説明

イオントラップ質量分析方法および装置

【課題】衝突誘起解離操作において、多くの構造情報を提供すること。
【解決手段】イオントラップの衝突誘起解離操作を、qz値0.3 位の中領域のフラグメントイオンを捕捉する操作とqz値0.5〜0.8程度の高質量対電荷比のフラグメントイオンを捕捉するのに適した操作と、MS/MSスペクトルの下限値の設定により低質量対電荷比のフラグメントイオンを捕捉するのに適した操作の、主高周波電圧の異なる複数回の操作を行い、得られたスペクトルの各々について、質量対電荷比に対し強度を積算する。
【効果】イオントラップにおいて、主高周波電圧の異なる複数回の操作を行うため、フラグメントイオンの質量対電荷比に応じた最適な井戸型ポテンシャルが形成されることにより、イオンが効率よくイオントラップ内に捕捉されるため、広い範囲のMS/MSスペクトルが取得でき、多くの構造情報を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイオントラップ質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置は、試料分子に電荷を付加してイオン化を行い、生成したイオンを電場または磁場により質量対電荷比に分離し、その量を検出器にて電流値として計測する機器である。質量分析装置は高感度であり、また、従来の分析装置に比べ、定量性および同定能力に優れている。近年、ライフサイエンス分野ではゲノム解析に代わるペプチド解析が注目され、高感度で同定能力の優れた質量分析装置の有効性が再評価されてきた。
【0003】
質量分析装置にて試料を測定すると、質量対電荷比単位の電流値が得られる。これをマススペクトルと呼ぶ。このマススペクトルは測定する試料の構造によって異なり、そのマススペクトルのパターンから試料の構造の情報を得ることができる。しかし、試料中の構成成分が複雑であったり、得られたマススペクトルが成分の特定に不十分な情報である場合がある。特に質量分析装置では質量対電荷比により分子イオンを分離するため、異なる構造であったとしても質量対電荷比が同一の場合、分子イオンを区別するのが困難になる。これを解決するため、MSn 分析が考案された。
【0004】
MSn 分析とは分子イオンを質量分析装置に取り込み、特定質量数以外のイオンを排除し、選択した分子イオンと中性分子との衝突を起こすことにより、分子イオンの一部の結合を破壊し、結合の切れたイオンを測定する方法である。この中性分子と衝突させ選択した分子イオンの結合を切ることを衝突誘起解離(CID)と呼び、イオン捕捉,イオン選択,衝突誘起解離の一連の操作の繰り返し回数によってMS2 やMS3 などと呼ぶ。分子中の原子間の結合はその構造や結合の種類によって結合エネルギーが異なるため、結合エネルギーが低い箇所ほど衝突誘起解離によって切断される。分子イオンと中性分子との衝突時に、結合を切断するのに必要な運動エネルギーを分子イオンに与えることにより、特有のフラグメントイオンが生成し、分子イオンの構造を知ることができる。さらに、MSn 分析の繰返し回数が多くなれば、より多くの構造情報を得ることができる。
【0005】
質量分析装置はイオンを分離する操作および構成により多様な種類が挙げられるが、
MSn 分析を行うのに適した構成のひとつにイオントラップ質量分析装置が挙げられる。イオントラップ質量分析装置は、特定の質量対電荷比のイオンがイオントラップ内に滞在するような四重極電界を形成し、四重極電界を変化させることによりイオン選択および衝突誘起解離を行うことができる。衝突誘起解離を行った後、イオンを検出器に誘導することなく、衝突誘起解離によって生成されたイオンを再度イオン選択および衝突誘起解離を行えば、複数回のMSn分析を行うことが可能となる。
【0006】
MSn分析を行う上で、イオントラップの操作は主に4つの操作に分けられる。
【0007】
(1)リング電極に主高周波電圧を印加し、イオントラップ内部に四重極電界を形成する。外部または内部により生成されたイオンは電荷をもっているため、イオンが四重極電界内に導入されると、図1に示す安定領域図において斜線部分の領域内にあるa値およびq値に相当する質量対電荷比のイオンが、イオントラップ内にて安定した軌道を描き、捕捉される。このa値およびq値は、主高周波電圧V,主直流電圧U,リング電極内径r0,主高周波電圧の角周波数Ωおよびイオンの質量対電荷比m/zによって、数(1)により決定される。
【0008】
【数1】

【0009】
このようにイオンをイオントラップに捕捉する操作を、イオン捕捉操作と呼ぶ。イオン捕捉操作では、主直流電圧(U)を印加しないa=0の条件で操作を行うため、捕捉されるイオンはその質量対電荷比に従い、安定領域図のa=0上で一意的に決定される。そのq値は0〜0.908の範囲であり、それに相当する質量対電荷比のイオンがイオントラップに捕捉される。
【0010】
(2)捕捉されたイオンはイオントラップ内部でその質量対電荷比に従い、各固有の周波数にて安定した軌道を描いている。その周波数ω0 は、図1の安定領域図に示すβz値と数(2)より、概算することができる。
【0011】
【数2】

【0012】
この周波数に相当する補助交流電圧をエンドキャップ電極に印加すると、イオントラップ内部に生成された補助交流電界により、イオンは共鳴し、イオントラップから排出される。この操作を、構造解析を行わない、つまり、衝突誘起解離を行わない不要イオンに対して行えば、イオンはイオントラップから排出され、目的のイオンのみがイオントラップに捕捉されることになる。これを、イオン選択操作と呼ぶ。
【0013】
(3)そして、衝突誘起解離を行う目的のイオンに共鳴する周波数を目的のイオンが排出されない程度にエンドキャップ電極に印加すると、イオンは補助交流電界によりポテンシャルを得、内部の中性分子との衝突を繰り返すことにより、イオン内部の結合が切断され、フラグメントイオンが生成する。これを衝突誘起解離操作と呼ぶ。
【0014】
(4)このイオン選択操作と衝突誘起解離操作を繰り返すことによってMSn 分析が可能となり、構造情報を得るに値するフラグメントイオンがイオントラップ内部に捕捉されたのち、リング電極とエンドキャップ電極を操作することで、イオンは質量対電荷比に従い検知器に到達し、質量対電荷比に対するイオン量が電流値として検出される。
【0015】
このようなイオントラップの動作が示される例として、特表平9−501536号公報(特許文献1),特開2002−184348号公報(特許文献2),特開2002−
313276号公報(特許文献3)などがある。
【0016】
【特許文献1】特表平9−501536号公報
【特許文献2】特開2002−184348号公報
【特許文献3】特開2002−313276号公報
【特許文献4】US 6,124,591
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
目的のイオンを開裂する衝突誘起解離操作は、リング電極に印加された主高周波電圧によりイオンを捕捉したまま、目的のイオンの質量対電荷比に相当する運動周波数の補助高周波電圧を、数(2)より得られる周波数にて、エンドキャップ電極に印加し、イオンを励起する。励起したイオンは、イオントラップ内部の中性分子との衝突により、内部エネルギーに変換され、複数回の衝突が繰り返されると分子内の結合が切断される。イオントラップ質量分析計は、三連四重極分析計などのコリジョンセルとは動作が異なり、一度四重極電界内にイオンを捕捉するため、補助高周波電圧による衝突時のエネルギーや、衝突誘起解離操作の時間による衝突回数などを最適化できる利点を持っている。しかし、イオンを四重極電界内においてミリ秒オーダーの長い間、イオンを閉じ込めることから、次のような欠点を持っている。
(1)イオントラップ内でのイオンは、図1に示す安定領域内に入る質量対電荷比のイオンのみが安定してイオントラップ内に捕捉されるため、qz=0.908 以上のフラグメントイオンは、イオンをイオントラップ内に捕捉することができず、構造情報が失われてしまう。例えば、衝突誘起解離操作でのqz値は一般的に約0.3が用いられることから、m/z 785の[Glu1]−Fibrinopeptide3価イオンについてMS/MSを行った場合、数(1)より計算されるqz=0.908 での質量対電荷比はm/z 259となり、それ以下のイオンは捕捉できなくなるため、m/z 175のY1イオンの構造情報を得ることができなくなる。
(2)四重極電界内においてイオンを捕捉する井戸型ポテンシャルは、数(3)によって近似され、qz値が下がるほどつまり質量対電荷比が上がるほど小さくなる。
【0018】
【数3】

【0019】
数(3)において、Dzは井戸型ポテンシャルであり、Vは主高周波電圧である。イオントラップは衝突誘起解離操作にて生成したイオンを一定の主高周波電圧下においてフラグメントイオンを捕捉するため、フラグメントイオンの質量対電荷比が大きいほど捕捉する力が弱くなる。その結果、高い質量対電荷比のフラグメントイオン強度が低いまたは皆無となり、構造情報が失われてしまう。特に、イオン源にエレクトロスプレーイオン化法を用いて生成されたタンパク質などは多価イオンを生成しやすく、生成されるフラグメントイオンの質量対電荷比は、最大でプリカーサーイオンの約価数分の倍率となるため、価数が高いほど構造情報が失われやすい。
【0020】
これらの課題を解決するための本発明の目的は、先に示したイオントラップ質量分析装置の衝突誘起解離操作の欠点を克服し、試料における多くの構造情報を取得するため、衝突誘起解離操作における質量数対電荷比範囲を拡大したイオントラップ質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記課題を解決するために、本発明は、次のように構成される。
【0022】
試料をイオン化するイオン源部と、イオン源にて生成されたイオンを、三次元四重極電界を形成することで所定の質量対電荷比に従いイオンを閉じ込め、不要なイオンを排出し、目的のイオンのみを四重極電界内に閉じ込め、衝突誘起解離を行い、フラグメントイオンを生成し、そのイオンを質量分離し、検出器に輸送するイオントラップ部とイオンの量を電流値に変換する検出部とで構成される質量分析装置において、複数回の衝突誘起解離操作を行い、広い質量対電荷比範囲のMS/MSスペクトルを得る。
【0023】
本発明は、前述の複数回の衝突誘起解離操作において、通常のMS/MSスペクトルを得る段階と低質量数対電荷比のMS/MSスペクトルを得る段階と、高質量数対電荷比のMS/MSスペクトルを得る段階の衝突誘起解離操作を行いスペクトルを合成し、広い質量対電荷比範囲のMS/MSスペクトルを得る。
【0024】
さらに本発明は、前述の通常のMS/MSスペクトルを得る段階において、qz値0.3での衝突誘起解離を行い、目的イオン付近の質量範囲におけるスペクトルを得る。
【0025】
さらに本発明は、前述の高質量数対電荷比のMS/MSスペクトルを得る段階において、qz値0.5〜0.8程度となるような主高周波電圧にてイオンを閉じ込めることにより、高質量対電荷比のフラグメントイオンを効率よく閉じ込めることを可能とする。
【0026】
さらに本発明は、前述の低質量数対電荷比のMS/MSスペクトルを得る段階において、ユーザーインターフェイスに入力されたMS/MSスペクトルの下限値より算出された主高周波電圧及び補助高周波電圧により、低質量対電荷比のフラグメントイオンを効率よく閉じ込めることを可能とする。
【0027】
さらに本発明は、前述のユーザーインターフェイスにおいて、衝突誘起解離を行う質量数とMS/MSスペクトルの下限値の設定項目を任意に設定可能とする。
【0028】
さらに本発明は、前述の衝突誘起解離を行う質量数を、先に測定されたMSのスペクトルより検出した質量対電荷比を自動的に設定し、複数回の衝突誘起解離操作を行うことを可能とする。
【発明の効果】
【0029】
本発明により、衝突誘起解離操作における質量数対電荷比範囲を拡大し、多くの構造情報を得ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態について添付する図面を元に説明する。
【0031】
図2に本実施例の概略構成図を示す。イオン源101は、直流電源102より数kVの電圧を印加することで試料をイオン化する。イオントラップは、1つのドーナツ状のリング電極103とそれを挟む2つの御椀形のエンドキャップ電極104から構成される。各電極には高周波電源が接続される。主高周波電源105は、イオントラップ内部に四重極電界を形成することを目的とし、イオンをイオントラップ内に閉じ込める命令をデータ収集・処理用コンピュータ106及び制御用コンピュータ107より受けて、リング電極
103に主高周波電圧を印加する。また、補助高周波電源108は、イオン選択および衝突誘起解離を行うための補助高周波電界を形成することを目的とし、排出する不要イオンまたは衝突誘起解離を行う目的のイオン、さらに質量分離を行うイオンの質量対電荷比に相当する周波数の補助高周波電圧をエンドキャップ電極104に印加する。これも主高周波電源105と同様にデータ収集・処理用コンピュータ106及び制御用コンピュータ
107より制御可能とする。さらに、イオントラップ前段と後段にゲート電極109及びイオンストップ電極110を配置し、直流電源102より直流電圧を印加する。これらの電極は、イオンをイオントラップに導入または排出する際にイオンを効率よく誘導するように、データ収集・処理用コンピュータ106及び制御用コンピュータ107より制御可能とする。イオンストップ電極110の後段にはイオンの量を検知し、電流値に変換する検出器111と、その電流値を増幅する直流増幅器112を備え、データ収集・処理用コンピュータ106にて、その値を全イオン量またはマススペクトルとして表示する。
【0032】
次に、イオントラップの制御方法について説明する。図3に、イオントラップの各電極に印加される電圧のタイムチャートを示す。横軸を時間とし、縦軸を電位の高さとして表示しており、イオントラップにてMS/MS分析を行う際の各電極に印加する電位グラフを模式的に記述したものである。各電圧は図中上段から、リング電極103に印加する主高周波電圧,エンドキャップ電極104に印加する補助高周波電圧,ゲート電極109に印加するゲート電圧,イオンストップ電極110に印加するイオンストップ電圧である。主高周波電圧はイオントラップ形状や捕捉するイオンの最大質量対電荷比範囲により決定する周波数の交流電圧である。補助高周波電圧は広帯域の周波数電圧を出力することを可能とし、イオンの排出や衝突誘起解離のイオンの質量対電荷比に相当する周波数を目的に応じて出力する。ゲート電圧及びイオンストップ電圧は直流電圧であり、イオン電荷の極性やイオン軌道の誘導操作に応じて正電圧,負電圧を切り替える。
【0033】
ここで、イオン源にて生成したm/z 558.31 のニューロテンシン3価イオンを分析する場合の制御方法について説明する。イオントラップの操作は主にイオン捕捉操作201,イオン選択操作202,衝突誘起解離操作203,質量分離操作204の4段階に大別することができる。
【0034】
イオン捕捉操作201では、ゲート電圧に−70Vを印加し、イオンをイオントラップに誘導する。この際、主高周波電圧を約500Vの電圧で出力することにより、イオントラップ内に四重極電界を形成し、イオンを捕捉する。
【0035】
次に、イオン選択操作202を行う。ゲート電圧に+300Vを印加し、イオンをイオントラップに閉じ込める。そして、主高周波電圧を約2kV程度に上げ、イオンが数(2)により算出される固有周波数になるように安定させた後、目的のイオンの周波数を除く広帯域の周波数を合成し、合成波の補助高周波電圧をエンドキャップ電極に出力する。この補助高周波電圧により、目的のイオンを除く不要なイオンは共鳴し、四重極電界外に排出されたり、電極に衝突して失われる。これらの操作により、目的のイオンのみがイオントラップ内に閉じ込められる。
【0036】
次に、衝突誘起解離操作203を行う。衝突誘起解離操作203では、イオン選択操作202同様に、目的イオンに相当する広帯域周波数の補助高周波電圧を印加する。ただし、イオン選択操作202とその電圧の大きさが異なり、イオンがイオントラップから排出されない程度に抑える。これにより、イオンは補助高周波電圧によるポテンシャルを得ることができ、イオントラップ内部に充填するHeやArなどの中性分子と衝突し、そのエネルギーが分子の結合エネルギーを超えることで、分子結合が切断され、フラグメントイオンが生成する。このとき、主高周波電圧は生成したフラグメントイオンがイオントラップ内に捕捉されるように調整された電圧を維持する。
【0037】
最後に、質量分離操作204を行う。質量分離操作204では、イオン選択操作202と同様に、補助高周波電圧をある周波数に固定し、主高周波電圧を操作することで、それに相当する質量対電荷比のイオンを順次質量分離しながらイオントラップから排出する。このとき、イオンストップ電極は正電荷のイオンを効率良く検出器に誘導するため、負電圧に印加する。
【0038】
本発明では、これらのイオントラップ動作における衝突誘起解離操作203において、図4に示すチャートに従ってイオントラップの条件設定を行い、複数回の衝突誘起解離操作を行う。図4はMSのスペクトルを元に自動的に衝突誘起解離操作を行う場合のチャート図である。
【0039】
まず初めに、必要なMS/MSスペクトルの下限値及び最大qz値を設定する301。これらは図5に示すようなユーザーインターフェイスによりオペレーターが入力する。本実施例ではMS/MSのターゲットイオンを、先に測定したMSスペクトルより取得する設定とするため、401に示すAuto MS/MSのチェックボックスにチェックを入れている。次にイオン選択時の補助高周波電圧値403及びイオン選択時の選択幅404を設定する。イオン選択時の補助高周波電圧値403は目的のイオンの質量対電荷比に従い自動的に決定されるため、Auto と設定する。また、イオン選択時の選択幅404は測定する試料の質量対電荷比と分子間の結合エネルギーにより変更が必要であり、およそ1〜5
amu の範囲で設定する。そして、衝突誘起解離を行う際の補助高周波電圧値405は最適化された電圧値を自動で出力するためAuto と設定する。さらに、衝突誘起解離を行う時間は試料の質量対電荷比及び量に依存して、5〜30msecで設定する。
【0040】
次に、本発明の動作について条件設定を行う。まず、複数回の衝突誘起解離操作について動作自体のON/OFFを設定する407。そして、MS/MSスペクトルを取得するMS/MSスペクトルの下限値408及び高質量対電荷比のイオンを効率よく捕捉するための最大qz値409を設定する。これらの条件設定が行われた後、OKボタンが選択されると、以下に続くMS/MSがこれらの条件により測定される。
【0041】
本実施例ではMS/MSを行う目的のイオンを動的に決定するため、初めにMSスペクトルの取得を行う302。このスペクトルより、強度やその順位,価数等の制限を加えプリカーサーイオンとする目的のイオンの質量対電荷比を決定する303。次にプリカーサーイオンに対してqz値0.3 の条件でMS/MSを行い、MS/MSスペクトルを取得し、データをデータ収集・処理用コンピュータ106に保存する304。次に、304でプリカーサーイオンとして選択した質量電荷比と高質量対電荷比のイオンを効率よく捕捉するための最大qz値408より、主高周波電圧と補助高周波周波数及び電圧を算出し、各電極に電圧を出力する。この操作により、高質量対電荷比のフラグメントイオンが効率よく捕捉され、強度の高いMS/MSスペクトルを得、データをデータ収集・処理用コンピュータ106に保存する305。さらに、304でプリカーサーイオンとして選択した質量電荷比とMS/MSスペクトルの下限値407より、qz値を算出し、主高周波電圧と補助高周波周波数及び電圧を算出することで、各電極にそれらの電圧を出力する。この操作により、設定したMS/MSスペクトルの下限値より始まる低質量対電荷比のMS/MSスペクトルを取得し、データをデータ収集・処理用コンピュータ106に保存する
306。そして、304,305,306において、データ収集・処理用コンピュータ
106に保存したMS/MSスペクトルを、その質量対電荷比に対して強度を積算し、ひとつのMS/MSスペクトルとして表示する。
【0042】
本実施例の主高周波電圧及び補助高周波電圧決定の方法について説明する。主高周波電圧は衝突誘起解離を行う目的のイオンの質量数対電荷比及び各操作におけるqz値から、数(1)より算出する。また、低質量数対電荷比に適した衝突誘起解離操作においては、MS/MSスペクトルの下限値407を数(1)内のm/zに代入し、qzを0.85 程度とすることにより算出する。次に、補助高周波電圧に関しては、各々のqz値において、実試料を用いて質量対電荷比とフラグメントイオン強度が最大となる補助高周波電圧の相関を求め、衝突誘起解離を行うイオンの質量対電荷比に応じて決定する。ここでの電圧値は絶対値であるが、US patent 6,124,591 に示される方法により、相対的な値により決定しても良い。
【0043】
また、qz値が複数にわたり、すべての条件において補助高周波電圧を決定するのが困難な場合は、qz値0.3 の条件においてのみ実試料による補助高周波電圧の決定を行い、その他qz値においては井戸型ポテンシャルによる概算値を用いる。たとえば、qz値が0.8の場合、そのqz値をqz0.8、主高周波電圧をV0.8、qz値が0.3の主高周波電圧をV0.3、qz値が0.3の補助高周波電圧v0.3とすれば、求めたいqz値が0.8の補助高周波電圧v0.8 は、井戸型ポテンシャルの相対比より、数(4)から算出しても良い。
【0044】
【数4】

【0045】
また、低質量数対電荷比に適した衝突誘起解離操作においては、目的のイオンの質量対電荷比を数(1)内のm/zに代入し、先に決定した主高周波電圧をVに代入することで、目的のイオンのqz値が決定されるため、同様に数(4)から補助高周波電圧を算出する。
【0046】
これらの制御を通して、衝突誘起解離操作における質量数対電荷比範囲を拡大し、多くの構造情報を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】イオントラップの安定領域図である。
【図2】本実施例の概略構成図である。
【図3】イオントラップ操作のタイムチャートである。
【図4】本実施例での測定チャートである。
【図5】本実施例でのユーザーインターフェイスである。
【符号の説明】
【0048】
101…イオン源、102…直流電源、103…リング電極、104…エンドキャップ電極、105…主高周波電源、106…データ収集・処理用コンピュータ、107…制御用コンピュータ、108…補助高周波電源、109…ゲート電極、110…イオンストップ電極、111…検出器、112…直流増幅器、201…イオン捕捉操作、202…イオン選択操作、203…衝突誘起解離操作、204…質量分離操作、301…条件設定、
302…MSの測定、303…プリカーサーイオン検出、304…qz値0.3 でのMS/MS操作、305…高質量対電荷比のMS/MSスペクトルを得るためのMS/MS操作、306…低質量対電荷比のMS/MSスペクトルを得るためのMS/MS操作、401…プリカーサーイオンの質量対電荷比を、MSスペクトルを元に動的に決定するための
ON/OFF、402…衝突誘起解離操作を行うプリカーサーイオンの質量対電荷比、
403…イオン選択操作の補助高周波電圧、404…イオン選択操作の選択幅、405…衝突誘起解離操作の補助高周波電圧、406…衝突誘起解離操作の時間、408…MS/MSスペクトルの下限値、409…衝突誘起解離操作の最大qz値。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
高周波電圧を印加してイオンをトラップするイオントラップ部と、
当該イオントラップから排出されたイオンを検出する検出部と、
を備えた質量分析装置において、
前記イオントラップ部に蓄積されたイオンに対し前記高周波電圧を印加して衝突誘起解離を行い、その後、該イオントラップ部に残ったイオンを排出して前記検出部でイオンスペクトルを検出するステップを、前記高周波電圧を変えて複数回実行するように制御する制御部と、
異なる前記高周波電圧でのイオンスペクトルをそれぞれ記憶する記憶部と、
該記憶部に記憶されたデータを合成するデータ処理部と、
を備えたことを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1記載の質量分析装置において、
前記高周波電圧は、予め定められた衝突誘起解離後のイオンスペクトルの下限値質量数及びqz値に基づいて定められることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1記載の質量分析装置において、
前記イオンスペクトルの下限値質量数及びqz値は入力する入力部を備えたことを特徴とする質量分析装置。
【請求項4】
請求項3の質量分析法において、MS/MSスペクトルの下限値及び目的イオンの質量対電荷比からイオントラップの井戸型ポテンシャルを算出し、補助高周波電圧を決定することを特徴とする質量分析法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−179865(P2007−179865A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−376853(P2005−376853)
【出願日】平成17年12月28日(2005.12.28)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】