説明

イオン散乱分光分析装置

【課題】頻繁に試料を回転させることなく、また正確な試料の面合わせを必要とせず、高精度に結晶材料の構造あるいはひずみを測定できるイオン分光分析装置を提供する。
【解決手段】散乱角180°(観察角0°)を取り囲む方向と散乱角135°(観察角45°)を取り囲む方向に二次元位置敏感・時間分析型検出器14,15を配置する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料によるイオン散乱を利用して結晶材料の“ひずみ(構造)”を調べるイオン散乱分光分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、イオン散乱を利用して結晶材料の“ひずみ(構造)”を調べる方法には、中エネルギー同軸型直衝突イオン散乱分光法(ME-CAICISS)や、中エネルギーイオン散乱分光法(MEIS)が知られている。ME-CAICISSは、イオンビームを結晶材料に入射させ、結晶材料を回転することによって散乱強度の入射角依存性を測定することによって結晶構造あるいはひずみを調べる方法である。MEISは、一次元位置検出器(静電アナライザ)を用いて散乱強度の出射角依存性を測定することにより、結晶構造あるいはひずみを調べる方法である。
【0003】
【非特許文献1】Physical Review B 67, 035319 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ME-CAICISSは、結晶材料を回転しながら、散乱強度の入射角依存性を測定することから長時間を要すると共に、測定する入射ビームと結晶材料と角度毎に、一定量の入射ビームを入射させるか、あるいはビーム入射量で規格化できる方法が必要とされるが、違う入射条件のもとで正確に入射量を測定あるいは規格化することは難しい。MEISの場合には、静電アナライザは対極する2つの電極をもつことから大型であり、また電極に入射ビームを通す穴を開けることもできないことから、散乱角180°(観察角0°)近傍の測定ができない。また、一次元位置であることから正確な結晶材料の面合わせが必要である。なお、本明細書でいう「観察角」とはイオンビームに対する角である。
【0005】
本発明は、頻繁に試料を回転させることなく、また正確な試料の面合わせを必要とせず、高精度に結晶材料の構造あるいはひずみを測定できるイオン分光分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明では、散乱角180°(観察角0°)(あるいは観察角0°近傍)を取り囲む方向と散乱角135°(観察角45°)を取り囲む方向に二次元位置敏感・時間分析型検出器を配置する。散乱角180°(観察角0°)(あるいは観察角0°近傍)を取り囲む方向に配置した検出器が検出するブロッキングコーンの角度位置を角度基準(角度0°方向)として、散乱角135°(観察角45°)を取り囲む方向に配置した検出器が検出するブロッキングコーンの位置からのずれにより試料のひずみ情報(構造情報) を得ることができる。
【0007】
すなわち、本発明によるイオン散乱分光分析装置は、試料を保持する試料保持部と、試料に向けてパルスイオンビームを照射するパルスイオンビーム源と、試料によって散乱されたイオンを検出する第1の二次元位置敏感検出器及び第2の二次元位置敏感検出器とを備え、第1の二次元位置敏感検出器は、観察角0°を取り囲む方向に散乱されたイオンを検出するように前記パルスイオンビーム源と前記試料保持部に保持された試料との間に配置され、第2の二次元位置敏感検出器は、観察角45°を取り囲む方向に散乱されたイオンを検出するように配置されている。
【0008】
ここで、前記第1の二次元位置敏感検出器は、中央部に前記パルスイオンビーム源から出射されたイオンビームを通過させる穴を有する構造にしてもよく、二次元位置敏感検出器は高計数率で測定するのが可能なため時間分解型検出器であるのが好ましい。また、本発明のイオン散乱装置は、位置分解することが可能なため必要に応じ大立体角で散乱あるいは反跳粒子を測定できる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、イオン散乱分光分析において最も敏感にかつ高精度に結晶材料の“ひずみ(構造)”を調べることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
図1は、入射イオンが結晶の原子により散乱される様子を示す模式図である。結晶材料にエネルギーが揃い平行性のよいイオンビームが入射すると、結晶材料を構成する原子の後方には、入射イオンが進入できない円錐状の影が生じる。この影をシャドーコーンと呼ぶ。また、別の原子がこの影の中にあるとすると、その原子はイオンの散乱には寄与しない。これをシャドーイング効果と呼ぶ。一方、ある原子によって散乱された粒子に着目するとき、その散乱軌道上に別の原子が存在する場合、その原子の後方に散乱イオンが進入できない円錐状の影が生じる。この影をブロッキングコーンと呼ぶ。このブロッキングコーンが張る方向では、最初に散乱した原子による散乱粒子の観察がされない。これをブロッキング効果と呼ぶ。結晶性の材料であればこのシャドーイング効果あるいはブロッキング効果を調べることにより原子の並び(結晶学的軸)を知ることができる。
【0011】
イオン散乱では、基板に成長した薄膜のひずみは薄膜の結晶学的軸方向から評価することができる。観察角(θ)の方向に存在する原子列上の原子が図2に示すように微小変位したとき、観察角のシフト量(Δθ)は次式(1)によって与えられる。
【0012】
【数1】

【0013】
ここで、aとcはそれぞれ原子が変位する前の原子列の原子間距離のx成分とy成分であり、ΔaとΔcはそれぞれ原子の変位量のx成分とy成分である。
【0014】
式(1)からわかるように、式(2)が成立する場合、すなわちひずみが緩和していなければ、観察角のシフト量Δθは観察角θ=45゜でピークを示す。言い換えれば、薄膜のひずみあるいはひずみ緩和は45°の方向で最も敏感に、かつ正確に評価することができる。
【0015】
【数2】

【0016】
従って、観察角0°(散乱角180°)(あるいは観察角0°近傍)を取り囲む方向と観察角45°(散乱角135°)を取り囲む方向に設置した2台(あるいはそれ以上)の二次元位置敏感・時間分析型検出器、または観察角0°(散乱角180°)(あるいは観察角0°近傍)を取り囲む方向と観察角45°(散乱角135°)を取り囲む方向を同時に測定できる1台の二次元位置敏感・時間分析型検出器を用いることにより、最も敏感にかつ高精度に結晶材料の“ひずみ(構造)”を調べることができる。
【0017】
図3は、本発明によるイオン散乱分光分析装置の概略構成図である。この装置は、パルスイオンビーム源11、試料12を保持するゴニオメータ13、観察角0°を取り囲む方向を測定する二次元位置敏感・時間分析型検出器14、観察角45°を取り囲む方向を測定する二次元位置敏感・時間分析型検出器15,16、及び検出器からの信号を処理する信号処理部17を備えて構成される。パルスイオンビーム源11、ゴニオメータ13、及び二次元位置敏感・時間分析型検出器14,15,16は真空容器18中に配置されている。真空容器内は、検出器の作動真空度(2×10−4Pa)以下の真空度にされる。
【0018】
二次元位置敏感・時間分析型検出器15は試料からの距離が固定であり、二次元位置敏感・時間分析型検出器16は試料からの距離が可変であるが、必ずしも両方を備える必要はなく、少なくとも一方を備えていればよい。二台の検出器14,15を用いることで、ひずみの絶対測定、すなわち基板上の薄膜単独でひずみを評価できる。また、一台の検出器でひずみの相対測定、すなわち基板に対して薄膜がどのようにひずんでいるかを評価することができる。
【0019】
パルスイオンビーム源11からは、平行度がよいパルスイオンビーム、例えばエネルギーが100keV(速度2.196×108cm/s)、パルスビームのパルス幅が2nsのパルスイオンビームを引き出し、試料12に入射させる。ゴニオメータ13により試料の方位をラフに合わせる。例えば試料がSiGe(001)であれば、ほぼSiGe[00−1]軸方向からパルスイオンビームを入射させ、かつ散乱角135°(観察角45°)を取り囲む方向を測定する検出器15にSiGe<011>軸を合わせる。これにより、散乱角180°(観察角0°)(あるいは観察角0°近傍)を取り囲む方向を測定する検出器14に[001]軸方向に並ぶ原子のブロッキングコーンが観察され、同様に散乱角135°を取り囲む方向を測定する検出器15に<011>軸方向に並ぶ原子のブロッキングコーンが観察される。なお、必ずしも[001]軸と<011>軸に注目する必要はないが、SiGe試料はダイヤモンド構造であることから、ひずんでいたとしてもSiGe[001]軸とSiGe<011>軸の二軸のなす角は45°前後であることから、ひずみを調べるのには都合のよい角度関係である。
【0020】
散乱角180°を取り囲む方向を測定する検出器14にはRoentDek社製のセンターホール付き位置敏感・時間分析型MCP検出器(RoentDek Hex120/o)を用いた。また、散乱角135°を取り囲む方向を測定する検出器15(及び16)にはRoentDek社製の位置敏感・時間分析型MCP検出器(RoentDek DLD120)を用いた。Hex120/oは、有効径が120mmで中央にセンターホールを有し、マイクロチャネルプレート(MCP)と120°の角をなすように各々接触することなく螺旋状に巻かれた三本の遅延線(ディレーライン)アノードによって構成されている。パルスイオンビーム源11から出射したパルスイオンビームは、検出器14のセンターホールを通って、試料12に入射する。DLD120は、有効径が120mmで、MCPと90°の角をなして接触することなく螺旋状に巻かれた二本の遅延線アノードによって構成されている。散乱(あるいは反跳)粒子がMCPに入り、MCPより二次電子が放出され、MCPの中で二次電子が増倍される。この増倍された二次電子は遅延アノードに入り各々遅延線アノードの両端に向かう。
【0021】
遅延線の両端に信号が到達した時間差を測定することによって、遅延線が巻かれている方向のイオン入射位置が算出される。また、イオンビームをパルス化するタイミング(スタート)信号と遅延線の両端に現れた時間の合計によって散乱(反跳)粒子の飛行時間を算出する。この粒子の飛行時間は粒子のエネルギーに対応しており、試料中のどの元素と衝突したか、また試料のどの深さから散乱(反跳)してきたかがわかる。なお、スタート信号は必ずしもパルス化のタイミング信号でなくともよい。例えば、イオンが試料に入射することにより試料から出てくる二次電子の計測信号をスタート信号としてもよい。
【0022】
検出器14として用いたHex120/oは、位置分解能0.2mm以下を達成しており、仮に位置分解能が0.2mmであるとする。また、検出器15(16)として用いたDLD120は、位置分解能0.1mm以下を達成しており、仮に位置分解能が0.1mmであるとする。更に、検出器14及び検出器15を試料から500mmのところに設置したとする。この場合、検出器14の位置分解能から算出される角度分解能はtan−1(0.2/500)≒0.023゜となる。同様に、検出器15の角度分解能はtan−1(0.1/500)≒0.0115゜となり、二台の検出器14,15による総合的角度分解能は散乱強度の統計的ばらつきを考えなければ(0.023+0.01151/2≒0.026(゜)となる。観察角45°で観察している場合、sin(2×45°)=1であるから、式(1)より式(3)が成立する。
【0023】
【数3】

【0024】
すなわち、図3に示した装置は、散乱強度の統計的ばらつきを当然考えなければならないが、散乱強度の統計的ばらつきを考えなければ散乱0.1%のひずみ(構造変化)を捕えることができることになる。もちろん、検出器と試料の距離を長くすれば、更に精度よくひずみ(構造)を捕えることが可能である。
【0025】
なお、検出器14(Hex120/o)と検出器15(DLD120)は共に有効径が120mmであることから、検出器と試料の距離を500mmとした場合、検出器により検出できる出射角は共にtan−1(120/500)≒13.4゜(±6.7°)の範囲、立体角としては、次式から共に0.045srの範囲のブロッキングパターンを捕えることができる。
【0026】
(立体角)=(面積)/(距離)=π・60/500≒0.045sr
次に、試料がSiGe(011)である場合の測定法について説明する。SiGe(011)試料の場合、SiGe(001)試料とは逆に、ほぼSiGe[0−1−1]軸方向からパルスイオンビームを入射させ、かつ散乱角135°を取り囲む方向を測定する検出器15にSiGe<001>軸を合わせる。これにより、散乱角180°を取り囲む方向を測定する検出器14に[011]軸方向に並ぶ原子のブロッキングコーンが観察され、同様に散乱角135°を取り囲む方向を測定する検出器15に<001>軸方向に並ぶ原子のブロッキングコーンが観察される。この場合にも、必ずしも[011]軸と<001>軸に注目する必要はないが、SiGe試料はダイヤモンド構造であることから、ひずんでいたとしてもSiGe[011]軸とSiGe<001>軸の二軸のなす角は45°前後であることから、ひずみを調べるのには都合のよい角度関係である。
【0027】
次に、試料がSiGe(111)である場合の測定法について説明する。SiGe(111)試料の場合には、SiGe<00−1>(あるいはSiGe<0−1−1>)軸方向からビームを入射させ、入射方向がSiGe<00−1>であれば散乱角135°を取り囲む方向に設置された検出器15にSiGe<011>軸を合わせてひずみを測定することができ、入射方向がSiGe<0−1−1>であれば散乱角135°を取り囲む方向に設置された検出器15にSiGe<001>軸を合わせてひずみを測定することが可能である。
【0028】
また、散乱角135°を取り囲む方向を測定する検出器16を試料から300mmに設置したとする。これによりこの検出器の測定可能な出射角は、tan−1(120/300)≒21.8゜(±10.9°)の範囲となる。この検出器によりSiGe<011>あるいはSiGe<001>軸を捕えることによって、ひずみを評価することが可能である。SiGe<011>あるいはSiGe<001>は、ひずみがない場合にはSi[111]軸から54.74°あるいは35.26°である。パルスイオンビームをSiGe<−1−1−1>軸から入射させ、SiGe<011>軸あるいはSiGe<001>を散乱角135°を取り囲む方向を測定する検出器16によって、SiGe<011>あるいはSiGe<001>軸に相当するブロッキングコーンを観察する。それらの軸はそれぞれ144.74°及び125.26°の散乱角付近に観察されるはずである。観察角θで言い換えれば、それぞれ35.26°及び54.74°である。従ってsin2θは観察角が35.26°及び54.74°でも共に、sin2θ=0.943であることから、最適な条件ではないものの、十分にひずみを捕えることが可能である。
【0029】
その場合の位置分解能から算出される角度分解能は、検出器(Hex120/o)14は従前通りのtan−1(0.2/500)≒0.023゜であり、検出器(DLD120)16ではtan−1(0.1/300)≒0.019゜となり、2つの検出器14,16による総合的角度分解能は、散乱強度の統計的ばらつきを当然考えなければならないが、散乱強度の統計的ばらつきを考えなければ(0.023+0.0191/2≒0.03(゜)となる。観察角θ=35.26°あるいは54.74°で観察した場合、(sin2θ=0.943)であるから、式(1)より式(3)が成立し、0.1%のひずみ(構造変化)を捕えることができることになる。
【0030】
【数4】

【0031】
検出器と試料の距離に関しては、検出器を直線移動機構上に置き直線移動機構によって検出器と試料の距離を調整することにより、測定可能な出射角を変えることができる。また、図3のように2つの異なる散乱角135°の方向にそれぞれ検出器を設置し、一方では検出器と試料の距離を長くして角度分解能、深さ分解能及び質量分解能を上げ、他方では検出器と試料の距離を短くすることにより大きな立体角を測定できるようにすることが可能である。
この測定装置は、ひずみSi系をはじめ、他の系においてもひずみ及び構造を解析できる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】入射イオンが結晶の原子により散乱される様子を示す模式図。
【図2】原子列上の原子の微小変位を示す説明図。
【図3】本発明によるイオン散乱分光分析装置の概略構成図。
【符号の説明】
【0033】
11:パルスイオンビーム源、12:試料、13:ゴニオメータ、14:観察角0°を取り囲む方向を測定する二次元位置敏感・時間分析型検出器、15,16:観察角45°を取り囲む方向を測定する二次元位置敏感・時間分析型検出器、17:信号処理部、18:真空容器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料を保持する試料保持部と、
試料に向けてパルスイオンビームを照射するパルスイオンビーム源と、
試料によって散乱されたイオンを検出する第1の二次元位置敏感検出器及び第2の二次元位置敏感検出器とを備え、
前記第1の二次元位置敏感検出器は、観察角0°を取り囲む方向に散乱されたイオンを検出するように前記パルスイオンビーム源と前記試料保持部に保持された試料との間に配置され、
前記第2の二次元位置敏感検出器は、観察角45°を取り囲む方向に散乱されたイオンを検出するように配置されていることを特徴とするイオン散乱分光分析装置。
【請求項2】
請求項1記載のイオン散乱分光分析装置において、前記第1の二次元位置敏感検出器は、中央部に前記パルスイオンビーム源から出射されたイオンビームを通過させる穴を有することを特徴とするイオン散乱分光分析装置。
【請求項3】
請求項1又は2記載のイオン散乱分光分析装置において、前記第1及び第2の二次元位置敏感検出器は時間分解型検出器であることを特徴とするイオン散乱分光分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−178341(P2007−178341A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−378852(P2005−378852)
【出願日】平成17年12月28日(2005.12.28)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】