N型カルシウムチャネルノックアウト動物を利用する物質の作用の測定方法
【課題】N型カルシウムチャネルに作用して薬理作用を示す物質のスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】N型カルシウムチャネルをコードする遺伝子を破壊し、機能を持ったN型カルシウムチャネルを欠失させた非ヒト動物を用いる、血圧の制御、痛みの伝達、血糖値の制御等に関する薬理作用を有する物質をスクリーニングする。
【解決手段】N型カルシウムチャネルをコードする遺伝子を破壊し、機能を持ったN型カルシウムチャネルを欠失させた非ヒト動物を用いる、血圧の制御、痛みの伝達、血糖値の制御等に関する薬理作用を有する物質をスクリーニングする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N型カルシウムチャネルを欠失した動物およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
カルシウムチャネル(Caチャネル)は、細胞内へのCa2+の流入を調節することにより細胞内への情報伝達を行う膜蛋白質である。中でも神経細胞・筋肉細胞等の興奮性細胞にある電位依存性Caチャネルは、膜電位の変化を通して伝えられた情報を、Ca2+濃度の上昇という細胞内情報に変換する重要な役割を果たす蛋白質である。
【0003】
神経細胞および筋肉細胞からは種々の電位依存性Caチャネルが同定されており(非特許文献1、非特許文献2)、電気生理学的性質、および、アンタゴニストに対する感受性により、6つの型(L、N、P、Q、RおよびT)に分類される。
【0004】
このうちN型Caチャネルは、イモ貝より単離されたペプチド毒素ω-コノトキシンGVIAによりCa2+の流入が抑制されることにより特徴づけられるCaチャネルである。
【0005】
カルシウム拮抗薬は、抗狭心症薬、抗不整脈薬および高血圧症治療薬として繁用されているが、その作用機序は、細胞膜にあるL型Caチャネルと特異的に結合して細胞内へのCa2+流入を抑制することによる血管平滑筋弛緩または心筋収縮力抑制である。一方、神経においては Ca2+は、神経伝達物質遊離、発火パターンの形成、神経突起の伸展など正常な諸機能に重要な因子である反面、Ca2+動態の変調が脳虚血後に起こる遅発性神経細胞死やある種のてんかん等の疾患に深く関与していることが明らかにされつつある(非特許文献3)。ここ数年、L型およびT型以外に神経に特異的に存在するP型、N型、Q型およびR型の存在が確認され、これらのCaチャネルの神経機能に対する役割が注目されると同時に、これらを標的とする新規カルシウム拮抗薬の開発が活発に行われようとしている。
【0006】
特に、N型Caチャネルは自律神経系の神経終末に発現していることが報告されており、自律神経を介した調節に果たす役割が注目されている(非特許文献4、非特許文献5)。
【0007】
従来、N型Caチャネルに対する機能評価は、1)シナプトゾームや培養神経細胞を使用したin vitro実験、または、2)ω-コノトキシンGVIAを投与したin vivo実験により行われてきた。1)はin vitro実験であり、生体内の正確なN型Caチャネルに対する機能評価には不適である。一方、2)はin vivo実験ではあるが、(1)ω-コノトキシンGVIAの選択性が完全には解明されていない (2)ω-コノトキシンGVIAはペプチドゆえに神経細胞への移行性が充分でない (3)ω-コノトキシンGVIA投与では慢性期実験は困難である等の点から生体内の正確なN型Caチャネルに対する機能評価には不適である。
【非特許文献1】Bean, B.P.et al, Ann. Rev. Physiol., 51:367-384, 1989
【非特許文献2】Hess P., Ann. Rev. Neurosci., 56:337, 1990
【非特許文献3】Siesjo、1986、Mayo Clin Proc 61: 299
【非特許文献4】Lane D. H. et al, Science, 239: 57-61, 1988
【非特許文献5】Diane L, et al, Nature 340: 639-642, 1989
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記の欠点を克服するために、N型Caチャネルのみが欠損し慢性期実験が可能なN型Caチャネルノックアウトマウスの作製が強く望まれている。
【0009】
本発明の課題は、N型Caチャネルのα1Bサブユニットを欠失させたノックアウトマウス(以下、N-KOマウス)を作製することである。これにより、中枢神経系および末梢神経系の神経終末に発現し、生体のホメオスタシス維持に重要な役割を果たすと考えられるN型Caチャネルが、生体内で実際にどの様な機能を担っているかを明らかにすることができる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
N-KOマウスは、自律神経系を介したホメオスタシスの維持、特に血圧の制御ができず、正常には生存できない可能性があった。しかし、正常に生存できないとしても、N-KOマウスに見られる異常からN型Caチャネルの機能を推定できるのではないかと考え、N型Caチャネルのα1Bサブユニットをコードする遺伝子を、ターゲッテドディスラプション(targeted disruption)により破壊したN-KOマウスを作製することを試みた。
【0011】
その結果、N-KOマウスは個体発生して発育し、更に子孫を残すことができることが判明した。そしてN-KOマウスより摘出した後根神経節の神経細胞で、ω-コノトキシンGVIAにより抑制されるCa2+の流入が観察されないことが電気生理学的に証明され、N-KOマウスでは機能を持ったN型Caチャネルを欠失していることが確認された。
【0012】
更なる研究の結果、N-KOマウスは、神経系を介した血圧反射が無い、野生型マウスと比較して痛みに対して鈍感である、血糖値が低い等、N型Caチャネルの欠失を原因とする特有の性質を有することが明らかとなり、N-KOマウスがN型Caチャネルの生体内での機能の解析に有用であることが明らかとなって、本発明を完成するに到った。
【0013】
すなわち本発明は、N型Caチャネルをコードする遺伝子を破壊し、機能を持つN型Caチャネルを欠失させた非ヒト動物(以下、「本発明動物」ともいう)を提供する。好ましくは非ヒト動物は齧歯類であり、更に好ましくはマウスである。
【0014】
N型Caチャネルをコードする遺伝子は、好ましくは、N型Caチャネルのα1Bサブユニットをコードする遺伝子である。より具体的には、遺伝子が以下の(a)又は(b)のDNAからなる遺伝子が挙げられる。
(a)配列番号1に記載の塩基配列からなるDNA。
(b)配列番号1に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、機能を持つN型カルシウムチャネルのα1BサブユニットをコードするDNA。
【0015】
本発明は、また、本発明動物に物質を投与し、該物質の該動物に対する作用を測定することを含む、物質の作用を測定する方法(以下、「本発明測定方法」ともいう)を提供する。
【0016】
本発明測定方法は、本発明動物および野生型の動物に物質を投与し、本発明動物と野生型の動物に対する該物質の作用を比較し、該物質の、N型カルシウムチャネルに関連する作用を測定することを含むことが好ましい。
【0017】
本発明は、さらに、本発明測定方法により、物質の薬理作用を測定することを含む、薬理作用を持つ物質をスクリーニングする方法、そのスクリーニング方法により得られる、薬理作用を持つ物質、および、そのスクリーニング方法により、薬理作用を持つ物質をスクリーニングし、得られた物質を有効成分として含む医薬を製造することを含む、医薬を製造する方法を提供する。
【0018】
薬理作用としては、血圧を降下させる作用、鎮痛作用および血糖値を低下させる作用が
挙げられる。このような薬理作用を持つ物質から、これらの物質を有効成分とする血圧降下剤、鎮痛剤または血糖値低下剤をそれぞれ製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に本発明の実施の形態について詳細に説明する。
上述のように、本発明者らは、機能を持ったN型Caチャネルを欠失したマウスが、個体発生して発育し子孫を残すことを見出し、生体におけるN型Caチャネルの機能の解析に有用であることを見出した。本発明動物は、これらの知見に基づくものであり、N型Caチャネルをコードする遺伝子を破壊し、機能を持つN型Caチャネルを欠失させた非ヒト動物であることを特徴とする。
【0020】
遺伝子を破壊するとは、遺伝子に変異を導入して、その遺伝子産物の機能を失わせることを意味する。遺伝子の破壊の方法としては、ターゲッテドディスラプション(targeted disruption)が挙げられる。ターゲッテドディスラプションは、遺伝子ターゲッティングにより遺伝子を破壊する方法であり、標的となる遺伝子の塩基配列に、遺伝子産物の機能が失われるような変異を導入したDNA、好ましくは選択マーカ、更に好ましくは薬剤に対する耐性遺伝子を、遺伝子産物の機能が失われるように挿入したDNAを、細胞に導入し、導入したDNAと標的遺伝子との間で相同組換えを起こした細胞を選択して、標的遺伝子に変異を導入する技術を指す(Suzanne L. et.al., Nature, 336, 348, 1988)。ここでターゲッテドディスラプションは、N型Caチャネルをコードする遺伝子の塩基配列の情報に基づいて該遺伝子を破壊する技術の例示であり、該遺伝子の塩基配列の情報に基づいて破壊したのであれば本発明に含まれるものである。
【0021】
また、機能を持つN型Caチャネルを欠失させたとは、N型Caチャネルを通したCa2+の流入が実質的に無くなっていることを意味し、ω-コノトキシンGVIAにより抑制されるCa2+の流入が、実質的に無くなっていることにより検証することができる。ここでω-コノトキシンGVIAは、イモ貝毒(Conus geographus)より精製されるペプチドで(Baldomero M.
O. et al., Biochemistry 23, 5087, 1984)、配列番号3に記載のアミノ酸配列により特徴づけられる。
【0022】
N型Caチャネルをコードする遺伝子とは、N型Caチャネルのみに含まれる構成サブユニット、例えばα1Bサブユニットをコードする遺伝子を意味する。
【0023】
α1Bサブユニットをコードする遺伝子の具体例は、以下の(a)又は(b)のDNAからなる遺伝子である。
(a)配列番号1に記載の塩基配列からなるDNA。
(b)配列番号1に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、機能を持つN型Caチャネルのα1BサブユニットをコードするDNA。
【0024】
またここでストリンジェントな条件の例としては、65℃ 4x SSCにおけるハイブリダイゼーション、次いで65℃で1時間0.1x SSC中での洗浄である。また別法としてストリンジェントな条件は、50%ホルムアミド中42℃ 4x SSCである。
【0025】
好ましくは非ヒト動物は齧歯類であり、更に好ましくはマウスである。
【0026】
本発明動物は、標的遺伝子を、N型Caチャネルをコードする遺伝子とする他は、通常の遺伝子ターゲティングによるノックアウト動物の作製法に従って作製することができる。
【0027】
以下、N型Caチャネルをコードする遺伝子のターゲッテドディスラプションを例として、N型Caチャネルα1Bサブユニット遺伝子のクローニング、ターゲッテドディスラプショ
ンに用いるターゲッティングベクターの構築、相同組換えを起こした胚性幹細胞(ES細胞)の取得の順に説明する。
【0028】
1.N型Caチャネルα1Bサブユニット遺伝子の一部を含むDNAのクローニング
N型Caチャネルα1BサブユニットをコードするDNAは、Thlerry C. et. al, FEBS Letters, 338, 1, 1994に記載の塩基配列を基にプライマーを設定し、非ヒト動物のゲノムDNAあるいはcDNAよりPCRにより、あるいは非ヒト動物のRNAよりRT-PCRにより得ることができる。また別法としては、前述の引用文献に記載の塩基配列を基にプローブを合成して、非ヒト動物のゲノムDNAライブラリーあるいはcDNAライブラリーより、プローブとハイブリダイズするクローンを選び出し、塩基配列を決定して、N型Caチャネルα1Bサブユニット遺伝子あるいはその一部、好ましくは500 bp以上、更に好ましくは1 kbp以上の塩基配列を含むクローンを選択しても良い。
【0029】
クローニングされたDNAに含まれる制限酵素部位を確認して制限酵素地図を作製する。相同組換えするのに十分な長さのDNA、好ましくは7 kbp以上、更に好ましくは10 kbp以上のクローンが得られなかった場合は、複数のクローンより適切な制限酵素部位でDNAを切り出して繋ぎ合わせてもよい。
【0030】
2.ターゲッティングベクターの構築
得られた相同組換えに十分な長さのDNA中のエクソン領域の制限酵素部位に、薬剤耐性遺伝子などのポジティブ選択マーカー、好ましくはネオマイシン耐性遺伝子を導入する。またエクソンの一部を取り除いて、代わりに薬剤耐性遺伝子に置き換えてもよい。適当な制限酵素部位が無い場合には、制限酵素部位を含むように設計したプライマーを用いるPCR、制限酵素部位を含むオリゴヌクレオチドのライゲーション等により、適当な制限酵素部位を導入してもよい。
【0031】
好ましくは、導入されたDNAとN型Caチャネルα1Bサブユニット遺伝子の間に相同組換えが起こらず、導入されたDNAがN型Caチャネルα1Bサブユニット遺伝子以外の部位に挿入されてしまったES細胞を除去するために、ベクター内にはネガティブ選択マーカー、例えばチミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリア毒素遺伝子などを含むのが好ましい。
【0032】
これらのDNAの塩基配列を操作する組換えDNA技術は、例えばSambruck, J., Fritsch, E. F., and Maniatis, T. (1989) Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY に記載された方法によって行うことができるが、適当な組換えDNAを得ることができれば、これらの方法に限られるものではない。
【0033】
3.相同組換えを起こした胚性幹細胞(ES細胞)の取得
作製したターゲティングベクターを、制限酵素で切断して直鎖状DNAとし、例えばフェノール・クロロフォルム抽出、アガロース電気泳動、超遠心等により精製して、ES細胞、例えばTT2へトランスフェクトする。トランスフェクションの方法としては、エレクトロポレーション、リポフクションなどが挙げられるが、本発明はこれに限られるものではない。
【0034】
トランスフェクトした細胞は適当な選択培地中、例えばネオマイシン耐性遺伝子とチミジンキナーゼ遺伝子を組み込んだターゲティングベクターを構築した場合には、培地中にネオマイシンとガンシクロビルを含む選択培地中で培養する。
【0035】
両薬剤に対し薬剤耐性を呈して増殖してきたES細胞に、導入遺伝子、例えばネオマイシン耐性遺伝子が組み込まれたことは、PCR等で容易に確認することができる。更にターゲ
ティングベクターの外側の5'上流又は3'下流のDNA一部をプローブとしてサザンブロット解析することにより、相同組み換えを起こしたかどうかを確認することもできる。また、ターゲティングベクターがランダムに挿入されていないことは、ターゲティングベクター内のDNAをプローブとしてサザンブロット解析することにより確認できる。これらの方法を組み合わせることにより、相同組み換えを起こしたES細胞を取得することができる。
【0036】
続いて、ノックアウトマウスの作製法の例について述べるが本発明はこれに限られるものではない。
【0037】
ノックアウトマウスは、受精後8細胞期胚あるいは胚盤胞の採取、相同組み換えを起こしたES細胞のマイクロインジェクション、偽妊娠マウスへの操作卵の移植、偽妊娠マウスの出産と産仔の育成、PCR法およびサザンブロット法によるノックアウトマウスの選抜、導入遺伝子をもつマウスの系統樹立、のステップを経て作製する(Yagi T. et. al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993)。
【0038】
1.8細胞期胚あるいは胚盤胞の採取
受精卵は、雌マウスに過剰排卵を誘発させるため、妊馬血清性生殖腺刺激ホルモン5国際単位とヒト絨毛性生殖腺刺激ホルモン2.5国際単位をそれぞれ腹腔内投与して、受精後2.5日目の雌マウスより卵管―子宮還流法により8細胞期胚を得る。なお胚盤胞を用いる場合は受精後3.5日目、雌マウスの子宮を取り出し、子宮還流により胚を得る。
【0039】
2.相同組換えを起こしたES細胞のマイクロインジェクション
得られた8細胞期胚または胚盤胞に、相同組換えを起こしたES細胞をマイクロインジェクトする。マイクロインジェクションは、例えばHogan, B.L.M., A laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York, 1986、(Yagi T. et. al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993)の記載に基づき、倒立顕微鏡下で、マイクロマニピュレータ、マイクロインジェクター、インジェクションピペットおよびホールディングピペットを用いて行うことができる。また、インジェクション用ディッシュには、例えばFalcon 3002(Becton Dickinson Labware)に、培地5μlの液滴およびES細胞を浮遊させた液滴を作り、流動パラフィンを重層したものを用いる。以下相同組換えを起こしたES細胞をマイクロインジェクトした8細胞期胚あるいは胚盤胞を操作卵と称す。
【0040】
3.偽妊娠マウスへの操作卵の移植
精管結紮雄マウスと正常雌マウスとを交配させて偽妊娠マウスを作成し、操作卵を移植する。操作卵の移植は、例えばHogan, B.L.M., A laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York, 1986やYagi T. et. al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993の記載に基づいて行うことができる。以下に具体的操作の例を記すが、本発明はこれに限られるものではない。
【0041】
偽妊娠マウスを、例えば50 mg/kg体重のペントバルビタールナトリウムにて全身麻酔し、両けん部を約1 cm切開して卵巣および卵管を露出し、実体顕微鏡下で卵巣嚢をピンセットで切開し卵管采を露出させる。次に卵管あたり7〜8個の操作卵を卵管采に送り込む。この時、操作卵とともに入れた微小気泡によって、卵管内に移植されたことを確認する。このあと卵管および卵巣を腹腔に戻し両切開部を縫合し、マウスを麻酔から覚醒させる。場合によっては、操作卵を翌日まで培養し、胚盤胞に発生させてから子宮に移植しても良い。
【0042】
4.偽妊娠マウスの出産と産仔の育成
多くの場合、移植後17日目には仔マウスが得られる。仔マウスは通常、相同組換えを起こしたES細胞と、受精卵を採取したマウス細胞のキメラとなる。例えばES細胞としてTT2
を用い、ICRより採取した8細胞期胚に注入した場合、キメラ率の高い仔マウスは体毛色がアグウチ優位となり、キメラ率の低いマウスは体毛色が白色優位となる。
【0043】
5.PCR法およびサザンブロット法による遺伝子導入マウスの選抜
導入遺伝子が生殖細胞に入っているかどうかは、体毛色が白色のマウス、たとえばICRと交配し、得られた仔マウスの体毛色により容易にを確認することができる。あるいはキメラ率の高いマウスは生殖細胞も導入遺伝子を含んでいることが期待されることから、できるだけキメラ率の高いマウスを交配し、得られた仔マウスの尾よりDNAを抽出してPCRに供することにより、導入遺伝子の有無を確認できる。また、PCRの代わりにサザンブロット解析を行うことにより、より確実に遺伝子型を同定できる。
【0044】
6.導入遺伝子をもつマウスの系統樹立
ヘテロマウス(以下、Heマウス)同士を交配することによって、得られた仔マウスの中に導入遺伝子がホモに存在するN-KOマウスを得ることができる。N-KOマウスは、Heマウス同士、HeマウスとN-KOマウス、N-KOマウス同士のいずれの交配でも得ることができる。
【0045】
N-KOマウスのα1BサブユニットmRNAの発現の有無はノーザンブロット解析、RT-PCR、RNaseプロテクションアッセイ、in situハイブリダイゼーション等により確認できる。またα1Bサブユニットのタンパク質の発現を免疫組織染色、標識ω-コノトキシン等により確認することができる。さらに、α1Bサブユニットを含んで構成されるN型Caチャネルの機能を電気生理学的な手法等により確認することも可能である。
【0046】
更に、上述のように、本発明者らは、N型Caチャネルをコードする遺伝子を欠失させた動物に、自律神経系を介した血圧の制御が欠如している、痛み、特に遅発性に現れる第二相の痛みの伝達機構に欠陥がある、血糖値の制御に異常があることを見出し、該動物が、N型Caチャネルをコードする遺伝子の欠失に基づく特有の性質を有することを見出した。本発明測定方法は、これらの知見に基づくものであり、本発明動物に、化合物等の物質を投与し、該物質の該動物に対する作用を測定することを含む、物質の作用を測定する方法である。
【0047】
本発明測定方法は、本発明動物および野生型の動物に物質を投与し、本発明動物と野生型の動物に対する該物質の作用を比較し、該物質の、N型Caチャネルに関連する作用を測定することを含むことが好ましい。N型Caチャネルに関連する作用を測定することによりその物質がN型Caチャネルに与える影響を調べることができる。
【0048】
作用とは、該動物が有する特有の性質に対する作用、例えば該動物に血圧制御、痛みの伝達又は血糖値の制御に異常があることに着目した場合、それぞれ血圧、痛み又は血糖値に対する作用を指すが、該動物が有する特有の性質に関連する作用であれば、これらの例に限定されるものではない。これらの作用は、物質の活性として測定できる。
【0049】
また、野生型とは、機能を持つN型Caチャネルが欠失していないことを意味する。
【0050】
更に本発明は、本発明動物(N型Caチャネルを欠失させた非ヒト動物)を用いた、薬理作用を持つ物質のスクリーニング法を提供する。具体的には、本発明測定方法を用いて、薬理作用を持つ物質、例えば、該動物の血圧、痛みの伝達又は血糖値に作用する物質(すなわち、血圧を降下させる作用を持つ物質、鎮痛作用を持つ物質又は血糖値を低下させる作用を持つ物質)をスクリーニングする方法、そのスクリーニングにより得られる物質、並びに、本発明測定方法を用いて、薬理作用を持つ物質をスクリーニングし、得られた物質を有効成分として含む医薬(例えば、血圧降下剤、鎮痛剤又は血糖値低下剤)を製造することを含む医薬の製造方法も提供する。
【0051】
以下に、例として、血圧を降下させる作用を持つ物質、鎮痛作用を持つ物質、血糖値を低下させる作用を持つ物質の順に説明するが、本発明動物を使ったスクリーニング系を用いるものであれば、本発明に含まれるものである。
【0052】
1.血圧を降下させる作用を持つ物質(降圧薬)のスクリーニング法
N型Caチャネルを欠失させた非ヒト動物(N-KO動物)と、欠失させない野生型動物(Wt動物)に候補物質を投与し、Wt動物では血圧を降下させるがN-KO動物では降下させない薬剤を選択することにより、N型Caチャネルを通したCa2+の流入をブロックして血圧を降下させる作用を持つ物質をスクリーニングすることができる。
【0053】
また逆に、N-KOで血圧を降下させる作用を持つ物質を選択することにより、N型Caチャネルを通したCa2+の流入をブロックを介さないで血圧を降下させる作用を持つ物質をスクリーニングすることが可能である。本発明のN-KOマウスでは、神経系を介した血圧制御が失われていることが予想されていたが、平均血圧がWt動物よりも高値を示したことから、N-KO動物で内在性因子を介した血圧制御系が強く働いている可能性が示唆されている。従ってN-KO動物は、内在性因子を介した血圧を降下させる作用を持つ物質のスクリーニングに特に有用である。
【0054】
具体的には、例えばN-KOマウスおよび野生型マウス(以下、Wtマウス)を用いる場合には、マウスを麻酔、気管挿管した後、アニマルベンチレータ(animal ventilator)にて換気量0.2 mlおよび呼吸回数140回/分で人工呼吸を行い、右総頸動脈にヘパリンを含む生理食塩水を充填したポリエチレンチューブを挿入して、それを圧トランスデューサーに接続して血圧を測定する。スクリーニングに供する候補物質は、左総頸動脈に留置したカテーテルより投与し、血圧を降下させる作用を持つ物質を選択する。
【0055】
2.鎮痛作用を持つ物質(鎮痛薬)のスクリーニング法
N-KO動物およびWt動物に候補物質を投与して、鎮痛作用を比較することにより、N型Caチャネルを通したCa2+流入のブロックを介して、或いは介さずに、鎮痛作用を持つ物質をスクリーニングすることができる。鎮痛作用は、例えばホルマリン試験、ホットプレート試験、酢酸ライジング試験、テイル−フリック(tail-flick)試験、テイル−ピンチ(tail-pinch)試験などにより判定できる。
【0056】
具体的には、例えばN-KOマウスおよびWtマウスを用いたホルマリン試験の場合では、3%ホルマリン20μlをN-KOマウス又はWtマウスの左後肢の足底へ皮下投与し、マウスが左後肢を舐める(licking)行動の持続時間を30分間測定して痛みの指標とする。スクリーニングに共する物質を投与することで、痛みの指標を軽減する物質を選択する。
【0057】
3.血糖値を低下させる作用を持つ物質(血糖降下薬)のスクリーニング法
N-KO動物およびWt動物に候補物質を投与して、血糖値降下作用を比較することにより、N型Caチャネルを通したCa2+流入のブロックを介して、或いは介さずに、血糖値を低下させる作用を持つ物質をスクリーニングすることができる。
【0058】
具体的には、例えばN-KOマウスを用いる場合、摂食下(採血前2時間絶食)又は絶食下(18時間絶食)のN-KOマウスおよびWtマウス尾静脈より血液を採血し、血液中の血糖値を測定する。血糖値は、例えば血液10μlと0.6 N過塩素酸90μlと混和して遠心(7,000 rpm, 2 min)し、上清20μlとグルコースCII-テストワコー(和光純薬)の発色液300μlを混和して、37℃ 5 min反応させた後、505 nmの吸光度を測ることにより測定することができる。
【0059】
薬理作用を持つ物質を有効成分として含む医薬の製造は、通常の製剤法に従って行うことができる。医薬は、薬理作用を持つ物質と医薬的に許容な可能な担体との医薬組成物としてもよい。
【実施例】
【0060】
以下の実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0061】
[実施例1] 遺伝子ターゲッティングによるN型Caチャネルをコードする遺伝子の破壊(1)N型Caチャネルα1Bサブユニット遺伝子のクローニング
FEBS Letters, 338, 1-5, 1994に記載のマウスα1Bサブユニット遺伝子の塩基配列を基に、プライマー(配列番号4および配列番号5)を設計し、マウスcDNAライブラリーをテンプレートとしてPCRにより配列番号6の塩基配列を有するDNAを得た。これをプローブとし、129SVJ由来のマウスゲノムライブラリー(λFIXII)から、N型Caチャネルα1Bサブユニット遺伝子の一部を含むファージDNAクローンを単離した。得られたファージDNAクローンの制限酵素地図を図1に示す。
【0062】
(2)ターゲティングベクターの構築
ターゲティングベクターは、α1Bサブユニット遺伝子のエクソンBを含む領域を相同遺伝子領域として用い、該エクソンBにネオマイシン耐性遺伝子を導入し(図1)、そしてネガティブ選別遺伝子として単純ヘルペスウイルスのチミジンキナーゼ遺伝子を導入する方法で作製した(Suzanne L. et. al., Nature, 336, 348, 1988)。
【0063】
構築の概略を図2〜4に示す。(1)で得られたファージDNAクローンをBamHIで切断し、pBluescript II SK+にサブクローニングして、図2及び3に示す断片を有するpBS59およびpBS58を得た。またファージDNAクローンをHindIIIで切断し、pBluescript II SK+にサブクローニングして、図2に示す断片を有するpBS63を得た。pBS59をAatIIとEcoRIで切断して、pBS63からAatIIとHindIIIで切り出した断片を導入してpBS59/63を作製した。pBS59/63をAatIIで切断し、ネオマイシン耐性遺伝子を含む断片を導入してpBS59/63nを作製し、さらにEcoRVで切断して、pBS58からEcoRVで切断して得た断片を導入してpBS59/63/58nを作製した。選択遺伝子であるチミジンキナーゼ遺伝子をpBS59/63/58nのマルチクローニングサイトのSalI-XhoIサイトに導入してターゲティングベクターを作製した。
【0064】
(3)相同組み換え胚性幹細胞(ES細胞)の取得
(2)で得られたターゲティングベクターをNotIで切断して直鎖状のDNA(1mg/ml)とした。マウスES細胞はTT2を用い(Yagi T. et.al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993)、直鎖ターゲッテイングベクター(200μg/ml)をES細胞(1x107 cells/ml)へエレクトロポレーション(250V、975μF、室温)によりトランスフェクトし、培養2日後よりG418(250μg/ml)およびガンシクロビル(0.2μM)を含んだ培地で3日間培養し、その後、G418(250μg/ml)を含んだ培地で3日間培養した。生じたES細胞コロニーの一部からDNAを抽出し、これをテンプレートとし、ターゲティングベクター外の塩基配列(配列番号7)、および、導入遺伝子(ネオマイシン耐性遺伝子)中に含まれる塩基配列(配列番号8)を有するDNAをプライマーとしてPCRを行って、3.7 kbのPCR産物を生じるクローンを、相同組み換えを起こしている可能性のある候補とした。
【0065】
候補クローンの中から相同組み換えのみが起きているクローンをサザンブロット解析によって同定した。抽出したゲノムをApaLIおよびBalIで切断し、ターゲティングベクター外のプローブPro9P(相同組換えを起こした領域の5'上流約0.9 kbpのDNAをPCRにより取得、図1参照)およびターゲティングベクター内のプローブPro8(pBS59からSphIとBamHIにより切り出した約0.8kbpのDNA、図1参照)とハイブリダイズさせ、相同組換えの起きて
いるクローン、即ちPro9PをプローブとしてApaL1切断物で6.9 kb、BalI切断物で4.6 kbのバンドが検出され、Pro8をプローブとしてApaL1切断物で6.9 kb、BalI切断物で2.4 kbのバンドが検出されるクローンを選択した。
【0066】
(4)N-KOマウスの作製
雌マウスに、妊馬血清性生殖腺刺激ホルモン(pregnant mare's serum gonadotropin, PMSG:セロトロピン: 帝国臓器, 東京)5国際単位とヒト絨毛性生殖腺刺激ホルモン(human chorionic gonadotropin, hCG:ゴナトロピン:帝国臓器,東京)2.5国際単位をそれぞれ腹腔内投与して、受精2.5日目に卵管―子宮還流法により8細胞期胚を得た。
【0067】
得られた8細胞期胚へ、(3)で得られた相同組み換えES細胞を、倒立顕微鏡(ダイアフォトTMD:日本光学工業,東京)下で、マイクロマニピュレータ(粗動電動マニピュレータに懸架式ジョイスティック3次元油圧マイクロマニピュレータを装着:ナリシゲ,東京)、マイクロインジェクター(ナリシゲ,東京)、インジェクションピペットおよびホールディングピペットを用いてマイクロインジェクトした。また、インジェクション用ディッシュには、Falcon 3002(Becton Dickinson Labware)に、培地5μlの液滴にES細胞を浮遊させた液滴を作り、流動パラフィンを重層したものを用いた。
【0068】
精管結紮雄マウスと正常雌マウスとを交配させて偽妊娠マウスを作成し、異なる3つの相同組換えES細胞クローンをマイクロインジェクトした操作卵を移植した。偽妊娠マウスを50mg/kg体重のペントバルビタールナトリウム(Nembutal:Abbott Laboratories)にて全身麻酔を行い、両けん部を約1cm切開して卵巣および卵管を露出し、実体顕微鏡下で卵巣嚢をピンセットで切開し卵管采を露出させ、次いで卵管あたり7〜8個の操作卵を卵管采に送り込んだ。その後、卵管および卵巣を腹腔に戻し両切開部を縫合した。
【0069】
操作卵を移植し妊娠したマウスより、体毛色が黒い100%キメラマウスを出産させた。得られた100%キメラマウスの生殖細胞がES細胞由来であることを確認するために、ICRメスマウスと交配して産仔を確認したところ、全ての産仔の体毛色が黒色であり、キメラマウスの生殖細胞はES細胞由来であることが確認された。キメラマウスをC57BL/6と交配することによってHeマウスを得て、Heマウス同士の交配によってN-KOマウスを得た。
【0070】
得られたマウスの遺伝子型を、PCRによって生じるDNA断片のサイズの違いによって確かめた。マウスの尾を2-3mm程度切り、プロテイナーゼK溶液(lysis buffer(パーキンエルマ)をPBS(-)で2倍に希釈。メルカプトエタノール1%、プロテイナーゼK0.25 mg/ml)によって消化(55℃、2時間)する。以降、ゲノムDNAを常法に従って抽出し、蒸留水100-200μlにて溶解してPCRのテンプレートとした。ネオマイシン耐性遺伝子に含まれる配列(配列番号8)と、α1Bサブユニット遺伝子の2つの部位にプライマーを設計し(配列番号9および配列番号10)、PCRを行い、各個体の遺伝子型を同定した。変異を起こした遺伝子は520bp、野生型の遺伝子は490bpのPCR産物を生じる。
【0071】
また必要に応じて、サザンブロット解析によっても遺伝子型を確認した。マウスの尾より抽出したゲノムDNAをBamHIにより切断し、ターゲティングベクター内のネオマイシン耐性遺伝子に隣接する領域をプローブProN(pBS59をNcoIで切り出した約1kbpのDNA、図1参照)とハイブリダイズさせると、N-KOでは3.1 kbのバンドのみが検出された。
【0072】
マウスの脳におけるmRNAの発現量をノーザンブロットにより確認した。各遺伝子型のマウス3匹の脳から、AGPC法によりトータルRNAを抽出した。トータルRNAよりoligo dTカラム(アマシャムファルマシアバイオテク)を用いて精製しmRNAを得た。0.5%ゲルにてmRNA(5μg/レーン)の電気泳動を行い、配列番号6の塩基配列を有するDNAをプローブとしてハイブリダイズさせた。ノーザンブロット解析により、N-KOマウスではWtマウスで発現して
いるmRNAが完全に消失していた。
【0073】
(5)N-KOの、N型Caチャネルを通した電流量による確認
WtマウスとN-KOマウスの後根神経節の神経細胞を用いて、ω-コノトキシンGVIAで抑制されるCa2+の流入量の変化をホールセルパッチクランプ(whole-cell patch clamp)法でBa2+をチャージキャリア(charge carrier)として測定した。
【0074】
5〜8週齢のマウスをエーテルにて麻酔し後根神経節を摘出して、クレブス(Krebs)溶液中で初めにプロナーゼ(0.2mg/ml)で30分間、次いでサーモライシン(0.2mg/ml)で30分間消化反応を行って細胞を単離した。
【0075】
パッチクランプ増幅器(Axopatch 200B)を全細胞モードにセットし、室温で測定した。パッチピペット(外径1.5mm、内径1.1mm)は、P-87 Flaming-Brown micropipette puller(Sutter Instrument社)により作製した。単離した神経細胞の外液は、3mM BaCl2、155mM テトラエチルアンモニウムクロライド、 10mM HEPES、10mM グルコース(pH7.4)とし、パッチピペット内は、85mM アスパラギン酸Cs塩、40mM CsCl、2mM MgCl2、5mM EGTA、2mM ATPMg、5mM HEPES、10mM クレアチンリン酸(pH7.4)とした。ピペットの電気抵抗は1〜2 Mohmとし、100kHzで刺激した時に得られるBa2+の電流量をpCLAMP(Axon Instruments)で解析した。WtマウスおよびN-KOのそれぞれの神経細胞の全Caチャネルの電流量を測定した後、ω-コノトキシンGVIA(1μM)を添加してN型Caチャネル以外の電流量を測定した。
【0076】
結果を図5に示す。図中の値は平均値であり、バーは標準偏差を示す(Wt(+/+):n=4, N-KO(-/-):n=7)。N-KOマウスより摘出した神経後根節の神経細胞で、ω-コノトキシンGVIAにより抑制されるCa2+の流入が観察されないことが電気生理学的に証明され、N-KOマウスでは機能を持ったN型Caチャネルを欠失していることが確認された。
【0077】
(6)遺伝子型間の体重、心拍数および血圧の比較
WtマウスとN-KOマウスの体重、心拍数および平均血圧について比較検討した。Wtマウス(15〜16週齢、雄、n=4)およびN-KOマウス(15〜16週齢、雄、n=4)を10%ウレタンで麻酔した。気管挿管後アニマルベンチレータ(Columbs社製)にて換気量0.2mlおよび呼吸回数140回/分で人工呼吸を行った。右総頸動脈にヘパリンを含む生理食塩水を充填したポリエチレンチューブを挿入し、それを圧トランスデューサー(Millar、Model MPC-500)に接続して血圧を測定した。心拍数は血圧の脈動から求めた。
【0078】
結果を図6に示す。図中の値は平均値であり、有意差検定はt検定法によるものである。体重に関しては両群に差はなかった(28.2±3.2 g vs 30.8±4.0 g)。心拍数と平均血圧に関しては、Wtマウスに対してN-KOマウスが有意に高かった(562±101.9 beats/min vs 742±32.5 beats/min, p<0.05, 73.4±7.7 mmHg vs 100.0±6.6 mmHg, p<0.05)。
【0079】
これらの結果は、Wtマウスにおいては迷走神経緊張により心拍数および血圧が一定のレベルに保たれていたのに対し、N-KOマウスにおいては交感神経支配および副交感神経支配がともに消失しているために迷走神経緊張状態でなくなり、心拍数および血圧が有意に上昇している可能性を示唆していると思われる。またN-KOマウスでは、恒常的にノルアドレナリンなどの神経伝達物質やアンジオテンシンII、エンドセリンなどの昇圧に関与する因子が高くなっている可能性も考えられる。
【0080】
[実施例2] マウスへのω-コノトキシンGVIA投与時の血圧変動
WtマウスとN-KOマウスの、ω-コノトキシンGVIAによる心拍数および血圧の変動を評価した。Wtマウス(15〜16週齢、雄、体重28.2±3.2g、n=4)およびN-KOマウス(15〜16週
齢、雄、体重30.8±4.0g、n=4)を10%ウレタンで麻酔した。気管挿管後アニマルベンチレータ(Columbs社製)にて換気量0.2mlおよび呼吸回数140回/分で人工呼吸を行った。右総頸動脈にヘパリンを含む生理食塩水を充填したポリエチレンチューブを挿入し、それを圧トランスデューサー(Millar、Model MPC-500)に接続して血圧を測定した。また、左総頸動脈にカテーテルを留置し、ω-コノトキシンGVIA(omega-CgTxGVIA)(30μg/kg)を投与した。
【0081】
結果を図7に示す。図中、値は平均値であり、バーは標準偏差を示す。Wtマウスでは投与10分後から有意な心拍数および血圧の低下が認められた。一方、N-KOマウスにおいてはω-コノトキシンGVIA投与後も心拍数および血圧の変化は認められなかった。
【0082】
この結果は、N型Caチャネルが心拍数および血圧の調節に関与していることを示しており、N-KOマウスは心拍数や血圧調節のメカニズムを解明するのに有用なモデル動物であると考えられる。
【0083】
[実施例3] 血圧調節機構に関する実験−両側頸動脈閉塞(bilateral carotid occlusion、以下BCOと称す)に対する血圧変化の検討
WtマウスおよびN-KOマウスのBCOに対する血圧変動を評価した。Wtマウス(15〜16週齢、体重28.2±3.2g、n=4)およびN-KOマウス(15〜16週齢、体重30.8±4.0g、n=4)を10%ウレタンで麻酔した。気管挿管後アニマルベンチレータ(Columbs社製)にて換気量0.2mlおよび呼吸回数140回/分で人工呼吸を行った。右総頸動脈にヘパリンを含む生理食塩水を充填したポリエチレンチューブを挿入し、それを圧トランスデューサー(Millar、Model MPC-500)に接続して血圧を測定した。また、左総頸動脈に動脈閉塞のためのシルク糸(夏目、糸付縫合針 黒ブロードシルク No.8-0)をかけておき、シルク糸を上方へ持ち上げることによって血流を一時停止させBCOの状態とした。
【0084】
30秒間のBCOを行った結果、Wtマウスでは一過性の血圧上昇が認められたが、この血圧上昇反応はω-コノトキシンGVIA(30μg/kg)投与によってほとんど消失した。一方、N-KOマウスではBCOによっても血圧上昇はみられなかった。典型的データを図8に示す(図8、上:動脈圧、下:平均血圧)。
【0085】
この結果から、N-KOマウスでは内頸動脈に存在する圧受容器を介した圧反射機構が欠如していおり、少なくとも交感神経節後線維の神経終末から神経伝達物質が遊離していないと考えられる。
【0086】
N-KOマウスを用いることにより、心循環の制御機構に関与する自律神経終末における各サブタイプのCaチャネルの役割を明らかにすることが可能であると考えられる。
【0087】
[実施例4] ホルマリン投与に対する鎮痛効果の検討
実験には、Wtマウス、HeマウスおよびN-KOマウス(雄、6週齢)を使用した。ホルムアルデヒド液(WAKO、35.0〜38.0%、一級、Lot No. DLL4284)を30μl取り、生理食塩水970μlに加えた。これを3%ホルマリンとした。マウス左後肢の足底へ3%ホルマリン20μlを皮下投与した。ホルマリンを投与してからマウスが左後肢を舐める(リッキング(licking))行動の持続時間を30分間測定し、痛みの指標とした。持続時間は5分間毎に集計し、秒数で示した。有意差検定はパラメトリック1元配置分散分析を行った後、Dunnet型多重比較をした(*: p<0.05, **: p<0.01, vs. 対照群)。検定にはSAS 6.12((株)SASインスティチュートジャパン、東京)を組み込んだ統計解析支援システムを使用した。
【0088】
その結果、N-KOマウスでは、WtマウスおよびHeマウスに比較し、第一相(0〜5分)の痛みに対しては差を認めないが、第二相(15〜30分)の痛みに対して鎮痛効果を認めた(図
9)。このことは、N型Caチャネルが痛みの伝達に関与する事を示唆している。また、痛みの伝達を完全に抑制できていないため、N-KOマウスはN型Caチャネル以外の作用点を介した鎮痛薬の評価に有用であることを示している。
【0089】
[実施例5] N-KOマウスの血糖値
1.N-KOマウスの血糖値の測定
摂食下(採血前2時間絶食)又は絶食下(18時間絶食)のN-KOマウスおよびWtマウス(Wt(+/+)オス:n=9、Wtメス:n=10、N-KO(-/-)オス:n=10、N-KOメス:n=10)の尾静脈より血液10μlを採血し、0.6 N過塩素酸90μlと混和して遠心(7,000 rpm, 2 min)した。上清20μlとグルコースCII-テストワコー(和光純薬)の発色液300μlを96穴マイクロプレート上で混和し、37℃で5 min反応させ、505 nmで測定した。
【0090】
その結果を図10に示す。図中の値は平均値である。摂食下の場合では、N-KOマウスはWtマウスに比較して有意に低い血糖値を示した(t検定)。一方、絶食下では両者間で血糖値に有意差は認められなかった。
【0091】
以上の結果は、N型Caチャネルを介した神経伝達の活性化により血糖値を上昇させうることを示しており、N型Caチャネルが血糖値の正常化(恒常性の維持)に関与してることを示唆している。
【0092】
2.N-KOマウスの糖負荷試験
16時間絶食したWtマウスとN-KOマウス(雄、9〜10ヶ月齢、血糖値についてはWt:n=9, N-KO:n=9、インスリン定量値についてはWt:n=8, N-KO:n=9)に20%グルコース溶液を2 g/kg体重で経口投与し、0、0.5、1、2、3、4時間後に尾静脈より10μlを採血し、上記と同様の方法で血糖値を測定した。また、同様に採血した10μlの血液を、10μlのヘパリン生理食塩水と混和し、遠心分離後、上清中のインスリン量をエンザイムイムノアッセイキット(森永生化学研究所)にて定量した。血糖値を図11に、インスリン定量値を図12に示す。図11および12において、値は平均値であり、バーは標準偏差を示す。
【0093】
図11に示す通り、N-KOマウスでは空腹時血糖がWtマウスに比べ有意に低く、糖負荷後も血糖値は有意に低値を推移した。9〜10ヶ月齢のWtマウスでは加齢性のインスリン抵抗性が生じていると考えられるのに対し、N-KOマウスの血糖値の推移は若年マウスに類似していた。
【0094】
このことは、図12のインスリン定量値でも示され、Wtマウスでは糖負荷前後で高値のインスリン濃度を持続するのと比較して、N-KOマウスでは、インスリン濃度も低く1時間後には負荷前のレベルに戻った。また、Wtマウスのインスリン定量値は個体により大きく異なっていた。
【0095】
これらの実験結果は、N-KOマウスがインスリン抵抗性になりにくいことを示しており、N型Caチャネルがインスリン抵抗性に関与していることが示唆され、N型Caチャネルの活性化が血糖理の正常化に関与することを示している。
【0096】
なお、グルカゴンおよびレプチンの量も測定したが、WtマウスとN-KOマウスの間で差が見られなかった。
【0097】
3.脾臓の免疫蛍光染色
N型Caチャネルとインスリン抵抗性の関連性を更に確かめるために、WtマウスおよびN-KOマウスの膵臓ランゲルハンス島β細胞を比較した。
【0098】
WtマウスおよびN-KOマウス(雄、11ヶ月齢)を、ネンブタールによる麻酔後、開腹し、右心房の弁の辺りを切開して除血した。左心室からヘパリン(4 U/ml)を含むPBSを注入し、肝臓が白色化したのを確認した後、PBSに溶解した4%パラホルムアルデヒドを引き続き注入した。個体が硬直化したのを確認して、膵臓を摘出し4%パラホルムアルデヒドで1時間4℃で固定した。固定後、30%シュークロースを含むPBS中に4℃で一晩放置し、OCTコンパウンドで包埋して薄切片を作製した。
【0099】
インスリンを含有するβ細胞は、薄切片を、1次抗体としてモルモット(guinea pig)抗インスリン血清(Linco Research社製)および2次抗体としてローダミン標識した抗モルモットIgG抗体(Chemicon International社製)を用いて染色し、蛍光顕微鏡で観察した。同様にグルカゴンを含有するα細胞は、ウサギ(rabbit)抗グルカゴン抗体(Linco Research社製)およびFITC標識した抗ウサギIgG抗体(Organon Teknika社製)を用いて染色し、観察した。
【0100】
N-KOマウスではβ細胞の細胞塊が小さく、Wtマウスに見られる様な、加齢に伴うβ細胞数の増加が見られなかった。一方α細胞は、両者の間に差が認められなかった。
【0101】
Wtマウスでは加齢性のインスリン抵抗性が生じており、β細胞におけるインスリン産生が亢進しているのに対し、N-KOマウスではインスリン抵抗性が生じていないことを示しているものと考えられる。
【0102】
[実施例6] N-KOマウス心房筋収縮力に対する自律神経支配
N-KOマウス心房筋収縮力に対する自律神経支配に関して検討を行った。マウス(WtおよびN-KOそれぞれn=5)より心房を単離し、2台の刺激装置より筋直接刺激および神経刺激を与えることにより収縮力と活動電位を同時記録した。刺激条件としては、基本刺激は頻度2 Hz、閾値の直ぐ上の電圧、パルス幅1 msecとした。神経刺激は頻度200 Hz、基本刺激の1.5倍の電圧、パルス幅0.1 msecで、1基本刺激あたり4発の神経刺激を心筋の不応期の間15 secに加えた。
【0103】
図13に左心房および右心房5例の実験結果を示す。値は平均値であり、バーは標準偏差を示す。図中、w-CgTxはω-コノトキシンGIVAを意味する。
【0104】
左心房においては、Wtマウスの心房筋収縮力はアトロピン神経刺激により大きく増加し、この収縮力増加は30 nMのω-コノトキシンGVIAでほぼ完全に抑制された。これに対しN-KOマウスの心房筋収縮力は、アトロピン神経刺激により軽度の増加が認められたものの、この収縮力増加は100 nMまでのω-コノトキシンGVIAで抑制されなかった。また図には示さないが、これら収縮力増加はテトロドトキシン0.1μMで完全に抑制された。
【0105】
右心房筋においては、左心房ほど顕著なアトロピン神経刺激による心房筋の収縮力増加は認められなかったものの、左心房とほぼ同様の結果が得られた。
【0106】
この結果は、Wtマウスでは交感神経からのノルエピネフリン(NE)の遊離はほとんどN型Caチャネルに依存しているが、N-KOマウスでは別の型のCaチャネルが代償的に増加してNEの遊離に寄与したものと考えられる。右心房では、Wtマウスで左心房に比べ神経刺激による収縮力増加が小さく左右心房での神経支配の密度に差があることが予想される。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明により、N型Caチャネルが機能的に発現していない動物が提供される。本発明の動物を用いることにより、N型Caチャネルの機能を推定することができ、さらに、N-KO動物とWt動物に薬剤を投与し、その応答の差から薬剤がN型Caチャネルに作用しているか否
かを推定することができる。また、本発明の動物を用いた、血圧の制御、痛みの伝達、血糖値の制御等に関する薬理作用を有する物質のスクリーニング法およびそのスクリーニング法により得られる、該薬理作用を有する物質、並びに、そのスクリーニング法により薬理作用を有する物質をスクリーニングし、得られる物質を有効成分とする医薬の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0108】
【図1】ファージDNAクローンの制限酵素地図とpBS59/63/58n。
【図2】ターゲティングベクターの作製。
【図3】ターゲティングベクターの作製。
【図4】ターゲティングベクターの作製。
【図5】N-KOマウスおよび野生型マウスの、N型Caチャネルを通した電流量の比較。
【図6】N-KOマウスおよび野生型マウスの、心拍数と血圧の比較。
【図7】ω-コノトキシンを投与したN-KOマウスおよび野生型マウスの血圧変動の比較。
【図8】両側頸動脈閉塞(BCO)を行ったN-KOマウスおよび野生型マウスの血圧変動の比較。
【図9】ホルマリン試験によるN-KOマウスおよび野生型マウスの痛みに対する感受性の比較。
【図10】N-KOマウスおよび野生型マウスの血糖値の比較。
【図11】N-KOマウスおよび野生型マウスの糖負荷後の血糖値の比較。
【図12】N-KOマウスおよび野生型マウスの糖負荷後の血中インスリンの比較。
【図13】N-KOマウスおよび野生型マウスの心房筋収縮力に対する自律神経支配の比較。
【技術分野】
【0001】
本発明は、N型カルシウムチャネルを欠失した動物およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
カルシウムチャネル(Caチャネル)は、細胞内へのCa2+の流入を調節することにより細胞内への情報伝達を行う膜蛋白質である。中でも神経細胞・筋肉細胞等の興奮性細胞にある電位依存性Caチャネルは、膜電位の変化を通して伝えられた情報を、Ca2+濃度の上昇という細胞内情報に変換する重要な役割を果たす蛋白質である。
【0003】
神経細胞および筋肉細胞からは種々の電位依存性Caチャネルが同定されており(非特許文献1、非特許文献2)、電気生理学的性質、および、アンタゴニストに対する感受性により、6つの型(L、N、P、Q、RおよびT)に分類される。
【0004】
このうちN型Caチャネルは、イモ貝より単離されたペプチド毒素ω-コノトキシンGVIAによりCa2+の流入が抑制されることにより特徴づけられるCaチャネルである。
【0005】
カルシウム拮抗薬は、抗狭心症薬、抗不整脈薬および高血圧症治療薬として繁用されているが、その作用機序は、細胞膜にあるL型Caチャネルと特異的に結合して細胞内へのCa2+流入を抑制することによる血管平滑筋弛緩または心筋収縮力抑制である。一方、神経においては Ca2+は、神経伝達物質遊離、発火パターンの形成、神経突起の伸展など正常な諸機能に重要な因子である反面、Ca2+動態の変調が脳虚血後に起こる遅発性神経細胞死やある種のてんかん等の疾患に深く関与していることが明らかにされつつある(非特許文献3)。ここ数年、L型およびT型以外に神経に特異的に存在するP型、N型、Q型およびR型の存在が確認され、これらのCaチャネルの神経機能に対する役割が注目されると同時に、これらを標的とする新規カルシウム拮抗薬の開発が活発に行われようとしている。
【0006】
特に、N型Caチャネルは自律神経系の神経終末に発現していることが報告されており、自律神経を介した調節に果たす役割が注目されている(非特許文献4、非特許文献5)。
【0007】
従来、N型Caチャネルに対する機能評価は、1)シナプトゾームや培養神経細胞を使用したin vitro実験、または、2)ω-コノトキシンGVIAを投与したin vivo実験により行われてきた。1)はin vitro実験であり、生体内の正確なN型Caチャネルに対する機能評価には不適である。一方、2)はin vivo実験ではあるが、(1)ω-コノトキシンGVIAの選択性が完全には解明されていない (2)ω-コノトキシンGVIAはペプチドゆえに神経細胞への移行性が充分でない (3)ω-コノトキシンGVIA投与では慢性期実験は困難である等の点から生体内の正確なN型Caチャネルに対する機能評価には不適である。
【非特許文献1】Bean, B.P.et al, Ann. Rev. Physiol., 51:367-384, 1989
【非特許文献2】Hess P., Ann. Rev. Neurosci., 56:337, 1990
【非特許文献3】Siesjo、1986、Mayo Clin Proc 61: 299
【非特許文献4】Lane D. H. et al, Science, 239: 57-61, 1988
【非特許文献5】Diane L, et al, Nature 340: 639-642, 1989
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記の欠点を克服するために、N型Caチャネルのみが欠損し慢性期実験が可能なN型Caチャネルノックアウトマウスの作製が強く望まれている。
【0009】
本発明の課題は、N型Caチャネルのα1Bサブユニットを欠失させたノックアウトマウス(以下、N-KOマウス)を作製することである。これにより、中枢神経系および末梢神経系の神経終末に発現し、生体のホメオスタシス維持に重要な役割を果たすと考えられるN型Caチャネルが、生体内で実際にどの様な機能を担っているかを明らかにすることができる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
N-KOマウスは、自律神経系を介したホメオスタシスの維持、特に血圧の制御ができず、正常には生存できない可能性があった。しかし、正常に生存できないとしても、N-KOマウスに見られる異常からN型Caチャネルの機能を推定できるのではないかと考え、N型Caチャネルのα1Bサブユニットをコードする遺伝子を、ターゲッテドディスラプション(targeted disruption)により破壊したN-KOマウスを作製することを試みた。
【0011】
その結果、N-KOマウスは個体発生して発育し、更に子孫を残すことができることが判明した。そしてN-KOマウスより摘出した後根神経節の神経細胞で、ω-コノトキシンGVIAにより抑制されるCa2+の流入が観察されないことが電気生理学的に証明され、N-KOマウスでは機能を持ったN型Caチャネルを欠失していることが確認された。
【0012】
更なる研究の結果、N-KOマウスは、神経系を介した血圧反射が無い、野生型マウスと比較して痛みに対して鈍感である、血糖値が低い等、N型Caチャネルの欠失を原因とする特有の性質を有することが明らかとなり、N-KOマウスがN型Caチャネルの生体内での機能の解析に有用であることが明らかとなって、本発明を完成するに到った。
【0013】
すなわち本発明は、N型Caチャネルをコードする遺伝子を破壊し、機能を持つN型Caチャネルを欠失させた非ヒト動物(以下、「本発明動物」ともいう)を提供する。好ましくは非ヒト動物は齧歯類であり、更に好ましくはマウスである。
【0014】
N型Caチャネルをコードする遺伝子は、好ましくは、N型Caチャネルのα1Bサブユニットをコードする遺伝子である。より具体的には、遺伝子が以下の(a)又は(b)のDNAからなる遺伝子が挙げられる。
(a)配列番号1に記載の塩基配列からなるDNA。
(b)配列番号1に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、機能を持つN型カルシウムチャネルのα1BサブユニットをコードするDNA。
【0015】
本発明は、また、本発明動物に物質を投与し、該物質の該動物に対する作用を測定することを含む、物質の作用を測定する方法(以下、「本発明測定方法」ともいう)を提供する。
【0016】
本発明測定方法は、本発明動物および野生型の動物に物質を投与し、本発明動物と野生型の動物に対する該物質の作用を比較し、該物質の、N型カルシウムチャネルに関連する作用を測定することを含むことが好ましい。
【0017】
本発明は、さらに、本発明測定方法により、物質の薬理作用を測定することを含む、薬理作用を持つ物質をスクリーニングする方法、そのスクリーニング方法により得られる、薬理作用を持つ物質、および、そのスクリーニング方法により、薬理作用を持つ物質をスクリーニングし、得られた物質を有効成分として含む医薬を製造することを含む、医薬を製造する方法を提供する。
【0018】
薬理作用としては、血圧を降下させる作用、鎮痛作用および血糖値を低下させる作用が
挙げられる。このような薬理作用を持つ物質から、これらの物質を有効成分とする血圧降下剤、鎮痛剤または血糖値低下剤をそれぞれ製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に本発明の実施の形態について詳細に説明する。
上述のように、本発明者らは、機能を持ったN型Caチャネルを欠失したマウスが、個体発生して発育し子孫を残すことを見出し、生体におけるN型Caチャネルの機能の解析に有用であることを見出した。本発明動物は、これらの知見に基づくものであり、N型Caチャネルをコードする遺伝子を破壊し、機能を持つN型Caチャネルを欠失させた非ヒト動物であることを特徴とする。
【0020】
遺伝子を破壊するとは、遺伝子に変異を導入して、その遺伝子産物の機能を失わせることを意味する。遺伝子の破壊の方法としては、ターゲッテドディスラプション(targeted disruption)が挙げられる。ターゲッテドディスラプションは、遺伝子ターゲッティングにより遺伝子を破壊する方法であり、標的となる遺伝子の塩基配列に、遺伝子産物の機能が失われるような変異を導入したDNA、好ましくは選択マーカ、更に好ましくは薬剤に対する耐性遺伝子を、遺伝子産物の機能が失われるように挿入したDNAを、細胞に導入し、導入したDNAと標的遺伝子との間で相同組換えを起こした細胞を選択して、標的遺伝子に変異を導入する技術を指す(Suzanne L. et.al., Nature, 336, 348, 1988)。ここでターゲッテドディスラプションは、N型Caチャネルをコードする遺伝子の塩基配列の情報に基づいて該遺伝子を破壊する技術の例示であり、該遺伝子の塩基配列の情報に基づいて破壊したのであれば本発明に含まれるものである。
【0021】
また、機能を持つN型Caチャネルを欠失させたとは、N型Caチャネルを通したCa2+の流入が実質的に無くなっていることを意味し、ω-コノトキシンGVIAにより抑制されるCa2+の流入が、実質的に無くなっていることにより検証することができる。ここでω-コノトキシンGVIAは、イモ貝毒(Conus geographus)より精製されるペプチドで(Baldomero M.
O. et al., Biochemistry 23, 5087, 1984)、配列番号3に記載のアミノ酸配列により特徴づけられる。
【0022】
N型Caチャネルをコードする遺伝子とは、N型Caチャネルのみに含まれる構成サブユニット、例えばα1Bサブユニットをコードする遺伝子を意味する。
【0023】
α1Bサブユニットをコードする遺伝子の具体例は、以下の(a)又は(b)のDNAからなる遺伝子である。
(a)配列番号1に記載の塩基配列からなるDNA。
(b)配列番号1に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、機能を持つN型Caチャネルのα1BサブユニットをコードするDNA。
【0024】
またここでストリンジェントな条件の例としては、65℃ 4x SSCにおけるハイブリダイゼーション、次いで65℃で1時間0.1x SSC中での洗浄である。また別法としてストリンジェントな条件は、50%ホルムアミド中42℃ 4x SSCである。
【0025】
好ましくは非ヒト動物は齧歯類であり、更に好ましくはマウスである。
【0026】
本発明動物は、標的遺伝子を、N型Caチャネルをコードする遺伝子とする他は、通常の遺伝子ターゲティングによるノックアウト動物の作製法に従って作製することができる。
【0027】
以下、N型Caチャネルをコードする遺伝子のターゲッテドディスラプションを例として、N型Caチャネルα1Bサブユニット遺伝子のクローニング、ターゲッテドディスラプショ
ンに用いるターゲッティングベクターの構築、相同組換えを起こした胚性幹細胞(ES細胞)の取得の順に説明する。
【0028】
1.N型Caチャネルα1Bサブユニット遺伝子の一部を含むDNAのクローニング
N型Caチャネルα1BサブユニットをコードするDNAは、Thlerry C. et. al, FEBS Letters, 338, 1, 1994に記載の塩基配列を基にプライマーを設定し、非ヒト動物のゲノムDNAあるいはcDNAよりPCRにより、あるいは非ヒト動物のRNAよりRT-PCRにより得ることができる。また別法としては、前述の引用文献に記載の塩基配列を基にプローブを合成して、非ヒト動物のゲノムDNAライブラリーあるいはcDNAライブラリーより、プローブとハイブリダイズするクローンを選び出し、塩基配列を決定して、N型Caチャネルα1Bサブユニット遺伝子あるいはその一部、好ましくは500 bp以上、更に好ましくは1 kbp以上の塩基配列を含むクローンを選択しても良い。
【0029】
クローニングされたDNAに含まれる制限酵素部位を確認して制限酵素地図を作製する。相同組換えするのに十分な長さのDNA、好ましくは7 kbp以上、更に好ましくは10 kbp以上のクローンが得られなかった場合は、複数のクローンより適切な制限酵素部位でDNAを切り出して繋ぎ合わせてもよい。
【0030】
2.ターゲッティングベクターの構築
得られた相同組換えに十分な長さのDNA中のエクソン領域の制限酵素部位に、薬剤耐性遺伝子などのポジティブ選択マーカー、好ましくはネオマイシン耐性遺伝子を導入する。またエクソンの一部を取り除いて、代わりに薬剤耐性遺伝子に置き換えてもよい。適当な制限酵素部位が無い場合には、制限酵素部位を含むように設計したプライマーを用いるPCR、制限酵素部位を含むオリゴヌクレオチドのライゲーション等により、適当な制限酵素部位を導入してもよい。
【0031】
好ましくは、導入されたDNAとN型Caチャネルα1Bサブユニット遺伝子の間に相同組換えが起こらず、導入されたDNAがN型Caチャネルα1Bサブユニット遺伝子以外の部位に挿入されてしまったES細胞を除去するために、ベクター内にはネガティブ選択マーカー、例えばチミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリア毒素遺伝子などを含むのが好ましい。
【0032】
これらのDNAの塩基配列を操作する組換えDNA技術は、例えばSambruck, J., Fritsch, E. F., and Maniatis, T. (1989) Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY に記載された方法によって行うことができるが、適当な組換えDNAを得ることができれば、これらの方法に限られるものではない。
【0033】
3.相同組換えを起こした胚性幹細胞(ES細胞)の取得
作製したターゲティングベクターを、制限酵素で切断して直鎖状DNAとし、例えばフェノール・クロロフォルム抽出、アガロース電気泳動、超遠心等により精製して、ES細胞、例えばTT2へトランスフェクトする。トランスフェクションの方法としては、エレクトロポレーション、リポフクションなどが挙げられるが、本発明はこれに限られるものではない。
【0034】
トランスフェクトした細胞は適当な選択培地中、例えばネオマイシン耐性遺伝子とチミジンキナーゼ遺伝子を組み込んだターゲティングベクターを構築した場合には、培地中にネオマイシンとガンシクロビルを含む選択培地中で培養する。
【0035】
両薬剤に対し薬剤耐性を呈して増殖してきたES細胞に、導入遺伝子、例えばネオマイシン耐性遺伝子が組み込まれたことは、PCR等で容易に確認することができる。更にターゲ
ティングベクターの外側の5'上流又は3'下流のDNA一部をプローブとしてサザンブロット解析することにより、相同組み換えを起こしたかどうかを確認することもできる。また、ターゲティングベクターがランダムに挿入されていないことは、ターゲティングベクター内のDNAをプローブとしてサザンブロット解析することにより確認できる。これらの方法を組み合わせることにより、相同組み換えを起こしたES細胞を取得することができる。
【0036】
続いて、ノックアウトマウスの作製法の例について述べるが本発明はこれに限られるものではない。
【0037】
ノックアウトマウスは、受精後8細胞期胚あるいは胚盤胞の採取、相同組み換えを起こしたES細胞のマイクロインジェクション、偽妊娠マウスへの操作卵の移植、偽妊娠マウスの出産と産仔の育成、PCR法およびサザンブロット法によるノックアウトマウスの選抜、導入遺伝子をもつマウスの系統樹立、のステップを経て作製する(Yagi T. et. al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993)。
【0038】
1.8細胞期胚あるいは胚盤胞の採取
受精卵は、雌マウスに過剰排卵を誘発させるため、妊馬血清性生殖腺刺激ホルモン5国際単位とヒト絨毛性生殖腺刺激ホルモン2.5国際単位をそれぞれ腹腔内投与して、受精後2.5日目の雌マウスより卵管―子宮還流法により8細胞期胚を得る。なお胚盤胞を用いる場合は受精後3.5日目、雌マウスの子宮を取り出し、子宮還流により胚を得る。
【0039】
2.相同組換えを起こしたES細胞のマイクロインジェクション
得られた8細胞期胚または胚盤胞に、相同組換えを起こしたES細胞をマイクロインジェクトする。マイクロインジェクションは、例えばHogan, B.L.M., A laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York, 1986、(Yagi T. et. al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993)の記載に基づき、倒立顕微鏡下で、マイクロマニピュレータ、マイクロインジェクター、インジェクションピペットおよびホールディングピペットを用いて行うことができる。また、インジェクション用ディッシュには、例えばFalcon 3002(Becton Dickinson Labware)に、培地5μlの液滴およびES細胞を浮遊させた液滴を作り、流動パラフィンを重層したものを用いる。以下相同組換えを起こしたES細胞をマイクロインジェクトした8細胞期胚あるいは胚盤胞を操作卵と称す。
【0040】
3.偽妊娠マウスへの操作卵の移植
精管結紮雄マウスと正常雌マウスとを交配させて偽妊娠マウスを作成し、操作卵を移植する。操作卵の移植は、例えばHogan, B.L.M., A laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York, 1986やYagi T. et. al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993の記載に基づいて行うことができる。以下に具体的操作の例を記すが、本発明はこれに限られるものではない。
【0041】
偽妊娠マウスを、例えば50 mg/kg体重のペントバルビタールナトリウムにて全身麻酔し、両けん部を約1 cm切開して卵巣および卵管を露出し、実体顕微鏡下で卵巣嚢をピンセットで切開し卵管采を露出させる。次に卵管あたり7〜8個の操作卵を卵管采に送り込む。この時、操作卵とともに入れた微小気泡によって、卵管内に移植されたことを確認する。このあと卵管および卵巣を腹腔に戻し両切開部を縫合し、マウスを麻酔から覚醒させる。場合によっては、操作卵を翌日まで培養し、胚盤胞に発生させてから子宮に移植しても良い。
【0042】
4.偽妊娠マウスの出産と産仔の育成
多くの場合、移植後17日目には仔マウスが得られる。仔マウスは通常、相同組換えを起こしたES細胞と、受精卵を採取したマウス細胞のキメラとなる。例えばES細胞としてTT2
を用い、ICRより採取した8細胞期胚に注入した場合、キメラ率の高い仔マウスは体毛色がアグウチ優位となり、キメラ率の低いマウスは体毛色が白色優位となる。
【0043】
5.PCR法およびサザンブロット法による遺伝子導入マウスの選抜
導入遺伝子が生殖細胞に入っているかどうかは、体毛色が白色のマウス、たとえばICRと交配し、得られた仔マウスの体毛色により容易にを確認することができる。あるいはキメラ率の高いマウスは生殖細胞も導入遺伝子を含んでいることが期待されることから、できるだけキメラ率の高いマウスを交配し、得られた仔マウスの尾よりDNAを抽出してPCRに供することにより、導入遺伝子の有無を確認できる。また、PCRの代わりにサザンブロット解析を行うことにより、より確実に遺伝子型を同定できる。
【0044】
6.導入遺伝子をもつマウスの系統樹立
ヘテロマウス(以下、Heマウス)同士を交配することによって、得られた仔マウスの中に導入遺伝子がホモに存在するN-KOマウスを得ることができる。N-KOマウスは、Heマウス同士、HeマウスとN-KOマウス、N-KOマウス同士のいずれの交配でも得ることができる。
【0045】
N-KOマウスのα1BサブユニットmRNAの発現の有無はノーザンブロット解析、RT-PCR、RNaseプロテクションアッセイ、in situハイブリダイゼーション等により確認できる。またα1Bサブユニットのタンパク質の発現を免疫組織染色、標識ω-コノトキシン等により確認することができる。さらに、α1Bサブユニットを含んで構成されるN型Caチャネルの機能を電気生理学的な手法等により確認することも可能である。
【0046】
更に、上述のように、本発明者らは、N型Caチャネルをコードする遺伝子を欠失させた動物に、自律神経系を介した血圧の制御が欠如している、痛み、特に遅発性に現れる第二相の痛みの伝達機構に欠陥がある、血糖値の制御に異常があることを見出し、該動物が、N型Caチャネルをコードする遺伝子の欠失に基づく特有の性質を有することを見出した。本発明測定方法は、これらの知見に基づくものであり、本発明動物に、化合物等の物質を投与し、該物質の該動物に対する作用を測定することを含む、物質の作用を測定する方法である。
【0047】
本発明測定方法は、本発明動物および野生型の動物に物質を投与し、本発明動物と野生型の動物に対する該物質の作用を比較し、該物質の、N型Caチャネルに関連する作用を測定することを含むことが好ましい。N型Caチャネルに関連する作用を測定することによりその物質がN型Caチャネルに与える影響を調べることができる。
【0048】
作用とは、該動物が有する特有の性質に対する作用、例えば該動物に血圧制御、痛みの伝達又は血糖値の制御に異常があることに着目した場合、それぞれ血圧、痛み又は血糖値に対する作用を指すが、該動物が有する特有の性質に関連する作用であれば、これらの例に限定されるものではない。これらの作用は、物質の活性として測定できる。
【0049】
また、野生型とは、機能を持つN型Caチャネルが欠失していないことを意味する。
【0050】
更に本発明は、本発明動物(N型Caチャネルを欠失させた非ヒト動物)を用いた、薬理作用を持つ物質のスクリーニング法を提供する。具体的には、本発明測定方法を用いて、薬理作用を持つ物質、例えば、該動物の血圧、痛みの伝達又は血糖値に作用する物質(すなわち、血圧を降下させる作用を持つ物質、鎮痛作用を持つ物質又は血糖値を低下させる作用を持つ物質)をスクリーニングする方法、そのスクリーニングにより得られる物質、並びに、本発明測定方法を用いて、薬理作用を持つ物質をスクリーニングし、得られた物質を有効成分として含む医薬(例えば、血圧降下剤、鎮痛剤又は血糖値低下剤)を製造することを含む医薬の製造方法も提供する。
【0051】
以下に、例として、血圧を降下させる作用を持つ物質、鎮痛作用を持つ物質、血糖値を低下させる作用を持つ物質の順に説明するが、本発明動物を使ったスクリーニング系を用いるものであれば、本発明に含まれるものである。
【0052】
1.血圧を降下させる作用を持つ物質(降圧薬)のスクリーニング法
N型Caチャネルを欠失させた非ヒト動物(N-KO動物)と、欠失させない野生型動物(Wt動物)に候補物質を投与し、Wt動物では血圧を降下させるがN-KO動物では降下させない薬剤を選択することにより、N型Caチャネルを通したCa2+の流入をブロックして血圧を降下させる作用を持つ物質をスクリーニングすることができる。
【0053】
また逆に、N-KOで血圧を降下させる作用を持つ物質を選択することにより、N型Caチャネルを通したCa2+の流入をブロックを介さないで血圧を降下させる作用を持つ物質をスクリーニングすることが可能である。本発明のN-KOマウスでは、神経系を介した血圧制御が失われていることが予想されていたが、平均血圧がWt動物よりも高値を示したことから、N-KO動物で内在性因子を介した血圧制御系が強く働いている可能性が示唆されている。従ってN-KO動物は、内在性因子を介した血圧を降下させる作用を持つ物質のスクリーニングに特に有用である。
【0054】
具体的には、例えばN-KOマウスおよび野生型マウス(以下、Wtマウス)を用いる場合には、マウスを麻酔、気管挿管した後、アニマルベンチレータ(animal ventilator)にて換気量0.2 mlおよび呼吸回数140回/分で人工呼吸を行い、右総頸動脈にヘパリンを含む生理食塩水を充填したポリエチレンチューブを挿入して、それを圧トランスデューサーに接続して血圧を測定する。スクリーニングに供する候補物質は、左総頸動脈に留置したカテーテルより投与し、血圧を降下させる作用を持つ物質を選択する。
【0055】
2.鎮痛作用を持つ物質(鎮痛薬)のスクリーニング法
N-KO動物およびWt動物に候補物質を投与して、鎮痛作用を比較することにより、N型Caチャネルを通したCa2+流入のブロックを介して、或いは介さずに、鎮痛作用を持つ物質をスクリーニングすることができる。鎮痛作用は、例えばホルマリン試験、ホットプレート試験、酢酸ライジング試験、テイル−フリック(tail-flick)試験、テイル−ピンチ(tail-pinch)試験などにより判定できる。
【0056】
具体的には、例えばN-KOマウスおよびWtマウスを用いたホルマリン試験の場合では、3%ホルマリン20μlをN-KOマウス又はWtマウスの左後肢の足底へ皮下投与し、マウスが左後肢を舐める(licking)行動の持続時間を30分間測定して痛みの指標とする。スクリーニングに共する物質を投与することで、痛みの指標を軽減する物質を選択する。
【0057】
3.血糖値を低下させる作用を持つ物質(血糖降下薬)のスクリーニング法
N-KO動物およびWt動物に候補物質を投与して、血糖値降下作用を比較することにより、N型Caチャネルを通したCa2+流入のブロックを介して、或いは介さずに、血糖値を低下させる作用を持つ物質をスクリーニングすることができる。
【0058】
具体的には、例えばN-KOマウスを用いる場合、摂食下(採血前2時間絶食)又は絶食下(18時間絶食)のN-KOマウスおよびWtマウス尾静脈より血液を採血し、血液中の血糖値を測定する。血糖値は、例えば血液10μlと0.6 N過塩素酸90μlと混和して遠心(7,000 rpm, 2 min)し、上清20μlとグルコースCII-テストワコー(和光純薬)の発色液300μlを混和して、37℃ 5 min反応させた後、505 nmの吸光度を測ることにより測定することができる。
【0059】
薬理作用を持つ物質を有効成分として含む医薬の製造は、通常の製剤法に従って行うことができる。医薬は、薬理作用を持つ物質と医薬的に許容な可能な担体との医薬組成物としてもよい。
【実施例】
【0060】
以下の実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0061】
[実施例1] 遺伝子ターゲッティングによるN型Caチャネルをコードする遺伝子の破壊(1)N型Caチャネルα1Bサブユニット遺伝子のクローニング
FEBS Letters, 338, 1-5, 1994に記載のマウスα1Bサブユニット遺伝子の塩基配列を基に、プライマー(配列番号4および配列番号5)を設計し、マウスcDNAライブラリーをテンプレートとしてPCRにより配列番号6の塩基配列を有するDNAを得た。これをプローブとし、129SVJ由来のマウスゲノムライブラリー(λFIXII)から、N型Caチャネルα1Bサブユニット遺伝子の一部を含むファージDNAクローンを単離した。得られたファージDNAクローンの制限酵素地図を図1に示す。
【0062】
(2)ターゲティングベクターの構築
ターゲティングベクターは、α1Bサブユニット遺伝子のエクソンBを含む領域を相同遺伝子領域として用い、該エクソンBにネオマイシン耐性遺伝子を導入し(図1)、そしてネガティブ選別遺伝子として単純ヘルペスウイルスのチミジンキナーゼ遺伝子を導入する方法で作製した(Suzanne L. et. al., Nature, 336, 348, 1988)。
【0063】
構築の概略を図2〜4に示す。(1)で得られたファージDNAクローンをBamHIで切断し、pBluescript II SK+にサブクローニングして、図2及び3に示す断片を有するpBS59およびpBS58を得た。またファージDNAクローンをHindIIIで切断し、pBluescript II SK+にサブクローニングして、図2に示す断片を有するpBS63を得た。pBS59をAatIIとEcoRIで切断して、pBS63からAatIIとHindIIIで切り出した断片を導入してpBS59/63を作製した。pBS59/63をAatIIで切断し、ネオマイシン耐性遺伝子を含む断片を導入してpBS59/63nを作製し、さらにEcoRVで切断して、pBS58からEcoRVで切断して得た断片を導入してpBS59/63/58nを作製した。選択遺伝子であるチミジンキナーゼ遺伝子をpBS59/63/58nのマルチクローニングサイトのSalI-XhoIサイトに導入してターゲティングベクターを作製した。
【0064】
(3)相同組み換え胚性幹細胞(ES細胞)の取得
(2)で得られたターゲティングベクターをNotIで切断して直鎖状のDNA(1mg/ml)とした。マウスES細胞はTT2を用い(Yagi T. et.al., Analytical Biochem. 214, 70, 1993)、直鎖ターゲッテイングベクター(200μg/ml)をES細胞(1x107 cells/ml)へエレクトロポレーション(250V、975μF、室温)によりトランスフェクトし、培養2日後よりG418(250μg/ml)およびガンシクロビル(0.2μM)を含んだ培地で3日間培養し、その後、G418(250μg/ml)を含んだ培地で3日間培養した。生じたES細胞コロニーの一部からDNAを抽出し、これをテンプレートとし、ターゲティングベクター外の塩基配列(配列番号7)、および、導入遺伝子(ネオマイシン耐性遺伝子)中に含まれる塩基配列(配列番号8)を有するDNAをプライマーとしてPCRを行って、3.7 kbのPCR産物を生じるクローンを、相同組み換えを起こしている可能性のある候補とした。
【0065】
候補クローンの中から相同組み換えのみが起きているクローンをサザンブロット解析によって同定した。抽出したゲノムをApaLIおよびBalIで切断し、ターゲティングベクター外のプローブPro9P(相同組換えを起こした領域の5'上流約0.9 kbpのDNAをPCRにより取得、図1参照)およびターゲティングベクター内のプローブPro8(pBS59からSphIとBamHIにより切り出した約0.8kbpのDNA、図1参照)とハイブリダイズさせ、相同組換えの起きて
いるクローン、即ちPro9PをプローブとしてApaL1切断物で6.9 kb、BalI切断物で4.6 kbのバンドが検出され、Pro8をプローブとしてApaL1切断物で6.9 kb、BalI切断物で2.4 kbのバンドが検出されるクローンを選択した。
【0066】
(4)N-KOマウスの作製
雌マウスに、妊馬血清性生殖腺刺激ホルモン(pregnant mare's serum gonadotropin, PMSG:セロトロピン: 帝国臓器, 東京)5国際単位とヒト絨毛性生殖腺刺激ホルモン(human chorionic gonadotropin, hCG:ゴナトロピン:帝国臓器,東京)2.5国際単位をそれぞれ腹腔内投与して、受精2.5日目に卵管―子宮還流法により8細胞期胚を得た。
【0067】
得られた8細胞期胚へ、(3)で得られた相同組み換えES細胞を、倒立顕微鏡(ダイアフォトTMD:日本光学工業,東京)下で、マイクロマニピュレータ(粗動電動マニピュレータに懸架式ジョイスティック3次元油圧マイクロマニピュレータを装着:ナリシゲ,東京)、マイクロインジェクター(ナリシゲ,東京)、インジェクションピペットおよびホールディングピペットを用いてマイクロインジェクトした。また、インジェクション用ディッシュには、Falcon 3002(Becton Dickinson Labware)に、培地5μlの液滴にES細胞を浮遊させた液滴を作り、流動パラフィンを重層したものを用いた。
【0068】
精管結紮雄マウスと正常雌マウスとを交配させて偽妊娠マウスを作成し、異なる3つの相同組換えES細胞クローンをマイクロインジェクトした操作卵を移植した。偽妊娠マウスを50mg/kg体重のペントバルビタールナトリウム(Nembutal:Abbott Laboratories)にて全身麻酔を行い、両けん部を約1cm切開して卵巣および卵管を露出し、実体顕微鏡下で卵巣嚢をピンセットで切開し卵管采を露出させ、次いで卵管あたり7〜8個の操作卵を卵管采に送り込んだ。その後、卵管および卵巣を腹腔に戻し両切開部を縫合した。
【0069】
操作卵を移植し妊娠したマウスより、体毛色が黒い100%キメラマウスを出産させた。得られた100%キメラマウスの生殖細胞がES細胞由来であることを確認するために、ICRメスマウスと交配して産仔を確認したところ、全ての産仔の体毛色が黒色であり、キメラマウスの生殖細胞はES細胞由来であることが確認された。キメラマウスをC57BL/6と交配することによってHeマウスを得て、Heマウス同士の交配によってN-KOマウスを得た。
【0070】
得られたマウスの遺伝子型を、PCRによって生じるDNA断片のサイズの違いによって確かめた。マウスの尾を2-3mm程度切り、プロテイナーゼK溶液(lysis buffer(パーキンエルマ)をPBS(-)で2倍に希釈。メルカプトエタノール1%、プロテイナーゼK0.25 mg/ml)によって消化(55℃、2時間)する。以降、ゲノムDNAを常法に従って抽出し、蒸留水100-200μlにて溶解してPCRのテンプレートとした。ネオマイシン耐性遺伝子に含まれる配列(配列番号8)と、α1Bサブユニット遺伝子の2つの部位にプライマーを設計し(配列番号9および配列番号10)、PCRを行い、各個体の遺伝子型を同定した。変異を起こした遺伝子は520bp、野生型の遺伝子は490bpのPCR産物を生じる。
【0071】
また必要に応じて、サザンブロット解析によっても遺伝子型を確認した。マウスの尾より抽出したゲノムDNAをBamHIにより切断し、ターゲティングベクター内のネオマイシン耐性遺伝子に隣接する領域をプローブProN(pBS59をNcoIで切り出した約1kbpのDNA、図1参照)とハイブリダイズさせると、N-KOでは3.1 kbのバンドのみが検出された。
【0072】
マウスの脳におけるmRNAの発現量をノーザンブロットにより確認した。各遺伝子型のマウス3匹の脳から、AGPC法によりトータルRNAを抽出した。トータルRNAよりoligo dTカラム(アマシャムファルマシアバイオテク)を用いて精製しmRNAを得た。0.5%ゲルにてmRNA(5μg/レーン)の電気泳動を行い、配列番号6の塩基配列を有するDNAをプローブとしてハイブリダイズさせた。ノーザンブロット解析により、N-KOマウスではWtマウスで発現して
いるmRNAが完全に消失していた。
【0073】
(5)N-KOの、N型Caチャネルを通した電流量による確認
WtマウスとN-KOマウスの後根神経節の神経細胞を用いて、ω-コノトキシンGVIAで抑制されるCa2+の流入量の変化をホールセルパッチクランプ(whole-cell patch clamp)法でBa2+をチャージキャリア(charge carrier)として測定した。
【0074】
5〜8週齢のマウスをエーテルにて麻酔し後根神経節を摘出して、クレブス(Krebs)溶液中で初めにプロナーゼ(0.2mg/ml)で30分間、次いでサーモライシン(0.2mg/ml)で30分間消化反応を行って細胞を単離した。
【0075】
パッチクランプ増幅器(Axopatch 200B)を全細胞モードにセットし、室温で測定した。パッチピペット(外径1.5mm、内径1.1mm)は、P-87 Flaming-Brown micropipette puller(Sutter Instrument社)により作製した。単離した神経細胞の外液は、3mM BaCl2、155mM テトラエチルアンモニウムクロライド、 10mM HEPES、10mM グルコース(pH7.4)とし、パッチピペット内は、85mM アスパラギン酸Cs塩、40mM CsCl、2mM MgCl2、5mM EGTA、2mM ATPMg、5mM HEPES、10mM クレアチンリン酸(pH7.4)とした。ピペットの電気抵抗は1〜2 Mohmとし、100kHzで刺激した時に得られるBa2+の電流量をpCLAMP(Axon Instruments)で解析した。WtマウスおよびN-KOのそれぞれの神経細胞の全Caチャネルの電流量を測定した後、ω-コノトキシンGVIA(1μM)を添加してN型Caチャネル以外の電流量を測定した。
【0076】
結果を図5に示す。図中の値は平均値であり、バーは標準偏差を示す(Wt(+/+):n=4, N-KO(-/-):n=7)。N-KOマウスより摘出した神経後根節の神経細胞で、ω-コノトキシンGVIAにより抑制されるCa2+の流入が観察されないことが電気生理学的に証明され、N-KOマウスでは機能を持ったN型Caチャネルを欠失していることが確認された。
【0077】
(6)遺伝子型間の体重、心拍数および血圧の比較
WtマウスとN-KOマウスの体重、心拍数および平均血圧について比較検討した。Wtマウス(15〜16週齢、雄、n=4)およびN-KOマウス(15〜16週齢、雄、n=4)を10%ウレタンで麻酔した。気管挿管後アニマルベンチレータ(Columbs社製)にて換気量0.2mlおよび呼吸回数140回/分で人工呼吸を行った。右総頸動脈にヘパリンを含む生理食塩水を充填したポリエチレンチューブを挿入し、それを圧トランスデューサー(Millar、Model MPC-500)に接続して血圧を測定した。心拍数は血圧の脈動から求めた。
【0078】
結果を図6に示す。図中の値は平均値であり、有意差検定はt検定法によるものである。体重に関しては両群に差はなかった(28.2±3.2 g vs 30.8±4.0 g)。心拍数と平均血圧に関しては、Wtマウスに対してN-KOマウスが有意に高かった(562±101.9 beats/min vs 742±32.5 beats/min, p<0.05, 73.4±7.7 mmHg vs 100.0±6.6 mmHg, p<0.05)。
【0079】
これらの結果は、Wtマウスにおいては迷走神経緊張により心拍数および血圧が一定のレベルに保たれていたのに対し、N-KOマウスにおいては交感神経支配および副交感神経支配がともに消失しているために迷走神経緊張状態でなくなり、心拍数および血圧が有意に上昇している可能性を示唆していると思われる。またN-KOマウスでは、恒常的にノルアドレナリンなどの神経伝達物質やアンジオテンシンII、エンドセリンなどの昇圧に関与する因子が高くなっている可能性も考えられる。
【0080】
[実施例2] マウスへのω-コノトキシンGVIA投与時の血圧変動
WtマウスとN-KOマウスの、ω-コノトキシンGVIAによる心拍数および血圧の変動を評価した。Wtマウス(15〜16週齢、雄、体重28.2±3.2g、n=4)およびN-KOマウス(15〜16週
齢、雄、体重30.8±4.0g、n=4)を10%ウレタンで麻酔した。気管挿管後アニマルベンチレータ(Columbs社製)にて換気量0.2mlおよび呼吸回数140回/分で人工呼吸を行った。右総頸動脈にヘパリンを含む生理食塩水を充填したポリエチレンチューブを挿入し、それを圧トランスデューサー(Millar、Model MPC-500)に接続して血圧を測定した。また、左総頸動脈にカテーテルを留置し、ω-コノトキシンGVIA(omega-CgTxGVIA)(30μg/kg)を投与した。
【0081】
結果を図7に示す。図中、値は平均値であり、バーは標準偏差を示す。Wtマウスでは投与10分後から有意な心拍数および血圧の低下が認められた。一方、N-KOマウスにおいてはω-コノトキシンGVIA投与後も心拍数および血圧の変化は認められなかった。
【0082】
この結果は、N型Caチャネルが心拍数および血圧の調節に関与していることを示しており、N-KOマウスは心拍数や血圧調節のメカニズムを解明するのに有用なモデル動物であると考えられる。
【0083】
[実施例3] 血圧調節機構に関する実験−両側頸動脈閉塞(bilateral carotid occlusion、以下BCOと称す)に対する血圧変化の検討
WtマウスおよびN-KOマウスのBCOに対する血圧変動を評価した。Wtマウス(15〜16週齢、体重28.2±3.2g、n=4)およびN-KOマウス(15〜16週齢、体重30.8±4.0g、n=4)を10%ウレタンで麻酔した。気管挿管後アニマルベンチレータ(Columbs社製)にて換気量0.2mlおよび呼吸回数140回/分で人工呼吸を行った。右総頸動脈にヘパリンを含む生理食塩水を充填したポリエチレンチューブを挿入し、それを圧トランスデューサー(Millar、Model MPC-500)に接続して血圧を測定した。また、左総頸動脈に動脈閉塞のためのシルク糸(夏目、糸付縫合針 黒ブロードシルク No.8-0)をかけておき、シルク糸を上方へ持ち上げることによって血流を一時停止させBCOの状態とした。
【0084】
30秒間のBCOを行った結果、Wtマウスでは一過性の血圧上昇が認められたが、この血圧上昇反応はω-コノトキシンGVIA(30μg/kg)投与によってほとんど消失した。一方、N-KOマウスではBCOによっても血圧上昇はみられなかった。典型的データを図8に示す(図8、上:動脈圧、下:平均血圧)。
【0085】
この結果から、N-KOマウスでは内頸動脈に存在する圧受容器を介した圧反射機構が欠如していおり、少なくとも交感神経節後線維の神経終末から神経伝達物質が遊離していないと考えられる。
【0086】
N-KOマウスを用いることにより、心循環の制御機構に関与する自律神経終末における各サブタイプのCaチャネルの役割を明らかにすることが可能であると考えられる。
【0087】
[実施例4] ホルマリン投与に対する鎮痛効果の検討
実験には、Wtマウス、HeマウスおよびN-KOマウス(雄、6週齢)を使用した。ホルムアルデヒド液(WAKO、35.0〜38.0%、一級、Lot No. DLL4284)を30μl取り、生理食塩水970μlに加えた。これを3%ホルマリンとした。マウス左後肢の足底へ3%ホルマリン20μlを皮下投与した。ホルマリンを投与してからマウスが左後肢を舐める(リッキング(licking))行動の持続時間を30分間測定し、痛みの指標とした。持続時間は5分間毎に集計し、秒数で示した。有意差検定はパラメトリック1元配置分散分析を行った後、Dunnet型多重比較をした(*: p<0.05, **: p<0.01, vs. 対照群)。検定にはSAS 6.12((株)SASインスティチュートジャパン、東京)を組み込んだ統計解析支援システムを使用した。
【0088】
その結果、N-KOマウスでは、WtマウスおよびHeマウスに比較し、第一相(0〜5分)の痛みに対しては差を認めないが、第二相(15〜30分)の痛みに対して鎮痛効果を認めた(図
9)。このことは、N型Caチャネルが痛みの伝達に関与する事を示唆している。また、痛みの伝達を完全に抑制できていないため、N-KOマウスはN型Caチャネル以外の作用点を介した鎮痛薬の評価に有用であることを示している。
【0089】
[実施例5] N-KOマウスの血糖値
1.N-KOマウスの血糖値の測定
摂食下(採血前2時間絶食)又は絶食下(18時間絶食)のN-KOマウスおよびWtマウス(Wt(+/+)オス:n=9、Wtメス:n=10、N-KO(-/-)オス:n=10、N-KOメス:n=10)の尾静脈より血液10μlを採血し、0.6 N過塩素酸90μlと混和して遠心(7,000 rpm, 2 min)した。上清20μlとグルコースCII-テストワコー(和光純薬)の発色液300μlを96穴マイクロプレート上で混和し、37℃で5 min反応させ、505 nmで測定した。
【0090】
その結果を図10に示す。図中の値は平均値である。摂食下の場合では、N-KOマウスはWtマウスに比較して有意に低い血糖値を示した(t検定)。一方、絶食下では両者間で血糖値に有意差は認められなかった。
【0091】
以上の結果は、N型Caチャネルを介した神経伝達の活性化により血糖値を上昇させうることを示しており、N型Caチャネルが血糖値の正常化(恒常性の維持)に関与してることを示唆している。
【0092】
2.N-KOマウスの糖負荷試験
16時間絶食したWtマウスとN-KOマウス(雄、9〜10ヶ月齢、血糖値についてはWt:n=9, N-KO:n=9、インスリン定量値についてはWt:n=8, N-KO:n=9)に20%グルコース溶液を2 g/kg体重で経口投与し、0、0.5、1、2、3、4時間後に尾静脈より10μlを採血し、上記と同様の方法で血糖値を測定した。また、同様に採血した10μlの血液を、10μlのヘパリン生理食塩水と混和し、遠心分離後、上清中のインスリン量をエンザイムイムノアッセイキット(森永生化学研究所)にて定量した。血糖値を図11に、インスリン定量値を図12に示す。図11および12において、値は平均値であり、バーは標準偏差を示す。
【0093】
図11に示す通り、N-KOマウスでは空腹時血糖がWtマウスに比べ有意に低く、糖負荷後も血糖値は有意に低値を推移した。9〜10ヶ月齢のWtマウスでは加齢性のインスリン抵抗性が生じていると考えられるのに対し、N-KOマウスの血糖値の推移は若年マウスに類似していた。
【0094】
このことは、図12のインスリン定量値でも示され、Wtマウスでは糖負荷前後で高値のインスリン濃度を持続するのと比較して、N-KOマウスでは、インスリン濃度も低く1時間後には負荷前のレベルに戻った。また、Wtマウスのインスリン定量値は個体により大きく異なっていた。
【0095】
これらの実験結果は、N-KOマウスがインスリン抵抗性になりにくいことを示しており、N型Caチャネルがインスリン抵抗性に関与していることが示唆され、N型Caチャネルの活性化が血糖理の正常化に関与することを示している。
【0096】
なお、グルカゴンおよびレプチンの量も測定したが、WtマウスとN-KOマウスの間で差が見られなかった。
【0097】
3.脾臓の免疫蛍光染色
N型Caチャネルとインスリン抵抗性の関連性を更に確かめるために、WtマウスおよびN-KOマウスの膵臓ランゲルハンス島β細胞を比較した。
【0098】
WtマウスおよびN-KOマウス(雄、11ヶ月齢)を、ネンブタールによる麻酔後、開腹し、右心房の弁の辺りを切開して除血した。左心室からヘパリン(4 U/ml)を含むPBSを注入し、肝臓が白色化したのを確認した後、PBSに溶解した4%パラホルムアルデヒドを引き続き注入した。個体が硬直化したのを確認して、膵臓を摘出し4%パラホルムアルデヒドで1時間4℃で固定した。固定後、30%シュークロースを含むPBS中に4℃で一晩放置し、OCTコンパウンドで包埋して薄切片を作製した。
【0099】
インスリンを含有するβ細胞は、薄切片を、1次抗体としてモルモット(guinea pig)抗インスリン血清(Linco Research社製)および2次抗体としてローダミン標識した抗モルモットIgG抗体(Chemicon International社製)を用いて染色し、蛍光顕微鏡で観察した。同様にグルカゴンを含有するα細胞は、ウサギ(rabbit)抗グルカゴン抗体(Linco Research社製)およびFITC標識した抗ウサギIgG抗体(Organon Teknika社製)を用いて染色し、観察した。
【0100】
N-KOマウスではβ細胞の細胞塊が小さく、Wtマウスに見られる様な、加齢に伴うβ細胞数の増加が見られなかった。一方α細胞は、両者の間に差が認められなかった。
【0101】
Wtマウスでは加齢性のインスリン抵抗性が生じており、β細胞におけるインスリン産生が亢進しているのに対し、N-KOマウスではインスリン抵抗性が生じていないことを示しているものと考えられる。
【0102】
[実施例6] N-KOマウス心房筋収縮力に対する自律神経支配
N-KOマウス心房筋収縮力に対する自律神経支配に関して検討を行った。マウス(WtおよびN-KOそれぞれn=5)より心房を単離し、2台の刺激装置より筋直接刺激および神経刺激を与えることにより収縮力と活動電位を同時記録した。刺激条件としては、基本刺激は頻度2 Hz、閾値の直ぐ上の電圧、パルス幅1 msecとした。神経刺激は頻度200 Hz、基本刺激の1.5倍の電圧、パルス幅0.1 msecで、1基本刺激あたり4発の神経刺激を心筋の不応期の間15 secに加えた。
【0103】
図13に左心房および右心房5例の実験結果を示す。値は平均値であり、バーは標準偏差を示す。図中、w-CgTxはω-コノトキシンGIVAを意味する。
【0104】
左心房においては、Wtマウスの心房筋収縮力はアトロピン神経刺激により大きく増加し、この収縮力増加は30 nMのω-コノトキシンGVIAでほぼ完全に抑制された。これに対しN-KOマウスの心房筋収縮力は、アトロピン神経刺激により軽度の増加が認められたものの、この収縮力増加は100 nMまでのω-コノトキシンGVIAで抑制されなかった。また図には示さないが、これら収縮力増加はテトロドトキシン0.1μMで完全に抑制された。
【0105】
右心房筋においては、左心房ほど顕著なアトロピン神経刺激による心房筋の収縮力増加は認められなかったものの、左心房とほぼ同様の結果が得られた。
【0106】
この結果は、Wtマウスでは交感神経からのノルエピネフリン(NE)の遊離はほとんどN型Caチャネルに依存しているが、N-KOマウスでは別の型のCaチャネルが代償的に増加してNEの遊離に寄与したものと考えられる。右心房では、Wtマウスで左心房に比べ神経刺激による収縮力増加が小さく左右心房での神経支配の密度に差があることが予想される。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明により、N型Caチャネルが機能的に発現していない動物が提供される。本発明の動物を用いることにより、N型Caチャネルの機能を推定することができ、さらに、N-KO動物とWt動物に薬剤を投与し、その応答の差から薬剤がN型Caチャネルに作用しているか否
かを推定することができる。また、本発明の動物を用いた、血圧の制御、痛みの伝達、血糖値の制御等に関する薬理作用を有する物質のスクリーニング法およびそのスクリーニング法により得られる、該薬理作用を有する物質、並びに、そのスクリーニング法により薬理作用を有する物質をスクリーニングし、得られる物質を有効成分とする医薬の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0108】
【図1】ファージDNAクローンの制限酵素地図とpBS59/63/58n。
【図2】ターゲティングベクターの作製。
【図3】ターゲティングベクターの作製。
【図4】ターゲティングベクターの作製。
【図5】N-KOマウスおよび野生型マウスの、N型Caチャネルを通した電流量の比較。
【図6】N-KOマウスおよび野生型マウスの、心拍数と血圧の比較。
【図7】ω-コノトキシンを投与したN-KOマウスおよび野生型マウスの血圧変動の比較。
【図8】両側頸動脈閉塞(BCO)を行ったN-KOマウスおよび野生型マウスの血圧変動の比較。
【図9】ホルマリン試験によるN-KOマウスおよび野生型マウスの痛みに対する感受性の比較。
【図10】N-KOマウスおよび野生型マウスの血糖値の比較。
【図11】N-KOマウスおよび野生型マウスの糖負荷後の血糖値の比較。
【図12】N-KOマウスおよび野生型マウスの糖負荷後の血中インスリンの比較。
【図13】N-KOマウスおよび野生型マウスの心房筋収縮力に対する自律神経支配の比較。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
N型カルシウムチャネルのα1Bサブユニットをコードする遺伝子を破壊し、機能を持つN型カルシウムチャネルを欠失させたマウスに物質を投与し、該物質の該マウスに対する作用を測定することを含む、物質の作用を測定する方法。
【請求項2】
N型カルシウムチャネルのα1Bサブユニットをコードする遺伝子を破壊し、機能を持つN型カルシウムチャネルを欠失させたN型カルシウムチャネル欠失マウスおよび野生型のマウスに物質を投与し、N型カルシウムチャネル欠失マウスと野生型のマウスに対する該物質の作用を比較し、該物質の、N型カルシウムチャネルに関連する作用を測定することを含む、物質の作用を測定する方法。
【請求項3】
遺伝子が、配列番号1に記載の塩基配列からなるDNAからなる請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法により、物質の薬理作用を測定することを含む、薬理作用を持つ物質をスクリーニングする方法。
【請求項5】
薬理作用が、血圧を降下させる作用である請求項4に記載の方法。
【請求項6】
薬理作用が鎮痛作用である請求項4に記載の方法。
【請求項7】
薬理作用が、血糖値を低下させる作用である請求項4に記載の方法。
【請求項1】
N型カルシウムチャネルのα1Bサブユニットをコードする遺伝子を破壊し、機能を持つN型カルシウムチャネルを欠失させたマウスに物質を投与し、該物質の該マウスに対する作用を測定することを含む、物質の作用を測定する方法。
【請求項2】
N型カルシウムチャネルのα1Bサブユニットをコードする遺伝子を破壊し、機能を持つN型カルシウムチャネルを欠失させたN型カルシウムチャネル欠失マウスおよび野生型のマウスに物質を投与し、N型カルシウムチャネル欠失マウスと野生型のマウスに対する該物質の作用を比較し、該物質の、N型カルシウムチャネルに関連する作用を測定することを含む、物質の作用を測定する方法。
【請求項3】
遺伝子が、配列番号1に記載の塩基配列からなるDNAからなる請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法により、物質の薬理作用を測定することを含む、薬理作用を持つ物質をスクリーニングする方法。
【請求項5】
薬理作用が、血圧を降下させる作用である請求項4に記載の方法。
【請求項6】
薬理作用が鎮痛作用である請求項4に記載の方法。
【請求項7】
薬理作用が、血糖値を低下させる作用である請求項4に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2007−105046(P2007−105046A)
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−296517(P2006−296517)
【出願日】平成18年10月31日(2006.10.31)
【分割の表示】特願2001−532577(P2001−532577)の分割
【原出願日】平成12年10月26日(2000.10.26)
【出願人】(506137147)エーザイ・アール・アンド・ディー・マネジメント株式会社 (215)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年10月31日(2006.10.31)
【分割の表示】特願2001−532577(P2001−532577)の分割
【原出願日】平成12年10月26日(2000.10.26)
【出願人】(506137147)エーザイ・アール・アンド・ディー・マネジメント株式会社 (215)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]