説明

T型溶接継手構造体におけるT継手部の疲労特性評価方法

【課題】T型溶接継手構造体におけるT継手部の疲労特性を、煩雑な疲労試験を行なうことなく、簡便かつ迅速に評価するための方法を提供する。
【解決手段】引張強度500〜650MPaのベイナイト組織鋼板を用いたT型溶接継手構造体におけるT継手部の疲労特性を評価する方法であって、T継手部の溶接熱影響部において、下記式(1)で表される繰り返し軟化パラメータ(1)を用いてT型溶接継手構造体の疲労特性を評価する方法である。繰り返し軟化パラメータ(1)=1/√(A×KAM)・・・(1)、但し、A×KAM>10。式中、Aは、隣接する2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域を結晶粒としたとき、前記結晶粒の平均円相当直径(μm)であり、KAMは、結晶粒内の平均方位差(Kernel Average Misorientation、°)である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、実際に溶接継手を作製して疲労試験を行なわなくても、T型溶接継手構造体におけるT継手部の疲労特性を簡便かつ迅速に評価(予測、推定)する方法に関するものである。本発明の評価方法は、例えば造船、海洋構造物、低温タンク、ラインパイプ、土木・建築構造物などのようなT型溶接継手構造体が適用される様々な分野に適用可能である。
【背景技術】
【0002】
船舶や機械などのように厚鋼板が使用される溶接構造物では、繰り返し応力が加わるものが多いため、疲労強度の向上が求められている。溶接構造物の破壊の大半は疲労き裂の発生に起因しており、その疲労き裂の殆どは溶接継手部より発生する。溶接継手部の疲労強度は、母材に比べて著しく低いからである。
【0003】
溶接継手部における疲労特性は、溶接止端部(溶接金属と母材との境界)の母材側の形状(特に止端半径)の影響が大きいことが知られている。例えばT継手溶接部に繰り返し負荷を加えると、溶接止端部において疲労き裂が発生するが、この疲労き裂に対して溶接止端部の曲率半径が大きな影響を及ぼしている。そこで従来では、溶接継手部の疲労き裂の発生を防止して疲労特性を向上させるため、溶接止端部をグラインダーで研磨するなどして滑らかにし(溶接部形状の平坦化)、止端部の曲率半径を大きくすることによって止端部に発生するひずみを小さくし、応力集中を低減する方法が行なわれている(例えば非特許文献1を参照)。しかしながら、グラインダー処理を行うと、溶接時の作業工程が増加するため、作業負荷低減の観点からグラインダー処理の削減が強く望まれている。
【0004】
一方、溶接継手部の材料特性(機械的特性や組織因子)が疲労特性に及ぼす影響については明確でなく、これまで殆ど研究されていない。そのため、溶接継手部の疲労特性を評価(予測)するに当たっては、多くの溶接継手の疲労試験結果を統計処理するなどして決定されているというのが実情である。具体的には、溶接継手部の条件を変化させ、各条件を反映させた溶接継手構造試験体を作製して疲労試験を実施しており、多大なコストと時間がかかっており、非現実的である。
【0005】
そこで、特許文献1では、実際に溶接を行わずに鋼材の溶接熱影響部における疲労破壊感受性を簡便・迅速に評価する試験方法が開示されている。ここでは、疲労き裂は応力集中の最も激しい溶接止端部から発生し、伝播するが、疲労き裂が最も発生し易い位置は、溶接熱影響部(HAZ)である点に注目し、所定の熱履歴と切欠加工を賦与した試験片を用いてHAZの疲労破壊感受性を評価している。しかしながら、上記特許文献1の方法は、溶接継手部の材料特性から検討されたものではないため、溶接継手部の疲労特性評価に有用な材料設計指針の提供が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−103871号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「疲労設計便覧」、日本材料学会編、養賢堂発行、1995年1月発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、T型溶接継手構造体におけるT継手部の疲労特性を、煩雑な疲労試験を行なうことなく、簡便かつ迅速に評価(予測・推定)し得る方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決することができた本発明の評価方法は、引張強度500〜650MPaのベイナイト組織鋼板を用いたT型溶接継手構造体におけるT継手部の疲労特性を評価する方法であって、前記T継手部の溶接熱影響部において、下記式(1)で表される繰り返し軟化パラメータ(1)を用いてT型溶接継手構造体の疲労特性を評価するところに要旨を有するものである。
繰り返し軟化パラメータ(1)=1/√(A×KAM) ・・・ (1)
但し、A×KAM>10
式中、
Aは、隣接する2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域を結晶粒としたとき、前記結晶粒の平均円相当直径(μm)であり、
KAMは、結晶粒内の平均方位差(Kernel Average Misorientation、°)である。
【0010】
また、上記課題を解決することができた本発明の他の評価方法は、引張強度500〜650MPaのベイナイト組織鋼板を用いたT型溶接継手構造体におけるT継手部の疲労特性を、切欠き試験片を用いて予測する方法であって、前記切欠き試験片を用いて10万回の疲労試験を行ったとき、下記式(2)で表される繰り返し軟化パラメータ(2)を用いて、負荷応力範囲Δσ(MPa)を切欠き試験片の引張強度TS(MPa)で除した値(Δσ/TS)で表わされる疲労特性を予測するところに要旨を有するものである。
繰り返し軟化パラメータ(2)
={0.48/√(A×KAM)}+0.40 ・・・ (2)
但し、A×KAM>10
式中、
Aは、切欠き試験片において、隣接する2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域を結晶粒としたとき、前記結晶粒の平均円相当直径(μm)であり、
KAMは、結晶粒内の平均方位差(Kernel Average Misorientation、°)である。
【発明の効果】
【0011】
本発明で規定する式(1)および式(2)のパラメータは、ベイナイト組織鋼板を用いて得られるT型溶接継手構造体におけるT継手部の溶接止端部疲労特性の代替評価パラメータとして有用であり、実際に溶接継手を作製して疲労試験を行なわなくても、T継手部の疲労特性を評価(予測、推定)することができる。
【0012】
本発明に係るT継手部の疲労特性評価方法は、溶接止端部に局部的な塑性歪みが繰返し負荷される場合に非常に有用であり、式(1)に示すように、2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域で構成される結晶粒の平均円相当直径と、KAM(結晶粒内の平均方位差)とで表される繰り返し軟化パラメータ(1)を用いることにより、T継手部の疲労特性を評価することができる。
【0013】
具体的には、式(2)で表される繰り返し軟化パラメータ(2)は、10万回(105回)の繰り返し疲労試験に耐えられる疲労き裂寿命(疲労き裂寿命が10万回に対応する負荷応力範囲Δσを、引張強度TSで除した値;Δσ/TS)と密接な相関関係を有しており、当該パラメータ(2)を用いれば、T継手部の疲労特性を精度良く評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、本発明において、大角粒径Aおよび結晶粒内の平均方位差KAMの測定部位を説明する模式図である。
【図2】図2は、溶接止端部に局部的に発生する局部塑性歪みによって疲労き裂が発生する様子を示す模式図である。
【図3】図3は、実施例で用いた微小切欠き試験片を用いて疲労試験を実施したとき、局部的に塑性歪みが発生する状況を模式的に示す図である。
【図4】図4は、実施例において、本発明で規定する繰り返し軟化パラメータ(1)と、疲労き裂発生寿命105回に対応する応力範囲Δσ/TS(実測値)との関係を示すグラフである。図4に示す直線式が、本発明で規定する繰り返し軟化パラメータ(2)に対応する式である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、T型溶接継手構造体におけるT継手部の疲労特性を、煩雑な疲労試験を行なうことなく、材料設計学的観点(特に組織形態的観点)から評価(予測、推定)し得る方法を提供するため、検討してきた。その結果、下記式(1)または下記式(2)で表わされる、繰り返し軟化パラメータ(1)または(2)を用いれば、繰り返し応力が負荷されたT継手部の疲労特性を簡便且つ迅速に評価できることを見出し、本発明を完成した。本明細書において、「√(A×KAM)」とは(A×KAM)1/2を意味する。
【0016】
繰り返し軟化パラメータ(1)=1/√(A×KAM) ・・・ (1)
但し、A×KAM>10
式中、
Aは、隣接する2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域を結晶粒としたとき、前記結晶粒の平均円相当直径(μm)であり、
KAMは、結晶粒内の平均方位差(Kernel Average Misorientation、°)である。
【0017】
繰り返し軟化パラメータ(2)
={0.48/√(A×KAM)}+0.40 ・・・ (2)
但し、A×KAM>10
式中、
Aは、切欠き試験片において、隣接する2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域を結晶粒としたとき、前記結晶粒の平均円相当直径(μm)であり、
KAMは、結晶粒内の平均方位差(Kernel Average Misorientation、°)である。
【0018】
なお、疲労特性向上のメカニズムとしては、(ア)応力集中部でのき裂の発生防止と、(イ)一旦発生したき裂の進展を遅くすること、の二つが挙げられるが、本発明は、前者(ア)に関連する技術であり、本発明で提起する上記(1)または(2)のパラメータは、疲労き裂発生防止の指標として極めて有用である。詳細には後者(イ)では、き裂が発生した後のき裂先端の歪み集中を対象としているのに対し、本発明[前者(ア)]では、き裂がない場合の溶接止端部での歪み集中を対象としており、両者は、歪みが発生する領域(広さ)歪み量のレベルが全く相違している。後者(イ)では歪みが集中する領域が極めて狭いため(ミクロン単位)、繰り返し軟化によってその歪集中領域が大きくなり、最大の歪み量が低減するのに対し、本発明[前者(ア)]では歪みが集中する領域がもともと広いため(ミリ単位)、繰り返し軟化しても歪み集中領域はほとんど変わらず、逆に最大の歪み量が大きくなってしまう。
【0019】
これらのうち、繰り返し軟化パラメータ(1)は、溶接止端部に局部的な塑性歪みが繰返し負荷されたときの疲労特性の評価に有用な、本願発明の評価方法において基本となるパラメータである。一方、繰り返し軟化パラメータ(2)は、後記する実施例に記載の切欠き試験片を用いて10万回の疲労試験を行ったときに耐えられる応力(10万回の疲労寿命に対する疲労強度)を精度良く評価(予測、推定)する有用なパラメータである。なお、「10万回の疲労寿命に対する疲労強度」の測定に当たっては、本発明では引張強度の影響を除くため、負荷応力範囲Δσ(MPa)を切欠き試験片の引張強度TS(MPa)で除した値(Δσ/TS)で算出することにした。
【0020】
本明細書では、隣接する2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域で構成される結晶粒を「大角結晶粒」と呼び、当該結晶粒の平均円相当直径を「大角結晶粒の粒径」、または単に「大角粒径」と呼ぶ場合がある。本発明では、後記するとおりベイナイト組織鋼板を対象としているため、大角粒径はいわば、ベイナイトブロック径に相当する。
【0021】
以下、本発明に到達した経緯について、本願出願人による先願発明(特願2010−258212に記載の発明)、およびその後の基礎実験を交えて説明する。
【0022】
まず、先願発明の到達経緯について説明する。
【0023】
本発明者らは、上記目的を達成するため、溶接継手形状の中でも溶接構造物において汎用されているT継手形状(T継手部)を対象とし、高強度鋼板を突き合わせ溶接した垂直部材と、高強度鋼板を突き合わせ溶接した水平部材を溶接によって接合してなるT型溶接継手構造体を用いて鋭意検討を行なった。
【0024】
検討に当たっては、疲労特性との密接な関係が知られている溶接止端部曲率半径ρ(mm)だけでなく、材料特性因子として、特に均一伸び(UE)および降伏応力(YP)に着目した。これらに着目したのは、溶接止端部に発生する局部塑性歪み量が疲労特性の支配因子であり(図2を参照)、UEおよびYPは、塑性歪みに関連するからである。また、疲労き裂は、歪み集中の最も激しい溶接止端部から発生・伝播し、この止端部は溶接熱影響部(HAZ)であることから、特に、HAZ部のUEおよび降伏応力に着目した。
【0025】
その結果、T継手部の疲労強度は、溶接熱影響部の特性S(応力)−S(ひずみ)特性(引張変形特性)が影響を及ぼしていることが判明した。詳細には、T継手部の溶接止端部曲率半径ρ(mm)、T継手部の溶接熱影響部の均一伸びUEHAZ(%)、およびT継手部の溶接熱影響部の降伏応力YPHAZ(MPa)の三要件を用い、上記要件以外の条件(例えば、水平部材および垂直部材の板厚、溶接方法など)は変化させずに同一条件とすることを前提にした場合、下記式(1)で表わされる溶接止端部歪み評価パラメータ(1)が、溶接止端部の疲労特性と良好な相関関係を有することを見出した。下記式(1)で算出されるパラメータの値が小さいほど(すなわち、T継手部の溶接熱影響部の降伏応力YPHAZが大きいほど)、溶接止端部の局部塑性歪み量は大きくなり、疲労特性に優れることを示している。
溶接止端部歪み評価パラメータ(1)
=(1.13×10-2×ρ-0.59)×(1.05×10-4×UEHAZ+1.64×10-2)×(5.15×YPHAZ-0.92) ・・・ (1)
【0026】
更に上記パラメータ(1)は、溶接止端部に局部的な塑性歪みが繰返し負荷されたときの疲労特性の評価にも有用であり、この場合は、下記式(2)の溶接止端部歪み評価パラメータを用いれば良いことが分かった。すなわち、鋼種などによっては、降伏応力を超える応力が繰返し負荷されることによって降伏応力および均一伸びが変化する場合があり、その場合、溶接止端部においても局部的な塑性歪みが繰返し負荷されることから、HAZ部の降伏応力および均一伸びが変化し、溶接止端部の疲労寿命に大きな影響を及ぼすようになるが、下記式(2)を用いれば、繰返し負荷によって降伏応力および均一伸びが変化する場合の疲労寿命を高い精度で評価することができる。ここで下記式(2)は、上記式(1)において、UEHAZ(T継手部の溶接熱影響部の均一伸び)をUEHAZ,cycle(T継手部の溶接熱影響部の100000回(10万回)塑性歪負荷後の均一伸び)に、YPHAZ(T継手部の溶接熱影響部の降伏応力)をYPHAZ,cycle(T継手部の溶接熱影響部の100000回塑性歪負荷後の降伏応力)にそれぞれ置き換えたこと以外は、上記式(1)と全く同じである。
溶接止端部歪み評価パラメータ(2)
=(1.13×10-2×ρ-0.59)×(1.05×10-4×UEHAZ,cycle+1.64×10-2)×(5.15×YPHAZ,cycle-0.92) ・・・ (2)
式中、ρはT継手部の溶接止端部曲率半径(mm)、UEHAZ,cycleはT継手部の溶接熱影響部の10000回塑性歪負荷後の均一伸び(%)、YPHAZ,cycleはT継手部の溶接熱影響部の10000回塑性歪負荷後の降伏応力(MPa)を意味する。
【0027】
このように先願発明は、上記式(1)または上記式(2)で表わされる溶接止端部歪み評価パラメータが、T型溶接継手構造体におけるT継手部の疲労特性の代替評価パラメータとして有用であることを見出した点に特徴があり、上記パラメータを用いれば、従来のように溶接継手を作成して疲労試験を現実に行なわなくても、T継手部の疲労特性を簡易且つ精度良く評価することができる。
【0028】
更に本発明者らは、上記の先願発明を開示した後も、特に組織形態的観点から、T継手部の疲労特性を簡易且つ精度良く評価することができる方法を提供するため、検討を重ねてきた。本発明では特に、結晶粒自体が硬く、成分やプロセスなどの調整により結晶粒を均一分散させ易いために高強度と高靱性を両立できるなどの観点から、溶接構造物の素材として好適に用いられるベイナイト組織鋼板(ベイナイト組織を主体として含む鋼板であり、詳細は後述する。)を用いてT型溶接継手構造体を作製する場合について検討を行なった。
【0029】
上記のようにベイナイト組織鋼板をT型溶接継手構造体の作製に用いると、溶接熱影響部にベイナイト組織が含まれることになるが、ベイナイト組織は、疲労き裂進展試験のような繰り返し変形を受けると加工軟化し、降伏応力が減少する傾向にあることが知られており、この現象は繰り返し軟化とも呼ばれている。すなわち、ベイナイト組織は通常、結晶粒内に多くの転位が蓄積されており、複雑に密集されているために転位の成長が阻害され、結果的に降伏応力が向上するが、このようなベイナイト組織を含む鋼材に対し、降伏応力を超える繰り返し歪を加えると、繰り返し歪によって蓄積されていた転位が合体・消滅し、転位の密集度(転位密度)が低下する。この状態では、転位は成長し易くなり、また新たな転位が発生し易くなるため、降伏応力は低減する。
【0030】
一方、前述した先願発明の知見によれば、き裂が発生する溶接熱影響部の降伏応力が小さいと、溶接止端部の局部塑性歪み量は小さくなり、疲労特性は低下する。すなわち、ベイナイト組織鋼板を用いた場合、繰り返し軟化による降伏応力の低下が大きいほど、溶接熱影響部における歪は増大し、疲労き裂は発生し易くなる。
【0031】
よって、ベイナイト組織鋼板を用いた場合における、T継手部の疲労特性(疲労強度)を向上させるためには、溶接熱影響部の繰り返し軟化を抑制する必要がある。本発明者らは、上記観点に基づき、繰り返し軟化挙動に及ぼす組織形態の影響について更に検討を行なった。その結果、繰り返し軟化挙動に対しては、大角粒径[2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域で構成される結晶粒(大角結晶粒)の平均円相当直径]、および初期の転位密度[更には、KAM(結晶粒内の平均方位差)]が際めて大きな影響を及ぼしており、これらの要件を適切に制御しさえすれば、繰り返し軟化挙動が抑制され、T継手部の疲労強度を予測できることが判明し、本発明に到達した。
【0032】
すなわち本願発明は、これまで不明であった、ベイナイト組織鋼板をT継手部に用いたときにおける、繰り返し軟化に対する組織形態の影響を、先願発明の知見をベースにして明らかにし、溶接熱影響部の組織と疲労強度との関係を、所定のパラメータ[具体的には、後記する繰り返し軟化パラメータ(1)、および(2)]で規定した点に技術的意義を有するものである。本願発明によれば、特に、グラインダーなどの溶接止端部処理を行なわないために局所塑性変形による繰り返し軟化が顕著に見られたT継手部の疲労特性を簡便且つ精度良く評価できる点で、極めて有用である。
【0033】
以下、本発明で規定する各パラメータについて説明する。
【0034】
(I)式(1)で表される繰り返し軟化パラメータ(1)について
はじめに、本発明の評価方法に関する基本骨格をなす、下記式(1)で表される繰り返し軟化パラメータ(1)を構成する各要件について説明する。
繰り返し軟化パラメータ(1)=1/√(A×KAM) ・・・ (1)
但し、A×KAM>10
【0035】
(ア)A:大角粒径(2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域で構成される結晶)について
本発明において大角粒界に着目したのは、ベイナイト組織鋼板の降伏応力を向上させるためである。すなわち、ベイナイト組織では、粒界が疲労き裂発生の抵抗となるが、粒界を形成する両端の方位差が15°以上の大角粒界(大傾斜境界)を対象とすれば、粒界エネルギーが大きくなって疲労き裂発生抵抗効果が大きくなる。更に後記するように、当該大角粒界の平均円相当直径を小さくすれば、降伏応力が大きくなる。
【0036】
一方、ホール・ペッチの法則によれば、結晶粒径が小さい程、降伏応力は高くなることが知られている。すなわち、ベイナイト組織に繰り返し負荷が加わり、結晶粒内の転位密度が低下したとしても(その結果、前述したように転位は成長し易くなり、また新たな転位が発生し易くなるため、降伏応力が低減するようになるとしても)、大角粒界の平均円相当直径(大角粒径)を小さくすれば、繰り返し軟化後の降伏応力は高く保たれるようになり、疲労き裂は発生し難くなるのである。
【0037】
よって本発明では、ベイナイト組織鋼板における繰り返し軟化抑制のための第1の要件として、まず大角粒径Aを規定することにした。大角粒径Aが小さい程、T継手部の疲労強度は向上するようになる。この大角粒径Aは、EBSD(電子後方散乱回折:Electron Back Scatter diffraction)によって測定することができる。
【0038】
上記大角粒径Aの測定方法は、例えば特開2009−68078号公報などに詳述しており、当該内容を参照して測定することができる。
【0039】
詳細には、T継手部の溶接熱影響部(HAZ部)を測定対象とし(具体的には、図1中、溶接金属と鋼材熱影響部の境界のHAZ側において表層を含む200μm×200μmの領域部分)、圧延方向に平行な断面において、FE−SEM−EBSD(電子放出型走査電子顕微鏡を用いた電子後方散乱回折像法)によって測定した。具体的には、Tex SEM Laboratries社のEBSD装置(商品名:「OIM」)を、FE−SEMと組み合わせて用い、傾角(結晶方位差)が15°以上の境界を結晶粒界として、結晶粒径(平均円相当直径)を測定した。このときの測定条件は、測定領域:200μm、測定ステップ:1.0μm間隔とし、測定方位の信頼性を示すコンフィデンス・インデックス(Confidence Index)が0.1よりも小さい測定点は解析対象から除外した。このようにして求められる結晶粒径の平均値を算出して、本発明における平均結晶粒径とした。尚、結晶粒径が2.0μm以下のものについては、測定ノイズと判断し、結晶粒径の平均値計算の対象から除外した。
【0040】
(イ)初期の転位密度(特に、KAM:結晶粒内の平均方位差)について
また本発明において初期の転位密度に着目したのは、前述したように初期の転位密度によって溶接熱影響部の降伏応力が大きく変化し、疲労強度に大きな影響を及ぼすためである。すなわち、初期の転位密度が大きい場合、繰り返し負荷による転位の合体・消滅の影響により、転位が大きく低下し、降伏応力も大きく低下するのに対し;初期の転位密度が小さい場合には、合体・消滅する転位自体が少ないため、繰り返し軟化の影響は小さくなり、降伏応力は初期の降伏応力から大きく低下せず、高い降伏応力が保たれる。
【0041】
よって本発明では、ベイナイト組織鋼板における繰り返し軟化抑制のための第2の要件として、初期の転位密度を規定した。初期の転位密度が小さい程、T継手部の疲労強度は向上するようになる。初期の転位密度は、XRD(X線回折:X−ray diffraction)によって測定することができる。
【0042】
詳細には、前述した大角粒径の測定対象と同様に、T継手部の溶接熱影響部(HAZ部)を測定対象とし(具体的には、図1中、溶接金属と鋼材熱影響部の境界のHAZ側において表層を含む200μm×200μmの領域部分)、X線回折ピークを測定し、そのピーク半価幅(ピークの広がり)から転位密度を推定することができる。
【0043】
そして本発明者らが、T継手部の溶接熱影響部(止端部直近の鋼材側)において、EBSDにより測定される上記(ア)の大角粒径と、XRDにより測定される初期の転位密度(初期転位密度)とが、繰り返し軟化後の疲労特性に及ぼす影響を調べた結果、下記式(1A)で表される繰り返し軟化パラメータ(1A)が、T継手部の疲労特性と極めて密接な相関関係を有することが判明した。
繰り返し軟化パラメータ(1A)=1/√(A×初期転位密度)・・・(1A)
【0044】
一方、近年の研究によれば、上記の初期転位密度に相当するパラメータは、EBSDによって測定される結晶粒内の平均方位差(KAM:Kernel Average Misorientation)によっても評価できることが報告されている(例えば、佐々木ら、日本金属学会誌、第74巻、第7号(2010)、467−474頁の「緒言」の欄を参照)。ここでKAMは、結晶粒内の局部的な方位変化量の面積平均を表しており、KAMの測定により、転位が発生することによって生じた局部的な方位のズレの多さを評価できていると考えられる。従って、EBSDにより算出されるKAM値は、初期転位密度の代替パラメータとしても有用である。
【0045】
実際のところ、本発明者らが、T継手部の溶接熱影響部(止端部直近の鋼材側)において、EBSDにより測定される上記(ア)の大角粒径と、同じEBSDにより測定されるKAM(結晶粒内の平均方位差)とが、繰り返し軟化後の疲労特性に及ぼす影響を調べた結果、下記式(1)で表される繰り返し軟化パラメータ(1)が、T継手部の疲労特性と極めて密接な相関関係を有することが判明した。
繰り返し軟化パラメータ(1)=1/√(A×KAM) ・・・ (1)
【0046】
上記繰り返し軟化パラメータ(1)は、前述した繰り返し軟化パラメータ(1A)において、初期の転位密度を、結晶粒内の平均方位差(KAM)に置き換えたものである。上記の繰り返し軟化パラメータ(1)を用いれば、T継手部の溶接熱影響部(止端部直近の鋼材側)においてEBSDによる測定を行なうことにより、上記(ア)の大角粒径のみならず、上記のKAM(結晶粒内の平均方位差)も同時に測定することができる点で、測定上、極めて効率的である。
【0047】
このような測定上の便宜も考慮したうえで、本発明では、繰り返し軟化抑制のための第2の要件として、初期転位密度の代わりに結晶粒内の平均方位差(KAM)を規定した。結晶粒内の平均方位差(KAM)が小さい程、T継手部の疲労強度は向上するようになる。結晶粒内の平均方位差(KAM)は、上記のとおり、EBSDによって測定することができる。
【0048】
詳細には、前述したとおりT継手部の溶接熱影響部(HAZ部)を測定対象とし、圧延方向に平行な断面において、FE−SEM−EBSD(電子放出型走査電子顕微鏡を用いた電子後方散乱回折像法)によって測定した。具体的には、TSL社のEBSD装置(商品名:「OIM」)を用い、結晶粒(大角結晶粒に限らず測定対象中に観察される結晶粒すべて)を含む領域を画像観察したとき、画素間隔の方位差(隣接方位差)を各格子点において求め、測定領域(200μm×200μm)内における平均値を求めた[単位はdeg(角度、°)]。画素間隔は1μmとした。上記測定方法に基づいてKAMを厳格に定義すると、組織を画像化したときの、隣接する画素間の方位差の平均(画像内での平均)となる。
【0049】
更に、本発明者らが、上記式(1)で表される繰り返し軟化パラメータ(1)が適用される範囲(前提条件)について検討したところ、式(1)の分母を構成する「A×KAM」については、下記式(3A)を満足することが必要であることも判明した。
A×KAM>10 ・・・ (3A)
【0050】
上記式(3A)の意味するところは、本発明で規定する繰り返し軟化パラメータ(1)を用いた疲労強度評価方法では、大角粒径A、および平均隣接方位差KAMを小さくしすぎなくする必要があることを意味する。実際のところ、大角粒径Aが小さくなりすぎると繰り返し軟化が生じ易くなって、上記パラメータ(1)ではT継手部の疲労強度を精度良く評価できないことが判明した(後記する実施例を参照)。
【0051】
この点についてもう少し詳しく説明すると、例えば、初期転位密度の殆どないフェライト単相組織では、結晶粒径が小さい場合、新たな転位の発生により結晶粒がセル化され、結晶粒が分断されて細かくなるが、夫々の粒界は結合力が極めて低いため、分断された細かい結晶粒が自由に動くため、強度が低下し、繰り返し軟化が起き易くなることが報告されている(変形初期の軟化に関し、幡中ら、日本機械学会論文集(A編)、47巻414号(1981)、第123頁を参照)。そして本願発明者らの実験結果によれば、上記の現象は、本発明のようにベイナイト組織を対象とする場合でも同様に見られ、転位密度を少なくして結晶粒を小さくしすぎると、前述したフェライト単相組織の場合と同様、繰り返し軟化が起き易くなり、継手疲労強度を精度良く評価できなくなることが判明したため、前提となる条件として、上記式を規定した次第である。
【0052】
上記式(3A)において、「A×KAM」で表される値は、11以上であることが好ましく、12以上であることがより好ましい。なお、これらの上限は、歪み集中や疲労強度への影響などの観点からは特に限定されないが、靱性や強度などを考慮すると、おおむね、50以下であることが好ましく、40以下であることがより好ましい。
【0053】
より詳細には、上記式(3A)を満足するための各要件の好ましい範囲は以下のとおりである。
【0054】
大角粒径Aは、10〜30μmであることが好ましく、10〜25μmであることがより好ましい。大角粒径Aの下限が上記範囲を外れると繰り返し軟化が増大するようになり、一方、大角粒径Aの上限が上記範囲を外れると靱性などが劣化するようになる。
【0055】
また、結晶粒内の平均方位差KAMは、0.5〜2.0°であることが好ましく、0.6〜1.5°であることがより好ましい。KAMの下限が上記範囲を外れると繰り返し軟化が増大するようになり、一方、KAMの上限が上記範囲を外れると靱性などが劣化するようになる。
【0056】
上記以外の前提条件としては、以下の要件が挙げられる。
【0057】
まず本発明は、ベイナイト組織鋼板を用いたT型溶接継手構造体におけるT継手部の疲労特性(厳密には、T継手部の溶接熱影響部の疲労特性)を評価する方法であるため、当該T継手部の溶接熱影響部が、少なくともベイナイト組織で構成されていることが必要である。
【0058】
本明細書において「少なくともベイナイト組織で構成されている」または「ベイナイト組織鋼板」とは、ベイナイト組織を主体として含むことを意味する。詳細には、溶接熱影響部において、全組織に対するベイナイト組織の比率がおおむね、50面積%以上(好ましくは75面積%以上)であり、最も好ましくは100面積%、すなわち、ベイナイト組織単相である。ベイナイト以外の残部組織としては、例えばフェライト、炭化物等の介在物などが挙げられ、当該残部組織との混合組織で構成されていても良い。具体的には例えば、ベイナイト−フェライトの混合組織、炭化物・窒化物などの介在物などが例示される。
【0059】
上記のT型溶接継手構造体としては、代表的には、高強度鋼板を突き合わせ溶接した垂直部材と、高強度鋼板を突き合わせ溶接した水平部材を溶接によって接合してなるT型溶接継手構造体が挙げられる。本発明では、水平部材に発生する疲労き裂の発生を防止する技術であるため、少なくとも水平部材(母材)を構成する高強度鋼板が、上述した「ベイナイト組織鋼板」で構成されていることが必要であり、更には、垂直部材を構成する高強度鋼板も、上述した「ベイナイト組織鋼板」で構成されていることが好ましい。後者の場合、水平部材も垂直部材も、全く同じ組織で構成されている必要は必ずしもなく、例えば水平部材がベイナイト組織単相で構成されており、垂直部材が上記要件を満足するベイナイト−フェライトの混合組織で構成されていても良い。勿論、両者が共に、同じ組織で構成されていても良い。
【0060】
また、上記ベイナイト組織鋼板(特に水平部材)の引張強度は、500〜650MPa(好ましくは500〜620MPa)である。本発明のようにベイナイトを主体するベイナイト組織鋼板を用いたときの引張強度は、おおむね、500MPa以上になるが、引張強度が高過ぎると靱性が劣化するため、本発明では、引張強度の範囲を上記のように制御した。同様に、垂直部材および溶接熱影響部(HAZ)の好ましい引張強度は、おおむね、500〜650MPaである。
【0061】
なお、上記では引張強度を規定しているが、特にHAZ部の引張強度は熱影響部が狭いために引張試験片の採取が難しいため、引張強度の代わりに、簡便に測定可能な硬さ(ビッカース硬さ)で評価することもできる。
【0062】
また、水平部材の板厚は、溶接止端部の応力集中係数への影響を考慮すると、概ね、10〜80mmであることが好ましい。垂直部材についても、上記と同様、概ね、10〜80mmであることが好ましい。
【0063】
なお、上述した垂直部材と水平部材を接合するための溶接方法は特に限定されず、例えばサブマージアーク溶接法や炭酸ガスアーク溶接法が挙げられる。
【0064】
また、垂直部材および水平部材を構成する鋼板の種類についても、組織および引張強度が上記要件を満足する限り、溶接構造体に通常用いられる鋼板を適用することができる。垂直部材および水平部材を構成する鋼板の種類は、同一であることが好ましい。
【0065】
なお、前述したとおり、本発明は、先願発明の知見をベースにして完成された発明であるため、先願発明と同様、以下の要件を満足することが好ましい。
【0066】
まず、溶接止端部に局所的な塑性変形を発生させるためには、水平部材(母材)の公称応力の範囲は、概ね150〜350MPaである。水平部材の公称応力が150MPa未満では、局所的に塑性変形しない可能性があり、一方、350MPaを超えると、鋼板全面が塑性変形する可能性がある。
【0067】
また、T継手部の溶接止端部曲率半径ρ(mm)、T継手部の溶接熱影響部の均一伸びUEHAZ(%)、およびT継手部の溶接熱影響部の降伏応力YPHAZ(MPa)の許容範囲については特に限定されないが、溶接止端部に局所的な塑性変形を発生させるという観点からすれば、概ね、ρ:0.1mm以上1.0mm以下、UEHAZ:5%以上20%以下、YPHAZ:300MPa以上650MPa以下の範囲内であることが好ましい。
【0068】
以上、本発明の評価方法に関する基本骨格をなす、上記式(1)で表される繰り返し軟化パラメータ(1)について説明した。
【0069】
(II)式(2)で表される繰り返し軟化パラメータ(2)について
次に、上記式(2)で表される繰り返し軟化パラメータ(2)を構成する各要件について説明する。前述したとおり、このパラメータ(2)は、10万回(105回)の疲労寿命に対する疲労強度(疲労き裂寿命が10万回に対応する負荷応力範囲Δσを、引張強度TSで除した値;Δσ/TS)と密接な相関関係を有するパラメータとして、以下の実験結果に基づいて導出したものである。
繰り返し軟化パラメータ(2)
={0.48/√(A×KAM)}+0.40 ・・・ (2)
但し、A×KAM>10
【0070】
(試験片の作製)
溶接継手を模擬する試験片として、図3に示す平滑板状の微小切欠き試験片(溶接部などの不連続形状がない試験片)を作製した。この試験片を用いると、切欠き部に歪みが集中して局部的な塑性歪みが発生することから、T継手の溶接止端部の歪み状態を再現することができる。具体的には、縦65mm×横16mm×厚さ4mmの平滑試験片を用いた。
【0071】
具体的には上記試験片として、均一伸びUE(約15%)、および切欠き曲率R(0.5)が同じであり、降伏応力、引張強度、大角粒径A、およびKAMが異なる表1の試験片1〜9を用いた。ここで、大角粒径およびKAMの測定方法は、前述したとおりであり、この結果に基づき、各試験片の繰り返し軟化パラメータ(1)を算出した。また、各試験片の降伏応力および引張強度は、以下のようにして測定した。
【0072】
(試験片の降伏応力、引張強度、繰り返し軟化パラメータ(1)の測定)
上記試験片の降伏応力および引張強度は、各試験片の板厚1/4部位からJIS Z2201で規定されている14号試験片(平行部径は10mm)を用い、JIS Z2241で規定されている「金属材料引張試験方法」に基づいて測定した。引張試験時の試験速度は0.5mm/秒とした。
【0073】
(疲労試験)
上記の各試験片について、以下のようにして10万回に対する疲労き裂寿命を測定した。ここで、10万回に対する疲労き裂寿命は、疲労き裂発生寿命が10万回に対応する負荷応力範囲Δσ(疲労試験において作用する繰返し最大応力S1と繰返し最小応力S2の差)を試験片の引張強度TSで除した値(Δσ/TS)により評価した。
【0074】
具体的には、上記の各試験片に対し、軸方向(図3の矢印方向)に引張荷重が加わるように試験片を油圧式疲労試験機に取り付け、S1とS2が一定となる条件で繰返し荷重を加えた。S1とS2は、試験片の切欠きから十分に離れた位置に貼付した歪みケージで測定した。また、同一の試験片を5本用意し(n=5)、疲労亀裂発生寿命が約104〜106の範囲に入る条件で応力負荷条件を変えて試験を行い、応力範囲と疲労亀裂発生寿命の関係を求め、応力範囲を疲労亀裂発生寿命の関数として定式化し、疲労亀裂発生寿命=105としたときの応力範囲を算出した。
【0075】
これらの結果を表1に併記する。更に、図4に繰り返し軟化パラメータ(1)とΔσ/TSとの関係をグラフ化して示す。図4中、○は、大角粒径A×KAMの値が10超の要件を満足するもの(表1のNo.1〜8)であり、×は、大角粒径A×KAMの値が10以下のもの(表1のNo.9)である。
【0076】
【表1】

【0077】
図4に示すように、大角粒径A×KAMの値が10超の要件を満足する試験片では、本発明で規定する繰り返し軟化パラメータ(1)と、Δσ/TSで表される10万回に対する疲労強度(実測値)とは、極めて良好な相関関係を有すること分かる。
【0078】
図4の実験結果に基づき、10万回に対する疲労強度(Δσ/TS)を評価(予測、推定)することができるパラメータとして、下式で表される繰り返し軟化パラメータ(2)を導出した(図4の式を参照)。参考のため、上記表1に、上記繰り返し軟化パラメータ(2)の算出結果を併記した。
10万回に対する疲労強度(Δσ/TS)
={0.48/√(A×KAM)}+0.40 ・・・ (2)
【0079】
なお、大角粒径A×KAMが10以下のもの(図4中、×であり、表1のNo.9)については、本発明で規定する繰り返し軟化パラメータを用いても精度良く評価できなかったが、これは、大角粒径Aが本発明の好ましい範囲を下回って小さくなり、結晶粒のセル化が発生し、繰り返し軟化による降伏応力の低下が起きたためである。
【0080】
以上、本発明で規定する上記式(2)で表される繰り返し軟化パラメータ(2)の導出方法について説明した。
【0081】
本発明で提示された上記繰り返し軟化パラメータの代表的な適用例としては、例えば、以下の態様が挙げられるが、本発明はこれに限定する趣旨ではない。
【0082】
疲労特性が不明な供試材(T型溶接継手)について、上記のようにしてEBSD法により大角粒径A、およびKAMを測定し、繰り返し軟化パラメータ(1)を算出することにより、実際に煩雑な疲労試験を行わなくても、疲労特性をおおよそ予測することができる。数値が大きいものほど、疲労特性に優れている。その際、これらの評価パラメータと必要な疲労特性との関係を、事前にデータベース化しておけば、上記供試材の疲労特性を、精度良く評価することができる。
【0083】
特に、上記供試材について、繰り返し軟化パラメータ(2)を算出すれば、10万回に対する疲労強度(実測値)を、精度良く評価(推測)することができる。
【0084】
あるいは、水平部材および垂直部材の板厚の組み合わせが同じであるT型溶接継手を幾つか試作したとき、各継手に対して煩雑な疲労試験を行わなくても、EBSD法によって大角粒径AおよびKAMを測定し、上記式(1)または上記式(2)で表わされる評価パラメータの値を算出してこれらの値を比較することにより、疲労特性に優れた溶接継手を決定することが挙げられる。数値が大きいものほど、疲労特性に優れているため、疲労特性に最も優れたT継手を選定することができる。
【0085】
更に、上記式で表わされる評価パラメータと必要な疲労特性との関係を、事前にデータベース化しておけば、疲労特性に優れたT継手部の材料設計指針や溶接条件などを決定することもできる。ここで、大角粒径Aは溶接条件・鋼材の化学成分や圧延条件などを変えることによって、一方、KAMや初期転位密度は鋼材の化学成分や圧延条件などを変化させることによって、いずれも変化させることが可能であるため、溶接条件と材料特性(組織形態)との関係をデータベース化することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張強度500〜650MPaのベイナイト組織鋼板を用いたT型溶接継手構造体におけるT継手部の疲労特性を評価する方法であって、
前記T継手部の溶接熱影響部において、
下記式(1)で表される繰り返し軟化パラメータ(1)を用いてT型溶接継手構造体の疲労特性を評価することを特徴とするT継手部の疲労特性評価方法。
繰り返し軟化パラメータ(1)=1/√(A×KAM) ・・・ (1)
但し、A×KAM>10
式中、
Aは、隣接する2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域を結晶粒としたとき、前記結晶粒の平均円相当直径(μm)であり、
KAMは、結晶粒内の平均方位差(Kernel Average Misorientation、°)である。
【請求項2】
引張強度500〜650MPaのベイナイト組織鋼板を用いたT型溶接継手構造体におけるT継手部の疲労特性を、切欠き試験片を用いて予測する方法であって、
前記切欠き試験片を用いて10万回の疲労試験を行ったとき、
下記式(2)で表される繰り返し軟化パラメータ(2)を用いて、負荷応力範囲Δσ(MPa)を切欠き試験片の引張強度TS(MPa)で除した値(Δσ/TS)で表わされる疲労特性を予測することを特徴とするT継手部の疲労特性評価方法。
繰り返し軟化パラメータ(2)
={0.48/√(A×KAM)}+0.40 ・・・ (2)
但し、A×KAM>10
式中、
Aは、切欠き試験片において、隣接する2つの結晶の方位差が15°以上の大角粒界で囲まれた領域を結晶粒としたとき、前記結晶粒の平均円相当直径(μm)であり、
KAMは、結晶粒内の平均方位差(Kernel Average Misorientation、°)である。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−57646(P2013−57646A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−197689(P2011−197689)
【出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】