説明

アクリル系繊維用樹脂のグラフト方法

【課題】 アクリル系繊維用樹脂を、他のモノマーをグラフト化させることにある。主鎖中の欠陥構造に由来するアクリル系繊維用樹脂の耐熱性能を向上させ、また、現在有している難燃性能、加工性、染色性等の性能向上が期待できる。
【解決手段】 銅化合物を触媒としたリビングラジカル重合系中にアクリル系繊維用樹脂を存在させ、アクリル系繊維用樹脂の欠陥点から重合性ビニル化合物の重合を開始させる。このことで、アクリル系繊維用樹脂の欠陥点を除去でき、また、その欠陥点からグラフト化させる側鎖の性能により新たな性能を付与できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクリル系繊維用樹脂の新規なグラフト方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハロゲン化ビニル重合体(本明細書中、ポリ塩化ビニル樹脂あるいはPVCとも言う)は、重合時に発生する連鎖移動反応により、ポリマー主鎖中にアリルクロライドや3級クロライド構造に起因する欠陥を有することが知られている。上記アクリル系繊維中に存在すると思われる欠陥構造はポリ塩化ビニル樹脂中には、より鮮明に存在し、その詳細が研究されている(非特許文献1)。
【0003】
このようなポリ塩化ビニル樹脂中の欠陥部分を変性しようという試みとして、フリーデルクラフツ触媒存在下でアリルシラン化合物をポリ塩化ビニル中の欠陥構造部分と反応させることで、欠陥部分を消失させることができ、ポリ塩化ビニル樹脂の耐熱性を向上できることが報告されている(非特許文献2)。
【0004】
一方、近年、ラジカル的に重合できるモノマーの制御可能な重合方法が見出され、急速にその技術が革新を続けている。一般的に、リビングラジカル重合と言われ、これまでにNMP(Nitroxide−Mediated Polymerization),ATRP(Atom Transfer Radical Polymerization),RAFT(Reversible Addition−Fragmentation chain Transfer)等の方法が次々と開発されてきており、機能を有した高分子の合成に威力を発揮することが期待されている。
【0005】
このような技術の応用方法として、Percecらは、リビングラジカル重合系の開始剤として、ポリ塩化ビニル樹脂を用いて、そのポリ塩化ビニル樹脂の欠陥部分が開始点となり、ビニルモノマーの重合が進行するということを報告している。この方法では、触媒として、Cu化合物を触媒として用い、90〜120℃で重合を行い、ポリ塩化ビニル樹脂に種々のビニルモノマーがグラフトできたことが記載されている(特許文献1、非特許文献3)。
【0006】
一方、Cu系触媒を用いたアクリルモノマーのリビングラジカル重合がDMSO、DMFなどの溶媒中で、高活性で実施できることが報告されている(特許文献2、非特許文献4)。
【0007】
ところで、アクリル系繊維は、その特徴であるしなやかさや染色性に優れた点を活かしながら、高い難燃性を有する機能性繊維である。アクリル成分の含有量は35〜85%のアクリル系繊維がよく用いられており、現在、その特徴である人毛、獣毛によく似た風合い、質感と難燃性の特長を生かし、ぬいぐるみ、フェイクファー、ウィッグ、カーテン、寝具などに使用されている。また、アクリル系繊維はアクリルニトリルとハロゲン化ビニル化合物の共重合体であることが多く、その含有するハロゲンにより難燃性が付与されている。
【0008】
このようなアクリル系繊維は、異なる性能を有する樹脂をグラフトさせるなどして特性を向上させたり、本来アクリル系繊維が有する特性とは異なる性能を付与することが可能であると考えられる。
【0009】
また、塩化ビニルモノマーのラジカル重合に共重合可能なマクロモノマーを存在させることによるグラフトポリマーの製造方法が開示されている。このとき、使用するマクロモノマーが分子末端に重合可能な炭素−炭素二重結合を1つ有するものが有効であることが示されている。塩化ビニル樹脂に対し、軟質化できるマクロモノマーを用いた場合には、塩化ビニル樹脂の分子内可塑化による軟質化が可能となり、また、アクリル酸エステル重合体を主鎖とするマクロモノマーを使用することで耐熱性の向上が見込めることが記載されている(特許文献3)
【特許文献1】US6437044B1公報
【特許文献2】WO2008/019100公報
【特許文献3】特開2004−83854公報
【非特許文献1】Journal of Polymer Science part A :Polymer Chemistry, Vol. 43, 2451−1467 (2005)
【非特許文献2】Journal of Polymer Science part A :Polymer Chemistry, Vol. 39, 307−312 (2001)
【非特許文献3】Journal of Polymer Science part A :Polymer Chemistry, Vol. 39, 1120−1135 (2001)
【非特許文献4】J. AM. CHEM. SOC. 128、 14156−14165 (2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
樹脂の主鎖中に欠陥部分を有する樹脂(B)にラジカル重合可能なビニル系化合物(A)をグラフトするグラフト共重合体の製造方法として、新規な製造方法を提供することにある。
【0011】
本発明の別の目的は、アクリル系繊維用樹脂の主鎖中の欠陥構造に由来するアクリル系繊維用樹脂の各種性能を向上させる新規なグラフト共重合体の製造方法を提供することである。また、このような共重合体を繊維の製造に用いることによって、繊維として用いられているアクリル系繊維用樹脂の耐熱性、難燃性能、加工性、染色性をはじめとする各種性能の向上が期待できる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、鋭意検討した結果、ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)を、樹脂の主鎖中に欠陥部分を有する樹脂(B)の存在下で重合する際に、遷移金属化合物(C)、アミン化合物(D)、上記(B)成分を常温で溶解可能な溶媒(E)を選択することによって、アクリル系繊維用樹脂の欠陥点から重合性ビニル化合物の重合を開始させることにより、アクリル系繊維用樹脂の欠陥点を除去できることを見出した。即ち、本発明は、
ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)を、樹脂の主鎖中に欠陥部分を有する樹脂(B)の存在下で、
遷移金属化合物(C)
アミン化合物(D)
上記(B)成分を常温で溶解可能な溶媒(E)
を用いて重合することを特徴とするグラフト共重合体の製造方法。
【0013】
好ましい実施の形態としては、(B)成分を重合開始剤として、遷移金属化合物(C)を触媒として、アミン化合物(D)をリガンドとして各々用い、ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)をリビングラジカル重合して(B)成分にグラフトさせることを特徴とするグラフト共重合体の製造方法。
【0014】
好ましい実施の形態としては、(B)成分が、ハロゲン化ビニル化合物を含むモノマーを重合して得られた樹脂であることを特徴とするグラフト共重合体の製造方法。
【0015】
好ましい実施の形態としては、ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)がアクリレート、メタクリレート、ハロゲン含有ビニル化合物、アミド基含有ビニル化合物、ニトリル基含有ビニル化合物、スチレン系化合物から選択される少なくとも1種であるグラフト共重合体の製造方法。
【0016】
好ましい実施の形態としては、遷移金属化合物(C)が銅化合物であり、Cu(0)、Cu2Te、Cu2Se、Cu2S、Cu2Oから選択される少なくとも1種であるグラフト共重合体の製造方法。
【0017】
好ましい実施の形態としては、アミン化合物(D)が2,2−ビピリジン、4,4−ジノニル−2,2−ビピリジン、N,N,N,N‘,N’−ペンタメチルジエチレントリアミン、トリス−アミノエチルアミン(TREN)、トリス(2−(ジメチルアミノ)エチル)アミン(M6−TREN)から選択される少なくとも1種であるグラフト共重合体の製造方法。
【0018】
好ましい実施の形態としては、(E)成分がDMSO、DMF、DMAcから選ばれた溶媒を用い、0℃〜140℃の温度条件で実施される1種であるグラフト共重合体の製造方法。
【0019】
好ましい実施の形態としては、アクリル繊維の紡糸に用いる樹脂であって、グラフト共重合体の製造方法により得られるグラフト共重合体を含む樹脂。
【0020】
好ましい実施の形態としては、ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)を、アクリル系繊維用樹脂(B)の存在下で、
遷移金属化合物(C)
アミン化合物(D)
上記(B)成分を常温で溶解可能な溶媒(E)
を用いて重合しグラフト共重合体を得、
次いで、得られたグラフト共重合体を含む紡糸原液を得、その紡糸原液を用いて乾式紡糸、湿式紡糸から選択される方式によって紡糸することを特徴とする改質繊維の製造方法。
【0021】
好ましい実施の形態としては、湿式紡糸により紡糸され、水と有機溶媒の混合溶媒を用いた凝固浴中に紡糸することを特徴とする改質繊維の製造方法。
【0022】
好ましい実施の形態としては、ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)を、アクリル系繊維用樹脂(B)の存在下で、
遷移金属化合物(C)
アミン化合物(D)
上記(B)成分を常温で溶解可能な溶媒(E)
を用いて重合しグラフト共重合体を得、
次いで、得られたグラフト共重合体を溶融紡糸によって紡糸することを特徴とする改質繊維の製造方法。
【0023】
好ましい実施の形態としては、アクリル系繊維用樹脂(B)がアクリロニトリルとハロゲン化ビニル化合物を含むモノマーを重合して得られた樹脂である改質繊維の製造方法。
【0024】
好ましい実施の形態としては、アクリル系繊維用樹脂(B)がアクリロニトリルを30〜85重量部含有するモノマーを重合して得られた樹脂であるアクリル繊維用樹脂のグラフト方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係るグラフト重合体の製造方法の発明により、今まで困難であったグラフト体の合成が容易にでき、また、該グラフト重合体の製造方法によりアクリル系繊維用樹脂を改質することが可能となり、得られた重合体は、耐熱性に優れることが期待でき、加工性・染色性などの新たな機能を付与できる可能性がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明は、ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)を、樹脂の主鎖中に欠陥部分を有する樹脂(B)の存在下で、
遷移金属化合物(C)
アミン化合物(D)
上記(B)成分を常温で溶解可能な溶媒(E)
を用いて重合するグラフト共重合体の製造方法である。
【0027】
この重合方法により、樹脂の主鎖中に欠陥部分を有する樹脂(B)の欠陥部分を開始点としてラジカル重合可能なビニル系化合物(A)成分をグラフトさせることができる。なお、本明細書中において、ビニル系化合物のことをビニルモノマーともいう。
【0028】
樹脂の主鎖中に欠陥部分を有する樹脂(B)の代表的な例として、塩化ビニルモノマーを共重合させた樹脂が挙げられる。ポリ塩化ビニル樹脂は、ある条件においてリビングラジカル重合系の開始剤として作用し、その樹脂の欠陥部分が開始点となってビニルモノマーの重合を可能にすることが既に知られている。この場合、ポリ塩化ビニル樹脂を溶解するのに高温を要するか、樹脂を膨潤するような溶媒を使用したり、高温での重合が必要な系を利用している。本発明では、この方法とは異なり、適切な触媒とリガンドと溶媒の組み合わせ、すなわち、遷移金属化合物(C)、アミン化合物(D)、上記(B)成分を常温で溶解可能な溶媒(E)を組み合わせているので、低温での重合が可能であり、安全でエネルギー損失の少ない重合が可能となっている。この製造方法により得られたグラフト共重合体は、紡糸して繊維として利用することができる。
【0029】
以下に、ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)、樹脂の主鎖中に欠陥部分を有する樹脂(B)、遷移金属化合物(C)、アミン化合物(D)、上記(B)成分を常温で溶解可能な溶媒(E)、グラフト共重合体の重合、グラフト共重合体の繊維への利用の順で、この製造方法を説明する。
【0030】
(I)ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)
ラジカル重合可能なビニルモノマー(A)について説明する。本発明に使用可能なラジカル重合可能なビニルモノマー(A)は、特に限定されないが、(メタ)アクリル酸エステル、ハロゲン含有ビニルモノマー、(メタ)アクリルアミド、ニトリル基含有モノマー、スルホン化ビニル、スチレン類などが挙げられる。Cu触媒‐アミンリガンドを用いたリビングラジカル重合系で重合可能なモノマーであれば使用可能である。
【0031】
(メタ)アクリル酸エステルでは、炭素数4〜20の(メタ)アクリル酸エステルが好ましく、炭素数4〜10の(メタ)アクリル酸エステルが更に好ましい。具体的には、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸プロピル、アクリル酸−n−ブチル、アクリル酸−i−ブチル、アクリル酸−t−ブチル、アクリル酸−n−ペンチル、アクリル酸−2−メチルペンチル、アクリル酸−n−オクチル、アクリル酸−エチルヘキシル、アクリル酸−n−デシル、アクリル酸−n−ドデシル、アクリル酸−n−ヘキサドデシル、アクリル酸−n−オクタドデシル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸プロピル、メタクリル酸−n−ブチル、メタクリル酸−i−ブチル、メタクリル酸−t−ブチル、メタクリル酸−n−ペンチル、メタクリル酸−2−メチルペンチル、メタクリル酸−n−オクチル、メタクリル酸−エチルヘキシル、メタクリル酸−n−デシルメタクリル酸−n−ドデシル、メタクリル酸−n−ヘキサドデシル、メタクリル酸−n−オクタドデシルなどが挙げられる。また、官能基を有する以下のモノマーも使用可能である。アクリル酸−1−ヒドロキシエチル、アクリル酸グリシジル、アクリル酸−1−トリメトキシシリルプロピル。
【0032】
ハロゲン化ビニルモノマーとしては、ビニルクロライド、ビニリデンクロライド、1,2−ジクロロエチレン、ビニルフルオライド、ビニリデンフルオライド、トリフルオロエチレン、テトラフルオロエチレンなどが挙げられる。
【0033】
スチレン類としては、α―メチルスチレン、4−クロロスチレン、4−メチルスチレンなどの置換スチレンも使用できる。
【0034】
その他の具体例として、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、アクリルアミド、メタクリルアミド、ビニルアセテート、ビニルブチラール、酢酸ビニルなどのモノマーが挙げられる。
【0035】
なお、本発明の製造方法により得られるグラフト共重合体を繊維の紡糸に用いる場合には、アクリル系繊維用樹脂(B)を改質したい特性に応じて、そのモノマーを選択すればよく、耐熱性、加工性、染色性を向上させることができる点から、炭素数4〜10の(メタ)アクリル酸エステルを選択することが好ましい。
【0036】
これらのモノマーの最適な使用量としては、アクリル系繊維用樹脂である(B)成分に対して、1重量部から1000重量部が好ましく、更に好ましくは、3重量部から500重量部であり、更に好ましくは5重量部から300重量部である。1重量部以下では、アクリル系繊維用樹脂(B)成分の変性効果が少なくなる傾向にあり、また、1000部以上では、逆に、使用するビニルモノマーの重合体のみの性質となり、(B)成分の性質が保持できない場合がある。
【0037】
(II)樹脂の主鎖中に欠陥部分を有する樹脂(B)
本発明で用いられる樹脂は、樹脂の主鎖中に欠陥部分を有していて、ここを重合の開始点として(A)成分の重合が進行させることができる。重合開始剤として好適に使用できる樹脂として、ハロゲン化ビニル化合物含むモノマーを重合させた樹脂が挙げられる。ハロゲン化ビニル化合物を使用することによって、グラフト重合の活性点を提供することができる。従って、樹脂中に塩化ビニル化合物由来のユニットが存在しさえすれば、グラフト重合は進行するので、その量に制限はない。グラフトさせたい樹脂の設計に応じて、ハロゲン化ビニル化合物の量を決定すればよい。
【0038】
ハロゲン化ビニル化合物としては、アクリロニトリルと共重合可能であれば特に限定はなく、具体的には例えば塩化ビニル、塩化ビニリデン、臭化ビニル、臭化ビニリデン等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0039】
共重合可能なモノマーとしては、例えばアクリル酸、メタクリル酸、及びそれらのエステル、アクリルアミド、酢酸ビニル、アクリロニトリル、ビニルアセテート、等が挙げられる。
【0040】
なお、本発明の製造方法により得られるグラフト共重合体を繊維の紡糸に用いる場合には、(B)成分として、アクリロニトリル30〜85重量部と、ハロゲン含有ビニル系単量体15〜70重量部、及びスルホン酸基含有ビニル系単量体0〜10重量部(合計100重量部)を用いた樹脂が好ましい。本発明のグラフト重合の開始点となる樹脂であり、一般的にハロゲン化ビニル系単量体が共重合された樹脂は、アリルハロゲン構造や3級ハロゲン構造である欠陥部分をその主鎖部分に有することが知られている。この構造部分を開始点として、リビングラジカル重合が開始する。
【0041】
前記アクリロニトリルは、30重量部以上であると、繊維として必要な物性(強度、伸度、耐熱性、失透防止性等)を得ることが可能となる。また、85重量部以下であると、難燃性を維持することが可能となる。ハロゲン化ビニル化合物は、15重量部以上であると、難燃性を付与することが可能となり、70重量部以下であると繊維として必要な物性を発現させることができる。
【0042】
(B)成分には、スルホン酸基含有ビニル系単量体が共重合されていることが好ましく、その共重合量は0〜10重量部であるが、0.2〜5重量部が好ましく、0.2〜3重量部が得られた重合体の含水率低減の点から更に好ましい。スルホン酸基含有ビニル系単量体の使用量が10重量部を越えても繊維の染色性は付与できるが効果が飽和に達する傾向にある。
【0043】
またスルホン酸基含有ビニル系単量体の具体例としては、例えばアリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸スチレンスルホン酸、2−メチル−1,3,−ブタジエン−1−スルホン酸、それらの塩等が挙げられるがこれらに限定されるものではない。
【0044】
必要に応じてこれらと共重合可能なその他のモノオレフィン系単量体を少量使用しても良い。その他のモノオレフィン系単量体としては例えばアクリル酸、メタクリル酸、及びそれらのエステル、アクリルアミド、酢酸ビニル等が挙げられ、全重合体中の10重量%以下の範囲で使用するのが好ましい。
【0045】
(III)遷移金属化合物(C)
(C)成分である遷移金属化合物は、リビングラジカル重合反応の触媒として作用する。金属単体の構造を取るものと、金属塩を取るものが存在する。具体的な遷移金属として、Fe、Co、Ni、Cu、Ru、Rh、Ptなどである。この中で、Cu化合物が好ましい。
【0046】
Cu化合物としては、Cu(0)、Cu2Te、Cu2Se、Cu2S、Cu2Oが挙げられる。特に、活性の点、使用の容易さの点からCu(0)Cu2Oが好ましい。Cu(0)は金属銅であり、粉末、銅箔、ワイヤー状態の何れでもよく、この状態で使用できる点が本発明の利点でもある。
【0047】
(C)成分の使用量は、使用するモノマーの種類や樹脂(B)中の重合開始点となる欠陥点の量によっても変化するが、一般的にアクリル系繊維用樹脂100重量部に対し、0.01重量部〜5重量部である。更に0.05〜2重量部が好ましく、0.1〜1重量部が更に好ましい。
【0048】
(IV)アミン化合物(D)
(D)成分であるアミン化合物は、(C)成分である遷移金属化合物に配位して遷移金属化合物の重合触媒としての機能を向上させる働きがある。その意味で、遷移金属に配位し、触媒能力を向上させるアミン化合物であれば、どんな化合物でも差し支えない。触媒への配位に関しては、特定の金属に対し、特定のアミン化合物が有効であり、その組み合わせにより最適な重合活性を得ることができる。
【0049】
銅触媒を用いた場合、2,2−ビピリジン、4,4−ジノニル−2,2−ビピリジン、N,N,N,N‘,N’−ペンタメチルジエチレントリアミン、トリス−アミノエチルアミン(TREN)、トリス(2−(ジメチルアミノ)エチル)アミン(M6−TREN)が挙げられる。
【0050】
アミン化合物である(D)は遷移金属化合物である(C)と同モル量用いるのか効果的である。
【0051】
(V)樹脂(B)成分を常温で溶解可能な溶媒(E)
本発明のグラフト共重合体の製造方法において用いる溶媒(E)は、アクリル系繊維用樹脂(B)を常温で溶解可能な溶媒である。具体的には、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAC)を用いることができる。更に、樹脂(B)が不溶化しない限り、トルエン、キシレン、テトラヒドロフラン(THF)、酢酸エチルなども併用可能である。
【0052】
(VI)グラフト共重合体の重合
本発明では、ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)を、樹脂の主鎖中に欠陥部分を有する樹脂(B)にグラフトするが、その際用いる、遷移金属化合物(C)、アミン化合物(D)および(B)成分を常温で溶解可能な溶媒(E)の組み合わせが重要である。
【0053】
(C)成分として銅化合物を使用した場合について説明すると、Cu(0)を用いた場合はこれを活性化する(D)成分や(E)成分の組み合わせが好ましく、Cu(I)を用いた場合には、これをCu(0)とCu(II)に平衡するような組み合わせが好ましい。具体的には、Cu(0)、Cu2Te、Cu2Se、Cu2S、Cu2Oから選択される銅化合物とトリス(2−アミノエチル)アミンとDMSO、DMF、DMAcから選択される溶媒の組み合わせ、Cu(0)、Cu2Te、Cu2Se、Cu2S、Cu2Oから選択される銅化合物とトリス(2−(ジメチルアミノ)エチル)アミンとDMSO、DMF、DMAcから選択される溶媒の組み合わせが挙げられる。このような組み合わせの場合に、グラフト重合に好適な銅触媒の活性を得ることができる。これらの中でもCu(0)とトリス(2−アミノエチル)アミンとDMSOから選択される溶媒の組み合わせが良い。
【0054】
本発明の製造方法により、アクリル系繊維用樹脂の改質を行う場合には次のような利点がある。アクリル系繊維用樹脂の重合時に共重合可能なマクロモノマーを存在させてグラフト共重合体を得る方法があるが、そのような方法の場合、マクロモノマーとして長鎖のものを使用することができない、あるいはアクリル系繊維用樹脂一分子中に確実にグラフトさせることが難しい場合があり、その変性効果に制限がある場合があったが、本発明の製造方法であれば、所望のビニルモノマーをグラフトさせることができる。また、通常、ハロゲン化ビニルモノマーを使用したアクリル系繊維用樹脂であれば、その使用量にもよるが、ある程度欠陥部分が存在するので、グラフト重合を行うことができる。例えば、特許文献1には、一般的な条件で製造されたPVCには、1000ユニットあたり1〜5個の活性塩素基が存在することが言及されている。アクリル系繊維用樹脂を加熱することで、活性点を増加させることも可能である。
【0055】
また、上述のように溶媒やアミン化合物を適切に選択して遷移金属を活性化することによって、特許文献1のような重合方法に比較して、低温での重合が可能となる。重合は、通常、窒素やアルゴンなどの不活性ガスを封入した反応容器に、モノマー、触媒、溶媒を用い実施される。不活性ガス気流化の大気圧で実施されても、密閉条件で実施されても良い。密閉条件の場合、減圧状態であっても、加圧状態であっても差し支えない。重合温度は、モノマーと重合触媒の組み合わせによるが、0〜140℃で実施することができる。低温での重合が可能なので、更に好ましくは、10℃〜100℃であり、20℃〜60℃で実施されるのが特に好ましい。
【0056】
モノマーの供給方法は、種々の方法が提唱されているが、一括追加、連続追加、ショット追加などの方法を取ることができる。反応熱の除去の観点からは、連続追加、ショット追加が有効である。
【0057】
さらに、特許文献1に記載されている溶媒に比較して、常温での(B)成分の溶解が可能な溶媒を使用して重合するので、重合後のグラフト共重合体を別な溶媒に溶解することなく、そのまま所望の成形工程に供するという大きな利点を有する。
【0058】
(VII)グラフト共重合体の繊維への利用
本発明のグラフト共重合体の製造方法において、樹脂(B)成分として通常、繊維によく使用される樹脂を用いれば、得られたグラフト共重合体をアクリル系繊維の紡糸に使用することができる。従来知られている方法に比較して、変性したい特性に応じたビニルポリマーを使用して確実にグラフトさせることができるので、繊維として要求される特性を容易に向上させることが可能である。
これまで説明した方法により得られたグラフト共重合体を含む紡糸原液を得、その紡糸原液を用いて乾式紡糸、湿式紡糸から選択される方式によって紡糸すればよい。特に、湿式紡糸により紡糸する場合には、(B)成分を常温にて溶解できる溶媒(E)を使用しているので、重合後の溶液をそのまま、あるいは適宜溶媒を追加して紡糸原液とすることができるという利点を有する。
【0059】
また、(V)アクリル系繊維用樹脂(B)成分を常温で溶解可能な溶媒(E)で好ましく使用できる溶媒として列記した溶媒を用いた場合には、いずれも水と混合することが可能なので、安価で安全とされている紡糸の凝固浴として、水と有機溶媒の混合溶媒を用いた凝固浴中に紡糸することが可能となる。もちろん、固形のグラフト共重合体を得て、溶融紡糸によって紡糸してもよい。
【実施例】
【0060】
以下に本発明を実施例によって更に具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。尚、実施例に先立ち、評価法とアクリル系繊維用樹脂の製造例を説明する。
【0061】
(モノマーの反応率の測定)
モノマーの反応率はガスクロマトグラフィー((株)島津製作所製:GC−17A、カラム:スペルコWAX−10)を用い、重量法で測定した。n−デカンを内部標準として用いた検量線を作成し、モノマーの反応率を算出した。
【0062】
(分子量の測定)
Waters社製GPCシステム(カラム:昭和電工(株)製ShodexK−804(ポリスチレンゲル)、移動相:ジメチルホルムアミドまたはクロロホルム)を用い測定し、数平均分子量はポリスチレン換算で表記した。
【0063】
(理論分子量Mn(Theo)の算出)
アクリル系繊維用樹脂のグラフト化の場合、アクリル系繊維用樹脂に対するメチルアクリレートの重量比率にメチルアクリレートの反応率を掛けた値をアクリル系繊維用樹脂の分子量に加えることで算出した。CHI3を開始剤として用いた重合の場合は、開始剤に対するメチルアクリレートのモル比と反応率と官能化率(2)を掛け合わせ、算出した。
【0064】
(アクリル系繊維用樹脂の製造例)
撹拌機付きの14L耐圧反応容器に、イオン交換水8000g、ドデシル硫酸ナトリウム0.64g、硫酸第一鉄0.04g、亜硫酸98g、塩化ビニル1640g、アクリロニトリル400gを仕込み、50℃に反応容器を昇温した。内温が50℃に達した時点で、ペルオキシ二硫酸アンモニウム2.4gを添加し、重合を開始させた。重合開始から30分後にアクリロニトリル1920gとスチレンスルホン酸ナトリウム40gとペルオキシ二硫酸アンモニウム29.2gを3時間かけて連続的に反応容器に追加した。追加終了後、撹拌を1時間継続し、アクリル系繊維用樹脂のラテックスを得た。得られたラテックスは食塩で凝固し、水洗、脱水、乾燥を行い、白色の樹脂粉末を得た。
【0065】
(実施例1)
三方コック、セプタムラバーを取り付けた100mLの二口フラスコを窒素置換し、上記製造例で合成したアクリル系繊維用樹脂のジメチルスルホキシド(DMSO)の10重量%溶液を50g、メチルアクリレート5.0g、銅(0)粉末6.4mgを仕込み、25℃で撹拌した。別途、DMSO1gにトリス−アミノエチルアミン(TREN)15mgを溶解させた溶液を作製し、上記二口フラスコに添加し、重合を開始させた。TREN溶液添加後、25℃で6時間撹拌したTREN添加後、2時間、4時間、6時間目に樹脂をサンプリングし、メチルアクリレートの反応率をGCにより測定した。また、サンプリングした樹脂溶液をメタノール/純水の1:1溶液中に添加し、析出した樹脂の分子量の測定を行った。表1に分子量測定結果とメチルアクリレートの反応率を示す。メチルアクリレートが反応するに従い、合成に使用したアクリル系繊維用樹脂の分子量が増大していった。分子量を示すチャートはシングルピークを維持し、メチルアクリレート単独での重合は進行しなかった。
【0066】
【表1】

【0067】
(実施例2)
メチルアクリレートの使用量を1.0gに変更した以外は、実施例1と同様の操作を実施した。6時間目の樹脂をサンプリングし、メチルアクリレートの反応率を測定した結果、35%であった。実施例1と同様にグラフト重合が進行していると言えた。
【0068】
(比較例1)
実施例1に対し、アクリル系繊維用樹脂を用いない条件で反応を試みた。その結果、メチルアクリレートは反応しなかった。開始点となる化合物が存在しない場合は、重合自体が進行しない結果となった。
【0069】
(比較例2)
実施例1に対し、アクリル系繊維用樹脂の代わりにCHI3 0.2gを用い、DMSOを32g、メチルアクリレートを10gに変更し、反応を実施した。その結果、5時間でメチルアクリレートは92%反応し、Mn=23600、Mw/Mn=1.20のポリメチルアクリレートが得られた。表2に結果を示すが、CHI3を開始剤として、メチルアクリレートの重合が進行した。
【0070】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明に係るグラフト重合体の製造方法は、今まで困難であったグラフト共重合体の合成が容易にでき、アクリル系繊維用樹脂を改質するために利用することができる。得られた重合体は、耐熱性に優れることが期待でき、加工性・染色性などの新たな機能を付与でき、各種分野で利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)を、樹脂の主鎖中に欠陥部分を有する樹脂(B)の存在下で、
遷移金属化合物(C)
アミン化合物(D)
上記(B)成分を常温で溶解可能な溶媒(E)
を用いて重合することを特徴とするグラフト共重合体の製造方法。
【請求項2】
(B)成分を重合開始剤として、遷移金属化合物(C)を触媒として、アミン化合物(D)をリガンドとして各々用い、ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)をリビングラジカル重合して(B)成分にグラフトさせることを特徴とする請求項1記載のグラフト共重合体の製造方法。
【請求項3】
(B)成分が、ハロゲン化ビニル化合物を含むモノマーを重合して得られた樹脂であることを特徴とする請求項1または2記載のグラフト共重合体の製造方法。
【請求項4】
ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)がアクリレート、メタクリレート、ハロゲン含有ビニル化合物、アミド基含有ビニル化合物、ニトリル基含有ビニル化合物、スチレン系化合物から選択される少なくとも1種である請求項1または2記載のグラフト共重合体の製造方法。
【請求項5】
遷移金属化合物(C)が銅化合物であり、Cu(0)、Cu2Te、Cu2Se、Cu2S、Cu2Oから選択される少なくとも1種である請求項1または2記載のグラフト共重合体の製造方法。
【請求項6】
アミン化合物(D)が2,2−ビピリジン、4,4−ジノニル−2,2−ビピリジン、N,N,N,N‘,N’−ペンタメチルジエチレントリアミン、トリス−アミノエチルアミン(TREN)、トリス(2−(ジメチルアミノ)エチル)アミン(M6−TREN)から選択される少なくとも1種である請求項1または2に記載のグラフト共重合体の製造方法。
【請求項7】
(E)成分がDMSO、DMF、DMAcから選ばれた溶媒を用い、0℃〜140℃の温度条件で実施される1種である請求項1〜6のいずれか一項に記載のグラフト共重合体の製造方法。
【請求項8】
アクリル繊維の紡糸に用いる樹脂であって、請求項1〜7のいずれか一項に記載のグラフト共重合体の製造方法により得られるグラフト共重合体を含む樹脂。
【請求項9】
ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)を、アクリル系繊維用樹脂(B)の存在下で、
遷移金属化合物(C)
アミン化合物(D)
上記(B)成分を常温で溶解可能な溶媒(E)
を用いて重合しグラフト共重合体を得、
次いで、得られたグラフト共重合体を含む紡糸原液を得、その紡糸原液を用いて乾式紡糸、湿式紡糸から選択される方式によって紡糸することを特徴とする改質繊維の製造方法。
【請求項10】
湿式紡糸により紡糸され、水と有機溶媒の混合溶媒を用いた凝固浴中に紡糸することを特徴とする請求項9記載の改質繊維の製造方法。
【請求項11】
ラジカル重合可能なビニル系化合物(A)を、アクリル系繊維用樹脂(B)の存在下で、
遷移金属化合物(C)
アミン化合物(D)
上記(B)成分を常温で溶解可能な溶媒(E)
を用いて重合しグラフト共重合体を得、
次いで、得られたグラフト共重合体を溶融紡糸によって紡糸することを特徴とする改質繊維の製造方法。
【請求項12】
アクリル系繊維用樹脂(B)がアクリロニトリルとハロゲン化ビニル化合物を含むモノマーを重合して得られた樹脂である請求項9または11記載の改質繊維の製造方法。
【請求項13】
アクリル系繊維用樹脂(B)がアクリロニトリルを30〜85重量部含有するモノマーを重合して得られた樹脂である請求項12記載のアクリル繊維用樹脂のグラフト方法。

【公開番号】特開2010−77361(P2010−77361A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−250557(P2008−250557)
【出願日】平成20年9月29日(2008.9.29)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】