説明

におい評価装置

【課題】比較対照品の保存が困難である場合でも、においセンサの経時変化の影響を相殺して目的においの質の変化を正確に評価する。
【解決手段】複数種の原ガスを適宜量で混合して合成においを調製するにおい合成部6を備え、目的においの初期状態をにおいセンサ4で測定して測定結果を得たならば、におい合成制御部63はその測定結果に基づいて原ガスの混合比などの合成情報を求め、調製部62を制御して原ガスにより目的においに類似した合成においを調製する。その合成においをにいセンサ4で測定して目的においの測定結果と比較し、必要に応じて合成情報を修正する。十分に差がなくなったならば合成情報を記憶部64に記憶し、次に時間が経過して質が変化した目的においを測定する際に、同時に合成情報に基づいて再現された合成においも測定して、両者の差によりにおい質の変化を評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、目的物質のにおいの質の経時的な変化を評価するためのにおい評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
或る物質や大気中のにおいをその質と強さの観点から捉え、数値化して表現するにおい測定装置が従来より知られている。具体的には、例えば特許文献1、非特許文献1などに記載のにおい測定装置では、複数のにおいセンサの検出出力により形成される多次元空間内に、基準となる複数のにおい種(例えば酪酸系、エステル系など)の濃度を複数段階に変えて測定を行った結果を基準軸として位置付けておく。そして、測定対象である目的においの測定結果を測定点として同空間内に位置付けて上記基準軸との位置関係、例えば測定点と基準軸との最短距離や原点から測定点まで引いた線と基準軸との成す角度などを求め、これからにおいの質の類似性などを判断するようにしている。
【0003】
上記のようなにおい測定装置によれば、必ずしもにおいの原因物質が明確に分かっていなくても、そのにおいの質を的確に表現することができる。そのため、環境中における悪臭の測定、飲食品の工場等における製品の品質管理や品質評価、など、幅広い分野での利用が進んでいる。
【0004】
ところで、飲食品の製造現場等では、例えば温度などの環境変化や時間経過等によるにおいの質の変化を評価することで、製品の変質や劣化等を把握したいという要求がある。例えば、牛乳を加熱処理した場合のにおい質の変化を評価したい場合には、同じ試料を用意し、一方の試料は加熱処理を加えずに保存し、他方の試料を所定時間だけ加熱処理し、その加熱処理終了後に両試料のにおい質を測定して比較する(又はにおい質の差を求める)ことにより、加熱処理によるにおい質の変化・劣化を求めることができる。
【0005】
しかしながら、上記のようなにおい測定装置を用いて牛乳等のにおい質の長時間の経時的な変化を調べるのは容易ではない。その理由は次の通りである、におい測定装置では金属酸化物半導体を感応膜とするガスセンサなどがにおいセンサとして用いられるが、こうしたセンサは一般的に経時変化、即ちドリフトが存在する。そのため、こうしたドリフトの影響を相殺するには、におい質の変化した(又はその可能性がある)評価対象品を測定するだけでなく、におい質の変化してない(又は少なくとも評価対象品よりはにおい質の変化の度合いが十分に小さいとみなせる)比較対照品をほぼ同時に測定する必要がある。ところが、評価しようとしている試料はにおい質を変化させないように長時間保存しておくことが難しいため、におい質が変化していない対照品を用意することができない。
【0006】
【特許文献1】特開2003−315298号公報
【非特許文献1】「においの強さと質をより分かりやすく数値化する におい識別装置 FF-2A(Fragrance & Flavor Analyzer)」、[online]、株式会社島津製作所、[平成18年3月16日検索]、インターネット<URL : http://www.an.shimadzu.co.jp/products/food/ff1.htm>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はかかる課題を解決するために成されたものであり、その主たる目的とするところは、においの質の経時的な変化を評価したい場合に、においセンサの経時的なドリフトの影響を軽減し、且つ、比較対照品の保存も不要であるようなにおい評価装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係るにおい評価装置は、目的においの質の経時的な変化を評価するにおい評価装置であって、
a)互いに異なる応答特性を有するm(mは2以上の整数)個のにおいセンサを含むにおい測定手段と、
b)前記m個のにおいセンサの検出出力で形成されるm次元空間において、既知のn種類(nは2以上の整数)の基準においについてそれぞれ濃度を変えて前記におい測定手段により得られる測定結果に基づいてn本の基準軸を作成し、これを表す情報を記憶しておく基準軸取得手段と、
c)におい質変化前の目的においを前記におい測定手段で測定することにより前記m次元空間内に測定点を位置付け、該測定点と前記n本の基準軸との位置関係に基づいて得られた結果を利用して、前記基準においと同一又は相違するにおいを持つ複数の原ガスを混合して前記目的においの質に類似したにおいを合成するための合成情報を求めて記憶しておく類似におい合成情報取得手段と、
d)におい質が変化した又はその可能性がある目的においを評価する際に、前記類似におい合成情報取得手段で得られた合成情報に基づいて前記原ガスを混合することで類似においを調製する類似におい調製手段と、
e)前記評価対象の目的においを前記におい測定手段により測定して前記m次元空間内に測定点を位置付けるとともに、前記類似におい調製手段により調製された類似においも同様に前記におい測定手段により測定して前記m次元空間内に測定点を位置付け、該m次元空間内での両測定点の位置の相違及び/又はそれぞれの測定点と前記基準軸との関係に基づいて評価対象の目的においの質の変化を反映した情報を作成する評価処理手段と、
を備えることを特徴としている。
【0009】
本発明に係るにおい評価装置では、におい質変化前の目的においを測定した際に、類似におい合成情報取得手段は予め用意された複数種の原ガスを適宜に選択し且つそれぞれの混合比を適宜に調節して、目的においとほぼ同等又は与えられた条件(つまり原ガスの種類など)の下で最も近いにおい質となるような類似においの調製を試み、その合成情報を記憶しておく。例えば或る所定時間が経過して、におい質が変化した又はその可能性がある目的においを評価する際には、類似におい調製手段は上記類似におい合成情報取得手段により記憶されている合成情報に基づいて、原ガスの種類の選択や混合比の設定などを行って類似においを再現してこれをにおい測定手段により測定する。もちろん、評価対象の目的においも同じにおい測定手段で測定する。
【0010】
原ガスとして経時的に安定したもの又は比較的簡単に用意できる純ガスとしておけば、類似におい調製手段により再現された類似においのにおい質は合成情報の作成時と全く変化していないとみなせる。つまり、これは評価対象の目的においの変化前と同じ(又はかなり近い)におい質であるから、これを比較対照品として時間経過によりにおい質が変化した可能性がある目的においの評価を行うことができる。
【発明の効果】
【0011】
上述したようににおいセンサには一般に経時的な変化(ドリフト)が存在するが、本発明に係るにおい評価装置によれば、経時変化が生じている可能性がある評価対象の目的においとの測定時とほぼ同じ時点で、該目的においの経時変化前の状態とほぼ同じとみなせる類似においを比較対照品として測定することができる。したがって、上記のようなにおいセンサ自体の経時的変化の影響を相殺して、におい質の変化を正確に評価することができる。また、比較対照品として目的におい自体をにおい質の変化ができるだけ生じないような環境に保って保存しておくような面倒な作業が不要であるので、におい評価の作業が簡素化でき、また評価し得るにおい(においを有する対象物)の種類の制約も少なくなる。
【0012】
また本発明に係るにおい評価装置の一実施態様として、前記類似におい調製手段は、複数の原ガスをそれぞれ適宜の濃度で混合するためのガス採取・混合手段と、前記ガス採取・混合手段により混合されたガスを前記測定手段で測定することにより前記m次元空間に測定点を位置付け、該測定点と前記におい質変化前の目的においの測定結果に基づく測定点との位置の相違及び/又はそれぞれの測定点と前記基準軸との関係に基づいて、原ガスを混合する際の情報を修正する情報修正手段と、該情報修正手段により修正された情報に基づいて前記ガス採取・混合手段を制御する制御手段と、を含み、前記類似におい調製手段による類似においの調製と該調製されたにおいと類似させたい目的においとの測定結果の比較とを複数回繰り返すことにより、類似においのにおい質を目的においに近付けるようにした構成とすることができる。
【0013】
即ち、1回の調製では類似においと目的においとが質的に必ずしも近くないような場合であっても、複数回の調製を繰り返すことにより、類似においを目的においに質的にかなり近付けることができる。その結果、目的においのにおい質の変化を評価する際の正確性、信頼性が向上する。
【0014】
但し、原ガスの種類の制約などにより、目的においと全く同質の類似においを調製することは必ずしも容易ではなく、上述したように調製作業を繰り返したとしても、類似においと目的においとの間ににおい質の点での或る程度の相違が残ることがやむを得ない場合がある。
【0015】
そこで、本発明に係るにおい評価装置において、好ましくは、前記類似におい調製手段により調製された類似においと類似させたい目的においとの相違に関する情報を記憶しておく相違情報記憶手段を備え、前記評価処理手段は、m次元空間内での前記両測定点の位置の相違及び/又はそれぞれの測定点と前記基準軸との関係に基づいて評価対象の目的においの質の変化を反映した情報を作成する際に、前記相違情報記憶手段に記憶されている情報に基づいて該相違を補正する処理を行う構成とするとよい。
【0016】
この構成によれば、合成情報の取得の際に目的においと類似においとでにおい質の多少の相違があったとしても、評価処理手段で評価処理が実行される際に上記相違の影響が軽減されるように演算上での補正処理が実行されるため、におい質の評価結果の正確性、信頼性を向上させることができる。また、類似においを調製するための原ガスの種類を或る程度絞ることができ、装置を利用する上でのコストの抑制に有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の一実施例であるにおい評価装置について図面を参照しつつ説明する。図1は本実施例によるにおい評価装置のブロック構成図である。
【0018】
このにおい評価装置は、評価対象の目的においを有する試料ガスを収容した容器(例えばサンプルバッグ)を装着するための試料ガス採取口1と、試料ガスが有する評価対象である目的においとの比較対照品とする類似においを合成するためのにおい合成部6と、試料ガスと類似においを有する対照ガスとの流路を切り替える流路切替部2と、応答特性が異なる複数(この例では10個)のにおいセンサ4を内部に備えたセンサセル3と、上記試料ガス又は対照ガスをセンサセル3に引き込むためのポンプ5と、を含む。においセンサ4は、ここでは各種のガス成分に応じて抵抗値が変化する酸化物半導体センサであるが、それ以外の、導電性高分子センサや、水晶振動子やSAWデバイスの表面にガス吸着膜を形成したセンサなど、他の検出手法によるセンサでもよい。
【0019】
各においセンサ4で得られたアナログ検出信号はそれぞれA/D変換部7でデジタル化されてデータ処理部8に入力される。データ処理部8は後述する制御部9等とともにパーソナルコンピュータを中心に構成され、該コンピュータ上で所定のプログラムを実行することにより上記検出データに基づいた演算処理を実行する。このデータ処理部8は、機能ブロックとして基準軸記憶部81を含む。また、データ処理部8で得られた演算結果を表示するために表示部10が設けられている。
【0020】
におい合成部6は、経時的な変化の小さい安定な複数の原ガス(この例では6種類の原ガスA〜F)を供給する原ガス供給源61と、各原ガスA〜Fをそれぞれ適宜の流量で供給するとともにこれを混合し、さらには必要に応じて希釈等するための調製部62と、各原ガスA〜Fの採取量を制御するにおい合成制御部63と、におい合成制御部63による採取量制御のためのデータ(合成情報)を記憶しておく合成情報記憶部64と、から構成される。におい合成制御部63、上記流路切替部2、データ処理部8などは制御部9により統括的に制御される。
【0021】
次に、上記におい評価装置における基本的なにおい測定方法について説明する。センサセル3内に収容されている複数のにおいセンサ素子はそれぞれ異なる応答特性を有する。即ち、或るにおいを有するガスがセンサセル3内に導入されてにおいセンサ4がこのガスに接触すると、各においセンサ4はそれぞれ異なる検出信号を並列に出力する。したがって、10個のにおいセンサ4からそれぞれ得られる検出出力をそれぞれ異なる方向(互いに直交する方向)の軸として形成される10次元空間を考えると、上記のように10個のにおいセンサ4から得られる検出信号に基づいて10次元空間内に或る1個の測定点を位置付けることができる。
【0022】
におい質が同じで濃度のみが相違する複数のガスの測定結果は、上記10次元空間内でそれぞれ異なる測定点として位置付けられ、濃度が高くなるに従い10次元空間の原点から遠ざかるように位置する。したがって、原点を始点としてにおい成分の濃度の増加に伴う各測定点を繋ぐ1本の線を引くことができる。10次元空間を図示するのは難しく且つ理解も容易でないため、2個のにおいセンサの検出出力(CH1、CH2)で形成される2次元空間で考えると、図2に示すように、同じにおい成分を有し濃度の相違する複数のガスを測定した結果である測定点は例えばU1、U2、U3と位置付けられる。したがって、原点とこれら各測定点U1、U2、U3を繋ぐ線Taを引くことができる。また、においの質が相違する他のガスについても同様の測定を行えば、測定点は例えばW1、W2、W3と位置付けられ、線Taとは一致しない線Tbを引くことができる。これは10次元のにおい空間でも同様である。
【0023】
そこで、予め決められた複数種類の基準ガスについてそれぞれ濃度を変化させて測定を行うことにより、10次元空間内で複数本の線を引いて各線をそれぞれ基準軸として定めておく。基準ガスの種類は評価対象のにおいの種類によって適宜に定めておけばよい。なお、図2では線Ta、Tbを直線で示しているが、においセンサ4の出力が非線形性を有している場合には必ずしも直線となるとは限らず曲線になる場合もあるが、その場合でもその曲線を基準軸として用いることができる。
【0024】
図3は10次元空間内に複数の基準ガスの測定結果により得られる基準軸Ta、Tb、Tc、Tdが位置付けられた状態を示す概念図である。或る目的においを測定した結果である測定点Pも同じように10次元空間内に位置付けられる。その目的においが或る基準ガスと全く同質である場合には、測定点Pはその基準ガスに由来する基準軸の上に乗るはずであるが、目的においのにおい質がいずれの基準ガスとも一致しない場合には、図3中に示したように測定点Pはいずれの基準軸からも離れた位置に存在する。このとき、においの質が近いほど測定点Pはその基準軸に近い位置に存在すると考えられるから、図3中に示すように、例えば原点と測定点Pとを結ぶ直線Sを引き、この直線Sと各基準軸Ta〜Tdとの成す角度θa〜θdの大小に基づいてにおい質の類似性を示す指標値を算出することができる。或いは、図4に示すように、まず測定点Pから各基準軸Ta〜Tdに対して垂線を引く。そして、垂線が各基準軸Ta〜Tdとの交差する交点と測定点Pとの間の距離、つまりは最短距離を求め、この距離の大小に基づいてにおい質の類似性を示す指標値を算出することもできる。
【0025】
こうしたにおいの質の類似性(又は相違性)を示す指標値としては、各標準においに対する未知においの近さ/遠さの程度を、においの質が完全に一致する場合を100%、全く異なる場合を0%とした類似度として表現することができる。具体的には、例えば原点と測定点Pとを結ぶ直線Sと各基準軸Ta〜Tdとの成す角度θa〜θdの大小に基づいてにおい質の類似性を求める場合に、角度が0である場合に類似度を100%、角度が或る所定角度以上である場合に類似度を0%と定め、その間の角度に応じて類似度を0〜100%の範囲で規定するようにすることができる。
【0026】
一方、においの強さとしては、各基準においの臭気指数相当値の寄与度合で表現することができる。即ち、基準軸上の各点の位置は基準におい成分の濃度に対応している筈であるから、或る未知のにおいを測定したときに、図4に示すように、例えば各基準軸Ta〜Tdに対して測定点Pから垂線を引き、基準軸Ta〜Td上での垂線の交点Qa〜Qdの位置に基づいてその基準におい相当の濃度を求める。そして、その基準におい毎のにおいの嗅覚閾値(鼻で感じることのできる限界濃度)でその物質濃度を除することで臭気濃度を算出し、それを対数変換して臭気指数相当値を得ることができる。各基準においに対し臭気指数相当値を求め、それぞれの寄与度合いを算出することができる。
【0027】
次に、上述したように予め基準軸が作成された上で、本実施例のにおい評価装置を用いて或る目的においのにおい質の経時的な変化を評価する際の動作について図5を参照しながら説明する。
【0028】
まず測定者は初期状態(つまり時刻t0=0)にある目的物質のにおい(評価対象においα0)を封入したサンプルバッグを試料ガス採取口1にセットして測定実行を指示する。この指示に応じて制御部9は、流路切替部2を上側に切り替えてポンプ5を作動させることにより目的においを有する試料ガスをセンサセル3に引き込む。センサセル3に導入された試料ガス中のにおい成分がにおいセンサ4に接触すると、各においセンサ4からそれぞれ異なる検出信号が並列に出力される。このときに、データ処理部8に入力される10個の検出データは、上述した10次元空間内に或る1個の測定点として位置付けられる。したがって、上述したように10次元空間に予め設定されている複数の基準軸に基づいて類似性や臭気寄与を求めることができる。ここでは各基準においに対する臭気寄与をそれぞれ求めるものとする。
【0029】
におい合成部6は上記のような経時変化のない目的においα0に対する測定結果に基づいて、該目的においα0とほぼ同じにおい質を有する合成においβ0を調製する。即ち、におい合成制御部63はデータ処理部8より目的においα0の解析結果として上記臭気寄与を受け取り、この臭気寄与に基づいて各原ガスA〜Fの混合割合を算出する。そして、この算出結果に基づき調製部62に指示を与え、原ガスA〜Fが混合された、合成においβ0を持つガスを流路切替部2を介してセンサセル3に導入してにおいセンサ4に曝露させて測定を実行する。この測定によっても10次元空間に1個の測定点が位置付けられる。
【0030】
このときの合成においβ0が目的においα0と全く同質のにおいであれば、この測定点は先の目的においの測定に対する測定点に重なる筈であるから、両測定点の位置のずれはにおい質の相違を表す。そこで、評価対象においの測定点を中心として測定誤差として許容される範囲よりも逸脱している場合には、測定点の位置の相違に基づいて混合割合等の情報を修正する。具体的には、両測定点の位置の差を上述したような類似度や臭気寄与として求め、それに基づいて原ガスA〜Fを混合する際の合成情報を変更する。そしてにおい合成部6では修正された合成情報に基づいて再び合成においの調製を行い、この合成においをセンサセル3に引き込んで測定を実行し、再び目的においα0の測定点との比較を行う。このようにして最大限所定回数の繰り返しを実行する中で合成においβ0の測定点が目的においα0の測定点を中心とする許容誤差範囲内に収まったならば、その時点で合成においβ0の調製を終了し、そのときの混合割合等の合成情報Mβ0を合成情報記憶部64に格納しておく。
【0031】
なお、所定回数の繰り返しを実行する中で合成においβ0の測定点が目的においα0の測定点を中心とする許容誤差範囲内に収まらなかったならば、最も適切な測定点を得たときの混合割合等の合成情報とともにその誤差に関する情報も合成情報記憶部64に記憶しておく。
【0032】
以上で初期的な合成情報の収集動作は終了する。これ以降、目的物質は例えば所定温度に維持される恒温槽内に放置される等して、所定時間t1が経過したものとする。測定者はこのときの目的物質のにおい(におい質が変化した目的においα1)をサンプルバッグに採取して該バッグを試料ガス採取口1にセットして測定実行を指示する。この指示に応じて制御部9は測定を実行して上述したように10次元空間内に測定点を位置付ける。それから時間をおかずに、制御部9はにおい合成制御部63に対し合成情報記憶部64に記憶されている合成情報に基づいて合成においβ0を再現するように指示を与え、におい合成制御部63は各原ガスA〜Fを適宜量採取して混合することにより合成においβ0を再現する。
【0033】
そして、今度はこの合成においβ0をセンサセル3に引き込んで測定を実行する。原ガスA〜Fは安定なガスであって経時変化を生じないものであるため、時刻t1で再現される合成においβ0のににおい質は時刻t0におけるものと全く同一である。一方、においセンサ4自体は経時変化を有するので、その影響により10次元空間内での時刻t1における合成においβ0に対する測定点の位置は時刻t0における合成においβ0の測定点の位置とは相違する。時刻t1での合成においβ0のにおい質と時刻t0での合成においβ0のにおい質とが同一で、この合成においβ0のにおい質は目的においα0と有意差がないとすれば、時刻t1における合成においβ0の測定結果は時刻t1における目的においα0の測定結果であるとみなすことができる。そこで、評価対象である目的においα1の測定点と合成においβ0の測定点との相違は、においセンサ4の経時変化の影響を除いた、目的においα0からα1へのにおい質の変化によるものであるとみなせる。したがって、その測定点の位置の相違を基準軸に基づいて判断して、即ち、臭気寄与や類似度の相違として求め、におい質の変化を評価する。
【0034】
さらに、このときに目的においα1との合成においβ0との相違に基づいて、上記と同様にして目的においα1を合成するための合成情報Mβ1を求めてこれを合成情報記憶部64に格納しておけば、さらに次の時刻t2における目的においα2を評価する際に、時刻t1における目的においα1に類似した合成においβ1を再現することができる。
【0035】
但し、目的においの種類に対して用意された原ガスA〜Fの種類が適切でなかったり種類が不足しているような場合には、合成においを目的においに十分に近付けることが困難であり、合成においの調製を複数回繰り返しても合成においβ0と目的においα0との間に有意な相違が残る場合がある。その場合には、上記のように合成情報記憶部64に格納されたこの相違を示す情報を利用して、におい評価の際に測定値を修正すればよい。これにより、合成においの類似性の誤差を軽減して信頼性の高い評価結果を得ることが可能となる。
【0036】
なお、上記実施例は本発明の一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正を加えても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の一実施例によるにおい評価装置のブロック構成図。
【図2】本実施例のにおい評価装置におけるにおい測定の原理を説明するための図。
【図3】本実施例のにおい評価装置におけるにおい測定の原理を説明するための図。
【図4】本実施例のにおい評価装置におけるにおい測定の原理を説明するための図。
【図5】本実施例のにおい評価装置におけるにおい質の変化の評価の手順を説明するための図。
【符号の説明】
【0038】
1…試料ガス採取口
2…流路切替部
3…センサセル
4…においセンサ
5…ポンプ
6…におい合成部
61…原ガス供給源
62…調製部
63…におい合成制御部
64…合成情報記憶部
7…A/D変換部
8…データ処理部
81…基準軸記憶部
9…制御部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的においの質の経時的な変化を評価するにおい評価装置であって、
a)互いに異なる応答特性を有するm(mは2以上の整数)個のにおいセンサを含むにおい測定手段と、
b)前記m個のにおいセンサの検出出力で形成されるm次元空間において、既知のn種類(nは2以上の整数)の基準においについてそれぞれ濃度を変えて前記におい測定手段により得られる測定結果に基づいてn本の基準軸を作成し、これを表す情報を記憶しておく基準軸取得手段と、
c)におい質変化前の目的においを前記におい測定手段で測定することにより前記m次元空間内に測定点を位置付け、該測定点と前記n本の基準軸との位置関係に基づいて得られた結果を利用して、前記基準においと同一又は相違するにおいを持つ複数の原ガスを混合して前記目的においの質に類似したにおいを合成するための合成情報を求めて記憶しておく類似におい合成情報取得手段と、
d)におい質が変化した又はその可能性がある目的においを評価する際に、前記類似におい合成情報取得手段で得られた合成情報に基づいて前記原ガスを混合することで類似においを調製する類似におい調製手段と、
e)前記評価対象の目的においを前記におい測定手段により測定して前記m次元空間内に測定点を位置付けるとともに、前記類似におい調製手段により調製された類似においも同様に前記におい測定手段により測定して前記m次元空間内に測定点を位置付け、該m次元空間内での両測定点の位置の相違及び/又はそれぞれの測定点と前記基準軸との関係に基づいて評価対象の目的においの質の変化を反映した情報を作成する評価処理手段と、
を備えることを特徴とするにおい評価装置。
【請求項2】
前記類似におい調製手段は、複数の原ガスをそれぞれ適宜の濃度で混合するためのガス採取・混合手段と、前記ガス採取・混合手段により混合されたガスを前記におい測定手段で測定することにより前記m次元空間に測定点を位置付け、該測定点と前記におい質変化前の目的においの測定結果に基づく測定点との位置の相違及び/又はそれぞれの測定点と前記基準軸との関係に基づいて、原ガスを混合する際の情報を修正する情報修正手段と、該情報修正手段により修正された情報に基づいて前記ガス採取・混合手段を制御する制御手段と、を含み、
前記類似におい調製手段による類似においの調製と該調製されたにおいと類似させたい目的においとの測定結果の比較とを複数回繰り返すことにより、類似においのにおい質を目的においに近付けるようにしたことを特徴とする請求項1に記載のにおい評価装置。
【請求項3】
前記類似におい調製手段により調製された類似においと類似させたい目的においとの相違に関する情報を記憶しておく相違情報記憶手段を備え、前記評価処理手段は、m次元空間内での前記両測定点の位置の相違及び/又はそれぞれの測定点と前記基準軸との関係に基づいて評価対象の目的においの質の変化を反映した情報を作成する際に、前記相違情報記憶手段に記憶されている情報に基づいて該相違を補正する処理を行うことを特徴とする請求項1又は2に記載のにおい評価装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−278774(P2007−278774A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−103698(P2006−103698)
【出願日】平成18年4月5日(2006.4.5)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】