説明

アリル化合物類の製造方法

【課題】特定の構造を備える触媒前駆体と特定の配位子とからなる触媒系の存在下に、求核原子であるS、C、N、特にSを有する基質を脱水アリル化させるアリル化合物の製造方法を提供する。
【解決手段】式(1)及び式(2)から選ばれる触媒前駆体と、配位子とを混合し、又は触媒前駆体とアリルアルコールと配位子とを混合し、その後、アリルアルコール類と、基質とを配合し、反応させるアリル化合物類の製造方法であって、配位子は、キナルジン酸又はピコリン酸であり、基質は、チオール類、チオカルボン酸類等である。[Ru(C)(CHCN)]PF(1)[Ru〔C(CH〕(CHCN)]PF(2)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アリル化合物類の製造方法に関する。更に詳しくは、本発明は、特定の構造を備える触媒前駆体と特定の配位子とからなる触媒系の存在下に、求核原子であるイオウ原子(S原子)、炭素原子(C原子)、窒素原子(N原子)、特にS原子を有する基質を脱水アリル化させるアリル化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
求核原子であるS原子、C原子、N原子、特にS原子を有する基質、例えば、チオール類のアリルアルコール類を用いた脱水的アリル化法においては、触媒として遷移金属錯体を用いる方法(例えば、非特許文献1及び2参照。)、及びルイス酸触媒を用いる方法(例えば、非特許文献3及び4参照)等が知られている。また、スルホニウム塩及びジスルフィド等が形成される問題のない、アリルハライドを用いる塩発生型のアリル化法も知られている(非特許文献5及び6参照)。更に、転移反応及びアリルチオール類の不飽和カルボニル化合物への1,4−付加反応による合成法も知られている(非特許文献7及び8参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 8657
【非特許文献2】Chem. Lett. 2005, 34, 246
【非特許文献3】Synthesis. 1993, 329
【非特許文献4】Tetrahedron Lett. 2006, 47, 93
【非特許文献5】Adv. Synth. Catal. 2005, 347, 1811
【非特許文献6】Tetrahedron Lett. 2005, 46, 8931
【非特許文献7】J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 2544
【非特許文献8】Chem. Pharm. Bull. 2007, 55, 1274
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1乃至8に記載された製造方法では、触媒活性が必ずしも十分に高くない、反応溶媒が限定される傾向がある、基質についても限定され、汎用性が低い、及び多段階の反応が必要である等の問題があり、アリル化合物類を容易に、且つより効率よく得ることができる製造方法が求められている。
【0005】
本発明は、前記の従来の状況に鑑みてなされたものであり、特定の構造を備える触媒前駆体と特定の配位子とからなる触媒系の存在下に、求核原子であるS原子、C原子、N原子、特にS原子を有する基質を脱水アリル化させるアリル化合物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下のとおりである。
1.下記式(1)及び式(2)から選ばれる触媒前駆体と配位子とを混合し、又は下記式(1)及び式(2)から選ばれる触媒前駆体とアリルアルコールと配位子とを混合し、その後、アリルアルコール類と、基質とを配合し、反応させるアリル化合物類の製造方法であって、
前記配位子は、キナルジン酸又はピコリン酸であり、
前記基質は、チオール類、チオカルボン酸類、窒素原子と該窒素原子に結合した水素原子及び該窒素原子に結合した有機基若しくは該窒素原子を含む環状構造部とを有する化合物、又は炭素原子と該炭素原子に結合した水素原子並びに該炭素原子に結合した有機基及び該炭素原子を含む環状構造部のうちの少なくとも一方とを有する化合物、であることを特徴とするアリル化合物類の製造方法。
[Ru(C)(CHCN)]PF (1)
[Ru〔C(CH〕(CHCN)]PF (2)
2.前記式(1)で表される触媒前駆体と、前記キナルジン酸とを用いる、又は該式(1)で表される触媒前駆体と、前記アリルアルコールと、該キナルジン酸とを用いる前記1.に記載のアリル化合物類の製造方法。
3.前記式(2)で表される触媒前駆体と、前記ピコリン酸とを用いる、又は該式(2)で表される触媒前駆体と、前記アリルアルコールと、該ピコリン酸とを用いる前記1.に記載のアリル化合物類の製造方法。
4.前記基質がチオール類又はチオカルボン酸類である前記1.乃至3.のうちのいずれか1項に記載のアリル化合物の製造方法。
5.反応溶媒がメチルアルコール又はメチルアルコールと水との混合溶媒である前記1.乃至4.のうちのいずれか1項に記載のアリル化合物類の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明のアリル化合物類の製造方法によれば、チオール類、チオカルボン酸類等の基質を用いて、多くの種類のアリル化合物類を、簡易な操作、工程で脱水反応させ、高い生成率でアリル化合物類を容易に製造することができる。また、共生成物が水のみであるため、反応系が清浄であり、環境との調和という観点でも優れている。
更に、式(1)で表される触媒前駆体と、キナルジン酸とを用いる、又は式(1)で表される触媒前駆体と、アリルアルコールと、キナルジン酸とを用いる場合、及び式(2)で表される触媒前駆体と、ピコリン酸とを用いる、又は式(2)で表される触媒前駆体と、アリルアルコールと、ピコリン酸とを用いる場合は、これらの特定の触媒前駆体と配位子との組み合わせにより、特に高い生成率でアリル化合物類を製造することができる。
また、基質がチオール類又はチオカルボン酸類である場合は、脱水反応が特に容易になされ、目的とするアリル化合物類をより効率よく製造することができる。
更に、反応溶媒がメチルアルコール又はメチルアルコールと水との混合溶媒である場合は、このような水系溶媒を用いて、システイン等のアミノ酸をアリル化することができ、リポペプチド類を用いた医薬関連の技術分野への応用も期待される。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を詳しく説明する。
本発明のアリル化合物類の製造方法は、前記式(1)及び式(2)から選ばれる触媒前駆体と配位子とを混合し、又は触媒前駆体とアリルアルコールと配位子とを混合し、その後、アリルアルコール類と、基質とを配合し、反応させるアリル化合物類の製造方法であって、配位子は、キナルジン酸又はピコリン酸であり、基質は、チオール類、チオカルボン酸類、求核原子としてN原子を有する化合物、又は求核原子としてC原子を有する化合物である。
【0009】
本発明のアリル化合物類の製造方法における代表的な反応系は、例えば、式(3)で表され、基質であるチオール類及びチオカルボン酸類と、アリルアルコール(誘導体を用いることもできる。)とを、特定の触媒系により、脱水アリル化することにより、チオエーテル類及びチオエステル類を製造することができる。
【化1】

上記式(3)における触媒(cat)は、前記式(1)の触媒前駆体、アリルアルコール及びキナルジン酸を用いて調製された好ましい態様の触媒である。
【0010】
前記「アリルアルコール類」としては、アリルアルコールの他、置換基を有する各種のアリルアルコール類を用いることができる。このアリルアルコール類は特に限定されないが、アリルアルコールの他、例えば、下記式(4)におけるアリルアルコール類(符号2)のように、アリルアルコールの4個の水素原子のうちの少なくとも1個が各種の有機基(R乃至R)により置換されたアリルアルコール類を用いることができる。
【化2】

【0011】
置換基を有するアリルアルコール類としては、例えば、式(4)におけるアリルアルコール類であって、Rがメチル基である誘導体、Rがメチル基である誘導体、Rがメチル基である誘導体、Rがn−C13基である誘導体、Rがc−C11基である誘導体、RがC基である誘導体、RがC(CH基である誘導体、RがCOOC基である誘導体、及び2−methybut−3−en−2−ol等が挙げられる(特記されていない場合、R乃至Rは水素原子である。)。
【0012】
前記「基質」としては、求核原子であるS原子を有する化合物、求核原子であるC原子を有する化合物、及び求核原子であるN原子を有する化合物を用いることができる。これらの基質のうちで、求核原子であるS原子を有する化合物としては、チオール類及びチオカルボン酸類が挙げられる。
【0013】
前記「チオール類」は特に限定されず、前記式(3)及び式(4)においてRSHで表される各種のチオール類を用いることができる。RSHにおけるRは各種の有機基であり、例えば、炭化水素基又は、酸素原子(O原子)、N原子及びハロゲン原子から選ばれる少なくとも1種を含む炭化水素基であり、この炭化水素基におけるO原子、N原子及びハロゲン原子の結合状態は特に限定されない。具体的には、直鎖状又は分岐状の鎖状炭化水素基、又は、O原子、N原子及びハロゲン原子から選ばれる少なくとも1種を含む直鎖状又は分岐状の鎖状炭化水素基であり、これらの鎖状炭化水素基は、その他、芳香族基、脂環族基等を含んでいてもよい。これらの芳香族基及び脂環族基は、炭化水素基の主鎖に含まれてもよく、側鎖に含まれてもよい。また、チオール類としては、例えば、フェニルメタンチオール、シクロヘキサンチオール、2−メチルブタン−2−チオール、ベンゼンチオール、4−メトキシベンゼンチオール、4−クロロゼンゼンチオール、2−ヒドロキシエタンチオール、2−アミノエタンチオールハイドロクロライド等の他、アミノ酸であるシステインのハイドロクロライド等が挙げられる。
【0014】
また、前記「チオカルボン酸類」も特に限定されず、前記式(3)においてROSHで表される各種のチオカルボン酸類を用いることができる。また、ROSHにおけるRは、前記RSHの場合のRと同様の各種の有機基である。更に、チオカルボン酸類としては、例えば、エタンチオカルボン酸、3−フェニルプロパンチオカルボン酸、シクロヘキサンカルボチオカルボン酸、ベンゾチオカルボン酸、4−メトキシベンゾチオカルボン酸等が挙げられる。
【0015】
本発明のアリル化合物類の製造方法では、基質として、求核原子であるC原子を有する化合物、及び求核原子であるN原子を有する化合物を用いて、これらの基質を脱水アリル化し、各種のアリル化合物類を得ることもできる。これらの基質における有機基は特に限定されず、例えば、前記RSHの場合のRと同様の各種の有機基である。また、N原子とN原子に結合したH原子及びN原子を含む環状構造部を有する化合物としては、例えば、N原子の結合状態が第二級アミノ基であり、一般式[R(R)NH]で表される化合物が挙げられる。R及びRは有機基であり、互いに結合して環を形成している。尚、R及びRで表される有機基は、前記RSHの場合のRと同様である。更に、C原子とC原子に結合したH原子及びC原子を含む環状構造部と有する化合物としては、例えば、一般式[R(R)(R)CH]で表される化合物が挙げられる。R、R及びRは有機基であり、R、R及びRから選ばれる2個の有機基が互いに結合して環を形成している。尚、R、R及びRで表される有機基は、前記RSHの場合のRと同様である。また、求核原子であるC原子を有する化合物としては、例えば、2−メチル−1,3−シクロヘキサンジオン、2−メチルアセト酢酸エチル等が挙げられる。
【0016】
前記「触媒前駆体」は、前記式(1)及び式(2)から選ばれる。例えば、前記(1)で表される触媒前駆体は下記式(5)により表すこともでき[Ruに3個のアセトニトリル(CHCN)が配位した構造部分を有する。]、配位子と組み合わせて用いられ、又はアリルアルコール及び配位子と組み合わせて用いられ、反応触媒系が形成される。また、前記式(2)で表される触媒前駆体は、式(1)で表される触媒前駆体のシクロペンタジエニル基の水素原子がメチル基に置換された構造を有し、同様に、配位子と組み合わせて、又はアリルアルコール及び配位子と組み合わせて用いられ、反応触媒系が形成される。また、本発明では、いずれの触媒系を用いてもよいが、アリルアルコールを併用した場合は酸素に対してより安定な触媒系とすることができるため好ましく、前記式(3)に記載された反応触媒系が特に好ましく用いられる。
【化3】

[上記式(5)において、RuとNとの間の破線は配位結合であることを表す。]
【0017】
本発明のアリル化合物類の製造方法において触媒系を構成する配位子としては、前記「キナルジン酸」(QAH)及び前記「ピコリン酸」(PAH)が用いられる。これらの酸は、いずれを用いてもよいが、前記式(1)で表される触媒前駆体を用いるときは、配位子としてはキナルジン酸が好ましく、前記式(2)で表される触媒前駆体、即ち、シクロペンタジエニル基の水素原子がメチル基に置換された構造を有する触媒前駆体であるときは、配位子としてはピコリン酸が好ましい。配位子と触媒前駆体とを、このように組み合わせて用いることによって、反応をより促進させることができる。
【0018】
また、配位子と触媒前駆体とは、配位子と固形の触媒前駆体とに溶媒を加えて混合して用いてもよく、溶媒に溶解した配位子と固形の触媒前駆体とを混合して用いてもよく、配位子と溶媒に溶解した触媒前駆体とを混合して用いてもよく、溶媒に溶解した配位子と溶媒に溶解した触媒前駆体とを混合して用いてもよい。更に、各々が溶解した溶液を混合する場合、それぞれの溶媒は同一でもよく、異なっていてもよい。
【0019】
本発明のアリル化合物類の製造方法では、配位子と、触媒前駆体とを混合し、触媒系を形成させ、その後、配合されるアリルアルコール類及び基質と反応させ、例えば、基質がチオール類である場合は、チオエーテル類が製造され、基質がチオカルボン酸類である場合は、チオエステル類が製造される。配位子と触媒前駆体との混合方法は、前記のように特に限定されないが、反応器に投入された固形の触媒前駆体に、配位子が溶解した溶液を加えて混合する方法が好ましい。更に、アリルアルコール類及び基質は、使用時に適宜の溶媒に溶解させて用いられ、アリルアルコール類及び/又は基質が溶解した溶液が、配位子と触媒前駆体とにより触媒系が形成されている溶液に配合され、チオエーテル類及びチオエステル類が生成する。
【0020】
配位子を溶解させるための溶媒と、触媒前駆体を溶解させるための溶媒とは、同一でもよく、異なっていてもよいことは前記のとおりであるが、アリルアルコール類及び/又は基質を溶解させる溶媒も、配位子を溶解させるための溶媒及び触媒前駆体を溶解させるための溶媒のうちの少なくとも一方と同一でもよく、異なっていてもよい。
【0021】
反応に用いる溶媒は、所定の脱水反応がなされる限り、特に限定されない。この溶媒としては、例えば、ジクロロエタン、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)、テトラヒドロフラン(THF)、トルエン(toluene)等の他、シクロペンチルメチルエーテル、ジオキサン、アセトン、t−ブチルアルコール、i−プロピルアルコール等が挙げられる。これらの溶媒のうちでは、ジクロロエタン、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMA)、テトラヒドロフラン(THF)、toluene等が好ましい。また、本発明のアリル化合物類の製造方法では、脱水反応にもかかわらず、反応溶媒として、メタノール及びメタノールと水との混合溶媒(両溶媒の質量比は、メタノール/水=0.7:0.3、特に0.6:0.4であることが好ましい。)等の水系溶媒を用いることもできる。
【0022】
前記の溶媒のうちで、触媒前駆体及び配位子の各々を溶解させるための溶媒としては、それぞれ、ジクロロエタン、アセトン等が好ましい。また、アリルアルコール類及び/又は基質を溶解させるための溶媒、通常、反応溶媒となる溶媒としては、ジクロロエタン、DMF、DMA、THF等が好ましい。
【0023】
更に、基質のモル数(M)と、触媒のモル数(M)との比(M/M)は、目的とするアリル化合物類を生成させることができる限り、特に限定されないが、実用上、基質からアリル化合物類への生成率が90%以上、特に95%以上、更に99%以上となる比であることが好ましい。具体的には、比(M/M)が1:1〜1:5、特に1:1〜1:2、更に1:1〜1:1であることが好ましい。このように、本発明のアリル化合物類の製造方法では、極めて少量の触媒によって目的とするアリル化合物類の生成率を十分に高くすることができる。
【0024】
また、本発明のアリル化合物類の製造方法では、反応条件は特に限定されず、この反応条件は、基質の種類等に応じて、適宜調整することが好ましい。反応温度は反応時間によもよるが、実用上の観点では、10〜50℃、特に20〜40℃、更に25〜35℃とすることが好ましい。反応時間は、1〜30時間、特に2〜20時間、更に2〜10時間とすることができ、2〜5時間とすることもできる。本発明では、このように、短時間で十分に反応させることができる。尚、反応が促進され難いアリルアルコール類及び基質である場合は、反応温度をより高くする、反応時間をより長くする等によって、基質からアリル化合物類への転化率を十分に高くすることができる。
【0025】
更に、反応時の雰囲気は、通常、不活性雰囲気であり、この不活性雰囲気は特に限定されないが、例えば、窒素ガス雰囲気、又はアルゴンガス、ヘリウムガス、ネオンガス等の希ガス雰囲気とすることができ、アルゴン雰囲気であることが好ましい。また、本発明のアリル化合物類の製造方法では、反応終了後、従来の精製方法、例えば、蒸留、吸着、抽出、及び再結晶等の方法、又はこれらの方法を組み合わせた方法により、目的とするアリル化合物類の回収及び精製をすることもできる。
【実施例】
【0026】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。
実験例1〜9[各種の酸の配位子としての作用の評価]
ジクロロエタンに溶解させた3mmolのフェニルメタンチオール(1000mM濃度の溶液を用いた。)、及びアリルアルコール(1000mM濃度の溶液を用いた。)、並びに1mM濃度の式(1)で表される触媒前駆体又は式(2)で表される触媒前駆体を使用し、これに表1に記載の配位子となり得る各種の酸を配合し(実験例1は除く。)、30℃で反応させたときの、フェニルメタンチオールの後記式(6)における生成物として表されるアリルフェニルメチルチオエーテル(符号3)への転化率を評価した。結果を表1に併記する。
【0027】
【表1】

【0028】
表1によれば、酸としてキナルジン酸を用いた実験例2では、特に式(1)で表される触媒前駆体を用いた場合、1時間の反応で転化率は既に84%であり、数時間反応させれば転化率は十分に高い。また、式(2)で表される触媒前駆体を用いたときでも、24時間反応させたときの転化率は81%であり、キナルジン酸が優れた配位子であることが分かる。更に、酸としてピコリン酸を用いた実験例4では、特に式(2)で表される触媒前駆体を用いた場合、3時間の反応で転化率は69%、12時間の反応で転化率は97%と高く、式(1)で表される触媒前駆体を用いたときでも、24時間反応させたときの転化率は70%であり、ピコリン酸も優れた配位子であることが分かる。一方、酸を配合しなかった実験例1、並びにキナルジン酸の誘導体を用いた実験例3、ピコリン酸の誘導体を用いた実験例5、及びその他の酸を用いた実験例6〜9では、24時間反応させた後の転化率が低く、実験例3、5及び6〜9の酸は配位子としての十分な作用を有していないことが分かる。
【0029】
実験例10〜19[反応に用いる溶媒のアリル化合物類の生成率に及ぼす影響]
実験例10、13〜17、19では、各々の溶媒に溶解させた1mmolのフェニルメタンチオール(100mM濃度の溶液を用いた。)、アリルアルコール(100mM濃度の溶液を用いた。)、及び式(1)で表される触媒前駆体と、アリルアルコールと、キナルジン酸とを混合して調製した1mM濃度の触媒「[CpRu(η−C)QA]PF」を使用し、3〜4時間反応させた。また、実験例11、18では、それぞれ1000mM濃度のフェニルメタンチオール溶液、アリルアルコール溶液、及び式(1)で表される触媒前駆体と、キナルジン酸とを混合して調製した1mM濃度の触媒「[CpRu(QAH)]PF」を使用し、反応時間を24時間とした他は、実験例10等と同様にして反応させた。更に、実験例12では、1000mM濃度のフェニルメタンチオール溶液、2000mM濃度のアリルアルコール溶液、及び式(1)で表される触媒前駆体と、キナルジン酸とを混合して調製した2mM濃度の触媒を使用し、反応時間を48時間とした他は、実験例10等と同様にして反応させた。このようにして、30℃で反応させたときの、アリルフェニルメチルチオエーテルの生成率を評価した。結果を表2に併記する。
【0030】
実験例18[溶媒としてメタノールを用いた例]
以下、溶媒としてメタノールを用いた実験例18のアリル化合物の製造方法について詳述する。他の実験例では、前記の特記事項を除いて、同様の方法により、アリルフェニルメチルチオエーテルを製造し、同様にして生成率を評価した。
乾燥され、且つArが充填され、磁気攪拌棒が入れられた容量20mLのヤングバルブ付きシュレンクチューブに、式(1)で表される触媒前駆体と、キナルジン酸とを混合して調製した触媒を1.00μmol(1.0mM濃度のアセトン溶液を1.00mL用いた。)投入し、その後、減圧下にアセトンを除去した。次いで、アリルアルコールを10.0mmol(2.00M濃度のメタノール溶液を5.0mL用いた。)、及びフェニルメタンチオールを10.0mmol(2.00M濃度のメタノール溶液を5.0mL用いた。)加えた。その後、得られた黄色の溶液を30℃で3時間(反応時間)攪拌し、全混合物を濃縮し、黄色の油状物を得た。
【0031】
次いで、薄層クロマトグラフィー分析(展開溶媒;ヘキサン、アリルアルコールのRf値;0.25、アリルフェニルメチルチオエーテルのRf値;0.20)により反応の完了を確認した。その後、CDCl中の油状液をHNMR分析したところ、式(6)における生成物として表される略純水なアリルフェニルメチルチオエーテルと、極く少量の不純物との合計で、転化率は99.5%以上であった。また、粗混合物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(試料;2g、展開溶媒;ヘキサン)により分離、精製し、HNMR分析したところ、無色の油状の式(6)における生成物として表されるアリルフェニルメチルチオエーテル(符号3)が得られた(収量;1.62g、生成率;99%)。
【化4】

【0032】
【表2】

【0033】
表2によれば、生成率の低い実験例15のCHCNを除き、他の溶媒は使用可能であることが分かる。尚、実験例17のtolueneでは生成率が少し低いものの、反応条件の設定等により十分に使用可能な溶媒であると考えられる。また、表2には記載されていないが、COH、i−COH及びt−COHでも同様の好ましい結果が得られている。更に、実験例18のCHOHも好ましい溶媒であり、実験例19のように、CHOHと水との混合溶媒であっても、脱水型アリル化反応が定量的になされることが分かる。
【0034】
実験例20〜29[各種のアリルアルコール類を用いたアリル化合物類の製造]
表3に記載の各種のアリルアルコール類を用いて、特記しない限り実験例18と同様の方法により、各種のチオエーテルを製造し、同様にして生成率を評価した。
【0035】
実験例20
式(6)におけるアリルアルコール類(符号2)のRがCHであるアリルアルコールを使用し、反応時間を3.5時間とした他は実験例18と同様にしてチオエーテルを製造した。その結果、式(7)で表されるチオエーテル(branch)、式(8)で表されるチオエーテル[(E)normal]、及び式(9)で表されるチオエーテル[(Z)normal]を、1:0.19:0.01の収量比で得た。収量比は、HNMR分析による各々のδ値により決定した[branch,δ1.30(d);(E)normal,δ1.71(d);(Z)normal,δ1.57(d)]。チオエーテル(normal)の収量は175mg、生成率は98%であった。
【化5】

【化6】

【化7】

【0036】
実験例21
式(4)におけるアリルアルコール類のRがCHであるアリルアルコールを使用し、反応時間を3.5時間とした他は実験例18と同様にしてチオエーテルを製造した。その結果、前記式(7)で表されるチオエーテル(branch)、前記式(8)で表されるチオエーテル[(E)normal]、及び前記式(9)で表されるチオエーテル[(E)normal]を、1:0.39:0.09の収量比で得た。収量比は、HNMR分析による各々のδ値により決定した。チオエーテル(normal)の収量は174mg、生成率は98%であった。
【0037】
実験例22
式(4)におけるアリルアルコール類のRがCHであるアリルアルコールを使用し、反応時間を3.5時間とした他は実験例18と同様にして式(10)で表されるチオエーテルを製造した。収量は175mg、生成率は98%であった。
【化8】

【0038】
実験例23
式(4)におけるアリルアルコール類のRがn−C13であるアリルアルコールを使用した他は実験例18と同様にして式(11)で表されるチオエーテルを製造した。収量は242mg、生成率は98%であった。生成したチオエーテルのNMR分析データ及び高分解能質量分析データは下記のとおりである。
【化9】

1H NMR (CDCl3) δ 0.89 (3H, t, J = 6.89 Hz, CH3), 1.24−1.32 (6H, m, 3 x CH2), 1.38−1.43 (2H, m, CH2), 2.14 (2H, t, J = 7.57 Hz, CCH2CH2), 3.03 (2H, s, CH2), 3.61 (2H, s, CH2), 4.85 (1H, s, C=CHH), 4.89 (1H, s, C=CHH), 7.20−7.25 (1H, m, aromatic), 7.28−7.35 (4H, m, aromatic); 13C NMR (CDCl3) δ 14.1, 22.6, 27.6, 29.0, 31.7, 34.0, 35.2, 37.2, 112.6, 126.8, 128.4, 129.0, 138.4, 145.1; HRMS calcd for C16H24S (M+) 248.1599, obsd 248.1594
【0039】
実験例24
式(4)におけるアリルアルコール類のRがc−C11であるアリルアルコールを使用し、反応時間を4時間とした他は実験例18と同様にして式(12)で表されるチオエーテルを製造した。収量は112mg、生成率は91%であった。生成したチオエーテルのNMR分析データ及び高分解能質量分析データは下記のとおりである。
【化10】

1H NMR (CDCl3) δ 1.10−1.21 (3H, m, CHH and CH2), 1.25−1.33 (2H, m, CH2), 1.68 (1H, d, J = 11.71 Hz, CHH), 1.77 (4H, br, CH2), 2.08 (1H, t, J = 11.71 Hz, CH), 3.07 (2H, s, CH2), 3.61 (2H, s, CH2), 4.85 (1H, s, C=CHH), 4.89 (1H, s, C=CHH), 7.21−7.25 (1H, m, aromatic), 7.29−7.32 (4H, br, aromatic); 13C NMR (CDCl3) δ 26.3, 26.7, 32.6, 35.3, 36.8, 41.5, 110.9, 126.8, 128.4, 129.0, 138.4, 150.1; HRMS calcd for C16H22S (M+) 246.1442, obsd 246.1441
【0040】
実験例25
式(4)におけるアリルアルコール類のRがCであるアリルアルコールを使用した他は実験例18と同様にして式(13)で表されるチオエーテルを製造した。収量は233mg、生成率は97%であった。
【化11】

【0041】
実験例26
式(4)におけるアリルアルコール類のRがC(CHであるアリルアルコールを使用し、反応時間を16時間とした他は実験例18と同様にして反応させたが、式(14)で表されるチオエーテルは生成しなかった。
【化12】

【0042】
実験例27
式(4)におけるアリルアルコール類のRがCOOCであるアリルアルコールを使用し、反応時間を4時間とした他は実験例18と同様にして式(15)で表されるチオエーテルを製造した。収量は227mg、生成率は96%であった。
【化13】

【0043】
実験例28
式(4)においてR−R=(CHであるアリルアルコールを使用し、反応時間を24時間とした他は実験例18と同様にしてチオエーテル[式(16)で表されるベンジル2−シクロヘキセニルチオエーテルとベンジルジチオエーテルとの、質量比70:30の混合物]を製造した。収量は122mg、生成率は39%であった。生成したチオエーテル(混合物)のNMR分析データ及び高分解能質量分析データは下記のとおりである。
【化14】

1H NMR (CDCl3) δ 1.55−1.61 (1H, m, CHH), 1.72−1.78 (1H, m, CHH), 1.81−1.95 (2H, m, CH2), 1.98−2.05 (2H, m, CH2), 3.28 (1H, br, CH), 3.74 (1H, d, J = 13.08 Hz, CHHS), 3.77 (1H, d, J = 13.08 Hz, CHHS), 5.63−5.67 (1H, m, CH=CH), 5.76−5.80 (1H, m, CH=CH), 7.23 (1H, t, J = 7.57 Hz, aromatic), 7.29−7.35 (4H, m, aromatic); 13C NMR (CDCl3) δ 19.8, 24.9, 29.0, 35.4, 40.1, 126.9, 127.5, 128.5, 128.9, 129.9, 138.7; HRMS calcd for C13H16S (M+) 204.0973, obsd 204.0989
【0044】
実験例29
アリルアルコール類として2−methylbut−3−en−2−olを使用した他は実験例18と同様にしてチオエーテルを製造した。その結果、式(17)で表されるチオエーテル(branch)、及び式(18)で表されるチオエーテル(normal)を、1.7:1の収量比で得た。収量比は、HNMR分析による各々のδ値により決定した[branch,δ5.91(dd);normal,δ5.23(t)]。チオエーテル(normal)の収量は187mg、生成率は97%であった。
【化15】

【化16】

チオエーテル(branch)のNMR分析データは下記のとおりである。
1H NMR (CDCl3) δ 1.39 (6H, s, 2 x CH3), 3.60 (2H, s, CH2), 5.00 (1H, d, J = 17.9 Hz, CHH), 5.09 (1H, d, J = 11.02, CHH), 5.92 (1H, dd, J = 11.2, 17.9 Hz, CH), 7.19−7.33 (5H, m, aromatic); 13C NMR (CDCl3) δ 27.4, 34.0, 47.3, 111.6, 126.7, 128.4, 129.0, 138.3, 144.5.
また、チオエーテル(normal)のNMR分析データ及び高分解能質量分析データは下記のとおりである。
1H NMR (CDCl3) δ 1.58 (3H, s, CH3), 1.73 (3H, s, CH3), 3.05 (2H, d, J = 7.57 Hz, CH2), 3.68 (2H, s, CH2), 5.25 (1H, t, J = 7.57 Hz, CH), 7.19−7.33 (5H, m, aromatic); 13C NMR (CDCl3) δ 17.8, 25.7, 29.1, 35.7, 120.4, 126.8, 128.4, 128.8, 135.5, 138.6; HRMS calcd for C12H16S (M+) 192.0973, obsd 192.0982
以上、基質としてフェニルメタンチオールを使用し、各種のアリルアルコールを用いた場合の結果を表3に記載する。
【0045】
【表3】

【0046】
表3によれば、実験例26では、この反応条件では反応が進まなかったが、他の条件に設定することにより、所定のチオエーテルを生成させることができるものと考えられる。また、実験例28のアリルアルコール類を用いた場合に、脱水型アリル化反応が十分に進まない傾向がみられるが、その他のアリルアルコール類では、チオエーテルの生成率は91%と高く、特に多くのアリルアルコール類では、短い反応時間で脱水型アリル化反応が十分になされていることが分かる。
【0047】
実験例30〜38[各種のチオール類を用いたチオエーテル類の製造]及び実験例39〜43[各種のチオカルボン酸を用いたチオエステル類の製造]
表4に記載の各種の基質を用いて、基質がチオール類である場合(実験例30〜38)は、特記しない限り実験例18と同様の方法により、各種のチオエーテル類を製造し、同様にして生成率を評価した。また、基質がチオカルボン酸類である場合(実験例39〜43)は、特記しない限り実験例39と同様の方法により、各種のチオエステル類を製造し、同様にして生成率を評価した。尚、反応溶媒としては、メタノール、ジクロロエタン又はメタノール/水混合溶媒を用いた。
【0048】
実験例30
基質のチオールとしてシクロヘキサンチオールを使用した他は実験例18と同様にして式(19)で表されるチオエーテルを製造した。反応溶媒がメタノールであるときの収量は152mg、生成率は97%であり、反応溶媒がジクロロエタンであるときの生成率は97%であった。
【化17】

【0049】
実験例31
基質のチオールとして2−メチルブタン−2−チオールを使用し、反応時間を4時間とし、粗混合物の分離、精製に用いたシリカゲルカラムクロマトグラフィーの展開溶媒をペンタンとした他は実験例18と同様にして式(20)で表されるチオエーテルを製造した。反応溶媒がメタノールであるときの収量は137mgであり、反応溶媒がジクロロエタンであるときの生成率は95%であった。生成したチオエーテルのNMR分析データ及び高分解能質量分析データは下記のとおりである。
【化18】

1H NMR (CDCl3) δ 0.95 (3H, t, J = 7.57 Hz, CH3CH2), 1.27 (6H, s, 2 x CH3), 1.56 (2H, q, J = 7.57 Hz, CH3CH2), 3.15 (2H, d, J = 6.89 Hz, CH2CH), 5.05 (1H, d, J = 9.64 Hz, CH=CHH), 5.18 (1H, d, J = 17.2 Hz, CH=CHH), 5.82−5.91 (1H, m, CH=CH2); 13C NMR (CDCl3) δ 9.1, 28.3, 31.4, 34.9, 46.3, 116.6, 135.3; HRMS calcd for C8H16S (M+) 144.0973, found 144.0981
【0050】
実験例32
基質のチオールとしてベンゼンチオールを使用し、反応時間を2.5時間とした他は実験例18と同様にして式(21)で表されるチオエーテルを製造した。反応溶媒がメタノールであるときの収量は148mg、生成率は99%であり、反応溶媒がジクロロエタンであるときの生成率は99%であった。
【化19】

【0051】
実験例33
基質のチオールとして4−メチキシベンゼンチオールを使用し、反応時間を2.5時間とした他は実験例18と同様にして式(22)で表されるチオエーテルを製造した。反応溶媒がメタノールであるときの収量は177mg、生成率は98%であり、反応溶媒がジクロロエタンであるときの生成率は98%であった。
【化20】

【0052】
実験例34
基質のチオールとして4−クロロベンゼンチオールを使用した他は実験例18と同様にして式(23)で表されるチオエーテルを製造した。反応溶媒がメタノールであるときの収量は182mg、生成率は95%であり、反応溶媒がジクロロエタンであるときの生成率は94%であった。
【化21】

【0053】
実験例35
基質のチオールとして2−ヒドロキシエタンチオールを使用し、反応時間を4時間とし、粗混合物の分離、精製に用いたシリカゲルカラムクロマトグラフィーの展開溶媒をエチルアセテート/ヘキサン=1:9とした他は実験例18と同様にして式(24)で表されるチオエーテルを製造した。反応溶媒がメタノールであるときの収量は172mg、生成率は97%であり、反応溶媒がジクロロエタンであるときの生成率は96%であった。
【化22】

【0054】
実験例36
基質のチオールとして2−アミノエタンチオールハイドロクロライドを使用し、反応時間を3.5時間とし、粗混合物の分離、精製に用いたシリカゲルカラムクロマトグラフィーの展開溶媒をジクロロエタン/メタノール=99:1とした他は実験例18と同様にして式(25)で表されるチオエーテルを製造した。反応溶媒がメタノールであるときの収量は151mg、生成率は98%であった。生成したチオエーテルのNMR分析データ及び高分解能質量分析データは下記のとおりである。
【化23】

1H NMR (CD3OD) δ 2.76 (2H, t, J = 6.89 Hz, CH2), 3.12 (2H, t, J = 6.89 Hz, CH2), 3.22 (2H, d, J = 7.57 Hz, CH2), 4.86 (3H, br, NH3), 5.14 (1H, d, J = 10.3 Hz, CH=CHH), 5.20 (1H, d, J = 17.2 Hz, CH=CHH), 5.78−5.86 (1H, m, CH=CH2); 13C NMR (CD3OD) δ 28.5, 34.9, 39.7, 118.2, 135.2; HRMS calcd for C5H11NS ([M−HCl]+) 117.0612, obsd 117.0604
【0055】
実験例37
基質のチオールとして(R)−システインハイドロクロライドを使用し、反応溶媒としてメタノール/水=1:1の混合溶媒を用いた他は実験例18と同様にして式(26)で表されるチオエーテルを製造した。精製物は粗混合物から単離することができなかったが、特定の処理をし、HNMRにより確認したところ、収量は190mg、生成率は95%以上であった。
【化24】

【0056】
実験例38
基質のチオールとして(R)−システインハイドロクロライドを使用し、実験例23で用いたアリルアルコール類を使用し、反応溶媒としてメタノール/水=1:1の混合溶媒を用いた他は実験例18と同様にして式(27)で表されるチオエーテルを製造した。精製物は粗混合物から単離することができなかったが、特定の処理をし、HNMRにより確認したところ、収量は280mg、生成率は約99%であった。生成したチオエーテルのNMR分析データ及び高分解能質量分析データは下記のとおりである。
【化25】

1H NMR (CD3OD) δ 0.91 (3H, t, J = 6.87 Hz, CH3), 1.32 (6H, br, 3 x CH2), 1.44−1.49 (2H, m, CH2), 2.19 (2H, t, J = 6.87 Hz, CH2), 2.83 (1H, dd, J = 8.94, 14.78 Hz, CHH), 3.07 (1H, dd, J = 4.12, 14.78 Hz, CHH), 3.23 (2H, s, CH2), 3.79 (1H, dd, J = 4.12, 8.94 Hz, CH), 4.92 (1H, s, C=CHH), 4.99 (1H, s, C=CHH); 13C NMR (CD3OD) d 14.4, 23.7, 28.6, 30.1, 31.5, 32.8, 34.6, 38.3, 53.1, 114.4, 145.7, 170.5; HRMS calcd for C12H22NO2S ([M−HCl]+) 244.1371, obsd 244.1389
【0057】
実験例39
生成物の単離が困難であるため、反応は、ジクロロエタン中、基質/触媒比を1000として実施した。
乾燥され、且つArが充填され、磁気攪拌棒が入れられた容量200mLのヤングバルブ付きシュレンクチューブに、100mLのジクロロエタン、99.3mmolのエタンチオカルボン酸(7.00mL)、及び99.3mmolのアリルアルコール(6.75mL)を投入し、脱ガスした。その後、これに式(1)で表される触媒前駆体と、アリルアルコールと、キナルジン酸とを混合して調製した触媒「[CpRu(η−C)QA]PF」99.3μmol(52.0mg)を加え、得られた黄色の溶液を30℃で24時間(反応時間)攪拌した。次いで、ピペットにより水を除去し、反応混合物に5gの硫酸ナトリウムを加え、20mLのジクロロエタンで2回洗浄した。その後、減圧下、室温で15mLにまで濃縮し、蒸留して、無色の油状の式(28)で表されるチオエステルを得た(収量;11.0g、生成率;96%)。
【化26】

【0058】
実験例40
基質のチオカルボン酸として3−フェニルプロパンチオカルボン酸を使用し、反応時間を4時間とした他は実験例39と同様にして式(29)で表されるチオエステルを製造した。反応溶媒がメタノールであるときの収量は202mg、生成率は98%であり、反応溶媒がジクロロエタンであるときの生成率は97%であった。生成したチオエステルのNMR分析データ及び高分解能質量分析データは下記のとおりである。
【化27】

1H NMR (CDCl3) δ 2.87 (2H, t, J = 7.57 Hz, CH2), 2.99 (2H, t, J = 7.57 Hz, CH2), 3.54 (2H, d, J = 6.89 Hz, CH2), 5.10 (1H, d, J = 9.64 Hz, CH=CHH), 5.23 (1H, d, J = 17.21 Hz, CH=CHH), 5.75−5.83 (1H, m, CH=CH2), 7.19 (2H, d, J = 8.26 Hz, aromatic), 7.21 (1H, t, J = 6.89 Hz, aromatic), 7.29 (2H, t, J = 8.26 Hz, aromtic); 13C NMR (CDCl3) δ 31.4, 31.7, 45.4, 117.9, 126.3, 128.3, 128.5, 133.0, 140.0, 197.8; HRMS calcd for C12H14OS (M+) 206.0765, obsd 206.0762
【0059】
実験例41
基質のチオカルボン酸としてシクロヘキサンカルボチオカルボン酸を使用し、反応時間を3時間とした他は実験例39と同様にして式(30)で表されるチオエステルを製造した。反応溶媒がメタノールであるときの収量は177mg、生成率は96%であり、反応溶媒がジクロロエタンであるときの生成率は98%であった。生成したチオエステルのNMR分析データ及び高分解能質量分析データは下記のとおりである。
【化28】

1H NMR (CDCl3) δ 1.17−1.33 (3H, m, CHH and CH2), 1.42−1.52 (2H, brm, CH2), 1.63−1.69 (1H, brm, CHH), 1.75−1.82 (2H, brm, CH2), 1.89−1.96 (2H, brm, CH2), 2.48 (1H, tt, J = 3.44, 11.02 Hz, CH), 3.51 (2H, d, J = 6.89 Hz, CH2), 5.09 (1H, d, J = 10.33 Hz, CH=CHH), 5.23 (1H, d, J = 17.21 Hz, CH=CHH), 5.76−5.84 (1H, m, CH=CH2); 13C NMR (CDCl3) δ 25.5, 25.6, 29.5, 31.3, 52.5, 117.6, 133.3, 202.4; HRMS calcd for C10H16OS (M+) 184.0922, obsd 184.0921
【0060】
実験例42
基質のチオカルボン酸としてベンゾチオカルボン酸を使用し、反応時間を3時間とした他は実験例39と同様にして式(31)で表されるチオエステルを製造した。反応溶媒がメタノールであるときの収量は176mg、生成率は99%であり、反応溶媒がジクロロエタンであるときの生成率は96%であった。
【化29】

【0061】
実験例43
基質のチオカルボン酸として4−メトキシベンゾチオカルボン酸を使用し、反応時間を4時間とした他は実験例39と同様にして式(32)で表されるチオエステルを製造した。反応溶媒がメタノールであるときの収量は200mg、生成率は96%であり、反応溶媒がジクロロエタンであるときの生成率は96%であった。
【化30】

以上、基質として各種のチオール又はチオカルボン酸を使用し、アリルアルコールを用いた場合(実験例38では、実験例23で用いた特定のアリルアルコールを使用した。)の結果を表4に記載する。
【0062】
【表4】

【0063】
表4によれば、基質として各種のチオールを用いた実験例18及び30〜38では、2.5〜4時間という短い反応時間で、生成率が95%以上と高く、チオール類の種類によらず、脱水型アリル化反応が十分になされていることが分かる。また、基質として各種のチオカルボン酸を用いた実験例39〜43でも、生成率は96%以上と高く、特に実験例40〜43では、3〜4時間という短い反応時間で脱水型アリル化反応が十分になされていることが分かる。
【0064】
実験例44[求核原子としてC原子を有する化合物のアリル化反応]
式(33)の反応系によって、求核原子としてC原子を有する化合物をアリル化させた。
【化31】

尚、上記触媒は、前記式(3)に記載された好ましい態様の触媒であり、下記実験例45及び参考例1〜2でも、同様に、前記式(3)に記載された好ましい態様の触媒を用いた。
容量20mLヤングバルブ付き反応管に、アルゴン気流下、2−メチル-1,3−シクロヘキサンジオン(37.8mg、300mmol)を加えた。その後、セプタム栓をし、アリルアルコール(20.4mL、300mmol)とジクロロメタン(3mL)をそれぞれシリンジで加えた。セプタム栓をヤングバルブに付け替えて密閉した後、不均一溶媒を3回凍結脱気した。そこへ、アルゴン気流下、式(1)で表される触媒前駆体と、アリルアルコールと、キナルジン酸とを混合して調製した触媒「[CpRu(η−C)QA]PF」(1.6mg、3mmol)を秤り入れた。再びヤングバルブで密閉し、80℃に設定されたオイルバスに反応管を投入し、撹拌した。5時間後、得られた均一溶液を一部取り出して濃縮後、DMSO−d6でNMR分析し、変換率が>99%であり、定量的な目的物の生成を確認した。また、反応溶液をアルミナ濾過し触媒を除いた後、エバポレーターにかけて濃縮することで、2−メチル−2−アリル−1,3−シクロヘキサンジオンを単離した(49.8mg、収率99%)。生成した生成物のHNMR分析データは下記のとおりである。
1H NMR (600 MHz, DMSO-d6) δ 1.08 (3H, s), 1.77 (1H, m), 1.91 (1H, m), 2.47(2H, d, J = 6.89 Hz), 2.53 (2H, m), 2.76 (2H, m), 5.03 (1H, d J = 10.3 Hz), 5.05 (1H, d, J = 18.6 Hz), 5.50 (1H, m)
【0065】
実験例45[求核原子としてC原子を有する他の化合物のアリル化反応]
式(34)の反応系によって、求核原子としてC原子を有する他の化合物をアリル化させた。
【化32】

容量20mLヤングバルブ付き反応管に、アルゴン気流下、2−メチルアセト酢酸エチル(144mg、1mmol)を加えた。セプタム栓をして、アリルアルコール(68.0mL、1mmol)とtoluene(1mL)をそれぞれシリンジで加えた。その後、セプタム栓をヤングバルブに付け替えて密閉し、次いで、均一溶媒を3回凍結脱気した。そこへ、アルゴン気流下、式(1)で表される触媒前駆体と、アリルアルコールと、キナルジン酸とを混合して調製した触媒「[CpRu(η−C)QA]PF」(5.2mg、10mmol)とトリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン(5.1mg、10mmol)を秤り入れた。次いで、ヤングバルブで再度密閉し、100℃に設定されたオイルバスに反応管を投入し、撹拌した。6時間後、溶液をアルミナ濾過し触媒を除いた後、エバポレーターにかけて濃縮し、2−メチル−2−アリル−アセト酢酸エチルを単離した(184mg、収率99%)。この反応では、ボランの配合を必須とするが、高い生成率でアリル化合物を得ることができた。
【0066】
尚、本発明のアリル化合物類の製造方法は、基質とアリルアルコール類との分子間反応ばかりでなく、分子内反応によるアリル化合物類の製造方法にも適用することができる。例えば、以下の式(35)及び式(36)のような反応系によってアリル化合物類を製造することができる。
【0067】
参考例1[スルホニルアミノアリルアルコールの脱水的環化反応]
【化33】

容量20mLヤングバルブ付き反応管に、アルゴン気流下、5−(6−ヒドロキシ−4−へキセニル)−2,2−ジメチル−1,3−ジオキサン−4,6−ジオン(60.5mg、250mmol)を加えた。セプタム栓をして、ジクロロメタン(2.5mL)をシリンジを用いて加えた。その後、セプタム栓をヤングバルブに付け替えて密閉し、次いで、不均一溶媒を3回凍結脱気した。そこへ、アルゴン気流下、式(1)で表される触媒前駆体と、アリルアルコールと、キナルジン酸とを混合して調製した触媒「[CpRu(η−C)QA]PF」(1.3mg、2.5mmol)を秤り入れた。次いで、ヤングバルブで再度密閉し、80℃に設定されたオイルバスに反応管を投入し、撹拌した。3時間後、溶液をアルミナ濾過して触媒を除き、次いで、エバポレーターにかけて濃縮し、8,8−ジメチル−1−ビニル−7,9−ジオキサスピロ[4,5]デカン−6,10−ジオンを単離した(55.8mg、収率99%)。粗成生物のHNMRを測定し、>99%の変換率で定量的な目的物の生成を確認した。
【0068】
参考例2[スルホニルアミノアリルアルコールの脱水的環化反応]
【化34】

容量20mLヤングバルブ付き反応管に、アルゴン気流下、6−p−トルエンスルホニルアミノヘキサン−2−エン−1−オール(25.0mg、93mmol)を加えた。セプタム栓をして、ジクロロメタン(0.93mL)をシリンジを用いて加えた。セプタム栓をヤングバルブに付け替えて密閉した後、不均一溶媒を3回凍結脱気した。そこへ、アルゴン気流下、式(1)で表される触媒前駆体と、アリルアルコールと、キナルジン酸とを混合して調製した触媒「[CpRu(η−C)QA]PF」(0.48mg、0.93mmol)を秤り入れた。次いで、ヤングバルブで再度密閉し、80℃に設定されたオイルバスに反応管を投入し、撹拌した。3時間後、溶液をアルミナ濾過して触媒を除き、次いで、エバポレーターにかけて濃縮し、1−トシル−2−ビニルピロリジンを単離した(23.3mg、収率99%)。粗成生物のHNMRを測定し、>99%の変換率で定量的な目的物の生成を確認した。
尚、実験例及び参考例におけるHNMR及び13CNMR測定には、「JEOL JNM−ECA−600」(H;600MHz、13C;151MHz)を用いた。また、高分解能質量分析スペクトル(HRMS)は、「JEOL JMS−700システム」を用いたEIイオン化法により測定した。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明は、求核原子であるS、C、N、特にSを有するチオール及びチオカルボン酸からなる基質を用いて、各種のアリル化合物を製造する技術分野において利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)及び式(2)から選ばれる触媒前駆体と配位子とを混合し、又は下記式(1)及び式(2)から選ばれる触媒前駆体とアリルアルコールと配位子とを混合し、その後、アリルアルコール類と、基質とを配合し、反応させるアリル化合物類の製造方法であって、
前記配位子は、キナルジン酸又はピコリン酸であり、
前記基質は、チオール類、チオカルボン酸類、窒素原子と該窒素原子に結合した水素原子及び該窒素原子に結合した有機基若しくは該窒素原子を含む環状構造部とを有する化合物、又は炭素原子と該炭素原子に結合した水素原子並びに該炭素原子に結合した有機基及び該炭素原子を含む環状構造部のうちの少なくとも一方とを有する化合物、であることを特徴とするアリル化合物類の製造方法。
[Ru(C)(CHCN)]PF (1)
[Ru〔C(CH〕(CHCN)]PF (2)
【請求項2】
前記式(1)で表される触媒前駆体と、前記キナルジン酸とを用いる、又は該式(1)で表される触媒前駆体と、前記アリルアルコールと、該キナルジン酸とを用いる請求項1に記載のアリル化合物類の製造方法。
【請求項3】
前記式(2)で表される触媒前駆体と、前記ピコリン酸とを用いる、又は該式(2)で表される触媒前駆体と、前記アリルアルコールと、該ピコリン酸とを用いる請求項1に記載のアリル化合物類の製造方法。
【請求項4】
前記基質がチオール類又はチオカルボン酸類である請求項1乃至3のうちのいずれか1項に記載のアリル化合物の製造方法。
【請求項5】
反応溶媒がメチルアルコール又はメチルアルコールと水との混合溶媒である請求項1乃至4のうちのいずれか1項に記載のアリル化合物類の製造方法。

【公開番号】特開2011−231072(P2011−231072A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−104529(P2010−104529)
【出願日】平成22年4月28日(2010.4.28)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】