説明

γ−ケトアセタール化合物及びピロール誘導体の製造方法

【課題】操作性と安全性に優れたγ−ケトアセタール化合物の製造方法を提供すること。
【解決手段】以下の(A)および(B)の工程を有することを特徴とするγ−ケトアセタール化合物の製造方法。
(A)特定構造のα,β−不飽和ケトン誘導体と、特定構造のチオアルキルアルキルスルホキシド誘導体を塩基の存在下にて反応させて、特定構造の1,4−付加生成物を得る工程。
(B)前記特定構造の1,4−付加生成物から、酸とアルコールの存在下、特定構造のγ−ケトアセタール化合物を得る工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農薬、医薬品、抗菌剤、色素材料、光学材料及び電子情報材料などの用途としての中間体として有用なγ−ケトアセタール化合物及びそれを使用したピロール誘導体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
γ−ケトアセタール化合物はピロール誘導体を合成する際の中間体として知られており、またピロール誘導体は農薬、医薬品、抗菌剤、色素材料、光学材料及び電子情報材料などの中間体として重要な化合物である。例えば、4−メチル−1,2−ピロール誘導体は鎮痛剤として知られている(特許文献1参照)。更に有機電界発光素子の発光材料として有用なピロメテン誘導体は、高輝度、高発光効率の発光を得ることができるため(特許文献2〜3参照)、その中間原料となるピロール誘導体及びその原料となるγ−ケトアセタール化合物を高純度でかつ安全に製造する方法が望まれている。
【0003】
γ−ケトアセタール化合物は、α,β−不飽和ケトン類を出発物質として得ることができる。その例としては、α,β−不飽和ケトン類にニトロメタンをマイケル付加させてニトロ化合物を得て、これをネフ反応でアセタール誘導体に導く方法(ニトロメタン法)が知られている(非特許文献1〜2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−323971号公報
【特許文献2】特開平9−289081号公報
【特許文献3】特開2000−208265号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】“ジャーナル オブ オルガニック ケミストリー”,2005年,第70巻,p.5571−5578
【非特許文献2】“オルガニックレターズ”,2007年,第9巻,第4号,p.607−609
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、非特許文献1〜2記載の方法では、爆発の危険があるニトロメタンを使用するため、安全性に問題があった。また、以下のような点で操作性が悪く、環境負荷も大きいものであった。
【0007】
[1]ネフ反応において大過剰の硫酸と水酸化カリウム、水酸化ナトリウムを使用するため、γ−ケトアセタールと共に大量の無機塩が副生する。それらを除去するためには大量の水を使用して抽出作業を実施する必要があり、それに伴い排出される廃液が環境負荷を増大させる。[2]反応時に硫酸溶液と水酸化カリウム溶液を混合する必要があるが、その際大きな発熱が観察される。そのため、スケールアップにおいてはゆっくりとした混合操作か、特別に強力な冷却設備が必要となる。[3]0℃付近まで冷却して反応を開始し、反応を完結させるために室温まで昇温させるが、後処理工程に入る際には再度冷却する必要がある。スケールアップの際にはこの冷却昇温工程に著しい時間ロスを生じることとなる。[4]ネフ反応後の生成物が油状であるためγ−ケトアセタール化合物の単離が困難である。
【0008】
本発明はかかる課題を解決し、操作性と安全性に優れたγ−ケトアセタール化合物の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち本発明は、以下の(A)および(B)の工程を有することを特徴とするγ−ケトアセタール化合物の製造方法である。
(A)一般式(1)で表されるα,β−不飽和ケトン誘導体と、一般式(2)で表されるチオアルキルアルキルスルホキシド誘導体を塩基の存在下にて反応させて、一般式(3)で表される1,4−付加生成物を得る工程
(B)一般式(3)で表される1,4−付加生成物から、酸とアルコールの存在下、一般式(4)で表されるγ−ケトアセタール化合物を製造する工程。
【0010】
【化1】

【0011】
式(1)〜(3)中、R〜Rは、それぞれ独立に、水素、アルキル基または置換もしくは無置換のアリール基を表す。R及びRは、それぞれ独立にアルキル基を表す。ここで、アルキル基上の水素はハロゲン、またはアルコキシ基で置換されていてもよく、アリール基上の水素はハロゲン、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基で置換されていてもよい。
【0012】
【化2】

【0013】
式(4)中、R〜Rは、一般式(1)及び(3)におけるものと同じものを表す。R及びRはアルキル基を表し、互いに結合して環を形成していても良い。
【0014】
また本発明の別の態様は、一般式(4)で表されるγ―ケトアセタール化合物を、酸の存在下、アンモニウム塩で処理して一般式(5)で表されるピロール誘導体を製造する方法である。
【0015】
【化3】

【0016】
式(5)中、R〜Rは、一般式(1)におけるものと同じものを表す。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、爆発の危険があるニトロメタンを使用することなく、農薬、医薬品、抗菌剤、色素材料、光学材料及び電子情報材料などの中間体として有用なγ−ケトアセタール化合物を製造することができる。また、本発明の方法は従来法に比べ操作性に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明のγ−ケトアセタール化合物の製造方法は、主に2つの反応工程を有する。まず、第1工程(工程A)においては、一般式(1)で表されるα,β−不飽和ケトン誘導体と、一般式(2)で表されるチオアルキルアルキルスルホキシド誘導体を塩基の存在下にて反応させて、一般式(3)で表される1,4−付加生成物を得る。
【0019】
【化4】

【0020】
一般式(1)〜(3)中、R〜Rは、それぞれ独立に、水素、アルキル基または置換もしくは無置換のアリール基を表す。R及びRは、それぞれ独立にアルキル基を表す。ここで、アルキル基上の水素はハロゲン、またはアルコキシ基で置換されていてもよく、アリール基上の水素はハロゲン、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基で置換されていてもよい。
【0021】
これらの置換基のうち、アルキル基とはメチル基、エチル基、プロピル基、n-ブチル基、t-ブチル基、シクロプロピル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基などの環状または非環状の飽和脂肪族炭化水素基を示し、炭素数1〜16のものが好ましい。アラルキル基とは、ベンジル基、フェニルエチル基などの脂肪族炭化水素を介した芳香族炭化水素基を示す。
【0022】
アリール基とは、フェニル基、ナフチル基、ビフェニル基、アントラニル基、フェナントリル基、ターフェニル基、ピレニル基などの芳香族炭化水素基を示し、これは無置換でも置換されていても構わない。置換基としては、ハロゲン、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基などが挙げられる。アルコシキ基とは、例えばメトキシ基、エトキシ基などのエーテル結合を介した脂肪族炭化水素基を示す。ハロゲンとは、フッ素、塩素、臭素またはヨウ素を示す。
【0023】
なお、上記の基が置換されている場合の置換位置はどの位置であってもよい。また、同種の置換基を複数有していても、異なる種類の置換基を混合して有していてもよい。
【0024】
これらの中でも、一般式(1)において、R及びRが置換もしくは無置換のアリール基であること、および/またはRが水素であることが、より有用なピロール誘導体を得るための中間体であるγ−ケトアセタール化合物を得る点で好ましい。
【0025】
また、一般式(2)において、Rおよび/またはRがメチル基であると、原材料して入手しやすいこと、後に説明する工程Bにおいて一般式(3)から(4)への反応が比較的穏和な条件で進行すること及びその際に副生する含イオウ化合物の除去の容易性の点で好ましい。
【0026】
一般式(1)で表されるα,β−不飽和ケトン誘導体としては、次のようなものが挙げられる。これらはトランス体でもシス体でも構わない。
【0027】
【化5】

【0028】
これらの化合物は、例えばヨーロピアン・ジャーナル・メディシナル・ケミストリー ,2000年,第35巻,第5号,p.499−510 に記載のように、単一のカルボニル化合物のアルドール縮合、または異なるカルボニル化合物間の交差アルドール縮合などで容易に製造することができる。
【0029】
一般式(2)で表されるチオアルキルアルキルスルホキシド誘導体としては、次のようなものが挙げられる。
【0030】
【化6】

【0031】
これらの化合物は、例えばジャーナル・オブ・ケミカルソサエティ・ケミカル・コミュニケーション,1970年,p.1689記載の方法などで製造することができる。
【0032】
一般式(1)で表されるα,β−不飽和ケトン誘導体と一般式(2)で表されるチオアルキルアルキルスルホキシド誘導体を塩基の存在下で反応させる方法の具体例としては、適当な溶媒にチオアルキルアルキルスルホキシド誘導体を溶解させておき、そこに塩基を滴下して炭素アニオンを発生させてから、α,β−不飽和ケトンを滴下し、1,4−付加反応を達成した後、水などを加えて反応を停止させる方法が標準的に利用できるが、これに限定されるものではない。
【0033】
以下に工程Aの操作を具体的に記述する。最初に炭素アニオンを発生させる。1当量のチオアルキルアルキルスルホキシド誘導体を溶媒に溶解させ、イオウ原子に挟まれた炭素上のプロトンを引き抜くことを目的として、塩基を添加する。選択される溶媒は、反応を阻害しない溶媒であれば特に制限がないが、通常、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ターシャリーブチルメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、1,3-ジオキソランなどのエーテル系溶媒、ベンゼン、トルエンやキシレンなどの芳香族系溶媒、またはヘキサン、ヘプタン、イソオクタンなどの炭化水素系溶媒が好ましく用いられる。これらの溶媒は単独または2種以上を混合して使用してもよい。溶媒の使用量はα,β−不飽和ケトン誘導体の重量に対して0.5〜20倍が好ましく、より好ましくは1.0〜10倍、さらに好ましくは2〜5倍である。
【0034】
塩基は、上述のごとくプロトン引き抜き反応を起こすことが可能なものが選択される。例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水素化ナトリウム、水素化カルシウム、水酸化バリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム、リン酸カリウム、フッ化カリウムなどの無機塩基、ノルマルブチルリチウム、セカンダリーブチルリチウム、ターシャリーブチルリチウムなどのアルキルリチウム、リチウムジイソプロピルアミド、リチウムジシクロヘキシルアミドなどのアルカリ金属アミド化合物、リチウムヘキサメチルジシラジド、ナトリウムヘキサメチルジシラジド、カリウムヘキサメチルジシラジドなどのアルカリ金属ジシラジド化合物、メチルマグネシウムブロミド、エチルマグネシウムブロミドなどのグリニャール試薬、ナトリウムメトキシド、カリウムターシャリーブトキシドなどの金属アルコキシド等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。有機溶媒への溶解性、後処理の操作性、コストの点を総合して勘案すると、これらの中でもアルキルリチウムであることが好ましい。
【0035】
塩基の使用量はチオアルキルアルキルスルホキシド誘導体に対して、モル比で1〜5当量を使用することが好ましい。さらに好ましくは、チオアルキルアルキルスルホキシド誘導体に対して、1〜2当量である。一方過剰な塩基が、発生した炭素アニオンとα,β−不飽和ケトンとの反応を阻害する場合は、塩基の使用量をチオアルキルアルキルスルホキシド誘導体に対して1当量ないしはそれ以下にする方が好ましい。
【0036】
チオアルキルアルキルスルホキシド誘導体と塩基を反応させる際の温度は、使用するチオアルキルアルキルスルホキシド誘導体と塩基の種類によるが、通常−78℃〜130℃の範囲で行われる。好ましくは−40〜80℃、さらに好ましくは−40℃〜50℃である。反応の雰囲気は、炭素アニオンが一般的に水分に敏感なことから、通常1気圧の不活性ガス雰囲気で行う。反応時間は極めて短時間の場合から、10時間程度を要する場合もあるが、生産性を考慮すると、3時間以内になるように条件設定をすることが好ましい。
【0037】
塩基による炭素アニオンの発生が終了したら、続いてα,β−不飽和ケトン誘導体と混合することにより、1,4−付加反応を進行させる。混合の順序はα,β−不飽和ケトン誘導体に炭素アニオンを添加しても良いし、その逆でも良い。また必要に応じてα,β−不飽和ケトン誘導体を付加反応を阻害しない溶媒に溶解ないしは分散させて混合を行っても良い。
【0038】
溶媒の例としては前述と同様、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ターシャリーブチルメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、1,3-ジオキソランなどのエーテル系溶媒、ベンゼン、またはトルエンやキシレンなどの芳香族系溶媒、ヘキサン、ヘプタン、イソオクタンなどの炭化水素系溶媒が挙げられる。
【0039】
反応温度は、通常−78℃〜130℃の範囲で行われる。好ましくは−40〜80℃、さらに好ましくは−40℃〜50℃である。反応の雰囲気は、炭素アニオンが一般的に水分に敏感なことから、通常1気圧の不活性ガス雰囲気で行う。反応時間は選択する原料や反応温度、濃度などによっても影響されるが、極めて短時間の場合から、10時間程度を要する場合もあるが、生産性を考慮すると、3時間以内になるように条件設定をすることが好ましい。
【0040】
反応の進行は、TLC(薄層クロマトグラフィー)、GC(ガスクロマトグラフィー)やHPLC(高速液体クロマトグラフィー)などによって追跡することが可能であり、α,β−不飽和ケトンの減少または消失を確認後、水などの活性水素を有する化合物を添加することにより反応を停止させることができる。その後は抽出など当業者にとって公知の方法で1,4−付加体を単離することができる。1,4−付加体は大気中では安定であるため、保存や取扱いに特別の注意は不要である。
【0041】
ところで、α,β−不飽和ケトンに対する付加反応は1,4−付加と1,2−付加があり、用いる基質によって、これらのうちの一方が優先的または選択的に得られたり、単にこれらの混合物として得られたりする。1,4−付加体と1,2−付加体の混合物が得られると、分離精製等が煩雑となり、特に工業的価値が著しく低下する。例えば、一般式(1)で表されるα,β−不飽和ケトン誘導体に対しジチアン類を反応させると、1,2−付加体が優先して生成する。これに対し、本発明の方法では、チオアルキルアルキルスルホキシド誘導体が、α,β−不飽和ケトンに対してほぼ選択的に1,4−付加するため、分離精製等が不要であるか非常に簡便であり、工業上優れている。なお、チオアルキルアルキルスルホキシド誘導体は、例えば“ジャーナル オブ オルガニック ケミストリー”,1986年,第51巻,p.508−512や“テトラヘドロン”,2003年,第59巻,p.2885−2891に記載のように、通常は1,2−付加が優先して起こるものであるが、一般式(1)で表されるα,β−不飽和ケトン誘導体との反応においては、特異的に1,4−付加が優先するものである。
【0042】
次に、第2工程(工程B)においては、一般式(3)で表される1,4−付加生成物から、酸とアルコールの存在下で、一般式(4)で表されるγ−ケトアセタール化合物を製造する。
【0043】
【化7】

【0044】
式(4)中、R〜Rは、一般式(1)及び(3)におけるものと同じものを表す。R及びRはアルキル基を表し、互いに結合して環を形成していても良い。
【0045】
アルキル基、アラルキル基、アリール基、アルコキシ基、アシル基の意味に関しても、一般式(1)〜(3)におけるものと同じ意味を表す。一般式(4)で表されるγ−ケトアセタール化合物としては、次のようなものが挙げられる。
【0046】
【化8】

【0047】
【化9】

【0048】
以下に工程Bの操作を具体的に記述するが、本発明はこれに限定されるものではない。一般式(3)で表される1,4−付加生成物をアルコールに溶解し、攪拌しながら濃塩酸を添加するなどの方法でγ−ケトアセタール化合物を生成させることができる。
【0049】
反応基質としてのアルコールの種類としては、メタノール、エタノールなどの1価で常温で液体のアルコールを使用することができ、この場合は溶媒としての機能をもアルコールが果たすこととなる。また1,2−エチレングリコール、1,3−プロピレングリコールなどの2価アルコールを反応基質として使用することもできる。この際も溶媒としての機能を割り当てることが可能ではあるが、コストの点から、通常は別の溶媒を使用することが好ましい。使用する溶媒の種類は、1,4−付加体と2価アルコールを溶解でき、かつ酸によって分解しないものを使用する必要がある。ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ターシャリーブチルメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、1,3-ジオキソランなどのエーテル系溶媒もしくはジクロロメタン、クロロホルムなどのハロゲン系溶媒が候補となるが、エーテル系溶媒を用いることが好ましい。ただし、エーテル系溶媒は条件によっては、酸による分解が起こる可能性があるので注意が必要である。
【0050】
上記のアルコールの中でも、次工程のピロール化の容易さの観点から、1価のアルコールを用いることが好ましく、特にコストの観点からメタノールを用いることが好ましい。酸の種類は、塩酸、硫酸、過塩素酸、リン酸などの無機強酸またはp-トルエンスルホン酸などの有機強酸が好ましい。酸の使用量は基質に対して化学量論量以下がこのましい。
【0051】
反応温度は0℃から用いる溶媒の沸点の範囲で実施することができるが、生成したγ−ケトアセタール化合物の分解反応が併発する可能性があるので、0〜100℃で行うのが好ましい。さらに好ましくは0〜50℃である。反応の雰囲気、圧力は特に限定されないが、通常1気圧の不活性ガス雰囲気で行う。
【0052】
反応の進行は、TLC、GCやHPLCなどによって追跡することが可能であり、1,4−付加体の減少または消失を確認後、水酸化ナトリウム水溶液などの塩基性物質を添加することにより反応を停止させることができる。その後は抽出など当業者にとって公知の方法でγ−ケトアセタール化合物を単離することができる。
【0053】
本発明の方法によれば、使用する酸は基質に対して化学量論量以下で良いので、中和反応に際して反応熱が小さく抑えられ、かつ廃液を大幅に削減することが可能である。また工程Bで得られる生成物は固形であり、単離、精製が容易であるため操作性に優れる。これらの改善より、操作性が向上し、スケールアップの際大幅なコストダウンが可能となる。
【0054】
次に、一般式(4)で表されるγ−ケトアセタール化合物を、酸の存在下、アンモニウム塩で処理することによって、一般式(5)で表されるピロール誘導体を製造する方法について説明する。
【0055】
【化10】

【0056】
式(5)中、R〜Rは、一般式(1)におけるものと同じものを表す。
【0057】
以下に本工程の具体的な操作法を記載するが、本発明はこれらに限定されるものではない。本工程は、γ−ケトアセタール化合物とアンモニウム塩を酸の存在下で混合することによって達成される。混合の順序については特に制限はないので、使用するγ−ケトアセタール化合物とアンモニウム塩の性状にあわせて決定すれば良い。反応の進行は、TLC、GCやHPLCなど追跡できる。反応を終了させた後は、抽出や晶析などの方法によって目的のピロール誘導体を単離することができる。ピロール誘導体は一般的に酸性条件で分解しやすいので、単離操作の際はなるべく中性から塩基性条件で行う方が好ましい。
【0058】
γ−ケトアセタール化合物として、本発明の工程A及び工程Bにより得られたものを用いる場合は、単離、精製されたγ−ケトアセタール化合物を出発物質として用いることができるため、操作性に優れるだけでなく、得られるピロールの純度も向上する。
【0059】
使用するアンモニウム塩は、例えば塩化アンモニウム、炭酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、硫酸アンモニウムなどの無機アンモニウム塩、ギ酸アンモニウム、酢酸アンモニウムなどのカルボン酸アンモニウム塩などが挙げられる。これらのアンモニウム塩は塩の形として仕込んでも良いし、またアンモニアとして仕込み、酸と混合することによって系内で発生させて使用することもできる。これらの中でも、目的とするピロールの生成率が高い点で酢酸アンモニウムが好ましい。
【0060】
アンモニウム塩の使用量は、モル比でγ−ケトアセタール化合物の0.5〜50倍で実施できるが、好ましくは1〜30倍であり、より好ましくは5〜20倍である。一般的にはγ−ケトアセタール化合物より、用いるアンモニウム塩の方が低価格であることが多いので、アンモニウム塩を過剰に仕込む方が、製造上有利となることが多い。一方、あまりにもアンモニウム塩の使用量が多いと、攪拌が困難になる場合が多い。γ−ケトアセタール化合物とアンモニウム塩を混合するために用いられる溶媒の種類としては、メタノール、エタノールなどのアルコール類や酢酸、酪酸などの常温で液体のカルボン酸類が好ましく使用される。
【0061】
溶媒の使用量は、重量比で用いるγ−ケトアセタール化合物の3〜100倍で実施できるが、反応速度とコストの観点からは3〜30倍が好ましく、さらに好ましくは3〜15倍である。反応温度は20〜130℃の範囲で実施できるが、一般的にピロール類はあまり安定性が高くないので、20〜100℃が好ましい。さらに好ましくは20〜70℃である。
【0062】
反応を促進するために、酸を添加することが必要である。選択した溶媒が酢酸や酪酸などの液体のカルボン酸類である場合は、酸としての機能をこれらに割り当てることができるので、改めて別の酸を添加することは必須ではない。溶媒が上述のカルボン酸類以外の場合には酸の添加を行う。酸の種類としては、塩酸、硫酸、リン酸などの無機プロトン酸、酢酸、酪酸、p−トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸などの有機プロトン酸、塩化チタン(IV)、塩化スズ(IV)、スカンジウムトリフラート(III)、塩化ジルコニウム(IV)などのルイス酸などが使用可能である。
【0063】
酸の使用量は、酸の強さに大きく依存し、モル比でγ−ケトアセタール化合物の0.1〜200倍の範囲で実施できる。
【0064】
アンモニウム塩と酸の組み合わせとして、酢酸アンモニウムと酢酸の組み合わせが好適である。酢酸アンモニウムと酢酸のモル比が酢酸アンモニウム/酢酸=0.2〜0.4であればより好ましい。
【0065】
以上に記載した工程を実施することによって、一般式(5)で表されるピロール誘導体が得られる。得られたピロール誘導体は、そのままで、あるいは所望によりさらに精製して、農薬、医薬品、抗菌剤、色素材料、光学材料及び電子情報材料などの中間体として利用できる。本発明の製造方法が適用できるピロール誘導体としては、次のようなものが挙げられる。
【0066】
【化11】

【実施例】
【0067】
以下、実施例および比較例をあげて本発明を説明するが、本発明はこれらの例によって限定されるものではない。なお、各実施例および比較例において用いた装置や分析条件は以下の通りである。
【0068】
HPLC分析
機器:(株)島津製作所製 SHIMADZU SCL-10Avp(制御器)、SIL-10Avp(オートサンプラー)、LC-10Avp(ポンプ)×2、CTO-10Avp(カラムオーブン)、SPD-M10Avp(Diode Array Ditector)
カラム:(株)ワイエムシー製 YMC-Pack ODS-A A-303, S-5μm, 12nm, 250×4.6mmI.D.
カラム温度:45℃
移動相A:0.1%リン酸水溶液
移動相B:アセトニトリル
流量:1ml/min.
B グラジエント:80%(0min.)→100%(15min.)→100%(30min.)
検出器:UV 254nm
サンプル:試料をTHFに溶解
純度の測定
試料 約1mgを秤取り、THF 10mLを添加し、完全溶解させた。上述の条件でHPLC測定を実施し、検出された全ピーク面積に対する目的物質のピークの面積比を純度とした。
【0069】
実施例1
<1,4−付加生成物の合成>
窒素置換したフラスコに所定のメチル メチルチオメチルスルホキシド(東京化成) 1.87g(15.1mmol)、THF 37mlを仕込み、氷水浴で冷却し2.66M ノルマルブチルリチウム/ノルマルヘキサン溶液 5.67ml (15.1mmol)を滴下した。30分間同温度で攪拌した後、別の容器で3−(4−t−ブチルフェニル)−1−(4−メトキシフェニル)プロプ−2−エン−1−オン 3.70g(12.6mmol)をTHF19ml に溶解して調製した溶液を滴下した。同温度で45分攪拌した後、反応液に飽和塩化アンモニウム水溶液を添加し、反応を停止させた。酢酸エチルを加え分配抽出して得た有機層を乾固することによって、5.2g(12.4mmol)の粗製物を得た。
【0070】
粗製物 4.9gをシクロペンチルメチルエーテル 50mlで再結晶して、2.24g(5.35mmol)の白色結晶を得た。収率 42.6%。この物質は構造の良く似た2つの物質の混合物であったので、HPLCでこれらを分析に必要な量だけ分取した(成分1と成分2と称することとする)。H−NMRから、これらはそれぞれ、平面構造式(6)に示す化合物の一方のジアステレオマーであることが判明したので、そのまま次の工程に進めた。
【0071】
H−NMR(CDCl,ppm)
成分1:1.27(s,9H)、2.33(s,3H)、2.62(s,3H)、3.55−3.79(m,3H)、3.85(s,3H)、4.08−4.20(m,1H)、6.88−6.92(d,2H)、7.31(s,4H)、7.86−7.91(d,2H)
成分2:1.28(s,9H)、2.18(s,3H)、2.65(s,3H)、3.43−3.59(m,1H)、3.72−3.80(m,1H)、3.85(s,3H)、3.91−4.11(m,2H)、6.89−6.95(d,2H)、7.31(s,4H)、7.91−7.95(d,2H)
【0072】
【化12】

【0073】
<γ−ケトアセタール化合物の合成>
窒素雰囲気下、フラスコに前記(6)で示す化合物(3.58g,8.55mmol)とメタノール (35ml)を仕込み、攪拌しながら濃塩酸 (350μl、4.2mmol)を添加した。40℃で4時間加熱攪拌した後、HPLCで原料ピークの消失を確認した。氷浴下において、水酸化ナトリウム水溶液(168mg/30ml 水)を加え、アルカリ性となったことを確認した後、シクロペンチルメチルエーテル(150ml)で抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸マグネシウムで乾燥した。濾過後、シクロペンチルメチルエーテルを留去し、淡黄色の化合物(7)3.26g(8.80mmol)を得た。このものをHPLCで分析したところ、別方法で得た標品と保持時間が一致した。
【0074】
【化13】

【0075】
実施例2
<ピロール誘導体の合成>
実施例1の方法を繰り返して得られた化合物(7)の合計44.2g(0.12mol、1.00当量)と、酢酸300ml(5.25mol、44.0当量)、酢酸アンモニウム92.1g(1.19mol、10.0当量)を反応容器に入れ、60℃で6時間攪拌した。ロータリーエバポレーターで酢酸をできるだけ留去し、残渣に水酸化ナトリウム水溶液を添加しpH=9とした。減圧濾過で得た沈殿を水、メタノール、ヘキサンで順次洗浄後減圧乾燥し、淡黄色の化合物(8)31.6g(103.5mmol)を得た。。このものをHPLCで分析したところ、別方法で得た標品と保持時間が一致した。純度は98%であり、高純度のものが得られた。
【0076】
【化14】

【0077】
比較例1
<ニトロメタン法によるγ−ケトアセタール化合物(7)の合成>
反応容器にメタノール 500ml、3−(4−t−ブチルフェニル)−1−(4−メトキシフェニル)プロプ−2−エン−1−オン 17.0g(57.7mmol)、ジエチルアミン21.1g(290mmol)及びニトロメタン17.7g(290mmol)を仕込み、内温63〜64℃で15時間攪拌した。衝撃を与えないように注意を払いながらロータリーエバポレーターで濃縮し、42.6gの固体を得た。この固体に140mlのエタノールを加えて、加熱溶解後室温で攪拌晶析した。結晶を減圧ろ過し、16.2g(45.6mmol)の化合物(9)を得た。
【0078】
【化15】

【0079】
化合物(9) 7.11g(20.0mmol)をメタノール50mlとテトラヒドロフラン200mlの混合溶媒に溶解させた。この溶液に、調製済みの水酸化カリウムのメタノール溶液(5.61gの水酸化カリウムを50mlのメタノールに溶解して調製したもの)を添加した。別の攪拌機を備えた反応容器にメタノール200mlを取り、氷浴で冷却しながら注意深く濃硫酸(73.6g、750mmol)を滴下した。氷浴下、この硫酸メタノール溶液に、先に調製した化合物(9)の溶液を滴下していったが、大きな発熱を認めたので、内温を1〜3℃に保つように滴下の速度を調節した。滴下には45分を要した。滴下後、室温まで昇温し、2時間攪拌した段階でTLCで原料の消失を確認した。ついで内温5℃に冷却し、水100ml及び4N水酸化ナトリウム水溶液を順次滴下し、pHを約10に調節した。メタノール及びテトラヒドロフランをあらかた留去後、残渣にシクロペンチルメチルエーテル 150mlを添加し、分配抽出した。有機層を濃縮し、γ−ケトアセタール化合物(7)含有成分7.6g(20.5mmol)を得た。冷却、昇温工程に長時間を要する点、及び硫酸と水酸化カリウム及び水酸化ナトリウムから生成する無機塩が大量に析出し、抽出操作が困難になる点など、操作上の問題が多く、スケールアップの際にはこれらの問題の解決が必須であると思われた。また、生成物は油状であり、これ以上の精製や乾燥を実施することができなかった。
【0080】
<ピロール誘導体の合成>
前工程で得た油状のγ−ケトアセタール化合物(7)含有成分7.6gに酢酸100ml(1.75mol)及び酢酸アンモニウム7.7g(0.1mol)を添加した。約100℃に昇温し、1時間攪拌した。酢酸をあらかた留去して得た残渣に水100mlを添加した後、14%アンモニア水24mlで中和した。pHは約9であった。シクロペンチルメチルエーテル200mlを添加して分配抽出し、有機層を濃縮した。残渣をメタノールで洗浄後、減圧乾燥して3.03g(9.92mmol)の表題化合物の紫色結晶を得た。純度は91%であり、あまり高純度のものは得られなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(A)および(B)の工程を有することを特徴とするγ−ケトアセタール化合物の製造方法。
(A)一般式(1)で表されるα,β−不飽和ケトン誘導体と、一般式(2)で表されるチオアルキルアルキルスルホキシド誘導体を塩基の存在下にて反応させて、一般式(3)で表される1,4−付加生成物を得る工程。
【化1】

(式(1)〜(3)中、R〜Rは、それぞれ独立に、水素、アルキル基または置換もしくは無置換のアリール基を表す。R及びRは、それぞれ独立にアルキル基を表す。ここで、アルキル基上の水素はハロゲン、またはアルコキシ基で置換されていてもよく、アリール基上の水素はハロゲン、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基で置換されていてもよい。)
(B)前記一般式(3)で表される1,4−付加生成物から、酸とアルコールの存在下、一般式(4)で表されるγ−ケトアセタール化合物を得る工程。
【化2】

(式(4)中、R〜Rは、一般式(1)及び(3)におけるものと同じものを表す。R及びRはアルキル基を表し、互いに結合して環を形成していても良い。
【請求項2】
及びRが置換もしくは無置換のアリール基である請求項1記載のγ−ケトアセタール化合物の製造方法。
【請求項3】
が水素である請求項1または2記載のγ−ケトアセタール化合物の製造方法。
【請求項4】
および/またはRがメチル基である請求項1〜3のいずれかに記載のγ−ケトアセタール化合物の製造方法。
【請求項5】
塩基がアルキルリチウムである請求項1〜4のいずれかに記載のγ−ケトアセタール化合物の製造方法。
【請求項6】
一般式(4)で表されるγ−ケトアセタール化合物を、酸の存在下、アンモニウム塩で処理して一般式(5)で表されるピロール誘導体を製造する、ピロール誘導体の製造方法。
【化3】

(式(5)中、R〜Rは、一般式(1)におけるものと同じものを表す。)
【請求項7】
アンモニウム塩が酢酸アンモニウムである請求項6記載のピロール誘導体の製造方法。
【請求項8】
酸が酢酸である請求項6または7記載のピロール誘導体の製造方法。

【公開番号】特開2010−195745(P2010−195745A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−45548(P2009−45548)
【出願日】平成21年2月27日(2009.2.27)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】