説明

アルミニウム系金属材料の表面処理方法

【課題】船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系金属材料の表面に、従来使用されていた6価クロムを含むことなしに、高い一次防錆性と塗装密着性を兼備した表面処理皮膜を形成し得る表面処理方法を提供する。
【解決手段】(A)被処理アルミニウム系金属材料に対し、特定の性状を有する表面処理剤Aを用いて表面処理を施し、Zr及び3価Crを主体とする化成皮膜を形成する工程、(B)前記(A)工程で形成された化成皮膜に対し特定の性状を有する表面処理剤BI又はBIIを用いて表面処理を施し、樹脂皮膜を形成する工程、および(C)前記(B)工程で得られたアルミニウム系金属材料の表面処理物を乾燥処理する工程、を順次施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム系金属材料の表面処理方法、及びこの方法で表面処理されてなる船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系金属材料に関する。
さらに詳しくは、本発明は、船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系金属材料の表面に、従来使用されていた6価クロムを含むことなしに、高い一次防錆性と塗装密着性を兼備した表面処理皮膜を形成し得る表面処理方法、及びこの方法で表面処理されてなる船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系金属材料に関する。
【背景技術】
【0002】
船外機など船舶推進用エンジン及び周辺機器類は、船舶のトランサムボードに取付けられる推進機関であり、漁業分野、プレジャー分野、搭載艇分野などにおいて幅広く用いられている。この船舶推進用エンジン及び周辺機器類においては、ハウジングなどに、一般にアルミニウムダイキャスト部材などアルミニウム系金属材料が使用されている。
一方、アルミニウムは軽量性、塑性加工性、耐食性に優れ、かつ電気・熱伝導性が良好であるなど、金属として優れた特性を有している。また、このアルミニウムに銅、マグネシウム、亜鉛、珪素、リチウム、ニッケル、クロム、マンガン、鉄、ジルコニウムなどを加え合金化すれば、固溶体硬化、加工硬化、時効硬化などによって、常温並びに高温において機械的性質が著しく向上し、また耐食性、耐摩耗性、低熱膨張係数などの特性も付加されることが知られている。したがって、このような性質を有するアルミニウム又はアルミニウム合金は、生活に最も近い家庭用品や飲料用缶、家具、インテリアをはじめ、航空・宇宙、自動車、電気・電子製品、車両、船舶、土木・建築など、多くの分野において幅広く用いられている。
このようなアルミニウムやアルミニウム合金などのアルミニウム系金属材料の加工方法の1つとしてダイキャスト法が知られており、現在、各種成形品を製造するのに広く使用されている。
このダイキャスト法は、金属製金型内に溶湯を圧入プランジャーにより高速(20〜60m/秒程度)、高圧(30〜200MPa程度)で射出、充填し、急速に凝固させる鋳造方式であって、最小肉厚1mm程度の薄肉鋳物の製造が可能で、寸法精度や鋳肌がよく、かつ高い生産性を有するなどの長所を有している。
このようなダイキャスト法においては、特に流動性、金型内への充填性に優れ、かつ金型に溶着しないことが要求されることから、アルミニウム系金属材料として、Al−Si系を基本とする、Al−Si系合金、Al−Si−Mg系合金、Al−Si−Cu系合金、Al−Si−Cu−Mg系合金などが用いられる。
【0003】
これらのアルミニウム合金からなるアルミニウム系ダイキャスト部材は非常に錆びやすく、しかも船外機など船舶推進用エンジン及び周辺機器類は海水中で高温雰囲気で使用されるために、極めて高度の耐食性が要求される。
前記のダイキャスト法などで加工されたアルミニウム系金属材料の一次防錆処理や塗装下地処理としては、従来6価クロメートによる処理が多用されていた。しかしながら、近年6価クロメートを使用しない防錆処理剤や塗装下地処理剤が用いられるようになってきた。例えば、3価のクロムイオンと共に、キレート剤とコバルトイオンなどを含む処理剤(例えば特許文献1参照)、あるいは3価のクロムイオンに重金属イオンを添加してなる処理剤(例えば特許文献2参照)が開示されている。
しかしながら、これらの処理剤は、主成分が3価のクロムイオンであり、したがって皮膜を構成する主成分も3価のクロムを含む酸化クロムであって、対象素材は亜鉛メッキ材であり、高度の耐食性が要求される船舶推進用エンジン及び周辺機器類用のアルミニウム系金属材料には適用しにくい。
これまで、船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系ダイキャスト部材などアルミニウム系金属材料の表面に、6価クロムを含まずに高い耐食性(6価クロメート処理に匹敵する耐食性)皮膜を形成する表面処理方法は見出されていないのが実状である。
【0004】
【特許文献1】特開2003−268562号公報
【特許文献2】特開2003−313675号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような状況下で、船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系ダイキャスト部材などアルミニウム系金属材料の表面に、従来使用されていた6価クロムを含むことなしに、高い一次防錆性と塗装密着性を兼備した表面処理皮膜を形成し得る表面処理方法、及びこの方法で表面処理されてなる船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系金属材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、アルミニウム系金属材料の表面に、6価クロムを含むことなしに、高い一次防錆性と塗装密着性を兼備した表面処理皮膜を形成し得る表面処理方法について、鋭意研究を重ねた結果、被処理アルミニウム系金属材料に対して、特定の一次表面処理工程及び特定の二次表面処理工程を順次施すことにより、6価クロムを含む皮膜に匹敵する一次防錆性と、塗装密着性を有する表面処理皮膜を形成し得ることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成したものである。
すなわち、本発明は、
(1)船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系金属材料の表面処理方法であって、
(A)被処理アルミニウム系金属材料に対し、(a)Zrイオンを10〜5000質量ppm、(b)3価Crイオンを0.1〜5000質量ppm、(c)Fe、Co、Zn、Al及びMgの中から選ばれる少なくとも1種の金属のイオン1〜5000質量ppm、(d)分子内に少なくとも1個のアミジノ基を有する化合物を1〜1000質量ppm、及び(e)フッ素含有イオンをフッ素として5〜10000質量ppm含み、かつ(f)pHが2.5〜6の水性液である表面処理剤Aを用いて、表面処理を施す工程、
(B)前記(A)工程で処理されたアルミニウム系金属材料の表面処理面に対し、(g)カチオン性アミノ基含有水性エポキシ樹脂とアニオン性水性ウレタン樹脂を、固形分として質量比3.0:7.0〜9.5:0.5の割合でかつ0.1〜20質量%含み、(h)pHが2.5〜6の水性液である表面処理剤BI、又は(i)カチオン性アミノ基含有水性エポキシ樹脂とアニオン性水性ウレタン樹脂を、固形分として質量比3.0:7.0〜9.5:0.5の割合でかつ0.1〜20質量%含むと共に、(j)ビス(トリアルコキシシリル)アルカン及び/又は1分子中に含まれるアルコキシル基の少なくとも一部を加水分解してなるビス(トリアルコキシシリル)アルカンを固形分換算で0.1〜50000質量ppm含み、かつ(k)pHが2.5〜6の水性液である表面処理剤BIIを用いて、表面処理を施す工程、及び
(C)前記(B)工程で得られたアルミニウム系金属材料の表面処理物を乾燥処理する工程、
を含むことを特徴とするアルミニウム系金属材料の表面処理方法、
(2)(A)工程において、表面処理剤Aによる表面処理を、温度25〜60℃、時間5〜300秒間の条件で行う上記(1)項に記載のアルミニウム系金属材料の表面処理方法、
(3)(B)工程において、表面処理剤BI又はBIIによる表面処理を、温度5〜60℃、時間1〜300秒間の条件で行う上記(1)又は(2)項に記載のアルミニウム系金属材料の表面処理方法、
(4)(C)工程において、乾燥処理を、温度20〜200℃、時間5秒〜30分間の条件で行う上記(1)〜(3)項のいずれかに記載のアルミニウム系金属材料の表面処理方法、及び
(5)上記(1)〜(4)項のいずれかに記載の表面処理方法によって表面処理されたことを特徴とする船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系金属材料、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系ダイキャスト部材などアルミニウム系金属材料の表面に、ジルコニウム及び3価クロムを主体とする化成皮膜を施したのち、特定の樹脂皮膜を施すことにより、従来使用されていた6価クロメートを用いなくとも、高い一次防錆性と塗装密着性を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明のアルミニウム系金属材料の表面処理方法(以下、単に表面処理方法と称することがある。)は、船外機などの船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウムダイキャスト部材などアルミニウム系金属材料に適用される。
ここで、船外機など船舶推進用エンジン及び周辺機器類とは、通常アウトボード・モーター(エンジン)を指し、船舶のトランサムボードに取付けられる推進機関である。このようにトランサムボードに取付ける構造となっているので、他の推進機関、船内外機及び船内機に比べて極めて簡単に脱着が可能である。特に小型船外機は、船外機本体に燃料タンク、前後進切替レバー、スロットルグリップ及びステアリングバーなどが付設されており、それらを操作することで操船できるようになっている。
この船外機など船舶推進用エンジン及び周辺機器類は、基本的には、船外機本体のみで、船舶の推進機関としての機能を備えている。すなわち、頭部に出力を出すパワーユニットを配し、バーチカルドライブシャフト及びベベルギヤを介してプロペラシャフトにつながるロワーユニットの2つの部分で構成されている。パワーユニット部分には、2サイクル又は4サイクルガソリンエンジンなどが縦置きに配設されている。
なお、エンジンは、現在2サイクル、4サイクルガソリンエンジンが主流であるが、2サイクル筒内直接燃料噴射エンジンも増えてきており、また、ディーゼル船外機や、灯油を燃料とするケロシン船外機も用いられている。
【0009】
このような船外機など船舶推進用エンジン及び周辺機器類には、ハウジングやその他にアルミニウム系ダイキャスト部材などアルミニウム系金属材料が用いられている。
ダイキャスト法による鋳造加工においては、特に流動性、金型内への充填性に優れ、かつ金型に溶着しないことが要求されることから、アルミニウム系金属材料として、Al−Si系を基本とするアルミニウム合金が用いられる。このようなアルミニウム合金としては、例えばAl−Si系合金(ADC1)、Al−Si−Mg系合金(ADC3)、Al−Si−Cu系合金(ADC10、ADC10Z、ADC12、ADC12Z)、Al−Si−Cu−Mg系合金(ADC14)などがあり、本発明の表面処理方法は、いずれのアルミニウム合金からなるダイキャスト部材に対しても適用することができる。
本発明の表面処理方法は、以下に示す3つの工程、すなわち(A)被処理アルミニウム系金属材料に対し、表面処理剤Aを用いて表面処理を施す工程、(B)前記(A)工程で処理されたアルミニウム系金属材料の表面処理面に対し、表面処理剤BI又はBIIを用いて表面処理を施す工程、及び(C)前記(B)工程で得られたアルミニウム系金属材料の表面処理物を乾燥処理する工程、を有している。
【0010】
以下、各工程について説明する。
[(A)工程]
この(A)工程は、被処理アルミニウム系金属材料に対し、表面処理剤Aを用いて表面処理を施す工程である。
前記表面処理剤Aにおいては、金属イオンとして、(a)Zrイオン及び(b)3価Crイオンが必須イオンとして含まれると共に、(c)Fe、Co、Zn、Al及びMgの中から選ばれる少なくとも1種の金属のイオンが必須イオンとして含まれている。
当該表面処理剤Aにおける前記(a)Zrイオンの含有量は、防錆性、沈殿物生成の防止及び経済性のバランスなどの面から、10〜5000質量ppm、好ましくは10〜3000質量ppm、より好ましくは15〜2000質量ppmの範囲で選定される。
また、前記(b)3価Crイオンの含有量は、前記Zrイオンの場合と同様の理由から、0.1〜5000質量ppm、好ましくは1〜3000質量ppm、より好ましくは5〜1500質量ppmの範囲で選定される。
さらに、(c)金属イオンは、防錆性をさらに向上させるために加えられるものであり、その効果及び経済性などの点から、該金属イオンとしては、Co、Al、Zn、Mn、Mo、W及びCeのイオンが好ましく、特にCoイオンが好ましい。また、この(c)金属イオンの含有量は、防錆性の向上効果、沈殿物生成の防止及び経済性の面などから、1〜5000質量ppm、好ましくは1〜3000質量ppm、より好ましくは10〜1000質量ppmの範囲で選定される。
【0011】
当該表面処理剤Aにおいては、さらに、必須成分として、(d)分子内に少なくとも1個のアミジノ基を有する化合物、及び(e)フッ素含有イオンが含まれている。
前記(d)成分の化合物としては、下記式
【0012】
【化1】

【0013】
で表されるアミジノ基を分子内に1個以上有する化合物であればよく、特に制限されず、例えばアセトアミジン、ニトログアニジン、グアニルチオ尿素、グアニン、ポリヘキサメチレンジグアニジンの酢酸塩、o−トリルジグアニド、ジグアニド、グアニル尿素、グアニル酸、グアニン、グアノシン、グアナジン、グアナミン、アラノシアミン、ジシアンジアミド、あるいはアミジン系の化合物などを挙げることができる。
これらのアミジノ基含有化合物は、防錆性の向上及び後述の(B)工程における樹脂皮膜との密着性の向上に寄与する化合物であり、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
当該表面処理剤Aにおける前記(d)アミジノ基含有化合物の含有量は、防錆性、(B)工程における樹脂皮膜との密着性の向上効果及び経済性のバランスなどの面から、1〜1000質量ppm、好ましくは5〜700質量ppm、より好ましくは、10〜400質量ppmの範囲で選定される。
【0014】
さらに、(e)フッ素含有イオンは、アルミニウム系金属材料の表面に、密着性のよい化成皮膜を形成するのに寄与するイオンである。当該表面処理剤Aにおける、この(e)フッ素含有イオンの含有量は、効果の面から、フッ素として5〜10000質量ppm、好ましくは10〜5000質量ppm、より好ましくは20〜3000質量ppmの範囲で選定される。
また、当該表面処理剤Aにおいては、(f)pHは、2.5〜6の範囲にあることを要す。このpHが2.5以上であれば、被処理アルミニウム系金属材料に対する過度の侵食を抑えることができ、一方6以下であれば表面処理剤A中に沈殿が生じるのを抑制することができる。該pHは、好ましくは3.0〜5.5、より好ましくは3.5〜5.0である。
当該表面処理剤Aは、前述の(a)〜(f)の条件を満たしていれば、その調製方法については特に制限はない。例えば各種の金属イオンを形成する金属イオン源化合物、アミジノ基含有化合物、フッ素含有イオンを形成するフッ素含有イオン源化合物、pHを2.5〜6に調整するためのpH調整剤及び所望により各種添加剤を水系媒体に加え、均質に溶解することにより、前記の性状を有する表面処理剤Aを調製することができる。
【0015】
前記金属イオン源化合物としては、pH2.5〜6の範囲において、水溶性を有する化合物であればよく、特に制限されず、例えば硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、ハロゲン化物などの無機酸塩、有機酸塩、オキソ酸、オキソ酸塩、錯塩などを挙げることができる。
Zrイオン源化合物としては、例えばジルコニウムフッ化水素酸、フルオロジルコニウム酸のリチウム、ナトリウム、カリウム、アンモニウム塩、硫酸ジルコニウム、硝酸ジルコニウム、硫酸ジルコニル、硝酸ジルコニル、酢酸ジルコニウム、炭酸ジルコニルアンモニウム、水酸化ジルコニウムなどが挙げられる。なお、これらの化合物の中で、フッ素含有化合物は、フッ素含有イオン源化合物でもある。
また、3価Crイオン源化合物としては、例えば硫酸、硝酸、リン酸、フッ化水素酸などの無機酸塩、酢酸、ギ酸などの有機酸塩などが挙げられる。さらに、6価Crイオンをホルムアルデヒド、亜リン酸、次亜硫酸ナトリウムなどで還元したものを使用することができる。なお、これらの化合物の中で、フッ素含有化合物は、フッ素含有イオン源化合物でもある。
前記(c)成分の金属イオン源化合物としては、例えば硝酸鉄、硝酸コバルト、硝酸アルミニウム、硝酸亜鉛、硝酸マグネシウムなどが挙げられる。
フッ素含有イオン源化合物としては、例えばフッ化水素酸、酸性フッ化ソーダ、フッ化アンモニウム、フッ化ナトリウム、フッ化水素ナトリウム、フッ化ジルコニウムなどが挙げられる。なお、これらの化合物の中で、フッ化ジルコニウムは、Zrイオン源化合物でもある。
【0016】
pH調整剤としては、酸性側で例えば硝酸、硫酸、リン酸、塩酸、フッ化水素酸などの無機酸、酢酸、ギ酸などの有機酸が挙げられる。なお、これらの中でフッ化水素酸は、フッ素含有イオン源化合物でもある。アルカリ側へのpH調整剤としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、アンモニアなどのアルカリ液が挙げられる。
当該表面処理剤Aには、所望により、本発明の目的が損なわれない範囲で、従来公知の各種添加剤、例えば防錆向上剤、皮膜形成促進剤、安定剤などを含有させることができる。
前記防錆向上剤としては、例えばリン酸、亜リン酸(ホスホン酸)、次亜リン酸(ホスフィン酸)、フィチン酸、エチルホスホン酸、縮合リン酸及びこれらの塩、各種ホスホニウム塩及びその塩、アルキルリン酸エステル、リン酸アルカノールアミンなどのリン化合物;ポリアルキルシロキサンなどのケイ素化合物;ジメチルメルカプトチアジアゾール、トリメルカプトトリアジン、ジブチルアミノジメルカプトトリアジン、チオ尿素などのイオウ化合物;イミダゾール、ヒドラジン、アミン類、ヒドラジドなどの窒素化合物等が挙げられる。
皮膜形成促進剤としては、例えば亜硝酸ナトリウム、過酸化水素、ホウ酸、ホウフッ酸、臭化水素酸、金属のオキソ酸及びこれらの塩などが挙げられる。安定剤としては、例えば含窒素界面活性剤などの界面活性剤を挙げることができる。
【0017】
本発明の表面処理方法における(A)工程の表面処理は、以下のようにして行うことができる。
まず、被処理アルミニウム系金属材料の表面を、常法に従って脱脂処理したのち、水洗処理し、次いで、場合により酸洗浄処理及び水洗処理する。
次に、このようにして予め素地調整された被処理アルミニウム系金属材料に対して、当該表面処理剤Aを用いて化成処理を施す。この化成処理方法については特に制限はなく、例えば被処理アルミニウム系金属材料の表面に、当該表面処理剤Aをスプレーする方法、あるいは当該処理剤Aを収容した処理浴中へ、前記被処理アルミニウム系金属材料を浸漬する方法などを用いることができる。
この化成処理時における当該表面処理剤Aの液温は、25〜60℃の範囲が好ましく、処理時間は5〜300秒間程度である。液温及び処理時間が上記範囲にあれば、所望の化成皮膜が良好に形成されると共に、経済的にも有利である。該液温は、より好ましくは30〜55℃であり、処理時間は、30〜200秒間が好ましい。
このようにしてZr及び3価Crを主体とする化成皮膜を形成したのち、必要に応じ、水洗処理を施す。化成皮膜の皮膜量は、通常20〜200mg/m2程度である。
【0018】
[(B)工程]
この(B)工程は、前記(A)工程で処理されたアルミニウム系金属材料の表面処理面に対し、表面処理剤BI又はBIIを用いて表面処理を施す工程である。
前記表面処理剤BIは、(g)カチオン性アミノ基含有水性エポキシ樹脂とアニオン性水性ウレタン樹脂を、固形分として質量比3.0:7.0〜9.5:0.5の割合でかつ0.1〜20質量%含み、(h)pHが2.5〜6である性状を有するものである。
一方、前記表面処理剤BIIは、(i)カチオン性アミノ基含有水性エポキシ樹脂とアニオン性水性ウレタン樹脂を、固形分として質量比3.0:7.0〜9.5:0.5の割合でかつ0.1〜20質量%含むと共に、(j)ビス(トリアルコキシシリル)アルカン及び/又は1分子中に含まれるアルコキシル基の少なくとも一部を加水分解してなるビス(トリアルコキシシリル)アルカンを、固形分換算で0.1〜50000質量ppm含み、(k)pHが2.5〜6である性状を有するものである。
当該表面処理剤BI及びBIIにおけるカチオン性アミノ基含有水性エポキシ樹脂としては、表面がプラスに荷電したカチオン性アミノ基含有エポキシ樹脂の水性エマルジョン、あるいは水溶性のカチオン性アミノ基含有エポキシ樹脂であればよく、その種類については特に制限はない。このようなものとしては、例えば市販品として、旭電化工業(株)製の「アデカレジンEM−0436F」、「アデカレジンEM−0718シリーズ」、「アデカレジンEPシリーズ」などを用いることができる。
【0019】
当該表面処理剤BI及びBIIにおけるアニオン性水性ウレタン樹脂としては、表面がマイナスに荷電したアニオン性ウレタン樹脂の水性エマルジョン、あるいは水溶性のアニオン性ウレタン樹脂であればよく、その種類については特に制限はない。このようなものとしては、例えば市販品として、第一工業製薬(株)製の「F−2804D」、「F−2805D」、「スーパーフレックスシリーズ」などを用いることができる。
カチオン性樹脂は、安定化のために通常酸性側にpHが調整されており、一方、アニオン性樹脂は、安定化のために、通常弱アルカリ性側にpHが調整されている。したがって、両者を混合した場合、液が不安定になって、一般にゲル化が生じる。
当該表面処理剤BIは水性エマルジョン又は水溶液の形態で用いられ、前記のカチオン性アミノ基含有水性エポキシ樹脂とアニオン性水性ウレタン樹脂の含有割合が、固形分質量比で3.0:7.0〜9.5:0.5の範囲にあり、かつ両者の合計含有量が、固形分換算で0.1〜20質量%の範囲にあれば、ゲル化が抑制されると共に、所望の性能を有する樹脂皮膜を形成することができる。両者の含有割合は、好ましくは5.0:5.0〜9.0:1.0であり、また両者の合計含有量は、好ましくは0.1〜10質量%である。
当該表面処理剤BIは、pHが2.5〜6の範囲にあれば、良好な安定性を有し、ゲル化が生じにくい。好ましいpHは3〜5である。
【0020】
一方、当該表面処理剤BIIは水性エマルジョン又は水溶液の形態で用いられ、前記のカチオン性アミノ基含有水性エポキシ樹脂とアニオン性水性ウレタン樹脂の含有割合が、固形分質量比で3.0:7.0〜9.5:0.5の範囲にあり、かつ両者の合計含有量が、固形分換算で0.1〜20質量%の範囲にあれば、ゲル化が抑制されると共に、所望の性能を有する樹脂皮膜を形成することができる。両者の含有割合は、好ましくは5.0:5.0〜9.0:1.0であり、また、両者の合計含有量は、好ましくは0.1〜10質量%である。
当該表面処理剤BIIにおいて、(j)成分であるビス(トリアルコキシシリル)アルカンは、一般式(I)
【0021】
【化2】

【0022】
(式中、R1〜R6は、それぞれ独立に炭素数1〜4のアルコキシル基、Aはメチレン基又はエチレン基を示す。)
で表される化合物を好ましく用いることができる。
前記一般式(I)において、R1〜R6で表される炭素数1〜4のアルコキシル基としては、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基、各種ブトキシ基を挙げることができる。
このビス(トリアルコキシシリル)アルカンとしては、例えばビス(トリメトキシシリル)メタン、ビス(トリエトキシシリル)メタン、ビス(トリ−n−プロポキシシリル)メタン、ビス(トリイソプロポキシシリル)メタン、1,2−ビス(トリメトキシシリル)エタン、1,2−ビス(トリエトキシシリル)エタン、1,2−ビス(トリ−n−プロポキシシリル)エタン、1,2−ビス(トリイソプロポキシシリル)エタンなどが挙げられる。これらは1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
当該表面処理剤BIIにおいては、(j)成分として、前記のビス(トリアルコキシシリル)アルカン及び/又は1分子中に含まれるアルコキシル基の少なくとも一部を加水分解してなるビス(トリアルコキシシリル)アルカンが含有される。本発明では、ビス(トリアルコキシシリル)アルカンそのものを樹脂水溶液中に添加することでビス(トリアルコキシシリル)アルカンの加水分解が進行して水溶化するが、事前にこの加水分解処理を行う方法としては、例えば酢酸、硝酸、塩酸、硫酸などの酸の存在下に、0〜60℃程度の温度で行い、その後この加水分解されたビス(トリアルコキシシリル)アルカンを樹脂水溶液に添加してもよい。この加水分解処理によって、架橋化したシランカップリング剤が樹脂皮膜中に存在することにより、透水性やイオン透過性を抑え、その結果耐食性の向上した樹脂皮膜が得られる。
【0023】
当該表面処理剤BIIにおいては、ビス(トリアルコキシシリル)アルカン及び/又は1分子中に含まれるアルコキシル基の少なくとも一部が加水分解されたビス(トリアルコキシシリル)アルカンの含有量が、固形分換算で0.1〜50000質量ppmの範囲にあれば、前記効果が良好に発揮されると共に、経済的な負担も少ない。
当該表面処理剤BIIは、pHが2.5〜6の範囲にあれば、良好な安定性を有し、ゲル化が生じにくい。好ましいpHは3〜5.5である。
本発明の表面処理方法における(B)工程の表面処理は、以下のようにして行うことができる。
前記(A)工程で施されたアルミニウム系金属材料の化成皮膜面に対し、当該表面処理剤BI又はBIIを用いて、ロールコート法、エアスプレー法、エアレススプレー法、浸漬法などの手段により、樹脂皮膜形成処理を行う。この際、処理温度は5〜60℃の範囲が好ましく、処理時間は1〜300秒間程度である。処理温度及び処理時間が上記範囲にあれば、所望の樹脂皮膜が良好に形成されると共に、経済的にも有利である。該処理温度は、より好ましくは10〜40℃であり、処理時間は5〜60秒間が好ましい。
このようにして、化成皮膜上に樹脂皮膜が形成される。
【0024】
[(C)工程]
この(C)工程は、前記(B)工程で得られたアルミニウム系金属材料の表面処理物を乾燥処理する工程である。
この乾燥処理は、温度20〜200℃、時間5秒〜30分間の条件を採用することが、樹脂皮膜の乾燥を効果的に行い得る点から好ましい。より好ましくは、温度50〜120℃、時間1〜30分間である。
このようにして、化成皮膜の上に形成された樹脂皮膜の厚さは、通常0.05〜5μm程度、好ましくは0.1〜2μmである。
本発明の表面処理方法によれば、船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系金属材料の表面に、従来使用されていた6価クロムを含むことなしに、高い一次防錆性と塗装密着性を兼備した表面処理皮膜を形成することができる。
本発明はまた、前述した本発明の表面処理方法によって表面処理されてなる船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系金属材料をも提供する。
【実施例】
【0025】
次に、本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
なお、各例で得られた表面処理アルミニウムダイキャスト板(評価板)について、以下に示す方法に従って性能評価を行った。
(1)一次防錆性
評価板について、そのまま塩水噴霧試験(SST)を行い、500時間後の発錆面積率を目視測定し、下記の判定基準で評価した。
5:発錆面積率2%以下
4:発錆面積率2%超5%以下
3:発錆面積率5%超30%以下
2:発錆面積率30%超60%以下
1:発錆面積率60%超
(2)塗装後SST
下記の方法により、評価板に塗装を行い、塗装板を作製した。
この塗装板にカッターナイフでクロスカットを入れて塩水噴霧試験(SST)を行い、2000時間後のカット部のふくれ幅を測定し、下記の判定基準で評価した。
5:ふくれ幅2mm以下
4:ふくれ幅2mm超4mm以下
3:ふくれ幅4mm超6mm以下
2:ふくれ幅6mm超8mm以下
1:ふくれ幅8mm超
<塗装板の作製>
各例で得られた評価板に、ウレタン変性エポキシ系のノンクロム塗料をスプレー塗装し、120℃で20分間保持して焼付け乾燥を行い、塗装膜厚が15〜20μmの塗装板を作製した。
【0026】
実施例1
市販のアルミニウムダイキャスト板[日本テストパネル社製「ADC−12」]をアルカリクリーナー[日本ペイント社製「サーフクリーナー53」]にて、50℃で2分間脱脂処理したのち、水洗した。
次に、Zrイオン200質量ppm、3価のCrイオン100質量ppm、Alイオン100質量ppm、Coイオン100質量ppm、フッ素含有イオンをフッ素として431質量ppm及ジグアニド30質量ppmを含み、かつpH4.0の一段目表面処理剤(液外観異常なし)中に、前記脱脂処理アルミニウムダイキャスト板を45℃で2分間浸漬処理後、水洗した。
さらに、このものを、カチオン性アミノ基含有水性エポキシ樹脂[旭電化工業社製「アデカレジンEM−0436F」、固形分濃度25質量%]とアニオン性水性ウレタン樹脂[第一工業製薬社製「F−2805D」、固形分濃度30質量%]とを、固形分質量比8:2の割合で、固形分として5質量%含むpH3.7の二段目表面処理剤(液外観異常なし)中に、室温にて10秒間浸漬処理したのち、90℃で20分間乾燥処理して、表面処理アルミニウムダイキャスト板(評価板)を作製した。この評価板の性能評価結果を第1表に示す。
【0027】
実施例2〜12及び比較例1
第1表に示す一段目処理剤及び二段目処理剤を用い、実施例1と同様にして、市販のアルミニウムダイキャスト板の表面処理を行い、各表面処理アルミニウムダイキャスト板(評価板)を作製した。なお、実施例2、7、12で添加したビストリエトキシシリルアルカンは、ビストリエトキシシリルエタンを用いた。
各評価板の性能評価結果を、第1表に示す。
比較例1は、一段目処理剤において、Zrイオン及び3価Crイオン以外の他の金属イオンが含まれていないために、性能が劣るものであった。
【0028】
比較例2及び比較例3
実施例1と同様にして、脱脂処理アルミニウムダイキャスト板を得た。一段目処理剤及び二段目処理剤の性状を第1表に示す。
前記脱脂処理アルミニウムダイキャスト板に対し、実施例1と同様の表面処理を施すことを試みたが、以下に示すトラブルがあった。
比較例2は、一段目処理剤における3価Crイオンの含有量が6000質量ppmであって、5000質量ppmを超えているため、沈殿が形成し1段目の表面処理ができず、評価しなかった。
比較例3は、二段目処理剤におけるpHが6.5(BTSEを含まず)であって、6を超えているため、二段目処理剤のゲル化が生じ、二段目の表面処理ができず、評価しなかった。
【0029】
比較例4
実施例1と同様にして、脱脂処理アルミニウムダイキャスト板を得た。
この脱脂処理アルミニウムダイキャスト板に対し第1表に示す性状を有する一段目処理剤を用いて、一段目の表面処理のみを実施例1と同様にして行い、表面処理アルミニウムダイキャスト板(評価板)を作製した。この評価板の性能評価結果を第1表に示す。
二段目の表面処理を実施しなかったために、性能が劣るものであった。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
[注]
<アミジノ化合物>
A:アセトアミジン
B:ニトログアニジン
C:グアニルチオ尿素
D:グアニン
E:グアニル酸
F:ポリヘキサメチレンジグアニジンの酢酸塩
G:o−トリルジグアニド
H:ジグアニド
I:グアニル尿素
J:グアナジン
【0033】
参考例1
実施例1と同様にして、脱脂処理アルミニウムダイキャスト板を得た。このアルミニウムダイキャスト板に対し、6価クロメート処理剤[日本ペイント社製「アルサーフ1000」]を用いてクロム付着量が30mg/m2となるように、40℃にて30秒間表面処理を行い、表面処理アルミニウムダイキャスト板(評価板)を作製した。
この評価板の性能評価を行ったところ、一次防錆性は4であり、塗装後SSTは5であった。
前記実施例で得られた表面処理アルミニウムダイキャスト板は、いずれも、この6価クロメート処理アルミニウムダイキャスト板に匹敵する性能を有していた。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の表面処理方法によれば、船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系金属材料の表面に、従来使用されていた6価クロムを含むことなしに、高い一次防錆性と塗装密着性を兼備した表面処理皮膜を形成することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系金属材料の表面処理方法であって、
(A)被処理アルミニウム系金属材料に対し、(a)Zrイオンを10〜5000質量ppm、(b)3価Crイオンを0.1〜5000質量ppm、(c)Fe、Co、Zn、Al及びMgの中から選ばれる少なくとも1種の金属のイオン1〜5000質量ppm、(d)分子内に少なくとも1個のアミジノ基を有する化合物を1〜1000質量ppm、及び(e)フッ素含有イオンをフッ素として5〜10000質量ppm含み、かつ(f)pHが2.5〜6の水性液である表面処理剤Aを用いて、表面処理を施す工程、
(B)前記(A)工程で処理されたアルミニウム系金属材料の表面処理面に対し、(g)カチオン性アミノ基含有水性エポキシ樹脂とアニオン性水性ウレタン樹脂を、固形分として質量比3.0:7.0〜9.5:0.5の割合でかつ0.1〜20質量%含み、(h)pHが2.5〜6の水性液である表面処理剤BI、又は(i)カチオン性アミノ基含有水性エポキシ樹脂とアニオン性ウレタン樹脂を、固形分として質量比3.0:7.0〜9.5:0.5の割合でかつ0.1〜20質量%含むと共に、(j)ビス(トリアルコキシシリル)アルカン及び/又は1分子中に含まれるアルコキシル基の少なくとも一部を加水分解してなるビス(トリアルコキシシリル)アルカンを、固形分換算で0.1〜50000質量ppm含み、(k)pHが2.5〜6の水性液である表面処理剤BIIを用いて、表面処理を施す工程、及び
(C)前記(B)工程で得られたアルミニウム系金属材料の表面処理物を乾燥処理する工程、
を含むことを特徴とするアルミニウム系金属材料の表面処理方法。
【請求項2】
(A)工程において、表面処理剤Aによる表面処理を、温度25〜60℃、時間5〜300秒間の条件で行う請求項1に記載のアルミニウム系金属材料の表面処理方法。
【請求項3】
(B)工程において、表面処理剤BI又はBIIによる表面処理を、温度5〜60℃、時間1〜300秒間の条件で行う請求項1又は2に記載のアルミニウム系金属材料の表面処理方法。
【請求項4】
(C)工程において、乾燥処理を、温度20〜200℃、時間5秒〜30分間の条件で行う請求項1〜3のいずれかに記載のアルミニウム系金属材料の表面処理方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の表面処理方法によって表面処理されたことを特徴とする船舶推進用エンジン及び周辺機器類用に成形されたアルミニウム系金属材料。

【公開番号】特開2007−239017(P2007−239017A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−62565(P2006−62565)
【出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000230054)日本ペイント株式会社 (626)
【出願人】(000176213)ヤマハマリン株式会社 (256)
【Fターム(参考)】