説明

MEMSの技術による温度センサ及びその製造方法

【課題】多数の生物個体に取り付けて、健康や環境のモニタリングを行うことに適するセンサを実現するための技術を提供する。
【解決手段】本発明によるバイモルフ素子は、MEMSテクノロジによって製造されるMEMSデバイスであり、互いに向かい合うように、且つ、変位方向が相手に接近する方向となるように配される、2枚のバイモルフ板を有することを特徴とする。実施形態によっては、これら2枚のバイモルフ板は、いずれも、その板面が、前記バイモルフ板を支持する基体の底面及び/又は頂面に対して垂直になるように配されてもよい。実施形態によっては、バイモルフ板の上側部は前記基体の高さを超えず、その下側部は前記基体の底面の高さより低くはならないように配されてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MEMS(Microelectromechanical systems)テクノロジを利用して製造される、新規な構造を有するバイモルフ素子及びその製造方法に関する。このバイモルフ素子は、超低消費電力の温度センサへの応用に適している。
【発明の背景】
【0002】
近年、生体の健康や環境の状態をモニタリングすることに対する関心が高まっている。例えば、最近、新型の鳥インフルエンザの発生が問題となっているが(非特許文献1参照)、この鳥インフルエンザは、家畜のみならず人間への感染も報告され、死者が出るなどの重大な影響が報告されている。鳥インフルエンザについては、将来、ヒトを主要宿主とする株に突然変異する可能性が指摘されており、そのような新種が発生すると、爆発的な感染が発生し、多数の人命が失われ、経済活動にも重大な影響がでるなど、篤な被害が発生することが予想されている。そこで、特に養鶏が盛んな国や地域において、鳥インフルエンザの発生状況を監視し、感染の初期段階で鳥インフルエンザの発生を検出することができれば、罹患したニワトリや人間を隔離することによって、その後の感染の拡大の防止に役立ち、また、新型のインフルエンザが発生した場合においても、ワクチンの開発などのための時間を稼ぐことができるのではないかと考えられている。例えばこのような事情のため、健康や環境の状態をモニタリングするための技術は、これから大きな発展が望まれている分野の1つである。
【0003】
生体の健康状態をセンシングするためのセンサとして、温度センサは有望なセンサである。例えば、鳥インフルエンザに罹患したニワトリには、風邪をひいた人間と同様に、体温の上昇が見られる。健康なニワトリの体温は41.5〜42℃であるが、鳥インフルエンザに罹患したニワトリの体温は、通常、43℃以上となる。したがって、この体温をモニタリングすることができれば、健康なニワトリとそうでないニワトリとを簡単に区別することができる。しかしながら、例えば養鶏場には通常数万羽という数のニワトリが収容されている。従って、全てのニワトリに温度センサを取り付けることは当然不可能であり、たとえ1%のニワトリに温度センサを取り付けることとしても、その数は数百羽にのぼる。このような数の個体に対してモニタリングを行うためには、センサに特別の性能が求められる。
【0004】
その1つは省電力性である。個体数が多いので、センサを頻繁に交換する訳にはいかない。また、センサは生体に取り付けるものであり、センサの数も多いことから、データの収集は無線で行うことが好ましい。このためセンサに送信機を組み込む必要があるので、それを動作させるための電力が必要である。従って、熱感知素子が消費する電力は、できるだけ少なくする必要がある。
【0005】
次に求められることは、センサが低コストであることである。個体の数が多いので、1つ1つのセンサが高価であっては、費用の問題で、多数の個体にセンサを取り付けることは不可能になる。従って、個々のセンサを低価格で提供できなくてはならない。
【0006】
さらに、生体に取り付けるものであるから、小型・軽量であることが必要である。特にニワトリなどに取り付ける場合は、生体自体が小さいことからなおさらである。加えて、温度の測定を、高精度且つ高分解能で行いうるものでなくてはならない。例えば人間の例で言うと、体温が通常と0.5℃しか違わなくとも、風邪をひいているなどと認識しうるものである。従って、温度の測定誤差が大きいことは、正確な判断を下すためには許容されることができず、また、温度の分解能も高くなければならない。
【0007】
製造を容易にしてコストを下げ、小型軽量とするには、センサをIC回路に組み込んでしまうことが好ましい。それにはMEMSテクノロジを利用することが望ましいであろう。現在、MEMSベースの温度センサの開発にはいくつかの種類が存在するが、これらは、[1]抵抗を利用して温度測定を行うもの(非特許文献2)、[2]熱電対を利用して温度測定を行うもの(非特許文献3)、[3]表面弾性波(Surface Acoustic Wave;SAW)を利用して温度測定を行うもの(非特許文献4,5)、に分けられる。このうち[1]と[2]は開発が進んでおり、広く用いられているが、これらは消費電力が大きいという弱点があり、上述の健康・環境モニタリングという目的には適していない。[3]は、温度によって表面弾性波の速度が変化することを利用し、レーダーのようにRF信号を照射してその応答時間を測定することで温度を測定するものである(非特許文献4)。そのため、センサ自体には電力を必要とせず、消費電力の点では優れている。しかしながら、RF信号の照射・読み取り器が同時に読み取りを行うことができるパッシブSAWセンサの数は、せいぜい10個程度であり、また、読み取り可能な距離も、せいぜい10m程度である(非特許文献5)。前述のように、養鶏場には通常数万羽のニワトリが飼育されており、鳥インフルエンザの発生の検出には、少なくとも1%程度の個体には検出器を取り付けたいところであるので、必要とされる検出器の数は数100個のオーダーとなる。すると、多数の個体の温度測定を行う場合には、SAWセンサを利用することも難しい。従って、このセンサも上述の健康・環境モニタリングという目的には適していない。
【0008】
このほかに知られている温度センサとして、バイモルフを利用したものがある。バイモルフとは、異なる熱膨張率を有する2種類の材質を2層に積層した構造で、これを短冊状の平板とし、その一端を固定し、多端を自由端とする、いわゆる片持ち梁(カンチレバー)状に形成して用いられることが多い。バイモルフを構成する2種類の材質の熱膨張率が異なるため、温度が上がると梁部が反り返る。この変形を検知することにより、温度検知を行うことができる。バイモルフが変形すること自体は電力を必要とせずに生じるので、省電力性に優れ、この点で上述の健康・環境モニタリングのために適した面を持っている。
【0009】
特許文献1には、一方を温度センサ、もう一方をリセットスイッチとして利用する、2種類のバイモルフを用いた温度センサが開示されている。リセットスイッチ用バイモルフには、温度センサ用バイモルフを掛合する爪部が設けられている。温度が上昇すると、温度センサ用バイモルフが湾曲し、リセットスイッチ用バイモルフの爪部に掛合する。すると、温度が低下して温度センサ用バイモルフが元の形状に戻ろうとしても、爪部に掛合されているために元に戻ることができない。このため、このセンサは、過去に温度が所定値以上に上昇したことを記憶する記憶型センサとしての働きを有する。リセットスイッチ用バイモルフは圧電材料で作られており、電圧をかけると湾曲し、爪部を温度センサ用バイモルフから外す。すると、温度センサ用バイモルフは元の形状に戻ることができ、再び温度センサとして動作することが可能となる。特許文献2にも、過去の温度上昇を記憶する非接触型のICタグの発明において、温度センサとしてバイモルフを用いることが記載されている。
これらのセンサは、例えば保管中の荷物の温度が許容範囲内に保たれていたことを確認するなどの用途に用いられることを意図されており、例えば引用文献1であれば、顧客に温度センサ用バイモルフが反り返った状態を見せることにより、輸送中に温度上昇があったことを示すために用いられる。すなわち、これらのセンサは一種のヒューズとして作用する。これらの温度センサは、過去に温度が所定値以上に上昇したことを記憶することを目的に構成されているため、連続的な体温測定を行うことが必要な、上述の健康モニタリングの目的にはあまり適していない。例えば、特許文献1の構成では、バイモルフが反り返った状態を保持するという構造を有するため、連続的な体温測定を行うことは不可能である。また、特許文献1及び2のバイモルフ構造は、温度測定誤差を小さくすることができず、その点でも上述の健康モニタリングの目的に使用するには不十分である。
【0010】
特許文献3及び4には、長さの異なる複数のバイモルフ板を用いることにより、複数の温度を検知しうるように構成した温度センサが記載されている。しかしながら、これらのセンサはMEMSテクノロジを用いたマイクロセンサではなく、伝統的な機械加工によって製造されるものである。従って、センサのサイズは比較的大きく、製造コストも高い。さらに、これらの文献の図面に描かれるバイモルフセンサをMEMS製造プロセスで製造しようにも、それに適した形状をしていない。従って、これらのセンサも、上述の健康モニタリングという目的に使用するには適していない。さらに特許文献3及び4のバイモルフ構造も、特許文献1及び2のものと同様に、温度測定誤差を小さくすることができず、やはり上述の健康モニタリングの目的に使用するには不十分である。
【0011】
その他にも、既存のバイモルフ温度センサには、測定可能な温度範囲を広くとれないという欠点がある。生体の体温は、の変動可能範囲は5〜6℃と、比較的大きいにも関わらず、体調(病気)に応じた定常性が高く、また、体調(病気)によって、0.5℃以下の微妙な温度変化を呈するものである。従って、生体の温度を測定するセンサは、高精度の測定を行うことができると共に、広い温度範囲をも測定しうるものでなければならない。1つのバイモルフは、1点の温度にしか感度を有さないため、広い温度範囲を測定するには、1つのセンサに感知温度の異なる多数のバイモルフを組み込まなければならないが、特許文献1〜4に記載のバイモルフ構造は、そのような応用には適しておらず、製造コストやサイズが著しく増大してしまう。小型軽量で安価に製造が可能であり、測定可能な温度範囲が広く、且つ温度分解能の高いバイモルフ構造は、出願人の知る限り、従来技術には存在しない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
先行技術について上のように把握し、またそれらについて上のように考察してきた結果、発明者は、上述の要望を満たすような、生体の健康や環境のモニタリングに適するセンサは従来技術には存在せず、新規に開発する必要があるとの結論に至った。かかる背景の下、本発明は、多数の生体の健康のモニタリングや環境のモニタリングに好適に対応しうる、温度センサを実現するための技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明によるバイモルフ素子は、MEMSテクノロジによって製造されるMEMSデバイスであり、互いに向かい合うように、且つ、変位方向が相手に接近する方向となるように配される、2枚のバイモルフ板を有することを特徴とする。
【0014】
バイモルフ板を2枚使用し、これらが互いに相手に接近する方向に撓むように配することで、従来技術に比べて感知温度の誤差を著しく小さくすることができる。また、MEMSの精密加工技術によって製造するため、バイモルフ板の間隔や長さを精密に制御することができ、感知温度の異なる多数のバイモルフ素子を1つのセンサ素子に作り込むことが可能である。1つ1つの素子の感知温度の誤差が小さいため、例えば1℃という単位温度間隔を多数の感知温度に分割することができ、分解能の高い温度測定を行うことが可能である。また、バイモルフ素子自体は動作に電力を必要としないために、センサ全体の消費電力を下げる上で有利であり、さらに、MEMSテクノロジを用いることによって、デバイスを小型・安価に製造することができる。
【0015】
実施形態によっては、前記2枚のバイモルフ板は、いずれも、その先端部に、その変位方向に隆起した突端部を有してもよい。
【0016】
実施形態によっては、前記2枚のバイモルフ板は、いずれも、その板面が、前記バイモルフ板を支持する基体の底面及び/又は頂面に対して垂直になるように配されてもよい。
【0017】
実施形態によっては、前記バイモルフ板は、前記基体から側方へ延設されており、その上側部は前記基体の上部の高さを超えず、その下側部は前記基体の底部の高さより低くはならないように配されてもよい。
【0018】
実施形態によっては、前記2枚のバイモルフ板は、いずれも、他方の前記バイモルフ板に対向する面が絶縁体で形成され、前記他方のバイモルフ板とは対向しない面が導電材で形成されてもよい。ただし、前記他方のバイモルフ板と対向する面においても、前記バイモルフ板が変位して互いに接触しうる箇所においては、前記導電材との導通が得られるように構成されてもよい。
【0019】
本発明の実施形態は、上述の特徴の1つ以上を備えるMEMSバイモルフ素子を、複数有するMEMSバイモルフ素子複合体を含む。このMEMSバイモルフ素子複合体において、各MEMSバイモルフ素子の2枚のバイモルフ板の間隔は、他のMEMSバイモルフ素子の2枚のバイモルフ板の間隔とは異なるように構成されてもよい。
【0020】
本発明の実施形態は、上述の特徴の1つ以上を備えるMEMSバイモルフ素子、または、上述のMEMSバイモルフ素子複合体少なくともいずれかを備える温度センサを含む。この温度センサは、MEMSバイモルフ素子又はMEMSバイモルフ素子複合体の、前記2枚のバイモルフ板の接触を検知することによって、熱を検知するように構成される。
【0021】
本発明の実施形態は、MEMS製造プロセスによって、2枚のバイモルフ板を、互いに向かい合うように、且つ、変位方向が相手に接近する方向となるように形成することを特徴とする、MEMSバイモルフ素子の製造方法を含む。
【0022】
本発明の範囲に含まれる、様々な特徴やその利点は、添付図面を参照しつつ、以下により詳しく説明される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明によるMEMSバイモルフ素子100の概念を説明するための図である。
【図2】図1のMEMSバイモルフ素子を30組、1つの枠型の基体に作り込んだ例を描いた図である。
【図3】本発明によるMEMSバイモルフ素子複合体の温度検知能力のシミュレーション結果を示す図である。
【図4】本発明によるMEMSバイモルフ素子のバイモルフ梁の先端形状として取りうる例をいくつか描いた図である。
【図5】本発明によるMEMSバイモルフ素子の製造プロセスの一例を説明するための図である。
【図6】本発明によるMEMSバイモルフ素子を温度センサに利用する場合の回路構成の概要を説明するための図である。
【好適な実施形態の詳細な説明】
【0024】
図1は、本発明によるMEMSバイモルフ素子100の概念を説明するための図である。MEMSバイモルフ素子100は、基部110の側面110bから側方へ延設された2本のバイモルフ板120及び130を有する。図示されるように、バイモルフ板120及び130は、その一端が基部110の側面110bに支持されており、その他端は固定されない自由端となっている。すなわち、いわゆる片持ち梁(カンチレバー)構造を有している。また、バイモルフ板120及び130は、互いに向かい合うように配されており、その変位方向(たわみ方向)は、それぞれ相手に接近する方向となるように配されている。
【0025】
バイモルフ板120及び130は2層構造を有している。本実施例において、他方のバイモルフ板に対向する面の層120a,130aは基材であり、MEMSで用いられる基材物質、例えばシリコン、ガラス、セラミック、ポリマー等であることができる。また、実施例によっては金属であってもよい。層120a,130aの材料は、基部110の材料と同じ材料であることができ、従って、MEMS製造プロセスを用いて、バイモルフ板120及び130の基体層120a,130aを、基部110と一体に形成することができる、
【0026】
本実施例におけるバイモルフ板120及び130において、他方のバイモルフ板に対向しない面の層120b,130bは導電材で形成されており、例えば、金属、酸化物、窒化物などから形成されることができる。導電層120b,130bの形成は、例えば薄膜形成技術を用いて行うことができ、例えば、スパッタリング法、電気めっき、無電解めっき、PVD、CVD、化学析出法等によって行うことができる。図示される実施例においては、基部110の部分110d,110eにも、導電層120b,130bと同じ材料でコーティングがされており、これらは導電層120b,130bと外部との導通を図るために用いることができる。
【0027】
バイモルフ板120及び130の長さは、MEMS製造プロセスで製造可能であればよく、例えば、数10nmから数mmの長さであることができる。また、基体層120a,130aの厚さや上層120b,130bの厚さは、検知する温度や層材料の熱膨張係数(CTE)によって決定されるべきものであるが、好適には、基体層・上層ともに、数10nm〜100μmの厚さであることができる。
【0028】
対抗面の層120a,130aの材料および裏面の層120b,130bの材料は、裏面の層120b,130bの熱膨張率が、対抗面の層120a,130aの熱膨張率よりも大きくなるように選定される。このため、温度が上がると、バイモルフ板120及び130は、それぞれ、相手に接近するように湾曲し、最終的にはその先端部において互いに接触する。接触点において、導電材の層120bと130bが電気的に接触するように構成しておけば、導通が生じたことを検出することにより、温度が所定値以上であることを感知することができる。
【0029】
上述のように、バイモルフ板120と130とが湾曲して接触したときに導電層120bと130bとが導通するように、接触が生じる部分においては、導電層120bや130bとが電気的に接触しうるような何らかの処理がされている必要がある。本実施例においては、バイモルフ板120及び130の先端部に、その湾曲方向に隆起した突端部120c,130cが設けられており、導電層120bと130bが、これら突端部120c及び130cの表面にまで形成されている。したがって、バイモルフ板120及び130が湾曲してこれらの突端部120c及び130cが互いに接触すると、導電層120bと130bとが電気的に接触することになり、導通が得られることになる。
【0030】
図示される通り、本発明のMEMSバイモルフ素子は、2本のバイモルフカンチレバーを、対向するように、且つ、その変位方向が、それぞれ互いに接近する方向になるように、配置していることを特徴とする。そして、これらの接触により熱が所定値以上に上昇したことを検知しうるように構成されている。2本のレバーの撓みにより熱を感知するように構成したことにより、従来のレバーが1本の場合に比べて、より高精度に熱を感知することが可能となった。従来のレバーが1本の場合、レバーが撓んで接点に接触する温度の感度はおよそ0.5℃であったが、本発明の実施形態の場合、これを約0.1℃まで上げることができた。
【0031】
周知の通り、生体の体温における0.5℃の違いは小さくはなく、例えば人間において、体温36.5℃は正常と見なされるものの、体温37℃は明らかに病気に罹っていると分類される。したがって、感度0.5℃という従来のバイモルフ温度センサの精度では、健康状態と病気の状態とを十分に見分けることができず、生体の温度計測には全く不十分であった。しかし、本発明の実施形態によれば、感度を0.1℃まで上げることができたので、生体の温度計測に用いることも十分可能である。
【0032】
また、熱バイモルフによる温度検出は、バイモルフが熱で撓んで接点に接触することを検出するものであるので、1つのバイモルフ素子は、ある特定の温度しか検出できない。複数の温度を検出する場合は、特許文献3及び4に記載のように、それぞれ感知温度の異なる複数のバイモルフ素子をセンサ素子に作り込む必要がある。しかしながら、特許文献3や4に代表される従来技術においては、バイモルフそのものの熱感知誤差が大きく、さらに機械加工誤差も比較的大きかったので、各バイモルフの検知温度差をそれほど小さくすることはできなかった。すなわち、例えば0.5℃ステップなど、大雑把な分解能でしか測定しかできず、温度分解能に優れたバイモルフ温度センサを作ることはできなかった。
【0033】
これに対して本発明によるMEMSバイモルフ素子は、2本のバイモルフカンチレバーを用いることによる温度検知誤差の低下に加え、MEMSデバイスであるため、カンチレバーの長さや厚さ、2本のカンチレバーの間の間隙を精密に制御できる。例えば、本発明によるMEMSバイモルフ素子100の感知温度は、バイモルフカンチレバー120,130の基体層120a,130a及び上層120b,130bの、厚さや長さ、材質が決まれば、バイモルフカンチレバー120,130間の間隙の大きさによって定まるが、MEMS製造プロセスでは、この間隙の大きさを精密に制御することができる。したがって、この間隙の大きさを変えた多数のバイモルフ素子を1つのセンサに形成することにより、高い温度分解能を有する温度センサを形成することができる。
【0034】
図2は、図1のMEMSバイモルフ素子を30組、1つの枠型の基体に作り込んだ例(MEMSバイモルフ素子複合体200)を描いたものである。この図において、符号202で示した構造の1つ1つが、それぞれ、図1のMEMSバイモルフ素子100に相当する。図には符号202を3カ所にしか付していないが、図2からは、同等の構造が全部で30個描かれていることが容易に判別できるであろう。これらのバイモルフ構造202は、それぞれ、2本のバイモルフ腕の間隙が他のバイモルフ構造202とは全て異ならせてある。すなわち、2本のバイモルフ腕の接触が生じる温度は、バイモルフ素子202毎にそれぞれ異なるように、言い換えれば、感知温度が全て異なるように、構成されている。実施例のMEMSバイモルフ素子複合体200の場合、接触温度の差は0.2℃に設定されている。全部で30個のバイモルフ熱感知構造が形成されているため、0.2℃の分解能で、6℃の範囲に亘って温度測定を行うことができる。
【0035】
図3は、図2のようなMEMSバイモルフ素子複合体の温度検知能力のシミュレーション結果を示すものである。ただし、図のものとは異なり、バイモルフ素子要素は全部で20個としている。分解能は0.2℃であるため、温度検知範囲は4℃である。また、バイモルフ腕の基体層の材料はシリコン、上層の材料はニッケルとし、基体層の厚さを3μm、上層の厚さを0.3μmとした。図3の横軸は温度、縦軸はバイモルフ腕間の間隙である。図3に示される通り、39.5℃〜43.5℃の範囲に亘って、感知温度(2本のバイモルフ腕が接触する温度)とバイモルフ腕間の間隙の間には、きれいな線形関係がある。
【0036】
図1に描かれるように、本実施例によるMEMSバイモルフ素子100において、バイモルフ腕120,130は、基部110の上面110a及び底面110cに対して側方に延びているが、その上側は110aの高さを超えず、その下側も底面110cの高さよりも低くはならないように構成されている。また、バイモルフ腕120,130の板面が、基部110の上面110a及び底面110cに対して垂直になるように配置されており、バイモルフ腕120,130の変位方向が、互いに接近する方向、すなわち基部110の上面110a及び底面110cに対して平行となるので、図1に描かれる無変位状態のみならず、バイモルフ腕120,130が撓む変位状態にあっても、バイモルフ腕120,130の上側及び下側が、基部110の上面110a及び底面110cで画定される高さの範囲を超えることがない。
【0037】
バイモルフ腕120,130が基部110の上面110a及び底面110cで画定される高さの範囲を超えることがないため、図1におけるバイモルフ腕120,130の上方や下方に何らかの要素があったとしても、バイモルフ腕120,130の動作には支障がない。これはすなわち、MEMSバイモルフ素子100は、回路基板上に載せる必要は必ずしもなく、回路基板に一体化して形成することが可能であることを意味する。また、図1の上面110aの上や底面110cの下に別の回路要素を載せることも可能である。これらの特徴は、センサの小型化や低コスト化に非常に有利である。MEMSバイモルフ素子100を多数備えるMEMSバイモルフ素子複合体200においても、これらの利点が失われていないことが、図2から明らかに理解できるであろう。MEMSバイモルフ素子100やMEMSバイモルフ素子複合体200の上記の特徴は、ICへパッケージングする上で、非常に有利な特徴である。
【0038】
前述のように、図1のMEMSバイモルフ素子100においては、バイモルフ腕120,130の先端部に、それぞれの腕の湾曲方向に隆起した突端部120c,130cが設けられる。この突端形状には2つの機能があり、1つはバイモルフ腕120,130が湾曲する際に、これらを確実に接触させることであり、もう1つは、接触面積を小さくすることである。接触面積を小さくすることは、接触したバイモルフ腕120と130とが貼り付いて離れられなくなってしまうことを防止することに役立つ。
【0039】
構造がμm、nmのオーダーになってくると、分子間力の影響が無視できなくなり、MEMSデバイスでは、しばしば、構造体同士が分子間力によって貼り付いてしまうことが問題となる。この問題は、温度ヒステリシス(Thermal Hysteresis)として知られており、MEMSベースの赤外線イメージングシステムにおいて検討されている(非特許文献6,7)。
【0040】
MEMSバイモルフ素子100においても、もしバイモルフ腕120と130とが貼り付いて互いに離れられなくなってしまうと、それ以上温度の検出ができなくなってしまう。従ってこのような事態が起きることはできるだけ避けたい。しかしながら、バイモルフ腕の先端を本実施例のような突端形状によれば、隆起部120c,130cの形状が突端形状になっており、接触面積を小さくすることができるので、接触時の分子間力の影響を最小限に抑えることができ、貼り付きを防ぐことができる。
【0041】
図1の例においては、隆起部120c,130cの形状は、半円形の断面を有するものとなっているが、隆起部の形状は、むろんこれに限定されるものではない。例えば、図4に描かれているように、断面が円形のもの、六角形のもの、四角形のもの、台形のもの、カギ型のもの、など、様々なものであることができる。図2のように多数のバイモルフ素子を作り込む場合に、ある素子における隆起部の形状と他の素子における隆起部の形状とが異なっていてもよい。これらの形状は、既存のMEMS製造方法によって、容易に形成することが可能である。
【0042】
本発明によるMEMSバイモルフ素子やその複合体は、小型・安価に製造することができ、高範囲且つ高分解能の温度測定を行うことができ、さらにバイモルフ自体の動作には電力が不要であるので、養鶏場のニワトリ等、多数の個体に取り付けて長期間のリアルタイム温度測定を行うような用途には、非常に好ましい特性を有している。従って、前述の健康・環境モニタリングという用途には最適と言える。むろん、本発明によるMEMSバイモルフ素子の用途はそれだけに限られず、如何なる用途に用いられてもよい。高範囲且つ高分解能の温度測定が可能であり、安価に製造が可能であり、ICへのパッケージングが容易であり、電力消費がないという特性は、様々な温度測定においても大きな利点となりうることは、容易に想像ができることである。
【0043】
図5は、本発明によるMEMSバイモルフ素子の製造プロセスの一例を説明するための図である。まずシリコンなどの基板を用意し(1)、これに基層の構造パターンを作り込む(2)。そして、導電層や回路を作り込むため、ニッケルなどで被膜を形成し(3)、エッチング技術を用いて必要な部分以外の被膜を取り除く(4)(5)。最後にバイモルフ腕の下部の基板をエッチングにより取り除けば(6)、バイモルフ及び回路が作り込まれたバイモルフ素子を得ることができる。
【0044】
図5には2つのバイモルフ素子構造が描かれており、いずれも、バイモルフ腕の長さや2本のバイモルフ腕の間隙が同じであるように見えるが、これらは、当然、異なっていても製造に問題がないことは言うまでもない。
【0045】
上記の製造プロセスは、従来からのCMOS製造プロセスと同様であるので、本発明によるMEMSバイモルフ素子は、単独で形成されることもできるが、他のCMOS回路と共に形成されることも可能である。
【0046】
図6は、本発明によるMEMSバイモルフ素子を温度センサに利用する場合の回路構成の概要を説明するための図である。本実施例による温度センサ600は、CPU602,メモリ604,送信機606,アンテナ608,バイモルフ素子610などを備える。また、図示されていないが、温度センサ600に電源を供給するバッテリーも備えられている。バイモルフ素子610は本発明に従うMEMSバイモルフ素子であり、例えば、前述のMEMSバイモルフ素子100やMEMSバイモルフ素子複合体200であることができる。CPU602は、バイモルフ素子610を定期的に監視し、素子610の2本のバイモルフ腕が接触したかどうかを調べる。調べる方法としては、電流が流れるか否かを検出する手法や、印加しておいた電圧の変化を検出する手法を用いることができる。CPU602は、バイモルフ素子610の監視結果をメモリ604に保存しておく。メモリ604には、CPU602に必要な制御を実行させるためのソフトウェアが格納されていてもよい。(このようなソフトウェアは、メモリ604とは別のメモリに記憶されていてもよい。)CPU602は、定期的に、メモリ604に保存したデータを、送信機606を用いて外部に送信する。データはアンテナ608を介して外部に送信される。通信方式としては、赤外線通信やBluetoothなど、既存のいかなる方式を用いてもよいが、消費電力が少なく、且つ、通信可能距離の長い方式を採用することが好ましい。
【0047】
以上、本発明の好適な実施例の詳細について説明してきたが、これらの説明や図面は本発明の範囲を限定する意図で提示されたものではなく、あくまで本発明の理解に資すべく提示されたものに過ぎないことは理解されたい。本発明の好適な実施形態のいくつかは、添付の特許請求の範囲に特定されているが、本発明の実施形態は、特許請求の範囲や明細書及び図面に明示的に記載されるものに限定されず、本発明の思想を逸脱することなく、様々な形態をとることが可能である。本発明は、本願特許請求の範囲や明細書及び図面に明示的に開示されるか否かにかかわらず、これらの書類から教示されうるあらゆる新規かつ有益な構成を、その範囲に含むものである。
【非特許文献1】Helen Pilcher, "Increasing virulence of bird flu threatens mammals", Nature 430 (4), 4(2004)
【非特許文献2】V.F. Mitin, P.C. McDonald, F. Pavese, N.S. Boltovets, V.V. Kholevchuk, I.Yu. Nemish, V.V. Basanets, V.K. Dugaev, P.V. Sorokin, R.V. Konakova, E.F. Venger and E.V. Mitin, "Ge-on-GaAs film resistance thermometers for cryogenic applications", Cryogenics 47 (9-10), 474-482 (2007).
【非特許文献3】Suhao He, Matthew M. Mench and Srinivas Tadigadapa, "Thin film temperature sensor for real-time measurement of electrolyte temperature in a polymer electrolyte fuel cell", Sens. Actuators A 125 (2), 170-177 (2006).
【非特許文献4】L. M. Reindl and I. M. Shrena, "Wireless measurement of temperature using surface acoustic waves sensors", IEEE Trans. Ultra. Ferroelectro. Freq. Control 51(11), 1457-1463 (2004).
【非特許文献5】G. Scholl, F. Schmidt and U. Wolff, "Surface Acoustic Wave Devices for sensor applications", Phys. Stat. Sol. (A) 185 (1), 47-58 (2001).
【非特許文献6】Y. Zhao, M. Mao, R. Horowitz, A. Majumdar, J. Varesi, P. Norton and J. Kitching, "Optomechanical uncooled infrared imaging system: design, microfabricaiton, and performance", J. Microelectromechanical Sys. 11 (2), 136-146 (2002).
【非特許文献7】J. L. Corbeil, N. V. Lavrik and S. Rajic, "Self-leveling uncooled microcantilever thermal detector", Appl. Phys. Lett. 81 (7), 1306-13.8 (2002).
【特許文献1】特開2006−208144号公報
【特許文献2】特開2006−58014号公報
【特許文献3】特開昭58−158826号公報
【特許文献4】実開昭58−78544号公報

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに向かい合うように、且つ、変位方向が相手に接近する方向となるように配される、2枚のバイモルフ板を有することを特徴とする、MEMSバイモルフ素子。
【請求項2】
前記2枚のバイモルフ板は、いずれも、その先端部に、その変位方向に隆起した突端部を有することを特徴とする、請求項1に記載のMEMSバイモルフ素子。
【請求項3】
前記2枚のバイモルフ板は、いずれも、その板面が、前記バイモルフ板を支持する基体の底面及び/又は頂面に対して垂直になるように配される、請求項1又は2に記載のMEMSバイモルフ素子。
【請求項4】
前記バイモルフ板は、前記基体から側方へ延設されており、その上側部は前記基体の高さを超えず、その下側部は前記基体の底面の高さより低くはならないように配される、請求項3に記載のMEMSバイモルフ素子。
【請求項5】
前記2枚のバイモルフ板は、いずれも、他方の前記バイモルフ板に対向する面が絶縁体で形成され、前記他方のバイモルフ板とは対向しない面が導電材で形成され、ただし、前記他方のバイモルフ板と対向する面においても、前記バイモルフ板が変位して互いに接触しうる箇所においては、前記導電材との導通が得られるように構成される、請求項1から4のいずれかに記載のMEMSバイモルフ素子。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに従うMEMSバイモルフ素子を複数有するMEMSバイモルフ素子複合体であって、各前記MEMSバイモルフ素子の前記2枚のバイモルフ板の間隔が、他の前記MEMSバイモルフ素子の前記2枚のバイモルフ板の間隔とは異なるように構成される、MEMSバイモルフ素子複合体。
【請求項7】
請求項1から5のいずれかに従うMEMSバイモルフ素子、または請求項6に記載のMEMSバイモルフ素子複合体少なくともいずれかを備える温度センサであって、前記MEMSバイモルフ素子又は前記MEMSバイモルフ素子複合体の前記2枚のバイモルフ板の接触を検知することによって熱を検知するように構成される、温度センサ。
【請求項8】
MEMS製造プロセスによって、2枚のバイモルフ板を、互いに向かい合うように、且つ、変位方向が相手に接近する方向となるように形成することを特徴とする、MEMSバイモルフ素子の製造方法。

【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−217120(P2010−217120A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−67117(P2009−67117)
【出願日】平成21年3月18日(2009.3.18)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.Bluetooth
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人科学技術新機構委託研究「戦略的創造研究推進事業(安全・安心のためのアニマルウォッチセンサの開発)」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】