説明

アミロイド線維形成抑制剤

【課題】
安全性の高い、TTRタンパク質のアミロイド線維形成を抑制する物質を有効成分として含むアミロイド線維形成抑制剤を提供すること。
【解決手段】
置換されていてもよい糖、ペプチド、及びポリエチレングリコールからなる群から選ばれる少なくとも1種で修飾されたシクロデキストリン誘導体又はその塩を有効成分として含むアミロイド線維形成抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シクロデキストリン誘導体又はその塩を有効成分として含むアミロイド線維形成抑制剤、及び該アミロイド線維形成抑制剤を含むアミロイドーシスの予防及び/又は治療のための医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
アミロイドーシスとは、β−シート構造を有するタンパク質が重合して不溶性のアミロイド(amyloid)と呼ばれる細線維を形成し、生体内に沈着して組織傷害をもたらす疾患群のことを指す。ドイツの病理学者であるVirchowは、アミロイドーシスの組織標本がヨードで紫色に染まることを発見した。この結果から、Virchowは組織に沈着した物質は多糖体であると考え、これを「デンプン様物質」すなわち「アミロイド」と命名し、アミロイドの沈着により惹起される病態をアミロイドーシスと呼ぶことを提唱した。その後の研究により、アミロイドの主成分はナイロン様に重合して線維を形成するタンパク質であり、アミロイドには血清アミロイドP成分やグリコサアミノグリカンなどが含まれていることが分かっている。現在では、アミロイドは「コンゴーレッド染色で橙赤色に染まり、偏光顕微鏡下で観察すると緑色に強く輝く複屈折を起こす幅8−15nmの枝分かれのない細線維の集積からなる」と定義されている。
【0003】
アミロイドーシスには、家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)、アルツハイマー病、クロイツフェルト・ヤコブ病(狂牛病)、ハンチントン病その他遺伝性の疾患など様々な疾患が含まれる。その中でもFAPは、末梢神経、自律神経、腎、皮膚、粘膜などの全身臓器にアミロイド沈着をきたし、常染色体優性遺伝形式で遺伝浸透するアミロイドーシスであり、我が国、特に九州地方及び中部地方で多くの症例が確認されている。1952年にポルトガル人のFAP症例が初めて報告されて以来、世界各国から同様の症例報告がなされている。FAPの原因となるアミロイド線維は、主として、血清タンパク質であるトランスサイレチン(TTR)が変異したもので構成されている。
【0004】
正常TTRは、β−シート構造を多く含む立体構造をしており、肝臓、脳脈絡叢、網膜、膵α細胞などで産生されるが、特にその90%以上が肝臓で産生されるといわれている。正常TTRは、四量体を形成してサイロキシン(T4)やレチノール結合タンパク質(RBP)などを介したビタミンAの輸送体としての役割を担っている。正常TTRの変異体は、これまでに100種以上が報告されており、構造安定性が低く、四量体から単量体への構造変化を起こしやすいことが明らかになっている。
【0005】
我国で多いFAPは、Val30Met型の変異TTRを原因タンパク質とするI型FAPである。I型FAPの主要性状は、左右対称性に下肢末端から上行する知覚障害を伴う多発性神経炎と自律神経障害(交代性の下痢と便秘、起立性低血圧、排尿傷害等)であり、これらはいずれもアミロイドによる神経傷害が原因である。その後、心臓、腎臓、消化管へのアミロイド沈着が著しくなり、これらの臓器の機能不全を引き起こす。一般的には、20代後半から30代で発症し10年で歩行不能となり、10〜20年の経過で感染症、心不全、腎不全などで死亡する予後不良の疾患であり、厚生省特定疾患にも指定されている難病の一つである。
【0006】
I型FAPをもたらし得る変異TTRタンパク質は、正常TTRタンパク質に比べ構造安定性が低く、分子中のβ−シート構造が互いに会合し不溶性のアミロイド線維を形成して組織に沈着するといわれている。したがって、変異TTRタンパク質によるアミロイド線維形成を抑制することにより、I型FAPを予防又は治療、或いはその両方をすることができると考えられている。アミロイド線維形成を抑制する方法としては、4量体TTR分子の乖離を阻害する方法などが試みられているが、臨床的な治療効果は認められていない(Yoshiki Sekijima et.al., "Long-term effects of diflunisal on familial amyloid polyneuropathy," 2008, VIIth International symposium on Familial Amyloid Polyneuropathy)。さらに、アミロイドーシスの予防及び/又は治療に応用できる、安全性の高い、アミロイド線維形成を抑制する物質についてはこれまでに報告されていない(非特許文献1)。
【0007】
以下の文献を含めて、本明細書中に記載のあるすべての文献は、参考文献としてその内容が本明細書中に援用される。
【非特許文献1】Yukio Ando, (2005), Med Mol Morphol, 38: pp. 142-154
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
したがって、本発明の第一の課題は、安全性の高い、TTRタンパク質のアミロイド線維形成を抑制する物質を有効成分として含むアミロイド線維形成抑制剤を提供することにある。さらに、本発明の第二の課題は、該抑制剤を含む、アミロイドーシスの予防及び/又は治療のための医薬、特に家族性アミロイドーシスポリニューロパチー(FAP)の予防及び/又は治療のための医薬を提供することにあり、さらにはアミロイドーシスに起因する知覚障害と自律神経障害の発症を予防するための医薬、及び上記知覚障害と自律神経障害の進行防止などを可能にする治療のための医薬を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく種々検討したところ、シクロデキストリン誘導体がアミロイド線維形成を抑制し得ることを見出し、本発明を完成させた。したがって、本発明によれば、置換されていてもよい糖、ペプチド、及びポリエチレングリコールからなる群から選ばれる少なくとも1種で修飾されたシクロデキストリン誘導体又はその塩を有効成分として含むアミロイド線維形成抑制剤が提供される。
【0010】
本発明のアミロイド線維形成抑制剤の好ましい態様は、シクロデキストリン誘導体がβ−シクロデキストリン誘導体である。
【0011】
本発明のアミロイド線維形成抑制剤の好ましい態様は、シクロデキストリン誘導体が下記式1
【化1】

[式中、Rはカルボキシル基、メトキシカルボニル基、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、メチル基、エチル基、ホルミル基、又はアセチル基である]
の化合物である。
【0012】
本発明の別の側面によれば、本発明のアミロイド線維形成抑制剤を含む、アミロイドーシスの予防及び/又は治療のための医薬が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明のアミロイド線維形成抑制剤は、アミロイド線維形成を有意に抑制することができる。したがって、本発明のアミロイド線維形成抑制剤を含む医薬は、アミロイドーシスの予防及び/又は治療のための医薬として有用であり、特に対症療法や肝臓移植しか治療方法のない家族性アミロイドーシスポリニューロパチー(FAP)に対して有効性の高い医薬として用いることができる。さらに、本発明の医薬は、本発明のアミロイド線維形成抑制剤が脂溶性薬物などの可溶化及び安定化などの目的で医薬品の賦形剤として汎用されている安全性の高いシクロデキストリン誘導体を有効成分として含有することから、人体に対して安全性の高い医薬である。したがって、本発明の医薬は、その有効性及び安全性から、アミロイドーシスの予防及び/又は治療に際して早期の実用化が見込める医薬である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のアミロイド線維形成抑制剤の有効成分であるシクロデキストリン誘導体は、シクロデキストリンを構成するグルコース骨格の一部又は全部が修飾されている。
【0015】
シクロデキストリンは、数分子のD−グルコースがα(1→4)グルコシド結合によって結合した環状オリゴ糖であり、その分子内の空孔に疎水性の分子を包接することができるという特性を持つ。シクロデキストリンは、該特性と安全性の面から、脂溶性薬物の可溶化や安定化、局所刺激性の軽減など薬学領域において幅広く利用さている(Kaneto Uekama, (2004), YAKUGAKU ZASSHI, 124, (12), pp.909-935)。さらに、シクロデキストリンは、コレステロールやリン脂質の制御、タンパク質の安定化などの作用を示し、単なる医薬品添加物としての用途のみならず多様な機能を持つ。
【0016】
シクロデキストリン誘導体を構成するシクロデキストリンとしては、分子を包接することができるものであれば特に制限されないが、例えば、グルコース骨格が6個であるα−シクロデキストリン、グルコース骨格が7個であるβ−シクロデキストリン、及びグルコース骨格が8個であるγ−シクロデキストリンが好ましく、これらの中でも入手が容易であり、医薬品の賦形剤として実績があり、さらには包接対象が多岐に渡るβ−シクロデキストリンがより好ましい。
【0017】
シクロデキストリン誘導体は、TTRタンパク質のアミロイド線維形成を抑制できれば特に制限されるものではないが、例えば、糖、ペプチド、及びポリエチレングリコールからなる群から選ばれる1種又は2種以上で修飾されたシクロデキストリン誘導体であることが好ましく、糖で修飾されたシクロデキストリン誘導体がより好ましい。シクロデキストリン誘導体における修飾基の数は、好ましくは1〜5種であり、より好ましくは1〜3種であり、さらに好ましくは1又は2種であり、なおさらに好ましいのは1種である。
【0018】
シクロデキストリン誘導体の修飾に供される糖としては、例えば、グルコース、マンノース、ガラクトース、フルクトース、リボース、キシロース、アラビノースなどの単糖類;マルトース、トレハロース、コージービオース、ニゲロース、イソマルトース、ソホロース、ラミナリビオース、セロビオース、ゲンチオビオース、ラクトース、スクロース、パラチノース、メリビオース、ルチノース、プリメベロース、ツラノースなどの二糖類;マルトトリオース、イソマルトトリオース、パノース、セロトリオース、マンニノトリオース、ソラトリオース、メレジトース、プランテオース、ゲンチアノース、ウンベリフェロース、ラクトスクロース、ラフィノースなどの三糖類のみならず、それ以上の重合度のキシロオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖、マルトオリゴ糖、イソマルトオリゴ糖などのオリゴ糖類などが好ましい。
【0019】
シクロデキストリンを修飾するペプチドは、例えば、アミノ酸の個数が1〜10個のものが好ましく、アミノ酸の個数が2〜8個のものがより好ましく、アミノ酸の個数が2〜6個のものがさらに好ましい。ペプチドを構成するアミノ酸の種類は、適宜設定できるが、疎水性側鎖を有するアミノ酸を多く含むものが好ましい。
【0020】
シクロデキストリンを修飾するポリエチレングリコールは、例えば、分子量が200〜50000のものが好ましく、分子量が1000〜50000のものがより好ましく、分子量が10000〜30000のものがさらに好ましい。
【0021】
シクロデキストリンを修飾する糖は、ヒドロキシル基の一部又は全部がカルボキシル基、メトキシカルボニル基、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、メチル基、エチル基、ホルミル基、アセチル基などで置換されていてもよい。斯く置換されていてもよい糖としては、6−O−α−マルトース及び6−O−α−(4−O−α−D−グルコニル)−D−グルコースが最も好ましく用いられる。
【0022】
シクロデキストリン誘導体の好ましい態様は、下記式1
【化2】

[式中、Rはカルボキシル基、メトキシカルボニル基、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、メチル基、エチル基、ホルミル基、又はアセチル基である]
の化合物である。
【0023】
上記式1の化合物の合成法は、これまでに知られている方法を制限なく使用できるが、例えば、イシグロらの文献(Toshihiro Ishiguro et. al., (2001), Carbohydrate Research, 331, pp.423−430)に記載の方法に準じて製造することもできる。一例として、ジメチルアセチル−β−シクロデキストリン(2,6−di−O−methyl−3−O−acetyl−b−cyclodextrin)の合成を以下に示す(図6)。
乾燥させたジメチル−β−シクロデキストリン(2,6−di−O−methyl−b−cyclodextrin)を無水ピリジンに溶解した後、室温で無水条件下で2〜3時間かけて無水酢酸を加え、80℃に加温し約12時間攪拌する。反応終了を薄層クロマトグラフィー(TLC;メタノール:クロロホルム=15:2)により確認した後、反応液に氷水を添加して反応を停止し、次いでクロロホルムにて抽出する。その後、2mM 炭酸水素ナトリウム水溶液で2回洗浄し、次いで水で洗浄する。得られた反応物を無水硫酸マグネシウムで乾燥した後、シリカゲルクロマトグラフィー(Kieselgel60;0.063〜0.2mm[70〜230mesh])で分離及び/又は精製する。クロロホルムからメタノールの比率を徐々に増加させた移動層を用い(クロロホルム:メタノール=15:2まで)、アセチル基置換度の低いジメチルアセチル−β−シクロデキストリンから順に溶出させた後、水で再結晶する。なお、ジメチルアセチル−β−シクロデキストリンは、NMRにより置換度が検討済みのジメチルアセチル−β−シクロデキストリン標品を用いてTLC(メタノール:クロロホルム=15:2)により確認する。
【0024】
本発明のアミロイド線維形成抑制剤が上記式1の化合物を有効成分とする場合において、例えば、Rがカルボキシル基又はヒドロキシメチル基である上記式1の化合物の濃度は、0.2mg/mLのTTRタンパク質に対して、10mM以上が好ましく、40mM以上がより好ましく、100mM以上がさらに好ましい。
【0025】
上記したものも含めて、シクロデキストリン誘導体として、例えば、表1に記載の化合物がこれまでに知られている。
【表1】

【0026】
表1の化合物は、Uekamaらの文献(Kaneto Uekama, Fumitoshi Hirayama, and Tetsumi Irie, (1998), Chem. Rev., 98, pp.2045-2076)に記載されており、その製造方法は該文献が引用する文献に記載されている。
【0027】
シクロデキストリンを修飾する一般的な方法としては、メチル化、ヒドロキシエチル及びヒドロキシプロピルなどのヒドロキシアルキル化、グルコシル化、マルトシル化、アルキル化、アシル化、アセチル化、硫酸化、スルフォブチル化、カルボキシメチル化、カルボキシエチル化、アミノ化、カルボキシル化、トシル化、及びジメチルアセチル化などの修飾方法、及びこれらの組み合わせによる修飾方法が知られている。これらのシクロデキストリンの修飾は、例えば、下記文献:シクロデキストリン−基礎と応用−、戸田不二緒監修、産業図書を参照して実施することができる。
【0028】
本発明のアミロイド線維形成抑制剤は、シクロデキストリン誘導体であってもその塩であってもよい。本発明のアミロイド線維形成抑制剤に含まれるシクロデキストリン誘導体又はその塩の割合は、TTRタンパク質のアミロイド線維形成を抑制できる量であれば特に制限されるものではないが、例えば、80%〜100%が好ましい。
【0029】
本発明のアミロイド線維形成抑制剤は、シクロデキストリン誘導体又はその塩の有効量を含めば、固体又は液体のいずれの形態でも利用することができるが、これに薬学上許容される担体または添加剤を配合して、固体又は液体状の医薬組成物として調製することもできる。
【0030】
本発明のアミロイド線維形成抑制剤は、アミロイド線維形成の抑制を目的として使用することができ、例えば、アミロイドーシスの予防及び/又は治療のための医薬に含めることができる。したがって、本発明の別の態様は、アミロイドーシスの予防及び/又は治療のための医薬であって、本発明のアミロイド線維形成抑制剤を含む医薬がある。
【0031】
本発明の医薬の適用対象となるアミロイドーシスとしては、例えば、家族性アミロイドーシスポリニューロパチー(FAP)のほか、神経変性(neurodegenerative)疾患、例えば、アルツハイマー症、ウシ海綿状脳症(bovine spongiformencephalopathy)(BSE)、クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt‐Jakob disease)(CJD)、笑死症候群(laughing death syndrome)、スクレピー(scrapie)、ヒトにおける変形クロイツフェルト・ヤコブ病などを挙げることができる。これらのうち家族性アミロイドーシスポリニューロパチーは本発明の医薬の特に好適な対象である。
【0032】
いかなる特定の理論に拘泥するわけではないが、本発明の医薬の作用メカニズムは以下の如く推測される。
血清蛋白質であるトランスサイレチン(TTR)によるアミロイド線維は、次の3段階を経て形成される。まず、四量体の蛋白質として血清中に存在するトランスサイレチンは、なんらかの作用によって単量体に分解される。次いで、この単量体の大部分は分解され、一部は生体代謝経路を経て尿として体外に排出されるが、単量体の一部は組替えられてβ−シート構造となる。最終的には、このβ−シート構造が線状に重合して不溶化線維状のアミロイド線維が生成される。変異トランスサイレチンでは四量体の蛋白質が単量体へと乖離されやすい性質を有しており、その結果、アミロイド線維の生成が増加する。本発明者らは、トランスサイレチンのβ−シート構造化及び/又は安定化について鋭意研究した結果、疎水性分子を包接し得るシクロデキストリンを改良した本発明のシクロデキストリン誘導体を用いることによりアミロイド線維形成を抑制することができることを見出した。これは、トランスサイレチンのβ−シート化及び/又は安定化に疎水性アミノ酸(例えば、トリプトファンなど)が関与している可能性があり、本発明のシクロデキストリン誘導体がトランスサイレチンの疎水性アミノ酸に何らかの作用を及ぼして、アミロイド線維の形成過程において、トランスサイレチン単量体のβ−シート化を抑制することによりタンパク質の重合化を阻害し、結果としてアミロイド線維の形成を抑制することが予測される。したがって、本発明のアミロイド線維形成抑制剤は、変異トランスサイレチンからのアミロイド線維の生成反応を抑制することができ、さらには本発明のアミロイド線維形成抑制剤を含む医薬はアミロイドーシスを予防及び/又は治療することができる。
【0033】
例えば、FAPを発病した患者のうち症状が軽度な患者は本発明の医薬を投与することにより症状の進行や悪化を防ぐことが可能になる。症状が重篤な患者に対しても治療効果を期待できる場合がある。また、変異トランスサイレチンを有する個体は加齢とともにFAPを発症する可能性の高い潜在患者であるが、本発明の医薬を投与することによりFAPの発症を予防することができる。
【0034】
本発明の医薬としては、本発明のアミロイド線維形成抑制剤をそのまま用いてもよいが、通常は有効成分である本発明のアミロイド線維形成抑制剤又はそれを含む混合物と1又は2種以上の製剤用添加物とを含む医薬組成物の形態を調製して用いることが望ましい。
【0035】
FAPの予防及び治療の際には、本発明のアミロイド線維形成抑制剤だけでなく、トランスサイレチン四量体を安定化する非ステロイド性抗炎症薬、例えば、ジフルニサールなどと併用することも望ましい。
【0036】
経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、錠剤、カプセル剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、液剤、及びシロップ剤等を挙げることができ、非経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、注射剤、点滴剤、座剤、吸入剤、点眼剤、点鼻剤、軟膏剤、クリーム剤、貼付剤、経皮吸収剤、又は経粘膜吸収剤等を挙げることができる。上記の医薬組成物の製造に用いられる製剤用添加物としては、例えば、乳糖やオリゴ糖などの賦形剤、崩壊剤ないし崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤ないし溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、噴射剤、及び粘着剤等を挙げることができるが、これらは医薬組成物の形態に応じて当業者が適宜選択することができ、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0037】
本発明の医薬の好ましい形態として、注射剤を挙げることができる。注射剤としては、通常、非水溶媒(または水溶性有機溶媒)を実質的に含まず、媒体が実質的に水である溶媒で溶解または希釈可能である。さらに、本発明の医薬品の好ましい形態として、凍結乾燥製剤(凍結乾燥した注射剤)もまた挙げることができる。このような凍結乾燥製剤であっても、注射用水(注射用蒸留水)、電解質液(生理食塩水など)などを含む輸液、栄養輸液などから選択された少なくとも1つの液体または溶媒により溶解可能であり容易に注射液を調製でき、その容器もガラス容器およびプラスチック容器が使用できる。注射剤内容物の100重量部に対して本発明のアミロイド形成抑制剤を0.01重量部以上、好ましくは0.1〜10重量部含有することができる。
【0038】
本発明の医薬の投与量及び投与回数などは特に限定されず、患者の年齢、体重、及び性別などの条件、並びに疾患の種類や重篤度、予防又は治療の目的などに応じて適宜選択可能である。通常は、非経口投与による場合には有効成分量として成人一日あたり1mg〜30gが好ましく、10mg〜10gがより好ましく、100mg〜5gがより好ましいが、斯く投与量を一日数回に分けて投与してもよい。
【0039】
本発明のアミロイド線維形成抑制剤、又は本発明の医薬は、上記のような医薬品としてだけでなく、医薬部外品、化粧品、機能性食品、栄養補助剤、飲食物などとして使用することができる。医薬部外品または化粧品として使用する場合、必要に応じて、医薬部外品または化粧品などの技術分野で通常用いられている種々の補助剤とともに使用され得る。あるいは、機能性食品、栄養補助剤、または飲食物として使用する場合、必要に応じて、例えば、甘味料、香辛料、調味料、防腐剤、保存料、殺菌剤、酸化防止剤などの食品に通常用いられる添加剤とともに使用してもよい。また、溶液状、懸濁液状、シロップ状、顆粒状、クリーム状、ペースト状、ゼリー状などの所望の形状で、あるいは必要に応じて成形して使用してもよい。これらに含まれる割合は、特に限定されず、使用目的、使用形態、および使用量に応じて適宜選択することができる。
【0040】
以下の実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0041】
(1)実験材料
本実施例で用いたトランスサイレチン(TTR)は、健常者ボランティアから得た血清より精製した。純度の検定は非加熱(非還元)SDS−PAGEを用いて行った。シクロデキストリン(cyclodextrin:CyD)誘導体である6−O−a−(4−O−a−Dglucuronyl)−D−glucosyl−b−CyD(GUG−b−CyD)及び6−O−a−maltosyl−b−CyD(G2−b−CyD)は、イシグロらの文献(Toshihiro Ishiguro et. al., (2001), Carbohydrate Research, 331, pp.423−430)に従って合成した。なお、比較対照として、Hydroxypropylated− b−CyD(HP−b−CyD)及びSulfobutyl ether-b−CyD(SBE−b−CyD)もまた上記文献に従って合成した。
【0042】
(2)アミロイド線維の形成方法
TTRを100mM塩化ナトリウムを含む20mM酢酸バッファー(pH3.0−6.5)で0.2mg/mLの濃度になるように調製し、遮光して37℃でインキュベーションしアミロイド線維を形成させた。
【0043】
(3)アミロイド線維の測定方法
作成したアミロイド線維は、重合したb−シートに選択的に結合する蛍光プローブであるチオフラビンTを用いて検出した。50mM グリシン溶液(pH9.5)に溶解した10mM チオフラビンT溶液1mLに、インキュベーションしたサンプル10mLを添加後混合し、測定用試料とした。日立蛍光分光光度計F−4500を用い、25℃で442nmの励起光で励起される489nmの蛍光強度を測定した。なお、励起側、蛍光側ともにスリット幅は5nmで測定した。
【0044】
(4)GUG−b−CyDによるアミロイド線維形成の抑制結果
上記の方法を用いて、ヒト血清由来の野生型TTRを、10mM、20mM又は30mMのGUG−b−CyDの共存又は非共存下でアミロイド化させ、TTRのアミロイド線維形成の定量解析を行った(図1)。解析の結果、GUG−b−CyD共存下では、TTRのアミロイド線維形成能は用量依存的に有意に低下していた。さらに、40mMのGUG−β−CyDを初期投与(Day 0)し、経時的にサンプリングしてアミロイド線維を測定することにより、GUG−β−CyDのアミロイド線維形成抑制の維持効果を評価した(図7)。図7が示す通り、GUG−β−CyDの初期投与は、経時的なアミロイド線維形成を抑制することができた。
【0045】
(5)G2−b−CyDによるアミロイド線維形成の抑制結果
上記の方法を用いて、ヒト血清由来の野生型TTRを、1mM、10mM又は100mMのG2−b−CyDの共存又は非共存下でアミロイド化させ、TTRのアミロイド線維形成の定量解析を行った(図2)。解析の結果、G2−b−CyDを共存させると、TTRのアミロイド線維形成能は、比較的高濃度ではあるが、用量依存的に低下していた。
【比較例】
【0046】
(1)シクロデキストリン誘導体における分岐糖鎖の影響評価1
上記の方法を用いて、ヒト血清由来の野生型TTRを、各40mMのHP−b−CyD、GUG−b−CyD、G2−b−CyDの共存又はこれらの非共存下でアミロイド化させ、TTRのアミロイド線維形成の定量解析を行った(図3)。解析の結果、シクロデキストリン誘導体のアミロイド線維に対する抑制効果は、各種分岐b−CyD間の分岐糖鎖の差異により大きく変化し、GUG−b−CyDが最も強いアミロイド形成抑制効果を示した。
【0047】
(2)シクロデキストリン誘導体における分岐糖鎖の影響評価2
上記の方法を用いて、ヒト血清由来の野生型TTRを、各40mMのSBE−b−CyD、GUG−b−CyDの共存又はこれらの非共存下でアミロイド化させ、TTRのアミロイド線維形成の定量解析を行った(図4)。解析の結果、シクロデキストリン誘導体のアミロイド線維に対する抑制効果は、各種分岐b−CyD間の分岐糖鎖の差異により大きく変化し、SBE−b−CyDでは逆に増強された。
【0048】
(3)シクロデキストリンとの比較
上記の方法を用いて、ヒト血清由来の野生型TTRを、各20mMのGUG−b−CyD及びβ−CyDの共存又はこれらの非共存下でアミロイド化させ、TTRのアミロイド線維形成の定量解析を行った(図5)。結果、GUG−b−CyDを共存させるとアミロイド線維形成の抑制効果が見られたのに対して、β−CyDを共存させても抑制効果は得られなかった。本結果から、β−CyDは、修飾されてはじめて、アミロイド線維形成を抑制することができることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0049】
アミロイド線維の沈着によって臓器障害が引き起こされる疾患には、FAPをはじめ、アルツハイマー病、クロイツフェルト・ヤコブ病(狂牛病)、ハンチントン病、及びその他の遺伝性の疾患が含まれる。アミロイド線維の沈着はタンパク質の不溶性の繊維状凝集体の形成に起因することから、シクロデキストリン誘導体はこれらの多様なアミロイドーシス疾患への治療にも応用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】図1は、10mM、20mM及び30mMのGUG−b−CyDによるアミロイド線維形成の抑制結果を示す。
【図2】図2は、1mM、10mM及び100mMのG2−b−CyDによるアミロイド線維形成の抑制結果を示す。
【図3】図3は、HP−b−CyD、GUG−b−CyD、G2−b−CyDの共存又はこれらの非共存下でのアミロイド線維形成の抑制を比較した結果を示す。
【図4】図4は、SBE−b−CyD、GUG−b−CyDの共存又はこれらの非共存下でのアミロイド線維形成の抑制結果を示す。
【図5】図5は、GUG−b−CyD及びβ−CyDの共存又はこれらの非共存下でのアミロイド線維形成の抑制結果を示す。
【図6】図6は、ジメチルアセチル−β−シクロデキストリンの合成経路の概略を示す。
【図7】図7は、GUG−β−CyDのアミロイド線維形成抑制の持続効果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
置換されていてもよい糖、ペプチド、及びポリエチレングリコールからなる群から選ばれる少なくとも1種で修飾されたシクロデキストリン誘導体又はその塩を有効成分として含むアミロイド線維形成抑制剤。
【請求項2】
シクロデキストリン誘導体がβ−シクロデキストリン誘導体である、請求項1に記載のアミロイド線維形成抑制剤。
【請求項3】
シクロデキストリン誘導体が下記式1
【化1】

[式中、Rはカルボキシル基、メトキシカルボニル基、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、メチル基、エチル基、ホルミル基、又はアセチル基である]
の化合物である、請求項1又は2に記載のアミロイド線維形成抑制剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のアミロイド線維形成抑制剤を含む、アミロイドーシスの予防及び/又は治療のための医薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−90054(P2010−90054A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−260965(P2008−260965)
【出願日】平成20年10月7日(2008.10.7)
【出願人】(504159235)国立大学法人 熊本大学 (314)
【Fターム(参考)】