説明

イオン注入装置およびその調整方法

【課題】 注入位置でのリボン状イオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を高めることができるイオン注入装置を提供する。
【解決手段】 このイオン注入装置は、リボン状のイオンビーム4を発生させるイオン源2内に原料ガス34を導入するものであってY方向に配列された複数のガス導入部38と、それから導入する原料ガス34の流量を調節する複数の流量調節器36とを備えている。更に、イオンビーム4のY方向におけるビーム電流密度分布を測定するビーム測定器46と、それによる測定情報に基づいて各流量調節器36を制御して、注入位置でのイオンビーム4のY方向におけるビーム電流密度分布を均一化する制御装置50とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、リボン状のイオンビームをターゲットに入射させてイオン注入を行う構成のイオン注入装置およびその調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原料ガスを電離させてプラズマを生成して、互いに実質的に直交する2方向をX方向およびY方向とすると、Y方向の寸法が、X方向の寸法よりも大きくかつターゲットのY方向の寸法よりも大きいリボン状(これはシート状または帯状と呼ばれることもある。以下同様)のイオンビームを発生させるイオン源と、当該イオンビームをターゲットに入射させる注入位置で、ターゲットをイオンビームの主面と交差する方向に移動させるターゲット駆動装置とを備えるイオン注入装置の一例が、特許文献1に記載されている。
【0003】
このようなイオン注入装置において、ターゲットに対するイオン注入の均一性を高めるためには、イオンビームをターゲットに入射させる注入位置でのイオンビームのY方向(即ち長手方向)におけるビーム電流密度分布の均一性を高めることが重要である。
【0004】
イオンビームの上記均一性を高める技術として、特許文献1には、(a)イオン源がY方向に配列された複数のフィラメントを有していて、この各フィラメントに流すフィラメント電流を制御して、イオン源内におけるプラズマ密度分布を制御する技術、および、(b)イオンビームの輸送経路に電界レンズまたは磁界レンズを設けておいて、このレンズによって、イオンビームを局所的にY方向に曲げる技術が記載されている。
【0005】
【特許文献1】特開2005−327713号公報(段落0019、0021、0023、図1−図4、図7、図11)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記(a)に示した複数のフィラメントに流すフィラメント電流を制御する技術は、複数のフィラメントを有していないイオン源に適用することはできない。
【0007】
上記(b)に示した電界レンズまたは磁界レンズを用いる技術は、当該レンズおよびそれ用の電源の構成が複雑である。
【0008】
そこでこの発明は、イオン源が複数のフィラメントを有していると否とに拘わらずに、注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を高めることができるイオン注入装置およびその調整方法を提供することを一つの目的としている。
【0009】
また、電界レンズまたは磁界レンズを用いる場合よりも簡単な構成で、注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を高めることができるイオン注入装置およびその調整方法を提供することを他の目的としている
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明に係るイオン注入装置の一つは、原料ガスを電離させてプラズマを生成して、互いに実質的に直交する2方向をX方向およびY方向とすると、Y方向の寸法が、X方向の寸法よりも大きくかつターゲットのY方向の寸法よりも大きいリボン状のイオンビームを発生させるイオン源と、前記イオンビームをターゲットに入射させる注入位置で、ターゲットを前記イオンビームの主面と交差する方向に移動させるターゲット駆動装置とを備えるイオン注入装置において、前記イオン源内に前記原料ガスをそれぞれ導入するものであってY方向に配列された複数のガス導入部と、この各ガス導入部から導入する原料ガスの流量をそれぞれ調節する複数の流量調節器とを備えていることを特徴としている。
【0011】
一般的に、イオン源から引き出されるイオンビームのビーム電流密度は、イオン源内のプラズマ密度に比例する。従って、リボン状のイオンビームのY方向における各位置でのビーム電流密度は、その位置に対応する位置でのプラズマ密度に比例する。プラズマ密度は、イオン源内の原料ガスの密度に比例する。このイオン注入装置においては、イオン源内のY方向における原料ガスの密度を、各流量調節器による原料ガス流量の調節によって制御することができるので、それによって、Y方向におけるプラズマ密度分布ひいてはY方向におけるビーム電流密度分布を制御することができる。従って、イオン源が複数のフィラメントを有していると否とに拘わらずに、注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を高めることができる。
【0012】
この発明に係るイオン注入装置の調整方法の一つは、前記イオン注入装置において、前記注入位置の上流側近傍または下流側近傍で前記イオンビームを受けてそのY方向におけるビーム電流密度分布を測定するビーム測定器を用いて、このビーム測定器による測定情報に基づいて、前記流量調節器を調節して、ビーム電流密度が相対的に大きい領域に対応する前記ガス導入部から導入する原料ガスの流量を減少させることと、ビーム電流密度が相対的に小さい領域に対応する前記ガス導入部から導入する原料ガスの流量を増大させることの少なくとも一方を行って、前記注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布を均一化するものである。
【0013】
前記流量調節器を用いた原料ガス流量の調節を、制御装置によって行わせても良い。
【0014】
この発明に係るイオン注入装置の他のものは、原料ガスを電離させてプラズマを生成して、互いに実質的に直交する2方向をX方向およびY方向とすると、Y方向の寸法が、X方向の寸法よりも大きくかつターゲットのY方向の寸法よりも大きいリボン状のイオンビームを発生させるイオン源と、前記イオンビームをターゲットに入射させる注入位置で、ターゲットを前記イオンビームの主面と交差する方向に移動させるターゲット駆動装置とを備えるイオン注入装置において、前記イオン源と前記注入位置との間における前記イオンビームの輸送経路に不活性ガスをそれぞれ導入するものであってY方向に配列された複数のガス導入部と、この各ガス導入部から導入する不活性ガスの流量をそれぞれ調節する複数の流量調節器とを備えていることを特徴としている。
【0015】
イオンビームは自らの空間電荷によって発散して輸送効率が低下するが、イオンビームの輸送経路に不活性ガスを導入すると、この不活性ガスにイオンビームが衝突してビームプラズマが生成される。このビームプラズマ中の電子および負イオンによってイオンビームの空間電荷が中和されるので、イオンビームの輸送効率が改善される。不活性ガスの密度を高くした領域ではビームプラズマの密度は高くなり、空間電荷中和率は高くなり、イオンビームの輸送効率は高くなる。逆にした領域では逆になる。
【0016】
このイオン注入装置においては、イオンビームの輸送経路のY方向における不活性ガスの密度を、各流量調節器による不活性ガス流量の調節によって制御することができるので、それによって、Y方向におけるビームプラズマ密度分布を制御して、注入位置に到達するイオンビーム量をY方向の複数位置において制御することができる。従って、電界レンズまたは磁界レンズを用いる場合よりも簡単な構成で、注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を高めることができる。
【0017】
この発明に係るイオン注入装置の調整方法の他のものは、前記イオン注入装置において、前記注入位置の上流側近傍または下流側近傍で前記イオンビームを受けてそのY方向におけるビーム電流密度分布を測定するビーム測定器を用いて、このビーム測定器による測定情報に基づいて、前記流量調節器を調節して、ビーム電流密度が相対的に大きい領域に対応する前記ガス導入部から導入する不活性ガスの流量を減少させることと、ビーム電流密度が相対的に小さい領域に対応する前記ガス導入部から導入する不活性ガスの流量を増大させることの少なくとも一方を行って、前記注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布を均一化するものである。
【0018】
前記流量調節器を用いた不活性ガス流量の調節を、制御装置によって行わせても良い。
【発明の効果】
【0019】
請求項1に記載の発明によれば、上記のような複数のガス導入部および複数の流量調節器を備えていて、イオン源内のY方向における原料ガスの密度を、各流量調節器による原料ガス流量の調節によって制御することができるので、それによって、Y方向におけるプラズマ密度分布ひいてはY方向におけるビーム電流密度分布を制御することができる。従って、イオン源が複数のフィラメントを有していると否とに拘わらずに、注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を高めることができる。
【0020】
請求項2に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、上記のようなビーム測定器および制御装置を更に備えているので、注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を高める調整を省力化して行うことができる。
【0021】
請求項3に記載の発明によれば、ビーム測定器による測定情報に基づいて、流量調節器を調節して、ガス導入部からイオン源内へ導入する原料ガス流量を調節するので、注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布をより容易にかつ確実に均一化することができる。
【0022】
請求項4に記載の発明によれば、イオンビームの輸送経路のY方向における不活性ガスの密度を、各流量調節器による不活性ガス流量の調節によって制御することができるので、それによって、Y方向におけるビームプラズマ密度分布を制御して、注入位置に到達するイオンビーム量をY方向の複数位置において制御することができる。従って、電界レンズまたは磁界レンズを用いる場合よりも簡単な構成で、注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を高めることができる。
【0023】
請求項5に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、上記のようなビーム測定器および制御装置を更に備えているので、注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を高める調整を省力化して行うことができる。
【0024】
請求項6に記載の発明によれば、ビーム測定器による測定情報に基づいて、流量調節器を調節して、ガス導入部からイオンビーム経路へ導入する不活性ガス流量を調節するので、注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布をより容易にかつ確実に均一化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
図1は、この発明に係るイオン注入装置の一実施形態を示す概略側面図である。以下の図において、イオンビーム4の進行方向を常にZ方向とし、このZ方向に実質的に直交する面内において互いに実質的に直交する2方向をX方向およびY方向としている。例えば、X方向およびZ方向は水平方向であり、Y方向は垂直方向である。またこの明細書において、イオンビーム4を構成するイオンは正イオンの場合を例に説明している。
【0026】
このイオン注入装置は、リボン状のイオンビーム4をターゲット40に入射させてイオン注入を行う装置であり、導入された原料ガス34を電離させてプラズマ10を生成してリボン状のイオンビーム4を発生させるイオン源2と、イオンビーム4をターゲット40に入射させてイオン注入を行う注入位置で、ホルダ42に保持されたターゲット40をイオンビーム4の主面5(図2も参照)と交差する方向に往復直線移動させる(例えば矢印C参照)、即ち機械的に走査するターゲット駆動装置44とを備えている。ターゲット40に対するイオンビーム4の入射角度(即ち、ターゲット表面に立てた垂線に対するイオンビーム4の入射角度)は、0度以外の所定角度を持たせる場合もある。
【0027】
イオン源2とターゲット駆動装置44との間には、必要に応じて、イオンビーム4の運動量分析(例えば質量分析。以下同様)を行う分析電磁石および分析スリット、イオンビーム4の加速または減速を行う加減速器等が設けられる。イオン源2からターゲット40までのイオンビーム4の輸送経路は、真空容器(例えば図4中の真空容器48参照)内にあって真空雰囲気に保たれる。
【0028】
イオン源2から発生させてターゲット40まで輸送するイオンビーム4は、例えば図2に示すように、X方向の寸法WX よりもY方向の寸法WY が大きいリボン状をしている。イオンビーム4は、リボン状と言ってもX方向の寸法WX が紙や布のように薄いという意味ではない。例えば、イオンビーム4のX方向の寸法WX は30mm〜80mm程度、Y方向の寸法WY は、ターゲット40の寸法にも依るが、300mm〜500mm程度である。このイオンビーム4の大きい方の面、即ちYZ面に沿う面が主面5である。
【0029】
イオン源2は、Y方向の寸法WY がターゲット40のY方向の寸法TY よりも大きいリボン状のイオンビーム4を発生させる。例えば、寸法TY が300mm〜400mmであれば、寸法WY は400mm〜500mm程度である。イオンビーム4は、そのY方向の寸法WY がターゲット40のY方向の寸法TY よりも大きい関係を保ってターゲット40まで輸送される。このことと、ターゲット40を上記のように往復移動させることとによって、ターゲット40の全面にイオンビーム4を入射させてイオン注入を行うことができる。
【0030】
ターゲット40は、例えば、半導体基板、ガラス基板、その他の基板である。その平面形状は円形でも良いし四角形でも良い。
【0031】
イオン源2は、アノードを兼ねていて内部でプラズマ10を生成するための容器であって、Y方向に伸びたイオン引出し口8を有するプラズマ生成容器6を備えている。イオン引出し口8は、例えば、イオン引出しスリットである。プラズマ生成容器6は、例えば、直方体の箱状をしている。このプラズマ生成容器6内には、後述する各ガス導入部38から、プラズマ10生成用の原料ガス(蒸気の場合を含む)34が導入される。
【0032】
プラズマ生成容器6の外側に、プラズマ生成容器内にY方向に沿う磁界16を発生させる磁石14が設けられている。磁石14は、例えば、Y方向においてプラズマ生成容器6を挟む両側に磁極を有する電磁石であるが、永久磁石でも良い。磁界16の向きは図示とは逆向きでも良い。
【0033】
磁界16は、それによってプラズマ生成容器6内の電子を閉じ込めて当該電子がプラズマ生成容器6の壁面に衝突するのを防止して、原料ガス34の電離効率を高めてプラズマ密度を高める働きをする。上記のような磁石14の代わりに、プラズマ生成容器6内にY方向に沿うカスプ磁界を発生させる磁石を設けても良い。
【0034】
プラズマ生成容器6のY方向の両側には、プラズマ生成容器6内へ熱電子を放出する傍熱型カソード20がそれぞれ配置されている。即ち、傍熱型カソード20はこの実施形態では2個設けられている。
【0035】
各傍熱型カソード20は、加熱されることによって熱電子を放出するカソード部材22と、このカソード部材22を加熱するフィラメント24とを有している。このカソード部材22の厚さを大きくすることは容易である。なお、プラズマ生成容器6に対してカソード部材22およびフィラメント24を配置するより具体的な構造は、図1(および後述する図3、図4)では簡略化して示しているが、例えば特許第3758667号公報等に記載されているような公知の構造を採用すれば良い。
【0036】
図3に示すように、各フィラメント24には、それを加熱するフィラメント電源26がそれぞれ接続されている。各フィラメント電源26は、図示例のように直流電源でも良いし、交流電源でも良い。
【0037】
各フィラメント24とカソード部材22との間には、フィラメント24から放出された熱電子をカソード部材22に向けて加速して、当該熱電子の衝撃を利用してカソード部材22を加熱する直流のボンバード電源28が、カソード部材22を正極側にしてそれぞれ接続されている。
【0038】
各カソード部材22とプラズマ生成容器6との間には、カソード部材22から放出された熱電子を加速して、プラズマ生成容器6内に導入された原料ガス34を電離させると共にプラズマ生成容器6内でアーク放電を生じさせて、プラズマ10を生成する直流のアーク電源30が、カソード部材22を負極側にしてそれぞれ接続されている。
【0039】
各電源26、28、30の出力の内の一つ以上を増減させることによって、プラズマ10全体の密度を増減させることができる。
【0040】
再び図1を参照して、イオン引出し口8の出口付近には、プラズマ生成容器6内のプラズマ10からイオンビーム4を引き出す引出し電極系12が設けられている。引出し電極系12は、図示例のような1枚の電極に限られるものではない。
【0041】
プラズマ生成容器6の壁面には、イオン源2内(より具体的にはそのプラズマ生成容器6内。以下同様)に前記原料ガス34を導入する複数のガス導入部38が、Y方向に並べて配置されている。ガス導入部38は、この実施形態では、イオン引出し口8に対向する壁面に設けているけれども、それに限られるものではなく、当該壁面に実質的に直交する壁面(即ちYZ面に沿う壁面)に設けても良い。
【0042】
ガス導入部38の数は、図1に示す5個に限られるものではなく、それ以外でも良い。後述するガス導入部58についても同様である。
【0043】
各ガス導入部38の構造は、図1に示す例では管(即ちガス導入管)であるが、それ以外でも良い。例えば、ノズル状、多孔のシャワーヘッド状、ガス放出口にバッフル板を設けた構造等でも良い。後述する各ガス導入部58についても同様である。
【0044】
ガス導入部38の数、配列の間隔、構造等は、イオンビーム4のY方向の寸法WY 、ビーム電流密度分布均一化制御の精度、イオン源2が元々有している特性(特にプラズマ密度分布の特性)等に応じて決めれば良い。後述するガス導入部58についても同様である。
【0045】
原料ガス34を供給するガス源32と各ガス導入部38との間には、各ガス導入部38からイオン源2内に導入する原料ガス34の流量をそれぞれ調節する流量調節器36がそれぞれ設けられている。
【0046】
一般的に、イオン源から引き出されるイオンビームのビーム電流密度は、イオン源内のプラズマ密度に比例する。従って、このイオン源2においても、リボン状のイオンビーム4のY方向における各位置でのビーム電流密度は、その位置に対応する位置でのプラズマ10の密度に比例する。プラズマ10の密度は、イオン源2内の原料ガス34の密度に比例する。このイオン注入装置においては、イオン源2内のY方向における原料ガス34の密度を、各流量調節器36による原料ガス34の流量調節によって制御することができるので、それによって、Y方向におけるプラズマ密度分布ひいてはY方向におけるビーム電流密度分布を制御することができる。その場合、各傍熱型カソード20のカソード部材22から放出された熱電子は、磁界16に沿ってY方向に往復運動して、各ガス導入部38から導入された原料ガス34を電離させてプラズマ10を生成する働きをする。
【0047】
例えば、ある流量調節器36を通してそれにつながるガス導入部38からイオン源2内に導入する原料ガス34の量を多くすると、イオン源2内において原料ガス34が拡散することを考慮しても、当該ガス導入部38の近傍において原料ガス34の密度は高くなり、プラズマ10の密度も高くなり、ひいては当該ガス導入部38に対応する位置におけるイオンビーム4のビーム電流密度も高くなる。反対に、導入する原料ガス34の量を少なくすると(0にする場合を含む)、当該ガス導入部38の近傍において原料ガス34の密度は低くなり、プラズマ10の密度も低くなり、ひいては当該ガス導入部38に対応する位置におけるイオンビーム4のビーム電流密度も低くなる。
【0048】
即ち、各ガス導入部38からイオン源2内に導入する原料ガス34の流量を各流量調節器36によって調節することによって、各ガス導入部38に対応する位置におけるイオンビーム4のビーム電流密度を制御(増減)して、イオンビーム4のY方向におけるビーム電流密度分布を制御することができる。従って、イオン源2が複数のフィラメントを有していると否とに拘わらずに、注入位置でのイオンビーム4のY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を高めることができる。
【0049】
但しこのことは、イオン源2が複数のフィラメントを有している場合を排除するものではない。即ち、イオン源2は、上記傍熱型カソード20と共に、またはそれに代えて、1または複数のフィラメントを有していても良い。図4に示す実施形態においても同様である。
【0050】
また、上記イオン源2のようにプラズマ生成容器6のY方向の両側に傍熱型カソード20を配置する代わりに、Y方向の一方側に傍熱型カソード20を配置し、その反対側に、即ちY方向の他方側に、傍熱型カソード20に対向させてプラズマ生成容器6内の電子(主として傍熱型カソード20からの熱電子)を反射させる(追い返す)働きをする反射電極を配置しても良い。このような反射電極を設けると、電子は、磁界16の方向を軸として磁界16中で旋回しながら傍熱型カソード20(より具体的にはそのカソード部材22)と反射電極との間を往復運動するようになり、その結果当該電子と原料ガス分子との衝突確率が高くなって原料ガスの電離効率が高まるので、プラズマ10の生成効率が高まる。従って、傍熱型カソード20を片側に設けても、両側に設けた場合に近い効果を奏することができる。図4に示す実施形態においても同様である。
【0051】
イオンビーム4をターゲット40に入射させてイオン注入を行う注入位置の下流側近傍(図1、図4の例の場合)または上流側近傍において、イオンビーム4を受けてそのY方向におけるビーム電流密度分布を測定するビーム測定器46を設けておいて、それを用いて、各流量調節器36(または後述する流量調節器56)を調節するようにしても良い。
【0052】
ビーム測定器46が注入位置の下流側に設けられている場合は、測定時にはターゲット40およびホルダ42を測定の邪魔にならない位置に移動させれば良い。ビーム測定器46が注入位置の上流側に設けられている場合は、ターゲット40へのイオン注入時には、ビーム測定器46を注入の邪魔にならない位置に移動させれば良い。
【0053】
ビーム測定器46は、この例では、イオンビーム4のビーム電流を測定する多数の測定器(例えばファラデーカップ)をY方向に並設して成る多点ビーム測定器であるが、一つの測定器を移動機構によってY方向に移動させる構造のものでも良い。X方向については、各測定器は、測定位置におけるイオンビーム4のX方向の寸法WX をカバーすることができる大きさのものが好ましい。ターゲット40は前述したようにX方向に沿って走査されるので、イオンビーム4のX方向における積分値がイオン注入量に影響するからである。このビーム測定器46から上記ビーム電流密度分布を表す測定情報DP が出力される。この測定情報DP は、複数n3 個(n3 はファラデーカップの数と同数)の測定情報から成る。
【0054】
そして、このビーム測定器46による測定情報DP に基づいて、例えば作業員が各流量調節器36を調節して、ビーム電流密度が相対的に大きい領域に対応するガス導入部38から導入する原料ガス34の流量を減少させる(0にする場合を含む)ことと、ビーム電流密度が相対的に小さい領域に対応するガス導入部38から導入する原料ガス34の流量を増大させることの少なくとも一方を行って、注入位置でのイオンビーム4のY方向におけるビーム電流密度分布を均一化する。
【0055】
この調整方法によれば、ビーム測定器46による測定情報DP に基づいて、流量調節器36を調節して、ガス導入部38からイオン源2内へ導入する原料ガス34の流量を調節するので、注入位置でのイオンビーム4のY方向におけるビーム電流密度分布をより容易にかつ確実に均一化することができる。
【0056】
図1に示す実施形態のように、ビーム測定器46からの測定情報DP に基づいて、各流量調節器36を制御して、上記調整方法と同様の制御内容によって、注入位置でのイオンビーム4のY方向におけるビーム電流密度分布を均一化する制御を行う制御装置50を備えていても良い。これによって、注入位置でのイオンビーム4のY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を高める調整を省力化して行うことができる。制御装置50は、この例では、複数n1 個(n1 は流量調節器36の数と同数)の制御信号S1 を出力してそれを各流量調節器36にそれぞれ与えて各流量調節器36をそれぞれ制御する。
【0057】
図4は、この発明に係るイオン注入装置の他の実施形態を示す概略側面図である。図1の実施形態と同一または相当する部分には同一符号を付しており、以下においては図1の実施形態との相違点を主体に説明する。
【0058】
イオン源2からターゲット40更にはビーム測定器46までのイオンビーム4の輸送経路は、真空容器48内にあって真空雰囲気に保たれる。即ち、真空容器48内は、図示しない真空排気装置によって真空排気される。真空容器48は、複数の真空容器に分割されていても良い。ターゲット駆動装置44は、例えばその一部が真空容器48外に設けられていても良い。
【0059】
この実施形態の場合は、イオン源2には、上記原料ガス34を導入するガス導入部38を少なくとも一つ設けておけば良いが、複数設けておく方が好ましい。
【0060】
イオン源2とターゲット40に対する注入位置との間におけるイオンビーム4の輸送経路に不活性ガス54を導入する複数のガス導入部58を、真空容器48の壁面(YZ面に沿う壁面)に、Y方向に並べて配置している。各ガス導入部58は、この実施形態では真空容器48の片側の壁面に設けており、通常はそれで十分であるが、必要に応じて両側の壁面に設けても良い。
【0061】
各ガス導入部58の構造は、例えばガス導入部38について前述したのと同様のものである。このガス導入部58の数、配列の間隔、構造等も、イオンビーム4のY方向の寸法WY 、ビーム電流密度分布均一化制御の精度、イオン源2が元々有している特性(特にプラズマ密度分布の特性)等に応じて決めれば良い。
【0062】
不活性ガス54を供給するガス源52と各流量調節器56との間には、各ガス導入部58からイオンビーム4の輸送経路に導入する不活性ガス54の流量をそれぞれ調節する流量調節器56がそれぞれ設けられている。
【0063】
不活性ガス54は、この明細書では広義の不活性ガスであり、希ガス(He 、Ne 、Ar 、Kr 、Xe 、Rn )または窒素(N2 )ガスである。これらの複数種類のガスの混合ガスでも良い。
【0064】
これらの内でも、N2 、Ar 、Xe 等の電離断面積の大きいガスを用いるのが好ましく、そのようにすればビームプラズマをより効率良く生成することができる。
【0065】
イオンビーム4は自らの空間電荷によって発散して輸送効率が低下する。これを詳述すると、イオンビーム4の空間電荷による発散はX,Y両方向において生じるが、ここではX方向の発散に着目している。イオンビーム4がX方向において発散すると、イオンビーム4は、その輸送経路に存在する構造物、例えばイオンビーム4の運動量分析を行う分析電磁石、分析スリット、イオンビーム4の整形を行うマスク、真空容器の壁面等に衝突しやすくなって、イオンビーム4のターゲット40への輸送効率が低下する。
【0066】
イオンビーム4の輸送経路に不活性ガス54を導入すると、この不活性ガス54にイオンビーム4が衝突して不活性ガス54の電離が行われてビームプラズマが生成される。このビームプラズマ中の電子および負イオンによってイオンビーム4の空間電荷が中和されるので、イオンビーム4のX方向における発散が抑制されて、イオンビーム4の輸送効率が改善される。その場合、不活性ガス54の密度を高くした領域では、不活性ガス54に対するイオンビーム4の衝突確率が高くなってビームプラズマの密度は高くなり、空間電荷中和率は高くなり、イオンビーム4の輸送効率は高くなる。逆にした領域では逆になる。
【0067】
このイオン注入装置においては、イオンビーム4の輸送経路のY方向における不活性ガス54の密度を、各流量調節器56による不活性ガス54の流量の調節によって制御することができるので、それによって、Y方向におけるビームプラズマ密度分布を制御して、注入位置に到達するイオンビーム量をY方向の複数位置において制御することができる。
【0068】
例えば、ある流量調節器56を通してそれにつながるガス導入部58からイオンビーム4の輸送経路に導入する不活性ガス54の量を多くすると、イオンビーム4の輸送経路において不活性ガス54が拡散することを考慮しても、当該ガス導入部58の近傍において不活性ガス54の密度は高くなり、発生するビームプラズマの密度も高くなり、ひいては当該ガス導入部58に対応する位置におけるイオンビーム4のX方向における発散が抑制されてイオンビーム4の輸送効率が高くなり、当該ガス導入部58に対応するY方向位置において、注入位置に到達するイオンビーム4の量は多くなる。反対に、導入する不活性ガス54の量を少なくすると(0にする場合を含む)、当該ガス導入部58の近傍において不活性ガス54の密度は低くなり、発生するビームプラズマの密度も低くなり、ひいては当該ガス導入部58に対応する位置におけるイオンビーム4の発散抑制が小さくなってイオンビーム4の輸送効率改善が小さくなり、当該ガス導入部58に対応するY方向位置において、注入位置に到達するイオンビーム4の量は少なくなる。
【0069】
即ち、各ガス導入部58からイオンビーム4の輸送経路に導入する不活性ガス54の流量を各流量調節器56によって調節することによって、各ガス導入部58に対応する位置におけるビームプラズマ密度を制御(増減)して、注入位置に到達するイオンビーム4の量をY方向の複数位置において制御することができる。従って、電界レンズまたは磁界レンズを用いる場合よりも簡単な構成で、注入位置でのイオンビーム4のY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を高めることができる。
【0070】
上記ガス導入部58は、イオン源2からターゲット40までのイオンビーム4の輸送経路の内でも、真空度の比較的高い場所に設けるのが好ましい。その方が、不活性ガス54を多く導入してビームプラズマを濃く生成する場合と、不活性ガス54を少なく導入してビームプラズマを薄くする場合の差がより明確になるからである。
【0071】
例えば、特許文献1にも記載されているように、イオンビーム4の輸送経路には、イオンビーム4の運動量分析を行う分析電磁石を設けている場合がある。そのような分析電磁石62を図4中に二点鎖線で簡略化して示すと、この分析電磁石62のすぐ下流側付近は真空度が比較的高いこともあって、その辺りにガス導入部58を設けても良い。
【0072】
イオンビーム4のエネルギー等との関係で、イオンビーム4の輸送経路にガス導入部58から不活性ガス54を導入しただけではビームプラズマが発生しにくい場合は、電子源66を設けて、それから発生させた電子ビーム68を、Y方向に配列された各ガス導入部58の前方付近を通るようにY方向に走らせても良い。即ち、電子ビーム68によってビームプラズマの生成を補助しても良い。そのようにすると、電子ビーム68はイオンに比べて電離能力が高いので、各ガス導入部58から導入された不活性ガス54を電離させてプラズマを発生させやすくなる。電子ビーム68のエネルギーは、例えば300eV〜500eV程度で良い。
【0073】
この実施形態の場合も、先の実施形態の場合と同様に、上記ビーム測定器46による測定情報DP に基づいて、例えば作業員が各流量調節器56を調節して、ビーム電流密度が相対的に大きい領域に対応するガス導入部58から導入する不活性ガス54の流量を減少させる(0にする場合を含む)ことと、ビーム電流密度が相対的に小さい領域に対応するガス導入部58から導入する不活性ガス54の流量を増大させることの少なくとも一方を行って、注入位置でのイオンビーム4のY方向におけるビーム電流密度分布を均一化するという調整方法を採用しても良い。
【0074】
この調整方法によれば、ビーム測定器46による測定情報DP に基づいて、流量調節器56を調節して、ガス導入部58からイオンビーム経路へ導入する不活性ガス54の流量を調節するので、注入位置でのイオンビーム4のY方向におけるビーム電流密度分布をより容易にかつ確実に均一化することができる。
【0075】
また、図4に示す実施形態のように、ビーム測定器46からの測定情報DP に基づいて、各流量調節器56を制御して、上記調整方法と同様の制御内容によって、注入位置でのイオンビーム4のY方向におけるビーム電流密度分布を均一化する制御を行う制御装置60を備えていても良い。これによって、注入位置でのイオンビーム4のY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を高める調整を省力化して行うことができる。制御装置60は、この例では、複数n2 個(n2 は流量調節器56の数と同数)の制御信号S2 を出力してそれを各流量調節器56にそれぞれ与えて各流量調節器56をそれぞれ制御する。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】この発明に係るイオン注入装置の一実施形態を示す概略側面図である。
【図2】リボン状のイオンビームの一例を部分的に示す概略斜視図である。
【図3】傍熱型カソードを電源と共に示す図である。
【図4】この発明に係るイオン注入装置の他の実施形態を示す概略側面図である。
【符号の説明】
【0077】
2 イオン源
4 イオンビーム
10 プラズマ
32 ガス源
34 原料ガス
36 流量調節器
38 ガス導入部
40 ターゲット
44 ターゲット駆動装置
46 ビーム測定器
50 制御装置
52 ガス源
54 不活性ガス
56 流量調節器
58 ガス導入部
60 制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料ガスを電離させてプラズマを生成して、互いに実質的に直交する2方向をX方向およびY方向とすると、Y方向の寸法が、X方向の寸法よりも大きくかつターゲットのY方向の寸法よりも大きいリボン状のイオンビームを発生させるイオン源と、
前記イオンビームをターゲットに入射させる注入位置で、ターゲットを前記イオンビームの主面と交差する方向に移動させるターゲット駆動装置とを備えるイオン注入装置において、
前記イオン源内に前記原料ガスをそれぞれ導入するものであってY方向に配列された複数のガス導入部と、
この各ガス導入部から導入する原料ガスの流量をそれぞれ調節する複数の流量調節器とを備えていることを特徴とするイオン注入装置。
【請求項2】
前記注入位置の上流側近傍または下流側近傍において、前記イオンビームを受けてそのY方向におけるビーム電流密度分布を測定するビーム測定器と、
このビーム測定器による測定情報に基づいて、前記流量調節器を制御して、ビーム電流密度が相対的に大きい領域に対応する前記ガス導入部から導入する原料ガスの流量を減少させることと、ビーム電流密度が相対的に小さい領域に対応する前記ガス導入部から導入する原料ガスの流量を増大させることの少なくとも一方を行って、前記注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布を均一化する制御を行う制御装置とを更に備えている請求項1記載のイオン注入装置。
【請求項3】
請求項1記載のイオン注入装置において、前記注入位置の上流側近傍または下流側近傍で前記イオンビームを受けてそのY方向におけるビーム電流密度分布を測定するビーム測定器を用いて、このビーム測定器による測定情報に基づいて、前記流量調節器を調節して、ビーム電流密度が相対的に大きい領域に対応する前記ガス導入部から導入する原料ガスの流量を減少させることと、ビーム電流密度が相対的に小さい領域に対応する前記ガス導入部から導入する原料ガスの流量を増大させることの少なくとも一方を行って、前記注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布を均一化することを特徴とするイオン注入装置の調整方法。
【請求項4】
原料ガスを電離させてプラズマを生成して、互いに実質的に直交する2方向をX方向およびY方向とすると、Y方向の寸法が、X方向の寸法よりも大きくかつターゲットのY方向の寸法よりも大きいリボン状のイオンビームを発生させるイオン源と、
前記イオンビームをターゲットに入射させる注入位置で、ターゲットを前記イオンビームの主面と交差する方向に移動させるターゲット駆動装置とを備えるイオン注入装置において、
前記イオン源と前記注入位置との間における前記イオンビームの輸送経路に不活性ガスをそれぞれ導入するものであってY方向に配列された複数のガス導入部と、
この各ガス導入部から導入する不活性ガスの流量をそれぞれ調節する複数の流量調節器とを備えていることを特徴とするイオン注入装置。
【請求項5】
前記注入位置の上流側近傍または下流側近傍において、前記イオンビームを受けてそのY方向におけるビーム電流密度分布を測定するビーム測定器と、
このビーム測定器による測定情報に基づいて、前記流量調節器を制御して、ビーム電流密度が相対的に大きい領域に対応する前記ガス導入部から導入する不活性ガスの流量を減少させることと、ビーム電流密度が相対的に小さい領域に対応する前記ガス導入部から導入する不活性ガスの流量を増大させることの少なくとも一方を行って、前記注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布を均一化する制御を行う制御装置とを更に備えている請求項4記載のイオン注入装置。
【請求項6】
請求項4記載のイオン注入装置において、前記注入位置の上流側近傍または下流側近傍で前記イオンビームを受けてそのY方向におけるビーム電流密度分布を測定するビーム測定器を用いて、このビーム測定器による測定情報に基づいて、前記流量調節器を調節して、ビーム電流密度が相対的に大きい領域に対応する前記ガス導入部から導入する不活性ガスの流量を減少させることと、ビーム電流密度が相対的に小さい領域に対応する前記ガス導入部から導入する不活性ガスの流量を増大させることの少なくとも一方を行って、前記注入位置でのイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布を均一化することを特徴とするイオン注入装置の調整方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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