説明

アンテナ装置並びに通信装置

【課題】人体の近接をより正確に判定して、SARを低減することができる、優れたアンテナ装置並びに通信装置を提供する。
【解決手段】通信装置10は、通常の通信時には、各伝送線路15、16のSPSTスイッチ15b、16bをオフにしたままにして、2本の結合アンテナ11、12を形成し、放射帯域を拡大させる。一方、人体接触時には、通信装置10は、各伝送線路15、16のSPSTスイッチ15b、16bをオンにして、各アンテナ11、12への供給電力を減らして、SARを低減させることができる。但し、アンテナ11、12の結合は維持されるので、放射電力は半減しない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無線LANシステムなどの比較的高い周波数帯域を無線伝送に使用する通信装置に適用するアンテナ装置並びに通信装置に係り、特に、タブレットPCや電子ブック、モバイル・コミュニケーター、スマートフォンなど、携帯して使用される小型の通信機器に適用するアンテナ装置並びに通信装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、数百MHzから数GHzの比較的高い周波数帯域を無線伝送に使用する無線伝送システムが各種普及している。例えば、2GHz帯や5GHz帯などを使用する無線LAN(Local Area Network)システムや、LTE(Long Term Evolution)や3G通信システムとして、700MHz帯から2GHz帯を使用する携帯電話の通信システムが開発されている。このような帯域を使った無線通信装置が備えるアンテナ装置として、各種方式のものが開発され、実用化されている。
【0003】
当業界では、複数のアンテナ素子を配置して、多重波によるフェージングを抑制するなどのダイバーシティ効果が得られることが広く知られている。例えば、電磁信号の送信/受信回路に給電ラインのネットワークにより接続されている第1及び第2の放射素子を少なくとも基板上に有する、放射ダイバーシティを伴う送信/受信アンテナにについて提案がなされている(例えば、特許文献1を参照のこと)。
【0004】
モバイル・ユースの通信機器では、SAR(Specific Absorption Ratio:比吸収率)の低減が必要である。このため、人体の接触に応じて送信電力を低減するようにした通信装置などについて提案がなされている(例えば、特許文献2を参照のこと)。
【0005】
ところが、機器が人体に接近して使用される際に、回路の送信電力を下げる、あるいは、人体との接触距離をとるために、アンテナと筐体との間に大きなクリアランス領域を設けるなどの対策をとると、通信特性の劣化や、機器の大型化を招来することが懸念される。
【0006】
また、機器が人体に接触して使用される状態を検知するために、例えば、RSSI(Receiving Signal Strength Indication:受信信号強度)をモニターして、急に感度が低下した際には人体が接触したと判断するといった方法が挙げられる。しかしながら、RSSIの変化は、人体が近接した場合に限定される訳ではなく、例えば金属のような比人体物体が機器に近接した場合でも、感度の低下が起こり得る。人体と誤認識して送信電力を低減すると、受信先での受信エラーを招来し、非効率的である。
【0007】
あるいは、機器に搭載した加速度センサーを用いて、機器が重力加速度に対してどの方向を向いているかを計測し、その状態に応じて電波を放射させるアンテナを選択し、人体に近いと推定されるアンテナからの放射を禁止するようにした携帯端末装置について提案がなされている(例えば、特許文献3を参照のこと)。しかしながら、重力加速度を計測して機器の使用状態を予測しても、必ず人体が近接しているとは言えず、状態のよいアンテナからの放射を禁止してしまう可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2009−514292号公報
【特許文献2】特開2005−208754号公報
【特許文献3】特開2009−284525号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、タブレットPCや電子ブック、モバイル・コミュニケーター、スマートフォンなど、携帯して使用される小型の通信機器に好適に適用することができる、優れたアンテナ装置並びに通信装置を提供することにある。
【0010】
本発明のさらなる目的は、SARを低減することができる、優れたアンテナ装置並びに通信装置を提供することにある。
【0011】
本発明のさらなる目的は、人体の近接をより正確に判定して、SARを低減することができる、優れたアンテナ装置並びに通信装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願は、上記課題を参酌してなされたものであり、請求項1に記載の発明は、
第1のアンテナ素子と、
第2のアンテナ素子と、
第1の伝送線路を介して前記第1のアンテナ素子が接続されるとともに、第2の伝送線路を介して前記第2のアンテナ素子が接続される分岐回路と、
前記第2の伝送線路上に接続され、前記第1のアンテナ素子と前記第2のアンテナ素子の入力インピーダンス又は位相を調整する遅延線路と、
第1の接続切換部を介して前記第1の伝送線路上に前記第1のアンテナ素子と並列接続された、前記第1のアンテナ素子への給電電力を低減する第1の電力低減部と、
第2の接続切換部を介して前記第2の伝送線路上に前記第2のアンテナ素子と並列接続された、前記第2のアンテナ素子への給電電力を低減する第2の電力低減部と、
人体の近接状態を判定する判定部と、
前記判定部が人体の近接状態でないと判定したときには、前記第1の接続切換部によって前記第1の電力低減部を前記第1の伝送線路から遮断するとともに、前記第2の接続切換部によって前記第2の電力低減部を前記第2の伝送線路から遮断し、前記判定部が人体の近接状態と判定したときには、前記第1の接続切換部によって前記第1の電力低減部を前記第1の伝送線路に並列接続するとともに、前記第2の接続切換部によって前記第2の電力低減部を前記第2の伝送線路に並列接続する、制御部と、
を具備するアンテナ装置である。
【0013】
本願の請求項2に記載の発明によれば、請求項1に記載のアンテナ装置の第1の電力低減部は、一端が接地された第1のインピーダンス回路であり、第1の接続切換部は、前記第1のインピーダンス回路の他端を前記第1の伝送線路に並列接続する線路上に挿入されたSPSTスイッチである。また、第2の電力低減部は、一端が接地された第2のインピーダンス回路であり、第2の接続切換部は、前記第2のインピーダンス回路の他端を前記第2の伝送線路に並列接続する線路上に挿入されたSPSTスイッチである。
【0014】
本願の請求項3に記載の発明によれば、請求項2に記載のアンテナ装置において、第1のインピーダンス回路の前記一端は、第1の整流回路と、前記第1の整流回路で整流された電力を吸収する第1の電力吸収部を介して接地される。また、第2のインピーダンス回路の前記一端は、第2の整流回路と、前記第2の整流回路で整流された電力を吸収する第2の電力吸収部を介して接地される。
【0015】
本願の請求項4に記載の発明によれば、請求項1に記載のアンテナ装置の第1の接続遮断部は、前記第1の伝送線路上に挿入された1対のSPDTスイッチであり、第1の電力低減部は、前記1対のSPDTスイッチにそれぞれ接続されたポートと接地されたポートを含む第1の分配合成回路である。また、第2の接続遮断部は、前記第2の伝送線路上で前記遅延回路の両端に接続された1対のSPDTスイッチであり、第2の電力低減部は、前記1対のSPDTスイッチにそれぞれ接続されたポートと接地されたポートを含む第2の分配合成回路である。
【0016】
本願の請求項5に記載の発明によれば、請求項1に記載のアンテナ装置の分岐回路は、通信回路に接続される複数のポートを備えたハイブリッド回路である。
【0017】
本願の請求項6に記載の発明によれば、請求項1、3、又は5のいずれに記載のアンテナ装置の第1のインピーダンス回路は、前記第1のアンテナ素子と等価となるRC回路、LCR直列回路、又は、LCR並列回路である。また、第2のインピーダンス回路は、前記第2のアンテナ素子と等価となるRC回路、LCR直列回路、又は、LCR並列回路である。
【0018】
本願の請求項7に記載の発明によれば、請求項1に記載のアンテナ装置の判定部は、前記第1又は第2のアンテナ素子の少なくとも一方で受信した信号のRSSIの計測結果に基づいて、人体の近接状態を判定するように構成されている。
【0019】
本願の請求項8に記載の発明によれば、請求項1に記載のアンテナ装置は、装置本体に作用する重力加速度を計測する加速度センサーをさらに備えている。そして、判定部は、前記第1又は第2のアンテナ素子の少なくとも一方で受信した信号のRSSIの計測結果と前記加速度センサーが計測する重力加速度を連携させて、人体の近接状態を判定するように構成されている。
【0020】
本願の請求項9に記載の発明によれば、請求項8に記載のアンテナ装置の判定部は、前記RSSIの計測値が規定値以下になったときに、物体の近接状態と判定し、前記加速度センサーが計測する重力加速度に基づいて前記装置本体の動きの有無を検出し、動きが検出されたときには人体の近接状態と判定し、動きが検出されなければ人物以外の物体の近接状態と判定するように構成されている。
【0021】
本願の請求項10に記載の発明によれば、請求項9に記載のアンテナ装置の制御部は、前記判定部が前記RSSIの計測結果に基づいて物体の近接状態を判定したときに、前記第1の接続切換部によって前記第1の電力低減部を前記第1の伝送線路に並列接続するとともに、前記第2の接続切換部によって前記第2の電力低減部を前記第2の伝送線路に並列接続するが、前記判定部が前記加速度センサーにより計測した重力加速度に基づいて人体の近接状態を判定したときには、前記第1の電力低減部の前記第1の伝送線路への並列接続及び前記第2の電力低減部の前記第2の伝送線路への並列接続を継続するが、人体以外の物体の近接状態を判定したときには、前記第1の接続切換部によって前記第1の電力低減部を前記第1の伝送線路から遮断するとともに、前記第2の接続切換部によって前記第2の電力低減部を前記第2の伝送線路から遮断するように構成されている。
【0022】
本願の請求項11に記載の発明によれば、請求項1に記載のアンテナ装置は、装置本体の温度を計測する温度センサーをさらに備えている。そして、判定部は、前記第1又は第2のアンテナ素子の少なくとも一方で受信した信号のRSSIの計測結果と前記温度センサーが計測する温度を連携させて、人体の近接状態を判定するように構成されている。
【0023】
本願の請求項12に記載の発明によれば、請求項1に記載のアンテナ装置は、静電容量センサーをさらに備えている。そして、判定部は、前記第1又は第2のアンテナ素子の少なくとも一方で受信した信号のRSSIの計測結果と前記静電容量センサーが計測する静電容量の変化を連携させて、人体の近接状態を判定するように構成されている。
【0024】
また、本願の請求項13に記載の発明は、
第1のアンテナ素子と、
第2のアンテナ素子と、
第1の伝送線路を介して前記第1のアンテナ素子が接続されるとともに、第2の伝送線路を介して前記第2のアンテナ素子が接続される分岐回路と、
前記分岐回路を介して前記第1のアンテナ素子及び前記第2のアンテナ素子と接続する通信回路と、
前記第2の伝送線路上に接続され、前記第1のアンテナ素子と前記第2のアンテナ素子の入力インピーダンス又は位相を調整する遅延線路と、
第1の接続切換部を介して前記第1の伝送線路上に前記第1のアンテナ素子と並列接続された、前記第1のアンテナ素子への給電電力を低減する第1の電力低減部と、
第2の接続切換部を介して前記第2の伝送線路上に前記第2のアンテナ素子と並列接続された、前記第2のアンテナ素子への給電電力を低減する第2の電力低減部と、
人体の近接状態を判定する判定部と、
前記判定部が人体の近接状態でないと判定したときには、前記第1の接続切換部によって前記第1の電力低減部を前記第1の伝送線路から遮断するとともに、前記第2の接続切換部によって前記第2の電力低減部を前記第2の伝送線路から遮断し、前記判定部が人体の近接状態と判定したときには、前記第1の接続切換部によって前記第1の電力低減部を前記第1の伝送線路に並列接続するとともに、前記第2の接続切換部によって前記第2の電力低減部を前記第2の伝送線路に並列接続する、制御部と、
を具備する通信装置である。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、タブレットPCや電子ブック、モバイル・コミュニケーター、スマートフォンなど携帯して使用される小型の通信機器に適用され、SARを低減することができる、優れたアンテナ装置並びに通信装置を提供することができる。
【0026】
本発明に係るアンテナ装置は、通常の通信時には、2本の結合アンテナを形成して、放射帯域を拡大させることができる一方、人体の近接を判定したときには、各アンテナへの供給電力を減らして、SARを低減させることができる。但し、各アンテナの結合は維持されるので、放射電力は半減しない。
【0027】
また、本発明に係るアンテナ装置によれば、RSSI計測と加速度センサーによる動き計測を連携することにより、人体が機器に近接した状態を的確に判定して、各アンテナへの供給電力を減らして、SARを低減させることができる。
【0028】
本発明のさらに他の目的、特徴や利点は、後述する本発明の実施形態や添付する図面に基づくより詳細な説明によって明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1A】図1Aは、アンテナ装置を備えた通信装置10の構成例を示した図である。
【図1B】図1Bは、通信装置10の状態遷移図である。
【図2】図2は、第1のアンテナ素子11及び第2のアンテナ素子12からなるアンテナ装置の設計モデルを例示した図である。
【図3】図3は、図1Aに示したアンテナ装置の通常の通信時における放射特性のシミュレーション結果を示した図である。
【図4】図4は、図1A並びに図2に示したアンテナ装置の人体近接時における特性を解析するためのシミュレーション・モデルを示した図である。
【図5】図5は、図1Aに示したアンテナ装置が、人体の近接に伴ってSPSTスイッチ15b、16bがオンになったときのシミュレーション・ブロックを示した図である。
【図6A】図6Aは、人体近接時のアンテナの入力インピーダンス(S11)を示したスミス・チャートである。
【図6B】図6Bは、各アンテナ素子11、12の等価回路を簡易的に表した図である。
【図7】図7は、アンテナ装置の第1のアンテナ素子11を単独で励振した際のSAR分布のシミュレーション結果を示した図である。
【図8】図8は、アンテナ装置の第2のアンテナ素子12を単独で励振した際のSAR分布のシミュレーション結果を示した図である。
【図9】図9は、第1のアンテナ素子11及び第2のアンテナ素子12をともに励振した際のSAR分布のシミュレーション結果を示した図である。
【図10】図10は、図1Aに示した通信装置の変形例を示した図である。
【図11】図11は、図1Aに示した通信装置の他の変形例を示した図である。
【図12】図12は、図1Aに示した通信装置のさらに他の変形例を示した図である。
【図13】図13は、RSSI計測と加速度センサーによる動き計測を連携して人体が機器に近接した状態を判定するための処理手順を示したフローチャートである。
【図14】図14は、第1のアンテナ素子11と第2のアンテナ素子12の配置例を示した図である。
【図15】図15は、分配合成回路13の一例を示した図である。
【図16】図16は、図1Aに示したアンテナ装置の周波数特性例を示した図である。
【図17】図17は、90度移相器として構成されるハイブリッド回路23の一例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0031】
図1Aには、アンテナ装置を備えた通信装置10の構成例を示している。通信装置10に取り付けられたアンテナ装置は、第1のアンテナ素子11と第2のアンテナ素子12を備えた結合アンテナである。第1のアンテナ素子11と第2のアンテナ素子12はともに、いわゆる逆F型モノポール・アンテナとして構成され、各アンテナ素子11、12は同じ長さの素子である。逆F型アンテナは、λ0/4モノポール・アンテナの先端を折り曲げて低背化したアンテナであり、給電点位置付近に短絡部を設けて給電点とのインピーダンス整合が取られている(但し、λ0は使用波長とする)。
【0032】
第の1アンテナ素子11は、伝送線路15を介して分配合成回路13に接続されている。また、第の2アンテナ素子12は、伝送線路16を介して分配合成回路13に接続されている。
【0033】
ここで、伝送線路15は、インピーダンス回路15a及びSPST(Single Pole Single Throw:単極単投)スイッチ15bを介してグラウンドに接続され、伝送線路16は、インピーダンス回路16a及びSPSTスイッチ16bを介してグラウンドに接続されている。
【0034】
また、2つの伝送線路15、16のうち、一方の伝送線路16には遅延線路16cが挿入されている。遅延線路16cは、第1のアンテナ素子11と第2のアンテナ素子の入力インピーダンス、又は、位相を調整する作用がある。例えば、800MHz帯の送受信用アンテナとして構成させた場合に、伝送線路15の長さL1と、遅延線路16cを含んだ伝送線路16の長さL2との差を187ミリメートルとする。但し、各伝送線路15、16の長さL1、L2の値は一例である。
【0035】
図14には、第1のアンテナ素子11と第2のアンテナ素子12の配置例を示している。同図に示すように、アンテナ素子11、12はそれぞれが逆F型モノポール・アンテナとして構成され、グラウンド面17上に、その表面からわずかに離間して、直線状に並ぶように配置されている。第1のアンテナ素子11の給電点11aは、伝送線路15に接続されるとともに、接続導体11bを介してグラウンド面17に短絡されている。また、第2のアンテナ素子12の給電点12aは、伝送線路16に接続されるとともに、接続導体12bを介してグラウンド面17に短絡されている。第1のアンテナ素子11の給電点11aと第2のアンテナ素子12の給電点12aとを逆向きにし、第1のアンテナ素子11の先端と第2アンテナ素子12の先端とを近接させている。
【0036】
また、図15には、分配合成回路13の一例を示している。図示の分配合成回路13は、配線基板上のT字形状に形成された導電体パターン14で構成され、T字の頭部の両端にそれぞれ第1のポート13aと第2のポート13bが配設され、T字の脚部の下端に第3のポート13cが配設されている。第1のポート13aは伝送線路15を介して第1のアンテナ素子11に接続され、第2のポート13bは伝送線路16を介して第2のアンテナ素子12と接続されている。また、第3のポート13cを入力ポートとし、通信回路と接続させている。
【0037】
第1のポート13aと第3のポート13c間と、第2のポート13bと第3のポート13c間の、導電体パターン14で形成される伝送線路の遅延線路長はほぼ等しく、2つのアンテナ素子11、12からの受信信号を、位相差なく合成することになる。また、入力ポートとしての第3のポート13cから供給される放射電力を各アンテナ素子11、12に等しく分配することになる。
【0038】
ここで、各伝送線路15、16でSPSTスイッチ15b、16bをオフにしたまま動作させない、すなわちグラウンドに接続させない通常の状態で通信動作を行なう場合の、図1Aに示したアンテナ装置のアンテナ特性について説明しておく。
【0039】
図16には、図1Aに示したアンテナ装置の周波数特性例を示している。但し、横軸が周波数[GHz]であり、縦軸がリターンロス[dB]を示している。図16において、破線で示す特性S1は、第の1アンテナ素子11を単独で使用したアンテナ装置の場合の周波数特性である。これに対し、実線で示す特性S2は、第1のアンテナ素子11と第2のアンテナ素子12を組み合わせて使用したアンテナ装置の場合の周波数特性である。例えば、6dB以上のリターンロスが得られる周波数範囲がアンテナ装置として使用できる範囲であるとした場合、第1のアンテナ素子11を単独で使用したアンテナ装置の特性S1の場合には、使用できる帯域幅が約33MHzである。これに対して、第1のアンテナ素子11と第2のアンテナ素子12を組み合わせて使用したアンテナ装置の特性S2の場合には、使用できる帯域幅が約120MHzである。したがって、図1Aに示したアンテナ装置によると、アンテナ特性を非常に広帯域化することができる。
【0040】
この広帯域化は、伝送線路15、16のうちの一方の伝送線路16を長くした遅延線路として構成したことに依るものである。すなわち、遅延線路を有することで、それぞれのアンテナ素子11、12の入力インピーダンス又は位相が調整され、総合的な特性S2を、第1のアンテナ素子11だけの特性S1よりも広帯域化することができる。例えば、上述したように、一方の伝送線路15と他方の伝送線路16とが、187ミリメートルの線路長の差により、800MHzの周波数に対して約180°の位相差を設けたことになり、その位相差の信号の合成で広帯域化が図られている。
【0041】
通信装置10は、通常の通信時には、各伝送線路15、16のSPSTスイッチ15b、16bをオフにしたまま動作させない、すなわち各アンテナ11、12をグラウンドに接続させないで、2本の結合アンテナ11、12を形成し、放射帯域を拡大させることができる。
【0042】
一方、人体接触時には、通信装置10は、各伝送線路15、16のSPSTスイッチ15b、16bをオンにして、各アンテナ11、12への供給電力を減らして、SARを低減させることができる。但し、アンテナ11、12の結合は維持されるので、放射電力は半減しない。
【0043】
図1Bには、通信装置10の状態遷移図を示している。通信装置10は、例えば、RSSIをモニターして、急激な変化が起きたときに人体に接触したと判断する。人体接触時と非接触時では、一般にアンテナの感度が5dB程度変わるので、急に感度が低下したときには人体が接触したと判断し、その逆の場合は人体が離れたと判断する。そして、通信装置10は、人体に接触したと判断したときには、SPSTスイッチ15b、16bをオンにするようにすればよい。
【0044】
また、この他に、静電容量センサーをアンテナ11、12の近傍に配置して、その容量の変化を測定することによって、人体が近接しているか近接していないかを判定することもできる。あるいは、温度センサーをおいて、人体近接による温度上昇をモニターして判定することもできる。
【0045】
図2には、第1のアンテナ素子11及び第2のアンテナ素子12からなるアンテナ装置の設計モデルを例示している。例えば使用周波数帯域の中心が800MHzになるように、基板の高さH、幅W、厚さT、逆F字の第1及び第2のアンテナ素子11、12の長さL、基板とアンテナ素子間の間隙G、アンテナ素子の径D、第1及び第2のアンテナ素子11、12の先端間の距離L1、アンテナ素子先端から給電点までの距離L2、給電点から短絡点までの距離L3の各パラメーターを決定するようにすればよい。
【0046】
図3には、図1Aに示したアンテナ装置の通常の通信時(SPSTスイッチ15b、16bをオフにしたとき)における放射特性のシミュレーション結果を示している。但し、第1のアンテナ素子11と第2のアンテナ素子12間のアンテナ結合距離D1をλ0/2とし、また、一方の伝送線路16に挿入する遅延線路16cの遅延線路長D2をλ0/2として、各アンテナ素子11、12を給電して結合させている。また、参考として、一方のSPSTスイッチ16bのみをオンにして、第の1アンテナ素子11を単独で使用した場合のアンテナ装置の放射特性のシミュレーション結果を、破線で示している。図3から、単独のアンテナに比較して、放射効率が向上し、帯域が拡大することが分かる。
【0047】
図4には、図1A並びに図2に示したアンテナ装置の人体近接時における特性を解析するためのシミュレーション・モデルを示している。同図では、人体の代用に、頭部のスタンダード・モデルを2つ連結したものを使用している。頭部のスタンダード・モデルとして、例えばSAR測定用に開発されたSAM(Specific Anthropomorphic Mannequin)ファントム(擬人化マネキン)を使用することができる。図示のように、頭部のスタンダード・モデルの近傍に、図1A並びに図2に示したアンテナ装置を配置する。
【0048】
図5には、図1Aに示したアンテナ装置が、人体の近接に伴ってSPSTスイッチ15b、16bがオンになったときのシミュレーション・ブロックを示している。
【0049】
図5では、図1A中のインピーダンス回路15a、16aとして、36Ωの抵抗素子と、6.2pFのコンデンサーを直列接続したRC回路を入れている。ここで、インピーダンス回路15a、16aの決定方法について、図6A及び図6Bを参照しながら説明しておく。
【0050】
図6Aには、人体近接時のアンテナの入力インピーダンス(S11)を示している。第1のアンテナ素子11と第2のアンテナ素子12がともに逆F型モノポール・アンテナとして構成されることは既に述べた。ここで、逆F型アンテナの放射抵抗を36Ω(モノポールの放射抵抗)と仮定すると、S11のプロットから、各アンテナ素子11、12の等価回路を図6Bのように簡易的に表すことができる(図6Aに示したチャート上の各点は、R+jX、X=1/jωCである。中心周波数800MHz(0.8GHz)に相当する点において、R=36[Ω]、ω=2π×800[MHz]を代入すると、コンデンサーの容量Cを求めることができる)。
【0051】
そこで、SPSTスイッチ15b、16bをオンにしたときに、各伝送線路15、16に接続されるインピーダンス回路15a、16aを、図6Bに示した等価回路と同じにすれば、アンテナ素子11、12と同じものがそれぞれ並列されたことになって、電力が2つに分配される。
【0052】
なお、アンテナの特性や、周辺のグラウンドや寄生部品などの実装状態によって、インピーダンス特性は変化する。したがって、インピーダンス回路15a、16aの構成や定数を、必要に応じて調整することが望ましい、また、インピーダンス回路15a、16aを、RCだけでなく、LCR直列回路や、LCR並列回路としたり、あるいは、マッチング回路と複合したりして設計してもよい。
【0053】
図4に示したシミュレーション・モデルを用い、800MHz帯でシミュレーションを行なった結果を、図7〜図1A0に示す。但し、図7は、アンテナ装置の第1のアンテナ素子11を単独で励振した際(すなわち、分配合成回路13無しで信号源から第1のアンテナ素子11に直接給電した場合)の、SAR分布のシミュレーション結果である。また、図8は、アンテナ装置の第2のアンテナ素子12を単独で励振した際(すなわち、分配合成回路13ならびに遅延線路16c無しで信号源から第2のアンテナ素子12に直接給電した場合)の、SAR分布のシミュレーション結果である。これに対し、図9は、第1のアンテナ素子11及び第2のアンテナ素子12をともに励振した際(SPSTスイッチ15b及びSPSTスイッチ16bをともにオンにして、第1のアンテナ素子11及び第2のアンテナ素子12への電力を分配して信号源から給電した場合)の、SAR分布のシミュレーション結果である。図9を図7並びに図8と比較すると、人体が近接したときに、第1のアンテナ素子11及び第2のアンテナ素子12へ供給される電力を、それぞれインピーダンス回路15a、16aに分配するという分岐構造によって、SARの値が大きく低減できていることが明らかである。
【0054】
以下の表1には、第1のアンテナ素子11を単独で励振したとき(図7を参照)、第2のアンテナ素子12を単独で励振したとき(図8を参照)、第1のアンテナ素子11及び第2のアンテナ素子12を分岐構造で組み合わせたとき(図9を参照)、の各場合における、周波数帯毎の人体近接時のSARの値[W/kg]をまとめている。
【0055】
【表1】

【0056】
表1から、800MHzを中心に、700〜900MHzのいずれにおいても、第1のアンテナ素子11及び第2のアンテナ素子12を分岐構造で組み合わせることにより、SARの値が低減できていることが分かる。
【0057】
また、以下の表2には、第1のアンテナ素子11を単独で励振したとき(図7を参照)、第2のアンテナ素子12を単独で励振したとき(図8を参照)、第1のアンテナ素子11及び第2のアンテナ素子12を分岐構造で組み合わせたとき(図9を参照)、の各場合における、周波数帯毎の人体近接時の放射効率値[dB]をまとめている。
【0058】
【表2】

【0059】
表2を見ると、例えば800MHz帯では、第1のアンテナ素子11、第2のアンテナ素子12を単独で励振したときには、放射効率はいずれも−9.4dBであるのに対し、第1のアンテナ素子11及び第2のアンテナ素子12を分岐構造で組み合わせると、放射効率は−12.7dBに劣化している。しかしながら、表1を参照すると、同じ800MHz帯では、第1のアンテナ素子11、第2のアンテナ素子12を単独で励振したときのSARの値は、第1のアンテナ素子11及び第2のアンテナ素子12を分岐構造で組み合わせる場合の4.5倍も高くなっている。
【0060】
言い換えれば、第1のアンテナ素子11、第2のアンテナ素子12を単独で励振した場合に、第1のアンテナ素子11及び第2のアンテナ素子12を分岐構造で組み合わせる場合と同じSARの値にするには、給電電力を約6.5dB低下させなければならない。これを考慮すると、第1のアンテナ素子11、第2のアンテナ素子12を単独で励振したときの放射効率は、−9.4−6.5=−15.9dBとなる。すなわち、第1のアンテナ素子11及び第2のアンテナ素子12を分岐構造で組み合わせることで、人体近接時に同じSARレベルに抑えた場合でも、遠方解の放射効率は劣化が少なくなり、メリットがあると言うことができる。
【0061】
図10には、図1Aに示した通信装置の変形例を示している。通信装置10−2に取り付けられたアンテナ装置は、第1のアンテナ素子11と第2のアンテナ素子12を備えた結合アンテナである。各アンテナ素子11、12の配置例については、図14で説明した構成をそのまま適用することができる。第の1アンテナ素子11は、伝送線路15を介して分配合成回路13に接続されている。また、第の2アンテナ素子12は、伝送線路16を介して分配合成回路13に接続されている。一方の伝送線路16には遅延線路16cが挿入され、2つの伝送線路15、16に給電される位相が調整されている。
【0062】
伝送線路15は、インピーダンス回路15a及びSPSTスイッチ15bを介してグラウンドに接続され、伝送線路16は、インピーダンス回路16a及びSPSTスイッチ16bを介してグラウンドに接続されている。図1Aとの主な相違は、インピーダンス回路16a及びSPSTスイッチ16bが、それぞれ整流回路15d、16dを介してグラウンドに接続されている点である。
【0063】
図10に示した通信装置10−2も、基本的には、図1Bに示した状態遷移図に従って動作する。
【0064】
通信装置10−2は、通常の通信時には、各伝送線路15、16のSPSTスイッチ15b、16bをオフにしたまま動作させない、すなわち各アンテナ11、12をグラウンドに接続させないで、2本の結合アンテナ11、12を形成し、放射帯域を拡大させることができる。
【0065】
一方、人体接触時には、通信装置10−2は、各伝送線路15、16のSPSTスイッチ15b、16bをオンにして、各アンテナ11、12への供給電力を減らして、SARを低減させることができる。但し、アンテナ11、12の結合は維持されるので、放射電力は半減しない。また、グラウンドに流れる電力に一部は、整流回路15d、16dを通して整流された後、電力吸収部15e、16eで電力として回収される。回収された電力は、通信装置10−2の駆動電力として再利用することができる。
【0066】
図11には、図1Aに示した通信装置の他の変形例を示している。通信装置10−3に取り付けられたアンテナ装置は、第1のアンテナ素子11と第2のアンテナ素子12を備えた結合アンテナである。各アンテナ素子11、12の配置例については、図14で説明した構成をそのまま適用することができる。第の1アンテナ素子11は、伝送線路15を介して分配合成回路13に接続されている。また、第の2アンテナ素子12は、伝送線路16を介して分配合成回路13に接続されている。一方の伝送線路16には遅延線路16cが挿入され、2つの伝送線路15、16に給電される位相が調整されている。
【0067】
ここで、伝送線路15には、2つのSPDT(Single Pole Double Throw:単極双投)スイッチ15f、15gが挿入されている。また、各SPDTスイッチ15e、15fの「2」側の端子は、分配合成回路15hを通してグラウンドに接続されている。各SPDTスイッチ15f、15gを、図中「1」をイネーブルとすると、分配合成回路13によって分配された電力が第1のアンテナ素子11に直接給電される。他方、各SPDTスイッチ15f、15gを、図中「2」をイネーブルとすると、分配合成回路13によって分配された電力が、さらに分配合成回路15hによって、第1のアンテナ素子11とグラウンドに2分して給電される。
【0068】
また、伝送線路16には、2つのSPDTスイッチ16e、16fが挿入されている。また、各SPDTスイッチ16gf、16gの「2」側の端子は、分配合成回路16hを通してグラウンドに接続されている。各SPDTスイッチ16f、16gを、図中「1」をイネーブルとすると、分配合成回路13によって分配された電力が第2のアンテナ素子12に直接給電される。他方、各SPDTスイッチ16f、16gを、図中「2」をイネーブルとすると、分配合成回路13によって分配された電力が、さらに分配合成回路16hによって、第2のアンテナ素子12とグラウンドに2分して給電される。
【0069】
図11に示した通信装置10−3も、基本的には、図1Bに示した状態遷移図に従って動作する。
【0070】
通信装置10−3は、通常の通信時には、各SPDTスイッチ15f、15g及び16f、16gを、図中「1」をイネーブルとする。すなわち、各アンテナ11、12をグラウンドに接続させないで、2本の結合アンテナ11、12を形成し、放射帯域を拡大させることができる。
【0071】
一方、人体接触時には、通信装置10−3は、各SPDTスイッチ15f、15g及び16f、16gを、図中「2」をイネーブルとする。各アンテナ11、12への供給電力が減るので、SARを低減させることができる。但し、アンテナ11、12の結合は維持されるので、放射電力は半減しない。
【0072】
図11に示した通信装置10−3は、図1Aに示した通信装置10と比較して、接続されるデバイスが多くなるため、挿入損失を考慮すると不利な設計となる。但し、インピーダンス回路15a、16aのような回路部品は使われないので、アンテナの入力インピーダンスの周波数特性が維持される。
【0073】
図12には、図1Aに示した通信装置のさらに他の変形例を示している。通信装置10−4に取り付けられたアンテナ装置は、第1のアンテナ素子11と第2のアンテナ素子12を備えた結合アンテナである。各アンテナ素子11、12の配置例については、図14で説明した構成をそのまま適用することができる。図1Aに示した通信装置との主な相違点は、分配合成回路13の代わりに、ハイブリッド回路23を各アンテナ素子11、12に接続している点である。
【0074】
第の1アンテナ素子11は、伝送線路15を介してハイブリッド回路23に接続されている。また、第の2アンテナ素子12は、伝送線路16を介してハイブリッド回路23に接続されている。一方の伝送線路16には遅延線路16cが挿入され、2つの伝送線路15、16に給電される位相が調整されている。伝送線路15は、インピーダンス回路15a及びSPSTスイッチ15bを介してグラウンドに接続され、伝送線路16は、インピーダンス回路16a及びSPSTスイッチ16bを介してグラウンドに接続されている。
【0075】
図17には、90度移相器として構成されるハイブリッド回路23の一例を示している。図示のハイブリッド回路23は、配線基板上の導電体パターン14で構成され、第1のポート23aと第2のポート23bと第3のポート23cと第4のポート23dを備えている。第1〜第4のポート23a〜23dは、四角形状に形成された導電体パターン14で隣接するポートに接続されている。第1のポート23aは伝送線路15を介して第1のアンテナ素子11に接続され、第2のポート23bは伝送線路16を介して第2のアンテナ素子12と接続されている。また、第3のポート23cと第4のポート23dをそれぞれ入力ポートとし、別々の通信回路と接続させている。すなわち、図12に示したアンテナ装置は、入力ポートを増やして、通信時にダイバーシティ動作させることができる。
【0076】
このような導電体パターン14で4つのポート23a〜23dが接続されたハイブリッド回路23を用意することで、2つのアンテナ素子11、12からの受信信号に対して、ある周波数で90°位相差を与えて合成することになる。さらに、その合成信号を、90°位相差で第3のポート23cと第4のポート23dとに得ることになる。さらに、アンテナ素子11、12、並びにハイブリッド回路23として、ある2つの周波数(例えば、800MHzと2GHz)で動作するものを用いることにより、当該2つの周波数にて90°位相差を与えて合成するとともに、90°位相差で取り出すことになる。
【0077】
第3ポート23cに得られる信号の放射パターンと、第4ポート23dに得られる信号の放射パターンは、所定角度シフトした状態であり、第3のポート23cに得られる信号と、第4のポート23dに得られる信号とでは、空間ダイバーシティ効果を有する。また、各伝送線路15、16でSPSTスイッチ15b、16bをオフにしたまま動作させない、すなわちグラウンドに接続させない状態では、図12に示した通信装置10−4は、図1Aに示した通信装置10と同様に放射帯域を拡大させる効果がある他、入力ポートを増やしてダイバーシティ効果が得られる。
【0078】
図12に示した通信装置10−4も、基本的には、図1Bに示した状態遷移図に従って動作する。
【0079】
通信装置10−4は、通常の通信時には、各伝送線路15、16のSPSTスイッチ15b、16bをオフにしたまま動作させない、すなわち各アンテナ11、12をグラウンドに接続させないで、2本の結合アンテナ11、12を形成し、放射帯域を拡大させることができる。
【0080】
一方、人体接触時には、通信装置10−4は、各伝送線路15、16のSPSTスイッチ15b、16bをオンにして、各アンテナ11、12への供給電力を減らして、SARを低減させることができる。但し、アンテナ11、12の結合は維持されるので、放射電力は半減しない。
【0081】
以上説明してきたように、図1A、並びに図10〜図12に示したアンテナ装置は、人体が近接していない通常の通信時においては、2つのアンテナ素子11、12を備えたアンテナ装置として、1つのアンテナ素子単独でのアンテナ特性よりも広帯域な特性となり、比較的簡単な構成により広帯域特性を得ることができる。また、そのアンテナ装置を備えた通信装置の無線通信特性を良好にすることができる。一方、人体が近接した場合に、従来の1つのアンテナ素子単独での場合に比べて、SARを低減させることができ、なお且つ、そのときの放射特性は、従来の1つのアンテナ素子単独の構造で供給電力を減らしてSARを低減させた場合に比べて、劣化を少なくすることができる。
【0082】
続いて、通信装置が人体の近接を検出する方法について説明する。
【0083】
機器が人体に接触して使用される状態を検知するために、RSSIをモニターして、急に感度が低下した際には人体が接触したと判定する方法が既に知られている。しかしながら、RSSIの変化は、人体が近接した場合に限定される訳ではなく、例えば金属のような比人体物体が機器に近接した場合でも、感度の低下が起こり得る。また、加速度センサーを用いて機器に印加される重力加速度を計測して、機器の使用状態を予測する方法も知られているが、必ず人体が近接しているとは言えず、状態のよいアンテナからの放射を禁止してしまう可能性がある。
【0084】
そこで、本発明者らは、RSSI計測と加速度センサーによる動き計測を連携することにより、人体が機器に近接した状態をより的確に判定する方法について提案する。
【0085】
無線通信時にRSSIの計測、モニタリングを行なうことは、通常の無線装置(携帯電話や無線LAN装置など)でも採り入れられている。ここでは、人体が近接していないと判定できるRSSIレベルを規定しておく。これは、実際に人体が近接したときにRSSIがどの程度を示すかを、実験などであらかじめ確認して決めるのが現実的である。
【0086】
RSSI計測の結果、規定値より高いレベルならば、通信装置は、通常の通信状態(すなわち、SPSTスイッチ15b、16bのオフ)を維持して、RSSI計測を継続する。
【0087】
RSSI計測の結果、規定値以下のレベルとなったときには、通信装置は、人物乃至非人物物体がアンテナ装置に近接したと判定して、SARを低減した通信状態(すなわち、SPSTスイッチ15b、16をオンにして、各アンテナ素子11、12への供給電力を低減した状態)に切り換える。
【0088】
また、通信装置は、加速度センサーで機器本体の動き検出を行なう。機器本体が人物に保持されているときは、完全な静止状態はあり得ない。そこで、RSSI計測の結果、規定値以下のレベルになったときであっても、動きが検出されなければ、RSSI計測値が低下したのは人体が近接したのではない別の原因であると判定し、SPSTスイッチ15b、16をオフにして、通常の通信状態に切り換える。ここで言う別の原因として、金属やその他の非人体物体が通信装置に近接したことや、電波受信状態の悪化などを挙げることができる。
【0089】
一方、動きが検出されたときには、RSSI計測値が低下したのは人体が近接したのが原因であると判定し、SARを低減した通信状態(すなわち、SPSTスイッチ15b、16をオン)を保持し、RSSI計測を継続する。
【0090】
その後、RSSI計測の結果、規定値より高いレベルとなったら、人体と近接した状態から解放されたと判定し、SPSTスイッチ15b、16をオフにして、通常の通信状態に切り換える。
【0091】
図13には、通信装置10が、RSSI計測と加速度センサーによる動き計測を連携して人体が機器に近接した状態を判定するための処理手順をフローチャートの形式で示している。このフローチャートは、SPSTスイッチ15b、16をオフにした、通常の通信状態で開始する。
【0092】
通信装置は、RSSIを計測して(ステップS1301)、その計測値を規定値と比較する(ステップS1302)。
【0093】
ここで、RSSIの計測値が規定値以下のレベルとなったときには(ステップS1302のYes)、通信装置は、何らかの物体がアンテナ装置に近接したと判定して(ステップS1303)、SARを低減した通信状態(すなわち、SPSTスイッチ15b、16をオンにして、各アンテナ素子11、12への給電電力を低減した状態)に切り換える(ステップS1304)。ここで言う何らかの物体とは、人物並びに非人物の物体の双方を含む。
【0094】
また、通信装置は、加速度センサーで機器本体に印加される重力加速度を計測し(ステップS1305)、この計測結果に基づいて機器本体の動きの有無を判定する(ステップS1306)。
【0095】
RSSI計測の結果、計測値が規定値以下のレベルになったときであっても(ステップS1302のYes)、加速度センサーの計測結果を基に、機器本体に動きがないと判定されたときには(ステップS1306のNo)、通信装置は、RSSI計測値が低下したのは人体が近接したのではない別の原因であると判定し(ステップS1311)、SPSTスイッチ15b、16をオフにして、通常の通信状態に切り換える(ステップS1312)。その後、ステップS1301に戻り、RSSIの計測を継続して行なう。
【0096】
一方、加速度センサーの計測結果を基に、機器本体に動きがあると判定されたときには(ステップS1306のYes)、通信装置は、RSSI計測値が低下したのは人体が近接したのは人体が近接したのが原因であると判定し(ステップS1307)、SARを低減した通信状態(すなわち、SPSTスイッチ15b、16をオンにして、各アンテナ素子11、12への給電電力を低減した状態)を保持し、その後もRSSI計測を継続し(ステップS1308)、その計測値を規定値と比較する(ステップS1309)。
【0097】
ここで、RSSI計測の結果、規定値より高いレベルとなったら(ステップS1309のYes)、通信装置は、人体と近接した状態から解放されたと判定し、SPSTスイッチ15b、16をオフにして、通常の通信状態に切り換える(ステップS1312)。その後、ステップS1301に戻り、RSSIの計測を継続して行なう。
【0098】
このように、通信装置は、RSSI計測と加速度センサーによる動き計測を連携することにより、人体が機器に近接した状態と、人体が近接していない通常の通信状態や非人体物体が近接している状態とを的確に判定することができる。そして、通信装置は、前者の人体が機器に近接した状態では、各アンテナ素子11、12への供給電力を減らすことにより、1つのアンテナ素子単独での場合に比べて、SARを低減させることができる。一方、後者の人体が近接していない通常の通信状態や非人体物体が近接している状態を判定したときには、通信装置は、2本の結合アンテナを形成することにより、1つのアンテナ素子単独でのアンテナ特性よりも広帯域な特性となり、比較的簡単な構成で広帯域特性を持った良好なアンテナ装置が得られる。
【0099】
なお、RSSI計測と加速度センサーによる動き計測を連携する以外にも、静電センサーや温度センサーなどの各種のセンサー情報をRSSI計測と連携させることによっても、同様に人体近接状態を的確に判定することができる。例えば、RSSI計測と静電センサーによる静電容量計測を連携する場合、図13に示したフローチャート中のステップS1306では、RSSIの計測値が規定値以下のレベルになったときであっても、静電容量の変化が検出されないときには、RSSI計測値が低下したのは人体が近接したのではない別の原因であると判定することができる。また、RSSI計測と温度センサーによる温度計測を連携する場合、図13に示したフローチャート中のステップS1306では、RSSIの計測値が規定値以下のレベルになったときであっても、温度上昇が検出されないときには、RSSI計測値が低下したのは人体が近接したのではない別の原因であると判定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0100】
以上、特定の実施形態を参照しながら、本発明について詳細に説明してきた。しかしながら、本発明の要旨を逸脱しない範囲で当業者が該実施形態の修正や代用を成し得ることは自明である。
【0101】
本発明に係るアンテナ装置は、タブレットPCや電子ブック、モバイル・コミュニケーター、スマートフォンなど、携帯して使用される小型の通信機器に適用され、SARを低減することができるが、その他のさまざまな通信機器にも使用することも勿論可能である。
【0102】
本発明に係るアンテナ装置は、2GHz帯や5GHz帯などを使用する無線LANシステム、LTEや3G通信システム、その他、比較的高い周波数帯域で広帯域を使用するさまざまな無線通信システムで使用される通信装置に適用することができる。
【0103】
本明細書では、RSSI計測と加速度センサーによる動き計測を連携して人体と機器本体との近接状態を判定する方法を用いた実施形態について説明したが、静電センサーや温度センサーなど加速度センサー以外の各種のセンサー情報をRSSI計測と連携させることによっても、同様に人体近接状態を的確に判定することができる。
【0104】
要するに、例示という形態で本発明を開示してきたのであり、本明細書の記載内容を限定的に解釈するべきではない。本発明の要旨を判断するためには、特許請求の範囲を参酌すべきである。
【符号の説明】
【0105】
10…通信装置
11…第1のアンテナ素子、11a…給電点、11b…接続導体
12…第2のアンテナ素子、12a…給電点、12b…接続導体
13…分配合成回路
15…伝送線路
15a…インピーダンス回路、15b…SPSTスイッチ
15d…整流回路、15e…電力吸収部、
15f、15g…SPDTスイッチ、15h…分配合成回路
16…伝送線路
16a…インピーダンス回路、16b…SPSTスイッチ、16c…遅延線路
16d…整流回路、16e…電力吸収部、
16f、16g…SPDTスイッチ、16h…分配合成回路
17…グラウンド面
23…ハイブリッド回路


【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1のアンテナ素子と、
第2のアンテナ素子と、
第1の伝送線路を介して前記第1のアンテナ素子が接続されるとともに、第2の伝送線路を介して前記第2のアンテナ素子が接続される分岐回路と、
前記第2の伝送線路上に接続され、前記第1のアンテナ素子と前記第2のアンテナ素子の入力インピーダンス又は位相を調整する遅延線路と、
第1の接続切換部を介して前記第1の伝送線路上に前記第1のアンテナ素子と並列接続された、前記第1のアンテナ素子への給電電力を低減する第1の電力低減部と、
第2の接続切換部を介して前記第2の伝送線路上に前記第2のアンテナ素子と並列接続された、前記第2のアンテナ素子への給電電力を低減する第2の電力低減部と、
人体の近接状態を判定する判定部と、
前記判定部が人体の近接状態でないと判定したときには、前記第1の接続切換部によって前記第1の電力低減部を前記第1の伝送線路から遮断するとともに、前記第2の接続切換部によって前記第2の電力低減部を前記第2の伝送線路から遮断し、前記判定部が人体の近接状態と判定したときには、前記第1の接続切換部によって前記第1の電力低減部を前記第1の伝送線路に並列接続するとともに、前記第2の接続切換部によって前記第2の電力低減部を前記第2の伝送線路に並列接続する、制御部と、
を具備するアンテナ装置。
【請求項2】
前記第1の電力低減部は、一端が接地された第1のインピーダンス回路であり、
前記第1の接続切換部は、前記第1のインピーダンス回路の他端を前記第1の伝送線路に並列接続する線路上に挿入されたSPSTスイッチであり、
前記第2の電力低減部は、一端が接地された第2のインピーダンス回路であり、
前記第2の接続切換部は、前記第2のインピーダンス回路の他端を前記第2の伝送線路に並列接続する線路上に挿入されたSPSTスイッチである、
請求項1に記載のアンテナ装置。
【請求項3】
前記第1のインピーダンス回路の前記一端は、第1の整流回路と、前記第1の整流回路で整流された電力を吸収する第1の電力吸収部を介して接地され、
前記第2のインピーダンス回路の前記一端は、第2の整流回路と、前記第2の整流回路で整流された電力を吸収する第2の電力吸収部を介して接地される、
請求項2に記載のアンテナ装置。
【請求項4】
前記第1の接続遮断部は、前記第1の伝送線路上に挿入された1対のSPDTスイッチであり、
前記第1の電力低減部は、前記1対のSPDTスイッチにそれぞれ接続されたポートと接地されたポートを含む第1の分配合成回路であり、
前記第2の接続遮断部は、前記第2の伝送線路上で前記遅延回路の両端に接続された1対のSPDTスイッチであり、
前記第2の電力低減部は、前記1対のSPDTスイッチにそれぞれ接続されたポートと接地されたポートを含む第2の分配合成回路である、
請求項1に記載のアンテナ装置。
【請求項5】
前記分岐回路は、通信回路に接続される複数のポートを備えたハイブリッド回路である、
請求項1に記載のアンテナ装置。
【請求項6】
前記第1のインピーダンス回路は、前記第1のアンテナ素子と等価となるRC回路、LCR直列回路、又は、LCR並列回路であり、
前記第2のインピーダンス回路は、前記第2のアンテナ素子と等価となるRC回路、LCR直列回路、又は、LCR並列回路である、
請求項2、3、又は5のいずれかに記載のアンテナ装置。
【請求項7】
前記判定部は、前記第1又は第2のアンテナ素子の少なくとも一方で受信した信号のRSSI(Received Signal Strength Indicator)の計測結果に基づいて、人体の近接状態を判定する、
請求項1に記載のアンテナ装置。
【請求項8】
前記装置本体に作用する重力加速度を計測する加速度センサーをさらに備え、
前記判定部は、前記第1又は第2のアンテナ素子の少なくとも一方で受信した信号のRSSIの計測結果と前記加速度センサーが計測する重力加速度を連携させて、人体の近接状態を判定する、
請求項1に記載のアンテナ装置。
【請求項9】
前記判定部は、
前記RSSIの計測値が規定値以下になったときに、物体の近接状態と判定し、
前記加速度センサーが計測する重力加速度に基づいて前記装置本体の動きの有無を検出し、動きが検出されたときには人体の近接状態と判定し、動きが検出されなければ人物以外の物体の近接状態と判定する、
請求項8に記載のアンテナ装置。
【請求項10】
前記制御部は、
前記判定部が前記RSSIの計測結果に基づいて物体の近接状態を判定したときに、前記第1の接続切換部によって前記第1の電力低減部を前記第1の伝送線路に並列接続するとともに、前記第2の接続切換部によって前記第2の電力低減部を前記第2の伝送線路に並列接続し、
前記判定部が前記加速度センサーにより計測した重力加速度に基づいて人体の近接状態を判定したときには、前記第1の電力低減部の前記第1の伝送線路への並列接続及び前記第2の電力低減部の前記第2の伝送線路への並列接続を継続するが、人体以外の物体の近接状態を判定したときには、前記第1の接続切換部によって前記第1の電力低減部を前記第1の伝送線路から遮断するとともに、前記第2の接続切換部によって前記第2の電力低減部を前記第2の伝送線路から遮断する、
請求項9に記載のアンテナ装置。
【請求項11】
前記装置本体の温度を計測する温度センサーをさらに備え、
前記判定部は、前記第1又は第2のアンテナ素子の少なくとも一方で受信した信号のRSSIの計測結果と前記温度センサーが計測する温度を連携させて、人体の近接状態を判定する、
請求項1に記載のアンテナ装置。
【請求項12】
静電容量センサーをさらに備え、
前記判定部は、前記第1又は第2のアンテナ素子の少なくとも一方で受信した信号のRSSIの計測結果と前記静電容量センサーが計測する静電容量の変化を連携させて、人体の近接状態を判定する、
請求項1に記載のアンテナ装置。
【請求項13】
第1のアンテナ素子と、
第2のアンテナ素子と、
第1の伝送線路を介して前記第1のアンテナ素子が接続されるとともに、第2の伝送線路を介して前記第2のアンテナ素子が接続される分岐回路と、
前記分岐回路を介して前記第1のアンテナ素子及び前記第2のアンテナ素子と接続する通信回路と、
前記第2の伝送線路上に接続され、前記第1のアンテナ素子と前記第2のアンテナ素子の入力インピーダンス又は位相を調整する遅延線路と、
第1の接続切換部を介して前記第1の伝送線路上に前記第1のアンテナ素子と並列接続された、前記第1のアンテナ素子への給電電力を低減する第1の電力低減部と、
第2の接続切換部を介して前記第2の伝送線路上に前記第2のアンテナ素子と並列接続された、前記第2のアンテナ素子への給電電力を低減する第2の電力低減部と、
人体の近接状態を判定する判定部と、
前記判定部が人体の近接状態でないと判定したときには、前記第1の接続切換部によって前記第1の電力低減部を前記第1の伝送線路から遮断するとともに、前記第2の接続切換部によって前記第2の電力低減部を前記第2の伝送線路から遮断し、前記判定部が人体の近接状態と判定したときには、前記第1の接続切換部によって前記第1の電力低減部を前記第1の伝送線路に並列接続するとともに、前記第2の接続切換部によって前記第2の電力低減部を前記第2の伝送線路に並列接続する、制御部と、
を具備する通信装置。


【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6B】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図16】
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【図4】
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【図6A】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図15】
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【図17】
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【公開番号】特開2012−169814(P2012−169814A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−28431(P2011−28431)
【出願日】平成23年2月14日(2011.2.14)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】