説明

インクジェット記録ヘッド用の基板およびその製造方法

【課題】めっき法で形成された低抵抗な電力配線を有しながらも、異なる種類の金属がインクや水分等に接触することがない構造を有する、インクジェット記録ヘッド用の基板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】電力配線金属のうち、主として下層を保護するための拡散防止層は、その上面および少なくとも側面の一部が、主として電力を供給するための金属層によって被覆されるように構成する。これにより、電力配線の表面は、その側面まで含めて単一金属が現れるようになるので、たとえ、インクや水分等に接触するような状況が生じても、イオン化傾向の差に伴う電池反応は発生せず、電力配線の腐食や短絡も抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット記録ヘッドの製造方法に関し、特に駆動電力を供給する電力配線の製法技術に関する。
【背景技術】
【0002】
発熱抵抗体(ヒータ)を利用したインクジェット記録方式は、高い駆動周波数(吐出周波数)を実現可能な記録素子を、比較的高密度に配置させることができるので、広く有用されている。
【0003】
図3(a)および(b)は、このようなインクジェット記録方式を採用した記録ヘッドの一般的な構成を説明するための、斜視図および断面図である。基板200上には、インク内に発泡を生じさせる発熱抵抗体205aを画成する発熱抵抗層205と、これに電気的接続を行う配線層201および202が、高密度に形成されている。更にこの基板は、上記配線をインクから保護するための保護層206と、蓄熱するための蓄熱層204を有している。一方、ノズル部材207には、個々の発熱抵抗体に対応した位置に、インクを吐出口208まで導くための複数のインク路が高密度に形成されている。このノズル部材207と、上述のように構成された基板200とが、図3(a)のような状態で接着されことにより、記録ヘッドが形成されている。そして、発熱抵抗体から発生する熱エネルギによってインク路内のインクに発泡を生じさせ、当該発泡の成長エネルギに応じた量のインクが吐出口208より吐出される仕組みになっている。
【0004】
たとえば特許文献1には、高密度かつ高精度に配置された複数のインク路を備えたノズル部材の製造方法が開示されている。本文献によれば、溶解可能な樹脂を用いてインク路パターンをまず形成し、常温にて固体上のエポキシ樹脂を含む被覆樹脂をこれに塗布し、インク吐出口を形成した後に、上記溶解可能な樹脂層を溶解・除去する製造工程が開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、発熱抵抗体とその配線が高密度に形成された基板に対し、ノズル部材となる被覆樹脂を、ポリエーテルアミド樹脂からなる密着層を介して接合する方法が開示されている。
【0006】
ところで、図3(b)を参照するに、このようなインクジェット記録ヘッド用の基板では、発熱抵抗体205aに駆動電力を供給するための電力配線は、電力配線層201および202の2層構造で形成されている。そして、これら2層の積層箇所の一部に形成されたスルーホール203部を介して、電流が発熱抵抗体205aへと導かれている。
【0007】
従来、このような電力配線層には、アルミを用いることが多かったが、配線抵抗値を下げる場合には、アルミ電力配線層201を厚くしたり、アルミ電極配線の幅を太くしたりする必要があった。しかし、どちらの方法であっても基板自体を大きくしてしまうので、製造上あまり好ましい方法とは言えなかった。
【0008】
これに対し、特許文献3には、電流抵抗が低く配線材料として優れた特性を有する金(Au)を、基板上の電極として採用する構成が開示されている。本文件によれば、電解めっき法を利用することにより、電極としての金(Au)を基板上に形成するような基板製造工程が開示されている。
【0009】
【特許文献1】特開平6−286149号公報
【特許文献2】特開平11−348290号公報
【特許文献3】特開2006−210815号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、電解めっき法を用いて電力配線を形成した従来のヘッド用基板では、異種金属間のイオン化傾向の差に伴う電池反応等が発生し、電力配線の腐食や短絡が招致される場合があった。以下に、その原因を具体的に説明する。
【0011】
電解めっき法を用いた従来の製造工程では、基板の表層に下地保護を行うための例えばTiWからなる拡散防止材料と、下地シード金の、乾式成膜を行う。また、電解めっき法によって金属配線を選択的に析出させるために、フォトリソグラフィー技術を用いる。更に、形成された金属膜をマスクにして、上記拡散防止材料と下地シード金を、ディップ方式によって全面エッチングする。このとき、拡散防止層においては、形成された電力配線の下方側面からもエッチング液が入り込み、サイドエッチングによってその側面(断面)が露出される。
【0012】
液体であるインクを吐出するインクジェット記録ヘッド用の基板においては、このように拡散防止材料が露出された部分にインクや水分等が浸入すると、拡散防止層を形成する金属材料と金とのイオン化傾向の差に伴う電池反応が発生する。そして、これが電力配線の腐食や短絡の原因となってしまうのである。
【0013】
よって、例えばSiNのような絶縁性無機膜を、上記拡散防止層の断面をカバーするように真空成膜することも出来る。しかし、電力配線の下方側面まで好適な状態で一様にサイドエッチングするのは、難しい。その分、膜厚を厚くしてしまうと、今度は発熱抵抗体におけるインクへの熱伝導率が下がってしまい、記録ヘッド自体のエネルギ効果を低下させてしまう。
【0014】
本発明は、上記問題点を鑑みてなされたものである。よって、その目的とするところは、めっき法で形成された低抵抗な電力配線を有しながらも、異なる種類の金属がインクや水分等に接触することがない構造を有する、インクジェット記録ヘッド用の基板およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
そのために本発明においては、インクを吐出するエネルギを発生するための発熱抵抗体を画成する発熱抵抗層と、前記発熱抵抗体へ電力を供給するための電力配線層とを、少なくとも備えたインクジェット記録ヘッド用の基板であって、前記電力配線層は、主として電力を供給するための第1の金属層と、主として下層を保護するための第2の金属層とによって構成され、前記第2の金属層は上面および少なくとも側面の一部が、前記第1の金属層によって被覆されていることを特徴とする。
【0016】
また、基板に形成された発熱抵抗体に電力を供給するための第2の金属層を形成する工程と、前記第2の金属層の一部を除去することにより、基板の表面に上段面と下段面を形成する工程と、めっき用導体として第1の金属層を全面に形成する工程と、前記下段面の一部にレジストを形成する工程と、前記めっき用導体としての第1の金属層を利用して、めっきを形成する工程と、前記レジストを除去する工程と、前記下段面の前記第1の金属層を除去する工程とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、液体吐出口より液体を吐出する液体吐出用基板のチップサイズを大きくせずに低抵抗配線を形成することで、安価なインクジェット記録ヘッド用基板を提供できる。また、めっき法で形成された電力配線の金属材料で該電力配線下層の拡散防止層表面を全て覆うことで、電力配線表面が単一金属となり、イオン化傾向の違いによる異種金属間での電池反応等が抑制され、信頼性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
図1は、本発明の実施例におけるインクジェット記録ヘッド用の基板の構成を説明するための斜視図である。シリコン基板100の中央にはインク供給口120が形成されており、インク供給口120から個々の発熱抵抗体までインクを導くインク路に対応した位置には、個々の発熱抵抗体に電力を供給するための電力配線134が形成されている。
【0019】
図2は、図1のA−A断面であり、インク吐出口111近傍の構造断面図である。101はシリコン基板100上に形成されたSiO2からなる蓄熱層、102は発熱抵抗体層、104は個別アルミ配線層、134は個別アルミ配線104に駆動電力を供給する電力配線層である。105は電力配線層134の一部でもあり、主に下地保護を行いつつ電力の拡散を防止するための拡散防止層である。また、103はアルミ配線層104が直接インクに接触しないようにするための保護層である。更に、108は、個々の発熱部110の位置にインク路112やインク吐出口111が配置するように形成された流路形成層であり、流路形成層108は電力配線の絶縁を兼ねた樹脂層107によって、上述した各層が形成された基板に接着されている。
【0020】
発熱抵抗層102のうち、個別アルミ配線層104によって被覆されない領域が、実際の発熱部110となる。そして、電力配線134から個々のアルミ配線104に供給された電流によって、発熱部110が発熱し、インク流路112中のインクに発泡が生じ、当該発泡の成長エネルギによってインク吐出口111よりインクが吐出される。
【0021】
本実施例では、個別アルミ配線104に駆動電力を供給する電力配線134として、第1の金属層となる金(Au)層を設け、その下の隣接した位置に、第2の金属層となる拡散防止層105を設ける。そして、第2の金属層である拡散防止層105を、第1の金属層によって上面のみならず側面まで包み込む構造としている。つまり、本実施例の電力配線134の表面は、その側面まで含めて単一の金属(ここでは金)が現れる。よって、インクや水分等に接触しても、イオン化傾向の差に伴う電池反応が発生しない。
【0022】
図4(a)〜(l)は、上述した構造を有する本実施例の記録ヘッド用基板の製造方法を説明するための工程図である。
【0023】
まず、シリコン基板100上に、SiO2からなる蓄熱層101、発熱抵抗体層102、個別アルミ配線104および保護膜103を真空成膜法等で形成する。その後、フォトリソグラフィー技術によりパターニングを行い、アルミ配線104への電気的導通を得るためのスルーホール130を形成する。(図4(A))
【0024】
続いて、真空成膜装置等によって、例えば高融点金属材料のチタンタングステン(TiW)を所定の厚みに全面成膜し、拡散防止層105を形成する。これにより、スルーホール130はTiWによって埋められ、拡散防止層105の一部となる。(図4(B))
【0025】
次に、フォトリソグラフィー法にてレジスト塗布、露光、現像を行い、拡散防止層105を残すべき領域、すなわちスルーホール130とその近傍領域に、フォトレジスト131を形成する。(図4(C))
【0026】
その後、H22を含むエッチング液に、所定時間、基板を浸漬させ、フォトレジスト131によってマスクされていない領域の拡散防止層105をエッチングする。(図4(D))
【0027】
更に、所定の時間、フォトレジスト131の剥離液に基板を浸漬させ、フォトレジスト131を除去する。結果、スルーホール130とその近傍領域にのみ拡散防止層105が残った、上段面と下段面を有する基板が形成される。(図4(E))
【0028】
次に、真空成膜装置等により、めっき用導体の金(Au)層132を所定の厚みで全面成膜する。これにより、段差部140を有する形で、基板の全表面がめっき用導体金層132によって覆われる。なお、拡散防止層105とめっき用導体金(Au)層132の密着性を向上するために、逆スパッタ等の酸化膜除去をすることが望ましい。(図4(F))
【0029】
次に、フォトリソグラフィー法にてレジスト塗布、露光、現像を行い、フォトレジスト133を形成する。フォトレジスト133の形成位置は、めっき用導体金(Au)層132表面における、下段面の、段差140から少し離した位置となるようにする。また、フォトレジスト133の高さは、次の工程で形成される電力配線134の表面よりも、十分高くなるようにする。(図4(G))
【0030】
続いて、亜硫酸金塩を含む電解液中で、めっき用導体金132に所定の電流を流す。これにより、めっき用導体金(Au)層132の、フォトレジスト133によってマスクされていない表面に新たな金が析出し、電力配線層134が形成される。このとき、新たな金が析出するのは、めっき用導体金(Au)層132表面のうち、上段面の表面、段差140を形成する側面、および下段面の段差140から少し離れた位置までの表面、となる。(図4(H))
【0031】
その後、所定の時間、フォトレジスト133の剥離液に基板を浸漬させ、フォトレジスト133を除去する。これにより、めっき用導体金層132の下段面が露出する。(図4(I))
【0032】
次に、発熱部上方の保護膜103まで覆っている、不要なめっき用導体金層132を、窒素系有機化合物とよう素およびヨウ化カリウムを含む水溶液に所定の時間浸漬させ、除去する。これにより、本発明の特徴的な構造、すなわち拡散防止層105を包み込む電力配線134の構造が完成する。(図4(J))
【0033】
更に、電力配線134とインク流路形成層108との密着層、および絶縁膜を兼ねた樹脂層107として、例えばポリエーテルアミド樹脂を、フォトリソグラフィー法を用いてパターニングする。(図4(K))
【0034】
更にその後、樹脂層107の上にインク流路112に相当する後抜きの型材を置いた上から流路形成層108を任意の厚さでスピンコート法により塗布し、フォトリソグラフィー法にて露光、現像を行う。そして、複数個のインク吐出口111を形成し、型材を除去することによって、図2に示すようなインクジェット記録用の基板を得る。(図4(L))
【0035】
以上説明したように、本発明によれば、電力配線134の金属によって、更に下層(内層)にある拡散防止層表面の全て覆う構造にし、電力配線134の表面は、その側面まで含めて単一金属が現れるようにしている。よって、たとえ、この電力配線がインクや水分等に接触するような状況が生じても、イオン化傾向の差に伴う電池反応は発生せず、電力配線の腐食や短絡も抑制される。結果、電力配線の腐食を起因とする流路形成層108の剥れ等の問題も改善され、記録ヘッドの信頼性の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の実施例におけるインクジェット記録ヘッド用の基板の構成を説明するための斜視図である。
【図2】図1のA−A断面であり、インク吐出口近傍の構造断面図である。
【図3】(a)および(b)は、インクジェット記録方式を採用した記録ヘッドの一般的な構成を説明するための、斜視図および断面図である。
【図4】A〜Lは、本実施例の記録ヘッド用基板の製造方法を説明するための工程図である。
【符号の説明】
【0037】
100 Si基板
101 蓄熱層
102 発熱抵抗体層
103 保護膜
104 個別アルミ配線
105 拡散防止層
107 樹脂層
108 流路形成層
110 発熱部
111 インク吐出口
112 インク流路
120 インク供給口
131 フォトレジスト
132 めっき用導体の金(Au)層
133 フォトレジスト
134 電力配線
140 段差

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インクを吐出するエネルギを発生するための発熱抵抗体を画成する発熱抵抗層と、前記発熱抵抗体へ電力を供給するための電力配線層とを、少なくとも備えたインクジェット記録ヘッド用の基板であって、
前記電力配線層は、主として電力を供給するための第1の金属層と、主として下層を保護するための第2の金属層とによって構成され、
前記第2の金属層は上面および少なくとも側面の一部が、前記第1の金属層によって被覆されていることを特徴とするインクジェット記録ヘッド用の基板。
【請求項2】
前記第1の金属層は金(Au)で構成されていることを特徴とする請求項1に記載のインクジェット記録ヘッド用の基板。
【請求項3】
前記第2の金属層はチタンタングステン(TiW)で構成されていることを特徴とする請求項1に記載のインクジェット記録ヘッド用の基板。
【請求項4】
前記第1の金属層の少なくとも一部は、めっき法によって析出されることによって、前記第2の金属層の上面および少なくとも側面の一部を被覆することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のインクジェット記録ヘッド用の基板。
【請求項5】
前記発熱抵抗体へインクを導くためのインク流路と、前記発熱抵抗体から発生したエネルギによって吐出されるインクの吐出口と、が形成された流路形成層と、
前記発熱抵抗体をインクに接触するのを防止するための保護膜と、
を更に備えることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のインクジェット記録ヘッド用の基板。
【請求項6】
基板に形成された発熱抵抗体に電力を供給するための第2の金属層を形成する工程と、
前記第2の金属層の一部を除去することにより、基板の表面に上段面と下段面を形成する工程と、
めっき用導体として第1の金属層を全面に形成する工程と、
前記下段面の一部にレジストを形成する工程と、
前記めっき用導体としての第1の金属層を利用して、めっきを形成する工程と、
前記レジストを除去する工程と、
前記下段面の前記第1の金属層を除去する工程と
を有することを特徴とするインクジェット記録ヘッド用の基板の製造方法。
【請求項7】
前記第1の金属層を除去した工程の後に、
前記基板上に、型材を介して流路形成層を塗布する工程と、
該流路形成層に吐出口を形成する工程と、
前記型材を除去する工程と、
を更に有することを特徴とする請求項6に記載のインクジェット記録ヘッド用の基板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−265164(P2008−265164A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−111992(P2007−111992)
【出願日】平成19年4月20日(2007.4.20)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】