説明

アミロイド蛋白質の凝集を抑制する物質とその作用

【課題】 アルツハイマー病の症状を抑制・改善する。
【解決手段】1)リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素(L−PGDS);
2)L−PGDSの少なくとも1つのシステイン残基をアラニンまたはセリンによって置換したL−PGDSの変異体;および
3)β−ラクトグロブリン
よりなる群よりなる群から選択されるポリペプチドを有効成分として含む薬剤を投与する。このポリペプチドはβアミロイド蛋白質と結合しその凝集を抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、アルツハイマー病の症状を抑制・改善させる薬剤に関する。さらに詳しくは、この発明はアミロイド蛋白質の凝集を抑制し、アルツハイマー病の症状を抑制・改善させる薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高齢化社会の到来とともに痴呆患者も増加しており、65歳以上の約5%が痴呆患者と言われているが、神経変性疾患であるアルツハイマー病は老年期の痴呆のほとんどを占める重要な疾患である。その病態発生の第1段階は脳実質にAβ蛋白質が・シート構造をとり凝集・沈着することにあると考えられており、ひきつづき老人斑の形成とニューロンの神経原性変化を引き起こす。近年、このAβ蛋白質の凝集・沈着を阻害するために、Aβワクチン・抗Aβ抗体、βシートブレイカーの投与が考えられている(Hock C et al. Antibodies against beta-amyloid slow cognitive decline in Alzheimer's disease.
Neuron. 2003 38:547-54., Janus C et al. A beta peptide immunization reduces
behavioural impairment and plaques in a model of Alzheimer's disease. Nature.
2000 408:979-82., Soto C et al. Beta-sheet breaker peptides inhibit
fibrillogenesis in a rat brain model of amyloidosis: implications for Alzheimer's therapy. Nat Med. 1998 4:822-6.)。しかし、いずれも非生理的物質であり副作用を合併する恐れがある。
【非特許文献1】Neuron. 2003 38:547-554
【非特許文献2】Nature. 2000 408:979-982
【非特許文献3】Nat Med. 1998 4:822-826
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
この発明はアミロイド蛋白質の凝集を抑制し、アルツハイマー病の症状を抑制・改善させる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記目的を達成する本発明者は鋭意研究を行い、次のような知見を得たことに基づいて本発明を完成させた。
1)アルツハイマー病患者剖検脳およびアルツハイマー病モデルマウスにおいてアミロイド・プラークにL−PGDSが沈着している。
2)ヒトアミロイド蛋白質に対し、リポカリン型プラスタグランジンD合成酵素(L−PGDS)が強い親和性を示し、さらにチオフラビンT(ThT)アッセイによる凝集試験において強い凝集抑制作用を示す。
3)上記2)の効果はリポカリン型プラスタグランジンD合成酵素のみならずその変異体によっても生ずる。その変異体にはプラスタグランジンD合成酵素の活性部位のシステイン残基を置換したものも含まれる。
【0005】
即ち、本発明は、アルツハイマー病の症状の抑制・改善に用いる薬剤であって、
1)リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素(L−PGDS);
2)L−PGDSの少なくとも1つのシステイン残基をアラニンまたはセリンによって置換したL−PGDSの変異体;
3)β−ラクトグロブリン
4)生体内、特に脳内でのL−PGDS蛋白質の発現を増強する物質
よりなる群から選択される化合物を有効成分として含む薬剤
を要旨とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明の薬剤によればアルツハイマー病の症状の抑制、改善をすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明のアルツハイマー病の症状の抑制・改善に用いる薬剤の第一の態様はL−PGDSを有効成分とする。L−PGDSは哺乳動物由来のものであり、ヒト由来(配列番号1、その1から21番目のアミノ酸はシグナルペプチドである)およびマウス由来(配列番号2,その1から24番目のアミノ酸はシグナルペプチドである)のものが好ましく、ヒト由来のものが特に好ましい。
【0008】
本発明のアルツハイマー病の症状の抑制・改善に用いる薬剤の第二の態様ではL−PGDS変異体を有効成分とする。好ましくは本発明におけるL−PGDS変異体は、L−PGDSに含まれるシステイン残基の少なくとも1つを他のアミノ酸残基、好ましくはアラニンまたはセリンで置換したものであり、その例は、
1)ヒトL−PGDS(配列番号1)の65と167番目のシステインをアラニンあるいはセリンに置換した蛋白質(以下、「Ala1.3」および「Ser1.3」とそれぞれ略すことがある);
2)ヒトL−PGDS(配列番号1)の89,167と186番目のシステインをアラニンあるいはセリンに置換した蛋白質(以下、「Ala2.3.4」および「Ser2.3.4」とそれぞれ略すことがある);
3)マウスL−PGDS(配列番号2)の65番目のシステインをアラニンあるいはセリンに置換した蛋白質(以下、「Ala1」および「Ser1」とそれぞれ略すことがある);
4)マウスL−PGDS(配列番号2)の89と186番目のシステインをアラニンあるいはセリンに置換した蛋白質(以下、「Ala2.3」、「Ser2.3」とそれぞれ略すことがある)
である。
【0009】
哺乳動物由来L−PGDSは哺乳動物の組織から得ることも可能であるが、遺伝子組み換え技術により製造するのが便利である。ヒトまたはマウス由来リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素(L−PGDS)のアミノ酸配列は公知である。ヒト由来L−PGDSのアミノ酸配列を配列番号1に示す(配列番号1の1から21番目のアミノ酸残基はシグナルペプチドである)。マウス由来のL−PGDSのアミノ酸配列を配列番号2に示す(配列番号1の1から24番目のアミノ酸残基はシグナルペプチドである)。L−PGDSをコードするcDNAのヌクレオチド配列も知られている。ヒト由来L−PGDSをコードするcDNAのヌクレオチド配列を配列番号3に示す(配列番号3の1から63番目のヌクレオチド残基はシグナルペプチドをコードする)。マウス由来L−PGDSをコードするcDNAのヌクレオチド配列を配列番号4に示す(配列番号4の1から72番目のヌクレオチド残基はシグナルペプチドをコードでする)。従って、適当な宿主系内で組換えL−PGDSを発現する発現ベクターを構築することができる。得られた発現ベクターで宿主細胞を形質転換し、この形質転換体をL−PGDSをコードするDNAの発現に適した条件下で培養することにより、組換えL−PGDSを製造することができる。
【0010】
本発明のL−PGDSをコードするDNAを含有する発現ベクターは当業者既知の方法で構築することができる。L−PGDSの発現に適したベクターは、該DNAの挿入部位の直ぐ上流に転写開始のためのプロモーターを有するものであろう。適当なプロモーターも当該技術分野で既知であり、宿主細胞内での機能特性に応じて選択することができる。例えば、SV40ウイルス初期遺伝子のプロモーター、ペプチド鎖延長因子EF−1αのプロモーター、メタロチオネイン遺伝子のプロモーター、β−アクチンのプロモーター、CMVウイルスのプロモーター等を動物細胞系での発現で、T7ポリメラーゼのプロモーターやベーターガラクトシダーゼ遺伝子のプロモーター等を細菌、大腸菌での発現に用いることができる。ヒト造血器型PGD合成酵素DNAの挿入部位下流には転写終結シグナルがあることが望ましい。
【0011】
ベクター中にはたとえば薬物耐性マーカーのような選択可能マーカーが存在することが望ましい。あるいは、L−PGDSをコードするポリヌクレオチドを含有する発現ベクターと別個の抗生物質等の薬物耐性をコードするプラスミドを用いて同時に形質転換してもよい。
【0012】
発現ベクターを構築するにはL−PGDSをコードするDNAを適当なベクターに挿入する。適当なベクターは、プロモーター、転写終結シグナル、選択マーカーその他の条件を考慮し、当該技術分野で既知のものから選択する。L−PGDScDNAを挿入し、培養細胞に導入してこのcDNAを発現する目的に用いることができるDNAベクターとして、例えば動物細胞での発現においてはpKCR、pEF−BOS、CDM8、pCEV4ウシパピローマウィルスDNAなど、大腸菌においてはpGEMEX、pUC等を挙げることができる。
【0013】
L−PGDSの発現に用い得る細胞は複製可能でL−PGDSをコードするDNAを発現し得るものであればよい。例えば、大腸菌のような原核性微生物、S.セレビジエのような真核性微生物、さらには哺乳類細胞が用いられる。組織培養細胞にはトリ、または哺乳類細胞、例えばネズミ、ラットおよびサル細胞が含まれる。適当な宿主細胞−ベクターシステムの選択および使用方法等は、当業者に既知であり、それらの内からL−PGDSをコードするcDNAの発現に適した系を任意に選択することができる。
形質転換した細胞を常法に従い培養することにより所望の蛋白質が得られる。培養に用いる培地は宿主の性質に応じて適宜選択することができるが、例えば宿主が大腸菌である場合にはLB培地やTB培地が、宿主が哺乳動物細胞である場合にはRPMI1640培地等を適宜用いることができる。
この培養により得られる培養物からの本発明に用いる蛋白質の単離および精製は常法により行うことが可能であり、例えば培養物を蛋白質の物理的および化学的性質を利用した各種の処理操作を用いて行うことが可能である。具体的には蛋白質沈殿剤による処理、限外濾過、高速液体クロマトグラフィー、遠心分離、電気泳動、アフィニティクロマトグラフィーなどを単独で、または組み合わせて用いることができる。得られる蛋白質溶液は必要によりこれを凍結乾燥により粉末とすることができる。凍結乾燥に際しては、ソルビトール,マンニトール,デキストロース,マルトース,グリセロールなどの安定剤を加えることができる。
【0014】
L−PGDSの変異体を製造するには好ましくは位置指定突然変異導入法を用いる。この方法は周知であり、実施するためのキット(例えば、STRATAGENE社製、QuickChange(登録商標)Site-Directed Mutagenesis Kit)が市販されている。
位置指定突然変異導入法により変異を入れるためには、目的の部位にミスマッチコドンを含む約30〜40塩基のプライマー一対を合成し、これらのプライマーを用いて、野生型のプラスミドを鋳型としてPfuポリメラーゼでプラスミド全体をPCR増幅する。PCR終了後、反応液中には鋳型プラスミドと合成された変異体プラスミドが混在するので、DpnIエンドヌクレアーゼ酵素処理を行い、鋳型プラスミドを分解除去して変異体プラスミドを精製する。
【0015】
本発明のアルツハイマー病の症状の抑制・改善に用いる薬剤の第三の態様ではβラクトグロブリンを有効成分とする。βラクトグロブリンは、牛乳中に含まれ、リポカリンファミリーに属する蛋白質である。βラクトグロブリンは、市販されているものを(例えばSigma社)用いることができる。
【0016】
本発明のアルツハイマー病の症状の抑制・改善に用いる薬剤の第四の態様ではL−PGDSの発現を増強させる物質を有効成分とする。L−PGDSの発現を増強させる物質としては、エストロジェン(Otsuki M et al. Specific regulation of lipocalin-type prostaglandin D synthase in mouse heart by estrogen receptor beta. Mol Endocrinol. 2003 Sep;17(9):1844-55. Epub 2003 Jun 26.)、グルココルチコイド(Garcia-Fernandez LF et al. Dexamethasone induces lipocalin-type prostaglandin D synthase gene expression in mouse neuronal cells. J Neurochem. 2000 Aug;75(2):460-70.)、インターロイキン−1β(Fujimori K et al. Regulation of lipocalin-type prostaglandin D synthase gene expression by Hes-1 through E-box and interleukin-1 beta via two NF-kappa B elements in rat leptomeningeal cells. J Biol Chem. 2003 Feb 21;278(8):6018-26. Epub 2002 Dec 17.)、サイロイドホルモン(Leone MG et al. Lipocalin type prostaglandin D-synthase: which role in male fertility Contraception. 2002 Apr;65(4):293-5.)がある。これらの物質は生体内、特に脳内でL−PGDSの発現を増強させることが知られている。
【0017】
本発明の薬剤の有効成分が蛋白質の場合、当該蛋白質を自体公知の担体と混合希釈して、たとえば液剤などとして製剤化することができる。液剤を調製するには、例えば精製水、生理食塩水、エタノール・プロピレングリコール・グリセリン・ポリエチレングリコール等のアルコール類、トリアセチン等の溶媒を用いて行うことができる。このように調整した液剤は、たとえば乳酸リンゲル液、輸液用電解質液よりなる維持液、術後回復液、脱水補給液、点滴用生理食塩液等に希釈して用いることができる。通常液剤に適宜選択して用いられる添加剤、例えば、pH調整用の緩衝剤(例えば、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、クエン酸緩衝液、酒石酸緩衝液、酢酸緩衝液等)、等張化剤(例えば、ソルビトール、グリセリン、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール,グルコース、塩化ナトリウム等)このような製剤にはさらに薬学上許容しうる塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸エステル類、ベンジルアルコール、パラクロルメタキシノール、クロルクレゾール、フェネチルアルコール、ソルビン酸またはその塩、チメロサール、クロロブタノール等の適当な防腐殺菌剤、タルク等の湿潤剤、モノオレイン酸ポリエチレングリコール等の乳化剤、分散剤、亜硫酸塩、亜硫酸水素塩、メタ重亜硫酸塩等の安定剤のような補助剤を加えても良い。またアラビアゴム、カオリン、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム等を懸濁化剤として用いた懸濁剤として投与することも好ましい剤型の1つといえる。
【0018】
投与経路としては非径口的投与が好ましく、例えば経静脈的投与、経脳脊髄液投与、カテーテルによる経動脈的な局所投与、もしくは外科的な局所投与を含む。本発明の有効成分の投与量は、0.01〜20.0mg/kg/日、好ましくは0.5〜5mg/kg/日である。
【0019】
本発明の薬剤の有効成分がエストロジェン、グルココルチコイド等の低分子化合物である場合にも医薬的に受容しうる担体と混合して薬剤を製造できる。この担体は投与に対して望ましい製剤の形態に応じて広い範囲の形態をとることができる。投与経路としては非経口的投与、および経口的投与のいずれも使用できる。経口的投与のための散剤、丸薬、カプセルおよび錠剤は、ラクトース、グルコース、シュークロース、マニトール等の賦形剤、澱粉、アルギン酸ソーダ等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、タルク等の滑沢剤、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ゼラチン等の結合剤、脂肪酸エステルなどの表面活性剤、グリセリン等の可塑剤を用いて製造できる。本発明の有効成分の投与量は、0.001〜10mg/kg/日、好ましくは0.01〜1mg/kg/日である。
【0020】
さらに、本発明はL−PGDSおよび変異体の遺伝子を遺伝子治療に用い、脳内で局所的にL−PGDS、または変異体を発現させることで、Aβ蛋白質の凝集・沈着を抑制し、アルツハイマー病の症状予防・抑制・改善に用いる方法を提供する。
本発明のL−PGDSまたはその変異体の遺伝子をベクターに組み込み脳内に導入する。遺伝子治療法に用いるベクターとしてはレトロウイルスベクター、アデノウイルスベクターを含むあらゆるウイルスベクター、リポソームベクターを含む。さらに詳しくは、ウイルスベクターとはウイルスの殻と遺伝子の一部を用い病原性を司る遺伝子を切り取り、代わりに脳膜もしくはオリゴデンドロサイトで発現するように修飾したL-PGDS遺伝子をはめ込んだものである。リポソームベクターとは、主に人工的な脂質二重膜でできたミクロの球体に、脳膜もしくはオリゴデンドロサイトで発現するように修飾したL-PGDS遺伝子を組み込んだものである(リポフェクション法)。通常ホスファチジルセリンからなるリポソームが用いられる。この陰電荷を有するリン脂質の代わりに、より安定したリポソームを作り易いDOTMA(N-[1-(2,3-ジオレイルオキシ)プロピル]-N,N,N−トリメチルアンモニウムクロライド)と呼ばれる陽イオン脂質が市販されるようになった。正に荷電しているリポソームが負に荷電している細胞を表面に吸着し、細胞膜と融合することでDNAを細胞内に導入する。このベクターを、静脈注射、動脈注射、筋肉注射、髄腔内投与、局所投与にて投与する。
以下に本発明を実施例により更に説明するが、本発明が実施例により限定されるものでないことは明らかである。

【実施例】
【0021】
実施例1
ヒト由来リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素の製造
Ala21からC末端までのヒトL−PGDS遺伝子をcDNAライブラリーからPCR増幅により得、シグナルペプチドを欠損させて配列番号3のDNA配列の67番目から3’末端までを発現ベクターpGEX−2T(アマシャム・ファルマシア・バイオテック社)に挿入して、その発現ベクターで大腸菌(Escherichia coli) DH5αを形質転換した。pGEX−2Tは目的遺伝子をグルタチオン−S−トタンスフェラーゼ(GST)遺伝子の下流に挿入し、目的蛋白質をGST融合蛋白質として発現するための発現ベクターである。続いて、該ベクターをEscherichia coliBL21株に形質転換させた。発現プラスミドで形質転換された該大腸菌株をLB培地(50μg/mLアンピシリン含有)にて37℃で培養した後、IPTG(イソプロピル−1−チオ−β−D−ガラクトシド)を終濃度が0.4から0.6mMになるように添加してGSTとL−PGDSの融合蛋白質の発現を誘導し、さらに4−6時間培養した。
培養終了後、培養液から大腸菌を回収して、これから超音波破砕処理によって菌体から蛋白質を抽出した。遠心分離によって、不用物を除去した後、グルタチオンセファロース4Bカラムに保持させた。カラムに保持された融合蛋白質をトロンビンで消化し、L−PGDSフラクションを溶出させた。続いて、ゲル濾過カラムクロマトグラフィーにて精製しヒト由来リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素を得た。
【0022】
実施例2
マウス由来リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素の製造
実施例1においてヒト由来L−PGDSをコードするcDNAを、マウス由来L−PGDSをコードするcDNA(配列番号4のDNA配列の70番目から3’末端まで)に変えた外は実施例1と同様にしてマウス由来リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素を得た。
【0023】
実施例3
ヒトL−PGDSの65と167番目のシステインをアラニンに置換した変異体(Ala1.3)の製造
ヒトL−PGDSのCys65をアラニンに置換した変異体を作成するために、実施例1で得られた発現ベクターを鋳型として目的部位(Cys65)にミスマッチコドンを含む一対の合成オリゴマー:
5’-gcgttgtccatgGCCaagtctgtggtggcc-3’ (配列番号5)
5’-ggccaccacagacttGGCcatggacaacgc-3’ (配列番号6)
を作成し、STRATAGENE 社製のQuickChange Site-Directed Mutagenesis Kitを用いて、Cys65Ala発現ベクターを作成した。
さらに、得られた発現ベクターを鋳型として、目的部位(Cys167)にミスマッチコドンを含む一対の合成オリゴマー:
5’-attcaccgccttcGCCaaggcccagggct-3’ (配列番号7)
5’-agccctgggccttGGCgaaggcggtgaat-3’ (配列番号8)
を作成し、QuickChange Site-Directed Mutagenesis Kitを用いて、Cys65、167Ala発現ベクターを作成した。
【0024】
Cys65および167をアラニンに置換した発現ベクターをEscherichia coliBL21株に形質転換させた。発現プラスミドで形質転換された該大腸菌株をLB培地(50μg/mLアンピシリン含有)にて37℃で培養した後、IPTG(イソプロピル−1−チオ−β−D−ガラクトシド)を終濃度が0.4から0.6mMになるように添加してGSTとL−PGDSの融合蛋白質の発現を誘導し、さらに4−6時間培養した。
培養終了後、培養液から大腸菌を回収して、これから超音波破砕処理によって菌体から蛋白質を抽出した。遠心分離によって、不用物を除去した後、グルタチオンセファロース4Bカラムに保持させた。カラムに保持された融合蛋白質をトロンビンで消化し、L−PGDSフラクションを溶出させた。続いて、ゲル濾過カラムクロマトグラフィーにて精製しヒトL−PGDSの65と167のシステインをアラニンに置換したヒトPGDS変異体(Ala1.3)を得た。
【0025】
実施例4
ヒトL−PGDSの65と167番目のシステインをセリンに置換した変異体(Ser1.3)の製造
Cys65をセリンに置換した変異体を作成するために、実施例1で得られた発現ベクターを鋳型として目的部位(Cys65)にミスマッチコドンを含む一対の合成オリゴマー(Cys-65-Ser用合成オリゴマー):
5’-gcgttgtccatgTCCaagtctgtggtggcc-3’ (配列番号9)
5’-ggccaccacagacttGGAcatggacaacgc-3’ (配列番号10)
を作成し、STRATAGENE 社製のQuickChange Site-Directed Mutagenesis Kitを用いて、Cys65Ser発現ベクターを作成した。
さらに、得られた発現ベクターを鋳型として、目的部位にミスマッチコドンを含む一対の合成オリゴマー:
5’-attcaccgccttcTCCaaggcccagggct-3’ (配列番号11)
5’-agccctgggccttGGAgaaggcggtgaat-3’ (配列番号12)
を作成し、QuickChange Site-Directed Mutagenesis Kitを用いて、Cys65、167Ser発現ベクターを作成した。
【0026】
Cys65および167をセリンに置換した発現ベクターをEscherichia coliBL21株に形質転換させた。発現プラスミドで形質転換された該大腸菌株をLB培地(50μg/mLアンピシリン含有)にて37℃で培養した後、IPTG(イソプロピル−1−チオ−β−D−ガラクトシド)を終濃度が0.4から0.6mMになるように添加してGSTとL−PGDSの融合蛋白質の発現を誘導し、さらに4−6時間培養した。
培養終了後、培養液から大腸菌を回収して、これから超音波破砕処理によって菌体から蛋白質を抽出した。遠心分離によって、不用物を除去した後、グルタチオンセファロース4Bカラムに保持させた。カラムに保持された融合蛋白質をトロンビンで消化し、L−PGDSフラクションを溶出させた。続いて、ゲル濾過カラムクロマトグラフィーにて精製し、ヒトL−PGDSの65と167番目をセリンに置換した変異体(Ser1.3)を得た。
【0027】
実施例5
ヒトL−PGDSの89,167と186番目のシステインをアラニンに置換した変異体(Ala2.3.4)の製造
実施例4において、合成オリゴマーの設計を変更した以外は実施例3と同様にしてヒトL−PGDSの89,167と186番目のシステインをアラニンに置換した変異体(Ala2.3.4)を製造した。
【0028】
実施例6
マウスL−PGDSの65番目のシステインをアラニンに置換した変異体(Ala1)の製造
STRATAGENE 社製のQuickChange Site-Directed Mutagenesis Kitを用いて、実施例2で得られたマウス由来L−PGDS発現プラスミドを鋳型としてマウスL−PGDSの65番目のシステインをアラニンに置換した変異体(Ala1)を次のように製造した。
Cys65をAlaに置換されるようにミスマッチコドンを含む一対の合成オリゴマー
5’- gctgtattgtatatgGCAaagacagtggta-3’ (配列番号13)
5’- taccactgtcttTGCcatatacaatacagc-3’ (配列番号14)
を合成し、これを用いてL−PGDS発現プラスミドを鋳型としてCys65Ala変異体プラスミドをPCR増幅して得た。得られた変異体発現プラスミドをEscherichia coliBL21株に形質転換させ、実施例2と同様の方法でマウスL−PGDSの65番目のシステインをアラニンに置換した変異体(Ala1)を製造した。
【0029】
実施例7
マウスL−PGDSの89と186番目のシステインをアラニンに置換した変異体(Ala2.3)の製造
実施例6において、合成オリゴマーの設計を変更した以外は実施例6と同様にしてマウスL−PGDSの89と186番目のシステインをアラニンに置換した変異体(Ala2.3)を製造した。
【0030】
実施例8
アルツハイマー病モデルマウスにおけるアミロイド・プラークへのリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素の結合
アルツハイマー病患者剖検脳およびアルツハイマー病モデルマウスTg2576(Hsiao K et al., Correlative memory deficits, Abeta elevation, and amyloid plaques in transgenic mice.Science. 274:99-102.1996; Hsiao KK et al. Age-related CNS disorder and early death in transgenic FVB/N mice overexpressing Alzheimer amyloid precursor proteins. Neuron.15:1203-18. 1995)を用いて、アミロイド・プラークとL−PGDSの関連性を免疫組織染色法により解析した(図1Aおよび図1B参照)。L−PGDSが、アルツハイマー病患者剖検脳およびアルツハイマー病モデルマウスともにアミロイド・プラーク部位に結合していることを同定した。
【0031】
実施例9
ヒトアミロイド・ベータ蛋白質に対するL−PGDSの結合能
表面プラズモン共鳴法(BIAcore)を用いて、ヒトアミロイド・ベータ1−40蛋白質および1−42蛋白質に対するL−PGDSのリコンビナント蛋白質の結合能を解析した(図2参照)。あらかじめ、L−PGDSのリコンビナント蛋白質を固定化したセンサーチップにヒトアミロイド・ベータ1−40および1−42蛋白質を結合させたところ、解離定数がそれぞれ88.4nM、65.2nMと強固な結合能を示した。

実施例10
ヒトアミロイド・ベータ1−40蛋白質に対するL−PGDSおよびその変異体、ならびにβラクトグロビリンの凝集抑制作用
ThTアッセイ(Ban T et al., Direct observation of amyloid fibril growth monitored by thioflavin T fluorescence.J Biol Chem. 278:16462-5. 2003)を用い、Aβ1−40蛋白質の凝集に対するヒト髄液より精製したL−PGDS(βTRACE)およびヒトL−PGDSの変異体(Ala2.3.4,Ala1.3,Ala2.3、Ala1)およびβラクトグロブリンの影響を解析した(図3A〜C参照)。
ThTはクロス・ベータシート構造を特異的に認識する蛍光物質であり、in vitroでアミロイド線維の伸長とともにThTの蛍光強度が増加することが知られている。そこでリン酸緩衝液(50mM,pH7.5)、NaCl(100mM)、Aβ1−40(50μM)の混合液を調製し37度で保温した。なおその際にL−PGDSの類似物質をそれぞれ濃度調節し混合させる群も設定した。その各5μlを1mlのThT(5μM)とグリシン緩衝液(50mM,pH8.5)に混ぜ、蛍光光度計(励起波長446nm,蛍光波長490nm)にて蛍光強度を経時的に測定した。
L−BGDS(βTRACE)およびその変異体、ならびにβラクトグロビリンはともに強い凝集抑制作用を示した。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1A】免疫組織染色法によるアルツハイマー病患者剖検脳の老人班へのL−PGDSの結合を示す顕微鏡写真である。
【図1B】免疫組織染色法によるアルツハイマー病モデルマウスTg2576のアミロイド・プラークに局在しているL−PGDSを示す顕微鏡写真である。
【図2】表面プラズモン共鳴法によるヒトアミロイド・ベータ1−40、1−42蛋白質に対するL−PGDSの結合能を示すグラフである。
【図3A】ThTアッセイによるAβ1−40蛋白質の凝集に対するAla2,3,4の抑制効果を示す顕微鏡写真である。
【図3B】ThTアッセイによるAβ1−40蛋白質の凝集に対するAla2.3.4の用量依存性抑制効果を示すグラフである。
【図3C】ThTアッセイによるAβ1−40蛋白質の凝集に対するL−PGDS,Ala2.3.4,Ala1.3,Ala2.3、Ala1、βラクトグロブリンの抑制効果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルツハイマー病の症状の抑制・改善に用いる薬剤であって、
1)リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素(L−PGDS);
2)L−PGDSの少なくとも1つのシステイン残基をアラニンまたはセリンによって置換したL−PGDSの変異体;
3)β−ラクトグロブリン;および
4)エストロジェン、グルココルチコイド、インターロイキン−1β、サイロイドホルモンよりなる群から選択される、L−PGDS蛋白質の発現を増強する物質;
よりなる群から選択されるポリペプチドを有効成分として含む薬剤。
【請求項2】
リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素(L−PGDS)がヒト由来(配列番号1)またはマウス由来(配列番号2)である請求項1に記載の薬剤。
【請求項3】
L−PGDSの変異体が、
(1)配列番号1のヒトL−PGDSの65と167番目のシステインをアラニンあるいはセリンに置換した蛋白質;
(2)配列番号1のヒトL−PGDSの89,167と186番目のシステインをアラニンあるいはセリンに置換した蛋白質;
(3)配列番号2のマウスL−PGDSの65番目のシステインをアラニンあるいはセリンに置換した蛋白質;および
(4)配列番号2のマウスL−PGDSの89と186番目のシステインをアラニンあるいはセリンに置換した蛋白質;
よりなる群から選択される請求項1又は2に記載の薬剤。
【請求項4】
アルツハイマー病の症状の抑制・改善に対する遺伝子治療法に用いる、請求項1〜3に記載のL−PGDSおよびその変異体をコードする核酸。
【請求項5】
配列番号1のヒトL−PGDSの65と167番目のシステインを、アラニンあるいはセリンに置換した蛋白質。
【請求項6】
配列番号1のヒトL−PGDSの89,167と186番目のシステインをアラニンあるいはセリンに置換した蛋白質。
【請求項7】
配列番号2のマウスL−PGDSの65番目のシステインをアラニンあるいはセリンに置換した蛋白質。
【請求項8】
配列番号2のマウスL−PGDSの89と186番目のシステインをアラニンあるいはセリンに置換した蛋白質。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図3C】
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【公開番号】特開2007−284351(P2007−284351A)
【公開日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−218952(P2004−218952)
【出願日】平成16年7月27日(2004.7.27)
【出願人】(390000745)財団法人大阪バイオサイエンス研究所 (32)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(899000046)関西ティー・エル・オー株式会社 (75)
【Fターム(参考)】