説明

MS/MS型質量分析装置

【課題】 各段の四重極の間の空間のイオンの通過効率を向上させることにより分析感度の改善を図る。
【解決手段】 第1イオンレンズ12、第2イオンレンズ13、第1段四重極14、第2段四重極18及び第3段四重極20にそれぞれ直流電圧と高周波電圧を重畳した電圧を印加する電圧源30、33、36、39、42を独立に設け、制御部46より位相設定部32、35、8、41、44を介して相対的な位相をリアルタイムで高速に設定できるようにする。予備測定により質量数に応じた最適な位相値が求められ、これがテーブル47として制御部46に保持される。分析実行時には制御部46は、目的イオンの質量数に応じてテーブル46から対応する位相値を読み出して各電圧源30、33、36、39、42を制御し、任意の質量数のイオンに対する通過効率を改善する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はMS/MS型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、質量分析器として四重極質量フィルタを用いたMS/MS型質量分析装置が知られている。図2はこうした装置の概略構成図である。この質量分析装置では、第1段四重極2、第2段四重極3、第3段四重極5という3段の四重極が設けられ、第2段四重極3を覆うように衝突室4が形成されている。イオン源1から発した各種イオンはまず第1段四重極2に導入され、特定質量数を有する目的イオンのみが選択されて第1段四重極2を通過する。通過した目的イオンは親イオンとして第2段四重極3内に導入されるが、衝突室4内にはAr、N2等の衝突ガスが導入されており、イオンはこの衝突室4内で衝突ガス分子と衝突し、いくつかの娘イオンに開裂する。開裂により生成された娘イオンは第3段四重極5に導入され、ここで特定質量数を有する娘イオンのみが選択されて通過し、検出器6に到達して検出される。
【0003】
四重極2、3、5は例えばイオン光軸の周りを取り囲むように回転対称的に配置された4本の略円柱形状のロッド電極である。通常、この四重極2、3、5には、イオン光軸を挟んで対向する2本の電極を1組として、1組の電極には直流電圧Uに高周波電圧V・cosωtを重畳した電圧を印加し、他の1組の電極には直流電圧Uに先の高周波電圧とは逆位相である−V・cosωtを重畳した電圧を印加する。そして、四重極2、3、5を通過させるイオンの質量数に応じて電圧UとVとが適宜に定められる。
【0004】
上記構成において四重極2、3、5へ電圧を印加する電圧源をそれぞれ独立に設けた場合、たとえ高周波電圧の周波数を同一とした場合でもその位相の関係は電源投入の度毎に異なるものとなる。また、周波数が僅かでも相違すれば、時間が経過するとともに位相関係はずれてくる。隣接する四重極、即ち第1段四重極2と第2段四重極3との間、或いは第2段四重極3と第3段四重極5との間で、高周波電圧の位相関係が適切でない場合、前段の四重極から出たイオンの一部が次段の四重極による収束範囲内に突入せず、イオンの透過効率が低下してしまうおそれがある。
【0005】
従来、例えば特許文献1に記載のMS/MS型質量分析装置では、上記のような隣接四重極間での高周波電圧の周波数や位相の乱れを回避するため、各段の四重極に印加される電圧の高周波成分を同一周波数で且つ同一位相に設定するようにしている。それにより、隣接四重極間での電場の乱れがなくなりイオンがスムーズに通過するとされている。
【0006】
しかしながら、上記のような条件の下では隣接四重極間でイオンはスムーズに通過するものの、前段の四重極から出たイオンを次段の四重極へ引き込むような力も作用しないため、必ずしもイオンの通過効率が最良になるとは限らない。
【0007】
また、例えば第1段四重極2と第3段四重極5とでは通過させるイオンの質量数が相違し、また四重極内空間でのイオンの収束性を最適にするためには質量数に応じて高周波電圧の周波数を調整することが望ましいため、四重極に印加する高周波電圧の周波数を同一にするのではなくそれぞれ調整したいという要求もある。その場合には位相を同一に揃えることは困難である。
【0008】
【特許文献1】特開平7−240171号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明はこのような課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、隣接四重極間でのイオンの通過効率を従来よりもさらに高めて、分析感度や分析精度を向上させることができるMS/MS型質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明は、イオン源から送られてくる各種のイオンから特定質量数の目的イオンを選択して通過させる第1段多重極と、選択された前記目的イオンを開裂させる第2段多重極と、その開裂により生じた生成イオンの中の特定質量数の目的生成イオンを選択して通過させる第3段多重極と、選択された前記目的生成イオンを検出する検出器と、を具備するMS/MS型質量分析装置において、
a)前記第1段多重極に直流電圧と高周波電圧を重畳した電圧を印加するための第1電圧印加手段と、
b)前記第2段多重極に直流電圧と高周波電圧を重畳した電圧を印加するための第2電圧印加手段と、
c)前記第3段多重極に直流電圧と高周波電圧を重畳した電圧を印加するための第3電圧印加手段と、
d)前記第1乃至第3電圧印加手段により第1段乃至第3段多重極に印加される電圧のうち高周波電圧についてその位相を、通過させるイオンの質量数に応じてそれぞれ独立に設定する位相設定手段と、
を備えることを特徴としている。
【0011】
なお、上述したように2つの高周波電圧の間で周波数が揃っていない場合には、時間経過とともに両者の位相関係(つまり一方の電圧に対す他方の電圧の位相)はずれてくるから、ここで言う「高周波電圧の位相」とは、適宜に定めた基準となる高周波電圧に対する所定時点における位相、又は、上記第1乃至第3電圧印加手段による高周波電圧の間の相対的な位相のことである。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るMS/MS型質量分析装置では、第1段乃至第3段多重極は四重極、六重極、八重極、というように4以上の偶数の電極を有する構成とすることができる。本発明に係るMS/MS型質量分析装置では、例えば、質量数が既知である成分を含む複数の標準試料について各段の四重極に印加する高周波電圧の位相を変化させながら分析を行うことにより、各質量数に対して、イオンの通過効率が最適又はそれに近い状態となるような高周波電圧の位相を予め調べておく。こうした質量数と位相との関係を例えばテーブル化して或いは数式化して記憶部に保持しておき、位相設定手段は、分析実行時に質量数が指定されると上記記憶部に保持された情報に基づいて各四重極における最適な位相を求めて各四重極の位相を調整するようにしておくとよい。
【0013】
本発明に係るMS/MS型質量分析装置によれば、分析対象質量範囲内の任意の質量数を有するイオンを分析する際に、各四重極に印加される高周波電圧により生じる高周波電場、特に隣接する四重極間の空間に存在する高周波電場が、そのイオンを通過させるのに最適又はそれに近い状態となる。したがって、質量数に関係なく目的イオンの通過効率が向上するので、その結果、検出器におけるイオンの検出効率も向上する。そのため、質量分析の精度及び感度が向上するとともに、再現性が改善される。
【0014】
なお、本発明に係るMS/MS型質量分析装置において、位相設定手段としては、各電圧印加手段の高周波電圧の位相を高速で且つリアルタイムで設定可能な構成とすればよいが、それ以外に、第1乃至第3電圧印加手段により第1段乃至第3段多重極に印加される電圧のうち高周波電圧の位相をそれぞれモニタする位相監視手段をさらに備え、位相設定手段は、上記位相監視手段によりモニタされる各高周波電圧の位相が或る基準に対しそれぞれ所定の関係を維持するように、又は各高周波電圧の位相の相対的な関係が所定の関係を維持するように、各高周波電圧の位相を調整する構成としてもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の一実施例によるMS/MS型四重極質量分析装置を図面を参照して説明する。図1は本実施例によるMS/MS型四重極質量分析装置の要部の構成図である。
【0016】
この装置は、試料液を噴霧するノズル10と、サンプリングコーン11と、第1イオンレンズ12と、オクタポール型の第2イオンレンズ13と、第1プリロッド四重極15、及び第1メイン四重極16から成る第1段四重極14と、衝突室17内に配置された第2段四重極18と、第3プリロッド四重極21、及び第3メイン四重極22から成る第3段四重極20と、検出器23と、第1イオンレンズ12、第2イオンレンズ13、第1段四重極14、第2段四重極18、及び第3段四重極20にそれぞれ直流電圧と高周波電圧とを重畳した電圧を印加する第1乃至第5電圧源30、33、36、39、42と、第1乃至第5電圧源30、33、36、39、42に対し高周波電圧の位相をそれぞれ独立に設定するための位相設定部32、35、38、41、44と、 第1乃至第5電圧源30、33、36、39、42よりそれぞれ印加される高周波電圧の位相をモニタする位相モニタ部31、34、37、40、43と、第1乃至第5電圧源30、33、36、39、42やサンプリングコーン11などに直流電圧を供給する直流電圧源45と、上記各部の動作を制御する制御部46と、を備える。
【0017】
なお、ここでは図示しないが、ノズル10から検出器23までのイオンが通過する経路は複数に区画された真空室内に配設され、検出器23に近いほど真空度は高く設定されている。
【0018】
この質量分析装置の基本的な動作を概略的に説明する。この装置の前段には液体クロマトグラフが設けられ、液体クロマトグラフのカラムで分離された試料液がノズル10に導入される。ノズル10から片寄った電荷を付与されつつ略大気圧雰囲気中に噴霧された試料液の液滴から溶媒が気化する過程で試料に含まれる各種成分はイオン化され、サンプリングコーン11を通過して後段へと送られる。このイオンは、第1イオンレンズ12及び第2イオンレンズ13を通過する際に収束され、場合によっては加速されて、第1段四重極14に導入される。第1段四重極14には様々な質量数を有するイオンが導入されるが、特定の質量数を有する目的イオンのみが第1段四重極14を選択的に通過して次段の衝突室17に送られ、それ以外のイオンは途中で発散してしまう。
【0019】
衝突室17内にはガス供給管19よりアルゴンガス等の所定の衝突ガスが導入されており、上記目的イオンは第2段四重極18により形成される電場内を通過する際に衝突ガス分子に衝突すると開裂する。即ち、上記目的イオンが親イオンとなって娘イオンを生成する。開裂の態様は様々であるため、このとき発生する娘イオンの質量数も様々である。これら各種の娘イオンは衝突室17から出て第3段四重極20に導入され、特定の質量数を有する娘イオンのみが第3段四重極20を選択的に通過して検出器23に送られ、それ以外のイオンは途中で発散してしまう。こうして検出器23には特定の質量数を有する娘イオンのみが到達しその数に応じたイオン電流が流れ、検出信号として出力される。
【0020】
次に、本実施例のMS/MS型質量分析装置に特徴的な動作について説明する。この質量分析装置では、未知試料の測定に先立ち、制御部46において位相値テーブルを作成するために複数の相異なる質量数を有する成分を含有する標準試料を用いて予備測定が実行される。
【0021】
予備測定では、第1乃至第5電圧源30、33、36、39、42でそれぞれ直流電圧に重畳させる高周波電圧の周波数を規定の値に設定し、位相を互いに徐々に変化させながら検出信号のピーク値をモニタし、ピーク値が最大となるような位相を見い出す。ここで位相とは、或る基準周波数Frの信号に対し、或る時点Trにおける位相のずれ量として定義する。そして、通過するイオンの質量数を変化させたものについて、各電圧源30、33、36、39、42における最適位相値を順次求め、これを例えばテーブル化して位相値テーブル47に格納しておく。なお、求めた位相値をテーブル化するのではなく例えば数式化する等、他の形態で以て制御部46の内部に記憶させておいてもよい。また、上記のような最適位相値の算出動作は、例えば各部に印加される電圧値の調整や質量校正などのオートチューニングと同時に行うことができる。
【0022】
目的試料の分析を行う際に、制御部46には親イオンの質量数と娘イオンの質量数とが設定される。分析が開始されると、制御部46はその質量数などに応じて第1乃至第5電圧源30、33、36、39、42に対し電圧値などを設定するとともに、位相値テーブル47から上記のような質量数に対応した位相値を読み出し、位相設定部32、35、38、41、44を介して高周波電圧の位相を設定する。位相値テーブル47内に対応する質量数のデータがない場合には、近接する質量数に対応するデータに基づいて内挿処理等により近似的に位相値を求めればよい。
【0023】
所定の質量範囲で質量走査を行う場合には、位相値テーブル47から各質量数に対応した位相値を順次読み出して、それぞれの高周波電圧の位相が時間経過に伴って順次変化するように位相設定部32、35、38、41、44を介して高周波電圧の位相を設定すればよい。
【0024】
上記のように第1イオンレンズ12、第2イオンレンズ13、第1段四重極14、第2段四重極18、及び第3段四重極20に印加される電圧のうちの高周波成分の位相が設定されると、目的とする質量数を持つ親イオンは高い効率で以て第1イオンレンズ12と第2イオンレンズ13との間の空間、第2イオンレンズ13と第1段四重極14との間の空間、及び第1段四重極14と第2段四重極18との間の空間を通過して、衝突室17内の第2段四重極18の内部空間に導入される。そして、ここで衝突ガス分子と衝突して開裂し、各種の娘イオンを生成する。生成された娘イオンの中で目的とする質量数を持つ娘イオンは高い効率で以て、第2段四重極18と第3段四重極20との間の空間を通過して第3段四重極20に導入され、ここで目的とする質量数を持つ娘イオンのみが選択されて通過し検出器23に到達する。これにより、検出器23には目的とする親イオンの開裂によって生成された目的とする娘イオンが高い効率で以て到達し、高い感度の分析を行うことができる。
【0025】
なお、上記実施例はLC/MSに本願発明を適用したものであるが、GC/MS等、MS/MS型質量分析装置であればその適用範囲は上記記載に限るものではない。また。上記実施例は一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正を行っても本願発明に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の一実施例によるMS/MS型質量分析装置の要部の構成図。
【図2】従来のMS/MS型質量分析装置の概略構成図。
【符号の説明】
【0027】
10…ノズル
11…サンプリングコーン
12…第1イオンレンズ
13…第2イオンレンズ
14…第1段四重極
15…第1プリロッド四重極
16…第1メイン四重極
17…衝突室
18…第2段四重極
19…ガス供給管
20…第3段四重極
21…第3プリロッド四重極
22…第3メイン四重極
23…検出器
30、33、36、39、42…電圧源
31、34、37、40、43…位相モニタ部
32、35、38、41、44…位相設定部
45…直流電圧源
46…制御部
47…位相値テーブル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン源から送られてくる各種のイオンから特定質量数の目的イオンを選択して通過させる第1段多重極と、選択された前記目的イオンを開裂させる第2段多重極と、その開裂により生じた生成イオンの中の特定質量数の目的生成イオンを選択して通過させる第3段多重極と、選択された前記目的生成イオンを検出する検出器と、を具備するMS/MS型質量分析装置において、
a)前記第1段多重極に直流電圧と高周波電圧を重畳した電圧を印加するための第1電圧印加手段と、
b)前記第2段多重極に直流電圧と高周波電圧を重畳した電圧を印加するための第2電圧印加手段と、
c)前記第3段多重極に直流電圧と高周波電圧を重畳した電圧を印加するための第3電圧印加手段と、
d)前記第1乃至第3電圧印加手段により第1段乃至第3段多重極に印加される電圧のうち高周波電圧についてその位相を、通過させるイオンの質量数に応じてそれぞれ独立に設定するための位相設定手段と、
を備えることを特徴とするMS/MS型質量分析装置。
【請求項2】
前記位相設定手段は、イオンの質量数とそのイオンが通過する際の各多重極の好適な位相との関係を表す情報を保持させた記憶部を備え、分析実行時に、前記記憶部に保持された情報に基づいて各多重極の位相を調整することを特徴とする請求項1に記載のMS/MS型質量分析装置。
【請求項3】
前記第1乃至第3電圧印加手段により第1段乃至第3段多重極に印加される電圧のうち高周波電圧の位相をそれぞれモニタする位相監視手段をさらに備え、前記位相設定手段は、前記位相監視手段によりモニタされる各高周波電圧の位相が或る基準に対しそれぞれ所定の関係を維持するように、又は各高周波電圧の位相の相対的な関係が所定の関係を維持するように、各高周波電圧の位相を調整することを特徴とする請求項1に記載のMS/MS型質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−278024(P2006−278024A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−92238(P2005−92238)
【出願日】平成17年3月28日(2005.3.28)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】