6Al−4V合金は強度が高いため近年使用が進んでいるが、硬さは低いため、摺動部材等の使用には不向きである。一方、Fe−Ti合金は耐食性が高く、かつ硬さも高いことから、摺動部材等の使用にも好適なもので、安価に入手できるという利点も有する。但し、Fe−Ti合金は硬く変形能が乏しいため、通常の粉末冶金法による金型成形法では緻密化が図れず、密度比の小さい焼結合金しか得られない。このため、残留気孔により孔食腐食が生じて、耐食性は低いものとなっている。
【0004】
一方、HIP(Hot Isostatic Pressing)法は、薄肉の金属製容器に原料粉末を充填、封入し、圧力媒体にアルゴン等の気体を用いて高温高圧下で金属製容器ごと原料粉末を等方に加圧して緻密化を図る粉末冶金法の一手法であり、一般的に、真密度に近い焼結合金を得ることができるものである。そこで、本発明者等は、HIP法をFe−Ti合金粉末の焼結に適用して高密度化することを検討した。その結果、Fe−Ti合金粉末の場合には、Fe−Ti合金が硬いこと、及び高温においても変形能が乏しいことにより、HIP法で処理しても、金属製容器内部で生じるFe−Ti粉末のブリッジングが解砕されず気孔として残留してしまうため、密度比90%未満のものしか得られず、通常の金型成形法の場合と同様に、耐食性に問題があることを見出した。
【0005】
以上より、本発明は、Fe−Ti合金粉末を用い、高密度(密度比90%以上)に形成して耐食性を向上させた、Crを含有しない、新規の高硬度耐食性材料及びこれを製造する方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明のFe−Ti焼結部材は、Ti量が30〜80質量%のFe−Ti相と、軟質金属相と、気孔とからなり、上記Fe−Ti相と上記軟質金属相とが斑状に分散する金属組織を呈するとともに、組織全体に占める上記軟質金属相の割合が5〜20容量%であって、密度比が90%以上であることを特徴としている。また、この時、前記軟質金属相が、Ti相、Ni相、及びNi量が40質量%以上のFe−Ni合金相のうちの少なくとも1種であることが好適である。
【0007】
次に、本発明のFe−Ti焼結部材の第1の製造方法は、原料粉末を所望の形状の型穴を有する金型の型穴内に充填し、加圧と加熱とを同時に行う加圧焼結法であって、上記原料粉末として、Ti量が30〜80質量%で残部がFe及び不可避不純物からなるFe−Ti合金粉末に、5〜20容量%の軟質金属粉末を添加混合した混合粉末を用い、上記加圧焼結工程における加熱温度を900〜1300℃とするとともに、圧力を50〜250MPaとすることを特徴としている。
【0008】
上記本発明のFe−Ti焼結部材の第1の製造方法においては、上記金型の型穴壁面に、BN又はカーボンを塗布、又はカーボンペーパー若しくはアルミナペーパーを配した後、上記原料粉末を充填することが望ましい。
【0009】
また、本発明のFe−Ti焼結部材の第2の製造方法は、原料粉末を導入管を介して金属製容器に充填する原料粉末充填工程と、上記導入管を介して上記金属製容器内部の空気を取り除く脱気工程と、上記導入管を封止する封止工程と、上記金属製容器を高温静水圧下で圧縮して上記原料粉末を緻密化するHIP工程と、上記金属製容器を取り除く除去工程とからなるHIP法による焼結部材の製造方法であって、上記原料粉末として、Ti量が30〜80質量%で残部がFe及び不可避不純物からなるFe−Ti合金粉末に、5〜20容量%の軟質金属粉末を添加混合した混合粉末を用い、上記HIP工程における加熱温度を900〜1300℃とするとともに、圧力を50〜250MPaとすることを特徴としている。
【0010】
上記第2の製造方法においては、上記脱気工程おいて、上記金属製容器を500〜600℃に加熱しつつ脱気すること、脱気圧力を1.33×10−2Pa以下とすること、及び上記原料粉末充填工程の前に、金属製容器内部壁にBN若しくはカーボンを塗布することが望ましい。
【0011】
さらに、上記の第1及び第2の製造方法においては、上記軟質金属粉末が、Ti粉末、Ni粉末、及びNi量が40質量%以上のFe−Ni合金粉末のうちの少なくとも1種であること、上記Fe−Ti合金粉末が、150メッシュ以下の粉末であること、上記加圧焼結工程又は上記HIP工程の各昇温過程において、700℃に昇温するまでに、上記圧力まで昇圧すること、及び上記原料粉末が、5〜30容量%の液体を含むことがそれぞれ望ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によるFe−Ti焼結部材は、耐食性に優れるFe−Ti合金相及び軟質金属相の2相と、気孔とからなるとともに、密度比が90%以上であるため、孔食腐食が少なく、安価であって、高い硬さを有する耐食性に優れた焼結部材である。また、この焼結部材は、Crを含有しないことから、六価クロムの発生による環境汚染の問題も生じない。従って、この焼結部材は、機械用又は自動車等用の摺動部材等に好適である。
【0013】
さらに、本発明のFe−Ti焼結部材の製造方法は、その実施に際し、現有の加圧焼結処理装置やHIP処理装置をそのまま適用できる。このため、当該製造方法は、新たな追加設備を必要とせず、上記のFe−Ti焼結部材を製造することができるので、量産性においても優れたものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
まず、本発明のFe−Ti焼結部材について説明する。
耐食性焼結部材として、耐食性の高い金属基地を適用したとしても、密度比が低い場合、即ち気孔量が多い場合には、孔食腐食が発生し易くなり、結果的に耐食性が低下する。図1は、耐食性の高いFe−Ti粉末を単独で金型に充填して成形・焼結した場合の焼結部材断面組織の概念図であり、(a)は充填後成形前を示し、(b)は成形・焼結完了時を示す。同図に示すように、Fe−Ti合金粉末単体を用いて焼結部材を製造すると、Fe−Ti合金粉末が硬く変形能が小さいため、ブリッジングに起因する粗大気孔が残留し、密度比を90%以上とすることができず、結果的に優れた耐食性が得られない。よって、耐食性合金基地であっても密度比を90%以上とすることができる手法の開発が必要である。
【0015】
このため、本発明におけるFe−Ti焼結部材では、金属基地部分を、Ti量が30〜80質量%のFe−Ti相と、組織全体に占める割合が5〜20容量%の耐食性を有する軟質金属相とが斑状に分散する金属組織とし、金属基地部分に耐食性を付与するとともに、成形・焼結時の軟質金属相の優れた変形能により密度比を90%以上としている。図2は、耐食性の高いFe−Ti粉末と軟質金属粉末とを混合して金型に充填して成形・焼結した場合の焼結部材断面組織の概念図であり、(a)は充填後成形前を示し、(b)は成形・焼結途中を示し、(c)は成形・焼結完了時を示す。同図に示すように、Fe−Ti合金粉末と軟質金属粉末とを混合して焼結部材を製造した場合には、Fe−Ti合金粉末どうしの間に軟質で変形能が大きい軟質金属粉末が入り込み、粗大気孔がほぼ消滅し、密度比を90%以上とすることができ、結果的に優れた耐食性が得られる。
【0016】
ここで、Fe−Ti相は耐食性を有する相であるが、Ti量が30質量%に満たないと、Fe分が多くなってFe−Ti相の耐食性が乏しくなる。一方、Fe−Ti相のTi分が多くなるほど耐食性は向上するが、80質量%を超えると耐食性向上の効果が小さい割にコストが嵩む。また、硬さが低下するため摺動部材等の用途には不向きとなる。よって、Fe−Ti相中のTi量は30〜80質量%とする必要がある。
【0017】
また、軟質金属相は組織全体に占める割合が5容量%に満たないと、粗大気孔消失の効果が乏しくなって、得られる焼結部材の密度比が低くなる。一方、20容量%を超えると、添加量の割に密度比向上の効果が小さくなる。さらに、20容量%を超えると、この効果向上が図れないことに加えて、軟質金属としてTiを選択した場合にはコストが嵩むとともに硬さが低下して摺動材部材としては不向きとなる。また、軟質金属としてNi又はFe−Ni合金を選択した場合には、Fe−Ti合金中のTiとNiとが反応して金属間化合物を生成するため加工性が低下する。従って、軟質金属相は組織全体の20容量%までの添加に留めるべきである。以上により、組織全体に占める軟質金属相の割合は5〜20容量%とする必要がある。
【0018】
さらに、上記の軟質金属相は、軟質金属粉末の形態で付与され、加圧加熱時に変形することで原料粉末のブリッジングを解砕するとともに、ブリッジングの隙間に充填されて粗大気孔の消滅に寄与した後、軟質金属相として残留する。この軟質金属相は耐食性が低いとせっかく緻密化に寄与してもそこから腐食が始まるので、耐食性の高い金属で構成することが好ましい。このような金属としては、Ti、Ni、及びNi量が40質量%以上のFe−Ni合金等が推奨され、これらを単体又は組み合わせて使用することができる。
【0019】
次に、本発明のFe−Ti焼結部材の製造方法について説明する。
本発明のFe−Ti焼結部材の製造方法は、原料粉末として、Ti量が30〜80質量%で残部がFe及び不可避不純物からなるFe−Ti合金粉末に、5〜20容量%の軟質金属粉末を添加混合した混合粉末を用い、原料粉末を高温で加圧して緻密化するものである。原料粉末として硬質且つ変形能の小さいFe−Ti合金粉末に軟質金属粉末を配合することで、高温高圧下において軟質金属粉末が変形して原料粉末のブリッジングを解砕するので、ブリッジングの発生量を抑制することができる。また、ブリッジングが発生しても、その隙間を高温で軟化した軟質金属粉末が高圧により変形して充填することで、得られる焼結部材の密度比を90%以上とすることができる。
【0020】
ここで、Fe−Ti合金粉末のTi量が30質量%に満たないと、Fe分が多くなって焼結後に形成されるFe−Ti相の耐食性が乏しくなる。一方、Fe−Ti合金粉末のTi分が多くなるほど耐食性は向上するが、80質量%を超えると耐食性向上の効果が小さい割にコストが嵩む。
【0021】
このようなFe−Ti合金粉末としては、全て150メッシュ以下の粉末(150メッシュ(104μm)の篩を用いて分級した際に、150メッシュの篩を通過した粉末)を用いることが好ましい。150メッシュを超える粗粉が混入すると、ブリッジングが発生し易くなって、粗大な気孔が残留するおそれがある。
【0022】
また、軟質金属粉末は、耐食性の高い金属で構成する必要があり、Ti、Ni、及びNi量が40質量%以上のFe−Ni合金等が推奨され、これらを単体又は組み合わせて使用することができる。このような軟質金属粉末は、上記の理由で添加されるが、原料粉末に占める割合が5容量%に満たないと、上記の効果が乏しくなって、得られる焼結部材の密度比が低くなる。一方、20容量%を超えると、添加量の割に密度比向上の効果が小さくなる。さらに、20容量%を超えると、この効果減少に加えて、軟質金属としてTiを選択した場合には、コストが大きくなるとともに硬さの低下が問題となり、軟質金属としてNi又はFe−Ni合金を選択した場合には、Fe−Ti合金中のTiとNiとが反応して金属間化合物を生成するため加工性の低下が問題となる。従って、軟質金属相は組織全体の20容量%までの添加に留めるべきである。以上により、組織全体に占める軟質金属相の割合は5〜20容量%とする必要がある。
【0023】
上記のような原料粉末を加熱しつつ加圧して緻密化する製造方法としては、ホットプレスやSPS(Spark Plazma Sintering)等の加圧焼結法、又はHIP法が適当である。加圧焼結法は、原料粉末を所望の形状の型穴を有する金型の型穴内に充填し、不活性ガス雰囲気や真空雰囲気で加熱しながら上下パンチを用いて加圧する製造方法である。このような製造方法を実施するための装置としては、金型をヒータで加熱するホットプレスや、上下パンチに通電することで原料粉末を加熱するSPS等の装置が挙げられる。また、加圧焼結法は、形状の付与を一般の粉末冶金法と同様に金型により行うもので、形状選択の自由度が大きく、ニアネットシェイプの製品形状を付与できるという利点を有する。
【0024】
一方、HIP法は、図3に示すように、原料粉末を導入管を介して金属製容器に充填し、金属製容器を加熱しつつ導入管から金属製容器内部の空気を取り除き、導入管を封止した後、金属製容器をアルゴン等の気体を媒体にして高温静水圧下で圧縮し、上記原料粉末を緻密化し、最後に金属製容器を切削又は溶解除去して焼結素材を取り出す製造方法である。この場合、得られた焼結素材に、切削、押し出し、鍛造等の機械加工によって製品形状を付与する必要がある。しかしながら、HIP法では、一軸の加圧しか行えない加圧焼結法と異なり、側方からも加圧が行えるため、加圧焼結法により得られた素材に比して高密度の素材が得られるという利点がある。これらの製造方法は所望により適宜選択することができる。
【0025】
加圧焼結法とHIP法とのいずれの手法を採用する場合にも、加熱温度を900〜1300℃とし、加圧力を50〜250MPaとする必要がある。加熱温度が900℃に満たないと、軟質金属粉末の軟化が不十分となって変形能が十分に発揮されず、また加圧力が150MPa未満では、焼結素材の十分な緻密化が図られず、いずれの場合も焼結素材の密度比を90%以上とすることができない。一方、加熱温度を1300℃を超えるものとし、又は加圧力を250MPaを超えるものとしても、それ以上の緻密化は実現できない。このため、装置の損耗、エネルギー効率等の観点から、加熱温度を1300℃以下、加圧力を250MPa以下とすべきである。
【0026】
また、加圧焼結法とHIP法とのいずれの手法を採用する場合であっても、例えば、原料粉末としてNi粉末又はNiを含有する粉末を使用する場合には、目標とする加熱温度までの昇温過程において、原料粉末の温度が700℃に到達するまでに、目標とする加圧力まで上昇させておくことが好ましい。目標とする加熱温度までの昇温過程においては、原料粉末の温度が700℃を超えると、原料粉末中のTiとNiとが反応し、硬く変形抵抗の高い金属間化合物が析出し始める。このため、金属間化合物が析出した後に加圧を試みても、析出した金属間化合物が緻密化を阻害する。よって、目標とする加圧力までの昇圧を早めに行い、原料粉末の温度が700℃に達してNiとTiとからなる金属間化合物が析出し始める前に、加圧力を目標値まで到達させておくことで、密度比90%以上の緻密化を達成することができる。なお、上記金属間化合物による緻密化の阻害は、原料粉末としてNi粉末やNiを含有する粉末を使用した場合に限って発生するのではなく、Niの代わりに他の元素を用いた場合であっても、当該他の元素とTiとの金属間化合物が生ずる場合には、同様に生ずる現象であるため、他の元素を使用する場合にも、加圧力と加熱温度との関係には十分に留意すべきである。
【0027】
加えて、加圧焼結法とHIP法とのいずれの手法を採用する場合にあっても、原料粉末に5〜30容量%の液体を含ませておくことで、原料粉末の流動性が改善され、原料粉末充填時の見掛け密度が向上する。このような液体としては、原料粉末と反応せず且つ揮発性の高い液体が好適であり、各種アルコールや水等を使用することができる。原料粉末へ液体を添加することは、通常の金型成形を行った後焼結する方法の場合には、原料粉末に添加された液体が原料粉末の圧縮性を損なうので不利であるが、加圧焼結法の場合には、加圧前に原料粉末を加熱して液体を蒸発させることができるので、原料粉末の圧縮性を損なうことなく加圧することができる。また、HIP法の場合にも、加圧前に脱気工程において加熱を行いながら脱気して添加した液体を蒸発除去することができるため、圧縮性を損なうことなく加圧することができる。液体の添加量が原料粉末に対して5容量%に満たない場合と流動性改善の効果に乏しく、30容量%を超えると原料粉末の充填性をかえって損なうこととなる。よって、原料粉末への液体の添加は5〜30容量%で流動性の効果があり、液体の蒸発除去の手間を考慮すると5〜15容量%とすることが特に好ましい。
【0028】
さらに、HIP法を採用する場合には、脱気を常温で行うと、単に原料粉末間の空気が吸引されるのみであるが、金属製容器を500℃以上に加熱しつつ脱気を行うと、常温では吸引されない原料粉末表面の吸着水分や吸着酸素が除去でき、後の加圧加熱工程で、より一層の緻密化が達成される。一方、600℃を超えて脱気しても、上記効果がそれ以上得られないため、脱気温度の上限値は600℃とすることが好ましい。また、脱気圧力としては、ロータリーポンプではなくディフュージョンポンプを用いて1.33×10−8MPa以下の高真空で金属製容器内部の空気を吸引すると、後の加圧加熱工程で、焼結素材のさらなる緻密化が達成される。
【0029】
以上に示すFe−Ti焼結部材の製造方法を実施する際には、原料粉末の充填前に、加圧焼結法の場合には金型の型穴表面に、HIP法の場合には金属製容器の内部壁面に、離型剤を予め塗布しておくことが好ましい。このような離型剤の塗布により、加圧加熱後の焼結部材の取り出しが容易となる。離型剤としては、高温においてもFe又はTiと反応しないものが好適であり、例えば、BNやカーボンを用いることができる。塗布は、粉末状のBNやカーボンをアルコールや水等の揮発性水溶液中に分散させた液を噴霧或いは刷毛塗り等した後、上記液体を揮発させて行うことができ、また、粉末状のBNやカーボンを静電塗布することもできる。さらに、加圧焼結法においては、金型の型穴表面にカーボンペーパーやアルミナペーパー等のシート状の離型剤を巻いて離型剤を塗布することができる。
【実施例1】
【0030】
(Fe−Ti合金粉末中のTi量の影響)
Ti含有量の異なるFe−Ti合金粉末に、軟質金属粉末としてTi粉末を10容量%添加、混合して原料粉末を用意した。これらの原料粉末を金型を用いSPS法にて、10Paのアルゴン減圧雰囲気中、成形圧力:100MPa、加熱温度:1200℃で10分の間保持して加圧焼結し、表1に示す試料番号01〜06の試料を作製した。なお、Fe−Ti合金粉末は全て150メッシュ以下の粉末を用いるとともに、加圧焼結においては、加熱温度1200℃までの昇温において温度が700℃に達した時の加圧力が200MPaに到達するように昇温速度と昇圧速度を調整して試料の作製を行った。得られた試料番号01〜06の試料につき、硬さを測定し、さらに、20%の硫酸溶液、15%の塩化カリウム溶液、20%の塩酸溶液に72時間浸漬して耐食性試験を行った後、試料の表面状態を観察し、腐食の認められたものに「×」、ごく一部に腐食があるものの実用上問題ないと認められたもののに「○」、全く腐食の認められないものに「◎」として評価を行った。これらの結果を表1に併せて示す。
【0031】
【表1】

【0032】
表1より、Fe−Ti合金粉末中のTi量が30質量%に満たない試料番号01の試料では基地のFe分が多く、塩化カリウム溶液及び塩酸溶液において腐食が認められた。しかしながら、Ti量が30質量%以上の試料では基地の耐食性が向上して、十分な耐食性を示すようになり、Ti量が80質量%までは良好な耐食性と硬さを兼ね備えた試料が得られている。また、試料番号06の試料は純Tiの例であるが、純Tiは耐食性は優れるものの硬さは著しく低下しており、摺動材料等の用途へは不向きであるが、Fe−Ti合金粉末のFeとして20質量%含有するのみ(Ti含有量80質量%の場合)でFeとTiの金属間化合物が生成する結果、500Hvを超える良好な硬さが得られることが判る。よって、Fe−Ti合金粉末中のTi量は30〜80質量%が好適であることが確認された。なお、これらの試料について金属組織を観察したところ、試料番号01〜05の試料についてFe−Ti相と軟質金属相とが斑状に分散する金属組織を示すことを確認した。
【実施例2】
【0033】
(軟質金属粉末添加量の影響)
第1実施例の試料番号03の試料に用いたTi含有量が45質量%のFe−Ti合金粉末に、表2に示す割合で軟質金属粉末としてTi粉末を添加量を変えて添加、混合した原料粉末を用意し、第1実施例と同じ条件にてSPS法で試料番号07〜11の試料を作製した。これらの試料についても、硬さを測定し、第1実施例と同じ条件で耐食性試験を行った。これらの結果を第1実施例の試料番号03の試料の結果とともに、表2に併せて示す。
【0034】
【表2】

【0035】
表2より、軟質金属粉末を未添加の試料番号07の試料では、密度比が低い値となっており、耐食性は低くなっている。一方、軟質金属粉末を5容量%添加し、軟質金属相の量が5容量%の試料番号08の試料では耐食性が改善され、いずれの腐食液に対しても実用上問題ないレベルまで改善されている。また、軟質金属粉末の添加量が増加して軟質金属相の量が増加するにつれて耐食性は改善され軟質金属相粉末15容量%以上を添加して軟質金属相の量を15容量%以上とすることで極めて良好な耐食性を示している。しかし軟質金属粉末の添加量が増え軟質金属相の量が増えるにつれて硬さは逆に低下する傾向を示し、軟質金属粉末の添加量が20容量%を超え軟質金属相の量が20容量%を超えるとその硬さが著しく低下するので、用途によっては好ましくない。よって、軟質金属粉末の添加量は5〜20容量%が好適であり、軟質金属相の量は5〜20容量%が好適であることが確認された。
【実施例3】
【0036】
(軟質金属粉末の種類の影響)
第1実施例の試料番号03の試料の例において、表3に示すように添加する軟質金属粉末の種類をNi量が30〜80質量%のFe−Ni合金粉末及びNi粉末に変更し、その他は第1実施例と同様の条件でSPS法にて加圧加熱焼結を行い試料番号12〜16の試料を作製した。これらについても、硬さ測定及び第1実施例と同様の耐食性試験を行った。これらの結果について、第1実施例の試料番号03の試料の結果とともに、表3に併せて示す。
【0037】
【表3】

【0038】
表3より、軟質金属粉末の種類をTiから、Ni含有量が30質量%以上のFe−Ni合金粉末、或いはNi粉末に変更しても、Tiの場合と同様の耐食性が得られることが確認できた。また、Ni量が増加するにつれてTiとNiの金属間化合物が生成する結果、硬さは増加する傾向にあることも判る。よって、使用目的に応じて成分を調整することで所望の硬さの耐食性部品が得られる。
【実施例4】
【0039】
第1実施例の試料番号03の試料の例において、表4に示すように成形圧力を変え、他は第1実施例の試料番号03の試料作成条件と同じにして加圧焼結を行った際の評価結果を表4に併せて示す。
【0040】
【表4】

【0041】
表4より、成形圧力が50MPaに満たないと、加圧力が乏しくなって緻密化が達成できず、密度比の小さい試料となっており、その結果耐食性が低下して塩化カリウム溶液及び塩酸溶液において腐食が認められることが判る。これに対し、成形圧力が50MPaを超えると密度比が90%以上にまで緻密化が行え、耐食性が改善されることが判る。しかしながら、250MPaを超えて加圧しても密度比向上の効果及び耐食性改善の効果は認められないことから、成形圧力は250MPaで十分であることが判る。なお、上記のSPS法においては、金型を使用したが、黒鉛型を使用する場合には型強度の点から、150MPa以下とすることが好ましい。
【実施例5】
【0042】
(加熱温度の影響)
第1実施例の試料番号03の試料の例において、表5に示すように加熱温度を変え、他は第1実施例の試料番号03の試料作成条件と同じにして加圧焼結を行った際の評価結果を表5に併せて示す。
【0043】
【表5】

【0044】
表5より、加熱温度が900℃に満たない場合、軟質金属粉末の軟化が不十分となって密度比が向上せず、その結果耐食性が低下していることが判る。これに対し、加熱温度を900℃以上とすることで密度比を90%以上とすることができ、実用上十分な耐食性が得られることが確認された。また、焼結温度が高くなるにつれて密度比が向上し耐食性が改善されることが判る。但し、1300℃を超えて加圧しても密度比向上の効果及び耐食性改善の効果は認められないことから、加熱温度は1300℃で十分であることが判る。
【実施例6】
【0045】
(昇温・昇圧時700℃到達時点の加圧力の影響)
第1実施例の試料番号03の試料の例において、表6に示すように、加熱温度1200℃までの昇温において温度が700℃に達した時の加圧力を100〜200MPaまで昇圧速度を変化させ、他は第1実施例の試料番号03の試料作成条件と同じにして加圧焼結を行った際の評価結果を表6に併せて示す。
【0046】
【表6】

【0047】
表6より、昇温・昇圧過程において、温度が700℃に達した時の加圧力が最高加圧力(100MPa)に到達していない試料では、昇圧過程の途上でTiとFeとからなる金属間化合物が析出することにより変形抵抗が生じ、そのため緻密化が阻害されて密度比の低下が生じていること、及びそのため耐食性の低下が生じることが確認された。よって、加圧焼結時の昇温・昇圧過程においては、温度が700℃に達するまでに最高加圧力まで昇圧しておくことが必要であることが確認された。
【実施例7】
【0048】
(Fe−Ti合金粉末の粒度の影響)
第1実施例の試料番号03の試料の例において、表7に示すように、150メッシュ以上の粉末を添加した他は第1実施例の試料番号03の試料作成条件と同じにして加圧焼結を行った際の評価結果を表7に併せて示す。
【0049】
【表7】

【0050】
表7より、150メッシュを超える粉末が混入されると、ブリッジングが発生し易くなり、密度比が向上せず、その結果耐食性が低下することが確認された。よって、Fe−Ti合金粉末は全て150メッシュ以下の粉末とする必要があることが確認された。
【実施例8】
【0051】
(HIP法の適用)
第1実施例の試料番号03の原料粉末を軟鋼製の金属容器に充填し、導入管を介して軟鋼製の金属製容器に充填し、表8に示す脱気温度に金属製容器を加熱しつつ、1.33×10−2Paで金属製容器内部の空気を脱気した後、封止し、アルゴンガス媒体として加圧力:200MPa、加熱温度:1200℃でHIP処理を行った後、試料番号30〜34の試料を切り出して、硬さを測定するとともに第1実施例と同様の条件で耐食性試験を行った。これらの結果について、第1実施例の試料番号03の試料の結果とともに、表3に併せて示す。
【0052】
【表8】

【0053】
表8より、HIP法において、脱気温度が400℃ではSPS法の試料番号03の試料の場合より若干耐食性が劣るものの、実用上十分な耐食性を示すとともに、脱気温度が500℃以上では、SPS法の試料番号03の試料と同等の密度比及び耐食性を示すことが判る。但し、脱気温度が600℃を超えてもそれ以上の効果は認められず、脱気温度は600℃で十分であることが判る。よって、SPS法をHIP法に変えても同等の効果が得られることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0054】
以上により、本発明によれば、Fe−Ti合金粉末を用い、高密度(密度比90%以上)に形成して耐食性を向上させた、Crを含有しない、新規の高硬度耐食性材料及びこれを製造する方法を提供することができる。よって、本発明は、機械用又は自動車等用の摺動部材等の、耐食性と摺動特性の両立が求められる部材として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】耐食性の高いFe−Ti粉末を単独で金型に充填して成形・焼結した場合の断面組織の概念図であり、(a)は充填後成形前を示し、(b)は成形・焼結完了時を示す。
【図2】耐食性の高いFe−Ti粉末を軟質金属粉末と混合して金型に充填して成形・焼結した場合の断面組織の概念図であり、(a)は充填後成形前を示し、(b)は成形・焼結途中を示し、(c)は成形・焼結完了時を示す。
【図3】HIP法を用いて本発明のFe−Ti焼結部材を製造する際の各工程を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ti量が30〜80質量%のFe−Ti相と、耐食性を有する軟質金属相と、気孔とからなり、前記Fe−Ti相と前記軟質金属相とが斑状に分散する金属組織を呈するとともに、組織全体に占める前記軟質金属相の割合が5〜20容量%であって、密度比が90%以上であることを特徴とするFe−Ti焼結部材。
【請求項2】
前記軟質金属相が、Ti相、Ni相、及びNi量が40質量%以上のFe−Ni合金相のうちの少なくとも1種であることを特徴とする請求項1に記載のFe−Ti焼結部材。
【請求項3】
原料粉末を所望の形状の型穴を有する金型の型穴内に充填し、加圧と加熱とを同時に行う加圧焼結法であって、
前記原料粉末として、Ti量が30〜80質量%で残部がFe及び不可避不純物からなるFe−Ti合金粉末に、5〜20容量%の軟質金属粉末を添加混合した混合粉末を用い、 前記加圧焼結工程における加熱温度を900〜1300℃とするとともに、圧力を50〜250MPaとすることを特徴とするFe−Ti焼結部材の製造方法。
【請求項4】
前記金型の型穴壁面に、BN又はカーボンを塗布、又はカーボンペーパー若しくはアルミナペーパーを配した後、前記原料粉末を充填することを特徴とする請求項3に記載のFe−Ti焼結部材の製造方法。
【請求項5】
原料粉末を導入管を介して金属製容器に充填する原料粉末充填工程と、前記導入管を介して前記金属製容器内部の空気を取り除く脱気工程と、前記導入管を封止する封止工程と、前記金属製容器を高温静水圧下で圧縮して前記原料粉末を緻密化するHIP工程と、前記金属製容器を取り除く除去工程とからなるHIP法による焼結部材の製造方法であって、前記原料粉末として、Ti量が30〜80質量%で残部がFe及び不可避不純物からなるFe−Ti合金粉末に、5〜20容量%の軟質金属粉末を添加混合した混合粉末を用い、前記HIP工程における加熱温度を900〜1300℃とするとともに、圧力を50〜250MPaとすることを特徴とするFe−Ti焼結部材の製造方法。
【請求項6】
前記脱気工程において、前記金属製容器を500〜600℃に加熱しつつ脱気することを特徴とする請求項5に記載のFe−Ti焼結部材の製造方法。
【請求項7】
前記脱気工程における脱気圧力を、1.33×10−2Pa以下とすることを特徴とする請求項5又は6に記載のFe−Ti焼結部材の製造方法。
【請求項8】
前記原料粉末充填工程の前に、金属製容器内部壁にBN若しくはカーボンを塗布することを特徴とする請求項5〜7のいずれかに記載のFe−Ti焼結部材の製造方法。
【請求項9】
前記軟質金属粉末が、Ti粉末、Ni粉末、及びNi量が40質量%以上のFe−Ni合金粉末のうちの少なくとも1種であることを特徴とする請求項3〜8のいずれかに記載のFe−Ti焼結部材の製造方法。
【請求項10】
前記Fe−Ti合金粉末が、150メッシュ以下の粉末であることを特徴とする請求項3〜9のいずれかに記載のFe−Ti焼結部材の製造方法。
【請求項11】
前記加圧焼結工程又は前記HIP工程の各昇温過程において、700℃に昇温するまでに、前記圧力まで昇圧することを特徴とする請求項3〜10のいずれかに記載のFe−Ti焼結部材の製造方法。
【請求項12】
前記原料粉末が、5〜30容量%の液体を含むことを特徴とする請求項3〜11のいずれかに記載のFe−Ti焼結部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−131950(P2006−131950A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−321858(P2004−321858)
【出願日】平成16年11月5日(2004.11.5)
【出願人】(000233572)日立粉末冶金株式会社 (272)
【Fターム(参考)】