説明

アントシアニンの製造方法

【課題】 天然物由来の色素であるアントシアニンを安価且つ効率よく製造するための新規な方法を提供すること。
【解決手段】 紫トウモロコシの根、好ましくは不定根を、培地中で、光照射条件下で培養生育させ、得られた培養根からアントシアニンを回収する工程を有する、アントシアニンの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫トウモロコシの根、特に培養不定根を用いたアントシアニンの製造方法に関する。また本発明は、上記方法によって得られたアントシアニン、並びに当該アントシアニンを用いた着色料、及び抗酸化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
アントシアニンは、シダ植物以上の高等植物に広く分布して存在しているフラボノイド系の色素である。アントシアニンは、退色や変色しやすいものの、合成着色料に比べて安全性が高いことや自然な色合いを有することから、古くから種々の食品に着色料として利用されている。また、最近になって抗酸化能を示すことが見いだされ、単に食品の着色機能だけでなく、生体内酸化ストレスを防止する食品因子としても再評価されている。さらに、抗変異原性、血圧降下作用、肝機能障害軽減効果、視覚改善作用、抗糖尿病作用などの機能があることが明らかにされるにつれ、その健康維持機能や生活習慣病などの疾患改善機能などが注目されている色素である(例えば、非特許文献1及び2等参照)。
【0003】
それにも関わらず、アントシアニンの製造は、本来的にアントシアニンを含む植物からアントシアニンを抽出して取得するといった伝統的な方法に依存しているため、その収穫年の自然条件による原料植物の供給量や価格変動の影響をまともに受けてしまい、安定供給(入手)が難しいという問題を有している。また、栽培植物を原料にすると植物の成長を待たなければならず、栽培に時間と手間がかかり、アントシアニンに生産効率が悪いという問題もある。このため、従来より、アントシアニンを生産するカルスなどの植物細胞を培養することによって、安定的にアントシアニンを製造する方法が検討され提案されている(例えば、特許文献1〜5等参照のこと)。
【0004】
一方、イネ科(Gramineae)トウモロコシ属の1年草である紫トウモロコシ(Zea mays L. Peruvian purple corn)の種子から抽出して得られる色素(アントシアニン)も、古くから飲料や食品の着色料として利用されており、また近年、大腸癌抑制作用、抗糖尿病作用及び抗肥満作用などの生体調節機能があることが確認されている(特許文献6及び7等参照のこと)。
【0005】
しかしながら、紫トウモロコシは背丈が3〜4m程度にもなり生産管理が難しく、また日本の環境では種子が実り難いということなどから、その殆ど(年間約50トン)を海外からの輸入に頼っているのが現状である。
【非特許文献1】井上正康:「活性酸素と医食同源」共立出版、1996
【非特許文献2】中村丁次:FOOD Style, 21, 3,29,1999
【特許文献1】特開2001-275694号公報
【特許文献2】特開2001-000177号公報
【特許文献3】特開1999-018794号公報
【特許文献4】特開1997-308496号公報
【特許文献5】特開1995-184679号公報
【特許文献6】特開2002-53468号公報
【特許文献7】特開2003-252766号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、天然色素であるアントシアニンの新規な製造方法を提供することを目的とする。より詳細には、本発明は、紫トウモロコシの種子を使用することなく、培養系を利用して、アントシアニンを効率よく生産することのできる製造方法を提供することを目的とする。さらに本発明は、かかる方法によって得られるアントシアニン及びその応用物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために、鋭意検討を重ねた結果、紫トウモロコシの不定根を光照射条件で培養することによって、不定根中にアントシアニンが効率よく生産されることを見いだし、またその不定根中に含まれるアントシアニン量は、紫トウモロコシの種子中に含まれるアントシアニン量に匹敵することを確認した。この知見から、本発明者らは、上記方法によれば、自然の栽培条件に影響されることなく、また広大な敷地を使用することなく、短期間にアントシアニンを効率よく生産できることを確信して、本発明を完成するにいたった。
【0008】
すなわち、本発明は、下記に掲げるアントシアニンの製造方法である:
(1)紫トウモロコシの根を培地中、光照射条件下で培養し、得られた培養根からアントシアニンを回収する工程を有する、アントシアニンの製造方法。
(2)上記根が、紫トウモロコシの不定根である、(1)記載のアントシアニンの製造方法。
(3)培地として、オーキシンを含有するムラシゲ−スクーグ培地を用いることを特徴とする、(1)または(2)記載のアントシアニンの製造方法。
(4)オーキシンが、インドール−3−酢酸またはα−ナフタレン酢酸である(1)乃至(3)のいずれかに記載のアントシアニンの製造方法。
【0009】
さらに本発明は、下記に掲げるアントシアニン及びその応用物である:
(5)(1)乃至(4)のいずれかに記載する製造方法によって得られるアントシアニン。
(6)(5)に記載するアントシアニンを含有する着色料。
(7)(5)に記載するアントシアニンを有効成分とする抗酸化剤。
【0010】
以下、本発明について詳細に説明をする。
【0011】
本発明のアントシアニンの製造方法は、紫トウモロコシ(Zea mays L. Peruvian purple corn:イネ科)の根を、培地中で、光照射条件下で培養生育させることを特徴とする。ここで用いる紫トウモロコシは、その植物体内にアントシアニンを生成する細胞を有するものである限りにおいて特に制限されない。例えば代表的なものとして、デント種、硬粒種、甘味種などを挙げることができる。なお、本発明のアントシアニンには、従来より紫トウモロコシ色素として、主に飲料、菓子など食品の着色に広く使用されているものが含まれる。
【0012】
本発明において、アントシアニンの製造部位として、紫トウモロコシの根、特に不定根を好適に使用することができる。ここで不定根とは、組織培養系植物体もしくは植物の茎、葉等の切片より不定器官として分化・発達した根を意味する。
【0013】
不定根の取得としては、通常公知の方法を採用することができる。具体的には、実施例に記載するように、紫トウモロコシの種子を素寒天培地(0.5%寒天、0.5%ショ糖)に無菌播種して得られた発芽幼苗の根(原料根)を、培地中で培養する方法を挙げることができる。なお、培養に使用する原料根としては、上記発芽幼苗の根に限らず、例えば、無菌幼苗の幼鞘切片を用いることができ、これは植物成長調節物質を添加した培地にて培養することにより不定根を誘導することができる。
【0014】
ここで使用される培地としては、例えばNitch培地、LS培地、ムラシゲ−スクーグ(Murashige-Skoog)培地(以下、「MS培地」という)(T.Murashige, et al.,:Physiol. Plant., 15, 473, 1962.”A revised medium for rapid growth and bio assays with tabacco tissue cultures.”)、B5培地、GA培地、EM培地等を挙げることができる。好ましくはMS培地である。
【0015】
なお、当該培地は、植物成長調節物質を配合して用いることが好ましい。ここで植物成長調節物質としては、特に制限されないが、例えばインドール−3−酢酸(IAA)、α−ナフタレン酢酸(NAA)、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)、インドール−3−酪酸(IBA)等のオーキシン;ゼアチン、カイネチン、6−ベンジルアミノプリン(BA)、6-(3-メチル-2-ブテニルアミノ)-プリン(2iP)等のサイトカイニンを挙げることができる。これらの植物成長調節物質は、1種単独で使用してもよいし、また2種以上を組み合わせて使用することもできる。なお、上記オーキシンまたはサイトカイニンの培地への配合量は、0.00005〜0.05 mM、好ましくは 0.0005〜0.04 mM、より好ましくは0.0025〜0.025 mMの範囲を挙げることができる。植物成長調節物質として好ましくはオーキシンであり、またオーキシンの中でも特に好ましくはα−ナフタレン酢酸(NAA)及びインドール−3−酪酸(IBA)である。
【0016】
不定根取得のための培養は、上記原料根を上記培地に播き、暗所で、20〜30℃、好ましくは25℃前後で旋回培養(100rpm程度)する方法を挙げることができる。継代培養することにより、約4週間で不定根を取得することができる。
【0017】
アントシアニンの製造は、斯くして得られた不定根を光照射条件下で培養することによって実施することができる。当該培養にも上記と同じ培地を使用することができる。好ましくは、α−ナフタレン酢酸(NAA)またはインドール−3−酪酸(IBA)を0.001〜0.1 mM、好ましくは 0.005〜0.01 mMの範囲で含有するMS培地を挙げることができる。
【0018】
光照射として、波長300〜700 nmの光を500〜30,000 lux程度、好ましくは1,000〜20,000 lux程度、より好ましくは2,000〜10,000 lux程度照射する方法を挙げることができる。1日の照射時間は、特に制限されない。好ましくは1日3時間以上、より好ましくは1日8時間以上、より好ましくは1日12〜24時間程度である。
【0019】
アントシアニンの製造に用いられる培養温度は、制限されないが、通常20〜30℃、好ましくは23〜28℃、より好ましくは25℃前後である。培養時間は、2週間以上、好ましくは4週間以上、好ましくは4〜5週間を挙げることができる。また、通気性は50mL液体培地/100mL三角フラスコで100rpmの旋回培養を目安にして行うことができる。なお、本発明で行われるアントシアニン製造のための培養は、これらの培養条件に限定されるものではなく、かかる条件を目安に本発明の目的に適うように、適宜条件を変更調整することができる。
【0020】
斯くして培養生育した紫トウモロコシの根、好ましくは不定根を、必要に応じて凍結乾燥等の乾燥処理や破砕や粉砕などの処理をし、これを適宜抽出溶媒を用いて目的のアントシアニン成分を抽出し、当該抽出物からアントシアニンを単離精製する。
【0021】
アントシアニン成分の抽出方法としては、通常公知の抽出溶媒による抽出方法を挙げることができる。抽出溶媒としては、例えば、水又は極性有機溶媒、或いは水と極性有機溶媒の混合液を挙げることができる。当該極性有機溶媒としては、例えばアルコール、プロピレングリコール、酢酸エチル等の単独或いは2種以上の組み合わせを挙げることができる。好適にはアルコール、水またはこれらの混合液を用いることができる。なお、アルコールとしては、メタノール、エタノール、プロパノール及びイソプロピルアルコール、ブタノール等の炭素数1〜4の低級アルコールを例示することができる。中でも好ましくはエタノールである。液性は酸性であることが好ましく、好適には酸性水または酸性のアルコール水溶液を挙げることができる。尚、酸性水または酸性のアルコール水溶液は、塩酸、硫酸又はリン酸等の無機塩又はクエン酸やリンゴ酸等の有機酸を用いて、pH約1〜5、好ましくはpH約1〜4の範囲に調整されたものが好ましい。
【0022】
次いで、得られた抽出物を濾過やフィルタープレス等の手段により固液分離処理に供し、固形分を除去することによってアントシアニンを含有する抽出液を得ることができる。
【0023】
また、アントシアニンの単離精製は、上記で得られた抽出液を、必要に応じて減圧濃縮し、これを例えば吸着処理、イオン交換処理、酸処理、または膜分離処理等の処理を1種または2種以上組み合わせて行うことにより実施することができる。
【0024】
斯くして得られたアントシアニンは、着色料の色素成分として使用することができる。特に食品や飲料の着色料の色素成分として好適に使用することができる。ゆえに本発明は、上記の方法で得られたアントシアニンを色素成分として含有する着色料を提供する。当該着色料は、上記のアントシアニンだけからなるものであってもよいが、他成分として抗酸化剤や退色防止剤を配合することができる。ここで用いられる抗酸化剤としては、食品添加物として用いられるものを広く例示することができる。例えば、制限はされないが、亜硫酸ナトリウム、次亜硫酸ナトリウム、ピロ亜硫酸ナトリウムまたはピロ亜硫酸カリウムなどの亜硫酸塩類;α−トコフェロールやミックストコフェロール等のトコフェロール類;ジブチルヒドロキシトルエン(BHT)やブチルヒドロキシアニソール(BHA)等;エチレンジアミン四酢酸カルシウム二ナトリウムやエチレンジアミン四酢酸二ナトリウム等のエチレンジアミン四酢酸類;没食子酸や没食子酸プロピル等の没食子酸類;アオイ花抽出物、アスペルギルステレウス抽出物、カンゾウ油性抽出物、食用カンナ抽出物、グローブ抽出物、精油除去ウイキョウ抽出物、セイヨウワサビ抽出物、セージ抽出物、セリ抽出物、チャ抽出物、テンペ抽出物、ドクダミ抽出物、生コーヒー豆抽出物、ヒマワリ種子抽出物、ピメンタ抽出物、ブドウ種子抽出物、ブルーベリー葉抽出物、プロポリス抽出物、ヘゴ・イチョウ抽出物、ペパー抽出物、ホウセンカ抽出物、ヤマモモ抽出物、ユーカリ葉抽出物、リンドウ根抽出物、ルチン(抽出物) (小豆全草,エンジュ,ソバ全草抽出物)、ローズマリー抽出物、チョウジ抽出物、リンゴ抽出物等の各種植物の抽出物;その他、酵素処理ルチン、クエルセチン、ルチン酵素分解物(イソクエルシトリン)、酵素処理イソクエルシトリン、酵素分解リンゴ抽出物、ごま油抽出物、菜種油抽出物、コメヌカ油抽出物、コメヌカ酵素分解物、没食子酸及びそのエステル類等を挙げることができる。好ましくは、ヤマモモ抽出物、ルチン(抽出物) 、生コーヒー豆抽出物、ローズマリー抽出物等の植物抽出物;酵素処理ルチン、ルチン酵素分解物(イソクエルシトリン)、酵素処理イソクエルシトリン等を挙げることができる。
【0025】
抗酸化剤を用いる場合、着色料100重量%に配合される当該抗酸化剤の割合としては、制限されないが、例えば、酵素処理イソクエルシトリンの場合、0.01〜50重量%、好ましくは0.1〜30重量%を挙げることができる。他の抗酸化剤もこれに準じて用いることができる。
【0026】
本発明の着色料はその形態を特に制限するものではなく、例えば粉末状、顆粒状、錠剤状などの固体状;液状、乳液状等の溶液状;またはペースト状等の半固体状などの、任意の形態に調製することができる。
【0027】
また、実験例に示すように、上記の方法によって得られたアントシアニンは、従来の紫トウモロコシの種子から得られるアントシアニンと同様に、抗酸化活性を有している。このため、上記の方法によって得られたアントシアニンは、抗酸化剤の有効成分として好適に使用することができる。従って、本発明は、上記の方法によって得られたアントシアニンを有効成分とする抗酸化剤を提供する。当該抗酸化剤は、上記の方法によって得られたアントシアニンだけからなるものであってもよいし、他成分を含有することもできる。またその形態を特に制限するものではなく、例えば粉末状、顆粒状、錠剤状などの固体状;液状、乳液状等の溶液状;またはペースト状等の半固体状などの、任意の形態に調製することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明の方法によれば、紫トウモロコシを栽培してその種子からアントシアニンを取得する従来の方法に比べて、生産効率が格段に高く、狭い敷地で短期間に多くのアントシアニンを製造することができる。このためアントシアニンの製造コストを低減することができる。また本発明の方法によれば、紫トウモロコシを栽培条件(自然条件)に影響されることなく、安定してアントシアニンを製造することができるので、アントシアニンの量及び価格ともに安定した供給が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、実験例及び実施例を挙げて、本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0030】
実験例1
(1)紫トウモロコシの不定根の培養
素寒天培地(0.5%寒天、0.5%ショ糖)に紫トウモロコシ(Zea mays L. Peruvian purple corn種)の種子を無菌播種して得られた幼苗の根(根端を含む3cm長さ)を、α−ナフタレン酢酸(NAA)またはインドール−3−酪酸(IBA)をそれぞれ1mg/L(0.005 mM)または2mg/L(0.01 mM)含むムラシゲ−スクーグ液体培地(MS液体培地)(日本製薬(株)「ダイゴ」培地:http://www.nihon-pharm.co.jp/lifetech/product/1_036.html)に植えつけ、暗所で25℃で旋回培養(100rpm)を行い、4週間毎に継代培養を行った。
【0031】
斯くして得られた不定根(新鮮重量約0.2g)を、それぞれ上記と同じα−ナフタレン酢酸(NAA)またはインドール−3−酪酸(IBA)を含有するMS液体培地に植え付け(50mL液体培地/100mL三角フラスコ)、25℃で100rpmで回転させながら、暗所条件下または1日14時間の光照射条件下(light;8:00〜22:00、dark;22:00〜8:00、3,000lux)で5週間培養生育させ、1週間毎に不定根の重量とアントシアニン含量を測定した。なお、不定根の重量は、不定根についた液体培地を除いた状態において、新鮮重量を電子天秤により測定した。
【0032】
(2)紫トウモロコシの圃場栽培
上記の紫トウモロコシの培養不定根中のアントシアニン含量を評価するために、紫トウモロコシを通常通り栽培し、各部位に含まれるアントシアニン含量を求めた。具体的には、4月下旬に紫トウモロコシの種子を土壌に播種し、発芽した幼苗を鉢(直径30cm)に移植し、6月上旬までビニールハウス内で栽培した。次いで50〜60cmに生育した植物体を圃場の土壌に移植し、7月〜11月の期間に気根、根(9月と11月に採種)および種子を採種し、これらの各部位に含まれるアントシアニン含量を測定した。
【0033】
(3)アントシアニン含量の測定
上記で得られた培養不定根及び圃場栽培植物体(気根、根、種子)を凍結乾燥した後、その重量を精密に秤量し(10〜50mg)、1%トリフルオロ酢酸を含む80%容量のメタノール水溶液でアントシアニンを抽出した。抽出液の530nmにおける吸光度を測定し、シアニジン−3−グルコシド相当量として、アントシアニン含量を求めた。
【0034】
暗所条件下及び14時間/日光照射条件下で、それぞれ培養した紫トウモロコシの不定根の生育およびそのアントシアニン含量を経時的に測定した結果を図1に示す。なお、 不定根の生育は、100mL容量の三角フラスコ中の不定根の重量変化から評価した(図1のA)。また不定根中のアントシアニン含量は、100mL容量の三角フラスコ中の培養不定根全体に含まれるアントシアニン含量として示した(図1のB)。図1のAからわかるように、1mg/L(0.005 mM)のNAAあるいは2mg/L(0.01 mM)のIBAを含むMS液体培地において、暗所培養及び光照射培養のいずれも経時的に良好に不定根が生育増殖した。アントシアニン含量は、暗所培養及び光照射培養のいずれも経時的に増加する傾向が認められたが、光照射条件下で培養することによって顕著に増加することが判明した(図1のB)。事実、光照射条件下で培養した不定根は、暗所培養した不定根に比して有意に赤紫色を呈していた。
【0035】
図2に、培養不定根(光照射培養:1mg/LのNAAまたは2mg/LのIBA含有MS液体培地;暗所培養:1mg/LのNAAまたは2mg/LのIBA含有MS液体培地)中に含まれるアントシアニン含量と圃場栽培植物体(気根、根、種子)中に含まれるアントシアニン含量を比較した結果を示す。なお、アントシアニン含量は、培養不定根または圃場栽培植物体(乾燥重量100%)に含まれる乾燥重量%として表示する。この結果から、特に2mg/LのIBA含有MS液体培地を用いて光照射条件下で培養した紫トウモロコシの不定根には、アントシアニン取得原料として従来より使用されている紫トウモロコシの種子に匹敵する割合で、アントシアニンが含まれていることがわかる(0.7〜0.8%乾燥重量)。このことから、アントシアニンの不定根培養系を利用することによって、種子を使用する場合と同様に、またそれより効率的にアントシアニンを製造できると考えられる。
【0036】
(4)アントシアニジンの分析
(3)で調製した培養不定根及び圃場栽培植物体(気根、根、種子)のアントシアニン抽出液を 2M HCl によって加水分解し、次いでこれをイソアミルアルコールで抽出することにより得られた抽出液を、下記条件のHPLCに供して、アントシアニジン標準品(cyanidin, pelargonidin, peonidin)と比較して、上記アントシアニン抽出液の加水分解物に含まれるアントシアニジンを分析した。
【0037】
<HPLC条件>
カラム:TSKgel ODS-80Ts (4.6 i.d. x 250mm)(東ソー社製)
移動相:A液−0.1% TFA含有水溶液、B液−アセトニトリル
グラジェント:0-10分:A液90%−B液10%、10-25分:B液10%→30%
流速:0.8ml/min
カラム温度:40℃
検出波長:520nm。
【0038】
結果を表1に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
圃場栽培によって得られた根及び光照射培養不定根に含まれるアントシアニンの加水分解物の主成分は、cyanidinであったのに対し、暗所培養不定根に含まれるアントシアニンの加水分解物の主成分は、peonidinであった。このことから、生育環境条件や培養条件の変化によって、アントシアニンを構成する色素成分の組成が変化する可能性が示唆された。
【0041】
実験例2 抗酸化活性
実験例1(2)で得られた培養不定根(光照射培養:1mg/LのNAAまたは2mg/LのIBA含有MS液体培地)及び圃場栽培植物体(種子)を凍結乾燥した後、50%容量のエタノール水溶液で抽出し、SOD Assay Kit-WST((株)同仁化学研究所)を用いて、試薬のマニュアルに従って、培養不定根及び種子の50% スーパーオキシド消去活性(SOSA:super oxide scavenging activity)を測定した。結果を図3に示す。
【0042】
図3からわかるように、培養不定根(光照射培養)はいずれも、紫トウモロコシの種子よりは低いものの、スーパーオキシド消去活性(抗酸化活性)を有していることが確認された。
【0043】
実施例1
水16リットル、エタノール4リットル及び濃硫酸90gの混合液(pH2.3)に、乾燥させた紫トウモロコシの不定根(2kg)を投入し、室温下に一夜放置して、赤色素(アントシアニン)を抽出した。
【0044】
なお、上記紫トウモロコシの不定根は、実験例1(1)に記載する方法に従って調製した。具体的には、まず素寒天培地に紫トウモロコシ(Zea mays L. Peruvian purple corn種)の種子を無菌播種して得られた幼苗の根を、α−ナフタレン酢酸(NAA)を1mg/L(0.005 mM)の割合で含むMS液体培地に植え、暗所で25℃で旋回培養(100rpm)を行い、4週間毎に継代培養を行って不定根を取得した。次いでこれを更にα−ナフタレン酢酸(NAA)を含有するMS液体培地に植え付け、25℃で100rpmで回転させながら1日14時間の光照射条件下(light;8:00〜22:00、dark;22:00〜8:00、3,000lux)で5週間培養生育させた。
【0045】
抽出後、得られた抽出物を60メッシュ金網にて固液分離し、得られたろ液にろ過助剤(昭和化学工業(株)製 ラジオライト#500)を1%の割合で配合してろ過し、アントシアニン(紫トウモロコシ色素)の水溶性抽出液を約16リットル得た。
【0046】
次いで、この液体を減圧下で濃縮し、色価 E10% 1cm = 200〔上記水溶性抽出液の可視部での極大吸収波長(510nm付近)における吸光度を測定し、該吸光度を10w/v%溶液の吸光度に換算して算出〕の精製液 80gを得た。この精製液80gに水130gとエタノール 40g、クエン酸(結晶)10gを加え、色価 E10% 1cm= 60のアントシアニン(紫トウモロコシ色素)の液剤260 g を調製した。
【0047】
実施例2
実施例1で得たアントシアニン(紫トウモロコシ色素)の液剤を着色料として用いて、下記の処方で、ハードキャンデイーを調製した。上記液剤(着色料)は、グラニュー糖、水飴、水を150℃に加熱して溶解させた混合物にクエン酸とともに加え、これを成型してキャンディーを得た。
<処方>
グラニュー糖 65.0(kg)
水 飴 50.0
水 10.0
クエン酸(結晶) 0.5
アントシアニン(紫トウモロコシ色素)の液剤 0.1
煮詰めて合計 100.00 kg。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】培養不定根(1mg/LのNAA含有MS培地で暗所培養、1mg/LのNAA含有MS培地で光照射培養、2mg/LのIBA含有MS培地で暗所培養、2mg/LのIBA含有MS培地で光照射培養)の生育〔不定根の湿重量(g/100mL flask)〕及びアントシアニン含量(mg/100mL flask)を、培養期間(0-5週間)中、経時的に測定した結果を示す図である。横軸は、培養期間(0-5週間)を示す。
【図2】圃場栽培植物体〔種子(seed)、気根(Aerial root)、9月採種の根(Root,Sep.)11月採種の根(Root,Nov.)〕及び培養不定根(Adventitious root)(1mg/LのNAA含有MS培地で暗所培養、1mg/LのNAA含有MS培地で光照射培養、2mg/LのIBA含有MS培地で暗所培養、2mg/LのIBA含有MS培地で光照射培養、いずれも4週間培養)のアントシアニン含量(乾燥試料中に含まれる重量%)を比較した図である。
【図3】圃場栽培植物体(種子)及び培養不定根(1mg/LのNAA含有MS培地で光照射培養、2mg/LのIBA含有MS培地で光照射培養)のスーパーオキシド消去活性(SOSA)(%)を調べた結果を示す図である。横軸は、SOSA活性測定に用いた試料(種子、不定根)の乾燥重量μgを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
紫トウモロコシの根を培地中で、光照射条件下で培養生育させ、得られた培養根からアントシアニンを回収する工程を有する、アントシアニンの製造方法。
【請求項2】
上記根が、紫トウモロコシの不定根である、請求項1記載のアントシアニンの製造方法。
【請求項3】
培地として、オーキシンを含有するムラシゲ−スクーグ培地を用いることを特徴とする、請求項1または2に記載のアントシアニンの製造方法。
【請求項4】
オーキシンが、インドール−3−酢酸またはα−ナフタレン酢酸である請求項1乃至3のいずれかに記載のアントシアニンの製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載する製造方法によって得られるアントシアニン。
【請求項6】
請求項5に記載するアントシアニンを含有する着色料。
【請求項7】
請求項5に記載するアントシアニンを有効成分とする抗酸化剤。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2006−67945(P2006−67945A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−257140(P2004−257140)
【出願日】平成16年9月3日(2004.9.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2004年3月5日 社団法人日本農芸化学会発行の「日本農芸化学会2004年度(平成16年度)大会講演要旨集」に発表
【出願人】(000175283)三栄源エフ・エフ・アイ株式会社 (429)
【Fターム(参考)】