説明

イオン注入分布発生方法

【課題】 イオン注入分布発生方法に関し、2次の拡張LSS理論における摂動計算のモデル式を近似して簡便なR、ΔR及びΔRptを求める。
【解決手段】 2次の拡張LSS理論における摂動計算のモデル式を求める際に、全阻止能(S+S)に対する核阻止能Sの比r=S/(S+S)を複数のエネルギー領域で区分し、前記区分した各エネルギー領域で前記rを定数rとして扱う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイオン注入分布発生方法に関し、2次の拡張LSS理論におけるモーメントを簡単な解析式で表現し、計算速度を向上するとともにモデル式の組み込みを容易にするための手法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
シリコン集積回路装置において、シリコン基板への不純物の導入はイオン注入で行われるのが一般的である。
このようなシリコン集積回路装置のプロセス構築に際しては、必要な素子構造を得るためのイオン注入条件を決定する必要があるが、このようなイオン注入条件をシミュレーションにより決定することが行われている。
非晶質層へのイオン注入分布を理論的に予想する手段としてMonte Carlo がある。これは、入射イオンと基板との相互作用を、核阻止能及び電子阻止能の物理に基づいて、入射イオンの軌跡を追跡していくものである。
【0003】
この理論は、任意のイオンを任意の基板にイオン注入した場合の一般的な場合にも有効であり、電子阻止能をチューニングすればその精度をさらに向上させることができる。図14は、計算モデルであり、質量数M,原子番号Z,エネルギーT1i(速度v1i)のイオンが、基板を構成する質量数M,原子番号Zの原子と相互作用して伝達するエネルギーT2fは、散乱角度をΦ、相互作用後のイオンの速度をν1i、基板原子の速度をν2iとすると、
2f/T1i=2Mν2i2 sin2 (Φ/2)/〔(1/2)Mν1i2
=(4M/M){〔M1i/(M+M)〕2 /ν1i2 }×sin2 (Φ/2)=〔4M/(M+M2 〕sin2 (Φ/2)・・・(1)
と表現される。
【0004】
ここで、イオンと基板原子の距離をr、衝突パラメータをb、ポテンシャルエネルギーをV(r)とすると、伝達エネルギーT2fは、下記の式(2)として求まる。
【数1】

つまり、注入されたイオンは、核との相互作用により、
ΔE=T2f
のエネルギーを失う。
【0005】
また、相互作用に伴う散乱角度Φは、下記の式(3)で表される。
【数2】

ここで、半径bの円周上の位置、即ち角度θは、Rand(n)をnが0から1の間の乱数とすると、
θ=2πRand(n)
の関係から求まる。
【0006】
これにより、衝突後のエネルギーと方向が決まる。次に、新たに注入エネルギーで同様の計算を繰り返し、イオンの軌跡をトレースしていけば良い。しかし、実際の衝突のたびに、上記の式(3)で表される積分を毎回実行するのは計算コストが膨大になるため、ZieglerはMagic formulaを提案し、この積分を簡単なプロトコルで解いている。また、シミュレータTSUPRMでは、計算結果をテーブル化しその内挿でこの値を評価している。
【0007】
なお、上記の式(3)における各パラメータを規格化したユニバーサルな変数で表すと、下記の式(4)で表される。
【数3】

但し、aをボーア径とすると、
ρ=r/a
η=b/a
=0.8854a/(Z0.23 +Z0.23
である。また、エネルギーは、
ε=E/(Z2 /a
=(1/2)Mc v1i2
1/M=1/M+1/M
である。
また、ポテンシャルエネルギーV(r)として、下記のZiegler−Litmark−Biersak(ZLB)のポテンシャルエネルギーを用いる(例えば、非特許文献1参照)。
V(r)=(e2/r)f(ρ)
但し、
【数4】

【0008】
しかしながら、上述の計算コスト低減の手法を導入しても、Monte Carloシミュレーションは、粒子の各軌跡を追うため、統計誤差を減らすためには数万個以上の計算をする必要があり、時間がかかるという問題がある。
【0009】
そこで、電子阻止能S、核阻止能Sが与えられた時、イオン注入分布が従うべき積分方程式が、Lindhart,Scharf,Schiottによって提案され(例えば、非特許文献2参照)、このモデルはLSS理論と呼ばれている。
【0010】
この理論では、粒子の軌跡を追跡することなしに注入条件が決まれば、積分方程式を解くことによって分布の任意の次数の分布モーメントのエネルギー依存性までを即座に計算できる。
【0011】
この場合、積分方程式を展開し、微分方程式に還元し、それを解いていく必要があり、そのステップで近似が入る。
即ち、伝達エネルギーが初期エネルギーに比べて小さいと仮定してモーメントをエネルギーに関してTaylor展開するが、この展開する次数が解くべき微分方程式の階数となる。
【0012】
また、散乱角度もエネルギーに関してTaylor展開するが、これは解くべき方程式の係数と関連し階数とは無関係である。解析モデルは一階の線形微分方程式の場合のみ任意の係数で一般的に得られる。
このLSS理論ではモーメントに関しては1次、散乱角度に関しては2次までTaylor展開し、線形1階の微分方程式を解き飛程Rの射影R及びそのストラッグリングΔRの解析モデル式を導出している。
【0013】
ここで、図15を参照して、LSS理論における注入イオンの飛程Rに関する積分方程式を説明する。
図15はイオンの飛程Rの模式図であり、エネルギーEで注入されたイオンは基板原子と相互作用しながらエネルギーを失い方向を変えながら図に示すように進んでいき、全エネルギーを失い基板中で静止する。
【0014】
この時、イオンが進んだ軌跡の線積分を飛程Rとし、飛程Rの注入方向への射影をR、横方向への広がりをRとする。
また、横方向への広がりのx成分をΔx、y成分をΔyとする。
なお、横方向への広がりは、図面及び以降の積分方程式或いは微分方程式においてはRに「垂直記号」のサフィックスを付けた記号で表すが、明細書本文中では、明細書作成の都合上、「R」で表す。
【0015】
表面に垂直にエネルギーEでイオン注入されたイオンがRとR+dRの間で止まる確率をP(E,R)とする。この場合、
【数5】

である。
また、Rに関してm次のモーメントを
【数6】

と定義する。
【0016】
イオンが表面からdR進む間に原子および電子と相互作用する確率は、
NdR∫dσ+NdR∫dσ ・・・(8)
であり、そのそれぞれの相互作用でイオンのエネルギーは、
E−T,E−T
に減少すると仮定する。
ここで、dσ,dσは核阻止能及び電子阻止能と関連する微分断面積である。
【0017】
よって、このイオンが原子および電子と相互作用し、エネルギーを失って飛程Rに止まる確率は、
【数7】

で与えられる。
また、dR進む間に衝突しない確率は、
1−(NdR∫dσ+NdR∫dσ) ・・・(10)
である。この間にエネルギーは失われないから、イオンがRに止まる確率は、
[1−(NdR∫dσ+NdR∫dσ)]P(E,R−dR) ・・・(11)
となる。よって、
【数8】

となる。
【0018】
ここで、dRを無限小に持っていく極限を考えると、
【数9】

となる。両辺にRm をかけてRについて0から∞まで積分すると、
【数10】

となる。
【0019】
式(14)の左辺を部分積分し、また右辺の積分の順序を入れ換えると、
【数11】

式(15)における左辺の第1項は0である。また
【数12】

と表現するが、これはRm の期待値に相当する。
【0020】
ここで、式(16)を用いると、式(15)は、
【数13】

となり、これが飛程Rに関するm次の積分方程式である。
ここで、飛程Rに関しては1次に関してのみ解析する。式(17)においてm=1とおいて
【数14】

を得る。これが、飛程Rの従うべき積分方程式である。
【0021】
次に、式17をT,T≪Eの近似のもとで1次の項までを残し解いていく。この近似は伝達エネルギーが小さいということを仮定をしている。
この場合、核との相互作用に関しては広角散乱を無視する近似に相当し、電子との相互作用に関しては、エネルギーが高いほどTは大きくなる。このため、比較的エネルギーの低い場合に近似の精度は良くなってくる。
この解を1次のものであることを意識して〈R(E)〉(1) と表現する。
【0022】
次に、式(18)の両辺をNで割るとともにTaylor展開することにより、
【数15】

となる。ここで、
=∫Tdσ,S=∫Tdσ ・・・(20)
を利用している。式(19)より、良く知られている、
【数16】

が導出される。
【0023】
次に、図16を参照して、R(E,cosφ),R(E,cosφ),R(E),R(E)の幾何学的関係を説明する。
図16は、R(E,cosφ),R(E,cosφ),R(E),R(E)の幾何学的関係の説明図であり、エネルギーE、角度φで入射したイオンが基板内のA点に静止した状況を模式図的に示している。
入射角度0の軸に垂直な面上での横方向の広がりをR(E,cosφ)とすると、入射方向に垂直な軸に対する射影R(E)が、入射方向に垂直な面に対する横方向広がりがR(E)と考えることができる。よって、
【数17】

【0024】
以上の幾何学的関係を基にして、次に、R,R,Rの従うべき積分方程式を導出していく。
エネルギーEで、角φで散乱されたイオンの射影飛程がRとR+dRの間で止まる確率をP(E,R,cosφ)とする。
φ=0の場合の確率をP(E,R)とする。また、Rに関してm次のモーメントを、
【数18】

と定義する。
【0025】
入射イオンがdR進む間に原子および電子と相互作用する確率は、飛程Rの場合と同様に、
NdR∫dσ+NdR∫dσ ・・・(25)
であり、この相互作用でのエネルギーは、
E−T,E−T
に減少する。
【0026】
この場合、電子との相互作用による散乱角は0とみなすので、このイオンが原子および電子と相互作用し、エネルギーT,Tを失ってRに止まる確率は、
【数19】

で与えられる。
また、dR進む間に衝突しない確率は、
1−(NdR∫dσ+NdR∫dσ) ・・・(27)
である。この間にエネルギーは失われないから、イオンがRに止まる確率は、
[1−(NdR∫dσ+NdR∫dσ)]P(E,R−dR
・・・(28)
となる。よって、
【数20】

となる。
【0027】
ここで、dRを無限小にもっていく極限を考えると、
【数21】

となり、両辺にRをかけてRについて0から∞まで積分すると、
【数22】

とm次の〈R(E)〉に関する積分方程式が導出される。
【0028】
次に、分布の横方向への広がりを表すRについて考える。
エネルギーE、入射角φで注入されたイオンがRとR+dRの間に止まる確率をP(E,R,cosφ)とする。
この時、入射角φのイオンがdR進む間に原子および電子と相互作用する確率は、
【数23】

である。よって、このイオンが相互作用しエネルギーT,Tを失ってRに止まる確率は、
【数24】

で与えられる。
【0029】
この場合も電子との相互作用では角度の変化はなく、さらにこの場合はRも変化しないことを仮定している。また、dR進む間に衝突しない確率は、
【数25】

である。この間にエネルギーは失われず、角度も変化しないためRも変化しない。よって、イオンがRに止まる確率は、
【数26】

となる。
【0030】
以上より、
【数27】

となる。
【0031】
ここで、dRを無限小にもっていく極限を考えると、
【数28】

となり、両辺にRm をかけてRについて0から∞まで積分すると、
【数29】

と〈Rm (E)〉に関する積分方程式が導出される。
【0032】
まず、飛程の射影Rを求めるために、式(31)においてm=1とすると下記の式(39)となる。
【数30】

ここで、1次のテーラー展開した解を〈R(E)〉(1) とおくと、下記の式(40)となる。
【数31】

【0033】
これから、下記の式(41)が得られる。
【数32】

但し、α(E)及びα(E′)は、下記の式(42)で表される。
【数33】

【0034】
次に、2次のモーメントΔR及びΔRptを求めるために、式(31)及び式(38)においてm=2とすると下記の式(43)及び式(44)となる。
【数34】

【0035】
ここで、Lindhartは下記の式(45)及び式(46)で定義される変数〈R2(E)〉及び〈R2(E)〉を導入した。
【数35】

【0036】
〈ΔR2(E)〉と〈R2(E)〉は、変数〈R2(E)〉及び〈R2(E)〉と下記の式(47)及び式(48)で関連づけられる。
【数36】

【0037】
また、横方向の偏差〈ΔR2pt(E)〉は〈ΔX2 〉と関連し、〈R2(E)〉そのものではない。したがって、
〈R2(E)〉=〈ΔX2 〉+〈ΔX2 〉=2〈ΔR2pt(E)〉・・・(49)
となり、これより、
〈ΔR2pt(E)〉=〈R2(E)〉/2 ・・・(50)
となる。
【0038】
Lindhartはこれらの変数を導入することにより、下記の式(51)及び式(52)の独立な微分方程式を得ることに成功した。
【数37】

【0039】
また、深さ方向のイオン注入分布はRとΔRを用いてGauss分布で大まかに評価できるが、Lindhartは、核阻止能Sが支配的であるとして微分断面積を解析的に近似して、下記の式(53)及び式(54)で表される近似解を得ている。
【数38】

なお、μは、μ=M/Mである。
【非特許文献1】J.F.Ziegler,J.P.Biersack,and U.Littmark,The stopping and range of ions in solid,Pergamon,1885
【非特許文献2】J.Lindhart,M.Scharff,H.Schiott,Mat.Fts.Medd.Vid.Sclsk,vol.33,pp.1−39,1963
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0040】
しかし、LSS理論では、積分方程式を解く際に近似が必要で、これまでに提案されているモデルではRは問題ないが、ΔRは格段に精度が落ちるか、計算できないという問題がある。
【0041】
そこで、本発明者は、LSS積分方程式の3次の摂動近似計算によりMonte Carloシミュレーション結果と同程度の精度の解析モデルを得ることに成功している(必要ならば、特願2008−069509参照)。
【0042】
この高精度のモデルから、R及びΔRについては、2次のオーダーのモデルで充分精度が高いことが示された。しかしながら、この解析モデル式は微分項や積分項を含む複雑なものであり、誰もが簡便に扱えるものではなかった。
【0043】
したがって、2次の拡張LSS理論における摂動計算のモデル式を近似して簡便なR、ΔR及びΔRptを求めることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0044】
本発明の一観点によると、エネルギーEで半導体に注入するイオンの飛程Rの射影Rの2次の項まで考慮した射影〈R(E)〉(2) を、1次の項まで考慮した既知の射影を〈R(E)〉(1) とした時に、摂動項Δ(2) (E)を用いて、
〈R(E)〉(2) =〈R(E)〉(1) +Δ(2) (E)
とした近似式を用いた2次の摂動モデルを用いて求める際に、全阻止能(S+S)に対する核阻止能Sの比r=S/(S+S)を複数のエネルギー領域で区分し、前記区分した各エネルギー領域で前記rを定数rとして扱うイオン注入分布発生方法が提供される。
【0045】
また、別の観点によると、上述のイオン注入分布発生方法により求めた〈R(E)〉(2) 及び〈ΔR(E)〉(2) を用いてイオン注入分布をガウス分布として発生させるシミュレータが提供される。
【0046】
さらに、別の観点によると、上述イオン注入分布発生方法により〈R(E)〉(2) 、ΔR(E)〉(2) 及び〈ΔRpt(E)〉(2) を用いて二次元濃度分布を発生させるシミュレータが提供される。
【発明の効果】
【0047】
開示のイオン注入分布発生方法によれば、複雑なモデル式を格段に簡便化しているので、計算速度が向上するとともに、計算式の組み込みが簡単になり、さらに、維持も容易になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0048】
ここで、本発明の前提となる2次の拡張LSS理論(E2LSS)について、予め説明する。まず、1次及び2次の核阻止能について計算しておく。1次の核阻止能S(E)は、下記の式(55)で与えられる。
【数39】

また、ユニバーサルな核阻止能S(ε)は、下記の式(56)で与えられる。
【数40】

【0049】
ここで、上述のZLBポテンシャルを利用すると、ユニバーサルな核阻止能S(ε)は、下記の式(57)で近似される。
【数41】

【0050】
この阻止能は高次のものにも拡張され、2次のモーメントに対応する拡張された核阻止能、即ち、エネルギーストラッグリングΩ2 は、下記の式(58)で表される。
【数42】

但し、ユニバーサルな拡張された核阻止能Ω2 (ε)は下記の式(59)で表される。
【数43】

これも、下記の式(60)で近似的に表現される。
【数44】

【0051】
ここで、上記式(22)及び式(23)に基づいて、以下の計算で利用する各パラメータR2 (E,cosφ),R3 (E,cosφ)、R2 (E,cosφ)を予め下記の通り計算しておく。
【数45】

【0052】
ここで、上記の図16に示したように、空間の対称性から点Cの存在する平面上でCを中心とする半径R(E)の円上の点はAと等価と考えることができる。
よって、βは0から2πの値を同じ確率で取ると仮定できる。
そこで、式(61)乃至式(63)をβに関して0から2πまで積分したものを2πで割りその平均値を評価する。
【0053】
【数46】

を参考にしてこれらの平均値は、
【数47】

となる。
【0054】
次に、飛程の射影Rについて、上記の式(39)を2次まで展開した解を〈R(E)〉(2) とおくと、
【数48】

となる。
但し、Ω2 =∫T2 dσ,Ω2 =∫T2 dσ
を利用している。なお、一般に、Ω2 ≪Ω2 であるので、実際の計算ではΩ2 は無視する。
【0055】
上記の式(69)は2階の微分方程式になり、解析的に解くことはできない。そこで摂動近似で2次の近似式〈R(E)〉(2) を、計算可能な既知の〈R(E)〉(1) と摂動項Δ(2) を用いて、
〈R(E)〉(2) =〈R(E)〉(1) +Δ(2) (E) ・・・(70)
と表現する。
【0056】
この式(70)を上記の式(69)に代入し、Ω2 とΔ(2) の積は3次の微小項と見なして落としたのち、上記の1次展開に関する式(40)を利用することによって、
【数49】

が得られ、これより、摂動項Δ(2) は、下記の式(72)で表される。
【数50】

但し、式(72)におけるζ(2) (E)は下記の式(73)で表される。
【数51】

【0057】
このように、未知の〈R(E)〉(2) を、計算可能な既知の〈R(E)〉(1) と摂動項Δ(2) により近似することによって、飛程の射影Rの2次の摂動モデルによる値〈R(E)〉(2) を数値的に計算することが可能になる。
【0058】
次に、ΔRとΔRptについて検討する。
まず、式(51)の積分方程式を2次まで展開した解を〈R 2 (E)〉(2) とおくと、下記の式(74)が得られる。
【数52】

ここで、未知の〈R2 (E)〉(2) を、計算可能な既知の〈R2 (E)〉(1) と摂動項Δ2(2)を用いて、
〈R2 (E)〉(2) =〈R2 (E)〉(1) +Δ2(2) ・・・(75)
とおいて、上記の式(74)を整理すると、左辺は、
2〈R(E)〉(2) /N=2{〈R(E)〉(1) +Δ(2) (E)}/N であるので、下記の式(76)となる。
【数53】

【0059】
したがって、摂動項Δ2(2)は、下記の式(77)となる。
【数54】

但し、式(77)におけるζ(2) (E)は下記の式(78)で表される。
【数55】

【0060】
次に、式(52)の積分方程式を2次まで展開した解を〈R2 (E)〉(2) とおくと、下記の式(79)が得られる。
【数56】

ここでも、未知の〈R2 (E)〉(2) を、計算可能な既知の〈R2 (E)〉(1) と摂動項Δ2(2)を用いて、
〈R2 (E)〉(2) =〈R2 (E)〉(1) +Δ2(2) ・・・(80)
とおいて、上記の式(79)を整理すると、左辺は、
2〈R(E)〉(2) /N=2{〈R(E)〉(1) +Δ(2) (E)}/N
であるので、下記の式(81)となる。
【数57】

【0061】
したがって、摂動項Δ2(2)は、下記の式(82)となる。
【数58】

但し、式(82)におけるζ(2) (E)は下記の式(83)で表される。
【数59】

【0062】
以上のパラメータを用いて、2次の摂動モデルによるΔRp(2) ,ΔRpt(2) を、Lindhartが1次の摂動モデルで利用したように、
〈ΔR2 (E)〉=〈R2 (E)〉+〈R(E)〉2
={〈R2 (E)〉+〈R2(E)〉}/3−〈R(E)〉2
・・・(84)
〈R2 (E)〉 =2{〈R2 (E)〉−〈R2 (E)〉}/3
・・・(85)
〈ΔRpt2 (E)〉=〈R2 (E)〉/2 ・・・(86)
で評価する。但し、2次の場合には、1次と異なり、2次摂動モデルであることを意識して表記すると、上記の式(84)の第1式は、
〔〈ΔR2 (E)〉(1) +Δ2 (2)
=〔〈R2 (E)〉(1) +Δ2 (2) (E)〕
−〔〈R(E)〉(1) +Δ(2) (E)〕2 ・・・(87)
となる。
また、式(85)及び式(86)も同様である。
【0063】
以上の結果を纏めると、〈R(E)〉(1) 及びΔ(2) は、下記の式(88)で与えられる。
【数60】

ここで、ζ(1) 及びζ(2) に関しては、下記の式(89)及び式(90)であり、ζ(1) の場合が〈R(E)〉(1) を表し、ζ(2) の場合がΔ(2) を表す。
【数61】

【0064】
また、〈R2 (E)〉(1) 及びΔ2(2)は、下記の式(91)で与えられる。
【数62】

ここで、ζ2(1)及びζ2(2)に関しては、下記の式(92)及び式(93)であり、ζ2(1)の場合が〈R2 (E)〉(1) を表し、ζ2(2)の場合がΔ2(2)を表す。
【数63】

【0065】
また、〈R2 (E)〉(1) 及びΔ2(2)は、下記の式(94)で与えられる。
【数64】

ここで、ζ2(1)及びζ2(2)に関しては、下記の式(95)及び式(96)であり、ζ2(1)の場合が〈R2 (E)〉(1) を表し、ζ2(2)の場合がΔ2(2)を表す。
【数65】

【0066】
以上の2次の拡張LSS理論を基にして、各モーメントを飛程Rに関連づけていく。LSIプロセスで利用されるエネルギー領域は通常は数10keV以下であるがであるが、ウェル形成には1MeV程度のB,Pイオン注入が利用される。そこで、ここでは、B,As,Pで1MeVまでのエネルギー領域の近似モデルを導出していく。
【0067】
図1(a)は注入されたイオンの飛程Rの入射エネルギーE依存性の説明図であり、Asの飛程Rは単調にエネルギーに比例している。Pの飛程Rもほぼ同様であるが、Bの飛程Rは100keV以下とそれ以上では明らかに傾きが異なる。これらの不純物による依存性の違いは電子阻止能Sと核阻止能Sの比に依存すると思われる。そこで、両阻止能が同じになるエネルギーEで規格化した状態で依存性をみてみる。
【0068】
図1(b)は、飛程Rの規格化エネルギー依存性の説明図であり、ここでは、飛程RもE/E=100における飛程R(E/E=100)で規格化している。図から明らかなように、各不純物におけるEは、Bで7keV、Pで98eV、Asで697eVである。よってカバーするエネルギー領域はBで150E、Pで10E、Asで2E程度である。
【0069】
このような規格化により、B,P,AsのRのエネルギー依存性はほぼユニバーサルな依存性を示す。E/Eが10以下では飛程RはエネルギーEにほぼ比例し、それ以上ではE1/2 に比例することが読み取れる。この依存性を後の近似で利用していく。
【0070】
上記の式(88)、式(91)及び式(94)から分かるように、各モデルは一般形として、下記の式(97)の項を含む。
【数66】

ここで、係数νはRでは1、R2 (E)では0、R2 (E)では3である。
【0071】
ここで、積分するエネルギー領域をS/(S+S)が一定と近似できるように小さくとり、その値をrとおくと、式(97)においてS/(S+S)=rとすると1/E′の積分になるので、下記の式(98)と簡単化される。
【数67】

【0072】
後述するように、最終的に導出されるモデル式は任意の領域および領域数を扱うことができるが、ここでは、図2に示すように、E/E=1,5,10を区切りの領域とする。10以上の場合はRのエネルギー依存性から電子阻止能Sが支配的、即ち、r=0とする。
【0073】
上記の式(97)の結果はE′の関数となる。それが、式(98)の中でE′が0からEまでの範囲で積分される。したがって、式(97)が式(98)の中でどのようになっていくかをエネルギーEとE′の領域の場合分けを解析していく。表記の簡単化を図るために、
=5E,E=10E
とする。Eはこのエネルギー以降は電子阻止能Sが支配的として扱う区切りのエネルギーである。
【0074】
次に、入射エネルギーEを場合分けして、上記の式(97)の計算結果を示す。
(a)E≦Eの場合、下記の式(99)となる。
【数68】

【0075】
(b)E<E≦Eの場合はさらに場合分けして、
(b−1)E′≦Eの場合には、下記の式(100)となり、
【数69】

(b−2)E<E′≦Eの場合には、下記の式(101)となる。
【数70】

【0076】
(c)E<E≦Eの場合にも場合分けして、
(c−1)E′≦Eの場合には、下記の式(102)となり、
【数71】

(c−2)E<E′≦Eの場合には、下記の式(103)となり、さらに、
【数72】

(c−3)E<E′≦Eの場合には、下記の式(104)となる。
【数73】

【0077】
(d)E3 <Eの場合にも場合分けして、
(d−1)E′≦Eの場合には、下記の式(105)となり、
【数74】

(d−2)E<E′≦Eの場合には、下記の式(106)となり、さらに、
【数75】

(d−3)E<E′≦Eの場合には、下記の式(107)となる。
【数76】

【0078】
なお、
(e)E′>Eの場合には、電子阻止能Sが支配的になり、S/(S+S)はほぼ0にかるので、下記の式(108)で近似される。
【数77】

【0079】
次に、二次の核阻止能(エネルギーストラッグリング)Ω2 について検討する。2次の摂動項の中には二次の核阻止能Ω2 が含まれるが、これを1次の核阻止能Sと近似的に関連づける。
【0080】
1次の核阻止能S及び二次の核阻止能Ω2 はそれぞれユニバーサルな核阻止能S(ε)とユニバーサルなエネルギーストラッグリングΩ2 (ε)と、下記の式(109)及び式(110)で関連づけられる。ここでaは上記の式(4)の関連で説明した遮蔽距離、εは換算エネルギーである。
【数78】

なお、S(ε)、Ω2 (ε)はそれぞれ上記の式(56)及び式(59)で与えられ、式中における係数γは、γ=4M/(M+M)である。ここで、f(ρ)はポテンシャルの遮蔽関数であり、拡張LSS理論ではZBLのモデル式を利用していた。ここでは、Ω2 をSに関連づけるために、より簡単な遮蔽関数を利用する。
【0081】
図1(a)に示したように、エネルギーの低いところで、飛程RがエネルギーEにほぼ比例するということは、この領域では核阻止能Sが支配的と考えられるから、〈R(E)〉は、下記の式(111)で近似される。
【数79】

【0082】
つまり、Sに関していうと、Sがエネルギーに依存しないということに相当する。Sがエネルギーに依存しないことはS(ε)がεに依存しないことと等価である。そのようなS(ε)を与えるポテンシャルは、
f(ρ)=κ/ρ ・・・(112)
である。
【0083】
ここでκは適当な正の係数であり、これは以下のように示すことができる。
のcos2 の引数の積分をQとおくと、下記の式(113)で表される。
【数80】

但し、
2 =κ/ε+η2 ・・・(114)
である。
【0084】
ここで、ρを変数変換して、
x=1/ρ,dx=−dρ/ρ2 ・・・(115)
とするとの、変域は、
ρ:ρmin→∞
x:x(=1/ρmin)→0
となる。
【0085】
よって、式(113)の積分は、下記の式(116)となる。
【数81】

【0086】
これより、ユニバーサルな核阻止能S(ε)は、下記の式(117)となる。
【数82】

ここで、下記の式(118)の変数変換を行うと、下記の式(119)となる。
y=εη2 /κ ・・・(118)
【数83】

但し、式(119)におけるIは、下記の式(120)である。
【数84】

【0087】
一方、エネルギーストラッグリングΩ2 (ε)は、同じポテンシャルを用いて下記の式(121)となる。
【数85】

但し、式(121)におけるIは、下記の式(122)である。
【数86】

【0088】
したがって、エネルギーストラッグリングΩ 2 (E)と核阻止能S(E)の比Ω2 (E)/S(E)は、下記の式(123)で表される。
【数87】

【0089】
これはκに依存しない一般的な形式になっている。しかしながらI及びIはポテンシャルに依存する。したがって拡張LSS理論で利用するZBLポテンシャルではこの値と異なる可能性があるので、これを下記の式(124)で表されるZBLポテンシャルの場合の値から評価する。
【数88】

【0090】
図3(a)は、I/Iのユニバーサルエネルギーε依存性の説明図であり、図3(b)は、各不純物のユニバーサルエネルギーεと規格化エネルギーE/Eとの相関図である。この解析でカバーしようとしている1MeV以下のエネルギー領域はεで10-1<ε<103 に相当する。したがって、その比は1〜0.2程度である。
【0091】
これを近似的に扱うためにパラメータχを導入する。即ち、上記の式(123)にフィッティングパラメータχを加えることによって、下記の式(125)が得られる。
【数89】

また、全阻止能に対する核阻止能の比S(E)/(S(E)+S(E))を下記の式(126)のように、rで置き換えると、下記の式(127)が得られる。
【数90】

【0092】
この式(127)によりエネルギーストラッグリングΩ2 はフィッティングパラメータχにより飛程〈R(E)〉と関連付けられる。
なお、ここで表記を簡単化するために、下記の式(128)で表されるξを導入する。
【数91】

【0093】
以上の近似を利用して、次に、2次の拡張LSS理論(E2LSS)を簡単化していく。まず、〈R(E)〉について、上記の式(88)を上記の式(97)で示したように、エネルギー領域を規格化したエネルギーで区分して各入射エネルギーに場合分けして計算する。
(A−1):E≦Eの場合、1次の項〈R(E)〉(1) は、
∫f(x)g(x)dx=[F(x)g(x)]−∫F(x)(dg(x)/dx)dxの公式を用いて解くことにより、下記の式(129)として得られる。
【数92】

ここでは、飛程〈R(E)〉がEに比例することを利用している。この式(129)から、〈R(E)〉(1) もEに比例すると近似される。
【0094】
次に、2次の摂動項Δ(2) は、下記の式(130)となる。
【数93】

但し、式(130)におけるNζ(2) (E)は、下記の式(131)である。
【数94】

つまり、〈R(E)〉(1) /〈R(E)〉はEについてキャンセルされるので、Nζ(2) (E)は、エネルギーEに依存しないと近似することができる。
【0095】
この式(131)を式(130)に代入して計算すると、下記の式(132)となり、したがって、2次の摂動項Δ(2) もエネルギーEに比例していると近似できる。最初の式における右辺はEに比例する関数であり、したがって、2回微分で0になる。
【数95】

【0096】
(A−2):E<E≦Eの場合、1次の項〈R(E)〉(1) は下記の式(133)となる。
【数96】

【0097】
また、2次の摂動項Δ(2) は、下記の式(134)となる。
【数97】

この積分を実行する際に、〈R(E)〉(1) /〈R(E)〉はEについてキャンセルされるのでエネルギーEに依存しないと近似している。厳密には、〈R(E)〉(1) には(E/E)の(rs2μ/2)乗の項が含まれるため正しくない。
【0098】
しかしながら、もし、rs1とrs2が等しければこの項は消失する。即ち、(E/E)の(rs2μ/2)乗の項は微小項であると考えられる。実際は、rs1とrs2は異なるため、無視はできないが、ここでは簡単化のこの近似を用いて積分している。このため、rの値はこの近似を救う役割も担っていると考えられる。以後も同様な近似を利用していく。
【0099】
(A−3):E<E≦Eの場合、1次の項〈R(E)〉(1) は下記の式(135)となる。
【数98】

【0100】
また、2次の摂動項Δ(2) は、同様にして下記の式(136)となる。
【数99】

【0101】
(A−4):E>Eの場合、1次の項〈R(E)〉(1) は下記の式(137)となる。
【数100】

【0102】
ここで、式(137)における最後の積分の項を検討する。このエネルギー領域では近似的に電子阻止能Sのみを考慮するので、電子阻止能Sと関連する飛程Rmaxを下記の式(138)で定義し、
【数101】

電子阻止能を下記の式(139)とする。
【数102】

【0103】
上記の式(139)を式(138)に代入すると、下記の式(140)が得られ、これは、E>Eのエネルギー領域では飛程Rmaxがエネルギーの平方根に比例することを表している。
【数103】

【0104】
したがって、最後の積分は、下記の式(141)となる。
【数104】

また、2次の摂動項Δ(2) は、
Δ(2) =Δ(2) (E) ・・・(142)
となる。
【0105】
次に、〈R2 (E)〉について、上記の式(91)を上記の式(97)で示したように、エネルギー領域を規格化したエネルギーで区分して各入射エネルギーに場合分けして計算する。
(B−1):E≦Eの場合、1次の項〈R2 (E)〉(1) は、下記の式(143)として得られる。
【数105】

ここでは、飛程〈R(E)〉及び〈R(E)〉(1) がEに比例することを利用している。また、この式(143)から、〈R2 (E)〉(1) がE2 に比例すると近似できることがわかる。
【0106】
次に、2次の摂動項Δ2 (2) は、下記の式(144)となる。
【数106】

但し、式(144)におけるNζ2(2)(E)は、下記の式(145)である。
【数107】

つまり、Nζ2(2)(E)は、エネルギーEに比例すると近似することができる。
【0107】
この式(145)を式(144)に代入して計算すると、下記の式(146)となり、したがって、2次の摂動項Δ2 (2) もエネルギーE2 に比例する。
【数108】

【0108】
(B−2):E<E≦Eの場合、1次の項〈R2 (E)〉(1) は下記の式(147)となる。
【数109】

【0109】
また、2次の摂動項Δ2 (2) は、下記の式(148)となる。
【数110】

この積分を実行する際に、ζ2(2)(E)はエネルギーEに比例すると近似している。
【0110】
(B−3):E<E≦Eの場合、1次の項〈R2 (E)〉(1) は下記の式(149)となる。
【数111】

【0111】
また、2次の摂動項Δ2 (2) は、下記の式(150)となる。
【数112】

【0112】
(B−4):E>Eの場合、1次の項〈R2 (E)〉(1) は下記の式(151)となる。
【数113】

【0113】
ここで、式(151)における最後の積分の項を検討する。このエネルギー領域では近似的に電子阻止能Sのみを考慮するので、上述の式(141)と同様に、下記の式(152)となる。
【数114】

【0114】
上記の式(152)を式(151)に代入すると、下記の式(153)が得られる。
【数115】

また、2次の摂動項Δ2 (2) は、
Δ2 (2) =Δ2 (2) (E) ・・・(154)
となる。
【0115】
次に、〈R2 (E)〉について、上記の式(94)を上記の式(97)で示したように、エネルギー領域を規格化したエネルギーで区分して各入射エネルギーに場合分けして計算する。
(C−1):E≦Eの場合、1次の項〈R2 (E)〉(1) は、下記の式(155)として得られる。
【数116】

【0116】
また、2次の摂動項Δ2 (2) は、下記の式(156)となる。
【数117】

但し、式(156)におけるζ2(2)(E)は、下記の式(157)である。
【数118】

つまり、ζ2(2)(E)は、エネルギーEに比例する。
【0117】
この式(157)を式(156)に代入して計算すると、下記の式(158)となる。
【数119】

【0118】
(C−2):E<E≦Eの場合、1次の項〈R2 (E)〉(1) は下記の式(159)となる。
【数120】

【0119】
また、2次の摂動項Δ2 (2) は、下記の式(160)となる。
【数121】

【0120】
(C−3):E<E≦Eの場合、1次の項〈R2 (E)〉(1) は下記の式(161)となる。
【数122】

【0121】
また、2次の摂動項Δ2 (2) は、下記の式(162)となる。
【数123】

【0122】
(C−4):E>Eの場合、1次の項〈R2 (E)〉(1) は下記の式(163)となる。
【数124】

【0123】
また、2次の摂動項Δ2 (2) は、
Δ2 (2) =Δ2 (2) (E) ・・・(164)
となる。
【0124】
以上の説明では、説明を簡単にするために、エネルギー領域をE,E=5E,E=10Eと4つに区切ってモデルを導出し、それで充分な精度のモデル式になっていることをみてきた。モデルの導出過程をみると、更に細かく領域を分割して精度を上げることも、荒く分割しておおまかな情報を得ることもできるように一般化しておく。
【0125】
図4は、モデル式を一般化する場合のエネルギー区分の概念的説明図であり、エネルギー領域は、
1,j=f×E ・・・(165)
で分離する。fは自然数である必要はないが、j に関して単調増加する数であるとする。ここで
1,0=f×E=0 ・・・(166)
つまり、f=0とし、また、電子阻止能が支配的になるとする境界のエネルギーEh はここでは
1,h=f×E ・・・(167)
と表現しなおす。
【0126】
モデルの導出の際にはf=10としていたが、これは任意の値を設定できる。この電子阻止能が支配的な領域では、
=χ=0 ・・・(168)
とする。すると上述の各モーメントパラメータは以下のように全エネルギー領域で一般的な表現で記述できる。
【数125】

【実施例1】
【0127】
以上を前提として、ここで、図5乃至図9を参照して、本発明の実施例1のイオン注入分布発生方法を説明する。図5は、本発明の実施例1のイオン注入分布発生方法のフローチャートであり、まず、
a.基板種、注入不純物種、注入エネルギー、及び、ドーズ量からなる注入条件を入力する。次いで、上記の式(129)乃至式(164)で説明したように、
b.簡略化した2次の摂動モデルを用いて1次のモーメントである飛程の射影Rと、2次のモーメントである射影RのストラッグルΔR及び横方向のストラッグルΔRptを求める。次いで、
c.求めたRとΔRから1次元分布のガウス分布を発生させるとともに、R、ΔR及びΔRptから2次元のガウス分布を発生させる。
【0128】
図6は、本発明の実施例1のイオン注入分布発生方法により求めたアモルファスSi中のP濃度分布図であり、SIMS及び他のモデルと比較したものである。図から明らかなように、2次の拡張LSS理論(E2LSS)は実験データであるSIMSを良く再現している。また、本発明のモデルもSIMSをほぼ再現できている。
【0129】
但し、本発明のモデルでは、3次のモーメントγをγ=0としているので、分布の非対象性が表現できない。本発明のモデルと2次の拡張LSS理論(E2LSS)の違いはこのγの違いに起因し、ここで扱っているRとΔRに関しては両モデルの一致が良いことが後で示される。なお、Lindhardのモデルはピーク位置は合っているが、幅、即ち、ΔRが大分大きくなっている。
【0130】
以上の結果から、E2LSSは実験データを良く再現していることが分かる。より、広汎なデータに対しても良く一致することが示されているので、そこで、E2LSSの各パラメータとの比較で本発明のモデルの精度を評価する。なお、ここでは、50keV以下の比較的エネルギーの低い領域と、カバーしようとしている最大値1MeVまでの高エネルギー領域の2つの場合について見ていく。
【0131】
図7は、Bのイオン注入パラメータとE2LSSの結果との比較図であり、図7(a)は50keV以下の場合を示し、図7(b)は1MeVまでの広いエネルギー範囲についての結果を示している。なお、区分した各エネルギー領域におけるr及びχの値は図に示しており、後述するP及びAsの場合も同様である。なお、ここでは、rs1=0.9,rs2=0.4,rs3=0.2,χ=0.65,χ=0.30,χ=0.05としている。
【0132】
図7(a)に示すように、50keV以下で本発明のモデルは、R, ΔR,ΔRptともにE2LSSの結果とよく一致している。なお、図7に併せて表示しているLindhardのモデル式はRは小さめ、ΔRは大きめになっている。このモデルは核阻止能が支配的と仮定しているため、Bの場合のE=7V以下では比較的精度が高い。
【0133】
また、本発明のモデルは、図7(b)に示すように、1MeVまでほぼE2LSSの結果を再現できている。一方、Lindhardのモデルは、核阻止能が支配的でないこのような領域では大分精度が落ちることが分かる。
【0134】
図8は、Pのイオン注入パラメータとE2LSSの結果との比較図であり、図8(a)は50keV以下の場合を示し、図8(b)は1MeVまでの広いエネルギー範囲についての結果を示している。図8(a)に示すように、50keV以下で本発明のモデルは、R, ΔR,ΔRptともにE2LSSの結果とよく一致している。なお、ΔRは大きめになっているが、Bの場合より良い。
【0135】
また、本発明のモデルは、図8(b)に示すように、1MeVまでほぼE2LSSの結果を再現できている。一方、Lindhardのモデルは、Bの場合と同様に、低エネルギー領域より大分精度が落ちることが分かる。
【0136】
図9は、Asのイオン注入パラメータとE2LSSの結果との比較図であり、図9(a)は50keV以下の場合を示し、図9(b)は1MeVまでの広いエネルギー範囲についての結果を示している。図9(a)に示すように、Rに関しては本発明のモデルは、LindhardのモデルともほぼE2LSSのデータを再現しているが、全体的に大きめに予想している。ΔR,ΔRptともにE2LSSの結果をほぼ再現しているが全体に小さめである。Lindhardのモデル式ΔRは大きめになっている。
【0137】
また、本発明のモデルは、図9(b)に示すように、1MeVまでほぼE2LSSの結果を再現できている。一方、LindhardのモデルのRモデルはこの場合は精度が高い。Asの場合はEが600keV程度のため、核阻止能が支配的という近似が有効なためである。LindhardのΔRに対するモデルはこの場合でも大き目となっている。
【実施例2】
【0138】
次に、図10乃至図13を参照して、さらなる簡易モデルに関する本発明の実施例2のイオン注入分布発生方法を説明する。ここでは、2次の拡張モデルを簡単化してモデルを導出した。1次のモデルでは精度がΔRの精度が悪いことが指摘されているからである。ここでは、簡易モデルでその精度とオーダーの関係を解析をしていく。
【0139】
図10乃至図12に2次の拡張LSS理論と1次の簡易LSS理論の比較を示す。図10は、BのR, ΔR,ΔRptのエネルギー依存性の説明図であり、図10(a)は50keV以下の場合を示し、図10(b)は1MeVまでの広いエネルギー範囲についての結果を示している。図10(a)及び(b)に示すようにBの場合はR, ΔR,ΔRptともに精度が高い。なお、ここでも、rs1=0.9,rs2=0.4,rs3=0.2としている。
【0140】
図11は、PのR, ΔR,ΔRptのエネルギー依存性の説明図であり、図11(a)は50keV以下の場合を示し、図11(b)は1MeVまでの広いエネルギー範囲についての結果を示している。図11(a)及び(b)に示すようにPの場合はR, ΔRptの精度は高いが、ΔRは大分小さくなる。
【0141】
図12は、AsのR, ΔR,ΔRptのエネルギー依存性の説明図であり、図12(a)は50keV以下の場合を示し、図12(b)は1MeVまでの広いエネルギー範囲についての結果を示している。図12(a)及び(b)に示すようにAsの場合もR, ΔRptの精度は高いが、ΔRは大分小さくなり、Pの場合より精度が悪くなる傾向を示している。
【0142】
ここで、E<Eの低エネルギー領域における1次簡易モデルの各モーメントを具体的に書き下すと、下記の式(175)乃至式(177)で表される。
【数126】

【0143】
上記の式(175)乃至式(177)はさらに簡単に下記の(178)乃至式(180)で表現される。
【数127】

ここで、各係数f(μ)は対応する式から容易にわかる。
【0144】
式(176)に示すように、〈ΔR2 (E)〉の1次の項の分母にμ2 があるため、μが小さい場合はこれが2次の微少量に実効的になり、2次の項と大きさが同程度になることがわかる。このため、μの大きなBでは精度が高く、小さなAsでは精度が悪くなることが理解される。
【0145】
これに比較し、式(177)に示すように、〈ΔRpt2 (E)〉では1次の分母はμであり、この場合は実効的に1次の微少量であり、2次の項よりは大きさを保っていることが理解される。
【0146】
以上をより詳しく解析するため、これらの係数の依存性の1次と2次近似の比較を図13に示す。図13は、各係数のμ依存性の説明図であり、図13(a)はRに関する係数のμ依存性の説明図であり、図13(b)はΔR及びΔRptに関する係数のμ依存性の説明図である。なお、μは上述のようにμ=M/Mである。
【0147】
図13(a)に示すように、Rにおいては、式(175)から分かるように1次の項が常に支配的であるため、Rは1次近似で充分いい精度が期待できる。
【0148】
また、図13(b)に示すように、ΔRでは、1次近似は大きなμで精度がよくなっていくが、小さなでμは半分程度になってしまうことがわかる。これは、前に指摘したように1次の項のμの最低次数がμ2 であることに起因する。また、同じく図13(b)に示すように、ΔRpt(E)では、ΔRと異なり、μの最低次数がμであることに起因して、全てのμにおいて1次近似の精度が高い。
【0149】
この図13(b)から明らかなように、ΔRとΔRptはμ〜1.5を境に大小が逆転する。しかしながら、両者はほぼ等しいと見做して良い。これはRの周りで全方散乱が起きていると近似できることを意味する。したがって、
ΔR≒ΔRpt
と近似すれば、1次の項のみでモーメントが記述できる。
【0150】
即ち、E<Eのエネルギー範囲では、各モーメントは、下記の式(181)及び式(182)となる。この扱いは、低エネルギー領域のみならず、高エネルギー領域でも良い近似になっている。
【数128】

【実施例3】
【0151】
次に、イオン濃度分布に関する本発明の実施例3を説明する。本発明者等は、xを基板の深さ方向、Φを注入するイオンのドーズ量、Φchanをチャネルドーズ量、n(x)を非晶質パートの分布関数、n(x)をチャンネリングパートの分布関数とすると、下記の式で表されるテール関数N(x)からイオン注入分布を発生させる際に、非晶質層中のイオン分布から抽出したモーメントパラメータ、イオンの飛程の注入方向の射影を表すパラメータR、RのストラッグリングΔR、注入イオン分布の左右非対称性を表すパラメータγ、注入イオン分布のピークの鋭さを表すパラメータβを前記テール関数のR、ΔR、γ、βとして用いるイオン注入分布発生方法を提案している(必要ならば、特願2008−059070参照)。
N(x)=(Φ+Φchan)n(x)+Φchan(x)
但し、n(x)及びn(x)は、hma(x),hmc(x)を前記の同じモーメントパラメータR、ΔR、γ、βを持つピアソン関数、x=R+ΔR、κを比例係数とした場合に、
(x)=hma(x)
(x)=hmc(x):x<x
(x)=κ〔hmc(x)+hTc(x)〕:x>x
で表され、且つ、ピーク濃度位置をxpc、Lをイオン注入分布のテールの広がりを表すパラメータ、α(なお、hTc(x)においては便宜的にaを用いる)をイオン注入分布のテールの広がりの形状を表すパラメータ、ηを係数とすると、
Tc(x)=hmc(xpc)exp{−(lnη)〔(x−xpca /L〕}
【0152】
ここで、3次のモーメントγ及び4次のモーメントβを0として、2次のモーメントまでを用いたテール関数N(x)において、テール関数N(x)のアモルファスパートの分布関数n(x)を、上記の実施例2で求めた1次の項のみのモーメントで記述される〈R(E)〉、〈ΔR(E)〉及び〈ΔRpt(E)〉を用いて表すことによって、容易に不純物濃度分布をGauss分布として表すことができる。
【0153】
ここで、実施例1乃至実施例3を含む本発明の実施の形態に関して、以下の付記を開示する。
(付記1) エネルギーEで半導体に注入するイオンの飛程Rの射影Rの2次の項まで考慮した射影〈R(E)〉(2) を、1次の項まで考慮した既知の射影を〈R(E)〉(1) とした時に、摂動項Δ(2) (E)を用いて、
〈R(E)〉(2) =〈R(E)〉(1) +Δ(2) (E)
とした近似式を用いた2次の摂動モデルを用いて求める際に、全阻止能(S+S)に対する核阻止能Sの比r=S/(S+S)を複数のエネルギー領域で区分し、前記区分した各エネルギー領域で前記rを定数rとして扱うことを特徴とするイオン注入分布発生方法。
(付記2) 前記半導体に注入するイオンの飛程Rの射影Rの2次の項まで考慮した偏差ΔR(E)(2) を、2次の項まで考慮した既知の飛程Rの横方向広がりを〈R2 (E)〉(2) とした時、
〈R2 (E)〉≡〈R2 (E)〉+〈R2 (E)〉、及び、
〈R2 (E)〉≡〈R2 (E)〉−〈R2 (E)〉/2
で定義される、〈R2 (E)〉及び〈R2 (E)〉を用い、それぞれ、1次の項まで考慮した既知の〈R2 (E)〉(1) 、〈R2 (E)〉(1) 、摂動項Δ2(2)(E)及び摂動項Δ2(2)(E)を用いて、
〈R2 (E)〉(2) =〈R2 (E)〉(1) +Δ2(2)(E)、及び、
〈R2 (E)〉(2) =〈R2 (E)〉(1) +Δ2(2)(E)
と近似した〈R2 (E)〉(2) 、〈R2 (E)〉(2) と前記〈R2 (E)〉(2) を用いて
〈ΔR2 (E)〉(2) ={〈R2 (E)〉(2) +2〈R2 (E)〉(2) }/3
−〈R2 (E)〉(2)
とした近似式を用いた2次の摂動モデルを用いて求める際に、全阻止能(S+S )に対する核阻止能Sの比r=S/(S+S)を複数のエネルギー領域で区分し、前記区分した各エネルギー領域で前記rを定数rとして扱うことを特徴とする請求項1記載のイオン注入分布発生方法。
(付記3) 前記区分するエネルギー領域を、電子阻止能Sと核阻止能Sとが一致するエネルギーで規格化することを特徴とする請求項1または2に記載のイオン注入分布発生方法。
(付記4) エネルギーストラッグリングΩ2 (E)を、飛程〈R(E)〉で結び付けることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1に記載のイオン注入分布発生方法。
(付記5) 前記エネルギーストラッグリングΩ2 (E)を、飛程R(E)で結び付ける際のフィッテクングパラメータχも前記エネルギー領域で区分し、前記区分した各エネルギー領域で前記χを定数χとして扱うことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1に記載のイオン注入分布発生方法。
(付記6) 前記飛程R(E)が、エネルギーEに比例する領域と、エネルギーの平方根に比例する領域に区分して計算を行うことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1に記載のイオン注入分布発生方法。
(付記7) 前記〈R(E)〉(2) として、〈R(E)〉(1) の近似式を用いることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1に記載のイオン注入分布発生方法。
(付記8) 前記射影Rのストラッグリング〈ΔR(E)〉(2) 及び横方向のストラッグリング〈ΔRpt(E)〉(2) として、〈Rpt(E)〉(1) の近似式を用いることを特徴とする請求項7記載のイオン注入分布発生方法。
(付記9) 請求項1乃至8のいずれか1に記載のイオン注入分布発生方法により求めた〈R(E)〉(2) 及び〈ΔR(E)〉(2) を用いてイオン注入分布をガウス分布として発生させることを特徴とするシミュレータ。
(付記10) 請求項1乃至8のいずれか1に記載のイオン注入分布発生方法により求めた〈R(E)〉(2) 、ΔR(E)〉(2) 及び〈ΔRpt(E)〉(2) を用いて二次元濃度分布を発生させることを特徴とするシミュレータ。
【図面の簡単な説明】
【0154】
【図1】注入されたイオンの飛程Rの入射エネルギーE依存性の説明図である。
【図2】エネルギー領域区分の説明図である。
【図3】I/Iのユニバーサルエネルギーε依存性の説明図及び各不純物のユニバーサルエネルギーεと規格化エネルギーE/Eとの相関図である。
【図4】モデル式を一般化する場合のエネルギー区分の概念的説明図である。
【図5】本発明の実施例1のイオン注入分布発生方法のフローチャートである。
【図6】本発明の実施例1のイオン注入分布発生方法により求めたアモルファスSi中のP濃度分布図である。
【図7】Bのイオン注入パラメータとE2LSSの結果との比較図である。
【図8】Pのイオン注入パラメータとE2LSSの結果との比較図である。
【図9】Asのイオン注入パラメータとE2LSSの結果との比較図である。
【図10】1次簡易近似のBのR, ΔR,ΔRptのエネルギー依存性の説明図である。
【図11】1次簡易近似のPのR, ΔR,ΔRptのエネルギー依存性の説明図である。
【図12】1次簡易近似のAsのR, ΔR,ΔRptのエネルギー依存性の説明図である。
【図13】各係数のμ依存性の説明図である。
【図14】計算モデルである。
【図15】イオンの飛程Rの模式図である。
【図16】R(E,cosφ),R(E,cosφ),R(E),R(E)の幾何学的関係の説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エネルギーEで半導体に注入するイオンの飛程Rの射影Rの2次の項まで考慮した射影〈R(E)〉(2) を、1次の項まで考慮した既知の射影を〈R(E)〉(1) とした時に、摂動項Δp (2) (E)を用いて、
〈R(E)〉(2) =〈R(E)〉(1) +Δ(2) (E)
とした近似式を用いた2次の摂動モデルを用いて求める際に、全阻止能(S+S)に対する核阻止能Sの比r=S/(S+S)を複数のエネルギー領域で区分し、前記区分した各エネルギー領域で前記比rを定数rとして扱うことを特徴とするイオン注入分布発生方法。
【請求項2】
前記区分するエネルギー領域を、電子阻止能Sと核阻止能Sとが一致するエネルギーで規格化することを特徴とする請求項1記載のイオン注入分布発生方法。
【請求項3】
エネルギーストラッグリングΩ2 を、飛程〈R(E)〉で結び付けることを特徴とする請求項1または2に記載のイオン注入分布発生方法。
【請求項4】
前記エネルギーストラッグリングΩ2 を、飛程R(E)で結び付ける際のフィッテクングパラメータχも前記エネルギー領域で区分し、前記区分した各エネルギー領域で前記χを定数χとして扱うことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のイオン注入分布発生方法。
【請求項5】
前記飛程R(E)が、エネルギーEに比例する領域と、エネルギーの平方根に比例する領域に区分して計算を行うことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載のイオン注入分布発生方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2010−10522(P2010−10522A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−169938(P2008−169938)
【出願日】平成20年6月30日(2008.6.30)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】