説明

SETを調節する方法およびその使用

本発明は、SETとApoEペプチド誘導体などの結合剤とを接触させることによって、SET活性を調節する方法を提供する。本発明の一実施形態において、炎症性病態または神経性病態の治療のために、SET活性を調節することができる医薬品組成物を患者に投与する。本発明の別の実施形態において、ApoE誘導体のSETへの結合と競合できるか、または該結合を阻害できる結合剤をスクリーニングすることによって、炎症性病態または神経性病態の治療に有効な化合物を同定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、2006年12月21日に出願された米国仮特許出願第60/876,153号および2007年7月11日に出願された米国仮特許出願第60/929,750号に対する優先権を主張し、これらは参照としてその全体が本明細書に援用されている。
【0002】
本発明は、SETと結合剤とを接触させることによってSET活性を調節する方法を提供する。一実施形態において、結合剤は、ApoEペプチド誘導体である。本発明は、SETの調節により炎症性病態および神経性病態の治療のための方法を提供する。本発明はまた、炎症性病態または神経性病態の治療に有効な化合物を同定する方法を提供する。
【0003】
配列表
米国特許法施行規則(37C.F.R.)§1.821(c)および1.821(e)のもとでコンパクトディスクにより本明細書と共に提出する配列表は、参照としてその全体が本明細書に援用されている。
【背景技術】
【0004】
SETは、タンパク質ホスファターゼ2A阻害剤2タンパク質(I2PP2A)、推定上のHLA−DR関連タンパク質II(PHAPII)、グランザイムA活性化タンパク質IIの阻害剤(IGAAD)およびテンプレート活性化因子(TAF1β)としても知られ、おそらく遺伝子転座の結果として、急性未分化白血病患者においてSET−CAN融合遺伝子の一部として最初に文献で述べられた(Von Lindernら、1992年、Mol. Cell. Biol. 12: 3346-3355頁)。それ以来、SETは、ヒストンアセチルトランスフェラーゼによりヒストンをアセチル化から保護し、HuR mRNA結合を調節し、p21CIP1との結合を介してG2/M期移行を制御し、P450c17活性化に関する転写因子として働く多機能タンパク質として特徴付けられている(Seoら、2001年、Cell. 104: 119-130頁; Brennanら、2000年、J. Cell Biol. 151: 1-14頁; Canelaら、2003年、J. Biol. Chem. 278: 1158-1164頁; Compagnoneら、2000年、Mol. Endocrinol. 14: 875-888頁)。
【0005】
さらに最近、アルツハイマー病(AD)および他の神経変性疾患において、SETがある役割を果たしていることが示唆されている(Madeiraら、2005年、FASEB J. 19: 1905-1907頁; Tsujioら、2005年、FEBS Letters. 579: 363-372頁)。このようなSET活性の証拠としては、神経原線維変化と正の相関を示し、ミニメンタルステート検査と負の相関を示すAD患者の海馬におけるSET発現の増加の所見が挙げられる(Blalockら、2004年、Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 101: 2173-2178頁)。SETはまた、AD患者の脳内に見られるタンパク質であるアミロイド前駆体タンパク質(APP)のプロアポトーシスドメインにより誘導される細胞死の制御において重要な役割を果たしていることが見出されている(Madeiraら、2005年、FASEB J. 19: 1905-1907頁)。「Jcasp」と称されるAPPの短細胞質ドメインは、過度に発現された場合、カスパーゼ−3を活性化し、神経細胞死を誘導する。SETは、Jcaspに特異的に結合し、SETのダウンレギュレーションは、Jcasp誘導細胞死を減少させる。逆にSETの機能獲得は、細胞死を増加させる。
【0006】
神経性疾患におけるSETの役割を解明するために、すべきことがまだ多くあるが、SETは、多様な細胞過程の制御に関与するホスファターゼであるタンパク質ホスファターゼ2A(PP2A)の強力な阻害剤であることが判明している(Liら、1996年、J. Biol. Chem. 271: 11,059-11,062頁)。SETによるPP2Aの阻害は、基質特異的であるように思われる。SETは、基質としてリン酸化ミエリン塩基性タンパク質を用いるとPP2Aを阻害するが、基質としてリン酸化カゼインを用いるとPP2Aの活性を阻害しないことが示されている(Guoら、1995年、Biochemistry、34頁、1988年)。PP2Aは、リン酸化により不活化され、そのCサブユニットのメチル化により活性化されると思われる(Chenら、1992年、Science. 257、1261-1264頁; Guo and Damuni、1993年、Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 90: 2500-2504頁; Favreら、1994年、J. Biol. Chem. 269: 16311-16317頁)。
【0007】
PP2Aは、インビトロでタウおよびMAP2を脱リン酸化する(Yamamotoら、1988年、J. Neurochem. 50:1614-1623頁)。タウタンパク質は、微小管関連タンパク質ファミリーに属する。タウタンパク質は、主にニューロンにおいて発現し、チューブリンモノマーが会合して微小管となる上で重要な役割を果たし、神経細胞の微小管ネットワークを安定化させる。微小管は、細胞形状を維持するのに関与し、軸索輸送のための軌道として役立つ。タウタンパク質はまた、微小管と他の細胞骨格要素または細胞骨格タンパク質との間のいくつかの連結を確立する。それらの発現は、選択的スプライシング機序により発生的に制御され、6つの異なるアイソフォームが、ヒト成人脳に存在する。さらに、タウタンパク質は、アルツハイマー病およびタウオパチー(tauopathy)と称される多くの神経変性障害で現れる神経細胞内および膠細胞原線維病巣の主要構成成分である。分子分析により、タウの異常なリン酸化は、微小管からタウタンパク質の脱離、線維構造体への凝集および/または対らせん状フィラメントを含む線維構造の安定化および/または神経原線維変化に至る過程における重要な事象のうちの1つであり得ることが明らかになっている(Bueeら、2000年、Brain Res. Rev. 33: 95-130頁)。
【0008】
アルツハイマー病の脳内ではPP2Aの活性が損なわれていると考えられている。AD脳において、PP2Aの欠損は、タウのリン酸化過剰をもたらし、それにより神経原線維変化形成および神経細胞変性が引き起こされると推測されている。この仮説を支持する証拠としては、代謝的に活性なラット脳スライスに対するオカダ酸のインビトロ処理により、PP2A活性の阻害およびタウの異常なリン酸化過剰を引き起こして、タウが微小管に結合できなくなるという知見を含む(Gongら、1995年、J. Neurochem. 65: 732-738頁)。上記のとおり、SETは、アルツハイマー病患者の海馬では正常な人と比べて過剰に発現される。観察されたインビボ過剰発現は、オカダ酸と同様にPP2Aの阻害をもたらし、過剰リン酸化タウおよび神経原線維変化形成に至ることが予想されるであろう。また、β−セクレターゼがアミロイド前駆体タンパク質(APP)を切断する活性がある細胞表面へのβ−セクレターゼの輸送には、PP2Aにより認識される部位におけるリン酸化が必要であると報告されている(Walterら、2001年、J Biol Chem. 276、14634頁)。β−セクレターゼによってAPPが切断されると、アミロイド−β(Aβ)タンパク質の産生を生じるタンパク質分解経路が開始する。さらに、上記のとおり、PP2Aのメチル化は、完全活性を必要とする。S−アデノシルホモシステインによる処理により、PP2Aのメチル化が減少し、PP2A活性が減少し、β切断に導く可溶性APPのリン酸化を増加させるためAβ産生の増加が起こることが示されている(Sontagら、2007年、J. Neurosci. 27: 2751-2759頁)。したがって、PP2Aを活性化させると、セクレターゼの細胞表面への輸送が妨げられることによって、またはAβ形成に必要なβ切断をAPPにもたらすそのリン酸化が減少することによってアルツハイマー病患者の脳内のAβレベルを減少させることができる。
【0009】
PP2Aはまた、炎症性シグナル伝達過程を伝播するシグナル伝達カスケードに関与する多くのタンパク質と相互作用し、これを脱リン酸化することが示されている。このようなタンパク質の1つは、NFκBキナーゼの阻害剤(IκK)である。IκKは、リン酸化により活性化され、次にNFκBの阻害剤(IκB)をリン酸化する(Hongら、2007年J. Biol. Chem.)。IκBのリン酸化により、核因子κB(NFκB)が不活性IκB:NFκB複合体から放出され、IκBが分解される。これにより、NFκBが遊離してリン酸化され、核に移動し、そこで、炎症誘発性サイトカインの遺伝子発現を制御する転写因子として働く。NFκBの活性化はまた、先天性免疫障害および自己免疫障害に不可欠な過程である抗原提示の過程(Yoshimuraら、Scan. J. Immunol. 58、165頁)に必要であることが示されている。
【0010】
PP2Aはまた、p38マイトジェン活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)に結合し、これを脱リン酸化することによって不活性化することが報告されている(Sundaresan & Farndale、2002年FEBS Letters 528、139頁)。p38および他のMAPKの活性化は、炎症誘発性サイトカインの産生およびT細胞増殖のために必要である。PP2Aにより脱リン酸化され得る炎症性シグナル伝達に関係がある別のタンパク質は、IL−1ベータ受容体関連キナーゼ(IRAK)である。IRAKは、インターロイキンのシグナル伝達およびトール(Toll)様受容体ファミリータンパク質から始まるシグナル伝達カスケードに不可欠である。
【0011】
アポリポタンパク質E(ApoE)は、神経性疾患において重要な役割を果たすことが示されており、免疫調節性を有する別のタンパク質である。ApoEは、リンパ球増殖の抑制およびマイトジェン誘発後の免疫グロブリン合成を含め、インビトロで免疫調節効果を有することが立証されている。ApoEは、末梢神経傷害後のマクロファージ、およびCNS傷害後の小膠細胞、星状細胞および乏突起膠細胞(膠細胞)によって大量に分泌される。
【0012】
ヒトApoEは、3種の主要なアイソフォーム:ApoE2、ApoE3、およびApoE4が存在し;これらのアイソフォームは、112位および158位におけるアミノ酸置換により異なる。最も一般的なアイソフォームはApoE3であり、これは、残基112位にシステイン、残基158位にアルギニンを含有し;ApoE2は、極めて稀なアイソフォームであり、残基112位と158位にシステインを含有し;ApoE4は、残基112位と158位にアルギニンを含有する。ヒトApoEのさらなる稀な配列変異も知られている(例えば、Weisgraber、1994年、Advances in Protein Chemistry 45: 249、268-269頁を参照)。
【0013】
ApoEは、遅発性および家族性ADの発生に影響を及ぼすことが認められている。APOE4/4遺伝子型を有するホモ接合性個体は、最も一般的なAPOE3/3遺伝子型に関してホモ接合性である患者に比較して、AD発生の危険性が約20倍増大し、APOE3/4遺伝子型を有するヘテロ接合性個体は、その危険性が4倍増大するように、この効果は、強く、用量依存性である(Strittmatterら、1993年;Corderら、1993年;Laskowitzら、1998a年に総説がある)。この知見により、哺乳動物の中枢神経系(CNS)におけるApoEの機能への関心が再び高まった。ApoEがADと関連付けられたので、ApoEと、ADの病因に特異的な役割を果たすと考えられるタンパク質との間の相互作用について多くの研究が行われている。さらに、いくつかの研究では、ApoEとAbetaの間またはApoEとタウの間のアイソフォーム特異的相互作用が明らかにされた(Strittmatterら、1994年;Galloら、1994年;Flemingら、1996年;Laskowitzら、1998a年に総説がある)。しかしながら、CNSにおけるApoEの役割は、まだ定義されていないので、これら相互作用のいずれもヒト神経変性疾患に関連しているかどうかは明らかではない。
【0014】
あるApoEペプチド誘導体は、外傷脳傷害(TBI)を含む炎症および神経性障害を治療するために有用であることがこれまでに見出されている。この点において、2002年9月23日に出願された米国特許出願第10/252,120号(参照としてその全体が本明細書に援用される)は、COG133を含むApoE類似体を用いて、脳虚血または脳炎症の神経学的作用を治療または寛解する方法を開示している。COG133は、ApoEタンパク質の残基133〜149からなる小型のペプチドである。2004年9月2日に出願された米国特許出願第60/606,506号および2004年9月9日に出願された米国特許出願第60/608,148号(参照としてその全体が本明細書に援用される)は、外傷脳傷害および炎症を含む疾患を治療するための、COG133、COG1410および他のApoE誘導体の使用を開示している。COG1410は、COG133と比較して、治療時間枠(therapeutic window)の4倍の増加および治療指数の7.4倍の増加を示すCOG133の変異誘導体である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
神経性疾患におけるSETの役割を確立する最近の努力にもかかわらず、SETとApoEの関連は、これまで確認されていなかった。驚くべきことに、本発明者らは、COG133および他のApoE誘導体ペプチドが、SETタンパク質と結合し、その活性を調節することを発見した。したがって、本発明は、ApoE誘導体などの外因性薬剤を用いてPP2Aに結合するSETをブロックすることによってPP2A活性を調節する新規な方法を提供する。本発明はまた、SETとそのそれぞれの標的との結合を妨害することによって、Cdk5活性の増強およびJcasp誘導神経細胞アポトーシスの増加を含めた、SETの他の活性を調節する方法を提供する。このような新規な方法は、神経性疾患、炎症性疾患、および他の疾患の治療のために、ならびに神経性疾患、炎症性疾患、および他の疾患の治療における有効性に関して候補薬物をスクリーニングするために使用することができる。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、SETまたはSET変異体とSETまたはSET変異体に結合できる外因性薬剤(exogenous agent)とを接触させることを含む、SETの活性を調節する方法を提供する。SETの活性に応じて、SETと本発明による薬剤とを結合させることによって、SETの活性を増加または減少させることができる。例えば、本発明の薬剤との接触によるSETの調節により、p38MAPキナーゼのリン酸化の減少、LPS誘導酸化窒素の減少、PP2Aホスファターゼ活性の増加または減少、Jcasp誘導細胞死の減少および/または神経細胞死の減少を引き起こすことができる。SETと本発明の薬剤の結合はまた、異常なタウリン酸化過剰の阻害、白血病表現型の回復、抗原提示の阻害、またはT細胞の増殖阻害を生じさせることができる。
【0017】
本発明の薬剤は、ApoE類似体などのペプチドであり得る。本発明の一実施形態において、該薬剤はCOG133(配列番号1)である。別の実施形態において、該薬剤は、治療のためにより長時間の治療時間枠、有効性の増強、血液脳関門輸送の改善、および/またはより大きな治療指数を提供するCOG1410(配列番号2)などのCOG133誘導体である。本発明に有用な他のApoE類似体は、参照としてそれらの全体が本明細書に援用される米国特許出願第60/606,506号および米国特許出願第60/608,148号に記載されている。
【0018】
一実施形態において、ApoE類似体は、配列番号1もしくは配列番号2または米国特許出願第60/606,506号および米国特許出願第60/608,148号に記載されている誘導体の任意のものを含有することができ、N末端もしくはC末端またはN末端およびC末端の双方に1つから5つの追加のアミノ酸またはアミノ酸類似体が結合でき、このような追加のアミノ酸は、SET活性を調節するペプチドの能力に悪影響を及ぼさない。配列番号1もしくは配列番号2または他のApoE誘導ペプチドを含有する薬剤ペプチドは、12以上のアミノ酸、13以上のアミノ酸、17以上のアミノ酸、18以上のアミノ酸、20以上のアミノ酸、30以上のアミノ酸または40以上のアミノ酸を含有することができる。一実施形態において、該薬剤ペプチドは、配列番号1または配列番号2から本質的になる。
【0019】
本発明は、SETへの結合に関してCOG133(配列番号1)の配列を含有するペプチドと競合する薬剤を含む。このような薬剤としては、限定はしないが、タンパク質、他のペプチド、小型分子、抗体および抗体誘導体が挙げられる。例えば、COG1410(配列番号2)またはCOG112(アンテナペディアに結合されたCOG133)を含有するペプチドは、SETへの結合に関してCOG133と競合することができる。一実施形態において、該薬剤は、COG133ペプチドとSETの結合を阻害する。
【0020】
本発明の方法は、炎症性病態、神経性病態、または白血病性病態の治療のために、SETを調節できる薬剤を対象に投与することを含む。炎症性病態、神経性病態、または白血病性病態と診断された患者に、広範囲の神経疾患、炎症疾患、または癌疾患の治療のために有効量の薬剤を含有する医薬品組成物を投与することができる。本発明の一実施形態において、患者は、小膠細胞の活性化、膠細胞の活性化または神経細胞死の増大に関連する神経性病態に関して治療され、SETを調節できる薬剤の投与により、膠細胞の活性化を減少させ、小膠細胞の活性化を減少させ、タウリン酸化過剰を減少させ、および/または神経細胞死を減少させる。
【0021】
本発明はまた、SETに結合し、SET活性を調節する薬剤を同定する方法を含む。この方法によれば、SETを少なくとも1種の試験薬剤と接触させて、SETに結合する1種以上の薬剤を同定する。スクリーニングを実施して、配列番号1または他のApoE誘導体を含有するApoEペプチドのSETへの結合と競合するか、または該結合を阻害する能力に関して1種以上の薬剤を同定する。スクリーニングは、限定はしないが、ファージディスプレイ、酵母ディスプレイ、またはリガンド置換アッセイを用いた小型分子ライブラリーなど、当業界で既知の方法により実施することができる。当業者が認識することができるように、本明細書に記載された炎症性病態、神経性病態および/または他の病態のいずれかに対する候補薬物をスクリーニングするために、この方法を使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】2本のバンドがSETと相関したクーマシーゲルを示す図である。
【図2】抗SET抗体をプローブとして用いたウェスタンブロットを示す図である。
【図3】SETに対するsiRNAと共にまたはなしでCOG133、LPS、およびLPS+COG133により処理されたBV2細胞内で産生された酸化窒素量を示すグラフである。
【図4】SET siRNAの存在下で産生されたSET量を表すゲル画像を示す図である。
【図5】SETに対するsiRNAと共にまたはなしでCOG133、LPS、およびLPS+COG133により処理されたヒトTHP1細胞内で産生されたTNFα量を示すグラフである。
【図6】ビオチン化COG133に結合させることによって単離されたヒト脳SETタンパク質のウェスタンブロットを示す図である。
【図7】ビオチン化COG133とヒト脳SETタンパク質の結合が、COG1410またはCOG112によりブロックされることを示すウェスタンブロット図である。
【図8】COG112で処理された細胞内のPP2Aの酵素活性を示すグラフである。
【図9】LPS誘導p38MAPキナーゼ活性化に対するCOG133の効果を示す図である。パネルAは、LPS単独またはCOG133の存在下で処理された小膠細胞からのホスホp38MAPK、およびその上流活性化キナーゼMKK3/6の代表的なウェスタンブロットである。パネルBは、パネルAに示されたものと同様のウェスタンブロットのデンシトメトリー分析を示す。ホスホp38MAPKシグナルを、GAPDHタンパク質に関するシグナルに対して標準化する。
【図10】図10Aは、COG133によるc−Jun N末端キナーゼ(JNK)のLPS誘導リン酸化の抑制を示す図であり、図10Bは、COG133による細胞外調節キナーゼ(ERK)1/2のLPS誘導リン酸化の抑制を示す図であり、図10Cは、COG133によるIκBaのLPS誘導リン酸化の抑制を示す図であり、図10Dは、パネルDは、COG133で処理された細胞内の核NFκBの減少を示す図である。
【図11】図11Aは、マウス皮質中のタウのオカダ酸(OA)誘導リン酸化を示す図であり、図11Bは、COG1410の処理によるホスホ−タウの減少を示す図である。アスタリスクは、p<0.05を示す。
【図12】マウス脳ライセート(lysate)を各50μMの示されたペプチドと共にインキュベートし、引き続きP35を1mgのペプチド処理ライセートから免疫沈降させて、ウェスタンブロットを実施してSETタンパク質の共沈降を測定した図である(左パネル)。デンシトメトリー分析(右パネル)は、COG112およびCOG1410が、P35に結合したSET量を減少させることを示している。COG133の逆方向配列であり、生物活性を有さないCOG056は、P35へのSET結合に対する効果はない。SETからのシグナルを、P35タンパク質に関するシグナルに対して標準化した。COG133による結果は示さず、おそらくタンパク質の負荷が等しくないため、確定的でない。
【図13】ヒト脳ライセートを、各50μMの示されたペプチドと共にインキュベートし、引き続きP35を、1mgのペプチド処理ライセートから免疫沈降させて、ウェスタンブロットを実施してSETタンパク質の共沈降を測定した図である(左パネル)。デンシトメトリー分析(右パネル)は、COG133、COG112、およびCOG1410が、P35に結合したSET量を減少させることを示している。COG133の逆方向配列であり、生物活性を有さないCOG056は、P35へのSET結合に対する効果はない。SETからのシグナルを、P35タンパク質に関するシグナルに対して標準化した。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の発明者らは、SETと外因性薬剤とを接触させることによってSETの活性を調節できることを本明細書に示す。驚くべきことに、本発明者らは、ApoE類似体およびSET結合に関してこのような類似体と競合する薬剤を、SETの活性を調節するために使用できることを見出している。
【0024】
SETおよびApoEは、疾患に関連する多くの生物学的過程において活性である。本明細書に示されるように、ApoE誘導体は、SET活性を調節することができる。このように、本明細書に記載されたSETを調節する方法は、先に記載されたApoEに関連する障害のみの治療に使用できることを、本発明の発明者らは提案する。したがって、ApoE誘導体または他のSET結合剤などの少なくとも1種の薬剤との接触を介してSETを調節する能力により、炎症性病態および神経性病態を含む広範囲の疾患を患っている患者を治療する方法を提供する。
【0025】
本明細書に用いられる「調節する」とは、SET活性の増加または減少を含めた、インビトロまたはインビボで見られるSET活性の変化のことである。本明細書に示した通り、SETは、疾患に関連する複数の生物学的過程に関与していると考えられる。例えば、SET活性は、骨髄性白血病、アルツハイマー病および神経細胞死の誘導に関連する疾患などの疾患と関連している。既知のSET生物活性およびSET関連過程としては、限定はしないが、タンパク質ホスファターゼ2A活性(細胞周期進行およびタウ脱リン酸化に関与するホスファターゼ)の阻害、p35(細胞周期制御、タウリン酸化、および神経線維のリン酸化に関与するキナーゼ)と関連するSETを介したcdk5/p35の活性増強、AP−1およびc−Junの転写活性の増加、細胞死を制御するためのAPPのJcaspドメインとの相互作用、ヒストンアセチルトランスフェラーゼによるヒストンアセチル化の阻害、HuR mRNA結合の調節、p21CIP1への結合を介してG2/M転移の制御、P450c17の活性化およびプレセニリン相同体の発現抑制が挙げられる。外因性薬剤によるSETの調節はまた、SET誘導神経細胞死の減少を生じることができる。本発明の発明者らは、p38MAPキナーゼのリン酸化の制御および酸化窒素(LPS誘導酸化窒素およびポリI: C誘導酸化窒素)の調節など、SETに対するさらなる活性を関連付けている。本発明の一実施形態において、外因性薬剤によるSETの調節は、リン酸化の減少、すなわち、p38MAPキナーゼ、ERK、JNK、および/またはNF−κBの活性化の減少;および/またはLPS誘導酸化窒素の減少を生じる。さらに、SETは、PP2Aの活性阻害を介してタウのリン酸化において役割を果たすと思われる。
【0026】
SETの活性は、直接的活性であっても間接的活性であってもよい。SETの直接的活性は、SETが分子と直接的に相互作用し、相互作用を介して分子の活性に影響を及ぼすことができる場合に生じる。SETの間接的な活性は、分子がSETと直接相互作用しないが、分子がSETによって影響を受ける場合に生じる。例えば、p38MAPキナーゼカスケードなど、リン酸化カスケードにおける下流分子は、カスケードにおける上流タンパク質を含むSET活性の結果、SETにより間接的に影響を受ける可能性がある。
【0027】
本明細書に用いられる「結合できる」とは、SETと接触させた際にSETと相互作用する薬剤の能力のことである。実施例の節で検討するように、IPウェスタンブロットおよび他のハイブリダイゼーションベースのアッセイの使用など、当業界で既知の方法によって結合を確認することができる。潜在的な薬剤ライブラリーは、限定はしないが、ファージディスプレイ、酵母ディスプレイ、ペプチドディスプレイ(PINテクノロジーなど)、抗体ディスプレイなどを含めた、当業界で既知の方法によりSETを結合する能力をスクリーニングすることができる。ペプチドとSETの結合を阻害する薬剤の能力を、競合結合アッセイ、蛍光分極化など、当業界で既知の方法により同様に判定することができる。
【0028】
本明細書に用いられる「薬剤」とは、SETに結合でき、SETの少なくとも1つの活性を調節できる任意の物質のことである。薬剤としては、限定はしないが、核酸分子、ペプチド、融合タンパク質、モノクローナル抗体またはポリクローナル抗体もしくはそれらの断片または化学物質が挙げられる。「外因性」とは、体内で自然に生じないもののことである。例えば、参照としてその全体が本明細書に援用される米国特許出願第10/252,120号、米国特許出願第11/091,336号、米国特許出願第60/606,506号および米国特許出願第60,606,507号に開示されたApoE類似体は、外因性薬剤である。
【0029】
本発明の一実施形態において、SETに結合する薬剤は、ApoE類似体である。例えば、薬剤は、COG133の類似体および誘導体、ApoEの残基133〜149からなる切断ペプチドであり得る。COG133と称される切断ApoEペプチド(LRVRLASHLRKLRKRLL(配列番号1))は、脳虚血または脳炎症を治療するか、または軽減するのに有用であることが以前に証明されている。参照としてその全体が本明細書に援用される2002年9月23日に出願された米国特許出願第10/252,120号を参照されたい。ApoE130〜150のペプチドの多数の類似体は、以前に作製され、それらの活性は、炎症性サイトカインおよびフリーラジカルの放出抑制に関する細胞ベースアッセイ、および受容体結合アッセイにおいて試験した(Lynchら、2003年、J. Biol. Chem. 278(4)、48529-33頁および2002年9月23日に出願された米国特許出願第10/252,120号、2001年9月21日に出願された米国特許出願第09/957,909号、および1999年3月1日に出願され、現在放棄されている米国特許出願第09/260,430号は、1998年3月11日に出願された米国仮特許出願第60,077,551号の利益を主張しており、それら各々の内容は、参照としてそれらの全体が本明細書に援用されている)。
【0030】
本発明の一実施形態において、COG133および他のApoEペプチド模倣体の有効性は、タンパク質導入ドメイン(PTD)との結合により改善することができ、これは、2004年9月2日に出願された米国仮特許出願第60/606,506号、2004年9月9日に出願された米国仮特許出願第60/608,148号、2004年9月2日に出願された米国仮特許出願第60/606,507号に対する優先権を主張している、2005年9月2日に出願されたPCT出願PCT/US05/31431号に記載されており、これらは、参照としてそれらの全体が本明細書に援用されている。PTDは、細胞膜を横断することができないか最小限にしか横断することできない移送物(cargo)の細胞内送達を促進する短い塩基性ペプチドである。PTDは、化合物のCNS侵入を増強させるために使用することができる。例えば、PTDの経験的な試験を実施して、血液脳関門を通って移送物を輸送できるPTDを同定することができる。
【0031】
COG1410(Ac-AS-Aib-LRKL-Aib-KRLL-NH2(配列番号2))などのCOG133のいくつかの誘導体は、神経性疾患および炎症性疾患の治療と予防のために幅広い治療時間枠を提供することができる。治療時間枠とは、神経性病態または炎症性病態の発症後、本発明の化合物が有効に投与することができる期間のことである。治療時間枠を拡大することによって、病態の発症後、本発明の薬剤を、より大きな時間間隔で投与することができる。
【0032】
さらに、COG1410などの薬剤は、有効性を増強させて、より大きな治療指数を示す。本明細書に用いられる「治療指数」とは、動物が死亡しない最大耐容用量を、傷害後の性能が生理食塩水の対照よりも有意に良好である最小有効用量で割った指数のことである。
【0033】
本発明の薬剤はまた、神経性病態の治療と予防のためにCNS侵入の増加または治療時間枠の拡大を提供することができる。本明細書に用いられる「CNS侵入」とは、ペプチドを含む化合物が血液脳関門を通過し、中枢神経系(CNS)に入る能力である。
【0034】
いずれの理論にも拘束されることなく、本発明の発明者らは、COG133およびその誘導体がSETのPP2Aを阻害する能力を阻害する、すなわち、COG133がPP2Aの活性剤であると考えられる理由を有している。したがって、本発明の一実施形態において、SETとの結合に関して開示されたApoEペプチドと競合するApoE類似体または他の薬剤は、PP2Aを阻害するSETの能力を阻害するために使用することができる。
【0035】
本発明はまた、SETのPP2Aへの結合を増強し、PP2A活性の減少を生じさせる薬剤を含む。したがって、本発明の一実施形態において、本発明の薬剤を用いてSETのPP2Aへの結合を増強させることができる。
【0036】
別の実施形態において、本発明は、本明細書に記載された方法に関する化合物およびそれを同定するための方法を提供する。一態様において、本発明は、ApoE類似体である薬剤を提供する。一態様において、本発明は、α−らせん状ペプチドである薬剤を提供する。このような薬剤としては、COG133の類似体および誘導体、配列LRVRLASHLRKLRKRLL(配列番号1)のペプチドを挙げることができる。
【0037】
本発明の薬剤は、当業界で既知の標準的技法により製造することができる。本発明の薬剤は、検出および追跡のために放射性ラベル、重原子ラベルおよび蛍光ラベルなど、結合された種々のラベル部分を有することができる。蛍光ラベルとしては、限定はしないが、ルシフェリン、フルオレセイン、エオシン、アレクサフルオール(Alexa Fluor)、オレゴングリーン、ローダミングリーン、テトラメチルローダミン、ローダミンレッド、テキサスレッド、クマリンおよびNBD蛍光体、QSY7、ダブシル(dabcyl)およびダブシル(dabsyl)発色団、BODIPY、Cy.sup.5などが挙げられる。
【0038】
本発明の一実施形態において、SETを修飾できる薬剤は、ペプチドである。これらペプチド類に関連する機能的活性を増強させるために本明細書に開示されたペプチド薬剤の修飾は、当業者により容易に達成できるであろう。例えば、本発明の方法に用いられるペプチド類は、機能的活性を保持しながら溶解度、血清中安定性などのパラメータを増強させるために、化学的に修飾できるか、または他の分子に結合することができる。特に、本発明のペプチド類は、N末端におけるアセチル化および/またはC末端におけるアミド化、または、限定はしないが、アルブミン、免疫グロブリンおよびその断片、トランスフェリン、リポタンパク質、リポソーム、α−2−マクログロブリンおよびα−1−糖タンパク質、PEGおよびデキストランなど、血清中安定性を増強させる分子に結合、複合化もしくは融合することができる。このような分子は、参照としてその全体が本明細書に援用される米国特許第6,762,169号に詳細に記載されている。
【0039】
本発明のペプチド薬剤の別の変形は、治療用ペプチドのN末端またはC末端アミノ酸と1つから15のアミノ酸または類似体の結合である。本発明のペプチド類の類似体は、活性ペプチドのN末端、C末端、またはN末端およびC末端双方に1つから15のさらなるアミノ酸を付加させることによっても調製することができ、このようなアミノ酸の付加により、該ペプチドは本発明のペプチド類により結合された部位における受容体に結合する能力に悪影響を与えない。例えば、COG133およびCOG1410の変異体は、活性ペプチドのN末端、C末端、またはN末端およびC末端双方に1つから15のさらなるアミノ酸を付加させることによって作製することができる。活性ペプチドは、SETに結合でき、SET活性を調節することができる任意のペプチドである。
【0040】
本発明のペプチド薬剤は、本明細書に記載されたペプチド類の保存的変異体(conservative variant)をさらに含む。本明細書に用いられる保存的変異体とは、該ペプチドの生物学的機能に悪影響を与えないアミノ酸配列における変更のことである。置換、挿入または削除は、変更された配列が、該ペプチドに関連する生物学的機能を防ぐかまたは破壊する場合に該ペプチドに悪影響を与えると言われている。例えば、該ペプチドの総電荷、構造または疎水性/親水性を、生物活性に悪影響を与えることなく変更することができる。したがって、アミノ酸配列は、該ペプチドの生物活性に悪影響を与えることなく、例えば、ペプチドをさらに疎水性または親水性にさせるために変更することができる。通常、ペプチド類の保存的置換変異体、類似体、および誘導体は、開示された配列の配列番号1および2に対して少なくとも約55%、少なくとも約65%、少なくとも約75%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、少なくとも約95%、または少なくとも約96%から99%のアミノ酸配列同一性を有するであろう。このような配列に関する同一性または相同性は、必要ならば、最大パーセントの相同性を達成するため、ならびに配列同一性の一部として保存的置換のいずれも考慮せずに、配列の整列およびギャップの導入後、既知のペプチドと同一である候補配列におけるアミノ酸残基のパーセンテージとして本明細書に定義される。N末端、C末端、または内部伸長、削除、またはペプチド配列への挿入は、相同性に影響を及ぼすものとして解釈してはならない。
【0041】
このように、本発明のペプチド薬剤としては、配列番号1または2に開示されたアミノ酸配列を有する分子およびSET結合に関してこれらのペプチド類と競合する結合剤;治療用ペプチドの少なくとも約3、4、5、6、10、15、またはそれ以上のアミノ酸残基の連続した配列を有するそれらの断片;アミノ酸残基を、開示された配列のN末端またはC末端に、または配列内に挿入されたようなペプチドのアミノ酸配列変異体;および開示された配列のアミノ酸配列変異体、または別の残基により置換されている上記に定義されたそれらの断片が挙げられる。本発明のペプチド配列を含むペプチド化合物は、約15、20、25、30、35、40、45および50のアミノ酸の間またはそれ以上であり得る。考慮された変異体としては、例えば、相同的組換え、部位特異的またはPCR変異誘発により予め決められた変異を含有するもの、および限定はしないが、ウサギ、ラット、ブタ、ウシ、ヒツジ、ウマおよび非ヒト霊長類種などの他の動物種の対応するペプチド類、およびペプチドが、天然アミノ酸以外の部分(例えば、酵素または放射性同位元素などの検出可能な部分)と、置換、化学的、酵素的、または他の適切な手段により共有結合的に修飾されている誘導体がさらに挙げられる。
【0042】
COG133およびその誘導体などに限定はしないが、SETを調節できる薬剤は、遊離形態またはその塩が薬学的に許容できる塩の形態であり得る。これらの塩類としては、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩、アンモニウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、鉄塩、亜鉛塩、銅塩、マンガン塩などの無機塩が挙げられる。該薬剤の種々の有機塩類は、限定はしないが、酢酸、プロピオン酸、ピルビン酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、安息香酸、桂皮酸、サリチル酸などと作製することもできる。
【0043】
一実施形態において、本発明の薬剤は、薬学的に許容できる担体と組み合わせて使用される。このように本発明はまた、対象への投与に好適な医薬品組成物を提供する。このような組成物は、薬学的に許容できる担体と組み合わせて本発明の薬剤の有効量を含む。担体は、組成物が非経口投与用に適応されるように液体であっても、経口投与用に製剤化された固体、すなわち錠剤または丸剤であってもよい。さらに、担体は、組成物が吸入用に適応されるように噴霧可能な液体または固体の形態であり得る。非経口的に投与される場合、組成物は、発熱物質がなく、許容できる非経口用担体中に存在すべきである。あるいは、活性薬剤は、既知の方法を用いてリポソーム中に封入されて製剤化することができる。さらに、CNS病態を治療するためにペプチドの鼻腔内投与は当業界で既知である(ADを治療するためにペプチドTの鼻腔内投与に関して、例えば、参照として本明細書に援用されるPertに対する米国特許第5,567,682号を参照されたい)。本発明の薬剤の鼻腔内投与用の製剤は、当業界で既知の技法を用いて実施することができる。
【0044】
本発明の薬剤の医薬品用製剤は、薬学的に許容できる希釈剤または賦形剤を任意選択により含むことができる。
【0045】
本発明の薬剤の有効量は、対象においてSETの活性を調節する量である。一実施形態において、薬剤ペプチドの有効量は、薬剤の不在下で生じうるものと比較して小膠細胞の活性化を減少させる;言い換えれば、薬剤の不在下で生じうるものと比較して、小膠細胞により神経毒および神経調節性化合物の産生を減少させる量である。神経調節性とは、ニューロン機能における非致命的変更のことである。有効量(および投与様式)は、個々に基づいて判定され、使用される具体的な薬剤および対象の考慮事項(体重、年齢、一般的健康)、治療を受ける病態(AD、急性頭部傷害、脳炎症など)、治療を受ける症状の重症度、求められる成績、使用される具体的な担体または医薬品製剤、投与経路、および当業者にとって明らかとなり得る他の因子に基づく。有効量は、当業界で既知の技法を用いて当業者により判定することができる。本明細書に記載された薬剤の治療的有効量は、当業界で既知のインビトロ試験、動物モデルまたは他の用量応答試験を用いて判定することができる。
【0046】
本発明のペプチド薬剤を投与する代わりの方法は、ペプチドをコードする核酸配列を担持するベクターを対象に投与することによって実施され、該ベクターは、脳細胞などの身体の細胞に入ることができ、該ペプチドが発現されて分泌されるようになる。したがって、脳内でのペプチド薬剤の発現により、薬剤が小膠細胞に利用可能となる。好適なベクターは、典型的にはDNAウイルス、RNAウイルス、およびレトロウイルスなどのウイルスベクターである。ベクター送達系を利用し、遺伝子療法を実施するための技法は、当業界で既知である。ヘルペスウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ関連ウイルスベクターおよびレンチウイルスベクターは、本発明の化合物を投与するのに使用できる特定のタイプのベクターである。
【0047】
本発明の薬剤は、SET活性を調節するために単独で、または例えば、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)などの酸素ラジカル除去剤またはコルチコステロイド、ヒドロコルチゾン、プレドニゾンなどの抗炎症剤;ロペラミドなどの下痢止め剤、ペニシリン、セファロスポリン、バシトラシンなどの抗菌剤;キナクリン、クロロキンなどの駆虫薬;ナイスタチン、ゲンタマイシンなどの抗真菌剤;アシクロビル、ガンシクロビル、リバビリン、インターフェロンなどの抗ウイルス剤;サリチル酸、アセタミノフェン、イブプロフェン、フルルビプロフェン、モルフィンなどの鎮痛薬;リドカイン、ブピバカイン、ベンゾカインなどの局所麻酔薬;コロニー刺激因子、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子などの成長因子;ジフェンヒドラミン、クロルフェンクラミンなどの抗ヒスタミン剤;制吐剤、ロイコボリンおよび他のこのような物質などの栄養添加物など、SETの調節に無関係であると考えられる作用機序を有する他の治療剤と組み合わせて使用することができる。
【0048】
本発明の方法の薬剤は、抗炎症性サイトカイン類、成長因子、または白血球遊走阻止化合物と併用して使用することもできる。有用なサイトカイン類としては、炎症性サイトカイン類の産生を抑制し、免疫系の回復に関与することが知られている、限定はしないが、IL−4、IL−10、IL−11、およびIL−13、特にIL−4およびIL−10が挙げられる。成長因子としては、中でもGM−CSFが挙げられる。これらサイトカイン類および成長因子は、天然または組換え源から得られた精製タンパク質として投与することができるか、または特に融合タンパク質として、これらのペプチド類を発現する核酸の形態で投与することができる。
【0049】
本発明の薬剤を、急性的に(すなわち、発症時または炎症性病態または神経性病態に至った事象直後に)投与するか、または予防的に(例えば、スケジュールされた手術前に、または炎症性および/または神経性徴候もしくは症状の出現前に)投与するか、あるいは変性疾患の過程時に、他に生じ得る症状の進行を軽減または寛解させるために投与することができる。投与時間または投与間隔は、対象の症状によって変えられ、当業者によって判定され得る時間、日数、週数またはそれ以上の時間経過にわたって、数時間から数日間の間隔で投与することができる。
【0050】
典型的な日投与計画は、1日当たり約0.01μg/kg体重、1日当たり約1mg/kg体重、1日当たり約10mg/kg体重、1日当たり約100mg/kg体重、1日当たり約1000mg/kg体重からであり得る。投与量は、薬剤に応じて1日当たり約0.01μg/kg体重と約10mg/kg体重との間、または約1mg/kg体重と約10mg/kg体重との間であり得る。
【0051】
本明細書に用いられる用語「対象の脳内に投与する」とは、当業界で既知のように、治療を受ける対象の中枢神経系組織、特に脳に化合物を提供する投与経路の使用のことである。
【0052】
血液脳関門とは、血流からCNSの種々の領域に物質の受動的拡散に対する関門を表す。しかしながら、ある一定の薬剤の能動的輸送は、血液脳関門を通るいずれかの方向に生じることが知られている。血流から脳への限定されたアクセスを有し得る物質は、脳脊髄液へ直接注入することができる。脳虚血および脳炎症は、血液脳関門を改変させることも知られており、その結果、血流中の物質に対するアクセスを増加させる。
【0053】
薬剤の直接脳への投与は、当業界で既知である。髄腔内注射は、脳室および脊髄液に直接薬剤を投与する。脊髄液中に直接、薬剤を持続的に投与するために、外科的にインプラント可能な注入ポンプを利用することができる。薬剤の注射による脳脊髄液(「脊髄注射」)への腰椎穿刺は、当業界に知られており、本薬剤の投与に適している。
【0054】
親水性化合物の脂溶性薬物への変換など、血液脳関門の問題を回避するための薬理学的ベースの手法もまた当業界で既知である。活性薬剤を、脂質小胞またはリポソームに封入させることができる。
【0055】
血液脳関門を過渡的に開放するために、また親水性薬物の脳内への通過を可能にするために、高浸透圧性物質の動脈内注入もまた当業界で既知である。Kozarichらの米国特許第5,686,416号は、血液脳関門の浸透性を増加させるために、化合物の脳への送達増加を達成するために、脳の間質液コンパートメントに送達する化合物と、受容体媒介浸透性剤(RMP)ペプチド類との共投与を開示している。
【0056】
血液脳関門を通過して活性薬剤を輸送する一方法は、血液脳関門を浸透させ、血液脳関門を通過して活性薬剤を輸送させる能力に関して選択されたペプチドまたは非タンパク質様部分である第2の分子(「担体」)に、活性薬剤を連結または結合させることである。この方法は、第2の薬剤がSETに対する薬剤の結合を妨害しない限り、使用することができる。好適な担体の例としては、ピリジニウム、脂肪酸、イノシトール、コレステロール、およびグルコース誘導体が挙げられ、ビタミンCも加える。該担体は、脳内皮細胞の特定の輸送系を介して脳に入る化合物であり得る。血液脳関門を介して受容体媒介経細胞輸送により、神経用医薬品を脳内に送達させるように適合されたキメラペプチド類は、米国特許第4,902,505号(Pardridgeら)に開示されている。これらキメラペプチド類は、経細胞輸送による血液脳関門を通過させることができる輸送可能なペプチドと結合された薬剤を含んでいる。Pardridgeらにより開示された具体的な輸送可能なペプチド類としては、ヒストン、インスリン、トランスフェリン、およびその他が挙げられる。血液脳関門を通過させるために、化合物と担体分子との結合体もまた、米国特許第5,604,198号に開示されている。開示された具体的担体分子としては、ヘモグロビン、リゾチーム、チトクロームc、セルロプラスミン、カルモジュリン、ユビキチンおよび物質Pが挙げられる。参照としてその全体が本明細書に援用される米国特許第5,017,566号も参照されたい。
【0057】
本発明はまた、炎症性病態、神経性病態、または他の病態と診断された哺乳動物対象に対して、上記のとおりSETを調節することができる薬剤を投与することによる治療方法を提供する。例えば、本発明の化合物は、限定はしないが、多発性硬化症、白血病、リウマチ様関節炎、乾癬、脊髄形成異常性症候群、結節性硬化症、血管炎、急性播種性脳脊髄炎、ギラン−バレー症候群または敗血症、外傷性脳傷害、脳卒中、閉鎖性頭部損傷、全脳虚血、脳浮腫、局所虚血、くも膜下出血、または頭蓋内出血などの急性CNS傷害、またはアルツハイマー病、タウオパチー関連疾患、HIV関連脳症、神経ラシリズム、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ハンチントン舞踏病、パーキンソン病、てんかん、d−2−ヒドロキシグルタル酸性尿症または統合失調症などの慢性神経性疾患を含めた疾患の治療に使用することができる。一実施形態において、本発明の方法は、限定はされないが、外傷性脳傷害、アルツハイマー病(AD)、タウオパチー関連疾患、脳虚血、脳浮腫または膠細胞または小膠細胞の活性化の減少を含めた中枢神経系(CNS)障害および傷害に関連する症状の改善のために使用することができる。本発明はまた、CNS外傷、炎症または脳虚血に関連する症状の改善方法を提供する。一実施形態において、本発明は、神経細胞死を減少させるか、またはマクロファージの活性化を抑制させる方法を提供する。
【0058】
CNS障害および傷害を治療する上で、血液脳関門(BBB)は、ペプチドなどの極性分子の脳内への輸送を大幅に制限する。インビボでの予備的データでは、COG133および他のApoEペプチド模倣体の効果は、タンパク質導入ドメイン(PTD)への結合により有意に改善し得ることを示している。PTD類は、細胞膜を横断できないかまたは最小にしか横断し得ない移送物の細胞内送達を促進させる短塩基性ペプチド類である。しかしながら、移送物を細胞内に輸送するPTDの能力は、相当により複雑な過程であるBBBを介して輸送できることを保証するものではなく、インビボでのBBBを通過する移送物の輸送に関して試験されたPTD数は、比較的少なかった。したがって、BBB輸送に適切なPTDを経験的に判定する必要があり、および/または既知のPTD類の修飾により作製する必要がある。
【0059】
本発明はまた、関節炎の関節、肺および心臓などの末梢組織において、中枢神経系(CNS)傷害および障害などを治療、予防または改善するために、本明細書に記載された薬剤を用いる方法を提供する。一実施形態において、本発明はまた、神経細胞死を減少させるか、またはマクロファージの活性化を抑制する方法を提供する。別の実施形態において、本発明は、アテローム硬化症を治療するか、またはアテローム硬化性プラークを減少させる方法を提供する。さらに別の実施形態において、本発明は、細菌性敗血症の症状の治療、予防または改善のための方法を提供する。
【0060】
本発明の一態様は、上記のとおりSETを調節できる少なくとも1種のApoE類似体を投与することによって、インビトロまたは哺乳動物対象において膠細胞または小膠細胞の活性化を抑制するための方法を提供する。一実施形態において、膠細胞または小膠細胞の活性化を減少させる量で化合物を投与できる方法を提供する。
【0061】
本発明の一態様は、SETの活性を調節できる少なくとも1種の薬剤を投与することによって、CNS外傷、CNS炎症、脳虚血または脳浮腫に関連する症状を治療または改善する方法を提供する。この少なくとも1種の薬剤は、薬剤の不在下で生じ得るものと比較して、CNS外傷、CNS炎症、脳虚血または脳浮腫を減少させる量で投与することができる。ある一定の実施形態において、本発明の方法は、外傷の脳傷害後、CNS外傷、CNS炎症、脳虚血または脳浮腫を減少させる。ある一定の実施形態において、本法は、外傷の脳傷害からの回復進行を早めさせる。ある一定の実施形態において、本法は、外傷の脳傷害後の機能的回復または認知機能を改善させる。
【0062】
本発明の別の態様において、炎症に関連する疾患または障害と診断された対象に、SETの活性を調節できる少なくとも1種の薬剤を投与することによって、炎症症状を治療または改善する方法を提供する。この少なくとも1種の薬剤は、薬剤の不在下で生じ得るものと比較して、疾患に関連する痛みなどの1つ以上の症状を軽減させる量で投与することができる。ある一定の実施形態において、本法は、外傷からの回復進行を早めさせる。ある一定の実施形態において、本法は、クローン病などの慢性炎症疾患に関連する症状を改善させる。
【0063】
本発明の方法はまた、自己免疫炎症性疾患に関連した症状を改善するために使用することができる。自己免疫疾患のいくつかの非限定例としては、リウマチ様関節炎、乾癬、狼蒼、多発性硬化症、大腸炎、および糖尿病(1型)が挙げられる。本発明のペプチドによるSETの調節は、p38MAPキナーゼリン酸化を減少させ、その結果、活性化を減少させることを、本発明者らは以下の実施例に示している。p38MAPキナーゼ活性の阻害剤は、リウマチ様関節炎の治療用に重要な治療化合物であることが示されている(Westra and Limburg(2006)Mini-Reviews in Medicinal Chemistry 6:867-874頁のレビューを参照)。したがって、ApoE類似体によるSETの調節において、p38MAPキナーゼの活性化を減少させることによってリウマチ様関節炎に関連する症状を改善させることができる。さらに、p38MAPキナーゼならびに細胞外制御キナーゼ(ERK)1/2のある一定のアイソフォームは、乾癬性皮膚病巣において機能亢進性であることが報告されている(Johansenら(2005)British Journal of Dermatology 152: 37-42頁)。したがって、ApoEペプチド類は、乾癬を治療する上で、その上これら2つのMAPキナーゼカスケードの活性化を減少させることによって有効であり得る。
【0064】
別の実施形態において、本発明は、SETを調節できる少なくとも1種の薬剤を投与することによって、哺乳動物対象におけるマクロファージの活性化を抑制する方法を提供する。この少なくとも1種の薬剤は、化合物の不在下で生じ得る活性化と比較して、マクロファージの活性化を抑制する量で投与することができる。
【0065】
一実施形態において、本発明は、SETを調節できる薬剤の投与により炎症に関連する疾患の症状を治療または改善する方法を提供する。例えば、本発明は、関節炎およびリウマチ様疾患の症状を治療または改善する方法を提供する。ある実施形態において、この方法は、リウマチ様関節炎、乾癬性関節炎、強直性脊椎炎などの症状の治療または改善を提供する。
【0066】
別の実施形態において、本発明は、多発性硬化症(MS)の症状を治療または改善する方法を提供する。ある実施形態において、この方法は、本明細書に記載の少なくとも1種の化合物を投与することを含む、再発性/寛解性MS、二次進行性MS、進行性再発MSまたは一次進行性MSの症状の治療または改善を提供する。
【0067】
本発明は、炎症性腸疾患(IBD)、クローン病および潰瘍性大腸炎のため、SETを調節できる薬剤を、それを必要とする対象に投与することを含む新規な治療をさらに提供する。炎症性腸疾患(IBD)、クローン病または潰瘍性大腸炎などの炎症性疾患と診断された、すなわち罹患している患者に、薬剤の不在下で生じ得るものと比較して前記疾患の症状の軽減のために、COG133またはCOG1410などのApoE模倣ペプチド類を投与することができる。
【0068】
別の実施形態において、本発明は、本明細書に記載されたSETを調節できる少なくとも1種の薬剤を投与することを含み、アテローム硬化症を治療するか、またはアテローム硬化症のプラーク形成を減少させる方法を提供する。該少なくとも1種の薬剤は、薬剤の不在下で生じ得るものと比較して、アテローム硬化症のプラーク形成を減少させる量で投与することができる。ある一定の実施形態において、この方法は、本明細書に記載された少なくとも1種の薬剤を投与することによってアテローム硬化症のプラーク発生防止を提供する。
【0069】
さらに別の実施形態において、本発明は、本明細書に記載されたSETを調節することができる少なくとも1種の薬剤の投与によって細菌性敗血症の症状を治療、予防または改善するための方法を提供する。薬剤の不在下で生じ得るものと比較して、敗血症関連炎症を軽減させる量で薬剤を投与することができる。
【0070】
本発明はまた、慢性骨髄性白血病(CML)および慢性リンパ球性白血病(CLL)などの白血病の治療のための、薬剤の不在下で生じ得るものと比較して、該疾患の症状を軽減すると思われる量でSETを調節できる少なくとも1種の薬剤を投与することを含む方法を提供する。SETは、白血病において過剰発現され、PP2Aを阻害し、したがって発癌性BCR/ABLキナーゼ経路の活性化を維持する(Nevianiら(2005)Cancer Cell. 8: 355-368頁)。したがって、COG133、COG1410、または任意の他のApoE類似体などのApoE模倣ペプチドの投与により、SETに結合してPP2Aの阻害を軽減するであろう。次にPP2Aが遊離して、細胞増殖および生存の制御因子を脱リン酸化し、ならびにBCR/ABLキナーゼの発癌活性を抑制し、したがって白血病誘発を減少させる。
【0071】
PP2Aは、癌における血管新生および腫瘍転移に求められる内皮細胞の運動性を負に制御することが報告されている(Gabelら、1999年、Otolaryngol Head Neck Surg. 121: 463-468頁; Young, MR.、1997年、Adv Exp Med Biol. 407: 311-318頁)。オカダ酸によるPP2Aの阻害は、細胞骨格ネットワークを破壊することによって細胞の運動性を増加させ、それによって腫瘍細胞の侵襲性を増強させた。これらの結果により、PP2Aを活性化させるための薬理学的アプローチが、腫瘍細胞の転移および癌関連血管新生を減少させるであろうことを示唆している。したがって、本発明のペプチド類は、SETに結合し、細胞内の活性なPP2Aのプールを増加させることによって多種多様の癌を治療する上で有用となり得る。
【0072】
別の実施形態において、本発明は、骨髄による血液細胞の産生が破壊される疾患の一群である脊髄形成異常性症候群(MDS)の治療方法を提供する。この方法は、薬剤の不在下で生じ得るものと比較して、MDSの症状減少を生じ得るSETを調節できる少なくとも1種の薬剤量を投与することを含む。症状としては、限定はしないが、脱力感、疲労、頻回感染、挫傷し易さ、出血、発熱、および体重減少が挙げられる。p38MAPキナーゼは、MDSにおいて構成的に活性であることが報告されており、p38MAPキナーゼ活性の阻害により造血増強に至る(Navasら(2006)Blood 108:4170-4177頁)。外因性薬剤によるSETの調節により、p38MAPキナーゼ活性の減少を生じることを本発明者らが示していることから、SET活性に結合し、調節するApoE模倣ペプチド類および類似体は、MDSを治療するのに有用であると思われる。
【0073】
別の実施形態において、本発明は、薬剤の不在下で生じ得るものと比較して、結節性硬化症の症状減少を生じると思われるSETを調節できる少なくとも1種の薬剤量を投与することを含む、結節性硬化症の治療方法を提供する。結節性硬化症は、脳、腎臓、心臓、皮膚、および眼などの多くの器官における良性過誤腫の発生を引き起こす遺伝的障害である。過誤腫の重篤な臨床的合併症としては、精神遅滞、てんかん発作、および自閉症、腎機能不全、皮膚科的異常、および心臓問題を生じ得る。この障害で変異された遺伝子産物は、リボソームS6キナーゼ活性、したがってタンパク合成を抑制する上で正常に機能する。S6キナーゼ活性は、この障害で上方制御されると思われる(米国特許第7,169,594号を参照)。S6キナーゼ活性の阻害を介してタンパク合成を阻害する化合物であるラパマイシンは、PP2A依存機序を介してその阻害効果を発揮することが主張されている(米国特許第7,169,594号を参照)。さらに、S6キナーゼ活性は、PP2Aの活性化を介して減少させることができる(Choら(2006)American Journal of Physiology-Cell Physiology 291: C317-326頁)。本発明の薬剤によるSETの調節は、PP2Aの活性を増加させることができる(実施例5を参照)。したがって、SETを阻害し、次いでPP2Aを活性化させる薬剤は、結節性硬化症に関連する異常なS6キナーゼ活性を減少させ、この疾患の症状を減少させ得る。
【0074】
アルツハイマー病の特徴的な神経病理学的特徴の1つは、この疾患に罹っている個体の脳内神経原線維濃縮体の形成である。微小管関連タンパク質のファミリーの一メンバーであるタウタンパク質は、原線維病巣の主要構成体のうちの1つである。アルツハイマー病において、神経原線維病巣は、対らせん状線維(PHF)および線状線維からなり、それらの双方は、異常に過剰リン酸化されたタウタンパク質から構成される(Goedertら、1988年、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 85: 4051-4055頁; Kondoら、1988年、Neuron 1: 827-834頁; Kosikら、1988年、Neuron 1:817-825頁; Wischikら、1988年、Proc. Natl. Acad. Sci. USA 85: 4506-4510頁;およびLeeら、1991年、Science 251: 675-678頁)。
【0075】
アルツハイマー病に加えて、他の神経変性障害は、罹患された脳領域内の神経細胞喪失に至ると思われる線維状タウ病理学を特徴とする。これらの障害は、集合的にタウオパチー(tauopathies)として知られており、このような疾患としては、進行性核上性麻痺(PSP)、皮質基底変性症(CBD)、ピック病(PiD)、嗜銀顆粒性疾患(argyrophilic grain disease)(AGD)、および染色体17に結合した前頭側頭骨のパーキンソン病認知症(FTDP17)が挙げられる。アルツハイマー病における神経原線維濃縮体と同様に、PSP、CBD、およびPiDの線維病巣は、過剰にリン酸化されたタウタンパク質を含有する(Sergeantら、1997年、FEBS Lett. 412: 578-582頁; Sergeantら、1999年、J. Neurochem. 72: 1243-1249頁; Schmidtら、1996年、J. Neuropathol. Exp. Neurol. 55: 534-539頁; Buee-Scherrerら、1996年、Acta Neuropathol. 91: 351-359頁;およびProbstら、1996年、Acta Neuropathol. 92: 588-596頁)。
【0076】
いくつかのキナーゼおよびホスファターゼは、タウタンパク質のリン酸化状態を制御することが報告されている(レビューに関して、Billingsley and Kincaid、1997年、Biochem. J. 323: 577-591頁、およびBueeら、2000年、Brain Res. Rev. 33: 95-130頁を参照)。タウタンパク質の異常な過剰リン酸化に寄与していると考えられる1つのキナーゼは、シクリン依存キナーゼ5(cdk5)である。cdk5活性は、アクチベータータンパク質p35に依存する。カルシウム活性化プロテアーゼのカルパインによるp35からp25への開裂により、cdk5活性の構成的活性化に至る(レビューに関して、Caminsら、2006年、Drug News and Perspectives 19: 453-460頁を参照)。切断p25タンパク質は、アルツハイマー病患者のニューロンに蓄積することが報告されており、p25の蓄積は、cdk5活性の増加と相関する(Patrickら、1999年、Nature、402: 615-622頁)。さらに、いくつかの細胞系におけるcdk5/p25複合体の発現は、タウタンパク質のリン酸化の増加および細胞骨格ネットワークの不安定化に至る。他の研究では、タウタンパク質のcdk5/p25活性と過剰リン酸化との間の相関が示されている(レビューに関して、Gieseら、Neuroreport 16: 1725-1730頁およびKesavapanyら、2007年、Biotechnology Journal 2: 978-987頁を参照)。cdk5/p25活性は、パーキンソン病および筋萎縮性側索硬化症における病理学的病巣を引き起こす神経線維タンパク質をリン酸化することもできる(Kesavapanyら、2007年、Biotechnology Journal 2: 978-987頁)。SETは、皮質ニューロンにおいてcdk5/p35複合体に結合し、それによってcdk5/p35キナーゼ活性を増強することが報告されている(Quら、2002年、J. Biol. Chem. 277: 7324-7332頁)。本発明のペプチド類は、SETのcdk5/p35複合体への結合を減少させることができる(実施例8)。このように、本発明のペプチドによるSETの調節により、cdk5キナーゼ活性を減少させ、次にタウのリン酸化を減少させるように作用すると考えられ、神経線維タンパク質が原線維病巣を防止する。
【0077】
ホスファターゼの活性化は、タウリン酸化制御の別の機序である。PP2Aは、インビトロでタウおよびMAP2を脱リン酸化することができる(Yamamotoら、1988年、J. Neurochem. 50: 1614-1623頁)。PP2Aの活性は、アルツハイマー病の脳内で危険に曝されていると考えられている。PP2Aの触媒的および制御性サブユニットをコードするmRNAの発現は、アルツハイマー病患者の海馬において減少し、PP2A活性は、この疾患において抑制され得ることを示唆している(Vogelsberg-Ragagliaら、2001年、Experimental Neurology 168: 402-412頁)。PP2Aの活性抑制は、タウタンパク質の過剰リン酸化、神経原線維濃縮体の形成、および神経細胞変性に導き得るであろう。タンパク質ホスファターゼ2A阻害剤2タンパク質(I2PP2A)としても知られているSETのメッセンジャーRNA発現は、年齢適合対照と比較してアルツハイマー病患者の新皮質に増加している(Tanimukaiら、2005年、Am J. Pathol. 166: 1761-1771頁)。さらに、IPP2Aの細胞内局在化について核から細胞質へのシフトもまた見られた。最終的に、アルツハイマー病患者のニューロンにおいて、IPP2Aは、PP2Aおよび異常に過剰リン酸化されたタウタンパク質と共に共局在化した。したがって、SETによるPP2A活性の阻害は、タウの過剰リン酸化および神経原線維濃縮体の形成に寄与する。
【0078】
本発明のペプチドは、SETして結合し、SET活性を調節することができる。本発明のペプチド類は、PP2A活性を増加させ(実施例5)、インビボでタウタンパク質のリン酸化を減少させる(実施例7)ことが示されている。このように、本発明のSET調節剤は、上記のアルツハイマー病および他のタウオパチーなどの神経細胞内および膠細胞原線維の病巣に関連する疾患を治療するために有用である。SETを調節する薬剤の投与は、2つの方面の効果を有する。本発明の薬剤は、標的タンパク質とのSET相互作用に結合し、阻害することによって、cdk5キナーゼ活性を減少させ、PP2A活性を増加させると思われ、それら双方は、タウタンパク質のリン酸化を減少させ、それによって原線維病巣の形成を防ぐか、または減らすことになる。
【0079】
本発明は、増強または相乗的治療効果を達成するために、他のSET阻害剤、PP2Aのアクチベーター、および/またはcdk5/p35活性の阻害剤と併用して本発明のペプチド類を用いることも考慮されている。例えば、本発明のペプチドは、cdk5/p35阻害剤と併用してタウリン酸化を減少させることができるであろう。好適なcdk5阻害剤のいくつかの非限定例としては、アロイシンA、インジルビン−3’−オキシム、N4−(6−アミノピリミジン−4−イル)−スルファニルアミド、3−アミノ−1H−ピラゾロ[3,4−b]キノキサリン、ブチロラクトンI、アミノプルバラノールA、アルスターパウロン、およびロスコビチンが挙げられる。さらなるSETおよびcdk5/p35活性の好適な阻害剤ならびにPP2Aのアクチベーターは、ペプチド類、小型分子、抗体およびそれらの断片、ならびに限定はしないが、アンチセンス、siRNA、shRNA、miRNA、およびアプタマーなどの核酸を包含する。
【0080】
ある一定の実施形態において、本発明は、SETを調節できる少なくとも1種の薬剤を含む医薬品組成物を提供する。ある一定の実施形態において、本発明は、CNSまたは神経性傷害、リウマチ様疾患、多発性硬化症、CABG手術、アテローム硬化症または細菌性敗血症などの炎症性疾患または病態の治療、予防または改善のための、SETを調節できる少なくとも1種の薬剤と別の薬剤とを含む医薬品組成物を提供する。本発明の薬剤の医薬品組成物は、例えば、静脈内、筋肉内、皮下または経皮投与によるなど、それを必要とする対象への投与を促進させるような方法で提供することができる。参照として本明細書に援用される(Remingtons Pharmaceutical Sciences、第19版、Remington and Gennaro編、Mack出版社、イーストン、ペンシルベニア州)を参照されたい。本明細書に記載された障害を治療、予防または改善するための、本発明の方法は、種々の投与スケジュール、投与時間、間隔および期間をさらに提供する。開示された薬剤の機能的変異体および本発明に開示され、当業界で既知のアッセイを用いて同定された変異体も含まれ、このような薬剤はSETを調節することができる。それらと一致させて、本発明はまた、本明細書で検討された種々の疾患および障害を治療するための薬剤を製造する方法において、開示された薬剤およびその機能的変異体の使用を含んでいる。
【0081】
本発明の一実施形態において、SETに結合でき、SET活性を調節できる薬剤を同定することができる。当業界で既知の方法によりSETに結合する能力に関して薬剤をスクリーニングすることができる。例えば、ファージディスプレイ、酵母ディスプレイ、またはリガンド置換アッセイなどの方法を用いてスクリーニングライブラリーにより薬剤を同定することができる。SETに結合できる薬剤は、COG133(配列番号1)を含有するペプチド結合と競合するか、または阻害する能力に関してさらにスクリーニングすることができる。COG133を含有するペプチド結合と競合できるか、またはその結合を阻害できる薬剤は、SET活性を調節するのにCOG133よりも有効であり得る。例えば、上記および下記の実施例に記載されたCOG133よりも有効であるCOG1410のような薬剤は、SETへの結合に関してCOG133と競合することができる。
【0082】
SETに結合することが判明した薬剤を単離することができ、さらにPP2A活性またはcdk5活性を調節する能力に関して試験することができる。ホスファターゼ活性およびキナーゼ活性を測定する方法は、当業界に知られており、限定はしないが、ペプチド物質へのホスフェートの遊離または取込みをモニターするインビトロリン酸化アッセイ、および細胞ライセート中の内因性物質のリン酸化状態を検出するウェスタンブロット法が挙げられる。
【0083】
本発明で提供されたスクリーニング法は、限定はしないが、多発性硬化症、血管炎、急性播種性脳脊髄炎、ギラン−バレー症候群または敗血症、外傷性脳傷害、脳卒中、閉鎖性頭部損傷、全脳虚血、脳浮腫、局所虚血、または頭蓋内出血などの急性CNS傷害、またはアルツハイマー病、タウオパチー、HIV関連脳症、神経ラシリズム、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ハンチントン舞踏病、パーキンソン病、てんかん、d−2−ヒドロキシグルタル酸性尿症、統合失調症、白血病、脊髄形成異常性症候群(MDS)または結節性硬化症などの慢性神経性疾患を含めた、神経性疾患、炎症性疾患、および増殖性疾患の治療のためにSETを調節することができる薬剤に関してスクリーニングするために使用することができる。
【0084】
以下の実施例は、本発明を例証するために説明しており、それを限定するものとして解釈してはならない。
【実施例1】
【0085】
SETの同定
COG133−ビオチンまたは対照のビオチンは、BV2小膠細胞からの総タンパク質に加えた。Cog−ビオチンまたはビオチンに結合するタンパク質を、ストレプトアビジンビーズを用いる免疫沈降により集めた。ビーズを広範囲にわたって洗浄して非特異的結合タンパク質を除去した。ストレプトアビジンに特異的に結合したタンパク質を溶出し、laemmliサンプル用緩衝液で変性させ、SDS/PAGEゲル上で操作した。電気泳動後、ゲルを、クーマシー/銀染色により染色してタンパク質バンドを可視化した。
【0086】
図1は、SDS/PAGEゲルの銀染色画像および実験結果を提供する。COG−ビオチンレーンの標識されたAおよびBは、ゲルのビオチン対照レーンには存在しない2本のバンドを含む。COG133結合タンパク質を含有する銀染色バンドは、ゲルから切除され、タンパク質をゲルスライスから抽出し、トリプシンのようなプロテアーゼで消化し、タンパク質分解断片を質量分析法により分析した。選択されたタンパク質分解断片の配列は、MS/MS法により達成された。タンパク質分解断片の配列およびそれらの分子量は、当業界で既知の方法によりNCBI GenBankにおけるアミノ酸配列および既知の配列の分子量に対して比較した。分析により、ゲル上の2本のバンドは、SET(配列番号3および4)の既知の変異体に相当することが示された。
【実施例2】
【0087】
COG−ビオチンはSETタンパク質と直接相互作用する
BV2小膠細胞を培養し、ビオチン標識したCOG133に接触させた。処理したBV2細胞から、総タンパク質抽出物を調製し、ビオチン含有複合体をストレプトアビジン−アガロースビーズにより単離した。ビーズを洗浄した後、Laemmliサンプル用緩衝液中で沸騰によりタンパク質を溶出させ、変性タンパク質をSDS−PAGEゲル上で分離した。SDS−PAGEにより分離したタンパク質を、ニトロセルロースに移し、抗SET抗体によりウェスタンブロット探索を行った。ブロットを洗浄して、非特異的に結合した一次抗体を除去した。次いで、該ブロットを、ヤギ抗ウサギ/セイヨウワサビペルオキシダーゼ結合二次抗体と共に1時間インキュベートし、引き続き、洗浄して化学発光HRP−抗体検出キット(Denville Scientific)により展開した。ブロットを種々の長さの時間、x線フィルムに曝露した。免疫反応性のバンドは、フィルム上に暗帯として可視化された。
【0088】
図2に、ブロット画像および凡例が提供されている。ブロットの第1のレーンはビオチン対照に対応する。レーン2は、総タンパク質からのビオチン化COG133に対応する。ビオチン−COG133に一意的に結合する2つのタンパク質バンドは、SETの2つのスプライス変異体に関連する。レーン3は、ビオチン化COG133および20×COG133に対応する。ブロットのレーン4は、ビオチン化COG133およびpep96に相当する。pep96は生物活性を有さないが、構造的にCOGに類似している。レーン5は、ビオチン化COG133およびCOG1410に相当する。COG1410は、より強力なCOG133変異体である。SETに関連するかすかなバンドは、SETへの結合において、COG1410がCOG133と競合することを示している。
【実施例3】
【0089】
SETに対するsiRNAで処理したBV2細胞における亜硝酸塩/MTT
COG133はLPS−誘導酸化窒素産生を減少させることが以前に示されている(Lynchら、2005年)。米国仮特許出願第60/606,506号に対する優先権を主張している、2004年9月2日出願のPCT出願PCT/US05/31431号、2004年9月9日出願の60/608,148号、および2004年9月2日出願の60/606,507号を参照されたい。これらは参照としてそれらの全体が、本明細書に援用されている。BV2細胞にSETに対するsiRNAをトランスフェクトした。上記参照の特許出願に記載されたとおり、siRNAをトランスフェクトしたBV2細胞およびsiRNAをトランスフェクトしなかったBV2細胞を、COG133、LPS、またはLPSとCOG133によって処理した。非処理BV2細胞を対照として用いた。図3は結果のグラフである。バー3とバー7は、それぞれ、SETに対するsiRNAなしのLPSとSETに対するsiRNAを有するLPSに対応する。バー7は、バー3に比較して、酸化窒素の有意な減少を示しており、したがって、SETの量が減少すると、LPS誘導酸化窒素の産生が減少することを実証している。同様に、LPSおよびCOG133によって処理され、SETに対するsiRNAをトランスフェクトした群では、LPSおよびCOG133によって処理され、siRNAをトランスフェクトしなかった群に比較して、酸化窒素の減少がある(それぞれ、レーン8と4)。しかし、レーン7とレーン8(それぞれ、LPS+siRNAとLPS+COG133+siRNA)との間には、酸化窒素の量に有意な差はなく、SETの除去により、LPS誘導NOに及ぼすCOG133の効果が抑止されることを実証している。
【0090】
図4は、陰性対照および陽性対照のゲル画像である。このゲル画像は、SETに対するsiRNAが、SETを効果的にサイレンシングできたことを示している。
【0091】
図5は、ヒトTHP1細胞における同様な実験の結果のグラフであり、siRNAベースのサイレンシングによりSETが除去されると、LPS誘導TNFα産生減少におけるCOG133の効果が消去されることを実証している。タンパク質ホスファターゼ2A(PP2A)の阻害剤としてのSETの機序と一致して、該細胞からSETが除去されると、LPS誘導TNF応答の減少、ならびにCOG133の効果の消去が見られた。
【実施例4】
【0092】
COGペプチドは、ヒト脳のSETに対する結合に関して競合する
ヒト脳を、プロテアーゼカクテル錠と共にPBS緩衝液中ホモジナイズし、遠心分離して細胞デブリを除去した。100ngのビオチン化COG133(N末端に結合したビオチンを有するCOG133ペプチド)を、1mgの清澄化上澄み液に加えた。室温で4時間のインキュベーション後、50%スラリのストレプトアビジンアガロースビーズ50μLを加えた。さらなる1時間のインキュベーション後、該ビーズを遠心分離によりペレット化した。該ビーズを0.1%のツウィーン20洗浄剤を含有するPBS緩衝液により3回洗浄した。洗浄したビーズに、2×SDS PAGE添加緩衝液(DTTを含有)50μLを加え、該サンプルを2分間沸騰させた。ポリアクリルアミドゲルに、1レーン当たり40μLの抽出物、または10μgの脳抽出物総タンパク質(対照レーン)のいずれかを入れ、SDS緩衝液中で操作した。ゲルからニトロセルロース膜上へタンパク質を移し、引き続き、10%の無脂肪ドライミルクでブロックした。次いで、抗SET抗体によって膜を調べた。Enhanced Chemiluminescence基質(GE healthcare)によってブロットを展開し、フィルムに曝露して可視化した。図6に示されたブロットは、ビオチン化COG133がヒト脳抽出物からのSETに結合し、それをプルダウンすることを実証している。
【0093】
関連実験において、COG133ペプチドの誘導体をSET結合に関して試験した。ヒト脳抽出物を上記のとおり調製した。該脳抽出物に10倍過剰のCOG1410ペプチドまたはCOG112ペプチドを加え、10分間インキュベートした。次に、100ngのビオチン化COG133を該抽出物に加え、室温で4時間インキュベートした。該混合物にストレプトアビジンアガロースビーズを加え、上記のとおり処理した。該サンプルをSDS−PAGEおよびウェスタンブロット分析のために調製した。SETタンパク質に関して調べたブロット(図7)は、ビオチン化COG133によってプルダウンされたSETタンパク質の量を、過剰のCOG1410ペプチドまたはCOG112ペプチドが減少させることを示す。これら2つのCOG133誘導体が、SETの結合に関してCOG133と競合することを、これらの結果は示唆している。
【実施例5】
【0094】
COG112はPP2Aを活性化する
マウスマクロファージRAW細胞を、100ng/mLのLPS、1μMのCOG112(アンテナペディアに結合したCOG133)、LPSとCOG112、10nMのオカダ酸(PP2Aの阻害剤)、またはオカダ酸とCOG112、のいずれかと共にインキュベートした。1時間後、細胞を溶解し、PP2Aの触媒的C−サブユニットに標的化した抗体の添加により、PP2Aを免疫沈降させた。免疫沈降物の半分をSDS−PAGEにより分離し、ニトロセルロース上にブロットし、抗PP2AC抗体によって調べた。ホスホ−スレオニン基質ペプチドを含有する125μLのアッセイカクテルを該免疫沈降酵素に添加することにより、残留タンパク質を活性に関してアッセイした。37℃で振とうしながらインキュベートした後、25μLのアリコートを取り、遊離リン酸塩にキレート化し、キレート形成の際に色が変化するモリブデン酸アンモニウム溶液(Upstate)に加えた。種々の時間間隔でアリコートを取り出し、該ペプチドから放出された遊離リン酸塩の量を、リン酸塩の標準曲線と比較して判定した。リン酸塩の放出率を経時的データへの線形適合によって判定し、相対的PP2A濃度に対して標準化した。リン酸塩放出率によって測定されたPP2A活性は、PP2AのSET阻害がSETに対するCOG112の結合によって排除されるとした場合に予測されるとおり、COG112の存在下で増加する(図8)。活性PP2AとSETに結合した不活性PP2Aとの間に平衡が存在し、この平衡が移行して活性PP2A酵素の量を調節することができることを、この結果は示唆している。この仮説を試験するために、オカダ酸単独と共に、またはCOG112の存在下で、マクロファージ細胞をインキュベートした。SETに結合していないPP2Aのプールはオカダ酸によって阻害され、したがって、ベースラインのPP2A活性の低下を生じると考えられる(図8)。上記の仮説によれば、COG112による該細胞の処理は、SETに結合し、SET阻害からリン酸塩を放ち、これによりPP2A活性の全体的な増加を生じさせることによって、活性PP2Aのプールを増加させることが予測される。図8に示された結果は、COG112は実際に、オカダ酸存在下でPP2A活性を増加させることを実証している。したがって、細胞内のPP2Aの活性プールは、ApoEペプチドによるSET活性の調節によって制御することができる。
【実施例6】
【0095】
COG133は、p38MAPキナーゼ、JNK、ERK1/2、およびNFκBの活性を抑制する
マウスBV2小膠細胞を、陰性対照、LPS、またはLPSとCOG133(配列番号1)ペプチドと共に30分間インキュベートした。細胞を溶解し、清澄化した抽出物を遠心分離によって調製した。ポリアクリルアミドゲルに、1レーン当たり30μgの抽出物を入れ、SDS緩衝液中で操作した。タンパク質を該ゲルからニトロセルロース膜上へ移し、これを引き続き、10%の無脂肪ドライミルクによりブロックした。次いで膜を、ホスホ特異的なp38 MAPキナーゼ、MKK3/6、JNK、ERKおよびIκB抗体によって調べた。膜をEnhanced Chemiluminescence基質(GE healthcare)によって展開し、フィルムへの曝露により可視化した。次いで膜を剥離し、以前記載されたとおり、非ホスホ特異的抗体を用いて、総p38、JNK、ErkまたはIκBに関して再び調べた。p38 MAPキナーゼのリン酸化を示している代表的なウェスタンブロットを図9Aに示す。いくつかの実験において該膜は、GAPDKタンパク質に関して調べた。ウェスタンブロットのデンシトメトリー分析を行い、リン酸化p38 MAPキナーゼからのシグナルを、GAPDHからのシグナルに対して標準化した。このデンシトメトリー分析を図9Bに示す。COG133による処置によって、リン酸化の減少、したがって、p38 MAPキナーゼの不活化が引き起こされることを、これらの結果は示している。PP2Aはp38 MAPキナーゼと結合し脱リン酸化させることが報告されている(Sundaresan & Farndale、2002年、FEBS Letters 528、139頁)。COGペプチドがPP2A活性を増加させることができるとすれば(実施例5)、SETに対するCOGの結合によるPP2Aの活性化を介して、p38 MAPキナーゼの脱リン酸化が生じる可能性が高い。
【0096】
図10は、ホスホJNK(パネルA)、ERK(パネルB)、およびIκB(パネルC)に関する上記の実験からの代表的なウェスタンブロットを示す。これらの実験の結果は、COG133ペプチドが、これらのシグナル伝達タンパク質のLPS誘導リン酸化を減少させることを示し、COG133が、おそらくSETの阻害および引き続くPP2Aの活性化を介して、これらのシグナル伝達カスケードの活性化を抑制することを実証している。
【0097】
脱リン酸化状態において、IκBは転写因子NFκBに結合し、NFκBが核に転位して炎症誘発性サイトカインの転写を活性化することを防ぐ。COG133が核へのNFκBの転写もまた減少させたかどうかを判定するために、結腸の上皮細胞を、LPS単独で、またはCOG133の存在下で刺激し、刺激した細胞からの核抽出物を調製した。この核抽出物からのタンパク質に、NFκB結合部位を含有する放射標識化オリゴヌクレオチドを加え、引き続き該タンパク質を、非変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動により分離した。核抽出物中に存在するNFκBの量を、オートラジオグラフィーにより検出した(図10D)。核のNFκBはCOG133の存在下で減少し、このシグナル伝達カスケードが、ApoEペプチドによって処理された細胞において抑制されるというさらなる証拠を提供した。
【実施例7】
【0098】
COG1410は、タウリン酸化を減少させる
C57B1/6マウスに、増加濃度(2 mLの血液容量において指示されたμM濃度を生じるのに十分な量のOAの投与によって算出)のオカダ酸(OA)を静脈内注射した。OA投与の1時間後、マウスを断頭により安楽死させ、脳を取り出した。皮質を単離し、液体窒素によって瞬間凍結し、微細粉末に粉砕し、プロテアーゼ阻害剤およびホスファターゼ阻害剤を含有する抽出物用緩衝液中、該粉末の均一化によって抽出物を作製した。タンパク質抽出物をSDS−PAGEによって分離し、ニトロセルロース膜に移し、タウのSer202およびThr205のリン酸化を認識するAT−8抗体を用いて、ホスホ−タウに関して調べた。ホスホ−タウのシグナルを、GAPDHタンパク質のシグナルに対して標準化した。この実験結果は、OAによるPP2Aの阻害により、皮質におけるホスホ−タウの濃度依存性増加が生じたこと(図11A)を示しており、PP2Aがインビボで、タウタンパク質のリン酸化状態を制御することを表している。タウタンパク質のリン酸化状態に及ぼすCOGペプチドの効果を判定するためにOA投与の15分前に、5mg/kgのCOG1410を、皮下注射により該マウスに投与した。図11Bに、この一連の実験の結果を示す。COG1410は、OAによって誘導されたリン酸化タウタンパク質の量を減少させた。ホスホ−タウに及ぼすCOG1410の効果は、SETタンパク質に対するCOG1410の結合、それによるPP2Aの活性化によって媒介されている可能性が高い。
【実施例8】
【0099】
COGペプチドは、SETとp35との相互作用を減少させる
cdk5は、キナーゼ活性のために、アクチベータータンパク質p35を必要とする。cdk5は遍在的に発現するが、p35の発現は中枢系のニューロンに限定されており、したがって、cdk5関連キナーゼ活性は、これらのニューロンに限定される。p35からp25への開裂により、cdk5キナーゼ活性の調節がなくなり、該キナーゼは構成的に活性となる。cdk5/p25の構成的キナーゼ活性は、タウタンパク質の異常なリン酸化過剰、引き続くアルツハイマー病および他のタウロパシーに見られる神経変性に関係してきた。SETタンパク質は、cdk5/p35複合体に結合し、キナーゼ活性を増強させることが示されている(Quら、2002年、J. Biol. Chem.277:7324-7332頁)。したがって、SETとcdk5/p35複合体との間の相互作用を妨害することにより、cdk5キナーゼ活性を低下させることが可能であると考えられる。この可能性を試験するために、p35に対するSETの結合に及ぼすCOGペプチドの効果を調べた。マウスの脳ライセート(図12)またはヒトの脳ライセート(図13)を、50μMのCOG056(COG133の逆配列)、COG112、COG133、またはCOG1410と共にインキュベートした。ペプチド処理した1mgの脳ライセートから、アクチベータータンパク質p35を、抗p35抗体およびタンパク質Aアガロースビーズにより免疫沈降させた。p35免疫沈降タンパク質を、SDS−PAGEにより分離し、ニトロセルロースに移し、SETおよびp35に対する抗体によって調べた。タンパク質使用量におけるわずかな違いを調整するために、SETからのシグナルをp35からのシグナルに対して標準化した。マウスの脳ライセートからの実験の結果を図12に示し、一方、ヒトの脳ライセートからの実験の結果を図13に示す。生物学的アッセイにおいて不活性であるCOG056はp35に結合したSETの量を減少させないが、COG112、COG1410、およびCOG133は、p35へのSETの結合を効果的に阻害することを、デンシトメトリー分析は示している。
【0100】
以前記載されたとおり、ヒストンペプチドを基質としたインビトロリン酸化アッセイを用い、COGペプチドで処理した細胞からの細胞ライセートを、cdk5活性に関してアッセイすることができる(Qiら、1995年、J. Biol. Chem. 270:10847-10854頁)。COG112、COG133、またはCOG1410で処理された細胞は、非処理細胞またはCOG056で処理した細胞よりも低いcdk5活性を示すことが予想されるであろう。SETがニューロンにおけるcdk5活性のインビボ制御因子であり、この制御はCOGペプチドによって調節できることを、これらの結果は示唆していると考えられる。
【実施例9】
【0101】
ファージディスプレイによるSET結合剤の単離
ファージディスプレイは、1985年に最初に記載されており、ファージ粒子の表面にディスプレイされたペプチドである表現型と、そのペプチドをコードするDNAである遺伝子型との間の物理的関連性に基づいている。この先導的な研究で、George Smithは、DNA断片を糸状バクテリオファージの遺伝子III内に挿入し、該DNA断片によってコードされたポリペプチドが該バクテリオファージの表面上にpIII外殻タンパク質への融合体としてディスプレイされることを示した。これらの「融合ファージ」は、該組換えポリペプチドに対する抗体によるアフィニティー精製を用いて、通常のファージにわたって選択できると考えられる。ファージディスプレイ技法のこの最初の実証後に、ファージディスプレイシステムにおいて、ランダムなペプチドライブラリーが作出され、抗体のエピトープマップ作成および擬ペプチドの同定に用いられた。以来、タンパク質−タンパク質相互作用の研究のために、薬剤発見のための代理リガンドとして、また、臓器または組織に導かれるペプチドを同定するために、ペプチドライブラリーのファージディスプレイは、アフィニティークロマトグラフィーに使用できるペプチドを単離するための強力なツールであることを証明している3〜12。これはまた、ユニークなゲル化特性を有する、液晶の前駆体である、および細胞外マトリクスを模倣するポリペプチド材料を作出するためにも広げられている13〜16
【0102】
これらのペプチドを単離するために用いられるアフィニティー選択過程において、一般に、標的はマイクロタイタープレートの表面に固定され、ファージライブラリーのアリコートが加えられる。該標的に親和性を有するペプチドをディスプレイするファージによる結合を可能にするインキュベーション段階後、該プレートを洗浄して非結合のファージ粒子を除去する。次いで、該ファージの生存を妨げることなしに該標的の変性をもたらす処理によって結合ファージを溶出させる。次いで、溶出ファージを細菌培養物に加え、増幅させる17。このアフィニティー選択サイクルの1ラウンドにより、標的に結合するペプチドをディスプレイするファージの濃縮化が生じる。細菌ローンに塗布し個々のファージプラークを単離する前に、この過程を数サイクル繰り返すことによって、完全な濃縮化が達成される。これらプラーク各々のファージは均一であり、それらの表面に単一のペプチドを発現する。この均一のファージを、ELISAアッセイを用いて標的に対する結合に関して試験し、均一なファージ集団のペプチド配列は、挿入したDNAの配列決定によって判定される。
【0103】
元々ファージディスプレイは、ファージの外殻タンパク質pIIIのアミノ末端に融合したペプチドによって開発された。これによって、ファージ粒子状に存在するpIIIの3つから5つのコピー各々に融合したペプチドが生じ、ピコモルから低マイクロモルまでのアフィニティー範囲のペプチドが提供される。低アフィニティーペプチドは、主要な外殻タンパク質pVIIIのN末端にディスプレイされた短いペプチド(<10のアミノ酸)を用いて得ることができる18。これにより、ファージ粒子1つ当たり、該ペプチドのおよそ2700コピーが生じ、ディスプレイされたこの多数のペプチドにより、高マイクロモルアフィニティーを有するペプチドの単離が可能になる。各ファージの外殻タンパク質に関するC末端ディスプレイシステムの開発によって、pIIIシステムおよびpVIIIシステムの実用性が広がった。Fuhらは、pVIIIのカルボキシル末端へのリンカーを付加し、それにより、pVIIIタンパク質の末端に融合したペプチドのディスプレイを可能にしたことを記載した。このC末端pVIIIファージミドシステムは、PDZドメインと相互作用するペプチド同定のために首尾よく使用されている19。また、pIIIタンパク質の修飾によっても、pIIIのC末端に融合したポリペプチドのディスプレイが可能になっている20
【0104】
ファージディスプレイライブラリー
ファージディスプレイを用いて標的に結合する高アフィニティーペプチドを同定する能力は、ファージ表面上のペプチドの提示およびアフィニティー選択過程に用いられるペプチドライブラリーの設計に大きく依存する。完全ランダムな7または12のアミノ酸ライブラリーおよびCXCジスルフィド結合ライブラリーは、New England BioLabsから市販されている。これらのライブラリーから結合ペプチドを同定する成功率は、およそ20%であるが、設計特徴が付加されたライブラリー、および各標的に対するいくつかのファージライブラリーのスクリーニングを用いて、90%に近い成功率を得ることができる。例えば、ファージライブラリーは以下の設計によって作出できる:New England BioLabs PhD M13KEg IIIベクターシステムを用いた、X11、Fが任意の確定アミノ酸であるXFX、CX11、およびCX16。ライブラリーは全て、N=A、C、G、またはTならびにK=GまたはTであるNNKとしてコードされた縮退コドンを有する縮退オリゴヌクレオチドとして構成されている。コドンのゆらぎ位置の制限は改善されるが、6つのコドンが各々、セリン、アルギニン、およびロイシンをコードし、1つのコドンだけがメチオニンおよびトリプトファンをコードする、遺伝子コードに固有なコドンバイアスは排除されない。NNK構成はまた、3つの停止コドンのうちの2つを排除する。各ライブラリーの複雑性は、構成の時点で測定され、ライブラリーは、10から10のユニーク配列の複雑性でルーチンに構成することができる。典型的なアフィニティー選択実験は、ライブラリーにおいて各ペプチドの平均100〜1000のコピーが各実験に用いられるように、1×1011のファージによって行われる。
【0105】
タンパク質産生
ファージディスプレイ実験のためのタンパク質は、組織ホモジネート、培養細胞から、または報告された方法による組換え発現によって調製される。あるいは、組換えSETが、SETのN末端またはC末端に融合したAviTag(商標)(Avidity Systems)として知られている結合したビオチン化配列を有して発現する。この場合、生じたSETが発現時にビオチン化されるように、ビオチンリガーゼを過剰発現する細菌細胞において組換え発現が実施される。ビオチン化SETを、ファージ選択のために、典型的には20〜80pmol/ウェルのストレプトアビジンコーティングしたBSAブロックマイクロタイタープレート上に飽和濃度で固定化する。
【0106】
SDS−PAGEによるアフィニティー選択の前に、SETタンパク質を、PP2aの阻害における純度および活性に関して分析し、生化学的活性が損なわれていないことを確認する。ビオチン化SETに関して、ビオチン化の前後に活性アッセイを行う。ビオチン化SETを、ストレプトアビジンでコーティングした96ウェルプレート上に捕捉し、該マイクロタイタープレート中のSETタンパク質の滴定を実施することによって、各ウェルに加えたSETの量を判定する。該プレートを洗浄して非結合のSETを除去し、各ウェルに過剰量の化学的ビオチン化アルカリホスファターゼを加える。SETが飽和未満の濃度で存在する場合、アルカリホスファターゼは、該プレート上の利用できるビオチン結合部位に結合するので、ビオチン化SETに関する飽和点を判定するためには、アルカリホスファターゼ活性の検出が用いられる。アフィニティー選択過程では、ファージライブラリーの添加前に、過剰のビオチン結合部位をビオチンでブロックする。
【0107】
ファージアフィニティー選択
ペプチドのアフィニティー選択は、基本的に、Hyde−deRuyscherら21によって記載されたとおりに行う。固定化SETを含有しない、ストレプトアビジンでコーティングしたBSAブロックポリスチレンマイクロタイタープレートの各ウェルに、以前記載されたファージディスプレイライブラリーの1つを加えることによって、アフィニティー選択を実施する。このプレートのインキュベーションにより、固定化SETタンパク質を含有するプレートにファージ溶液を移す場合に、ファージストックからポリスチレン、ストレプトアビジン、およびBSA結合ペプチドが除去されることが可能になる。この予備除去工程により、バックグラウンド結合が減少する。バックグラウンドは、選択過程の各回にブロック剤を交替することによってさらに減少させることができる。無脂肪ドライミルクおよびBSAをブロック剤として用い、BSAを選択の奇数回に用い、ミルクを選択の偶数回に用いる。SETと共にファージをインキュベーションした後、プレートを洗浄して非結合のファージを除去し、高アフィニティーのファージを選択する。高アフィニティーのファージを選択するために、複数回の洗浄工程を実施し、各洗浄工程間に数分間、洗浄用緩衝液中でプレートをインキュベートする。この方法で洗浄を実施することにより、極めて遅い放出速度(koff)で結合したままのファージの回収が可能になる。
【0108】
プレート洗浄後、結合ファージを、Sparksら22に記載されたとおりに溶出させるか、または大腸菌細胞の培養物をウェルに添加し37℃でインキュベートすることにより直接感染させることによって増幅させる。高結合アフィニティーを有するペプチドを得るために、この直接感染法はファージ溶出法より優れていることが判明し得る。選択されたファージを増幅し、下記の抗M13抗体による標準的ELISAアッセイを用いた各回のアフィニティー選択後、所望の標的および対照に対する結合を試験する。3回または4回の選択後、陽性ライブラリーからのファージを平板培養し、個々のプラークを増幅して、SETに結合する個々のファージを同定するために試験する。ELISAアッセイにおいて、SETおよびいくつかの非関連タンパク質に対する結合を評価することによって、SETに結合するファージを特異性に関して試験する。増幅した個々の結合ファージのDNAを単離し、配列決定して、SETに対する結合を担っているペプチドの配列を判定する。
【0109】
ファージELISAアッセイ
アフィニティー選択後、溶出ファージは2xYT中で、直接感染ファージはインサイチュで一晩増幅する。増幅したファージを、以前記載されたとおり22ファージELISAで試験する。簡単に述べると、SETタンパク質および対照タンパク質をマイクロタイターウェルに固定化し、ファージを加え、結合させ、該プレートを洗浄し、該ファージの主要な外殻タンパク質に対するセイヨウワサビペルオキシダーゼ(HRP)結合抗体を用いて、SETに結合したファージを検出する。基質として2,2’−アジノビス(3−エチルベンズサゾリンスルホン酸)(ABTS)またはTMBを用い、プレートリーダーにおける吸光度を読み取ることによって、HRPを検出することができる。SETの存在に依存する強いシグナルを生じているファージをプラーク精製し、増幅し、ファージELISAにおいて、標的タンパク質および一連の非関連タンパク質に対する結合に関して試験し、結合の特異性を検証する。ファージディスプレイされたペプチドの配列決定は、Qiagen M13一本鎖プレップキットを用い、一本鎖DNAを調製することによって達成される。デューク大学(Duke University)における配列決定施設(Sequencing Facility)により自動DNA配列決定を行う。
【0110】
ファージアフィニティー滴定
選択されたファージの相対的アフィニティーは、単一標的タンパク質濃度に対してファージの連続希釈を用い、ファージELISAを実施することによって判定する。滴定には、11ポイントの50μLからの2倍希釈系が用いられる。抗体に曝露し、ファージなしのSETのバックグラウンドシグナルを各値から差し引く。ファージ滴定は、希釈、平板培養および個々のプラークのカウントによって判定され、ファージELISAからの吸光度の読取りを、アッセイごとにプラーク形成単位の関数としてプロットする。
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22.Sparks, A., Adey, N., Cwirla, S. & Kay, B. (1996). Screening phage displayed random peptide libraries. In Phage Display of Peptides and Proteins: A Laboratory Manual. (Kay, B.K., Winter, J. & McCafferty, J., eds), pp227-254. Academic Press, San Diego.
【0111】
当然のことながら、開示された本発明は、記載された特定の方法論、プロトコルおよび試薬に限定されるものではなく、これらは変わり得る。また、当然のことながら、本明細書に用いられた用語は、特定の実施形態の説明のみを目的としたものであり、添付の請求項によってのみ限定される本発明の範囲を限定する意図はない。
【0112】
本明細書および添付の請求項に用いられた単数形態の「ある」、および「該」は、文脈によってそうではないと明白に表されない限り、複数の記述を含むことに留意されたい。したがって、例えば、「ある宿主細胞」は、このような宿主細胞の複数を含み、「該抗体」は、1種以上の抗体および当業者に知られているそれらの等価物などを含む。
【0113】
別に規定されない限り、本明細書に用いられた全ての専門用語および科学用語は、開示された本発明が属する技術の当業者によって一般的に理解されているものと同じ意味を有する。本明細書に記載されたものと等価な、または類似した任意の方法および材料を本発明の実践および試験に用いることができるが、代表的な方法、装置、および材料は記載されたようなものである。本明細書に引用された全ての特許、特許出願および他の刊行物、ならびにそれらが引用した材料は、それらの全体が、参照として具体的に援用されている。
【0114】
当業者は、ルーチン実験のみを用いて、本明細書に記載された本発明の特定の実施形態の多くの等価物を認識するか、または確認できるであろう。このような等価物は添付の特許請求の範囲に含まれることとする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SETと、SETに結合できる外因性薬剤とを接触させることを含む、SETの活性を調節する方法。
【請求項2】
前記薬剤が前記SET活性を増加させる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記薬剤が前記SET活性を減少する、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記薬剤がペプチドである、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記薬剤がApoE類似体である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記薬剤が配列番号1の配列を含有するペプチドである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記ペプチドが、1つから5つの追加のアミノ酸またはアミノ酸類似体がN末端もしくはC末端またはN末端およびC末端の双方に結合した配列番号1を含有し、このような追加のアミノ酸は、SET活性を調節するペプチドの能力に悪影響を及ぼさない、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記ペプチドが18以上のアミノ酸を含有する、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記ペプチドが20以上のアミノ酸を含有する、請求項6に記載の方法。
【請求項10】
前記ペプチドが30以上のアミノ酸を含有する、請求項6に記載の方法。
【請求項11】
前記ペプチドが40以上のアミノ酸を含有する、請求項6に記載の方法。
【請求項12】
前記ペプチドが本質的に配列番号1からなる、請求項6に記載の方法。
【請求項13】
前記ペプチドが配列番号1からなる、請求項6に記載の方法。
【請求項14】
前記薬剤が、配列番号2の配列を含有するペプチドである、請求項5に記載の方法。
【請求項15】
前記ペプチドが、1つから5つの追加のアミノ酸またはアミノ酸類似体がN末端もしくはC末端またはN末端およびC末端の双方に結合した配列番号2を含有し、このような追加のアミノ酸は、SET活性を調節するペプチドの能力に悪影響を及ぼさない、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記ペプチドが13以上のアミノ酸を含有する、請求項14に記載の方法。
【請求項17】
前記ペプチドが18以上のアミノ酸を含有する、請求項14に記載の方法。
【請求項18】
前記ペプチドが20以上のアミノ酸を含有する、請求項14に記載の方法。
【請求項19】
前記ペプチドが30以上のアミノ酸を含有する、請求項14に記載の方法。
【請求項20】
前記ペプチドが40以上のアミノ酸を含有する、請求項14に記載の方法。
【請求項21】
前記ペプチドが配列番号2から本質的になる、請求項14に記載の方法。
【請求項22】
前記ペプチドが配列番号2からなる、請求項14に記載の方法。
【請求項23】
前記薬剤が、SETへの結合に関して配列番号1の配列を含有するペプチドと競合する、請求項1に記載の方法。
【請求項24】
前記薬剤が前記ペプチドとSETとの結合を阻害する、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
前記薬剤の投与によりリン酸化p38MAPキナーゼが減少する、請求項1に記載の方法。
【請求項26】
前記薬剤の投与によりLPS誘導酸化窒素が減少する、請求項1に記載の方法。
【請求項27】
前記薬剤の投与によりPP2Aのホスファターゼ活性が減少する、請求項1に記載の方法。
【請求項28】
前記薬剤の投与によりPP2Aのホスファターゼ活性が増加する、請求項1に記載の方法。
【請求項29】
前記薬剤の投与によりJcasp誘導細胞死が減少する、請求項1に記載の方法。
【請求項30】
前記薬剤の投与によりcdk5のキナーゼ活性が減少する、請求項1に記載の方法。
【請求項31】
前記薬剤の有効量を炎症性病態または神経性病態を患っている対象に投与する、請求項1に記載の方法。
【請求項32】
前記炎症性病態が神経系に影響を及ぼす、請求項31に記載の方法。
【請求項33】
前記炎症性病態が、多発性硬化症、血管炎、急性播種性脳脊髄炎、ギラン−バレー症候群または敗血症である、請求項32に記載の方法。
【請求項34】
前記神経性病態が、急性CNS傷害である、請求項31に記載の方法。
【請求項35】
前記急性CNS傷害が、外傷性脳傷害、脳卒中、閉鎖性頭部損傷、全脳虚血、脳浮腫、局所虚血、くも膜下出血、または頭蓋内出血である、請求項34に記載の方法。
【請求項36】
前記神経性病態が、慢性神経性疾患である、請求項31に記載の方法。
【請求項37】
前記慢性神経性疾患が、アルツハイマー病、タウオパチー関連疾患、HIV関連脳症、神経ラシリズム、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ハンチントン舞踏病、パーキンソン病、てんかん、d−2−ヒドロキシグルタル酸性尿症または統合失調症である、請求項36に記載の方法。
【請求項38】
前記タウオパチー関連疾患が、進行性核上性麻痺(PSP)、皮質基底変性症(CBD)、ピック病(PiD)、および嗜銀顆粒性疾患(AGD)からなる群から選択される、請求項37に記載の方法。
【請求項39】
前記薬剤の有効量の投与により前記対象のニューロンにおけるタウタンパク質のリン酸化が減少する、請求項38に記載の方法。
【請求項40】
前記神経性病態が、小膠細胞の活性化、膠細胞の活性化または神経細胞死を増加させる、請求項31に記載の方法。
【請求項41】
前記薬剤の投与により膠細胞の活性化、小膠細胞の活性化または神経細胞死が減少する、請求項31に記載の方法。
【請求項42】
前記炎症性病態が自己免疫疾患である、請求項31に記載の方法。
【請求項43】
前記自己免疫疾患が、リウマチ様関節炎、大腸炎、乾癬、狼蒼、および糖尿病(1型)からなる群から選択される、請求項42に記載の方法。
【請求項44】
有効量の前記薬剤を癌を患っている対象に投与する、請求項1に記載の方法。
【請求項45】
前記癌が白血病である、請求項44に記載の方法。
【請求項46】
前記薬剤の有効量を、脊髄形成異常性症候群を患っている対象に投与する、請求項1に記載の方法。
【請求項47】
有効量の前記薬剤を結節性硬化症を患っている対象に投与する、請求項1に記載の方法。
【請求項48】
SETが配列番号3または配列番号4の配列を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項49】
SETに結合し、SET活性を調節する薬剤を同定する方法であって、
SETと少なくとも1種の試験薬剤とを接触させて、SETに結合する1種以上の薬剤を同定すること、および
前記1種以上の薬剤を、配列番号1を含有するペプチドのSETへの結合と競合するか、または該結合を阻害する能力に関してスクリーニングすることを含む方法。
【請求項50】
配列番号1を含有するペプチドのSETへの結合と競合するか、または該結合を阻害する1種以上の薬剤を単離することをさらに含む、請求項49に記載の方法。
【請求項51】
前記1種以上の薬剤を、PP2Aのホスファターゼ活性を増加させる能力に関してスクリーニングすることをさらに含む、請求項50に記載の方法。
【請求項52】
前記1種以上の薬剤を、cdk5のキナーゼ活性を減少させる能力に関してスクリーニングすることをさらに含む、請求項50に記載の方法。
【請求項53】
請求項50に記載の前記単離された1種以上の薬剤および薬学的に許容できる担体を含む医薬品。
【請求項54】
細胞において活性PP2Aのプールを増加させる方法であって、SETに結合してSETがPP2Aに結合するのを妨げる薬剤を前記細胞に投与することを含む方法。
【請求項55】
前記薬剤がペプチドである、請求項54に記載の方法。
【請求項56】
前記ペプチドが配列番号1の配列を含有する、請求項55に記載の方法。
【請求項57】
前記ペプチドが配列番号2の配列を含有する、請求項55に記載の方法。
【請求項58】
前記薬剤がApoE類似体である、請求項54に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【図11】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図12】
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【図13】
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【公表番号】特表2010−515026(P2010−515026A)
【公表日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−543259(P2009−543259)
【出願日】平成19年12月21日(2007.12.21)
【国際出願番号】PCT/US2007/088600
【国際公開番号】WO2008/080082
【国際公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【出願人】(504111462)コグノッシ, インコーポレイテッド (5)
【Fターム(参考)】