説明

MnZn系フェライトの製造方法

【課題】 広温度帯域においてコアロスが小さく、さらに高温度下(高温貯蔵試験)においてもコアロスの劣化が少なく、コアロスの劣化率のバラツキが小さく、磁気的安定性に優れ、高い信頼性を有するMnZn系フェライトを製造する方法を提供すること。
【解決手段】 所定の基本成分中に、副成分としてCo酸化物を含むMnZn系フェライトを製造する方法において、焼成時の降温工程における雰囲気ガスを、酸素分圧を制御した雰囲気から、窒素雰囲気に切り替える際の雰囲気切り替え温度α1(℃)とし、窒素を切り替えた後の冷却速度α2(℃/hrs.)とした場合に、前記α1を、900≦α1≦1175とし、前記α1とα2との関係を、3.8≦α1/α2≦200とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MnZn系フェライトの製造方法に係り、さらに詳しくは、スイッチング電源などの電源トランス等の磁心に用いられ、特に広温度帯域において電力損失(コアロス)が小さく、さらに高温度下(高温貯蔵試験)においてもコアロスの劣化およびコアロスの劣化率のバラツキが少なく、磁気的安定性に優れ、信頼性の高いMnZn系フェライトの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、各種電子機器には、小型化、薄型化、高性能化などの要求が高まっている。スイッチング電源などにおいても、電源トランス等の小型化、薄型化などが求められており、トランスを小型化、薄型化するためには、磁心のコアロスの低減が不可欠となってくる。さらに電源等の動作環境を考慮すると、広温度帯域においてコアロスが小さく、さらに電子回路の熱暴走を防止する等のために高温度下(高温貯蔵試験)においてもコアロスの劣化が少なく磁気的安定性に優れた高信頼性の磁心が要求される。
【0003】
このような要求のもと、これまでMnZn系フェライトにCoを適量固溶させることにより、広温度帯域においてコアロスを小さくするための提案がいくつかなされている(特許文献1〜13参照)。
【0004】
ここで、Coを固溶させることによりコアロスを広温度帯域で小さくできる理由について述べる。コアロスを支配する因子として結晶磁気異方性定数K1があるが、コアロスの温度特性はK1の温度変化にともない変化し、K1=0となる温度でコアロスは極小値となる。コアロスを広温度帯域で小さくするためには、広温度帯域でK1を0に近づけなければならない。この定数K1はフェライトの主相であるスピネル化合物の構成元素により異なるが、MnZn系フェライトの場合、Coイオンを固溶させることによりK1の温度依存性を小さくし、磁気損失温度係数の絶対値を小さくすることができると考えられる。
【0005】
一方で、さらに電源等の動作環境を考慮したときの電子回路の熱暴走を防止する等のために、高温度下(高温貯蔵試験)においてのコアロス特性の安定性や信頼性を高めることが重要である。しかしながら、下記の特許文献1〜13では、高温度下(高温貯蔵試験)においてのコアロス特性の安定性や信頼性を高めるための手段については述べられていない。
【0006】
これに対して、本出願人は、先に、特許文献14において、高温度下においてのコアロス特性の安定性や信頼性を高めるための手段を提案している。しかしその一方で、さらなる高性能化という観点より、広温度帯域におけるコアロスの低減と、高温度下(高温貯蔵試験)におけるコアロスの安定性と、をバランス良く達成することが求められていた。
【0007】
【特許文献1】特開平6−290925号公報
【特許文献2】特開平6−310320号公報
【特許文献3】特開平8−191011号公報
【特許文献4】特開平9−2866号公報
【特許文献5】特開平9−134815号公報
【特許文献6】特開平13−80952号公報
【特許文献7】特開平13−220146号公報
【特許文献8】特開2002−231520号公報
【特許文献9】特公昭61−11892号公報
【特許文献10】特公昭61−43291号公報
【特許文献11】特公平4−33755号公報
【特許文献12】特公平5−21859号公報
【特許文献13】特公平8−1844号公報
【特許文献14】特開2004−292303号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような実状に鑑みてなされ、その目的は、たとえば、スイッチング電源などの電源トランス等の磁心として用いられ、広温度帯域においてコアロスが小さく、さらに高温度下(高温貯蔵試験)においてもコアロスの劣化およびコアロスの劣化率のバラツキが少なく、磁気的安定性に優れ、高い信頼性を有するMnZn系フェライトを製造するための方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、所定の基本成分中に、副成分としてCo酸化物を含むMnZn系フェライトを製造する方法において、焼成時の降温工程における雰囲気ガスを、酸素分圧を制御した雰囲気から、窒素雰囲気に切り替える際の雰囲気切り替え温度α1(℃)を所定の範囲とするとともに、このα1(℃)と、窒素を切り替えた後の冷却速度α2(℃/hrs.)と、を一定の関係とすることにより、上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明に係るMnZn系フェライトの製造方法は、
MnZn系フェライトの基本成分中に、副成分として、Co酸化物を含有するMnZn系フェライトを製造する方法であって、
温度を高温に保持する高温保持工程と、その後、温度を冷却する降温工程と、を含む焼成工程を有しており、
前記降温工程は、雰囲気ガスを、酸素分圧を制御した雰囲気から、窒素雰囲気に切り替える雰囲気切り替え温度(℃)を有しており、前記雰囲気切り替え温度(℃)をα1とし、雰囲気ガスを窒素雰囲気に切り替えた後の冷却速度(℃/hrs.)をα2とした場合に、前記α1を、900≦α1≦1175とし、前記α1とα2との関係を、3.8≦α1/α2≦200とする。
【0011】
本発明のMnZn系フェライトの製造方法において、好ましくは、前記基本成分の比率が、Fe:51.5〜57.0mol%、ZnO:0〜15mol%(ただし、0は含まず)、残部が実質的にMnOであり、前記Co酸化物の含有量が、Co換算で0〜5000ppm(ただし、0は含まず)である。
【0012】
本発明のMnZn系フェライトの製造方法において、好ましくは、前記MnZn系フェライトが、その他の副成分として、SiO:50〜220ppm、CaO:120〜1400ppmを、さらに含有する。
【0013】
本発明のMnZn系フェライトの製造方法において、好ましくは、前記MnZn系フェライトが、その他の副成分として、Nb:0〜500ppm(ただし、0は含まず)、ZrO:0〜500ppm(ただし、0は含まず)、Ta:0〜1000ppm(ただし、0は含まず)、V:0〜500ppm(ただし、0は含まず)、HfO:0〜500ppm(ただし、0は含まず)、SnO:0〜1.000wt%(ただし、0は含まず)、TiO:0〜1.000wt%(ただし、0は含まず)、NiO:0〜5.000wt%(ただし、0は含まず)、In:0〜1.000wt%(ただし、0は含まず)、MoO:0〜1000ppm(ただし、0は含まず)のうちの少なくとも1種を、さらに含有する。
【0014】
本発明のMnZn系フェライトの製造方法において、好ましくは、前記MnZn系フェライト中のPおよびBの含有量が、P≦35ppmまたはB≦35ppmである。
【発明の効果】
【0015】
本発明の製造方法により得られるMnZn系フェライトは、所定の基本成分中に、副成分としてCo酸化物を含んでいる。そのため、広温度帯域においてコアロスの小さいMnZn系フェライトを提供することができる。
【0016】
しかも、本発明の製造方法においては、所定の基本成分中に、副成分としてCo酸化物を含むMnZn系フェライトを製造する際に、焼成時の降温工程における雰囲気切り替え温度α1(℃)を所定の範囲とするとともに、このα1(℃)と、その後の冷却速度α2(℃/hrs.)と、の関係を3.8≦α1/α2≦200とする。そのため、広温度帯域においてコアロスを小さくできることに加えて、高温度下(高温貯蔵試験)においてもコアロスの劣化率が少ないとともに、このコアロスの劣化率のバラツキが小さく、さらには、磁気的安定性に優れ、高い信頼性を有するMnZn系フェライトを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を、図面に示す実施形態に基づき説明する。
図1は本発明の一実施形態に係るMnZn系フェライトを製造する際の焼成工程を説明するための図である。
【0018】
MnZn系フェライト
本発明の製造方法について説明する前に、本発明の製造方法により得られるMnZn系フェライトについて説明する。
本発明の一実施形態に係るMnZn系フェライトは、本発明の製造方法により得られるフェライトであり、酸化鉄(Fe)、酸化亜鉛(ZnO)および酸化マンガン(MnO)からなる基本成分中に、副成分として、少なくとも、Co酸化物を含有する。
【0019】
上記基本成分の比率は、Feが、好ましくは51.5〜57.0mol%、ZnOが、好ましくは0〜15mol%(ただし、0は含まず)、残部が実質的にMnOである。
【0020】
Feの組成が51.5mol%より小さくなるか、またはZnOの組成が15mol%よりも大きくなると、高温貯蔵試験前の初期のコアロスが大きく、所望の25〜120℃の広温度帯域における低コアロス化が困難となる。Feの組成が57.0mol%より大きくなると、高温貯蔵試験前の初期のコアロスが大きく、所望の25〜120℃の広温度帯域における低コアロス化が困難となる。また、ZnOの組成が0mol%の場合には、焼結体の相対密度が低下してしまい、高温貯蔵試験前初期のコアロスが大きく、所望の25〜120℃の広温度帯域における低コアロス化が困難となる。
【0021】
Co換算でのCo酸化物の含有量は、0〜5000ppm(ただし、0は含まず)である。Co換算でのCo酸化物の含有量が0ppmとなると、高温貯蔵試験前の初期のコアロスが大きく、所望の25〜120℃の広温度帯域における低コアロス化が困難となる。またCo換算でのCo酸化物の含有量が5000ppmよりも大きくなると、特に高温側での高温貯蔵試験前の初期のコアロスが大きく、所望の25〜120℃の広温度帯域における低コアロス化が困難となる。
【0022】
本実施形態のフェライトは、好ましくは、その他の副成分として、SiO:50〜220ppm,CaO:120〜1400ppmをさらに含有する。SiOおよびCaOを上記所定量含有させることにより、焼結性を向上させるとともに、結晶粒界に高抵抗層を形成させることができる。
【0023】
SiOの含有量が50ppmより小さくなるか、またはCaOの含有量が120ppmより小さくなると、焼結が促進されにくくなるとともに、結晶粒界に充分な高抵抗層が形成されにくくなる。そのため、この場合には、SiOまたはCaOの含有量以外は同じ組成としたものと比較して、高温貯蔵試験前の初期のコアロスおよび高温貯蔵試験後のコアロスが大きくなる傾向にある。
【0024】
また、SiOの含有量が220ppmより大きくなるか、またはCaOの含有量が1400ppmより大きくなると、結晶の異常粒成長が起こりやすくなるとともに粒界層が過剰に形成されやすくなる。そのため、この場合には、SiOまたはCaOの含有量以外は同じ組成としたものと比較して、高温貯蔵試験前の初期のコアロスおよび高温貯蔵試験後のコアロスが大きくなる傾向にある。
【0025】
本実施形態のフェライトは、好ましくは、さらにその他の副成分として、Nb:0〜500ppm(ただし、0は含まず)、ZrO:0〜500pm(ただし、0は含まず)、Ta:0〜1000ppm(ただし、0は含まず)、V:0〜500ppm(ただし、0は含まず)、HfO:0〜500ppm(ただし、0は含まず)、SnO:0〜1.000wt%(ただし、0は含まず)、TiO:0〜1.000wt%(ただし、0は含まず)、NiO:0〜5.000wt%(ただし、0は含まず)、In:0〜1.000wt%(ただし、0は含まず)、MoO:0〜1000ppm(ただし、0は含まず)のうちの1種以上を含有する。
【0026】
副成分として、Nb,ZrO,Ta,V,HfOのうちの1種以上を含有させることで、フェライトの結晶粒界に高抵抗層を形成して、コアロス(主としてヒステリシス損失と渦電流損失)中の特に渦電流損失を低減させることができる。そのため、これらの副成分を含有させることで、これらの副成分を含まない以外は同じ組成としたものと比較して、高温貯蔵試験前の初期のコアロスを小さくすることができ、所望の25〜120℃の広温度帯域における低コアロス化が容易になると共に、高温貯蔵試験後のコアロスの劣化を、さらに小さくすることができる。また、SnO、TiO、NiO、In、MoOのうちの1種以上を含有させることでも、コアロスの低減に効果がある。
【0027】
Nb,ZrO,VおよびHfOの含有量が500ppmよりも大きくなるか、またはTaの含有量が1000ppmよりも大きくなると、粒界層が過剰に形成されやすくなり、本発明の効果が小さくなる傾向にある。
【0028】
また、SnO、TiO、およびInの含有量が1.000wt%よりも大きくなるか、NiOの含有量が5.000wt%よりも大きくなるか、MoOの含有量が1000ppmよりも大きくなると、所望の25〜120℃の広温度帯域における低コアロス化が困難となる。
【0029】
本実施形態のフェライトは、リン(P)およびホウ素(B)を含んでも良いが、好ましくは、フェライト中のPおよびBの含有量が、好ましくはP≦35ppmまたはB≦35ppmである。フェライト中のPおよびBの含有量は、少ない程良い。
【0030】
Pの含有量が35ppmよりも大きくなるか、またはBの含有量が35ppmよりも大きくなると、結晶の異常粒成長が起こりやすくなり、本発明の効果が小さくなる傾向にある。
【0031】
MnZn系フェライトの製造方法
次に、本発明の一実施形態に係るMnZn系フェライトの製造方法について説明する。
まず、主成分および副成分の出発原料を準備する。主成分の出発原料としては、Fe、Mn、ZnO、あるいは焼成後にこれらの酸化物となる原料が用いられる。また、副成分の出発原料としては、Co、SiO、CaO、Nb、ZrO、Ta、V、HfO、SnO、TiO、NiO、In、MoO、あるいは焼成後にこれらの酸化物となる原料が用いられる。これらの出発原料は、焼成後の組成範囲が上記の範囲となるように秤量される。また、これらの出発原料には、PおよびBが含まれていても良いが、焼成後の最終的な組成において、上記の範囲と成るように調整される。
【0032】
まず、主成分の出発原料を上記の組成範囲となるように秤量し、湿式混合して、その後乾燥させ、大気中で仮焼する。仮焼温度は800〜1000℃、仮焼時間は1〜3時間とすることが好ましい。
【0033】
次いで、仮焼により得られた仮焼済み粉体に、副成分の出発原料を秤量して添加し、混合後に粉砕する。粉砕後の粉体の平均粒径は、特に限定されないが、好ましくは1〜10μm程度である。この粉体に、適当なバインダー、たとえばポリビニルアルコールなどを加え、スプレードライヤーなどにて造粒し、所定形状の予備成形体とする。予備成形体の形状としては、特に限定されないが、たとえばトロイダル形状などが例示される。
【0034】
次いで、得られた予備成形体を焼成する。
本実施形態では、予備成形体は、図1に示す焼成工程により焼成することが好ましい。具体的には、昇温工程と、高温保持工程と、降温工程とを有する焼成工程により焼成することが好ましい。
【0035】
昇温工程では、焼成雰囲気中の酸素分圧は、3.0%以下であることが好ましい。
【0036】
高温保持工程では、保持温度(焼成温度)が、好ましくは1250〜1400℃、より好ましくは1260〜1370℃である。また、高温保持工程は、雰囲気ガスを、酸素分圧を制御した雰囲気とすることが好ましく、たとえば、高温保持温度が1300℃の場合には、酸素分圧は0.05〜3.80%とすることが好ましい。ただし、酸素分圧が0.05%よりも低いと、高温貯蔵試験前のコアロスが悪くなる傾向にある。また、焼成時の保持温度が高いほど、酸素分圧も高めに設定することが好ましい。
【0037】
降温工程は、雰囲気温度を、上述の保持温度から室温へと冷却する工程である。本実施形態の降温工程は、雰囲気ガスを、酸素分圧を制御した雰囲気として、温度を冷却する工程(第1の降温工程)と、その後、雰囲気ガスを、窒素雰囲気に切り替えて、温度を冷却する工程(第2の降温工程)とを有している。
【0038】
本実施形態では、雰囲気ガスを、酸素分圧を制御した雰囲気から、窒素雰囲気に切り替える雰囲気切り替え温度(すなわち、第1の降温工程から第2の降温工程へと切り替える温度)をα1(単位は、℃)とし、雰囲気ガスを窒素雰囲気に切り替えた後の冷却速度(すなわち、第2の降温工程における冷却速度)をα2(単位は、℃/hrs.)とした場合に、α1を所定の範囲、すなわち、雰囲気切り替え温度を所定の温度とするとともに、α1とα2とを所定の関係にすることを最大の特徴とする。
【0039】
すなわち、本実施形態においては、α1、すなわち、窒素切り替え温度を900℃以上、1175℃以下、好ましくは950〜1150℃とする。α1(すなわち、窒素切り替え温度)が小さ過ぎると、高温貯蔵試験後におけるコアロスが劣化する傾向にある。一方、α1が大き過ぎると、高温貯蔵試験前の初期のコアロスが大きく、所望の25〜120℃の広温度帯域における低コアロス化が困難となる傾向にある。
【0040】
さらに、本実施形態においては、α1を上記範囲とするとともに、α1とα2との関係を3.8≦α1/α2≦200、好ましくは4.5≦α1/α2≦200とする。α1を上記範囲とし、さらに、α1とα2との関係を上記範囲に制御することにより、高温度下(高温貯蔵試験)におけるコアロスの劣化を有効に抑制することができ、信頼性の向上が可能となる。また、直流比抵抗も高くなる傾向となる。特に、本実施形態によると、広い温度帯域においてコアロスを低く抑えることと、高温度下(高温貯蔵試験)におけるコアロスの劣化の抑制と、をバランス良く達成させることが可能となる。さらには、高温度下のコアロスの劣化のバラツキを低減することができる。
【0041】
α1/α2が小さすぎると、高温貯蔵試験後におけるコアロスが劣化してしまうとともに、高温度下のコアロスの劣化のバラツキが悪化してしまう。また、直流比抵抗も低下する傾向となる。一方、α1/α2が大きすぎると、降温工程に要する時間が長くなり過ぎてしまうため、生産性が低下してしまう。
【0042】
本実施形態では、α1/α2を上記所定範囲に制御することにより、焼結後のフェライトを温度200℃、貯蔵時間96時間の条件で、高温貯蔵試験を行った場合における下記式(1)で表されるコアロスの劣化率(単位は、%)を特定の関係とすることができる。
コアロス劣化率(%)=(Pcv2−Pcv1)/Pcv1×100 …(1)
ただし、上記式(1)中、Pcv1は高温貯蔵試験前のコアロスであり、Pcv2は高温貯蔵試験後のコアロスである。
【0043】
α2(窒素切り替え後の冷却速度)は、α1/α2が上記範囲となるように、適宜選択すれば良く特に限定されないが、高温貯蔵試験後におけるコアロスの劣化を抑制するという観点より、小さいほうが好ましい。ただし、α2が小さすぎると、第2の降温工程に要する時間が長くなり、生産性が低下してしまうため、α1/α2≦200となるように制御する。また、窒素切り替え後(すなわち、第2の降温工程)の冷却速度α2は、窒素切り替え前(すなわち、第1の降温工程)の冷却速度よりも、遅い速度としても良いし、また速い速度としても良い。
【0044】
また、冷却速度α2で冷却する際には、雰囲気温度が室温に冷却されるまで、冷却速度α2にて冷却していくことが好ましいが、たとえば、100℃程度まで冷却された後には、任意の冷却速度で冷却を行っても良い。同様に、100℃程度まで冷却された後には、雰囲気ガスを窒素雰囲気から、任意の雰囲気、たとえば、大気中としても良い。
【0045】
第2の降温工程の雰囲気ガス中の酸素分圧は、通常0.05%以下である。
【0046】
本実施形態においては、上述した所定の基本成分中に、副成分としてCo酸化物を含有するMnZn系フェライトを製造する方法において、焼成時の降温工程を上記所定条件とするため、広温度帯域においてコアロスを小さくでき、しかも、高温度下(高温貯蔵試験)においてもコアロスの劣化が少なく、磁気的安定性に優れ、高い信頼性を有するMnZn系フェライトを得ることができる。そのため、本実施形態により得られるMnZn系フェライトは、スイッチング電源などの電源トランス等の磁心として好適に用いることができる。
【0047】
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内で種々に改変することができる。
【実施例】
【0048】
以下、本発明を、さらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0049】
まず、主成分および副成分の出発原料を準備した。主成分の出発原料としては、Fe、Mn、ZnOを用いた。また、副成分の出発原料としては、Co、SiO、CaO、Nb、Taを用いた。これらの出発原料は、焼成後の組成が、Fe:53mol%、MnO:38mol%、ZnO:9mol%、Co:3500ppm、SiO:110ppm、CaO:600ppm、Nb:200ppm、Ta:300ppmとなるように秤量した。
【0050】
次いで、上記にて秤量した主成分の出発原料を、湿式混合して、その後乾燥させ、大気中にて温度約900℃、約2時間の条件で仮焼した。そして、得られた仮焼済み粉体に、副成分の出発原料を添加し、混合後に粉砕した。粉砕後の粉体の平均粒径は1〜5μm程度であった。この粉体に、バインダーとしてポリビニルアルコールを加え、スプレードライヤーなどにて顆粒化し、その後、得られた顆粒を成形し、トロイダル形状の予備成形体とした。
【0051】
次いで、この予備成形体を焼成し、MnZn系フェライト焼結体とした。
本実施例においては、焼成工程は、昇温工程と、高温保持工程と、降温工程とを有する図1に示す工程を採用した。具体的には、昇温工程では、焼成雰囲気中の酸素分圧を3.0%以下とし、高温保持工程では、保持温度を1250〜1400℃とした。また、降温工程では、まず、雰囲気ガスを、酸素分圧を制御した雰囲気にて温度を冷却し、その後、窒素切り替え温度α1(単位は、℃)にて雰囲気ガスを窒素ガスに切り替え、次いで、冷却速度α2(単位は、℃/hrs.)にて冷却を行った。本実施例においては、窒素切り替え温度α1を900〜1175(単位は、℃)の範囲とするとともに、冷却速度α2を変化させて、表1に示すようにα1/α2の値を1.9〜11.8の範囲で変化させた試料1〜7を得た。なお、これら試料1〜7は、成分組成が同じ組成となるように調製した試料である。
【0052】
得られたMnZn系フェライト焼結体のサンプルについて、高温貯蔵試験前後におけるコアロスの劣化率、および直流比抵抗の測定を行った。
【0053】
高温貯蔵試験前後におけるコアロスの劣化率は、MnZn系フェライト焼結体のサンプルについて、高温貯蔵試験前および高温貯蔵試験後のコアロス(Pcv)を測定し、これらの測定結果から求めた。具体的には、高温貯蔵試験前のコアロスは、高温貯蔵試験前のMnZn系フェライト焼結体に対して、BHアナライザーを用い、100kHz,200mTの正弦波交流磁界を印加して、それぞれ25℃、75℃、120℃の条件で測定した。高温貯蔵試験後のコアロスは、200℃の雰囲気中に96時間貯蔵した高温貯蔵試験後のMnZn系フェライト焼結体を用い、同様に、それぞれ25℃、75℃、120℃の条件で測定した。これらの測定は、各温度について、27個のサンプルを用いて行い、各サンプルの測定結果を、平均することにより求めた。
【0054】
比抵抗(ρdc、単位:Ω・m)は、MnZn系フェライト焼結体の両面に、In−Ga合金を塗布した電極間の直流抵抗値を測定することにより求めた。結果を表1に示す。
【0055】
そして、各測定温度(25℃、75℃、120℃)におけるコアロスの劣化率を、下記式(1)により求めた。なお、これらは、27個のサンプルを用いた測定結果を、平均することにより求めた。結果を表1に示す。
コアロス劣化率(%)=(Pcv2−Pcv1)/Pcv1×100 …(1)
ただし、上記式(1)中、Pcv1は各測定温度における高温貯蔵試験前のコアロスであり、Pcv2は各測定温度における高温貯蔵試験後のコアロスである。
【0056】
また、コアロス劣化率を求めるに際して、各測定サンプル間のバラツキを示す標準偏差σを算出した。表1に、標準偏差σの一実施例として、120℃で高温貯蔵した後の測定結果を示す。
【0057】
【表1】

【0058】
表1に、試料1〜7における窒素切り替え温度α1と冷却速度α2との比(α1/α2)と、各測定温度(25℃、75℃、120℃)における高温貯蔵試験前のコアロス(Pcv1)、高温貯蔵試験後におけるコアロス(Pcv2)、高温貯蔵試験前後におけるコアロス劣化率、および直流比抵抗(ρdc)を、それぞれ示す。なお、ここにおいて、測定温度120℃におけるコアロス劣化率をβ(単位は%)とした。また、120℃高温貯蔵後のコアロス劣化率(β)と、標準偏差σと、の比(β/σ)を算出し、あわせて表1に示した。
【0059】
表1より、窒素切り替え温度α1と冷却速度α2との比をα1/α2≧3.8とすることにより、高温貯蔵試験後におけるコアロスの劣化を有効に抑制することができ、さらに直流比抵抗が増大することが確認できた。また、3.8≦α1/α2≦11.8の範囲では、α1/α2が大きくなるとコアロス劣化率が改善されていき、さらに、直流比抵抗が増大していくことが確認できる。
【0060】
特に、本実施例においては、3.8≦α1/α2≦11.8とした試料1〜4は、いずれも、高温貯蔵試験前におけるコアロスを、測定温度25℃において350kW/m以下、測定温度75℃において300kW/m以下、測定温度120℃において400kW/m以下とすることができ、コアロス劣化率の抑制だけでなく、広温度帯域におけるコアロスの低減が可能となることが確認できる。
【0061】
さらに、これらの試料1〜4においては、120℃高温貯蔵後のコアロス劣化率の標準偏差σの値を1.0%以下と低く抑え、さらには、コアロス劣化率(β)と、標準偏差σと、の比であるβ/σを高くすることができ、サンプル間のバラツキが低減されていることが確認できる。
【0062】
一方で、α1/α2<3.8とした試料5〜7は、高温貯蔵試験後のコアロスが増大し、コアロス劣化率が悪化する結果となり、特に、測定温度を120℃とした場合のコアロス劣化率が悪化してしまう結果となった。また、これら試料5〜7は、120℃高温貯蔵後のコアロス劣化率の標準偏差σの値が1.0%を超えるとともに、コアロス劣化率(β)と、標準偏差σと、の比であるβ/σが低くなり、サンプル間のバラツキが大きくなる結果となり、さらには、直流比抵抗の値も低くなる結果となった。なお、このような高温貯蔵試験後におけるコアロスの劣化の原因としては、陽イオン欠陥を介したCoイオンの移動による磁気異方性の増大などが考えられる。また、α1/α2の低下により、直流比抵抗が小さくなる傾向がみられており、たとえば、Caイオンの結晶粒界への析出が起こり難くなり、スピネル相に固溶し易くなるなどの粒界構造の変化が生じていることなども考えられる。
【0063】
これらの結果より、所定の基本成分中に、副成分としてCo酸化物を含むMnZn系フェライトを製造する際に、焼成時の降温工程における窒素切り替え温度α1と冷却速度α2との比(α1/α2)を制御することにより、広温度帯域においてコアロスが小さく、さらに高温度下(高温貯蔵試験)においてもコアロスの劣化が少なく、また、コアロスの劣化率のバラツキが少なく、さらに、高い直流比抵抗を有するMnZn系フェライトが得られることが確認できた。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】図1は本発明の一実施形態に係るMnZn系フェライトを製造する際の焼成工程を説明するための図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
MnZn系フェライトの基本成分中に、副成分として、Co酸化物を含有するMnZn系フェライトを製造する方法であって、
温度を高温に保持する高温保持工程と、その後、温度を冷却する降温工程と、を含む焼成工程を有しており、
前記降温工程は、雰囲気ガスを、酸素分圧を制御した雰囲気から、窒素雰囲気に切り替える雰囲気切り替え温度(℃)を有しており、前記雰囲気切り替え温度(℃)をα1とし、雰囲気ガスを窒素雰囲気に切り替えた後の冷却速度(℃/hrs.)をα2とした場合に、前記α1を、900≦α1≦1175とし、前記α1とα2との関係を、3.8≦α1/α2≦200とするMnZn系フェライトの製造方法。
【請求項2】
前記基本成分の比率が、Fe:51.5〜57.0mol%、ZnO:0〜15mol%(ただし、0は含まず)、残部が実質的にMnOであり、
前記Co酸化物の含有量が、Co換算で0〜5000ppm(ただし、0は含まず)である請求項1に記載のMnZn系フェライトの製造方法。
【請求項3】
前記MnZn系フェライトが、その他の副成分として、SiO:50〜220ppm、CaO:120〜1400ppmを、さらに含有する請求項1または2に記載のMnZn系フェライトの製造方法。
【請求項4】
前記MnZn系フェライトが、その他の副成分として、Nb:0〜500ppm(ただし、0は含まず)、ZrO:0〜500ppm(ただし、0は含まず)、Ta:0〜1000ppm(ただし、0は含まず)、V:0〜500ppm(ただし、0は含まず)、HfO:0〜500ppm(ただし、0は含まず)、SnO:0〜1.000wt%(ただし、0は含まず)、TiO:0〜1.000wt%(ただし、0は含まず)、NiO:0〜5.000wt%(ただし、0は含まず)、In:0〜1.000wt%(ただし、0は含まず)、MoO:0〜1000ppm(ただし、0は含まず)のうちの少なくとも1種を、さらに含有する請求項1〜3のいずれかに記載のMnZn系フェライトの製造方法。
【請求項5】
前記MnZn系フェライト中のPおよびBの含有量が、P≦35ppmまたはB≦35ppmである請求項1〜4のいずれかに記載のMnZn系フェライトの製造方法。


【図1】
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【公開番号】特開2007−70209(P2007−70209A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−262555(P2005−262555)
【出願日】平成17年9月9日(2005.9.9)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】