説明

インクカートリッジ

【課題】長期にわたってインクに対する高い耐食性を示すインクカートリッジを提供すること。
【解決手段】インクカートリッジ1は、インクを貯留し、印刷を行う印刷装置に装填された装填状態で用いられるものである。このインクカートリッジ1は、カートリッジ本体2と蓋体3とを有している。そして、カートリッジ本体2および蓋体3は、金属ガラス合金で構成されている。また、カートリッジ本体2の上端部20と蓋体3の縁部30とが、インクに対して耐食性に優れた接着剤を介して気密的に接着されている。また、インクカートリッジ1には、外表面から突出した凸状パターンまたは外表面から凹没した凹状パターンを有しているのが好ましい。さらに、この凸状パターンの突出高さおよび凹状パターンの凹没深さは、100nm以下であるのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクカートリッジに関するものである。
【背景技術】
【0002】
液状のインクを液滴として記録媒体上に吐出し、記録の書き込みを行う方式のプリンタにおいては、インクを貯留する容器、すなわちインクカートリッジが用いられる。
このインクカートリッジを構成する材料には、各種樹脂材料(例えば、特許文献1参照)や、各種金属材料が用いられる。
ところが、インクカートリッジに収納されるインクの組成によっては、インク中の溶剤等の作用により、インクカートリッジを構成する樹脂材料が溶解または変質し、長期にわたってインクを貯留することができない場合がある。
【0003】
また、従来、インクカートリッジの構成材料として用いられた金属材料は、結晶金属で構成されたものである。結晶金属中には、結晶粒界や、結晶粒内の転位(原子レベルでの位置ズレ)等の不連続部位が存在する。このような不連続部位は、金属材料表面の腐食の起点となり易く、金属材料の耐食性の低下を招く要因となる。
このような課題を解決するため、インクカートリッジの表面にコーティングを施して、耐食性の向上を図ることも行われている(例えば、特許文献2参照)が、長期にわたって十分な効果を得るには至っていない。また、コーティングを施す手間がかかるため、インクカートリッジの高コスト化を招いている。
【0004】
【特許文献1】特開平10−16249号公報
【特許文献2】国際公開番号WO01/68377号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、長期にわたってインクに対する高い耐食性を示すインクカートリッジを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的は、下記の本発明により達成される。
本発明のインクカートリッジは、インクを貯留し、印刷を行う印刷装置に装填された装填状態で用いられるインクカートリッジであって、
少なくとも前記インクと接触する部分が、金属ガラス合金で構成されていることを特徴とする。
これにより、長期にわたってインクに対する高い耐食性を示すインクカートリッジが得られる。
【0007】
本発明のインクカートリッジでは、前記インクと接触する部分の表面に、不働態膜を有することが好ましい。
不働態膜は化学的に極めて安定であるため、インクに対して優れた耐食性を示す。したがって、不働態膜を備えたインクカートリッジは、インクに対する耐食性がさらに高いものとなる。
【0008】
本発明のインクカートリッジでは、前記不働態膜は、CrまたはMoの酸化被膜であることが好ましい。
CrおよびMoは、その酸化物が示す極めて優れた電気化学的に安定な性質、すなわち特に優れた耐食性を有する元素である。したがって、CrまたはMoの酸化被膜で構成された不働態膜は、インクに対して特に優れた耐食性を示すものとなる。
【0009】
本発明のインクカートリッジでは、当該インクカートリッジの前記金属ガラス合金で構成された部分は、前記金属ガラス合金の溶融物を射出成形してなるものであることが好ましい。
これにより、前記金属ガラス合金で構成された部分を、高い寸法精度で形成することができる。
【0010】
本発明のインクカートリッジでは、前記インクと接触する部分と、当該インクカートリッジの外表面の少なくとも一部とが、前記金属ガラス合金で構成されていることが好ましい。
これにより、このインクカートリッジは、インクに対する耐食性が高いという効果と、インクカートリッジを分解することなく、外表面に露出した金属ガラス合金が備える特有の性質からインクカートリッジが適正か否かを容易に判定し得るという効果を備えたものとなる。
【0011】
本発明のインクカートリッジでは、前記インクと接触する部分と、当該インクカートリッジの外表面の少なくとも一部とが、前記金属ガラス合金で一体的に構成されていることが好ましい。
これにより、例えば、外表面の金属ガラス合金を取り外して(剥がして)、他のインクカートリッジに取り付けることが困難となる。その結果、金属ガラス合金を取り付けたインクカートリッジが適正でない場合に、これを適正であると誤って判定してしまうのを確実に防止することができる。
【0012】
本発明のインクカートリッジでは、当該インクカートリッジの全体が、前記金属ガラス合金で構成されていることが好ましい。
これにより、インクに対する耐食性がより向上するとともに、インクカートリッジが金属ガラス合金に由来する高強度および高靭性等の優れた機械的特性を備えたものとなる。また、インクカートリッジ全体をより少ない工程で容易に形成することができる。そして、インクカートリッジの製造工程の簡素化および低コスト化を図ることができる。
【0013】
本発明のインクカートリッジでは、前記外表面の金属ガラス合金で構成された部分に、前記外表面から突出した所定形状の凸状パターン、または、前記外表面から凹没した所定形状の凹状パターンを有することが好ましい。
これにより、前記凸状パターンおよび前記凹状パターンに、インクカートリッジの固有情報を担持させることができる。
本発明のインクカートリッジでは、前記凸状パターンおよび前記凹状パターンは、文字、記号、図形または模様を構成していることが好ましい。
これにより、形成された文字、記号、図形または模様を、目視または顕微鏡等で視認することにより、インクカートリッジの固有情報を容易に取得することができる。
【0014】
本発明のインクカートリッジでは、前記凸状パターンの突出高さおよび前記凹状パターンの凹没深さは、100nm以下であることが好ましい。
このように非常に低く制御された凸状パターンや、非常に浅く制御された凹状パターンは、金属ガラス合金に顕著な高転写性を活かして、前記数値範囲の突出高さの凸状パターンや凹没深さの凹状パターンを、容易かつ確実に形成することができる。そして、このような各パターンを備えるインクカートリッジは、偽造をより確実に防止する潜在的な機能を有するものとなる。
【0015】
本発明のインクカートリッジでは、前記凸状パターンまたは前記凹状パターンの形状が所定の条件を満足するか否かを検出し、該検出結果に基づいて、当該インクカートリッジが適正か否かを判定するよう用いられることが好ましい。
これにより、例えば、インクカートリッジが偽造されたものかどうかを容易に識別することができる。
【0016】
本発明のインクカートリッジでは、前記金属ガラス合金で構成された部分の電気的特性または磁気的特性が所定の条件を満足するか否かを検出し、該検出結果に基づいて、当該インクカートリッジが適正か否かを判定するよう用いられることが好ましい。
これにより、例えば、インクカートリッジが偽造されたものかどうかをより容易に識別することができる。
【0017】
本発明のインクカートリッジでは、当該インクカートリッジは、前記インクを貯留するインク室と、該インク室と外部とを連通する開口部とを備えたカートリッジ本体と、前記開口部を塞ぐように設けられた蓋体とを有し、
該蓋体と前記カートリッジ本体とが、接着剤を介して封止されていることが好ましい。
これにより、カートリッジ本体および蓋体の金属ガラス合金の特性を変化させることなく、これらを気密的に封止することができる。その結果、インクカートリッジ内に充填されたガスが漏れ出したり、インクと外気が接触するのを確実に避けることができ、インクの変質や劣化を防止することができる。
【0018】
本発明のインクカートリッジでは、前記カートリッジ本体の前記接着剤と接触する部分、および、前記蓋体の前記接着剤と接触する部分の少なくとも一方には、予め、粗面化処理が施されていることが好ましい。
これにより、カートリッジ本体と接着剤との間や、蓋体と接着剤との間の接着力が向上し、接着界面の気密性が向上する。
【0019】
本発明のインクカートリッジでは、当該インクカートリッジは、前記インクを貯留するインク室と、該インク室と外部とを連通する開口部とを備えたカートリッジ本体と、前記開口部を塞ぐように設けられた蓋体とを有し、
該蓋体と前記カートリッジ本体とを、かしめることにより封止していることが好ましい。
これにより、カートリッジ本体および蓋体をそれぞれ構成している金属ガラス合金が、封止後も、その金属ガラス状態を維持することができる。さらに、例えば、溶接のように金属ガラス合金を加熱する必要がないので、金属ガラス合金の結晶化のおそれがなく、封止後も、金属ガラス合金に由来する優れた耐食性を維持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明のインクカートリッジについて、添付図面に示す好適実施形態に基づいて詳細に説明する。
本発明のインクカートリッジは、インクを貯留し、印刷を行う印刷装置に装填された装填状態で用いられるものである。
【0021】
<第1実施形態>
まず、本発明のインクカートリッジの第1実施形態について説明する。
図1は、第1実施形態のインクカートリッジを装填した印刷装置を示す斜視図、図2は、図1に示すインクカートリッジを示すA−A線断面図、図3は、図2に示すインクカートリッジが有するカートリッジ本体を示す斜視図、図4は、図2に示すインクカートリッジが有する蓋体を示す平面図、図5は、図3に示すインクカートリッジ本体の側面の部分拡大図およびそのB−B線断面図である。
なお、以下の説明では、図1の左側を「上」、右側を「下」と言い、図2中の上側を「上」、下側を「下」と言う。また、図5のB−B線断面図の縦軸の目盛りは、横軸より強調して描かれている。
【0022】
図1に示す印刷装置(プリンタ)200は、インクカートリッジ1を装填した装填状態で、記録媒体209(例えば、紙面)に印刷を行うものである。
まず、インクカートリッジ1について説明する。
インクカートリッジ1は、図3に示すカートリッジ本体2と、図4に示す蓋体3とを有している。
【0023】
カートリッジ本体2は、その外形形状が略直方体形状をなしたものである。
カートリッジ本体2は、カートリッジ本体2と蓋体3とで画成される中空部を有しており、インクを貯留するインク室21と、インクを吸収する多孔質体221を収納するフォーム室22として機能する。
また、インク室21とフォーム室22は、仕切り板23を介して分離されている。この仕切り板23には、気液分離用の連通孔231が設けられており、この連通孔231を介して、インク室21からフォーム室22へインクが移動するようになっている。
【0024】
本実施形態では、図3に示すように、インク室21およびフォーム室22が、カートリッジ本体2中にそれぞれ3個ずつ設けられている。そして、各インク室21、21、21、および、各フォーム室22、22、22は、それぞれ、仕切り板23を介して分離されている。
また、カートリッジ本体2は、図2に示すように、フォーム室22内のインクを印刷装置200へ供給する供給口24と、フォーム室22から供給口24へインクを導く流路25と、流路25とフォーム室22との間に設けられたフィルタ26とを有している。
【0025】
これらのインク室21、連通孔231、フォーム室22、供給口24、流路25およびフィルタ26は、インクカートリッジ1を印刷装置200に装填した装填状態で、印刷装置200へインクを供給するインク供給系を構成する。
なお、本実施形態では、このインク供給系が、各インク室21、21、21および各フォーム室22、22、22に応じて3系統設けられている。そして、3系統のインク供給系に、例えば、赤色、青色および黄色のインクをそれぞれ充填することができる。
【0026】
蓋体3は、各インク室21、21、21および各フォーム室22、22、22の各開口部を塞ぐように、カートリッジ本体2に重ねられている。そして、この状態で、カートリッジ本体2の上端部20と、蓋体3の縁部30とが接着剤を介して気密的に接着されている。これにより、カートリッジ本体2および蓋体3の金属ガラス合金の特性を変化させることなく、これらを気密的に封止することができる。その結果、インクカートリッジ1内に充填されたガスが漏れ出したり、インクと外気が接触するのを確実に避けることができ、インクの変質や劣化を防止することができる。
【0027】
このとき、カートリッジ本体2の上端部または蓋体3の縁部の接着剤と接触している領域には、予め、粗面化処理が施されているのが好ましい。これにより、カートリッジ本体2と接着剤との間や、蓋体3と接着剤との間の接着力が向上し、接着界面の気密性が向上する。その結果、インクカートリッジ1内に充填したガスが外部に漏れ出したり、インクカートリッジ1内に収納されたインクが、外気と接触するのを確実に防止することができる。
前記領域に施す粗面化処理としては、例えば、各種ブラスト処理、各種エッチング処理等が挙げられる。
【0028】
カートリッジ本体2と蓋体3との接着に用いられる接着剤としては、インクに対して耐食性に優れたものが好ましく、例えば、エポキシ樹脂系接着剤、アクリル樹脂系接着剤、シリコーン樹脂系接着剤、フェノール樹脂系接着剤等が挙げられる。
また、蓋体3の各フォーム室22、22、22に位置する領域には、6つのインク注入口31が設けられている。これらのインク注入口31は、それぞれ、カートリッジ本体2に蓋体3を重ね合わせた後、各フォーム室22、22、22にインクを注入する際に用いられるものである。
このようなインクカートリッジは、従来、各種樹脂材料や各種金属材料で構成されていた。
【0029】
ところが、インクカートリッジに収納されるインクの組成によっては、インク中の溶剤等の作用により、インクカートリッジを構成する樹脂材料が変質する場合があった。この場合、インクカートリッジからインクが漏出するおそれもあり、長期にわたってインクを貯留しておくことが難しいという問題を抱えていた。
かかる問題に対し、従来は、インクと接触する部分に、インクに対する耐食性に優れた材料で構成された表面層(コーティング)を設けることも行われた。しかしながら、かかる表面層は、長期にわたって十分な耐食性を得るには至っていなかった。また、表面層を設けるために、別途工程を追加する必要があり、インクカートリッジの製造工程が長くなったり、製造コストの高騰を招いていた。
【0030】
また、インクカートリッジの構成材料として用いられていた金属材料は、従来、結晶金属で構成されたものである。一般に、結晶金属中には、結晶粒界と呼ばれる結晶粒同士の境界部や、結晶粒内の転位(原子レベルでの位置ズレ)等の不連続部位が存在している。このような不連続部位は、金属材料表面の腐食の起点になり易いため、金属材料のインクに対する耐食性が低下する要因となっていた。
【0031】
これに対し、本発明では、インクカートリッジのインクと接触する部分を構成する材料として、金属ガラス合金を用いることとした。金属ガラス合金は、その原子配列がランダムであり、結晶粒が実質的に存在しない金属材料である。このため、前述の結晶粒界や結晶粒内の転位等の不連続部位も実質的に存在しない。したがって、金属ガラス合金で構成された材料の表面は、腐食の起点となり得る箇所が存在しないこととなり、インクに対する耐食性が飛躍的に増大することとなる。その結果、金属ガラス合金で構成されたインクカートリッジは、長期にわたってインクに対する耐食性が極めて高いものとなる。
【0032】
かかる観点から、インクカートリッジは、インクと接触する部分が金属ガラス合金で構成されていればよいが、全体が金属ガラス合金で構成されているのが好ましい。これにより、インクカートリッジのインクに対する耐食性がさらに向上する。
また、金属ガラス合金は、耐光性が高い、すなわち遮光性が高いため、インクカートリッジ内に収納されたインクに外部から光が照射されるのを確実に防止して、光によるインクの変質・劣化が生じるのを防止することができる。
【0033】
さらに、金属ガラス合金は、耐ガス性が高い、すなわちガス透過性が低いため、インクカートリッジ内に充填されたガスが外部に漏れ出したり、外気がインクカートリッジ内に侵入するのを確実に防止することができる。これにより、インクの変質・劣化を防止することができる。
特に、インクカートリッジ1全体が金属ガラス合金で構成されていると、インクに対する耐食性がより向上するとともに、インクカートリッジ1が金属ガラス合金に由来する高強度および高靭性等の優れた機械的特性を備えたものとなる。
【0034】
また、複数の材料を組み合わせる必要がなく、後述する溶融金属の射出成形により、インクカートリッジ1全体をより少ない工程で容易に形成することができる。これにより、インクカートリッジ1の製造工程の簡素化および低コスト化を図ることができる。さらに、インクカートリッジ1全体が金属ガラス合金で構成されていると、この金属ガラス合金以外の物質、すなわち不純物が含まれないこととなるため、インクカートリッジ1を溶解して、新たなインクカートリッジ1として容易に再生することができる。すなわち、かかるインクカートリッジ1は、リサイクルに適したものとなる。
【0035】
この場合、インクカートリッジ1は、金属ガラス合金に由来する高い電気伝導性を有するため、帯電し難いものとなる。したがって、後述する印刷装置の液滴吐出ヘッドから吐出されたインク滴に、インクカートリッジの帯電による静電気力が作用するのを防止することができる。これにより、インク滴の飛行経路が変化して、着弾精度が低下してしまうのを確実に防止することができる。
【0036】
このようなインクカートリッジ1に用いられる金属ガラス合金の組成としては、特に限定されないが、例えば、Fe基、Co基、Ni基、Cu基、Ti基、Zr基、Hf基、Mg基、Ca基、La基、Y基、Pt基、Pd基等の各種金属ガラス合金が挙げられる。
また、インクカートリッジ1は、インクと接触する部分の表面に、不働態膜を有するのが好ましい。不働態膜は化学的に極めて安定であるため、インクに対して優れた耐食性を示す。したがって、不働態膜を備えたインクカートリッジ1は、インクに対する耐食性がさらに高いものとなる。
【0037】
さらに、かかる不働態膜は、金属ガラス合金の表面に酸化処理を施し、金属ガラス合金中の所定の元素を酸化することにより形成された酸化被膜で構成されるのが好ましい。これにより、別途成膜工程等の煩雑な工程を追加する必要がなく、簡易な方法で不働態膜を形成することができる。その結果、より耐食性に優れた安価なインクカートリッジを得ることができる。特に、金属ガラス合金の表面に形成された不働態膜は、結晶金属の表面に形成される不働態膜よりも厚く均一なものとなるので、前述のような効果がより顕著なものとなる。
【0038】
不働態膜を形成する元素は、金属ガラス合金の主成分に応じて適宜選択されるが、例えば、Cr、Mo、Al、Ni、Ti、Nb、Ta等が挙げられ、この中でも、CrまたはMoであるのが好ましい。CrおよびMoは、その酸化物が示す極めて優れた電気化学的に安定な性質、すなわち特に優れた耐食性を有する元素である。したがって、CrまたはMoの酸化被膜で構成された不働態膜は、インクに対して特に優れた耐食性を示すものとなる。
【0039】
また、図3に示すように、カートリッジ本体2の側面には、表面を加工して形成された文字10を有している。なお、図3中の文字10は、説明の便宜上、拡大して描かれている。
この文字10は、図5に示すように、カートリッジ本体2の側面から突出した凸状パターンで構成されている。この文字10を目視または顕微鏡等で視認することにより、インクカートリッジ1の固有情報を容易に取得することができる。かかる固有情報としては、例えば、インクカートリッジ1のシリアルナンバー、ロットナンバー、型番、製造者名、製造年月日、製造地等が挙げられる。
この場合、カートリッジ本体2の側面の表面状態(表面粗さ等)と、凸状パターンの表面状態とを異ならせることにより、それぞれの光の反射条件を変えることができる。これにより、文字10のコントラストが向上し、より確実に視認することができる。
【0040】
また、文字10のような凸状パターンを、例えば、後述する溶融金属の射出成形により形成すれば、寸法精度の極めて高いものが得られる。したがって、例えば、図5に示す文字10の線幅W、文字間隔S、文字10(凸状パターン)の突出高さH等の各寸法を測定し、この測定値が所定の誤差範囲内に収まっているか否かを評価することにより、インクカートリッジ1が金属ガラス合金で構成され、かつ特定の製造工程を経て製造されたものであるか否かを確認することができる。
【0041】
すなわち、インクカートリッジ1が備える凸状パターンの形状が所定の条件を満足するか否かを検出することにより、その検出結果に基づいて、インクカートリッジ1が適正か否かを判定することができる。換言すれば、このような特性を利用することにより、例えば、インクカートリッジ1が偽造されたものかどうかを容易に識別することができる。かかる効果は、金属ガラス合金を容易に製造することができないという点と、金属ガラス合金の射出成形には大型でかつ高価な射出成形装置が必要であるという点とにより、文字10のような寸法精度の高い凸状パターンを製造することが極めて困難であることに起因して得られるものである。すなわち、このようなインクカートリッジ1は、偽造を抑止する潜在的な機能を有するものとなる。
【0042】
さらに、インクカートリッジ1は金属ガラス合金で構成されているので、インクカートリッジ1における電気伝導性のような電気的特性や、比透磁率、磁気履歴(ヒステリシス)のような磁気的特性を検出し、その検出結果が金属ガラス合金に特有な特性を示しているか否かを評価することにより、インクカートリッジ1が適正か否かを判定するようにしてもよい。そして、この電気的特性または磁気的特性による評価と、前述の凸状パターンの形状評価とを多重に行えば、より高い精度で、そのインクカートリッジ1が適正か否かを判定することができる。
なお、かかる電気的特性または磁気的特性の評価によれば、インクカートリッジ1が文字10のような凸状パターンを備えていなくても、前記判定を行うことができ、インクカートリッジ1が偽造されたものかどうかをより容易に識別することができる。
【0043】
なお、本実施形態では、カートリッジ本体2の側面から突出した凸状パターンについて説明したが、このパターンは、側面から凹没した凹状パターンであってもよく、これらが混在したものであってもよい。
また、本実施形態では、凸状パターンが文字を構成しているが、文字の他に、記号、図形または模様等であってもよい。これらを目視または顕微鏡等で視認することにより、文字の場合と同様に、インクカートリッジ1の固有情報を取得することができる。すなわち、凸状パターンに固有情報を担持させることができる。
【0044】
また、カートリッジ本体2の側面に設けられた凸状パターンの突出高さおよび凹状パターンの凹没深さは、100nm以下であるのが好ましく、50nm以下であるのがより好ましく、20nm以下であるのがさらに好ましい。このように非常に低く制御された凸状パターンや、非常に浅く制御された凹状パターンは、その寸法精度の制御が極めて困難であるため、従来のインクカートリッジには形成することができなかった。しかしながら、本発明のインクカートリッジでは、金属ガラス合金に顕著な高転写性を活かして、前記数値範囲の突出高さの凸状パターンや凹没深さの凹状パターンを、容易かつ確実に形成することができる。かかる効果は、金属ガラス合金では、溶融状態から固化に至る際、結晶金属のように結晶化に伴う自発的な原子配列の変化を生じ難いため、溶融状態での形状を忠実に維持しつつ固化に至ることに利用して得られるものである。したがって、前述の凸状パターンおよび凹状パターンを、例えば、後述する溶融金属の射出成形により、容易かつ確実に形成することができる。そして、このような各パターンを備えるインクカートリッジは、偽造をより確実に防止する潜在的な機能を有するものとなる。
【0045】
なお、本実施形態では、インクカートリッジ1(カートリッジ本体2および蓋体3)の全体が、金属ガラス合金で構成された場合について説明したが、本発明のインクカートリッジは、少なくともインクと接触する部分と、インクカートリッジの外表面の一部とが、金属ガラス合金で構成されていればよい。これにより、このインクカートリッジは、インクに対する耐食性が高いという効果と、インクカートリッジ1を分解することなく、外表面に露出した金属ガラス合金が備える特有の性質からインクカートリッジが適正か否かを容易に判定し得るという効果を備えたものとなる。
【0046】
また、この場合、インクカートリッジのインクと接触する部分と、インクカートリッジの外表面の一部とが、金属ガラス合金で一体的に構成されているのが好ましい。これにより、例えば、外表面の金属ガラス合金を取り外して(剥がして)、他のインクカートリッジに取り付けることが困難となる。その結果、金属ガラス合金を取り付けたインクカートリッジが適正でない場合に、これを適正であると誤って判定してしまうのを確実に防止することができる。
【0047】
このようなインクカートリッジは、例えば、次のようにして製造することができる。
[1]まず、金属ガラス合金を得るための材料を、各元素の所定の含有率にしたがって秤量し、原材料を得る。
[2]次に、この原材料を、図6に示す射出成形装置100のスリーブ102内のピストン104上に載置する。そして、減圧手段により、スリーブ102の内部、キャビティ111および流路112を減圧する。
続いて、誘導コイル103に高周波電圧を印加して、スリーブ102内の原材料を所定の温度に加熱する。これにより、原材料を溶解し、溶湯(溶融物)を得る。
【0048】
[3]次に、成形型110を冷却する。続いて、ピストン104を上方に移動させる。これにより、ピストン104上の溶湯を、流路112を介してキャビティ111内に射出する。キャビティ111内に射出された溶湯は、キャビティ111の内壁に接触することにより急速に冷却される。これにより、溶湯中にランダムに存在していた各原子は、そのランダムな配置を保存した状態で固化に至る。その結果、溶湯は、原子がランダムに配置した金属ガラス合金となる。そして、キャビティ111の形状を忠実に再現して、目的とする形状のカートリッジ本体2および蓋体3を、それぞれ高い寸法精度で形成することができる。
また、キャビティ111の内壁に、予め、所定の凸状パターンまたは凹状パターンを形成しておくことにより、キャビティ111内に射出された溶湯が、これらのパターンに沿って成形され、各パターンを忠実に再現した凹状パターンまたは凸状パターンが得られる。
【0049】
[4]次に、成形型110を開いて、成形されたカートリッジ本体2および蓋体3を取り出す。
以上のようにして、図3に示すカートリッジ本体2および図4に示す蓋体3を製造することができる。
なお、本実施形態では、カートリッジ本体2および蓋体3を射出成形により製造する方法について説明したが、製造方法はこれらに限定されず、例えば、板状の金属ガラス合金をプレス成形する方法や、ブロック状の金属ガラス合金を切削加工する方法等で製造してもよい。
【0050】
次に、図1に示す印刷装置200について説明する。
図1に示す印刷装置200では、液滴吐出ヘッド201は、装填部207の下部に搭載されている。この液滴吐出ヘッド201は、ガイド軸202により案内されてキャリッジモータ204によりベルト203を介して矢印方向(ガイド軸202の長手方向)に移動する。また、液滴吐出ヘッド201は、装填部207に装填されたインクカートリッジ1から供給されたインクを液滴として吐出することができる。
【0051】
このような印刷装置200では、記録媒体209は、紙送りローラ(図示せず)と紙押えローラ(図示せず)とにより搬送され、液滴吐出ヘッド201の下を通過する。この際に、記録媒体209には、液滴吐出ヘッド201から吐出されるインク滴によって印刷が行われ、排出ローラ(図示せず)によって印刷装置200から排出される。
なお、印刷装置200は、インクカートリッジ1の外表面に形成された凸状パターンまたは凹状パターンを検出する検出手段(図示せず)と、その検出結果に基づいて、インクカートリッジ1が適正であるか否かを判定する判定手段(図示せず)とを有していてもよい。
【0052】
検出手段としては、例えば、(I)光源からインクカートリッジ1の外表面までの距離と、光源から凸状パターンまたは凹状パターンまでの距離とを光学的に測定可能な発光手段および受光手段、(II)凸状パターンまたは凹状パターンを撮像し、画像上から凸状パターンまたは凹状パターンの平面視での距離を測定可能な撮像手段等が挙げられる。
また、判定手段としては、例えば、(I)や(II)の方法で得られた凸状パターンまたは凹状パターンの距離データに基づき、これらが所定の条件を満足するか否かを判定する演算手段等が挙げられる。
【0053】
なお、印刷装置200が(I)、(II)のような検出手段と前記判定手段とを有している場合、演算手段による判定結果に基づき、例えば、インクカートリッジ1が適正でないと判定されたときには、その動作を停止するよう構成されているのが好ましい。これにより、例えば、印刷装置200に不適切なインクカートリッジ1が装填されたときに、印刷装置200が故障したり、適切な印刷結果が得られない等の不具合が生じるのを防止することができる。
【0054】
<第2実施形態>
次に、本発明のインクカートリッジの第2実施形態について説明する。
図7は、本発明のインクカートリッジの第2実施形態を示す縦断面図である。なお、以下の説明では、図7中の上側を「上」、下側を「下」と言う。
以下、第2実施形態について説明するが、前記第1実施形態との相違点を中心に説明し、同様の事項については、その説明を省略する。
本実施形態のインクカートリッジは、カートリッジ本体2と蓋体3との封止方法が異なること以外は、前記第1実施形態と同様である。
【0055】
本実施形態のインクカートリッジ1では、図7に示すように、カートリッジ本体2の上端部20と蓋体3の縁部30とを重ねた状態で下方に屈曲させ、かしめることにより、カートリッジ本体2と蓋体3とを封止している。これにより、カートリッジ本体2および蓋体3を、接着剤のような封止部材を用いることなく、気密的に封止することができる。これにより、封止部も金属ガラス合金で構成されることとなり、インクカートリッジ1の耐食性をさらに向上することができる。
【0056】
また、この「かしめ」による封止方法を用いることにより、カートリッジ本体2の上端部20および蓋体3の縁部30をそれぞれ構成している金属ガラス合金が、封止後も、その金属ガラス状態を維持することができる。
さらに、例えば、溶接のように金属ガラス合金を加熱する必要がないので、金属ガラス合金の結晶化のおそれがなく、封止後も、金属ガラス合金に由来する優れた耐食性を維持することができる。
以上、本発明のインクカートリッジについて、好適な実施形態に基づいて説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。
例えば、本発明のインクカートリッジの各部は、前記各実施形態で説明した複数の構成を組み合わせたものでもよい。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】第1実施形態のインクカートリッジを装填した印刷装置を示す斜視図である。
【図2】図1に示すインクカートリッジのA−A線断面図である。
【図3】図2に示すインクカートリッジが有するカートリッジ本体を示す斜視図である。
【図4】図2に示すインクカートリッジが有する蓋体を示す平面図である。
【図5】図3に示すインクカートリッジ本体の側面の部分拡大図およびそのB−B線断面図である。
【図6】射出成形装置を示す縦断面図である。
【図7】本発明のインクカートリッジの第2実施形態を示す縦断面図である。
【符号の説明】
【0058】
1……インクカートリッジ 2……カートリッジ本体 3……蓋体 10……文字 20……上端部 21……インク室 22……フォーム室 221……多孔質体 23……仕切り板 231……連通孔 24……供給口 25……流路 26……フィルタ 30……縁部 31……インク注入口 100……射出成形装置 101……装置本体 102……スリーブ 103……誘導コイル 104……ピストン 110……成形型 111……キャビティ 112……流路(ゲート) 200……印刷装置 201……液滴吐出ヘッド 202……ガイド軸 203……ベルト 204……キャリッジモータ 207……装填部 209……記録媒体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インクを貯留し、印刷を行う印刷装置に装填された装填状態で用いられるインクカートリッジであって、
少なくとも前記インクと接触する部分が、金属ガラス合金で構成されていることを特徴とするインクカートリッジ。
【請求項2】
前記インクと接触する部分の表面に、不働態膜を有する請求項1に記載のインクカートリッジ。
【請求項3】
前記不働態膜は、CrまたはMoの酸化被膜である請求項2に記載のインクカートリッジ。
【請求項4】
当該インクカートリッジの前記金属ガラス合金で構成された部分は、前記金属ガラス合金の溶融物を射出成形してなるものである請求項1ないし3のいずれかに記載のインクカートリッジ。
【請求項5】
前記インクと接触する部分と、当該インクカートリッジの外表面の少なくとも一部とが、前記金属ガラス合金で構成されている請求項1ないし4のいずれかに記載のインクカートリッジ。
【請求項6】
前記インクと接触する部分と、当該インクカートリッジの外表面の少なくとも一部とが、前記金属ガラス合金で一体的に構成されている請求項1ないし5のいずれかに記載のインクカートリッジ。
【請求項7】
当該インクカートリッジの全体が、前記金属ガラス合金で構成されている請求項1ないし6のいずれかに記載のインクカートリッジ。
【請求項8】
前記外表面の金属ガラス合金で構成された部分に、前記外表面から突出した所定形状の凸状パターン、または、前記外表面から凹没した所定形状の凹状パターンを有する請求項5ないし7のいずれかに記載のインクカートリッジ。
【請求項9】
前記凸状パターンおよび前記凹状パターンは、文字、記号、図形または模様を構成している請求項8に記載のインクカートリッジ。
【請求項10】
前記凸状パターンの突出高さおよび前記凹状パターンの凹没深さは、100nm以下である請求項8または9に記載のインクカートリッジ。
【請求項11】
前記凸状パターンまたは前記凹状パターンの形状が所定の条件を満足するか否かを検出し、該検出結果に基づいて、当該インクカートリッジが適正か否かを判定するよう用いられる請求項8ないし10のいずれかに記載のインクカートリッジ。
【請求項12】
前記金属ガラス合金で構成された部分の電気的特性または磁気的特性が所定の条件を満足するか否かを検出し、該検出結果に基づいて、当該インクカートリッジが適正か否かを判定するよう用いられる請求項1ないし11のいずれかに記載のインクカートリッジ。
【請求項13】
当該インクカートリッジは、前記インクを貯留するインク室と、該インク室と外部とを連通する開口部とを備えたカートリッジ本体と、前記開口部を塞ぐように設けられた蓋体とを有し、
該蓋体と前記カートリッジ本体とが、接着剤を介して封止されている請求項1ないし12のいずれかに記載のインクカートリッジ。
【請求項14】
前記カートリッジ本体の前記接着剤と接触する部分、および、前記蓋体の前記接着剤と接触する部分の少なくとも一方には、予め、粗面化処理が施されている請求項13に記載のインクカートリッジ。
【請求項15】
当該インクカートリッジは、前記インクを貯留するインク室と、該インク室と外部とを連通する開口部とを備えたカートリッジ本体と、前記開口部を塞ぐように設けられた蓋体とを有し、
該蓋体と前記カートリッジ本体とを、かしめることにより封止している請求項1ないし12のいずれかに記載のインクカートリッジ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−954(P2008−954A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−171638(P2006−171638)
【出願日】平成18年6月21日(2006.6.21)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】