説明

X線回折装置

【課題】多数の試料について基底標準吸収補正法を用いたX線回折定量分析を行う場合の分析効率を向上させる。
【解決手段】試料ホルダ10において、上面に試料を装荷するフィルタ14を嵌め込む基底板13の凹部13aの底部に位置する回折面となる層16を、金属結晶の方向が意図的に揃わないような処理又は加工が施されたものとする。これにより、試料無しの場合のブランク測定の際に試料ホルダの相違による回折X線強度のばらつきがなくなるので、1つの試料ホルダ(フィルタ及び基底板)についてのみブランク測定を行えばよくなり、測定回数を大幅に減らすことが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はX線回折装置に関し、更に詳しくは、作業環境中に存在する遊離粉塵中に含まれる遊離珪酸、アスベスト等の有害物質を定量分析するために好適なX線回折装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、X線回折法は結晶などの原子の配列に関する情報を得る分析法である。図3は従来一般に知られているX線回折装置の概略構成図である。
【0003】
X線管1から出射されたX線はゴニオメータ2に導入される。ゴニオメータ2の中心には試料ホルダ10上に装荷された試料20が据えられ、試料20により回折されたX線はゴニオメータ2の円周上に設けられたスリット4を経てX線検出器5に導入される。このときの回折X線は試料20の面間隔をdとしたとき、ブラッグの式nλ=2dsinθ(但し、λは波長)を満足する位置に回折される。これを検出するためには、入射X線と試料20との成す角度θと試料20と検出器5との成す角度θとが常に同じであるような関係を保ちつつθを例えば0〜180°の角度範囲で走査する必要がある。そのため、ゴニオメータ2においては、試料ホルダ10の保持部と検出器5の保持部とは同軸で且つ異なる駆動軸を有し、それぞれθ:2θ、つまり1:2の比で以て回転駆動される。
【0004】
ところで、上記のようなX線回折法を用いて試料の定量分析を行う手法として、基底標準吸収補正法を用いたX線回折定量法が知られている(例えば特許文献1など参照)。図4はこの種のX線回折定量法に使用される従来の試料ホルダの断面図(a)及び上面平面図(b)、図5は基底標準吸収補正法を用いたX線回折による定量分析を説明するための図、図6は従来のX線回折装置による基底標準吸収補正法を用いた定量分析の手順を示すフローチャートである。
【0005】
図4において、この試料ホルダ10では、扁平円環形状の枠体11の上面に中央が円形状に開口したマスク板12が固着されており、その枠体11の内部空間に基底標準試料となる亜鉛(Zn)(又はアルミニウム(Al)でもよい)の基底板13が挿嵌される。基底板13には凹部が形成されておりそこにはフィルタ14が嵌め込まれるから、フィルタ14は基底板13とマスク板12との間に挟まれた状態で保持される。なお、基底板13はその下面に接触する板バネ15により上方、つまりマスク板12に密着する方向に付勢されている。
【0006】
測定の手順としては、まずフィルタ14に試料を装荷しないブランクフィルタの測定を実行する(ステップS1)。即ち、図5(a)に示すように基底板13上のフィルタ14に斜め方向からX線を照射すると、フィルタ14を通過したX線は基底板13の内部に侵入して回折され、再びフィルタ14を通過して出て来るから、この回折X線の強度I’Znを測定する。次に、このフィルタ14の上に試料20を採取して保持させる(ステップS2)。そして、試料20がフィルタ14上に装荷された状態で先と同様の測定を実行して、基底板13の回折X線強度IZn、及び試料20に含まれる分析対象物質の回折X線強度Imを測定する(ステップS3)。
【0007】
基底標準吸収補正法は、測定された回折X線強度Imが試料20に含まれる分析対象物質以外の共存物質による吸収の影響を受けていることを考慮して、この影響を試料20の背後に置いた基底標準試料(つまり基底板13)の回折X線強度の差を利用して補正しようとするものである。即ち、補正後の回折X線強度を求める補正式は次の(1)式となる。
I=Im・Kf …(1)
ここで、Kfは補正係数であり、
Kf=−Rθ・In(ΔRI)/[1−(ΔRI)Rθ] …(2)
であり、(2)式中のΔRI、Rθは
ΔRI=IZn/I’Zn
Rθ=sinθZn/sinθm
但し、θZn:基底板13の材料である亜鉛の回折角、θm:試料の回折角である。
【0008】
上述したような基底標準吸収補正法を用いたX線回折定量法は、空気中に浮遊する遊離粉塵中の遊離珪酸等の有害物質の定量分析に有用である。また、最近では、アスベストによる健康被害が大きな社会的問題となっているが、こうした物質の定量分析にも非常に有用である。しかしながら、上記のような従来のX線回折装置を利用したX線定量法は測定効率が必ずしもよいものではなかった。それは次のような理由による。
【0009】
即ち、基底板13の回折X線の強度(例えば上記例のI’ZnやIZn)はその基底板13のZn(又はAl)結晶の配向の影響を大きく受ける。そのため、こうした配向の影響を無くすためには、図6中のステップS1におけるブランクフィルタ測定時の試料ホルダとステップS2における採取試料の測定時の試料ホルダとは同一のものとする必要がある。それ故、多数の試料を測定する場合にはステップS1〜S4の手順を繰り返す必要があり、各試料毎にそれぞれブランク測定を行わなければならない。その結果、1つの試料に対する定量分析のために2回のX線回折測定を必要とし、そのために測定作業量が増大していた。
【0010】
【特許文献1】特開平7−120415号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、使用する試料ホルダの相違を全く意識することなく、効率的に測定を行うことができるX線回折装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された第1発明は、試料にX線を照射し該試料で回折された回折X線を検出するX線回折装置であって、試料の背後に配置した基底標準試料の回折X線強度の試料の有無に対応した差に基づいて試料中の共存成分による吸収の影響を補正する基底標準吸収補正法を用いたX線回折定量分析を行うX線回折装置において、
前記基底標準試料である所定の金属から成る基底部材と、
該基底部材の回折面に接触して配置され、分析対象である試料がその前記回折面との接触面と反対側の面に装荷されるフィルタと、
を含む試料ホルダを有し、前記基底部材にあって少なくとも前記回折面の表面に金属の結晶方位が揃わない処理又は加工が施されていることを特徴としている。
【0013】
上記課題を解決するために成された第2発明は、試料にX線を照射し該試料で回折された回折X線を検出するX線回折装置であって、試料の背後に配置した基底標準試料の回折X線強度の試料の有無に対応した差に基づいて試料中の共存成分による吸収の影響を補正する基底標準吸収補正法を用いたX線回折定量分析を行うX線回折装置において、
前記基底標準試料である所定の金属から成る基底部材と、
該基底部材の回折面に接触して配置され、分析対象である試料がその前記回折面との接触面と反対側の面に装荷されるフィルタと、
を含む試料ホルダを有し、前記基底部材にあって少なくとも前記回折面の表面には、前記所定の金属の溶射による層が形成されていることを特徴としている。
【0014】
上記課題を解決するために成された第3発明は、試料にX線を照射し該試料で回折された回折X線を検出するX線回折装置であって、試料の背後に配置した基底標準試料の回折X線強度の試料の有無に対応した差に基づいて試料中の共存成分による吸収の影響を補正する基底標準吸収補正法を用いたX線回折定量分析を行うX線回折装置において、
前記基底標準試料である所定の金属から成る基底部材と、
該基底部材の回折面に接触して配置され、分析対象である試料がその前記回折面との接触面と反対側の面に装荷されるフィルタと、
を含む試料ホルダを有し、前記基底部材にあって少なくとも前記回折面の表面に、前記所定の金属の微粒子が溶剤中に分散された塗料の吹き付け又は塗布による層が形成されていることを特徴としている。
【0015】
上記課題を解決するために成された第4発明は、試料にX線を照射し該試料で回折された回折X線を検出するX線回折装置であって、試料の背後に配置した基底標準試料の回折X線強度の試料の有無に対応した差に基づいて試料中の共存成分による吸収の影響を補正する基底標準吸収補正法を用いたX線回折定量分析を行うX線回折装置において、
前記基底標準試料である所定の金属から成る基底部材と、
該基底部材の回折面に接触して配置され、分析対象である試料がその前記回折面との接触面と反対側の面に装荷されるフィルタと、
を含む試料ホルダを有し、前記基底部材は、前記所定の金属の粉体をプレス成形して形成されたものであることを特徴としている。
【0016】
なお、第1乃至第4発明において、上記所定の金属とは典型的には亜鉛又はアルミニウムである。
【発明の効果】
【0017】
第1発明に係るX線回折装置によれば、フィルタを通過したX線が当たる基底部材の回折面の金属結晶の方向が意図的に揃わないような処理又は加工が施されているので、試料ホルダによって配向しているものや配向していないものが混在していることがない。したがって、試料ホルダの相違による基底標準試料の回折X線強度の差異が無視できる程度に小さくなり、測定者は試料ホルダの相違を全く意識する必要がない。そして、多数の試料に関して基底標準吸収補正法を用いたX線回折定量分析を行う際に、試料無しのブランク測定は或る1つの試料ホルダについて行いさえすればよい。これにより、従来よりも測定効率が向上し、特に分析したい試料の数が多いほどその効率改善効果は大きくなる。
【0018】
また、第2乃至第4発明に係るX線回折装置によれば、いずれも比較的簡便で且つコストの大きな増加を招くことなく、基底部材の回折面の金属結晶を揃わないようにすることができ、上記第1発明に係るX線回折装置と同様の効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の一実施例であるX線回折装置について図1及び図2を参照して説明する。本実施例のX線回折装置の全体構成は既に説明した図3の構成と同じであり、従来の構成と相違するのは試料ホルダ10の構成のみであるので、ここでは、その点について詳しく説明する。図1は本実施例のX線回折装置に使用される試料ホルダの断面図(a)及び断面分解図(b)である。図4に示した従来の構成と同一の構成要素には同一符号を付しており、特に要しない限り説明を省略する。
【0020】
本実施例における試料ホルダ10の基本的な構造は従来と同じである。即ち、扁平円環形状の枠体11の上面に中央が円形状に開口したマスク板12が固着されており、その枠体11の内部空間に基底標準試料となる亜鉛(又はアルミニウムでもよい)の基底板13が挿嵌される。基底板13には凹部13aが形成されておりそこにはフィルタ14が嵌め込まれる。本実施例に特徴的な構成として、基底板13の凹部13aの底部、つまりフィルタ14が嵌め込まれたときにその下面と接触する面(回折面)の表面に、所定厚さで特殊な処理が施された亜鉛の層16が形成されている。
【0021】
一般に亜鉛に限らず各種金属体は、その結晶の方向が揃っている(配向している)場合もあればそうでない場合もあり決まっていない。それに対し、この層16においては亜鉛の結晶方向が揃っていない。そのため、図5(a)のように斜め方向からX線が入射されて基底板13の回折面でX線が回折される際に、その回折X線強度I’Znは試料ホルダ毎に殆どばらつかない。したがって、ブランク測定を各試料ホルダ毎にそれぞれ行う必要はなくなる。
【0022】
図2は、基底標準吸収補正法を用いたX線回折定量を行う際の、本実施例のX線回折装置と従来装置との相違を説明するための概念図である。既述のように、従来の装置では、各試料ホルダ毎にブランク測定を行う必要があったため、(a)に示すように、複数の試料を測定する場合に、フィルタFaが装着された試料ホルダについてのブランク測定を行った後にフィルタFa上に試料を装荷し、それを再び測定する、という手順で順次ブランク測定と試料測定とを繰り返す必要があった。
【0023】
これに対し、本実施例の装置では、図2(b)に示すように、或る1つのフィルタFが装着された試料ホルダについてのみブランク測定を実行し、複数の試料をそれぞれ装荷したフィルタFa、Fb、Fc、…を装着した試料ホルダについては試料測定のみを実行すればよい。これにより、本実施例の装置によれば、同一数の試料に対する定量分析を行う際に、測定回数が大幅に削減できることが分かる。
【0024】
上述したように基底板13の凹部13aの底部に結晶方向が揃わない層16を形成する手法としては、次のような方法を採用することができる。
(1)通常の亜鉛又はアルミニウムの加工面の上にそれぞれ亜鉛又はアルミニウムを溶射する。
(2)通常の亜鉛又はアルミニウムの加工面の上に、それぞれ亜鉛又はアルミニウムの微粒子を溶剤中に分散された液体を塗布又は吹き付け、溶剤を揮発させることで亜鉛又はアルミニウムの層を残す。特に、亜鉛ではいわゆる亜鉛スプレーと呼ばれるものが低価格で市販されているので、この方法が採りやすい。
(3)基底板13全体を亜鉛又はアルミニウムの粉末をプレス成形することにより形成する。なお、この方法では、層16のみならず基底板13全体が配向を有しない状態となる。
【0025】
上記いずれの方法でも、比較的低コストで簡便に基底板13の回折面が配向を有さない状態にすることができる。
【0026】
なお、上記実施例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の一実施例によるX線回折装置の試料ホルダの断面図。
【図2】本実施例のX線回折装置と従来装置との相違を説明するための概念図。
【図3】本発明を適用するX線回折装置の概略構成図。
【図4】従来のX線回折装置の試料ホルダの断面図(a)及び上面平面図(b)。
【図5】基底標準吸収補正法を用いたX線回折による定量分析を説明するための図。
【図6】従来のX線回折装置による基底標準吸収補正法を用いた定量分析の手順を示すフローチャート。
【符号の説明】
【0028】
1…X線管
2…ゴニオメータ
4…スリット
5…X線検出器
10…試料ホルダ
11…枠体
12…マスク板
13…基底板
13a…凹部
14…フィルタ
15…板バネ
16…層
20…試料


【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料にX線を照射し該試料で回折された回折X線を検出するX線回折装置であって、試料の背後に配置した基底標準試料の回折X線強度の試料の有無に対応した差に基づいて試料中の共存成分による吸収の影響を補正する基底標準吸収補正法を用いたX線回折定量分析を行うX線回折装置において、
前記基底標準試料である所定の金属から成る基底部材と、
該基底部材の回折面に接触して配置され、分析対象である試料がその前記回折面との接触面と反対側の面に装荷されるフィルタと、
を含む試料ホルダを有し、前記基底部材にあって少なくとも前記回折面の表面に金属の結晶方位が揃わない処理又は加工が施されていることを特徴とするX線回折装置。
【請求項2】
試料にX線を照射し該試料で回折された回折X線を検出するX線回折装置であって、試料の背後に配置した基底標準試料の回折X線強度の試料の有無に対応した差に基づいて試料中の共存成分による吸収の影響を補正する基底標準吸収補正法を用いたX線回折定量分析を行うX線回折装置において、
前記基底標準試料である所定の金属から成る基底部材と、
該基底部材の回折面に接触して配置され、分析対象である試料がその前記回折面との接触面と反対側の面に装荷されるフィルタと、
を含む試料ホルダを有し、前記基底部材にあって少なくとも前記回折面の表面には、前記所定の金属の溶射による層が形成されていることを特徴とするX線回折装置。
【請求項3】
試料にX線を照射し該試料で回折された回折X線を検出するX線回折装置であって、試料の背後に配置した基底標準試料の回折X線強度の試料の有無に対応した差に基づいて試料中の共存成分による吸収の影響を補正する基底標準吸収補正法を用いたX線回折定量分析を行うX線回折装置において、
前記基底標準試料である所定の金属から成る基底部材と、
該基底部材の回折面に接触して配置され、分析対象である試料がその前記回折面との接触面と反対側の面に装荷されるフィルタと、
を含む試料ホルダを有し、前記基底部材にあって少なくとも前記回折面の表面に、前記所定の金属の微粒子が溶剤中に分散された塗料の吹き付け又は塗布による層が形成されていることを特徴とするX線回折装置。
【請求項4】
試料にX線を照射し該試料で回折された回折X線を検出するX線回折装置であって、試料の背後に配置した基底標準試料の回折X線強度の試料の有無に対応した差に基づいて試料中の共存成分による吸収の影響を補正する基底標準吸収補正法を用いたX線回折定量分析を行うX線回折装置において、
前記基底標準試料である所定の金属から成る基底部材と、
該基底部材の回折面に接触して配置され、分析対象である試料がその前記回折面との接触面と反対側の面に装荷されるフィルタと、
を含む試料ホルダを有し、前記基底部材は、前記所定の金属の粉体をプレス成形して形成されたものであることを特徴とするX線回折装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−121154(P2007−121154A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−315230(P2005−315230)
【出願日】平成17年10月28日(2005.10.28)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】