説明

アルミナ成形体、アルミナ焼成成形体及びこれらの製造方法

【課題】バインダーを含有していなくても成形体として利用可能でかつ紙のような可撓性を有するアルミナ成形体及びアルミナ焼成成形体、並びに、これらの製造方法の提供。
【解決手段】30〜5,000のアスペクト比(平均繊維長/平均繊維幅)を有するアルミナナノファイバーが収束して成り、かつ3〜70nmの幅を有する収束体が不規則に交絡して成る多孔質構造を有することを特徴とするアルミナ成形体、及び、前記範囲のアスペクト比のアルミナナノファイバーが分散した水性アルミナナノファイバーゾルと溶解パラメーターが8〜14の極性有機溶媒とを混合し、混合物から析出物を分離するアルミナ成形体の製造方法、並びに、前記アルミナ成形体を200〜1,500℃で焼成することを特徴とするアルミナ焼成成形体及びアルミナ焼成成形体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミナ成形体、アルミナ焼成成形体及びこれらの製造方法に関し、さらに詳しくは、バインダーを含有していなくても例えば不織布のような多孔性の成形体として利用可能で、かつ、その成形体がシート状であるときには紙のような可撓性を有するアルミナ成形体及びその製造方法、並びに、多孔性であり、かつ、シート状であるときには紙のような可撓性を有するアルミナ焼成成形体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、セラミックスナノファイバーを使用した成形体は、機能性面及び製法面から活発な研究開発が行われている。特にセラミックスファイバーを加工した成形体は耐熱性、耐薬品性、強度に優れた特性を有しており、断熱材、防音材、フィルター、触媒担体等として工業的に幅広く使われている。さらには、基材となるセラミックスファイバーの長さや太さを制御することによって、より広い分野への用途展開が期待できる。特に粒子径がナノレベルのナノファイバーは、粒子径がμmレベルのマイクロファイバーと比較して比表面積が大きいことからマイクロファイバーにはない効果が期待できる。
【0003】
例えば、マイクロファイバーを集積してなるシート状物を濾過フィルターに使用すると、マイクロファイバー自身の超比表面積効果によりその濾過フィルターは圧力損失が小さくなることが知られている。また、マイクロファイバーの配向性、結晶化度の向上によりマイクロファイバーの集積体全体の電気的特性や力学的特性及び熱的特性が変化する。これによって、マイクロファイバーは、電極材、セパレーター等の電気エネルギー分野、有機EL、電子ペーパー等のエレクトロニクス分野、ドラックデリバリー、再生医療培地等の医療バイオ分野、吸着材、フィルター等の環境分野への応用が、期待できる。実際に、マイクロファイバーの集積体は排ガスフィルターや防塵マスク等に使用されているが、このような分野への用途展開には、セラミックスファイバーの材質の選定やナノファイバーの結晶性、成形体の細孔径、膜厚、強度等の制御が重要になってくる。特に細孔径はナノファイバー長とファイバー径である程度決定され、ナノレベルの細孔径を有する成形体を作成するためには、繊維幅が数nm、繊維長が数百nm〜数μmのファイバーが必要になる。
【0004】
セラミックスファイバーを使用した成形体の種類は多く、例えばセラミックスファイバーをある程度積層させた不織布等は前駆体の組成、製法面等で数多く報告がなされている。不織布の製法としては、ブローイング法、メルトブロー法、溶融紡糸法、エレクトロスピニング法等があり、何れもセラミックス前駆体を特殊なノズルから吐出しファイバー状に加工し、巻き取ることによりシート化される。
【0005】
特許文献1には「10ミクロンより小さい平均直径をもつ無機酸化物繊維からなり、圧縮により製品の比引張強さの50%以下への低下によって示されるごとき繊維の過度の破壊を生ずることなしに製品中の繊維の容積分率を0.25より大きい値まで増加せしめ得る無機酸化物繊維製品(請求項1)、並びに、紡糸用組成物を複数の繊維前駆体流を空気流中に同伴させ、空気流中に同伴された繊維前駆体を収束用ダクトに通送し、該繊維前駆体を巻取りドラム上に収集し、ついで該繊維前駆体を無機酸化物繊維に転化せしめることからなる10ミクロンより小さい平均直径をもつ無機酸化物繊維からなり、圧縮により製品の比引張強さの50%以下への低下によって示されるごとき繊維の過度の破壊を生ずることなしに製品中の繊維の容積分率を0.25より大きい値まで増加せしめ得る無機酸化物繊維製品の製造方法(請求項17)」が記載されている。特許文献1の製造方法は「セラミックス前駆体溶液を一定流速気流中に吐出し紡糸することによりセラミックスファイバーを作成する」。
【0006】
また、特許文献2には、「メルトブロー法により製造されてなる不織布であって、該不織布が、ケイ素系セラミックス成分を主体とする第1相と第1相以外の組成からなるセラミックス成分を主体とする第2相との複合相からなり、第2相を構成する少なくとも1種のセラミックス成分の微細結晶粒子の存在割合が繊維の表層に向かって傾斜的に増大しているセラミックス繊維により構成されてなることを特徴とする不織布(請求項1)、並びに、メルトブロー法を用いて、有機ケイ素重合体を有機金属化合物で修飾した構造を有する変性有機ケイ素重合体、又は、有機ケイ素重合体あるいは前記変性有機ケイ素重合体と有機金属化合物との混合物を溶融し、溶融物を紡糸ノズルから吐出すると共に、前記紡糸ノズルの周囲から加熱窒素ガスを噴出させて紡糸し、紡糸ノズルの下部に配置した受器に紡糸繊維を捕集することにより不織布を形成させ、次いで、該不織布を不融化処理後、酸化雰囲気中、不活性雰囲気中、又は窒素を含む雰囲気中で焼成することを特徴とする請求項1記載の不織布の製造方法(請求項12)」が記載されている。特許文献2の製造方法は「セラミックス前駆体を加熱したガスとともに噴出させ紡糸することによりセラミックス繊維を作成する」。
【0007】
これら特許文献1及び2に記載された製造方法で得られるファイバーの直径はいずれも数μmオーダーであり、これ以上細くすると糸切れが生じてシート状又は膜状の成形体を形成することができないという問題があった。
【0008】
また、非特許文献1には、「長径/短径(アスペクト比)が10(200nm/20nm)程度の針状のアルミナナノファイバーの懸濁液を所定のpHに調整し、メンブレンフィルターで濾過するとフィルター上に膜状に針状ナノファイバーが残る」ことが記載されている。しかし懸濁液のpHによっては得られた膜にひびが入り強度的に不足していた。この程度のアスペクト比では膜化した際の強度が十分ではなく、膜状成形体として利用できないことがあった。
【0009】
特許文献3には、「集束した無機繊維が含まれている無機繊維と繊維を結合するバインダー成分で構成される湿式法不織布であって、平均集束繊維本数が1.5本以上20本以下、かつ不織布断面において(各束の厚さ方向の隣接繊維本数)/(各束の平面方向の隣接繊維本数)=Z/X値で表される平均のZ/X値(平均Z/X値)が0.9以下であることを特徴とする湿式法不織布(請求項1)、並びに、無機繊維をアニオン系分散安定剤の存在下、水性媒体中で分散させる工程、得られた繊維分散液にカチオン系化合物を添加して繊維を集束させ、集束した繊維の束を含む繊維分散液を製造する工程、集束した繊維の束を含む得られた繊維分散液を湿式抄紙する工程、及び得られたシートにバインダーを施す工程を含むことを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の湿式不織布の製造方法(請求項8)」が記載されている。
【0010】
また、特許文献4には、「セラミックス繊維を用いた不織布を製造する方法であって、前記セラミックス繊維と共にパルプを分散した液から抄造することを特徴とするセラミックス繊維不織布の製造方法(請求項1)」が記載されている。
【0011】
特許文献3及び特許文献4の製造方法等のように、ガラスに代表されるセラミックスファイバーを使用して湿式法により不織布を作成する場合、ナノファイバー同士の付着強度が小さいため高分子化合物やパルプ等のバインダーを添加する必要がある。しかし、バンダーを用いるとアルミナ特有の構造特性、熱物性、電気的特性が失われることや細孔径の制御が困難になる等の問題を有しており、バインダーを除去するためには熱処理が必要であった。そのため、未焼成特有のアルミナ物性が失われ使用分野が限られていた。また、バインダーを用いると、場合によっては、Na、K、SO2−、Cl等の不純物が混入するため高純度の品質を要求する分野への適用が困難になることがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開昭61−296122号公報
【特許文献2】特開2004−60095号公報
【特許文献3】特開2004−323992号公報
【特許文献4】特開2002−155491号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Journal of the Ceramic of Japan 116[11]1241-1243
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、バインダーを含有していなくても例えば不織布のようなシート状又は膜状の成形体として利用可能でかつ紙のような可撓性を有するアルミナ成形体及びその製造方法を提供することを目的とする。
【0015】
また、本発明は、バインダーを含有していなくても例えば不織布のようなシート状又は膜状の成形体として利用可能でかつ紙のような可撓性を有するアルミナ焼成成形体及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、このような状況の中で上記従来技術に鑑みて、ナノメートルからマイクロメートルレベルの細孔を有し、かつ例えば自立した膜として使用するのに十分な強度を有するアルミナ成形体を開発することを目標として鋭意検討を重ねた結果、バインダーを用いなくても特定のアルミナナノファイバーを特定の製造方法及び製造条件で成形することにより、例えば不織布のように成形体として利用可能でかつ紙のような可撓性を有するアルミナ成形体及びアルミナ焼成成形体が得られることを見出し、この知見に基づいて、本発明を完成するに到った。
【0017】
したがって、前記課題を解決するための手段として、
請求項1は、30〜5,000のアスペクト比(平均繊維長/平均繊維幅)を有するアルミナナノファイバーが収束して成り、かつ3〜70nmの幅を有する収束体が不規則に交絡して成る多孔質構造を有することを特徴とするアルミナ成形体であり、
請求項2は、前記多孔質構造は、90%細孔径が10nm以上である複数の細孔を有していることを特徴とする請求項1に記載のアルミナ成形体であり、
請求項3は、前記アルミナナノファイバーは、ベーマイト又は擬ベーマイトを含むことを特徴とする請求項1又は2に記載のアルミナ成形体であり、
請求項4は、前記アルミナナノファイバーは、平均繊維幅が1〜10nmで、平均繊維長が100〜10,000nmであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のアルミナ成形体であり、
請求項5は、請求項1〜4のいずれか1項に記載のアルミナ成形体を200〜1,500℃で焼成して成ることを特徴とするアルミナ焼成成形体であり、
請求項6は、アスペクト比(平均繊維長/平均繊維幅)が30〜5,000のアルミナナノファイバーが分散した水性アルミナナノファイバーゾルと溶解パラメーター(SP値)が8〜14の極性有機溶媒とを混合し、混合物から析出物を分離することを特徴とするアルミナ成形体の製造方法であり、
請求項7は、前記アルミナナノファイバーは、平均繊維幅が1〜10nmで平均繊維長が100〜10,000nmであることを特徴とする請求項6に記載のアルミナ成形体の製造方法であり、
請求項8は、前記水性アルミナナノファイバーゾルは、水中で加水分解性アルミニウム化合物を加水分解し、次いで、解膠して調製されることを特徴とする請求項6又は7に記載のアルミナ成形体の製造方法であり、
請求項9は、請求項6〜8のいずれかに記載のアルミナ成形体の製造方法によって製造されたアルミナ成形体を200〜1,500℃で焼成することを特徴とするアルミナ焼成成形体の製造方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、バインダーを含有していなくても例えば不織布のように成形体として利用可能でかつ紙のような可撓性を有するアルミナ成形体及びその製造方法を提供できる。また、本発明によれば、バインダーを含有していなくても、例えば不織布のように成形体として利用可能でかつ紙のような可撓性を有するアルミナ焼成成形体及びその製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、実施例1で製造したアルミナ成形体の透過型電子顕微鏡画像を示す写真である。
【図2】図2は、本発明に係るアルミナ成形体の一例における窒素吸着分布曲線を示す図である。
【図3】図3は、実施例1で調製した水性アルミナナノファイバーゾルの透過型電子顕微鏡画像を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明に係るアルミナ成形体は、30〜5,000のアスペクト比(平均繊維長/平均繊維幅)を有するアルミナナノファイバーが収束して成り、かつ3〜70nmの幅を有する収束体が不規則な交絡して成る多孔質構造、換言すると、前記収束体が不規則な交絡状態で堆積して成る多孔質構造を有することを特徴とする。
【0021】
本発明に係るアルミナ成形体を形成する収束体は、複数のアルミナナノファイバーが収束して成る。このアルミナナノファイバーは、後述するナノサイズを有するアルミナの繊維状結晶であり、具体的には、アルミナの無水和物で形成されたアルミナナノファイバー、水和物を含むアルミナで形成されたアルミナナノ水和物ファイバー等が挙げられる。
【0022】
このアルミナナノファイバーは、後述する平均繊維幅に対する後述する平均繊維長の割合すなわちアスペクト比(平均繊維長/平均繊維幅)が30〜5,000であり、100〜3,000であるのが好ましい。前記アスペクト比が30未満であると得られる成形体の強度及び可撓性が小さくなることがあり、前記アスペクト比が5,000を超えると、アルミナナノファイバーの合成に多大な製造時間を要することがあるうえ、それ以上の強度や可撓性が期待できないことから好ましくない。
【0023】
アルミナナノファイバーは、その平均繊維長が100〜10,000nmであるのが好ましく、200〜6,000nmであるのが特に好ましい。アルミナナノファイバーが前記範囲の平均繊維長を有していると、バインダーを含有していなくても成形体として利用可能な強度及び/又は可撓性を有するアルミナ成形体を製造できる。アルミナナノファイバーは、その平均繊維幅が1〜10nmであるのが好ましく、2〜7nmであるのが特に好ましい。アルミナナノファイバーが前記範囲の平均繊維幅を有していると、アルミナナノファイバーが凝集しにくくなり、十分な可撓性を有するアルミナ成形体を製造できる。このように、好適なアルミナナノファイバーは、アスペクト比が前記範囲内になるように、前記範囲内の平均繊維幅と前記範囲内の平均繊維長とを有している。
【0024】
ここで、アルミナナノファイバーの平均繊維幅は、透過型電子顕微鏡(TEM、例えば、商品名「FEI−TECNAI−G20」、FEI社製)を用いて倍率71万倍でアルミナナノファイバーを観察したときの観察視野内におけるアルミナナノファイバーの最も太い部分を「アルミナナノファイバーの幅」として測定する。測定個数は300本とし、個数分布を作成して個数平均値を平均繊維幅とする。一方、アルミナナノファイバーの平均繊維長は、走査型電子顕微鏡(SEM、例えば、商品名「S−4800」、株式会社日立ハイテクノロジーズ製)を用いて倍率2500倍でアルミナナノファイバーを観察したときのアルミナナノファイバーの軸線長さを「アルミナナノファイバーの繊維長」として測定する。測定個数は300本とし、体積平均から算出した値を平均繊維長とする。アルミナナノファイバーのアスペクト比(平均繊維長/平均繊維幅)は、このようにして算出される平均繊維長を平均繊維幅で除して算出する。
【0025】
このアルミナナノファイバーの結晶系には無定形、ベーマイト及び擬ベーマイトがあるが、本発明において、アルミナナノファイバーが前記寸法を有し、アルミナ成形体が十分な強度を発揮するには、アルミナナノファイバーは少なくともベーマイト結晶系のアルミナナノファイバー及び/又は擬ベーマイト結晶系のアルミナナノファイバーを含んでいるのが好ましく、すなわち、その結晶系はベーマイト及び/又は擬ベーマイトを主成分とし、他の結晶形を含む混合物であってもよい。本発明において、アルミナナノファイバーはベーマイト結晶系のアルミナナノファイバー及び/又は擬ベーマイト結晶系のアルミナナノファイバーであるのが特に好ましい。ここで、ベーマイトは組成式:Al・nHOで表わされるアルミナ水和物の結晶である。アルミナナノファイバーの結晶系は、例えば、後述する加水分解性アルミニウム化合物の種類、その加水分解条件又は解膠条件によって、調整できる。アルミナナノファイバーの結晶系はX線回折装置(例えば、商品名「Mac.Sci.MXP−18」、マックサイエンス社製)を用いて次の条件で確認できる。
<条件>管球:Cu、管電圧:40kV、管電流:250mA、ゴニオメーター:広角ゴニオメーター、サンプリング幅:0.020°、走査速度:10°/min、発散スリット:0.5°、散乱スリット:0.5°、受光スリット:0.30mm
【0026】
アルミナナノファイバーは、アルミナで形成されていればよく、例えば、後述する方法で調製される。
【0027】
本発明に係るアルミナ成形体を形成する収束体は、複数のアルミナナノファイバーが長軸方向を揃えて、換言すると、一方向に配列された状態で、収束して成り、ナノワイヤーと称することもできる。
【0028】
この収束体は、その幅が3〜70nmであり、10〜50nmであるのが好ましい。前記幅が3nm未満であると収束体同士が交絡しにくくなり、成形体として利用可能な強度、例えば、自立した膜としての十分な強度を発揮しないことがあり、前記幅が70nmを超えると可撓性が低下する場合がある。収束体の幅は、走査型電子顕微鏡(SEM、例えば、商品名「Mac.Sci.MXP−18」、マックサイエンス社製)を用いて倍率10万倍で収束体を観察したときの観察視野内における収束体の、繊維軸方向に直交する方向における寸法であって、収束体の最も太い部分を「収束体の幅」として測定する。測定個数は300本とし、その算術平均値を収束体の幅とする。収束体は、複数のアルミナナノファイバーが収束し、前記範囲の幅を有している。ここで、収束するアルミナナノファイバーの本数は幅が前記範囲内にあれば特に限定されない。
【0029】
収束体は前記アルミナナノファイバーが収束することで形成されているから、アルミナナノファイバーは収束後もその結晶形を保持している。
【0030】
本発明に係るアルミナ成形体は、例えば図1に示されるように、複数の前記収束体が不規則な交絡して形成されている。換言すると、アルミナ成形体は複数の前記収束体が不規則に配列した状態に互いに交絡すると共に交絡したまま堆積して形成されている。このように、アルミナナノファイバーの収束体は実質的に配向することなくアルミナ成形体を形成する。すなわち、このアルミナ成形体は不織布様の構造を有している。
【0031】
したがって、例えば図1に示されるように、アルミナ成形体において互いに不規則に交絡する収束体は接触及び/又は交差する部位を有し、これらの接触部位及び/又は交差部位の間に空隙空間が形成されている。この空隙空間は、アルミナ成形体の平面方向及び/又は厚さ方向に互いに連通しており、細孔と称することもできる。すなわち、アルミナ成形体は、このような細孔を有する多孔質構造になっている。
【0032】
そして、この多孔質構造は、90%細孔径が10nm以上となる複数の細孔、例えば、マイクロ孔及び場合によってはメソ孔を有している。多孔質構造の90%細孔径が10nm以上になると可撓性が増すという効果が得られる。この効果によって一層優れる点で、多孔質構造の90%細孔径が15nm以上であるのが好ましい。なお、90%細孔径の上限値は特に限定されない。ここで、多孔質構造の90%細孔径は、細孔径の窒素吸着分布曲線を作成して、この窒素吸着分布曲線において累積分布が90%となるときの細孔径として決定できる。この窒素吸着分布曲線は、液体温度で測定し窒素吸着等温線からマイクロ孔ないしメソ孔依存のヒステリシスとしてMP法ないしBJH法により解析することにより得られる。なお、「細孔径」は前記空隙空間の壁面の一点から対向する壁面までの任意の距離から選択される最短距離である。ここで、前記MP法は、吸着等温線からマイクロ孔の容積、マイクロ孔面積及びマイクロ孔分布等を求める方法の1つ(文献:R.S.Mikhail, S.Brunauer, E.E.Bodor, J. Colloid Interface Sci., 26,45(1968))である。また、前記BJH法とは吸着等温線からメソ孔容積、メソ孔表面積及びメソ孔分布等を求める方法の1つ(文献:E.P.Barrett, L.G.Joyer, P.P.Halenda, J. Am. Chem. Soc., 73. 373(1951))である。90%細孔径は下記条件で測定できる。
測定機器:タイプBeldoep MAX 日本ベル株式会社
サンプル量:100mg
予備乾燥:150℃、1時間、窒素ガス雰囲気中
乾燥:150℃、3時間
吸着気体:窒素
【0033】
このアルミナ成形体は、高純度であるのが好ましく、したがって不純物の含有量が低いのが好ましく、具体的には、不純物それぞれの含有量が2ppm以下であるのが好ましい。アルミナ成形体に含有される不純物として、例えば、ナトリウムイオン(Na)、カリウムイオン(K)、塩素イオン(Cl)及び硫酸イオン(SO2−)等が挙げられる。アルミナ成形体の不純物それぞれが2ppm以下であると、高純度であるが故に、このアルミナ成形体を触媒担体として使用した場合に触媒性能に影響しないことや、優れた電気絶縁性能を有するという効果が得られる。アルミナ成形体における不純物の含有量は、通常、アルミナ成形体の原料の純度、各処理に用いられる薬剤の種類及び純度等に影響され、これらを適宜選択することによって、高純度のアルミナ成形体を製造できる。ここで、ナトリウムイオン(Na)、カリウムイオン(K)及び硫酸イオン(SO2−)の含有量はそれぞれ、アルミナ成形体約2.0gを精秤して少量の塩酸で加熱分解後に精製水を加えて正確に10mLに調整した測定試料液を、原子吸光光度計(例えば、商品名「Z5300」、(株)日立製作所製)を用いて、波長589.0nmの条件で測定して、決定できる。一方、塩素イオン(Cl)の含有量は、アルミナ成形体約1.0gを精秤して精製水で正確に10mLに調整した測定試料液をイオンクロマトグラフィーによって測定できる。イオンクロマトグラフィーは、例えば、東ソー製のイオンクロマト装置(カラム「TSKgel IC−Anion−PW 4.6×50」を備えている。)を用いて、温度:40℃、溶離液:TSK eluent IC−Anion−A、流量:1.5mL/min、サンプルサイズ:50μL、検出器:CMの条件の下で実施する。
【0034】
本発明に係るアルミナ成形体は、アルミナナノファイバー自体が単独で交絡することなく、まずアルミナナノファイバーが収束し、この収束体がさらに不規則に交絡して成るから、アルミナナノファイバー又はこの収束体を交絡させるのに用いるバインダーを含有していなくても成形体として利用可能な十分な強度を有している。アルミナ成形体の強度は、例えば、シート状に成形した場合には、その成形体が自立膜になるのに十分な強度でしかも通常の取り扱いに十分な強度を有している。
【0035】
本発明に係るアルミナ成形体は、前記したように、収束体が不規則に交絡して成るから、例えば紙のような可撓性を有する。アルミナ成形体の可撓性は、具体的には、マンドレル径(JIS−K5600−5−1)で10mm程度である。
【0036】
本発明に係るアルミナ成形体は、前記したように、収束体が不規則に交絡して成るから、例えば膜状に成形しても、シワ等になりにくく、たとえシワが一時的に形成されても消失しやすい。また、本発明に係るアルミナ成形体は厚さや焼成温度に依存して透明にも白色にもなる。
【0037】
本発明に係るアルミナ成形体は、前記したように、収束体が不規則に交絡して成るから、いずれの形状にも成形することができ、例えば、シート状、所望の立体形状に成形できる。アルミナ成形体の成形は、所定の形状に収束体を堆積させる方法が挙げられ、例えば、収束体を堆積させる基板等を用いた成形法、所定の立体形状に対応するキャビティを有する金型を用いた成形法等が挙げられる。これらの成形方法において収束体は一回又は複数回で堆積させてもよい。
【0038】
本発明に係るアルミナ成形体をシート体とする場合には、その厚さは、用途及び所望の性能等を勘案して適宜に設定され、一般的に、1μm以上10mm以下であるのが好ましく、10〜5mmであるのが特に好ましい。アルミナ成形体の厚さは、堆積させる収束体量により容易に調節できる。なお、シート体の厚さは、イオンミリング等の装置を用いてシート体の断面を形成し、この断面を走査型電子顕微鏡等で観察することによって容易に測定できる。
【0039】
本発明に係るアルミナ焼成成形体は、本発明に係るアルミナ成形体を200〜1,500℃で焼成してなる。一般に細孔径及び空隙率は粒子径の他に焼成温度にも依存するので、所望の細孔径及び空隙率に合わせて焼成温度を適宜選ぶことができる。例えば、アルミナ成形体の収束体を形成するアルミナナノファイバーに含まれる水を除去するにはアルミナ成形体を1000℃以下で焼成するのがよい。また、収束体の交絡状態及び堆積状態を強固にし、アルミナ焼成成形体の強度をアルミナ成成形体よりも高くするためにはアルミナ成形体を1000℃付近で焼成するのがよい。なお、1500℃以下であれば収束体は完全に溶融しないからアルミナ焼成成形体はアルミナ成形体の前記多孔質構造を保持している。さらに、焼成温度を適宜に選定することによって、後述するようにアルミナ焼成成形体におけるアルミナナノファイバーの結晶系を制御できる。このアルミナ焼成成形体は無色で熱や薬品に強いという特性を有している。アルミナ成形体を焼成する方法は後述する。
【0040】
本発明に係るアルミナ成形体の製造方法は、アスペクト比(平均繊維長/平均繊維幅)が30〜5,000のアルミナナノファイバーが分散した水性アルミナナノファイバーゾルと溶解パラメーター(SP値)が8〜14の極性有機溶媒とを混合し、混合物から析出物を分離することを特徴とする。
【0041】
本発明に係るアルミナ成形体の製造方法においては、まず、30〜5,000のアスペクト比(平均繊維長/平均繊維幅)を有するアルミナナノファイバーを含有するゾルである水性アルミナナノファイバーゾルを調製する。この水性アルミナナノファイバーゾルは、アルミナナノファイバーを分散させることができる方法で調製されればよく、その一例として、水中で加水分解性アルミニウム化合物を加水分解し、次いで、解膠して調製する方法(以下、ゾル調製方法と称する。)が挙げられる。このゾル調製方法において、加水分解の反応条件及び解膠の処理条件を後述する特定条件とすると、アスペクト比(平均繊維長/平均繊維幅)が30〜5,000のアルミナナノファイバー、例えば、アスペクト比(平均繊維長/平均繊維幅)が30〜5,000で平均繊維幅が1〜10nm、平均繊維長が100〜10,000nmのアルミナナノファイバーを含有するゾルを調製することができる。
【0042】
このゾル調製方法に用いられる加水分解性アルミニウム化合物は、各種の無機アルミニウム化合物及び有機基を有するアルミニウム化合物が包含される。無機アルミニウム化合物としては、塩化アルミニウム、硫酸アルミニウム、硝酸アルミニウム等の無機酸の塩、アルミン酸ナトリウム等のアルミン酸塩、水酸化アルミニウム等が挙げられる。有機基を有するアルミニウム化合物としては、例えば、炭酸アルミニウムアンモニウム塩、酢酸アルミニウム等のカルボン酸塩、アルミニウムエトキシド、アルミニウムイソプロポキシド、アルミニウムn−ブトキシド、アルミニウムsec−ブトキシド等のアルミニウムアルコキシド、環状アルミニウムオリゴマー、ジイソプロポキシ(エチルアセトアセタト)アルミニウム、トリス(エチルアセトアセタト)アルミニウム等のアルミニウムキレート、アルキルアルミニウム等の有機アルミニウム化合物等が挙げられる。
【0043】
ゾル調製方法における加水分解性アルミニウム化合物は、これらのうち、適度な加水分解性を有し、副生成物の除去が容易であること等から、アルミニウムアルコキシドが好ましく、炭素数2〜5のアルコキシ基を有するものが特に好ましい。
【0044】
このゾル調製方法において、加水分解に使用する酸としては、塩酸等の無機酸、硝酸、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸等の有機酸等の一価の酸が好ましく、無機酸は焼成後もアルミナ中に残存してしまうため有機酸が好ましい。有機酸として、操作性、経済性の面で酢酸が特に好ましい。酸の使用量は、加水分解性アルミニウム化合物に対して0.2〜2.0モル倍であるのが好ましく、0.3〜1.8モル倍であるのが特に好ましい。酸の使用量が0.2モル未満であると得られるアルミナナノファイバーのアスペクト比が小さくなる場合があり、酸の使用量が2.0モルを超えると水性アルミナナノファイバーゾルの経時安定性が低下し、更に経済性の面で好ましくない。
【0045】
加水分解の条件は、100℃以下で0.1〜3時間が好ましい。加水分解温度が100℃を超えると突沸の恐れがあり、加水分解時間が0.1時間未満であると温度コントロールが困難であり、3時間を超えると工程時間が長くなる。
【0046】
加水分解する加水分解性アルミニウム化合物の酸水溶液の固形分濃度は2〜15質量%が好ましく、3〜10質量%が特に好ましい。この固形分濃度が2質量%未満であると得られるアルミナナノファイバーのアスペクト比が小さくなることがあり、固形分濃度が15質量%を超えると解膠中に反応液の撹拌性が低下することがある。
【0047】
このゾル調製方法においては、このようにして加水分解性アルミニウム化合物を加水分解して生成したアルコールを好ましくは留去した後に解膠処理を行う。解膠処理は、100〜200℃で0.1〜10時間加熱し、更に好ましくは110〜180℃で0.5〜5時間処理する。加熱温度が100℃未満であると反応に長時間必要とし、200℃を超えると高圧の容器等を必要とし、経済的に不利となることがある。加熱時間が0.1時間未満であるとアルミナナノファイバーのサイズが小さく、保存安定性が低くなることがあり、10時間を超えると工程時間が長くなる。
【0048】
本発明に係るアルミナ成形体の製造方法において用いられる水性アルミナナノファイバーゾルは、中性又はアルカリ性であってもよいが、ナノファイバーの収束しやすくなる点で、そのpHが2.5〜4であることが好ましい。水性アルミナナノファイバーゾルのpHを調整するpH調整試薬は、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム若しくはアンモニア、又は、エチルアミン、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド、尿素等の有機アミン類等が使用できる。これらの中でも、pH調整試薬は、本発明に係るアルミナ成形体、特に本発明に係るアルミナ焼成成形体に残存しにくく、高純度のアルミナ成形体及びアルミナ焼成成形体を製造できる点で、有機アミン類が好ましい。なお、後の工程、特にアルミナ成形体が形成される過程で、アンモニア、有機アミン等の塩基性物質が生成する場合は、この生成する塩基性物質がpH調整試薬として機能するので前記pH調整試薬は特に添加しなくてもよい。
【0049】
このようにして調製された水性アルミナナノファイバーゾルが高粘度である場合にはその中に気泡を含んでいることが多いため脱気処理をしてこれらの気泡を除去するのがよい。気泡を除去する方法として、例えば、減圧処理、遠心処理等の各種脱気処理方法が挙げられる。
【0050】
このようにして水性アルミナナノファイバーゾルが得られる。このゾル調製方法において調製される水性アルミナナノファイバーゾルには、アスペクト比(平均繊維長/平均繊維幅)が30〜5,000、好ましくは平均繊維幅が1〜10nmで平均繊維長が100〜10,000nmのアルミナナノファイバーが分散している。なお、このゾル調製方法において、加水分解性アルミニウム化合物の種類、加水分解及び/又は解膠条件を適宜選択すると、アルミナナノファイバーの結晶系をベーマイト又は擬ベーマイトにすることができる。例えば、解膠温度を高温又は解膠時間を長時間にするとアルミナナノファイバーの結晶系がベーマイト結晶系になる傾向があり、逆に解膠温度を低温又は解膠時間を短時間にするとアルミナナノファイバーの結晶系が擬ベーマイト結晶系になる傾向がある。
【0051】
本発明に係るアルミナ成形体の製造方法においては、このようにして調製された水性アルミナナノファイバーゾルと極性有機溶媒とを混合する。水性アルミナナノファイバーゾルと混合される極性有機溶媒は溶解パラメーター(SP値)が8〜14である。溶解パラメーターが8未満であると水性アルミナナノファイバーゾルと混合した際に水性アルミナナノファイバーゾルの水を比較的多く含有するアルミナナノファイバー又は収束体が析出物として析出し、その後に収束体を成形できなくなることがあり、一方、溶解パラメーターが14を超えると水性アルミナナノファイバーゾルと混合してもアルミナナノファイバー又は収束体が析出しないことがある。極性有機溶媒の溶解パラメーター(SP値)は、水を多量に含まない析出物を得ることができる点で、9〜14であるのが好ましく、10〜13であるのが特に好ましい。ここで、溶解パラメーター(Solubility Parameter δ、SP値)は、ヒルデブラント(Hildebrand)によって導入された正則溶液論により定義された値であり、2成分系溶液の溶解度の目安となる。正則溶液論では溶媒−溶質間に作用する力は分子間力のみと仮定されるので溶解パラメーターは分子間力を表す尺度として使用される。実際の溶液は正則溶液とは限らないのが、2つの成分のSP値の差が小さいほど溶解度が大となることが経験的に知られている。
【0052】
前記範囲の溶解パラメーター(SP値)を有する極性有機溶媒としては、例えば、エタノール(SP値12.7)、1−プロパノール、2−プロパノール(SP値11.5)、1−ブタノール、2−メチル−1−プロパノール、2−ブタノール、2−メチル−2−プロパノール、酢酸エチル(SP値9.0)、酢酸ブチル(SP値8.5)、ベンゼン(SP値9.2)、アセトン(SP値10)、アセトニトリル(SP値11.9)、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド(SP値12.0)、エチルアセテート、メチルエチルケトン、テトラヒドロフラン、2−エチルヘキサノール、シクロヘキサノン、クレゾール、1−オクタノール、シクロペンタノン、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、ピリジン、1−ペンタノール、シクロヘキサノール、ジエチレングリコール等が挙げられる。
【0053】
極性有機溶媒は1種でも2種以上を混合して用いることができ、2種以上を混合して用いる場合には、混合溶媒の溶解パラメーター(SP値)が前記範囲内にあればよく、溶解パラメーター(SP値)が前記範囲を逸脱する溶媒を用いても混合溶媒の溶解パラメーター(SP値)を適宜に調整できる。極性有機溶媒の溶解パラメーター(SP値)は、「溶解パラメーター(SP値)基礎応用と計算方法(ISBN4−901677−39−X)」を参照することにより、知ること又は算出することができる。例えば、溶解パラメーター(SP値)が異なる2種の溶媒を混合したときの混合溶媒の溶解パラメーター(SP値)は下記式(1)で計算できる。
式(1) δmix=φ1δ1+φ2δ2
δmix:混合系のSP値
δ1、δ2:液体1、2のSP値
φ1、φ2:液体1、2の容積分率 よって、φ1+φ2=1
V1、V2:液体1、2のモル容積
【0054】
この極性有機溶媒は、水性アルミナナノファイバーゾル中のアルミナナノファイバーの質量に対して10〜100質量部用いるのが好ましく、10〜70質量部用いるのが特に好ましい。10質量部より少ない場合はアルミナゾルの水により溶媒の極性が高くなり膜が得られないことがあり、100質量部を超える場合は特に得られる膜の物性には差はなく有機溶媒の使用量が多くなるため好ましくない。
【0055】
水性アルミナナノファイバーゾルと極性有機溶媒との混合方法は、特に限定されず、例えば、水性アルミナナノファイバーゾルに極性有機溶媒を添加しても、極性有機溶媒に水性アルミナナノファイバーゾルを添加してもよい。添加方法も特に限定されず、例えば、一度に添加する方法、複数回に分けて添加する方法、断続的に滴下する方法等が挙げられる。本発明に係るアルミナ成形体の製造方法においては、極性有機溶媒に水性アルミナナノファイバーゾルを滴下して添加する方法が、ほぼ均一なサイズのアルミナナノファイバー又は収束体を生成させることができる点で、好ましい。水性アルミナナノファイバーゾルを滴下する時間は、水性アルミナナノファイバーゾルの使用量にも依存し一概には決定できないが、あまりに速いと所望のアルミナナノファイバー又は収束体を生成させることができないことがあるので、例えば、10分以上であるのがよい。滴下時間の上限は生産性等を考慮して適宜に決定すればよい。このとき、添加される水性アルミナナノファイバーゾルを又は極性有機溶媒は攪拌されてもよい。
【0056】
このようにして水性アルミナナノファイバーゾルと極性有機溶媒とを混合すると、水性アルミナナノファイバーゾルの分散媒は極性有機溶媒と混合しやすく、極性有機溶媒中に混和する一方で、アルミナナノファイバーは極性有機溶媒に溶解しにくいから水を含まない状態で、単独で、又は、複数が長軸方向を揃えて収束した収束体として析出する。
【0057】
本発明に係るアルミナ成形体の製造方法においては、所望により、水性アルミナナノファイバーゾルと極性有機溶媒とを混合した後に、静置又は攪拌する。このように混合物を静置又は攪拌すると、析出したアルミナナノファイバーをその収束体となるように長軸方向により一層収束させることができる。混合物を静置又は攪拌する時間は特に限定されず適宜に設定できる。
【0058】
本発明に係るアルミナ成形体の製造方法においては、次いで、混合物から析出物を分離する。すなわち、水性アルミナナノファイバーゾルと極性有機溶媒との混合物から分散媒(極性有機溶媒及び水)と析出物とを分離する。したがって、析出物の分離は公知の固液分離方法を採用でき、例えば、濾過法、蒸発法等が挙げられる。この析出物の分離は、所望の形状への成形も同時にできるのが好ましく、例えば、シート状又は膜状成形体とする場合には、濾過法、平坦な底面を有する容器内に投入された混合物の蒸発法等が挙げられ、操作性及び作業コスト等の点で濾過法が好ましい。一方、所望の形状を有する成形体とする場合には、所望の形状を有する金型に投入された混合物を複数回蒸発させる蒸発法等が挙げられる。なお、所望の形状を有する成形体は、シート状又は膜状成形体を所望の形状となるように積層及び/又は変形して、成形することもできる。
【0059】
本発明に係るアルミナ成形体の製造方法において、固液分離は析出物の析出量に応じて適宜な条件を採用することが望ましい。例えば、固液分離として濾過法を採用する場合には、析出物の析出量及び堆積量(アルミナ成形体の厚さ)等を考慮して濾過面積を設定する。
【0060】
このように混合物から析出物を分離すると、複数のアルミナナノファイバーが長軸方向を揃えて収束した複数の収束体が不規則に交絡して形成されたアルミナ成形体が得られる。このアルミナ成形体の多孔質構造は収束体が不規則に交絡して形成されている。なお、このアルミナ成形体は複数の収束体が集積して形成されているということもできる。
【0061】
本発明に係るアルミナ成形体の製造方法においては、所望により、固液分離した析出物すなわちアルミナ成形体を洗浄、乾燥することもできる。洗浄は水及び/又は前記極性有機溶媒を用いて実施でき、乾燥は常温以上の温度で送風乾燥、加熱乾燥等の通常の方法で実施できる。
【0062】
本発明に係るアルミナ成形体の製造方法においては、このようにして本発明に係るアルミナ成形体を製造できる。本発明に係るアルミナ成形体の製造方法によれば、アルミナ成形体は収束体が不規則に交絡して形成されているから、本発明に係るアルミナ成形体の製造方法はアルミナナノファイバー又は収束体を結合するバインダー等を使用しなくても例えば不織布のような多孔性の成形体として利用可能で、かつ、その成形体がシート状であるときには紙のような可撓性を有するアルミナ成形体を製造できる。
【0063】
本発明に係るアルミナ焼成成形体の製造方法は、本発明に係るアルミナ成形体の製造方法で製造されたアルミナ成形体を200〜1,500℃で焼成することを特徴とする。アルミナ成形体を焼成する方法は、特に限定されず、焼成炉、電気炉等の恒温熱処理装置を用いることができる。焼成温度及び焼成時間は所望の成形体に応じて適宜選定される。
【0064】
例えば、アルミナ成形体を1000℃以下で焼成すると、アルミナ成形体の収束体を形成するアルミナナノファイバーに含まれる水が除去される。また、このようにアルミナ成形体を1000℃付近で焼成すると、不規則な交絡状態で堆積している収束体が完全に溶融することなく、その一部が溶融して互いに融着し、収束体の交絡状態及び堆積状態が強固になる。したがって、このアルミナ焼成成形体はアルミナ成成形体よりも強度が高くなっている。そして、収束体は完全に溶融しないから、アルミナ焼成成形体はアルミナ成形体の前記多孔質構造を有している。
【0065】
さらに、焼成温度を200〜1,500℃の範囲内で適宜に選定することによって、得られるアルミナ焼成成形体におけるアルミナナノファイバーの結晶系を制御できる。具体的には、焼成温度を200〜500℃に設定するとアルミナナノファイバーの結晶系をγ−アルミナにすることができ、800℃付近に設定するとアルミナナノファイバーの結晶系をδ−アルミナ及び/又はθ−アルミナにすることができる。なお、焼成温度を1200℃以上に設定するとα−アルミナにすることができるがアルミナナノファイバーが溶融しはじめて空隙率が減少することがある。
【0066】
水性アルミナナノファイバーゾルのpH調整試薬として前記有機アミン類を使用すると、この焼成工程において有機アミン類が揮発するから、高純度のアルミナ焼成成形体となる。具体的には、アルミナ焼成成形体は、ナトリウムイオン(Na)、カリウムイオン(K)、塩素イオン(Cl)及び硫酸イオン(SO2−)の含有量それぞれが2ppm以下となる。なお、これらの定量方法は前記した通りである。
【0067】
また、本発明に係るアルミナ焼成成形体の製造方法で製造されるアルミナ焼成成形体は、無色で熱や薬品に強いという特性を有している。
【0068】
本発明に係るアルミナ焼成成形体の製造方法において、所望の形状とするには、アルミナ成形体を所望の形状に成形した後に焼成するのがよい。
【0069】
本発明に係るアルミナ焼成成形体の製造方法においては、このようにして本発明に係るアルミナ焼成成形体、具体的には、多孔性であり、かつ、シート状であるときには紙のような可撓性を有するアルミナ焼成成形体が得られる。
【実施例】
【0070】
次に実施例を示して本発明を具体的に説明するが本発明は、以下の実施例によって本発明はなんら限定されるものではない。
【0071】
(実施例1)
500mlの四つ口フラスコに、イオン交換水300g、酢酸3.1g(0.051mol)を取り、撹拌しながら液温を75℃に上昇させた。これにアルミニウムイソポロポキシド34g(0.17mol)を0.6時間かけて滴下し、発生するイソプロピルアルコールを留出させながら液温を95℃まで上昇させた。この反応液を電磁撹拌式のオートクレーブに移し、撹拌しながら150℃で6時間解膠反応を行った。その後液温を40℃以下に冷却し、反応を終了して、水性アルミナナノファイバーゾルを調製した。水性アルミナナノファイバーゾル中の固形分濃度は2.8質量%であった。得られた水性アルミナナノファイバーゾルのアルミナナノファイバーを前記のようにして透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した結果、平均繊維幅が4nm、平均繊維長が2,000nm、平均アスペクト比が500であった。調製した水性アルミナナノファイバーゾルの透過型電子顕微鏡画像を図3に示す。
【0072】
このようにして調製した水性アルミナナノファイバーゾル20gを撹拌されているアセトン(SP値10)40g中に10分で滴下した後に30分間撹拌した。その後、混合物を桐山ロート(95φ、No.5C、桐山製作所製)で吸引濾過して析出物を濾取した。析出物をろ紙と共に40℃に調整した恒温乾燥機で乾燥し、ろ紙上から剥がして、厚さ1.2mmの膜状のアルミナ成形体を得た。このアルミナ成形体を前記のようにして観測したところ収束体の幅は50nmであった。このアルミナ成形体は多孔質構造を有しており、その90%細孔径は32nmであった。この細孔分布累積曲線の一例を図2に示す。アルミナ成形体の可撓性はマンドレル径=15mmであった。なお、このアルミナ成形体を前記のようにして観測したところ平均繊維幅及び平均繊維長は前記結果を同一であった。
【0073】
このようにして製造したアルミナ成形体を400℃で6時間焼成して、厚さ1.2mmの白色膜状のアルミナ焼成成形体を得た。このアルミナ焼成成形体はアルミナ成形体の多孔質構造を維持しており、収束体を形成するアルミナナノファイバーの結晶系はγ−アルミナであった。また、このアルミナ焼成成形体のNa、K、Cl及びSO2−の含有量はいずれも1ppm以下であった。
【0074】
(実施例2)
実施例1の水性アルミナナノファイバーゾルの調製方法において解膠反応を150℃から140℃に、解膠反応を6時間から10時間にそれぞれ変更したこと以外は実施例1と基本的に同様にして、平均繊維幅が5nm、平均繊維長が4,000nm、アスペクト比が800のアルミナナノファイバーが分散した水性アルミナナノファイバーゾルを調製した。この水性アルミナナノファイバーゾルを用いて実施例1と基本的に同様にして厚さ1.1mmの膜状のアルミナ成形体を得た。このアルミナ成形体において、収束体の幅は25nmであった。このアルミナ成形体は多孔質構造を有しており、その90%細孔径は30nmであった。また、アルミナ成形体の可撓性はマンドレル径10mmであった。
【0075】
このようにして製造したアルミナ成形体を1000℃で5時間焼成して、厚さ1.1mmの白色膜状のアルミナ焼成成形体を得た。このアルミナ焼成成形体はアルミナ成形体の多孔質構造を維持しており、収束体を形成するアルミナナノファイバーの結晶系はθ−アルミナであった。また、このアルミナ焼成成形体のNa、K、Cl及びSO2−の含有量はいずれも1ppm以下であった。
【0076】
(実施例3)
アセトンに代えてSP値が11.5の2−プロパノールを用いたこと以外は実施例1と基本的に同様にして、厚さ0.23mmの膜状のアルミナ成形体を得た。このアルミナ成形体において、収束体の幅は20nmであった。このアルミナ成形体は多孔質構造を有しており、その90%細孔径は15nmであった。また、アルミナ成形体の可撓性はマンドレル径10mmであった。
【0077】
このようにして製造したアルミナ成形体を600℃で5時間焼成して、厚さ0.23mmの白色膜状のアルミナ焼成成形体を得た。このアルミナ焼成成形体はアルミナ成形体の多孔質構造を維持しており、収束体を形成するアルミナナノファイバーの結晶系はγ−アルミナであった。また、このアルミナ焼成成形体のNa、K、Cl及びSO2−の含有量はいずれも1ppm以下であった。
【0078】
(比較例1)
500mlの四つ口フラスコに、イオン交換水300g、酢酸4.08g(0.068mol)を取り、撹拌しながら液温を75℃に上昇させた。これにアルミニウムイソポロポキシド64g(0.34mol)を滴下し、発生するイソプロピルアルコールを留出させながら液温を98℃まで上昇させた。反応液を電磁撹拌式のオートクレーブに移し、撹拌しながら230℃で1時間解膠反応を行った。その後液温を40℃以下に冷却し、反応を終了して、水性アルミナナノファイバーゾルを調製した。水性アルミナナノファイバーゾル中の固形分濃度は4.8質量%であった。得られた水性アルミナナノファイバーゾルのアルミナナノファイバーを前記のようにして透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した結果、平均繊維幅が10nm、平均繊維長が100nm、平均アスペクト比が10の柱状であった。この水性アルミナナノファイバーゾルを用いて実施例1と基本的に同様にしてアルミナ成形体を得たが、このアルミナ成形体はろ紙から剥離しようとすると膜状の形状を保持できず、くずれてしまった。
【0079】
(比較例2)
アセトンに代えてSP値が14.8のメタノールを用いたこと以外は実施例1と基本的に同様にしてメタノールと水性アルミナナノファイバーゾルとを混合したが、混合物はゲル状になり析出物が生成しなかった。このゲル状混合物を濾過してみたが、ろ紙上に何も残らなかった。
【0080】
(比較例3)
アセトンに代えてSP値が7.3のn−ヘキサンを用いたこと以外は実施例1と基本的に同様にしてn−ヘキサンと水性アルミナナノファイバーゾルとを混合したが、水性アルミナナノファイバーゾルが水を含んだままn−ヘキサン相と分離した。これを濾過してみたが、ろ紙上に何も残らなかった。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明に係るアルミナ成形体及びアルミナ焼成成形体は共にバインダーを含有していなくても成形体として利用可能でかつ紙のような可撓性を有している。したがって、本発明に係るアルミナ成形体及びアルミナ焼成成形体は共に、ヒートポンプの脱水剤、濾過膜等の分離膜、触媒膜、触媒及び酵素等の機能性物質の担体、電界隔壁等として、好適に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
30〜5,000のアスペクト比(平均繊維長/平均繊維幅)を有するアルミナナノファイバーが収束して成り、かつ3〜70nmの幅を有する収束体が不規則に交絡して成る多孔質構造を有することを特徴とするアルミナ成形体。
【請求項2】
前記多孔質構造は、90%細孔径が10nm以上である複数の細孔を有していることを特徴とする請求項1に記載のアルミナ成形体。
【請求項3】
前記アルミナナノファイバーは、ベーマイト又は擬ベーマイトを含むことを特徴とする請求項1又は2に記載のアルミナ成形体。
【請求項4】
前記アルミナナノファイバーは、平均繊維幅が1〜10nmで、平均繊維長が100〜10,000nmであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のアルミナ成形体。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のアルミナ成形体を200〜1,500℃で焼成して成ることを特徴とするアルミナ焼成成形体。
【請求項6】
アスペクト比(平均繊維長/平均繊維幅)が30〜5,000のアルミナナノファイバーが分散した水性アルミナナノファイバーゾルと溶解パラメーター(SP値)が8〜14の極性有機溶媒とを混合し、混合物から析出物を分離することを特徴とするアルミナ成形体の製造方法。
【請求項7】
前記アルミナナノファイバーは、平均繊維幅が1〜10nmで平均繊維長が100〜10,000nmであることを特徴とする請求項6に記載のアルミナ成形体の製造方法。
【請求項8】
前記水性アルミナナノファイバーゾルは、水中で加水分解性アルミニウム化合物を加水分解し、次いで、解膠して調製されることを特徴とする請求項6又は7に記載のアルミナ成形体の製造方法。
【請求項9】
請求項6〜8のいずれかに記載のアルミナ成形体の製造方法によって製造されたアルミナ成形体を200〜1,500℃で焼成することを特徴とするアルミナ焼成成形体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−36034(P2012−36034A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−176269(P2010−176269)
【出願日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成21〜22年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「ナノテク・先端部材実用化研究開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(390003001)川研ファインケミカル株式会社 (48)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】