説明

イオン加速方法、イオン加速装置、及び、イオンビーム照射装置、医療用イオンビーム照射装置

【課題】レーザー駆動型の加速機構を用いて、指向性が高い高エネルギーのイオンビームを安定して得る。
【解決手段】レーザー光20は、レーザー光源から発せられ、クラスターガス30中で集光するような構成とされる。ノズル40は真空中に設置され、その先端部から真空中にガスが噴出できる構成とされる。このガスは、ヘリウムと2酸化炭素の混合ガスであり、これが真空中に噴出される際の断熱膨張による急激な温度低下によりクラスターガス30となる。クラスターガス30中においては、He原子31からなるガス中に、多数のCO分子が凝集してナノ粒子化したCOクラスター32が分散した形態となる。集光点を、クラスターガス30中の後方とすることが好ましい。高エネルギー電子生成のピークを越え、バブル構造が生成され、かつX線も発生している、手前側から見て開口の80〜100%の位置が最も好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所望のイオンを高エネルギーに加速して出力するイオン加速方法、イオン加速装置に関する。また、これを用いたイオンビーム照射装置、医療用イオンビーム照射装置の構造に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン(プロトン:陽子を含む)を加速したイオンビームを試料に照射して加工、成膜、分析、医療行為等を行う各種の技術が知られている。こうした技術においては、高エネルギー、高強度のイオンビームを安定して発生させることが必要である。一般に高エネルギーのイオンビームを発生して照射する装置においては、特にイオンを高エネルギーに加速する機構に大がかりな設備を必要とするため、装置全体が大型化する。従って、特に医療用途等にはこうしたイオンビーム照射装置は有効であることは明らかであるにもかかわらず、充分に普及しているとは言い難い状況にある。
【0003】
こうした状況の中で、小型化の可能なイオンビーム照射装置の一種として、レーザー駆動型の加速機構を用いたものが知られている。レーザー駆動型のイオンビーム照射装置は、例えば特許文献1、2に記載されているように、陽子や所望のイオンを多く発生することのできるターゲットを高強度の超短パルスレーザー光で照射し、これを蒸発させてプラズマ化する。このプラズマ中では、まず質量の軽い電子が加速されて高エネルギーとなり、この加速された電子の作る電界によって重い陽子やイオンが加速される。この陽子やイオンが高エネルギーのビームとなって試料に照射される。従来の加速器で用いられる加速電界は材料の絶縁耐圧等で制限されるために上限値が小さくなるのに対し、このプラズマ中で得られる加速電界はこれよりも桁違いに強くなるため、短い距離で高エネルギーの加速をすることができる。このため、このレーザー駆動型のイオンビーム照射装置は、従来より用いられている大型の加速器等と比べて装置全体を大幅にコンパクト化でき、医療用等、様々な分野への応用が期待されている。
【0004】
例えば医療用においては、特定の位置、深さに存在する患部に対してのみ集中的に高エネルギーのイオンを照射することが要求される。このためには、単色の(エネルギースペクトルがデルタ関数的である)高エネルギーイオンビームを高い指向性で得ることが必要である。このため、レーザー駆動型のイオンビーム照射装置におけるこれらの特性を従来の大型の加速器と同等以上とするための努力がなされている。
【0005】
このために有効な技術として、レーザーで照射されてプラズマ発生源となるターゲットを、通常の気体や固体ではなく、クラスターガスとする技術が非特許文献1に記載されている。クラスターガスは、粒子状の塊となった原子・分子の集合体(クラスター)が気体中に分散した構成のガスであり、通常の気体と固体の中間的な性質をもつ。ここでは、このクラスターガスとしてHe中にCOクラスターが分散したものを用い、特に高エネルギーのヘリウム(He)、炭素(C)、酸素(O)イオンが得られることが示された。このクラスターガスは、ノズルからこれらの混合ガスを真空中に噴出させ、断熱膨張させることによって得られる。
【0006】
このイオン加速装置(イオンビーム照射装置)によって、指向性が高く、高強度のイオンビームを得ることができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「Energy Increase in Multi−MeV Ion Accelleration in the Interaction of a Short Pulse Laser with a Cluster−Gas Target」、Y.Fukuda、A.Ya.Faenov、M.Tampo、T.A.Pikuz、T.Nakamura、M.Kando、Y.Hayashi、A.Yogo、H.Sakaki、T.Kameshuma、A.S.Pirozhkov、K.Ogura、M.Mori、T.Zh.Esirkepov、J.Koga、A.S.Boldarev、V.A.Gasilov、A.I.Magunov、T.Yamauchi、R.Kodama、P.R.Bolton、Y.Kato、T.Tajima、H.Daido and S.V.Bulanov、Physical Review Letters、103巻、165002頁(2009年)
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−244863号公報
【特許文献2】特開2008−198566号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、通常の気体や固体と異なり、クラスターガスは時間的、空間的に制限された領域において形成される。このため、クラスターガスターゲットを用いて、安定して高エネルギーのイオンビームを得ることは困難であった。
【0010】
すなわち、レーザー駆動型の加速機構を用いて、指向性が高い高エネルギーのイオンビームを安定して得ることは困難であった。
【0011】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明のイオン加速方法は、ノズルから第1成分のガスと第2成分のガスの混合ガスが真空中に噴出されることによって前記第2成分のガスの分子からなるクラスターが前記第1成分のガス中に分散した形態で前記ノズルから柱状に形成されたクラスターガスに対し、前記混合ガスの噴出方向と略垂直の方向からパルスレーザー光を照射することによって前記クラスターガスをプラズマ化し、前記クラスターガスを構成する原子をイオン化して加速するイオン加速方法であって、前記クラスターガス中における前記クラスターの密度を2.0×10〜2.0×1010cm−3の範囲とし、前記パルスレーザー光を、前記柱状に形成されたクラスターガスにおいて照射側から見て後方80〜100%の位置で集光させることを特徴とする。
本発明のイオン加速方法は、前記柱状に形成されたクラスターガスにおける前記パルスレーザー光の透過率を5〜10%の範囲とすることを特徴とする。
本発明のイオン加速方法は、前記混合ガスの噴出時間を0.01〜10msとし、前記噴出時間に対応して形成された前記クラスターガスの生成タイミングにおける生成時から前記噴出時間の10〜20%の範囲において前記パルスレーザー光を前記柱状に形成されたクラスターガスに照射することを特徴とする。
本発明のイオン加速方法において、前記第1成分のガスはHeであり、前記第2成分のガスはCOであることを特徴とする。
本発明のイオン加速装置は、クラスターガスにパルスレーザー光を照射し、前記クラスターガスをプラズマ化し、前記クラスターガスを構成する原子をイオン化して加速するイオン加速装置であって、第1成分のガスと第2成分のガスの混合ガスを真空中に噴出し、前記第2成分のガスの分子からなるクラスターが前記第1成分のガス中に分散した柱状の形態とされた前記クラスターガスを生成するノズルと、前記パルスレーザー光を発振するレーザー光源と、前記パルスレーザー光を予め設定された集光点で集光するように前記クラスターガスに照射させる集光光学系と、を具備し、前記クラスターガス中における前記クラスターの密度を2.0×10〜2.0×1010cm−3の範囲とし、前記集光点を、前記柱状の形態とされたクラスターガスにおいて照射側から見て後方80〜100%の位置とすることを特徴とする。
本発明のイオン加速装置は、前記柱状の形態とされたクラスターガスにおける前記パルスレーザー光の透過率を5〜10%の範囲とすることを特徴とする。
本発明のイオン加速装置は、前記混合ガスの噴出時間を0.01〜10msとし、前記噴出時間に対応して形成された前記クラスターガスの生成タイミングにおける生成時から前記噴出時間の10〜20%の範囲において前記パルスレーザー光を前記柱状に形成されたクラスターガスに照射することを特徴とする。
本発明のイオン加速装置において、前記第1成分のガスはHeであり、前記第2成分のガスはCOであることを特徴とする。
本発明のイオンビーム照射装置は、前記イオン加速装置によって加速されたイオンを試料に対して照射する構成を具備することを特徴とする。
本発明の医療用イオンビーム照射装置は、前記イオン加速装置によって加速されたイオンを患部に対して照射する構成を具備することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明は以上のように構成されているので、レーザー駆動型の加速機構を用いて、指向性が高い高エネルギーのイオンビームを安定して得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施の形態に係るイオン加速装置の構成の概要を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るイオン加速装置における、ノズルのON・OFF制御、クラスターガス生成量、及びパルスレーザー光の出力のタイミングを示す図である。
【図3】混合ガス(クラスターガス)を用いた場合と、純Heガスを用いた場合のノズルからの噴出されるガスの分布を、プローブ光をクラスターガスに照射しシャドウグラフ法により測定した結果である。
【図4】レーザー光照射時のバブル構造を、プローブ光をクラスターガスに照射せずに光学観察した結果である。
【図5】バブル構造の発生確率、高エネルギー電子の発生確率、及びX線強度の集光点位置依存性を実測した結果である。
【図6】レーザー光が照射された際のクラスターガス中における電子密度分布(a)、磁場強度分布(b)、光軸方向の電界強度分布(c)、電子とイオンの加速エネルギー分布(d)、のシミュレーション結果である。(a)中の白線は、レーザー照射前の初期電子密度分布を示している。
【図7】レーザー光透過率とイオンエネルギーとの関係のシミュレーション結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態に係るイオン加速装置について説明する。図1は、このイオン加速装置10の構成を示す図である。この図において、左はその全体を示す構成図であり、右はその一部(点線で囲まれた部分)の拡大図である。この構成は、非特許文献1に記載された構成と同様である。
【0016】
レーザー光(パルスレーザー光)20は、レーザー光源から発せられ、クラスターガス(ターゲット)30中で集光するような構成とされる。レーザー光源としては、集光光学系21によって集光された状態でクラスターガス30をプラズマ化できるだけの高強度の超短パルスレーザー光を発するものを用いることができる。この点は特許文献1、2、非特許文献1に記載のものと同様である。具体的には、レーザー光源として、ガラスレーザー、チタンサファイアレーザー等を用いることができる。集光光学系21としては、軸外し放物面鏡等の非球面の集光鏡等を用いることができる。集光光学系21によって設定される集光点の位置については後述する。レーザー光20は短い間隔でパルス的に発せられ、その照射(発振)タイミングはクラスターガス30の生成と同期して制御される。
【0017】
ノズル40は真空中に設置され、その先端部から真空中にガスが噴出できる構成とされる。このガスは、ヘリウム(第1成分のガス:He)と2酸化炭素(第2成分のガス:CO)の混合ガスであり、これが真空中に噴出される際の断熱膨張による急激な温度低下によりCOが固体化し、He中にCOのクラスターが分散された柱状の形態のクラスターガス30となる。このガスが噴出される空間は真空ポンプ(図示せず)によって排気されるため、ガスが噴出された状態においても、安定してクラスターガスが生成される程度の真空度は維持される。この点についても非特許文献1と同様である。また、ガスの噴出は連続的に行われるのではなく、パルス的に行われる。このため、この噴出タイミングとレーザー光20による照射タイミングは同期して制御される。図1の右側に示されるように、混合ガスの噴出方向とレーザー光20の入射方向とは略垂直とされる。レーザー光20の光軸方向においてノズル40を可動とすることにより、クラスターガス30中におけるレーザー光20の集光点の位置を制御することができる。
【0018】
図1の右側に示されるように、クラスターガス30中においては、He原子31からなるガス中に、多数のCO分子が凝集してナノ粒子化したCOクラスター32が分散した形態となる。ノズル40から離れた箇所ではHe原子31、COクラスター32は熱運動によって分散して低密度化するために、ノズル40の開口の近傍におけるクラスターガス30中でレーザー光20が集光され、特に高強度となる箇所が設定される。
【0019】
また、ノズル40の開(ON)閉(OFF)タイミング、集光点におけるクラスターガス30の生成量、レーザー光20の出力のタイミングチャートを図2(a)〜(c)に示す。
【0020】
ここで、集光点におけるクラスターガス30の生成状況(b)は、ノズル40の開閉のタイミング(a)から、ノズル40から集光点までの距離をガスが流れるのに要する時間だけ遅延している。この遅延時間は、ノズル40と集光点までの距離とガス流の速度で決まる。これらの間の距離が長ければこの遅延時間は長くなる。
【0021】
ノズル40がONとされる時間は、典型的には0.01〜10ms程度であり、そのON・OFFは外部からの信号により制御される。クラスターガス30のONは、レーザー光20の出力(c)と同期するように制御され、実際には上記の遅延時間を考慮した上で、ノズル40のON・OFF(時刻t、t)とレーザー光20の出力(時刻t、t)とが同期するように制御される。レーザー光20の出力は、非特許文献1に記載されたように、高強度の主パルスと、主パルスよりも低強度であり主パルスに先行するプレパルスとからなる。プレパルスと主パルスの時間差(tとtの時間差)は、1〜1000ps程度(例えば150ps程度)とされる。また、プレパルス、主パルス共に、その半値幅は3〜1000fs程度(例えば40fs)である。これらのレーザー光20のタイミングに関する時間は、前記のノズル40がONとされている時間と比べて無視できる程度の長さである。
【0022】
この構成により、非特許文献1に記載されるように、クラスターガス30中のHe原子31、COクラスター32が共に分解してプラズマ化することにより電子が生成され、加速される。この加速された電子によってプラズマ中に電磁場構造が形成され、イオンを加速する高強度の電界が形成される。図1に示されるように、この電界により、プラズマ中で生成された炭素(C)イオン51、酸素(O)イオン52、ヘリウム(He)イオン53が高エネルギー化したイオンビーム50が生成される。
【0023】
発明者は、このクラスターガス30がレーザー光20で照射される際の状況を実験的に解析し、特にその集光点の位置を最適化することにより、出力されるイオンの高エネルギー化が可能であることを知見した。クラスターガス30においては、レーザー光20の進行方向における集光点の位置が変わることにより、内部でのプラズマの形成状況、電子の加速状況、イオンの加速状況が変化する。このため、加速されたイオンのエネルギー分布等は、集光点の位置によって異なる。
【0024】
図3は、2mm径の開口をもつノズル40から60barの圧力でHe90%、CO10%の混合ガスを噴出した際のクラスターガス30の2次元分布(上段)、そのレーザー光20の進行方向における電子密度分布(中段)をシャドウグラフ法によって調べた結果である。ここで、プローブ光をクラスターガス30に照射し、この照射と反対側から観察をしている。同時に、混合ガスではなく100%のHeを用いた場合の噴出ガスの2次元分布(下段)も示している。図3上段、中段に示されるように、上記の混合ガスを用いた場合には、ノズル40の開口(2mm)よりもやや広がってクラスターガス30は生成されるが、その分布の半値幅は、この開口(2mm)に対応している。
【0025】
クラスターガス30中におけるCOクラスターの密度(cm−3)をD、クラスターガス30中におけるCO分子の密度(cm−3)をρ、CO固体におけるCO密度をS(cm−3)、COクラスター半径をr(cm)とすると、COクラスター密度DとCOクラスター半径rの関係は以下の式で表される。
【0026】
【数1】

【0027】
ρやSの値については、非特許文献1や「Gas−Cluster Targets for Femtosecond Laser Interaction:Modeling and Optimization」、A.S.Boldarev、V.A.Gasilov、A.Ya.Faenov、Y.Fukuda、 and K.Yamakawa、Review of Scientific Instruments、77巻、083112頁(2006年)に示されている。例えば、60atmの混合ガス(He90%、CO10%)においては、ρ=1.8×1018cm−3、S=2.1×1022cm−3であるため、(1)式より、r=(2×10−5/D)1/3となる。
【0028】
非特許文献1では、発生したイオンビームを固体飛跡検出器(CR39)で受けてその飛跡を2次元画像化して評価をしている。加速されたイオンのエネルギー分布等は、集光点の位置に依存するが、高エネルギーイオン発生の最適位置をCR39により高精度で評価を行うことは困難であるため、以下の測定結果からイオンをより高効率で高エネルギー化できる条件を検討した。ここでは、D=3.0×10cm−3(r=0.2μm)とされたこのクラスターガス30に対してレーザー光20を照射し、その集光点をレーザー光20の光軸方向で変えた際の、放出されるX線強度を測定した。ここで、測定したX線は、6価の酸素イオン(O6+)のヘリウムベータ(Heβ)、7価の酸素イオン(O7+)のライマンアルファ(Lyα)線に対応する、それぞれ、665.7 eV、653.7 eVのエネルギーをもつものであり、これらX線の強度比は生成されたプラズマの密度に対応する。ただし、これらX線は、高エネルギー電子のランダムな衝突励起により発生する特性X線であるため、X線発生方向に指向性はなく、ここで検出されたX線はクラスターガス30の全体から発せられたものである。
【0029】
同時に、レーザー光20の1回の照射毎に高エネルギー電子(5 MeV以上のエネルギーをもつ電子)が放出される確率を調べた。また、この際に、クラスターガス30中の微細構造を、プローブ光をクラスターガス30に照射せずに光学的に観察した結果、空洞(バブル)が発生していることがあることがわかった。このバブル発生確率も同時に測定した。図4は、このバブルを観察した例である。ここで、2つの破線で囲まれた領域(幅2mm)が、上記のノズル40の開口に対応する。バブルはクラスターガス30の後半に多く発生しているのが明らかである。
【0030】
上記の測定結果を図5に示す。2つの破線は、図4と同様にノズル40の開口を示す。X線強度は、集光点をクラスターガス30から外した場合(開口前方35%、および、後方50%の位置)において最大となっている。この理由は、集光点(最も光強度が高くなる点)から外れた箇所においても、レーザー光20の強度がプラズマ化を起こすのに充分な強度であり、かつ、X線発生のための衝突励起の断面積が最大となっているためである。このX線強度と5MeV以上の高エネルギー電子放出確率との間には、逆相関関係が見られる。これは、クラスターガス30の中心部に集光した場合は、発生した電子のエネルギーが大きすぎてX線発生のための衝突励起の断面積が著しく低下するためである。
【0031】
一方、高エネルギー電子は、手前側から見て開口の30〜80%の箇所で特に高い確率で得られ、開口を外れた箇所ではその確率はほぼ零である。ただし、この確率分布は、この開口の中心に対して対称ではなく、やや後方寄りである。
【0032】
また、バブル構造は、手前側から見て開口の10%の箇所よりも手前側では見られない。一方、開口の100%よりも更に100%程度後方の箇所においてもバブル構造は見られる。
【0033】
上記の構成においては、質量が軽い電子がまず加速され、高エネルギー電子が生成される。これにより、プラズマ中で電磁場構造が形成され強い電界(急激なポテンシャル変化)が生ずる。電子よりも重いイオンは、その後でこの電界により加速され、高エネルギーのイオンとなる。この際、バブル構造中においては高電界が存在し、かつイオンに対する散乱源も存在しない。このため、高エネルギー電子が生成される領域の末端に近く、かつバブル構造が多く形成される箇所が存在する場合は、特にイオンを安定して高エネルギー化する際に有利である。また、プラズマ化が起こり、加速されるイオンが生成されることが必要であることも明らかである。
【0034】
上記の点を考慮すると、集光点を、クラスターガス30中の後方とすることが好ましいことが明らかである。特に、図4の結果から、高エネルギー電子生成のピークを越え、バブル構造が生成され、かつX線も発生している、手前側から見て開口の80〜100%の位置が最も好ましい。
【0035】
また、レーザー光20の照射方向に対して強い加速電界が生ずることは、イオンの指向性が高まることも意味する。すなわち、集光点を上記の位置に設定することにより、高い指向性も得られる。
【0036】
この範囲内となっている95%の位置に集光点を設定した場合のクラスターガス30におけるレーザー光20の透過率は7%となっていた。この透過率は、レーザー光20がクラスターガス30で吸収されずにそのまま透過した割合となる。この吸収されたエネルギーの一部がイオンのエネルギーに転換されるため、この吸収率が小さい(透過率が大きい)場合には電子やイオンのエネルギーも小さくなるため好ましくない。
【0037】
更に、図6は、非特許文献1に示された、レーザー光20が照射された際のクラスターガス30中における電子密度分布(a)、磁場強度分布(b)、光軸方向の電界強度分布(c)、電子とイオンの加速エネルギー分布(d)、のシミュレーション結果である。(a)中の白線は、レーザー照射前の初期電子密度分布を示している。ここで、(a)〜(c)においては横軸がレーザー光20の光軸方向(右方向が照射方向)である。特に、この磁場(b)は光軸方向を巻回する渦状に生成され、この磁場が消滅する際に生成される電界が加速電界となり、これが図6(c)における70<x<90μmにおける高強度の電界に反映される。すなわち、この磁気渦の発生がイオンの加速において重要な役割を果たす。この磁気渦は、電子分布(a)によって生成されるが、特に電子密度が緩やかに減少する領域((a)における65〜82μmの箇所)で発生する。図6(b)(c)より、この磁気渦の発生個所付近で軸方向の非常に強い加速電界が形成される。
【0038】
このため、効率的にイオン加速を行うためには、この磁気渦が形成される位置の調整が重要となり、与えられた電子密度分布に対して、この位置に磁気渦が生成されるように集光点を設定することが必要である。この磁気渦をレーザー光20の照射側からみて95%程度の位置に設定することがイオンの加速にとって有効であることがシミュレーションによって示された。この位置を前方とした場合には、レーザー光20のクラスターガス30における透過率は低くなり、後方とした場合には透過率は高くなる。前記の95%程度の位置に対応する透過率は5〜10%となる。この磁気渦の設定位置と透過率との関係は、ガス種等に依存せずに成立する。
【0039】
図7は、レーザー光透過率とイオンエネルギーとの関係のシミュレーション結果である。レーザー光20の透過率は5〜10%のとき、前記の95%程度の位置に磁気渦が生成され、イオンの高エネルギー化に有利であることが示された。
【0040】
また、上記の検討は、レーザー光20の照射の空間的制限についてのものである。図2に示されたように、実際にはクラスターガス30は時間的に制限されて形成される。このため、クラスターガス30の生成タイミング(図2(b))とレーザー光20の照射タイミング(図2(c))を同期させることが必要である。
【0041】
クラスターガス30が生成されている時間は、図2に示されたとおり、ノズル40がONとされている時間とほぼ等しく、0.01〜10ms程度(例えば1ms)である。この時間が短いと、充分な量のクラスターガス30が形成されなくなるため、充分な強度のイオンビームが生成されにくくなる。この時間が長いと、混合ガスが噴出される背景の真空度が劣化するため、ガスの断熱膨張が充分に行われなくなり、クラスターガス30中のCOクラスター32は形成されにくくなる。この時間は、レーザー光20におけるプレパルスと主パルスの間隔、プレパルスと主パルスの半値幅や、プラズマが生成される時間、電子やイオンがクラスターガス30から放出されるまでの時間等と比べて桁違いに長い。このため、クラスターガス30中において前記のようにHe原子31とCOクラスター32が形成されている限りにおいて、この照射タイミングは任意である。
【0042】
このONとされた時間が長い場合の真空度の劣化は、真空チャンバーの構成や使用している真空ポンプの排気速度等に依存するが、ノズル40がオンとされた期間の末期においては、背景の真空度が劣化することは明らかである。このため、実際には安定したクラスターガス30が形成されるのは、ノズル40がオンとされた期間における初期であると考えることができる。例えば、ノズル40がONとされてからOFFとされるまでの間の期間の初期10〜20%程度の期間にレーザー光20を照射することが好ましい。
【0043】
なお、上記の例では、D=3.0×10cm−3としたが、2.0×10〜2.0×1010cm−3の範囲としても同様である。
【0044】
上記の構成においては、HeとCOの混合ガスを用い、COクラスターが形成されたクラスターガスを用いた場合について説明した。しかしながら、他の構成の混合ガスを用い、他のクラスター種を形成した場合においても、同様である。
【0045】
上記のイオン加速装置においては、レーザー光の集光位置(集光光学系)、混合ガスを噴出するノズルの開閉タイミング等を制御することによって、高品質のイオンビームを得ることができる。このため、従来より知られるレーザー駆動型のイオン加速装置と装置構成自身を大きく変えずにこれを実現することができる。従って、他の種類の加速装置と比べて装置全体を小型化することが可能であり、医療用等、様々な分野への応用が可能である。
【0046】
このため、このイオン加速装置によって加速されたイオンを試料に照射する構成とすれば、各種のイオンをイオンビームとして照射するイオンビーム照射装置とすることができる。従来のイオンビーム照射装置においては、イオンを加速するサイクロトロンや高周波空洞等を用いた機構が大型化するために、装置全体を小型化することが困難であった。これに対し、このイオンビーム照射装置においては、上記のとおり、この加速機構を小型化することが可能であるため、装置全体を小型化することができる。従って、このイオンビーム照射装置を各種の施設、例えば医療施設等に導入することも容易であり、医療用イオンビーム照射装置として特に好ましく用いることができる。
【符号の説明】
【0047】
10 イオン加速装置
20 レーザー光(パルスレーザー光)
21 集光光学系
30 クラスターガス(ターゲット)
31 ヘリウム(He)原子
32 COクラスター
40 ノズル
50 イオンビーム
51 炭素(C)イオン
52 酸素(O)イオン
53 ヘリウム(He)イオン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノズルから第1成分のガスと第2成分のガスの混合ガスが真空中に噴出されることによって前記第2成分のガスの分子からなるクラスターが前記第1成分のガス中に分散した形態で前記ノズルから柱状に形成されたクラスターガスに対し、前記混合ガスの噴出方向と略垂直の方向からパルスレーザー光を照射することによって前記クラスターガスをプラズマ化し、前記クラスターガスを構成する原子をイオン化して加速するイオン加速方法であって、
前記クラスターガス中における前記クラスターの密度を2.0×10〜2.0×1010cm−3の範囲とし、
前記パルスレーザー光を、前記柱状に形成されたクラスターガスにおいて照射側から見て後方80〜100%の位置で集光させることを特徴とするイオン加速方法。
【請求項2】
前記柱状に形成されたクラスターガスにおける前記パルスレーザー光の透過率を5〜10%の範囲とすることを特徴とする請求項1に記載のイオン加速方法。
【請求項3】
前記混合ガスの噴出時間を0.01〜10msとし、前記噴出時間に対応して形成された前記クラスターガスの生成タイミングにおける生成時から前記噴出時間の10〜20%の範囲において前記パルスレーザー光を前記柱状に形成されたクラスターガスに照射することを特徴とする請求項1又は2に記載のイオン加速方法。
【請求項4】
前記第1成分のガスはHeであり、前記第2成分のガスはCOであることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載のイオン加速方法。
【請求項5】
クラスターガスにパルスレーザー光を照射し、前記クラスターガスをプラズマ化し、前記クラスターガスを構成する原子をイオン化して加速するイオン加速装置であって、
第1成分のガスと第2成分のガスの混合ガスを真空中に噴出し、前記第2成分のガスの分子からなるクラスターが前記第1成分のガス中に分散した柱状の形態とされた前記クラスターガスを生成するノズルと、
前記パルスレーザー光を発振するレーザー光源と、
前記パルスレーザー光を予め設定された集光点で集光するように前記クラスターガスに照射させる集光光学系と、を具備し、
前記クラスターガス中における前記クラスターの密度を2.0×10〜2.0×1010cm−3の範囲とし、
前記集光点を、前記柱状の形態とされたクラスターガスにおいて照射側から見て後方80〜100%の位置とすることを特徴とするイオン加速装置。
【請求項6】
前記柱状の形態とされたクラスターガスにおける前記パルスレーザー光の透過率を5〜10%の範囲とすることを特徴とする請求項5に記載のイオン加速装置。
【請求項7】
前記混合ガスの噴出時間を0.01〜10msとし、前記噴出時間に対応して形成された前記クラスターガスの生成タイミングにおける生成時から前記噴出時間の10〜20%の範囲において前記パルスレーザー光を前記柱状に形成されたクラスターガスに照射することを特徴とする請求項5又は6に記載のイオン加速装置。
【請求項8】
前記第1成分のガスはHeであり、前記第2成分のガスはCOであることを特徴とする請求項5から請求項7までのいずれか1項に記載のイオン加速装置。
【請求項9】
請求項5から請求項8までのいずれか1項に記載のイオン加速装置によって加速されたイオンを試料に対して照射する構成を具備することを特徴とするイオンビーム照射装置。
【請求項10】
請求項5から請求項8までのいずれか1項に記載のイオン加速装置によって加速されたイオンを患部に対して照射する構成を具備することを特徴とする医療用イオンビーム照射装置。

【図2】
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【図7】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−119065(P2012−119065A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−264833(P2010−264833)
【出願日】平成22年11月29日(2010.11.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度及び平成20年度文部科学省「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成「光医療産業バレー」拠点創出」(委託業務)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(505374783)独立行政法人日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】